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脂質異常症
Pharmaceutical education for the general public.
Advanced level text to learn medicine.
深井
良祐 [著]
1
目次
第一章. 脂質とは
P. 3
1-1. 血液の中に存在する脂質 P.3
1-2. 脂質はどのようにして運ばれるか(リポタンパク質)
第二章. 脂質の吸収と合成
2-1. 脂質の吸収 P.8
2-2. コレステロールの合成
第三章. 脂質異常症とは
3-1. 脂質異常症の診断
3-2. 脂質異常症の症状
3-3. 脂質異常症の原因
P.5
P. 8
P.10
P. 11
P.11
P.12
P.14
第四章. コレステロール、トリグリセリドの動き
P. 15
4-1. コレステロールの動き P.15
4-2. トリグリセリド(中性脂肪:TG)の動き P.16
4-3. コレステロールとトリグリセリド(中性脂肪:TG)の動き
第五章. 脂質異常症の治療薬
P.17
P. 19
5-1. HMG-CoA 還元酵素阻害薬(スタチン系薬剤) P.20
5-2. 小腸コレステロールトランスポーター阻害薬 P.22
5-3. コレステロール異化促進薬 P.23
5-4. 陰イオン交換樹脂(レジン) P.23
5-5. フィブラート系薬 P.24
5-6. ニコチン酸誘導体 P.25
5-7. EPA 製剤 P.25
5-8. 横紋筋融解症とは
5-9. 横紋筋融解症とは
P.26
P.27
2
第一章.脂質とは
脂質は生命維持にとってとても重要な物質です。生活習慣病が問題になるにつれて、コレステロ
ールと言えば悪いイメージがあります。しかし、必ずしもそうではありません。コレステロールが
なければ私たちは生きていくことができません。そのため、これら脂質が少なすぎると不都合とな
ります。
ただし、その量が多すぎても問題となります。これら脂質の量が正常な方と比べて多すぎたり少
なすぎたりする病気が脂質異常症です。
脂質の量を適度に保つことによって、健康に生きることができるようになります。
1-1. 血液の中に存在する脂質
血液の中には脂質が存在しています。この脂質は四つに分けることができ、それぞれ以下のよう
な性質をもちます。
脂質の種類
コレステロール
特徴
・細胞の構成成分
・ホルモンやビタミン、胆汁酸の原料
・動脈硬化の原因となる
・体や心臓を動かすエネルギーとして利用
トリグリセリド:TG
・皮下脂肪として貯蔵
(中性脂肪)
・動脈硬化の原因となる
リン脂質
遊離脂肪酸
・細胞膜の構成成分
・トリグリセリド(中性脂肪)の分解によって生成
・エネルギーとして利用される
これら脂質の中でも、病気としての脂質異常症を考えるにはコレステロールとトリグリセリド(中
性脂肪:TG)の二つが重要になります。
なぜなら、この二つが動脈硬化に深く関与しているからです。動脈は心臓からの高い圧力に耐え
るために弾力性があります。しかし、血液の中に存在する脂質の量が異常であるとコレステロール
などの脂質が血管の壁に溜まっていきます。これによって、動脈が硬くなって弾力性が失われてい
きます。
また、コレステロール等の脂質が血管内に溜まると、その分だけ血管の中が細くなります。これ
によって、血液の流れを悪くしたり血流を完全に塞いでしまったりします。しかし、自覚症状はほ
とんどありません。
3
・コレステロールの構造式
コレステロールは細胞の構成成分であり、ホルモンやビタミン、胆汁酸の原料となります。これ
らの成分はコレステロールの構造を元にしてホルモンやビタミンなどを合成していきます。
このコレステロールの基本構造を専門用語で言うとステロイド骨格となります。
ホルモンの中には男性ホルモンや女性ホルモンなどの性ホルモンが存在します。この性ホルモン
はコレステロールから合成されることもあります。例えば、男性ホルモンであるテストステロンは
コレステロールから合成されます。
下にコレステロールとテストステロンの構造式を示します。
なお、コレステロールはテストステロン以外に「炎症を抑えるホルモン」や「血糖値を上げるホ
ルモン」などの原料にもなります。
また、ビタミンの中にはコレステロールから合成される種類もあります。その例としてビタミン
D があります。
骨の形成にはビタミン D が重要となります。このビタミン D はコレステロールから合成されま
す。日光(紫外線)を浴びるとビタミン D が生成されますが、この原料はコレステロールです。
コレステロールは脂質異常症で問題となる物質ですが、このように生きていく中で必要不可欠な
物質でもあります。
4
1-2. 脂質はどのようにして運ばれるか(リポタンパク質)
コレステロールやトリグリセリド(中性脂肪)は「あぶら」の一種です。そのため、そのままの
