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固体電気化学反応を原子レベルで初めて観察
同時発表: 筑波研究学園都市記者会(資料配布) 文部科学記者会(資料配布) 科学記者会(資料配布) 固体電気化学反応を原子レベルで初めて観察 -イオニクスデバイスの高性能化に不可欠な情報の取得に道- 解禁日:平成24年4月30日(月)午前2時 平成24年4月27日 独立行政法人 物質・材料研究機構 独立行政法人 科学技術振興機構 概要 1.独立行政法人物質・材料研究機構(理事長:潮田 資勝)国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の青野 正 和拠点長、長谷川 剛主任研究者、鶴岡徹 MANA 研究員らの研究グループは、ドイツ・アーヘン工科大学の R. バーザー教授、ユーリッヒ研究所の I. バロブ博士らの研究グループと共同で、固体電気化学反応にお ける電子の授受とそれに伴う金属イオンの還元・析出反応を原子レベルで観察することに初めて成功しま した。 2.固体電気化学反応はファラデーの時代から知られる現象であり、電池やセンサーなどの幅広い分野で利 用されています。その反応過程は、電子の授受を伴うイオンの酸化・還元反応として化学反応式1)で記述さ れてきました。しかしながら、原子スケールでそれらの反応がどのように進むのかは分かっていませんで した。燃料電池などの固体電気化学反応を用いたイオニクスデバイス2)は、低炭素・省エネルギー社会を実 現する素子として期待されています。これら素子の高効率化を実現する上で、原子スケールで反応過程を 明らかにし、開発指針を得ることが求められていました。 3.本研究では、基板材料であるイオン伝導体に不純物をわずかに加えることで、固体電気化学反応に必要 なイオン伝導体3)の特性はそのままに電子伝導性を発現させることに成功しました。その結果、微弱な電 流を必要とする走査型トンネル顕微鏡4)による観察が可能になり、固体電気化学反応に必要な電子の授受 とそれに伴う金属イオンの還元・析出反応の観察を同時に実現しました。 4.観察の結果、固体電気化学反応では電圧印加後金属イオンの還元・析出反応が始まるまでに一定の時間を 要すること、ある値以上の電圧を印加することでその時間が無視できるほど小さくなることなど、化学反 応式には現れない様々な現象が明らかになりました。得られた知見をイオニクスデバイスのひとつである 原子スイッチ5)に応用した結果、一定以上の動作電圧を用いることでスイッチング速度が格段に速くなる ことが確認できました。 5.固体電気化学反応の効率は、電極の微細構造や組成などによって大きく変化します。この度開発した観 察手法は固体電気化学反応全般に適用可能であり、センサーや燃料電池、触媒など、固体電気化学反応を 利用した製品の高効率化に寄与することが期待されます。 6.本研究の一部は、科学技術振興機構(JST)—ドイツ研究振興協会(DFG)戦略的国際科学技術協力推進 事業日独交流研究における研究課題「固体電解質原子スイッチ動作における電荷交換と移動に関する研究」 (日本側研究代表者:物質・材料研究機構 長谷川 剛、ドイツ側研究代表者:アーヘン工科大学 R.バー ザー)の支援を受けて行われました。 7. 本研究成果は、 日本時間2012年4月30日2:00 (現地時間29日18:00) に英国科学雑誌「Nature Materials」 のオンライン速報版で公開されます。 1 研究の背景 電子の授受によってイオン伝導体中のイオンが還元されて中性の原子となりイオン伝導体の表面 に析出する現象(還元反応) 、表面に析出した原子がイオン化されて再びイオン伝導体中に取り込ま れる現象(酸化現象)は固体電気化学反応と呼ばれ、古くはファラデー(1791 年~1867 年)の時 代から研究されてきました。今日では、燃料電池やガスセンサーにおける電極反応などとして、幅 広い分野で利用されています。燃料電池の小型化や高寿命化を始めとして、これら固体電気化学反 応を利用したイオニクスデバイスの高効率化は、低炭素・省エネルギー社会を実現する上で急務とな っています。 