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第1章 序論-第2章 交流電力変換器とマトリックスコンバータに関する技術

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第1章 序論-第2章 交流電力変換器とマトリックスコンバータに関する技術
第1章
序論
4
第1章
序論
1.1
本研究の背景
1.1.1
パワーエレクトロニクス
パワーエレクトロニクスはパワー(電力),エレクトロニクス(電子回路,半導体デ
バイス)とコントロール(制御)の3つの分野が柱となって発展してきた。モータ制
御用コントローラ,可変電圧・可変周波数電源,種々の直流電源などの各種電源およ
び,無効電力補償,電力用アクティブフィルタ,直流送電などの電力系統応用装置に
至るまで,電力に関するあらゆる分野でパワーエレクトロニクス技術が応用されてい
る。
[1]
パワーエレクトロニクスの技術が近年,このように基幹技術になった背景には,パ
ワー半導体デバイスの進歩とディジタル回路技術の発展がある。1957 年のサイリスタ
の出現に始まり,GTO (Gate Turn-Off Thyristor) ,バイポーラパワートランジスタ,パ
ワーMOSFET (Metal Oxide Semi-Conductor Field Effect Transistor) ,IGBT (Insulated Gate
Bipolar Transistor) と新たなデバイスが出現するたびに,その応用であるパワーエレク
トロニクスも技術応用分野を広げていった。さらにマイクロプロセッサ等の進歩に伴
って,交流モータのベクトル制御のような高速かつ高精度の制御系が実現されるよう
になり,理論と応用のギャップは大きく縮められてきた。
[1,2]
近年,エネルギー消費の増加に伴う二酸化炭素排出量の増加による地球温暖化問題,
環境問題やエネルギー問題が,国際的な関心の高まりを見せている。最近では,研究
分野として,太陽光発電や風力発電といった自然エネルギーの活用,またマイクロガ
スタービンや燃料電池といった分散型電源の開発に力が入れられるようになった。こ
うした電源の多様化に対応するための技術としてもパワーエレクトロニクスは,その
重要性を増している。こうした流れの中で,パワーエレクトロニクスは将来にわたっ
て欠かすことのできない基幹技術の一つとして位置づけることができるであろう。
第1章
序論
5
[3,4,5]
パワーエレクトロニクスの技術の中で,可変周波数電源として用いるインバータは
産業界の合理化,省エネルギーのニーズに応える産業用モータの可変速装置として需
要が拡大し,目覚しい発展を挙げている。また産業用は勿論,民生分野でも,様々な
ところでインバータがますます脚光を浴びている。このような,交流−交流電力変換
器の種類は,主回路構成の違いや制御法の違い,あるいは応用分野に応じていくつか
の方式がある。その中でも特に,整流器とインバータの組み合わせが一般的に用いら
れている。[3,4]
近年,パワー半導体デバイスとマイクロプロセッサ,実装技術などの進歩によって,
整流器・インバータ及びそれらの制御系は近年ますます小型化・高性能化されている。
しかしこれらの方式は間接交流変換方式であるため,直流リンク部にコンデンサやリ
アクトルといったエネルギー蓄積要素が必ず必要となる。これらのエネルギー蓄積要
素は,材料が同じであれば電流容量や耐圧といった要素でサイズがほぼ決まってしま
うため,パワー半導体デバイスや制御系に比べて小型化を図ることが難しい。[5,6,7]
また,技術進歩によって,次世代のパワー半導体デバイスにはますます,高耐圧化,
高温動作化,大電流・低損失化,高周波化が期待されている。これまでのパワーエレ
クトロニクスの中核であるシリコンパワーデバイスの性能を超えるといえるシリコン
カーバイド(SiC)や窒化ガリウム(GaN),ダイヤモンドといったワイドバンドギャップ
半導体では,シリコン半導体の物性値の限界を超える低い電力損失,高速スイッチン
グ,高温動作が期待できる。[6] このようなパワー半導体デバイスの実用化がパワー
エレクトロニクス技術に新たな展開をもたらすことは疑う余地が無い。このような高
