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胃ろう患者の口腔機能管理上の 問題点と注意事項
胃ろう患者の口腔機能管理上の 問題点と注意事項 ひろせ 熊本県/伊東歯科口腔病院 ともじ 廣瀬 知二 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ さまざま病気をもちながら在宅や施設で療養生活 を送られる方が増加しています。その方々のなかで、 口からの栄養摂取が十分できない場合に、胃に設け た穴から栄養管理が行われることがあります。この 穴のことを胃ろう、そして穴を設けることことを胃 ろう造設と言います。国内の胃ろう患者数は約 26 いう方法があります(図2)。経静脈栄養は点滴や 万人と推計されています。本稿では胃ろう患者の口 輸液による栄養法で,静脈から点滴注射で栄養をい 腔機能管理について、その問題点と留意事項を解説 れる末梢静脈栄養法と、鎖骨下静脈にカテーテルを 1) します 。 入れる中心静脈栄養法(図3)があります。栄養補 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 給経路は、全部または一部経口による栄養補給が可 1.胃ろうによる栄養管理の現状 1)代替(補助)栄養法の種類 何らかの原因で栄養摂取が不良となった場合の栄 養補給経路を図 1 に示します。人工的に栄養をと る方法には、経腸栄養と経静脈栄養の 2 種類があ 能なのか、また、それは一時的なものか、長期にわ たってその状態が続くのかによって、どの方法を行 うかが選択されることになります。 2)PEG(ペグ)とは 内視鏡によって胃を内側から観察しながら、腹壁 よりカテーテルを胃内に挿入する方法を ります。食事で栄養をとる経口摂取も、腸を経て栄 経皮内視鏡的胃ろう造設法 PEG(Percutaneous 養を摂取する経腸栄養の一種です。経口摂取が困難 Endoscopic Gastrostomy) と い い ま す。 本 来 は 造 となった場合は、チューブを使って栄養を入れる経 設手技のことを指しますが、胃ろう自体のことも 管栄養か経静脈栄養が選択されます。経管栄養法に PEG(ペグ)と呼ばれることがあります。用語とし は、鼻からチューブを入れてそのチューブを使って て厳密には正しくありませんが「PEG 造設」、 「PEG 胃や腸に栄養をいれる経鼻経管栄養法と、胃や腸に 管理」などの言葉も使用されています。胃ろうによ 人為的に穴を造り、その穴にチューブをつなぎ、胃 る栄養補給方法は 1890 年代後半に考案されていた や腸に直接栄養を注入する「胃ろう」、「腸ろう」と のですが、開腹手術が必要であったことに加え、中 図1:栄養補給経路 図2:主な経管栄養法 図3:中心静脈栄養法 難病と在宅ケア Vol.21 No. 5 2015. 8 33 口腔ケア 心静脈栄養法や経鼻経管栄養がその後登場したこと のみならず、施設への入所や通所施設の利用が制限 から広まるには至りませんでした。その後 1980 年 されることも問題となります。また、最近は逆に食 に 6 歳の小児に対して初めて PEG が施行されて以 事介助を必要としないとの理由で、胃ろう患者であ 来 2) 急速に普及し,国内でも成人を中心に広く行 われるようになりました。施術は通常局所麻酔下で、 10 分から 15 分程度で行われ、造設後は数日で栄 養剤の摂取が可能となります。胃瘻カテーテルは定 期的な交換が必要となりますが、その期間は内部の ストッパーの種類により異なり 1 ~ 2 カ月もしく れば受け入れるという施設もでてきており、新たな 問題となっています。 3.胃瘻患者の口腔ケア 1)胃ろう造設術前 経口摂取が困難となり栄養状態が不良の患者に対 は 4 ~ 6 ヶ月毎となります。 