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日本移民学会ニューズレター62号

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日本移民学会ニューズレター62号
vol.
62
2012.10.20
Newsletter
本号の記事から
p. 7
第 23 回年次大会で自由論題報告を希望される方へ
p. 2
2012 年度第 4 回運営委員会議事録
p. 7 日本移民学会奨励賞選考委員会からのお知らせ
pp. 3-5
2012 年度日本移民学会ワークショップ
p. 8 2013 年度『移民研究年報』投稿規定
p. 6
運営委員会組織の活性化に向けて
p. 9 新入会員一覧、寄贈図書一覧、
p. 7
日本移民学会 第 23 回年次大会のお知らせ
p. 10 日本移民学会事務局からのお知らせ
http://www.gssm.musashi.ac.jp/research/imin/
2 2012.10.20
vol.62
①『日本移民学会ニューズレター』第 61 号は予定通り
2012 年 7 月 20 日に発行された。
②ホームページに関しては、これまで同様に随時、移民
研究に関する講演企画や国際フォーラムの情報を掲載
し、宣伝に努める。
2. 事務局
■ 2012 年度 第 4 回 運営委員会議事録
《審議事項》
2012 年 9 月 29 日 午前 10 時 〜 11 時 30 分
【場所】境港市・夢みなとタワー特別会議室
【出席者】吉田亮、坂口満宏、河原典史、木村健二
(事務局)鴛海量良
(委任状)アンジェロ・イシ、飯野正子、粂井輝子、小島茂、島田法子、
白水繁彦、菅美弥、園田節子、
高木(北山)眞理子、竹沢泰子、南川文里
(文中敬称略)
《報告事項》
1. 各種委員会
(1)大会企画委員会
菅委員からの伝達事項として、①第 23 回年次大会では
基調報告者としてアメリカから研究者を招くことを検討
している、そのためには学会からの渡航費支給が条件で
あるとの報告があった。
②例年通りに自由論題報告希望者への募集要項を作成
し、ニューズレター等で募集する。
(2)編集委員会
編集委員会からはニューズレター 62 号に『移民研究年報』
への投稿規定・募集要項を掲載するとの伝達があった。
(3)共同研究推進員会
①河原委員より 2012 年度ワークショップ企画について
の報告があった。
②木村委員からは今後のワークショップ企画についての
報告があり、今後も出移民県を掘り起こす企画を続けて
いきたいが、それとは別に若手研究者が参加しやすくす
るためホットなテーマを掲げた研究会の企画も検討した
いとした。
(4)広報・研究交流委員会
イシ委員に代わり、坂口委員より報告があった。
1. 会員動態(9 月 29 日現在)
(1)以下の入会希望者 5 名について審査し、いずれも正会
員として承認した。
[一般]飯高伸吾、家根橋伸子、松永稔也、三田千代子
[学生]岩瀬正幸
(2)退会者なし。
(3)会員総数は 417 名(一般 :314、学生 :95、特別会員 :4、
休会 :4)。
2. 第 23 回年次大会・総会関係
(1)第 23 回年次大会・総会について、2013 年 6 月 29 日(土)
・
30 日(日)、武蔵大学 江古田キャンパスで開催することを
確定した。
(2)自由論題報告希望者への募集要項を確認し、申込み締切
日を 2012 年 11 月 30 日とした。
3. 運営委員会体制の強化にむけて
吉田会長より運営委員会体制の強化に向けた取り組みの経
過説明があり、各種委員会から出されたアクションプラン
の検討をうけて以下の方針を策定した。
① 12 月開催の運営委員会までに、各種委員会は来年度の 4
月から 1 年間にわたる活動スケジュールならびに予算案を
作成すること。
②各種委員会体制を強化するため、新たな委員の補充をは
かり、その人選を終えること。
4. 次回以降の運営員会 / 四役会議 / 各種委員会