状態で水に溶けることはありません。
私たちを構成している成分で最も多い物質は水です。そして、血液も同じように水で満たされて
います。そのため、油であるコレステロールやトリグリセリド(中性脂肪)が血液中に存在するこ
とはできません。
そこで、水の中を油が移動できるように乗り物を用意します。この乗り物はタンパク質の一種で
あり、アポタンパク質と呼ばれます。アポタンパク質自体は水に溶けることができます。
アポタンパク質はコレステロールやトリグリセリド(中性脂肪)を中に閉じ込めることによって、
脂質としての油を抱えながら水に溶け込むことができます。
このアポタンパク質の中にコレステロールやトリグリセリド(中性脂肪)が閉じ込められている
状態のタンパク質を特にリポタンパク質と呼びます。
5
なお、このリポタンパク質はその大きさや構成される脂質の成分によっていくつかの種類に分け
られます。この中でも主にキロミクロン、VLDL、LDL、HDL の 4 種類があります。
リポタンパク質
の種類
キロミクロン
主な構成成分
特徴
ほとんどが
・食事からの脂質を肝臓へ運ぶ
トリグリセリド(中性脂肪)
VLDL
トリグリセリドが主体
(約 50%)
・肝臓で合成されて血液中へ分泌
LDL
コレステロールが約 50%
・各組織にコレステロールを運ぶ
・悪玉コレステロールと呼ばれる
HDL
リン脂質が約 50%
コレステロールが約 30%
・細胞や血管のコレステロールを肝臓へ回収
・善玉コレステロールと呼ばれる
6
・洗剤とリポタンパク質の共通点とは
洗濯物を洗う時、油の汚れを落とすために洗剤を入れます。この理由としては、当たり前ですが
汚れを落としやすくするためにあります。
服に付いた汚れの多くは体からの皮脂です。皮脂の主な成分は油であるため、水洗いでは汚れを
落とすことが難しいです。なぜながら、水と油は馴染まないからです。
そこで、この汚れを落とすために使用される物質が洗剤です。洗剤の主成分は界面活性剤とも呼
ばれます。このとき、界面活性剤の特徴としては「水と油の両方に馴染みやすい」ということがあ
ります。
界面活性剤の構造を見てみますと、界面活性剤には「水に溶けやすい部分」と「油に馴染みやす
い部分」が一つの構造の中に含まれています。この水と油の両方に溶けることができる性質によっ
て、洗剤として油汚れを落とすことができます。
通常、油は水に溶けません。ここに界面活性剤を水の中に溶かすと、界面活性剤の「水に溶けや
すい部分」が水とよく親和し、「油に馴染みやすい部分」が油汚れとくっつきます。これによって、
油を水の中に浮かせることができるようになります。
そして、リポタンパク質もこれと同じ考えによって成り立っています。
コレステロールやトリグリセリド(中性脂肪)などの油は水に溶けません。しかし、リポタンパ
ク質という形であれば水に溶けることができ、血液中を巡ることができます。これは、脂質を載せ
るアポタンパク質が界面活性剤と同じように水と油の両方に溶けやすいために可能となります。
水に溶けにくい脂質をリポタンパク質として中に閉じ込め、その外側を水に馴染みやすくしてい
るために「脂質を載せたまま水の中に溶ける」という事が可能となります。
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第二章.脂質の吸収と合成
コレステロールやトリグリセリド(中性脂肪:TG)などの脂質は「食事として外から吸収する場
合」と「体の中で合成される場合」の二種類があります。
このメカニズムについて確認していきます。
2-1. 脂質の吸収
・リポタンパク質の作用
リポタンパク質と脂質の関係を表すと下図のようになります。
① 小腸から脂質が吸収される
食物に含まれる脂質は消化酵素によって細かく分解された後に小腸から吸収されます。この脂質
は油であるため、そのままの状態では血液の中に溶け込むことができません。そこで、水に溶ける
アポタンパク質の中に脂質を閉じ込めて、リポタンパク質として脂質を移動させます。
このとき、小腸から吸収した脂質を運ぶリポタンパク質がキロミクロンです。キロミクロンは血
管を通っていくうちに代謝を受け、肝臓に取り込まれます。
8
② 肝臓からコレステロールやトリグリセリド(中性脂肪:TG)が放出される
キロミクロンによって肝臓に運ばれた脂質は再び血液中に放出するために VLDL へと再合成され
ます。VLDL は血液中を巡っていくうちに酵素の働きによってトリグリセリド(中性脂肪:TG)が
分離されていきます。このとき分離していったトリグリセリド(中性脂肪:TG)を遊離脂肪酸と呼
びます。
VLDL からトリグリセリド(中性脂肪)が分離されるため、その分だけ VLDL に含まれるトリグ
リセリド(中性脂肪)が少なくなってコレステロールの比率が上がります。これによって、コレス
テロールを多く含む LDL が生成します。
