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若者問題の比較分析 - SOC

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若者問題の比較分析 - SOC
科研費プロジェクト「公共圏の創成と規範理論の探究」
(基盤研究A
2007-2010:研究代表者
舩橋晴俊)
(課題番号 19203027)
若者問題の比較分析
―東アジア国際比較と国内地域比較の視点―
論文集(Ⅲ)
「若者問題と社会規範」班
2009年3月
編集
樋口明彦
はじめに
本報告書は、2007-2010 年度科研費プロジェクト「公共圏の創成と規範理論の探究──
現代的社会問題の実証的研究を通して」(課題番号 19203027)の「若者問題と社会規範」
班の 2008 年度研究成果をまとめた中間報告書である。
「若者問題と社会規範」班は、現代社会における公共圏の問題を「若者」という視点か
ら検討してきた。近年、わが国では、フリーター、ニート、ひきこもり、ワーキングプア、
ネットカフェ難民など、さまざまな「若者問題」がクローズアップされるようになってき
た。とりわけ若年者雇用の不安定性は、日本社会の将来を左右しかねない要因として憂慮
されつつある。
このような趨勢が進むなか、社会のなかで若者が占める地位を改めて問い、
公共圏のなかに位置づけ直すことこそ、本研究班の目的にほかならない。
今回の中間報告書は、二部構成となっている。第Ⅰ部では、日本・韓国・台湾という東
アジア諸国の国際比較の視点から、若者問題を問い直している。各執筆者は、教育・雇用・
若年者雇用政策・社会保障というテーマに沿って、現状の解明に当たっている。第Ⅱ部で
は、再び焦点を日本に戻し、国内の地域比較という視点から、若者問題を検討している。
地域における雇用動向、若者の介護労働、移行過程における大学の役割、若年者ホームレ
ス、若者の地元志向化など、執筆者は多岐にわたるテーマを取り上げながら、国内におけ
る若者問題の諸相を描き出している。
今後、これらの研究成果をメンバー同士で検討しあい、いっそうのブラッシュアップを
進め、来年度には法政大学出版局の現代社会研究叢書の一冊として刊行する予定である。
中間報告書として刊行するにあたり、多くの方々から忌憚のないご意見をいただければ幸
いである。
2009 年 2 月 28 日
編者
樋口明彦
目次
第Ⅰ部
東アジア国際比較
第1章
東アジアの高等教育拡大と新規学卒者の労働市場参入
有田伸 ................... 1
第2章
雇用構造と若者の就業
上村泰裕 ............. 22
第3章
日本・韓国・台湾における若年者雇用政策の比較
樋口明彦 ............. 38
第4章
日本,韓国,台湾における若者貧困と社会保障
金成垣 ................. 62
第Ⅱ部
国内地域比較
第5章
若年者における地域格差の動向
久世律子 ............. 82
第6章
若年者における介護労働とキャリア形成
石田健太郎 ....... 108
第7章
若者の移行過程における大学経験
児島功和 ........... 122
第8章
若者ホームレスの「中途半端な接合」をめぐって
渡辺芳 ............... 134
第9章
地元志向と社会的包摂/排除
轡田竜蔵 ........... 151
東アジアの高等教育拡大と新規学卒者の労働市場参入
―学歴と就業機会の関係とその変化に関する比較分析―
有田伸
(東京大学)
1
はじめに
日本、韓国、台湾の各社会は、いずれも「教育熱」の高い学歴社会とみなされることが
多い。実際、社会の側の高い進学意欲を背景として、近年これらいずれの社会においても、
高等教育進学率が相当に上昇しており、若者の学校在籍期間の長期化が進むと共に、労働
市場への参入年齢が一層上昇している。
このような高い高等教育進学意欲の背後には、大卒学歴取得に伴い、金銭的・非金銭的
な報酬のより高い就業機会が得られる、という期待が存在するのが一般的である。韓国の
事例をみても、大学への進学目的において「社会的な威信の高い職種へ就くこと」が大き
な比重を占めているのである(有田 2006)。しかし、高等教育の急激な拡大と労働市場に
参入する新規大卒者の増加は、教育水準と就業機会との関係を変容させ、以前ならば大卒
者が得ていた報酬の高い就業機会を得られないようなケースも多く生じさせかねない。そ
のような労働力の需要と供給の「ミスマッチ」が大きくなれば、学校卒業から就職までの
待機時間は一層長期化する可能性もある。この場合、新規学卒者の就業問題はさらに深刻
なものとなり、当該社会における若者層の経済的基盤を大きく損ねることになる。あるい
は、大卒者の就職状況が悪化したとしても、増加した大卒者が、それまで高卒者の得てい
た就業機会から高卒者を押し出す形で就職を果たし、その結果高卒者の就職状況がさらに
悪化してしまったとすれば、より良い就業機会を得る上での大卒学歴の相対的な効果は低
下せず、若者をさらに加熱した学歴取得競争へと巻き込んでいくことになるかもしれない。
本稿は、日本、韓国、台湾という3つの社会を対象として、それぞれの社会の若者層が
置かれている社会経済的状況を解明するという目的のもと、近年の高等教育拡大が新規学
卒者の労働市場参入に及ぼす影響とその変化/非変化のメカニズムを検討していくものであ
る。具体的には、各社会における高等教育拡大の様相を確認した上で、新規学卒者が労働
市場参入後に獲得する就業機会の職種構成とその変化を集合データの分析を通じて検討し、
その結果を社会間で比較していく。また、新規学卒者の就業機会の変化/非変化のメカニズ
ムを世代間での就業機会移転の可能性と結びつけながら論じていく。高等教育拡大期にお
けるこれらの「学校から職場への移行」の問題を実証的に検討することで、各社会の労働
市場において「学歴」が果たしている役割の解明を目指すと共に、若者を取り巻く社会経
1
済的状況を教育機会と就業機会の観点から描き出していくことを試みる1。
2
先行研究の検討と課題の導出
理論的水準において、教育機会の拡大は新規学卒者の就業機会にどのような変化をもた
らすものと予想されるのであろうか。サローは賃金競争モデルと仕事競争モデルとを対比
させながら、この問題の考察を行っている(Thurow 1975=1984)
。教育は個人の生産性を高
め、ひとびとはより高い賃金をめぐって競争するという、新古典派経済学などの「賃金競
争モデル」においては、大卒者の増加が生じた場合、新規大卒者の増加は大卒労働力の供
給増を招くことで大卒者の賃金を相対的に低下させ、それとは逆に、高卒労働力の供給減
は高卒者の賃金を相対的に上昇させるものと考えられる。また、このような労働力の需給
関係の変化によって、大学を卒業することによる賃金上昇効果は低減し、ひいては大学進
学需要も冷却されるものと予想される。この議論を学歴と職種との関係にまで敷衍すれば、
柔軟に変化する賃金の下落と引き換えに、大卒者の増加に見合うだけの就業機会が生み出
されることになるため、大卒者の増加は、大卒者の就業機会、ならびに高卒者の就業機会
分布をそれほど大きくは変化させないものと想定されるだろう2。
一方、確固たる仕事機会構造の存在を前提とし、賃金がそれぞれに定められた仕事機会
をめぐって個人は競争を繰り広げるものとする「仕事競争モデル」においては、大卒者が
増加したとしても、それに見合う仕事機会の増加は生じず、大卒者はより条件の劣った仕
事にまで就業していくこととなるが、それは結果的に、高卒者をそれらの仕事からさらに
条件の劣った仕事へと「押し出す」ことにもなるため、より恵まれた仕事に就く上での大
卒学歴の効果は必ずしも減ぜず、相対的には増大しさえする3。以上のように、労働市場に
新規参入する労働力の学歴構成の変化に対して、前者は就業機会の構造もそれに応じて柔
軟に変化していくものと想定し、後者は就業機会の構造は基本的に不変であるものと考え
る。「学校から職場への移行」研究においてしばしば引用されるモーリスらの議論に引き付
けて述べれば、前者の「就業機会調整モデル」は学歴の絶対的水準が就業機会の決定因と
なるという点で「資格空間」に近く、後者の「就業機会不変モデル」は学歴の相対的水準
こそが重要視されるという点で「組織空間」に近いと言えよう(Maurice et al. 1986; Müller and
Shavit 1998)
。
韓国の新規学卒者の就業機会問題を扱った先行研究においても、この両者が共に検討の
対象とされることが多いものの、社会学の諸研究においては、どちらかと言うと、まずは
1
なおこのような作業は、1980 年代の大卒者急増の帰結を分析した有田(2006)の分析射
程をその後の時期にまで延長し、同時に韓国のみならず、日本、台湾をも視野に含めよう
とする試みでもある。
2
ただし現実には、いずれの社会においても賃金の下方硬直性が多かれ少なかれ認められ、
きわめて急速な教育拡大に対しては柔軟な就業機会調整が難しい部分もある。
3
この議論を韓国に適応させ、大卒者の増大に対して賃金調整と雇用調整のどちらが強く働
くかを検討したのが朴世逸(1982, 1983)である。彼は学歴別賃金、ならびに学歴別就業機会
分布(職種)の変化の分析を通じ、韓国では雇用調整メカニズムの方がより強いという事
実を示す。ただし彼の分析の対象は、1980 年までの、それほど急激な高等教育拡大が見ら
れなかった時期に留まっている。
2
「就業機会不変モデル」を想定しつつ分析を進めていくものが多い。最近の研究をみても、
張商洙(2007)においては、高学歴者の増加は、低学歴者をより条件の劣った仕事へと「押
し出す」ことで彼らの職業的地位の下落をもたらすものとの仮定が立てられ、その当否が
検討される。ただし張は、学歴と就業機会の関係に対しては、教育拡大のみならず、職業
構造の高度化、ならびに青年層人口の変化も少なからず影響を及ぼすものとみる。すなわ
ち、職業の専門化とサービス化の流れは、より高い水準の技術・技能を必要とする仕事の
拡大を通じて高学歴者の就職を容易にすると共に、それによって空いたポストへの低学歴
者の就職をも容易にする。さらに、青年層人口の減少も同様に、就職の際の競争を全般的
に弱化させることでより条件の良い就業機会を得やすくする。このように、経済構造や人
口構成の変化が結果的に、労働市場への新規参入者の学歴構成の変化に合致するような形
で就業機会を変容させるという可能性も存在してはいるのである4。
Sandefur and Park(2007)も、本稿と同様の問題意識に基づきつつ、教育拡大が初職就業に
与えた影響を実証的に検討した論文である。この問題に関して彼らの論文では、教育の過
剰化とそれが引き起こす学歴インフレーションによって「初職に対する教育の影響は次第
に減少する」とともに、
「高等教育の急激な拡大は、高等教育修了者の学歴効果を特に大き
く低下させる」という仮説の当否が実証分析を通じて検討され、その結果、女性に関して
はこれらの仮説が妥当するものの、男性に関しては学歴効果に目立った変化がないことが
示されている。彼らはその要因として、韓国では性別により労働市場が分断されているが、
男性の集中する専門技術職・管理職においては、それらの比重が拡大しつつある現代経済
において、増加する高学歴者を収容する余地がそれなりに存在しているのに対し、それら
の職種から締め出されがちな女性の場合はこのような調整が働かず、報酬のより低い職種
へと「下方就業」していくしかなく、また男性は結果的に、女性との競争に直面すること
なくこれまで通りの就業機会を確保してきたという可能性を示唆する。学歴と就業機会の
結びつきに関する彼らの想定は、基本的には就業機会不変モデルに基づくものであるが、
男性の場合の結果の解釈など、
(職業の専門化を前提とした上で)部分的に就業機会調整モ
デルを援用しているものと判断されるだろう。
このように、教育拡大が新規学卒者の労働市場参入に及ぼす影響は、労働市場への新規
参入労働力の学歴構成の変化に対して、労働市場がどのような反応を示すかによって大き
く変わってくることになる。当然、この問題に関する東アジア比較を試みる本稿において
も、各社会における労働市場の反応がどのようなものであり(就業機会不変モデルに近い
のか、それとも就業機会調整モデルに近いのか)
、その結果、新規学卒者の就業機会がどの
ように変化したのかを検討することが最重要の課題となる。
この問題に関する先行研究も以上のような問題関心に基づくものが多いが、近年の計量
研究は、これらの問題を検討する上で、初職の職業的地位を威信スコアによって計測し、
それに対する学歴効果を重回帰分析によって確かめるか、初職の職種を範疇化し、特定の
4
実証分析の結果によれば、男子の場合、ホワイトカラー上層職に就くための四年制大卒効
果は次第に増加する一方、職業系高校のそれは減じており、「就業機会不変モデル」の当て
はまりの良さが示されている。ただし、時系列的な変化に関しては単純なトレンド効果の
みが考慮されているに過ぎず、またモデルの交互作用効果については投入する変数に関し
て階層的な構造が保たれていないなど再検討の余地も残されている。
1
職種に就業する確率に対する学歴効果をロジット分析によって検討するものが多い。これ
らの精緻な方法は問題のかなり詳細な検討を可能とするが、その一方で、そこにおいて推
定される「学歴効果」は常に他の学歴(準拠対象)と比較しての相対的水準における学歴
効果でしかありえないという点には注意が必要である。例えば教育拡大にもかかわらず、
職業的地位に対する(高卒者と比較した場合の)大卒効果は不変であるとの結果が示され
たとしても、絶対的な水準における各学歴所持者の就業機会分布の変化は検討されないた
め、そのような結果は高卒者と大卒者の就業機会がまったく変化しなかったためなのか、
あるいは両者が共に同程度に変化(例えば共に「下方就業」するなど)したためなのかの
判断が難しいのである5。
これらの点を考慮し、日本、韓国、台湾における初職就業の比較分析という新たな試み
を手がける本稿では、まず新規学卒者の就業機会分布を時系列的に分析し、その結果を社
会間で比較するという比較的シンプルな手法を通じて、高等教育拡大が新規学卒者の労働
市場参入に及ぼす影響とそのメカニズムを検討していくこととする。
3
東アジア社会における高等教育拡大
日本、韓国、台湾における高等教育は、程度の差こそあれ、政府がその学生定員にコン
トロールを加えているという点で共通する。この事実は、これらの社会では、高等教育機
会が社会の側の需要に必ずしも敏感に反応して供給されるわけではないこと、またその反
面、政治的な要因によって急激な高等教育拡大が生じる可能性があることを意味する。
実際に高等教育学生数、ならびに高校卒業者の大学進学率を時系列的にみることで、こ
の間の高等教育機会供給の推移を確認しておこう。図1、図2、図3は、日本、韓国、台
湾それぞれにおける高等教育学生数の推移を示したものである6。これを見ると、いずれの
社会においても高等教育学生数は基本的に上昇傾向にあるが、その具体的な様相にはある
程度の相違が存在することがわかる。韓国、台湾に比べれば、日本における高等教育拡大
のペースは比較的ゆるやかであったと言えるだろう。1960 年代後半以降と 1990 年代前後に
は急速な拡大を経ているが、そのカーブは韓国、台湾に比べればまだなだらかなものであ
り、またこの頃はちょうど第一次、および第二次ベビーブーム世代が大学に進学する時期
で、在学適齢人口の増加が実数での学生数の増加をもたらしたという部分もある。実際、
新規高卒者の高等教育進学率7を示した表1によれば、学生数が増加している時期に必ずし
も進学率が上昇していないことがわかる。しかし、第二次ベビーブーム世代の多くが適齢
人口を過ぎたにもかかわらず、高等教育学生数には大きな変化が生じなかった 1990 年代半
ば以降、高等教育進学率は大きく上昇することになる。このように日本では、学生数の実
数では 1960 年代と 1990 年前後に、また進学率に関しては 1990 年代半ばから高等教育の拡
5
またそれらの研究では、時系列の変化に対しても、単純なトレンド変数などが用いられる
ことが多く、時期別な詳細な検討が十分になされていないことも多い。
6
本節、ならびに次節の本文と図表に示されたデータはすべて、日本は文部科学省『学校基
本調査報告書』
、韓国は韓国教育開発院『教育統計年報』、台湾は教育部『中華民國教育統
計』の各年度版によっている。
7
韓国、台湾データとの整合性を保つため、新卒者の現役進学率のみを示している。
4
大が生じたことになる。
図1 日本の高等教育学生数
3500000
3000000
2500000
2000000
短大・高専
大学
1500000
1000000
500000
2005
2001
1997
1993
1989
1985
1981
1977
1973
1969
1965
0
図2 韓国の高等教育学生数
2500000
2000000
1500000
大学(校)
専門大学
1000000
500000
2005
2001
1997
1993
1989
1985
1981
1977
1973
1969
1965
0
図3 台湾の高等教育学生数
1200000
1000000
800000
専科学校
大学
600000
400000
200000
1
2005
2001
1997
1993
1989
1985
1981
1977
1973
1969
1965
0
表1
新規高卒者の高等教育進学率(現役進学者のみ)
日本
韓国
台湾
一般系
専門系
高中
高職
1965
25.4%
38.6%
14.9%
38.3%
1970
24.2%
40.2%
9.6%
41.9%
1975
34.2%
41.5%
8.8%
39.8%
1980
31.9%
39.2%
11.4%
44.6%
1985
30.5%
53.8%
13.3%
40.2%
1990
30.5%
47.2%
8.3%
48.6%
12.9%
1995
37.5%
72.8%
19.2%
56.6%
17.8%
2000
45.1%
83.9%
42.0%
68.7%
38.4%
2005
47.2%
88.3%
67.6%
85.2%
76.1%
2007
51.2%
87.1%
71.5%
87.7%
83.6%
韓国の高等教育学生数はより急激な変化を示している。
朴正煕政権期の 1960 年代末以降、
韓国の高等教育定員は政府によって厳格に管理され、社会の側の教育機会需要よりも経済
発展に必要な労働力需要の観点を重視するという方針のもと、定員数は比較的抑制されて
きた(尹正一ほか 1991)
。その方針が大きく転換されたのが、1980 年を前後する時期であ
る。産業界からの要請もあり、次第に定員が拡大されつつあったところに、全斗煥政権が
政権正当性確保のため入学者数の制限を実質的に大きく緩和する措置をとったため、わず
か数年の間に在籍学生数が2∼3倍程度にまで急激に増加した。その後 10 年間ほどゆるや
かに推移した後、大学入学定員政策に自律化の動きが見られた 1990 年代半ば以降、ふたた
び激しい増加に転じている。このような定員政策の変化のため、高卒者の高等教育進学率
は 1980 年代前半と 1990 年代半ば以降に急激に上昇しており、最近では日本の普通科に相
当する一般系で9割近く、職業教育を目的とする専門系でも7割が高等教育機関に進学す
るに至っている。
台湾も、高等教育定員に対する政府の統制が厳しく、1990 年代後半までの高等教育学生
数は比較的ゆるやかな増加にとどまっていた。しかし 1996 年に行政院教育改革審議委員会
が「教育改革總諮議報告」を提出し、高等教育に対する社会的需要を満たすよう、高等教
育機会の大幅な増大を提言したことを契機として、高等教育定員政策は抑制基調から拡大
基調へと大きく転換されている(孫震 2007)。
金榮和はかつて、韓国と台湾の高等教育政策の相違を「韓国では当時の政府が政権の正
当性を維持するために経済的需要よりも社会的需要を重視し、高等教育を急激に拡大させ
ていったのに対し、政権の安定性が確保されていた台湾では、あくまで社会的需要よりも
経済的需要が考慮され、社会の側の進学需要に比べれば高等教育は抑制されてきた」と指
摘した(金榮和 1993)
。しかしこれは 1990 年までの考察に基づいたものであり、その後の
状況を見れば、台湾でもここ十数年来、韓国と同様の急激な高等教育拡大が生じてきたこ
とがわかるだろう。実際、このような変化を背景として、近年では後期中等教育修了者の
8割以上が高等教育進学を果たすという韓国と同様のきわめて高い水準にまで高等教育進
学率が上昇しているのである。
このように程度の差はあるものの、これら東アジア社会間では 1990 年代以降、高等教育
6
の大きな拡大傾向が認められる。これらの社会では義務教育である前期中等教育(中学校
段階)から後期中等教育(高校段階)への進学率はすでに9割以上の非常に高い水準に達
しているため、適齢人口のほとんどが中等教育を修了し、さらに高等教育までもが「普遍
化」されつつあるという相当な高学歴化が達成されているものと言えよう。またこれらの
社会では、図1から図3にも表れているように、単に高等教育が拡大しているのみならず、
2−3年制の短期高等教育機関の比重が縮小し、その分4年制大学の比重が上昇するとい
う高等教育内部の構成変化も共通して認められる8。このような変化も、若者の在学期間の
長期化、ならびに就業年齢の高齢化をもたらす一因となっている。
ただし、韓国と台湾における近年の非常に高い高等教育進学率に比べれば、日本のそれ
は少々低く感じられるかもしれない。しかしこれは、中等教育修了者に対して実践的な職
業教育を施す機関が、韓国では専門大学、台湾では専科学校として正式な高等教育機関と
して位置づけられており、これらへの進学者も「高等教育進学率」の分子に含まれるのに
対し、日本ではそれらと機能が類似する専修学校(専門学校)が高等教育機関として扱わ
れていないことにもよる9。
新規学卒者の就業機会とその変化
4
4.1
検討すべき問いと依拠するデータ
次に検討すべきは、各社会において近年急激に拡大している高等教育の修了者が具体的
にどのような就業機会を得ているのか、そして中等教育修了者の就業機会は、その影響を
受けて何らかの変化を示しているのか、という問いである。
筆者は以前、1980 年代韓国における急速な高等教育拡大の帰結に関して、同様の問題の
考察を試みたことがある。詳細な結果は有田(2006)を参照されたいが、1980 年代半ば以
降、急速に増大した新規大卒者は、賃金の下落と引き換えに、これまでと同様の確率でホ
ワイトカラー職(専門技術、管理、事務)に就業していった。しかしこれとは逆に、新規
高卒者のホワイトカラー職就業確率は次第に低下し、新規大卒者による新規高卒者の「押
し出し」が生じていたことが確認されている。
しかし、きわめて急激に増大した新規大卒者を、就業待機期間の多少の長期化はあった
とは言え、この時期比較的スムーズにホワイトカラー職種に吸収できたのは、その間韓国
経済が急速な成長を果たし、経済規模が大きく拡大すると共に、農業部門から非農業部門
への労働力移動が未だかなりの規模で生じていたこと、またそれまでの時期、経済の成長
に比して高等教育定員が抑制されており、大卒者が比較的希少となっていたこと、などの
ためホワイトカラー職種に就業し得る大卒労働力への需要がもともとそれなりに高かった
という事情も関係していよう。
しかし 1990 年代以後の高等教育拡大期(ならびにその数年後の新規学卒労働力中の大卒
者の急増期)は、以前筆者が分析した 1980 年代とは背景条件が大きく異なっている。この
8
これは短期大学から4年制大学への「昇格」に伴って生じている結果でもある。
本稿では以下、新規学卒者の就業機会について検討していくが、文部科学省『学校基本調
査報告書』にも専修学校修了者の進路情報は掲載されておらず、残念ながら専修学校修了
者の就業機会を本稿の分析対象に含めることはできない。
9
1
時期、きわめて深刻な影響をもたらした 1997 年の経済危機によって、経済成長自体が大き
く鈍化したのみならず、すでに農業部門から非農業部門への労働移動はかなり沈静化して
おり、さらに 1980 年代の高等教育拡大によって大卒労働力が十分に供給されていた状態に
あった。このような、急増する新規大卒者の就業に対する「向かい風」の中、彼ら/彼女ら
はどのような就業機会を得てきたのであろうか。またそこには、他の東アジア社会の事例
と比べてどのような違いが見られるのだろうか。
以降、1990 年代以後の高等教育拡大期における高等教育、ならびに中等教育修了者の職
種別就業機会とその推移を比較の観点から検討していくのであるが、日本と韓国において
は、中央省庁の要請により各学校が卒業者の進路情報を綿密に調査しており、その集計デ
ータ(日本では『学校基本調査報告書』
、韓国では『教育統計年報』に収録)を用いて新規
学卒者の就業機会のかなり詳細な分析が行えるのに対し、台湾では管見の限りこのような
学校単位での進路調査が行われておらず、同じ枠組みによる比較分析を行うのが難しい 10。
このため、学校卒業直後の就業機会の分析に際しては、まずは日本と韓国のみを対象とし、
台湾に関しては改めて別の角度からの接近を試みることとしたい。
近年日本と韓国における新規中卒就職者数は非常に小さいことから、ここでは、高卒者、
2−3年制の短期大学卒者、ならびに四年制大卒者のみを分析の対象とし、それらの新卒
就業者の職種の分布を検討していく。ここでは職種をホワイトカラー職(専門技術、管理、
事務)
、グレーカラー職(販売、サービス、保安、運輸)
、ブルーカラー職(生産、単純労
務、農林漁業)に3分類する。事務職を専門技術・管理職と同一カテゴリーとしたのは、
日本、韓国共に、新卒者採用時に幹部候補生も事務職として採用されるケースが多いため
である(Ishida 1998; Sandefur and Park 2007)
。またこれらのホワイトカラー職就業者は他の
職種に比べて平均的に恵まれた報酬を得ており、職務遂行に要される技術や知識の面でも、
高等教育水準の仕事はそのほとんどがこのカテゴリーに含まれる。このため以降の分析で
も、ホワイトカラー職への就業機会に着目しながら、新規学卒者の就業機会とその変化に
ついて分析を行っていくこととする。
4.2
日本における新規学卒就業者の職種分布
以下、日本は 1990 年から 2005 年まで、韓国は政府統計における職業分類変更(1993 年)
を経た後の 1995 年から 2005 年まで5年おきに、新規学卒者の職種分布の変化を検討して
いくのであるが、まず日本について職種分布を示した表2をみると、いずれの学校級にお
いても、平均的に報酬の高いホワイトカラー職への就職比率は、1990 年以降低下しており、
その分グレーカラー職やブルーカラー職の就職比率が上昇していることがわかる。なかで
も、高卒者のホワイトカラー職就職比率の低下は著しく、32.6%から 16.6%へと 16 ポイン
トの低下を示している。
10
以前は、行政院青年輔導委員会の委託研究という形で、郵送による標本調査を通じて高
等教育修了者の就業状況が調べられ、その結果が報告書としてまとめられていた。しかし
1999 年の調査結果(行政院青年輔導委員會 2001)を最後として、この報告書の刊行は中断
されており、90 年代半ば以後の急激な教育拡大の影響の検討が不可能な状況となっている。
8
表2
新卒就職者の職種分布(日本:男女計)
高卒
1985
30.8%
31.1%
38.1%
89.7%
8.4%
2.0%
75.9%
23.6%
0.5%
ホワイト
グレー
ブルー
ホワイト
グレー
ブルー
ホワイト
グレー
ブルー
高専・
短大卒
四大卒
1990
32.6%
32.5%
34.9%
87.9%
10.8%
1.3%
79.0%
20.8%
0.2%
1995
22.4%
37.0%
40.5%
81.3%
16.9%
1.8%
72.0%
27.6%
0.4%
2000
17.9%
38.3%
43.7%
78.6%
19.4%
2.0%
70.7%
29.0%
0.3%
2005
16.6%
36.9%
46.5%
80.7%
16.3%
3.0%
66.9%
32.5%
0.7%
図4 新卒ホワイトカラー就業者数の推移(日本:男女計)
300000
250000
200000
高卒
短大・高専卒
大卒
150000
100000
50000
0
1990
1995
2000
2005
ここで注目したいのは、この間の高学歴化と共に、新規高卒就職者数と短大・高専卒就
職者数はいずれも大きく減少しているという点である。実際、これらの学校級別にホワイ
トカラー職就業者の絶対数を示した図4を見ると、四大卒ホワイトカラー職就業者数は比
較的小さな減少にとどまっているのに対し、それに比べて短大・高専卒の場合はかなり減
少幅が大きく、高卒者の場合はさらに大きく減少している。また、図表には示していない
ものの、大学院を修了した就業者数まで含めれば、四年制大学「以上」卒業者中のホワイ
トカラー職就業者数は 90 年以降、
ほとんど変化していないことがわかる。
ただしそれでも、
すべての学校級をあわせた新規学卒者全体でのホワイトカラー職就業者数はこの間、かな
り減少してきたことになる。これは、バブル経済崩壊後の不況期において、企業側が新卒
ホワイトカラー職採用を相対的に手控えてきたことの結果であろう。
以上のように 1990 年代以降の日本では、新卒者向けのホワイトカラー職就業機会が減少
するなかで、四年制大卒者は以前とそれほど変わらないホワイトカラー職就業機会を得て
きた。ただし、四大卒者自体はかなり増加していることもあり、その比率自体は減少を示
1
している11。しかし、四大卒者のホワイトカラー職就業機会がそれほど大きく減少しなかっ
た反面、全般的な高学歴化に伴って新卒就職者数自体が減少している短大・高専卒者、あ
るいは高卒者に関しては、その数の減少をはるかに超える速度でホワイトカラー職就業機
会が減少しているのである。すなわち、全体的な新規学卒ホワイトカラー職業者数の減少
傾向の中で、高卒者、短大・高専卒者をホワイトカラー職から「押し出す」ことで、四大
卒者はかろうじてその機会を守ってきたものと結論付けられよう。
このような労働市場の反応は、就業機会調整モデルよりも、就業機会不変モデルに近い
と言えよう。全般的な景気の低迷が背景として存在したとはいえ、新規大卒者の急増に対
してそれに見合うだけの就業機会の増加はまったく見られないのであり、四大卒者による
短大・高専卒、ならびに高卒者の「押し出し」が生じているという点で、新規学卒者の就
業機会配分においては学歴の相対的な水準こそが重要な意味を持っているものと言えよう。
4.3
韓国における新規学卒就業者の職種分布
一方韓国はどうであろうか。表3は、日本と同様の形式で各学校級別に新卒就業者の職
種構成を示したものであり、図5はそのうちのホワイトカラー職就業者数を示したもので
ある。まず表3についてみると、この間の急速な高学歴化にも関わらず、四年制大卒者の
ホワイトカラー職就業比率は9割前後でほとんど変わっておらず、むしろ少々増加してさ
えいるようにもみえる。その反面、95 年から 05 年の間に、専門大卒者のそれは7ポイント
下落し、高卒者のそれは 20 ポイントあまりとさらに大きな下落を示している。日本の場合
と同様に、急速な高学歴化の中で、増加する四年制大卒者は、専門大卒者、ならびに高卒
者を相対的にホワイトカラー職から「押し出す」ことで、就業比率の面でも、これまでと
同じ水準のホワイトカラー職就業機会を維持してきたと言えるだろう。
表3
高卒
新卒就職者の職種分布(韓国:男女計)
ホワイト
グレー
ブルー
専門大卒ホワイト
グレー
ブルー
四大卒 ホワイト
グレー
ブルー
1995
43.5%
12.7%
43.8%
73.9%
15.4%
10.7%
87.3%
8.7%
4.1%
2000
40.4%
18.2%
41.4%
71.4%
15.6%
13.1%
89.3%
7.3%
3.4%
2005
23.8%
23.2%
53.0%
66.9%
13.3%
19.8%
90.0%
4.8%
5.2%
実際、図5からホワイトカラー職就業者数をみても、高卒者のそれは大きく減少してい
るのに対し、四大卒者のそれは相当程度増加していることがわかる。ただし、比率の面で
は減少していた専門大卒のホワイトカラー就業者数も絶対数では増加しており、ホワイト
11
四大卒者の卒業直後の就職率は、90 年が 81.0%、95 年が 67.1%、00 年が 55.8%、05 年
が 59.7%と大きく低下しており、卒業者中に占めるホワイトカラー職就業比率はさらに大
きな低下を示すことになる。
10
カラー職就業比率の減少は、それを上回る卒業者数の増加があったためと理解される。ま
たこの間の新規学卒者全体でのホワイトカラー職就業者数をみると、高卒、専門大卒、四
大卒だけでも 95 年の 24 万人余りから 05 年の 26 万人強へと1割近く増加しており、大学
院卒まで含めれば、全体で数万人あまり新規学卒ホワイトカラー就業者が増大しているこ
とになる。この時期、韓国では日本以上に急速に高等教育が拡大し、実際四年制大学卒業
者数自体大きく増加しているにもかかわらず、以前と変わらぬホワイトカラー就業比率を
維持し得たのも、このような新規学卒ホワイトカラー就業者数自体の増加にその要因を求
められよう12。
図5 新規学卒ホワイトカラー職就業者数の推移(韓国:男
女計)
160000
140000
120000
100000
高卒
専門大卒
四大卒
80000
60000
40000
20000
0
1995
2000
2005
「急増した大卒者が、高卒者を押し出しながら、以前と同様のホワイトカラー就業比率
を保ってきた」という帰結は、筆者が以前考察した 1980 年代半ば以降の高等教育拡大のそ
れとまったく同一である。しかし、前にも述べたように 90 年代半ば以降の韓国は、農業部
門の縮小と非農業部門の拡大の動きも一段落し、80 年代ほどにはホワイトカラー職就業機
会が増加しやすい状況ではなかった。また、80 年代のホワイトカラー職への大卒者の吸収
は、大卒者の相対的な賃金下落と同時に生じたものであったが、労働部の「賃金構造基本
調査報告書」各年度版によれば、90 年代半ば以降、高卒者を1とした場合の四大卒者の平
均賃金は、男性で 1.4∼1.5 程度、女性で 1.5∼1.6 程度の間で安定的に推移しており、明確
な賃金の下落傾向は見られない。これは若年層に限った場合も同様である。
そうであるならば、韓国におけるこのような新規学卒ホワイトカラー職就業機会の増大
と急増した大卒者のそれらへの比較的スムーズな吸収は、いかにして可能となったものな
のであろうか。この問いに対して、これまでの先行研究では「経済構造の高度化・専門化
12
新規大卒者の単純就職率(就職者/卒業者)は、95 年の 60.9%から 00 年には 56.0%に低
下しているが、05 年には 65.0%にむしろ上昇しており、一貫した低下傾向を示しているわ
けではない。
1
とそれに伴う高学歴労働力の需要増大」に答えが求められることが多かった。もちろんそ
れは妥当な推論ではあろうが、労働力供給とはまったく独立した形で需要を計測するのは
困難であり(Müller and Shavit 1998)
、そのような要因によって現実のホワイトカラー職就業
機会増大のどの程度が説明され得るのかを判断するのは難しい。果たして本当に他の要因
の可能性を検討することなく、すべてをこの要因に帰してしまってよいのであろうか。
新規学卒者の就業機会調整のメカニズム――世代間就業機会移転の可能性
5
5.1
教育拡大と就業機会の関係性再考
ここでもう一度確認しておくと、大卒者急増に対する労働市場の反応として想定されて
いた可能性は主に、
「社会全体での就業機会構造は変化せず、そのため新規学卒者の就業機
会分布も変化しない」というタイプか、
「新規学卒者の就業機会分布は新規学卒者の学歴構
成の変化に敏感に反応して変化し、その結果社会全体での就業機会構造も変化する」とい
うタイプの二つに大別された。しかし、賃金の下方硬直性などの制約のため、きわめて急
激な教育拡大に対して全的に後者のような反応が生じるというのは現実的にはなかなか容
易ではない。このためこれまでの研究においては、教育拡大にもかかわらず新規学卒者の
就業機会分布に大きな変化が生じなかった場合、その要因は技術水準の上昇等の経済構造
変動要因に帰されることが多かったのである。
しかし上記二つの可能性を詳細に検討してみると、それらの想定は「社会全体での就業
機会構造」と「新規学卒者の就業機会構造」のそれぞれの変化の方向が(必ず)連動する
との前提に立っていることに気づく。社会全体での就業機会構造が変化しなければ、新規
学卒者のそれも変化しないと考えられ、その裏もまた同様である。
もちろんこれらは現実的にある程度妥当な前提ではあるだろうが、論理的には両者が
別々の変化を示す場合もありうるだろう。「社会全体での就業機会構造」と「新規学卒者の
就業機会構造」の変化の有無が異なる組み合わせは二通りあるが、ここで重要なのは「社
会全体での就業機会構造は変化しないが、新規学卒者の就業機会は、その学歴構成の変化
に応じて変化する」という組み合わせである。このような事態が生じるのは、すでに労働
市場に参入している就業者と新規学卒者とが就業機会をめぐる競争を繰り広げ、相対的に
高い学歴を持つ新規学卒者が、労働市場に参入済みの(ほとんどの場合年齢のより高い)
就業者を、報酬の高い就業機会から押し出してしまい、社会全体での就業機会構造が変化
しなくても、新規学卒者の就業機会は学歴構成の上昇に合わせて結果的に調整される、と
いう場合である。もちろんこれは一種の理念型であり、このようなメカニズムですべてが
説明されつくされることはないかもしれないが、それでもこの「世代間での就業機会移転」
というメカニズムがどれほど強く働いているのかを検討することは、(これまであまり意識
されてこなかっただけに特に)現実の労働市場の反応を見極めるためにも大きな意義を持
つであろう。
このためにここで検討するのは、時点間での年齢・職種別就業人口の推移である。すな
わち、急激な教育拡大によって新規に労働市場に参入する労働力の学歴構成が大きく上昇
した時期に、既に労働市場に参入済みのコーホートの職種構成がどのように変化したのか、
あるいはしていないのかを検討することにより、上記の問題にアプローチすることができ
12
るものと考えられる。具体的に述べれば、2000 年から 05 年の間に新規大卒労働力が大きく
増加したとして、例えば 2000 年時点における 40-44 歳の集団のホワイトカラー職就業者数
を、その5年後である 2005 年時点における5歳年齢を加えた 45-49 歳のホワイトカラー就
業者数と比較することで、彼ら/彼女らがこの時期、現実にホワイトカラー職からの「押し
出し」を経験しているのかどうかが判断できると言える。
後に見るように、主に 30 歳前半以上の年齢コーホート(ならびに女性の労働力率曲線が
M 字を描く社会では子育てが終了した世代以後の女性のそれ)では労働市場への新規参入
がほぼ終了し、以後、加齢と共に若干ずつ労働市場からの離脱が生じるため、時点間で見
れば全体就業者(以降、全職業就業者)数自体が少しずつ減少していく。このコーホート
における全職業就業者の減少率よりも、ホワイトカラー職就業者の減少率が大きければ、
このコーホートにおいて、他の職種よりもホワイトカラー職に就いている就業者の労働市
場からの離脱傾向が特に高いか、あるいはホワイトカラー職から他の職種への職業移動傾
向が高いことになる。一般的には、就業継続と離職との選択において、その時点で報酬の
高い職に就いていることは就業継続のインセンティブを高めることになるため、平均的に
報酬の高いホワイトカラー職就業者の減少率は、全体就業者の減少率よりも小さい「相対
的増加」の状態にあるものと考えられる。このため、当該コーホートにおいて、逆にホワ
イトカラー職就業者の方が全体よりも一層大きく減少する「相対的減少」が認められた場
合、当該コーホートにおいては、ホワイトカラー職就業機会のかなり目立った喪失が生じ
ているものと判断されるのである。
5.2
日本における就業機会変化のコーホート間比較
では東アジアの社会においては、この点に関して実際にどのような変化が生じているの
であろうか。ここでは、年齢別職種分布の推移を検討できるデータのうち、もっとも規模
が大きく信頼性の高い人口センサスデータ13を用い、時点間での就業者数の変化率(後の時
点の就業者数を、基準年である前の時点の就業者数で除した値)を検討していく。なお近
年の台湾の人口センサス報告書には、年齢・職業別就業者数データが収録されていないた
め、次善の策として、行政院主計処の「人力資源統計調査」データを用いて、同様の分析
を行う。また、これらの東アジア社会においては、男女間で年齢別経済活動参加のパター
ンがかなり異なり、さらには性別による労働市場分断もある程度認められることから、以
降では、男女別に分析を行っていく。
まず表4に基づき日本のケースについて検討すると、変化のパターンは男女別に大きく
異なっていることがわかる。男性の場合、30 代以降では全職業就業者数が減少するに至っ
ており、新規学卒者の労働市場参入は概して 20 代で終わると言えよう。そのほとんどがす
でに労働市場に参入済みと考えられる 30 代以降のコーホートについてみると、1990 年代後
半期を除き、全職業就業者数は減少しているにもかかわらず、50 代前半までは変化率が
100%を超える「絶対増」の状態にあり、50 代後半でようやく変化率は 100%を切り、多く
が定年を経た後の 60 代でようやく全職業就業者の変化率よりも低い「相対減」の状態に至
13
日本は総務庁統計局『国勢調査報告』各年度版、韓国は統計庁『人口住宅総調査報告書』
各年度版。以下、断りのない限り、両国のデータはこれらによる。
1
る。全年齢就業者数の変化に関しては、ホワイトカラー職就業者の変化率の方が全職業就
業者の変化率よりも高いことを差し引いても、これらのコーホートにおけるホワイトカラ
ー職就業者増は顕著であり、これは現業職からの管理職登用など、他職種からホワイトカ
ラー職種への職業移動がかなりの頻度で生じているためと考えられる。一方、多くの企業
で中高年層のリストラが相次いだ 1990 年代後半期には、40 代後半以降のコーホートにおい
てすでに「相対減」となっているが、これはこの時期、全年齢層でもホワイトカラー職種
の縮小が生じたため(全職業就業者の変化率(96.1%)よりホワイトカラー職の変化率
(94.3%)の方が低い)でもあり、各コーホートにおける全職業就業者の変化率との乖離は、
この全年齢層における変化率の乖離とそれほど変わらず、中高年層においてホワイトカラ
ー職の特に大きな減少が見られるわけではない。
表4
年齢コーホート別就業者数変化率(日本)
男性
年齢
20-24
25-29
30-34
35-39
40-44
45-49
50-54
55-59
60-64
65-69
全年齢計
女性
年齢
20-24
25-29
30-34
35-39
40-44
45-49
50-54
55-59
60-64
65-69
全年齢計
1990-1995
ホワイトカラー
1995-2000
全職種
687.9%
163.1%
104.7%
104.1%
104.9%
103.7%
101.8%
96.1%
68.3%
66.2%
105.3%
ホワイトカラー
395.0%
127.6%
101.1%
99.7%
98.8%
98.1%
96.6%
93.5%
73.5%
73.1%
103.4%
624.7%
160.7%
103.7%
100.5%
98.4%
94.5%
91.2%
86.2%
58.3%
53.8%
94.3%
1990-1995
ホワイトカラー
570.0%
85.1%
76.2%
109.4%
112.1%
102.2%
92.0%
83.4%
65.8%
68.5%
109.8%
2000-2005
全 職種
381.8%
121.4%
98.2%
97.1%
96.8%
95.6%
94.1%
90.7%
67.5%
63.1%
96.1%
1995-2000
全職種
ホワイトカラー
433.4%
86.3%
86.9%
117.1%
112.7%
102.5%
93.7%
86.7%
72.8%
70.4%
104.7%
633.6%
95.4%
78.3%
105.5%
111.1%
99.6%
89.5%
80.0%
58.8%
59.3%
102.0%
ホワイトカラー
全 職種
848.9%
184.5%
104.4%
103.0%
103.6%
101.4%
101.6%
98.3%
67.3%
62.0%
100.3%
385.6%
119.7%
94.1%
94.1%
95.5%
95.3%
94.9%
93.6%
73.7%
70.0%
95.3%
2000-2005
全 職種
459.0%
93.2%
86.1%
113.5%
114.9%
103.0%
94.0%
85.8%
67.0%
62.2%
99.9%
ホワイトカラー
711.5%
110.7%
82.4%
102.9%
114.1%
105.1%
94.4%
86.3%
62.7%
65.9%
102.7%
全 職種
436.0%
97.6%
85.5%
107.6%
115.5%
106.4%
97.6%
91.1%
71.2%
69.1%
100.0%
(注)年齢は、比較した2時点のうち、後の時点におけるそれである。
斜体はホワイ トカラー職就業者の増加率が、全職業就業者のそれより低い「相対減」。
いずれも以下同様。
一方、女性の場合は、かなり変化のパターンが異なる。まず全職業就業者数の変化をみ
ると、20 代後半から 30 代前半にかけて減少し、その後 40 代まで増加した後、50 代から再
び減少するという複雑な推移を示している。これは、就職後、20 代後半を中心とした時期
に結婚・出産と共に非労働力化し、その後、子育てが終わると同時に再び働きはじめると
14
いう日本における女性の M 字型就業カーブがそのまま表れたものである。このような全職
業就業者数の変化率に比べれば、女性の場合、30 代以上のすべてのコーホートにおいて、
ホワイトカラー職就業者の変化率は小さく「相対減」の状態にある。いずれの時期におい
ても、全年齢層でのホワイトカラー職就業者の変化率の方が、全職業就業者数の変化率よ
りも高いことから、女性の場合は明らかに、新規学卒者の労働市場参入に伴い、中高年層
がホワイトカラー職から相対的に「押し出されて」いるものと結論づけられよう。
5.3
韓国における就業機会変化のコーホート間比較
次に韓国の事例に関して同様の検討を加えてみよう(表5)。まず男性についてみると、
日本の男性の場合とはまったく異なる様相が見て取れる。新規学卒者の労働市場参入がほ
ぼ終了した 30 代後半以降においては、ホワイトカラー職の変化率が 100%を超える「絶対
増」はまったく見受けられず、全職業就業者数の変化率とほぼ同様の水準か、むしろそれ
を下回っており、1990 年代後半には 50 代以降、2000 年代前半にはその範囲がさらに広が
り 30 代後半以降からすでに「相対減」の状態にある。この間、男性全年齢でのホワイトカ
ラー職就業者数の変化率は、全職業就業者数の変化率よりも逆に数ポイント高いことを勘
案すれば、この年齢層におけるホワイトカラー職就業機会の喪失はかなりの規模のもので
あったことがわかる。
表5
年齢コーホート別就業者数変化率(韓国)
男性
年齢
20-24
25-29
30-34
35-39
40-44
45-49
50-54
55-59
60-64
全年齢計
女性
年齢
20-24
25-29
30-34
35-39
40-44
45-49
50-54
55-59
60-64
全年齢計
1995-2000
ホワイトカラー
2000-2005
全職 種
736.6%
377.8%
126.2%
98.3%
92.5%
88.3%
82.1%
66.6%
46.7%
107.7%
ホワイトカラー
348.6%
203.2%
109.4%
95.8%
91.5%
88.3%
83.9%
75.6%
65.5%
99.0%
715.7%
452.2%
133.1%
99.7%
94.1%
90.1%
86.0%
75.4%
57.4%
107.2%
1995-2000
ホワイトカラー
575.0%
90.7%
75.4%
117.7%
116.5%
108.3%
92.0%
73.2%
60.9%
121.3%
全職種
374.0%
258.2%
119.3%
100.2%
96.5%
93.7%
90.5%
83.8%
73.2%
102.7%
2000-2005
全職 種
ホワイトカラー
395.3%
85.5%
96.4%
132.8%
116.3%
103.7%
90.8%
83.3%
78.0%
109.2%
746.5%
132.7%
82.6%
114.4%
110.2%
99.9%
92.4%
83.3%
66.7%
124.3%
全職種
485.3%
120.6%
91.2%
119.7%
108.6%
96.1%
86.7%
81.6%
77.9%
106.4%
「世代間で就業機会をめぐる競争が繰り広げられる」というここで想定している可能性
1
に基づけば、このような 30 代以降のコーホートにおけるホワイトカラー職就業機会の喪失
は、急激に高学歴化した新規学卒者のホワイトカラー職就業機会へと転じたものと理解さ
れるのであるが、このようなメカニズムを通じた就業機会の移転は実際にどの程度の規模
に至るものと想定されるであろうか。2000 年から 05 年の時期を例にとると、
34 歳以下
(2005
年時点、以下同様)の男性ホワイトカラー職就業者は、5年間で約 71 万 7 千人増加してお
り、このほとんどが新規学卒者と推測される。一方、一般的な企業定年を迎える前の年齢
である 35 歳から 59 歳までの男性ホワイトカラー職就業者は、この5年間で約 26 万 3 千人
減少している。単純に考えれば、この年齢層におけるホワイトカラー職就業機会の喪失が、
新規学卒者のホワイトカラー職就業機会創出の3分の1強を説明するものであることがわ
かる。ちなみに日本では、同じ時期 35 歳から 59 歳の年齢層でホワイトカラー職就業者が
逆に 10 万人増加しているのであり、この点で日韓の社会間に非常に大きな相違が存在して
いることがわかる14。
一方、女性の場合は、30 代におけるホワイトカラー職就業者変化率が、全職業のそれよ
りも低く、その後の年齢においてはそれより高いという、年齢間で相反する傾向を示して
いる。女性の場合は、年齢別の労働市場参加傾向がやや複雑であるため解釈は容易ではな
いが、一般に高学歴者の多いホワイトカラー職就業女性は結婚・出産年齢も高くなるため、
その他の職種の就業女性に比べ、結婚・出産時の労働市場からの離脱と、復帰が数年遅く
なることによりこのような傾向が生じている可能性もある。いずれにせよこの点はさらに
詳細な検討が必要であるが、それでも女性全年齢でのホワイトカラー職就業者数の変化率
はかなり高く、それに比べれば、既に労働市場に参入している年齢層における「相対増」
傾向も、それほど大きなものではないと判断され得る。
5.4
台湾における就業機会変化のコーホート間比較
最後に台湾の事例に関して同様の分析を行っておこう。ここで依拠する「人力資源統計
調査」は、日本の「労働力調査」
、韓国の「経済活動人口調査」に相当する標本調査であり
15
、人口センサスに比べればサンプルサイズがやや小さいという難点がある。表6はこれま
でと同様の方法によって各コーホートの就業者数変化率を示したものであるが、ここでは
数値の細かな違いにこだわるのではなく、全体的な趨勢を把握することにまず主眼を置く
こととする。
高等教育拡大時期以後の男性のホワイトカラー職就業者数の変化率をみると、30 代後半
から 40 代までは概して全職業就業者数の変化率よりも少々高いが、50 代からはそれをやや
下回る。しかし、日本や韓国に比べれば、それぞれのコーホートにおける全職業就業者変
化率とホワイトカラー職就業者変化率との乖離は、それほど大きくないようにみえる。女
性の場合もこれは同様であり、
「相対減」となっているコーホートも多いものの、全体職業
就業者変化率との差は比較的小さく、韓国におけるほどの「押し出し」が生じているわけ
14
このような推論は、男性のみに焦点をあてたものであり、
「男性の就業機会は男性に移転
する」としている点でやや強い仮定を持つが、性別に分節化されている韓国の労働市場で
はこのような仮定もある程度妥当なものと考えられる。
15
本節の本文、図表データはすべて行政院主計處『人力資源調査統計年報』各年度版によ
る。
16
ではないようである。ただし、韓国の場合と同様、ホワイトカラー職就業者数(全年齢)
自体の増加はかなり著しく、全職業就業者数の変化率よりも 10 ポイントほど高い値となっ
ている。前述した理由により、本稿では台湾における新規学卒者の就業機会に関して詳細
な分析を施すことができなかったが、たとえ中高年層の「押し出し」が生じなかったとし
ても、このような就業者構造の大きな変動により、急激に増加した新規大卒者の就業機会
はそれなりに創出された可能性はある。しかし、それは韓国の 1980 年代と同様、それまで
高等教育定員がそれなりに抑制されていたことの反動であるのかもしれず、今後もこのよ
うに急激なペースで高等教育修了者が生じ続けた場合、労働力の需要と供給に関する「ミ
スマッチ」が生じる可能性は小さくないであろう。
表6
年齢コーホート別就業者数変化率(台湾)
男性
年齢
1997-2002
ホワイトカラー
20-24
25-29
30-34
35-39
40-44
45-49
50-54
55-59
60-64
全年齢計
844.4%
336.5%
119.9%
101.9%
98.0%
93.8%
81.3%
72.9%
55.8%
109.9%
女性
年齢
210.5%
198.4%
103.4%
96.3%
93.8%
89.9%
82.7%
75.3%
60.9%
99.7%
1997-2002
ホワイトカラー
20-24
25-29
30-34
35-39
40-44
45-49
50-54
55-59
60-64
全年齢計
6
2002-2007
全職種
620.5%
138.6%
95.3%
99.7%
98.3%
89.0%
76.8%
63.2%
42.9%
116.1%
ホワイトカラー
全職種
862.5%
438.2%
127.6%
104.4%
100.6%
99.3%
90.0%
77.6%
59.0%
114.9%
308.9%
220.0%
109.9%
101.6%
98.7%
96.9%
91.2%
81.0%
62.5%
105.8%
2002-2007
全職種
338.6%
124.0%
100.5%
105.2%
100.2%
89.6%
78.3%
65.7%
53.8%
108.1%
ホワイトカラー
1178.9%
179.5%
103.9%
103.3%
105.7%
102.6%
88.2%
70.9%
54.2%
122.5%
全職種
460.4%
145.4%
106.1%
108.2%
107.1%
97.7%
87.1%
72.6%
64.6%
113.3%
おわりに
本稿の分析結果を要約しつつ、東アジア社会における教育拡大と新規学卒者の労働市場
参入のメカニズムについて比較の観点から考察しておこう。まず日本、韓国、台湾のいず
れの社会においても、近年高等教育機会がかなりの拡大を示しており、高等教育機関への
進学がユニバーサル化されつつある。特に韓国、台湾では、1990 年代以降、きわめて急速
な高等教育拡大を経つつあり、新規高卒者の高等教育進学率が8割を超えるに至っている。
しかし急激に増加する高等教育修了者の職種分布を(十分なデータの存在する)日韓間
1
で比較すると、両者の間にはかなり大きな違いが存在している。日本の新規大卒者は、新
規高卒者などを「押し出し」ながら、絶対数ではそれまでと同様のホワイトカラー職就業
機会を得てきたものの、増加する大卒者に見合うほどの就業機会の増加は生じておらず、
(就職待機者まで含めると)比率の面ではホワイトカラー就職比率は徐々に減少している。
このことから、1990 年代以降の日本において、初職の職業的地位に対して大卒学歴のもた
らす効果は、絶対的な水準においては低下していると言えるだろう。ただし、高卒者のそ
れも同時に低下していることから、相対的な水準においては必ずしも低下していない可能
性もある。
一方韓国の場合、日本以上に急激な高等教育拡大が生じているにもかかわらず、増加し
た新規大卒者達は、実数のみならず比率の面でも、これまでと同様のホワイトカラー職就
業機会を確保している。これはこの時期「大卒者の増加に伴い、新規高卒者がホワイトカ
ラー職から押し出されていったこと」
、また「新規学卒者全体でのホワイトカラー就職者数
自体が増加したこと」によって、新規大卒者のホワイトカラー職就業機会が大きく増加し
たためである。これにより、ホワイトカラー職就業という側面に限って言えば、初職の職
業的地位に対して大卒学歴のもたらす効果は、絶対的水準においてもそれほど低下してお
らず、学歴効果が低下した高卒者と比較して、相対的にはむしろ上昇さえしていることに
なる。
ではなぜ日本では大卒者のホワイトカラー職吸収が十分に起こらなかったにもかかわら
ず、日本以上に急激に大卒者が増加した韓国においてそれが可能だったのであろうか。要
因の一つは、この間の経済構造変動、特に職業の専門化・サービス化の速度の違いに求め
られよう。韓国では、情報産業への積極的な投資などを背景として、以前の時期ほどでは
ないとはいえ、それでもやはりホワイトカラー職就業者数がかなりのペースで増加し続け
ているのである。
しかし本稿が明らかにしたのは、これに加えて、ホワイトカラー職就業機会の「世代間
移転」が生じているか否かが、このような日韓間の相違をもたらす重要な要因となってい
るという事実である。日本では、特に男性就業者の場合、一般的な企業定年を迎えるまで
の中高年世代においてホワイトカラー職就業機会の喪失はほとんど生じておらず、むしろ
絶対数自体が増加する傾向にあるのに対し、韓国では近年、この世代におけるホワイトカ
ラー職就業機会の喪失が著しい。ホワイトカラー職就業機会の「世代間移転」のアイディ
アに基づけば、30 代後半から 50 代までの世代における男性ホワイトカラー職就業機会の喪
失は、若年層の男性ホワイトカラー職就業機会創出の3分の1程度を説明することになる
のである。データが制限されていることによる留保付きではあるが、台湾においてもこの
ようなホワイトカラー職種の世代間移転は目だった形で生じておらず、このような現象は、
韓国において顕著なものであることがわかる。
以上をふまえれば、韓国では急激な新規大卒者の増加に対し、既に労働市場に参入して
いる世代から新規に参入する世代への「世代間でのホワイトカラー職就業機会の移転」が
生じたために、そうでなかった場合に比べて、新規大卒者のホワイトカラー職就業がより
容易になったものと評価できよう。これは韓国では、民間部門の被雇用者が退職勧告など
を契機として企業の定める退職年齢よりもかなり早い時期に退職するのが一般的になって
いること(また、被雇用者の「自営化」もかなりの頻度で生じていること)
、そもそも韓国
18
では日本ほど堅固な内部労働市場が形成されていないこと(丁怡煥・田炳裕 2004)などを
背景として、すでに労働市場に参入している世代と、学校を卒業し新規に参入する世代と
の間に就業機会をめぐる競争的関係が生じやすいためであると考えられる。一方で日本で
は、玄田(2001)が示した「新規学卒者の採用を手控える代わりに、現在の社員の雇用を
守る」という不況期における企業の採用行動に如実に示されているように、既に労働市場
に参入し、就業機会を得ている就業者の「既得権」が相対的に強いため、いくら新規大卒
者が増加したとしても、それに見合うだけの就業機会調整が生じづらいものと解釈され得
よう。
マスコミなどでも頻繁に報じられているように、確かに韓国における若者の就業状況は
大変に厳しい。もちろん、若者の非正規雇用問題など、また別の視点からの考察も必要で
はあるが、
「ホワイトカラー職への就業機会」という観点に基づいた本稿の分析結果に基づ
く限り、韓国の若者就業問題は労働市場からの深刻な排除の結果として生じているもので
はないように見受けられる。日本などと比べれば、韓国の労働市場は新規大卒者の急増に
対して、
「世代間での就業機会移転」というそれなりに柔軟な調整メカニズムを働かせてき
ているのである16。むしろ現在の韓国における若者就業問題は、それにもまして高等教育拡
大が急速すぎるというところに要因を求めるべきであるだろう。一方、日本の労働市場に
おいては、このような調整メカニズムが作動しづらいという事実が、高学歴化時代におけ
る若者の就業問題を一層深刻にしている可能性がある。また本格的な教育拡大がはじまっ
たばかりである台湾においても、今後は新規大卒者が深刻な就業問題に直面していく可能
性は否定できない。
最後に本稿の理論的なインプリケーションについて簡単に論じておこう。
「より年齢の高
い就業者をホワイトカラー職から押し出す形で、急激に増加する大卒者がホワイトカラー
職を確保する」というメカニズムが韓国では部分的に認められ、日本ではそうではないと
いう事実は、両国の労働市場における学歴の機能を見極める上でも重要な含意を持つ。仮
に労働市場における学歴の機能が、スクリーニング論者が想定するように「ひとびとの一
般的能力(訓練可能性)の、同一年齢集団内における相対的水準」を表示するものである
ならば、仮に全般的な高学歴化趨勢によって世代間で学歴構成が大きく変化したとしても、
重要なのはあくまで当該年齢コーホートにおける学歴の相対的水準であるため、既卒世代
の高卒者よりも新卒世代の大卒者の方が必ずしも選好されるわけではない。しかし、学歴
が「生産性に直結した技術・知識の絶対的水準」を示すものであるならば、
(そして勤続に
よる技能蓄積がそれほど大きくない場合)既卒世代の高卒者よりも新卒世代の大卒者の方
が好まれることになる。賃金水準の相違や、あるいは勤続による技能蓄積の相違などをす
べて与件として、本稿の分析結果に基づきつつ単純にいえば、日本では韓国よりも学歴の
「相対的水準」がより重視されているということになるだろう。しかし以上は未だ仮説的
段階にとどまるものであり、この問題に関しては、今後さらに詳細な検討が必要であろう。
本稿では、政府統計の集合データを用いて、新規学卒者の就業機会とその変化の趨勢を
16
見方を変えれば、韓国では労働力の急速な高学歴化に対して、
「ホワイトカラー職への就
業年数の短縮」という形で解決がなされてきたといえるだろう。ただし、これが常態とな
れば、それは個人の職業的地位決定に対する大卒学歴効果の低減という結果を招くことに
なる。
1
大枠において把握することに主眼を置いた。今後は、個々人を分析単位とし、職歴データ
の時系列分析などを通じて、以上で示した知見の妥当性を検証し、さらに詳細な検討を試
みていかねばならないだろう。同時に、本稿では十分に扱えなかった雇用形態(非正規雇
用か否か)や就業待機期間、さらには賃金水準の問題なども視野に入れつつ、新規学卒者
の就業過程をより深く分析していくことも今後の課題として重要であろう。
[参考文献]
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』台北:國立臺灣大學
出版中心.