速,低損失半導体デバイスが出現すると,交流‐交流電力変換器において体積の大半
をエネルギー蓄積要素である平滑用受動素子が占めることになる。また,電力変換装
置における放熱責務の大幅な軽減による放熱器や冷却ファンの飛躍的な小型化や削減
の可能性が期待されるが,直流リンク方式の電力変換装置では直流リンクの存在が小
型化を阻む要因となる可能性がある。
そこで近年では,エネルギー蓄積要素を持たない交流−交流直接変換を行う電力変
換器がさらに検討されるようになった。その中でも注目されているのが,マトリック
スコンバータ(Matrix Converter)である。マトリックスコンバータは交流−交流直接変
換を実現する電力変換器であり,直流リンク部やエネルギー蓄積要素を必要としない。
そのためパワー半導体デバイスがさらに小型化されモジュール化が進めば,整流器・
インバータの構成よりもさらに小型な電力変換器として期待できる。[8-11]
また,逆耐圧をもつ交流スイッチ素子が実用化されれば,電源と負荷との間に直列
に接続されるパワー半導体デバイスの数が半分になるため,高効率な変換器としても
期待できる。これらの点を考えると,マトリックスコンバータはコンパクトかつメン
第1章
序論
6
テナンスの容易な電力変換器を実現するための有力な方式の一つと考えられる。
交流−交流直接変換器に関する原理的なアイデアはサイリスタデバイスが開発され
たときから検討されていたようであるが,マトリックスコンバータという形で初めて
明確な議論がなされて,その可能性が確認できたのは,1980 年頃からである。その後,
現在に至るまで様々な検討が続けられており,基本的な制御方式などに関する提案は
一通り出揃った感がある。また 2001 年には IEEE Transactions on Industry Electronics に
マトリックスコンバータの特集号が企画されるなど,欧米での関心も高い。[13,14] マ
トリックスコンバータの基礎的な研究だけではなく,電動機駆動時の動作特性報告,
マトリックスコンバータの主回路全てを 1 つに集積化したパワーモジュール,逆耐圧
IGBT のモジュールが開発されるなど,企業からの関心も高くなり,実用化に向けた
研究が盛んになっている。
1.1.2
電圧形インバータの問題点
産業機械などの電動機駆動用途は,電力需要の多くを占めている。電圧形インバー
タを始めとする交流電力変換技術の発展以前では,可変速用途に直流電動機が用いら
れていた。交流電動機は,出力周波数を制御可能な電力変換器を得ることが難しく,
電源周波数によって定まる速度でしか運転できなかった。
しかし,出力周波数制御が可能な電力変換器技術が登場して状況は一変し,堅強で
経済性が高い交流機の可変速制御が実用化された。中でも誘導機は簡単で堅牢な構造
を持つことから,直流機に代わって広く普及した。直流機は構造が複雑でコストが高
いこと,ブラシの摩耗による経年劣化など多くの問題点があり,誘導機への転換はこ
れら価格やメンテナンス性といった実用上の諸問題を解決する手段になった。
この転換を可能にしたインバータ技術は,当時の半導体技術の進歩による高性能な
バルブデバイスの開発や制御技術確立の産物である。その後もさらなるバルブデバイ
スの開発やディジタル制御技術が登場したため,インバータは性能が向上し,体積も
小型化して,今日では産業用から民生用まで非常に多くの分野で用いられている。
[3,15]
しかし,電圧形インバータを始めとする整流器‐直流リンク‐インバータの組み合
わせである間接交流変換器も問題点を持っている。電圧形変換器の直流リンク部に設
けられる平滑用コンデンサには,体積と静電容量の比が最も小さいという理由で,電
解コンデンサが用いられている。しかし,その電解コンデンサは寿命が短く,また環
境負荷が大きい欠点を持っている。また技術進歩によって電力変換器の小型化が進み,
今では変換器の体積の多くを平滑用の電解コンデンサと放熱器(電流形の電力変換器
では平滑用リアクトル)が占めるようになった。特に高温動作可能な低損失のパワー
第1章
序論
デバイスが実用化すれば,パワーデバイス用の放熱器が極小化するため,変換器の体
積の大半を平滑用受動素子が占めることになる。また,経済的な面においても,イン
バータを設置し,数年後にメンテナンスまたは,交換が必要になることは不経済であ