トリグリセリド(中性脂肪)は遊離脂肪酸という形で VLDL から分離した後、全身の脂肪細胞に
取り込まれます。
③ 各組織にコレステロールを運ぶ
コレステロールを多く含む LDL は各組織にコレステロールを引き渡します。コレステロールはホ
ルモンやビタミン等の原料であるため、必要不可欠な物質です。
しかし、LDL が過剰であるとコレステロールが血管の壁に蓄積されて動脈硬化を引き起こしてし
まいます。そのため、LDL は悪玉コレステロールと呼ばれています。
④ 各組織のコレステロールを肝臓に戻す
各組織でコレステロールが余った場合、HDL はこのコレステロールを肝臓に戻す作用をします。
HDL は組織のコレステロールを減らす働きをするため、善玉コレステロールと呼ばれています。
HDL が存在することで、各組織にコレステロールが溜まらないようになっています。そのため、
HDL の量が少ないと「コレステロールが血管などの組織に溜まったままの状態」となるので、動脈
硬化が引き起こされてしまいます。
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2-2. コレステロールの合成
コレステロールは食事として外から吸収するだけでなく、体の中でも合成されます。実は食事か
ら得られるコレステロールは約 20%であり、残りの約 80%は体内で合成されます。
このとき合成されるコレステロールは糖質や脂質、タンパク質などを原料として構築されていき
ます。
なお、肝臓でコレステロール合成を行う上で重要となる酵素として HMG-CoA 還元酵素がありま
す。HMG-CoA 還元酵素はコレステロールをどれだけ合成するかの速度調節に関わっています。
そのため、体の中でのコレステロール合成を考えるうえで「HMG-CoA → メバロン酸」の経路が
重要となります。
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第三章.脂質異常症とは
前述の通り、脂質(コレステロールやトリグリセリドなど)は生命維持に必要不可欠です。しか
し、その量が多すぎれば脂質異常症として動脈硬化を引き起こすリスクとなります。
また、脂質の中には「各組織のコレステロールを減らすリポタンパク質」として HDL がありま
す。HDL の量が減ってしまうとコレステロールが血管などに蓄積したままとなるため、同じように
動脈硬化が引き起こされます。
このように、脂質によっては減りすぎが問題となる物質も存在します。
3-1. 脂質異常症の診断
脂質異常症の診断を行う場合、コレステロールとトリグリセリド(中性脂肪)の値を測定します。
この時のコレステロールはリポタンパク質として LDL コレステロールと HDL コレステロールが重
要となります。
そのため、脂質異常症の診断では「トリグリセリド(中性脂肪:TG)」、「LDL コレステロール」、
「HDL コレステロール」の三つが使用されます。
脂質の種類
脂質異常症診断基準
トリグリセリド(中性脂肪:TG)
150 mg/dL 以上
LDL コレステロール
140 mg/dL 以上
HDL コレステロール
40 mg/dL 未満
これらの脂質が多かったり少なかったりすることで脂質異常症と診断されます。
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3-2. 脂質異常症の症状
脂質異常症で最も問題となる症状が動脈硬化です。動脈硬化が進行すると動脈が細くなってしま
います。これによって血液の流れが悪くなったり、血管に傷がついてしまったりします。
この状態を放置しておくと、心臓に栄養を送る動脈が詰まる心筋梗塞や脳の血管が詰まる脳梗塞
などを引き起こして死に至ります。
・動脈硬化
心臓から血液が送り込まれる動脈には常に高い圧力がかかっています。この圧力に耐えるため、
動脈はしなやかで弾力性があります。そのために、全身に血液を送り届けることができます。
しかし、この動脈にコレステロールなどの脂質が沈着してしまうと、少しずつ血管の中が細くな
っていきます。それだけではなく、動脈の弾力性が失われて硬くなってしまいます。これが、動脈
硬化です。
動脈硬化では脂質などが血管の壁に沈着することにより、プラークと呼ばれる異常な組織が形成
されます。これによって、血管の内側が細くなります。動脈硬化が進行して心臓の冠状動脈が細く
なると、心臓へ酸素が十分に行き渡らなくなってひどい胸の痛みが起こります。この病気が狭心症
です。
プラークが生じている部分は細くなっている分だけ余計に圧力がかかります。そのため、プラー
クが形成された場所に傷がつきやすくなっています。
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傷がつくとその部分から出血が起こり、血の塊として血管の中で固まってしまいます。この血の