第 5 回運営委員会は、12 月 1 日、次期大会会場となる武蔵
大学にて開催する。 (文責 : 坂口満宏)
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Newsletter
■ 2012 年度 日本移民学会ワークショップ
― 鳥取県から日本の移民を考える ―
2012 年度の日本移民学会ワークショップは、境港市教育
委員会の後援を受けて、9 月 29(土)、30 日(日)の二日間
にわたって開催された。
第 1 日目は、境港市・夢みなとタワー・シアタールーム
を会場に記念講演と 3 つの研究報告がなされた。本会会員
の参加者は 12 名、一般の参加者はおよそ 80 名であった。
マスコミ関係者 3 名の参加があった。初日のプログラムは
以下の通りである。
第 1 部 記念講演 :「20 世紀の架け橋」ゴードン門田氏(カ
ナダ・ナショナル日系博物館・ヘリテージセンター理事)
第 2 部 海を渡った鳥取県の人びと
報告 1 「ブラジルに渡った鳥取県の人びと」小山富見男氏
(鳥取敬愛高校)
報告 2 「満州に渡った鳥取県の人びと - 大陸への遥かなる
夢 -」西村芳将氏(鳥取県立公文書館)
報告 3 「カナダに渡った鳥取県の人びと - ガーディナーと
しての誇り -」河原典史氏(立命館大学)
2 日目は現地見学。台風が近づく不穏な空模様を気づかい
記念講演 :「20 世紀の架け橋」
ゴードン門田氏
(カナダ・ナショナル日系博物館・ヘリテージセンター理事)
境港市の訪問は初めてだ
が、思いがけず旧知の人たち
と出会うこととなった。私の
父母はともに鳥取県東伯郡橋
津村の出身で、20 世紀の初め
にカナダに渡り、8 人の子供
を得た。私はその末子の 6 男
で 1933 年に生まれた。7 歳の
時、母に連れられ日本に来たが、戦争が激しくなりカナダ
に帰ることが出来なくなった。戦争中は橋津村に疎開して
いた。英語を話してはならない時代だった。「おまえは西洋
人か」 とからかわれることもあり、「私はいったい何者なの
か」と考えるようになっていた。
開戦から間もなくして父の門田勘太郎が交換船で日本に
やってきた。日本にいた兄は徴兵され、日本の軍服を着た。
カナダにいた兄たちはカナダのために戦うとして志願した
が認められず、イギリスの情報部員として戦場に行った。
敗戦の日、日本は負けたといわれても何と言っていいか
わからなかった。そして橋津村にも進駐軍がやってきた。
すると校長先生から「門田、英語しゃべろ」といわれ、と
まどいもあったが、英語で道を教えたこともあった。
関西学院高等部に進んでからも「私は何者 ?」と考え続け、
考えたすえ、「カナダに帰る」という思いにたどり着いた。
カナダでは日本とカナダを結びつけるコンサルタント業を
始めたが、常に「私は何者、どこに属している ?」と考えて
いた。
1977 年にカナダ日系移民 100 年祭に取り組んで、そのと
ながらも、一同バスに乗り込み、境港市教育委員会の方々
による案内のもと、鳥取県境港市周辺に残る海外移民ゆか
りの地を見学した。以下はその見学先である。
アメリカ移民ゆかりの住宅〜村上龍顕彰碑〜上道墓地に
残るカナダ移民(足立儀代松・門永権太郎)記念碑〜海と
くらしの史料館「北米移住 120 周年記念展示」〜水木しげ
るロード散策〜大崎神社の石灯籠
き初めて「日系」というところに自分は属しているのだと
思うようになった。そして戦時中の日系カナダ人の強制収
容に対する謝罪と補償を求める運動にも積極的にかかわっ
ていった。
振り返ってみるに、私の人生はじつに多彩な環境にあっ
た。そのおかげでカナダ人でもあり、日本人でもあると考
えることができるようになった。そして太平洋に架ける橋
としての仕事にたずさわることができたのだと思っている。
(文責 坂口満宏)
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ブラジルに渡った鳥取県の人びと
る。昭和 2(1927)年、橋浦昌雄が鳥取移住地理事として着