1
雇用構造と若者の就業
―日韓台の労働統計の比較分析―
上村泰裕
(名古屋大学)
1
はじめに
日本では若者の雇用問題がクローズアップされて久しいが、お隣の韓国や台湾でも同様
の問題が生じているだろうか。本稿は、労働統計の比較分析によって、若者の就業を各国
の雇用構造のなかに位置づけて理解しようとするものである。以下、2節では若者の就業
状況を概観し、各国の特徴を明らかにする。そのうえで、各国の違いを説明する2つの仮
説を提出する。3節と4節では、この2つの仮説を補強するデータを示す。5節では暫定
的なまとめを行なう。
2
若者の働き方の概観
日本・韓国・台湾の若者はどんな働き方/生き方をしているだろうか。表1
1
は、年齢層別の人口に占める労働力人口(就業者、失業者)
、非労働力人口(
「家事」
「通学」
「その他」の理由別)の割合を比較したものである2。20 歳台に注目して比較すると、以下
の点に気づく。①一番働いているのは日本の若者である。就業者の割合は男性で 76.9%、
女性で 68.2%であり、これは韓国や台湾よりかなり高水準である。②台湾・韓国では、日
本よりも高学歴化(20 歳台を通じた「通学」の長期化)が進んでいる。台湾の通学者割合
は、男女とも日本より 10 ポイント近く高い。③韓国・台湾では非労働力人口のうち「その
他」(家事や通学以外の理由)の者が多い3。日本ではいわゆる「ニート」(就業も通学もし
ていない者)が政策論議の対象とされてきたが、じつは韓国や台湾に比べてその割合はず
っと小さい。
1
各国の労働統計の対象は微妙に異なるので註記しておく。いずれも 15 歳以上の人口を対象と
しているが、日本の「労働力調査」が全人口を対象とするのに対して、韓国の「経済活動人口調
査」は兵役に就いている者と受刑者を除外しており、台湾の「人力資源調査統計年報」も軍人を
除外している。こうした点は、徴兵制が若者の働き方に及ぼす影響を検討する際には問題になる。
2
失業者の割合は、失業率の定義(労働力人口に占める失業者の比率)とは異なることに注意す
る必要がある。
3
韓国の「その他」には「就業準備/進学準備/軍入隊待機/休んでいた/その他」が含まれる。
台湾の「その他」には「働きたいが求職活動を開始していない/高齢/心身障害/その他」が含
まれる。一方、台湾のデータでは「進学準備」は「通学」に合算されている。
22
表1 年齢別人口構成(%、2007年)
男性
女性
労働力人口
非労働力人口
労働力人口
非労働力人口
人口
人口
(万人) 就業者 失業者 家事 通学 その他 (万人) 就業者 失業者 家事 通学 その他
年齢計
5342
70.3
2.9
0.9
7.1
18.8 5701
46.6
1.8
29.1
5.8
16.6
18∼19歳
324
14.8
1.5
0.3
81.8
1.5
308
14.9
1.3
1.3
80.8
1.3
20∼29歳
772
76.9
5.6
0.3
14.4
2.8
739
68.2
4.5
14.9
10.4
1.8
20∼24歳
373
64.3
5.6
0.3
26.8
2.7
354
64.7
4.8
8.2
20.1
1.7
25∼29歳
399
88.7
5.5
0.3
2.8
3.0
385
71.4
4.2
21.0
1.6
1.8
30∼34歳
477
93.1
4.0
0.2
0.4
2.3
464
61.0
3.0
34.1
0.4
1.5
日
35∼39歳
475
93.5
3.2
0.2
0.2
2.5
465
61.5
2.8
34.0
0.2
1.5
本
40∼44歳
410
94.4
2.7
0.2
0.0
2.4
404
69.8
2.5
26.7
0.0
1.2
45∼49歳
387
94.3
2.6
0.3
0.0
2.6
385
73.8
2.1
22.6
0.0
1.3
50∼54歳
405
92.8
3.0
0.5
0.0
3.7
407
69.0
1.7
27.3
0.0
1.7
55∼59歳
522
89.8
3.3
0.8
0.0
6.1
533
59.5
1.3
35.8
0.0
3.4
60∼64歳
407
70.8
3.7
1.7
0.0
23.8
429
41.0
1.2
46.4
0.0
11.4
65歳以上 1163
29.1
0.7
2.2
0.0
68.0 1568
12.8
0.1
33.8
0.0
53.2
年齢計
1908
71.3
2.7
0.7
11.5
13.7 2009
48.9
1.3
33.3
9.7
6.7
15∼19歳
167
5.9
0.6
0.0
89.3
4.2
153
7.4
0.7
0.3
89.5
2.1
20∼29歳
313
60.5
6.1
0.2
21.1
12.2
352
59.6
3.3
13.9
15.6
7.6
韓
30∼39歳
421
90.3
3.3
0.3
0.8
5.4
407
54.8
1.5
40.8
0.7
2.2
国
40∼49歳
418
91.7
2.1
0.5
0.2
5.5
411
64.7
1.1
32.7
0.1
1.4
50∼59歳
293
84.6
2.2
1.0
0.0
12.2
294
54.8
0.8
42.2
0.1
2.0
60歳以上
296
50.7
0.9
2.6
0.0
45.8
392
28.5
0.2
49.9
0.0
21.4
年齢計
910
64.5
2.7
0.2
12.5
20.1
930
47.6
1.8
25.5
11.3
13.7
15∼19歳
82
8.7
1.1
0.0
88.5
1.6
77
8.7
1.1
0.3
89.2
0.8
20∼29歳
168
65.8
5.7
0.0
23.8
4.6
181
64.9
4.8
7.5
19.7
3.3
20∼24歳
72
43.2
5.6
0.0
46.0
5.1
83
50.9
5.5
3.3
37.4
3.0
25∼29歳
96
82.8
5.8
0.0
7.0
4.2
98
76.7
4.2
11.1
4.8
3.5
30∼34歳
90
90.3
3.8
0.1
1.2
4.7
92
72.0
2.8
21.4
0.8
3.0
台
90
92.4
3.0
0.1
0.2
4.3
91
69.6
1.6
25.9
0.3
2.5
湾 35∼39歳
40∼44歳
94
91.0
3.0
0.1
0.1
5.7
94
67.3
1.6
28.7
0.1
2.4
45∼49歳
91
88.2
2.6
0.2
0.0
8.9
92
59.3
1.1
36.5
0.0
2.9
50∼54歳
82
81.1
2.2
0.4
0.0
16.4
83
47.2
0.8
47.7
0.0
4.2
55∼59歳
63
66.7
1.5
0.5
0.0
31.1
64
31.2
0.5
61.5
0.0
7.0
60∼64歳
38
45.6
0.7
0.8
0.0
53.1
39
18.3
0.1
70.1
0.0
11.4
65歳以上
113
12.0
0.0
0.0
0.0
88.0
117
4.4
0.0
11.0
0.0
84.5
データ出所)日本は総務省「平成19年労働力調査」。韓国は統計庁「2007年経済活動人口調査」。台湾は行政院
主計処「96年人力資源調査統計年報」。
各国のこうした特徴にはどのような歴史的背景があるのだろうか。そのヒントとして、
年齢層別の労働力率と失業率の推移を見ておこう4。図1∼4は、年齢層別の労働力率の推
移を表わしたものである。図1(15∼19 歳)を見ると、日本・韓国・台湾の順序で労働力
率が低下したことがわかる(韓国では男女差が見られる)
。これはもちろん各国の高学歴化
の時期を反映しているが、日本では 1980 年代から一定水準に落ち着いたのに対して、韓国・
台湾ではその後、日本の水準以下に低下している。図2(20∼24 歳)は、高学歴化と女性
の労働力化が交錯して読み取りにくいが、ここでも韓国・台湾の労働力率の低下が日本よ
り進んでいることが確認できる。図3(24∼29 歳)と図4(30∼34 歳)からは、女性の労
働力化と男性の労働力率低下傾向が読み取れる。とりわけ台湾女性の労働力化と韓国男性
の非労働力化の傾向が著しい。
図5∼8は、年齢別の失業率の推移を表わしたものである(それぞれ 15∼19 歳、20∼24
4
図1∼8までのデータ出所は、日韓については OECD Annual Labor Force Statistics
(OECD.StatExtracts より引用)、台湾については行政院主計処「96 年人力資源調査統計年報」で
ある。
1
歳、25∼29 歳、30∼34 歳)
。いずれの国でも 1990 年代後半から失業率が上昇しているが、
韓国の男性については 1980 年代にも失業率が高かったこともわかる。ところで、失業率が
高くても、労働市場がうまく機能してすぐに新しい仕事が見つかるなら、それほど心配は
ないかもしれない。そこで、失業者の失業期間が問題になる。表2を見ると、失業期間は
韓国で比較的短く、日本で長いことがわかる。失業期間が6か月以上である人は、韓国で
は 20∼29 歳で 12.2%に留まるのに対して、台湾では 20∼24 歳で 21.6%、25∼29 歳で 32.6%
となっている。また、日本では 15∼24 歳で 38.3%、25∼34 歳で 45.7%となっている。失業
者に対して労働市場が最も有効に機能しているのは韓国であり、次いで台湾、日本の順だ
と言えそうである。
一方、すぐに新しい仕事が見つかるとしても、それが不安定な低賃金雇用であったら喜
べないだろう。表3は、各国の就業者のうち非正社員の割合を表わしたものである。これ
を見ると、非正社員の割合は韓国で最も高く(20∼29 歳で男性 40.6%、女性 37.0%)、台湾
で最も低い(25∼29 歳で男性 4.4%、女性 3.4%)
。日本はその中間である(25∼29 歳で男
性 10.4%、女性 19.0%)
。もっとも、韓国の労働統計における「非正社員」
(ここでは temporary
employees と daily workers の 合 計 ) は 他 の 国 の そ れ よ り も 範 囲 が 広 い と い う 指 摘
(OECD2007:44)もある。また、台湾の正社員は日本の正社員ほどには雇用が保障されて
いないのかもしれない。この点はさらに検討が必要であるが、ここでは韓国の非正社員比
率の高さと、日本の非正社員比率の男女差の大きさに注目しておきたい。
以上の概観を国ごとに要約しておこう。①日本の若者の就業率は高く、失業率やニート
率はそれほど高くない。高学歴化は一定水準でストップしている。一方、若年失業者の失
業は長期化する傾向がある。非正社員比率は中位であるが、男女差が大きい。②韓国の若
者の就業率は低く、高学歴化とニート化が進んでいる。若年失業者の再就職は比較的容易
であるが、それは非正規雇用が大きな比重を占める柔軟な労働市場によって可能になって
いる。③台湾の若者の就業率は中位であり、高学歴化による非労働力化が進んでいる。非
正社員比率は低いが、正社員の労働市場が柔軟なためか、若年失業者の失業期間は日本ほ
ど長期化していない。
こうした違いが生じる理由は何だろうか。以下、3節と4節では次の2つの仮説を検討
する。ただし本稿は、これらの仮説の検証をめざすものではなく、仮説を仮説として描き
出すことを目標とする。①日本では、いわゆる日本型雇用慣行の存在が若者の就職にとっ
てマイナスに作用しているのではないか。日本では若者の就業率は高いが、失業者の失業
期間は長い。これは、新規学卒就職システムに乗れた人とそうでない人の間の溝が深いこ
とを示している。②韓国や台湾では、急激な産業構造の変化が若者の就職にとってマイナ
スに作用しているのではないか。以前なら非高学歴層を吸収したであろう製造業の生産部
門が縮小することで、高学歴化とニート化が促進されているのではないか。
24
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2000
2002
2004
2006
50.0
図1 15∼19歳の労働力率(%)
45.0
40.0
35.0
30.0
25.0
20.0
日本男性
韓国男性
台湾男性
日本女性
韓国女性
台湾女性
15.0
10.0
5.0
0.0
100.0
図2 20∼24歳の労働力率(%)
90.0
80.0
70.0
60.0
50.0
40.0
日本男性
韓国男性
台湾男性
日本女性
韓国女性
台湾女性
30.0
20.0
10.0
0.0
1
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1998
2000
2002
2004
2006
100.0
図3 24∼29歳の労働力率(%)
90.0
80.0
70.0
60.0
50.0
40.0
日本男性
韓国男性
台湾男性
日本女性
韓国女性
台湾女性
30.0
20.0
10.0
0.0
100.0
図4 30∼34歳の労働力率(%)
90.0
80.0
70.0
60.0
50.0
40.0
日本男性
韓国男性
台湾男性
日本女性
韓国女性
台湾女性
30.0
20.0
10.0
0.0
26
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1988
1990
1992
1994
1996
1998
2000
2002
2004
2006
30.0
図5 15∼19歳の失業率(%)
25.0
20.0
15.0
10.0
日本男性
韓国男性
台湾男性
日本女性
韓国女性
台湾女性
5.0
0.0
25.0
図6 20∼24歳の失業率(%)
20.0
15.0
10.0
日本男性
韓国男性
台湾男性
日本女性
韓国女性
台湾女性
5.0
0.0
1
1962
1964
1966
1968
1970
1972
1974
1976
1978
1980
1982
1984
1986
1988
1990
1992
1994
1996
1998
2000
2002
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2006
1962
1964
1966
1968
1970
1972
1974
1976
1978
1980
1982
1984
1986
1988
1990
1992
1994
1996
1998
2000
2002
2004
2006
12.0
図7 25∼29歳の失業率(%)
10.0
8.0
6.0
4.0
日本男性
韓国男性
台湾男性
日本女性
韓国女性
台湾女性
2.0
0.0
8
図8 30∼34歳の失業率(%)
7
6
5
4
3
日本男性
韓国男性
台湾男性
日本女性
韓国女性
台湾女性
2
1
0
28
表2 年齢別失業期間(%、2007年)
失業率
3か月未満
3∼6か月未満
6か月以上
日本 総計
3.9
36.6
14.8
47.5
15∼24歳
7.7
44.7
17.0
38.3
25∼34歳
4.9
37.1
15.7
45.7
35∼44歳
3.4
36.7
12.2
49.0
45∼54歳
2.8
35.1
16.2
48.6
55∼64歳
3.4
29.5
15.9
54.5
65歳以上
1.8
30.0
10.0
50.0
韓国 総計
3.2
60.1
28.2
11.7
15∼19歳
9.3
85.3
12.0
2.8
20∼29歳
7.1
59.0
28.8
12.2
30∼39歳
3.2
56.2
30.2
13.7
40∼49歳
2.0
62.4
27.2
10.5
50∼59歳
2.1
61.7
27.2
11.0
60歳以上
1.4
63.1
27.8
9.4
台湾 総計
3.9
49.5
19.3
17.3
15∼19歳
11.1
64.6
18.9
16.5
20∼24歳
10.6
60.0
18.4
21.6
25∼29歳
5.9
47.5
19.9
32.6
30∼34歳
3.9
45.9
20.1
34.0
35∼39歳
2.8
45.4
20.0
34.6
40∼44歳
2.8
43.1
18.6
38.2
45∼49歳
2.5
43.1
19.2
37.7
50∼54歳
2.3
44.4
20.0
35.6
55∼59歳
2.0
50.5
16.9
32.7
60∼64歳
1.3
54.5
17.4
28.0
65歳以上
0.2
58.7
11.6
29.7
データ出所)日本は総務省「平成19年労働力調査」。韓国は統計庁「2007年経済活
動人口調査」。台湾は行政院主計処「96年人力資源調査統計年報」。
表3 非正社員比率(%)
日本(2007年)
韓国(2007年)
男性
女性
男性
女性
8.7
24.2
25.1
40.1
9.4
17.1
85.8
81.9
13.3
19.0
40.6
37.0
10.4
19.0
6.1
19.9
22.4
38.5
4.7
23.0
4.2
25.4
20.2
44.1
4.3
27.5
5.8
29.4
21.5
40.3
8.4
29.0
38.6
45.0
26.5
34.9
台湾(2008年5月)
男性
女性
4.4
5.2
27.1
31.7
11.8
12.0
4.4
3.4
3.7
1.9
2.6
3.6
4.1
4.9
3.7
5.4
4.1
5.8
4.4
5.4
4.4
7.0
年齢計
18∼19歳
20∼24歳
25∼29歳
30∼34歳
35∼39歳
40∼44歳
45∼49歳
50∼54歳
55∼59歳
60∼64歳
データ出所)
日本:厚生労働省「平成19年賃金構造基本統計調査」…「正社員・正職員以外」
台湾:行政院主計処「97年人力運用調査報告」
…「臨時性或人力派遣工作」(Temporary or dispatched workers)
…年齢区分は「15-19歳」
韓国:統計庁「2007年経済活動人口調査」
…「임시、일용」(Temporary employees, Daily workers)
…年齢区分は「15-19歳、20-29歳、30-39歳、40-49歳、50-59歳、60歳以上」
1
3
長期雇用慣行の有無と若者の就業
第一の仮説については、玄田(2001)の先駆的な研究以来、すでに多くの指摘がある。
企業が中高年社員の長期雇用を保障しなければならないとすれば、若者の正社員採用に抑
制圧力が働くことは確かだろう。この点、韓国や台湾では長期雇用慣行が日本ほど一般的
ではない。したがって、中高年社員の圧力が若者の採用抑制につながることは少ないので
はないかと推測される。
図9は、各国の男性被用者の平均勤続年数を表わしたものである。これを見ると、日本
では 55∼59 歳の勤続年数が 22.8 年に達しており、韓国や台湾のそれをはるかに凌駕してい
る。ここで注意すべき点は、各国における中高年男性の就業率の違いである(表1参照)。
日本では 50∼54 歳で 92.8%、55∼59 歳で 89.8%が就業しているが、韓国では 50∼59 歳の
就業率は 84.6%に留まっており、台湾にいたっては 50∼54 歳で 81.1%、55∼59 歳で 66.7%
しか働いていない。図9は現在会社に残っている人の勤続年数を表わしているので、社会
全体における長期雇用慣行の普及度を測るうえでは、韓国や台湾の数字は割り引いて考え
る必要がある。要するに、韓国や台湾では日本ほど長期雇用慣行が一般化していない。も
ちろん、図 10 からわかるとおり、日本の長期雇用慣行は男性正社員が主な対象であり、女
性には適用されない(この点、台湾の平均勤続年数に男女差が見られないのは興味深い)。
図9 男性の平均勤続年数(年、2007年)
25
20
15
日本
韓国
台湾
10
5
18
∼
19
歳
20
∼
24
歳
25
∼
29
歳
30
∼
34
歳
35
∼
39
歳
40
∼
44
歳
45
∼
49
歳
50
∼
54
歳
55
∼
59
歳
60
∼
64
歳
0
データ出所)日本は厚生労働省「平成19年賃金構造基本統計調査」、韓国は労働部「2007年賃
金構造基本統計調査」、台湾は行政院主計処「97年人力運用調査報告」。
30
図10 女性の平均勤続年数(年、2007年)
25
20
15
日本
韓国
台湾
10
5
64
歳
60
∼
59
歳
55
∼
54
歳
50
∼
49
歳
45
∼
44
歳
40
∼
39
歳
35
∼
34
歳
30
∼
29
歳
25
∼
24
歳
20
∼
18
∼
19
歳
0
データ出所)日本は厚生労働省「平成19年賃金構造基本統計調査」、韓国は労働部「2007年賃
金構造基本統計調査」、台湾は行政院主計処「97年人力運用調査報告」。
長期雇用は長年の熟練を必要とする製造業で成立しやすく、サービス産業では成立しに
くいと考えられる。しかし、表4からわかるように、日本と異なり韓国・台湾では製造業
とサービス産業の間に平均勤続年数の違いはほとんどない。一方、表5からわかるように、
韓国・台湾では日本に比べて中小企業に職を求める若者が多い。このことも、韓国・台湾
の若者にとって長期雇用を縁遠いものにする理由の一つである。
表4 産業別に見た平均勤続年数(年、2007年)
日本
韓国
台湾
男性
女性
男性
女性
男性
女性
産業計
13.3
8.7
6.7
4.1
9.4
7.5
鉱業
14.5
12.7
9.6
5.2
11.5
8.1
建設業
13.8
10.6
4.4
2.8
10.4
8.4
製造業
15.2
10.9
7.0
4.2
8.0
6.8
電気・ガス・熱供給業・水道業
19.3
14.2
14.6
7.7
18.8
12.0
情報通信業
12.5
7.7
11.6
7.2
7.4
6.3
運輸業
12.2
8.9
6.9
4.5
10.0
8.5
卸売・小売業
13.1
8.2
5.5
3.8
9.1
7.4
金融・保険業
16.3
10.6
11.2
6.9
7.9
7.2
不動産業
9.3
6.7
4.5
3.2
5.8
5.4
飲食店・宿泊業
8.6
6.5
4.4
2.8
6.3
5.3
医療・福祉
8.2
7.6
5.5
4.1
9.7
6.7
教育・学習支援業
14.0
9.2
10.5
4.9
9.4
7.5
データ出所)日本は厚生労働省「平成19年賃金構造基本統計調査」、韓国は労働部「2007年
賃金構造基本統計調査」、台湾は行政院主計処「97年人力運用調査報告」。
1
日本
韓国
台湾
表5 企業規模別就業者比率(%、2007年)
29人以下 30∼99人 100∼499人 500人以上
総計
34.1
18.1
20.5
27.3
15∼19歳
34.5
14.9
19.5
31.0
20∼24歳
30.0
18.4
22.7
28.8
25∼29歳
29.3
18.7
22.6
29.4
30∼34歳
30.5
18.1
22.1
29.3
35∼39歳
31.1
17.2
20.6
31.1
40∼44歳
31.7
16.5
20.5
31.3
45∼49歳
32.5
18.1
20.1
29.4
50∼54歳
33.8
18.0
20.1
28.0
55∼59歳
36.0
19.0
20.0
25.0
60∼64歳
44.3
20.4
18.3
17.0
65歳以上
59.1
18.3
13.9
8.7
総計
41.8
23.3
19.7
15.2
∼19歳
31.0
18.2
16.5
34.3
20∼24歳
44.1
22.3
16.9
16.7
25∼29歳
39.7
23.0
19.9
17.5
30∼34歳
41.0
22.6
19.9
16.6
35∼39歳
41.3
22.2
20.0
16.5
40∼44歳
41.7
22.9
20.1
15.3
45∼49歳
40.2
25.2
21.4
13.3
50∼54歳
39.5
25.9
22.0
12.6
55∼59歳
46.9
25.0
18.8
9.3
60歳以上
60.5
23.8
12.6
3.1
総計
44.4
17.6
15.4
22.6
∼19歳
43.5
15.7
16.7
24.1
20∼24歳
39.7
20.0
17.4
22.9
25∼34歳
39.0
17.6
16.0
27.5
35∼44歳
46.2
17.7
15.1
21.0
45∼54歳
51.4
16.9
14.1
17.7
55∼64歳
54.6
16.6
14.0
14.9
65歳以上
68.3
17.0
9.6
5.1
データ出所)日本は総務省「平成19年労働力調査」(農林業、官公庁を含まない)、韓
国は統計庁「2007年経済活動人口調査」(5人未満の事業所を含まない)、台湾は行
政院主計処「96年受 員工動向調査報告」(公営部門を含まない)。
4
産業構造の変化と若者の就業
第二の仮説については、各国の産業・職業構造の変化を分析する必要がある。図 11 は、
各国の工業化と脱工業化の推移を表わしたものである。これを見ると、各国ともサービス
経済化が進んでいる一方、特に台湾では工業人口の割合もそれほど減っていないことがわ
かる。図 12 は、自営業比率を表わしたものである。自営業部門は若者に独立開業の希望を
与える点で期待されるが(玄田 2001)
、各国ともその比重を低下させてきている。
32
図11 工業人口とサービス業人口(%)
80.0
70.0
60.0
50.0
日本・工業
日本・サービス業
韓国・工業
韓国・サービス業
台湾・工業
台湾・サービス業
40.0
30.0
20.0
10.0
2004
2007
1992
1995
1998
2001
1986
1989
1977
1980
1983
1971
1974
1962
1965
1968
1956
1959
0.0
データ出所)日韓はOECD Annual Labor Force Statistics (OECD.StatExtractsより引用)
台湾は行政院主計処「96年人力資源調査統計年報」
図12 自営業比率(%)
90
80
70
60
日本男性
日本女性
韓国男性
韓国女性
台湾男性
台湾女性
50
40
30
20
10
1955
1957
1959
1961
1963
1965
1967
1969
1971
1973
1975
1977
1979
1981
1983
1985
1987
1989
1991
1993
1995
1997
1999
2001
2003
2005
2007
0
データ出所)日韓はOECD Annual Labor Force Statistics (OECD.StatExtractsより引用)
台湾は行政院主計処「96年人力資源調査統計年報」
1
表6 就業者の産業別構成の変化(千人、%)
総計
15∼19歳
20∼24歳
25∼29歳
30∼34歳
1993年 2004年 変化率 1993年 2004年 変化率 1993年 2004年 変化率 1993年 2004年 変化率 1993年 2004年 変化率
総計
64500 63290 -1.9
1580
980 -38.0
6970 4850 -30.4
6540 6970
6.6
5790 7370 27.3
農林漁業
3830 2860 -25.3
10
10
0.0
40
50 25.0
70
70
0.0
120
90 -25.0
鉱業
60
40 -33.3
0
0
0
0
0
0
0
10
製造業
15300 11500 -24.8
370
130 -64.9
1590
710 -55.3
1550 1210 -21.9
1370 1420
3.6
日
電気・ガス・熱供給・水道業
350
310 -11.4
10
0 -100.0
40
10 -75.0
40
30 -25.0
40
40
0.0
本
建設業
6400 5840 -8.8
130
60 -53.8
570
310 -45.6
570
570
0.0
540
710 31.5
卸小売・飲食業
14480 14700
1.5
610
550 -9.8
1800 1540 -14.4
1390 1540 10.8
1210 1570 29.8
サービス業(運輸通信業も含む) 21990 25700 16.9
410
220 -46.3
2700 2090 -22.6
2670 3280 22.8
2260 3200 41.6
公務(他に分類されないもの)
2090 2330 11.5
40
20 -50.0
230
140 -39.1
260
260
0.0
240
330 37.5
総計
19234 22557
17.3
477
258 -45.9 2097 1722 -17.9 2705 2598
-4.0 3114 3055
-1.9
農林漁業
2592 1825 -29.6
11
3 -72.7
53
15 -72.6
86
18 -78.8
175
36 -79.7
鉱業
51
16 -68.8
1
0 -100.0
3
1 -83.3
4
2 -45.0
7
1 -82.9
製造業
4720 4290
-9.1
162
35 -78.5
626
365 -41.8
859
559 -34.9
947
634 -33.1
電気・ガス・水道業
66
72
9.5
2
0 -90.0
5
3 -48.0
11
8 -23.6
13
13
-3.1
韓 建設業
1706 1820
6.7
29
7 -74.8
139
64 -54.2
224
154 -31.2
294
259 -11.8
国 卸小売業
3536 3805
7.6
115
60 -48.2
442
340 -23.2
528
474 -10.2
613
545 -11.1
飲食・宿泊業
1348 2057
52.6
42
73
74.0
109
176
61.6
146
136
-6.6
221
195 -12.0
運輸・倉庫・通信業
1016 1376
35.4
11
3 -70.0
64
53 -17.7
138
112 -18.8
189
181
-4.0
金融保険業
654
738
12.9
23
3 -85.2
114
52 -54.3
123
136
10.2
119
156
31.4
不動産・事業サービス業
732 1914 161.5
18
13 -25.6
103
146
41.6
116
302 160.6
105
316 200.8
社会・個人サービス業
2813 4644
65.1
63
60
-4.8
439
510
16.2
469
696
48.3
432
720
66.7
総計
8745 9786 11.9
340
153 -55.0
938
836 -10.9
1428 1451
1.6
1455 1402 -3.6
農林漁業
1005
642 -36.1
11
3 -72.7
37
10 -73.0
71
24 -66.2
97
37 -61.9
鉱業
19
7 -63.2
0
0
1
0 -100.0
2
0 -100.0
2
1 -50.0
製造業
2483 2671
7.6
123
48 -61.0
290
267 -7.9
450
488
8.4
469
413 -11.9
電気・ガス・水道業
36
35 -2.8
0
0
1
1
0.0
3
2 -33.3
4
2 -50.0
台 建設業
879
732 -16.7
40
6 -85.0
77
30 -61.0
144
83 -42.4
171
107 -37.4
湾 卸小売・飲食業
1806 2329 29.0
75
58 -22.7
226
248
9.7
303
327
7.9
292
314
7.5
運輸・倉庫・通信業
463
489
5.6
7
2 -71.4
30
23 -23.3
68
55 -19.1
79
67 -15.2
金融保険・不動産業
277
460 66.1
4
2 -50.0
42
37 -11.9
66
86 30.3
53
86 62.3
事業サービス業
205
302 47.3
7
2 -71.4
36
27 -25.0
53
66 24.5
39
60 53.8
社会・個人サービス業
1259 1746 38.7
68
31 -54.4
166
182
9.6
216
286 32.4
193
254 31.6
公共行政業
313
373 19.2
3
1 -66.7
33
11 -66.7
52
32 -38.5
57
59
3.5
データ出所)日本は総務省統計局「労働力調査」。韓国は統計庁「経済活動人口調査」、台湾は行政院主計処「人力資源調査統計年報」。
34
表7 就業者の職業別構成(%、2007年)
販売・サー
管理
専門・技術
事務
生産
農林漁業
ビス
年齢計
2.7
14.6
19.7
29.3
28.4
4.2
15∼19歳
0.0
3.2
12.8
53.2
28.7
1.1
20∼24歳
0.0
14.1
17.9
39.0
26.4
0.9
25∼29歳
0.2
19.4
21.8
29.1
26.6
1.3
30∼34歳
0.6
18.2
22.8
26.7
29.0
1.2
日
35∼39歳
1.1
17.0
23.7
27.4
28.5
1.4
本
40∼44歳
1.9
17.8
23.8
27.5
26.0
1.8
45∼49歳
3.1
18.0
22.7
27.0
25.9
2.6
50∼54歳
4.0
14.5
20.7
27.1
29.4
3.5
55∼64歳
5.4
9.8
16.3
30.3
32.3
5.0
65歳以上
6.1
7.1
8.3
28.2
26.9
22.6
年齢計
2.4
19.8
14.1
23.8
33.0
6.9
15∼19歳
0.0
9.4
11.4
57.9
20.5
0.8
20∼29歳
0.1
30.9
28.3
19.8
20.5
0.5
韓
30∼39歳
1.5
28.1
19.8
20.2
29.3
1.2
国
40∼49歳
3.6
17.6
10.3
27.0
37.8
3.7
50∼59歳
4.4
10.5
5.6
28.2
41.9
9.3
60歳以上
1.9
4.7
2.4
20.4
35.9
34.7
年齢計
4.5
28.0
11.0
19.1
32.2
5.2
15∼19歳
0.0
2.9
8.7
50.0
37.0
1.4
20∼24歳
0.1
22.4
17.8
26.9
32.0
0.8
25∼29歳
0.6
36.9
15.9
15.9
29.7
1.1
30∼34歳
2.4
38.2
13.2
15.4
29.3
1.6
台 35∼39歳
4.6
33.4
11.6
17.2
30.8
2.4
湾 40∼44歳
6.5
27.3
9.6
19.0
34.0
3.6
45∼49歳
6.7
23.7
8.7
18.9
37.3
4.8
50∼54歳
8.0
20.5
6.9
20.2
36.8
7.5
55∼59歳
7.9
17.8
6.2
20.4
33.9
13.9
60∼64歳
7.8
12.8
3.3
22.2
25.5
28.0
65歳以上
5.3
6.4
1.1
22.5
12.8
51.3
データ出所)日本は総務省「平成19年労働力調査」、韓国は統計庁「2007年経済活動人
口調査」、台湾は行政院主計処「96年人力資源調査統計年報」。
表6は、各国の就業者の産業別構成を 1993 年と 2004 年について比較したものである。
この間、日本と韓国では製造業の縮小が進み、若者はサービス産業に職を求めた。一方、
台湾では、製造業の雇用は減っておらず、25∼29 歳ではむしろ増加している。しかし若者
の雇用全体を眺めると、25 歳以上の雇用は日本ではむしろ拡大しているのに対して、韓国
と台湾では横ばいか縮小傾向にある。
表7は、各国の就業者の職業別構成を表わしたものである。若者の生産職への就業に注
目すると、台湾と日本では 20 歳台の3割程度が生産職に就いているのに対して、韓国では
2割に留まっている。急激な脱工業化による生産部門の縮小は、韓国の非高学歴層の若者
の就業条件を厳しいものにしているかもしれない。この点、日本や台湾のほうが変化は緩
やかだと言えるだろう。
最後の表8は、各国の就業者の学歴別構成を表わしたものである。高学歴化で大卒 5 が
5
韓国の「専門大学」は2年制の短期大学である(金成垣氏の御教示による)
。
35
当たり前になったと言われるが、例えば 25∼29 歳の男性のかなりの割合が高卒であり(日
本で 39.5%、韓国で 33.2%、台湾で 37.9%)
、台湾では中卒以下も 11.4%と決して少なくな
い。急激な産業構造の変化のなかで、彼らも頑張れば安定した仕事に就けるような条件を
維持していけるかどうか、このあたりが東アジアの若者問題の要点のように思われる。
表8 就業者の学歴別構成(%、学歴計=100%、2007年)
男性
女性
大卒以上 高専短大卒
高卒
中卒
大卒以上 高専短大卒
高卒
中卒
年齢計
35.4
9.4
48.2
7.0
17.8
29.8
47.6
4.8
18∼19歳
95.7
4.3
97.1
2.9
20∼24歳
30.4
17.8
48.8
2.9
25.8
39.4
33.6
1.2
25∼29歳
43.8
14.0
39.5
2.7
34.2
35.1
29.8
0.9
30∼34歳
39.7
13.2
44.2
2.9
23.1
37.9
37.6
1.4
日
35∼39歳
39.4
11.9
45.3
3.4
17.8
34.2
46.3
1.8
本
40∼44歳
40.5
8.4
47.6
3.5
13.5
30.1
54.5
1.9
45∼49歳
39.4
7.0
49.0
4.6
9.6
27.9
59.4
3.0
50∼54歳
33.6
5.1
51.7
9.7
7.3
21.3
63.2
8.2
55∼59歳
23.8
4.3
55.1
16.8
5.3
14.1
64.5
16.1
60∼64歳
19.6
2.8
54.6
23.0
4.1
10.2
62.0
23.7
大卒以上 専門大卒
高卒
中卒以下 大卒以上 専門大卒
高卒
中卒以下
年齢計
37.5
15.7
40.2
6.6
26.5
24.4
41.1
8.0
∼19歳
88.8
11.2
0.4
94.8
4.8
20∼24歳
9.2
28.1
59.0
3.6
22.8
42.0
34.6
0.5
25∼29歳
39.4
26.1
33.2
1.2
38.0
35.1
26.6
0.3
30∼34歳
46.6
20.7
31.6
1.0
36.7
26.5
36.2
0.6
韓
35∼39歳
43.5
15.9
38.7
1.9
25.3
18.4
54.3
2.0
国
40∼44歳
41.0
11.4
43.7
3.9
18.0
12.0
61.3
8.7
45∼49歳
33.9
10.9
45.5
9.7
12.3
6.3
57.9
23.5
50∼54歳
27.9
7.3
46.3
18.5
10.9
6.1
46.8
36.1
55∼59歳
23.0
5.3
47.4
24.3
8.3
3.0
40.0
48.8
60歳以上
24.5
4.3
43.9
27.4
9.9
1.4
29.4
59.4
大卒以上
専科卒
高卒
中卒以下 大卒以上 専門大卒
高卒
中卒以下
年齢計
19.9
16.2
35.0
29.0
22.5
18.3
36.8
22.4
15∼19歳
14.1
4.2
63.4
19.7
11.9
4.5
71.6
10.4
20∼24歳
21.5
13.5
51.9
13.1
37.8
21.1
36.8
4.0
25∼29歳
31.7
18.8
37.9
11.4
37.6
26.3
31.5
4.6
30∼34歳
27.9
21.6
36.2
14.4
28.7
26.6
37.8
7.0
台 35∼39歳
21.0
20.6
40.2
18.1
20.4
20.9
45.8
12.9
湾 40∼44歳
16.1
17.9
37.5
28.4
15.8
15.3
43.8
25.0
45∼49歳
14.6
14.8
34.9
35.7
12.1
11.4
37.7
38.6
50∼54歳
14.0
12.5
28.2
45.1
10.2
9.5
29.9
50.6
55∼59歳
13.6
9.8
21.1
55.5
9.0
7.5
19.5
64.0
60∼64歳
13.5
5.8
15.2
66.1
5.6
2.8
9.7
81.9
65歳以上
5.9
2.2
10.4
81.5
1.9
1.9
3.8
94.2
データ出所)日本は厚生労働省「平成19年賃金構造基本統計調査」、韓国は労働部「2007年賃金構造基本統計調
査」、台湾は行政院主計処「96年人力資源調査統計年報」。
5
おわりに
以上の分析をふまえて、結論というよりも、今後の研究のための仮説的なまとめを示せ
36
ば次のようになる。①日本では、新規学卒就職システムがそれなりに機能しているが、長
期雇用慣行の存在は正社員と非正社員の格差を生み、とりわけジェンダー不平等につなが
っている。②韓国では、急激な脱工業化と非正規雇用の増大が、高学歴化とニート化の両
極分解をもたらしている。③台湾では、脱工業化の進展が緩やかであることと、おそらく
正規労働市場の柔軟性も背景として、ジェンダー問題を含む若者問題の解決が3か国のな
かで最も容易である。今後は社会意識調査の二次分析も組み込みながら、これらの仮説的
なまとめが妥当性をもつかどうか明らかにしていきたい。
[参考文献]
玄田有史『仕事のなかの曖昧な不安――揺れる若年の現在』
(中央公論新社、2001 年)
Choi, Young-ki (ed.), 2005, Recent Development in Employment Relations and Labor Market in
Korea, Korea Labor Institute.
Lee, Wonduck (ed.), 2004, Labor in Korea 1987-2002, Korea Labor Institute.
OECD, 2007, Jobs for Youth: KOREA, OECD.
OECD, 2009, Jobs for Youth: JAPAN, OECD.
37
日本・韓国・台湾における若年者雇用政策の比較
―雇用と社会保障による定位の試み―
樋口明彦
(法政大学)
1
はじめに:
「若年者雇用問題」をめぐる言説
日本では、
「若年者雇用問題」が大きな社会的争点となって久しい。1990 年代後半から
若年失業者が増大する一方、
「フリーター」という言葉が徐々に広まり、若年者における非
正規雇用の拡大が強く喧伝されるようになった。つまり、失業率と非正規雇用率の上昇と
いう二つの趨勢が、若年者雇用の不安定化を示唆していたのである。その後、
「若年者雇用
問題」は、二つの異なった現象へと飛び火していく。第一に、
「ニート NEET: Not in Education,
Employment or Training」と呼ばれる若年無業者の顕在化である。2004 年 5 月 17 日に、産
経新聞が「働かない若年者『ニート』、10 年で 1.6 倍」という記事を掲載して以降、若年
失業者でもなくフリーターでもない若年無業者の存在もまた、
「若年者雇用問題」の一角を
占めるようになった。第二に、若年者の貧困が新たな社会問題を形成することになり、
「ワ
ーキングプア」や「ネットカフェ難民」と呼ばれる若年者に光が当たるようになった。前
者が 2006 年 7 月 23 日に放映された NHK スペシャル「ワーキングプア:働いても働いて
も豊かになれない」に端を発するとすれば、後者は 2007 年 1 月 28 日の NNN ドキュメン
ト「ネットカフェ難民:漂流する貧困者たち」を起点にしているといえよう。つまり、日
本における「若年者雇用問題」は、メディアの影響を受けながら、失業・非正規雇用・無
業・貧困など複数の要因を取り込みながら形成されてきたのである。
確かに、日本において「若年者雇用問題」の存在は、誰もが認める自明のものとなった
感が否めない。事実、
「若年者雇用問題」の顕在化とともに、日本は、すでに 1970 年代か
ら若年者の不安定雇用に直面してきたヨーロッパ諸国、とりわけイギリスやドイツの先例
を参照しながら、若年者雇用政策を積極的に進めてきた。だが、はたして「若年者雇用問
題」は、ヨーロッパ諸国の経験と同じ水準の問題と言えるのだろうか。
隣国の韓国に目を転じてみると、そこでも「若年者雇用問題」の存在に気づく。アジア
通貨危機を契機に国際通貨基金 IMF の管轄下に入った 1997 年以降、韓国は産業構造の転
換と同時に失業者の大量排出に見舞われ、
「若年者雇用問題」は何よりも失業問題として顕
在化したと言える。このように若年失業者の問題が大きく取り上げられる一方、
「白手ペク
ス」という、何もしない若年無業者やフリーターを揶揄する言葉が用いられ、
「二太白イテ
ベク」
(20 代の大半が白手)という言い回しも生まれている。また、最近では非正規雇用
に従事する低所得の若年者を「88 万ウォン世代」と呼び、大きな反響を呼ぶことになった。
この言葉の発案者である禹晳熏・朴権一によれば、「88 万ウォン」という値は、韓国にお
38
ける非正規雇用者の平均賃金 119 万ウォンに、労働者全体と 20 代労働者の賃金比率である
74%を掛けて算出したものだという(禹・朴 2007=2009:28)。このように、韓国において
も「若年者雇用問題」は社会的争点となっているのだ。
しかしながら、同じ東アジアに位置するとはいえ、台湾における「若年者雇用問題」の
事情はやや違っている。確かに、台湾における「若年者雇用問題」も失業問題が筆頭に挙
がり、なかでも、1990 年代には大学や専科学校などを卒業した高学歴者の失業に注目が集
まった(張 2003)
。その後、1990 年代後半から徐々に失業率が上昇するにつれて、台湾全
体が失業問題に直面することになったのである。しかしながら、失業者が増大したとはい
え、若年者失業は国全体を巻き込むほどの大きな社会問題と見なされることがなかった。
また、
「飛特族」という言葉もあるものの、あくまで日本語である「フリーター」の訳語に
過ぎず、非正規雇用の増大という問題が大きく取り上げられてはいない。つまり、台湾に
おける「若年者雇用問題」は何よりも失業問題として顕在化している。
以上のように、東アジアにおける「若年者雇用問題」のありようを俯瞰すると、少なく
とも問題の存在を確認することはできるけれども、その内実は必ずしも同じではない。で
は、日本・韓国・台湾における「若年者雇用問題」の違いとは、どのようなものだろうか。
本稿では、2 節において、日本・韓国・台湾における若年者雇用対策を比較し、3 ヶ国の相
違点と共通点を探る。3 節では、若年者雇用政策の違いを生み出す諸要因を摘出して、各
国における社会経済的な背景を検討する。さらに、4 節では、さらに若年者雇用政策を補
完する要因として家族によるサポートと第三セクターの役割を取り上げながら、日本・韓
国・台湾における若年者の社会的地位を再吟味することにしたい。
日本・韓国・台湾における若年者雇用対策の比較
2
2.1
若年者の定義
では、日本・韓国・台湾における若年者雇用対策は、どのような状況にあるのだろうか。
ただ、比較に移る前に、いくつかの準備作業を行うことにしたい。
第一に、若年者の定義に触れておこう。ジル・ジョーンズ&クレア・ウォレスは、子ど
もから大人への移行期間が徐々に長くなっていることを指摘している(Jones & Wallace
1992=2002)
。また ILO によれば、多くの若者がより長いあいだ教育を受けるようになっ
た結果、従来若者を指していた 15∼24 歳で労働に参加する者の割合が減少している。この
ような傾向をふまえ、ILO は 15∼24 歳という標準的な若者定義だけではなく、15∼29 歳
と見なす可能性を示唆している(ILO 2008:6-7)。
本稿で扱う 3 ヶ国においても、若年者雇用政策のなかで対象者と見なされている若年者
の範囲を比較してみると、その定義は必ずしも一致していない。日本は、雇用政策におけ
る若年者を通常 15∼34 歳と設定しており、15∼24 歳という標準的定義に比べてその対象
範囲はずいぶん高く設定されている。ただ、近年、元来 15∼34 歳を指すフリーターの長期
化傾向から、35∼44 歳の「年長フリーター」という言葉も現れ(朝日新聞 2008.7.23)
、若
年者年齢枠のさらなる拡大が議論されている。韓国では、2004 年に策定された「青年失業
解消特別法」に則り、若年者、つまり「青年」を 15∼29 歳と正式に規定している。台湾の
事情は韓国にいくぶん近い。台湾では、
「青少年」を 15∼24 歳、「青年」を 15∼29 歳と位
39
置づけ、二つの定義を並行して用いている。ただ、2007 年に取りまとめられた総合施策で
ある「青年就業促進プログラム」は、その対象を 15∼29 歳の「青年」と定めている。この
ように、東アジア諸国における若年者の対象範囲は、ヨーロッパ諸国に比べてやや高く設
定され、なかでも日本の上限の高さが目立っている。
第二に、若年者定義の違いを念頭に置きながら、日本・韓国・台湾における若年失業率
の推移を簡単に俯瞰しておこう。図表 1 によれば、3 ヶ国とも、1990 年代後半以降、失業
率がゆっくりと上昇してきたが、2002∼2003 年をピークに漸減する傾向にある。ただ、韓
国の場合、1998 年における失業率の急上昇がとりわけ目覚ましく、15∼24 歳で 15.9%、
全体で 7.0%に達し、その影響の大きさがうかがえる。また、3 ヶ国とも全体の失業率に比
べて、15∼24 歳の若年層における失業率が高い。2007 年において、日本 2.0 倍、韓国 2.7
倍、台湾 2.7 倍となっている。このように、若年者雇用政策の背景として、若年失業率の
漸増を見出すことができる。では、次に各国の若年者雇用政策を具体的に見ていこう。
図表 1 日本・韓国・台湾における若年失業率
18.0
16.0
14.0
12.0
日本( 15∼24歳)
10.0
韓国( 15∼24歳)
8.0
台湾( 15∼24歳)
6.0
日本(全体)
4.0
韓国(全体)
2.0
台湾(全体)
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
0.0
出所:日本『労働力調査』(1990∼2007 年)、韓国『経済活動人口調査』(1990∼2007 年)、台湾『社会指標統計年報』
(2007 年)
2.2
日本
日本の若年者雇用対策は、2003 年 6 月に取りまとめられた「若者自立・挑戦プラン」を
嚆矢とする。2003 年 4 月、文部科学大臣・厚生労働大臣・経済産業大臣・経済財政政策担
当大臣からなる「若者自立・挑戦戦略会議」が結成され、3 年間(2004 年 4 月∼2007 年 3
月)にわたるプランが策定された。
「若者自立・挑戦プラン」の背景には、何よりもフリー
ター・若年失業者・若年無業者の増加があり、同プランは若年者の職業的自立を目的とす
る日本で初めての総合的な若年者雇用対策となった。政策の特徴として、①省庁横断型の
総合施策であること、②地域を基盤とする取り組みを重視すること、③株式会社や NPO
など民間団体を活用することという三点を挙げることができる(若者自立・挑戦戦略会議
2003)
。その後、同プランは、2004 年に「若者の自立・挑戦のためのアクションプラン」
40
として施策の具体化が図られ、翌年に「若者の自立・挑戦のためのアクションプランの強
化」として体系的に整備されることになった(図表 2)
。
図表 2 日本・韓国・台湾における若年者雇用政策の変遷
日本
韓国
1994
1996
1998
失業問題総合対策
高学歴未就業者支援
政府支援インターン制(2002 年か
ら青年職場体験プログラムに移
行)
青少年失業総合対策
1999
2001
2002
2003
2004
2005
2006
台湾
大学・専科学校卒業者向け就業ガ
イダンス実施計画
失業青年・先住民就業措置
若者自立・挑戦プラン
若者の自立・挑戦のためのアクシ
ョンプラン
若者の自立・挑戦のためのアクシ
ョンプランの強化(フリーター25
万人常用雇用化プラン、キャリア
教育、産学連携による人材育成、
ニート支援策など)
若者の自立・挑戦のためのアクシ
ョンプラン改定
青年失業総合対策
青年失業解消特別法
青年雇用促進対策
多元的就業プログラム
台湾・ドイツエリート計画
青少年職能総合訓練計画
青年職場体験計画
飛べ Young 計画
YES プログラム
2007
青年失業補完対策
2008
New Start プロジェクト
青年就業促進プログラム
中学卒業未就学・未就業青少年職
能訓練指導パイロット計画
出所:各種資料より筆者作成
「強化」において提示された施策から、日本における若年者雇用対策を探ってみよう。
ここでは、積極的労働市場政策を分類する際に用いられる四類型(Kluve et al. 2007)、つま
り①職業紹介サービス(職業探索コース、職業ガイダンス、カウンセリング、モニタリン
グ、給付に対するサンクションなど)、②職業訓練プログラム(座学、OJT、職業体験など)、
③民間セクターへの補助(賃金助成金、自営業支援金など)
、④公的セクターによる雇用創
出に、東アジア諸国において大きな割合を占める二類型、つまり⑤キャリア教育・人材育
成、⑥ニート支援策を加えて、若年者雇用政策を整理することにしたい(図表 3)。
日本では、
①∼④の積極的労働市場政策に当たる施策は、
「フリーター常用雇用化プラン」
と呼ばれている(厚生労働省 2007:29)
(樋口 2007)
。①職業紹介サービスとして、都道府
県ごとに若年者のためのワンストップサービスセンターである「ジョブカフェ」を設置し
て、ハローワークの管轄である職業紹介業務を除く、相談やカウンセリングに当たってい
る。2005 年度の延べ利用者は約 163 万人と報告されている。また、ハローワークにフリー
ター専用の窓口を設け、重点的なサービスを提供している。次に、②職業訓練プログラム
として、職業教育機関による座学と企業による実習を組み合わせた「日本版デュアルシス
テム」が実施されている。2005 年度の参加者数は 40299 人で、短期訓練受講者の就職率は
72.3%と報告されている。③民間セクターへの補助について見てみると、3 ヶ月のあいだ
若者を試行雇用する場合、雇用者に補助金を支給する「トライアル雇用」制度がある。2005
41
年度の実績は 50722 人で、常用雇用への移行率も 80.0%となっている。地方自治体におけ
る小規模な実施例は除き、日本では、
④公的セクターによる雇用創出は実施されていない。
以上のように、
「フリーター20 万人常用雇用化プラン」と呼ばれる一連の施策によって、
常用雇用に移行した若者は 23.2 万人と報告されているが(厚生労働省 2007:29)
、この値
は 2005 年度のフリーター201 万人の約 11.5%にあたる。
さらに、⑤キャリア教育・人材育成の代表的施策として、中学校で 5 日間の職場体験を
行う「キャリア・スタート・ウィーク」、高等教育機関と産業界の連携による人材育成、地
域における中小企業でのインターンシップ制度などを挙げることができよう。また、2005
年以降、従来まで政策対象として認知されていなかった若年無業者を「ニート」と呼び換
え、ニート支援策を展開することとなった。3 ヶ月にわたる合宿形式の集団生活のなかで
労働経験を積む「若者自立塾」
(2008 年度、全国 29 ヶ所)、そして地域におけるユースサ
ービスの一元化を目指す「地域若者サポートステーション」
(2008 年度、全国 77 ヶ所)が
中心的内容である。「若者自立塾」の成果を見てみると、2005∼2007 年までの修了生 1302
人のうち、6 ヶ月後に就労したものは 58.5%となっている。また、2007 年 4∼12 月のあい
だに「地域若者サポートステーション」を利用した若者は 7822 人となっている。このよう
に、日本における若年者雇用政策は、2003 年に開始された「若者自立・挑戦プラン」を中
心に構築されてきたといえよう。
図表 3
日本・韓国・台湾における若年者雇用政策の主な内容
総合施策名
①職業紹介サービス
日本
若者の自立・挑戦のための
アクションプラン(2004∼
2007 年)
②職業訓練プログラム
ジョブカフェ
ハローワークによるフリー
ター常用就職支援事業
日本版デュアルシステム
③民間セクターへの補助
トライアル雇用
④公的セクターによる雇用
創出
⑤キャリア教育・人材育成
―
⑥ニート支援策
キャリア・スタート・ウィ
ーク
産学連携による人材育成
地域産業とのネットワーク
化など
若者自立塾
地域若者サポートステーシ
ョン
韓国
失業問題総合対策(1998∼
2003 年)
青年失業総合対策(2003∼
2007 年)
ジョブカフェ
キャリア支援プログラム
台湾
青年就業促進プログラム
(2007∼2009 年)
技術不足の仕事に関する職
業訓練プログラム
政府支援インターン制
青年雇用促進奨励金
高学歴未就業者支援
政府支援インターン制
進路と職業
ジョブ・スクール
産学協力団など
台湾・ドイツエリート計画
YES プログラム
New Start プロジェクト
青少年職能総合訓練計画
―
―
中学生・高校生就業準備力
計画
大学生・専科学校生のため
の就業実習計画
青年職場体験計画
飛べ young 計画
中学卒業未就学・未就業青
少年職能訓練指導パイロッ
ト計画
職場学習・再適応計画
出所:各種資料より筆者作成
しかしながら、日本における一連の若年者雇用政策は、何らかの法律に準拠しているわ
けではない。むしろ、雇用関連法に若年者雇用に関する記述がなされるのは、しばらく後
のことである。雇用促進を目的とする「雇用対策法」
(1966 年制定)に「青少年の職業の
42
安定」
(第 4 条 6)と明記されたのは 2007 年改正、そして職業訓練や職業能力開発を目的
とする「職業能力開発促進法」に「青少年に対する職業訓練」(第 3 条 2、2)が記された
のは 2006 年改正のことである。2003 年 12 月、内閣府が「青少年育成施策大綱」を定めた
が、実質的な拘束力があるわけではない。
2.3
韓国
では、韓国における若年者雇用政策の動向を見てみよう。2.1 で確認したように、韓国
における若年者失業問題の深刻化は、1997 年の経済危機以降である。したがって、若年者
雇用政策も、大きく金大中政権(1998∼2003 年)、盧武鉉政権(2003∼2008 年)、李明博政
権(2008 年∼)という 3 つの時期に整理することができる。
1997 年の経済危機を受け、金大中政権は省庁間を横断する「失業対策委員会」を設置し
て、1998 年 3 月に「失業問題総合対策」を取り決めた(図表 2)
。金大中政権における若年
者雇用対策もまた、このような総合対策のなかに位置づけられる。
「参与政府の青年失業対
策の今後と課題」
(労働部・教育人的資源部 2008)によれば、若年者雇用対策は 1998 年
11 月の「高学歴未就業者支援」から始まっている。同支援は、経済危機によって企業の十
分な新規採用が望めなくなったため、卒業後の雇用が見込めない大卒予定者を対象として、
公的セクターによる期限付き雇用を実施したものである(労働部 2003:320)。つまり、高
学歴失業者を念頭に置いた、緊急の④公的セクターによる雇用創出と言える。
その後、1999 年から「政府支援インターン制」が実施された。この制度は、15∼29 歳
の学生や若年失業者を対象とした公共機関や民間企業でのインターン事業で、3∼6 ヶ月の
あいだ月額 40∼50 万ウォンを受け取ることができる。その目標は、学校から正規雇用への
移行に置かれ、就職時には奨励金も支給される。1999∼2002 年の実績(単なる職場研修は
除く)を見てみると、参加者 151178 人のなかでプログラムを終了した者は 113477 人で、
そのうち正規雇用に至った者の割合は 75.0%となっている(労働部 2003:212-218)。しか
しながら、
「政府支援インターン制」には、次のような問題点があった。第一に、この制度
は主として大卒者という高学歴者を対象にしたもので、高卒者など学歴の相対的に低い若
者には十分行き届かなかった(OECD 2007:69)
。第二に、本制度はあくまで短期雇用とい
う緩衝材しか提供できず、経験者優遇へと傾く需要側のニーズや、より安定した雇用を望
む供給側のニーズと大きく乖離することになった。そのため、2002 年から、就業能力の向
上をいっそう重視する「青年職場体験プログラム」に移行することとなったのである(労
働部 2003:215)
。韓国における若年者雇用政策のなかで中心的役割を担った「政府支援イ
ンターン制」は、何よりも④公的セクターによる雇用創出として機能し、それに②職業訓
練プログラムと③民間セクターへの補助を加えたものと言える。
その後、2001 年 12 月に、
「青少年失業総合対策」が策定され、短期間の雇用創出、職業
能力開発、中小企業への就業支援、学校から職場への移行支援強化が改めて推進された。
このように、未曾有の失業問題に直面した金大中政権は、何よりも公的セクターによる雇
用創出によって、その苦境を乗り越えたと言えよう。事実、韓国における若年者失業率は、
15.9%(1998 年)から 8.5%(2002 年)へと大きく改善することになった。
次の盧武鉉政権は、金大中政権が行った緊急避難的な政策運営ではなく、むしろ若年者
雇用政策の体系化を行ったと言える。なかでも、2004 年 3 月に、時限立法である「青年失
43
業解消特別法」が制定され、若年者の対象年齢が「青少年」
(15∼24 歳)ではなく、
「青年」
(15∼29 歳)へと正式に規定されることとなった。具体的な若年者雇用政策として、2003
年 9 月に「青年失業総合対策」が、前政権時の「青少年失業総合対策」を踏襲して策定さ
れた。では、図表 3 の分類に従って、その主な施策内容と実績を見てみよう(労働部・教
育人的資源部 2008)。最初に①職業紹介サービスについて見てみると、韓国は、2005 年 5
月から「公的雇用サービス改善プラン」と銘打ち、さまざまな雇用サービス改善の取り組
みを進めてきた。なかでも若年者に関係する取り組みとして、大学や高校における就業支
援機能の敷設(2007 年、140 大学、150 高校)や、若年者専用の雇用支援機関である「ジ
ョブカフェ」の設置(2007 年、10 ヶ所)を挙げることができる。そのほか、5 日間の集中
的な職業ガイダンスを行う「キャリア支援プログラム」など、個別支援プログラムも用意
されている。次の②職業訓練プログラムには、大卒生向け職業訓練のほか、高校生や高卒
生に対して、旋盤・溶接・造船など職人技術を提供する「技術不足の仕事に関する職業訓
練プログラム」が存在する。職業訓練を受けた若年者の数は、2005 年で 63923 人に上る。
日本の場合とは違い、プログラム参加者は、たとえ「雇用保険制度」に未適用の者でも、
「訓練手当」を受給することができる(OECD 2007:102-103)。③民間セクターへの補助と
して、2004 年から「雇用保険法」に基づく「青年雇用促進奨励金」が導入され、若年失業
者と 1 年以上の常用雇用契約を結んだ中小企業事業者に対して助成金が支払われるように
なった。2006 年の参加者は、40121 人に及んでいる(OECD 2007:103-104)。むろん、④公
的セクターによる雇用創出も続いている。政府の行政情報データベース構築作業が進めら
れ、2003 年から 2007 年 10 月までに 106000 人の若年者が短期雇用されている。
また、盧武鉉政権の時代になると、学校から職場への円滑な移行を目的として、⑤キャ
リア教育・人材育成が大規模に行われるようになった。初等・中等教育段階から職業進路
指導を取り入れ、例えば高校において、
「進路と職業」という選択科目を設けたり、「ジョ
ブ・スクール」という職場体験プログラムを実施したりしている。また高等教育段階でも、
「青年職場体験プログラム」を推進した。そのうえ、需要サイドに合わせた動きも激しく、
産学の共同研究を推進するための「産学協力団」が全大学の 95.4%(2007 年)に設けられ
ている。また、⑥ニート支援策が開始されたのも、この時期の特徴と言える。2006 年から
試行的に始まった「YES プログラム」は、高卒以下の低学歴、長期失業、その他のハンデ
ィキャップなど、就労が困難な青年を対象にした個人対応プログラムである。その制度設
計は、第一段階として 3 週間の職業相談、第二段階として 6∼12 ヶ月の職場体験・職業訓
