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1.下肢深部静脈血栓症の IVR

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1.下肢深部静脈血栓症の IVR
2006 日本 IVR 学会総会「技術教育セミナー」
:南口博紀,他
連載❹ ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 2006 日本 IVR 学会総会「技術教育セミナー」‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
静脈血栓塞栓症の IVR−Ⅱ
1.下肢深部静脈血栓症の IVR
和歌山県立医科大学 放射線医学講座
南口博紀,佐藤守男
はじめに
深部静脈血栓症(DVT:Deep vein thrombosis)と肺
血栓塞栓症(PE:Pulmonar y thromboembolism)は近
年静脈血栓塞栓症(VTE:Venous thromboembolism)
と総称されている。PE の 90%以上の塞栓源は DVT で
1)
あることや ,致死性 PE の行政解剖において 90%に
下腿深部静脈内に新鮮血栓がみられたという報告から
2)
も これら 2 つの疾患の密接性がわかる。
本邦では欧米と比較し稀な疾患とされてきたが,近
年生活習慣の欧米化に比例するように患者数は増加傾
向にある。また新潟中部地震後車中泊をされていた被
災者の VTE 発症,エコノミークラス症候群とも言わ
れる旅行者血栓症,術中術後の院内 VTE 発症など社
会的認識も高まっている。本邦独自の予防ガイドライ
ンも作成され,リスクレベルに応じた積極的な予防の
実践により,各種術中術後の VTE 続発の予防に効果
をあげている。
下肢 DVT 患者では急性期にはほとんどの症例で病
側の腫脹,疼痛,熱感,色調変化などがみられ,それ
らの局所症状の緩和および続発しうる PE 予防の目的
で治療がなされる。現在多くの施設では入院安静臥床
の上でヘパリン,ワーファリン投与といった抗凝固療
法や理学的療法といった保存的治療が選択されてい
る。これらの保存的治療では血栓の完全溶解はほとん
ど期待できず,側副路発達による症状改善を期待する
ことが主な目的であろう。また治療の成否に関わらず,
慢性期 DVT 患者で下肢静脈の逆流やうっ滞により下
肢倦怠感と腫脹がみられる血栓塞栓後症候群の続発症
例があり,症候性 DVT 発症後 2 年以内に 20 ∼ 50%に
3)
発症する とされていることからも初発時の早期診断
と的確な治療が重要と考える。
我々の施設では 2001 年から下肢腫脹患者の診断と
治療を当科で主に担当している。急性期 DVT と診断
されたならば患者個々の治療到達目標を設定し,治療
適応と患者の同意があれば当科病棟に入院の上,積極
的 IVR を実行し良好な治療成績が得られており,他科
および関連病院からの評価を得ている。
積極的治療法として,外科的治療としては Forgaty
Balloon による血栓摘除術,血管内膜摘除術,AVF 作
成術,バイパス術などがなされることがあるが,侵襲
94(240)
が大きく治療成績は不良である。一方で近年その低侵
襲性から IVR が急速に広まり,注目されている。
IVR の適応
発症時期との関係では,急性期の特に発症後 2 週間
以内のものが経カテーテル血栓溶解療法や血栓吸引療
法といった積極的 IVR の最も良い適応と考える。一方
で発症後 1 ヵ月を超える慢性期症例ではすでに十分な
側副路ができ症状も乏しいことや線溶療法に対する反
応が悪いことから,積極的 IVR の良い適応とはいえな
い。もちろん acute on chronic の DVT は適応になる。
血栓部位との関係では,腸骨大腿静脈血栓型 DVT
が積極的 IVR の最も良い適応と考える。一方で下大静
脈または下腿まで進展した DVT に対する IVR は困難
を伴うことが多い。また,膠原病などに起因する血管
炎合併 DVT に対する IVR は症状や血栓を逆に増悪さ
せることがあり注意を要する。
基礎疾患との関係では,高齢者や元々 ADL が低下
していた症例,観血的手術直後症例,脳梗塞や消化性
潰瘍の既往があるDVT 症例については,急性期であっ
ても IVR 適応を慎重に考慮する必要があると考える。
IVR 手技の現状
DVT に対する積極的 IVR は,日本のみならず欧米で
もいまだ Evidence が確立されたものではない。当科
では Stanford 大学を中心とする欧米の臨床報告を元に
日本の諸事情を踏まえいくつかの点で変更工夫し,実
践している。最も一般的な腸骨大腿下腿静脈型の急性
期 DVT を例に,当科における具体的手技とポイント
を列記する。
血管造影室でまず仰臥位で,腎静脈合流下部の下大
静脈内に IVC filter を留置する。穿刺部位の第一選択
は右内頸静脈とし,全例超音波ガイド下に穿刺してい
る。当科ではほぼ全例で Günther tulip filter を使用し
ている。ただし必ず IVC filter を抜去する必要のある
症例に対しては,Neuhaus protect を使用している。
Günther tulip filter は永久留置も可能である上に,2
週間以内であれば専用の再回収キットを用いることで
抜去可能なことが特徴であり,現状では最も適応範囲
が広いフィルターである。傾きがみられても頸部アプ
ローチタイプならば再収納,再留置が可能である利点
2006 日本 IVR 学会総会「技術教育セミナー」
:南口博紀,他
技術教育セミナー / 静脈血栓塞栓症の IVR−Ⅱ
図 1 穿刺の実際
a : マイクロコンベックス型プローベとニードルガイド
b : 穿刺針とプローベ
c : 膝窩部静脈および動脈と静脈内のガイドワイヤー
から,当科ではほぼ全例で右内頸静脈からアプローチ
している。留置部位は腎静脈合流下部の IVC 内で可能
な限り頭側を基本としている。その他,下大静脈内に
血栓が進展した例や妊産婦,婦人科術前症例などでは
腎静脈合流上部の IVC 内に留置する必要がある。
Neuhaus protect は必ず回収可能な利点から若年者や
手術予定など長期留置を必要としない症例に使用して
いる。一方でシースやフィルター手元部が体外にあり,
