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ポータブルシンクロトロンで開ける新しい放射光利用

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ポータブルシンクロトロンで開ける新しい放射光利用
ポータブルシンクロトロンで開ける新しい放射光利用
山田廣成
立命館大学 COE 推進機構・放射光生命科学研究センター、草津市野路東 1-1-1
1.はじめに
筆者がポータブルシンクロトロンで遠赤外線レーザーの原理である光蓄積リング[1]を発表したのは 1989 年の事
である。この原理に対して 1995 年に科研費基盤研究Aがつき、卓上型シンクロトロンみらくる 20 の開発を開始し
た[2]。1998 年に科学技術振興事業団の援助でマイクロトロン入射器を入手し、実用的なビーム入射に成功したのは
2000 年 12 月の事である[3]。筆者が立命館大学へ移ってからの事であり、学生と筆者で設計、組立、コミッショニ
ングの全てを行った。みらくる 20 を用いて最初に行った実験は高輝度ハードX線の発生であった。高輝度X線を卓
上型シンクロトロンで発生する原理[4]を提唱したのは 1996 年の事である。高輝度X線発生の成功に基づき、2001
年には、科研費基盤研究Sの予算がつき、X線発生専用マシンであるみらくる 6X を開発することになった。みらく
る 6X[5]の開発に成功し、みらくる 20 の 1000 倍のX線強度を観測したのが 2003 年 11 月である。その後は、様々な
X線利用を展開している。イメージング、拡大イメージング、血管造影実験、医療診断のための基礎実験、癌照射
実験、X線CT、重金属の蛍光X線分析、多層膜ミラーによるX線集光実験、白色ラウエ実験、遷移放射発生実験
等である[6]。
遠赤外線放射光はもちろんみらくる 20 から発生していたが、それを実際に観測するのに幾つかの困難があり、M
CT で 100mV の放射光出力を観測したのは、2001 年春である[7]。そして、つい最近、環状ミラーを導入して 800mV
の出力を観測し、高輝度白色遠赤外線光源が実用化した[8]。
みらくる 6X で発生したX線の特性は、様々な点で SPring-8 を上回ると言って過言ではない。高々外径 60cm のシ
ンクロトロンで、SPring-8 を上回ると言うと、提唱した当時も今でさえも、少なくない方々から疑問の声をお聞き
する。筆者が執筆のご依頼に答えたのは、この論文がそのような疑問にお答えする一助になればと考えたからであ
る。
遠赤外線の強度が SPring-8 を上回るのは当然である。遠赤外線領域では、電子エネルギーや電子軌道半径に関わ
らず、単位軌道長当たりの遠赤外線発生量はほぼ同じだからである。全周から発生する光を集めれば良いというの
は簡単な理屈である。通常、放射光で切り出す角度広がりは、10mrad 程度であるから、みらくるでは約 1000 倍の
強度が期待できる。これは、卓上型放射光だから出来ることである。
卓上型シンクロトロンの構想は、もちろん筆者がその設計製作技術を保有しているから実現できたものである。
現在そのような技術を保有しているのは、筆者と筆者が設立した、(株)光子発生技術研究所 [9]である。このポー
タブルシンクロトロンのルーツは、AURORA[10-12]という超伝導シンクロトロンである。1989 年に完成した AURO
RA は、当時X線リソグラフを実現するために開発した経緯がある。残念ながらこの装置は超 LSI 生産現場に導入さ
れることはなかった。超伝導を使って小型化したとは言え、400 トンという重量は、紫外線光源でリソグラフをし
ていた人々に違和感を与えた。He 冷凍機のメンテが予想以上に大変で有ったことや、X線リソ技術自体が未熟であ
ったことも実現に至らなかった理由である。
完全円形シンクロトロンには不思議な魅力がある。住友重機械工業(株)は AURORA で学んだ後、AURORA2
[13]を完全円形ではなく、レーストラック型とし、常電導磁石を用いて作ったために、完全円形シンクロトロンの技
術を失った。完全円形シンクロトロンには共鳴入射法が必要であるが、その発明者である高山技師が急逝したため
に、住友重機械ではその技術を継承することができなかった。一方、筆者は、完全円形という単純さに魅せられ
