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第3章 政治秩序の再編と内戦―分権的領域秩序の動揺

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第3章 政治秩序の再編と内戦―分権的領域秩序の動揺
第3章 政治秩序の再編と内戦―分権的領域秩序の動揺
石田 淳
1.
問題の所在と分析の課題
内戦(国内武力紛争)
に対して、国際社会(あるいは単に外部勢力)はどのような形で関与する
べきだろうか。いわゆる「人道的干渉(Humanitarian Intervention)」論の文脈において、
「いかな
る状況において、いかなる主体が、いかなる方法で」関与することが認められるだろうか、とい
うことがしばしば問われてきた1)。というのも、個別国家による武力行使と内政干渉とを無限定
に認めることは、主権国家体制の安定を脅かすからである。
そもそも、主権国家が並存する分権的な国際社会は、組織化された暴力をどのように抑制して
きただろうか。主権国家が排他的に管轄する領域を画定する「境界(border)」に着目しつつ、国
際社会が暴力を抑制する「秩序(order)」を「分権的領域秩序(decentralized territorial order)」
とし
て整理してみよう。この秩序の下に、一方で、境界の内側において、正当に暴力を行使しうる唯
一の主体として、個々の国家が自律的な意思決定を行うことを互いに承認しながら、他方で、個
別国家が境界を越える形で暴力を行使することを、個別的・集団的自衛権の行使を例外として、
集団的安全保障体制の枠の中で禁止してきたのである2)。
たしかに、20世紀は、国際連盟規約、不戦条約、そして国際連合憲章を通じて戦争の違法化
の著しい進展をみた。集団的安全保障体制という公権力の下に、正当防衛を例外として社会の
構成員による実力行使を禁止することによって、暴力の抑制に関する限り、分権的な国際秩序は
集権的な国内秩序に接近したとも言えるかもしれない3)。とは言え、国連の集団的安全保障体
制は、冷戦の始動によって機能不全に陥った。それのみならず、冷戦には、
「内戦」
という形で武
力紛争を誘発する構造がそもそも備わっていた。なぜならば、冷戦期の脱植民地化の過程にお
いて、新独立国(途上国)の国内の政治・経済の体制選択をめぐる対立が、超大国間の権力政治
的な対立と連動して武力紛争(例として、朝鮮戦争、ベトナム戦争)
を惹起したからである。
冷戦の終結は、権力政治的な対立と
(体制選択にかかわる)
イデオロギー的な対立とが複合す
る冷戦期特有の内戦(エルサルバドル内戦、カンボジア内戦、モザンビーク内戦など)の終結を
導いた。このように、
「大国間の対立」
と
「途上国内の対立」
とが互いに増幅しあうような政治力学
には終止符が打たれたが、冷戦終結後は、冷戦期以上に、内戦という形での暴力が深刻化して
いる。冷戦の終結というグローバルな秩序変動と内戦の頻発とがなぜ連動したのか。この連動
を生み出した政治メカニズムを正確に捉えることなくしては、国内的な制度構築を通じて、ある
いは国際社会の関与を通じて、境界の内側における紛争の予防を構想することはできない。
29
2.