患者の不快感や体動制限,感染の危険性が欠点である。
フィルター部の血栓付着予防にシースから輸液を続け
る必要があり,さらにフィルターバスケットが材質上
変形しやすく,その際の血栓捕捉能低下が憂慮される。
自験例でもバスケットの高度変形例を経験した。
DVT に対するカテーテル治療の際の IVC filter 留置
については現在 controversial である。欧米の多くの施
設では IVC filter を留置せずに治療しているが,短時間
に多量のUK,t-PA を使用した線溶療法を行い,早期の
再開通と退院を目指すもので本邦の医療環境とは異な
るためと考える。また自験例でも DVT に対する IVR 中
に留置していたIVC filter に血栓が捕捉されている例を
高頻度に認めることからも当科では線溶療法に先行し
て必ず留置している。しかし,PREPIC study で永久型
フィルター使用例では遠隔期に IVC 閉塞や DVT 再発が
4,5)
有意に多いとの報告があり ,また IVC filter の長期耐
久性が不明であることからも安易な使用は避けるべき
である。今後さらに細径で留置が容易で,血栓捕捉能
の高い再回収可能型フィルターの発売が待たれる。
次に腹臥位にし,超音波ガイド下に病肢膝窩静脈を
穿刺する。静脈血栓へのアプローチ方向については①
病側膝窩静脈穿刺による順行性アプローチと②内頸静
脈または健側大腿静脈穿刺による逆行性アプローチの
2 つに大別されるが,生理的血流方向でかつ新鮮血栓
側からのアプローチである利点から,当科では全例で
①を採用している。膝窩静脈と動脈は並列しており,
a b c
盲目的な穿刺は避けられるべきで,かつ静脈の前壁穿
刺を基本とする。当科ではマイクロコンベックス型
プローベとニードルガイドをセットし,通常のシース
セットに付属するサーフロー針とアングル型ガイドワ
イヤーを用いて穿刺している。この組み合わせでは超
音波画像上やや視認性に劣るが,経験によりほぼ 1 回
で膝窩静脈内に到達可能である。膝窩静脈が完全に血
栓閉塞していれば逆血が確認できず穿刺困難であると
一般に考えられるが,穿刺針の先端および挿入された
ガイドワイヤーが静脈内に正確に存在するかを超音波
像で確認しておくことが重要である(図 1)
。膝窩静脈
には 6Fr のショートシースを順行性に留置しておく。
続けて 4Fr の多側孔のマルチパーパスカテーテルと
アングル型ガイドワイヤーを併用し,血栓閉塞部を慎
重に進める。生理的血流方向でかつ新鮮血栓側である
病側膝窩静脈からのアプローチである利点から,比較
的容易に血栓閉塞した腸骨静脈領域を通過し,IVC ま
でたどり着くことが多い。この時ストレート型のカ
テーテルとは異なり先端がアングル型のマルチパーパ
スカテーテルを使用することでストレート型とは異な
り手元の回転操作でカテーテルおよびガイドワイヤー
の方向性をコントロールでき,血栓閉塞部の通過を容
易にさせることがポイントと考える。
まず確認静脈造影で全体像を把握する。血栓閉塞部
位を先端に多側孔のマルチパーパス型カテーテルを留
置し,帰室後の持続的な経カテーテル血栓溶解療法
(Catheter-directed thrombolysis:CDT)に備える。CDT
の目的はカテーテルを用いて直接血管内に高濃度の血
栓溶解薬を注入して早期に再開通を得るためである。
血栓溶解薬を上肢静脈から投与しても下肢の血栓閉塞
部にはほとんど到達せず,治療成績が不良になる事は
明らかである。静脈弁機能は全身線溶療法群に比べ経
カテーテル線溶療法群で有意に保たれ,静脈逆流も有
6)
意に少ないとの報告があり ,急性期に静脈血流を早急
(241)95
2006 日本 IVR 学会総会「技術教育セミナー」
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技術教育セミナー / 静脈血栓塞栓症の IVR−Ⅱ
に再開させ,静脈弁機能を保持するため積極的治療が
必要な根拠となる。CDT 施行症例では,抗凝固療法の
み施行された症例と比較して,治療直後および慢性期
7)
の QOL が良好であるとの報告や ,また CDT により完
全血栓溶解が 72%,部分溶解が 20%にみられ,81%で
8)
症状が消失したという良好な治療成績の報告がある 。
9)
2006 年の SIR statement でも DVT に対する CDT の有
用性が示され,早急な evidence 作成が予定されている。
本法の良い適応は急性期の中枢型血栓閉塞型 DVT であ
る。禁忌は一般的な血栓溶解療法の禁忌例に加えて菌
血症等の重症血管炎合併例や高齢・認知症などで安静
が保てない症例である。
方法は施設によって異なり,①カテーテルから薬剤
を持続注入するcontinuous infusion 法,②カテーテルか
ら薬剤を短時間に勢いよく噴出するpulse-spray infusion
法,③その組み合わせの 3 つがある。当科では症例に
応じて側孔の位置と数を変えたマルチパーパスカテー
テルを用いた continuous infusion 法を採用している。
帰室後の CDT に関する当科のコツとして,4Frカテー
テルおよび 6Fr 留置シースのサイドポートの両者から
ウロキナーゼ(UK)の持続注入を開始する。UK の本邦
での 1 日使用量は保険適応で 24 万単位,7 日間までと
制約されており,当科では生理食塩水 500 ㎖に UK24
万単位を溶解したものを 1 日量としてポンプで分割持
続注入する。UK の本邦での保険適応は欧米と比較し
て非常に制約されており,CDT 単独ではなく血栓除
去などと組み合わせた治療を当科で重要視している理
由である。さらなるポイントとして下腿領域と膝窩留
置シース周囲の二次血栓形成を抑制し,かつ病肢の血
流改善を目的として病肢足背静脈ラインからヘパリン
の持続注入を併用する。1 日量は 1 ∼ 2 万単位として
いる。また,この際弾性包帯を下肢にやや強く巻いた
上で(図 2),マッサージや間欠的空気圧迫治療などの
理学療法を追加することが早期再開通へのポイントと
考える。
その後約 2 日毎の血管造影で血栓量を確認し,適
時血栓吸引などの追加治療を行う。当科では以前は
Hydrolyser を使用した経皮的器械的血栓除去を施行し
ていたが,費用対効果の面から最近は 6Fr のアングル
型ガイディングカテーテルと吸引用シリンジを用いた