塊が血栓です。血栓が大きくなっていくと、より血液の流れが悪くなります。
この血栓によって冠状動脈が完全に詰まると心筋梗塞として命に関わってしまいます。他にも、
この血栓が冠状動脈ではなくて脳血管を詰まらせると脳梗塞となります。
・人間は血管と共に老いる
日本人における死因の上位としてがんや心疾患、脳血管疾患があります。心疾患としては心筋梗
塞による死亡が最も多く、脳血管疾患としては脳卒中(脳血管が詰まる脳梗塞や脳血管から出血す
る脳出血)が主な死因です。
これら心筋梗塞や脳卒中は動脈硬化が主な原因で起こります。心疾患と脳血管疾患による死亡数
を合わせると約 3 分の 1 となります。この数はがんによる死亡数よりも多いため、「日本人の死亡
原因の第一位は動脈硬化である」と言うこともできます。
動脈硬化は血管が硬くなって老いていく病気であるため、人間は血管と共に年をとっていくこと
になります。
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3-3. 脂質異常症の原因
・生活習慣の乱れ
脂質異常症を含めて高血圧や糖尿病などの生活習慣病は食生活や運動習慣など、生活習慣の乱れ
による原因が最も大きいです。
そのため食べ過ぎや飲みすぎ、アルコール、ストレス、喫煙、運動不足などによって脂質異常症
が誘発されます。
・遺伝による原因
遺伝が脂質異常症の発症に関係している場合もあります。例えば、遺伝性の脂質異常症として家
族性高コレステロール血症の方がいます。
この患者さんは生まれつき血液中の存在する LDL コレステロール値が高いです。親族にこのよう
な方がいる場合は注意が必要となります。
・他の病気によって発症する
脂質異常症の発症には他の病気が原因であることもあ
ります。このような病気としては、甲状腺機能低下症や
ネフローゼ症候群などがあります。糖尿病や肝臓病など
もこれに該当します。
また、薬の副作用によって発症する場合もあります。
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第四章.コレステロール、トリグリセリドの動き
脂質異常症ではコレステロールとトリグリセリド(中性脂肪:TG)が重要になります。そのため、
これらコレステロール、トリグリセリド(中性脂肪)が体の中でどのような動きをするかを理解す
る必要があります。
4-1. コレステロールの動き
コレステロールは体の中で合成される場合と小腸から吸収される場合の二種類があります。また、
コレステロールは胆汁酸として消化管へ排泄されます。
以下に、それぞれに分けて説明していきます。
① コレステロールが体の中で合成される
コレステロールは肝臓で合成され、このときアセチル-CoA と呼ばれる物質から出発します。この
アセチル-CoA は HMG-CoA という物質に変換されます。この HMG-CoA は HMG-CoA 還元酵素によ
ってメバロン酸へと変換されます。
このとき重要となる物質が「HMG-CoA → メバロン酸」へと変換する HMG-CoA 還元酵素です。
コレステロール合成のスピードはこの HMG-CoA 還元酵素によって調節されています。そのため、
HMG-CoA 還元酵素の速度を調節することができれば、体の中で合成されるコレステロールの量を
調節することができるようになります。
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② コレステロールが体内へ吸収される
コレステロールの約 80%は体内で合成されますが、残りの約 20%は小腸から吸収されます。小腸
からコレステロールが吸収されるとき、輸送体によって取り込まれます。
つまり、小腸にはコレステロールを積極的に取り込むためのポンプがあります。このコレステロ
ール吸収に関わる輸送体を小腸コレステロールトランスポーターと言います。
③ コレステロールが胆汁酸として排泄される
肝臓は脂肪吸収を助ける胆汁を分泌する働きがあり、この胆汁の主な成分の一つとして胆汁酸が
あります。この胆汁酸はコレステロールによって合成されます。
つまり、肝臓から胆汁酸が分泌されるということはコレステロールが胆汁酸として消化管へと排
泄されるということも意味しています。
なお、胆汁酸は消化管へ排泄された後に再び吸収されます。
4-2. トリグリセリド(中性脂肪:TG)の動き
脂質異常症ではコレステロールだけでなく、トリグリセリドの値も重要視されます。そのため、
トリグリセリドの働きを知ることが大切です。
④ トリグリセリドを分解する
血液中に存在するトリグリセリドは LPL
(リポ蛋白リパーゼ)という酵素によって分解されます。
トリグリセリドが分解されると遊離脂肪酸として脂肪細胞などに取り込まれます。
これによって、トリグリセリドが血液中から消失していきます。