国際秩序変動の国内的帰結
国際社会の「分権的領域秩序」の安定は何によって損なわれるのだろうか。ここでは、まず第
一に、政治的共同体の範囲と国家の主権的管轄の領域的範囲との一致、そして第二に、一勢力
(中央政府)
による暴力の独占、という二つの条件が失われることによって、分権的領域秩序の安
定が損なわれると論ずる4)。というのも、政治共同体の再定義にせよ、一勢力による暴力の独占
の崩壊にせよ、境界の内側において対立する政治勢力間の「ローカルな勢力分布の変化」を意
味するからである。では、対立する勢力間の力関係の変化は、なぜ武力紛争へのエスカレー
ションを生み出すのだろうか5)。以下、理論的に考察してみよう。
まず内戦の勃発を、二者間交渉(two-person bargaining)モデルの枠組みを念頭におきつつ、
「二勢力間の政治交渉が武力紛争へとエスカレートすること」
と概念化することにしよう。時間が
味方する勢力(言い換えれば、時間の経過にともなって権力基盤を強化して、勢力分布が自勢力
にとって有利になる勢力)
をここでは便宜上、
「多数派」
と呼び、その交渉相手である「少数派」
と
区別する。両派は、自治、教育、警察、司法などの領域において少数派の権利をどこまで認め
るかをめぐって対立していると仮定する。ここでは、
「交渉のテーブル」において多数派の提案を
少数派が拒絶することは、交渉の場を「戦場」に移すことを意味するものとして戦略状況をモデル
化しているので、両派間の交渉は権力政治的に行われることになる。言い換えれば、各派が交
渉の結果として得る利得は勢力分布の関数となる。というのも、多数派が権力関係を利用して少
数派から最大限の譲歩を引き出そうとするならば、交渉のテーブルにおいて多数派が少数派に
対して提示する提案は、少数派にとってはそれを受容しても、それを拒否して武力行使に訴えて
も、同水準の期待利得を生むようなものになるからである。その意味では、境界の内側における
両派間の勢力分布が少数派にとって不利であればあるほど、武力行使に訴えることによって少数
派が期待できる利得が低くなるので、交渉を通じて平和裏に得られる利得水準も低いものとな
るのである。
利得
戦争のコスト
1
現在の戦争
将来の譲歩
0
力関係の悪化
1
図 1 予防戦争の論理
30
勢力分布
(少数派の相対的勢力)
図1に示したように、少数派の相対的勢力(武力行使に訴えた場合に少数派が軍事的に勝利
する確率)が時間の経過にともなって低下するならば、それにつれて少数派にとって武力行使の
期待利得が低下する。
(図1において、横軸は少数派の相対的勢力、縦軸は少数派の利得を表現
している。)その結果、将来の交渉において少数派は多数派に対して一段と政治的な譲歩を迫
られることが予想される。たしかに、
「将来における交渉において、一層の譲歩を少数派に対し
て要求しない」
と多数派が約束して、そのコミットメントが信頼できるものであれば、少数派は現
時点において「弱者の予防戦争(preventive war)」に訴える誘因を持たない。しかしながら、多
数派による「要求の自制」を信頼可能なものにする政治的なメカニズムが存在しない場合には、
少数派にとって、
「現在の戦争」の期待利得の方が、予想される「将来の譲歩」の利得よりも大き
いために、内戦の回避が両勢力の「共通の利益」であるにもかかわらず、それを回避できないの
である。
それでは、冷戦の終結は、対立する勢力間のローカルな勢力分布にどのように影響を及ぼし
たのだろうか。まず第一に、旧ユーゴスラビア、旧ソ連のように社会主義連邦が解体する過程に
おいて、エスニシティを基盤とする政治的共同体の再定義が進んだ。連邦から共和国が独立を
達成するという形で連邦レヴェルの分権化が進行すると、それはさらに共和国レヴェルの分権化
を誘発する。というのも、前者の分権化によって、それ以前の力関係における優位を失う勢力が、
意思決定における自律性を求めて後者の分権化を求めるからである。しかしながら、前者の分
権化を推進した勢力は、後者の分権化を歓迎しない。それゆえ、政治的共同体の再定義が武力
紛争に連動するのである。たとえば、ユーゴ連邦の場合には、クロアチア、ボスニア、コソヴォ、
ソ連の場合にはアゼルバイジャン
(ナゴルノ・カラバフ紛争)、グルジア(アブハジア紛争、南オセ
チア紛争)、モルドヴァ
(沿ドニエストル紛争)、ロシア(チェチェン紛争)
などの紛争の事例がこの
類型に該当するだろう6)。
この論理(かりに、
「勢力分布変動説」とする)は、
「ソ連、あるいは共産党によって抑えられて
いたエスニック・グループ間の対立が、冷戦の終結によって重石が外れたために武力紛争化し
た」という論理(かりに、
「重石説」とする)
とは、観察を通じて区別して検証することが可能な仮
説を生み出す。すなわち、
「重石説」の場合、複数のエスニック・グループを抱える共和国の独
立はすべて武力紛争に直結すると推論されるのとは対照的に、
「勢力分布変動説」の場合、独立