3)胃瘻のメリットとデメリット して胃ろう造設が実施されるため、創感染や誤嚥性 肺炎などの感染症合併の危険性を低減させることが 腸管にはウイルスなどの小さな異物や腫瘍細胞を 重要となります。胃ろう造設の術式は利便性、安全 攻撃するリンパ球と呼ばれる種類の白血球が多く存 性から Pull 法と呼ばれる方法で行われることが多 在し、生体防御機能を大きく担っています。中心静 いようです。Pull 法は造設される胃ろうチューブが 脈栄養により完全に避腸栄養とした場合。小腸粘膜 いったん口の中を通過するため(図4)、口腔の細 の一部が経腸栄養に比べ委縮することが動物実験で 菌による造設部の汚染が問題となります。歯科医療 認められていることから、経腸栄養は生体防御機能 者による専門的口腔ケアが胃ろう造設時の創部感染 を維持するうえで経静脈栄養に比べ優れた栄養法と 発症抑制に有効であることが報告されていることか 考えられています。また、胃ろうの方が中心静脈栄 ら、少なくとも胃瘻造設の 1 週間前には専門的口 3) 養に比較して肺炎の発症率が低く 、加えて経鼻経 管栄養に比べて患者の違和感が少なく、看護・介護 者の負担も少ない、さらに摂食・嚥下のリハビリテー ションも行いやすいという種々のメリットがありま 腔ケアの介入が望まれます。 2)多く見られる口腔乾燥 胃ろう患者は,唾液分泌が減少しているうえに、 す。デメリットとして、造設時やカテーテル交換時 多数の薬剤を服用していることが多く、薬剤の副作 の感染、事故抜去、胃や食道からの栄養剤の逆流と 用により口腔乾燥を来しているケースが少なくあり それに伴う誤嚥性肺炎を生じることがあります。 ません。口腔乾燥により、口腔の自浄作用は著しく 2.胃ろうにまつわる諸問題 低下します(図 3)。 口から食べていなので、口腔ケアは不要と思われ 栄養方法として種々のメリットがある胃ろうです る場合がありますが、咀嚼をしないため汚れが残り が、胃ろう造設後の 2 年生存率が 50%未満との報 やすい状態にあるのです。とくに口蓋、舌の粘膜に 告や、進行性認知症患者の生存期間を延長させない との報告があることから、認知症や意識障害のため 自己の意思を表出不可能な患者への胃瘻造設につい ての是非を巡り、しばしば否定的にマスコミに取り 上げられることがあります。そのため、患者や家族 図4:Pull 法 が胃瘻造設を拒否するケースが増えてきています。 この問題の背景には、もともと一時的な栄養摂取方 法として開発された胃ろうが、半永久的な方法とし て使用されることが多いこと、それと同時に胃ろう があることにより経口摂取が禁じられるケースが少 なくなく、患者の摂食・嚥下機能とかけ離れた栄養 方法がとられている患者が多いことにあります。経 口摂取ができない状況は患者の QOL を低下させる 34 難病と在宅ケア Vol.21 No. 5 2015. 8 図5:胃ろう造設者に見られる口腔乾燥 口腔ケア 表1:経口摂取を検討できる良い徴候 図6:誤嚥しにくいポジション 汚れが堆積し強い口臭を放つばかりでなく、細菌の 示します5)。しかし、安易に経口摂取を開始するの 増殖を招き誤嚥性肺炎のリスクを高めます。また、 は誤嚥を招く危険があるので、意識レベルや嚥下機 平常時には 2 ~ 3 分に 1 回に起こる唾液の嚥下運 能などの客観的な評価を医療者が行い、経口摂取の 動も少なくなるため、咽頭部の自浄作用も低下して、 可能性を探るべきです。在宅や施設で療養中は、必 口腔のみならず、咽頭部まで汚染範囲が広がること 要であればカテーテル交換の際に病院で VE(Video にります。 そして、口腔・咽頭の乾燥が重度となると、 Endoscopic examination of swallowing: 嚥 下 内 視 吸引チューブの挿入がスムーズにできなくなり、喀 鏡 検 査 ) や VF(Video Fluoroscopic examination 痰や分泌物の除去が困難になる場合があります。