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⑤ トリグリセリドを合成する
「④ トリグリセリドを分解する」では、血液中に存在するトリグリセリドが脂肪細胞へ取り込ま
れていく過程を紹介しました。そのため、この逆の経路も存在します。
脂肪細胞から遊離脂肪酸が放出され、血液中を巡り肝臓にまで到達します。すると、遊離脂肪酸
はトリグリセリドとして合成されます。
4-3. コレステロールとトリグリセリド(中性脂肪:TG)の動き
これらコレステロールとトリグリセリドの動きを併せると、体の中における脂質の動きを理解す
ることができます。これら脂質の動きには肝臓、血管、組織(細胞)の三つで考えれば分かりやす
いです。
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・肝臓でのコレステロールの動き
いきなり脂質全体の動きを見ても理解が難しいです。そこで、コレステロールやトリグリセリド
(TG)、リポタンパク質とそれぞれに分けて確認していきます。
コレステロールの合成では下図の通りアセチル-CoA から出発します。このアセチル-CoA は
HMG-CoA へと合成された後、メバロン酸、コレステロールへと変換されます。そしてこの時、
HMG-CoA 還元酵素が重要であることを前に記しました。
また、コレステロールは肝臓で合成されるだけでなく、小腸からも吸収されます。図の中では小
腸に存在するコレステロールが肝臓まで矢印で移動していることが分かります。このように、コレ
ステロールは「肝臓で合成される場合」と「小腸から吸収される場合」の二種類があります。
これらのコレステロールはホルモンやビタミン、細胞の構成成分として利用されるために血液中
を巡ります。
ただし、全てのコレステロールが血液の中を移動する訳ではなく、胆汁酸として排泄される経路
もあります。この胆汁酸は十二指腸に排泄されます。また、胆汁酸は排泄されるだけでなく、再び
吸収して再利用される経路もあります。
これが、コレステロールの動きです。
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・トリグリセリドの動き
下図の右下には血管の中で「トリグリセリド → 遊離脂肪酸」へと変換されている過程が描かれ
ています。この時の変換としては LPL(リポ蛋白リパーゼ)が関与しています。
そして、この時生成した遊離脂肪酸は脂肪細胞などの組織へと移行して蓄積されます。
ただし、トリグリセリドから遊離脂肪酸へと分解される経路があるならば、その逆として遊離脂
肪酸からトリグリセリドへと合成される経路も存在するはずです。この様子を図の左上に記してい
ます。
トリグリセリドが合成される経路として、まず初めに脂肪細胞から遊離脂肪酸が血液中へと放出
されます。この血液中の遊離脂肪酸は肝臓へ移動して、トリグリセリドへと合成されます。
このようにして、トリグリセリドが分解または合成されます。
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・リポタンパク質の動き
コレステロールとトリグリセリドの動きを併せた様子が下図になります。コレステロールとトリ
グリセリドは脂質(いわゆる油)であるため、血液中に溶けることはできません。そこで、リポタ
ンパク質という形に変換することで、血液中を移動できるようにしてやります。
このとき、コレステロールとトリグリセリドを血液中へと放出するために、VLDL というリポタ
ンパク質として放出します。
血液中に存在する VLDL は代謝を受けることで LDL へと変換されます。この LDL が各組織にコ
レステロールを届ける役割を担っています。
このとき、血液中の LDL が肝臓や各組織に取り込まれるための受容体として LDL 受容体が存在
します。この LDL 受容体を介して LDL が各組織へコレステロールを供給できるようになっていま
す。
LDL によって各組織にコレステロールが供給され、余ったコレステロールは回収されます。この
コレステロールの回収機能を担うリポタンパク質として HDL があります。
HDL は各組織のコレステロールを回収した後に肝臓まで戻す働きをします。これが、コレステロ
ールとトリグリセリドを併せた動きになります。
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このようにコレステロールとトリグリセリド、またこの二つを併せたリポタンパク質の動きをま
とめた図が前に示した下図となります。
全てを併せるとどうしても複雑になってしまいます。しかし、これらを一度に理解する必要はあ
りません。
先ほど説明したようにコレステロールやトリグリセリド、リポタンパク質の三つの動きを合わせ
るとこの図となるため、それぞれの動きを学習した後に繋ぎ合わせることができれば良いです。そ