が勢力分布の変動をもたらす場合にのみ武力紛争が勃発すると推論されるからである。たとえ
ば、ユーゴ連邦の場合には、連邦レヴェルで多数派であったセルビア人が連邦の解体を通じて
少数派に転落する「セルビア人少数派問題」の深刻度と、武力紛争の有無との間に相関関係が
観察されたとはいえないだろうか。というのも、同問題が深刻であったクロアチア、ボスニアで
は紛争が激化したのに対して、深刻ではなかったスロヴェニア、マケドニアでは紛争が回避さ
れたからである。
冷戦終結のインパクトの第二は、大国の対外援助政策が質・量ともに変化したことである。こ
の傾向はアフリカにおいて顕著だった。ソ連の影響力の低下は、冷戦期に長期化していたアン
31
ゴラ内戦、モザンビーク内戦などに講和の可能性を開いた。また、冷戦の終結を機に、冷戦の
文脈における東側陣営に対する対抗への配慮から解放され、経済改革、人権擁護、民主化など
の国内の政治・経済体制を援助供与の条件とするなど、先進諸国がその援助政策を転換するに
至ったのである。このように、冷戦後の援助政策の転換(政府への援助の削減と政治的多元化
の奨励)は、被援助国内部において政府と反政府勢力との間の勢力分布に大きな変化をもたら
し、政府の「力の優位」を崩すことになった。
この背後には、アフリカにおいて国家権力の利権的性格が強く、一勢力による国家権力の掌
握が、利権、官職、特権などの政治的な資源の独占を可能にするような「勝者が全てを獲得する
(winner-takes-all)」政治の展開があった7)。このような国家権力の利権的性格を背景に、冷戦の
終結によって境界の内側における政府・反政府勢力間の勢力分布の変化が生み出されたこと
で、対立が武力紛争化したのではないだろうか。
このように、イデオロギーと権力の両面における国際的な対立の終結は、旧社会主義連邦、お
よび対外援助政策の受益国における勢力交代(domestic power transition)
を生み出した。さらに、
多数派による「要求自制のコミットメント」を少数派が信頼できない制度的環境の下で、この勢力
交代は内戦を惹き起こすことになった8)。
3.
共振する国際/国内秩序―少数派の権利保護とその紛争抑制効果
上記の理論枠組みを前提とすれば、境界の内側において少数派の権利を保護するような制度
的枠組みを整えることが、武力紛争の勃発(再発)
を抑制する効果を持つだろう。なぜだろうか。
ここでは、力関係において劣位に立つ勢力にとってのみならず、優位に立つ勢力にとってさえ
武力紛争は回避すべきものであるとして捉えられている。なぜならば、多数派による「要求の自
制」を少数派が信頼することができれば、多数派は戦争のコストを負担することなく少数派から政
治的譲歩を引き出すことができるが、それを少数派が信頼できなければ、多数派は戦争のコス
トを負担しなければならないからである。言い換えれば、
「要求の自制」
というコミットメントへの
少数派の信頼を獲得できれば、多数派は武力紛争のコストを負担せずにすむことになる。そう
であればこそ、多数派と少数派との「同意」に基づいて、多数派による「要求の自制」に信頼性を
もたらすような制度を国内に構築することを通じて内戦を回避する道が開けるのである。
ではどうすれば多数派による「要求の自制」に信頼性を生み出すことができるだろうか。一つ
の処方箋として、将来における力の優位を背景に多数派が要求の増大を自制しない場合に備え
て、その増大分を相殺する形で少数派がいわば「拒否権」を行使できる体制を構築しておくこと
を挙げよう。
「拒否権」を設けることは、少数派の権利をどこまで認めるかということについて、将
来において「再交渉」の対象とならないように、少数派の権利を現時点の水準において将来に
亘って保障して少数派の不安を取り除くことを意味する。その結果、少数派には勢力分布が不
32
利に転ずる前に予防戦争に訴える誘因が消えるので、多数派にも戦争のコストをもたらす内戦
を回避することが可能になる。このように再交渉の可能性を予め封じておくことが、多数派の利
益に反するどころか、実はその利益に合致するのである9)。
歴史的には、第一次世界大戦によるハプスブルク、ロシア、オスマン・トルコの三つの帝国の解
体という
「国際秩序の変動」を契機として、少数派を境界の内側に含んだ国家の誕生を促すよう
な境界の画定が行われた10)。この際に、国内における少数派問題は国際武力紛争を惹起しか
ねない「国際」問題であるという認識が誕生した。というのも、民族に正統性の基礎を置く国家
の独立を承認することで「帝国の解体」を実現する国際政治過程は、同時に国内における民族的
少数派の政治的位置を不安定にするという国内政治過程と表裏一体であったからである 11)。
ヴェルサイユ体制の下に戦勝国は敗戦国との講和、新独立国の承認といった機会を利用して、
国内における少数派の権利保護を要求したが、その背後には本節において展開した論理が存
在したと言えるだろう12)。
戦間期とは対照的に、第二次世界大戦後の脱植民地化の過程においては、旧植民地の独立承