て、共鳴入射法を継承し、さらに小型化と高度化を模索した。完全円形にこだわり続けたのは筆者のみであった。
物事は単純で有れば有るほど美しく、無限の可能性を秘めているという筆者の哲学がそうさせたのであるが、光蓄
積リングは完全円形であるから派生した原理である。そして実は、実用的にも、シンクロトロンのダイナミックア
パチャーが非常に大きいことや、ビーム入射を連続的に行える等の特徴がある。
2台のみらくるを使用するプロジェクトは、文科省21世紀 COE に選定されて、ユニークな生命科学を展開して
いる[6]。本論文では、みらくる 6X とみらくる 20 で実施している様々研究について概説する。
2.みらくる6X
2.1
加速器
高輝度X線発生装置みらくる6Xは、2003 年 11 月 12 日にビーム入射に成功した。ポータブルシンクロトロンを
用いるX線発生機構は、理論の提唱[4]に基づき、電子エネルギー20MeV のみらくる 20 を用いて実証された[3]。み
らくる 6X(図2)は、同じ原理を用いた装置であるが、みらくる 20 の装置外径 1.2m に対して、60cm と縮小し、
エネルギーも 6MeV に落とした上で 1000 倍のX線強度を出す計画を立てた。6MeV という電子は、相対性理論が適
用される領域であり、ビームの前方への集中が期待されることと、核反応が起こらない限界であり、中性子を発生
しないことから選択された。
X線強度は、主には入射器マイクロトロンで発生する電子数によって決まるため、大電流のマイクロトロンを開
発することが一つの開発要素であった。シンクロトロンは、磁石外径を縮小することと、1/2 共鳴入射法[11,12]を用
いて、垂直方向電子の収束力を高めるデザインとした点が異なっている。
Storage Ring type、Electron E=6MeV
Injector=100mA、Repetition=400Hz
Radiation schme
Radiation Angle
Spectrum
Time structure
Intensity
Average Power
Brilliance
Total Photons
表1
完成したみらくる 6X
85mrad
White 1keV∼6MeV
Pulse width 100ns∼10ms
Repetition:2.45GHz Current:50A/pulse
0.4(0.006)Gy/PULSE(200ns)
Imaging time
図1
Collision with target nucleus
1(100)pulse(200ns(250ms))/flame(576cm2)
160(2.4)Gy/s
2.5E+13(11) 光子/s/mrad2/mm2/0.1%λat 30keV
5.5E+11(9)photons/s/0.1%λat 30keV
みらくる6Xの仕様とX線強度。括弧内は CW
加速無しで得られるX線パワーである。
図1は、完成したみらくる 6X である[5]。手前が外径 60cm のシンクロトロンで後方がやはり外径 60cm のマイク
ロトロン入射器である。6MeV マイクロトロン入射器は、加速パワー源として、ピークパワー5MW の 2.45GHz クラ
イストロンを使用した。電子源は、加速空洞内に取り付けられた LaB6 結晶であるが、これに 600V、40mA 電子ビー
ムで 1200 度 C に加熱して、約 1A の熱電子を放出させた。6 ターンの後に、6MeV に加速された電子は、鉄管でで
きた磁気遮蔽チャンネルから取り出したが、取り出し電流値、120mA を記録した。パルス幅は、200nS であり、1
回の入射で、1.5x1011 電子を入射した。繰り返しは、最大 400Hz であり、合計 6x1013 電子を入射できる。
シンクロトロンの電子軌道半径は 15cm である。図1でリングの上に乗っているのは、1/2 共鳴入射に必要なパー
タベータのパルス圧縮機である。0.4µs のパルスを発生している。ビーム入射は、理論通りの入射軌道を選択するこ
とにより、2003 年 11 月 13 日の時点で成功した。現在の入射効率はほぼ 100%である。100%の意味は、特定のタイ
ミングで 200ns の間に来たビームは全て入射されているという意味である。この値は、蓄積電流値に直すと、実に
1回の入射で 50A という大電流が周回していることになる。軌道長が短く周回周波数が大きいためにわずかな電子