うすると、自然にこの図を理解できるようになります。
なお、今回重要となる単語として LDL 受容体があります。LDL が肝臓や各組織に取り込まれて
コレステロールとして合成されるためには、LDL 受容体を介して取り込まれる必要があります。
この LDL 受容体が脂質異常症に関わることがあります。そのため、治療薬を考える上でも重要な
器官の一つです。
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・家族性高コレステロール血症
脂質異常症は主に生活習慣の乱れによって発症します。しかし、中には生まれつき血液中の LDL
コレステロール値の高い人がいます。このような脂質異常症として家族性高コレステロール血症が
あります。
このような患者さんでは LDL コレステロールを肝臓や各組織に取り込むための LDL 受容体に異
常が起こっています。LDL 受容体がうまく働かないため、血液中に存在する LDL コレステロール
を細胞内に取り込むことができません。そのため、血液中の LDL コレステロール値が常に高い状
態となってしまいます。
この病気の原因としては、遺伝子の異常があります。LDL 受容体やその周辺に関わる遺伝子に変
異が起こっているため、LDL 受容体が正常に働けなくなっています。
LDL コレステロール値が高くなっているため、適切な治療を行わなければ小児期から動脈硬化が
進行していくことになります。若い時に心筋梗塞や脳梗塞を起こしてしまうため、早目の対策が必
要となります。
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第五章.脂質異常症の治療薬
脂質異常症の診断基準としてコレステロール(LDL コレステロール、HDL コレステロール)、ト
リグリセリド(中性脂肪:TG)があります。
そのため、これらコレステロールとトリグリセリドに作用する薬を創出することができれば脂質
異常症の治療薬になることが分かります。
脂質異常症の治療薬としては次のようなものがあります。
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5-1. HMG-CoA 還元酵素阻害薬(スタチン系薬剤)
コレステロールは肝臓で合成されますが、この肝臓でのコレステロール合成を阻害すれば血液中
のコレステロール値を下げることができます。このような作用をする薬として HMG-CoA 還元酵素
阻害薬があります。
コレステロールは肝臓でアセチル-CoA を原料として HMG-CoA が作られます。この HMG-CoA は
HMG-CoA 還元酵素によってメバロン酸へと変換されます。そして、コレステロール合成の速度は
HMG-CoA 還元酵素の働きに依存しています。
つまり、HMG-CoA 還元酵素の働きを抑えることができれば、コレステロール合成を阻害するこ
とができます。
このように、HMG-CoA 還元酵素を阻害することによってコレステロール合成を抑制する薬とし
てはアトルバスタチン(商品名:リピトール)、ロスバスタチン(商品名:クレストール)、ピタバ
スタチン(商品名: リバロ )、プラバスタチン(商品名: メバロチン )などがあります。
なお、重篤な副作用として横紋筋融解症があります。
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・HMG-CoA 還元酵素阻害薬(スタチン)のより詳しい作用機序
前述の通り、HMG-CoA 還元酵素を阻害することによって肝臓でのコレステロール合成を抑制す
ることができます。その結果、肝臓の中に溜められていたコレステロールの絶対量が減っていきま
す。
肝臓に蓄えられていたコレステロール量が減るため、この減った分のコレステロールを血液中に
存在するコレステロールから補おうとします。具体的には、肝臓に存在する LDL 受容体の数を増加
させます。
肝臓の LDL 受容体の数が増えるので、その分だけ血液中の LDL コレステロールが肝臓に取り込
まれるようになります。これによって、血液中の LDL コレステロール値を下げることができます。
① HMG-CoA 還元酵素を阻害することによって、肝臓でのコレステロール合成を抑制
② 肝臓のコレステロールプール量が減るため、これを補うために肝臓の LDL 受容体が増加
③ 肝臓の LDL 受容体が増加しているため、血液中のコレステロールが肝臓へと移動
④ 血液中のコレステロールが肝臓へ移動するため、コレステロール値が下がる
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5-2. 小腸コレステロールトランスポーター阻害薬
コレステロールは体内で合成される経路以外にも、食事として小腸から吸収することによっても