― 第 2 アリアンサ(鳥取村)の建設 ―
任、鳥取県 43 戸、長野県 28 戸、新潟県 16 戸など全国の 31
小山富見男(鳥取敬愛高校員)
道府県から 156 戸が入地した。
平成 12(2000)年 10 月、鳥取県西部地震が発生した時、
現在、鳥取県人はわずか 3 戸しか住んでいない第 2 アリア
パラグアイ鳥取県人会、次いでブラジル鳥取県人会から鳥
ンサ鳥取村ではあるが、平成 6 年からは、鳥取県が日本語教
取県国際課(現交流推進課)に問い合わせがあったという。
師を派遣し、これまでに 10 人の教師が派遣された。彼らは
遠く地球の反対側・南米に住んでいる人達にとって災害の
帰国後もブラジルと鳥取県との橋渡し的活動をしている。
状況の把握がむつかしいだけに、故郷である母県鳥取のこ
とが心配だったのであろう。
ブラジル鳥取県人会が発足したのは、昭和 27(1952)年
満州に渡った鳥取県の人々
の鳥取大火がきっかけだったという。発起人はブラジル六
―大陸への遙かなる夢―
法全書を邦訳した鈴木栄蔵(1902 ‐ 1955)である。ブラジ
西村芳将(鳥取県立公文書館)
ル各地に移住していた鳥取県人を訪ね歩いて、故郷への義
援金集めに奔走した。その募金趣意書には「去る四月十七
1908(明治 41)年 4 月 28 日、781 人の日本人を載せた一
日の午後二時頃、永楽町の失火が南西の強風にあふられ…
隻の船が地球の反対側をめざして出港した。最初のブラジ
鳥取旧市内の約六割…焼野原と化し…さん状の深刻なるこ
ル移民船「笠戸丸」である。その後、多くの日本人がブラ
と涙なしでは居られません。之に加えて当地は約九年前(昭
ジルに渡った。(中略)笠戸丸がブラジル・サントスの港に
和十八年九月十日)に大震災に傷められ今回の大火と打ち
着いた 100 年後の 2008 年 6 月 21 日、サンパウロ市で「ブ
続く大打撃を受けておりまして…悲惨なる人々に思ひを致
ラジル日本移民百周年記念式典祭」が挙行された。日本の
すと我々遠く異郷に在りとは雖も座視するに忍びず、…県
皇太子殿下とブラジルのルーラ大統領が見守るなか、ブラ
人のみならず其他の篤志家、伯人にも呼びかけ積極的に御
ジル鳥取県人会の人たちにより鳥取の郷土芸能「しゃんしゃ
援助、ご協力下さるよう懇請致します。…一九五二年五月
ん傘踊り」が踊られた。平井伸治鳥取県知事、竹内功鳥取
三十日」集めた義援金総額は約 1,600,000 円である。戦前の
市長ら鳥取県からの奉祝団も飛び入りでその傘踊りの輪の
鳥取県人のブラジル移住者数は約 300 家族、約 1,700 人であ
なかに入り、ブラジル移住 100 周年をともに祝った。苦難・
り、単純に計算しても一人あたり約 1,000 円、まだまだきび
苦闘の末に移住した日本人たちは、しっかりとブラジルの
しい生活をしている中で、決して少なくない額であった。
大地に根をおろし、日系人社会を築きあげ、今や「ジャポネー
日本人のブラジルへの集団移民は、明治 41(1906)年の「笠
ス・ガランチード(信頼できる日本人)」の地位を得た。
戸丸」移民に始まる。船で約 1 月半〜 2 ヶ月かけて地球の
一方、同じ移民でも、「王道楽土」「五族共和」の建設を
反対側ブラジルに渡り、コーヒー園で 1 〜 2 年の契約農民(コ
夢見て渡満した人々にとって満蒙開拓は何だったのだろう
ロノ)として働き、
「金衣帰郷」をめざした出稼ぎであった。
か。満州国の建国、約 32 万人の農業移民、ソ連侵攻に始ま
移民業務を担っていた海外興業株式会社のサンパウロ支店
る必死の逃避行、餓えと寒さの越冬生活、シベリアの抑留、
には、明穂梅吉(あけほうめきち)がいた。明治 39(1906)年、
引き揚げ、そして今も続く残留孤児。悲劇の連続は日中間
単身でブラジルに渡った鳥取県人で、日本からの移民をコー
の不幸な歴史を残しただけだったのか。(以上、小山富見男
ヒー園(耕地)に割り当てる配耕責任者として、戦前のブ
著『満蒙開拓と鳥取県 ―大陸
ラジル移民約 18 万人のほとんどの世話をし、日系社会で「ブ