固体電気化学反応の基本的な描像は化学反応式によって記述され、巨視的にはかなり明らかにさ れています。しかしながら、原子レベルでどのように反応が進むのかなどは、これまで明らかにさ れていませんでした。イオン伝導体表面で起こるわずかな電荷(イオンや電子)の移動を観察する 手法が無かったことが主な理由です。このため、多量の電荷が移動する巨視的な反応から原子スケ ールでの反応過程を類推するしかありませんでした。 固体電気化学反応の効率は、電極の微視的な構造や組成に大きく影響されると考えられています。 このため、固体電気化学反応を原子スケールで観察・理解することがイオニクスデバイスの高効率化 を図る上で不可欠となっていました。 成果の内容 原子スケールで表面を観察する手法として、走査型トンネル顕微鏡法(STM)があります。しか し、STM の観察ではナノアンペア程度の微弱な電流を測定用探針と観察試料との間に流す必要があ ることから、電子伝導性の無いイオン伝導体の STM 観察は出来ませんでした。 本研究では、イオン伝導体であるヨウ化ルビジウム銀(RbAg4I5)6)に不純物(Fe)をわずかに 加えることで、固体電気化学反応に必要なイオン伝導体としての特性はそのままに、STM 観察に必 要なわずかな電子伝導性を発現させることに成功しました。その結果、固体電気化学反応に必要な 電子の授受と固体電気化学反応に伴う原子の析出現象の観察を STM で同時に行うことが可能にな りました(図1)。固体電気化学反応に伴う電荷(電子とイオン)の流れをファラデー電流と呼び ますが、本研究で観測したファラデー電流はわずか数十個の電荷に過ぎません。 図 1 固体電気化学反応によって形成されたクラスター。(a)クラスター形成前の表面。(b) クラスター形成後の表面。(c)観察に用いたイオン伝導体(RbAg4I5)の表面構造。いずれ も走査型トンネル顕微鏡による観察像。 2 観察の結果、電圧を印加してからイオンの還元・析出反応が始まるまでに一定の時間(タイムラグ) を要することが分かりました。解析の結果、これは一定数のイオンが表面近傍に集まるまでの時間 であり、その集まったイオンが核を形成することで初めて還元・析出現象が起こる結果であることが 分かりました(図2)。さらに、ある値以上の電圧を印加することで、表面近傍に到達したイオン が集まる必要無く一つずつ直ちに還元されて析出することが分かりました。この結果、タイムラグ は無視できるほど小さくなることが分かりました。 固体電気化学反応による原子の析出現象を利用したイオニクスデバイスのひとつに、原子スイッ チがあります。この度の観察に用いた基板材料を用いて原子スイッチを作製したところ、ある値以 上の電圧を動作電圧に用いることでスイッチング時間が格段に短くなることが観察されました(図 3)。この結果は、前述の観察結果で得られた知見(一定の電圧以上で固体電気化学反応の効率が 格段に上がること)で説明することができます。 図 2 固体電気化学反応過程。(a)模式図。反応過程は次の5つの領域に分割できる。①固 体電気化学反応が起こらない条件(対向電極(上側)に正の電圧を印加)で表面を STM 観察。②負の電圧を印加してイオン伝導体に電子を注入。③一定の時間が経過すると、析 出反応が起こる。④析出した原子が対向電極との間に架橋を形成する。⑤原子がさらに析 出して架橋が太くなる。(b)観察結果。電極間に印加した電圧(緑)とそれに伴う電流(黒) の時間変化。電流変化から原子の析出量を見積もることが出来る。電圧を印加してから原 子の析出が始まるまでの時間②の存在が初めて明らかになった。 3 図 3 原子スイッチの動作時間。0.3V以下の電圧では一定数のイオンが集まって初めて析 出現象が起こる。一方、0.3V以上の電圧ではイオンひとつから直ちに析出現象が始まる。 0.3V以下の電圧領域に引いた赤い点線は、イオンひとつから析出現象が始まると仮定した 場合の動作時間。0.3V以上の電圧を用いることで、効率的に電気化学反応を誘起すること ができる。 本研究では、イオン伝導体の表面構造を原子レベルで観察することにも初めて成功しました。