数で大電流が実現できる。寿命が長ければ、400Hz で 2 万 A を達成できる。これは、トカマク並の電流値である。
但し、現在の寿命は、ターゲットを挿入しない時に 20ms である。様々なビーム不安定性が発生して、20ms という
のはかなりの長さである。筆者が密かに考えている次のターゲットは、重水素の蓄積である。
放射光並卓上型X線源は、みらくるという特別なシンクロトロンを開発したことにより実現できた事である。ラ
イナックにターゲットを挿入しても 1011 という光子数は不可能である。みらくるは非常に大きなダイナミックアパ
チャーを持っているのが特徴である。共鳴入射時には、電子ビームは振幅 60mm に広がって周回する。150mm の周
りに±30mm の幅であるから、実に 40%のダイナミックアパチャーを有する。これが、みらくるで大強度のX線を発
生できる理由である。通常のシンクロトロンにターゲットを挿入しても高輝度X線は発生できない。そしてさらに、
共鳴入射は、中心電子軌道を動かすことなく入射をさせるために、繰り返し入射が容易なことも大強度X線を発生
できる理由である。1kHz 以上で運転しても電源に対する付加はそれほど無い。パルス幅が狭いためである。
加速実験にも成功している[14]。1kW の投入で、X線強度は2倍に増強された。10kW の投入はエージングをしな
がら漸次行う予定である。表1に示したX線強度は、加速パワーを投入しないときのものである。加速パワーを投
入しなくても実用になるのがみらくるの魅力である。
2.2
X線パワー
X線強度を正確に実験的に決めることは困難な課題である。これは、AURORA でいつもつきまとった問題であ
る。一体でできた電磁石内に CT を入れられないのが最大の理由である。AURORA では、放射光強度から電流値を
求めている。みらくるの場合、臨界波長が長いために、放射光の観測にも困難が有った。みらくる 6X の臨界波長は
100µm であるから、さらに困難である。幾つかの方法が有るが、何れも理論を援用しなくてはならない。NaI 検出
器を用いて光子計数を行う場合には、入射電流値を極端に低くしなければならない。そのような電流値を計測する
のは極めて困難である。そして、それでも入射の瞬間に発生するX線はパイルアップを免れない。従って、数 10ms
後に十分に減衰したX線を計測するが、それでもパイルアップが観測される。補正をするためには周回している電
子ビームの寿命を正確に計測しなければならないが、およそ不可能である入射X線を制限するためのコリメータを
使用するが、数 mmφの穴の場合散乱を防ぐことは出来ない。
イオンチェンバー等の積分型検出器を使えば、検出器のサチュレーションやパイルアップの問題はない。しかし、
高エネルギーX線に対する応答関数が不明もしくは不正確であると共に、スペクトルが不明であるから、応答関数
とスペクトルの双方に理論値を用いて校正を行わねばならない。
10000
Al 5µm
Pb 100µm
Cnts
1000
100
10
1
100
1000
10000
keV
図2 NaI スペクトル、ADCに 10ms の遅延ゲートを
かけて計測した。10ms 後にもビームは周回している。
図3
重金属の蛍光X線分析
蛍光X線を計測するのが比較的精度の高い方法である。X線の吸収断面積、蛍光効率、検出器のサイズと検出効
率の波長依存性、ターゲットの密度と厚さ、ターゲット内部でのX線の吸収散乱等の補正は比較的精度良く行うこ
とができる。
結晶分光器により分光した光を計測することも有意義であるが、高エネルギーX線からの散乱をどの様に評価す
るかということと、コリメータからの散乱等不確定な要素がやはりある。
幾つかの方法でクロスチェックした結論が、30keV に対しておよそ 109 光子/s, mrad2. mm2, 0.1%band という値で
ある。この値は、シンクロトロンに加速パワーを投入しないときの値である。加速により、1桁以上のパワーの増
強を期待している。表1の DOSE メーターによる計測は、直接的なものである。
みらくる 6X のX線スペクトルを計測した。3x3”の NaI シンチレータを、光源点から 4m 離し、パイルアップを除
くために、入射ビーム強度を 1mA 以下(実際には計測できなかった)にすると共に、マルチチャンネルアナライザ
ーにパルスクライストロンのゲート信号を用いて入射後 10ms 以上経過した時点でホトンカウンティングをスタート