用手的血栓除去を施行している。回収血栓は器械的血
栓除去術では破砕後のため図 3a のようであり,一方
用手的血栓除去術では図 3b のように赤色および白色
血栓が実体として回収され見え方が異なる。慎重な操
作が重要なことは言うまでもなく,当科では現在まで
静脈破裂などの重篤な合併症は見られていない。実際
に回収された血栓は患者や家族に見せておくことも重
要なポイントと考える。患者が血栓症であることを自
覚するため,その後の治療に積極的かつ協力的になる
ことが多い。現在欧米では器械的血栓除去デバイスの
開発改良が進んでおり,中でも Trellis や Expeedior の
96(242)
図 2 病室での CDT の様子
輸液ポンプと足背ルート、膝窩シース、膝窩カテー
テル各々に連結された状態。弾性包帯を下肢全体に
きつめに巻いておく。
a
b
図 3 回収血栓
a : Hydrolyser で回収された破砕血栓
b : manual thrombectomy で回収された多量の赤色お
よび白色血栓
評価が高く,今後本邦の治療成績向上のためにも早期
の輸入承認を願う。
腸骨静脈圧迫症候群の有無は,DVT 発症時には不明
であるが血栓溶解とともに顕在化することが多い。当
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科でも DVT 患者の約 60%で同症候群を確認している。
静脈中枢側の狭窄性病変が主因で発症したDVT 症例で
は,完全な血栓溶解が得られても血流うっ滞のため血
栓症が再発する可能性が高い。これらを改善する目的
で静脈拡張術や静脈内ステント留置術が施行される。
血栓残存部や他に側副路が十分発達している症例でス
テントを留置してもステント内の inflow が保てずに早
期閉塞するリスクが高い。本邦では静脈内ステントは
保険適応の問題からも慎重になされるべきであるが,
自験例で産褥期や若年のためステント留置できなかっ
た症例における DVT 早期再発例を経験しており,当
科では十分なインフォームドコンセントのもと積極的
にステント留置を施行している。腸骨静脈圧迫症候群
が確認された急性期および慢性期 DVT に対し,CDT,
PTA,ステント留置を組み合わせることで初期開存
10)
87%,1 年後開存率 79%であったとの報告がある 。
当科では残存血栓がほぼ消失した時点で Wallstent
RP を使用し,後拡張は症例に応じて 8∼10 ㎜程度とし
ている。狭窄部を超えて IVC へわずかに突出させる必
要があり,正確なマッピングと微妙な位置調節がポイ
ントである。IVC 内で少し展開してから引き戻す位置
合わせにより正確な留置が可能,かつ位置変更も容易
で柔軟であることから現在全例で Wallstent RP を使用
している。
確認造影後,カテーテルと膝窩シースを抜去し,病
側足背ラインから弾性包帯下に UK とヘパリンを 1∼2
日間漸減静注し,膝窩下腿部とステント留置部の急性
血栓形成の予防をする。同時にワーファリンの服用を
開始し,ステント留置症例ではチクロピジンを 2 週間
併用する。ワーファリン服用は全例で行い,ステント
およびフィルター留置症例では終身投与,それ以外は
6 ヵ月間投与を基本としている。アスピリンを併用す
る症例もある。PT−INR は 2.0 程度を目標にワーファリ
ン量を調節し,かつ弾性ストッキングを着用させ退院
となる。当科の入院は 10 日間程度,血管造影は約 2 ∼
4 回以内,臥床は 5 日間以内を目標にしている。
おわりに
当科の血栓症外来では静脈血栓塞栓症の正確な診
断,IVR 適応患者の選択,自科病棟への入院,退院後
の投薬を含めたフォローアップ,再発時の適切な対応
を担当している。他の施設ではマンパワーの問題もあ
るだろうが,放射線科医が単なる IVR 技術提供のみで
なく,診断から治療,予防のすべてに積極的に関与し
ていくことが治療成績を向上させる最大のポイントと
考える。
【文献】
1)Moser KM : Venous thromboembolism. Am Rev
Respir Dis 141 : 235 -249, 1990.
2)谷藤隆信,景山則正,呂 彩子,他:致死性肺動
脈血栓塞栓症 40 例における下肢深部静脈血栓症の
検討.静脈学 14 : 189-195, 2003.
3)Kahn S, Ginsberg JS : Relationship between deep
venous thrombosis and the postthrombotic syndrome.
Arch Intern Med 164 : 17 - 26, 2004.
4)Decousus H, Leizorovicz A, Parent F, et al : A
clinical trial of vena caval filters in the prevention
of pulmonar y embolism in patients with proximal
deep-vein thrombosis. N Engl J Med 338 : 409 - 415,
1998.
5)The PREPIC Study Group : Eight year follow-up
of patients with permanent vena cava filters in the
prevention of pulmonary embolism. Circulation 112 :
416 -422, 2005.
6)Laiho MK, Oinonen A, Sagano N, et al : Preservation
of venous valve function after catheter-directed and
systemic thrombolysis for deep venous thrombosis.
Eur J Vasc Surg 28 : 391 -396, 2004.
7)Comerota AJ, Throm RC, Mathias SD, et al :
Catheter-directed Thrombosis for iliofemoral deep
venous thrombosis improves health-related quality
of life. J Vasc Surg 32 : 130 - 137, 2000.