練、第三段階として 3 ヶ月の集中的な職業紹介サービスとなっている
(OECD 2007:114-115)。
ただ、2007 年の参加者は 3166 人と、それほど多くはない。
このように、盧武鉉政権期に、韓国の若年者雇用政策は大きな進展を見せ、青年失業対
策に参加した若年者の数も、2003 年の 164000 人から 2006 年の 274000 人へと大きく増加
したのである。しかしながら、その限界も明らかとなった。
「参与政府の青年失業対策の今
後と課題」は、現状の問題点として、①過剰な高学歴化による非労働力率の上昇、②中小
企業忌避に代表される需給のミスマッチ、③脆弱な若年者に対する支援不足、④雇用支援
サービスの不十分さ、⑤雇用に関する情報伝達システムの不備を指摘している(労働部・
教育人的資源部 2008)
。
2008 年に誕生した李明博政権は、発足から間もないため、その効果を検証するには時期
44
尚早だろう。ただ、最後に新たな動きとして、新たなニート支援策である「New Start プロ
ジェクト」に触れておこう。これは、高卒以下、6 ヶ月以上の失業状態、2 年以上の無業状
態など就労が難しく、
現在失業手当を受給していない 15∼29 歳のニート層に対象を絞った
施策である。その制度概要は、第一段階として 4 週間の個別相談、第二段階として 1∼8
ヶ月の職場体験・職業訓練、第三段階として 3 ヶ月の集中的な職業斡旋となっており、一
見すると先述の「YES プログラム」に近い。ただ、「New Start プロジェクト」は、イギリ
スの「若年者向けニューディール New Deal for Young People」を真似たワークフェア政策
となっている点に、そのもっとも明確な特徴がある。つまり、第一段階では月額 30 万ウォ
ン、第二段階では月額 50 万ウォンの手当が支給される一方、このプログラムへの参加は相
互義務契約の形を取っているため、もしプログラムの手順を履行しなかった場合は、手当
が停止されることになる。
2.4
台湾
では、最後に台湾における若年者雇用政策を整理してみよう。台湾における若年者問題
もまた、その中心的テーマは失業問題である。ただ、韓国の若年者雇用政策が未曾有の経
済危機に対する緊急措置から始まったとすれば、台湾は韓国ほどの大きな危機に直面した
わけではない。むしろ、台湾は 1990 年代後半から増大していく若年失業者の問題に徐々に
対応せざるをえなくなったというのが実情である。
台湾においても、高学歴卒業者の失業が大きな問題となった。1994 年に、「大学・専科
学校卒業者向け就業ガイダンス実施計画」が試行的に実施され、その後失業問題の改善を
見ないまま、1996 年に「失業青年・先住民就業措置」が策定された(林 2006:467)。しか
しながら、台湾において若年者雇用政策が本格化するのは、失業率がさらに上昇する 2000
年以降にすぎない。
台湾において、日本の「若者自立・挑戦プラン」や韓国の「青年失業総合対策」のよう
な若年者雇用政策の総合的パッケージが作成されるのは、2007 年の「青年就業促進プログ
ラム」が最初である。2006 年 2 月、陳水扁総統が経済政策方針のなかで若年者就業の重要
性に触れ、同年 8 月に「青年人力資源発展会議:青年就業促進」が開催されることによっ
て、台湾における総合的な若年者政策の先鞭が付けられたと言ってよい。そうしたなか、
2007 年 2 月、青年輔導委員会を中心とした教育部・経済部・労工委員会・経済建設委員会・
内政部・衛生署・先住民族委員会が共同で「青年就業促進プログラム」を策定することと
なったのである。同プログラムは、その中心テーマとして、①学校段階における就業能力
の強化、②円滑な職場への移行支援および能力開発・創業に関する環境整備、③就業困難
な若年者支援、
④就業機会の均等化という 4 点を提示している(行政院輔導委員会 2007)。
ただ、この総合プログラムが取りまとめられる以前から、台湾における若年者雇用政策
はさまざまな領域において展開されてきた。以下では、主たる個別施策を図表 3 の分類に
沿って確認することにしたい
(行政院労工委員会職業訓練局 2008)
(侯世光・陳金福 2007)
。
①職業紹介サービスとして、
「青少年職能総合訓練計画」を挙げることができる。この施策
は、高校卒業程度の学歴で失業あるいは無業状態にいる 18∼24 歳の就業意欲や就業能力を
挙げるため、第 1 単元(面談)
、第 2 単元(パソコン・職業技能訓練)、第 3 単元(職業体
験)、第 4 単元(就業支援)というガイダンス・職業訓練・職業紹介を一貫して行うプログ
45
ラムである。2006 年の参加者 439 人のうち就業率は約 19.8%と高くない。次に、2006 年
から始まった②職業訓練プログラムである「台湾・ドイツエリート計画」は、台湾版デュ
アルシステムと言える。学習と職業実習を組み合わせた、このプログラムを修了すると、
台湾国内の学位証書を取得できるだけでなく、ドイツの職業訓練認定証も取得できる。2006
年の卒業生 248 人のうち、再就学した 27 人を除く 180 人が就業することができた。台湾に
おける③民間セクターへの補助や④公的セクターによる雇用創出について見てみると、確
かに政府は 2003 年から「公共サービス拡大就業計画」を行い、これら二つの類型による失
業問題の緩和を図っている。しかしながら、この施策は主に 35∼64 歳の中高年を対象とし
たもので、事実 2003 年度の実施者 72699 人のうち 34 歳以下は 6.1%にすぎない(行政院
経済建設委員会 2005)
。つまり、若年者は、この計画の対象外となっている。
他方、台湾では、⑤キャリア教育や人材育成に力を入れている。キャリア教育としては、
中学生や高校生の早期キャリア教育を目指す「中学生・高校生就業準備力計画」や、キャ
リア教育と職場体験を結びつけた「大学生・専科学校生のための就業実習計画」が実施さ
れている。後者の場合、2003 年から 2006 年にかけて、合計 85787 人が参加し、16536 人が
就業に至っている。その他、2004 年から、18∼29 歳の高校以上の学歴を持つ未就業者を対
象に「青年職場体験計画」が実施され、参加者には通常毎月 8000 元の研修手当が支給され
る。2005 年の実績を見てみると、2147 人の若年者が 202 の企業に職場体験を行い、そのう
ち 90.7%が就業に結びついている。また、近年になって、⑥ニート支援策も進んでいる。
例えば、2005 年から行われている「飛べ Young 計画」は、14∼19 歳の高卒以下で就学意
欲の低い若者、とりわけ中途退学者を対象としたプログラムで、民間団体へ委託して運営
されている。例えば、2007 年に行われた「乗風少年学園」の取り組みを見てみると、ソー
シャルワーカーの指導のもと、最初の「職業探索段階」
(4 ヶ月)でグループワーク・職業
ガイダンス・体験学習などを通じた職業探索を行い、次の「労働体験期間」
(8 ヶ月)で実
習を行う。その際は、最低賃金 17200 元以上の賃金が支払われる。このプログラムへの参
加者は非行少年が多く、参加者 20 名のうち、ほとんどの者が結果的に再び就学することと
なった1。2008 年から、この施策は「職場学習・再適応計画」に引き継がれることになる。
そのほか 2007 年から、イギリスのニート対策と非常に近い 15∼19 歳の中卒無業者を対象
に、職業ガイダンスと職場見習を目的とする「中学卒業未就学・未就業青少年職能訓練指
導パイロット計画」が開始された。2005 年度現在、台湾では 6709 人の若者が義務教育で
ある中学校に行っていないのが実情である(行政院輔導委員会 2007:63-69)。このように、
近年になってニート支援策が推進されるようになった背景には、
「大温暖」と呼ばれる積極
的な社会投資の動きが存在している。そのうちの一つとして、社会福祉の重点化が表明さ
れ、障害者・先住民・長期失業者・青少年・生活保護世帯の稼働者などに対する就労支援
策「弱勢者就業促進計画」も展開されるようになったのである。
2.5
日本・韓国・台湾における若年者雇用政策の位置
このように、日本・韓国・台湾における若年者雇用政策の経緯を比較してみると、各国
の社会経済状況に応じた文脈の違いが浮かび上がってくる。以下では、その違いを簡単に
1
2008 年 11 月 5 日、
「台北市社会局児童・少年福利科」で行ったインタビューによる。
46
整理してみよう。
第一に、各国における若年者失業問題の位置づけである。若年者雇用政策の目的は、社
会状況がはらむ「緊急度」の違いによって大きく左右される。確かに、図表 1 からも分か
るように、各国の若年者は共通して失業率の上昇に悩まされてきたけれども、その深刻度
は異なっている。韓国の場合、失業問題の影響は国家経済全体を揺るがす大事態であった
ため、その対応ももっとも規模が大きく、集中的に行われた。そのため、韓国における若
年者雇用対策は、国家全体の総合的な失業対策のなかに位置づけられたうえ、初期段階か
ら公的セクターによる雇用創出の役割が非常に大きかった。それに対して、日本や台湾に
おける若年者失業の問題は、ずっと穏当なものであった。また、
「緊急度」の問題は、若年
者雇用対策の中心的な対象者の範囲にも反映されている。例えば、韓国や台湾では、大卒
など高学歴者の失業問題が筆頭に挙がり、高学歴者の失業に特化されない日本との対照性
が際立っている。
第二に、非正規雇用の位置づけも、各国のなかで違いを見せている。日本の場合、若年
者雇用政策と非正規雇用問題は不可分の関係にあると言える。例えば、「フリーター25 万
人常用雇用プラン」を挙げるまでもなく、若年者雇用政策の目的は何よりも失業や非正規
雇用から「正規雇用へ移行する」ことにほかならない。このような日本の状況とは対照的
に、韓国や台湾における若年者雇用政策のなかに、非正規雇用の問題はほとんど見当たら
ないと言っていい。若年者の直面する問題は、あくまで失業や無業と見なされている。若
年者雇用政策における非正規雇用の位置づけは、非常に対照的なものなっているのだ。
第三に、失業と非正規雇用の違いほど明瞭ではないものの、社会保障制度の位置づけも
いくらかの説明が必要だろう。日本・韓国・台湾は、その具体的な文脈は互いに異なって
いるとはいえ、共通して社会保障制度の再編の途上にある。1997 年の経済危機以降、韓国
は大がかりな産業構造の変容と労働市場の柔軟化に迫られたと同時に(金 2007a)、「国民
基礎生活保障法」を制定して「普遍的最低生活保障」を体現している(金 2005)。とりわ
け、後者のなかで、稼働能力のある受給者に対してワークフェアの仕組みを導入し、労働
と社会福祉の連携が密接になっている点には留意すべきだろう。また、台湾においても、
韓国ほどではないにしても、社会保障制度の問題が顕在化しつつある。1999 年に労工保険
内での運用において、そして 2002 年に就業保険の新規導入において「失業給付」が開始さ
れる一方(曽 2003)
、先述した「弱勢者就業促進計画」や「弱勢家庭脱貧困計画」の取り
組みが始まり、いわば従来まで社会的弱者と呼ばれていた人々に対する就労支援策が展開
されるようになってきている。
むろん、
社会保障制度の見直しという傾向についていえば、
日本も例外ではない。
「ワーキングプア」という言葉の隆盛を待つまでもなく、労働者の貧
困あるいは脆弱な社会的地位は、労働者派遣法を筆頭とする労働法制のあり方、雇用保険
の加入資格の範囲、生活保護制度における受給抑制などに関する議論を招いている。この
ように、日本・韓国・台湾では、多かれ少なかれ雇用と社会保障の結びつきが一つの論点
を形成しているといえよう。むろん、だからといって、若年者が社会保障制度の再編のな
かで中心的な位置を占めているわけではない。ただ、このような社会保障制度の変化は、
若年者雇用政策にとって決して無関係というわけでもない。
日本・韓国・台湾における若年者雇用政策の違いを比較するなかで、①失業問題、②非
正規雇用、③社会保障制度という三つの特徴を指摘することができた。では、このような
47
特徴を形作る背景はどのようなものだろうか。次節では、その背景となる要因を順番に考
察していこう。
日本・韓国・台湾における若年者雇用の背景要因
3
3.1
学校から職場への移行
まず若年者失業問題の位置づけから確認していこう。韓国において失業問題が緊急事態
であったことは、図表 1 にあるように、若年失業率が 1997 年の 7.6%から 1998 年の 15.9%
へと約 2.1 倍に急上昇したことからもうかがえよう。では、なぜ韓国と台湾の失業問題が、
とりわけ大学生という高学歴失業問題として顕在化したのだろうか。
第一に、日本に比べて、韓国と台湾の高等教育就学率が非常に高い事実を挙げることが
できよう。図表 4 のように、日本における高等教育就学率が 55.3%であるのに対し、韓国
と台湾は順に 89.9%、82.0%と非常に高い値となっている。
図表 4
初等教育
中等教育
高等教育
高等教育就学率(2005 年)
日本
100.1
101.5
55.3
韓国
104.8
92.9
89.9
台湾
100.3
97.9
82.0
注:就学率は各教育課程の就学該当年齢人口に対する就学者(該当年齢外も含む)の割合(Gross)
出所:行政院主計處『社會指標統計年報』
(2007 年)
第二に、15∼24 歳の若年失業者における学歴の内訳を見てみると(図表 5)、大卒以上の
占める割合は、日本 29.4%、韓国 27.4%、台湾 37.5%と、台湾がやや高いものの、日本と
韓国にそれほど大きな違いはない。しかしながら、OECD の『若者の仕事:韓国編』は、
韓国における別の可能性を示唆している。報告書によれば、韓国の場合、高等教育卒業者
における無業者(いわゆるニート)比率が OECD 諸国の平均に比べて著しく高く、約 3 倍
に達する。2005 年の 15∼29 歳の若年人口 9914000 人のうち、高等教育無業者が 702000 人、
中等教育以下無業者が 958000 人と、その総数は失業者数を上回る(OECD 2007:39-40)。
図表 5
日本
韓国
台湾
若年失業者の学歴の内訳(2005 年)
中卒以下
高校
70.6
7.2
65.3
13.4
49.1
大卒以上 合計(千人)
29.4
510
27.4
208
37.5
112
出所:日本『労働力調査』(2005 年)、韓国『経済活動人口調査』(2005 年)、台湾『青少年労工統計』
(2005 年)
このように、日本に比べて韓国や台湾の若年者は、高等教育機関への進学が過度に普及
した「学歴インフレ」のなかを生きている。若年者雇用政策もまた、高学歴失業問題に対
応せざるをえない事情が、そこにあると言えよう。
3.2
非正規雇用の広がり
48
次に、日本・韓国・台湾における非正規雇用の位置づけはどうなっているのだろうか。
各国における就業のありようはしばしば独自の慣習に縛られ、非正規雇用を一義的に定義
することは難しい。ここでは、非正規雇用を意味する就業形態を、日本の場合は『労働力
調査』に基づく「パート・アルバイト」
「労働者派遣事業所の派遣社員」
「契約社員・嘱託」
「その他」、韓国の場合は『経済活動人口調査付加調査』に基づく「一般臨時労働」「契約
労働」
「パート」
「派遣労働」
「呼出労働」
「特殊労働」
「用役労働」
「在宅労働」
、台湾の場合
は『人力運用調査』に基づく「部分工時就業者」
(パート)と便宜的に見なして、考察する
ことにしたい。性別・年齢階層別に被雇用者のうち非正規雇用者の占める割合を示した図
表 6 から、いくつかの傾向を指摘することができよう。
第一に、総じて、あらゆる年齢層にわたって男女とも、韓国の非正規雇用者率が非常に
高い一方、台湾における非正規雇用者率が低いことがうかがえる。第二に、男性の場合、
年齢による傾向の違いを指摘できる。「15∼24 歳」の若年層を見た場合、その値はかなり
違うとはいえ、日本 43.3%、韓国 84.3%、台湾 7.2%と非正規雇用者率は相対的に高くな
っている。だが、そもそも非正規率が低い台湾はのぞいて、日本と韓国はずいぶん傾向が
異なる。
「35∼44 歳」では、韓国が 36.0%といまだ高い値であるのに対して、日本は 7.6%
とかなり低下している。つまり、確かに非正規雇用が進んでいるとはいえ、日本の場合は
中高年男性の非正規雇用は相対的に少ない傾向にあるのだ。第三に、非正規雇用率は、ジ
ェンダーによる違いがとても大きいことが分かる。女性の場合、日本や韓国での非正規雇
用率は押し並べて男性より高く、その傾向があらゆる年齢層に分散していることがうかが
える。
図表 6 性別・年齢階層別、被雇用者のうち非正規雇用の占める割合
(男性)
(女性)
100.0
100.0
90.0
90.0
80.0
80.0
70.0
70.0
60.0
60.0
日本
50.0
韓国
40.0
韓国
40.0
台湾
30.0
日本
50.0
台湾
30.0
20.0
20.0
10.0
10.0
0.0
0.0
15∼24歳 25∼34歳 35∼44歳 45∼54歳 55∼64歳 65歳以上
15∼24歳 25∼34歳 35∼44歳 45∼54歳 55∼64歳 65歳以上
注:韓国「55∼64 歳」は「65 歳以上」も含んだ値である。
出所:日本『労働力調査』(2007 年)、韓国(キム 2007)、台湾『人力運用調查報告』(2007 年)
以上の結果を見ると、若年者雇用の特徴として、韓国と日本において非正規雇用の広が
りを指摘することができよう。そうであるならば、非正規雇用率の高い日本では、若年者
雇用政策が非正規問題に向けられ、逆に非正規雇用率の低い台湾では向けられていない理
由にも納得がいく。しかし、韓国において若者の非正規問題が大きく取り上げられない理
49
由を説明することができない。ただ、ここでは結論を急ぐ前に、日本・韓国・台湾におけ
る非正規雇用の位置を考えるうえで、なおいくつかの考慮すべき点を確認することにした
い。
第一に、はたして非正規雇用と呼ばれる就業形態が本当に若年者雇用の「不安定さ」を
招いているのか、所得・労働時間・契約期間・解雇のされにくさなど、さまざまな側面に
わたる雇用のリスクを改めて検討する必要があるだろう。ただ、ここでは詳しい考察は控
え、賃金だけを検討することにしたい。非正規雇用と正規雇用の賃金格差を見てみると、
『賃金構造基本統計調査』によれば、日本における 2007 年の平均賃金は、正社員 3182000
円、非正社員 1929000 円で、両者の比は 60.6 となっている。また、韓国でも、正規雇用
2390000 ウォン、非正規雇用 1190000 ウォンと賃金の開きは大きく、その比は 49.9 である
(韓国非正規労働センター 2007:35)
。最後に、
『人力運用調査』(2007 年)から就業形態
別に台湾における平均月収を見てみると、フルタイム 35070 元、パート 15538 元と、その
比は 44.3 である。このとき、比較対象となっているのは平均月収のみであるため、賞与や
その他の報酬を含めると、その差はもっと大きくなるだろう。このように、日本・韓国・
台湾において、就業形態は所得の多寡を大きく左右するのである。
第二に、非正規雇用という概念が必ずしも明確なものではないことを改めて指摘してお
こう。とりわけ、台湾における非正規雇用の基準は、日本や韓国で使用されているものと
必ずしも一致するわけではない。確かに、図表 6 によれば、台湾は非正規雇用の占める割
合が少ない社会に見える。だが、台湾の場合、「6 ヶ月」
「9 ヶ月」
「1 年以上」という契約
期間の決まった「定期契約工」は存在するものの、日本の「契約社員」や「期間工」ある
いは韓国の「臨時労働」のように、有期雇用が非正規雇用として統計上処理されているわ
けではない。さらに、そもそもはっきりした雇用期間の定めはないが、いつ解雇されるか
分からない雇用関係も数多く存在している 2。ただ、このような雇用は非正規雇用、つま
り何らかの意味で不安定な雇用と見なされているわけではないのだ。事実、韓国における
「長期臨時労働者」
(横田 2003:52-53)は、上述した台湾の労働者像に極めて近い。両者
の相違点は、労働の実態そのものではなく、むしろそのような働き方を非正規労働とみな
して「問題化」するか否かの違いのようにも見える。
このように考えると、非正規雇用という概念は、不安定な雇用を指示する、あくまで一
つの仮説的なカテゴリーだと言うことができよう。その際、二つの文脈を考慮することが
できる。まずは、非正規雇用を把握する基準の改定である。例えば、韓国では、1997 年以
降労働市場の柔軟化に直面するなか、不安定雇用を正確に補足するよう促されてきた。そ
の結果、2000 年から新たに『経済活動人口調査付加調査』を行い、学会・労働界・政府を
交えた論争を通じて非正規雇用の再定義に努めてきた。また、台湾においても、2008 年の
『人力運用調査』から、従来の「部分時間工作者」(パート)のほかに、
「臨時性・人力派
遣工作者」
(臨時労働者・派遣労働者)が「非典型雇用」のなかに加えられた。そのデータ
によれば、「15∼24 歳」の就業者のうち「部分時間工作者・臨時性・人力派遣工作者」で
ある者の割合は 19.2%に及び、2007 年の「部分時間工作者」7.8%を大きく上回る(行政
院主計處,2008:14-15)。さらに二つの目の文脈として、労働法制の変化を視野に入れる必
2
2008 年 11 月 6 日、「行政院労工委員会職業訓練局」で行ったインタビューによる。
50
要があるだろう。韓国では、2007 年 7 月に、非正規労働者関連保護法(期間制および短時
間労働者保護等に関する法律、派遣労働者保護等に関する法律、労働委員会法)が施行さ
れ、非正規労働者の保護が強化されることになった(呉 2008)。このような変化を視野に
収めるならば、非正規雇用は、労働法などを中心とする法的措置の拡大と無関係ではあり
えないだろう。その点、仮にインフォーマル性の特徴を労働法遵守からの遺漏や社会保障
制度からの未登録と見なすならば(Perry et al, 2007:21-41)
、非正規雇用の法的保護や社会
保障整備という動向は、インフォーマル雇用のフォーマル化と言い換えることができるか
もしれない。
このように考えると、若年者雇用政策と非正規雇用対策との結びつきの如何は、その社
会における非正規雇用の広がりと相関したものと、とりあえずは考えることができる。た
だ、この説明には大きな疑問が二つ残る。何よりも、非正規雇用率がもっとも高い韓国に
おいて、なぜ若年者雇用対策として非正規雇用が焦点とならないのだろうか。ここで提示
できるのは一つの推論にすぎないが、確かに若年層に多いとはいえ、総じて非正規雇用が
あらゆる年齢層に浸透している韓国において、非正規雇用は若年者問題ではなく、もっと
一般的な社会問題として受け止められていると考えることができる。むしろ、雇用そのも
のの分極化が社会のなかで前面化しているといえよう。もう一つの疑問は、なぜ日本では
これほど非正規雇用が大きな若年者問題と見なされるのかという点である。確かに、男性
の場合、非正規雇用は若年者に偏っているけれども、女性の場合はそのような傾向がある
わけではない。むしろ、かねてから指摘されている主婦パートの存在、さらには派遣社員
や契約社員などのさらなる広がりを考えると、非正規雇用は若年者に限った現象ではない。
韓国や台湾に比べて日本の場合は、若年者雇用政策における非正規雇用の重点化がもっと
も顕著な傾向と言えるだろう。
3.3
雇用保険制度の現状
最後に、若年者雇用政策の背景要因として、3 ヶ国における社会保障制度を見てみよう。
なかでも、雇用に大きく関係する雇用保険制度に焦点を当てることにしたい。雇用保険制
度は若年者雇用政策とも関連が非常に深い。とりわけ、雇用の不安定化が進む現在、失業
時の生活保障でもある「求職者給付」
(失業手当)という機能の重要性がいっそう重みを増
す反面、社会保険制度という性格上、十分な拠出をすることができない若年者にとって利
用できないというジレンマも顕在化しつつある。まず、各国の雇用保険制度の概要を確認
しよう(図表 7)
。
図表 7 雇用保険・社会扶助の成立
雇用保険
1947
1974
日本
失業保険法
雇用保険法
公的扶助
1950
生活保護法
1995
韓国
雇用保険法
1961
2000
生活保護制度
国民基礎生活保障法
1950
1999
2002
1980
台湾
労工保険
労工保険内の失業給付
就業保険
社会救助法
出所:各種資料より筆者作成
日本の場合、1947 年の失業保険法に代えて、1974 年に雇用保険法が成立して以来、幾多
51
の改正を繰り返しながら今日に至っている。2008 年現在、雇用保険制度の対象者は、「1
週間の所定労働時間が 20 時間以上で、かつ、1 年以上引き続いて雇用される見込みのある」
労働者で、1 人以上を雇用するすべての事業所に適用される。給付の種類として、
「求職者
給付」
「就職促進給付」
「教育訓練給付」
「雇用継続給付」がある。そのうち失業時に受け取
ることのできる「求職者給付」の受給要件として、通常「離職前の 2 年間において、賃金
支払いの対象となった日が 11 日以上ある完全な月が 12 ヶ月以上あること」という拠出期
間の条件がある。また、自己都合による自発的な失業の場合、3 ヶ月の給付制限がかけら
れる。給付期間と給付額は、拠出期間と年齢によって異なるが、給付期間は 90∼240 日、
給付額は賃金日額の 50∼80%である。
ただ、若年者の場合、①パート・アルバイトなど週 20 時間以下の短時間労働である、
②12 ヶ月以上という拠出期間に満たない、③自発的な退職であることなど、しばしば雇用
保険制度がうまく適用されないケースが生じがちとなる。実際、契約社員 76.8%、臨時雇
い 23.8%、パート 53.2%、派遣社員 87.5%など、非正規雇用の雇用保険適用率は総じて低
くなっている(樋口 2007)。
また韓国の場合、金早雪によれば、1997 年に雇用保険法が施行されていたが、当初の適
用対象は雇用者 30 人以上の事業所に限られていた。その後、経済危機の余波を受け、1998
年に雇用保険制度の対象者は雇用者が 1 人以上いる全事業所と雇用主に拡大されることと
なった(金 2007a)
。給付としては、大きく「求職者給付」
(
「疾病・傷害給付」を含む)と
「雇用促進手当」
(
「早期再就職手当」
「職業訓練手当」
「広域求職者手当」
「再就職手当」を
含む)が存在する。受給するためには、直近の 18 ヶ月において 180 日以上の拠出期間、自
己都合以外の退職理由という条件をクリアしなければならない。現在の給付期間は 90∼
240 日、給付額は一律に賃金日額の 50%である(Hwang 2007:210-219)
。
むろん、韓国においても、雇用保険の適用率は正規雇用と非正規雇用のあいだで食い違
っている。『非正規労働』
(2007 年 12 月号)によれば、
「正規雇用」82.6%、「非正規雇用」
32.0%、さらに後者の内訳として「一般臨時労働」27.6%、
「契約労働」57.2%、
「常用パー
ト」80.6%、
「臨時パート」3.3%、
「派遣労働」67.9%、
「呼出労働」0.8%、
「特殊労働」8.3%、
「用役労働」59.6%、
「在宅労働」1.3%となっている(韓国非正規労働センター 2007:96)。
最後に、台湾の状況を確認してみよう。台湾では、1950 年に労工保険制度が成立したも
のの、そのなかには失業リスクが想定されておらず、結果的に失業者に対する給付制度は
存在しなかった。その後、2002 年に、失業給付を備えた就業保険制度が創設されたのであ
る(曽 2003)。就業保険制度の対象者は、15∼60 歳で台湾国籍を持つ被雇用者となってい
る。給付には、
「失業給付」
「早期再就職手当」
「職業訓練生活手当」
「全民健保保険費補助」
がある。
「失業給付」を受け取るためには、直近の 3 年間で合計 1 年以上の拠出期間が必要
で、非自発的な退職でなければならない。給付期間は最長 6 ヶ月、給付額は退職前 6 ヶ月
の平均月給の 60%である(林 2006:176-179)。残念ながら、台湾における就業形態別の就
業保険適用率は不明である。
では、このような雇用保険制度がどのくらい若年失業者に活用されているのだろうか。
図表 8 は、日本・韓国・台湾において、年齢階層別に求職者給付(失業手当)の受給者と
失業者数を調べ、その受給率を比較したものである。日本の場合、
「29 歳以下」の受給率
がもっとも低く 14.0%に過ぎず、
「全体」も 21.9%となっている。また、韓国では、年齢
52
階層別のデータが入手できないため、年齢による傾向は不明だが、「全体」でも 27.0%で
ある。また、台湾の場合、
「29 歳以下」の受給率が 7.6%ともっとも低く、
「全体」も 15.6%
と低調である。ただ、台湾のデータは、初めて「失業給付」を認定された者に限定したも
のであるため、実際の受給者より少なく見積もられている可能性が高い。ともあれ、日本
と台湾では、同じ失業者のなかでも、若年失業者のほうが求職者給付を受給する割合が低
いことが読み取れる。
図表 8
失業者による求職者給付の受給率
日本(2006年)
29歳以下
30∼44歳
45∼59歳
60∼64歳
全体
一般求職者給付受給者
128376
175774
207259
71845
583254
失業者
920000
840000
700000
200000
2660000
受給率
14.0
20.9
29.6
35.9
21.9
求職者給付受給者
223081
失業者
827300
受給率
27.0
失業給付初回認定受給者
15351
22024
18661
7458
63494
失業者
201000
99000
68000
38000
406000
受給率
7.6
22.2
27.4
19.6
15.6
韓国(2006年)
全体
台湾(2006年)
29歳以下
30∼39歳
40∼49歳
50∼59歳
全体
注:受給者は、日本の場合は「一般求職者給付の受給者実人員」、韓国の場合は「求職給付受給者」
、台湾の場合は「失
業給付を初めて認定され受給した者」を指す。韓国は、年齢階層別のデータ不明。
出所:日本『雇用保険事業年報』(2007 年)、韓国『雇用保険年報』
(2007 年)、台湾『就業保險年報』
(2007 年)
このようなデータから明らかなように、若年失業者にとって雇用保険制度が有力なセー
フティネットとなっているとは言いがたい。そもそも、非正規雇用が多く、しばしば雇用
と失業を繰り返し、不安定な雇用に従事する若年者にとって、雇用保険への加入、保険料
の十分な拠出期間、非自発的な失業などの要件は、ときにあまりにも厳格すぎるものとな
る。言い換えれば、拠出原理に基づく社会保険というシステムに、雇用保険制度の限界の
一端が垣間見える。Hwang Deok-Soon もまた、求職者給付の受給率が EU 平均だと 40.6%
であることに触れながら、韓国における受給率の低さを指摘している。Hwang は、その理
由として、①雇用保険の被保険者の占める割合が相対的に低い、
②受給資格が厳格である、
③平均的な受給期間が短いことを挙げている(Hwang 2007:231-246)。若年者にとって雇用
保険制度が必ずしもうまく機能していないなか、日本・韓国・台湾において若年者雇用の
不安定さを改善するうえで雇用保険制度の要件緩和(雇用保険制度の対象拡大や受給要件
の見直し)はしばしば議論されているけれども、若年者の生活を保障する抜本的な社会保
障制度再編の兆しは見られない。
53
日本・韓国・台湾における若年者雇用対策の残余
4
4.1
家族によるサポート
若年者雇用政策を探るうえで、教育制度・非正規雇用・雇用保険という三つの背景要因
の影響力を検討してきた。しかしながら、このような三つの社会制度上の条件だけでは不
十分かもしれない。なぜなら、第一に、不安定な雇用に従事せざるをえない若者の生活を
実質的に支える家族の伝統的な役割、第二に、近年になって国家・市場・家族の機能を補
完する、NPO や社会的企業など第三セクターの革新的な役割を検討する必要があるからで
ある。この新旧二つの要因について、最後に触れることにしたい。まず、家族が担う二つ
の機能から始めよう。
第一に、雇用が不安定な若者にとって親世帯との同居は実質的なセーフティネット機能
を果たしているかもしれない。日本では、確かに一人暮らしの未婚の若者と親元にいる未
婚の若者を比べた場合、後者においてパート・アルバイト率が高いと指摘されている(小
杉 2007:50-51)
。今回は、2005 年 SSM 日本調査・韓国調査・台湾調査を用いて、若年者と
親世帯の関係を確認することにしたい。図表 9 は、20∼34 歳の未婚の若年者がどのくらい
親と同居しているかを表したものである(同居のなかには、両親との同居、父親のみの同
居、母親のみの同居をすべて含む)
。総じて親との同居率が高いことがうかがえる。ただ韓
国の場合、年齢が高まるとともにやや同居率は下がる傾向にあるが、日本と台湾の場合、
年齢による変化はほとんど見られない。
図表 9
20∼34 歳の未婚の若年者における親との同居率
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
日本
韓国
台湾
20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34
では、親との同居・非同居の違いと若年者の就業形態のあいだに、何らかの関係がある
のだろうか。学生を除く 20∼34 歳の未婚の若年者を対象にして、居住形態ごとに現在の就
業形態をまとめたものが図表 10 である。日本の場合、非正規雇用で働いている割合は「親
同居」28.2%、
「単身」12.5%と、「親同居」のほうが高くなっている。韓国の場合を見て
みると、非正規である割合は「親同居」であろうが、
「単身」であろうが大きく変わらない。
やや違いが見られるのは、
「親同居」だと「正規雇用」がやや減るのと同時に「無業」が増
54
え、「単身」はその逆の傾向がうかがえる。台湾の場合、3.2 節で言及したように、そもそ
も現職で「非正規雇用」に従事する者の割合が日本や韓国に比べて非常に低く、
「親世帯」
と「単身」の違いはほとんどない。若年者の居住形態と「非正規雇用」に限って言えば、
日本に限ってのみ関係があると言えよう。ただ、親と同居しているから「非正規雇用」に
就いているのか、
「非正規雇用」に就いているから親と同居しているのか、その因果関係は
わからない。
図表 10
日本
韓国
台湾
親同居
単身
合計
親同居
単身
合計
親同居
単身
合計
若年者の居住形態別、就業形態
正規
59.7
83.0
63.9
26.4
34.5
29.2
73.8
77.3
74.5
非正規
28.2
12.5
25.4
35.5
37.9
36.3
1.4
1.3
1.4
自営
2.5
1.1
2.3
6.4
5.2
6.0
3.8
2.0
3.4
無業
9.6
3.4
8.5
31.8
22.4
28.6
21.0
19.3
20.7
合計(人)
397
88
485
110
58
168
633
150
783
第二に、若年者における家族の役割は、日本・韓国・台湾における社会福祉制度にも表
れている。各国には、最低限の生活を保障する社会扶助制度として、現在、日本の「生活
保護法」
(1950 年)
、韓国の「国民基礎生活保障法」
(2000 年)
、台湾の「社会救助法」
(1980
年)が存在するけれども、これらの制度はすべて世帯単位で運営されている。例えば、日
本では 15∼34 歳を対象に生活扶助費などを支給する
「生活保護世帯被保護者に対する若者
自立塾入塾支援」制度、韓国では 13∼24 歳を対象に就業相談や職業体験を行う「青少年自
活支援機関」3 など貧困世帯に暮らす若年者への就労支援策も、すべて親世帯に対する社
会扶助の延長線上に位置づけられている。台湾でも、低所得世帯の青少年の貯蓄を支援す
る「青りんご口座開設」
(台北市)のように、若年者自身に向けられたプログラムも極めて
小規模ながら存在するが、親世帯を中心とする社会扶助の枠組みは変わらない 4。すなわ
ち、失業・無業・非正規雇用によって基本的な生活水準に満たない若年者がいても、若者
自身が施策の対象となることは極めて少ない。ここでも、暗黙のうちに家族による扶養が
若者を支える前提となっているのだ。
4.2
第三セクターの台頭:NPO と社会的企業
2 節で述べたように、日本・韓国・台湾にとって、若年者雇用問題は決して古い問題で
はなく、1990 年代後半になってから徐々に顕在化してきた新しい問題である。そうしたな
か若年者雇用政策が積極的に進められてきた。そのとき、しばしば重要な役割を果たして
きたのが、NPO や社会的企業 social enterprise と呼ばれる民間団体の動きである(図表 11)。
日本では、1998 年に「特定非営利活動促進法」(通称、NPO 法)が成立して以来、NPO
の動きが活発化してきた。2008 年 3 月 31 日現在、全部で 32970 団体が認証され、そのう
ち活動分野として「社会教育の推進を図る活動」「子どもの健全育成を図る活動」
「職業能
3
4
2008 年 8 月 13 日、
「ソウル市江西区青少年自活支援機関」で行ったインタビューによる。
2008 年 11 月 5 日、「台北市社会局児童・少年福利科」で行ったインタビューによる。
55
力の開発又は雇用機会の拡充を支援する活動」のいずれかを挙げる団体は 20404 団体に及
ぶ。むろん、法律が策定される前から、不登校・ひきこもり支援や地域での教育活動を行
ってきた民間団体は数多く存在するが、NPO 法の制定によって活動の制度的基盤が広がっ
たということができよう。また、若年者雇用問題が顕在化することによって、若者の就労
支援を目的とする団体も増えてきた経緯がある。とりわけ、日本の場合、NPO が若年者雇
用政策の一翼を担うようになった背景には、1999 年頃を境にして公的事業を民間委託する
動きが活発化したことが挙げられる。1999 年に、失業対策の一環として雇用機会の創出を
目的とする「緊急地域雇用特別交付金」
(1999∼2002 年)が地方自治体に交付され、その
事業が NPO や民間企業に委託されることになったのである。若年者雇用政策でいえば、
2003 年 7 月に開設された若年者向け就業相談機関である「ヤングジョブスポットよこはま」
(厚生労働省所管)の運営は NPO 法人「楠の木学園」に運営委託されることとなった。そ
の後、
「ジョブカフェ」や「若者自立塾」など、若年者雇用政策のなかでも就業相談や個別
の就労訓練という対人社会サービスを主とする事業は NPO や株式会社に委託されること
が多い。
もちろん、若年者雇用に関する NPO や社会的企業の台頭は、民間委託の推進ばかりでな
く、独自の取り組みによるところが大きい。1998 年に NPO 法人化した「青少年自立援助
センター」
(母体は 1976 年に設立した「タメ塾」)は、独自の若年者就労支援のスキルを用
いて、地域就労プログラムを展開している。また、2000 年以降、不安定労働に従事する若
年者を対象に、労働相談・団体交渉・アドボカシーなどを目的とする労働組合や労働 NPO
が立て続けに生まれている。個人加盟型の労働組合である「首都圏青年ユニオン」、製造・
土木・建築・運輸などの仕事をする派遣社員・業務請負・期間工の情報交換と連帯を目的
とする NPO 法人「ガテン系連帯」、若者自身が労働相談とアドボカシーを行う NPO 法人
「POSSE」などは、若年者雇用をめぐる社会労働運動の一翼を担っている。
図表 11
法律・施策
1998
1999
2003
NPO や社会的企業の動き
日本
特定非営利活動促進法
(NPO 法)
緊急地域雇用特別交付
金
指定管理者制度
1998
2007
韓国
生産的福祉政策
社会的企業促進法
1999
2000
2001
2002
NPO・社会的企
業・労働運動
1998
2000
2006
青少年自立援助センタ
ー
首都圏青年ユニオン
ガテン系連帯
POSSE
1998
2003
2006
失業克服国民運動委員
会
ペクス連帯
失業克服国民財団
希望庁
1984
2003
2004
台湾
労働による救済プラン
災害地区再建大量就業
プラン
永続就業プロジェクト
計画
多元就業開発プログラ
ム
台湾労工陣線
台湾少年権益・福利促進
連盟
青年労働 95 連盟
出所:各種資料より筆者作成
韓国においても、第三セクターの動きは非常に活発になっている。ここでも一つの大き
な転機は 1997 年からの大量失業問題で、その時期から韓国全体が失業対策として雇用創出
に向き始めたと言える。1998 年、失業に対抗する市民団体の取り組みとして「失業克服国
民運動委員会」が設立され、寄付などを中心に緊急失業対策を行った(失業克服国民財団
56
2008)
。2003 年に労働部から社会公益法人として認証され、新たに「失業克服国民財団」
と組織変更を経たことを契機に、その活動内容を緊急の失業者救済から女性・障害者・高
齢者・長期失業者・若年者など社会的弱者の雇用問題へと移行させていく。なかでも、雇
用問題への対応策として、同財団は良質な働き口である「社会的仕事」を創出する社会的
企業に注目することとなった。仕事を失った女性家長に対する「教保タソミ看病事業」や
欠食世帯に無料弁当を配送する「幸せを分かち合う弁当事業」などがその代表的な事例で
ある。
『失業克服財団年報(2007 年)
』によれば、2007 年度に創出した雇用は 4227 で、そ
のうち若年者は 16.1%を占める(Korea Foundation for Working Together 2008a:7)
。
その後、2007 年に「社会的企業促進法」が制定され、社会的企業は「社会的企業支援委
員会」の認証のもと、①設備費援助、②公的機関による優先的買い上げ、③税控除・社会
保険料補助、④社会サービスを提供する社会的企業への財政支援などのサポートを受ける
ことができるようになった。2008 年 1 月までに、全部で 55 団体(社会サービス提供 7 団
体、雇用創出 15 団体、両タイプの併存 19 団体、その他 14 団体)が認証されている(Korea
Foundation for Working Together 2008b)。
若年者雇用に関する市民団体の動きもいくつか存在する。例えば、冒頭で挙げたペクス
当事者の集まりである「ペクス連帯」も、その一つである。とはいえ、結成当初の 1998
年頃、それは単なる仲間内の集まりで、映画鑑賞や飲み会などを行っているにすぎなかっ
た。だが、2003 年の大統領選のとき、保守派の政治家がペクスを侮辱する発言を行ったの
をきっかけに、発言への反対運動を行い、少しずつ社会運動化していった。2006 年にはソ
ウル市の市民団体として登録し、現在は講演やラジオ放送などさまざまなアドボカシー活
動を行っている 5。また、
「失業克服国民財団」の支援を受けて、2006 年には「希望庁」と
呼ばれる集団が生まれている。20 代の若者による当事者グループで、①さまざまな人々や
機関との「ネットワーキング」、②社会的アピール、③アーティストによる自己表現、④社
会的企業家育成などの活動に取り組んでいる。現在、正式メンバーは 6 名で、それぞれが
校則反対運動・ピースボート・人権擁護活動などに関わってきた経歴を持つ 6。
台湾でも、近年、NPO や社会的企業の役割が大きなものになりつつある。その背景とし
て、三つの要因を指摘することができる。第一に、1987 年の戒厳令解除によって、それま
で抑制されてきた市民活動団体の結成の動きが急速に高まったことが挙げられる。台湾に
おける市民団体は、
「財団」と「メンバーシップによるアソシエーション」に大きく分かれ
ている(Pelchat 2005:6)。マリー=クロード・ペルシャによれば、2002 年の財団数は 3014、
2004 年のアソシエーション数は 33939(労働組合 9448、政治団体 147、社会サービス・フ
ィランソロフィ・文化芸術団体 24304)となっている。第二に、1999 年 9 月 21 日の大震災
と 2001 年からの失業率上昇という外的環境の変化を受け、
多くの財団やアソシエーション
が組織運営の危機に直面した。その結果、台湾の NPO は財源や人材に配慮した継続的な組
織運営への志向が非常に高まり、いわばビジネス化が進展することになったのである
(Pelchat 2005:6-8)。第三に、政府による政策指針の変化として、民間委託の普及を看過す
ることはできない。先の 921 大震災と失業問題への緊急対策として、政府は「労働による
5
6
2008 年 3 月 6 日、「ペクス連帯」代表のチュドクハン氏へのインタビューによる。
2008 年 8 月 13 日、「希望庁」のメンバー6 名へのインタビューによる。
57
救済プラン」
(1999 年)、
「災害地区再建大量就業プラン」
(2000 年)、
「永続就業プロジェク
ト計画」
(2001 年)を矢継ぎ早に実施し、最終的に「多元就業開発プログラム」(2002 年)
を取りまとめた。このプログラムの特徴は、対象者と運営方法にあると言っていい。対象
者は、長期失業者・世帯主である女性・障害者・先住民・低所得世帯・刑務所出所者など、
何からのニーズを抱え就労が難しい人々であって、一般的な労働市場への即時的な移行を
必ずしも追求するのではなく、むしろ生活環境の改善・就業能力の向上・社会福祉の強化
を通じた緩やかな就労が目指されている。さらに個々のプロジェクト運営は NPO に民間委
託され、労工委員会の「就業安全基金」が賃金・就業保険料・事務費などを助成すること
になる。2002∼2008 年までに、合計 4946 プロジェクトに約 92 億元を支出し、約 56000 の
雇用を創出した(行政院労工委員会 2008b)。このような動きは、第三セクターによる雇用
創出と言える。
NPO による社会労働運動は非常に活発だというわけではないが、いくつかの団体が活動
している。1984 年に結成された「台湾労工陣線」は、組合の組織化や労働教育から、賃金・
労働条件・社会保険制度をめぐるアドボカシーにいたる幅広い活動をしている 7。また、
2004 年に誕生した「青年労働 95 連盟」は、学生らが中心となってアルバイトの労働条件
向上を訴える団体である 8。その核となる要求は、現在 66∼75 元ほどである低時給を、正
社員の最低賃金から算出した 95 元にまで引き上げることにある。
そのような目標を掲げな
がら、若年者労働の待遇改善、パート労働の法的保障、若年労働者の団結、労働権の推進
を求めている(青年勞動 95 聯盟 2007)。直接的な労働運動以外にも、若年者の権利と福祉
を追求しながら、若年者雇用に関わる団体も存在する。2003 年にできた社団法人「台湾少
年権益・福利促進連盟」は、①アートによる自己表現を重視する「文化レクリエーション
権」、②政治参加を促進する「社会参加権」、③「福利保護権」、④健康権、⑤就労が困難な
若者に対する「就労権」を要求している 9。
「就労権」について言えば、
「飛べ Young 計画」
などは一人のソーシャルワーカーにすべて委ねざるをえず、必ずしもうまく就業に結びつ
いていない点を問題視している(台灣少年權益與福利促進聯盟 2008)。
このように若年者雇用を考えるうえで、NPO はさまざまな役割を果たしつつあると言え
る。その意味を、次の三つの動きとしてまとめることができよう。第一に、社会サービス
が国家から民間へと徐々に委託されつつある。とりわけ、職業体験や就労の難しい若者へ
の就労支援サービスは、外部化される傾向が強い。第二に、国家による市民活動の援助は
雇用機会の創出につながると理解されている。とりわけ就労の難しい若者にとって、市民
活動の拡大は中間的労働市場と受け止められている。第三に、NPO は単に若者を支援する
役割だけではなく、当事者である若者が社会に対して自ら発言する機会を生み出している。
確かに、その実質的な規模はまだまだ小さなものにすぎないけれども、それぞれの社会に
おける公共圏のなかで若年者の働き方を問う重要なアクターとして機能しはじめていると
言えよう。
7
2007 年 9 月 5 日、「台湾労工陣線」秘書長の孫友聯氏へのインタビューによる。
2007 年 9 月 5 日、「青年労働 95 連盟」へのインタビューによる。
9
2008 年 11 月 6 日、「台湾少年権益・福利促進連盟」秘書長の葉大華氏へのインタビュー
による。
8
58
5
おわりに:若年者雇用政策とエンタイトルメント
本稿では、日本・韓国・台湾における若年者雇用政策の比較を行い、学歴・非正規雇用・
社会保障制度・家族・第三セクターという背景要因も合わせて検討してきた。このような
考察をふまえて、最後に改めて今後考えるべき課題を挙げたい。
日本・韓国・台湾では共通して、2000 年代から若年者雇用政策が積極的に推進されてき
たが、このような政策は若者一人ひとりのエンタイトルメント(資格)に基づいて形成さ
れてきたものではない。むしろ、事業を実施することそのものを基盤にしているため、雇
用サービスを必要としている若者がどの程度実際に活用しているのかはっきりせず、常に
サービスの未受給 non take-up という問題に直面してきた。事実、雇用保険制度の受給率は
低く、また社会扶助制度が若者に適用されることも少ない。そのような社会保障制度の空
白を、家族によるサポートと第三セクターが埋め合わせている格好になっているが、その
実際の効果も判然としない。
確かに、このような状況に対して、イギリスにおける「所得調査付き求職者手当
income-related jobseeker’s allowance」のように、拠出原理に依拠しない普遍的な所得保障の
仕組みを提示することも一案だろう。だが、その前に、東アジア諸国で培われてきた社会
制度がどのくらい若者に届いているのか、あるいは届いていないのか、その実態を理解す
ることが先決だろう。若年者雇用政策そのものの検討と同時に、そこで提供される社会サ
ービスに対する若者のアクセス状況を考察することが、今後の課題である。
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61
日本,韓国,台湾における若者貧困と社会保障
―福祉国家体制への示唆―
金 成垣
(東京大学社会科学研究所)
はじめに
最近,日本ではワーキングプアや「ネットカフェ難民」といった言葉に示されるように,
若者問題なかでも貧困問題が深刻な社会問題としてあらわれている.近隣の韓国でも「青
年失業」や「88 万ウォン世代」といったような言葉で,若者の失業や貧困問題についての
さまざまな議論がなされている.日本や韓国ほどではないが,台湾においても全般的な景
気沈滞やそれによる失業者や貧困層の拡大のなかで,似たような状況がみられはじめつつ
ある.通常,もっとも働くべき者とされる若年層が失業や貧困などの生活困難に陥ってい
ることは何を意味するのだろうか.本稿においては,日本,韓国,台湾における若者の貧
困問題,そしてそれに対する社会保障制度の現状を検討し,とくにそれが各国の福祉国家
体制に対して示す意味や意義を考えてみることにする.
若者に広がる貧困問題
1
1.1
「ネットカフェ利用者調査」から
「ネットカフェ難民」という言葉が世間の注目を集めつつあった 2007 年,厚生労働省
ではその問題の深刻性を認識し,それに対する調査をおこなった.その調査結果が「住居
喪失不安定就労者等に実態に関する調査報告書」(いわゆる「ネットカフェ利用者調査」)
というタイトルで発表されている(厚生労働省職業安定局 2007)
.
同報告書によれば,住居を失いインターネットカフェやマンガ喫茶などで寝泊まりしな
がら不安定就労に就いている「住居喪失不安定就労者」
,いわゆる「ネットカフェ難民」が,
全国で約 5,400 人に上る.彼(彼女)らの年齢分布をみると,24 歳以下が 39.5%,25∼34
歳が 36.8%で,通常若者といわれる 35 歳未満の若年層が全体の 4 分の 3 を超えている.就
業形態については,派遣やパート,日雇いなどの非正規労働者が 47.0%,失業者が 19.9%,
無業者が 20.5%であり,正社員も 3.7%ある.なお,収入の状況については,たとえば東京
の非正規労働者の場合(正社員,失業者や無職者を除く)
,1 ヵ月平均 11.3 万円で,そのう
ち若年層(35 歳未満)のそれは 13.2 万円と全体平均よりやや高い.
この調査結果からすると,若者の貧困問題の典型ともいえる「ネットカフェ難民」は,
何らかの理由で職業を失ったり,あるいは非正規などの不安定雇用や低賃金労働の状態に
あり,そのため,住居を確保し安定した生活ができる十分な収入が得られないことから,
62
貧困状態に陥っていることが伺える.貧困の概念やその判定基準についてはさまざまな議
論があるが1,ここで仮に日本の生活保護制度の最低生計費(2007 年基準 96,700 円:生活
扶助額 83,700 円(20∼40 歳)+住宅扶助額 13,000 円)を貧困ラインとして考えると,彼
(彼女)らの賃金水準は,この貧困ラインをぎりぎり超える状況にあるといえる.ただし,
たとえば東京に居住する単身世帯の場合,住宅扶助額として実際に支給される金額が
53,700 円であるため,そこで最低生計費は 137,400 円へと上がり,彼(彼女)らの賃金水
準はこれを下回ることになる.
この「ネットカフェ難民」は,極端なケースと思われることもあるかもしれない.しか
しながら,近年よくいわれるように,失業や不安定雇用の増加またそのなかにみられる低
賃金労働の増加など,若年層をめぐる雇用状況の悪化を考えると,若者の貧困問題の深刻
性はけっして見逃すことができないであろう.そして,そのような雇用状況の悪化は,日
本だけでなく韓国や台湾にもみられる.日本,韓国,台湾の労働市場の全体的な状況につ
いては本書の他の論文で詳しく扱っているので,ここでは本稿の文脈にかぎって各国の雇
用状況にふれながら,
そこにあらわれている若者の貧困問題の現状をみてみることにする.
1.2
日本・韓国・台湾の概況
雇用状況の悪化
まず第 1 に,日本,韓国,台湾の失業率についてみてみよう2.3 国とも,1980 年代まで
の高度経済成長期にはほぼ 1∼2%台の完全雇用に近い低い失業率を維持していた.ところ
が,日本の場合,1990 年代初頭のバブル経済崩壊後,そして韓国や台湾の場合は 1990 年
代末のアジア金融危機後に失業率が上昇しはじめ,最近には少し下がっているものの,日
本は 4∼5%,韓国は 3∼4%,台湾は 4∼5%と,以前の高度経済成長に比べて高い水準を維
持している.とくに若年層(15∼34 歳)の失業率の上昇は著しい.日本の場合,1990 年前
後で 3%台を維持していた若年層の失業率が 2000 年代に入ってからは 6∼7%にまで 2 倍以
上上昇しており,韓国の場合は 4%台であったのが最近 6%前後になっている.台湾の場合
は日本と同様,3%台から 6∼7%まで上がっている.国内の経済状況によって,各国におけ
る失業率の全体的な推移には少し異なる側面がみられるものの,若年層の失業率が他の年
齢階層より高くより急激に悪化している点では共通している.
もちろん,最近の景気回復のなかでいずれの国においても,若年層を含む全体の失業率
がやや下がる傾向にあるのも事実である.しかしながら,若者をめぐる雇用状況の悪化は
景気の好転や失業率の低下によって解決できる問題ではない.近年の状況からすると,働
けないという失業問題より,働いても生活を維持しうるだけの所得が得られないという不
安定雇用や低賃金労働の方がより深刻な社会問題としてあらわれているからである.
そこで第 2 に,日本,韓国,台湾における派遣やパート,臨時雇いなどの非正規雇用の
1
貧困の概念やその判定基準に関しては,武川(2001:190-194)や岩田(2007:第 2 章)
,Spicker
(2007=2008)などに詳しい.
2
以下で用いる失業率に関するデータについて次の統計資料を参考にしたものである.日本に
関しては総務省統計局『労働力調査』
(各年),韓国に関しては統計庁『経済活動人口調査』
(各
年),台湾に関しては行政院主計処『人力資源調査統計』(各年).
63
状況をみてみよう3.各国において非正規雇用の定義や分類基準が異なるため,統一的なデ
ータを示すことは難しいが,いくつかの資料から各国の若年層にみられる非正規雇用の状
況を垣間見ることができる.まず日本の場合は,15∼34 歳の年齢層において,1992 年には
賃金勤労者全体のうち 15.8%にすぎなかった非正規雇用が,2007 年には 31.9%まで 2 倍以
上増えている.そのうち,パート・アルバイトは 14.1%から 21.1%へ,派遣は 1.7%から 10.8%
へと増加している.他方,韓国の場合は4,同年齢層において,1992 年に賃金勤労者全体
のうち,常用職が 60.5%,臨時や日雇いが 39.5%であったのが,2004 年には常用職は 54.9%
へと減少し,臨時や日雇いは 45.1%へと上昇している.韓国では,2001 年から正規・非正
規雇用という分類にもとづいた調査もおこなっているが,この調査によれば,2007 年現在,
15∼34 歳の年齢層において非正規雇用が全体賃金勤労者の 31.6%を占めているという.た
だしこれは政府の分類基準によるもので,労働界の基準からするとこの年齢層における非
正規雇用は 5 割を超えている(韓国非正規労働センター,2007)
.他方,台湾では,2004
年から全日時間労働(full-time job)と部分時間労働(part-time job)についてのデータを公
表している.それによると,2004 年の若年層における部分時間労働の割合は,賃金勤労者
全体のうち 1.3%であったが,2006 年には 2.3%,2008 年には 4.2%へと増加している.全体
からみた部分時間労働の割合は非常に低いが,これは,台湾の労働法制が正規雇用を前提
にしており,日本と韓国のようにパートや派遣労働など非正規雇用関連の法律がまだ整備
されていないことに起因するとされる(上村,2007:58-59).とはいえ,部分時間労働者
は年々増加する傾向にあり,しかも行政院主計処の調査によると,全体の部分時間労働者
の 4 割以上は学生などの若年層が担っているという.ちなみに台湾では,近年の景気衰退
による失業者の増加や労働条件の悪化の問題を認識し,2008 年から,全日時間労働と部分
時間労働者の調査に加えて,非臨時・派遣労働(Non temporary or dispatched workers)と臨
時・派遣労働(Temporary or dispatched workers)についても調査をおこなっているが,この
調査結果からすると,2008 年現在,15∼34 歳年齢層の臨時・派遣労働の割合は 5.8%であ
り,他の年齢層にくらべてもっとも高い.
第 3 に,非正規雇用の増加については,単にそれ自体が問題であるとはいえない.より
重要なことは賃金の問題であろう.非正規や不安定雇用の賃金についても 3 国の統一的な
資料がえられないので,各国の状況がわかるいくつかのデータを示してみよう5.まず日本
3
以下で用いる正規・非正規職の割合に関するデータは次の統計資料を参考にしたものである.
日本に関しては総務省統計局『労働力調査特別調査』
(各年)
,
『労働力調査詳細集計』
(各年),
韓国に関しては統計庁『経済活動人口調査』
(各年),『経済活動人口調査付加調査』(各年),
台湾に関しては行政院主計処『人力運営調査報告』(各年)を参考にしたものである.
4
韓国における非正規雇用の分類基準や定義は次の通りである(『経済活動人口調査付加調査』
).
(常用/臨時/日雇)
・常用:特別な雇用契約がなく期間が定められておらず持続して正規職員として働き,賞与・手当お呼
び退職金などの給付を受けるもの,または雇用期間が 1 年以上の者.
・臨時:雇用契約期間が 1 ヵ月以上 1 年未満の者,または一定の事業完了の必要性から雇用される者.
・日雇:雇用契約期間が 1 ヵ月未満の者,または一定した事業場がなく流動して働いて代価を得る者.
(非正規)
・時限的:雇用期間の定めはないが,持続雇用が期待されない契約社員
・期間制:雇用契約期間が定めされている者
・非典型:派遣などの間接雇用
5
以下で用いる賃金に関するデータは次の統計資料を参考にしたものである.日本に関しては
64
において正社員と正社員以外の賃金格差をみると,2007 年現在,正社員以外の平均賃金
(192,900 千円/月)は正社員のそれ(318,200 円/月)にくらべて 61.1%の水準になって
いる.韓国の場合は,同年,常用職(2,299,000 ウォン/月)と臨時(1,163,000 ウォン/
月)と日雇職(823,000 ウォン/月)の平均賃金の割合は 100:50.6:35.8 であり,正規職
(1,145,000 ウォン/月)と非正規職(2,027,000 ウォン/月)の平均賃金の割合は 100:56.2
である.他方,台湾の場合,2008 年現在,全日時間労働(39,689 元/月)と部分時間労働
(18,240 元/月)の平均賃金の割合は 100:46.0,そして臨時・派遣労働(40,194 元/月)
と非臨時・派遣労働(29,942 元/月)の場合は 100:58.7 である.概して,3 国とも非正
規雇用の賃金水準は,正規雇用のそれの 5∼6 割前後の水準である.
貧困問題の広がり
日本,韓国,台湾における若者の雇用状況を簡単にみてみたが,以上のような失業や非
正規雇用また低賃金労働の状況におかれたといえ,それが直ちに貧困をもたらすわけでは
ない.労働市場の外部において頼れる家族があったり,住む場所があったりすると,そう
はならないこともありうる.また社会保障や各種福祉制度など政府の政策がうまく機能す
れば,貧困対策になるはずである.
しかしながら,そのような状況ではないがゆえに,近年,若者の貧困や生活困難の問題
が大きく注目を集めるようになっているのである.周知のとおり,近年,日本ではワーキ
ングプアやより極端なケースとして「ネットカフェ難民」といった若者の貧困問題が重大
な社会問題となり,それに関する各界からのさまざまな問題提起,またそれによる調査や
研究が数多くおこなわれている.
冒頭で示した厚生労働省の調査はその 1 つの例であるが,
非常に似たような状況が,近隣の韓国にもみられることは注目に値する.
韓国では,1990 年代末のアジア経済危機以降,新自由主義的な構造調整がすすむなか,
若年層をめぐる雇用状況が急激に悪化し,
「青年失業」の問題についてのさまざまな議論が
なされるようになった.とくに 2007 年に若年層の失業や不安定雇用の問題を取り上げたあ
る経済学者の『88 万ウォン世代』6(禹晰熏・朴権一 2007=2009)という本がベストセー
ラーになり,これをきっかけとして若者問題,なかでも貧困による生活困難の問題が大き
な社会的イシューとなった.
「88 万ウォン世代」とは大卒で非正規職につく 20 代のことを
指す.88 万ウォンが彼(彼女)らの平均賃金である7.この賃金水準は,同書が刊行され
た当時の為替レートからすると約 10 万円となり,上述の厚生労働省調査のネットカフェ利
用者の平均賃金より低い.東京とソウルの物価水準がほぼ同水準であることを考えれば8,
厚生労働省『賃金構造基本統計調査』
(2007),韓国に関しては統計庁『経済活動人口調査付加
調査』(2007),労働部『事業体勤労実態調査』(2007),台湾に関しては『人力運営調査報告』
(2008)
.
6
この本は日本語訳が出版されている(禹晰熏・朴権一 2007=2009).
7
「88 万ウォン世代」の平均賃金の計算式は次の通りである.非正規職平均賃金(2005 年:
1,190,000 ウォン)×20 代賃金勤労者平均賃金比率(2005 年:74%)=880,600 ウォン.