コレステロールが蓄えられます。そのため、食事由来のコレステロール吸収を抑えることができれ
ば、血液中のコレステロール濃度を下げることができます。
このときのコレステロール吸収には輸送体としてコレステロールを汲み上げるポンプが関係して
おり、この輸送体として小腸コレステロールトランスポーターがあります。そのため、この輸送体
を阻害すると小腸からのコレステロール吸収が抑制されます。
このように、食事由来のコレステロール吸収を小腸で阻害する薬としてエゼチミブ(商品名:ゼ
チーア)があります。
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5-3. コレステロール異化促進薬
肝臓で合成されたコレステロールは血液中へ移行します。しかし、全てのコレステロールが血液
の中へ移行するわけではなく、胆汁酸へと変換されて排泄される場合があります。
つまり、コレステロールから胆汁酸へと変換された後にこの胆汁酸の排泄を促進させれば、その
分だけコレステロール値が下がるはずです。このように、コレステロールから胆汁酸への変換を促
進する薬としてプロブコール(商品名:シンレスタール、ロレルコ)があります。
5-4. 陰イオン交換樹脂(レジン)
肝臓から排泄された胆汁酸は、全てがそのまま糞便として排泄されるわけではありません。消化
管へと排泄された胆汁酸は小腸から再び吸収されて肝臓へと戻っていきます。
そこで、この胆汁酸が小腸から再び吸収される過程を阻害します。その結果、胆汁酸が減少しま
す。胆汁酸の原料はコレステロールであるため、胆汁酸の排泄を促進させることによって間接的に
コレステロール値を減らすことができます。
陰イオン交換樹脂は胆汁酸を吸着することで、胆汁酸の再吸収を抑制します。このように、胆汁
酸の再吸収を抑制することでコレステロール値を下げる薬としてコレスチミド(商品名:コレバイ
ン)があります。
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5-5. フィブラート系薬
前述の通り、トリグリセリド(中性脂肪)は LPL(リポ蛋白リパーゼ)という酵素によって分解
されます。これによって分解されたトリグリセリドは遊離脂肪酸として脂肪細胞などに取り込まれ
ます。
そのため、この LPL の数を増やせば血液中に存在するトリグリセリドの分解が進み、トリグリセ
リドの値を下げることができます。
また、トリグリセリドの合成を抑えることでも血液中に存在するトリグリセリドの濃度を抑える
ことができます。
このように、血液中に存在するトリグリセリドの分解を促進したり、トリグリセリドの合成を抑
制したりする薬としてベザフィブラート(商品名:ベザトール SR)、フェノフィブラート(商品名:
リピディル、トライコア)などがあります。
なお、重篤な副作用として横紋筋融解症があります。
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5-6. ニコチン酸誘導体
ニコチン酸はビタミンの一種であり、ビタミン B3 とも呼ばれます。
脂肪細胞から遊離脂肪酸として分解され、これが血液に乗って肝臓に流入するとトリグリセリド
が合成されます。そのため、脂肪細胞から遊離脂肪酸が遊離する過程を阻害することができれば血
液中のトリグリセリドを減らすことができます。
ニコチン酸は他にも複数の作用点が報告されていますが、このようなニコチン酸誘導体としては
トコフェロールニコチン酸エステル(商品名:ユベラ N)などがあります。
5-7. EPA 製剤
青魚に含まれる成分(不飽和脂肪酸)から生成された薬であり、血液中のトリグリセリドを下げ
る働きがあります。
また、抗血栓作用として血液を固まりにくくする作用も有します。このように、多用な機序によ
って動脈硬化を抑制します。このような作用を示す薬としてはイコサペント酸エチル(商品名:エ
パデール)などがあります。
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5-8. 脂質異常症治療薬の改善効果
このように脂質異常症治療薬を紹介してきましたが、それぞれの薬によって特徴が異なります。
これまで学習してきた中で脂質異常症を治療するためには LDL やトリグリセリドの値を下げ、HDL
値を上昇させればよいことが分かります。
この時、どの値を改善したいかによって治療薬を選ぶ必要があります。
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5-9. 横紋筋融解症とは
HMG-CoA 還元酵素阻害薬(スタチン系薬剤)やフィブラート系薬の重篤な副作用として横紋筋
融解症があります。横紋筋とはいわゆる「筋肉」のことです。足や腕などを動かす時には筋肉を使
って動かします。
横紋筋融解症ではこの筋肉としての横紋筋が壊され、溶け出していく病気です。これによって筋