る。産業界の交流モータ駆動用として省エネルギー効果が高いインバータの普及が遅
れていることは,これらの経済的の問題もその理由の一つであると考えられる。
このような問題の解決策として,現在,半導体デバイスやディジタル制御技術,材
料工学の進歩に伴い,従来は挙動の把握や制御が難しいとされた直接交流変換器の研
究が進んでいる。
1.1.3
間接交流変換器と直接交流変換器
ある周波数の交流電力から,他の周波数の交流電力に変換する方法には様々な方式
がある。一方,静止形変換器では,変換原理により間接式と直接式がある。[16,17]間
接式はある周波数の交流電力を整流器(コンバータ)により一旦直流電力に変換し,
それをまたインバータにより他の周波数の交流電力に変換する形式のものである。こ
れに対して,直接式は,ある周波数の交流電力を直接的に他の周波数の交流電力に変
換するものである。間接式の代表例が整流器とインバータの組み合わせで,直流リン
クに平滑用コンデンサを用いた電圧形インバータと直流リアクトルを用いた電流形イ
ンバータがある。直接式の具体例はサイクロコンバータとマトリックスコンバータな
どがある。
マトリックスコンバータは従来の位相制御と自然転流に限定されたサイクロコンバ
ータに対して自己消弧形素子(Self Turn-off Switch)を用いて PWM 制御や空間ベクト
ル変調などの制御を応用した電力変換器である。
このように,マトリックスコンバータの研究が盛んになった背景には,新しい半導
体デバイスやマイクロプロセッサなどのディジタル制御技術の進歩があり,実用的な
変換器技術として現実味を帯びて来たことがある。
また,自励式整流器とインバータの直流リンク部から,コンデンサを除いた主回路
方式も提案されている。[29-33] これらは平滑用途のコンデンサを持たない点でマトリ
ックスコンバータと同じカテゴリーに分類されることが多い。しかし本論文において
は,これらの変換器は,主回路の電力変換が交流‐直流‐交流に行われている点から
間接変換の方式であると定義する。
1.1.4
マトリックスコンバータにおける研究動向
マトリックスコンバータは 1980 年初頭に Venturini 氏らによって,その可能性が明
7
第1章
序論
らかになった。その後,マトリックスコンバータの主回路である双方向交流スイッチ
の構成と転流方式を始め,スイッチングパターン発生法,制御方式,近年ではデバイ
ス,保護回路,外乱による安定性などが研究されている。
マトリックスコンバータのスイッチングパターン発生法としてはこれまで,
Venturini 方式,空間ベクトル変調を用いた方式,[18] PWM サイクロコンバータ方式
などが提案されている。[19,20-23] Venturini 方式はマトリックスコンバータ関連の論文
でしばしば引用されているが,計算量が多く,オンライン制御に向いていない。特に
入出力のそれぞれの周波数で変化する位相角の比によって変調率が変化する問題と,
入力力率が 1 以外の場合では変換式に誤差が生じる等の制約がある。それに対して空
間ベクトル変調方式はマトリックスコンバータの回路上,出力可能な電圧ベクトルが
インバータより多いという理由で欧米では幅広く研究が進んでいる。しかし,研究者
によって出力電圧ベクトル選択の順番やスイッチの組み合わせは様々であり,入力電
流の高調波改善など課題も多く,まだ改善を要する。
PWM サイクロコンバータ方式は既存の非循環電流形サイクロコンバータを基にオ
ンオフ制御が可能なスイッチングデバイスを用い,パルス幅変調の強制転流を行う方
式である。キャリヤ比較によるスイッチングパターンの発生方法は,他の方式に比べ
て双方向スイッチのオンオフ比の決定とスイッチする順番の決定が簡易になるため,
オンライン制御などに向いている長所がある。
現在,マトリックスコンバータは入出力電流の正弦波化制御をある程度実現しつつ
ある。入出力電流を正弦波化する理論は,空間ベクトル変調方式では古くから確立さ
れており,また実験におけるある程度の正弦波化が多数報告されている。さらに PWM
方式では,シミュレーション結果と実験を通じて入出力電流がほぼ正弦波化できるこ
とを当研究室から報告している。
このような基礎的な研究だけではなく,電動機駆動時の動作特性報告[14,24],マ