8
ここで東京とソウルの物価水準に関しては,組織・人事コンサルティングのマーサー・ヒュ
ーマン・リソース・コンサルティング株式会社による「世界生計費調査」を参考にした
(http://www.mercer.co.jp/).世界 144 都市で海外駐在員の生計費調査によるものであるが,2006
年の調査結果では,東京が第 3 位,ソウルが第 2 位で,2007 年の調査結果では東京が第 4 位,
65
間接的であれ「88 万ウォン世代」の生活困難の実態がうかがえるであろう.先述たように,
韓国で 15 歳から 35 歳の全体賃金勤労者のうち非正規職は,最小にみても 3 割,最大では
5 割を超えている.
他方,台湾においても近年,貧困層の拡大が重大な社会問題になっている.内政部の 2007
年の調査によれば,最低生計費以下の低所得世帯は 90,682 世帯(220,990 人)と過去最大
となり,全世帯のうち低所得世帯の占める割合は,2002 年にはじめて 1%を超えて以来,
年々増加し,2007 年には 1.21%にまで上がっている9.経済のグローバル化によって,多く
の製造業企業が生産拠点を海外(主に中国大陸)に移し,台湾国内における雇用機会が急
激に減少したことがその主な原因と指摘される.この問題は,若年層より中高年層とその
家庭とより顕著にあらわれているものの(Li 2009),先に述べたように,若年層において
も失業率や不安定雇用が増加していることを見逃してはならない.
以上のような状況にあって最近,日本のみならず韓国や台湾においても,若年層の失業
や貧困問題に対応するためのさまざまな制度整備や政策推進がすすめられている.一般的
にいえばそこには,直接所得を保障して当面の貧困を救済するための社会保障政策と,雇
用創出や就労支援をおこなって雇用機会を拡大するための雇用政策という 2 種類の政策が
あると思われる.次節では,主に前者の社会保障政策に焦点をおいて各国の現状をみてみ
ることにしたい.後者の雇用政策については,社会保障とのかかわりで本稿の最後にふれ
る.
貧困対策としての社会保障
2
2.1
貧困問題と社会保障制度
若者の貧困問題に対する各国の対応を検討するに前に,その背景にあるものとして,資
本主義社会における貧困問題,そしてそれへの対応策としての社会保障制度をめぐるやや
原論的な議論について若干ふれておこう.
資本主義社会における貧困問題
そもそも資本主義社会における貧困問題は,何らかの理由で働くことのできない,ある
いは働いても生活に十分な所得が得られないことに起因するものであるといえる.いいか
えれば,高齢や病気または障害などによるものを除けば,失業や低賃金労働が貧困をもた
らすもっとも直接的な要因となる.この失業あるいは低賃金労働についてはさまざまな原
因があるとはいえ,それらの問題は歴史的にも理論的にも資本主義市場経済に必然的に随
伴するものとされてきた.たとえば,産業革命後の 19 世紀のイギリスでは,ほぼ 10 年お
きに恐慌が発生し,そのたびに 10%にも上る大量失業の事態が発生していたし,また 20
世紀の両大戦の間が「危機の 30 年」
(加藤 1989=2006:173)といわれるように,その時
期,失業やそれによる貧困問題は先進資本主義社会において重大な社会問題となっていた.
マルクスやケインズ,またシュンペーターなど当時の多くの経済学者たちが各々の立場を
ソウルが第 3 位になっている.
9
内政部社会司(2007)によるものである.
66
異にしながらも,資本主義市場経済の必然的な産物としての失業や貧困問題に着目し,そ
の解決にむけての議論を展開したことは周知のとおりである.他方,最近,ワーキングプ
アという言葉から語られる低賃金労働や不安定雇用の問題も,新しいものと認識されるこ
とが多いが,じつはその歴史も非常に古い.1 世紀も前におこなわれたブースのロンドン
市の貧困調査やラウントリーのヨーク市の貧困調査は,まさに働いているのに貧しい状態
に置かれている低賃金労働や不安定雇用の人々の生活実態を明らかにしたものである(岩
田 2007:17-21,武川 2001:190-192).
このような資本主義社会における失業や低賃金労働の問題は,単に若者にかぎるもので
はないが,労働能力をもつもの,なかでももっとも働くべきものとされる若年層の貧困問
題を捉えるさいに何より重要な要因として考えておかなければならないのであろう.
公的扶助と失業保険の結合
もちろん今日にも,貧困に対しては個人の問題か社会の問題かといったイデオロギー的
論争がみられるものの,少なくとも,上述したような背景から先進資本主義諸国において
は,それに対する国レベルでの何らかの対応策を講じてきた.資本主義の市場経済が生み
出す失業やそれによる貧困問題に対応するかたちで,20 世紀前半以降に多くの先進資本主
義諸国でつくりあげてきた社会保障制度がその代表的なものといえる.
貧困問題とかかわって社会保障制度を考えると,通常,最後のセーフティネットといわ
れる公的扶助制度が浮かび上がる.しかしそれだけではなく,そこには社会保険制度,と
くに失業保険制度が深く絡み合っている(運営委員会 1984:10-16,一圓 1993:第 2 章,
田多 1994:序章,金成垣 2008:63-66)
.
発生の起源からすれば,公的扶助と失業保険とは,前者が救貧制度として基本的に労働
無能力者を対象とし,後者は労働者を対象として,その役割も機能も異にしつつ相互に関
連ももたないまま別々に運営されていた.ところが,20 世紀前半のイギリスやドイツの経
験を検証すれば明らかであるが10,恐慌などによる大量失業は,その長期化のため,失業
保険制度の受給期間を超えた者を発生させ,それらの人々に対して,一般財源による公的
扶助制度から対処しなければならない状況をもたらした.こうなれば,公的扶助制度は,
以前の救貧制度とは異なってその対象者に労働能力をもった者も含まなければならない.
すなわち,失業保険制度に加入している労働者が何らかの理由から職業を失った場合,一
定の期間は失業保険制度から給付を受けることができるが,その受給期間が切れても就業
できず,なお低所得状況にあると,公的扶助制度を受けることになる.このようにして失
業者が,
ある時には失業保険制度で,
ある時には公的扶助制度で救済される状況が生まれ,
そのさい,給付条件や給付水準などで両制度は無関係ではありえず,そこで沿革も機能も
異なる 2 つの制度が相互に深い関係性をもつことになる.この公的扶助と失業保険との結
合あるいは連携によって,労働能力の有無に関係なく,個人(と家族)は市場に依存する
ことなく所得を確保し,(最低)生活を維持できるようになるのである.社会保障制度が,
貧困や失業問題に対して脱商品化機能をもつといわれるのは,こういうことである.
10
イギリスについては,小川(1977)や一圓(1993:第 2 章)など,そしてドイツについては,
戸原(1968)や加藤(1973)などを参照されたい.
67
歴史的にみると,失業保険制度と公的扶助制度との結合によって(それに年金や医療保
険制度などが加わり)
,脱商品化機能をもつようになった社会保障制度は,20 世紀前半あ
るいは戦後直後まで先進諸国で成立し,資本主義社会における貧困対策として核心的な役
割を担ってきた.今日,グローバル資本主義の進展やそれによる新自由主義的な政策傾向
の蔓延のなかで,この社会保障制度の考え方が揺れ動いているとはいえ,その大枠は大き
く変わっていない.
たしかに,時期的な違いはあれ,日本,韓国,台湾においてもこの社会保障制度が整備
されており,それをもって国民の失業や貧困のような生活困難に対応するようになってい
る.以上のようなことを背景にしながら,以下では,主に若年層に焦点をおいて日本,韓
国,台湾の失業保険制度と公的扶助制度の実態をみてみることにする.
2.2
日本・韓国・台湾における社会保障制度
失業保険と公的扶助の展開過程
まず各国における失業保険制度と公的扶助制度の展開過程を簡単にみてみよう.日本の
場合,失業保険制度と公的扶助制度は,韓国や台湾に比べるとわりと早い時期に整備され
た.戦後直後の経済混乱期に大量の失業者や貧困者の存在を目前にして,一方では,従来
の救護法や母子保護法などの救貧制度にみられた労働能力の有無という給付条件をなくし
て新しい制度として生活保護制度をつくり(1946 年の旧生活保護法,1950 年の新生活保護
法),他方では,それまでなかった失業保険制度が創設された(1947 年の失業保険法).そ
の後,失業保険制度から雇用保険制度への法改正がおこなわれたり(1974 年の雇用保険法),
また生活保護制度においても細かい改正はあったものの,基本的には 1940 年代後半から
50 年代初頭にかけて整備されたこの両制度によって,失業者や貧困者が救済されることに
なっている.
韓国におけるこれらの制度の整備は日本よりはるかに遅い.1990 年代半ばまで失業保険
制度はなかったし,生活保護制度(1961 年制定)は児童や高齢者あるいは障害者など労働
能力を持たない者のみを対象としていた.1995 年に 30 人以上規模の企業の被用者を対象
として失業保険制度が実施され(1993 年の雇用保険法),1990 年代末のアジア金融危機に
よる大量失業の状況のなかで,制度の対象範囲や給付水準が急速に拡大した.しかし当時
の大量失業やそれによる貧困層の拡大は,失業保険制度のみでは対応することができず,
また既存の生活保護制度も労働力のある者を対象としていなかった.そこで韓国政府は,
従前の生活保護制度を廃止し,労働能力の有無にかかわらず国民の最低生活を権利として
保障する国民基礎生活保障法を創設した(1999 年制定,2000 年実施)11.
また台湾の場合,公的扶助制度は,最初,社会救済制度として 1943 年につくられ,そ
れが 1980 年に社会救助制度へと変わり,1997 年の改正を経て現行制度にいたっている.
1980 年の改革において,従前の年齢や障害,災害などの貧困の原因による受給基準が,所
得水準による基準へと変わったものの,その所得の基準や貧困についての明確な定義が欠
けていたため,1997 年にはその欠陥をなくすべく,貧困ラインとして最低生計費を設定す
11
1990 年代末の韓国における社会保障制度の整備過程については鄭在哲(2005)や金成垣
(2008:第 4 章)に詳しい.
68
る改革がおこなわれた.この過程で貧困救済の基準が,貧困の原因ではなく貧困そのもの
となり,制度上,労働能力をもった者をも含む普遍的な制度となった.他方,失業保険制
度については 2000 年代まで待たなければならなかった.1990 年代に入ってからの高い失
業率や労働運動の活発化を背景にして,1999 年に従来の労工保険の枠内で失業給付を実施
することとなったが,2000 年代に入り,失業がより深刻な社会問題となるなか,それへの
対応のために独立した制度として就業保険制度を創設するにいたった(2002 年制定,2003
年実施)12.
日本,韓国,台湾にみられる制度展開の時間差や制度の細かい違いはともあれ(<表 1
>と<表 3>参照),今日,失業保険制度と公的扶助制度が連携して,失業やそれによる貧
困問題に対処することになっている.
本稿の問題関心からしてここで問題となるのは,これらの制度が実際,各国の若年層の
失業や貧困問題に対していかに対応しているかである.各々の制度の内容とその実態につ
いてみてみよう.
失業保険制度の実態
<表 1>は日本,韓国,台湾の失業保険制度の概要をまとめたものである.3 国とも,
現行の失業保険(日本は雇用保険,韓国は雇用保険,台湾は就業保険)は,制度上,適用
除外者はあるものの,基本的にはすべての企業あるいはすべての被用者をその適用対象と
している.適用除外者に関しては,日本の場合,1 年未満の短期雇用のパートタイム労働
者(1 周間 30 時間未満)や日雇労働者,そして韓国の場合はパートタイム労働者(1 ヵ月
60 時間未満,1 周間 15 時間未満)が,制度上の適用除外者になっている.ただし日本にお
いては,パートタイム労働者に対しては「短期間労働被保険者」13として失業保険制度を
適用しており,また「短期雇用特例被保険者」や「日雇労働被保険者」への失業給付もお
こなっている.なお,台湾の失業保険制度においては,全日時間労働者であれ部分時間労
働者であれ,すべて被用者が適用対象となっている.
給付の種類には,失業時の直接的な所得保障である失業給付(いわゆる基本手当),早
期再就職への奨励金,教育訓練給付,育児や介護期間中の給付等々がある.このうち,基
本手当の内容をみると,日本の場合(求職者給付)は,失業前の 1 年間 6 ヵ月以上の被保
険者期間が給付条件となり,受給期間は被保険者期間と年齢により最大 330 日になってい
る14.給付額は失業前の賃金の 50∼80%である.韓国の場合(求職給付)は,失業前の 18
ヵ月間 6 ヵ月以上の被保険者期間が給付条件となり,最大 240 日まで給付が受けられる.
給付額は一律,失業前平均賃金の 50%である.なお,台湾の場合(失業給付)は,失業前
1 年間の被保険加入期間が条件となり,受給期間は最大 6 ヵ月まで,給付額は失業保険の
12
台湾の社会保障制度についての日本語文献はイト・ペング(2001),小島(2003),曽妙慧(2003)
などがある.
13
ここでパートタイム労働者は,1 周間 20 時間以上 30 時間未満かつ 1 年以上引き続き雇用さ
れることが見込まれる労働者と定義されている(北場 2007:205-206)
.
14
ただし,自己都合ではなく勤務先の倒産や解雇による率業者の場合は,被保険者期間ととも
に年齢によって受給期間が異なってくる.これについての詳細内容は北場(2007:209)を参
照されたい.
69
加入時に登録する標準月給の 60%になっている.
<表 1>日本,韓国,台湾の失業保険制度の概要
日本
韓国
・雇用保険(93 年制定,95 年実施)
・
「労働保険失業給付実施弁法」(98 年
公布,99 年実施)→就労保険(02 年制定,
03 年実施)
・全ての企業の被用者
・農林水産事業のうち,5 人未満の個
人経営などは任意
・以下の者は除く,
①65 歳以上の新規雇用者
②短期雇用(1 年未満)のパート(周 30
時間未満),日雇労働者(但し,短期
雇用特例被保険者,日雇労働被保険
者あり)
③船員保険の被保険者,公務員など
・全ての企業の被用者
・零細建設公社,個人雇用の家事サー
ビス業,農林水産事業のうち 5 人未満
の個人経営などは任意
・以下の者は除く
①65 歳以上の新規雇用者
②パートタイム労働者(月 60 時間未
満,1 周 15 時間未満)
,日雇労働者
③公務員,私立学校教職員,別定郵
便局職員など
・15∼60 歳の台湾国籍の被用者
・以下の者は除く.
②
務員及び軍人保険の加入者
②労工保険の老年給付金あるいは公
教 人員 保 険 の養 老 給 付の 支 給 対 象
者
・求職者給付
・就職促進給付
・教育訓練給付
・雇用持続給付など
・失業給付(求職給付,就業促進手当)
・職業能力開発事業
・母性保護給付
・雇用安定事業など
・失業給付
・早期就業奨助金
・職業訓練生活手当など
<求職者給付の内容>
・資格期間:離職前 1 年間に被保険者
期間 6 ヵ月以上
・給付期間:被保険者期間と年齢によ
り 90∼330 日
・給付額:離職前の賃金の 50∼80%
<求職給付の内容>
・資格期間:離職前 18 ヵ月間に被保
険者期間 6 ヵ月以上
・給付期間:被保険者期間と年齢によ
り 90∼240 日
・給付額:離職前の賃金の 50%
<失業給付の内容>
・資格期間:離職前に被保険者期間 1
年以上
・給付期間:最大 6 ヶ月
・給付額:標準月給の 60%
制度
名称
適用
対象
失業
給付
の種類
と内容
台湾
・失業保険(47 年)→雇用保険(74 年)
(資料)日本に関しては北場(2007),韓国に関しては韓国福祉研究所編(2006),台湾に関しては行政院労工委
員会のホームページ(http://www.bli.gov.tw/)を参照して作成.
<表 2>日本・韓国・台湾の失業保険制度の適用率
日本(2003 年)
韓国(2007 年)
台湾(2007)
99.4%
93.0%
正社員
正規職
賃金労働者全体
76.6%
(国家公務員・軍人を除く)
63.0%
52.1%
非正規職全体
非正規職全体
契約
79.0%
期間制
80.6%
83.5%
24.6%
委託
時限制
87.4%
28.3%
出向
パート
77.1%
31.7%
派遣
日雇
臨時
28.7%
在宅/家内
19.5%
パート
56.4%
派遣
88.5%
70.9%
その他
(資料)日本に関しては厚生労働省『平成 15 年 就業形態の多様化に関する総合実態調査』(ただし,戸田(2007:
32)から再引用)韓国に関しては労働部(2007 年)から作成.台湾に関しては行政院主計処「就業保険統計」
(2007 年)と行政院主計処「人力資源統計」(2007 年)から計算したもの.
以上のような制度内容からしてやはり問題となるのは,実際にどれほどの人々が失業保
険制度によってカーバーされているかであろう.<表 2>は,各国の失業保険制度の適用
率をまとめたものである.これをみると,雇用形態の違いによって制度適用の状況が大き
く変わっていることがわかる.すなわち,日本の場合,正社員は 99.4%とほぼ全員が失業
保険制度に加入しているのに対して,契約や派遣,パートなど非正規職への適用率は 6 割
まで下がる.非正規職のうち,契約社員(79.0%)や派遣社員(77.1%)の適用率は比較的
高いものの,パート(56.4%)はほぼ半分,臨時雇い(28.7%)は 3 割に満たない.他方,
70
韓国の状況も日本と似ている.正規職は 9 割以上の加入しているのに対して,非正規職は
半分くらいしか加入していない.そのうち期間制(80.6%)や派遣(88.5%)はわりと高い
が,パート(28.3%)や時限制(24.6%),日雇い(31.7%)の適用率は 2∼3 割まで下がっ
ている.なお,台湾の場合は,雇用形態別の制度適用率についてのデータは得られないが,
賃金勤労者全体からすると,その適用率は 76.6%にすぎず,日本や韓国に比べると低い水
準である.
既述したように,そもそも失業保険制度は失業前に一定の被保険者期間が給付条件とな
っていて,失業保険への加入機会が少なく被保険者期間が短い人々,たとえば長期失業者
あるいはパートや臨時雇いなど若年層の非正規労働者は,その条件を満たすことができな
い場合が多い.この点とかかわって,雇用形態に焦点を当てた日本の若者のキャリアパタ
ーンをみてみると,この数年間,
「正規→正規」あるいは「非正規→正規」は減少する一方,
「正規→非正規」
あるいは
「非正規→非正規」は持続的に増加しているが
(樋口 2007:232),
このように雇用の非正規化がますますすすむと,失業保険制度からの所得保障が受けられ
ない人は増えるしかない.上で検討した各国の制度内容や加入状況からすると,非正規職
に就いている多くの若者にとって,失業は直ちに所得中断を意味し,そこで頼れる家族が
なかったり住む場所がなかったりすると,失業した場合すぐに貧困状態に陥る可能性が非
常に高いといえるのである.
公的扶助制度の実態
本来,社会保障制度の枠内であれば,失業保険の受給条件を満たさない,あるいは受給
期間が満了し,なお低所得の状況にあると,公的扶助制度の対象になる.この公的扶助制
度として日本の生活保護制度,韓国の国民基礎生活保障制度,台湾の社会救助制度は,そ
ういった役割を果たすはずである.これらの制度の内容と実態についてみてみよう.
<表 3>に示しているように,3 国の公的扶助制度はいずれも,国の定める一定の最低
生計費以下の世帯に対して,生活扶助とともに住宅扶助,医療扶助,教育扶助などを提供
する枠組みになっている.もちろん,
最低生計費の設定基準やその水準はそれぞれ異なる.
日本の最低生計費は,当該年度における一般国民の消費動向と前年度までの消費水準を考
慮する,いわゆる水準均衡方式によって算定される.この最低生計費の算定方式は,基本
的に相対的貧困の考え方にもとづいており,一般の消費水準のほぼ 6 割で決まるという(岩
田 2007:58)
.具体的な金額は地域や年齢,世帯員数などによって異なるが,2007 年基準
でみると,東京都居住の 20∼40 歳の単身世帯の場合,83,700 円である.
これに対して韓国においては,絶対的貧困の考え方にもとづいたマーケットバスケット
方式,すなわち生活必需品として設定された品目とその使用量によって最低生計費が決ま
る.地域や年齢ごとの違いはなく世帯員数によってその最低生計費が異なる.2007 年基準
でいうと,単身世帯の場合,435,921 ウォンである.
なお台湾の場合は,前年度該当地域の 1 人当たり消費水準の 6 割を最低生計費の基準と
しており,この意味において相対的貧困の考え方が採用されているといえる.2007 年の基
準でいうと,台北市の居住者の場合,その最低生計費は 14,881 元になっている.
最低生計費の設定基準やその水準はともあれ,いずれの制度においても原則的には,老
齢や病気あるいは障害など貧困の原因を問わず,以上のような最低生計費の基準によって
71
保護対象者が決まる.
<表 3>日本,韓国,台湾の公的扶助制度の概要
名称と
目的
適用
対象
給付
の種類
と内容
日本
韓国
台湾
・旧生活保護法(46 年)→新生活保護
法(50 年)
・「国が生活に困窮するすべての国民
に対し、その困窮の程度に応じ、必要
な保護を行い、その最低限度の生活を
保障するとともに、その自立を助長す
ることを目的とする」(第 1 条)
・生活保障法(61 年) →国民基礎生活
保障法(99 年)
・「生活に困窮する者に対して必要な
給付 を行 うこ とに よっ てそ の最 低生
活を保障し,自活を助長することを目
的とする」(第 1 条)
・社会救済法(43 年)→社会救助法(80
年改正)→社会救助法(97 年改正)
・「低所得者の生活保障及び被災者の
救助,また,その自立を助長すること
を目的とする」(第 1 条)
・所得基準:最低生活費以下の世帯
-07 年基準(東京都,単身世帯):
83,700 円
・そのほか,稼働能力,財産,扶養義
務者基準などあり
・所得基準:最低生計費以下の世帯
-07 年基準(単身世帯)
:435,921
ウォン
・そのほか,稼働能力,財産,扶養義
務者基準などあり
・所得基準:最低生計費以下の世帯
-07 年基準(台北市,1 人当たり)
:
14,881 元
・そのほか,稼働能力,財産,扶養義
務者基準などあり.
・生活扶助,教育扶助,住宅扶助,医
療扶助,介護扶助,出産扶助,生業扶
助,葬祭扶助
・生計給付,医療給付,住居給付,教
育給付,出産給付,葬祭給付,自活給
付
・現金給付:生活扶助,医療補助,急
難救助,災害救助
・現物給付:低所得世帯精神病患収容
治療(低所得精神患者施設入所対策),
遊民収容補導措施(ホームレス対策)
(資料)日本に関しては岡部(2006),韓国に関しては韓国福祉研究院編(2006),台湾に関しては内政部ホームペー
ジから作成(http://www.moi.gov.tw/index.aspx)を参照して作成.なお,2007 年の各国の最低生計費に関しては,
各 々 厚 生 労 働 省 ( http://www.mhlw.go.jp/ ), 保 健 福 祉 家 庭 部 ( http://www.mw.go.kr/front/ ), 内 政 部
(http://www.moi.gov.tw/index.aspx)のホームページを参照して作成.
ところが実際に各国における若年層の受給状況はどうであろうか.これを示す直接的な
データはないが,各国の制度運営における受給者状況,とくに労働力類型別あるいは年齢
階層別のそれをみると,若者をめぐる公的扶助制度の実態を伺うことができる.
まず,<表 4>から日本の生活保護制度の労働力類型別と年齢階層別の受給状況につい
てみよう.2006 年度現在,世帯主あるいは世帯員が働いている世帯,つまり稼働世帯は
12.6%にすぎず,87.4%は働いている者のいない世帯,つまり非稼働世帯である.この状況
を制度実施初期と比べてみると非常に大きな変化が読み取れる.すなわち 1960 年には,稼
働世帯は全体の受給者のうち 55.2%と 5 割以上を占めていたが,1970 年には 3 割,1980 年
代には 2 割,そして 1990 年には 2 割を切って,2000 年以降には 1 割を少し超えている状
況が続いている.2000 年代に入ってこの数年,稼働世帯の割合が少し増えつつあるものの,
全体的には制度初期より非常に低い水準になっている.また年齢層別でみても,20∼30 代
の受給者の割合は制度実施初期に比べて非常に低くなっており,2006 年現在,全体受給者
のうち 1 割を切っている.この 1 割の受給者のなかに傷病や障害などの理由から所得が中
断された人々が含まれていることを考慮すれば,労働能力のある 20∼30 代受給者の割合は
もっと低くなる.
このような状況に対して,木下(2008:146-147)の次のような指摘は注目に値する.す
なわち「ドイツの求職者基礎保障制度,つまり 18 歳から 65 歳までの労働能力を持った要
救助者に対する最低生活保障制度の給付受給者の中で,2006 年 4 月に,18 歳から 25 歳の
受給者数が全体の 21%に及んでいることに比べると,日独のさまざまな制度の違いを踏ま
えたとしても日本の若者の生活保護受給者数の少なさが目立つ」というのである.今日,
72
日本の公的扶助制度に対して「救護法の時代か」(井上 2008:49)という批判が寄せられ
ているのもそのためであろう.
<表 4>生活保護制度の受給者状況
・労働力類型別
(単位:
人,%)
稼動世帯
年度
総
世帯数
常用
世帯主が働いている世帯
日雇
内職
(構成比)
(構成比)
(構成比)
(構成比)
604,752
32,171
81,477
37,064
1960
(100.0)
(5.3)
(13.5)
(6.1)
744,724
43,476
25,768
14,459
1980
(100.0)
(5.8)
(3.5
(1.9)
750,181
45,552
9,318
6,360
2000
(100.0)
(6.1)
(1.2)
(0.8)
803,993
49,397
9,910
6,339
2001
(100.0)
(6.1)
(1.2)
(0.8)
869,637
54,504
11,057
6,364
2002
(100.0)
(6.3)
(1.3)
(0.7)
939,733
60,651
12,443
6,456
2003
(100.0)
(6.5)
(1.3)
(0.7)
997,149
66,559
14,028
6,480
2004
(100.0)
(6.7)
(1.4)
(0.7)
1,039,570
71,493
15,302
6,526
2005
(100.0)
(6.9)
(1.5)
(0.6)
1,073,650
76,315
15,725
6,617
2006
(100.0)
(7.1)
(1.5)
(0.6)
(資料)生活保護の動向編集委員会(2008)より作成.
その他
世帯員が働い
ている世帯
稼動世帯
総数
非稼動
世帯総数
(構成比)
86,002
(14.2)
29,553
(4.0)
9,921
(1.3)
10,079
(1.3)
10,820
(1.2)
11,532
(1.2)
12,074
(1.2)
12,184
(1.2)
12,029
(1.1)
(構成比)
97,031
(16.0)
47,962
(6.4)
18,509
(2.5)
19,569
(2.4)
20,965
(2.4)
22,885
(2.4)
24,390
(2.5)
25,039
(2.4)
25,313
(2.4)
(構成比)
333,744
(55.2)
161,217
(21.6)
89,660
(12.0)
95,295
(11.9)
103,711
(11.9)
113,967
(12.1)
123,531
(12.4)
130,544
(12.6)
136,000
(12.7)
(構成比)
271,008
(44.8)
583,509
(78.4)
660,522
(88.0)
708,698
(88.1)
765,926
(88.1)
825,766
(87.9)
873,618
(87.6)
909,026
(87.4)
937,650
(87.3)
・年齢階層別
(単位:
人,%)
総数
(構成比)
1,724,934
1660
(100.0)
1,377,581
1980
(100.0)
1,031,770
2000
(100.0)
1,101,173
2001
(100.0)
1,191,151
2002
(100.0)
1,291,212
2003
(100.0)
1,375,926
2004
(100.0)
1,433,227
2005
(100.0)
1,474,737
2006
(100.0)
(資料)同上
年度
0∼19 歳
(構成比)
802,177
(46.5)
416,249
(30.2)
173,170
(16.8)
184,847
(16.8)
200,960
(16.8)
219,265
(16.9)
232,470
(16.8)
238,573
(16.6)
240,573
(16.3)
20∼39 歳
(構成比)
327,640
(19.0)
192,817
(14.0)
88,730
(8.6)
96,333
(8.7)
106,826
(9.0)
118,960
(9.2)
127,987
(9.3)
132,518
(9.2)
135,132
(9.2)
40∼59 歳
(構成比)
345,444
(20.0)
388,226
(28.2)
278,823
(27.1)
288,533
(26.3)
303,463
(25.4)
323,985
(25.0)
337,803
(24.6)
348,315
(24.4)
358,226
(24.3)
60 歳∼
(構成比)
249,673
(14.5)
380,289
(27.6)
491,047
(47.6)
531,460
(48.3)
579,902
(48.6)
629,002
(48.7)
677,666
(49.3)
713,821
(49.8)
740,806
(50.2)
以上のような日本の生活保証制度の状況は,韓国の国民基礎生活保障制度においてもあ
らわれている.<表 5>は,韓国の国民基礎生活保障制度の受給現況を労働力類型別と年
齢階層別で示したものである.これをみると,制度実施初期の 2001 年には稼働人口が全体
の受給世帯全体のうち 24.9%であったが,年々少しずつ減少して 2007 年には 22.1%になっ
ている.この稼働世帯の受給率は日本より高い水準ではあるが,それは,制度の経過年数
73
が短く,1990 年代末の金融危機のさいに,そこで発生した失業や貧困に即対応するために
制度が創設されたため,労働能力のある多くの人々を保護しなければならなかったことに
起因していると思われる.なお,年齢階層別でみても日本の状況と変わらず,20∼30 代の
受給者割合は非常に低く 1 割に満たない.もちろんここにも障害や傷病による所得中断者
が含まれる.このような状況のなかにあって,韓国の国民基礎生活保障制度についても,
「18 世紀,19 世紀の貧民法的原則が粗野な形態で残っていて,多数の貧困層が最低生活保
障の対象から除外されている」
(韓国学中央研究院編 2005:248)という批判がみられるの
が現状である.
<表 5>国民基礎生活保障制度の受給者状況
・労働力類型別
(単位:
人,%)
稼動人口
年度
総人数
常用
臨時
(構成比)
(構成比)
(構成比)
1,345,526
21,133
33,730
2001
(100.0)
(1.6)
(2.5)
1,275,625
17,556
29,979
2002
(100.0)
(1.4)
(2.4)
1,292,690
15,769
29,571
2003
(100.0)
(1.2)
(2.3)
1,337,714
14,293
29,963
2004
(100.0)
(1.1)
(2.2)
1,425,684
13,965
31,640
2005
(100.0)
(1.0)
(2.2)
1,449,832
13,317
32,101
2006
(100.0)
(0.9)
(2.2)
1,463,140
12,795
32,283
2007
(100.0)
(0.9)
(2.2)
(資料)保健福祉部(2007)より作成.
日雇
自営業
農水畜産
失業/未就業
(構成比)
145,471
(10.8)
131,282
(10.3)
127,712
(9.9)
127,336
(9.5)
131,102
(9.2)
129,487
(8.9)
127,670
(8.7)
(構成比)
52,089
(3.9)
46,028
(3.6)
41,428
(3.2)
37,604
(2.8)
34,943
(2.5)
31,518
(2.2)
28,936
(2.0)
(構成比)
4,818
(0.4)
7,672
(0.6)
10,281
(0.8)
11,909
(0.9)
12,972
(0.9)
12,655
(0.9)
12,479
(.9.0)
(構成比)
77,816
(5.8)
68,685
(5.3)
72,640
(5.6)
80,595
(6.0)
94,015
(6.6)
101,267
(7.0)
108,774
(7.4)
・年齢階層別
稼動人口
総数
(構成比)
335057
(24.9)
301,202
(23.6)
297,401
(23.0)
301,700
(22.3)
318,637
(22.3)
320,345
(22.1)
322,937
(22.1)
非稼動
人口総数
(構成比)
1,010,469
(75.1)
974,423
(76.4)
995,289
(77.0)
1,036,014
(77.7)
1,107,047
(77.7)
1,129,487
(77.9)
1,140,203
(77.9)
(単位:
人,%)
総数
(構成比)
1,345,526
2001
(100.0)
1,275,625
2002
(100.0)
1,292,690
2003
(100.0)
1,337,714
2004
(100.0)
1,425,684
2005
(100.0)
1,449,832
2006
(100.0)
1,463,140
2007
(100.0)
(資料)同上
年度
0∼19 歳
(構成比)
395,110
(29.4)
365,243
(29.3)
366,519
(28.4)
382,345
(28.6)
413,138
(29,0)
422,260
(29.1)
419,230
(28.7)
20∼39 歳
(構成比)
204,810
(15.2)
154,653
(12.4)
182,411
(14.1)
184,680
(13.8)
193,753
(13.4)
189,666
(13.1)
184,567
(12.6)
74
40∼59 歳
(構成比)
328,656
(24.4)
314,181
(25.2)
322,947
(25.0)
340,793
(25.5)
374,755
(26.3)
392,342
(27.1)
404,928
(27.7)
60 歳∼
(構成比)
416,950
(31.0)
411,388
(33.0)
420,813
(32.6)
429,896
(32.1)
444,039
(31.2)
445,564
(30.7)
454415
(31.0)
<表 6>社会扶助制度の受給者状況
・労働力類型別
(単位:
人,%)
稼働人口
総数
働いている
働いていない
(構成比)
(構成比)
(構成比)
115,748
19,935
8,239
1994
(100.0)
(17.2)
(7.1)
162,699
25,708
13,820
2001
(100.0)
(15.8)
(8.5)
204,216
36,525
12,808
2004
(100.0)
(17.9)
(6.3)
(資料)内政部統計処(2001,2004)より作成.
年度
稼働人口総数
非稼働人口総数
(構成比)
28,184
(24.3)
39,528
(24.3)
49,333
(24.2)
(構成比)
87,564
(75.7)
123,171
(75.7)
154,883
(75.8)
他方,台湾の社会救助制度については,日本や韓国のような詳細資料は存在しないが,
内政部による「低収入戸生活状況調査」が間歇的におこなわれており,そこに労働力類型
別の受給者状況についての調査結果がある.<表 6>は,1994 年,2001 年,2004 年のそれ
を示したものである.稼働人口と非稼働人口の受給者割合は,大まかにいえば韓国と類似
の状況であるが,台湾の社会救助制度の展開過程からするとそこには注目に値する点がみ
られる.すなわち,上記のように,台湾の社会救助制度は 1997 年に改革がおこなわれ,受
給者選定基準が貧困の要因ではなく貧困そのものに変わったものの,この改革を前後とし
た労働力類型別の受給者状況にはほとんど変化がなかったことである.すなわち,この十
数年間,全体受給者のうち稼働人口の割合は 4 分の 1(1994 年:24.3%→2001 年:24.3%→
2004 年:24.2%)
,そして非稼働人口は 4 分の 3(75.7%→75.7%→75.8%)の水準を維持し
ている.これは,イト・ペングや Ku が指摘しているように,1997 年の制度改革にもかか
わらず,
実際の制度運営においては根本的な変化がなかったことを意味するものである(イ
ト・ペング 2001:18,Ku 2003=2007:152).とくに制度申請の入り口で,労働能力の有
無という基準について審査の壁が非常に高く,
「救貧法時代にみられたような『救助に値す
る貧困者』(deserving poor)と『救助に値しない貧困者』
(undeserving poor)との区分」が
貫徹されているのが,台湾の社会扶助制度の現状といわれている(孫健忠 2000:8).
日本,韓国,台湾において,高齢化の進展や家族機能の弱体化のなかで高齢者世代の無
年金問題や貧困問題が顕在化しつつある今日,公的扶助制度のなかに労働能力のある就労
可能な若年層の割合が少ないことはある意味で当然なことといえる.しかもどれくらいの
割合であれば妥当かといった基準もじつはない.しかしながら少なくとも,上記のドイツ
の「求職者基礎保障制度」
(Arbeitslosengeld)だけでなく,フランスの「参入最低限所得」
(RMI)やイギリスの「所得調査制求職者給付」
(Income-based jobseeker`s Allowance)など,
就労可能な若年層が受けられる給付制度を公的扶助とは別枠で整備している国が少なくな
いことを考えれば(岡 2004,杉村 2007:90-93,OECD 2007=2008)
,公的扶助制度のみ
からの貧困対策になっている日本,韓国,台湾の以上のような制度的現実は,あまりにも
厳しいといわざるを得ないのであろう.
3
3.1
福祉国家体制への示唆
社会保障より就労支援に重点がおかれる貧困対策
75
以上,日本,韓国,台湾における若者の貧困問題の現状を簡単にみた後,それに対する
各国の対応について社会保障制度,とくに失業保険制度と公的扶助制度を中心としてその
実態を検討してきた.そもそも失業保険制度と公的扶助制度は,その連携あるいは結合の
なかで失業や貧困などの生活困難に対処するために作られたものである.しかしながら,
失業保険制度においては,主に正社員などの正規雇用者が制度の主体となり,失業という
リスクにさらされやすいパートや臨時雇いなどの非正規職はむしろそこから排除されてお
り,また公的扶助制度においても,労働能力の有無など審査基準が高い壁となり,若年層
を含む現役世代の貧困が受け止められにくい仕組みになっている.このような状況からす
るかぎり,日本,韓国,台湾の社会保障制度は,若者の貧困問題に対して十分に機能して
いるとはいえないのが現状であるといえる.
このような現状の背後には,そもそも資本主義社会においてもっとも働くべきものとさ
れる若年層に対して,できるだけ市場内で働くことができるようとする,いうならば「社
会保障より就労支援」という考え方があると思われる.たしかに,近年の若者問題への各
国の対応策をみると,社会保障より就労支援に焦点をおいた政策がより積極的に推進され
ている.
たとえば,日本の場合,2003 年の「若者自立・挑戦プラン」の樹立によって若年層のた
めの雇用政策が本格的にスタートして以来,2004 年には同プランの効果性を高めるために
「若者自立・挑戦のためのアクションプラン」を策定し,また 2006 年には同プランの改正
とともに,
「再チャレンジ支援総合プラン」を策定するなど,就労支援や雇用機会の確保の
ための積極的な政策がおこなわれてきている.具体的なものとしては 2006 年に「フリータ
ー25 万人常用化プラン」,2008 年にはそれにひきつづく「フリーター35 万人常用雇用化プ
ラン」などがある.さらに「ジョブカード制度」15の実施,また全国各地における「若者
自立塾」や「地域若者サポートステーション」の設置など,職業・生活訓練とかかわる諸
施策も積極的におこなわれている.
韓国の場合は,1990 年代末のアジア金融危機のさいに若年層の雇用状況が急速に悪化し
たことをきっかけとして,1998 年の「高学歴未就業者対策」をはじめ,1999 年の「政府支
援インターン事業」,2001 年の「青少年失業総合対策」など若年層のための雇用政策が推
進されるようになった.2000 年代に入ってから,「IMF 危機の早期卒業」といわれたよう
に,全体的な景気はある程度回復したものの,若年層をめぐる雇用状況が改善されず,そ
こで政府は,2003 年の「青年失業総合対策」や 2005 年の「青年雇用促進対策」,そして 2007
年の「青年失業補完対策」等々,金融危機の際の臨時的な対応策を超えて中長期計画にも
とづく多様な就労支援,教育・訓練政策をすすめてきている.
台湾の場合は,既述したように,近年の雇用状況の悪化は若年層の問題というより,む
しろ中高年の問題としてあらわれ,その対応策も主に中高年に焦点がおかれてきた.2001
年にスタートした「持続可能な就業計画」や 2002 年からの「多元就業開発方案」がその代
表的な政策である.しかしより最近になり,若年層に焦点をおいた政策を推進するように
なった.たとえば,2006 年には主に低学歴や学校中退者また低所得層家庭の学生などいわ
15
これは,「フリーター等の職業能力を形成する機会に恵まれない人を対象に,企業での実習
と座学を組み合わせた訓練を提供し,訓練就業者の訓練結果や職務経歴の情報をジョブカード
としてまとめ,求職活動などに活用する制度」である(厚生労働省 2008:103)
76
ゆる「弱勢青少年」に就労支援をおこなうための「飛 young 計画」(2008 年から「職場学
習と再適応計画」に変更)を推進し,他方で,
「弱勢青少年」のみならず一般の若者を含む
かたちでの「青少年就業研習計画」をも推進している.また上述の「多元就業開発方案」
は,最初は中高年層の就業支援のための制度としてスタートしたが,現在では若年層も参
加者全体の 30%を占めているという16.
以上のように,各国では若年層を含む現役世代の就労支援や雇用機会の拡大のために多
様な政策が活発におこなわれているのに対して,社会保障の分野においては制度拡充や充
実を試みる改革展開があまりみられていない.むしろ社会保障制度の枠内においても就労
支援により重点をおいた政策展開が目立つ.たとえば,日本では 1998 年に雇用保険制度の
なかに新たな給付として教育訓練給付が導入され,また生活保護制度においても,母子家
庭の就労支援にみられるように就労意欲を促す方向への制度改革がおこなわれている.最
近の障害者自立支援法からも同様の文脈が読み取れる.また韓国や台湾の失業保険制度の
場合も,最初の制度設計の段階から教育訓練給付や就業促進給付が設けられたし,公的扶
助制度においても,韓国では 1999 年の国民基礎生活保障法の制定段階で自活給付という条
件付き条項が導入され,台湾では 1997 年の社会扶助制度改革において労働能力のない者に
関する受給規定を厳しくする措置がおこなわれた.
近年,日本の社会保障制度の展開過程に対して「保障から支援へ」という公的責任の後
退傾向に対する批判がなされたり(井上 2008:46),また「支援早めて自立を後押し」と
いうような考え方からの改革提言がなされたりするが(朝日新聞 2009 年 2 月 8 日),この
ようなことから伺える社会保障制度の実態は,日本だけでなく韓国や台湾においても同様
であるといえよう.
3.2
雇用保障の前提としての社会保障
もっとも資本主義市場経済のメカニズムからすと,労働力の脱商品化を基軸にする社会
保障制度は,それだけでうまく機能することはできない.いうまでもないが,給付やその
ための財源確保など制度運営に対して政府が無制限的な能力を持つことはそもそもありえ
ず,失業が慢性化すると,この制度は財政的に破綻してしまいがちであるからである.モ
ラール・ハザードやフリーライダーといった問題も起こりうる.そのため,できるだけ失
業者や貧困者が市場で自立して生活を維持するように,いいかえれば,労働の商品化のた
めの何らかの対策が取られることは当然であるといえる.
たしかに歴史的にみると,多くの先進資本主義諸国においては,直接所得を保障して当
面の生活困難を救済するための社会保障制度と,仕事を提供したりあるいは賃金などの労
働条件を保障するための雇用保障制度を 2 大支柱として,失業や低賃金労働などの不安定
雇用またそれによる貧困問題や生活困難に対応してきた.よくいわれるように,20 世紀前
半から戦後直後にかけて,先進資本主義諸国で共通して作り上げてきた福祉国家体制とい
のは,まさに社会保障制度と雇用保障制度を両軸したものである(Mishra
1990:123-124,
田多 1994;9-24,宮本,2008:第 1 章).それぞれの国における国内状況や国際環境によ
って,雇用保障制度の方に重点をおいて福祉国家体制を整備してきた国もあれば,社会保
16
台北市労工局就業服務中心のインタービュ(2008 年 11 月 5 日)による.
77
障制度をより重視しながら福祉国家体制をかたちづくってきた国もあるが,少なくともこ
の福祉国家体制のなかに,労働力の脱商品化のための制度とその商品化のための制度とが
1 つのセットになっていることには変わりがない.
ただし,福祉国家体制の再編がいわれている今日,多くの国々においては,労働力の脱
商品化のための社会保障制度はその縮小あるいは抑制の圧力にさらされ,その代わり労働
の(再)商品化のための雇用政策,より正確にいうと「雇用志向」
(employment-oriented)
や「福祉から労働へ」
(welfare to work)といったいわゆるワークフェア政策が,制度改革
の核心戦略となっている.この背景には,1980 年代以降の低成長時代における経済情勢や
雇用状況の悪化があったり,また冷戦時代の終焉後における経済のグローバル化による国
際競争の深化があったりするが,いずれの要因も社会保障制度における財政支出の削減圧
力となり,それが雇用志向のワークフェア的政策傾向を強めているのである.
ここで日本,韓国,台湾における若者の失業や貧困問題に戻ると,すでに言及した通り,
社会保障制度より就労支援や雇用確保といった雇用政策に重点をおいた対応策が目立つ.
ワークフェア政策を中心とする世界的な福祉国家体制の再編戦略がそこに反映されている
といえる.雇用を重視する考え方それ自体は悪いことではないが,今日の状況からするか
ぎり,そのワークフェア政策にはそもそもの困難があるように思われる.というのは,上
述したようにワークフェア政策の興隆の背景には,経済情勢や雇用状況の悪化があるが,
ワークフェア政策の推進は,若者の失業・貧困問題をその悪化した雇用の側に投げ返えす
ことになるからである.つまり,問題が投げ返される側はすでに低成長によって雇用状況
が悪化したり,また激しい国際競争のなかで労働コストの削減圧力にさらされている状況
になっているのである.第 1 節で検討した日本,韓国,台湾の若年層にみられる非正規労
働や低賃金労働の増加などがその現実を示しているが,そこに問題を投げ返しても,それ
だけで問題の解決にはならないのは当然であるといえよう17.
今日,日本,韓国,台湾でおこなわれている若者の雇用政策に対して,
「非正規雇用形
態を容認する以上,代わりに準備すべき,相応しい補完措置を公的責任に基づいて準備す
る必要がある」
(日本)といった問題提起や,また「政府の行政インターン制度はむしろ非
正規雇用を増やす,いわば『非正規量産政策』になっている」
(韓国)
,
「職場学習や教育訓
練制度に参加した多くの若者は,労働市場の厳しさを覚え,就業を選択せず進学するケー
スがほとんどである」
(台湾)といったような状況がすでにあらわれている18.これは,雇
用政策だけの問題解決策の困難さを示しているものに違いない.各国の福祉国家体制が,
若者の失業や貧困問題に積極的に対応しようとすればするほど,労働の(再)商品化のた
めの雇用政策の推進はその前提として,労働の脱商品化のための社会保障制度を求めるこ
とになるのではないだろうか.ここに今日の若者問題に対する福祉国家体制の新たな政策
課題があるといえよう.
本稿では,主に社会保障制度を中心に日本,韓国,台湾の若者問題をめぐる状況をみて
17
このような問題提起は武川編(2008)と埋橋編(2008)に大いに負っている.とくに武川編
収録の【座談会】と【座談会補論】
,そして埋橋編の序章など.
18
ここでは引用は,日本については脇田(2008:68),韓国については京郷新聞(2009 年 1
月 9 日)や,そして台湾については台北市労工局就業服務中心のインタービュ(2008 年 11
月 5 日)によるものである.
78
みたが,今後,社会保障制度と雇用保障制度との関係,またそこから見いだされる福祉国
家体制の新たな再編戦略についてさらなる分析を行うことを今後の課題と指摘し,ここで
ひとまず論を閉じることにしたい.