8)Semba CP, Dake MD : Iliofemoral deep vein
thrombosis : Aggressive therapy with catheterdirected thrombolysis. Radiology 191 : 487 -494, 1994.
9)Vedantham S, Millward SF, Cardella JF, et al :
Society of Inter ventional Radiology position
statement ; Treatment of acute iliofemoral deep vein
thrombosis with use of adjunctive catheter-directed
intrathrombus thrombolysis. J Vasc Interv Radiol 17 :
613 - 616, 2006.
10)O’Sullivan GJ, Semba CP, Bitther CA, et al :
Endovascular management of iliac vein compression
(May-Thurner) syndrome. JVIR 11 : 823 - 836, 2000.
(243)97
2006 日本 IVR 学会総会「技術教育セミナー」
:田島廣之,他
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静脈血栓塞栓症の IVR−Ⅱ
2.急性肺血栓塞栓症
日本医科大学 放射線医学 / ハイテクリサーチセンター,同集中治療室
1)
田島廣之,村田 智,中沢 賢,福永 毅
1)
1)
小野澤志郎,佐藤英尊,山本 剛 ,田中啓治
はじめに
肺血栓塞栓症と深部静脈血栓症はひとつの連続した
病態で,併せて静脈血栓塞栓症と呼ばれるようになっ
1)
てきた 。急性肺血栓塞栓症は急性期死亡率 10%以上
と推定されており,迅速な診断と治療が不可欠である。
しかしながら,症状が胸痛・呼吸困難・ショックなど非
特異的なこともあり,早期診断が難しく,画像診断の
2)
なかでも造影 CT が診断の中心となってきている(図1)。
RI は造影剤アレルギーと腎不全患者のみに用いられ
るべきである。治療としては,抗凝固療法が基本であ
るが,重症例には十分とはいえず,全身からの血栓溶
解療法と外科的血栓摘除術が選択されてきた。しかし
ながら,これらの治療法も決して満足な治療成績を収
3)
めてきたわけではない 。最近になって IVR が治療効
果の高さと侵襲性の低さから注目されるようになって
きた。特に重症例に対し行われ,比較的優れた成績が
3)
報告されてきている 。本稿では,これらの治療法の
手技の実際を中心に述べる。
適応
本症の重症度分類として現在最も受け入れられてい
るのは,心臓超音波所見を加味した collapse,shock/
massive,sub-massive,stable の 4 つ に 分 け る 方 法 で
ある(図 2)。通常は,shock/massive 以上を集中治療
の対象とすることが多い。なお,定義上 massive は,
2 本以上の肺葉動脈が閉塞することにより高度の右心
不全を生じ,生命の危機に瀕している塊状型をいう。
血行動態からは,
1.肺高血圧の定義である平均肺動脈圧 25 mmHg以上
2.ショックインデックス
(心拍数 / 収縮期血圧)1 以上
血管造影所見からは,
1.Angiography severity index 9 以上(最大 18)
2.Miller score 20 以上
(最大 34)
(図 3)
3 ∼ 5)
を重症として,集中治療の適応とする報告が多い 。
手技の実際と成績
1.カテーテルからの局所的血栓溶解療法
現在本邦で承認されている血栓溶解薬剤は,モンテ
重症度
Collapse
Shock
Stable
ESC
*
Massive
Submassive
Non-massive
血行動態
右心負荷
30日
**
死亡率
不安定
不安定
安定
安定
あり
あり
あり
なし
61.5%
15.6%
2.7%
0.8%
European Society of Cardiology
**
Ther Res 2004 ; 25 : 1134
*
図 1 急性肺血栓塞栓症を疑ったときの診断手順
98(244)
2)
図 2 重症度分類
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プラーゼ(遺伝子組み換え recombinant human-tissue
plasminogen
activator(rt−PA)製剤)のみである。2005
1
Flow
Flow
1
1
年 7 月,「不安定な血行動態を伴う急性肺塞栓症にお
2
3
1
1
O123
O123
7
9
ける肺動脈血栓の溶解」を対象として,効能効果が追
16
5
6
1
1
加承認された。多施設前向きランダム試験によれば,
1
2
2
1
O123
O123
100 ㎎の rt−PA を肺動脈内に投与したところ,末梢静
3
6)
4
脈投与群と効果に有意差は見られなかった 。しかし
ながら,現在他の領域で標準的に行われている超選択
O123
O123
1
1
1
的投与法,パルススプレー法などの様々な技術は用い
1 1
1
1
られてはおらず,単に薬剤を肺動脈から投与しただけ
Involvement
Involvement
O−7
O−9
であった。従って我々は,本法はいまだ IVR の中心と
Reduction of flow O−9
Reduction of flow O−9
考えている。ただし,米国で推奨されている薬剤の投
Total score
O−18
Total score
O−16
7)
与量は本邦の
5 ∼ 10 倍量である 。出血性合併症など
Overall total O−34
を危惧するならば,これをそのまま本邦に導入するわ
4)
図 3 Miller score
けにはいかない。
肺動脈を右 9,左 7 の 16 分枝にわけ,血栓塞栓が存在す ウロキナーゼ:
れば 1,しなければ 0 とする。肺野は,左右とも上中下
2000 単位のヘパリンとともに,25 万単位 / 時間× 2
にわけ,血流低下の程度を欠損から正常まで 4 段階
(3,2,
時間。その後 10 万単位 / 時間× 12 ∼ 24 時間。
1,0)にわける。したがって,最大値は(9 + 7)+(3 × 6)
rt−PA:
= 34 点となる。
ボーラス 10 ㎎。その後 20 ㎎ / 時間× 2 時間または
100 ㎎ /7 時間。
Right
Left
3)
a b
図 4 血栓吸引療法
a : 吸引療法の実際:カテーテルを直接血栓内に埋め込み,手元のルアーロック付 10 ㎖ディスポ注射器にて吸引し
た後,陰圧をかけたまま,カテーテルを体外に引き出し,ビーカーにのせたガーゼ上に内容物を押し出す。治
療前(左)後
(右)
を示す。造影像の改善が明らかである。