認の条件として国内政治体制は国際的精査の対象とならなかった13)。植民地時代の境界を変更
することなく
「植民地支配領域」の人民の自決を承認する国際政治過程が、境界の内側において正
統性を十分に持たない擬似国家(quasi-states)が成立する国内政治過程と連動したのである14)。
国内政治体制に対する国際的精査が復活するのは、冷戦終結期の社会主義連邦の崩壊過程
であった。欧州共同体諸国によるソ連・東欧における新国家承認の条件には、少数派保護に関
する欧州安全保障協力会議(CSCE)取り決めの遵守が含まれていたが、ここにも独立が少数派
の将来に対する不安を深刻なものにすることへの配慮をみてとることができる15)。
国内における少数派の権利保護を国際社会が要求することと、境界の内側における自律的意
思決定を相互に尊重すること
(内政不干渉)
とは一見両立しないが、少数派の権利保護を求める
ことと少数派の分離独立を承認することとの間には距離があることは確認しておくべきだろう。
前者においては、あくまでも国際社会における「秩序問題の領域的解決」
という基本形は崩され
ていないのである。その意味では、境界の内側における意思決定の自律性に外から制約を加
えることは、必ずしも分権的領域秩序の融解につながるものではなく、逆に動揺するそれを補強
する動きとも捉えることができるのではないだろうか。
4.
国際社会の介入とその紛争抑制効果
第三節の論理の延長線上に、以下の議論が成り立つだろう。即ち、国内紛争への国際社会の
介入は、
「少数派の拒否権」を機能的に代替する限りにおいて国内紛争を抑制する効果を持つの
である。どういうことだろうか。
将来における力の優位を背景に多数派が要求の増大を自制しない場合に備えて、その増大
33
分を相殺する政治的メカニズムが武力紛争の回避に必要であることは既に述べた通りである。
第三節で説明した少数派の「拒否権」が第一の処方箋であるとすれば、第二の処方箋は、国際
社会の制裁によって、多数派が将来における力の優位を政治的利益に変換できないような体制
を築きあげることであろう。そのように述べた上で、以下の点について直ちに注意を喚起してお
きたい。この分析枠組みにおいて、国際社会は多数派ではなく少数派にとって好ましい国内政
治体制の確立を目的とする主体ではない。もしそうであれば、単にローカルな勢力分布の逆転
をもたらすのみで(視点をかえて換言すれば、
「少数派の不安」に「多数派の不安」がとってかわ
るだけで)、紛争の回避には決してつながらない。国際社会は、あくまでも多数派による「要求の
自制」のコミットメントに信頼性をもたらすことで、国内における紛争回避を追及する主体として概
念化されている。そしてそうである限りにおいて、対立の両当事者による国際介入体制への「同
意」を確保することが可能になるとともに、
(介入が事前に予想されるならば紛争は未然に回避さ
れるので)紛争回避に要する費用を抑えることになるのである。
無論、このような議論にはいくつかの留保が必要である。さしあたり、以下の点を指摘してお
きたい。国際社会による介入に費用がかかる限り、その費用を負担してまで国際社会が紛争発
生地域の平和を維持する誘因を持つのかどうか、即ち、国際介入のコミットメントに信頼性があ
るのかどうかという
「もう一つのコミットメントの問題」が発生することになる。それは二つのタイ
プの現象を引き起こすだろう。一つは、国際社会が介入する誘因が弱い地域(たとえば、アフリ
カ)
において紛争が実際に発生し、なおかつ、国際社会の迅速な対応を期待できないということ
であり、もう一つは、国際社会による介入が確実なものとして予想されず、その意味において国
際社会が国内紛争の未然防止に「失敗」
して実際に紛争が発生した地域において、国際介入が
実現する可能性が生まれるということである16)。
第二節の分析は、冷戦終結が国内における勢力分布の変化を生み、そして後者が内戦をもた
らす政治メカニズムに焦点を合わせた。第三・四節では、国内における勢力分布の変化を、交
渉のテーブルにおいて相手から譲歩を引き出すための道具として多数派が用いることを封ずる
方向で、国際社会が国内問題への関与を広げる政治メカニズムを分析した。国際起源の内戦が
勃発するとともに、国際社会の国内問題に対する関与が拡大するという形で、国際秩序と国内秩
序とが「共振」をみせるが、
「国内における勢力分布」こそ、その「共振のパラメータ」であった。
5. 経験的分析のための試論―分権的領域秩序論の中のアフガニスタン紛争・東ティ
モール紛争
分権的領域秩序論の観点からすれば、アフガニスタンの紛争にせよ、東ティモールの紛争にせ
よ、基本的に外部勢力の介入およびその撤退の結果、対立する勢力間の勢力分布に生じた変動
の所産として理解することができるのではないだろうか。前者においては、ソ連の撤退、そして
34
アメリカの対テロ戦争があり、後者においてはポルトガルの撤退、そしてインドネシアからの独立