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81
若年者における地域格差の動向
―雇用を中心とした都道府県別データと政策―
久世律子
(法政大学)
1
はじめに
地域格差という問題を考える際、
「地域」の単位をいかにするかという問題がある。地理
的な空間の大きさでいうと、例えば近隣共同体のサイズから、関東・北陸などの複数の都
道府県にまたがるサイズまで考えることができる。また、人口や産業の集積や文化・ライ
フスタイルの違いという観点から都市部・地方部という形で「地域」の差を設定すること
も可能である。また、地域による差についても、何の差を取り扱うかという問題がある。
こちらも人口構成、産業や雇用、文化、教育、社会関係など多岐にわたる対象を考えるこ
とができる。
本稿では、現在の日本の若者をめぐる地域格差についての、全体的な動向を概観できる
基礎的なデータと政策を提示するという目的から、比較可能な公開計量データが豊富であ
ること、若者問題と呼ばれるテーマが近年浮上したきっかけが NEET ないしは無業、ある
いはフリーターや不安定雇用等の雇用と関連することがらであることを鑑みて、都道府県
別の若年者の雇用・就業を中心とした動向の計量的なデータ1と、関連する地域政策の動向
を取り扱う。
近年の若年者の地域格差の動向を中心のテーマとした先行研究では、太田(2007)によ
る都道府県別データを用いた若年労働市場の分析があげられる。また筒井ほか(2008)に
よる新規高卒者の教育から職業への移行プロセスの研究において、地域格差の問題を踏ま
えた調査地選択と類型の設定がなされている。
太田の研究は、都道府県別の計量データを用いて若年者の失業や地域移動の問題を取り
扱っており、本稿の問題関心と大きく重なるところがあるが。しかし、太田論文中で用い
られているデータは 2002 年のものであり、その後の景気回復による労働市場の変化は射程
に入っていない。
1
雇用の地域間動向を見る上では、市町村・都道府県といった行政区画は、経済活動の地
理的なまとまりとは必ずしも一致しておらず、雇用をめぐる地域的な構造を適切に捉える
ことができないという問題がある(周 2007)。周は「中心都市」とそこへの通勤率に基づ
いて選択される市町村群の周辺地域による「都市雇用圏」を用いた失業の地域構造の分析
を行なっている。しかし、市町村単位と年齢(階級)をクロスしたデータが得られる統計
は現状では限られるため、若年者の問題についての地域格差のデータを提示するという目
的から、本稿では主に都道府県を地域単位としてデータを扱う。
82
筒井ほかの研究は、計量データは 2006 年のものを用いており、比較的新しいデータに基
づいたものであるが、調査・分析対象地域は過去のプロジェクトとの継続性から選択され
た部分もあり、地域の類型化は必ずしも全国的な地域情報の分析に基づいて演繹的に導き
出されたものではない。
本稿では、2 節で若年者に限らない雇用をめぐる地域格差の動向を確認した後、3 節で前
述した両研究のデータ選択と方法を参考にしながら、現在まとまった形で入手可能な最新
データである 2007 年次の統計情報をもとに、47 都道府県における若年者雇用および教育
から就業への移行の動向を検討する。4 節で関連する地域雇用政策の動向と地域の若年雇
用状況との関係を探り、5 節で本稿のまとめと、今後の展望を述べる。
近年の雇用動向と地域差
2
2.1
2002 年から 2007 年にかけての全国的な動向:若年層も含めた雇用の回復
日本の完全失業率は、労働力調査による数字では 1991 年の 2.1%から約 10 年間上昇を
続けていたが、2002 年の 5.4%をピークとしてその後低下傾向にあり、2007 年には 3.9%
まで低下している。また、有効求人倍率は 93 年以降 1 倍を切っていたが、0.54 倍であっ
た 2002 年以降は上昇を続け、2006 年には 1 倍を超え 1.06 倍となり、2007 年も若干低下し
たものの 1.04 倍と 1 倍を超えている(図 1)。
こうした全年齢の雇用情勢の変化は、若年者においても同様であろうか。年齢階級別の
データの得られる労働力調査による完全失業率で、若年層の動向をみると、おおよそ変化
の趨勢としては全年齢におけるものと同じような傾向をしめしている。15 歳から 24 歳、
25 歳から 34 歳の双方の年代とも、1990 年代初めから完全失業率は上昇し、2002 年、2003
年ごろピークを迎え、その後 2007 年までは低下傾向にある。
図1
完全失業率(左数値)・有効求人倍率(右数値)・推移
12.0
1.60
1.40
10.0
1.20
8.0
1.00
% 6.0
0.80 倍
0.60
4.0
0.40
2.0
0.20
0.0
失業率
(全体)
失業率
(15∼24
歳)
失業率
(25∼
34)
有効求
人倍率
0.00
90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07
年
資料出所:完全失業率は『労働力調査』より、有効求人倍率は『職業安定業務統計』より作成
83
しかしながら、変化の趨勢は同様でも、数値は年代によって差があり、15 歳から 24 歳
の完全失業率はピークの 2003 年には 10.1%と 10%を超える高い割合をしめし、25 歳から
34 歳においてもピークの 2002 年に 6.4%と、より若い年代ほど失業率が高くなっている。
日本では新卒採用という雇用慣行のため、学卒時の求人動向が学校生活から職業生活へ
の移行に大きく影響する。この移行をめぐる困難が、若年の失業・無業ないしは NEET の
発生へと繋がっているという指摘がある(堀 2004, 小杉 2005)。
そこで、厚生労働省職業安定局による新卒者内定率のデータの推移を図 2 に示した。全
体として 2000 年から 2004 年にかけて落ち込み、2004 年ごろから回復傾向にある。なお、
高校・中学卒のデータは 1990 年から 2007 年の「高校・中学新卒者の就職内定状況」に基
づいており、3 月末時点での内定率である。大学・短大・高等専門学校・専修学校は「大
学等卒業者就職状況調査」に基づいており、4 月 1 日時点の内定率である。
「大学等卒業者
就職状況調査」については入手できたデータが 1997 年以降であったため、1996 年以前の
動向は不明である。
図2
新規学卒者内定率推移(60%以下は軸を省略)
100
95
90
中学
高校
大学
短大
高専
専修
85
%
80
75
70
65
60
55
9 9 9 9
0 1 2 3
9 9 9 9 9
4 5 6 7 8
9 0 0 0
9 0 1 2
0 0 0 0 0
3 4 5 6 7
年
※中学から高校の内定率は 3 月末、大学・短大・高等専門学校・専修学校の内定率は 4 月
1 日のものである。
資料出所:高校・中学は厚生労働省職業安定局「高校・中学新卒者の就職内定状況」、大学・
短大・高等専門学校・専修学校は厚生労働省職業安定局「大学等卒業者就職状
況調査」より作成
学歴別にみると、とりわけ 2000 年から 2004 年の中卒者の内定率の落ち込みが大きく、
2004 年には内定率 61.4%と、卒業時に約 4 割の就業先が決まっておらず、さらに中卒の内
定率はどの時期でも郡を抜いて低い割合で推移している。専修学校卒と短大卒の内定率は
84
2000 年でそれぞれ専修学校卒 83.2%、短大卒 84%と同程度であったものの、その後短大
卒はすぐに内定率が上昇し 2002 年から 90%前後であったのに対し、専修学校卒の内定率
が 90%を超えたのは 2004 年からで、多少の時差がある。大卒と高卒は比較的近い内定率
で推移しているが、2002 年から 2004 年にかけては高卒の内定率の方がより低下が大きく、
また 2005 年以降は高卒の内定率の方が若干高くなっているのに対し、大卒の方がより内定
率の変化が時系列で少ない。
高等専門学校卒は、
内定率は常に高く、
最低が 2003 年の 95.7%
であり、
100%に近い数字で推移している。
2007 年度の内定率は、
大卒 96.3%、高専卒 98.8%、
短大卒 94.3%、専修学校卒 93.8%、高卒 96.7%、中卒 76.4%となっている。
おおよそ、高専卒、高校・大学卒、専修・短大卒、中卒の順で内定率は高く、また、専
修・短大卒、中卒といった全体的により内定率の低いグループほど、景気低迷期の内定率
の低下も大きくなっている。
2.2
雇用状況の地域間格差
前項で見たように、2002 年ごろを底として、その後景気の回復とともに雇用動向も全体
として改善されている。しかし、伊藤(2008)による、2002 年と 2006 年の雇用動向の比
較では、雇用は全体として回復傾向にありながらも、失業率・求人倍率の地域間格差が拡
大している。中京・東海、北関東、北陸、山陽といった地域の雇用情勢が好転しているの
に対し、北海道、北東北、高知、九州の一部、沖縄は、雇用の改善に乏しい(伊藤 2008:8)
。
『職業安定業務統計』による有効求人倍率と『労働力調査』による完全失業率を、2002
年と 2007 年のデータで比較してみると、やはり雇用情勢が相対的に好調な地域と不調な地
域の差が大きく出た。
失業率の低い 10 都道府県と高い 10 都道府県、有効求人倍率の高い 10 都道府県と低い
10 都道府県を示したものが表 1 である。
失業率は 2002 年から 2007 年にかけて全体に低下しているものの、
差は縮まっていない。
2002 年の失業率は、とくに低い地域で 3%台、高い地域で 6∼8%台程度である。2007 年に
なると、低い地域で 2%台、高い地域で 4∼7%台ほどである。沖縄は失業率が常に非常に
高く、2007 年でも 7.4%に達している。2002 年から 2007 年にかけての失業率の低下は全
国平均で 1.5 ポイントであるが、高知県で 2002 年 5.3%から 2007 年 5.2%で低下は 0.1 ポ
イント、鹿児島県で 2002 年 4.6%から 2007 年 4.2%で低下は 0.4 ポイント、青森県で 2002
年 6.4%から 2007 年には 5.7%で低下は 0.7 ポイントと、全国的な失業率の低下から取り残
されている地域が存在する。
2002 年には全国的に 1 倍を割っていた有効求人倍率は、2007 年になると 21 都道府県で
1 倍を超え、上位地域では 1.3 倍以上、特に求人の好調な地域である愛知県では 1.95 倍に
達する。これに対し、不調地域の有効求人倍率は、0.7 倍から 0.4 倍程度に留まり、特に沖
縄は 0.42 倍、青森県は 0.47 倍と、依然として非常に求人が少ない。有効求人倍率の上昇
の大きい地域は愛知県 1.2 ポイント(0.75 倍から 1.95 倍)
、群馬県 0.9 ポイント(0.73 倍か
ら 1.63 倍)、栃木県 0.81 ポイント(0.64 倍から 1.45 倍)、大阪府 0.8 ポイント(0.46 倍か
ら 1.26 倍)、滋賀県 0.78 ポイント(0.53 倍から 1.31 倍)、三重県 0.74 ポイント(0.66 倍か
ら 1.4 倍)となっており、大阪府を除き製造業の盛んな地域が目に付く。これに対し、高
知県の上昇ポイントは 0.07 ポイント(0.43 倍から 0.50 倍)、北海道は 0.09 ポイント(0.47
85
倍から 0.56 倍)、沖縄県 0.12 ポイント(0.30 倍から 0.42 倍)、青森県 0.18 ポイント(0.29
倍から 0.47 倍)となっている。2002 年でより有効求人倍率の高い地域ほど 2007 年には大
きく求人が増え、2002 年でとくに厳しい情勢にあった地域ほど、2007 年になっても求人は
あまり回復していない傾向が見られる。
表 1 失業率低位・高位、有効求人倍率高位・低位 10 都道府県
完全失業率の低い10県
2002年
2007年
全国
5.4 全国
3.9
福井県 3.4 岐阜県 2.3
島根県 3.6 島根県 2.4
富山県 3.8 佐賀県 2.5
長野県 3.8 三重県 2.6
石川県 3.9 福井県 2.7
静岡県 3.9 静岡県 2.7
鳥取県 3.9 愛知県 2.7
山梨県 4.0 滋賀県 2.8
愛知県 4.0 長野県 2.9
滋賀県 4.0 山口県 2.9
有効求人倍率の高い10県
2002年
2007年
全国
0.54 全国
1.04
山梨県 0.83 愛知県 1.95
香川県 0.79 群馬県 1.63
静岡県 0.77 栃木県 1.45
岡山県 0.76 岡山県 1.43
愛知県 0.75 福井県 1.40
福井県 0.74 三重県 1.40
群馬県 0.73 東京都 1.38
岐阜県 0.71 石川県 1.35
東京都 0.70 岐阜県 1.35
長野県 0.66 滋賀県 1.31
完全失業率の高い10県
2002年
2007年
沖縄県 8.3 沖縄県
大阪府 7.7 青森県
福岡県
7 大阪府
兵庫県 6.8 高知県
青森県 6.4 北海道
京都府 6.4 福岡県
宮城県 6.2 宮城県
北海道 6.1 秋田県
秋田県 5.8 福島県
埼玉県 5.7 鹿児島県
有効求人倍率の低い10県
2002年
2007年
青森県 0.29 沖縄県 0.42
沖縄県 0.30 青森県 0.47
岩手県 0.40 高知県 0.50
秋田県 0.41 北海道 0.56
福岡県 0.41 秋田県 0.61
熊本県 0.41 鹿児島県 0.61
鹿児島県 0.41 長崎県 0.62
兵庫県 0.42 宮崎県 0.67
奈良県 0.42 佐賀県 0.70
佐賀県 0.42 岩手県 0.73
7.4
5.7
5.3
5.2
5.1
4.9
4.8
4.4
4.2
4.2
資料出所:完全失業率は『労働力調査』より、有効求人倍率は『職業安定業務統計』より
作成
2.3
地域ごとの労働力需給と求人内容:製造業の求人への影響
全国的な雇用の回復にあって、より雇用動向の好調な地域と、回復から取り残される地
域の差はどのような原因によるものであろうか。地方圏における雇用情勢不振地域(北海
道、青森、秋田、高知、長崎、鹿児島、沖縄)と好調地域(群馬、栃木、静岡、岐阜、三
重、富山、福井、岡山、広島、香川)の差は、産業別従業者の製造業割合の高さによるも
のという指摘がある(伊藤 2008)
。2002 年から 2006 年のデータを中心に分析した伊藤
(2008)によれば、ここ数年の地域差のある雇用の回復動向には製造業の影響が強く、市
町村単位では県主導による工場誘致に成功した地域で大幅な従業者数の増加が見られ。ま
た製造業による雇用創出は、製造業の国内回帰による工場立地が影響していると考えられ
るとのことである。同時に、雇用情勢の特に厳しい地域は、製造業の集積が少ないと同時
に、第三次産業と、産業動向が公共投資と関連する建設業、医療・福祉といった政府依存
86
型産業の占める割合が高くなっていると指摘している(伊藤 2008)2。
表 2 2007 年の製造業従事者割合と雇用動向の相関係数
製造業従業
者
1
有効求人倍
率
製造業従業者
-0.692 **
0.76 **
割合
0
0
-0.692 **
1
-0.615 **
完全失業率
0
0
0.760 **
-0.615 **
1
有効求人倍率
0
0
**は相関係数は 1% 水準で有意 (両側)
上段がPearson の相関係数
*は相関係数は 5% 水準で有意 (両側)
下段が有意確率 (両側)
完全失業率
資料出所:製造業従事者割合は『就業構造基本調査』より、完全失業率は『労働力調査』
より、有効求人倍率は『職業安定業務統計』より作成
図3
20 0 7
有
効
求
人
倍
率
2007 年有効求人倍率と製造業従事者割合(%)の関係
愛知
2. 0 0
群馬
1. 5 0
岡山
東京
香川
大分
千葉 宮城
1. 0 0
大阪
山口
北海道
沖縄
新潟
山梨
滋賀
静岡
埼玉
神奈川
兵庫
島根
愛媛 京都
徳島 和歌山
福島 山形
熊本 鳥取
奈良
長崎
岩手
佐賀
宮崎
鹿児島
秋田
高知
栃木
岐阜
三重
石川 長野
広島
富山
福岡
0. 5 0
福井
茨城
青森
0. 0 0
5. 0 0
10 . 00
15 . 00
2 0 .0 0
2 5 .0 0
3 0. 0 0
製造業従業者割合2 0 07
資料出所:製造業従事者割合は『就業構造基本調査』、有効求人倍率は『職業安定業務統計』
より作成
2
なお、2001 年と 2004 年のデータを中心に市区町村を単位として産業と当該地区の従業
者数の分析した平田(2007)によれば、2004 年までの時点では 90 年代からの産業空洞化
の影響の残る製造業の雇用への貢献は全面的なものではなく、情報通信業とサービス業の
効果が高かった。また、平田は 14 大都市と市部および町村部の間の雇用格差の拡大も指摘
している。
87
2005 年の国勢調査データをもとに地域の雇用動向の差を検討した服部(2008)も、製造
業の就業シェアの高い地域は失業率が低く、サービス関連業の就業シェアの高い地域は失
業率が高いとしている。また服部は、製造業のような他県へ生産物を移出する産業は、雇
用情勢が好調なだけではなく、県内は総生産の高さとそれに伴う県民所得に貢献する効果
もあるのに対し、建設、医療・福祉、教育、公務ら政府支出依存型経済、公共投資の引き
締めや自治体財政の悪化によって雇用の新たな創出が見込みづらく、移出による総生産の
引き上げも見込みづらいとしている(服部 2008)。
2007 年の時点でも、雇用動向と製造業には明確な関連が見られ、
『就業構造基本調査』
による都道府県別の製造業従事者割合は、完全失業率、有効求人倍率と強い相関を示して
おり、製造業の強い地域ほど雇用情勢が好調な傾向がある(表 2)。特に有効求人倍率との
関連では、散布図で見ると東京がやや例外的な位置を占めることを除いて、製造業が強く
求人が多い右上と、製造業が弱く求人が少ない左下へときれいに分布し、極めて明瞭な相
関が見て取れる(図 3)
。
若年雇用と地域格差
3
3.1
地域の若年雇用をとらえるための枠組み
2002 年以降の全国的な雇用の回復は、一方で製造業の強い地域で大きく求人が増え、失
業率も低下した一方で、製造業が弱く、政府支出に依存する産業やサービス業の優位な地
域では求人は伸び悩み、失業率の低下も少なく、特に求人面での地域間格差は拡大してい
たことを確認したが、では若年者はどうだろうか。
若年者の雇用動向に関する地域格差の先行研究として、太田(2007)による都道府県別
データを用いた若年労働市場の分析が挙げられる。
太田は、近年若年雇用問題が社会的な注目を浴びつつも、若年雇用問題の地域特性に関
する研究が乏しいことを指摘した上で、失業率格差と地域間移動の関連という視点から分
析を行なっている。失業率の高い地域から低い地域へと人々が移動することによって、地
域間の失業率は平準化するはずである。しかし、何らかの理由によって地域間移動がスム
ーズに行なわれない場合は、地域ごとの経済情勢による失業率の差は解消されないことに
なる。太田(2003)や樋口美雄(2004)らの指摘する若者の「地元志向」は、地方の若者
の失業率を高める可能性がある。
太田は主に 2002 年度の『就業構造基本調査』による年齢(階級)別失業率のデータと、
厚生労働省による新規学卒者の職業紹介状況の調査による新卒求人倍率・内定率のデータ、
『学校基本調査』による学卒者の県外就職率(就職した者のうち、他県で就職した者の割
合)を元に、若年者の地域別失業率と地域移動を分析している。それによると、都道府県
別の高卒者の県外就職率と新卒求人倍率には明確な負の関係があり、
「新卒労働市場の需給
が芳しくない地域では、積極的に県外就職が行なわれている」(太田 2007:86)。また、新
卒求人倍率の低下は、地域の若年失業率を上げるが、他地域への移動も促進するため、失
業率の上昇は抑制される(太田 2007:95)。しかしながら、時系列で全国的な動向を見ると、
1993 年以降の県外就職率は求人倍率と連動する形で低下傾向にあり、「若い人の『地元志
88
向』はトレンド要因の影響も強いが、他地域における優良な雇用機会の減少に起因する側
面」
(太田 2007:89)が観察され、太田は若年者は「不況によって地元に『閉じ込められて
いる』側面」
(太田 2007:90)への留意を促している。
求人倍率は、失業率に直結するだけではなく、就職した場合の求職者と職業のマッチン
グの質につながり、将来の離職率に影響する。したがって、ある地域の新卒求人倍率が低
下することは、その地域の新卒無業者を増加させるだけではなく、将来の離職による失業
者も増加させる効果がある(太田 2007:95-97)。若年雇用問題が地域特性に応じて多様で
あり、結果的に若者地元志向が高まっていることから、地域独自の若年雇用対策が重要で
あり、中央政府はそうした地方の独自の活動を尊重しつつ、資金や情報の提供を行いより
広域的な若年雇用政策の策定・実施をすべきであるとしている(太田 2007:102-105)。
太田の研究は若者の雇用の地域動向と求職行動に、地域間移動の要素を加えて検討した
点で非常に示唆に富む。しかしながら、2002 年時点のデータを用いているため、その後の
雇用の回復は射程に入っていない。そのため、サービス業と非正社員希望の関連は言及さ
れるものの、製造業、建設・医療福祉などの政府支出に依存型産業といった、地域での優
位な産業種別による雇用創出については扱われていない。
こうした産業の種別も含めて若者と雇用の動向について検討しているのが、筒井ほか
(2008)による高卒就職動向の分析である。筒井らは、高卒の就職動向を労働力移動・労
働力需給・求人内容から類型化しており、県外移動流入か流出か、労働力需給のバランス
はどうか、どんな産業の求人かという観点を用いて次のような類型と該当地域を提示して
いる。
・類型1:A東京・B埼玉=県外移動:流入/需給状況:良好/求人内容:サービス・
販売
(類型1′:I大阪=流入/中間/製造)
・類型2:D長野・H新潟=バランス/良好/製造
・類型3①:G青森・K高知=流出/求人不足/サービス・販売
(類型3①′:F北海道=バランス/求人不足/サービス・販売)
・類型3②:E島根・J大分=流出/中間/製造
(類型3②′:C秋田=流出/求人不足/製造)
(筒井ほか 2008:3)
ただし筒井らの分析地域の選択は、所属組織である労働政策研究・研修機構の前身であ
る日本労働研究機構が 1998 年に行なった調査(日本労働研究機構 1998)における調査地
をベースに、追加調査地を加えたものとして選択されている。また、地域ごとの求人動向
等のデータは、調査対象ハローワーク管内の数字を用いているため、必ずしも県平均と一
致しない。そのため、都道府県別データを用いた他の研究との直接の対応は難しい。
そこで、本稿ではこの類型化に用いた労働力移動・労働力需給・求人内容という観点を
用いながら若年雇用の都道府県データを検討する。
89
3.2
若年雇用の地域間格差
全国的な雇用の動向として、2002 年から 2007 年にかけて求人・失業動向とも改善し、
若年者についても同様の傾向が見られる。また全年齢での地域別の雇用動向の 2002 年から
2007 年にかけての変化は、求人が大幅に増えた地域と、景気回復から取り残され求人が低
迷したままの地域の差が拡大しており、この差は主に地域の産業構造における製造業が強
いか否かに大きく関係している。
そこで、2002 年から 2007 年にかけての、若年者の雇用において、地域別動向はどのよ
うなものであるか、2007 年の若者雇用の状況はどのようなものであるかを検討してみたい。
都道府県別若年雇用動向の主な指標での雇用好調地域と不調地域をまとめたものが表 3
になる。
まず、地域別の若者の失業率であるが、
『労働力調査』では都道府県別かつ年齢階級別の
データがない。しかし、2002 年の『就業構造基本調査』において、年齢階級別の 9 月末 1
週間の就業状態から出された失業率が記載されており、太田の地域における若年雇用の分
析(2008)で、この 15∼24 歳のデータが若年失業率として用いられている。2007 年の『就
業構造基本調査』の公開結果表では、失業率という項目での記載はないが、2002 年度の失
業率計算で用いられた年齢階級別の 9 月末 1 週間の就業状態は公開されており、これを元
に 2002 年度と同様の計算方法で 2007 年度の失業率を計算した。このため、全国的な若年
者の雇用動向や、地域別の全年齢の雇用動向を捉えるのに用いた『労働力調査』の完全失
業率(年平均)とは値が異なっている。また、15∼24 歳という年齢の幅での失業率は、中
卒者、高校中退者、高卒者、高等教育進学者・中退者・高等教育卒業者という、教育暦と、
学卒ないし中退による教育機関からの離脱のタイミングがかなり異なる人々を含んでいる。
2007 年時点での 15∼24 歳は、2002 年には 10 歳から 19 歳であり、有効求人倍率が底を打
っていた 2002 年ごろからまだ求人増の途上である 2004 年ごろに、高校や専修学校・短大
を卒業した者が多く含まれる。そのため、雇用が厳しい時期に学卒期を迎えたことによっ
て、学校から職業生活への移行がスムーズでない、あるいは就職の際のマッチングの質が
悪く早期離職の可能性の高い層が。2007 年時点での 15∼24 歳には多く含まれていること
が推測される。そこで、求人動向の変動と教育から職業生活への移行の関連を捉えるため
に、『学校基本調査』による高卒時無業者と大学卒時無業者のデータも参照する。
若年者の労働力需給の状況を捉えるにあたって、一般的な有効求人倍率は全年齢に対す
るものであり、また公共職業安定所を通じたものを集計しているため、大学新卒や就職情
報誌などのルートによる求人は対象外となっている。そこで、若年者向けの求人と就職の
動向をつかむために、高卒新卒者に対する求人・就職のデータを参照する。高卒就職は公
的職業紹介が原則であり、厚生労働省職業安定局の新規学卒者の職業紹介状況の調査デー
タが利用可能であること、また学卒時の内定率や、県外就職という就業を理由とした移動
の割合も把握できるというメリットがある3。
3
専修学校・短大・大学卒に関しては、厚生労働省職業安定局の「大学等卒業者就職状況
調査」による内定率のデータはあるものの、高卒新卒者の県外就職率のような、就業を契
機とした地域移動の情報が得られなかった。また、進学も地域移動の契機となるイベント
であるが、高卒者の進学時の進路に関する情報として『学校基本調査』で専修学校・短大・
大学等の進学先の教育機関種別のデータはあるものの、進学先教育機関の所在地域は分か
90
表3
2002 年と 2007 年の都道府県別若年雇用動向
(各指標の良好・不調 10 県 求人倍率以外の数値は%)
15∼24歳失業率の低い10県
2002年
2007年
全国
9.5 全国
6.6
長野
5.5 神奈川
4.4
福井
5.6 愛知
4.4
山形
5.9 茨城
4.7
群馬
6.1 静岡
4.8
岩手
6.7 新潟
5.0
富山
6.7 東京
5.0
千葉
6.8 福井
5.0
石川
7.1 滋賀
5.1
山梨
7.1 岐阜
5.1
茨城
7.4 山梨
5.4
高卒無業率の低い10県
2002年
2007年
全国
10.5 全国
富山
2.9 富山
山梨
4.4 福井
福井
4.4 山形
岐阜
4.9 石川
山形
5.1 山梨
石川
5.8 岐阜
鳥取
5.9 山口
長野
6.2 愛媛
佐賀
6.4 佐賀
愛媛
6.6 広島
15∼24歳失業率の高い10県
2002年
2007年
沖縄
20.3 沖縄
14.0
高知
18.2 北海道
9.4
愛媛
15.6 宮崎
9.4
徳島
15.2 徳島
9.4
大阪
14.0 青森
9.3
香川
14.0 香川
9.2
奈良
13.4 山口
8.7
和歌山 12.2 高知
8.6
兵庫
12.0 秋田
8.5
熊本
12.0 熊本
8.5
高卒無業率の高い10県
2002年
2007年
沖縄
30.1 沖縄
20.7
神奈川 14.4 北海道
9.8
東京
13.9 東京
9.8
宮城
13.8 大阪
9.7
大阪
13.2 神奈川
9.6
千葉
12.2 奈良
9.5
福島
11.9 埼玉
7.3
北海道 11.9 千葉
7.2
茨城
11.7 和歌山
7.1
埼玉
11.5 高知
7.1
大卒無業率の高い10県
2002年
2007年
沖縄
42.7 沖縄
大分
32.0 福島
熊本
30.1 北海道
山口
29.3 熊本
福岡
29.1 福岡
福島
28.3 大阪
香川
28.0 京都
鹿児島 28.0 東京
北海道 26.9 千葉
宮崎
26.7 埼玉
高卒求人倍率の高い10県
2002年
2007年
全国
1.26 全国
1.79
東京
4.71 東京
6.83
愛知
1.98 愛知
3.22
神奈川 1.75 大阪
3.02
大阪
1.64 広島
2.61
長野
1.52 神奈川 2.36
群馬
1.50 京都
2.08
香川
1.49 群馬
2.02
山梨
1.40 香川
2.01
広島
1.40 静岡
1.98
富山
1.39 岐阜
1.89
高卒内定率の高い10県
2002年
2007年
全国
89.7 全国
長野
99.4 新潟
島根
97.7 福島
富山
97.1 栃木
石川
96.4 福井
岐阜
96.4 静岡
山梨
96.0 愛知
福井
95.7 富山
香川
95.5 大分
愛知
95.1 長野
山口
94.7 岐阜
96.7
99.5
99.3
99.3
99.3
99.3
99.2
99.0
99.0
98.9
98.9
県外就職率の低い10県
2002年
2007年
全国
18.5 全国
23.1
愛知
3.0 愛知
6.4
大阪
5.6 石川
7.4
北海道
6.4 静岡
8.2
富山
7.3 富山
8.3
静岡
7.7 広島
8.7
東京
7.9 長野
8.8
石川
8.6 福井
9.4
広島
9.0 新潟
9.9
群馬
9.4 香川
10.3
香川
9.5 大阪
10.7
高卒求人倍率の低い10県
2002年
2007年
沖縄
0.35 高知
0.54
長崎
0.51 青森
0.61
鹿児島 0.54 鹿児島 0.61
宮崎
0.55 長崎
0.65
高知
0.62 沖縄
0.65
青森
0.63 佐賀
0.80
佐賀
0.67 宮崎
0.80
岩手
0.69 秋田
0.88
和歌山 0.69 熊本
0.89
熊本
0.69 岩手
0.93
高卒内定率の低い10県
2002年
2007年
沖縄
57.0 北海道
高知
69.9 高知
宮城
81.9 沖縄
和歌山 83.1 青森
北海道 83.2 和歌山
広島
83.2 長崎
長崎
83.6 島根
青森
83.8 千葉
茨城
84.0 宮城
大阪
84.6 奈良
84.5
85.0
88.2
90.7
93.4
93.7
95.4
95.8
95.9
95.9
県外就職率の高い10県
2002年
2007年
長崎
41.1 長崎
鹿児島 40.3 沖縄
宮崎
39.9 青森
沖縄
38.3 鹿児島
佐賀
36.0 高知
青森
34.2 佐賀
埼玉
32.1 熊本
岩手
30.6 宮崎
和歌山 30.5 秋田
秋田
29.9 島根
6.6
1.6
2.6
2.7
2.9
3.1
3.4
3.5
3.5
3.7
3.8
大卒無業率の低い10県
2002年
2007年
全国
21.7 全国
14.8
福井
6.9 福井
5.6
鳥取
11.4 岐阜
7.1
栃木
14.0 鳥取
7.6
富山
14.3 長野
8.3
岐阜
15.9 島根
8.6
長野
16.5 富山
8.6
群馬
16.5 石川
9.0
石川
16.8 高知
9.3
佐賀
17.3 新潟
9.9
山形
17.6 群馬
9.9
28.4
18.5
17.8
17.5
17.4
16.8
16.5
16.0
15.5
15.1
54.1
53.7
53.5
50.6
47.5
45.3
42.3
41.6
41.3
40.7
※「失業率」は、
『就業構造基本調査』における「9月末1週間の就業状態」から算出。2007
年の学卒無業者は、2002 年との連続性を図るため、進学・就職等以外を示す「左記以外
の者」と「一時的な就業」の和で求めている。
(2002 年は「一時的な就業」の項がなく「左
記以外の者」に含まれていた)
資料出所:高卒求人倍率・高卒内定率・県外就職者率は厚生労働省職業安定局「高校新卒
者の都道府県別求人・求職・就職内定状況」より、失業率は『就業構造基本調
らないため、こちらも地域移動の情報は得られなかった。
91
査』より、大卒無業者・高卒無業者は『学校基本調査』より作成
15 歳∼24 歳の失業率の低い地域と高い地域を見ると、2002 年から 2007 年にかけて、や
はり全体として失業率全体は低下している。2002 年はとくに失業率の低い 10 地域で 5∼7%
台、高い 10 地域で 12∼20%台となっており、高知 18.2%、沖縄 20.3%が特に高い。2007
年はとくに失業率の低い 10 地域で 4∼5%台、高い 10 地域で 8∼14%台であるが、10%を
超えるのは沖縄の 14.0%のみで、他地域は 10%を切っている。2002 年と 2007 年を比較す
ると、もともと若年失業率の低かった地域の下げ幅よりも、2002 年ではとくに高かった地
域での若年失業率の下げが大きい。高知は 2002 年 18.1%から 2007 年 8.6%へ 9.5 ポイント、
愛媛は 15.6%から 7.3%へ 8.3 ポイント、奈良は 13.4%から 6.0%へ 7.4 ポイント、大阪は
14.0%から 7.2%へ 6.8 ポイント、沖縄が 20.3%から 14.0%へ 6.3 ポイントといった低下が
目に付く。しかし、北海道は 9.5%から 9.4%とほとんど変わらず、青森は 7.4%から 9.3%、
岩手は 6.7%から 7.8%へと、北東北では 2007 年になって失業率が増えている。
地域ごとの若年失業率は、2002 年から 2007 年にかけて全体として低下し、高失業率地
域と低失業率地域の差は縮まっているものの、若年失業率を大きく下げた地域と、ほとん
ど変わらないか逆に失業率の上がった地域といった差が現れている。
学卒時の無業率は高卒・大卒とも 2002 年から 2007 年にかけて、無業率の高い地域での
無業率が大幅に低下したことによって、地域間の差は小さくなっている。富山、福井、石
川といった北陸地方と、岐阜、長野といった中部地方に高卒・大卒双方の無業率の低い地
域は多い傾向がある。
また高卒無業率の高い地域では、沖縄が 2002 年 30.1%、
2007 年 20.7%
と群を抜いて無業率が高く、他は東京・大阪・神奈川・千葉・埼玉という大都市及び大都
市近郊地域に無業率の高い地域が多い。大卒無業率は、やはり沖縄が群を抜いて高く、他
の地域は九州と北海道での無業率が高く、2002 年では中位であった東京・千葉・埼玉とい
った東京圏の地域が、2007 年では相対的に無業率の高い地域になっている。2002 年の『学
校基本調査』では、学卒時の進路に「一時的な就労」の項目がなく、就職・進学等以外は「左
記以外の者」と一つの項目にまとめられていた。この「左記以外のもの」を「無業者」とし
て扱った。しかし、ここでの「就職」にはアルバイト等は含まれておらず、
「左記以外のも
の」にはフリーターも少なからず含まれているものと思われる。2004 年から『学校基本調
査』には「就職者」とは別に「一時的な仕事についたもの」の項目が加わったが、2002 年
とのデータの継続性のため、
「一時的な仕事についたもの」
「左記以外のもの」を合わせて
「無業者」とした。大都市およびその近郊地域での無業率の高さは、フリーターとなる者
が多いことによると推測される。
高卒の求人倍率を見ると、2002 年に求人が多かった地域では、東京の 4.71 倍が飛びぬ
けて高く、他は 1.4 倍から 2 倍程度となっており、求人の少ない地域では、0.3 倍から 0.7
倍程度で、18 都道府県で 1 倍未満となっており、新卒ということもあって労働力調査によ
る有効求人倍率よりは全体に状態がいいものの、九州と北東北を中心に厳しい地域がある。
2007 年になると、東京の高卒求人倍率は 6.83 倍にのぼり、他の求人の多い地域も 1.8 倍か
ら 3 倍台と 2002 年と比べてかなり増えている。
しかし高卒求人の少ない地域では依然とし
て求人倍率が 1 倍に満たない地域が多く、特に少ない高知県は 0.54 倍、青森、鹿児島が
0.61 倍と 2002 年と比べて高卒求人状況はほとんど回復していないか、微減している。ま
92
た、13 地域が 1 倍未満である。
高卒求人においても、2002 年から 2007 年にかけて大幅に求人の増えた地域と、2002 年
に乏しかった求人が 2007 年になってもほとんど変わらない地域の差は拡大している。
高卒者の 3 月末時点での内定率は、2002 年で高い地域が 95%∼99%台で中部・北陸の地
域が目立ち、低い地域では沖縄の 57.0%、高知の 69.9%が特に低く、それ以下が 80%台前
半程度となっている。2007 年になると、内定率の高い地域は約 99%であり、ほとんどの地
域が 95%以上となっているが、低い地域は北海道 84.5%、高知 85.8%、沖縄 88.2%が 90%
未満であり、以下青森、和歌山、長崎といった 2002 年で内定率の低かった地域が、大きく
内定率は回復しているものの、相対的に内定率の少ない地域となっている。
内定率については、全国的な求人の回復した 2007 年は 2002 年よりも内定率の差は小さ
くなっている。各地域での高卒者の求人の差が大きいのに対して、各地域の高卒者の内定
率の差が小さいことになる。
若年者の雇用動向の地域格差は、2002 年から 2007 年にかけて求人面では拡大し、失業
率の面では全体として差が縮小したものの、失業率の低下から取り残される地域があり、
無業者率・内定率では全体として差が縮小しているとまとめることができる。
3.3
高卒求人と製造業
地域差の大きい高卒求人の拡大は、何によってもたされたのであろうか。全年齢での有
効求人倍率の拡大には製造業の影響が大きいことは先に述べたが、高卒求人でも、ここ 5
年「生産工程・労務」の求人比率が高まっているという指摘がある(筒井ほか 2008: 13-14)
(図 4)
。
図 4 高卒求人の産業別構成比
出処:筒井ほか, 2008, 『
「日本的高卒就職システム」の変容と模索』労働政策研究・研修機構
p13(原
資料出所:厚生労働省職業安定局「新規学卒者(高校・中学)の職業紹介状況」各年)
2007 年度の高卒・中卒求人の産業別割合では、全国平均で製造業が 40.1%ともっとも多
く、卸売業・小売業(14.9%)
、サービス業(他に分類されないもの)
(14.8%)と、第三次
産業の分野が続いている。第三次産業全体の 2007 年度高卒・中卒求人に占める割合は
51.1%である(表 4)。両者で高卒求人の大部分を占める製造業と第三次産業という、それ
ぞれの産業分野の強さ・弱さは、若年雇用にどのような影響を与えるのだろうか。
高卒求人に占める製造業の割合と第三次産業の割合と、若年雇用に関する指標の相関を
93
みると、製造業割合と第三次産の割合は、それぞれほぼ逆の効果を若年の雇用に与えてい
る(表 5)
表 4 2007 年新規学卒者(高校・中学)産業別求人割合
農,
林,漁 鉱業
業
電気・
ガス・
情報通
建設業 製造業 熱供
運輸
信
給・水
道業
サービ
ス業
教育, 複合
第三次
医療,
(他に 公務,
学習支 サービ
産業計
福祉
分類さ その他
援業 ス事業
(再掲)
れない
もの)
6.4
5.9
0.2
0.7
14.8
0.1
51.1
飲食
卸売・ 金融・ 不動産
店,宿
小売業 保険業 業
泊業
全国
0.3
0.1
8.4
40.1
0.5
1.4
5.2
14.9
0.8
0.3
北海道
青森
岩手
宮城
秋田
山形
福島
茨城
栃木
群馬
埼玉
千葉
東京
神奈川
新潟
富山
石川
福井
山梨
長野
岐阜
静岡
愛知
三重
滋賀
京都
大阪
兵庫
奈良
和歌山
鳥取
島根
岡山
広島
山口
徳島
香川
愛媛
高知
福岡
佐賀
長崎
熊本
大分
宮崎
鹿児島
沖縄
1.8
0.5
0.6
0.6
0.9
0.7
0.3
0.3
0.7
0.3
0.1
0.3
0.1
0.1
0.5
0.2
0.2
0.0
0.5
0.2
0.5
0.2
0.0
0.2
0.1
0.8
0.0
0.2
0.1
0.0
0.4
0.7
0.3
0.3
0.2
0.4
0.6
0.8
0.7
0.1
0.1
0.9
0.5
0.2
1.9
2.2
0.3
0.1
0.0
0.0
0.0
0.3
0.0
0.0
0.0
0.1
0.4
0.0
0.0
0.1
0.0
0.5
0.0
0.0
0.0
0.0
0.0
0.1
0.2
0.0
0.1
0.1
0.0
0.0
0.0
0.0
0.0
0.0
0.1
0.1
0.0
0.0
0.0
0.0
0.0
0.0
0.1
0.0
0.0
0.1
0.1
0.0
0.0
0.0
11.7
7.8
9.2
11.2
8.6
8.3
8.2
5.9
6.1
5.2
9.7
9.9
9.0
10.7
12.9
9.7
7.5
11.5
5.6
8.6
7.7
4.9
6.7
5.8
4.4
7.1
9.2
6.6
14.0
6.8
4.6
10.3
9.0
8.3
11.2
5.4
9.6
8.1
11.4
11.4
8.7
8.0
9.4
8.5
8.7
6.8
3.4
18.4
33.6
46.6
30.2
43.0
51.8
46.4
50.4
47.7
46.3
46.6
31.3
20.0
39.6
42.7
54.2
44.1
37.9
49.9
54.8
51.7
56.9
50.7
51.5
58.5
38.4
37.0
51.4
35.7
36.9
36.3
45.2
47.8
48.6
42.2
43.5
39.5
46.1
30.3
28.8
40.6
29.8
39.9
36.7
29.7
31.1
3.1
0.5
0.2
0.2
2.5
0.3
0.2
0.9
0.4
0.4
0.4
0.6
0.7
0.5
0.6
0.7
1.0
0.0
0.1
0.6
0.4
0.2
0.4
0.3
0.3
0.0
0.0
0.8
0.1
0.1
0.3
0.0
0.0
0.0
0.4
0.2
0.1
1.0
0.3
0.0
0.4
0.0
0.1
0.1
0.1
0.1
0.1
1.2
1.9
0.5
0.5
1.2
0.6
0.5
0.7
1.8
0.4
1.0
1.1
0.8
3.6
1.7
0.3
1.0
0.8
0.8
0.4
0.7
0.5
0.6
1.3
0.4
0.3
1.4
0.7
0.7
0.4
1.9
9.7
3.0
0.5
0.3
0.4
1.8
1.0
3.2
2.0
0.8
0.4
1.3
1.2
1.3
1.9
1.6
10.9
4.4
0.9
2.5
6.4
1.3
2.3
2.0
4.0
1.8
1.8
5.5
10.2
8.6
4.4
3.1
3.8
6.1
7.0
2.0
3.4
3.4
4.3
4.8
5.4
2.4
3.1
8.6
6.5
3.3
2.9
1.0
1.1
5.1
6.6
4.7
1.6
5.8
4.0
2.5
4.9
2.5
2.7
3.7
2.1
1.3
2.1
5.6
18.9
20.9
11.1
17.1
12.0
10.7
12.7
11.3
12.7
20.6
10.9
18.1
24.5
15.3
14.8
12.2
11.6
15.3
10.7
7.5
11.2
10.5
10.6
7.5
6.5
14.0
17.0
9.9
9.4
12.1
17.4
9.7
12.4
13.2
13.3
14.4
17.1
11.9
16.4
20.0
13.3
14.6
11.7
6.0
16.9
19.1
19.7
2.4
3.6
0.8
0.4
1.1
2.8
1.3
0.1
0.4
0.9
0.3
1.2
1.1
0.5
0.2
0.3
0.7
0.8
0.9
0.2
1.4
0.5
0.2
0.2
0.3
0.4
0.2
0.8
0.2
1.0
0.5
0.8
0.4
0.4
1.9
0.6
0.3
0.8
1.0
0.7
1.5
4.0
0.4
0.3
2.8
2.1
4.9
0.2
0.5
0.3
0.2
0.2
0.1
0.0
0.1
0.1
0.3
0.3
0.4
0.6
0.3
0.1
0.2
0.1
0.2
0.3
0.0
0.2
0.1
0.2
0.1
0.0
0.1
0.9
0.4
0.2
0.8
0.0
0.0
0.1
0.1
0.8
0.1
0.1
0.2
0.0
0.3
0.0
0.4
0.2
0.2
0.2
0.1
1.9
10.1
5.9
8.7
9.4
8.0
7.8
6.6
4.5
5.8
6.0
3.1
3.7
9.1
5.4
9.5
5.8
11.3
4.1
8.7
8.1
3.8
4.0
4.2
5.1
6.4
14.1
7.1
5.0
8.5
11.3
8.7
9.1
3.9
4.1
5.6
5.6
3.9
5.3
9.3
3.2
4.5
7.7
6.1
6.5
6.8
9.2
23.6
6.6
9.9
3.3
5.6
4.6
4.4
6.7
7.4
4.1
6.5
7.8
6.4
4.4
3.0
3.2
2.3
5.5
8.1
4.1
3.7
5.2
5.4
4.5
6.9
5.1
6.8
4.8
7.7
13.0
12.4
7.3
3.8
8.9
6.2
7.8
12.5
10.6
8.6
5.5
5.2
16.1
9.0
10.7
6.2
14.1
9.6
4.4
0.2
0.0
0.1
0.1
0.1
0.1
0.2
0.0
0.1
0.4
0.7
0.2
0.1
0.0
0.1
0.1
0.0
0.1
0.2
0.0
0.1
0.3
0.1
0.0
0.0
1.4
0.1
0.1
0.0
0.1
0.0
0.2
0.2
0.0
0.1
0.3
0.2
0.1
0.1
0.8
0.0
0.2
0.2
0.0
0.8
0.2
0.0
3.2
0.8
1.1
0.6
1.7
1.1
1.4
0.4
0.6
0.9
0.6
0.8
0.1
0.2
1.0
0.4
0.5
0.7
0.1
0.5
1.5
0.7
0.5
0.9
0.5
0.2
0.1
0.5
1.3
2.0
1.8
1.0
0.7
0.3
1.0
0.2
0.9
1.9
2.0
0.8
2.2
2.1
1.2
0.8
3.8
3.1
0.5
18.7
14.8
14.7
14.2
17.1
8.8
12.2
13.3
19.1
9.0
12.5
16.1
18.4
18.1
10.4
8.8
11.5
13.5
16.1
11.8
12.6
10.9
15.8
15.6
15.3
12.1
13.5
10.0
13.8
11.6
12.3
15.1
10.6
11.3
10.7
13.5
9.1
8.8
18.7
22.6
9.9
19.2
14.6
30.9
11.1
12.6
20.2
0.9
0.1
0.4
0.2
0.4
0.4
0.3
0.0
0.0
0.1
0.0
0.0
0.0
0.0
0.1
0.0
0.0
0.0
0.0
0.0
0.0
0.0
0.0
0.0
0.0
0.1
0.0
0.0
0.0
0.0
0.0
0.0
0.0
0.0
0.0
0.1
0.1
0.1
0.1
0.0
0.1
0.0
0.2
0.0
0.0
0.0
0.2
資料出所:
『学校基本調査』より作成
高卒求人に占める製造業の割合の高さは、若年失業率と若年無業者率と若年非正規率と
若年者の過去 1 年離職率と高卒就職内定率と県外就職率に負の相関がある。製造業による
新卒雇用が多いことが、若年者の失業や無業、不安定就労を抑え、地元就職を増やし、若
年者の地域雇用の安定化に寄与するといえる。また高卒求人倍率に対しては、東京を除い
て相関をみると相関係数 0.44 となり 1%水準で有意であった。東京以外の地域では、製造
業が強いことが、求人そのものの増加にも関係している。
94
68.0
58.0
43.6
58.0
47.3
39.2
45.0
43.4
45.4
47.8
43.5
58.5
70.9
49.6
43.4
35.9
48.2
50.6
44.0
36.4
40.0
37.7
42.5
42.4
36.9
53.7
53.7
41.8
50.2
56.4
58.8
43.8
42.9
42.8
46.5
50.7
50.2
45.0
57.7
59.6
50.5
61.4
50.1
54.5
59.7
59.9
93.2
表5
高卒求人に占める製造業と第三次産業割合を中心とした関連雇用指数の相関
高卒求人製造業割合
高卒求人第三次産業
割合
失業率15∼24歳
高卒無業者率
非正規率15∼24歳
過去1年以内離職率
15∼24歳
高卒求人倍率
高卒就職内定率
高卒者に占める
県外就職者の割合
高卒求人製造業割合
高卒求人第三次産業
割合
失業率15∼24歳
高卒無業者率
非正規率15∼24歳
過去1年以内離職率
15∼24歳
高卒求人倍率
高卒就職内定率
高卒者に占める
県外就職者の割合
高卒求人
高卒求人製造
失業率
非正規率
第三次産業
高卒無業者率
業割合
15∼24歳
15∼24歳
割合
1.00
-0.98 (**)
-0.62 (**)
-0.70 (**)
-0.53 (**)
0.00
0.00
0.00
0.00
-0.98 (**)
1.00
0.64 (**)
0.74 (**)
0.56 (**)
0.00
0.00
0.00
0.00
-0.62 (**)
0.64 (**)
1.00
0.48 (**)
0.24
0.00
0.00
0.00
0.11
-0.70 (**)
0.74 (**)
0.48 (**)
1.00
0.75 (**)
0.00
0.00
0.00
0.00
-0.53 (**)
0.56 (**)
0.24
0.75 (**)
1.00
0.00
0.00
0.11
0.00
-0.64 (**)
0.64 (**)
0.46 (**)
0.73 (**)
0.57 (**)
0.00
0.00
0.00
0.00
0.00
0.03
-0.02
-0.51 (**)
0.10
0.18
0.82
0.90
0.00
0.50
0.22
0.63 (**)
-0.61 (**)
-0.58 (**)
-0.56 (**)
-0.47 (**)
0.00
0.00
0.00
0.00
0.00
-0.43 (**)
0.43 (**)
0.55 (**)
0.31 (**)
0.25
0.00
0.00
0.00
0.04
0.09
過去1年以内
高卒者に占め
高卒就職
離職率
高卒求人倍率
る県外就職者
内定率
15∼24歳
の割合
-0.64 (**)
0.03
0.63 (**)
-0.43 (**)
0.00
0.82
0.00
0.00
0.64 (**)
-0.02
-0.61 (**)
0.43 (**)
0.00
0.90
0.00
0.00
0.46 (**)
-0.51 (**)
-0.58 (**)
0.55 (**)
0.00
0.00
0.00
0.00
0.73 (**)
0.10
-0.56 (**)
0.31 (**)
0.00
0.50
0.00
0.04
0.57 (**)
0.18
-0.47 (**)
0.25
0.00
0.22
0.00
0.09
1.00
0.01
-0.51 (**)
0.27
0.93
0.00
0.07
0.01
1.00
0.35 (*)
-0.54 (**)
0.93
0.02
0.00
-0.51 (**)
0.35 (*)
1.00
-0.40 (**)
0.00
0.02
0.01
0.27
-0.54 (**)
-0.40 (**)
1.00
0.07
0.00
0.01
(**)は 1% 水準で有意
上段:Pearson の相関係数
(*)は5% 水準で有意
下段:有意確率
資料出所:高卒求人に占める製造業・第三次産業の割合および高卒無業者率は『学校基本調査』より、高
卒内定率・高卒求人倍率・高卒県外就職率は厚生労働省職業安定局「高校新卒者の都道府県別
求人・求職・就職内定状況」より、15 から 24 歳失業率と過去 1 年以内離職率(転職を含む)
と非正規従業者率は『就業構造基本調査』より作成
高卒求人に占める第三次産業の割合の高さは、製造業の場合と真逆に、若年失業率と若
年無業者率と若年非正規率と若年者の過去 1 年離職率と高卒就職内定率と県外就職率に正
の相関がある。第三次産業の新卒採用の多さは、地域内の若年者の失業や無業、不安定就
労などの雇用の問題を増し、他地域への人口流出を促すことで、若年者の地域内での雇用
を不安定・流動的にするといえる。また高卒求人倍率に対しては、東京を除いて新卒採用
95
に占める第三次産業率と相関をみると相関係数は-0.43 となり 1%水準で有意であった。東
京以外の地域では、新卒求人の中心が第三次産業である場合は、求人そのものが乏しいこ
とがわかる。これは、第三次産業の強さというよりも、製造業のような雇用につながる産
業が少ないことによって、地域経済が第三次産業中心となり、求人が期待できなくなって
いるとみられる。
図5
高卒求人に占める製造業・第三次産業割合と高卒求人倍率 2007 年
製造業割合順
製造業・第三次産業割合(%)は左軸数値、高卒求人倍率は右軸数値
製造業
第三次産業
高卒求人倍率
6.8
100
5
90
4.5
80
4
70
3.5
60
3
50
2.5
40
2
30
1.5
20
1
10
0.5
沖縄
北海道
東京
福岡
宮崎
長崎
宮城
高知
鹿児島
千葉
青森
奈良
鳥取
大分
和歌山
大阪
福井
京都
香川
神奈川
熊本
佐賀
山口
新潟
秋田
徳島
石川
島根
愛媛
群馬
福島
岩手
埼玉
栃木
岡山
広島
山梨
茨城
愛知
兵庫
三重
岐阜
山形
富山
長野
静岡
滋賀
全国
0
0
資料出所:高卒求人に占める製造業・第三次産業の割合は『学校基本調査』より、高卒求人倍率厚生労働
省職業安定局「高校新卒者の都道府県別求人・求職・就職内定状況」より作成
東海・中部地方に製造業が強いことによる新卒求人割合の高い地域が多く、東京・大阪・
京都・神奈川といった大都市とその近郊では第三次産業が盛んなことによって新卒求人割
合が高くなっている。沖縄、青森、高知、宮崎、長崎、鹿児島は、第三次産業中心の産業
構造で新卒求人が少なく、岩手、島根、徳島、秋田、佐賀、熊本では、新卒求人での産業
の差は明確ではないが、新卒求人の少ない地域になっている(図 5)
。
地域の製造業の強さは大都市以外の地域で若年求人にもプラスの影響を与えると同時に、
東京を中心とした都市部では第三次産業による求人も多い。しかし、第三次産業は求人を
作ると同時に非正規・不安定就労にもつながっていく。また製造業の弱い地方部では、地
域求人の低迷と、他地域の就業機会の拡大によって県外へと移動する若者が多くなると考
えられる。
3.4
若年雇用と地域移動
県外就職率は、2002 年には少ない地域で 3∼9%程度である。
『学校基本調査』の高卒就
職者の就職先地域のデータから、他県への送出数と受け入れ数の差を見ると、県外就職の
少ない愛知、大阪、東京、広島、群馬、香川は他県からの高卒就職者の受入数が県外への
送出数を上回っている。これらの地域は高卒求人が好調な地域であり、愛知へは九州と中
96
部地方から、東京へは全国から、大阪は西日本各地から、広島は中国地方から、群馬へは
東北地方から、香川へは四国他県から移動してくる者が多い。また、県外就職の必ずしも
少なくない神奈川、京都、福岡、宮城も受入数が送出数を上回っており、神奈川・京都は
東京・大阪といった周辺大都市へ移動する者もいると同時に、神奈川の場合は全国各地か
ら、京都の場合は京阪神地域から移動してくる者も多くいるためである。福岡は大阪へ移
動する者と同時に九州各地から流入してくる者も多い。宮城県は東京・神奈川を中心とす
る関東地方へ移動と、北東北各県からの流入が多くなっている。
2002 年に県外就職率の高い地域はおよそ 30%∼40%程度となっており、九州、沖縄、北
東北の各地域といった、求人倍率の低い地域が多い。九州・北東北では、他県からの高卒
就職者の流入は隣接地域から若干あるものの、それ以上に大阪や北関東・東京といった好
況地域への移動が多い。沖縄は地理的な条件もあってか他県からの高卒就職者は非常に少
ない。
2007 年の県外就職率を見ると、全国的に県外就職率の割合が高まっている。県外就職の
少ない地域でおよそ 6∼10%ほどであり、2002 年よりも県外就職率が高くなっている。2002
年とは多少順位は変わっているものの、相対的に県外就職率の低い地域の様相には大きな
変化はなく、2002 年と同様に県外就職の少ない愛知、大阪、東京、広島、群馬、香川は他
県からの高卒就職者の受入数が県外への送出数を回っている(表 6)
。
県外就職率の高い地域では、県外就職率は 40∼55%程度であり、こちらも 2002 年度と
比べて高まっており、長崎、沖縄、青森、鹿児島の各地域は 50%を超え、半数以上の高卒
就職者が他県へと移動していることになる。2002 年と比べて 2007 年の県外就職率が 10 ポ
イント以上高くなっている地域は、高知で 2007 年 27.6%から 2002 年 47.5%の 19.8 ポイン
ト、青森で 34.2%から 53.5%の 19.2 ポイント、沖縄で 34.2%から 53.7%の 15.5 ポイント、
熊本で 28.4%から 42.3%の 13.9 ポイント、長崎で 41.1%から 54.1%の 13.0 ポイント、秋
田で 29.9%から 41.3%の 11.3 ポイント、島根で 29.7%から 40.7%の 11.0 ポイント、鹿児島
で 40.3%から 506%の 10.3 ポイント、それぞれに増加している。もともと県外就職率の特
に高かった青森、沖縄、長崎、鹿児島で増えているほかに、高知、熊本、秋田、島根とい
った 2002 年では県外就職率がやや高い、といった水準だった地域で大幅に増えていること
が目を引く。
図 6・図 7 は高卒県外就職者率と高卒求人倍率の関係を 2002 年、2007 年の各年で同じス
ケールで描いた散布図である。2002 年と比べると 2007 年は全体にばらつきが広がってい
る。左側の求人倍率が低い領域を見ると、2002 年と比べて 2007 年の側では同程度の新卒
求人倍率であっても、県外就職率が高くなっている。
求人倍率の地域差と比べて内定率の地域差が少ないことは、ある地域の求人倍率が低く
ても県外就職率が高くなることによって、その地域の高卒者の内定率が高くなり、さらに
若年失業率の全体的な格差縮小へとつながったと考えられる。これは県外就職が地域間の
若年雇用の格差を平準化する効果があるとの太田の指摘(2008)とも合致する。
若年者の雇用の地域格差は、2002 年から 2007 年にかけて求人面では拡大し、失業率の
面では全体として差が縮小したものの、失業率の低下から取り残される地域があり、無業
者率・内定率では全体として差が縮小している。県外就職率は、求人の厳しい地域を中心
に大きく増えており、求人面での地域格差の拡大と、就業面での地域格差の縮小は、県外
97
就職率の上昇と関連しているものと思われる。
表6
全国
北海道
青 森
岩 手
宮 城
秋 田
山 形
福 島
茨 城
栃 木
群 馬
埼 玉
千 葉
東 京
神奈川
新 潟
富 山
石 川
福 井
山 梨
長 野
岐 阜
静 岡
愛 知
三 重
滋 賀
京 都
大 阪
兵 庫
奈 良
和歌山
鳥 取
島 根
岡 山
広 島
山 口
徳 島
香 川
愛 媛
高 知
福 岡
佐 賀
長 崎
熊 本
大 分
宮 崎
鹿児島
沖 縄
高卒就職者の地域移動動向
2007 年
高卒就職 県外就職 他県から
県外就職
純流出数
純流出率
者
者
の就職者
率
181128
41880
41880
0
23.1
0.0
7909
901
63
838
11.4
10.6
3775
2018
63
1955
53.5
51.8
3860
1360
100
1260
35.2
32.6
5007
705
654
51
14.1
1.0
2837
1171
20
1151
41.3
40.6
3222
768
60
708
23.8
22.0
5759
1500
198
1302
26.0
22.6
5013
794
580
214
15.8
4.3
3967
615
482
133
15.5
3.4
2914
339
671
-332
11.6
-11.4
6974
2457
1553
904
35.2
13.0
5606
1563
1001
562
27.9
10.0
6534
707
13943 -13236
10.8
-202.6
5211
1776
2058
-282
34.1
-5.4
4057
403
75
328
9.9
8.1
1857
155
70
85
8.3
4.6
1944
144
64
80
7.4
4.1
1598
150
40
110
9.4
6.9
1102
160
39
121
14.5
11.0
2738
241
70
171
8.8
6.2
4268
1130
294
836
26.5
19.6
7241
591
466
125
8.2
1.7
11093
715
6142
-5427
6.4
-48.9
4240
714
374
340
16.8
8.0
2153
353
307
46
16.4
2.1
2007
379
751
-372
18.9
-18.5
7623
817
5066
-4249
10.7
-55.7
6149
1387
911
476
22.6
7.7
1320
458
166
292
34.7
22.1
1739
512
64
448
29.4
25.8
1346
267
46
221
19.8
16.4
1516
617
39
578
40.7
38.1
3803
567
418
149
14.9
3.9
3154
275
1564
-1289
8.7
-40.9
3461
692
105
587
20.0
17.0
1432
416
27
389
29.1
27.2
1413
146
318
-172
10.3
-12.2
2605
611
152
459
23.5
17.6
1237
587
15
572
47.5
46.2
7129
1636
1824
-188
22.9
-2.6
2722
1234
196
1038
45.3
38.1
3977
2152
114
2038
54.1
51.2
4324
1830
213
1617
42.3
37.4
2718
731
279
452
26.9
16.6
3218
1339
122
1217
41.6
37.8
4970
2515
88
2427
50.6
48.8
2386
1282
15
1267
53.7
53.1
高卒就職者、県外就職者、他県からの就職者、純流出数は実数であり、県外就職者と純流出率は%である。
純流出数は県外就職者から他県からの就職者数を差し引いた数である。県外就職率は高卒就職者に対する
県外就職者の割合、純流出率は高卒就職者に対する純流出率の割合である。
資料出所:高卒就職者、県外就職者、他県からの就職者数は『学校基本調査』より作成
98
図 6 高卒県外就職者率と高卒求人倍率の関係
20 0 7
高
卒
者
に
占
め
る
県
外
就
職
者
の
割
合
2007 年
60 . 00
青森
沖縄
鹿児島
50 . 00
長崎
高知
佐賀
熊本
40 . 00
秋田
宮崎 島根
岩手
和歌山
徳島
30 . 00
埼玉
奈良
千葉
大分
福島
山形
鳥取
20 . 00
愛媛
神奈川
兵庫
岐阜
福岡
滋賀
茨城
山口
宮城
京都
三重
栃木
岡山 山梨
新潟
福井
北海道
10 . 00
長野
石川
群馬
大阪
広島
香川
富山
愛知
静岡
0 . 00
0. 5 0
1 . 00
1. 5 0
2 . 00
2. 5 0
3 . 00
高等学校新規卒業者の求人倍率20 0 7
図 7 高卒県外就職者率と高卒求人倍率の関係
20 0 2
高
卒
者
に
占
め
る
県
外
就
職
者
の
割
合
2002 年
60 . 00
50 . 00
40 . 00
鹿児島
長崎
宮崎
沖縄
佐賀
青森
30 . 00
岩手
高知
熊本
奈良
秋田 島根 埼玉
20 . 00
千葉
和歌山
大分
福島
山形
福岡
鳥取
滋賀 宮城
徳島 岐阜
愛媛
京都
岡山
神奈川
栃木
三重 山梨 長野
茨城 新潟
群馬
香川
石川
北海道
富山
静岡 大阪
福井
広島
10 . 00
愛知
0 . 00
0. 5 0
1 . 00
1. 5 0
2 . 00
2. 5 0
3 . 00
高等学校新規卒業者の求人倍率20 0 2
※図 6・図 7 は X 軸・Y 軸とも最大値・最小値は同一のスケールで作成
資料出所:厚生労働省職業安定局「高校新卒者の都道府県別求人・求職・就職内定状況」より作成
99
3.5
高卒就職者の労働力移動・労働力需給・求人内容による類型化
筒井ほか(2008)による高卒就職動向の分析で用いられた、労働力移動・労働力需給・
求人内容による地域の類型化を参考に、
これまでに得られた 2007 年の若年雇用と地域移動
に関するデータから、若年者の就職と移動に関する地域の類型化を行なう。
その際に用いるデータ、タイプ、タイプ分けの基準は表 7 であり、表 7 の基準に従って、
各都道府県がどのタイプに該当するかをまとめたものが表 8 になる。
表7
労働力移動・労働力需要・求人内容による地域の類型化の方法と該当数
何についてか 用いるデータ
労働力移動 純流出率
労働力需要
求人内容
タイプ
流入
バランス
やや流出
流出
高卒求人倍率
非常に好調
好調
中程度
求人不足
高卒求人に占める製造業の 製造業型
割合、高卒求人に占める第三 第三次産業型
次産業の割合
それ以外
タイプ分けの基準
該当都道府県数
0%未満
9
0%∼10%未満
13
10∼20%未満
14
20%以上
11
1.8倍以上
10
1.5∼1.8倍未満
15
1∼1.5倍未満
9
1倍未満
13
製造業求人率50%以上
10
第三次産業求人率50%以上
22
上記に該当しないもの
15
労働力が「流入」タイプの地域は当然ながら労働力需給は「非常に好調」な地域が多い。
製造業が集積する愛知県、大都市型の第三次産業が盛んな東京、大阪、京都は広範囲から
若年労働力が流入する地域である。香川県は四国内他県からの移動が多くなっている。労
働力需要の状況は「中程度」であるが、福岡に流入する若者は九州の他県からが多く、九
州他地域は求人状況が芳しくないため、相対的に求人のある近隣地域として福岡へ流入す
る人口が多いためであろう。
労働力移動が「バランス」および「やや流出」であるものの労働力需要の動向は「非常
に好調」であるのは、ともに産業は「製造業型」の静岡県と岐阜県になる。この両地域は、
製造業を中心とした労働需要に対して、若年労働力の供給が少ないと考えられる。他の労
働力移動が「バランス」
「やや流出」の地域では、労働力需要の状態は「好調」ないし「中
程度」であり、地域の求人と若年就職のバランスに大きなずれはない地域と考えられる。
これらの地域では、産業は「製造業型」の方が労働力需給の好調な地域が多くなっている。
労働力需要の状態が「不調」である地域は、労働力移動では「やや流出」
「流出」となっ
ており、また産業は「第三次産業型」が多くを占め、
「製造業型」の地域はない。主に九州、
中国地方、北東北、四国といった地域が該当している。これらの地域は、地域の求人が不
足しており、若年労働者は他地域へ移動するケースが多い。また、第三次産業中心の地域
は非正規雇用や離職などの就労の不安定要因が多く、
県外就職が活発化している 2007 年時
点で、移動せずに地域へ残る若者の雇用は、選択肢が少ない中での不安定就労になる可能
性が懸念される。
100
表8
労働力移動・労働力需要・求人内容による地域の類型化
労働力移動 労働力需要
流入
非常に好調
流入
非常に好調
流入
非常に好調
流入
中程度
バランス
非常に好調
バランス
好調
バランス
好調
バランス
好調
バランス
中程度
やや流出 非常に好調
やや流出 好調
やや流出 好調
やや流出 中程度
やや流出 中程度
やや流出 中程度
やや流出 不調
流出
不調
流出
不調
求人内容
該当する地域
製造業型
愛知
第三次産業型 東京、大阪、京都、香川
それ以外
神奈川、群馬、広島
第三次産業型 福岡
製造業型
静岡
製造業型
茨城、兵庫、三重、富山、長野、滋賀
第三次産業型 福井
それ以外
新潟、石川、栃木、岡山
第三次産業型 宮城
製造業型
岐阜
第三次産業型 千葉、大分
それ以外
埼玉、山梨
製造業型
山形
第三次産業型 北海道、奈良、徳島
それ以外
山口、愛媛、福島
第三次産業型 鳥取、和歌山
第三次産業型 沖縄、宮崎、長崎、高知、鹿児島、青森、熊本、佐賀
それ以外
秋田、島根、岩手
資料出所:純流出率は『学校基本調査』より、高卒求人に占める製造業・第三次産業の割合は『学校基本
調査』より、高卒求人倍率厚生労働省職業安定局「高校新卒者の都道府県別求人・求職・就職
内定状況」より作成
4.