b : 実際の血栓(他症例)
表 1 経皮的血栓摘除術の報告
11)
報告者
症例数
使用デバイス
技術的成功率
生存率(30 日後)
合併症
Greenfield, et al
46
Greenfield percutaneous
embolectomy catheter
35/46(76%)
32/46(70%)
Pulmonary hemorrhage(1)
Ventricular perforation(1)
Timsit, et al
18
Greenfield percutaneous
embolectomy catheter
11/18(61%)
13/18(72%)
Ventricular arrythmia(1)
Renal failure(2)
Lang, et al
3
Lang device
3/3(100%)
2/3(67%)
none
Tajima, et al
15
PTCA guiding catheter
15/15(100%)
15/15(100%)
none
(245)99
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2.経皮的血栓摘除術
(表 1)
Greenfield device は FDA に承認されてはいるが,広
くは受け入れられていない。静脈切開あるいは 16Fr
シースを用いる必要があり,デバイスが硬く,肺動脈
に誘導・固定するのが困難だからである。Lang らの
device も現在では使用されていない。これに対し,本
邦で始まった 8Fr. PTCA 用ラージルーメン・カテーテル
を用いた血栓吸引療法(Meyerovitz technique)
は,その
簡便性と良好な結果から注目を集めている
(図 4)
。
7,8)
(表 2)
3.特殊なデバイスを用いた経皮的血栓破砕術
末梢側肺動脈総容量は中枢側の 2 倍存在するという
ことを理論的根拠として,中枢側肺動脈内の塊状血
栓を直接破砕し,末梢に微小血栓を再分布させる手
7,9)
技である
(図 5) 。血栓は回収されないが,砕かれて小
さくなれば総表面積は増えるため,血栓溶解薬の効
果も増強する。具体的には,Kensey Dynamic Device,
Impeller Basket Device, Thrombolyzer, Arrow-Trerotola
Device, Amplatz Thrombectomy Device, Rotarex
Catheter, Aspirex など,特殊な device が数多く開発さ
れているが,いずれのシステムも手技が煩雑であり一
7,9)
般的とはいえない 。これに対し,Balloon catheter
により塊状血栓を押しつぶしたり,Pigtail catheter を
回転させることにより塊状血栓を破砕し末梢に離散さ
7)
せたりする方法は受け入れられてきている
(図 6)。
8)
a
5.ステント治療
7)
散発的な症例報告がみられるのみである 。
6.ハイブリッド治療
我々が行っている血栓溶解・破砕・吸引を組み合わ
せたハイブリッド治療法は,以上述べてきた各々のカ
テーテル治療の欠点を補いうるもので,その治療成績
と安全性から,現時点では最も進んだカテーテル治療
といえる。
5)
1)手技の実際
1.先ず肺動脈圧を測定し,肺高血圧の程度を理解する。
2.次に,肺動脈造影を行い,血栓塞栓の量,分布を把
握する。
3.肺動脈用ロングシース(カテーテルイントロデュー
サー.8Fr.95 ㎝.C180N95TPK.メディキット)を肺
動脈まで誘導し,肺動脈から血栓溶解薬を投与する。
4.肺動脈造影用カテーテル(6Fr.110 ㎝.PA−1.ST60
BMO.17.メディキット)を左または右の主肺動脈−
中間肺動脈幹レベルに留置させ,ガイドワイヤー(ラ
ジフォーカスガイドワイヤー M アングル型.0.035 inch.
260 ㎝.RF−GA 35623.テルモ)を軸として同心円状
に手動で回転させる。
b
図 5 経皮的血栓破砕術のシェーマ
a:治療前 b:治療後
4.ハイドロダイナミック・カテーテルを用いた経皮的
7,8)
血栓破砕吸引術(表 3)
Hydrolyser は経皮的血栓破砕吸引用ハイドロダイナ
ミック・カテーテルで,カテーテルから水をジェット状
に噴出させ,血栓を破砕する。破砕した血栓は回収さ
れる点から,より高い安全性が推測されている。しかし
ながら,本来は末梢血管を対象としており,肺動脈のよ
うな太い血管においての使用経験は少ない。Reekers
らにより,7Fr. ピッグテイルカテーテルと Hydrolyser
を組み合わせたデバイスが報告されているが,本邦で
は使用できない。Angio-Jet を用いた報告も見られるよ
うになってきたが,これも本邦未承認である。Oasis
(メディ
はわが国では市場から撤退した。Y−Fジェット
キット)は,細径化すればこの領域にも使用できるも
のと思われる。
7)
表 2 特殊なデバイスを用いた経皮的血栓破砕術の報告
11)
報告者
症例数
使用デバイス
技術的成功率
生存率
合併症
Schmitz-Rode, et al
10
Rotational pigtail/
Systemic lysis(8/10)
8/10
(80%)
8/10
(80%)
None
Fava, et al
16
Pigtail & PTA balloon/
local lysis(16/16)
14/16
(88%)
14/16
(88%)
puncture site hemorrhage(3)
Uflacker, et al
5
Amplatz thrombectomy
catheter
4/5
(80%)
4/5
(80%)
hemoptysis(1)
hemolysis(5)
Tajima, et al
25
Hybrid treatment
25/25
(100%)
25/25
(100%)
recovered cardiac arrest(1)
catheter fragmentation(1)
100(246)
2006 日本 IVR 学会総会「技術教育セミナー」
:田島廣之,他
技術教育セミナー / 静脈血栓塞栓症の IVR−Ⅱ
1. 全例救命しえた。卵巣癌・肺癌の 2 例を除き,平均
58 日後に退院した。
2. ショック・インデックス,平均肺動脈圧(32.6 mmHgか
など循環動態の明らかな改善が認
ら 23.4mmHgへ低下)
められた。
3. 治療直後における血管造影像の著明な改善が認め
られた(Miller score ; 22.2 から 13.6 に低下)。代表的
な症例を示す
(図 7)
。
4. 血管造影室滞在時間は平均 124 分であった。
5. 1 例で手技中に心停止となったが回復した。また,
1 例でカテーテルの破損が見られたが,回収しえた。
1 例で血管損傷を生じたが,マイクロコイルによる
8)
塞栓術にて対応可能であった 。
5.PTCA ガイディングカテーテル
(ブライトチップ.JR3.5.