トリックスコンバータの主回路全てを 1 つに集積化したパワーモジュールが Eupec に
より販売されるなど,実用化に向けた研究が盛んとなっている。
しかし,実用化へはまだ障害が残されている。第一に,制御理論が理解し難い。特
にマトリックスコンバータは変換器の入出力側を同時に制御しなければならないため
制御が複雑になる。第二に,提案されたいずれの制御方式による実験の報告でも入力
電流波形はまだ完全に正弦波化されていない。現状では PWM 整流器を用いた間接交
流変換器より,入力電流ひずみ率が高い。
第三に,LC フィルタやダイオードクランプ回路などマトリックスコンバータに必
要とされる周辺回路に関する検討が残されている。これらに対する議論はマトリック
スコンバータの実用化においては重要である。
8
第1章
序論
1.1.6
変換器からの電源高調波問題
9
近年,電力半導体素子を用いた電力変換器の普及による商用電源の高調波問題がま
すます深刻化している。[27,28] 特に古くから用いられてきたダイオード整流器やサイ
リスタ位相制御整流回路は,その入力電流に含まれる多量の低次高調波が電力系統に
流出することにより,電力系統に対して重大な高調波の原因になっている。この高調
波電流が電力系統に流れ込むことにより,他の機器に影響し,機器の過熱,焼損,騒
音,振動の発生や誘導ノイズ発生による電子回路の誤動作,雑音発生などを引き起こ
す。
日本では高調波に関する目標値として,総合電圧ひずみ率を特高系統で 3%,6.6kV
以上の高圧系統では 5%以下に抑えることになっている。しかし高調波は電力需要家
から発生して電源側へと流入するものであり,その損害は他の需要家においても起こ
り得る。電源系統の品質管理は供給側である電力会社の問題であるが,需要家が引き
起こす高調波はその需要家が解決するべきである。
そこでこのような問題点を解決する方法として,高調波源の電力変換器から電源側
に高調波を発生させない方法は重要である。具体的な方法として半導体デバイスの複
数回のオンオフによって入力電流のパルス数を増やし,入力電流波形の改善を行う
PWM 整流回路が検討され,今日では広く実用に供されている。しかしコストや効率
の面で,主な高調波源であるダイオード整流器の採用が主流になっている。マトリッ
クスコンバータを実用化する際にも,この入力高調波の低減策が重要な検討課題の一
つとなる。
これまでに提案されたマトリックスコンバータの制御法による入力電流高調波低減
は,間接変換器において入力高調波低減策として用いる PWM 整流回路の場合と比較
すると十分ではない。その主な理由として,マトリックスコンバータは1段の変換器
で電源側の制御と負荷側の制御を同時に行っていることによる制約などが挙げられる。
したがって,これらの制約を克服できるマトリックスコンバータの入力電流波形改善
法を提案し,入力電流ひずみ率低減の可能性を追求することはマトリックスコンバー
タの実用化にあたって重要であると考えられる。
第1章
1.2
序論
10
本研究の目的と位置づけ
本研究では,直流リンク方式の間接変換器より,小型化かつメンテナンスの容易な
電力変換器を実現するための有力な方法であるマトリックスコンバータにおいて,現
在に至るまでの様々な研究動向をまとめた上,マトリックスコンバータの最も基本的
な構成を対象に,簡便な制御方式でどの程度の性能向上が可能かについて検討を行う。
さらに,マトリックスコンバータの入出力電流波形改善法を検討し,実用性が高いマ
トリックスコンバータの実現を図るものである。
マトリックスコンバータは1段の変換器で電源側の制御と負荷側の制御を同時に行
っていることによる制約があることは本質的に直流リンク方式に対して不利となる。
したがって,同等レベルの制御技術を投入した場合,直流リンク方式の電力変換器と
同等の性能をマトリックスコンバータによって実現することは,極めて難しいと考え
られる。マトリックスコンバータの実用化の端緒が拓ける可能性のある応用としては,
性能面での要求は厳しくないが,小型化やメンテナンスの軽減に対する要求の優先度
が高い用途が候補として挙げられる。以上の考察から,従来汎用インバータが用いら
れていたような単純な交流可変速駆動用途を想定して,マトリックスコンバータの最