させた。図2の様なスペクトルが観測された。電子エネルギーまでのびる典型的な制動放射のスペクトルである。
6MeV というエネルギーは、SPring-8 の偏向磁石やウイグラーでは出すことのできないX線エネルギーである。
2.3
X線利用実験
みらくる 6X を使って重金属の蛍光X線分析に成功した(図3)[15]。以前に行ったみらくる20のX線強度は、
十分な物ではなかったから、計測には、2時間を要した。みらくる6Xでは、千倍のX線強度が出ているため、同
様のスペクトルを現在は、約2秒でとることができる。重金属の蛍光X線分析が出来るのは、他には SPring8 のみで
ある。図4に見る蛍光X線スペクトルは、バックグランドがきわめて低いのが特徴である。白色光を使った SPring8 の実験結果と比較しても、極めて低いことがわかる。高エネルギーX線成分が相対的に多いことが考えられるが、
今後の詳細な検討が必要である。重金属の生態系や人間環境に及ぼす影響は、あまり良く知られているとは言えな
い。そのような研究を定量的にルーチンで行うことのできるマシンが誕生したわけ出る。
次に示す利用は、X線イメージングであり、非破壊検査や医療診断に用いることを目的としている[16]。放射光を
用いて高精度のイメージングを行うことができるが、視野が狭いことや、装置が大型のために実用的ではないと考
えられている。図4は高さ 20cm のサイラトロンをみらくる 6X で撮像したものである。左は密着像であり、右は 4.4
倍の拡大像である。サイラトロンは、厚さ 5mm のセラミクスで出来た壁と、3mm 厚のチタンで出来ている。
図4 みらくる 6X で撮像したサイラトロン。左は密着像であり、右は 4.4 倍の拡大像。フィルムと試料の間を
約 1.3m 離して撮像している。
注目すべき事は、15cm の視野全体にわたり光量がユニホームなことと、内部のフィラメントが鮮明に見えている
ことである。X線ターゲットには断面積 10µmφ(電子の進行方向)のタングステンを使用し、約 0.3 秒で撮像してい
る。これだけの構造物が見られるのは、30keV 以上のハードX線が主成分であることを意味している。拡大しても像
がぼけないのは、光源点が極めて小さいためである。通常のX線管で拡大像をとることはできない。放射光ではも
ちろん精細画像をとることができるが、通常は数 cm の試料に止まっている。これだけの大きさの画像を得るのは困
難である。
図5は、みらくる 6X で撮像した最初の大型動物である。胴体長 20cm の雌鶏である。従来のレントゲン写真とは
非常に異なる。あらゆる臓器が、まるでガラスのケースに収められているかのように見える。羽根の1枚1枚も観
察できる。骨は透明に見えるがエッジが強調されている。拡大すると骨の内部も観察することができる。肺は、肺
胞も見えているし内部の気管支も見えている。砂嚢の内部、健胃、腸、卵巣、肝臓、心臓なども見える。肝臓が黒
く見えるのは、血液に満ちていて骨に比べて密度が高いためと思われる。拡大すると血管も見える。柔らかい組織
をとらえることのできるのがみらくるの特徴である。これは、所謂位相コントラスト像である[17]。位相コントラス
トを用いた始めての大型動物のX線像である。
みらくる 6X は、正に医療診断装置として、最適である。レントゲン写真は、軟組織の撮影には、バリュームやヨ
ウ素を注入しなければならない。MRI は、軟組織の撮影に適するが解像度が得られない。みらくるは、MRI と CT の
特性を備えた、理想的な医療診断装置であり、21 世紀の医療診断装置の基本になるであろう。医療ミスや、誤診を
無くすることに大きな貢献が期待できる。X線撮像による放射線被曝がレントゲン写真に比べて 1/15 に減少するこ
とも既に証明されている[18]。放射線被爆を減少させることは重要な課題である。そしてさらに、癌等の放射線治療
装置としても使用できることが明らかになっている[19]。6MeV という高エネルギーX線であるから、ライナック治
療と同様に使用することができる。即ち、みらくるは、癌の診断と治療を同時に行うことの出来る装置であること
が明らかとなった。
既に述べたように、みらくる 6X のX線ビー
ムは発散光であり、その強度は、0.3 秒で 15cm
φのX線像を撮ることのできる強度であるから、
全光子量は明らかに SPring-8 を凌ぐ。この全光