8Fr.100 ㎝.ジョンソンエンドジョンソン)を用いて
血栓吸引を行う。
6.IVR 治療後は,9Fr.シースと入れ替え,下大静脈に一
時型フィルターを留置する。そして,深部静脈血栓が
なく,全身状態の改善が確認されるまで,十分なヘ
パリン投与下にウロキナーゼを 3 ∼ 7 日間使用する。
残存深部静脈血栓に対しては,IVR にて対処する。
7.ワルファリンを早期からかぶせ,早期離床を目指す。
2)
成績
過去 70 ヵ月における連続 69 例の結果は以下の通り
8)
であった 。
a c
b
図 6 回転ピッグテイル・カテーテル法
a : 実際のカテーテル:ガイドワイヤーを中心として,同
心円状にピッグテイルを手動にて回転させる。その際,
カテーテルは適宜前後させる。
b : 様々なカテーテル:ピッグテイル・カテーテルの径,
局率半径,形状は,対象血管に応じて様々とした。
c : カテーテルとガイドワイヤ:実際には 260 ㎝ラジフォー
カスガイドワイヤを肺動脈に残し,ガイドワイヤ近位
部をピッグテイル側孔に入れることにより,モノレー
ル法にてカテーテルをシースに挿入することになる。
3,
5,
8)
表 3 ハイドロダイナミックカテーテルを用いた経皮的血栓破砕吸引術の報告
11)
報告者
症例数
使用デバイス
技術的成功率
生存率(30 日後)
合併症
Voigtlaender, et al
5
Angio Jet/
Open embolectomy(2/5)
3/5
(60%)
4/5
(80%)
Hemoptysis(1)
Bradycardia(3)
Fava, et al
11
Hydrolyser/
Systemic lysis(6/11)
10/11
(90%)
not
reported
none
Reekers, et al
8
Modified Hydrolyser/
systemic lysis
8/8
(100%)
7/8
(88%)
none
(247)101
2006 日本 IVR 学会総会「技術教育セミナー」
:田島廣之,他
技術教育セミナー / 静脈血栓塞栓症の IVR−Ⅱ
a b
a:治療前
b:治療後
造影像の改善が明らかである。
図7
3)
ハイブリッド治療の実際
a b
c d
図 8 PCPS 使用症例
a : PCPS システムの原理
b : PCPS 補助下 IVR の実際
c : 胸部大動脈瘤術後,脳梗塞を発症。1 週間後呼吸困難∼心停止をきたした。心肺蘇生にて心拍動再開するも,循
環動態が安定せず PCPS を使用。肺血栓塞栓症が疑われたため緊急肺動脈造影を施行,右上幹及び両側中間肺動
脈幹に塊状血栓が認められる。矢頭:脱血カニューレ。
d : 直ちに UK24 万単位による血栓溶解療法,カテーテルによる血栓破砕吸引療法を行い血流の改善を得た。肺動脈
圧は 57/26(36)mmHg から 29/6(18)mmHg に改善した。脳梗塞のリハビリを行い,発症 54 日後に退院となった。
3,11)
102(248)
2006 日本 IVR 学会総会「技術教育セミナー」
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技術教育セミナー / 静脈血栓塞栓症の IVR−Ⅱ
問題点とそれに対する対応
3,8)
1.呼吸循環動態が維持しえない超重症例や,右心房な
ど右心系に明らかな塊状血栓が存在する症例に対し
ては,PCPS(percutaneous cardiopulmonary support)
10)
導入下に IVR 治療を行うようにしている(図 8) 。こ
れにより,治療適応の拡大と,手技の安全性の向上
が得られるものと考えている。また,別ルートにて
肺動脈圧モニター用カテーテルを挿入しておき,肺
動脈圧を連続監視することにより,手技の更なる安
全性確保に努めている。
2.慢性肺血栓塞栓症の急性増悪に対しては,再発予防
のためのフィルター留置下に,抗凝固療法と血栓溶解
療法を行い循環動態の改善を図るようにしている。
3.大量血栓症例,高度肺高血圧症例に対しては,血栓
破砕を先行すると遠隔塞栓により循環動態の急激な
悪化を招来しうる可能性がある。そのような症例に
は,血栓吸引を先行させることもある。
まとめ
重症急性肺血栓塞栓症に対する IVR の治療効果と安
全性は高い。短時間にて,呼吸・循環動態の改善が確
実に得られることを特に強調したい。
【文献】
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(249)103
2006 日本 IVR 学会総会「技術教育セミナー」
:山上卓士
連載❹ ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 2006 日本 IVR 学会総会「技術教育セミナー」‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
静脈血栓塞栓症の IVR−Ⅱ
3.下大静脈フィルター
京都府立医科大学大学院 医学研究科 放射線診断治療学
山上卓士
はじめに
急性肺血栓塞栓症(PTE)の発生源の多くは下肢,骨
盤領域の深部静脈血栓(DVT)とされている。急性肺血
栓塞栓症を予防する方法として下大静脈フィルター留
置がある。近年の Interventional Radiology の発達に伴
い,様々な形状のフィルターが次々と開発され,市販さ
れてきた。2006 年 IVR 学会総会における技術教育セミ
ナーでは,2006 年 5 月の時点で,わが国で発売されて
いる唯一の回収可能型永久フィルターであった Gunther
tulip vena cava filter(以下 GTF,Cook)
を中心に下大静
脈フィルターについて講演させていただいた。
適応
下大静脈フィルターの適応についてはコンセンサス
が得られていない。一応の目安と考えられる適応につ
1)
いて表 1 にまとめた 。
留置部位
下大静脈フィルターは,腎静脈の血流を阻害しない
1)
ように,腎静脈より下方に留置するのが原則である 。
しかし,下大静脈に血栓が存在する場合や妊娠例で腫
表 1 下大静脈フィルターの適応
絶対的適応
下肢ないし骨盤の DVT が原因と考えられる肺血栓塞栓
症(PTE)における PTE 再発の予防。まず抗凝固療法を