そ の表面上に形成された析出原子によるクラスターの構造変化を観察することで、クラスターの成長 速度計測やその安定性評価が可能であることも分かりました。これらの観察結果は、今回開発した 手法を用いれば、原子スケールの微細な構造や組成などに依存した固体電気化学反応の効率を局所 的に調べることが可能であることを示しています。 波及効果と今後の展開 固体電気化学反応は、燃料電池を始めとするイオニクスデバイスで幅広く利用されている現象で す。その高効率化は、電気自動車の普及促進による低炭素社会の実現、電力の効率的な利用による 省エネルギー社会の実現などに寄与することが期待されます。この度の研究では、固体電気化学反 応を原子スケールで観察することで、反応効率を左右する諸現象の存在を明らかにしました。その 知見を活かして、原子スイッチの動作速度の向上を図ることにも成功しました。開発した手法は、 固体電気化学反応全般に適用可能です。燃料電池の電極反応の高効率化を実現するための材料開発 など、固体電気化学反応を用いる幅広い製品分野の開発において、開発指針を得る有益な手法とし て用いられることが期待されます。 4 掲載論文 題目:Atomically controlled electrochemical nucleation at superionic solid electrolyte surfaces 著者:Ilia Valov, Ina Sapezanskaia, Alpana Nayak, Tohru Tsuruoka, Thomas Bredow, Tsuyoshi Hasegawa, Georgi Staikov, Masakazu Aono, Rainer Waser 雑誌:Nature Materials (2012) (巻・号・ページは現時点では未定) 用語解説 (1) 化学反応式 M+ + e- → M などのように、化学変化による前後の状態を矢印で繋いだ反応式で表現する。 (2) イオニクスデバイス イオンの移動や酸化・還元反応を利用したデバイス。電子の移動を利用した電子デバイスに対応。 (3) イオン伝導体 電流の担い手が主としてイオンであり、電子がほとんど動かない材料。このうち、本研究で用いたヨ ウ化ルビジウム銀(RbAg4I5)のように、イオン伝導度が特に高い(イオンが動きやすい)材料を超 イオン伝導体と呼ぶことがある。 (4)走査型トンネル顕微鏡法 探針と試料との間に流れるトンネル電流が一定になるように探針位置を制御することで表面を観察 する手法。 原子レベルの分解能を有する。 探針制御にナノアンペア程度の電流が必要であることから、 観察対象が電子伝導性を示す材料に限られる。「ナノ」は10億分の1。 (5) 原子スイッチ 固体電気化学反応を利用して、電極からの金属原子の析出と再固溶を制御して動作するスイッチ。 (6) ヨウ化ルビジウム銀(RbAg4I5) 銀イオンが結晶内部を移動する超イオン伝導体材料。 5 本件に関するお問い合わせ先 (研究内容に関すること) 独立行政法人物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 主任研究者 長谷川 剛 (はせがわ つよし) E-mail: [email protected] TEL: 029-860-4734 URL: http://www.nims.go.jp/atom_ele_gr/index.html (JST の事業に関すること) 独立行政法人 科学技術振興機構 国際科学技術部 屠 耿(と こう) 〒102-0076 東京都千代田区五番町 7 K’s五番町 E-mail: [email protected] TEL: 03-5214-7375 FAX: 03-5214-7379 (報道担当) 独立行政法人 物質・材料研究機構 企画部門 広報室 〒305-0047 茨城県つくば市千現 1-2-1 TEL: 029-859-2026 FAX: 029-859-2017 独立行政法人 科学技術振興機構 広報課 〒102-8666 東京都千代田区四番町 5 番地 3 E-mail: [email protected] TEL: 03-5214-8404 FAX: 03-5214-8432 6