への遙かなる夢―』あとがきよ
ラジル移住の父」とも言われた。
り。)
鳥取県のブラジル移住で特徴的なことは、長野県に次い
1932( 昭 和 7) 年 頃 か ら、 満
で永住を目的とした移住地を建設したことである。大正 15
州の治安対策と国内農村の復興
(1926)年 5 月、当時の鳥取県知事白上祐吉(しろかみゆう
をめざして呼びかけられた国策
きち)は、「鳥取県海外協会」を立ち上げ、8 月には「信濃
としての満州農業移民では、鳥
海外協会」に頼んでアリアンサ移住地の隣接地に 5,000 ヘク
取県からは開拓団 1,339 名、青
タール(鳥取分 3,000 ヘクタール、信濃分 2,000 ヘクタール)
少年義勇軍 2,287 名が大陸での
を購入し共営した。第 2 アリアンサ移住地(鳥取村)であ
農業経営を夢みて海を渡り、そ
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の多くが敗戦後の難民生活を余儀なくされた。とりわけ青
賀県出身者で、29 名の鳥取県出身者がそれに続く。そして、
少年義勇軍は、送出都道府県人口に対する割合としては全
ほぼ半数の 15 名がガーディナーである。同地区におけるガー
国一の送出率を達成した。市町村や教師らの熱心な勧めに
ディナーの総数は 36 名を数え、製材業の 23 名を上まわっ
よって、あるいは自分の意志で、大勢の県民が開拓団や義
ていた。
勇軍となり、それぞれに夢を抱いて満州に渡ったのである。
1959 年、ブリティッシュ・コロンビア大学での新戸部庭
本報告では、鳥取県史ブックレット 7『満蒙開拓と鳥取県』
園の造園にあたって日系ガーデン倶楽部、現在のバンクー
の調査執筆過程で明らかとなった鳥取県の移民政策の展開
バー日系ガーディナーズ協会が創設された。その初代会長
課程と開拓団・義勇軍の入植実態を、図表や地図、満蒙開
を務めたのも、戦前からガーディナーとして活躍していた
拓参加者への聞き取りや中国東北地方の現地調査等の写真
鳥取県出身の角 知道氏である。つまり、これまで紹介され
などによって紹介したいと思う。
てきたサケ缶詰産業と同等以上に、鳥取県出身者のガーディ
ナーとしての活躍はカナダ日本人移民史として誇るべき史
実である。
カナダへ渡った鳥取県の人びと
―ガーディナーとしての誇り―
河原典史(立命館大学)
第二次世界大戦以前、カナダへ渡った日本人の就業には、
特定の業種に集中する傾向があった。それは連鎖移住の結
果、出身地に起因することが多かった。
『在米日本人史(1940)』には、1938 年におけるカナダ西
■ 2012 年度日本移民学会ワークショップ
「鳥取県から日本の移民を考える」参加記
移住の誘因に関する一考察
渡邉麻子(静岡県)
岸のブリティッシュ・コロンビア州におけるガーディナー
今年の日本移民学会ワークショップは日本海地域で初とな
数が記されている。そこには、
「庭園業」としてバンクーバー
る鳥取県で開催された。戦前から多くの移民を広範な地域に
に 173 名、フレーザー川流域に 3 名、バンクーバー島に 2
送出してきたこの地に特別な関心を持ち、参加を決めた。
名の活躍がみられる。バンクーバーでの従事者数は、詳細
会場となったのは鳥取県西部の弓ヶ浜半島に位置する境港
な業種が不明である一般労働(585 名)、商業(568 名)、製
市である。砂州地帯・汽水という地理的条件下で、綿作から
材業(386 名)、漁業(200 名)に続く第 4 位を示す。ただし、
養蚕業、タバコと、換金作物を栽培するが故に景気に左右さ
日本庭園を対象とするような造園業(Landscape Design)で
れやすいが、時代を巧みに読み生業を転換させ生き延びてき
はなく、庭園業(Maintenance)が生業であった。それまで
た人々の柔軟性や機動力、適応力に感服する。
は中国人が多く就いていたが、少しずつ日本人が活躍する
第 1 部はゲストスピーカーのゴードン門田氏による講演で
ようになったのである。
あった。氏は 1988 年に日系人補償問題で成果をもたらした