行い,これが失敗した場合や禁忌の場合下大静脈フィ
ルターの適応となる。
・抗凝固禁忌
(妊婦を含む)の PTE 例
・出血性合併症などで抗凝固療法が継続できないPTE 例
・適切な抗凝固療法下での PTE 再発例
絶対的適応に準ずるもの
・ショックを伴う重症の PTE − 再発がおこると致命的
なので
・PTE に対し血栓除去手術を行う症例
・静脈造影にて浮遊血栓がみえる症例−血栓が離脱して
PTE をおこす可能性があるので。
・深部静脈血栓
(DVT)
などPTE 発生のリスクが高い症例
・PTE 発生のリスクが高い手術予定例
・血栓除去,血栓溶解療法,IVR 治療など DVT に対す
る治療例
104(250)
大した子宮によりフィルターが圧拝される場合は,腎
静脈流入部より下方の留置が困難であったり,危険
となる。この場合,腎静脈より上方への留置も選択肢
のひとつとなり得る。永久留置型フィルターである
Greenfield filter(Boston Scientifics)を 1932 個留置した
検討結果によると,147 個が腎静脈流入部より上方に
留置されていたが,フィルター留置に伴う腎機能障害
はなく,長期 follow up 中の大静脈閉塞率も 2.7%と低
2)
かった 。
フィルターの種類
下大静脈フィルターは,永久留置型,一時留置型,
回収可能型に大別される。どのタイプのフィルターを
選択するかは,患者様の状況に応じて慎重になされる
べきである。特に,若年者など長期の生命予後が期待
される患者様については,長期間下大静脈フィルター
3)
を留置した場合,かえって DVT が増悪するとの報告
もあることから,治療後 DVT が軽快し,PTE 合併の危
険性が少なくなったあとは,下大静脈フィルターがな
い状況にあることが望ましい(表 2)。このような短期
間の留置を想定した場合,従来はテンポラリーフィル
ターが多く使われていた。しかし,その使用頻度が多
くなるにつれ,
「カテーテルなどのデバイスの一部が体
外にでている」というテンポラリーフィルターデバイ
4 ∼ 6)
スの構造による様々な合併症(感染,位置移動など)
や留置に伴う患者様の不快感が知られるようになって
きた(表 3)
。さらに大量の血栓が捕獲されると抜去困
難となる。一方,
GTFなどの回収可能型の下大静脈フィ
表 2 A Clinical trial of vena caval filters in the
prevention of pulmonary embolism in patients with
proximal deep-vein thrombosis
(reference no.3より)
within
12 days
within
2 years
Filter
n = 200
No Filter
n = 200
p
Pulmonary
Embolism
2(1.1%)
9(4.8%)
0.03
Death
5(2.5%)
5(2.5%)
0.99
Pulmonary
Embolism
6(3.4%)
12(6.3%) 0.16
Recurrent DVT
37(20.8%) 21(11.6%) 0.02
2006 日本 IVR 学会総会「技術教育セミナー」
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技術教育セミナー / 静脈血栓塞栓症の IVR−Ⅱ
表 3 一時留置型フィルターの合併症,問題点
1. infection from the insertion site
2. air embolism through sheath
3. proximal thrombosis along the attached catheter
4. migration of the filter into the pulmonary artery
5. require placement by permanent filter because maximal
implantation period (2 weeks) is reached before therapy
for DVT can be successfully completed
ルター(retrievable filter)を使用すれば,DVT に対する
治療期間中は,体内に埋め込むことができるため,テ
ンポラリーフィルター使用の際の合併症を心配するこ
となく,血栓のフィルタリングが可能である。また,
治療が終わればフィルターを回収することにより,長
期留置に伴う合併症の心配がなくなる。必要に応じて
そのまま永久型フィルターとしても使用できる。
a
ギュンターチューリップ下大静脈フィルター
私は,より安全,確実に穿刺するために,エコーガ
イドで穿刺することが多い。シース挿入後,下大静脈
造影を行い,血栓の有無の確認,血管解剖の把握を行
う。GTF の挿入,回収の手順を図に示す(図 1∼3)
。tilt
が生じた状態のままで留置すると,フィルター先端の
フックの部分が静脈壁に密着し回収困難となることが
ある。Tilt を予防するため,留置に際しては 1)内頸静
脈からアプローチする場合,なるべく首側(正中側)に
術者がたち,システムと下大静脈を直線化するようこ
ころがける,2)フィルターをリリースするとき,患者
様をいきませる,3)
内頸静脈からアプローチする場合,
リリースの瞬間はシステムを引き気味にしながら金属
ノブを押す,などの工夫をしている。また,後に回収
しやすいように hook が血管壁と反対側に向くよう留
置している。
フィルター
b
c
d
e
f
g
図 1 Gunther tulip vena cava filter 留置 頸静脈アプローチ
(株式会社メディコスヒラタから画像提供)
a : Gunther tulip vena cava filter 留置,頸静脈アプローチ用セット。
b : 手元の金属のノブを押す。
c : デリバリーとフィルターのフック同士を引っ掛ける。
d,e : ピールアウェイシースをフィルターに被せる。
f : トーイ・ボーストサイドアーム付きアダプターに 3 方活栓を接続する。
g : フィルターデリバリーカテーテル完成。
h : セルジンガー法にて右頸静脈を穿刺。シースシステムを目的部位(腎静脈下)ま
で挿入。ダイレーター,ガイドワイヤーを抜去。
h
(図 1 i ∼ n 次ページへつづく)