地域の雇用政策と若者政策
4.1
地方分権と地域雇用政策
2000 年の地方分権一括法、改正雇用対策法以来、地方自治体が雇用創出に関する計画主
体として位置づけられ、地方自治体が雇用創出の計画を策定し、国は同意・認定と支援を
行うという形に雇用政策は変化している(伊藤・勇上 2005 ; 松淵 2005 ; 伊藤ほか 2008 ;
紺屋 2008)。
地方分権一括法によって、国と地方の役割分担と、地方公共団体の自主性と自立性の確
保を目的に、それまでの機関委任事務が廃止され、国から地方自治体への権限委譲の方針
が打ち出された。改正雇用対策法では、地方自治体による地域の実情に応じた雇用政策が
努力義務規定として明記された。翌 2001 年には地域雇用開発等促進法の改正により、地域
の雇用開発の計画は、従来の国が政令等によって地域を指定する方式から、都道府県が地
域の範囲等を盛り込んだ計画を策定し、国がその計画に対し同意をする方式へと変更され
た。その後、産業クラスター計画、地域再生推進のためのプログラム、地域提案型雇用創
造促進事業、頑張る地方応援プログラムなど、都道府県や市町村が計画する地域雇用創出
に国が認定や支援を提供するプロジェクトが数多く出ている(表 9)
。
若年失業やフリーターの増加などを特に対象とする政策としては、2003 年に提出された
「若者自立・挑戦プラン」がある。「
「若者自立・挑戦プラン」では、①教育段階から職場
定着に至るキャリア形成及び就職支援、②若年労働市場の整備、③若年者の能力の向上/
就業選択肢の拡大、④若者が挑戦し、活躍できる新たな市場・就業機会の創出の 4 つを施
101
策の柱とする。文部科学省、厚生労働省、経済産業省及び内閣府の 4 府省が関わるもので、
キャリア教育、若年者のためのワンストップサービスセンター(ジョブカフェ)
、企業にお
ける実習と教育訓練機関における座学を並行的に実施する日本型デュアルシステムといっ
た事業が全国的に展開されているが、地域ごとの差異への対応は、中核的な問題とはされ
ていないようである。
表 9 近年の地域雇用・若者問題対策年表
1987 地域雇用開発等促進法
2000 地方分権一括法
雇用情勢の厳しくなった地域へ、国政レベルで要因類型別に対
国から自治体への権限委譲
地方自治体による雇用対策を努力義務規定に(はじめて雇用対
改正雇用対策法
策が地方公共団体の政策として位置づけ)
雇用開発計画は、都道府県が作成し、国が同意して助成を与え
2001 地域雇用開発等促進法改正
る方式に
産業クラスター計画
地域において成長性のある新規事業を開拓
従来法規制等の関係で事業化が不可能な事業を特別に行うこと
2002 構造改革特区
が可能になる地域の認定
2003 職業安定法改正
無料職業紹介事業に、地方公共団体が参入可能に
若年者の働く意欲を喚起しつつ、職業的自立を促進し、若年失業
若者自立・挑戦プラン
者等の増加傾向を転換させることを目的
地域再生推進のためのプログラ 地域の基幹産業等の再生・強化、若者自律・挑戦プランの強化
2004 地域再生計画の認定
市町村・都道府県が策定し、コンテスト法式で認定された計画に
地域雇用開発促進法(旧地域雇 自治体と連携した雇用開発への特化。地域指定は国から県が行
用開発等促進法)
なうように
地域提案型雇用創造促進事業 市町村・都道府県が策定し、コンテスト法式で認定された計画に
改正雇用対策法、地域雇用開発
2007
青少年の雇用促進・年齢制限の撤廃、地域差の是正
促進法
頑張る地方応援プログラム
地方の独自プロジェクトに地方交付税等の支援
企業立地促進法
自治体による企業立地促進
地域での雇用創出を目的に含むプロジェクトは、主に「頑張る地方応援プログラム」
、企
業立地促進法に基づく「基本計画」、
「地域雇用創造推進事業」があげられる。
「頑張る地方応援プログラム」は、地方独自のプロジェクトを企画・実行しようとする
自治体に地方交付税による支援を行なうもので、3000 億円程度の規模である。特に内容は
限定されていないが、プロジェクト例として、「地域経営改革」
「地場産品発掘・ブランド
化」「少子化対策」「企業立地促進」「定住促進」
「観光振興・交流」
「まちなか再生」「若者
自立支援」「安心・安全なまちづくり」
「環境保全」が挙げられている。2007 年 1 次募集・
2 次募集合計で 9913 プロジェクトの応募があったものの、
その内容は、少子化対策 15.7%、
観光振興・交流 13.3%、安心・安全なまちづくり 10.8%、環境保全 10.8%らに対して、企
業立地促進 5.3%、若者自立支援 1.1%と、雇用や若者に関するプロジェクトは少ない。こ
の少なさについて伊藤は「市町村は雇用に関連した対策は、都道府県や国がやるといった
意識か、
あるいは企業誘致がそもそも困難な地理的条件を前提にしているといった意識が、
かなり強いことを示唆している」と分析する(伊藤ほか 2008: 24-30)。
2007 年にスタートした企業立地促進法は、経済産業省による地域活性化策として、地域
による主体的かつ計画的な企業立地促進等の取り組みを支援するものである。都道府県と
市町村が「地域産業活性化協議会」での協議を経て、
「基本計画」を作成し、主務大臣に協
議し、同意を得た基本計画に基づいて実施する事業については一定の支援措置が受けられ
102
る。また事業者が、企業立地又は事業高度化を行う場合は、
「企業立地計画」、
「事業高度化
計画」を作成し、都道府県知事に対し承認申請をすることができ、当該計画に基づいて各
種支援措置が受けられるようになっている。2008 年 12 月 16 日同意分までで 132 計画あり、
企業立地目標 9132、新規雇用創出目標 324,284 である。しかし、この目標に対して、予算
額が年度で 50 億円程度、企業立地促進に係る地方交付税措置(総務省と連携)が 300 億円
程度であり、対象計画数に対する予算不足が懸念される(伊藤 2008:24-30)。計画対象範
囲は一市町村単体で出されることもあるが、数個∼十数個程度の市町村であるものが多く、
雇用創出規模の大きいものは数十の市町村を範囲とするものもある。
新規雇用創出目標は、
1 計画あたり、最小で 120、最大で 42000 人であるが、平均で約 2500 人になる。目標数が
10000 人を超えるのは 5 計画のみで、数百人から数千人程度の計画が中心である4。対象業
種は製造業が多く、非製造業のみの計画は 4 計画にとどまり、他は製造業が中心の計画と
なっており、中でも自動車・機械関係の製造業が目立つ。
「地域雇用創造推進事業」とは、地域雇用開発促進法に基づき、地域再生に取り組む市
町村等に対する支援の一環として、地域の創意工夫により行う雇用創造の推進を図るもの
である。2005 年に前身の「地域提案型雇用創造促進事業」が始まり、2007 年に地域雇用開
発促進法改正にともなって「地域雇用創造推進事業」へと名称が変更された。これは、市
町村が都道府県と協議のうえ計画策定を行なう形になっており、都道府県の参加も可にな
っている。自治体による事業構想の中から、コンテスト方式により雇用創造効果が高いも
のを選抜し、当該地域に対しその事業を委託する形式になっている。委託額は 1 地域あた
り 2 億円
(都道府県が中心となり広域の地域で取り組む場合は 3 億円を上限)としており、
同一地域における事業期間は 3 年度が上限である。年間 50 地域程度を選定する。認定動向
は、初年度 2005 年は 66 地域、2006 年 35 地域、2007 年 36 地域、2008 年 34 地域認定(2008
年 11 月時点)となっており、2008 年 11 月時点で継続している計画は 105 計画である。実
施地域は 1 市町村であるものが多く、複数の市町村含む地域で実施される場合は多くて 10
数市町村である。事業の内容は、観光、既存の農林漁業と連携した食品・特産品開発、人
材育成一般が主なものであり、これらを組み合わせたパターンも多い。雇用創出数は数人
∼数十人程度が中心で、直接の雇用増そのものよりも、地域活性化や既存産業の振興とい
った効果が主になると思われるものが多い5。
分権化にともなう地方自治体による雇用政策は、頑張る地方応援プログラムを通じたも
のは少なく、企業立地促進法に基づく事業計画は、より広域・大規模で、自動車・機械な
どの製造業中心の計画が多い。地域雇用創造推進事業によるものは、より狭い範囲・小規
模で、観光や食品・特産品開発、人材育成を行なう事業が多くなっている、というプロジ
ェクトごとの特徴がある。
4.2
地域の若者問題と地域の雇用政策
地域の雇用政策のうち、企業立地促進法同意基本計画数、地域提案型雇用創造促進事業
4
「企業立地支援センター」サイト(http://ritti.jp/index.html2008 年1月 15 日閲覧)資料「企
業立地促進法 同意書交付を行った基本計画(平成20年12月16日同意分まで)
」より
(Flash 制御のため当該資料のファイル単体の URL は不明)
5
地域雇用創造推進事業計画の詳細は厚生労働省職業安定局報道発表資料に基づく
103
採択計画数を都道府県別に集計したものが表 10 になる。
表 10 地域の雇用政策・若者政策に関する計画・施設数
北海道
青森
岩手
宮城
秋田
山形
福島
茨城
栃木
群馬
埼玉
千葉
東京
神奈川
新潟
富山
石川
福井
山梨
長野
岐阜
静岡
愛知
三重
滋賀
京都
大阪
兵庫
奈良
和歌山
鳥取
島根
岡山
広島
山口
徳島
香川
愛媛
高知
福岡
佐賀
長崎
熊本
大分
宮崎
鹿児島
沖縄
計
企業立地促 地域雇用創
進法同意基 造推進事業
本計画数
採択計画数
10
34
2
10
6
6
2
0
3
9
2
4
6
3
6
0
2
0
3
0
2
0
2
0
0
0
1
1
6
1
1
1
1
3
2
0
1
0
9
1
5
1
1
0
4
0
5
2
4
1
1
3
2
6
10
1
0
0
2
3
1
3
1
5
1
2
1
3
0
0
1
3
1
0
5
4
1
10
1
7
4
1
5
7
4
4
1
4
1
3
2
13
1
12
132
171
企業立地促進法基本計画数は 2008 年 12 月 16 日同意分まで、地域雇用創造推進事業計画数は 2005 年から
の「地域提案型雇用創造促進事業」を含めた 2008 年 11 月までの採択総数を集計
資料出所:地域雇用創造推進事業計画数は厚生労働省職業安定局報道発表資料より、企業立地促進法同意
基本計画数は「企業立地支援センター」サイト内資料「企業立地促進法
基本計画」より作成
104
同意書交付を行った
企業立地促進法同意基本計画数と地域提案型雇用創造促進事業採択計画数は、開始年も
計画の性質も異なるため、単純に両者の数を比較することにあまり意味はないが、どちら
かがより多い地域、どちらとも多い地域、少ない地域といった傾向から、地域ごとの雇用
に関する取り組みを比較することができる。
企業立地促進法同意基本計画が多く、地域提案型雇用創造促進事業採択計画が少ない地
域は兵庫県がそれぞれ 10 と 1、長野県が 9 と 1 であり、茨城、新潟、岐阜、愛知も企業立
地促進法同意基本計画数が多く、地域提案型雇用創造促進事業採択計画数が少ない。これ
らの地域はいずれも若年労働力の需要が多く、若年労働力移動はバランス型ないし流入型
で、新潟以外は産業が製造業型の地域である。
地域提案型雇用創造促進事業採択計画が多く、企業立地促進法同意基本計画が少ないの
は、鹿児島、沖縄、青森、高知、福岡、大阪、島根といった地域である。これらの地域は
大阪を除いて若年労働力の需要は悪く、若年労働力は流出しており、第三次産業主体の地
域が多い。
双方の計画ともに多いのは、北海道、長崎、岩手、愛媛であるが、北海道は若年労働力
はやや流出しており、求人は中程度で、第三次産業型、長崎は人口は若年労働力がやや流
出しており、求人は不調、産業は第三次産業型、愛媛は若年労働力はやや流出、求人は中
程度、産業はその他である。この 3 地域は共通するところがない。
双方の計画ともに少ないのは、東京、奈良、山口が双方 0 個で、他に山梨、静岡、香川、
神奈川、富山になる。これらの地域は産業タイプはばらばらだが、若年労働力の流出が多
いわけではなく、若年労働力の需要の状況も悪くはないという地域である。
おおよそ、若年雇用の状況の良い地域に企業立地促進法同意基本計画が多く、芳しくな
い地域に地域提案型雇用創造促進事業採択計画が多い傾向がある。企業立地促進法同意基
本計画は 2007 年から開始したものであるので、この計画によって 2007 年までの地域の雇
用の増大がもたらされたわけではない。すでに製造業を中心とした活発な雇用が可能であ
るような、産業を支える環境が整った地域だからこそ、新たな大規模雇用創出を伴う企業
立地の計画を策定することが可能だったと見るべきだろう。また、若年雇用の不調な地域
に、より雇用創出規模が小さく、既存の農林水産業との連携を意識することの多い地域雇
用創造推進事業による計画が多いのは、新規雇用の伸びが他地域より鈍い地域で、その地
域に可能な雇用創出を模索したためだと思われる。しかし、新規の雇用創出が少なく、ま
た観光業など安定した就業につながりづらい業種も多いことから、こうした地域の若年雇
用の状況を改善するには力不足といった感が否めない。
若者の雇用を中心とした地域格差に対して、これらの地域の雇用政策は順調に目的が達
成されたとすれば、すでに新卒雇用の好調なところで新規の雇用が大規模に生まれ、新卒
雇用の不調な地域でも、新規雇用は創出されるものの、十分な数は供給されないことにな
る。すると、地域の新規求人の差は広がり、労働力需要の少ない地域から多い地域へと若
者の移動が増えることになると考えられる。
5
まとめ
2002 年から 2007 年にかけて、全国的・全年齢的に雇用の状況が回復し、落ち込んでい
105
た有効求人倍率は 1 倍を超え、失業率も低下した。しかしながら、2002 年時点でより雇用
状況がましであった地域ほど有効求人倍率・失業率ともに大きく好調に向かい、雇用状況
がより厳しかった地域は回復から取り残された形となり、地域間の雇用状況の格差はむし
ろ拡大している。この格差は、地域の製造業が強いか否かに大きく影響されており、製造
業が強く求人が多い地域と、そうでない地域の差が、失業率にも明瞭に現れている。
若年者の高校新卒雇用についても、2002 年から 2007 年にかけて求人の地域間格差は拡
大し、大都市とその近郊を除いて製造業の影響が大きい。求人面での地域格差の拡大に対
して、若年失業率の面では格差は縮小の傾向にある。これは、労働力需要の乏しい地域か
ら労働力需要の活発な地域へと、就業のために移動する若者が増えたことによるものであ
る。全国的に雇用の冷え込んでいた 2002 年では、自分のいる地域が相対的に仕事のない地
域であったとしても、他の地域にも潤沢に仕事があるわけではないため、地域に留まる若
者が多かったのに対して、2007 年では求人の少ない地域から多い地域への移動が増加した。
この労働量移動によって、地域間の失業格差が縮小したと考えられる。
労働力移動、労働力需要、求人の内容から、若年雇用に関する地域の類型化を図ると、
労働力が流入し、労働力需要が非常に好調で、大都市型の第三次産業が活発なタイプが東
京、大阪、京都にあたり、同じく労働力が流入し、労働力需要が非常に好調で、製造業の
集積するタイプが愛知になる。労働力移動ではバランスからやや流出型で、労働力需要が
好調なタイプは東海・中部・北陸に多く、労働力移動ではやや流出から流出型で、労働力
需要が不調、産業が第三次産業型であるタイプは沖縄、九州、中国地方、四国、北東北と
いった地域があたる。
こうした地域の若年雇用動向の差がある状況で、地方自治体によって作成された地域雇
用の計画として企業立地促進法による基本計画と、地域雇用開発促進法に基づく地域雇用
創造推進事業がある。企業立地促進法によるものは、より広域で大規模な雇用創出を図る
もので、自動車・機械などの製造業が多く、地域雇用創造推進事業によるものは、より単
独の自治体による、小規模な雇用創出を、観光や農林水産業と連携する食品・特産物の開
発や人材育成を通じて図るものが多い。若年雇用の状況の良い地域に企業立地促進法同意
基本計画が多く、芳しくない地域に地域提案型雇用創造促進事業採択計画が多い傾向があ
り、計画が順調に進んだ場合、地域の雇用動向の差も拡大するものと思われる。
しかしながら、本稿執筆中の 2008 年秋から、世界経済の急速な後退とともに、日本の製
造業では急激な人員縮小が始まっている。全年齢での雇用の回復と同様に、2007 年の若年
雇用における求人の地域格差と、就職のための若者の地域移動には、製造業の影響が大き
かった。こうした製造業の効果の影響もあってか、企業立地促進法による大規模な雇用創
出計画は製造業を中心とするものだった。しかしそのため各地の自治体で始まったばかり
のこの地域雇用政策は、見直しを迫られる可能性が高くなった。こうした状況の中で、若
者には地域移動により、家族や同級生などのサポートやネットワークと離れた者が増えて
いる。このような若者への支援も不可欠な政策となるだろう。
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構.
107
若年者における介護労働とキャリア形成
―ある若年介護労働者の語りを事例に―
石田健太郎
(明星大学)
1
はじめに
本稿では、これまで伝統的な女性職とされてきた介護職員の中でも、とりわけ若年の介
護労働者の問題に焦点をあてる。
介護労働が伝統的に女性に向いた職業とみなされてきたことはその労働対象が、愛情や
家族連帯といった規範(媒介メディア)によって動機づけられることで、それが家族成員
相互のあいだでの資源配分のもと、これまでそれが女性によってなされてきたという意識
に根ざしている。こうした意識は、現在、介護労働者のおよそ7割のものが従事している
在宅サービスの制度化過程において、それに重度な利用者の身体的ケアが行為対象として
付け加えられてきたにもかかわらず、女性役割や家事役割と一体化し、主婦・パート・ボ
ランティアといった人々をその担い手として編成されてきたことによっても水路づけられ
てきたものであろう(cf:森川 1999)
。また、統計的にみても介護労働は、その従事者のう
ち 8 割という多数を女性が構成しており、職種別にみても施設介護職員のうち 8 割弱が、
訪問介護員のうち 9 割が女性によって占められているという現実からも、ピンクカラージ
ョブというイメージが強化されてきている。
このように女性が大半を占める介護労働市場は、介護保険制度の施行された 2000 年以
後、2006 年現在までの間にその従事者数を約 55 万人(2000 年)から、およそ 2 倍の 117
万人規模へと増大させている1。そして、今後ますます進展する高齢化社会においても、そ
の労働力需要の拡大は継続していくことが見込まれている。昨今の経済不況の中でもその
1
介護労働従事者数の伸びについては表 1 を参照のこと。
表 1 介護労働従事者の推移
表2
[厚生労働省「介護サービス施設・事業所調査」より作成]
108
職業別有効求人倍率(パートタイムを含む常用)
[厚生労働省「一般職業紹介状況」より作成]
求人動向は、職業別の有効求人倍率(2008 年 12 月現在)から見ても2、全体の職業のそれ
が 0.72 となっている中で、「社会福祉専門の職業」は 1.91 となっており、現場における人
手不足感と政策課題としての人材養成・確保に対する危機感は大きなものである。
介護労働市場が、介護保険制度の施行以降、急激に拡大してきた比較的新しい労働市場
であるということは、従事者の平均年齢や勤続年数といった基本的な属性を大きく規定し
ていると考えられよう。福祉・介護サービス分野の離職率が 20%を越えていることを考慮
しなければならないため単純にはいえないが、介護労働者の平均年齢は、施設介護職員の
場合で 36.0 歳(勤続年数 5.1 年)
、訪問介護員で 43.8 歳(勤続年数 4.8 年)と、他の産業
と比較して若く経験年数の短い労働者によって担われている(全産業の平均年齢は 41.0 歳
(勤続年数 11.8 年)
)3。このような状況の中、2007 年には、「社会福祉事業に従事する者
の確保を図るための措置に関する基本的な指針」
(いわゆる人材確保指針)が、介護ニーズ
の増大とその質的変化や、福祉・介護サービス分野の現場における人手不足感を背景に、
..........
1993 年に定められて以来 15 年ぶりに見直されている。そこでは、
「就職期の若年層を中心
...
とした国民各層から選択される職業となるよう、他の産業分野と比較して適切な給与水準
..................
の確保等の労働環境の整備の推進や従事者のキャリアアップの仕組みの構築とともに、国
家資格等を取得するなどの高い専門性を有する従事者には、その社会的評価に見合う処遇
が確保され、従事者の努力が報われる仕組みの構築等」(社会福祉の動向編集委員会
2008:129)を行うことが課題とされた4。
こうした中、介護労働者の待遇改善のため 2009 年度介護報酬改定は、介護保険法施行
後初のプラス改定(+3%)となった。また、2008 年度 2 次補正予算の中でも介護人材対
策予算が 1680 億円計上され、さらなる待遇改善のための措置が図られようとしている。厚
生労働省が、本改定で意図した待遇改善の仕組みづくりとしては、①負担の大きな業務、
②介護福祉士の配置割合など従事者の専門性、③人件費の地域差等に着目しウェイトづけ
た介護報酬の分配である5。本稿に与えられた課題からここで言及すべき点は、③の地域区
分ごとの報酬単価が見直されたことにある。見直しの根拠としてあげられたのは、地域別
2
3
2000 年 4 月以降の求人動向は表 2 を参照のこと。
介護労働者の基本属性についてはつぎの表3を参照のこと。
表 3 介護労働者の基本属性(短時間労働者を除く)
[厚生労働省『平成 19 年賃金構造基本統計調査』より作成]
4
福祉・介護サービスの取り組むべき具体的課題としては、①労働環境の整備の推進、②
キャリアアップの仕組みの構築、③福祉・介護サービスの周知・理解、④潜在的有資格者
等の参入の促進等、⑤多様な人材の参入・参画の促進、の 5 点に整理されている。
5
介護報酬のプラス改定が待遇改善に実効性を持ってつなげるための今後の課題として、①
待遇改善状況検証、②サービスの質の評価指標の検討、③サービスの効率化の検討、④介
護事業経営字たち調査など調査手法の設計、調査結果の検証、⑤補足給付、介護サービス
情報の情報公表制度の検討をあげている(福祉新聞 2009/1/12)。
109
の収支差率や給与費割合、看護・介護職員の一人当たり給与が、特別区とその他地域との
あいだで差が生じているといった点である(たとえば、1 ヶ月の平均実賃金では、東京都
(265,375 円)と宮崎県(185,507 円)では 1.4 倍の差がある)
(厚生労働省 2008/10/9)。本
改定の意図とそのための審議においてこうした地域差は、縮小されるべきものとしてでは
なく、むしろ、介護労働者の待遇改善を地域の実情を踏まえた取り組み、という政策的な
レトリックの中で、差をつけることが当然のものとして課題とされていた。
以上のような介護労働者とそれを取り巻く現状を踏まえて本稿では、若年の介護労働者
がキャリア形成の過程で経験する課題がどのようなものなのかという点について、文献研
究と筆者による聞き取り事例から検討することにしたい。これらの検討を通じて若年介護
労働者が、個別のライフコースの中で、いかに生活を不安定化させる要因をコントロール
しつつ、キャリア形成を展望しようとしているのかについて考察する。
先行研究の検討
2
2.1
介護労働の諸課題
家族による高齢者の扶養は、経済的・身体的・精神的扶養の 3 つの側面から成り立って
いる。このうちのどのような側面を介護労働の担い手が分けもつかは、その社会でのケア
分配のあり方によって変化する。ここではフォーマルに介護を担う介護労働者を考察の対
象としているから、その行為範囲はつぎのように定式化することができる。制度レベルに
.............
おいて介護職員によって遂行される介護労働とは、
「専門的知識及び技術をもって、身体上
......
又は精神上の障害があることにより日常生活を営むのに支障がある者につき心身の状況に
.....
応じた介護を行い、並びにその者及びその介護者に対して介護に関する指導を行うこと」
と定義される6。また、その概念の変遷からは、医療的行為から分節化された医療的ケアと
生活援助行為をその行為群としてあげることができる(石田 2009)。
扶養の 3 つの側面は、介護労働の定義を考える手がかりだけでなく、介護労働に特徴的
な諸課題を端的に示してくれてもいる。第一に経済的側面の課題とは、ケアの受け手にと
っては、サービス購入のための経済的負担の問題であり、一方のケアの与え手にとっては
経済的評価の問題と言える。このことはエスピン・アンダーセンが、サービス経済化が福
祉レジームにもたらすジレンマとしてあげた「雇用増加ゼロか劣悪な職か」
(Esping-Andersen 1999=2000:164)という二者択一の問題として考えることができる。一
つの選択肢は、サービス経済化の拡大によって、サービス部門における雇用(それによっ
て社会全体における雇用)を増大させる。ただし、それには低技能・非熟練サービスの拡
大を伴い、社会の中に大規模で劣悪な雇用を生むことにつながる。もう一つの選択肢は、
雇用の質を重視することで熟練・専門職を再生産する。ただし、この場合、社会全体とし
ての雇用増加は見込めない(cf:森川 2004:83-89)。介護を社会化・可視化した介護保険制
度の施行は、まさに、家族の無償のケア負担を軽減するための「代替」の一般化であり、
増大するケアワーカーという劣悪な雇用(社会的評価・賃金の相対的な低さ)によって支
6
社会福祉士及び介護福祉士法第 2 条 2。
110
えられている。
第二に身体的側面の問題とは、ケアの受け手と与え手の間にある相互の不可避な暴力の
問題である。天田城介によれば、ケアの受け手と与え手のあいだには「
〈老い衰えゆくこと〉
の根源的暴力性と〈ケア〉をめぐる根源的暴力性という二重の暴力性」
(天田 2004:19)が
あるという。また、暴力という言葉をもちいずとも身体的側面の問題とは、身体接触にか
かわる介護技術的な問題とセクシュアリティの問題ということも出来よう。ケアの与え手
にとってはトランスファーや入浴介助といった直接介護は、重労働であり身体への負担、
とりわけ腰への負担が大きくなる。また、セクシュアリティの側面からは、ケアの与え手
が男性であるならば、
「女性にとって、構造上、①いやがられる(性的意味が付与されてし
まうため)
、もしくは、②好まれない(事務的、冷たい、情緒的意味がこもっていない)
」
(山田 1992:11)といった問題に、その一方でケアの受け手が男性であるならば、女性介
護労働者へのセクシャルハラスメントといった問題が浮上する。こうした理由から現場で
は、同性介護が原則とされる7。
さいごに精神的側面の問題とは、ケアが二者関係によって営まれる場であるがゆえに「感
傷と悲哀の問題の固有の場」
(Simmel 1908=1994:95)となることによって生じる。つまり、
感情労働の問題である。渋谷望は、ケアの与え手が「顧客によるマネジメント」とクライ
アントへの自己の一体化によって、労働者としての社会的アイデンティティを維持するこ
とが困難化することを指摘している(渋谷 2000)。ケアは、二者関係であるがゆえに、与
え手と受け手との間の信頼関係に強くコミットしている。ケアの与え手は、自らの感情に
働きかけることで〈労働〉を顧客であるケアの受け手への〈配慮〉に変換し、サービスの
質を担保する自発性を引き出すのである。それゆえ感情労働は、十全に商品化されえない
し、愛情やヴォランティアといった価値と絡まって社会によって〈動員〉される。また、
天田によれば、ケアの現場では「いま−ここ」の状況におけるケアの受け手と与え手の相
互の行為や感情に触発され、
「意図せざる結果」としてそれまでとは全く異なった感情が表
出されることを指摘している(天田 2004)。こうした感情の表出は、固有の生の豊潤な差
異の現れの契機であることも、老いとそれにともなった病気や障害による自らの身体のま
まならさへの、やり場のない激しい怒りの契機ともなる。介護職員は、こうした二者関係
を否応なく引き受けざるをえず、ケアは困難なものとなる。
2.2
介護労働は特殊な労働か?
介護労働がピンクカラーであることは、1.はじめにで確認したように統計的にも確認さ
れるが、いったいそうした介護労働とは特殊な労働なのだろうか。
介護労働は、再生産労働論と福祉労働論の二つの視点から論じられることが多い。再生
産労働論は、
「家事労働」がそうであったように「介護」を再生産費用の分配問題として捉
えることで「介護労働」とする。そうすることで私事化されていた介護を可視化し、また、
社会化してきた。また、それによって不払い労働であった介護労働を対価が支払われるべ
7
性的嫌がらせについては、
「性介助」の問題も含めて考察する必要がある。具体的な性的
嫌がらせの問題については、篠崎 2008 を参照のこと。篠崎によれば、42.3%のものが利用
者から性的嫌がらせを受けた経験をもつとしている(訪問介護員 41.4%、
施設職員 44.2%)
。
111
きものとし、またその値段(賃金)の高低を論じることを可能とした。
福祉労働論もまた介護労働を、医師や弁護士、看護士と行った他の専門職と同様の「専
門性のある労働」とすることでその価値を引き上げようと努力してきた。専門性の証しは
体系的な知識であり、それには技術や行為の類型化と標準化(内容・手順・手続き・方法)
が必要となる8。介護福祉士の制度化は、資格化によって個別の行為者が専門性を備えてい
ることを公的に担保し、それを社会的に評価するに値すると位置づけることで、処遇改善
の正当性を論じようとする側面を持ったものであった9。
けれどもこれら二つの視点からは、今のところ介護労働の値段を上げる有効な手立てを
見いだすことは出来ていない。むしろ、これら議論とは異なる地平で介護労働の値段が低
い理由が「発見」されている。ケアの値段が安いのは、なぜか。それはケアが、結局は、
「
『女の仕事』と考えられているから」(上野 2006b:116)であり、また、「社会的に低く
しか評価されていない」
(阿部 2007:101)からである。問題は、ケアの女性性でも専門性
でもなく、ケア労働の「男性化」と「社会的地位の向上」なのであると10。
8
副田による専門職の要件は、①体系的理論、②権威、③コミュニティのサンクション、
④倫理綱領、⑤文化である(副田 1987)。また、天野はピンクカラーを取り巻く問題状況
の検討には、エツィオーニやウィレンスキーらが提起する準専門的職業という概念の導入
が有効としている(天野 1972)
。
9
ただし、先にもふれた介護報酬改定議論の中で介護労働は、その専門性の測定が困難で
あるとされ、資格の保有者数の配置状況を専門的な介護が提供されているかどうかという
基準の代替として定められることが言及されている。
10
上野千鶴子と阿部真大による主張の共通する点は、①ケアがパターナリズムに陥りやす
い場であり、絶対的な非対称的な関係がそこにはあること、②そしてそれを回避し、徹底
機にケアの受け手の側に寄り添った立場に立つこと、③ケア労働者の専門性を〈剥奪〉す
ることで、ケアの受け手と与え手の間の関係に専門家支配の構図を生み出さないような言
説を展開すること、④その上で初めて、ケア労働者がケアを引き受けることができる程度
の生活を保障するにはどうしたらよいか、といった形で議論が組み立てられている点であ
る。そこには、ケアの受け手の権利が保障された上で、初めて、ケア労働者の権利が保障
されるという、当たり前のようでいて、専門家支配とはまた異なった新たな従属関係を生
じさせるような言説が潜んでいるように思われるし、専門家支配の構図を回避するために
既存の専門職論への批判の契機の場があるにもかかわらず、それを見逃してしまっている
ようにも思われる。
たしかに阿部が指摘するように、「
『専門性』への希望がケアワーカーたちの過酷な労働
条件の解決を先延ばしにする『言い訳』として使われてしまう可能性があり……『専門性』
をリジットなかたちで確立してしまうと、利用者の主体性を奪うものになりかねない」の
だろう。しかしそれが、本当に「現段階では『専門性』はないと言うことが、戦略的に有
効なのだろう」という判断の根拠になるのだろうか(阿部 2007:86)。阿部がこのような判
断をした根拠には、前田拓也による議論がある。けれどもその前田の議論にしてもそれは
自己決定できる障害者への介助の経験から一般化された援助観であり、また、切り出され
た個別の行為に対する技術の習得に留まった専門性の議論となっている。ケアの専門性に
関しては、社会福祉学がこれまで蓄積してきた援助技術における専門的援助関係の原則と、
112
このようにケアを女性性や専門性といった介護労働の特殊性の問題をいったん括弧入れ
することによって、何が可能となるのか。それは、素朴に介護労働者の処遇の状況を、経
営の問題、あるいは、雇用管理の問題として位置づけて論じることにある。佐藤博樹は、
「介護分野の法人や企業の雇用管理や報酬管理などの人事管理に求められる基本的な考え
方は、他の産業のそれと異なるものではない」と明言し、
「経営管理の一翼を担う人事管理
として達成すべき課題とその方法を理解した上で、人事管理の具体化に取り組むことが介
護分野の法人の課題になる」としている(佐藤 2008:177)
。そして、人事管理が実現すべ
き課題とは、
「法人がその事業活動に必要とする介護サービスの充足にあり、
その実現には、
従業員の就業ニーズの充足、さらにはサービス需要と就業ニーズの調整にかかわる労使関
係の調整と安定化」
(佐藤 2008:194)を行うことにあるとした。さらに、従業員の定着率
の向上や能力開発、意欲の維持向上のための環境整備を直接に担う現場の管理職が、上述
のような人事管理機能を担えるようにするために、従業員の定着率の向上が必要であると
している。こうした定着率向上の仕組みとして佐藤は、訪問介護における現場の管理職で
あるサービス提供責任者の能力開発上の役割と能力開発促進型の報酬管理の処遇制度を例
示している11。
2.3
介護労働者のキャリア
佐藤が論じたように、介護労働者のキャリア形成には「保有している職業能力を的確に
把握し、育成が求められる職業能力との差を埋めるために必要な能力開発の機会を提供す
ることが求められ……能力開発意欲を引き出すためには、能力開発への取り組みや職業能
力の伸張を評価し、それを何らかの報酬に反映させる能力開発促進型の報酬管理が必要」
(佐藤 2008:195)である。このような佐藤によるキャリア形成の提起は、介護職に就いて
以降のキャリアに段階とそこでの課題を設定するという方法によって具体化される。
キャリアの段階とそこでの課題設定という点を、佐藤の例示よりも、もう少し長い時間
幅で見てみよう。教師のキャリア形成について検討した山崎準二は、教職に就いて以降の
段階を、①新任期:リアリティ・ショックからアイデンティティの確立へ、②中堅期:ラ
イフコースの分岐と交差(教職生活 10 年以降、30 歳代から 40 歳中ごろまで)
、③管理職
期:実践家からの離脱化と管理職としての新たな実践創造、の 3 つに区分し検討を行って
いる(山崎 2002)。そこでは教師の力量形成には、単に教師としての職場生活、教育実践
の経験だけでなく、地域や社会、家庭、社会・政治情勢、教育政策等の多様な要因が複合的
それに基づく詳細な分析と実践の積み重ねが必要であろう。この点に関しては稿を改めて
論じたい。
11
佐藤による職能等級制度の例は、つぎのようになっている。
表4 職能等級制度の例示
[出典:佐藤博樹 2008:194]
113
に働いていることが指摘されている。介護労働が、伝統的な女性職であることや、
「ワーク・
ライフ・バランス支援が、人材確保や従業員の仕事への意欲を引き出すための『新しい報
酬』となった」(佐藤 2008:195)現在、山崎が教師のキャリア形成において上記のように
指摘したように介護労働者のキャリア形成も、単に介護労働者としての職場生活や、介護
実践の経験だけを考慮して検討を行うことはできない。
ある若年介護労働者の語りにみるキャリア形成戦略
3
3.1
インタビューの概要
つぎに本節では、ある地方都市に在住する男性の若年介護労働者(X さん)の語りを詳
細に読み解くことから、若年介護労働者がキャリア形成過程で経験する課題がどのような
ものなのかという点について検討することにしたい。その際、これまでの文献研究から明
らかにしてきた介護労働に特有の 3 つの諸課題が、キャリア形成過程の経験全体のなかで、
どのように語られているのかを個別事例に即して記述するとともに、そこから読み取るこ
とのできるキャリア形成戦略を明らかにすることを試みる。
なお、今回取り上げるインタビューは、8 人の介護労働者を対象に、どのようなキャリ
ア形成の仕組みがあったならば、職場に定着することができるのか、その好事例の収集を
目的に行ったインタビューの一部である12。インタビューは、2007 年 9 月から 2008 年 3 月
にかけて断続的に実施した。
後で見るようにXさんへのインタビューは、これまでの転職経験が自己のキャリアを能
動的に形成した結果として意味づけて語られていたことから、今回行ったインタビューの
中でも最も興味深いものであった。また、伝統的な女性職とみなされ、実際に女性が多数
を占める介護労働者の中において、男性がキャリア形成の過程を語った事例であったとい
う点で、男性介護労働者が介護労働市場から退出せずにキャリアを継続していった場合の
一つのロールモデルとして分析することからも、重要なものと位置づけることができる13。
なによりも、こうしたインタビュー事例の検討は、今後の介護労働の男性化を考察する契
機となる。以下では、Xさん自身の語りを引用しながら、いかに転職とそれを通じた学習
をキャリア形成という成果に結びつけたのかを見ていく。
12
インタビューでは、介護労働者のキャリア形成について検討するために、以下にあげる
項目をメモしていた。①社会福祉実践上の経験、②自分にとって何らかの意味のある職場
への赴任、③職場内での優れた人物との出会い、④職場外での優れた人物との出会い、⑤
職務上の研修・研究活動、⑥職務外の研修・研究活動、⑦組合などの団体内での活動、⑧
社会的活動への参加、⑨地域への関心の広がり、⑩福祉界の動向、⑪社会問題や政治情勢
など、⑫職務上の役割の変化、⑬個人および家庭生活における変化、⑭その他(保正友子・
鈴木真理子・竹沢昌子 2006)。
13
先行して筆者の行った介護労働者へのヒアリングにおいても男性介護労働者は、結婚を
機に他の業種へと(男性ブレッドウィナーモデルの維持のために)転職を強いられている
との声も聞かれた。
114
3.2
X さんのキャリア
X さんは、インタビューを行った 2007 年 9 月、30 歳になったばかりの在宅福祉サービ
スに携わる男性ケアマネージャーであった。筆者の「X さんご自身がどういったキャリア
を積んできたのかをうかがいながら、
(キャリアアッップしていく仕組みづくりの)話を聞
けたらいいなと思いまして(以下括弧内は、補足)
」という問いかけから始まったインタビ
ューにおいて、Xさんは次のように自分のキャリアを語ってくれている。
私は、高校卒業してすぐに働き出し始めましたので、学歴というものは本当に高卒と
いう形なんですが、まああの福祉にはもともと興味がありまして。今はもう(祖父は)
亡くなっていますが、もともと私が社会人になったくらいから、やっぱり介護を要す
るというか。まあそのような状態になってしまって。そういうところで介護・福祉と
いうところにすごく興味が出てきて、その職としても、福祉の方の道をというような
ところことで、進みだしてきたんです。まあ、そうですね 10 年くらいですかね。福祉
にかかわりだして。10 年くらいになるんですけれども。で、一応、最終的な私の目標
ではないですけれど、夢っていうようなところで。自分でね、ちょっとこう、事業を
していきたいと。やっぱり気持ちがあってですね。で、そのためには、じゃあ何が必
要かっていうところで、働きながら取れる資格は取ったり、まあそれが経験できるも
のであれば、あらゆる職場で、体験してみたいという気持ちもあったので。病院と、
施設にもいろいろあるんですけれど老健って呼ぶ、俗にいうんですけれど、老人保健
施設と特別養護老人ホームって特養、特養っていうですけど、特養と実は(現在の職
場まで)3 箇所、渡り歩いてきているんですね。
Xさんは、高校を卒業した当初は、介護以外の仕事についていた。けれども、祖父が要
介護状態になったことをキッカケに、介護労働者としてのキャリアをスタートさせている。
現在の仕事である在宅福祉サービスのケアマネージャーになるまでには 10 年の歳月を経
ている。Xさんの歩んできたキャリアは、介護労働者として働き始めてから 3 度の転職を
経ることで作られたものであるが、後に「面接なんて行くと 2∼3 年で変えていますけど、
どうしてですか?みたいな話があるんですよ」といった発話にみるように頻繁に転職を繰
り返すことは、一般的には否定的に捉えられがちなものである。
けれども、こうした見方にも「自分としては納得のいく異動をしていますからね」や「今
やっている……仕事にも生きていますし。実際に最終的に自分でやっていきたいっていう
ふうな気持ちもあったので」として、将来、取り組んでゆく「夢」の成功に向けたステッ
プとして進行してきたことを語りの中で提示している(サクセス・ストーリー)
。
介護労働者の経済的評価の問題について考えた場合、こうした語りは一つのロールモデ
ルを提起してくれている。前節でみたように介護労働者のキャリアにおいては、キャリア
をスタートさせて 4 年が経ち、生活援助と身体介護のいずれも完璧にこなせるようになる
とベテランとしてみなされる。そして、それに指導能力が加わることによって介護主任や
サービス提供責任者などの現場の指導者となる。
3.3
感情労働とキャリア
115
Xさんは、自らのキャリアを「自分の意思で動きましたよね」というように資格の取得
や、多様な経験を積むことが出来るよう能動的に形作ってきている。そのため、介護福祉
士の資格やケアマネージャーの資格も経験年数などの条件を満たした段階ですぐに取得に
取り掛かっている。また、仕事自体にも、つぎのように懸命に取り組んでいる。
で、まああの病院にしても施設にしてもですね、年齢は関係ないんですよ。あの、と
にかくそのやる気とかですね、もちろん資格も大事ですけれども、やる気・資格・技
術ですね。あと年齢っていうのは逆に若い方、若さがあるほうを逆にある程度この期
待していただいているか、そのようなところのようなアレがあったんですね。
このようなXさんの姿は、阿部が描き出したような、専門性ではなく、労働量が多いケ
アワーカーが職場で評価されるといった構図を思い起こさせる(cf:阿部 2006)
。X さんの
場合、こうした「評価と年齢」の意味づけは、介護保険制度の開始直後の拡大期にあった
こともあり、現場における介護主任というポストまでは、比較的容易に上昇していったた
め、当初は、肯定的な意味づけがなされている。しかしながら、こうしたXさんの「評価
と年齢」が関係がないことによって支持されてきた仕事へのやる気も、その一方で、やは
り再び「評価と年齢」が関係づけられることによって、壁にぶつかる。
だけど、みんな働く周りの人は年齢上の人たちなんだけど先頭立ってやってたりした
んですよ。だけどやっぱりこういう縦関係のところ、年齢関係のところっていうのは、
まあ、どんなにもともとキャリアを積んでいたりとか、資格があったりとかしても、
上の人っていうのは年齢がやっぱり高くなっていかないとっていうところがあって。
こうした地位の上昇の頭打ちは、また、賃金上昇の面とも複合し、介護労働者のキャリ
ア形成にとって大きな影響を与える。賃金構造基本統計調査によれば、介護労働者(福祉
施設職員(男性))の平均賃金は、年収に換算して 322.5 万円となっている。年齢階級別に
これを見た場合、50 代半で平均年収額のピークを迎えるまでの間、40 代後半を除いて一貫
してそれは上昇する傾向にあり、
他の労働産業とほぼ同様の上昇傾向を描くことがわかる。
けれどもそうした賃金上昇は、20 代後半から他の産業と比較して見た場合、低い水準に抑
えられており、その上昇幅も小さなものとなっている14。
14
[表 5
年齢別(男) (女)
平均年収の推移]
116
このような壁にぶつり、管理職への上昇が見込めず、キャリア形成をする余地があまり
ないことを知ることでXさんは介護労働の現場から、介護サービスの給付をマネジメント
するケアマネージャーへとその軌道を微修正することになる。Xさんのこうした管理職へ
の上昇が見込めないというような「読み」は、以前の職場で一緒に働いていた同期(入社
も年齢)の友人との対比によって語られる。
施設の時に一緒だった仲間が、今もその施設で働いていますけど、10 年くらいになり
ますよね。10 年近くになりますよ。だけどそのねぇ、なんだろう。彼よりも自分のほ
うが、はるかにいい経験をしているなっていうの正直に思うんですよ。見ていたとこ
ろも、もう視野がぜんぜん違うと思っていますよね。その施設で 10 年ずっと働くって
いうのもやっぱりこう周りからの目もいいしね。もちろんなんだろう。ね、キャリア
アップっていう面であればね。そこでステップアップしていくことも給料も上がって
いくんでしょうしね、いいと思うんですけど。ただ全体的な福祉を学ぶっていう面で
あれば。そういう人脈とかね。面では、ああいい経験してきたなって、今でもよかっ
たなって思えるし。だからこそ事業を開設っていうようなところまで来れているのか
なぁなんて、思いますけれどもね。
女性の生涯学習を活用したキャリア形成の事例検討を行った大槻奈巳は、
「学習を通した
『スキル・アップ』による人的資本の拡大、およびそれを形にすることは必須であり、そ
こにネットワークの要因が加味されることによって、職業的キャリア形成に至る」と指摘
している。これは、人的資本と社会的資本(ネットワーク)の相互の結びつきが、キャリ
ア形成につながる「成果」を生み出すことを示すものであり、上記の語りもXさんもまた
同様に、同じ職場に居続けるのではなく、転職することによって(そしてそのための資格
取得や勉強・研修会に参加することによって)
、広い視野と福祉全般の学び、人脈をつくっ
てきたことを示している。ネットワークへの接近可能性という点については、また別の語
りから、介護労働に特徴的な要素を読み取ることが出来る。
筆者:
(職場を辞めてしまうと)
ネットワークがまた少し切れちゃうんじゃないですか。
Xさん:いや、そんなことないです。あのY地域のケアマネ連絡会をやっている……
Y地域のそういうサービスをしているケアマネージャーたちが集まってこういろいろ
勉強会してたりだとか……(この地域の)市町村のケアマネージャーの人たちってい
うのは、すべて顔見知り名わけです。
このエピソードから読み取れることは介護労働者、とりわけケアマネージャーの場合、
転職活動や資格取得活動といった能動的な活動に加えて事業所外の活動へと参加する機会
がケース会議や上記のような地域単位の連絡会が設置されていることが多く、構造上、キ
ャリア形成の資源となるネットワークへの接近可能性が担保されている。
[厚生労働省「賃金構造基本統計調査」より作成
117
3.4
腰痛と視覚的特徴としてのジェンダー
Xさんが、介護労働者としてのキャリアから、ケアマネージャーへとそのキャリア形成
を微修正した背景には、もうひとつ、身体接触にかかわる介護技術的な問題があった。
やっぱりね、大変な部分はありましたよね。仕事している中ですごい思いがけないと
いうか。そうですね、介護なんていくら好きでがんばるって言っても、やっぱり一歩
間違えば。僕も一回、腰を痛めたんですよ、腰を痛めて。もう本当に。ヘルニアまで
は行かなかったんですけど。本当にぎっくり腰みたいな感じですよね。あの、やっぱ
りそういう状態の重い方なんかをね、移乗介助するときなんか。やっぱり男だからっ
ていって周りからは。うんあのー、まあ助かるなんて、結構、頼られるんですけど。
それをこう無理してね、やっていくとね。ほんとね。負担かかっちゃうんですよね。
でもそれで本当に腰痛めちゃったりしたら、それでパーですもんね。ほんとに。だか
らそういう所まで考えてなかったです。まったくね、正直。そういうとこが怖いなっ
て思ったし。あとは、そういう。そうですね、だからそういう所は、甘いのかなって
思いましたよね。
好きだとか、やる気とかっていうような気持ちのところはあっても。
ここに見られるのは、介護主任として後輩や新規参入者への指導能力を身につけたXさ
んのようなベテランでも、常に「腰痛」という問題を抱える危険性と隣合わせにあるとい
う事実である。
介護労働者にとって腰痛を初めとした健康面に関する悩みや不安、
不満は、
常に上位にあがる。たとえば、介護労働安定センターによる「18 年度介護労働者の就業実
態と就業意識調査」の回答率をみるとそれは「賃金の低さ」
(40.3%)と「休憩の取りにく
さ」(31.4%)に次いで 3 番目に高くなっている(30.1%)。
また、上記の語りからは伝統的な女性職における男性介護労働者のよくみられる位置づ
けが、読み取れる。ケア労働の男性化の諸相を論じた矢原隆行によれば、男性ピンクカラ
ーはその職場において、彼らの持つ視覚的特徴がもたらす「役割のカプセル化」(cf:矢原
2007)によって起こる性別役割分業を経験するという。矢原の議論は、こうした職場にお
ける「トークン(少数派)」の困難を論じることについで、その優位性を指摘することに主
眼がある。それは、「ガラスのエスカレーター」
(Williams 1995)と呼ばれるメカニズムに
よって男性ピンクカラーが優先的に管理的仕事につくため、より高い地位と賃金を得るこ
とにつながっているという指摘である(矢原 2007)。
こうした職場における優位性は、X さんの事例の場合、明確には述べられていなかった
が、次のような語りから、そうした「トークン(少数派)」としての困難性を経験すること
で、別な意味での動機づけをえる機会となっている。
それでその福祉を始めた頃って……いうのは、やっぱりそこまでっていうのはないで
すね。考えられないですよね。やっぱり。ただ、やっぱり性格なんでしょうね。性格
がこう、なんか自分でっていうところが。強い、強いというか。自分だったらこうす
るっていうようなところがあるんだけれど。その割には、こういう組織の中であんま
りモノが言えないですけれどね。まあ年齢的にも一番下だったりとか。男が一人だっ
118
たりとかするとねぇ。
その思いを殺しちゃったりとかね。そんな自分が嫌なんですよ。
そう、だからいつまで経ってもなんだろう、このもどかしさっていうかね。これをも
ちろん思ったことは言ったりとかしますけれども。とはいってもやっぱりどこかこう
ね。全部、発揮できない自分がいたりするんでね。絶対早い段階で自分でね。もうや
っていこうっていう。気持ちにはなってますよね。
4
おわりに
以上にみてきたように本稿では、文献研究と筆者による聞き取りデータを用いながら、
若年介護労働者の個別のキャリア形成過程で経験する課題について検討を行ってきた。以
下に本稿での考察をまとめる。
介護労働は、伝統的女性職とよばれ、2000 年以降急激にその担い手を増加させてきた。
その増加した多くの担い手は、若年の経験年数の短い労働者であり、政策的にもその新規
参入が期待されている。地域比較という観点からは、法で定められた一律の介護サービス
の給付が普遍的になされるという前提ではあるが地域の実情を踏まえ、介護報酬上のウェ
イトづけを大きくすることが決定された。それは、実際の介護労働者の給与が地域によっ
て最大 1.4 倍のひらきがあることが根拠とされた地域差であったが、こうした地域差は縮
小されることなく、介護労働者の待遇改善を行うという目的のもと容認された。
介護労働の諸課題と特性、それに対応したキャリア形成に関する文献研究からは、つぎ
の 3 つの点から検討することが必要であることを指摘した。第一に、個々の介護労働者が
キャリア形成の過程において経験する介護労働に特徴的な課題としては、2.1 介護労働の
諸課題での検討から、①経済的評価の問題と、②身体接触にかかわる介護技術的な問題と
セクシュアリティの問題、③感情労働の問題、の 3 つの点を考えることができる。第二に、
素朴に介護労働者の処遇の状況を、女性性や専門性といった特殊な労働の問題と捉えるの
ではなく、経営の問題、あるいは、雇用管理の問題と位置づけて論じることである(2.2)。
さいごに、単に介護労働者としての職場生活や、介護実践の経験だけを考慮して検討を行
うのではなく、地域や社会、家庭、社会・政治情勢、教育政策等の多様な要因が複合的に働
いているという認識のもと、介護労働者のライフコースを研究することである(2.3)。
インタビュー事例の記述からは、転職とそれを通じた学習をキャリア形成という成果に
結びつけた語りをみた。そこでは、転職を繰り返す中で、現場の介護労働者から、介護主
任、ケアマネージャー、そしてさいごには、介護事業所の経営に至るまでのXさんの提示
したサクセスストーリーが記述された。こうしたストーリーは、介護労働市場から退出せ
ずに、ふみとどまる男性介護労働者にとっての一つのロールモデルとして見ることが出来
るものであった。ただし、こうしたサクセスストーリーも、介護労働市場の成長の鈍化と
効率化を迫られる介護事業経営という趨勢から、また、経営者が他の管理職と同様に限ら
れたポストであることを考慮すれば、別のロールモデルを蓄積していく必要がある(3.2)。
また、キャリア形成には、地域や社会、家庭、社会・政治情勢、教育政策等の多様な要因に
よって複合的に形成されるが、それを行為者レベルで見れば、人的資本と社会的資本(ネ
ットワーク)の相互の結びつきが必要であるが、介護労働分野の場合、そうしたネットワ
ークへの接近可能性は、介護労働者の場合、転職活動や資格取得活動といった能動的な活
119
動、それに加えて事業所外の活動へと参加する機会が構造上、担保されているのである
(3.3)15。そして、伝統的女性職である介護労働において確かに、男性労働者はトークン
としての位置づけをその視覚的特徴によって与えられており、それによって介護労働に従
事する上でのリスクを負っているといえる。ただしこうした位置づけも先行研究からは、
管理的ポストへの「ガラスのエスカレーター」として機能することも指摘されており、女
性労働者に比較して優位性を保持しているとされる(3.4e)
。
[参考文献]
阿部真大,2007,
『働きすぎる若者たち−−「自分探し」の果てに』日本放送出版協会.
天田城介,2004,
「感情を社会学する」
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石田健太郎,2006,「ホームヘルプ労働の教育制度と相互行為場面についての考察−
−実践の
中で「熟練者になる」ことを学習する−
−」福祉社会学研究 3.
――――,2009,「高齢者ケア領域における医療と介護をめぐる問題に関する一考察
−
−
ケア分配のあり方と介護労働の再編成について−−」
『社会学研究紀要』29.
垣内国光,2009,
「さまよえる現代のケアをこえて」『現場がつくる新しい社会福祉』かも
がわ出版.
保正友子・鈴木真理子・竹沢昌子,2006,
『キャリアを紡ぐソーシャルワーカー』筒井書房.
松本勝明・笹谷春美・森川美絵・宮崎理枝,2008『介護者の確保育成策に関する国際比較
研究 厚生労働科学研究費補助金 政策科学総合研究事業(政策科学推進研究事業)平成
19 年度総括・分担研究報告書』
.
森川美絵,1995,
「在宅介護労働の制度過程-初期(1970 年代∼80 年代前半)における領域
設定と行為者属性の連関をめぐって」
『大原社会問題研究雑誌』No.486:23-39.
森川美絵,2004,「
「ケア・ワークの評価」論の視座−−欧米における研究の検討−−」『人文
学報社会福祉学』20:65-103.
大槻奈巳,2004,
「なにが『成果』をもたらしたのか−−生涯学習をいかしたキャリア形成」
国立女性教育会館『女性のキャリア形成支援に関する調査研究報告書』.
齋藤曉子,2007,「介護保険制度下における家族介護の現状−−国民生活基礎調査から−−」
『高齢者ケア政策の展開とケアリング関係の再編』.
佐藤博樹・大木栄一・堀田聡子,2006,
『ヘルパーの能力開発と雇用管理』勁草書房.
佐藤博樹,2008,
「ケアの人事管理」
『ケアを実践するしかけ』岩波書店.
笹谷春美,2000,
「
『伝統的女性職』の新編成−−ホームヘルプ労働の専門性−−」木本・深澤
編『現代日本の女性労働とジェンダー−−新たな視角からの接近−−』ミネルヴァ書房.
渋谷望,2000,
「魂の労働−−介護の可視化/労働の不可視化−−」
『現代思想』28 巻 4 号.
Simmel, Georg., 1908, SOZIOLOGIE. Unter suchungen uber die Formen der Vergesellschaftung,
Duncker & Humblot, Berlin,(=1994,居安正訳『社会学−−社会化の諸形式についての研究
15
ただしこうした点は、石田 2006 で指摘したように、直行直帰型のホームヘルパーや特
定の施設の中に閉じこもってしまう介護労働者、職場の他の成員や利用者を援助するうえ
で必要なさまざまな情報や資源にアクセスすることが制度的に制限されている場合もある
(石田 2006)。
120
(上)−−』白水社)
篠崎良勝,2008,
『介護労働学入門』一橋出版.
上野千鶴子,2006a,
「ケアの社会学 第二章 家族介護は『自然』か?」
『at』5 号太田出版.
上野千鶴子,2006b,
「ケアの社会学 第四章 ケアとはどんな労働か?」
『at』5 号太田出版.
矢原隆行,2007,
「男性ピンクカラーの社会学−−ケア労働の男性化の諸相−−」
『社会学評論』
58(3):343-356.
――――,2007,
「学校から職業への移行の変容」堀有喜衣編『フリーターに滞留する若者
たち』勁草書房.
山崎準二,2002,
『教師のライフコース研究』創風社.
[参考文献]
介護労働安定センター,2008,
『介護労働実態調査』.
厚生労働省,
『賃金構造基本統計調査』各年版.
121
若者の移行過程における大学経験
―「下位校」大学の学生を中心に―
児島功和
(東京都立大学大学院)
1
はじめに
本稿は,若者の移行過程において四年制大学がどのように経験され,意味づけられてい
るのかを,全国規模の量的調査,東京という高学歴化が進んでいる地域で行なった質的調
査にもとづき,明らかにする試みである.主な分析視角としては,入試偏差値を指標とす
る入学難易度を採用したい.なかでも本稿では,入学難易度の階層構造のなかで最も低い
私立大学の「下位校」に注目する 1).
1990 年代半ば以降,日本社会における若者の教育経歴は大きく変容した 2).この時期
まで新規高卒者のうち最も大きな割合を占めていたのは正規就職者であったが,大学進学
者数・進学率が急上昇するとともに,従来であれば進学しなかった層が大学教育を受け,
新規大卒労働市場に参入するようになったのである.次節で詳細を述べることになるが,
大学進学者数・進学率の上昇の背景としては,新規高卒労働市場の大幅な縮小,18 歳人口
の減少,従来の学力試験のような形態以外での入学経路の増加などがあげられる.マスメ
ディアなどを中心に「大学全入時代」といわれるのは,上記のような事情を背景としてい
る.
本稿では若者の大学経験に注目するが,とりわけ入学難易度の低い大学に注目する理由
は,従来であれば進学しなかった層が相対的に多く吸収されたのが当ランクの大学だと考
えられるからである.それら大学の少なくない割合で学力による入学選抜を行なうことが
困難になっており,これら大学の学生層は,
「基礎学力の水準だけでなく,大学教育に対す
る期待や進学動機,大学での学習活動や学業以外の大学生活への取り組み,卒業後の職業
志望やキャリア意識など,さまざまな側面においてかつての学生層とは質的に異なってい
る可能性が高い」
(小杉編 2007:19).すなわち,彼ら彼女らの大学経験に注目することは,
1990 年代半ば以降の若者の教育経歴の変容,移行過程の変動の内実を捉えるうえでの鍵に
なると考えられるのである.
次節以下の構成は,次のとおりである.2 節では,本稿にとっての基礎的情報となる新
規高卒者をめぐる動向と大学の「入り口」状況について概観したい.3 節では,量的調査
の結果にもとづいて,大学進学者の背景について示す.4節では,同じ量的調査にもとづ
き,入学難易度別に大学生の大学経験について詳細にみていく.5 節では,東京という地
域を対象とした質的調査の結果から,
「下位校」大学進学者の経緯・経験について触れてお
きたい.終節となる 6 節では,本稿の議論を整理し,今後の課題を提示する.
122
2
新規高卒者をめぐる動向と大学の「入り口」状況
本節では,大学生にとっての大学経験をみていく前に,その前提となる新規高卒者をめ
ぐる動向と大学の「入り口」状況を確認しておきたい.
文部科学省『学校基本調査』によれば,大学進学率は,1960 年代半ばから 1970 年代前
半にかけて急上昇したが,その後 1990 年代半ばまでは 25%前後で安定的に推移していた.
しかし,1990 年代半ばになって再び上昇傾向に転じ,現在では新規高卒者の約 50%が大学
に進学している.新規高卒者の進路としては,1992 年まで正規就職者の割合が最も高かっ
たが,1993 年以降は大学進学者割合が最も高くなっている(図表 1)
.なお,短大・専修学
校(専門課程)進学率は,2007 年 3 月卒業者では前者 6.7%,後者 16.8%となっており,
いずれもその割合は近年低下傾向にある.端的に述べるならば,就職率の減少分が主に大
学進学に吸収されたといえよう.
図表1 新規高卒者の就職率と大学進学率
70
60
(%)
50
40
就職率
30
大学進学率
20
10
06
03
97
20
00
94
91
88
85
82
79
76
73
19
70
0
(年)
出所:文部科学省『学校基本調査』
1990 年代半ば以降の大学進学率上昇は,主に次の要因から説明できる.ひとつは,新規
高卒労働市場(正規雇用)の大幅な縮小がある.1990 年代前半までのいわゆる「バブル景
気」が終わり,企業は新規学卒採用を抑制する 3).そして,厚生労働省『高校・中学新卒
者の内定状況等』によれば,新規高卒求人数は 1992 年の約 168 万件をピークに 2004 年で
は約 22 万件と激減,求人倍率も 1992 年で約 3.3 倍,2004 年では約 1.3 倍と低下する(図
表 2)
.
123
図表2 新規高卒求人数
(人)
1,800,000
1,600,000
1,400,000
1,200,000
1,000,000
800,000
600,000
400,000
04
03
02
01
99
20
00
98
97
96
95
94
93
92
91
90
89
19
88
200,000
0
(年)
出所:厚生労働省『高校・中学新卒者の就職内定状況等』
上記以外の要因としては,入学定員の抑制策放棄という文教政策の転換,大学数の増加,
従来のような学力試験以外での多様な入試形態の増加があげられる.
1990 年代前半,団塊世代の子どもが大量に高等教育進学該当年齢に達することが予測さ
れ,政府は進学競争の激化が社会問題化するのを防ぐため,1980 年代半ばに 1970 年代半
ばから続けてきた入学定員抑制策を放棄,量的拡大を容認する.2002 年には,都市部での
大学・学部新設の「歯止め」となっていた工場等制限法も廃止された(天野 2002,2007).
結果,入学定員増員は容認されたものの,18 歳人口減少期をむかえ,学生納付金に運営
費用の多くを依存しているわが国の大学は「生き残り」をかけて学力試験以外の入試形態
を増加させ,現在では私立大学入学者の半数近くが一般入試形態以外で入学している(西
井 2007).学費など入学後にかかる諸費用を一定負担することさえできれば,大学進学は
かつてと比較してはるかに容易になり,従来であれば進学しなかった層を受け入れるよう
になったのである.また,大学数自体が右肩上がりであることも,こうした状況を促進し
ている(図表 3)
.
図表3 大学数
900
800
700
600
500
400
300
200
100
(年)
出所:文部科学省『学校基本調査』
124
08
06
04
02
98
2000 96
94
92
90
88
86
84
82
80
78
76
74
72
70
68
66
64
62
1960
0
本節の議論を要約しよう.
「バブル景気」終焉とともに新規高卒労働市場が大幅に縮小,
それまで新規高卒者の最も割合の高い進路先だった正規就職への道が困難になる一方で,
18 歳人口が減少の一途であるにもかかわらず大学数は増加,従来のような学力的な選抜と
は異なる入試形態も増加する状況になり,大学進学者数・進学率が急上昇したのである.
しかしながら,こうした状況によって,若者の教育経歴・人生経路が一律に変化したわけ
ではない.当たり前のように大学進学へと水路づけられていた,相対的に学力の高い層に
対してよりも,従来であれば進学へと「加熱」されることなく就職していたと想定される
層,すなわち学力的に低い者の教育経歴・人生経路に対してより大きな影響を与えている
といえよう.また,先行研究でも指摘されているように,こうした学力的な高低が出身階
層と深く結びついているということも重要である(樋田ほか 2000).
大学進学者の背景
3
前節で示したことを主な要因として,1990 年代半ば以前であれば進学しなかったと考
えられる層が大学教育を受けるようになる.本節では,入学難易度ランク別,なかでも下
位校での大学経験をみていくまえに,各ランクの大学進学者の背景を,筆者がかかわって
いる量的調査の結果から確認しておきたい 4).
3.1
出身階層
ここでは,各入学難易度ランクの大学にいったいいかなる層が入学しているのかを,親
学歴・父親職種を指標とした出身階層から確認しておきたい(図表 4・5・6).母親職種を
扱わないのは,明確な違いがみえなかったことを理由とする.なお,父親の職種は,調査
対象者が 18 歳時点でのものである.
図表 4
入学難易度ランクと父親の学歴
高等専門
中学校
上位校
度数
%
中位校
度数
%
下位校
度数
%
合計
度数
%
高校
学校
四年制大
専門学校
短期大学
学
もともと
大学院
いない
合計
0
16
2
1
1
58
7
0
85
0.0%
18.8%
2.4%
1.2%
1.2%
68.2%
8.2%
0.0%
100.0%
7
47
7
8
3
89
3
0
164
4.3%
28.7%
4.3%
4.9%
1.8%
54.3%
1.8%
0.0%
100.0%
3
33
3
11
2
39
3
0
94
3.2%
35.1%
3.2%
11.7%
2.1%
41.5%
3.2%
0.0%
100.0%
10
96
12
20
6
186
13
0
343
2.9%
28.0%
3.5%
5.8%
1.7%
54.2%
3.8%
0.0%
100.0%
125
図表 5 入学難易度ランクと父親の職種
管理・専門・ 事務・販売・サ 技能・保安・生
技術
上位校
度数
%
中位校
度数
%
下位校
度数
%
合計
度数
%
ービス
産工程
自営業
合計
52
18
7
5
82
63.4%
22.0%
8.5%
6.1%
100.0%
87
32
21
10
150
58.0%
21.3%
14.0%
6.7%
100.0%
37
20
17
7
81
45.7%
24.7%
21.0%
8.6%
100.0%
176
70
45
22
313
56.2%
22.4%
14.4%
7.0%
100.0%
図表 6 入学難易度ランクと母親の学歴
高等専門
中学校
上位校 度数
%
中位校 度数
%
下位校 度数
%
合計
度数
%
高校
学校
四年制大
専門学校 短期大学
学
大学院
その他
合計
0
19
1
14
28
24
1
0
87
0.0%
21.8%
1.1%
16.1%
32.2%
27.6%
1.1%
0.0%
100.0%
2
56
5
23
40
40
0
0
166
1.2%
33.7%
3.0%
13.9%
24.1%
24.1%
0.0%
0.0%
100.0%
2
31
3
9
24
21
1
1
92
2.2%
33.7%
3.3%
9.8%
26.1%
22.8%
1.1%
1.1%
100.0%
4
106
9
46
92
85
2
1
345
1.2%
30.7%
2.6%
13.3%
26.7%
24.6%
0.6%
0.3%
100.0%
入学難易度ランクと親学歴との関係では,入学難易度が高いほど親学歴も高く,高等教
育経験者が増加していく傾向がうかがえる.特に母親学歴以上に父親学歴の違いが顕著で
ある.上位校の学生の場合,父親学歴が大卒である割合は 68.2%であるのに対して,下位
校学生の場合は同割合が 41.5%にとどまっている.また父親学歴が高卒では,上位校 18.8%,
下位校 35.1%となっている.
次に,入学難易度ランクと父親職種との関係では,
「管理・専門・技術」と「技能・保
安・生産工程」で顕著にその違いがうかがえる.各ランクに共通して「管理・専門・技術」
割合が最も高くなっており,上位校では 63.4%,下位校では 45.7%となっている.
「技能・
保安・生産工程」だと,上位校では 8.5%にとどまっているのに対して,下位校では 21%
をしめている.