1941 年の “BC Directory” をみると、バンクーバーでは
全カナダ日系人協会の初代会長など数多の要職を兼任され、
144 人のガーディナーが確認できる。『加奈陀同胞発展大鑑
2005 年には旭日小綬章を受勲されている。
付録(在留同胞総攬)
(1922)』と『在加奈陀邦人人名録(1941)』
父は鳥取県東伯郡出身で、氏自身はカナダ生まれの日系 2
を併用すると、彼らの出身地では鳥取県が 26 人(18.1%)と
世である。7 歳の時、母や兄弟と共に日本を訪れた際に太平
最も多く、そのすべてが弓ヶ浜半島を中心とする西伯郡から
洋戦争が勃発し、父や他の兄弟とは離れ離れになってしまう。
の移住であった。ガーディナーの居住地についても、特徴
そして、文化の違いに戸惑いながらも早く日本人になろうと
的である。彼らは日本人最大の居住区であるパウエル街や、
したことや、と同時にどこかで”Who am I?”(私は一体何者
日本人漁業者が集住したスティーブストンではなく、フレー
か ?)と頭に浮かんでいた体験を、時にユーモアを交え軽妙に
ザー・クリーク南岸のキツラノ地区やフェアビュー地区に
語られた。やがて終戦を迎え、早く日本人になろうとしたが、
居住することが多かった。それは、両地区に南接するショー
でもカナダに帰るという意識は消えなかったという点は、複
ネシー地区をはじめ、後背地には顧客となる上層のカナダ
雑なアイデンティティのゆらぎが推察できる。話を伺うと波
人宅が展開していたからである。
乱万丈な人生に思いを馳せてしまうのだが、「多彩な経験がで
1941 年当時、キツラノ地区には 100 世帯の日本人が居を
きた」と前向きに捉えていた氏の笑顔が印象的だった。
構えていた。世帯主を出身県別にみると、最多は 36 名の滋
第 2 部は、鳥取県からブラジル、満州、カナダに渡った人々
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に関する発表だった。平成 12(2000)年に鳥取県西部地震が
島田法子(副委員長)
発生した時には各地の鳥取県人会からお見舞いと義捐金が寄せ
粂井輝子(委員)
られたという話から、いかに移住された方々が各地に根を下ろ
菅美弥(委員)
しているのかが理解できる。特筆すべきはブラジル移住では第
山本明代(委員)
2 アリアンサ(鳥取村)の建設であり、満州移住では青少年義
浅香幸枝(委員)
勇軍の送出率日本一を誇った鳥取県の移民政策であり、カナダ
日比嘉高(委員)
移住ではガーディナーとしての活躍である。そこには、鳥取県
中山京子(委員)
人の連帯意識とネットワークの存在が見て取れた。
赤木妙子(委員)
◆大会企画委員会
菅美弥(委員長)
■ 運営委員会組織の活性化に向けて
会長 吉田 亮
日本移民学会運営委員会では、今後更に学会活動を継続
発展させていくために、運営委員会組織の強化・活性化を
南川文里(副委員長)
小澤智子(委員)
拝野寿美子(委員)
アルベルト酒井(委員)
金ミンコン(委員)
図ることが必要不可欠であると考え、約 2 年前より具体的
な検討を行ってきました。運営委員会の機能アップを実現
するためには、各種委員会活動の充実を図らなければなり
ません。そのために、若手中堅を問わず幅広い領域から人
選を行い、各種委員会の活動に企画の段階から関わってい
ただくことを決めました。運営委員会内で人選について検
◆共同研究推進委員会
木村健二(委員長)
園田節子(副委員長)
野入直美(委員)
高橋典史(委員)
討・調整を重ねた結果、すでに決定済みの各種委員会委員(運
営委員)に加えて、新たに 14 名の会員の方々に委員として
加わっていただくことになりましたので、ここに報告をさ
せていただきます。
なお、各種委員会では、2012 〜 13 年度アクションプラン
を新委員とともに立てていただき、すでに事務局に提出い
◆広報・研究交流委員会
アンジェロ・イシ(委員長)
小嶋茂(副委員長)
和泉真澄(委員)
吉田裕美(委員)