があったのである。
加えて、本章の分析モデルにおいては、武力紛争の当事者(「多数派」と「少数派」)
と交渉の
当事者(同様に「多数派」
と「少数派」)の一致を仮定しているが、国内紛争の終結に国際社会が
関与する場面では、紛争当事者と交渉当事者との間の一致の確保は必ずしも容易ではない。ア
フガニスタンのように破綻国家における紛争の場合、国連などは可能な限り広範な勢力を、内
戦後の政治秩序を交渉する場に招待することがあるが、これは戦後秩序に正統性を与える半面、
一部の武装勢力が遵守する意思を持たないような合意の誕生につながりかねないのである17)。
冷戦終結後の内戦(必ずしも冷戦終結後に勃発した内戦に限定されることなく、冷戦勃発後も
継続する内戦をも含む)
は、それ以前の内戦と同様に、ローカルな勢力分布の変化の所産という
政治的起源を共有するにもかかわらず、国内紛争に対する国際社会による新しい関与のあり方
ばかりが注目される傾向にあった。しかしながら、効果的な紛争予防には、新しい処方箋を検
討するだけではなく、古い診断書(紛争勃発の原因論)
をあらためて開いてみることも必要では
ないだろうか。
6.
おわりに
分権的領域秩序は、境界の内側において自律的な意思決定を行う国家が相互に内政への干
渉を控えるとともに、集団的安全保障体制の下に境界線を越える武力行使を回避することで安
定するが、現実主義者の指摘を待つまでもなく、自律的な意思決定主体である主権国家が並存
するという分権的状況(アナーキー)は国際社会の平和を脅かしうる。それゆえ、国家形成と戦
争とが連動してきたのである18)。
本章は、それとは対照的に国家形成と内戦との連動をその分析対象とした。国際秩序の変動
は、境界の内側において国家形成と連動する。それゆえ、本章で述べたような形で国際秩序と
国内秩序とが共振することになるのではないだろうか。
[追記] この研究に関連して、早稲田大学21世紀COEプログラム「開かれた政治経済制度の構築」の国際シンポジウ
ム「現代社会におけるガヴァナンスについて」
(2004年2月7日、早稲田大学)
において、“Decentralized Territorial Order:
The Spatial Organization of Politics in Transition”という形で報告を行う機会を得た。河野勝、飯田敬輔、伊東孝之の
諸氏から、同報告についてご教示を仰いだ。また、本稿を準備する過程で、吉川元氏をはじめとする「紛争予防研究
会」の各氏から貴重なご助言を頂いた。記して感謝申し上げたい。
注
1) 大沼保昭『人権、国家、文明――普遍主義的人権観から文際的人権観へ』筑摩書房、1998年、93頁。最上敏樹
『人道的介入――正義の武力行使はあるか』岩波書店、2001年、24頁。
2) 個々の国家による領域の実効的管轄が、国際秩序の安定を支える。その意味で国内秩序の確立を前提とする
「二次的秩序」
という性格を国際秩序は持つ。このような国際秩序観については、納家政嗣『国際紛争と予防外交』
(勁草書房、2003年)、123頁を参照。
3) 高野雄一「主権と国際法」
(『現代法と国際社会』
〔岩波講座 現代法・第12巻〕岩波書店、1965年、18頁。
35
4) 政治秩序の基盤に関する議論としては、K. J. Holsti, The State, War, and the State of War, (Cambridge: Cambridge
University Press, 1996), p. 80, を参照。
5) 第二節から第四節に至る議論は、数理モデル分析から導かれたものであるが、その詳細は、石黒馨・石田淳「国
内平和の国際的条件」
(東京大学社会科学研究所紀要『社会科学研究』第55巻第5・6合併号(特集 冷戦終結と
内戦)2004年、所収)、5-27頁に譲る。なお、石田淳「国内紛争への国際介入」
(木村汎編『国際危機学―危機管
理と予防外交』世界思想社、2002年)、81-100頁、および同「内政干渉の国際政治学―冷戦終結と内戦」
(李鍾
元・藤原帰一・古城佳子・石田淳編『国際政治講座 第四巻 国際秩序の変動』東京大学出版会、近刊、所収)
においても武力紛争の起源の一つとして、信頼可能なコミットメントの不在について論じている。
6) 中井和夫「旧ソ連地域におけるエスニック紛争の構造」
『国際問題』第438号、15-26頁。
(特定領域における)多数
派の言語の公用語化という形をとって
「自治」が要求されると、それに対して当該領域の少数派が反発する。特に、
沿ドニエストル紛争、南オセチア紛争の文脈において、このようなダイナミクスを、Charles King, “The Benefits of
Ethnic War: Understanding Eurasia’s Unrecognized States,” World Politics, Vol. 53, No. 4 (July 2001), pp. 529-34、が
説明している。