量を一点に収束することは重要な課題である。
X線顕微鏡やタンパク質の構造解析を飛躍的に
進めるものである。もちろん、放射光で行うこ
との出来る、原始・分子レベルの解析が何処で
も出来るようになる。
この数年の間に、X線ミラー技術には著しい
進歩が見られた。研削による表面荒さは、nm
を切り、多層膜を用いて 10keV 以上のX線を集
光できるようになった。そこで我々は、シミュ
レーションを行った結果、積層の円筒型ワルタ
ーミラーで数 1000 倍のX線輝度を実現できる
見通しを持った[20]。このようなミラーの実現
により、みらくるのX線強度は、Brilliance に於
いても Spring-8 に肩を並べる。検討した形状は、
図5の様な物である。ミラーの製作には、レプ
リカ法を採用した。母型をナノメートルの精度
で製作し、表面に多層膜を蒸着し、約 1mm 厚
のニッケルメッキを行う。ついで、熱膨張率の
差を利用して多層膜のついたニッケルを母型か
ら離すという方法である。多層幕の剥離を行う
のは初めての経験であり、まだ未知数であるが、
何らかの対処の方法が有ると考えている。母型
の製作は理研ベンチャー(株)新世代加工シス
テムが担当し、多層膜の製作は、名古屋大学山
下研の協力の元で行っている。図6は、試作し
たミラーであるが、全反射によるX線の集光を
確認できた。
図5 みらくる 6X で撮像した胴体長約 20cm の雌鶏。造影剤は一
切使用していない。食道、肺、心臓、肝臓、腸、肛門、卵巣等全
ての臓器が識別できる。
図5
多層膜を用いた8層円筒ワルター型ミラー
図6
剥離したニッケルミラー。厚さは 1mm である。
タンパク質構造解析BL
タンパク質構造解析BLの準備が進んでいる[21]。コリメーターで 2mmφに絞った直接光を用いた結果では、厚
さ 1µm の金の薄膜からの回折パターンを、約6分で取ることができた。これを多層膜ミラーで集光して、1秒以下
で取ることを目標にしている。タンパク質の構造解析には幾つかの手法がある。白色光を使う場合に情報量は尤も
多いが、解析が複雑となる。10keV 程度の光を用いるが、幾つかの波長を選択できれば、構造の特定が容易である。
Se の標識をタンパク質に埋め込みその吸収端を見る方法があるが、この場合に選択するX線エネルギーは 12keV と
なる。
ビームラインには、先述の8層円筒ワルター型ミラーを組み込むが、段階的な開発が必要であり、当初は、8keV
を目標として製作する。ビームサイズは、0.1mmφを目標としている。
3.みらくる20
3.1
加速器及び遠赤外線トランスポート
みらくる 20 は、高輝度ハードX線利用のアクティビティーをみらくる 6X に移して、その本来の研究目的へシフ
トすることが出来た。
完全円形シンクロトロンみらくる 20 の開発は、光蓄積リング型自由電子レーザー[1]の遠赤外線領域での発振実証
のために科研費基盤研究 A で採択された経緯がある。しかしながら、遠赤外線の利用者は未定であり、レーザー発
振には様々な問題が有ったために、X線の発生実験を優先した。
問題の一つは、みらくる 20 のビーム入射効率が悪いために、永久磁石で出来た四重極磁石を、主磁石中に設置す
る必要が有ったことである。みらくる 20 の主磁場がつくるフリンジングが強い発散力を持つためである。この四重
極磁石は、真空槽の中で光蓄積リング型レーザーのための環状ミラーと干渉するために環状ミラーを挿入すること
が出来なかった。そこで、このフリンジング磁場をうち消す別の手段を検討していたが、環状永久磁石を使うこと
で目途が立った。磁石の製作を行い、2003 年7月に入射実験を行った結果、四重極磁石を用いた時と同程度の入射
効率を観測した[22]。市販の Al 板でコーンを手作りして軌道約 1 rad 分の放射光を集光した結果、冷却MCTを用い
てプレアンプ出力 100mV を観測した[7]。このときのリング電流値は 60mA であった。
続いて、マジックミラーと呼ばれる準楕円ミラーと環状ミラーを用いて、全周から出る放射光を収束して一点に
集め、さらに凹面鏡を用いて平行光にして取り出すことに成功した。この時の出力は、リングの出口で 800mV を記
録した。現在の蓄積電流値は 6A であり、繰り返しは 100Hz で運転している。
赤外線領域の放射光は、電子エネルギーには依存しない。図7に示す様に、電子エネルギーにより、スペクトル