ただいております。次年度以降、それぞれの委員会の立て
た企画案が実現し、会員の皆様にとってこれまで以上に有
益な学会となれるよう、四役をはじめ運営委員、各種委員
一同、全力で取り組む所存ですので、よろしくお願い申し
◆日本移民学会奨励賞選考委員会
粂井輝子(委員長)
竹沢泰子(副委員長)
上げます。
小島 勝(委員)
2012 〜 13 年度 各種委員会委員一覧
五十嵐泰正(委員)
◆四役
吉田亮(会長)
坂口満宏(副会長・事務局長)
森本豊富(関東幹事)
柳田利夫(委員)
◆ハラスメント防止委員会
飯野正子(委員長)
白水繁彦(副委員長)
河原典史(関西幹事・共同研究推進委員)
◆監査
◆『移民研究年報』編集委員会
高木(北山)眞理子(委員長)
木村健二
島田法子
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Newsletter
■ 日本移民学会奨励賞選考委員会からのお知らせ
◆事務局次長・会計担当
鴛海量良
■ 日本移民学会 第 23 回年次大会のお知らせ
2013 年度日本移民学会奨励賞応募要領
日本移民学会奨励賞は、大学院院生・研究生及び大学院
修士課程修了・博士課程満期終了後 5 年以内の会員による
日本移民学会第 23 回年次大会を下記の要領で開催いたしま
独創的な研究論文を、日本移民学会として評価し、今後の
す。
さらなる研究の奨励を目的として設置されたものです。
2013 年 5 月上旬に大会への「出欠票」ならびに詳細なプログ
選考の対象となる研究論文ならびに主な選考基準は、下
ラムをお届けします。
記の通りです。
奮ってご参加ください。
ふるってご応募ください。
【開催日時】
2013 年 6 月 29 日(土)、6 月 30 日(日)
【会場】
武蔵大学 江古田キャンパス(東京都練馬区豊玉上 1-26-1)
【問合せ先】
[事務局]坂口 満宏 1. 選考の対象となる研究論文
次の条件を全て満たすものを選考対象とします。
(1)「新人賞」という観点から大学院院生・研究生及び大学
院博士課程満期終了後 5 年以内の会員によって書かれ
た単著研究論文(日本語)であること。
(2)受賞決定の前年(1 月 1 日から 12 月 31 日)に本会の機
(電話 /FAX)075-531- 9102
関紙である『移民研究年報』または大学紀要(大学紀
(E-mail)[email protected]
要に準じる研究誌を含む。但し他学会誌は除く)に掲
載されたものであること。ただし修士論文、博士論文
は除く。
(3)自薦あるいは他薦(学会員に限る)により出版年の翌
■ 第 23 回年次大会で自由論題報告を希望される
方へ
第 23 回年次大会で自由論題報告を希望される方は、下記の要
領を明記のうえ、日本移民学会事務局までお申込みください。
大会企画委員会にて要旨内容を検討し、結果をお伝えします。
お申し込みは、原則として電子メールにて事務局宛にお願い
します。
【要領】
(1)報告者氏名
(2)所属、連絡先、電子メールアドレス
(3)報告タイトル
(4)1200 字以内の報告要旨
【申込み締切り】
2012 年 11 月 30 日(金)
【申込み先】
日本移民学会事務局
(E-mail)[email protected]
年 1 月 10 日までに推薦されたものであること。
2. 選考の基準
受賞審査においては次の項目に照らして総合的に最も高
く評価できるものを選考します。
(1)テーマや手法等が独創的であること。
(2)史・資料や研究対象を綿密に調査、把握、分析してい
ること。
(3)全体として論理構成が明瞭であること。
(4)文章表現が適切で明解であること。
(5)そのテーマに関する先行研究を把握できていること。
3. 応募要領
本委員会はその任務を遂行するために次のことを行う。
(1)応募書類の提出先は、日本移民学会事務局です。
(2)応募に際しては、所定の応募用紙に以下の必要事項を
明記し、推薦論文の抜き刷りないしコピーを 5 部、事
務局に提出してください。応募用紙は、本会のホーム