(251)105
2006 日本 IVR 学会総会「技術教育セミナー」
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技術教育セミナー / 静脈血栓塞栓症の IVR−Ⅱ
i
j
k
l
m
n
図 1 Gunther tulip vena cava filter 留置 頸静脈アプローチ(株式会社メディコスヒラタから画像提供)
i : フィルターデリバリーカテーテルをシースのハブ内に挿入。シース内へ進め,ピールアウェイを引き裂く。
j : 挿入後,シースのハブとトーイボーストアダプターを締め,シースとフィルターデリバリーカテーテルを接続。
k : 造影にてフィルター位置確認。このときトーイボーストアダプターを締める。
l : フィルターの位置を確認し,シースを手元側に引き寄せフィルターを展開する。
m : フィルターの位置調整はピンバイスを固定しながらシースをずらしてフィルターに再び被せ回収した後行う。
n : フィルターの位置が正しければ金属ノブを素早く1 回押しリリースする。
a
b
c
図 2 Gunther tulip vena cava filter 留置 大腿静脈アプローチ
(株式会社メディコスヒラタから画像提供)
a : Gunther tulip vena cava filter 留置 大腿静脈アプローチ用セット。
b : トーイボーストアダプター 3 方活栓を接続。
c : フィルターデリバリーカテーテル完成。
d : セルジンガー法にてシース挿入。ダイレーター,ガイドワイヤーを抜去。
(図 2 e ∼ j 次ページへつづく)
106(252)
d
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e
f
g
h
6.5 ㎝
j
i
図 2 Gunther tulip vena cava filter 留置 大腿静脈アプローチ(株式会社メディコスヒラタから画像提供)
e : フィルターデリバリーカテーテルをシースのハブ内に挿入。
f : 挿入後,シースのハブとトーイボーストアダプターを締め,シースとフィルターデリバリーカテーテルを接続。
g : 透視下でフィルター頭部をシースのマーカーに揃えるとフィルターデリバリーカテーテルのマーカーはトーイ
ボーストアダプターから約 6.5 ㎝に位置する。この次の操作でフィルターがシースから出る。この位置ではフィ
ルターはシース先端からまだ出ていないが,シース内に引き戻してはいけない。
h : シースとトーイボーストアダプターを矢印方向に動かしてトーイボーストアダプターの近位端をフィルターデリ
バリーカテーテルのマーカーにあわせる。
i : アダプターを締める
(矢印)
。
j : X 線透視(必要に応じて造影する)でフィルター位置確認。位置がきまれば赤いハブを半時計方向に半回転回ゆる
める。ピンバイスを固定したままハブを矢印の方向に引きフィルターをリリースする。
GTF の回収成功率は 95 ∼ 98%と報告されている 。
メーカーは 10 日以内の回収を推奨しており,報告され
7,8)
ている論文でも 14 日以内の回収例が多い 。しかし,
14 日以内に抜去可能な状況になる症例は少ないのが
1,7)
現状であり ,その場合より長期間のフィルター留置
が必要となる。我々の施設では留置期間が 2 週間を超
える場合,新しいフィルターと交換して留置期間を延
7)
長させてきた 。そのほかの留置期間延長法としては,
ひとつのフィルターを下大静脈内で一度スネアリング
し,位置を少し変えて留置しなおす方法が報告されて
9)
いる 。一方で,GTF の長期留置後の回収成功例につ
7,8,10)
。Terhaar らは 126 日と
いての報告が増加している
10)
いう長期留置後でも安全に回収できたと述べている 。
われわれも多数の GTF の留置および回収の経験をし,
最近では留置期間が 3 週間程度なら回収可能と考える
7)
ようになってきた 。
7,
8)
おわりに
回収可能型フィルターの使用が増加傾向にあるが,
現時点ではいずれのフィルターにも一長一短がある。わ
が国で市販されている唯一の回収可能型フィルターで
ある GTF は,構造上 tilt が生じやすく,その結果,回
7)
収が難しくなることがある 。今後,いくつかの回収
可能型フィルターが国内で市販される予定である。そ
のひとつであるOptEase(Cordis)
,新型の GTF(Celect,
Cook),Recovery(Bard)は tilt が生じにくい構造をし
ており回収しやすいというメリットがあるといわれて
いる。しかし OptEase は他の形状のフィルターに比し
て内部に乱流が起こりやすく,フィルター内血栓が生
じやすい可能性が指摘されている。血栓捕獲力にすぐ
れ,回収が容易で,回収可能期間が長く,かつフィル
ター内血栓による閉塞率が低い回収可能型フィルター
の出現が待たれる。
(253)107
2006 日本 IVR 学会総会「技術教育セミナー」
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技術教育セミナー / 静脈血栓塞栓症の IVR−Ⅱ
a
b
d
c
e
f
g
図 3 Gunther tulip vena cava filter 抜去
h
a : Retrieval set
b : ガイドワイヤー挿入。ピンクのカテーテルを抜去。
c : ハブを引いてワイヤーループをループシステムのカテーテル先端まで回収。
d : シースシステム内にループシステムを挿入。
e : シース先端までループシステムのカテーテル先端を移動させワイヤーループをひろげる。カテーテルを少し進め,
ワイヤーループをフィルターのフックに引っ掛ける。
f : シースを進めてフィルター回収する。
g : シースイントロデューサーを引く。
h : シース以外のシステムを取り出す。
108(254)
2006 日本 IVR 学会総会「技術教育セミナー」
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技術教育セミナー / 静脈血栓塞栓症の IVR−Ⅱ
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Fly UP