は相似状に短波長へシフトするのみで、単位電子軌道当たり発生する赤外線領域放射光の絶対強度は SPring-8 もみ
らくるも殆ど変わらない。ところが、みらくるは極めて小型であるために、全周から発生する放射光を全て集める
ことができる。みらくる20で全周から発生する放射光を集めた時の理論強度を図8に示す。全周から発生する光
を集めたときの光量を、SR/2πで示している。PhSR は、光蓄積リングの共鳴条件が満たされたときに発生する干渉
光である。蓄積電流値が 1A の時の値である。現在みらくる20では、1回の入射で最大 6A に達する。そして、
100Hz の運転が可能である。但し、ビーム寿命が短く 20ms である。
図7 放射光スペクトル。遠赤外線領域の光量は電子
エネルギーによらない。
図8 みらくる20に 1A の電流値を蓄積したときの
放射光パワー。SR/2πは、全周の放射光を集めたとき
の値。PhSR は、光が蓄積された結果、干渉が発生し
たときのスペクトルである。
図9 みらくる20真空槽内部写真。シンクロトロン主
磁石の磁極間には大きな空間があり、完全円形ミラーの
設置が可能である。みらくる20はそのように設計され
たリングである。
図 10 赤外線輸送システムと分散型分光器。
塩ビ管の間の中を赤外線ビームが伝搬する。ドライ窒
素でパージすることができる。
図9はシンクロトロン内部にミラーを組み込んだ状態である。完全円形ミラーには、電子ビーム入射の為の開口
があるが、それは放射光の取り出し口でもある。取り出した放射光をマジックミラー(準楕円ミラー)で平面ミラ
ー上に焦点を結ぶようにしている。そして、次の放物面ミラーで平行光を作り、リングから取り出す。中心に見え
るのは入射に使用するパータベータ磁石と加速空洞である。
図10は赤外線輸送ラインである。取り出したビームは、一度上に跳ね上げて後、分散型分光照射装置の上から
ビームを入れる。輸送系は、ドライ窒素でパージし、水の吸収を避ける。図 10には見えないが、ビームは、FTIR
にも輸送できる。現在、真空窓には、ZnSe を使用しており、波長 25 ミクロンまで利用できる。今後は、遠赤外線
領域へ利用を進めるが、全てに真空対応が必要である。図12は輸送ライン上で冷却 MCT を用いて計測した遠赤外
線である[8]。このときは 40Hz で運転している。MCT では DC 成分を観測することはできない。
図 12
冷却 MCT を用いて、第2ミラーポイントで計測
した赤外線出力。800mV を記録した。
図 13
分散型分光照射装置
図13の分散型分光照射装置は仕様を決定し、(株)分光計器に製作を依頼したが、2003 年 12 月に納入された。
5種類の回折格子は、波長2∼25ミクロン領域をカバーし、長さ 15cm の焦点面で 0.5%/mm の分散を示す。長さ
15cm の資料ホルダーは、1度C以内の温度コントロールを可能にした。光源から、分光器までの距離は、約 5m で
ありドライ窒素パージを行う。25 ミクロンより長波長の分光は今後の課題である。
遠赤外線用 FTIR はオフライン用に従来から所有していたものであり、日本分光製 620V 型である。溶液、水・タ
ンパク質の吸収分光が可能である。試料の温度コントローラーも整備している。
以上、遠赤外線光源と輸送系、分散型分光照射装置が完成し、遠赤外線を用いるタンパク質ダイナミクス研究や
癌あるいは動脈硬化治療のための基礎研究をいよいよスタートする。
3.2
遠赤外線利用研究
遠赤外線を用いて生体物質を研究することは、筆者の長年の夢であった[23,24]。それは、光蓄積リングを実現し
たいという思いと、生命現象に対する興味が重ね合わさり、共鳴したものである。それがいよいよ実現できるステ
ージに到達したのは、プロジェクトが21世紀 COE に選定されたお陰である。
水を含む生物及び生体物質の様々なレベルでの遠赤外線との相互作用を調べる手段として、分散型分光照射装置
を開発した。分光器の焦点面にサンプルをずらりと並べて、波長依存性を観測するアイデアーである。タンパク質
や細胞のレベルから、種子や組織までを照射してみたいという希望や、医学利用としては、ガン組織の選択的加熱
や、コレステロールの融解を視野に入れた計画である。
そのために開発した装置が図 13 の中赤外線領域分光照射装置である。真空に引くことは出来ないが、ドライ窒素
を流すことが出来る。焦点面は長さ 15cm で、波長2ミクロンから、25ミクロンをカバーする。分散は、中心で