も基本的な構成を対象に,簡便な制御法でどの程度の性能向上が可能かについて検討
を行う。
まず,マトリックスコンバータと直流リンク方式の電力変換器について,主回路・
制御系・検出系の含めた構成の比較を行い,検討対象とするマトリックスコンバータ
の構成について説明する。次に,スイッチデバイスのスイッチング信号決定法として
従来から提案されている方法について整理する。以上を踏まえて,出力電流の瞬時値
制御と入力電流の波形改善を両立する制御法について基本的な考え方を明らかにし,
この結果をもとに入力電流波形改善が可能とする簡便な制御法を提案する。
さらに,マトリックスコンバータにおける入出力電流を理論的に正弦波化するため
の PWM 方式の考え方を明らかにするとともに,それに基づいて具体的な制御手法を
導出する。まず,マトリックスコンバータを出力側からは制御電圧源として動作する
電圧形変換器と見なし,電源側からは制御電流源として動作する電流形変換器と見な
す考え方を提示する。次に,この考え方に基づいて,キャリヤ比較による PWM 制御
とマトリックスコンバータの制御電圧源および制御電流源としての動作の関係を定式
化し,制御法を理論的に導出する。さらに,理論的に導出した制御法を試作装置に適
用し,本論文における検討結果の妥当性を明らかにする。
最後に,マトリックスコンバータを実用化する際に,考えられる諸問題を挙げ,そ
の対策を示し,マトリックスコンバータの今後の課題と展望を述べる。
第1章
序論
11
本論文の内容
1.3
本論文は,前節で述べた背景を踏まえ,マトリックスコンバータの出力電流制御性
と入出力電流波形改善について検討するもので,以下の 6 章より構成される。
第
1
章
序論(本章)
本研究の背景について述べ,電圧形インバータとマトリックスコンバータの比較を
行ったうえ,本研究の目的と意義を明らかにするとともに,本研究の位置づけを明ら
かにして,本論文の構成について概説する。
第
2
章
交流電力変換器とマトリックスコンバータに関する技術の発展と現状
本研究で対象とするマトリックスコンバータを議論する前に今まで用いられてきた
電圧形,電流形間接交流変換器について比較検討を行う。また,マトリックスコンバ
ータ以外のエネルギー蓄積要素を用いない電力変換器を例に挙げ,比較検討を行う。
次にマトリックスコンバータの主回路構成を説明し,提案された各制御方式の比較検
討を行い,従来の制御法の導出過程と入出力電流波形改善法に関する指針を得る。
第
3
章
出力電圧制御法
マトリックスコンバータの入力電源電圧の取り扱いについて説明し,従来の電圧形
変換器に類似したマトリックスコンバータのスイッチングパターン発生法を提案する。
また,出力電流を帰還制御する出力電流制御法を構築し,マトリックスコンバータ特
有の自由度である中間電圧の出力比について,入出力波形改善の立場からそれぞれ定
量的な検討を行う。さらに,試作装置のハードウェアを主回路,検出系,制御系,転
流シーケンス制御をディジタル方式で実現するための方法などを説明し,実験により
本章で提案した制御方式の有効性を明らかにする。
第
4
章
入出力電流波形改善法
第3章で提案した電圧形変換器に類似したスイッチングパターン発生法を基に,マ
トリックスコンバータの出力側からは制御電圧源と入力側からは制御電流源としてモ
デル化し,入出力電流を同時に正弦波化する制御方式を明らかにする。また,マトリ
ックスコンバータがPWM制御される場合について入力基本波力率に対して理論的な
検証を行い,本論文で提案する入力電流波形改善法の基礎となる考え方の妥当性を明
らかにする。
第1章
第
5
序論
章
12
実用化における諸問題と対策
マトリックスコンバータを電動機駆動用に実用化するために解決するべき点を挙げ,
その対策案を検討する。
第
6
章
結論と今後の研究
本論文でおける成果をまとめするとともに,今後に残された課題について述べる。
また,本論文の検討結果を踏まえて,マトリックスコンバータの将来について展望を
述べる。
第2章
交流電力変換器とマトリックスコンバータに関する技術の発展と現状
13
第2章
交流電力変換器とマトリックスコンバータに
関する技術の発展と現状
本章では,本研究で対象にするマトリックスコンバータを議論する前に,マトリッ