以上のことからわかるのは,同じ「大学生」というカテゴリーであっても,親学歴・職
種を指標とする出身階層からみたとき,大きな違いがあるということである.たとえば本
稿で着目している下位校では,入学難易度の高い大学の学生層よりも親の高等教育経験割
合が少なく,かつ父親職種では「技能・保安・生産工程」割合が高いといった特徴があっ
126
た.
3.2
出身高校
出身階層以外にも重要だと思われるのは,どのような高校を経由してその大学へと進学
したのかということである.
「クラスでの(大学・短大)進学希望者割合」からみていきたい(図表 7)
.
「ほとんど
全員」
「7∼8 割ぐらい」と回答した割合を合算すると,上位校 93.2%,中位校 80%,下位
校 42.6%となる.
「ほとんど全員」だけを取りだしてみても,上位校 78.4%,中位校 50%,
下位校 27.7%となり,上位・中位・下位という順番に,大学・短大進学希望者割合がはっ
きりと少なくなっていくことがわかる.特に上位校・中位校と下位校との違いは顕著であ
り,下位校の大学生は大学進学が当たり前とは言いがたい学校環境のなか,進学したこと
がうかがえる.
図表 7 入学難易度ランクと(高校在学時)大学・短大進学希望者割合
ほとんどい 2∼3割ぐ 4∼6割ぐ 7∼8割ぐ ほとんど全
ない
上位校
度数
%
中位校
度数
%
下位校
度数
%
合計
度数
%
らい
らい
らい
員
合計
0
2
4
13
69
88
0.0%
2.3%
4.5%
14.8%
78.4%
100.0%
6
7
21
51
85
170
3.5%
4.1%
12.4%
30.0%
50.0%
100.0%
2
20
32
14
26
94
2.1%
21.3%
34.0%
14.9%
27.7%
100.0%
8
29
57
78
180
352
2.3%
8.2%
16.2%
22.2%
51.1%
100.0%
学業と人間関係からみた大学経験
4
本節では,前節と同じ量的調査の結果にもとづき,学業に関連するものと人間関係に関
連するものという二点から,入学難易度ランクごとの大学生にとっての大学経験をみてい
きたい.
4.1
学業
まず学業に取りくむ姿勢をみていくと(図表 8),入学難易度ランク間で大きな回答傾向
の違いはみられず,総じて大学生は学業にまじめに取りくんでいることがわかる.
127
図表 8
入学難易度ランクと「学業に対してまじめにとりくんでいる」
とてもあて ややあては
はまる
上位校
度数
%
中位校
度数
%
下位校
度数
%
合計
度数
%
あまりあては まったくあては
まる
まらない
まらない
合計
28
38
20
2
88
31.8%
43.2%
22.7%
2.3%
100.0%
47
88
31
5
171
27.5%
51.5%
18.1%
2.9%
100.0%
25
49
19
1
94
26.6%
52.1%
20.2%
1.1%
100.0%
100
175
70
8
353
28.3%
49.6%
19.8%
2.3%
100.0%
大学生が自分の在籍している大学での授業・学業をどう感じているのか,学業に関連し
て大学をどのように意味づけているのかを,「とてもそう感じる」
「少しそう感じる」とい
う肯定的回答を合算して取りだしたものが,次のものである(図表 9).
図表 9
授業・学業関連項目と入学難易度ランク
上位校
中位校
下位校
①自分の進路について深く考え
る機会が得られる
81.8%
77.6%
76.0%
56.8%
64.7%
68.4%
52.2%
55.3%
64.2%
77.3%
65.9%
57.3%
②自分自身がつきたい職業につ
いて学べる
③社会生活を送る上で必要な知
識等が学べる
④社会生活には役立たないが興
味深い内容を学べる
「②自分自身がつきたい職業について学べる」
「③社会生活を送る上で必要な知識等が学
べる」
「④社会生活には役立たないが興味深い内容を学べる」では,上位校と下位校の間で
大きな違いがみられる.興味深いのは,職業生活との関連が深い②と③で入学難易度が低
くなるほど肯定率が上昇するのに対して,④のように狭義の意味での「教養」について問
うた項目では,入学難易度が高いほど肯定率が上昇するということである.
4.2
人間関係
学生にとっての大学経験を包括的に考察するためには,学業に関連するものだけでなく,
学生がどのような人間関係を生きているのかをみる必要がある.次に示すのは,先ほどと
同じように「とてもそう感じる」
「少しそう感じる」という肯定的回答を合算したものであ
る(図表 10).
128
図表 10
大学での人間関係Ⅰと入学難易度ランク
上位校
中位校
下位校
①居心地がよく安
心できる人間関係
が得られる
83.0%
75.8%
77.9%
86.4%
68.8%
63.1%
85.2%
75.9%
71.9%
②刺激を与えてく
れる人間関係が得
られる
③長く付き合って
いけそうな人間関
係が得られる
また,次は現在かかわっている人間関係全般について尋ねたとき,大学で築いた関係を
あげた者の割合である(図表 11)
.
図表 11
大学での人間関係Ⅱと入学難易度ランク
上位校
中位校
下位校
④遊びなどでいっしょに過ごすことが多い人
=同じ大学の人
82.4%
74.8%
70.8%
64.3%
52.9%
51.8%
81.5%
69.8%
59.8%
69.1%
52.8%
48.2%
⑤いっしょにいると居心地がよく安心できる
人=同じ大学の人
⑥今の仕事や学校生活,また将来のことにつ
いてよく語り合う人=同じ大学の人
⑦困ったときに,必要なアドバイスや情報を
提供してくれる人=同じ大学の人
①では若干異なる傾向をみせているが(上位校>下位校>中位校),基本的には入学難易
度の高い大学に通っている学生ほど大学での人間関係を強め,入学難易度が低くなるほど
大学での人間関係が弱くなることがわかる.そして,下位校学生は他ランクの学生と比較
したとき,生活の「足場」となる人間関係を大学での関係に置いていないといえる.
5
「下位校」大学生の進学経緯・大学経験
本節では,筆者のかかわっている質的調査から,2003 年 3 月に東京都の下町にある普通
科「底辺校」である B 高校を卒業し,
「下位校」大学へと進学した川本裕と平川信一(い
ずれも仮名)の経緯と大学経験をみていきたい 5).
B 高校の進路構成は,就職が約 20%,大学・短大が約 10%,専修学校が約 10%,進路
未定が約 60%となっており,このことからも大学進学が二人にとって決して当たり前とは
129
いえない学校環境だったことがわかる.なお,二人はともに家族のなかで初めての大学進
学者となる(図表 12)
.
図表 12 「下位校」進学者のプロフィール
学部・学科
入試形態
父親の学歴
母親の学歴
親の職業
未確認(ただし父親は調理師免許をもっ
川本裕
福祉
公募推薦
高卒
高卒
ている)
平川信一
環境
指定校推薦
高卒
高卒
父:電力会社勤務/母:保育士
二人の大学進学にいたる経緯は次のとおりである.
川本は,高校入学までは卒業後には就職するものだと考えていたが,高校入学後に大学
進学を勧める伯母の助言を受け,進学を考えるようになった.高校 3 年間を皆勤,生徒会
役員を務めるだけでなく,成績もよかった(自己申告によれば,5 段階評定平均で 4.8)川
本の進路選択を支えるため,学校長までが出てきて助言をするということがあった.川本
は高校在学時のインタビューで次のように話している.
中学校の頃は高校出たらやっぱり就職のほうが自分には向いているのかなって思って
たんですよ.でも高校に来て考えが少し変わったんですよ.…就職がないっていうのも
あるんですけど,やっぱりいまは大学を出ておいたほうがいいのかなって,なんかそう
いうふうに考えて.
平川は,高校 1,2 年の時は卒業後に就職することを考えていた.漁師をしていた祖父
に憧れて漁業関係の仕事を考えていたためである.成績はオール「5」で無遅刻無欠席.そ
んな平川が大学進学へと希望進路を変更したのは,担任教師の勧めがあったからだった.
高校在学時のインタビューで彼は,次のように話している.
3 年生になってから担任の先生が,
「成績がいいから大学に行ってみれば」っていわれ
たんで,行ってみようかなって思って.…もうちょっと勉強をしてみたくなったんです
よ.…すぐ就職するんじゃなくて,ゆっくり探そうかなって,大学行こうかなって思っ
たんです.
以上のことからみえてくるのは,担任教師など高校教員からの勧めや働きかけが二人の
大学進学選択のうえで,重要な契機となっていたということである.これは,二人の出身
階層,学校環境を考えれば,小さくない意味をもっている.
それでは,進学後に大学はどのように経験されていたのかをみてみよう.二人はともに
「底辺校」出身であることもあって,入学前は大学の授業についていけるか不安に感じて
いた.しかし,川本は,大学 1 年次の前期試験の結果が自身の想像以上によかったことも
あり,また友人が出来たこともあって,特に問題なく大学生活をおくっている.
130
(入学前は大学の授業が)どうなるのかまったくわからなかったけど,授業はじまっ
てつまづいたりしてどうしようかなって考えてたんですけど,友だちがいて,なんとな
くいまだに続いているって感じですよね.
だが,平川の場合は,学業に関してだけでなく人間関係においても大変な困難を感じて
いた.平川は,大学 1 年次に行なわれたインタビューで次のように話している.
〔どういった所が慣れるのに時間かかった?〕勉強面が…やっぱ B 高校の学力から大
学の学力にあげるまで相当時間かかったんで…全教科ですね.やっぱ英語が一番あげる
のに苦労しました.1,2 時間は予習していかないとついていけないんで.…〔授業でい
ま一番楽しい授業というのは?〕ありません.
〔新しく出来た友だちとかは?〕なかなかまだできないっすよ.…大学の人って真面
目な人が多いんで,真面目な人とは合わないって感じ.
平川は,B 高校在学時に成績がオール「5」だったことからもわかるように,きわめて優
秀かつまじめな生徒だった.ここからは,下位校に進学するような学生層の学力的な困難
と大学「文化」に馴染めないという困難が示唆されているといえよう.ここでは平川の困
難のみを取りあげたが,それは彼だけが感じている困難ではない.B 高校の教員の言葉が
それを示している.「ただし,(大学進学させた)その子たちがじゃあ 4 年間,または(短
大)2 年間無事に卒業できているかというのは,やはりそうではなくって,基礎学力が足
りないままうまくラッキーに合格していますので,続いていってないというのが現状です」.
まとめ
6
1990 年代半ば以降,大学進学者数・進学率は上昇を続けている.このことは若者,なか
でもそれまでであれば大学進学以外の進路を歩んでいたであろう,学力・階層という点で
も相対的に低い若者の移行過程に大きな影響を与えたといえる.そして,本稿において「下
位校」学生の大学経験に注目することで浮かびあがってきたのは,こうした学生層が学業
や人間関係などの学校生活において,大学経験という新たな問題を抱えることになったの
ではないか,ということである.
今後の課題としては,本稿での議論をたとえば地域性,ジェンダーという視角から精査
することがあげられる.そして,文系就職希望者の就職活動・進路を調査した小杉礼子編
(2007)の知見によると,就職を希望している下位校学生の 27.1%が「内定なし」状況で
あるという,こうした進路問題と大学経験との関係性についても考察を深める必要がある
だろう.
[注]
1
本稿では,
「上位校(57 以上)
」
「中位校(56∼46)」
「下位校(45 以下)
」と分類した.
131
これは,入試偏差値を主な視点としてランクごとの学生の就職活動を考察した小杉編
(2007)との関連を意識してのものである.なお,分類には,代々木ゼミナール『2008
年度用大学入試ランキング』を用いた.
2
1990 年代半ば以降の若者の教育経歴の変容だけでなく,
〈学校から仕事へ〉の移行過
程の不安定化・変容を,1960 年代に成立した「戦後日本型青年期」の解体・変容とい
う視点から概観したものとして,乾(2002)を参照.
3
企業による新規学卒採用抑制の要因の考察としては,玄田(2001)を参照.
4
日本教育学会特別課題研究・「教育とキャリア形成に関する研究会」
(代表:乾彰夫)
が 2010 年度まで継続して行なう予定の第一回目調査「若者の教育とキャリア形成に関
する調査 2007 年度」
.調査対象としたのは,2007 年度に 20 歳の若者であり,回答者総
数は 1,687 名.
5
東京都立大学/首都大学東京の乾彰夫ゼミに参加しているメンバーを中心に,東京都
の多摩地区にある普通科「中位校」A 高校,東京の下町にある普通科「底辺校」B 高校
という二つの都立高校を卒業した若者数十人の移行過程を経年的に追っている調査で
あり,1 回目は調査対象者が高校 3 年次で 89 名,2 回目調査は 2003 年 10 月から翌年 3
月にかけて行なわれ,前回対象者のうち 51 名にその友人 2 人をあわせた 53 名,3 回目
調査は 2005 年 10 月から翌年 4 月にかけて 39 名に対して行なわれた.調査の主な成果
としては,乾ほか(2003,2005,2006,2007),児島ほか(2008)がある.
[文献]
天野郁夫,2002,
「高等教育の構造変動」『教育社会学研究』70:39-57.
――――,2007,
「『全入』時代の意味するもの」『IDE 現代の高等教育』491:5-11.
玄田有史,2001,
『仕事のなかの曖昧な不安――揺れる若年の現在』中央公論新社.
樋田大二郎・耳塚寛明・岩木秀夫・苅谷剛彦編著,2000,
『高校生文化と進路形成の変容』
学事出版.
乾彰夫,2002,
「
『戦後日本型青年期』とその解体・再編――『学校から仕事へ』の移行過
程の変容を中心に」『ポリティーク』3.
乾彰夫・上間陽子・木戸口正宏・椎林美樹・杉田真衣・竹石聖子・西村貴之・宮島基・芳
澤拓也・渡辺大輔,2003,「
『世界都市』東京における若者の〈学校から雇用へ〉の移行
過程に関する研究」『教育科学研究』20:1-92.
乾彰夫・新井清二・有川碧・杉田真衣・竹石聖子・西村貴之・藤井吉祥・宮島基・渡辺大
輔,2005,「 高校卒業 1 年目
を生きぬく若者たち――『世界都市』東京における若者
の〈学校から雇用へ〉の移行過程に関する研究Ⅱ」『人文学報』359:31-153.
乾彰夫編,2006,
『18 歳の今を生きぬく――高卒 1 年目の選択』青木書店.
乾彰夫・安達眸・有川碧・遠藤康裕・大岸正樹・児島功和・杉田真衣・西村貴之・藤井吉
祥・宮島基・渡辺大輔,2007,
「明日を模索する若者たち:高卒 3 年目の分岐――『世
界都市』東京における若者の〈学校から雇用へ〉の移行過程に関する研究Ⅲ」『教育科
学研究』22:19-119.
児島功和・中村(新井)清二・乾彰夫,2008,
「大学生の就職活動のインタビュー分析」
『人
132
文学報』396:41-65.
小杉礼子編,2007,
『大学生の就職とキャリア――「普通」の就活・個別の支援』勁草書房.
西井泰彦,2007,
「全入時代と私学経営」『IDE 現代の高等教育』491:27-35.
133
若者ホームレスの「中途半端な接合」をめぐって
渡辺 芳
(東洋大学人間文化総合研究所)
1
はじめに:問題の所在
現在,若者の危機が社会問題化されている.これまで,教育関係からの排除として,ひ
きこもりや不登校が取りあげられてきた.労働関係からの排除として,フリーター・ニー
ト問題として社会問題化している.
こうした若者の危機は,教育課程から労働市場へのスムーズな移行がたちゆかなくなっ
たことが背景にある.労働市場における有利な条件であった,若いということが,経験不
足あるいは訓練コストの要する労働力として読み替えられて,不利な条件を意味するもの
となった.
一方で,労働市場の構造転換により,サービス業を中心とした労働市場では,一部の管
理・マネジメント部門の専門職種の正規雇用のほか,非正規雇用を中心とするマニュアル
労働が求められている.そうした雇用環境の変化への対応から,非正規雇用が増加した.
特に,製造業の派遣労働の解禁によって,その勢いは加速したといえる.
このように,ポスト産業社会における若者の危機は,アイデンティティ形成の基点とな
る社会関係上の危機,特に教育や職業関係からの排除や不十分な参加として,表面化して
いる.
欧米ではそうした社会制度からの排除を社会的排除として取り扱い,排除された人々
を包摂する社会的包摂の政策が展開されている(宮本みち子 2002,岩田正美 2008)
.
本稿では,以上の問題意識を踏まえて,若者ホームレスの生活史の検討を目的とする.
若者の危機が,ホームレスという「社会的排除の典型事例」
(岩田正美 2008)と重なりあ
い,若者ホームレスという危機状況を迎えたとき,その当事者はどのようにそれに対処し,
その状況を乗り切っていこうとするのか.どのような出来事が彼らをホームレス状態に仕
立て上げていったのか.これらの問いを明らかにするために,①A市のホームレス支援に
関する状況を統計的に把握し,②筆者が行った聞き取り調査から,若者ホームレスの生活
史を検討することにしたい.
本稿で使用するデータは,A市のホームレスの就労支援を行うB施設の H19 年度実績に
よる.B施設利用者の統計分析については,筆者によるデータ・クリーニングを行ったた
め,公表されているデータとは一部異なる部分がある.インタビュー・データについては,
B 施設を退所した利用者に対する筆者の聞き取り調査に基づく.なお,本稿で用いる若者
ホームレスとは,
「18-34 歳までのホームレス」を指している.
2
ホームレスという「社会問題」
134
本稿では,ホームレスとは,
「慣習的な住居を喪失し,労働,家族,地域等の社会的ネ
ットワークから排除された人々」をさす.ホームレスは,1990 年代に公共空間で可視化さ
れた野宿者としてクローズアップされた.この野宿者をめぐる一連の対策は,かつての日
雇い労働者の野宿化(カテゴリーとしては,野宿労働者)に対する地域対策から,ホーム
レスの身体を,労働する主体として鋳造する自立支援へと,変化を遂げている(渡辺芳
2009)
.2000 年代以降は,社会的排除の一典型としてのホームレスを取り上げることが多
くなった.厚生労働省による調査をはじめとして,社会的排除の典型例としてのホームレ
スに関する調査は数多く行われている.
岩田正美は,社会的排除の究極的なありかたの,ひとつの事例として「路上ホームレス」
と「ネットカフェ難民」の存在を取り上げている.岩田は,社会関係への「参加」の機軸
になる「定点」の喪失に注目している(岩田 2008:59).ここで岩田のいう「定点」の喪失
とは,人の存在証明の基点になる「場所」の喪失をさしている.その意味で,ホームレス
状態とは,究極の社会的排除を示す「定点」の喪失を典型的に示すものである(岩田 2008:
60).
岩田は,路上ホームレスにいたる経路を整理するために,職業歴,住居歴を機軸として,
整理を行っている(岩田 2004,2008).職業を,安定(常勤職,自営,経営者),不安定(臨
時,日雇い),無職に分け,住居を,普通住宅,労働住宅,その他(ドヤ,ホテル,簡易宿
所)にわける.その経路ごとに,3つの類型を形成した1.
第一が,転落型,第二が労働住宅型,第三が長期排除型である(岩田 2008:65).特に,
第二の労働住宅型は,安定した住居を確保したとしても,労働を通してだけの社会への参
加であり(岩田 2008:74),社会的包摂の経路を労働のみに限定している.そのため,就労
先を喪失すると同時に,住居,家族,社会的ネットワークをも一気に失ってしまうことに
なる.
こうした社会的排除の形成の二つのパターンにわかれる.一つ目は,社会からの「引き
はがし」であり,社会のメインストリームに組み込まれた人々が,そこから一気に「引き
はがされて」
,定点を失うことをさしている(岩田 2008:75).これは,下降パターンを描き,
複合的要因のかさなりと,地域移動を伴うものであって,第一の類型の転落型が典型であ
る.
二つ目は,社会への「中途半端な接合」である.これは,メインストリームへの参加そ
れ自体を十分経験せず,途切れ途切れの不安定な就労が唯一の社会参加のチャンネルであ
るものである(岩田 2008:76-77).このタイプの社会的排除は,路上ホームレスになった
ことよりも,その長期の「中途半端な接合」状態が問題であって,
「この社会的排除の形は,
積極的な排除というよりは,部分的な社会参加に留まる状況が長期に継続していることの
問題性を示唆」している(岩田 2008:77).この類型は,第二の類型である労働住宅型が典
1
この類型に先行して,岩田は職業経験から観たホームレス類型(①安定型,②労働住宅型,
③不安定型)を構成した(岩田 2004).①安定型は,家族離別,アルコール問題,借金問
題等を重複して経験したうえでホームレスへといたったタイプ,②労働住宅型は,労働と
対になった住居を構え,雇用関係の喪失と同時に住居を失ったタイプ,③不安定型は,い
わゆる「高齢単身男性,日雇い労働者」というタイプである.
135
型であって,このタイプの排除は,「労働の場さえ確保できれば,
『労働者』として生きて
いけるために,
『中途半端な接合』は,本人からも社会からも容認されてしまう構造」を持
っている(岩田 2008:79).
ふたつの社会的排除のタイプは,年齢の異なる層から構成されている.
「引きはがし」
タイプは,社会のメインストリームに包摂された経験があり,
「中途半端な接合」
タイプは,
包摂された経験がない.若者は,非正規雇用の状態が長期間にわたって継続する場合は,
この「中途半端な接合」タイプに分類されることになる.したがって,若者ホームレスは,
「中途半端な接合」タイプの典型例である.こうした若者ホームレス状態へと至る背景に
は,家族問題が存在しており(林
真人
2006,岩田 2008),若者ホームレスに,就労問
題以外にも,問題やつまづきがあるのではないかと考えられる.
A市のホームレス支援の状況
3
3.1
A 市の支援状況
東京と横浜の 2 大都市圏のはざまにある都市であり,地理的には北部の新興住宅地から
南部の工業地帯に細長く続く.ホームレス問題の位相は,南部の日雇い労働者問題と,北
部のホームレス問題が混在し,いわば,日本のホームレス問題の縮図として,A 市の状況
を読み解くことが可能である.
A 市のホームレス対策は,南部の日雇い労働者の路上生活者化に対応して,食品現物支
給制度(通称パン券制度)が長く続き,それが終了した後,緊急一時宿泊施設,就労自立
支援センター,生活づくりホーム等の複数の施設が設置された.このほかに,生活保護制
度の利用は柔軟に行われ,民間施設も地域に点在し,比較的福祉資源には恵まれている(水
内俊雄・渥美清・蓬莱梨乃 2007)
.
3.2
A市のホームレス数とその類型
2007 年全国調査では,全国的にホームレス数が減っている(18,564 人,2003 年調査よ
り 6,732 人減少)のに対し,横浜とAは微増している.A市は 848 人(2003 年度調査で
は 829 人)である(厚生労働省 2007)
.
Aのホームレスの特徴は,3つに類型化される(川上昌子 2005:180-2).第一が継続的
に日雇いに就労している者(44.2%),第二が体力不足や日雇い仕事に不慣れなために,缶
拾いの仕事をしている者(44.4%),第三が,体力的に仕事ができず,仕事をしていない者で
ある(11.4%).
4.
B施設におけるホームレス支援
4.1
B 施設の利用者概況(表1)
A市での利用実績は,平成 19 年度で 381 名である.利用者は自立入所者と経過入所者の
二種類にわかれ,自立利用者(自立コース)は,安定した就労と住居の確保を目指して就
労支援を主にうけるコースであり,経過入所者(一時コース)は,疾病や障害などのため
に生活保護を受給するための待機で利用をする,あるいは年末の越冬対策で一時的に利用
136
するコースである.
表1
平成 19 年度利用者実数
入所
自立入所者
経過入所者
合計
4.2
232名
149名
381名
退所
175名
143名
318名
3月末現
在
(再利用年
度末まで
の退所者)
10名
8名
3名
3名
13名
11名
(再利用
者)
57名
6名
63名
野宿生活の期間と野宿生活期間(表2)
若年層ほど野宿期間が短く,
年齢が上昇するほど野宿期間が長くなる傾向にある.また,
野宿生活に至る要因は,いずれの年代層も仕事関連が最も多く,次いでその他の要因であ
る.実際は,野宿生活要因は,複数の要因が引き金となっていることが多いため,この統
計からは,失業による野宿化の背景にあるさまざまな要因を把握することが難しい.
年齢別に,野宿期間と野宿生活要因の関係についてみると,1日から 3 ヶ月未満の野宿
経験者は,仕事関連の要因によるものが最も多いものの,その他の要因については,若者
ホームレスの割合がやや高いことが伺える.一方,1 年以上の野宿経験者のうち,特に 51
歳以上の高年齢者が,仕事関連の要因によって野宿生活の状態に陥り,それが長期化した
とみることができる.
表2
野宿生活期間と野宿生活要因
野宿生活要因
仕事関連 健康関連 住居関連 金銭関連 その他
7
0
5
2
7
1日∼3ヶ月未満
33.3
0.0
23.8
9.5
33.3
5
0
1
0
6
3ヶ月∼1年未満
41.7
0.0
8.3
0.0
50.0
18-34歳
6
0
2
0
3
1年以上
54.5
0.0
18.2
0.0
27.3
18
0
8
2
16
合計
40.9
0.0
18.2
4.5
36.4
21
2
5
5
11
1日∼3ヶ月未満
47.7
4.5
11.4
11.4
25.0
10
4
2
3
3
3ヶ月∼1年未満
45.5
18.2
9.1
13.6
13.6
35-50歳
21
2
5
4
8
1年以上
52.5
5.0
12.5
10.0
20.0
52
8
12
12
22
合計
49.1
7.5
11.3
11.3
20.8
17
3
5
2
7
1日∼3ヶ月未満
50.0
8.8
14.7
5.9
20.6
9
0
2
3
2
3ヶ月∼1年未満
56.3
0.0
12.5
18.8
12.5
51-70歳
22
2
2
3
2
1年以上
71.0
6.5
6.5
9.7
6.5
48
5
9
8
11
合計
59.3
6.2
11.1
9.9
13.6
5以下のセルがあるため、検定除外
上段:実数、下段:百分率
年齢
野宿の期間
137
合計
21
100.0
12
100.0
11
100.0
44
100.0
44
100.0
22
100.0
40
100.0
106
100.0
34
100.0
16
100.0
31
100.0
81
100.0
4.3
B施設からの退所理由(表3)
A市のB施設は,安定した仕事と住居の確保をして,B施設を退所することを支援のゴ
ールに設定している2.施設退所者にたいして,「就労」,「福祉」
,「規則違反・無断退所」
の3つのカテゴリーで整理を行っている.一つ目の「就労」は,就職したうえでの,アパ
ートの確保,社員寮への入居,B施設別館への入居等をさす.二つ目の「福祉」は,生活
保護,市内の他施設への移動,入院,死亡等をさす.三つ目の「規則違反・無断退所」は,
利用期限が到来した事による退所,自主退所,規則違反等をさす3.
18-34 歳のグループは,他の年齢グループと比較して,「福祉」,「規則違反・無断退所」
が多い.51-70 歳のグループは,「就労」で施設を「卒業」する割合が半数を占める.「20
代で自立した人は少ない」という職員からの聞き取りからも伺えるように,若者に対して,
安定した生活を送るにいたる支援ができていないといえる.あるいは,現行の自立支援ス
テムが,若者の問題に対して対応するには限界を抱えているともいえる.
表3
施設からの退所理由
退所理由
年齢
就労
福祉
規則違反・
無断退所
7
6
20.6
17.6
38
4
35-50歳
46.9
4.9
29
5
51-70歳
50.0
8.6
74
15
合計
42.8
8.7
5以下のセルがあるため、検定除外
上段:実数、下段:百分率
18-34歳
4.4
21
61.8
39
48.1
24
41.4
84
48.6
合計
34
100.0
81
100.0
58
100.0
173
100.0
退所後の就労と雇用(表4)
施設退所時の就労と雇用の状況についてみると,雇用形態については正社員よりもアル
バイトが多く,特に中高年層に多い.職種は,土木・建築関係と,A市の立地を反映して
製造業への就職が多い.清掃業への就職は,中高年層にみられるものの,若者層ではゼロ
である.清掃業が,日給月給と呼ばれる,出勤日数に対応した賃金体系をとり,収入が不
2
この理想的なゴールに到達した利用者は「卒業生」と呼ばれ,支援センターでは「卒業
生の会」が定期的に開催され,アフター・ケアが行われている.
「卒業生の会」は,卒業生
同士のピア・サポートの場となっている.
「卒業生の会」からの連絡がある人は,アパート
を自力で確保して住居を構える人であり,この「卒業生の会」への参加者は,中高年層が
主であって,若者は少ない.
3
規則違反による退所となった場合,再度の施設利用が出来なくなるため,職員は温情的に
自主退所扱いにする傾向がある.
138
安定であることから,若者層からは避けられていると思われる.一方,若者は,接客・販
売への就業の割合が高い(18-34 歳は約 28%,35-50 歳は約7%,51-70 歳は約5%).
表4
施設退所時の就労と雇用
雇用形態
正社員
アルバイト
0
2
建設・土木
0.0
100.0
1
3
製造
25
75
3
0
運送
100.0
0.0
1
3
販売・接客
25.0
75.0
職種
0
1
18-34歳
倉庫・流通
0.0
100.0
0
0
清掃関係
0.0
0.0
3
0
調理・飲食
100.0
0.0
0
1
その他
0.0
100.0
8
10
合計
44.4
55.6
3
7
建設・土木
30.0
70.0
6
20
製造
23.1
76.9
2
2
運送
50.0
50.0
0
4
販売・接客
0.0
100.0
職種
2
3
35-50歳
倉庫・流通
40.0
60.0
2
4
清掃関係
33.3
66.7
1
0
調理・飲食
100.0
0.0
2
2
その他
50.0
50.0
18
42
合計
30.0
70.0
2
3
建設・土木
40.0
60.0
8
8
製造
50.0
50.0
3
4
運送
42.9
57.1
0
2
販売・接客
0.0
100.0
職種
0
2
51-70歳
倉庫・流通
0.0
100.0
1
1
清掃関係
50.0
50.0
2
2
調理・飲食
50.0
50.0
1
2
その他
33.3
66.7
17
24
合計
41.5
58.5
5以下のセルがあるため、検定除外
上段:実数、下段:百分率
年齢
退所時の職種
139
合計
2
100.0
4
100
3
100.0
4
100.0
1
100.0
0
0.0
3
100.0
1
100.0
18
100.0
10
100.0
26
100.0
4
100.0
4
100.0
5
100.0
6
100.0
1
100.0
4
100.0
60
100.0
5
100.0
16
100.0
7
100.0
2
100.0
2
100.0
2
100.0
4
100.0
3
100.0
41
100.0
5.
事例:若者ホームレスの生活史から
本節では,B 施設を「就労自立」退所をしたふたりの若者ホームレスの聞き取り調査か
ら,ホームレスへといたる経過を追うことにしたい.ここで取り上げるふたつの事例は,
どちらもB施設を利用して,仕事と住居の確保をした 20 代の男性である(表5).ふたつ
の事例の共通性は,地域移動を経験していること,路上ホームレスの経験があること,施
設を利用して自立を達成していること,アパートを確保していること,施設退所後に就労
しているが非正規雇用であること,である.
インタビュー調査は,筆者の勤務するB施設で,退所直前の利用者にインタビューを依
頼し,施設退所後ないしは退所直前にインタビューを実施した.インタビューを実施した
場所は,施設以外の場所を設定した.インタビューに際して,録音機材とメモを用いて記
録を行っている.
表5
インタビュー対象者の生活状況
インタビュー日時
年齢(調査時)
出身地
家族関係
Dさん
2008.08.08
20代
関東
Fさん
2009.02.05.
20代
東北
父:技術者、地元大手メーカー勤務
父:土木業(日雇い)
母:看護師
母:製造(パート)
兄:技術者(勤務先は父と同じ)
姉1:製造業
姉2:派遣労働
17歳
母の就業
高校中退
首都圏への移動年齢 18歳
きっかけ
進学
学歴
専門学校中退
最長職:パチンコ店店員(正社員、首都圏) 最長職:倉庫作業(派遣、首都圏)
居住地域:首都圏→関東(親と同居)→首都圏
パチンコ店(正社員、寮、1年、首都圏)
→パチンコ店(正社員、自宅、1年、関
東)→スポーツショップ(アルバイト、自
宅、半年、関東)→パチンコ店(正社
員、アパート、4年、首都圏)→飲食店
(正社員、アパート、10ヶ月、首都圏)→
倉庫作業(アルバイト、車、3年)
路上生活の直接要因 借金、失業
職歴と住まい
住まいにしていた車の盗難
施設利用のきっかけ
施設利用後の就労
居住地域:首都圏
建設業(アルバイト、寮、3ヶ月)→パチン
コ店(アルバイト、寮→アパート→寮、2∼
3年)→製造業(派遣、寮、5年)→倉庫作
業(派遣、寮→姉のアパート→ネットカ
フェ、3∼4年)
解雇、住居の喪失、家族トラブル、借金
派遣先からの解雇
車の盗難届けを出した警察から福祉事 解雇後、路上生活を1週間送り、ホームレ
務所を紹介される。
ス施設に相談へ行き、福祉事務所を紹介
される。
倉庫作業(派遣、アパート)
清掃作業(アルバイト、アパート)
それでは,ふたりの生活史をたどりながら,ホームレスへと至る過程とその要因,施設
140
利用に結びついたきっかけ,社会関係についてみていくことにしたい.
5.1
家族関係
Dさんは北海道に生まれる.生まれつき心臓に持病がある.3 歳で北海道から関東に引
っ越し,以降,高校卒業まで同地で育つ.父は重工業メーカーの技術者,母は看護師であ
る.地元の中学卒業後は,近隣の地方都市にある工業高校機械科へ進学し,そこでいじめ
にあいつつも卒業し,
卒業後は医療関係の専門学校へ進学するため,
首都圏へと上京する.
工業高校へ入学したのは,技術者の父の影響であり,医療系専門学校へ入学したのは,看
護師の母の影響と自身の障害のためだという.
「父と兄は重工業メーカーの技術者で,母は看護師です.親も兄もすごくまじめ4.」
「工業高校へいったのは,ものいじりが好きで,機械が好きだったからです.父の日
曜大工の手伝いをしていました.それでだんだん興味を持って.」
Fさんは,父の仕事の関係で大阪に生まれる.小学生のとき,父が事業に失敗したため,
母の故郷である東北へと移動することになる.父母の仲は悪かったが,母と姉と F さんの
関係は良好であった.
F さん一家が,東北へ移動してからは,地元に仕事がないため,父は出稼ぎをするため
に首都圏へいくことになったが,父はギャンブル依存症であったため,仕送りが止まるこ
とが増えた.母は生活のために工場で働くが,生活に困窮し,生活費を借金に頼るように
なる.
Fさんが 17 歳のとき,
母の借金のため生活が破綻し,
Fさんは工業高校を中退した.
すでに,二人の姉は就職のために上京しており,それを頼って母とともに東京へ夜逃げ同
然の引越しをする.現在,秋田にいる親族,知人との連絡は取れない状態である.
「うちは貧乏で,だから携帯電話とか,高校のときもったことがなかった.家族の話
は,結構ヘヴィな話ですよ.
」
「父は大阪で土木の会社をやっていて,手配師みたいなことをしていました.仕事に
失敗して,東北へ夜逃げして,土木の仕事をしていました.いま東北でぜんぜん仕事
がないから,そこでもうまくいかないくて,首都圏へ出稼ぎに行ってそのままです.
自分が高校を辞めたくらいまで.」
5.2
学校生活
D さんは,高校は地元を離れて近隣の工業高校へ入学する.その後,首都圏の医療系専
門学校へ入学するが,学業不振で退学することになる.
4
インタビュー・データ内の[
]は,筆者による文意の補足,( )は,筆者の問いかけの
内容である.また,下線強調はすべて筆者によるものである.
141
「東京へ出てきて,スキー部にのめりこんでしまって,学校へきても部活しかやらな
くって.退学が決まって,
『親に申し訳なくなって』学校の寮から『夜逃げ』をしま
した.
」
D さんと同様,F さんも学校での人間関係が作れず,母とともに首都圏へ移動する際に,
退学をしている.移動する前からほとんど高校へは通わなくなっていたという.
「[学校は]面白くなかった.就職や仕事のことに疎かったから,目標はなかったです
ね.高校へ行ったら,中学時代の友人とも別れて,周りとあわなくて行かなくなった.
その時の趣味,なし.スポーツもなし.資格もなし.資格とかそういうことは,3年
生になってからなんじゃないですか.」
二人は,学業不振ないしは人間関係の要因によって,それぞれ学校を中退している.学
業の中退は,卒業から就職へという職業キャリアへのスムーズな移行をすることができな
いことを意味している.
5.3
住まいの移動
ふたりは,成長するにしたがって,住まいの場所を変えている.D さんは,北海道で生
まれ,親の転勤に伴って関東へ移動し,高校卒業後は首都圏へと進学のために移動した.
専門学校の中退後は,自身の手術のために一時的に家族のもとへ帰り,親元から出て再び
首都圏へと仕事のために上京している.ここまでの経緯は,ごく普通の若者である.
専門学校中退後は,一時期,親のもとへと帰ったほか,会社寮やアパート生活を送って
いる.借金のためにアパート生活が破綻したのちは,車のなかで寝泊りをしながら派遣の
仕事を続けていた.
一方,F さんは,大阪で生まれ,親の事業の失敗のため,東北へ移動した.高校中退後
は,母とともに首都圏へと移動をしているが,生活の経済的破綻が契機となっている.以
降は,出身地との関係は途絶えた.Fさんの生活の基盤は首都圏に住む,ふたりの姉と母
を中心に形成された.
首都圏へと移動した後,Fさんは派遣先の会社寮を転々とする.
仕事探しの優先順位は,
会社寮があることであり,仕事を失うと同時に住まいを失い,母と姉を頼って一時的に同
居し,また寮つきの仕事を探すことの繰り返しであった.
5.4
途切れ途切れの就労
Dさんは,学校の寮から「夜逃げ」をしたのち,パチンコ店に正社員として働くことに
なる.そこは知人からの紹介があり,寮があったことが決め手となった.その店で 1 年ほ
ど働いた後,持病の心臓手術のため,実家に帰ることになる.
「パチンコ店は体力的にきついイメージがなくて,寮もあって,知り合いの紹介が
あったから.給料もよかったし.高校から専門学校までアルバイトしたことがない
んですよ.」
142
Dさんは,心臓の手術が無事に成功し,実家からパチンコ店とスポーツショップで勤務
をした後,再び首都圏へと移動をする.そこでふたたびパチンコ店に勤務するが,退職を
してしまう.退職理由は,パチンコの仕事ではなく,他の仕事を探したかったから,とい
う.パチンコ店に勤めることは,年をとってからできる仕事ではないとDさんは考え,ま
ともな職に就きたかったという.
「親がうるさくて.実家にいづらかった.早く家を出たかった.全部自分で決めて,
首都圏へ出てきました.
」
「[パチンコ店の勤務は,
]年齢的にも歳を取ってからもする仕事ではなくて,ほか
の仕事を探したかった.上司とそりが合わないこともあって,当てもなく辞めて
しまいました.
」
Dさんは,パチンコ店をやめたのち,よく遊びに行っていた飲食店で厨房兼運転手とし
て,働くことになった.ところが,その店が倒産してしまい,パチンコ店勤務時から背負
っていた消費者金融への借金のため,アパート生活が破綻し,再び「夜逃げ」をすること
になる.Dさんは,自家用車に寝泊りをしながら,派遣で倉庫作業をして,生活をするこ
とになった.
Fさんの就労についての優先事項は,寮つきの仕事を探すというものであった.姉の知
り合いの紹介で勤めた土木関係のアルバイトを短期間でやめた後,彼のついた仕事は,パ
チンコ店,製造,倉庫作業など,派遣の仕事がほとんどである.長く勤めた派遣の仕事先
では,正社員になる話がでたものの,その当時,Fさんはネットカフェで寝泊りをしてい
たため,そのことを相談することができず,正社員になることもできなかった.そのため,
景気の悪化によって失業し,ネットカフェから路上へと生活の場を移動せざるを得なくな
る.
「[派遣で働いていた会社で]社員になればという話もあったけど,住所がないことを
隠して仕事をしていたから,相談してクビになるのが怖かった.うやむやにしていた
ら,会社の都合で切られた.
」
「ネットカフェに行く時点で,身分証明とかなかったから,アパートを借りることを
考えたことがなかった.
」
5.5
ホームレスになる直接的要因
Dさんは,失業と借金の返済が重なって,アパートから「夜逃げ」をし,自身の所有す
る車で生活をすることになる.Dさんはまじめな親の元で育ち,アルバイトをほとんどし
たことがなく,
「田舎から首都圏へ出てきて遊びたい」という気持ちがあり,また,パチン
コ店や飲食店の変則的な勤務から,遊ぶところが限られてしまう環境にあったこともその
理由のひとつであろう.
143
「借金を作ったのは,遊びすぎですね.知り合いと遊ぶのはキャバクラで,行けば楽
しいし.親はまじめで過保護だったから,高校まで遊んでいないんですよ.その反動
があるのかも.専門やめたのも,スキー部で遊んでばっかりいたからだし.
」
「パチンコ店に勤めていたときから,遊ぶところがなくて,社会人の知り合いがいな
くて.遊ぶってことは,パチンコ店の同僚とキャバクラやギャンブルをするというこ
とでした.それで借金作っちゃって.アルコールも飲めないのにキャバクラにはまっ
て.」
Fさんは,首都圏へ移動したときから,寮つきの仕事をさがしている.仕事が切れるた
びに姉の家に一時的に居留し,寮つきの仕事をする,ということの繰り返しであった.一
時的に同居していた父母の死と,それに伴う借金,生活苦によるアパート生活の破綻が,
ホームレス化の要因になっている.Fさんは派遣の仕事を続けながら,ネットカフェで寝
泊りをするようになる.
「母とは,[母が]亡くなった時,たまたま一緒に住んでいたんですよ.
(中略)[母は,]
脳梗塞でちょくちょく倒れていて,クセになっていた.亡くなった前の日の夜も一緒
にお酒を飲んでいたんですよ.母の葬式をやって,初七日のとき,父が自殺したと警
察から連絡がありました.[父の死は母の死と]関係あるみたいです.
」
「母が亡くなって,その夜ちょうど一緒に俺と酒飲んでいて.いろいろ考えましたよ.
あの時一緒に酒飲んでなければって.」
「長女の会社は大きな会社で,母が死んだときに,きょうだい 3 人とも金がなかった
から,姉の会社が 100 万円ぽんと貸してくれたんですよ.借金を返すつもりはあるん
だけどほったらかしになっていて・・・.姉とは電話もつながらない.アドレスは知って
いるけど電話に出てくれない.母の墓もどこにあるのかわからない.墓まいりもして
いない.
」
Fさんは,自身のホームレス化の理由を「いろいろ重なって」いるという.連続して起
こった一連の出来事である,Fさんの失業,父母の死,アパートの契約切れ,葬式代の借
金,借金の返済にまつわるきょうだいでの揉め事.それらの出来事があったため,首都圏
へ移動をしてからFさんの社会的ネットワークの要であった,姉たちとの関係が途絶えて
しまう.
彼は「姉に迷惑をかけない」ために,姉に相談ができず,派遣で仕事をしながらネット
カフェで暮らすという選択をせざるを得なくなった.のちに,彼は,姉に相談をしなかっ
たことが失敗の原因であると分析をしている.
「いろいろ重なっていて.仕事が切られて,母が死んで,二番目の姉のアパートの契
144
約が切れて,借金があって.長姉には相談したくなかった.迷惑をかけたくないと思
ったから.相談すればよかった.それが失敗.どうにかできたのに,しなかった.」
「派遣で,ネットカフェにいったというのは,楽な道なんですよ.」
5.6
施設利用のきっかけ
Dさんは,パチンコ店勤務時に購入した車で寝泊りをしながら,派遣で仕事を続けてい
た.その生活が 3 年たち,あるとき,車が盗難にあう.警察に盗難届けを出しに行ったと
きに,B施設を紹介されて,ホームレス支援制度を利用することになる.こうったケース
は珍しい.車が盗難にあわなければ,支援の網の目にもひっかからなかったと予想できる
し,Dさんは積極的に自立しようとは思っていなかったという.
「住んでいた車が盗難にあって,盗難届けを出しに警察へ行ったんです.そこで福祉
事務所を紹介されて,住むところがないっていうことで,
[福祉事務所で]B施設を紹
介されました.車が盗難されなかったら,今もホームレスのままだったと思います.
」
Fさんは,ネットカフェで寝泊りをしながら,倉庫作業の仕事を続けた.不況のために
会社から契約を打ち切られると,携帯電話を持っていなかったため,派遣の仕事を探すに
も限界があり,仕事ができなくなる.そこで,ホームレス施設に相談へ行き,B施設を利
用することになる.
「お金が尽きるまでネットカフェにいて,たまたま通りかかったホームレス施設に相
談に行って,そこから市役所で相談して,B施設へきました.路上生活も1週間くら
い.外で眠れなくてさまよっていた.死のうと思っていて,死ぬところまでいってい
たけれど,あまりにも,母が育ててくれたのに,迷惑を掛けて,自殺をするのはあま
りに悪いかなと思った.
」
「ホームレス施設はテレビでみたことがあり,それで復活できるかな,と思って.」
Dさんは,住まいの代わりに施設を利用し,Fさんは,生きるか死ぬかの瀬戸際で,施
設利用を選択するに至ったといえる.
5.7
現在の仕事
施設退所後,Dさんは派遣で仕事を続けている.施設が理想とする自立モデルである「正
社員の仕事についてアパートを確保する」生活は達成されていない.Dさんは,正社員に
はなりたいけれども,自分のできる職種で生活を維持できるような正社員の仕事はなく,
仕方なしに派遣の仕事を「選択」する.
「当分は派遣のピッキング作業をやっていく予定.正社員になる話がでたら,考えま
す.最初は,ハローワークと雑誌で,電気[関係]とパチンコを探したんだけど,パ
145
チンコは 30 歳まぎわだと正社員でとってくれないんですよ.経験者,年長者は店側で
使いづらいから.電気[関係の仕事]は給料面で折り合いがつかなかった.資格は失
効してしまっていて.
」
FさんもDさんと同様に,現在の雇用形態は非正規雇用である.アパートを確保したも
のの,施設が理想とする自立モデルを達成していない.Fさんは,現在就労する会社の試
用期間に会社都合で,アルバイトに切り替えられた.そのことに不満はあるが,お金をた
めるために割り切って,仕事を続けている.仕事を継続した理由は,正社員の人が彼を評
価してくれたからだ,という.
「清掃の仕事の夜勤をしていて,最初の3ヶ月はアルバイト,それから社員で,とい
う話だったけど,社員の話はなかったことにしてくれ,といわれて.B施設を出るの
も近いし,就職活動をしてから仕事を探すとB施設の期限がくるから,このままバイ
トで続けてアパート借りて,それから就職活動をしようかな,と思って.」
「仕事はやりがいはないですよ.
(それでも会社にいる理由は?)社員で1つ下の人が
いて,その人が,自分が社員でなくなったときに,自分が役に立っているから,会社
においてくれと引き留めてくれて.」
5.8
将来の展望
Dさんは,これからの展望について,何もないという.自分の生活を確立することがま
ずは優先であって,結婚については考えられないという.安定した職と収入がなければ結
婚はできないということである.
「人生設計については,何もなし,です.B施設を出たばかりなので,まずは自分の
生活を何とかさせることかな.
」
Fさんは,これからの展望について,車の免許をとって転職することである.Fさんが
施設職員の勧めるフォークリフト資格を取らなかった理由は,
「車の免許がないからフォー
クリフトの仕事をする自信が持てない」であり,そのため,現在の清掃の仕事についた経
緯がある(清掃の仕事は給与が安く,中高年向けの仕事と考えられている)
.
「車の免許がないから,体調がよくなったら仕事を掛け持ちして取りたい.それでま
ともな仕事を探して.今のところはわかんないですね.
(まともな仕事って何ですか?
との問いかけに)福利厚生がしっかりしていて,正社員ってことです.」
(5年後は何をしていたい?との問いかけに)
「結婚とか,子どもとか,まともな生活
かな.送っているのかな.それくらいしか母に恩返しできない.」
146
5.9
自己認知と付き合い関係
Dさんは,自分のホームレス化を自分の性格に由来するものだと語っている.また,彼
は,「小さいときから何でも自分で決める性格」であり,他の人には相談しないという.
「ホームレスになったのも,自分の性格です.小さいときから何に対してもだらしな
くて,面倒くさがりや.それで何とかなるだろうと思ってしまって.こういう自分の
性格を直したくても無理だなと思ってしまう.めんどくさくて.その無限ループみた
いなものです.
」
「自分の性格についてですか,ネガティブですね.自分の中で自信が持てないし,積
極的にコミュニケーションできない.初対面が特にダメ.じっくり付き合いタイプで
す.交遊関係が狭くて,同じ人とずっと付き合っている.
」
Dさんは,現在両親との付き合いはほとんどない.車で寝泊りをしていたことやB施設
を利用したことも知らないという.友人関係は,昔の職場の同僚だけであり,学生時代の
友人とも付き合いはないという.休日の過ごし方は,テレビを見る,キャバクラ,漫画喫
茶,である.
「たまに連絡を取る人は,パチンコ店勤務をしていたときに知り合った同僚の女の子
です.月に 2 回くらい電話かメールで.あんまり会わないです.親とは連絡を取って
ません.
」
「今は,中高生時代の付き合いはないです.高校は地元を離れちゃったし.そこでい
ったん中学生時代の友達とは切れています.高校の 1 年の夏にいじめにあって.親は
知らなかったけれど,友達は知っていました.何でも自分で解決するタイプなので,
先生に対処してもらいました.
」
Fさんは,自分は「口べた」であり,自分自身を「だらしない」と表現する.体調がよ
くないこともあり,生きているのがつらいという.
「30 歳にもなってこんな状態だから,だらしないと思う.家族にも迷惑を掛けていて,
母が亡くなったときの葬式代とか.」
「今は体調が悪くて,生きているのが辛い.
」
Fさんは,
姉たちと連絡が取れない状態が続いており,
出身地との関係も途絶えている.
就職後の付き合い関係は,派遣先の職場での関係が中心であったが,ネットカフェ生活に
ついて隠していたため,深い付き合いはできず,また,携帯電話を持っていなかったため,
友人との連絡も取りづらかったという.休日の過ごし方は,飲酒,パチンコ,公共施設の
ジムの利用である.
147
「友達にはネットカフェに泊まっていることは隠していて,友達といっても職場の人
だからそこまで深いつきあいではなくて.」
「遊びは,飲みに行くこと.それからパチンコ.スポーツはしないですね,ストレス
解消にA体育館が 200 円でジムとシャワーが使えるから,よくそこに行っていまし
た.」
「ネットカフェに泊まっていたときは,電話がなくて.電話さえあれば,と思ってい
た.電話がないと,登録制の派遣もできない.」
6
考察:若者ホームレスの中途半端な「就労自立」
本稿で取り上げたふたつの事例は,B 施設では,
「就労自立」を達成した,数少ないケー
スであり,施設利用時には職員からの評判もよく,施設内機関紙に成功事例として取り上
げられている.
D さんとFさんは,ともに地方出身者であり,地方都市の雇用不況のなかで育っている.
地方都市と首都圏の雇用状況の地域格差によって,首都圏へと生活の場を移したと考えら
れる.また,ともに学校を中退しており,学校卒業から新規採用という新卒者の就職経路
をたどることができなかった.そのため,安定した雇用関係を経験することがなかった.
その意味で,岩田の指摘するように,社会への「中途半端な接合」状態が長期化した事例
であるといえる.ふたりは,岩田の指摘する「労働住宅型」の経歴をもっており,職業生
活が社会参加の唯一のルートである.そのため,失業をすると住居も付き合い関係も,同
時に失ってしまうことになる.
D さんの場合,工業高校から地元の重工業メーカーへの就職という,地方都市の職業高
校卒業生の有力な就職ルートを経る事ができず,首都圏へと進学をした.学業不振のため
に専門学校を退学した後,中退という学歴で就職できるパチンコ店へ勤務することになる.
D さんがパチンコ店を「選んだ」のは,心臓に持病があって体力に自身がなく,アルバ
イトをほとんどしたことのない D さんにとって,知人の紹介が決めてとなっている.しか
し,パチンコ店は長く勤められる職種ではなく,
「まともな仕事に就こうと思って」退職を
している.これは,学業キャリアから職業キャリアへの移行がうまくいかず,失業は「ま
ともな職に就きたい」という彼なりの「前向きな努力」の結果であるともいえる.
加えて,社会的ネットワークの範囲の狭さも特徴のひとつである.パチンコ店勤務は,
変則的なシフト勤務であるため,パチンコ店の同僚との付き合いが中心であり,そのこと
にも不満があったという.
B施設利用後も,正規雇用ではなく派遣の仕事を続けており,将来への見通しが立てに
くい状況が続いている.施設を利用したことで,住居の確保はできたものの,それが結婚
や子育てといったライフステージへの移行へつながる見通しは立っていない.
また,社会的ネットワークの広がりは,依然として職場を通してである.Dさんは,B
施設退所後,
「卒業生の会」への参加もないため,ホームレス支援のアフター・ケアを受け
148
ることもない.元ホームレスないし,元施設利用者というスティグマから逃れるために,
意識的に避けているとも考えられる.そのことによって,ホームレスであった過去を忘れ
て,生きていくことが可能になるだろうが,D さんを取り巻く雇用環境は,ホームレス状
態にあったときと変わらない.そのため,失業によって生活が破綻した場合,再びホーム
レス状態へと至る可能性もある.
F さんは,家族の事業の失敗,借金,ギャンブル依存による貧困状態のなかで育ってい
る.家族で助け合うことで,その貧困状態のなかで生き抜いてきたといえる.生まれ育っ
た地域との関係が途絶えているため,社会的ネットワークの基点は,
家族と職場であった.
しかし,派遣での就労であるため,職場との関係は切れやすい.住居は,職場の寮である
ことが多いため,失業と同時に住居も喪失してしまう.そして,家族は,父と母の死と,
それにまつわる借金トラブルのため,姉たちとの関係も途絶えている.
学歴は高校中退であり,就職に結びつく資格もないため,B 施設退所後もアルバイト生
活を続けることになる.D さんと同様に,施設利用によって住居の確保はできたものの,
再び失業をした場合,再び生活が破綻し,ホームレス状態に陥る可能性がある.F さんは,
D さん以上に,いざというときに頼ることのできる家族が存在しないため,自らの力のみ
で生活を切り開いていかねばならない過酷さがあるということである(母への思い出が生
きていくことに希望を与えてはいるが)
.
このように,F さんは「労働住宅型」ホームレスであり,それに至る背景にあるのは,
学業不振と家族トラブルである.父と母の経歴を見ても,
「中途半端な接合」が再生産され
ていることがわかる.
最後に,ふたつの事例にみる,家族との関係について触れておくことにしたい.Dさん
は,人生上の決断を「自分で決めて」,失敗したときは,
「夜逃げ」をしている(彼は 2 回
「夜逃げ」をしている)
.それは「まじめで過干渉の親」の束縛から逃げ出したい,という
心理状態が影響を与えている.
一方,F さんは,人生上の決断を「姉に迷惑をかけたくないから,相談できず」,ネット
カフェに寝泊りをしながら派遣で働く,という「楽な道」を「選んで」いる.ともに,家
族関係が若者ホームレスの形成に影響を与えているといえる.どちらも,重要な決定をす
る際に,相談をするネットワークを自ら狭め,その関係から自分自身を排除している.そ
して,そうした決定をする自分自身に対してネガティブな評価を与えている.
7
おわりに:若者ホームレスという社会的排除
本稿では,若者ホームレスを,他の年代層との違いを統計的に把握し,ここで紹介した
二つの事例を位置づけた上で,その特徴について検討を行った.
若者ホームレスは,普通の若者が,雇用の流動化を背景にして,学業不振や家族トラブ
ル等の影響によって,住居という生きる基点を失うことによって生まれたといえる.特に
Fさんの事例にみるように,生活の破綻へと至るような出来事が連続して起こり,そうし
た出来事の連続に耐えられるだけの経済力や社会関係資本がなかったために,それを乗り
切ることができなかった.その結果として,ネットカフェ生活を経由して路上ホームレス
へ,路上から施設利用へと至ったわけである.
149
現行のホームレス支援策では,若者ホームレスに対する支援策は,乏しいといわざるを
得ない.それは,施設退所状況から見て取ることができるように,
「規則違反・無断退所」
がなぜ多いのか,
「就労自立」の優等生でもある本稿でとりあげたふたつの事例が,施設が
理想とするモデルを中途半端にしか実現をしていないのか,といった分析がなされるべき
であろう.施設の利用が,社会的排除の状況が解消されないままに,ふたたびホームレス
状態へと陥りやすい就労へと結びつくのであれば,それは支援策が不十分であり,問題状
況の解消には至っていないということではないだろうか.
とはいえ,
本稿で分析に用いた事例のみで,若者ホームレスを語ることは不十分である.
若者ホームレスの事例の蓄積,中高年層のホームレスと若者ホームレスの比較,施設退所
の理由別に,事例を検討する必要がある.この三点を本稿の残された課題としたい.
[引用文献]
・林
真人,2006,「若年野宿者の形成と現存」『社会学評論』57-3.
・岩田正美,2004,「誰がホームレスとなっているのか?――ポスト工業社会への移行と職
業経験等からみたホームレスの 3 類型――」『日本労働研究雑誌』no.528.
・ ――――,2008,『社会的排除』有斐閣.
・川上昌子編,2005,『日本におけるホームレスの実態』学文社.
・川崎市,2004,「川崎市ホームレスの自立支援実施計画」
.
・厚生労働省,2007,『ホームレスの実態に関する全国調査報告書』
.
・宮本みち子,2002,『若者が「社会的弱者」に転落する』洋泉社新書.
・水内俊雄・渥美清・蓬莱梨乃,2007,「二つの全国調査を通じて見たホームレス脱野宿支
援施策の地域差」『季刊 Shelter-less』No.34.
・渡辺
芳,2009,「ホームレス/野宿者をめぐる行政施策――「山谷対策」から「ホーム
レス対策」への展開――」『東洋大学大学院紀要』NO.48(掲載予定).