肉細胞の成分が血液中に流れ出し、しびれや筋肉痛、脱力感などの症状を引き起こします。
重症になると腎不全に陥り、死に至ることもあります。
HMG-CoA 還元酵素阻害薬(スタチン系薬剤)とフィブラート系薬を併用することによって、横
紋筋融解症が表れる頻度が高くなります。
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○ スタチン発見の物語
HMG-CoA 還元酵素阻害薬は別名スタチンとも呼ばれます。スタチンとは、血液中のコレステロ
ール値を下げることで脂質異常症を治療します。
コレステロール値が高いというだけで死ぬということはありませんが、心
筋梗塞や脳梗塞などのリスクが増大します。つまり、コレステロールそのも
ので死ぬのではなく、コレステロールが原因となって起こる病気によって死
に至るのです。
このコレステロール値を改善する薬としてスタチンがあり、スタチン系の薬は世界で最も売れて
いる薬物の一つです。
・コレステロールの化学
コレステロールに関して理解して頂きたい点としては、「コレステロールは決して悪者ではない」
ということがあります。
そもそも、全コレステロールのうち約 80%は体で合成されています。それでは、なぜ私たちの体
はコレステロールをわざわざ合成しているのでしょうか。答えは簡単です。コレステロールは私た
ちの体になくてはならないものだからです。
私たちの体は 60 兆個の細胞から構成されていると言われていますが、この細胞の成分としてコレ
ステロールが必要です。男性ホルモン、女性ホルモンなどにもコレステロールが必要です。体が成
長していくにもコレステロールが必要です。
このように体にとって重要なコレステロールですが、この量が増えすぎても問題となります。増
えすぎることで、さまざまな病気を引き起こすようになります。これが脂質異常症の状態です。
そこで、「全コレステロールのうち約 80%は体で合成されている」ということに着目しました。
体で合成されるコレステロールを阻害することで、脂質異常症を治療しようと考えたのです。
・スタチンの発見
世界で初めてスタチンを発見したのは日本人である遠藤章です。1973 年、彼は約 6000 種類もの
カビを二年かけて選別し、青カビの一種からメバスタチンを発見しました。このメバスタチンが世
界初のスタチンだったのです。
しかし、それからスタチンの歩む道は険しいものでした。まず、ラットの実験でコレステロール
値が下がりませんでした。当時、「マウスやラットで効果のない薬は、ヒトに対しても効果がない」
ということが常識だったのです。
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しかし、遠藤はあきらめませんでした。そしてちょうどそのとき、例外を発見しました。脂質異
常症治療薬として陰イオン交換樹脂コレスチラミンがあります。この薬は「ヒトには効くが、ラッ
トには効かない」という性質をもっていました。
そこで、「メバスタチンもこれに該当するのではないか」と考え、ニワトリやイヌにメバスタチン
を投与しました。するとコレステロール値が劇的に改善したのです。
・長期毒性の疑い、そして新しい薬へ
しかし、その後の長期毒性試験で残念な知らせが届きました。メバスタチンに肝毒性の疑いがあ
ったのです。後にこの問題は解決しましたが、今度は発がん性の疑いがあり開発は中止されました。
その後、メバスタチンを投与したイヌの尿からコレステロール合成阻害作用を示す新たな物質が
発見されました。これがプラバスタチン(商品名:メバロチン)です。
プラバスタチンはメバスタチンよりも安全性が高く、より強いコレステロール合成阻害作用をも
っていました。そして 1989 年、ついにプラバスタチンが発売されたのです。これは、遠藤章らがス
タチンの探索を始めてから 18 年が経った後でした。
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○ 脂質異常症の主な治療薬
主な作用機序
一般名
商品名
アトルバスタチン
リピトール
ロスバスタチン
クレストール
ピタバスタチン
リバロ
プラバスタチン
メバロチン
エゼチミブ
ゼチーア
HMG-CoA 還元酵素阻害薬
(スタチン系薬)
小腸コレステロール
トランスポーター阻害薬
シンレスタール
コレステロール異化促進薬
プロブコール
ロレルコ
陰イオン交換樹脂(レジン)
コレスチミド
コレバイン
ベザフィブラート
ベザトール SR
フィブラート系薬
リピディル
フェノフィブラート
トライコア
ニコチン酸誘導体
トコフェロール
ニコチン酸エステル
ユベラ N
EPA 製剤
イコサペント酸エチル
エパデール
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