クスコンバータが提案される背景を探るため,初期の電力変換器であるサイクロコン
バータから今まで用いられてきた電圧形・電流形間接交流電力変換器とマトリックス
コンバータのようにエネルギー蓄積要素を用いない変換器として提案された変換器を
例に挙げ,比較検討を行い,マトリックスコンバータの得失を明らかにする。
次に,本研究の対象であるマトリックスコンバータの主回路構成と構成のうち双方
向スイッチ,双方向スイッチの転流の手順,入力 LC フィルタ,ダイオードクランプ
回路について説明を行う。最後にマトリックスコンバータの制御方式を纏め説明し,
第 3,4 章の入出力電流波形改善法に関する指針を得る。
2.1
2.1.1
間接交流変換器と直接交流変換器
サイクロコンバータ
マトリックスコンバータにおける基本的な原理や回路はサイクロコンバータから始
める。水銀整流器,二極管の時代である 1920 年代から現在のマトリックスコンバータ
と同様な回路が提案され,その可能性が述べられている。1920 年初,Hezeltine の報告
によれば,多相から単相,単相から多相,多相から多相に直接に周波数を変換する回
路が提案されている。Hezeltine によって提案された双方向スイッチ(Bidirectional
Switches)の構成例を図 2.1 に,サイクロコンバータ回路の例を図 2.2 に挙げる。[16,17]
図 2.2 の(a),(b)は入力 3 相から出力単相へ,(c)は入力 3 相から 3 相へ変換する回路であ
る。(b)は位相制御コンバータの回路(Phase Controlled Converter)と同様である。(c)
は 3 相マトリックスコンバータの回路と同様である。
その時は,電動発電機などを用いた回転形周波数変換器からダイオードやサイリス
第2章
交流電力変換器とマトリックスコンバータに関する技術の発展と現状
14
タ の よ う な 整 流 素 子 に 構 成 さ れ る 静 止 形 周 波 数 変 換 器 ( Static Power Frequency
changers)に代わる時代であった。半導体スイッチ素子によって電圧または,電流を
オンオフするスイッチングの考えよりは,電源電圧の位相制御を行う電気式バルブの
概念であった。しかし,回路解析においてはスイッチングマトリックスとサイクロコ
ンバータの設計指針と基本原理が確立され,現在マトリックスコンバータの可能性が
述べられている。
1950 年代にサイリスタが開発され,本格的に静止形周波数変換器,自然転流サイク
ロコンバータ(Naturally Commutated Cycolconverter)や位相制御コンバータが実現され
ることになった。その後,サイクロコンバータは,大容量のサイリスタを用いて高速
鉄道リニアモータ駆動用電源(20 万∼30 万 kVA)やタンカー電気推進電動機駆動用
電源(数万 kVA)に応用されて来た。[38-41]
その反面,サイクロコンバータは入力力率が低く,大きな無効電力を消費し,出力
可能な周波数が電源電圧の周波数の半分以下までしか出力できないことや入力電流に
高調波電流を発生するなどの欠点が多い。
次にサイリスタの強制転流方法の発展および,自己消弧型半導体素子(自励式素子,
Gate Turn-off Device)の出現に当たって,サイクロコンバータは強制転流サイクロコ
ンバータ,PWM サイクロコンバータという名で研究され,[42-45] マトリックスコン
バータの前身になった。
2.1.2
マトリックスコンバータ
前章でも述べたが,サイクロコンバータとマトリックスコンバータの主回路は同様
な回路を用いる。図 2.3 に N×M のマトリックスコンバータを示す。マトリックスコ
ンバータの名は Veturini 氏らから使われたようである。Veturini 氏らは図 2.3 のような
N×M のスイッチマトリックスによる電力変換器の可能性を述べ,入出力電流・電圧
の関係と,各双方向スイッチが満たすべき条件や図のように入出力を電圧源・電流源
を実現するための受動素子の必要性などについて説明した。さらに,その具体例とし
て図 2.4 の N=M=3 のマトリックスコンバータ,すなわち,3 相−3 相マトリックス
コンバータの制御法を提案した。[8]