口 of swallowing:嚥下造影検査検査)を行うのも一 腔乾燥に対しては、対症療法ではあるものの口腔保 法でしょう。それらの結果が良好な場合で、本人家 湿剤が有効なケースが多くあります。口腔保湿剤の 族ともに胃ろうからの離脱を希望しているといった 使用により、口腔乾燥が軽減できるのみならず、口 条件がそろったときに、主治医が経口摂取への移行 4) 腔ケアを効率よく行うことができます 。 3)口腔ケアによる誤嚥を防ぐ を判断することになります。 平成 26 年の診療報酬改定で、経口摂取回復率が 低い医療機関の胃ろう造設術の評価を減算する一方 栄養注入直後の口腔ケアは歯ブラシやスポンジブ で胃ろう造設前に VE 又は VF による嚥下機能評価 ラシなどによる機械的刺激により嘔吐しやすく、吐 を行い、胃ろう造設の必要性、管理方法等を患者・ 物の誤飲による窒息や誤嚥性肺炎を起こすことがあ 家族に行った場合の診療報酬が新設されました。今 るため避けるべきでです。栄養剤注入後1時間以上 後胃ろう患者の経口摂取回復への途が広がりを見せ 経過してから口腔ケアを行うようにしましょう。タ ることが望まれます。 イミングが難しい場合は、栄養剤の注入前に口腔ケ アを行うようにします。口腔ケアをすることで口が 5.おわりに 刺激されて、消化器官の動きも活発になり、栄養剤 胃ろう患者の口腔機能管理について、その問題点 の吸収がよくなることが期待されます。 と留意事項を中心に述べました。本稿が胃ろう患者 嚥下機能が低下した胃ろう患者は口腔ケア時に ならびにご家族の一助になれば幸いです。胃ろう地 も、唾液や口腔から除去された汚染物を誤嚥する 域連携パスに歯科を位置づける取組も行われつつあ 危険を伴います。誤嚥を防ぐには、まずポジショニ り、今後の展開に期待します。 ングに注意を払う必要があります。30°のギャッチ アップで頸部前屈位が誤嚥しにくいポジションです (図 4) 。そして貯留物の排出が不十分な場合には、 積極的に吸引機を用いるべきです。 4.経口摂取再開への途 胃瘻患者の嚥下障害の程度は様々で、退院後に栄 養状態や病態が改善してくると、嚥下機能も改善す るケースがあります。施設で経管栄養法からの離脱 に成功したケースは、看護師・介護士により「口か ら食べる力」の発見がきっかけとなることが多いよ うです。経口摂取を検討できる良い徴候を表 1 に 文 献 1)廣瀬知二:胃瘻造設高齢者に対する口腔機能管理の問題点と留意事 項.北医療大デンタルトピックス 45 : 12-19、2014, 2)Gauderer MW, Ponsky JL, Izant RJ Jr. Gastrostomy without laparotomy: a percutaneous endoscopic technique. J Pediatr Surg 15: 872-875, 1980. 3)Kudsk KA, Croce MA, Fabian TC, Minard G, Tolley EA, Poret HA, Kuhl MR, Brown RO. Enteral versus parenteral feeding: Effects on septic morbidity after blunt and penetrating abdominal trauma. Ann Surg 215: 503-513, 1992. 4)廣瀬知二:適切な口腔保湿剤の選択・使用方法.難病と在宅ケア 17(10): 56-59, 2012. 5)山田律子:経管栄養法からの離脱に向けた支援.山田律子著:認 知 症 の 人 の 食 事 支 援 BOOK, 初 版, 中 央 法 規 出 版, 東 京,2013, 56-63. 難病と在宅ケア Vol.21 No. 5 2015. 8 35