ページよりダウンロードできます。
①自薦・他薦の別
②応募者氏名
8 2012.10.20
vol.62
③所属
則として日本語。38 字× 32 行を 1 頁として打ち出す)。要
④ E-mail
約と本文の合計は 17 頁以内(注、図表、引用文献等すべて
⑤推薦論文著者名
含む)。この部分が 17 頁(枚)を超える場合は原則として
⑥論文タイトル - サブタイトル -
受理されない。(査読のため、本文には著者を特定できる文
⑦収録誌名 / 書名 / 巻・号 / ページ / 発行所 / 発行
言を入れない。ただし採用決定後に加える。)
年月日
⑧論文要旨(400 字程度)
⑨他薦の場合は、400 字程度で推薦理由を記してく
ださい
「研究ノート」の場合 = 論文と同様の体裁。ただし、要約と
本文の合計は 11 頁以内。
(3)英文要旨(注 : 研究ノートの場合は英文要旨不要。 た
だし英語タイトルのみつけること):
タ イ ト ル、 執
筆者名、所属、要旨(300words 以内)、キーワード(3 個以内)。
4. 選考結果の公表と表彰
(1)選考結果は、授賞式を経た後、本委員会の名において
会報およびホームページにおいて公表します。
(2)受賞者は、
学会長の名において年次大会で表彰されます。
これを前記本文の引用文献の後に続けて記載する。
4. 原稿提出 :
(1)投稿する者は審査用原稿 3 部、および CD 等のメディア
を、編集委員長の指定するところへ送付する(消印有効)。
(2)E-mail による提出も可。ただし、CD 等のメディアとプ
※ 2013 年度日本移民学会奨励賞応募締切り
2013 年 1 月 15 日 リントアウトした原稿も上記(1)に従って提出する。
(3)締め切り日を過ぎて到着した原稿は原則として受理し
ない。
【応募書類の送付先】
〒 605-8501 京都市東山区今熊野北日吉町 35
(4)提出された原稿や CD 等のメディアは返却しない。
5. 執筆要領は、応募者に送付する。
京都女子大学文学部史学科 坂口研究室気付 日本移民学会事
務局 奨励賞係
◆編集スケジュール
(1)投稿申込 : 投稿希望者は 4 月末日までに①執筆者氏名、
②所属・肩書き、③タイトル(仮題も可)、④連絡先(住 所・
電話・ファックス・E-mail)、⑤ 800 字〜 1200 字程度の「要旨」
■ 2013 年度『移民研究年報』投稿規定
を編集委員長の指定するところへ送付する。
1. 応募資格 : 日本移民学会会員(出版時に)、および運営委
なお、申込後、提出不能の場合は、速やかにその旨を編集
員会が認めた者。
2. 原稿の種類 : 論文・研究ノート、および運営委員会が特に
委員長に報告する。
(2)投稿原稿締切 :6 月 20 日までに規定の部数と CD 等のメ
定めたもの。
ディアを編集委員長の指定するところへ送付する(当日消
投稿は、未発表(未刊行)のものに限る。
印有効)。
注 1: 他言語ですでに刊行したものも応募できない。
(3)審査 : 各原稿に対し複数の専門的査読者(レフェリー)
注 2: 研究ノートとは、まだ論文の形にはまとまらないが、
による審査を行い、論文もしくは研究ノートとしての採否
テーマがユニークで有望なもので、一定のデータに基づ
を決定する。場合によっては訂正・加筆を求めて仮採用と
き、専門を同じくする者へ問題を提起するような論述。
することがある。いずれにせよ 8 月末に審査の結果を編集
3. 原稿の分量 : 原則として A4 判ワープロ書きで、以下の通
りとする。
委員長より各投稿者に連絡する。
(4)原稿再提出締切 :9 月末日。提出先は(2)と同じ。
(1)表紙 : ①論文・研究ノートの別、②タイトル、③執筆者
(5)再提出された原稿の採否 : 再審査を行い、水準に達して
氏名、④所属・肩書き、⑤連絡先 住所・電話・ファックス・
いると認められる場合は採用となる。採否は再提出者へ編
E-mail(住所・電話は勤め先・学校の他自宅も記入)。以上 5
集委員長より通知される。
項目を 1 枚に打ち出す。