一般に電力変換器として用いるマトリックスコンバータの主回路を構成する要素は,
双方向スイッチ,入力側の LC フィルタである。マトリックスコンバータの構成要素
に対する詳細な説明は 2.2 節で行うことにする。
第2章
交流電力変換器とマトリックスコンバータに関する技術の発展と現状
図 2.1
Hezeltine によって提案された双方向スイッチの構成例
vI1
vO1
vI2
vO
vI1
vI3
N
vO2
vI2
N
vI3
(a)
vI1
vI2
vI3
vO3
vO
(b)
図 2.2
N
(c)
Hezeltine によって提案されたサイクロコンバータ回路
N
15
第2章
交流電力変換器とマトリックスコンバータに関する技術の発展と現状
1 2
N
1
2
M
図 2.3
N−M 行列のマトリックスコンバータ
Sau
Sav
a
Saw
u
Sbu
v
Sbv
b
Sbw
w
Scu
Scv
Scw
図 2.4
3 相−3 相マトリックスコンバータ
c
16
第2章
交流電力変換器とマトリックスコンバータに関する技術の発展と現状
17
a
b
c
u
v
w
(a) ダイオード整流器−インバータ(電圧形)
a
b
c
u
v
w
(b) 自励式整流器−インバータ(電圧形)
a
b
c
u
v
w
(c)自励式整流器−インバータ(電流形)
図 2.5
2.1.3
間接交流電力変換器
電圧形・電流形電力変換器
間接交流電力変換器は,直流リンクに電圧平滑要素であるコンデンサおよび,電流
平滑用の直流リアクトルを用いることで,電圧形,電流形に分類する事ができる。図
2.5 に各変換器の回路を示す。電圧形変換器は直流リンクに平滑用のコンデンサを電流
形変換器は直流リアクトルを用いる。電圧形変換器のコンデンサは,単位面積におい
てエネルギー蓄積容量が高く,安価である電解コンデンサが広く用いられている。し
かし,電解コンデンサは有寿命の素子であって,定期的に交換が必要になる。また,
電流形変換器は交流電動機の制御を行う場合には電圧形に比べ,制御回路の簡単化,
第2章
交流電力変換器とマトリックスコンバータに関する技術の発展と現状
18
a
b
c
u
v
w
(a)
コンデンサレスインバータ
a
b
c
u
v
w
(b) 入力側整流器に双方向スイッチを用いた場合
図 2.6
平滑回路をなくした電力変換器
磁気騒音の低減などの利点を持つ方式であるが,直流リアクトルを使用しているため,
重量が重く,装置が大型化になり,使用される例が少ない。それに対して,直流リン
クに電解コンデンサを用いた電圧形変換器は,電流形変換器に比べ,軽量,省スペー
スであり,特にダイオード整流回路を用いる場合,安価であるため,幅広く使用され
ている。
2.1.4
エネルギー蓄積要素を用いない電力変換器
前節で間接交流変換装置に対して述べた。これらの装置は直流リンクにコンデンサ
または,リアクトルのエネルギー蓄積要素を用いる。このような受動素子を小型ある
いは,なくした電力変換器の研究もいくつが行ったようである。ここでは非循環電流
形サイクロコンバータとマトリックスコンバータ以外のエネルギー蓄積要素を用いな
い変換器として,コンデンサレス整流器−インバータシステムと直流リンクに LC 共
振回路を用いて,コンデンサの容量を極端に小さくした共振回路直流リンク形変換器
第2章
交流電力変換器とマトリックスコンバータに関する技術の発展と現状
19
a
b
c
u
v
w
図 2.7
直流リンクに LC フィルタを用いた電力変換器
を例に挙げ,比較検討を行う。
コンデンサレスインバータ
電圧形インバータにおいて直流リンクのコンデンサの代わりに電源側に LC フィル
タを挿入し,電力リップルを抑える方法が報告された例がある。[29-31] また,電圧形
変換器のエネルギー蓄積要素である平滑用コンデンサをなくしたコンデンサレスイン
バータの解析と基礎特性などの報告がある。
コンデンサレス整流器−インバータは,図 2.6 に示したように直流リンク部のコン
デンサを省いて整流器‐インバータの構成をしている。インバータの制御は,電動機
の入力電流にコンバータ出力の脈動電圧が影響を及ばないようにパルス振幅変調
( Pulse Amplitude Modulation )を行うことが特徴である。しかし,入力電流の全高調波