7) 国連文書S/1998/318, “The Causes of Conflict and Promotion of Durable Peace and Sustainable Development in
Africa,” at para. 12. 新家産国家とその下でのパトロン・クライアント関係については、武内進一「アジア・アフリカ
の紛争をどう捉えるか」
(武内進一編『国家・暴力・政治―アジア・アフリカの紛争をめぐって』
(アジア経済研究
所、2003年)、所収)
、3-37頁を参照。
8) 国内における勢力交代(パワー・トランジション)
と武力紛争との関係については、Ted Robert Gurr, “Peoples
Against States: Ethnopolitical Conflict and the Changing World System,” International Studies Quarterly, (September
1994), pp. 347-77. この点については、来栖薫子「国内紛争と国際安全保障の諸制度についての一考察」
『国際問
題』511号(2002年10月)、48-49頁も着目している。
9) 多数派による「要求自制のコミットメント」の信頼可能性と紛争との関係については、Adam Przeworski, et al.,
Sustainable Democracy (Cambridge: Cambridge University Press, 1995), pp. 19-33も参照されたい。
10)分権的領域秩序の動揺は、国際秩序の変動にともなう境界線の変化(たとえば、帝国の解体による新しい境界線
の誕生)の所産という側面を持つ。Brendan O’Leary, Ian S. Lustick, and Thomas Callaghy, eds., Right-Sizing the
State: The Politics of Moving Borders (Oxford: Oxford University Press, 2001). 本稿は分権的領域秩序という観点
から国境線の紛争促進(抑制)効果について考察している。これとは対照的に、管轄領域の規模に応じて発生す
る政治的・経済的な費用・便益という観点から「国家の最適規模」を分析する興味深い最近の研究に、Alberto
Alesina and Enrico Spolaore, The Size of Nations (Cambridge: The MIT Press, 2003) がある。
11)C. A. Macartney, National States and National Minorities (Oxford: Oxford University Press, 1934).
12)国際連盟の少数派保護体制については、Inis Claude, National Minorities: An International Problem (Cambridge:
Harvard University Press, 1955), pp. 16-30; and Jennifer Jackson Preece, National Minorities and the European NationStates System (Oxford: Oxford University Press, 1998), pp. 67-94を参照。
13)Holsti, op. cit., pp. 76-77.
14)アフリカについては、Robert H. Jackson, Quasi-States: Sovereignty, International Relations and the Third World
(Cambridge: Cambridge University Press, 1990)を参照。脱植民地化の過程は、植民地期の分割統治の終了にとも
なうローカルな勢力分布の変動につながりうるものであった。
15)吉川元「マイノリティの安全と国際安全保障」
(吉川元・加藤普章編『マイノリティの国際政治学』有信堂、2000年)、
235-36頁。
16)石黒馨「国内紛争と国際介入―もう一つのコミットメント問題」
(東京大学社会科学研究所紀要『社会科学研究』第
55巻第5・6合併号(特集 冷戦終結と内戦)2004年、所収)
、29-51頁
17)川端清久『アフガニスタン―国連和平活動と地域紛争』みすず書房、2002年、53-55頁。
18)Charles Tilly, “How War Made States, and Vice Versa,” in Charles Tilly, Coercion, Capital, and European States, AD
990-1990, (Oxford: Blackwell, 1990), pp. 67-95.
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