150
地元志向と社会的包摂/排除
―地方私立 X 大学出身者を対象とする比較事例研究―
轡田竜蔵
(吉備国際大学)
問題の所在
1
1.1
地元志向現象
「地方の若者」の労働環境の悪化が、問題となっている。
新卒求人倍率における大都市圏と地方圏の格差ははなはだしい。また、産業構造の差異も
大きい。地方では大都市のように IT 化やサービス経済化によって雇用が広がることもなく、
大都市以上に公共事業の縮小や産業空洞化の深刻な影響を受けており、いわゆる「地域経
済の衰退」が懸念されて久しい。さらには 2008 年秋に起きた金融危機の影響は、相対的に
ましとも言われた製造業の集積地域にも打撃を与え、若者の雇用にはかりしれない悪影響
を及ぼしている。
このような状況のなかで「地元就職」にこだわることは、就業上の選択肢を狭めること
にもなりかねない。それにも拘わらず、多くの統計データは、若者の地元志向傾向の強ま
りを支持している。まず、住民基本台帳人口において、過去一年間に市区町村の境界を越
えて住民票を移した人の割合が、ここ数年、最低記録を更新し続けている。あるいは、
『学
校基本調査』によれば、県外就職率が 1970 年代から継続して停滞している(1971 年から
2005 年にかけて、32.5%から 18.4%に低下)。そして、『就業基本調査』によれば、大半の
地方圏において 20∼24 歳の男性の県内残留率が高くなっているi。
グローバルな雇用流動化やトランスナショナルな労働力の移動が活発化する傾向のな
かで、
日本の若者はチャンスを求めて自由に移動しようとするのではなく、その全く逆に、
空間的な非移動傾向を強めている。こうした意味でのローカリゼーションをどう評価する
かについては、議論は分かれている。一方では、グローバリゼーションに翻弄されること
をやめて、ローカルな付加価値を高める可能性を広げるという観点から評価する見方があ
る。例えば、若者の地元志向によって、地域は活性化に貢献しうる人材を獲得したという
ポシティブな議論である(樋口 2004)
。他方では、逆に、グローバリゼーションのなかで
行き場を見失った付加価値の低い若者が、ローカルな場で滞留することによって社会的コ
ストを高めるというネガティブな評価がある。
本稿の目的は、こうした議論の文脈に介入するためにii、
「地方の若者」の当事者のリア
リティを分析するなかで考察を深めることである。
151
1.2
地方の非選抜型大学出身者に対する調査
2008 年 7∼9 月に、私と川端浩平の指導のもと、吉備国際大学の学部学生の社会調査実
習班の 13 名は、20 代の地方私立大学(X 大学)出身の地方圏在住者 26 名(男性 20 名、
女性 6 名)に対して、85 項目の半構造化インタビューと、35 項目の基礎的なアンケートを
行った。インタビューの内容は、当事者の生活空間に関わる8テーマ(出身大学、仕事、
余暇とライフスタイル、家族、友人、家族・友人以外の人間関係、地域の現状、日本社会)
を設定し、それらに対する評価を自由回答で尋ねるというものである。本稿は、この調査
結果を用いた「地元志向」意識の比較事例分析ということになるiii。調査対象となった 26
名のうち、17 名が「地元就職」であり、地元外就職者についても「地元」に戻る可能性を
意識している者が 6 名いる。そして、この調査対象者の現住所は、地方中核都市が 7 名、
特例市が 1 名、その他 18 名は、いずれも雇用の状況がより厳しいとされる地方圏の周辺部
にあたる小都市や中山間地に居住する者たちである。
調査対象者の出身大学である X 大学は、中国地方の中山間地にある社会学系、福祉系、
保健科学系、スポーツ系等の学科を備えた総合大学である。1990 年代に設立された比較的
新しい大学であるが、少子化と相反する全国の大学の定員増の結果、多くの他の非銘柄大
学と同じく、深刻な学生獲得の困難に直面してきた。近年では、保健科学系、スポーツ系
を除くほとんどの学科で、事実上、志望者をほぼ全員受け入れる「全入」の状態となって
おり、いわゆる「非選抜型大学」の性格が色濃い。
「非選抜型大学」は、従来からある「低
偏差値大学」とは異なり、少なくとも日本においては、21 世紀になって登場した新しいタ
イプの大学であると言えよう。
「低偏差値大学」には曲がりなりにも存在していたボーダー
が、
「非選抜型大学」においてはほとんど機能していない。したがって、極端な言い方をす
れば、学力的に最底辺のレベルであっても入学が可能である。そのため、日本人学生につ
いて言えば、
入学者の少なくとも半分が 1990 年代初頭であれば大学生になりたくてもなれ
ず、高卒就職をしていた層で占められているような状況があるiv。
近年、大卒雇用の比率は上昇しているが、地域の労働市場において、特に大卒によって
付加価値が高められるような専門職や管理職の雇用が増えたわけではない。ロナルド・ド
ーアも指摘しているように、大卒雇用の拡大は、産業構造の変動と技術の高度化の結果と
いうよりも、むしろ「学歴エスカレーション」による高学歴者への代替という性格が大き
いと考えられる(Dore 1976=1978)。さらに、地方圏においては大卒でなければならない高
度な専門能力を必要とする職種の雇用が圧倒的に少ないため、非選抜型大学出身者の相当
部分が、従来の高卒の職種に流れ込んでいる。こうしたなか、
「地元就職」にあたっては「大
学の付加価値」が厳しく問われることになるのである。
本稿では、地方の非選抜型大学出身のノンエリート層に焦点を当てることによって、
「地
元就職」の困難な部分を見つめ、そのうえで「地元志向」現象をいかに評価したらよいの
かについて考察を深めてみたい。
地元志向のヴァリエーション
2
2.1
地元志向の若者の四類型
「あなたは地元が好きですか」v。この質問に対して、X 大学出身者であるインフォーマ
152
ントのほぼ全員(26 名中 25 名)が「好き」であると答えている。そして、そのうち 17 名
については、実際に「地元」で生活をしている。「地元外」在住の 9 名についても、「地元
と現在住んでいる地域とを比較して、どちらの方が好きですか」という質問に対して、
「地
元」と答えた者のほうが多数(6 名)を占め、その全員が将来的に「地元」に帰って就職
する可能性について視野に入れている。また、就職活動時に「地元就職にこだわりました
か」という質問についても、大半(18 名)が「こだわった」と回答している。さらには、
16 名が今の地域に「永住したい」と答えていた。調査結果は、いずれもインフォーマント
の強い地元志向を裏付けるものであった。
当事者によって、なぜ「地元志向」が支持されているのか。次節以降、
「地元志向」に
関する多様な語りのタイプを分析していくうえで、以下の二つの視角を用意したい。
第一に、地元志向を当事者の戦略として捉え、それを経済的な意味でのメリットとして
捉えるのか、あるいは存在論的な意味でのメリットとして捉えるのかという視角である vi。
つまり、地元志向の理由に関しては、一方で、就業選択上のリスク回避、実家からのサポ
ートを得られること、地方圏の場合は安価な生活環境を享受できること等の経済的合理性
の面から解釈する見方がありうる。他方で、地元のサブカルチャー集団への帰属、家族や
友人、恋人といった居心地のよい人間関係といった、地域社会のなかの様々な社会関係の
なかでの承認が得られること、すなわち存在論的な「社会的包摂」の感覚を得られるとい
うメリットがあるという見方もありうる。
第二に、地元志向という選択が、それ自体が当事者の社会的包摂につながる積極的な「目
的」であると考えられる場合と、そうではなくて、当事者が社会的に排除された状況に対
する消極的な対応の「結果」として考えられる場合とに分けてみる視角である。
強
(存在論的な戦略)
Ⅲ
Ⅰ
安定的な職業
による包摂
Ⅳ
Ⅱ
社会的排除の
結果としての
地元滞留
安価な生活環境
による包摂
︵経済的な戦略︶
強
弱
地元つながり
による包摂
弱
二つの軸を組み合わせると、図のような四つのヴァリエーションの地元志向の若者像の
類型が浮かび上がる。
153
Ⅰの部分(経済的ポシティブ・存在論的ポシティブ)に現れるのは、「安定志向」の若
者類型である。この類型の若者は、経済的な安定を第一とし、なおかつ地域社会のなかで
相対的に評価の高い企業・職種に就いている。都会に行って常に不安に煽られてばかりの
競争社会に巻き込まれることを避け、家族や地元の友人たちとの付き合いを大切にし、地
域社会に根を張って堅実に生きるというライフスタイルが、この類型の若者にとっての理
想である。
Ⅱの部分(経済的ポシティブ、存在論的ネガティブ)に現れるのは、必ずしも安定的な
職業にはつけていなくとも、地方の安価な消費生活環境によって包摂されている若者であ
る。2004 年頃イオン・ショッピングモールのポスターに書かれていた「シブヤもハラジュ
クもうらやましくない」というコピーは、まさにこうした地元志向の若者の堅実な生活感
覚を表現している。高度情報化と大衆消費社会の進展は、地方を「お金がかからずにそこ
そこの生活できる場」にした。地元に住めば、実家のサポートも受けられるわけで、地元
生活は経済的に合理性のある選択となる。
Ⅲの部分(経済的ネガティブ、存在論的ポシティブ)に現れるのは、「地元つながり」
型の若者である。この種の若者たちが地元に固執するのは、自分の存在を認めてくれる地
元にいる友人たちとのつながりを大切にしたいからである。地元の居心地のよい人間関係
のためであれば、自らのキャリア・アップを断念することもいとわないという意味で、そ
れは経済的には非合理な選択ともなりうる。
Ⅳの部分(経済的ネガティブ、存在論的ネガティブ)に現れるのは、積極的に地元に残
ろうとしたというよりも、むしろ社会的排除の結果として、やむを得ず「とりあえず地元
にいる」あるいは、
「地元に戻らざるをえない」という不遇な状況にある若者である。厳し
い社会経済の状況を目の前にして、実家というセーフティネットに頼らざるを得ないとい
う状況である。
以上4つが地元志向についての典型的な説明モデルである。以下、調査結果に基づいて、
ⅠからⅣの順に当事者のリアリティを捉えなおしてみたい。
2.2
「地元安定就職」のシンボリックな意味
最近の若者はキャリア面での上昇志向は少なく、
「安定志向」で「堅実」であるという
議論は多い。地元志向についても脱競争主義への価値転換を示す傾向としてエンパワーす
る議論もある(岸本 2007)。だが、ノンエリートの地方の若者にとって、アッパーミドル
の「安定就職」へのハードルは高い。厳しい地域経済と雇用流動化の状況にあって、
「今住
んでいる地域に住み続ける希望」があり、「現在の職場でずっと勤務することを希望」し、
なおかつ転職や失職の不安がないと考えている者は、26 人中わずか 6 人に過ぎなかった。
別の 7 名は具体的に転職を希望または予定していた。また、他の 7 人はできれば転職した
くないが、転職せざるを得ない事情(職場の状況次第、正規社員になれなかった場合、将
来地元に帰らなくてはいけない)を抱えていた。多くのインフォーマントが就職活動時に
最終的なゴールとして設定していた「地元」と「安定就職」という二つの条件について、
現時点においてクリアできたと認識している者は、ごく少数であった。
「地元」というキーワードは、経済的かつ存在論的な意味における包摂のイメージと深
く結びついている。例えば、地元を離れて隣県の旧国立大学で事務職を務める大西一 viiに
154
は強い「安定志向」があり、
「地元就職」か「地元外でも公務員になるか」という二つのキ
ーワードを天秤にかけながら就職活動をしたというが、結果として理想であった地元の市
役所の受験には失敗した。そして、県外で準公務員的な仕事についた今も、
「地元就職」の
誘惑を捨てがたく思っていて、地元の県への異動を願っている。
大半のインフォーマントが地元志向を意識しているのだが、地方圏における地元就職の
職種的な
「魅力の無さ」
についても現実的に認識をしていた。
「自分の生活している地域に、
若者にとって魅力的な仕事はありますか」という質問について、
「ある」と答えたのは 4
名だけだった。「IT とか、そういう汗をかかずにできる仕事が魅力的って思うんなら、無
い」
(山口智恵美)とか、
「過疎化で就職の数がない」
(小橋大樹)というのが一般的な答え
であった。
「強いて言えば」という前置きとともになされた回答を含め、魅力的として言及
されたのは「大きな工場」と「公務員」
、そして「教師」
。小林恵の印象では、地方で就職
しようと思ったら花形の職業などないので、
「給料が良くて、休みがとれて、福利厚生が良
い」安定した会社が一番「魅力的」というわけだ。だが、インフォーマントのなかの 3 名
の公務員と教師はいずれも非正規雇用であって、正規採用の見通しもなく、
「安定」とは程
遠い。
それでは、
「安定」という自己認識はいったい何を意味しているのか。現住所に永住し、
現在の職場でずっと勤務する将来を予想している 6 名の中から、いわゆる「安定就職」と
いう認識を持っている大手製造業下請の正社員である大野広の例を見てみよう。
大野広の地元は、小さな港町。大野は「落ち着いていて、自分のペースで自分の好きな
ことができる」地方暮らしが好きだ。自然が豊かな地元の街にも愛着があって、消防団の
活動にも積極的に参加している。大野は大学在学時には、遠距離通勤も覚悟して「せめて
本社が地元から通えるところにあれば」という条件で就職活動をしていた。地元の町は「漁
師になるくらいしか」仕事がないというところなので、最初から地元で働くのは無理だと
思っていたからだ。ところが、幸いにして地元から車で 10 分ほどのところの町で唯一の大
手電機企業の下請工場の技術職として就職が決まった。父親も同じ製造業だし、地元で最
も有名な工場の下請工場に就職できたということは、
親に対しても顔が立つ。仕事内容は、
高速道路などの電光掲示板のユニットを製造するというもので、大学の専門学科(社会学
系)とは全く異なっているが、作業は楽しく、やりがいを感じている。転職するつもりは
全くなく、ずっとここで働けたらいいと思っている。
このような話だけを聞けば、いかにも「安定就職」の成功例ということになるのだろう
が、実は大野の労働条件や将来展望には懸念されるべき点が多い。勤務時間は一日 11 時間
と長く、給料も残業代の部分が大きい。
「仕事終わって家に帰って自分でご飯作ってってい
うのをしとったら、体は絶対壊す」ということで、家事は両親に完全に依存している。200
万円台前半の年収では、結婚することもできない。そして、将来のキャリア・アップの見
通しも不透明で、多くのインフォーマントと同様の経済的な不安を抱えている。今のとこ
ろ、会社について自分がわかっているのは「作って、流れて、出荷されての流れくらい」
でしかなく、管理職にキャリア・アップすることは無理だとわかっている。最近も、製造
部門から電球の生産が撤退し、
同じ工場でもパートの人が解雇されている。
「今はよくても、
10 年後はどうなっているか」と、大野は職場の将来を心配している。
地元の優良企業への就職、あるいは公務員や教職等に就けば「安泰」だとする価値観は
155
根強いが、それは限定された地域の地位構造のなかでのシンボリックな評価に過ぎず、い
わゆる日本的雇用システムの恩恵に与れる可能性はますます少なくなっている。少なくと
も、
「安定」を維持するためには過酷な労働条件にも耐えなければならない。小林恵が理想
化したような「給料が良くて、休みがとれて、福利厚生が良い」環境で安穏と働いている
という意味での「安定就職」に見合うケースは、今回の調査では皆無であった。
さらに言えば、
「地元安定就職」志向は、地方の周辺部に行けばいくほど「長男」意識、
あるいは家父長制的なバイアスと深く結びついた「男の宿命」とでも言うべき性格を帯び
てくる。例えば、小島太は、
「家と墓とたんぼ、山」のある地元で働くのは当然と思ってい
て、主体的な就職活動は全くせず、親に勧められるままに山あいの過疎の街である地元の
JA に専願で就職した。地元では「上を目指そうと思えば、あとは公務員しかない」という
ことで、近年の農産物の価格自由化の流れのなかで苦境に立たされているとはいえ、JA は
地方の周辺部の「安定就職」として就職先として人気が高い。だが、小島はそうした地域
社会における承認には全く関心がない。小島にとって、最大のテーマは女性からの承認。
「働く理由はそれしかねぇ。そりゃそれで情けないけど、働きだしたらそれしかねえ。僕
らみたいなしがねぇ男はそれしかねえ」と言うほどだ。異性との出会いがなく、こんな田
舎にはなかなか「嫁に来てくれないだろう」と嘆きつつ、
「仕事っていうより人生の先行き
に希望がもてんな」と強烈な不安感を表現する。
この小島のケースと対照的に、女性の場合、地元志向よりも結婚による移動志向のほう
が強いことを示すケースがほとんどであった。例えば、藤本英理子は、親が「地元の近い
ところでの結婚」を望んでいたという理由で、就職を機に地元に戻り、介護施設でリハビ
リ指導の仕事をしている。小中学校の同期の友人だけで 20 人くらいと交流し、地元のテニ
スクラブにも属するなど、すっかり地元に根差してアクティブに振舞っている。それほど
地元好きの藤本であっても、もし地元外の「恋人がついてこいというなら寿退社してつい
ていく」と言うのである。
2.3
安価な生活環境による包摂?
調査結果からは、都会生活に比べて、現在住んでいる地域の生活環境の利便性が高いと
いうことを強調する傾向がはっきりと見られた。
「大都市の生活をうらやましいと思います
か。それとも思いませんか」という質問について、
「うらやましくない」とした者が圧倒的
多数(21 人)であった。
「県内での生活に不満はあるか」という質問については、半数ほ
どが「ある」と回答し、その多くが「買い物、遊びに行くところが少ない」というような
意見であったが、
「自分は流行にも敏感じゃない」(藤本英理子)とか、「ネットもあるし、
県内で事足りる」
(森隆)と答える者が多く、日常的に都会的に洗練された消費生活への欲
望や刺激を求めているインフォーマントは、ほとんどいなかった。
「都会しかないものが見
出せない」
(山本明)という者もいるように、大半が地方の消費生活環境にそれほど強い不
満を示さなかった。そして、
「あなたの生活している地域の他の地域に比べて魅力的な点」
について、半数以上(17 人)のインフォーマントが「ある」と答えたが、「魅力」の中身
として最も多く言及されたのは、自然環境や特産品と並び、
「自分の町には、天満屋ハピー
マート、マルナカ、マックスバリューとスーパーが3つもあるところが魅力だ」
(瀬戸内健
太)という言い方に典型的なように、田舎でありながらベーシックな消費環境はあるとい
156
う程度の話であった。大衆消費社会が作り出した地方に広がる郊外型のスーパー、ショッ
ピング・モール、そしてロードサイドのファストフード店といった空間は没個性的なもの
であるけれども、それなりに消費社会に包摂された感覚を与えているようであった。
多くのインフォーマントは、
「仕事」よりも「余暇」を重視するライフスタイルを選好
している。
「仕事と余暇とでは、どちらのほうが自分らしさを表現できると思うか」という
質問に対して、大半(19 名)が「余暇」と答えて、「仕事」派はわずか(5 名)であった。
そして、
「何かにせかせか追われるのが嫌だから地方がいい。ただ、バリバリ仕事したくな
るときには都会にも憧れる」
(山口智恵美)という表現に典型的なように、余暇重視のライ
フスタイル観は、地方生活へのこだわりと結びつけて語られた。
「都会と地方とどちらが好
きか」と尋ねた場合、ほぼ全員が「地方が好き」(24 名)と答えたが、その理由の多くに
「東京は、疲れて消耗が激しそう」
(飯田真一)、
「自分のペースに合わない」などと、市場
競争の激しい世界を生き抜くために、忙しく自己研鑽を積まなくてはいけない「東京」と
いう環境に対する拒否的な表現が含まれていた。
従来の地方出身者にしばしば見られた「向都離村」的な意識のかけらもみえないこうし
たライフスタイル観自体は、
「労働倫理」から「消費の美学」へと現代人のアイデンティテ
ィの源泉が移行したと述べるジグムント・バウマンの仮説に合致しているかのように見え
る(Bauman 2005=2008)。だが、調査結果からは、インフォーマントが消費についてお金
をかけている様子も、
そこにおけるこだわりの表現も、あまり見出すことができなかった。
洗練された消費者として「消費の美学」を追求しているというより、むしろ経済的にも時
間的にも厳しい制約条件のなかで、消費社会に「過剰包摂」
(ジョック・ヤング)されてし
まっているとでも言うべき状況がそこにあった(Young 2007=2008)
。
約半数のインフォーマントは、「自分は個性的とは思わない」と言い、趣味へのコミッ
トメントが強い者も少数派であった。それぞれが自らの趣味について語ったが、本格的に
ゴルフやライブ活動をやっている一部の者たちを除いては、ほとんどの者は友人とご飯を
食べたり、スポーツをしたり、パソコンに向かってネット・ショッピングやゲームをした
り、と「普通の人だよ。(地方では)みんなこんなもんじゃない」
(河口綾子)と、自分が
没個性的な人間であることを宿命であるかのように語った。
そして、余暇重視のライフスタイル観が圧倒的多数を占めるにもかかわらず、労働時間
が長くて休暇が十分ではないことについて、ほぼ半数にあたる 12 名のインフォーマントが
不満を述べていた。この 12 名のうち 8 名は、週あたり 50 時間以上という長時間労働であ
った。スローライフを選好しつつも、多くのインフォーマントの時間資源は必ずしも豊か
とは言えるものではなかった。興味深いのは、こうした生活環境のなかにおける「個性的」
という自己認識のありようであった。自分が「個性的」であると答えた約半数(12 名)のイ
ンフォーマントは、個性的であることの根拠として、こだわりの消費スタイルではなく、
むしろまともに消費できない状況を前提とした愚かで狂気じみた行動や時間の使い方(例
えば「衝動買い」に言及した者が複数名いた)をしていることを「個性」と認識していた。
例えば、スーパー・マーケットでの長時間労働を嘆く山口智恵美は、スーパーで「肉体
労働」をしているのに、少ない休日に合気道をして「さらに肉体労働をしている」という
自分の時間の使い方について、諧謔を込めて「個性的」と言った。また、
「仕事のときは、
自分を隠して生きとる」ようなものだという小島太は、日常の憂さ晴らしに、夜の 12 時く
157
らいから朝までずっと一人で、山の中の誰もいないところを、暴走族みたいに音を出して
「走ることが目的のドライブ」をする自分を「個性的」であると言った。ジョック・ヤン
グは、アンダークラスの労働市場からの排除に対する感覚的なしっぺ返しとしての犯罪行
為の魅力を「エッジ・ワーク」と呼んでいるが、消費社会の周縁におけるこのような「個
性表現」の仕方は、「エッジ・コンシュマー」とでも名付けられるだろうか(Young
2007=2008)。それは、都会的な洗練された消費社会の中心における「個性」の語用とは明
確に異なるし、居神浩が言うように「
『消費社会のよそ者』にはなりたくない、というかれ
らなりの反抗の表れ」とみなすには、あまりにしょぼい(居神 2007a)。労働においても、
消費のなかでも満たされないバカバカしい自己存在の物語が「個性」と呼ばれるこうした
事態は、社会的排除と社会的包摂の入り組んだ関係性を示す象徴的なポイントであると考
えられた。
2.4
「地元つながり」のささやかな機能
調査結果からは、
「地元志向」の核心部分に、友人や家族とのつながりが果たす役割の
大きさが明確に示された。
「地元就職」の理由として、住み慣れた土地の人間関係を失いた
くなかったという理由を挙げたものが 3 分の1ほど(9 人)いた(例えば、
「東京に行った
ら友達をゼロから作るのが面倒臭い」など)
。また、実家との関係(例えば、
「長男だから」
「親の希望」
「実家に戻りたかった」等)に言及した者も 3 分の1ほど(8 人)いた。そし
て、インフォーマントの生活意識のなかで、
「家族」と「友人」の満足度は最も高く、それ
は「仕事」の満足度を上回っていた。とりわけ「友人が少ない」という不満を持っている
ものは、1人しかいなかった。
「友人」のなかでも、最も付き合いの多い友人として「地元
の友人」を挙げた者は、全体の半数ほど(14 人)を占め、それは「職場」
(6 人)を大きく
上回った。そして、現在も連絡をとりあっている地元の友人の数は、5∼9 人とする者が最
も多かった。
近年の若者論のいくつかは、サブカルチャーを媒介としてつながる仲間集団との対面的
なつきあいから離れがたいという状況が就業選択に影響を及ぼし、結果としてその社会的
排除を帰結してしまうという事態に着目している(新谷 2006)。とりわけ、就業チャンス
が限定される地方圏の周辺においては、これまでの人間関係を維持するために「地元就職」
にこだわることは、失業のリスクを冒すことに他ならない(李・石黒 2008)。今回の調査
結果からも、そのようなメカニズムについて考えさせられる事例はいくらかあった。例え
ば、地元の友人付き合いを維持するべく地元就職にこだわった林祐一の場合は、たった半
年でリストラにあい、無職となることを余儀なくされている。
林の地元は、大手造船企業 M 社の城下町として知られる、海に面した小さな街である。
「静かやし、でもコンビニとかもあって田舎過ぎない」ということで、この街の生活環境
を気に入っている。林は大学在学時から、同じ市に住む高校の部活の同期と野球チームを
つくっていて、
出勤前の早朝に試合をする社会人の地元リーグに参加している。
そのため、
仲間とはしょっちゅう顔を合わせており、関係は深い。この大事な野球チームの仲間たち
とのこれまでの「生活を変えたくない」という理由で、林は地元就職にこだわった。そこ
で最初に目にとまったのが家電製品の修理点検をしている R 社。
「地元就職も考慮してく
れるし、転勤も少ない一部上場企業」という説明を受けて安心し、
「将来も安泰だなってい
158
う安易な考え」で、面倒くさかったので、就職活動は R 社の内定とともに打ち止めとなっ
た。だが、事前の説明と食い違いが大きく、営業職になると説明を受けて就職したが、配
属されたのは全く知識のない機械修理の仕事。上司の人使いも荒く、自転車で一日に何 10
キロも走らせられるような非合理なこともあった。給料面でも昇給はなく、ボーナスも低
いということがわかった。同僚の友人 2 人が、
「この会社ではやっていけないし、ずっと続
ける価値もない」と言って、5,6月と辞めていき、とうとう自分自身も(勤めて半年の)
9月に「間引くって感じで、辞めてくれという話の流れになった」
。R 社が離職を前提に大
幅な人数を採用しているということは、随分あとになって「新卒の9割は半年で離職」と
いうインターネットの掲示板で悪評が並び立っているのを見て初めて知ったが、そのとき
にはあとのまつりだった。
林の失敗の原因の一端は、結果的には、林自身が地元の仲間集団との居心地の良さを維
持することを最優先し、
「転勤の少ない地元に根差した企業であれば、どこでもいい」とあ
まりにも低いハードルを設定し、企業研究を怠ったところにあるとも言える。だが、こう
した事例から、
「転勤の少ない地元に根差した企業」という条件を第一に考えるキャリア意
識のありかた自体や、林が地元つながりに大きな価値を置いていること自体を問題化する
のは不当である。
むしろ問われなくてはいけないのは、
「転勤の少ない地元に根差した企業」
を謳いながら、若者を使い捨てにする企業の問題である。過剰に採用し、能力を超えたノ
ルマを課し、劣悪な労働条件を強いて、半年以内に無残に排除するというような「ディー
セント・ワーク」なき企業が跋扈するようでは、若者は労働市場で正当に報いられること
をますます信用できなくなる。そのような残酷な現実を目の前にして、若者が自分をやさ
しく受け止めてくれる同年齢の仲間集団に頼って情緒的メインテナンスをはかろうとする
のは当然のことである。
それでは、単に労働市場や消費社会からの排除に拮抗するだけの居場所感覚を与えてく
れるということ以上に、地元の「友人関係」を基礎にした関係性を、地域の公共空間に広
げていくことによって、若者をエンパワーメントする可能性は無いのであろうか。
「地域活動に関心があるか」と尋ねた質問において、何らかの関心を示したのは 18 人と
多数を占めたが、主な解答パターンは 2 グループに分かれた。第一に、職場を通した関わ
りを考えていきたいというグループで、その職業は、医療・福祉関係、教育関係、そして
公務員であった。そのなかでは、職場で組織的に参加している祭や、バレーボール、リハ
ビリ体操といった活動を楽しんでいる者もいたが(加藤美智子・作業療法士)、職場の地域
貢献は仕事としての関わりであって「個人としては興味がない」と答える者もいた(大西
一・大学事務)
。第二に、町内会の行事や清掃活動、あるいは消防団への所属など、既存の
地域組織の活動への参加意思を示すグループである。これは、古い地域社会で生活してい
くことを選択した場合、村八分にされないための義務のようなものである。いずれにせよ、
地域活動の実情は個々人の中間集団との関わり合い方そのものにほかならず、地域貢献と
いうパトリオティズムは、そうした中間集団を媒介とした利害関係を強化する以上の求心
力を持ちえてはいない。そもそも、職縁集団や地域社会における人間関係から距離をとっ
て生活したいと考えている個人や仲間集団にとって、地域活動は「年寄りと子供ばかりが
集まる場」
(森隆)で、自分たちとは距離のある存在に映っている。小島太は「唯一わしが
支えられとるといったら人間だし、やっぱ人間好きなんだな」と地元生活における友人関
159
係の重要性について述べているが、
「消防団に入れとか言われるけど、絶対に嫌。人間関係
で悩む人間が、これ以上人間と知り合おうとは思わないから」と、地域社会とのかかわり
については強く拒絶する。地元の野球チームに参加している林祐一も「面倒くさいので、
関心がない」と答えている。地元好きの仲間集団に関わることと、公益的な地域活動への
参加を通して社会的包摂の感覚を得ることとの間には、現時点では容易には埋めがたい溝
が存在している。
2.5
社会的排除の結果としての地元滞留(1)
実家の役割
ここまで、
「地元志向」という選択が、当事者にとっての何らかの社会的包摂の感覚をも
たらすと認識されている側面について記述してきた。
「安定就職」に対する地域社会におけ
る評価、労働よりも余暇を重んじるライフスタイル、そして仲間集団との付き合いの豊か
さ。それらが、
「地元」という物語において付加価値として語られる要素であった。ただし、
現実に生活過程のなかで地元に残った幸せを享受できているかどうかは別にして。
さまざまな「地元」の付加価値について検討をしたわけだが、これらすべてとあまり関
係のないインフォーマントが、結果として「地元」に残ることになる原因としては、
「実家」
の存在の重さを見逃すわけにはいかない。地元の実家は、経済的にも精神的にも、社会的
排除の衝撃を和らげるバッファとして重要な役割を果たしている。インフォーマントのほ
とんど(24 名)が、親との関係は「良好」であるといい、
「地元」就職の 19 名のうち 16 名が
親と同居していて、何らかのサポートを受けていた。
「実家」と同居している者の世帯の年
間収入の中央値は 500∼699 万円。決して高いレベルではなく、同居している者のうち半数
以上が給料の一部もしくは全部を実家におさめており、インフォーマント全体では大半(18
人)が「経済的に自立している」と認識している。そうはいうものの、半数以上が家事に
ついては完全に依存し、労働力の再生産コストを切り詰めているという状況がある。実家
に頼ることについては「情けない」ことだと認識している者も多く、そのこと自体が「地
元志向」の積極的要因として語られることはめったにない。だが、特に不安定な雇用状態
にあり、既に挙げてきたような「地元」の包摂要因についての関心が乏しいインフォーマ
ントにとっては、
「実家」との切り離せない関係性が切実なものとして感じられている。
例えば、森隆は、複雑な家庭事情から、両親ではなく祖父母に育てられて、現在は家計
の柱である義父と祖父との 4 人暮らしである。
「過保護」に育ててくれたという祖母は、今
では脚が悪く、健康状態が良くない。森は家庭内において、祖母の病院やスーパーへの送
迎等のケア役割を担っており、それが「地元」にこだわる第一の理由であるという。趣味
はゲームやインターネットなどのインドア系で、地元の仲間集団へのコミットメントはそ
れほど深くなく、携帯電話さえ持っていない。森にとって地元の範囲は「実家に近いこと」
と同義で、
「小中学校の校区と、車で出かける範囲」ときわめて狭い。就職も実家に近いこ
とを優先し、また、接客の仕事に興味があったという理由で、大学卒業後、近所のドラッ
グストアに正社員として就職した。ドラッグストアは平日が休みで、休日には「祖母と時
間を過ごすことがほとんど」だった。だが、そこでの仕事は、きわめて労働条件が悪いも
のだった。例えば朝9時から朝4時まで働き、そのあとまた朝9時に出勤しなくてはいけ
ないというようにシフトは過酷で、そのわりに収入は低かった。そして店長の言うことが
絶対という雰囲気に耐えられなくなったのが決定的な理由となって、森は 2 年余りで会社
160
を辞めた。現在は失業中でハローワークに通っているという森は、同居している義父の収
入に依存しており、客観的にはそうした経済的理由こそが「地元」滞留の理由であるかの
ように指摘したくなるかもしれない。だが、森自身にとっては家族をケアするという役割
こそが、
「地元」にこだわる積極的な理由として語るのである。
X 大学を中退し、マッサージのチェーン店の委託社員を務める谷啓介のケースもまた、
「地元」で働こうという「目的」意識はさほど強くないにもかかわらず、実家との切りが
たい関係性が生命線となり、
「結果」として地元で就職しているというケースであるviii。
谷の地元は、地方中核都市の郊外にあたる小都市であるが、こうした郊外の環境は「中
途半端」なのであまり好きではない。地元の祭りくらいは出てもいいかな、とも思うが、
「でも、面倒くせぇしな」と、至って関心がない。中学校は不登校だったので、地元の友
人はひとりだけ。そういうわけで地元にこだわるつもりはない。マッサージ師の仕事はと
ても気に入っていて、そのためには「楽で当たり前って思いたくない」という覚悟はでき
ており、地元志向は弱い。京都に支店ができたら、そこに行きたいなという思いもある。
だが、谷は家庭の事情から地元を離れられない、と語る。父親が障害者となったために、
両親とも無職で、姉もフリーターと家計がきわめて厳しい。しかも、親は借金を抱えてお
り、谷が中退したのも、大学の学費を払えなくなったためである。現在、谷は正社員では
ないが、一週間あたり 72 時間という長時間労働で、今回調査のなかで最も高いレベルの
300 万円台の年収を稼いでいる。だが、谷は家計の柱として期待されていて、稼ぎのすべ
てを実家に入れている。谷のほうも、家事面では母親に全面的に頼っていて、
「風呂とか飯
があるだけで全然違う」と、ハードな長時間労働の日々を支えてくれる実家の恩恵をあり
がたく思っている。家族からは、
「もっと稼げ」と叱咤されて「むかつく」こともあるが、
他方で「もっと休め」といたわられることもある。このように、谷は、地元を出られない
やむをえざる事情を消極的に語る一方で、家族との相互扶助的な関係のなかで役割が与え
られることによって、ぎりぎりのところで生活とプライドを維持している。
この調査においては、ほとんどのインフォーマントにおいて「実家」はその機能を果た
しているとみなせた。
「実家」は、それが機能している限り、「地元」による社会的包摂の
積極的要因として第一に語られることはなかなかない。だが、前述の 2 ケースのように、
自らの雇用の不安定に加え、
健康問題等の理由で、親世代の機能不全の危機が生じたとき、
はじめて実家は自分の存在価値をかろうじて与えてくれる空間として積極的に意味づけら
れることになる。
2.6
社会的排除の結果としての地元滞留(2)
「やりがい」か「地元」か
インフォーマントのなかには、「地元志向」を否定はしないものの、現段階において仕
事の「やりがい」をより優先させている人たちもいる。今回の調査対象には出身県外就職
者が 8 名いたが、いずれも今の「やりがい」のある仕事でキャリアを蓄積してきたと考え
ており、そのうち 5 名は可能ならば今の県外の職場での仕事を続けたいと願っていた。
しかし、こうした「やりがい志向」型のインフォーマントであったとしても、労働条件の
厳しさ、あるいは仕事の将来的な見通しからする限界を意識し、最終的に「やりがい」を
放棄して地元に帰ることを検討している事例がいくらかあった。
福祉系の学科を卒業し、知的障害者の授産施設で働いて5年目になる飯田真一の例を見
161
てみよう。飯田は、大学の専門性が生かされた障害者支援の仕事で、
「それなりに積み上げ
てきたものはある」と仕事に対するプライドも高い。だが、二つの限界を目の前にして、
地元に戻って転職することも視野に入れている。まず、年収 200 万円台で昇給の見込みが
全くないという現実。介護報酬の低さに対して「正直この給料で、将来的なことは考えら
れない」と強く不満を述べた。そして、就業時間が週 70 時間以上と長いこと。これについ
ては、
「もう何も進歩を目指さなければ、現状維持に徹するんであれば、早く帰れるんです
けどね。ただ、やっぱり利用者のこととか考えたり、自分の仕事っていうのをもうちょっ
と高めようとか思ったりすればするほど、時間がかかる」と、
「やりがい志向」の労働者が
「やりがい」にこだわって労働環境を自ら悪化させてしまう事態の危うさを強調した。
また、飯田のような専門職ではないが、同様に「やりがいの限界」に直面しているのが
小橋大樹の例である。小橋は、地元を離れ、中山間地の街にある葬祭業者のホール・スタ
ッフとなって 7 年になる。小橋は、葬儀屋という仕事について、仕事柄「差別的にみられ
る」うえに、
「3K」のとても難しい仕事であり、それゆえにそれを克服することは「修行」
的な意味での尊いことだと考えている。田舎の葬儀屋は、民営化にともなう価格競争の激
化のなかで経営的に不利な状況に置かれている。もともと地元外就職である小橋には、今
働いている地域に固執するわけではなく、採算を求めて「社長が旗を立てて都会に行くぞ、
と言えばついていく」という考えがある。小橋が危惧するのは、競争主義的な風潮に合わ
せて、社風が変化していくことだった。小橋は、
「会社の方針が変わり、利益追求をしすぎ
て、ぼったくり的な取引が行われるようになってしまったら、この会社にはいたくない」
と言い切る。近県に住む両親は、
「長男」である小橋が地元に帰ってくることを強く望んで
いる。小橋は、やりがいのある今の仕事を辞めて、地元に戻って転職することも視野に入
れているが、会社の状況を見極め、「ぎりぎりのところまでやってみよう」と思っている。
「やりがい」か「地元」か。いずれにせよ、悪い労働環境や先の見えない将来展望に「ぎ
りぎりのところまで」耐えることができるのは、このような若者を社会的に包摂しようと
するストーリーが内面化されているからだ。
3
地元志向と社会的包摂の可能性
これまでの分析を通して、X 大学出身者である当事者たちにとっての「地元」の意味に
ついて、経済的あるいは存在論的に包摂の感覚をもたらしてくれる空間という意味と、社
会的排除に対応するためのささやかな防波堤としての意味との両面から分析してきた。そ
して、両者はまったく異なる社会学的現実を示すものではなく、常にからまりあったリア
リティとして現れているという実態が明らかになった。
こうした状況について、ジョック・ヤングの「過剰包摂」の概念がまさにあてはまるの
ではないかと私は考えている(Young 2007=2008)
。ヤングは、
「満足の文化」を生きるマジ
ョリティが生きる世界と、排除の対象となるマイノリティが生きる世界を全く異なったも
のとして二項対立的に描き出すことに異を唱え、後期近代に急激に拡大したマスメディア、
大衆教育、消費市場、労働市場による社会的包摂の作用に注目する。そして、マイノリテ
ィもマジョリティと同様に共通の価値観や文化を支持し、過剰に包摂されているゆえに、
マイノリティが「そうした文化がふりまくイメージを実現することから系統的に排除され
162
ている」という実態がなかなか問題にならないというメカニズムに注目する。本稿で見て
きた地元志向の若者に関していうと、
「地元生活」の社会的包摂の理想を支持しているにも
かかわらず、生活実態はそこから乖離しているという状況がまさにこの「過剰包摂」とい
う概念に対応している。
こうした問題状況をどう見るかについては、次の二つの見方が想定しうる。
第一に、
「地元」を出ようとしない若者の就業意識の低さにこそ問題があるという見方で
ある。こうした見方からは、地元志向の若者の資質が問題となり、
「地元志向」による社会
的包摂よりも、キャリア意識を高めることのほうが大事なのではないかという考え方が導
かれる。
第二に、
「地元生活」の理想を実現するために、まず大学教育と労働市場のミスマッチン
グを解消し、教育機関が職業レリバンスを高めることによって、地元におけるキャリアア
ップの道筋を作り、社会的包摂を実現していくべきだとする見方である。
以下では、調査結果に基づきつつ、こうした見方の妥当性について批判的に考察をした
い。
3.1
地元志向と就業意識
社会学者の山田昌弘は、
「たとえ地方に生まれた人であっても、自分の能力を生かそうと
する活力の高い人は、地元に留まらず、チャンスを求めて高付加価値産業のある地域に移
動する」と述べている(山田 2006)
。こうした見方によれば、
「地元志向」の強い本稿の調
査対象の多くは、
「活力」が足らずに諦めてしまった人たち、すなわち「ニュー・エコノミ
ー」がもたらす「希望格差社会」の底辺を形成する人たちということになってしまう。
確かに、将来展望についての調査結果自体は、驚くべきほどネガティブなものであった。
「将来、親よりもよい暮らしができると思うか」という質問に「できる」と答えたのはわ
ずかに 4 名。それに対して「できない」と明言した者が多数(14 名)を占め、
「同じ程度」
が 5 名であった。階層上昇への期待は概して非常に低い。職場の将来性についても、
「問題
はない」
と認識している者は少数で、
半数ほどが勤務先の経営が思わしくないと指摘した。
また、個人の昇給・昇進の明るい見通しを語る者も少なかった。そして、先にも述べたよ
うに、会社の収入の低さや労働条件に耐えられないという消極的理由での離職・転職を検
討する者の数も多い。今の仕事がキャリア・アップに繋がっていくと思うかという質問に
ついても、肯定的な回答は約半数(12 名)にとどまった。
だが、そもそも管理職への昇進コースをあまり見込めない層に、
「キャリア」という言葉
を向けても、具体的に想像しがたいのは当然である。特に事務職の 8 名は、
「誰でも覚えれ
ばできる仕事だから」
(河口綾子・銀行事務)などと、ネガティブな回答が目立った。そし
て、
「キャリア・アップ」を望めると答えた者にしても、昇進や昇給の願望に関わるものは
少数派で、目立ったのは、自身の専門知識の習得にともなって仕事の幅が広がるというタ
イプ、あるいは経験を通して自信が形成されたというタイプの回答のどちらかであった。
例えば、地元の街のスーパーに正社員として勤務する山口智恵美は、もともと大企業志
望だったので、今の仕事は「夢を叶えたとは言えない」という。だが、当初は「なめとっ
た」スーパーの仕事をやってみたら、その仕事の難しさとやりがいに気づく。
「こういうふ
うにセッティングすれば売れるかな、とか、そういうことを考えたりするのが楽しい」と
163
思えるようになった。しかし、昇進についてはレジしか入れない高卒とは違って、各部門
のチーフにまでは行けるが、
「要領のいい国公立の人たち」みたいに「本部に行くこと」は
できないと展望している。それでも、山口は「キャリア・アップ」について尋ねられると、
「可能」と答える。その理由は、
「(肉体労働をとおして)根性がついた」から。つまり、
自分なりに仕事ができる人間に成長したという感覚である。昇進や昇給を目指すという意
味でのキャリア・アップではなく、自分の仕事の能力を高めようと努力しているという点
では、山口の就業意識はアクティブなものである。
インフォーマントの階層上昇意識の低さが、必ずしも就業意識の欠如と結びつくわけで
はないという証拠はほかにもある。収入や労働条件には不満が高かったにもかかわらず、
現在の仕事の「やりがい」や「具体的な仕事の目標」については、
「ある」と答えた者が大
半であった(それぞれ 18 名、20 名)。興味深いのは、その中身である。
「やりがい」の中
身として、最も多くのインフォーマントが挙げた回答パターンは、
「顧客に喜ばれた経験」
に関するものだった(8 名)
。そのような経験を個人の仕事上の目標とすることは、直接的
に企業利益に直結するわけではない。そして、そのような経験に頼って悪い労働環境に耐
えることは、
「やりがいの搾取」
(本田由紀)に陥る罠なのかもしれない(本田 2008)。だ
が、仕事を通して他人に承認される人間に成長したという喜びを支えにモチベーションを
維持していくことは、対人サービスに関わる者が仕事を継続していくうえで欠くべからざ
る契機なのであるix。
例えば、福祉系学科を出てチェーン展開しているドラッグストアの準社員になった安田
太郎は、収入の低さ(年収 150∼200 万円)や労働時間の職場の待遇についてはひどく不満
をもっている。そのうえ、希望した地元ではなく、はるか離れた隣県の支店に転勤となっ
て一人暮らしをしなくてはいけなくなったことをきっかけに、就職して半年ほどでもう転
職を具体的に検討しはじめている。だが、商品の取り扱いに関する資格をとって、仕事の
幅を広げようという意識もあり、不満なのは労働条件についてだけである。仕事の内容自
体にもやりがいはあると思っている。何よりも「客に商品のある場所を聞かれて、答える
ことができて、感謝されてうれしい」と思えることが時々あるからだ。
安田も含めて、インフォーマントの約3分の2ほど(19 名)が、就職は「希望通り」だ
ったと答えている。地元志向の若者たちは、概して職業選択に関しては地味すぎると思え
るくらいに現実的であり、仕事を選びすぎているわけではないし、就業を忌避しているわ
けでもない。もし、安田の職場の待遇に関する不満、そして地元に近い支店での勤務とい
うささやかな希望に職場が耳を傾けていたら、安田は転職を考えることはなく、職務能力
を高めようと取り組んでいただろう。低所得・低技能の対人サービスの仕事であっても真
面目に向き合おうとする若者の「活力」を高めるためには、そうした仕事に将来にわたっ
て閉じ込められないようなキャリアの道筋を作ることも大事であるが、それとは別に、地
元のネットワークを大切にしている若者たちの希望に対し、企業側が配慮することも必要
となるだろう。
3.2
大学による過剰包摂?
大学進学は、階層上昇の夢を見させる。インフォーマントの出身大学のパンフレットや
ホームページを見れば、マスコミ、教師、公務員、学芸員、社会福祉士、理学療法士等、
164
高度な専門職や地元安定就職への道が開けることを謳っている。キャリア教育の教材に登
場するのは、ほとんどが成功例だ。インフォーマントのなかには、そういった宣伝文句に
乗って、大学入学時にはこうした専門職に就くことを漠然と願っていたが、最終的には挫
折し、全く関係のない仕事や、低収入・低技能の仕事に就いた者も多い。確かに希望通り
「公務員」や「教師」になった者も一部にはいるが、今回の調査対象者はいずれも非典型
雇用であった。市役所の臨時職員として働き、なかなか正規職員の試験に受からない上田
良介は、
「高校の職業科を出て就職すればよかったかもしれない」と、大卒のキャリアに自
信を持てずにいる。大学では「学生として勉強しろということより、お前はこれから社会
に出てこういうふうに生きなきゃならないんだぞ」といった精神論は教わったが、具体的
に「社会に出て役に立つ資格やスキル」を身につけられなかった、と悔やむ。学生募集に
焦る非選抜型大学は、時として労働市場の実態をかんがみずに、現実離れしたキャリア・
アップのイメージを煽る。就職後の低い階層上昇意識と合わせてみれば、こうした状況は
「高度大衆教育社会における過剰包摂」と言えるだろう。
大学を離れた現在においても、インフォーマントの大半は、大卒の市場価値をあまり実
感できてはいない。約半数は「高卒がほとんど」の職場で働いており、しかも高卒と同じ
待遇や職務内容であると答えている。仕事をするうえで大卒であることにメリットが感じ
られると回答した者も半数ほどいたが、その大半(10 名)は2,3万円程度の月給の格差
のみで、職務内容やキャリア面には学歴による差があまりないか、むしろ勤続年数の面で
「出遅れている」と認識している。
「就職してみて、同じ高校を卒業して就職した友人たち
と比べて、大学を卒業してよかったと思える点はありますか」という質問に対して、はっ
きりと否定的な回答をした者が半数近い 11 名もいた。
特に建設業や製造業については、高校の職業科のほうが大学の専門よりも職業的レリバ
ンスがあると考える者も何人かいた。例えば、花木進が最初に勤めた建設機械のリース会
社の同僚は、自分以外はみな高卒。同じ年齢の同僚は、クレーン車の操作に既に慣れてい
るのに対し、自分は圧倒的に遅れているのがわかった。うまく操作できずに劣等感を感じ
ているところに、周囲からは「大卒だから頭いいんでしょ」などという嫌味を浴びせられ
る。こうした過程で、花木は精神的に追いつめられ、1年もたたないうちに仕事をやめた。
従来は高卒女性の仕事であった比較的低技能の事務職は、近年著しく高学歴代替が進ん
だ職種であるが、労働現場では大卒も高卒も資質的に変わりがないことがわかって、
「戻り
現象」も一部に見られているという(筒井 2006)。実際、製造業(制服製造)事務職の小
林恵は、高卒就職者について、
「仕事的にはあんまり変わらないから、逆にすごいと思う。
自分より4年も早く社会に出たってことだもんね」と、その印象を語っている。会社のあ
る K 地域は繊維産業の集積地として全国的にも有名で、若者にとって魅力的な数少ない地
場産業ということで、大学のゼミの先生に勧められるままに就職を決めた。だが、任され
た仕事は、電話の応対をはじめとするとても単調な仕事。仕事があまりにも「退屈」なの
に呆れて、あと数カ月で退職する予定である。「
(大学で学んだことで)今の仕事に役に立
つものはないから、短大卒でも変わらなかったかも」という小林は、
「人と接する仕事」へ
の転職を希望している。
大学で履修した専門的なプログラムを修了し専門職となった者については、仕事内容に
ついては高い満足を語るが、大卒の付加価値に関しては不安な気持ちを隠さないケースが
165
ある。例えば、作業療法士となった加藤美智子は、待遇面においては専門学校出身者に比
べて月給ベースで 3000 円ほど高いが、キャリア的には「逆に、ちょっと出遅れた感がする」
と言う。X大学出身者が取得している作業療法士や介護福祉士等の医療・福祉関係の資格
の多くは、大卒でなくても取得できる場合が多く、労働市場における大卒資格の付加価値
を「仕事ができること」を通してどのように説明するのかは、なかなか難しい。
このように、高卒者と同じ職場で同じ職務についた多くのインフォーマントは、大学教
育を通して自らの労働力としての付加価値を高めたかという点については懐疑的である。
だが、興味深いのは、たとえ大学教育のふりまく階層上昇の夢(すなわちメリトクラシー)
に裏切られたと認識していたとしても、
「勉強に限らず、仕事上、大学を卒業したことのメ
リットは何かありますか」という問いに対しては、卒業者のほぼ全員(23 名)が肯定的な
回答をしていることである。そして、やはりほぼ全員(24 名)が総合的に「X 大学に行っ
たことはよかった」と認識しているのは、なぜか。その理由は、以下の二点に要約される。
第一に、X大学出身者が働くノンエリートの労働現場においては何よりも「人間性」が
評価の対象となり、「よほどの一流大学でなければ学歴はあまり意味をなさない」
(小橋大
樹)という実態があるからだ。例えば、観光関連の小規模な団体の職員である木田修一朗
は、「トヨタであるとか大塚製薬であるとか我々の人知の及ばない一流企業」とは違って、
「中小企業から下」に関しては「大卒っていう資格が有効になるような時代ではない」と
いう見方を強調している。木田は、大学の地域文化論のゼミで勉強したことは、今の観光
に関する仕事の興味関心にもつながっており、それが財産になっているという。木田は、
大卒資格は仕事上のメリットがあるかという問い自体をずらして、むしろ「自分が好きな
ことを大学時代に勉強したことに価値があればこその大学」ではないのか、と述べる。
第二に、大学でさまざまな社会体験(ゼミ、サークル、アルバイトなど)を通して、多
様な人間と出会い、成長できたことの意味である。インフォーマントのなかには、大学に
おける専門的学習のモチベーションが低い者も多いが、大半の者が「大学に行って良かっ
た」と考える第一の理由として、そこで得られた人間関係を挙げている。そして、そのこ
とは仕事をするうえでもメリットとなったと認識されている。
「勉強に限らず、仕事上、大
学を卒業したことのメリット」としても、専門能力というよりは「人間関係の厳しさを知
った」
(瀬戸内健太・製造業事務職)というふうにコミュニケーション能力に関する回答が
目立った。そして、こうした能力は、大学のキャリア教育のおかげではなく、むしろ、ゼ
ミ・サークル・アルバイトなどの仲間集団との自由な交流のなかで身につけてきたものだ
と認識されている。つまり、労働力としての付加価値は高められなくとも、大学で社会に
出ていくうえでの精神的準備を整えることができたということだ。
大学の専門を生かして学芸員を目指していたが、結果的にはハローワークでの求職活動
を経て、専門とは全く関係のない土木建設事務所での技術職見習い工となった西山真司の
事例を見てみよう。職場では、
「高校中退の肉体労働系の人」が多く、「パチンコ、風俗、
ギャンブル」のおしゃべりばかりしているという環境に、西山は確かに戸惑いを感じてい
る。だが、希望職種とはまるっきり違った仕事につくことになったにもかかわらず、西山
は大学に行った経験を高く評価している。友人をたくさん作り、
「いろんな考え方について
話し合えた」ことが何より「面白かった」からだという。そして、高校までと違い、年齢
の幅も広く、
「擬似的な社会勉強」をできたことは、今仕事で多様な価値観の人々とコミュ
166
ニケーションをとっていくうえでもプラスになったと考えている。
こうした調査結果をどう評価すればよいのか。二点にまとめたい。
まず、若年雇用の不安定化が低学歴層により強いインパクトを与えつつ進行しているな
かx、非選抜型大学の振りまく階層上昇の夢と比べて、現実の職種とのミスマッチがはなは
だしいことにはもちろん問題がある。だが、だからといって、大学の規律訓練を強化し、
キャリア教育を充実させることによって少しでも現実を理想に近づけることができるとい
う「ドラゴン桜」戦略には無理がある。むしろ、高度大衆教育社会は従来ならば大学に入
らなかった層を大量に抱え込んでいるのだということをきちんと認識するべきである。従
来、大卒男性は「新中間階級」となることが当然視されたわけだが、今回のインフォーマ
ント 26 名のうち「新中間階級」と定義できる者は 8 名に過ぎず、
「労働者階級」はその倍
以上の 17 名(調査時点の無業者 2 人を含む)
、そのうち 7 名は非典型雇用であったxi。こ
の実態は、非選抜型大学(マージナル大学)が「
『労働者階級』養成のための高等教育機関」
となっているとする居神浩の見方と符合する(居神 2007a)
。
そして、非選抜型大学に進学する学生の一定部分を「潜在的な若年失業者」あるいはマ
ルクス主義的な意味での「労働力予備軍」として見ることは、様々な示唆を与える。実際、
今回のインフォーマントに大学進学の理由を尋ねたところ、半数以上が「高卒時に就職す
る自信がなかった」「高卒時に就職に失敗した」
「進学するかどうかを迷っていたら、親か
ら勧められた」
「人見知りを克服したかった」などといった、消極的な進学決定理由を挙げ
ていた。インフォーマントのなかに大学 4 年間の自由な時間を「ワン・クッション置くこ
とができた」と表現する者が 3 名いたことは、こうした層にとっての大学の持つ意味を象
徴的に表している。多くのインフォーマントは、必ずしも大学教育がふりまく「上昇=メ
リトクラシーへのあくなき意志」
(遠藤竜馬)に振り回されることなく、むしろ「地元生活」
のささやかな希望を語りながら、自分自身が社会に出ていく人間として自信をつけていく
うえで必要な時間として、大学に在籍した経験を肯定的に受け止めていた(遠藤 2005)
。
こうした実態を踏まえれば、高度大衆教育社会がこうしたノンエリートの地元志向の若
者を包摂しようとするために必要なのは、過酷な労働力市場に適応すべく、規律訓練の強
化によって職業レリバンスを高めるような専門学校化への道筋よりも、むしろ大学の自由
を生かしながら、労働力市場によって「無能力」と烙印を押されたさいの「自分自身から
の排除」をいかに防ぐために、
「精神的な
溜め 」を作っていくという観点ではないだろ
うか(湯浅・仁平 2007)。調査の最後に、
「若者の雇用悪化問題は誰の責任が一番大きいと
思うか」という質問をしたのだが、インフォーマントの半数近くが「若者自身」と答え、
いわゆる自己責任論を支持したことは、そうした意味において気がかりな結果であった。
4
結論と課題
インフォーマントを、満ち足りたマジョリティであるか、あるいは失意のどん底にある
マイノリティであるかという二分法で分類しようとしても、イメージは分断されるばかり
で、生産的な認識はもたらされない。
ノンエリートの「地元」志向の若者たちの語りのなかから創造的なライフスタイルの可
能性を楽観的に展望することはできないし、逆にこれを都会に出る活力を失った状態とみ
167
なし、希望を喪失して精神的に委縮してしまっていると表象されるほどに救いがないわけ
でもない。調査結果から見えてきたのは、決して明るくない自分の将来展望を語りながら、
それでも「地元生活」がもたらすささやかな包摂の感覚によって、ぎりぎりのところで自
らの存在を支えている当事者のリアリティであった。
ジグムント・バウマンはグローバリゼーションのダイナミズムについて、このような見
方を示している。一方で、近代化の帰結としての「ローカルな過剰にグローバルなはけ口
を」限界まで探し続けるという動きが進む。そして、それが限界に達しようというとき、
「あらゆる地域がグローバルに生み出された問題にたいしてローカルな解決を探す」動き
が始まるのだと(Bauman 2004=2007)
。人的な移動に関していうと、前者はトランスナシ
ョナルな移民現象であり、後者は地元志向現象として位置づけられよう。このままグロー
バリゼーションにともなう産業構造の変動が進行していけば、累進的に相対的過剰人口(=
労働力予備軍)としてのノンエリートの「地元志向の若者」が増大していくに違いない。
このようにグローバリゼーション論のなかに「地元志向の若者」を位置づけた場合、今
後注視していく必要があるのが、ノンエリートの「地元志向の若者」と同じく、地域の労
働市場に増大している外国人労働者との関係である。インフォーマントの一人の木田修一
朗は、はっきりとした外国人排斥の考えを持っている。
「若い人は末端業務をやりたがらな
いから外国人を入れると国は言うけど、僕の同期でも『むしろ工場はいい』って就職した
人もいっぱいいるし、やりたがる若者はいっぱいいると思うんです。だから、仕事がない
人がいるのに外国人を新たな労働力として入れるのはどうかと思う」と。
「地元」もしくは
「地域」志向の包摂の物語が、このような排外主義に帰結してしまうとしたらとても不幸
なことである。
「地元志向」の夢も、
「トランスナショナルな移動」の夢も、いずれもこの
グローバリゼーションの時代をサバイバルしていくための社会的包摂の夢であるならば、
共有される体験についての想像力を高め、両者を架橋する感受性を養う契機を、何とかし
て見つけていかねばならないxii。
i
太田聡一は、若年失業率の地域間格差を説明するうえで、各種統計を分析しつつ、
「地元
志向」を独立変数として見ることができることを明らかにした(太田 2007)。
ii
「若者の地元志向」に関する先行研究の理論的な位置づけに関しては、吉備国際大学社
会学部紀要に掲載した拙稿を参照のこと(轡田 2009)。
iii
調査対象の選定にあたってはスノーボール・サンプリングによって、インタビュー候
補を調査員ひとりあたり3∼5名程度探す作業から始めた。この作業によって集まった約
50 名の候補者のなかから、さらに調査対象者を絞り込んだ。絞り込みにあたっては、比較
事例研究のメリットを生かすために、出身学科、年齢、性別、居住地域、職種に関しては
変数を制御し、質的多様性を重視するためにプロフィールの重複を避けた。そして、その
さいに X 大学の卒業生の動向に関する諸データを検討し、典型的なプロフィールの事例が
欠落しないことに留意した。ただし、留学生については対象外とした。
iv
1990 年度の日本全国の大学合格率は 62%、現在においてそれは 100%に近い状態で、し
かも分母となる大学定員の増加の効果(つまり 1990 年に大学進学を全く考えなかった層も
あらたに志望するようになっていると考えられる)からすれば、このような言い方は決し
168
て極端なものではないと考える。
「低偏差値校」で「学力低下」が問題になるとしたら、
「非
選抜型大学」では一部の「境界的な学習障害」学生の問題がそれに加わるというのが象徴
的な違いと言えようか。ただ、誤解を避けるために言えば、
「非選抜型大学」の学生やこの
調査のインフォーマントのすべてが「1990 年において大学生になれない」とか「学力的に
最底辺」というわけでは決してない。
v
インフォーマントに「地元の範囲」を尋ねたところ、半数以上の一般的な答えは、現住
所である行政区分としての「市」を挙げるもの、あるいはその「市」から自動車で移動で
きる生活圏を回答する者であった。その他、県外出身者や県内移動を経験している者は「県」
名を挙げたし、あるいは、市町村の一部に過ぎない狭い生活圏を回答する者もいた。
vi
分配が問題となる経済の領域と、承認(尊重と地位の配分)が問題となる存在論の領域
を分析的に区別する理論図式については、ナンシー・フレイザーの理論を解釈したジョッ
ク・ヤングの議論を参照。(Young 2007=2008)。
vii
インフォーマントについては全て仮名。
viii
今回の調査では、2 名の中退者についても対象としている。
ix
対人サービスの分野で「やりがい」が強調されることが多かったのに比較すると、事務
職の「やりがい」意識は低調であった。
x
本田由紀は、雇用データを参照しつつ、同じ大卒といっても威信とランクが低いと見ら
れる「1990 年代以降に設立された私立大学」と「国立大学」とのあいだにある雇用不安格
差がますます拡大していることに注意を促している(本田 2008)
。
xi
橋本健二による階級分類の定義を適用した(橋本、2001)。
xii
非選抜型大学には、日本人学生の激減と相反するように留学生が増大しているところも
多い。
中国や韓国でも高度大衆教育社会化の急激な進行にともない、
「ノンエリート大卒者」
の就職難が目立ってきている。日本の非選抜型大学は、日本人のみならずトランスナショ
ナルに相対的過剰人口を吸収しているというふうにも言えるかもしれない。
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がや・中村好孝・丸山真央訳『後期近代の眩暈』,青土社)
湯浅誠・仁平典弘,2007,
「若年ホームレス」本田由紀編『若者の労働と生活世界』大月書
店
170
執筆者紹介(論文掲載順)
有田
伸
東京大学准教授
上村
泰裕
名古屋大学准教授
樋口
明彦
法政大学准教授
金
成垣
東京大学社会科学研究所助教
久世
律子
法政大学大学院社会学研究科博士課程
石田健太郎
明星大学実習指導員
児島
功和
東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程
渡辺
芳
轡田
竜蔵
東洋大学人間科学総合研究所奨励研究員
吉備国際大学専任講師
―――――――――――――――――――――――――――――――――
科学研究費補助金研究プロジェクト
(基盤研究A 2007-2010: 研究代表者 舩橋晴俊)
(課題番号 19203027)
論文集(Ⅲ)
若者問題の比較分析(「若者問題と社会規範」班)
発行日: 2009年3月25日
編集者: 樋口明彦
発行者: 法政大学社会学部科研費プロジェクト「公共圏と規範理論」
連絡先:
〒194-0298 東京都町田市相原町4342
法政大学社会学部資料室
Tel
※
042-783-2367
Fax 042-783-2370
本書の無断転載・引用はご遠慮ください
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