0.5%バンド/mm を出すことが出来る。資料セルには、循環液を流して、0.1 度以内で温度コントロールすることを
可能にした。
結果として、本装置は、我々の希望を完全に満足させる物ではない。今後さらに大型で、100 ミクロン領域をカ
バーできるように、真空引きのできる照射装置の開発が必要であると考えている。
高輝度遠赤外線の生体物質との相互作用は、まだ科学にはなっていない。遠赤外線照射により痛みを緩和できた
りおいもがおいしくなったりする理由は明らかではない。波長を任意に選択できる高輝度遠赤外線光源が出現して
初めて可能になった。もちろんタンパク質レベルからの解明が必要である。タンパク質の構造と機能の相関を明ら
かにするのが我々のプロジェクトである。そして、それに合わせたレーザー発振光を用いて、タンパク質の機能、
引いては生命機能をコントロールするのが目標である。もちろん、それは、水を含む生体物質を対象とする物であ
るから、水の研究が不可欠である。我々は、水物性の専門家と、タンパク質ダイナミクスの専門家をスタッフに加
えることができた。そして、この1年で、かなり研究テーマを絞り込むことができた。以下に、研究概念のイラス
トを幾つか示す[6,24-29]。
4.あとがき
以上、みらくるという名の卓上型放射光源について述べた。放射光と呼ぶのは、読者にとって分かりやすく、比
較するのが適当であるからそのように呼んでいるが、やはり放射光とは異なっている。卓上型と言う点で異なるの
みならず、X線の特性自体において放射光より優れた特性を示している事がおわかり頂けたと思う。光源点の大き
さが SPring-8 よりも小さく、従って指向性が高く、カバーするX線エネルギー領域も広い。放射角が大きいことは、
イメージングの視野が広いという点で放射光より優れている。その分 Brilliance が低いと思われるかも知れないが、
これも今日のミラー研磨技術の進歩がすばらしく、数 10keV までの集光が可能になっていて、1014 光子が目前であ
る。結晶ターゲットや遷移放射ターゲットを挿入することにより、放射角の小さな干渉性の高い単色光を出すこと
も可能である。結晶角度を変えることにより、エネルギーも可変である。従来型放射光装置に多額の国家予算を費
やす時代は終わった。高々数億円の予算で大型放射光並の光が得られる。高価なアンジュレーターで SASE による
X線レーザーを作る必要も無くなった様に思われる。みらくるの性能は、入射器のパワーによるから、必要と有れ
ばさらにグレードアップする事が可能である。マイクロトロンとパータベータ電源のパワーを上げて、入射繰り返
し数を上げるだけで簡単に強度を一桁上げることができる。
AURORA で実現できなかった、軟X線リソグラフィーを遷移放射で実現させることも日程に上っている。
みらくる20について言うならば、SPring-8 の 100 倍程度の遠赤外線を既に発生している。波長当たり mW 程度
有るから、自由電子レーザーとも比較できるパワーである。自由電子レーザーの問題は、パルス毎に強度の変動が
大きいことである。白色で静かなのが放射光の特徴であり、分析に優れている。みらくるは放射光の特性を継承し
ているが、さらにタンパク質を励起して、生体反応を制御するような強度が有る。これは、通常の放射光では出来
ないことである。
以上、みらくるはミラクルな光源であり、今後さらに様々な価値を付加できると期待している。みらくるは、
(株)光子発生技術研究所[9]から発売している。既に、みらくる6Xの2号機を製造しており、軟Xセン専用マシ
ンみらくる20SXの設計も開始した。みらくるは量産に向いたマシンであり、シンクロトロンが産業利用される
時代となった。みらくるが学術、医療、産業の様々な分野で利用されることを期待している。
謝辞
みらくるの開発には長い歴史が有り、多くの学生が担当したが、(株)光子発生技術研究所の長谷川大祐、豊杉典
生、北澤泰二、遠山勲、林太一、廬栄徳、山田礼子の諸氏及び立命館大学 COE 推進機構の A.I. Kleev、文雅司氏の
働きにより完成した。そして、その利用は、平井暢、岡崎良子、佐々木誠、西勝英雄、井上信(X線利用)、菊沢
健、三浦信広、小田紀子(遠赤外線利用)の諸氏が担当している。ここに厚くお礼申し上げる。
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