(6)校正 : 校正は 2 回行う。原則として執筆者による校正と
(2)本文 :「論文」の場合 = タイトル、日本語要約(36 字×
するが、校正作業に遅延を生じている場合は執筆者校正は
13 行以内)とキーワード(3 個以内)。これに続けて、本文(原
初校のみとなることがある。なお海外在住者の場合執筆者
2012.10.20 vol.62 9
Newsletter
校正は初校のみとし、再校は編集委員会があたることがあ
日本語教育
る。いずれにせよ、校正作業遅延により期日発行が困難で
ペルー、日系人社会、日本語教育史、日本語教育とアイデ
あると予想される場合は、当該原稿が不掲載となるのでく
ンティティ
れぐれも注意されたい。
(7)発行 :3 月末(予定)
以上 5 名、2012 年 9 月 29 日開催第 4 回運営委員会にて入会
を承認。
◆原稿その他の送付先
〒 470-0195 愛知県日進市岩崎町阿良池 12 愛知学院大学文学部 高木(北山)眞理子研究室気付 『移民研究年報』編集委員会
[E-mail] [email protected]
■ 寄贈図書一覧
■
矢口祐人・森茂岳雄・中山京子『真珠湾を語るー歴史・記
憶・教育』東京大学出版会 2011 年 12 月
■
■ 新入会員一覧
上野加代子『国境を越えるアジアの家事労働者―女性たち
の生活戦略』世界思想社 2011 年 12 月
★飯高伸五(いいたか しんご)
高知県立大学文化学部 講師
■
石川真作・渋谷努・山本須美子編『周縁から照射する EU
文化人類学、オセアニア研究
社会―移民・マイノリティとシティズンシップの人類学―』
南洋群島(ミクロネシア)、パラオ、沖縄、入植村、鉱山、
世界思想社 2012 年 1 月
太平洋戦争、慰霊団、ハーフ
■
★岩瀬正幸(いわせ まさゆき)
ブリティッシュコロンビア大学教育学部教育研究科 博士
課程
在日外国人研究(特に日系ブラジル人の若者)、多文化共生
論、シティズンシップ教育論、批判的教育論、メディア教
育論、ビジュアル・エスノグラフィー
外国籍の青少年との共同ビデオ制作からリテラシーを再考
し多文化・市民教育を熟考する
★松永稔也(まつなが としや)
台湾 東海大學日本語言文化學系 助理教授
社会言語学、言語政策研究、フィリピン研究
台湾の移民聚集地と多文化共生、生活・防災情報の多言語化、
エスニックメディア分析
★三田千代子(みた ちよこ)
上智大学 元教授
社会人類学、社会学
ブラジル移民、ブラジル人ディアスポラ、文化変容
★家根橋伸子(やねはし のぶこ)
東亜大学人間科学部 准教授
浅香幸枝『地球時代のソフトパワー 内発力と平和のため
の知恵』行路社 2012 年 3 月
10 2012.10.20
vol.62
■日本移民学会事務局からのお知らせ
● 年会費納入のお願い
2012 年度分までの年会費を下記郵便振替口座へお振込くだ
さい。
通信欄には
①会費の該当年度
②会員区分(一般または学生)
③会員名
をご記入の上、お振込みください。
日本移民学会 郵便振替口座 :00960-5-95922
一般会員 :8,000 円
学生会員 :4,000 円
● 所属先や住所、メールアドレスに変更のある方は、ホー
ムページ上の変更届をご利用のうえ、事務局までご連絡く
ださい。
〒 605-8501 京都府京都市東山区今熊野北日吉町 35
京都女子大学文学部史学科 坂口満宏研究室気付
日本移民学会事務局
[電話 / FAX] 075-531- 9102
[電子メール][email protected]
日本移民学会ニューズレター 第 62 号
2012 年 10 月 20 日
[発行]吉田亮・森本豊富・坂口満宏
日本移民学会事務局 京都女子大学 坂口満宏研究室
[編集]アンジェロ・イシ
[デザイン]永嶋さゆり、金ミンコン
日本移民学会ホームページ
http://www.gssm.musashi.ac.jp/research/imin/
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