ひずみ率は 40%以上で,ダイオード整流器と同様な値を示し,入力側に自励式整流器
を導入したといえない程度高ひずみ率である。
また,負荷力率の遅れによって直流リンクの電圧極性が負になることがあり得るた
め,図 2.6(b)に示したように整流器部のスイッチを 4 象限スイッチングが可能な双方
向スイッチを用いた回路も提案された。[33] 誘導電動機の駆動特性も検討されたが,
制御可能な範囲および,制御性は電圧形整流器‐インバータシステムに比べ,劣るも
のであった。さらに,この変換器は,主回路のコンバータ部に 12 個とインバータ部に
6 個の全部 18 個のスイッチを用いるため制御が複雑化した上に,スイッチの導通損が
高くなるなど欠点が多い。
共振回路変換器
第2章
交流電力変換器とマトリックスコンバータに関する技術の発展と現状
20
図 2.7 に直流リンク部に LC 直流フィルタを用いた整流器‐インバータ回路を示す。
[32,44,45] LC 直流フィルタを用いることで,平滑用のコンデンサ容量をダイオード整
流器より 1/100 程度に減らすことが可能である。ここで用いるコンデンサはインバー
タのスイッチング時発生するリップルのフィルタ用として挿入される。
インバータの出力がなるべく高調波を含まない波形を得るためには整流器の出力波
形(直流リンク部を省いたため,インバータの入力である。
)を平滑しなければならな
い。しかし,エネルギー平滑用の受動素子がないため,直流リンク電圧は電源の 3 相
分と整流器のスイッチング脈動を同時に含んだ波形になる。そのような脈動を補償す
る方法に対して,インバータのスイッチング範囲をコンバータ出力電圧の極めて,安
全制御領域の内に運転している。実験結果,変調率 0.8-0.95 でインバータの出力は入
力に対して 0.5[pu]しか達していないことになる。
以上,今まで提案されたエネルギー蓄積要素を用いない電力変換器に対して述べた。
提案された変換器は,既存の整流器,直流リンク部接続インバータにおいで単純に直
流リンク部を省いた回路である。その直流リンク部をなくしたため起きるインバータ
入力電圧の脈動と,それに伴う電源電流のひずみを抑制する必要があった。その方法
として,電源側に交流フィルタを介し,整流器を適切な PWM 制御で入力電流のひず
み低減を図ると同時に,直流リンクの電圧脈動を補償する方法を提案した。しかし,
これらの変換器は直流リンク部を省したことは称えるが,コンデンサまたは,リアク
トルのエネルギー蓄積要素を用いている整流器‐インバータシステムより,その制御
性は非常に劣るものである。
以下,本節で扱った変換器の特徴をまとめる。
①
直流リンクにエネルギー蓄積要素をなくしたため,入力側変換器と出力側の変
換器のエネルギーバランスを正確に制御する必要がある。
②
電動機の VVVF(Variable Voltage Variable Frequency)制御を行う時,出力の電圧と
周波数の制御範囲が狭くなり,制御自由度が低い。
③
入出力電流に低次から高次までの高調波が多く含まれる。電圧形のダイオード
整流器に比べ,顕著な差がない。
④
緊急時または,故障時に負荷電流の急な開放を考えると負荷側にダイオードク
ランプ回路のような保護装置が必要になる。(マトリックスコンバータも同様)
2.1.5
各提案電力変換器の比較
以上,今まで,提案された各種の電力変換に対して説明した。これらの変換器をエ
ネルギー蓄積要素やパワーデバイスの数,入出力フィルタの有無,導通デバイスの数
第2章
交流電力変換器とマトリックスコンバータに関する技術の発展と現状
21
などを考慮し,比較検討を行う。
表 2.1 に各変換器の比較した結果を表示した。本比較は 3 相‐3 相電力変換を基にす
る。まず,エネルギー蓄積要素が不要であり,パワーデバイスの数と入出力側の制御
性を比較すると,マトリックスコンバータの方が一番よい結果となる。特に逆耐圧
IGBT を用いれば,デバイスの導通損が他の変換器の半分に減る可能性があることで
高効率変換が可能である。以上のことを考慮すると次世代変換器として,マトリック
スコンバータが注目されている理由は明らかである。
第2章
交流電力変換器とマトリックスコンバータに関する技術の発展と現状
表 2.1
22
各提案電力変換器の比較
パワーデバイ
入出力フィ
導通デバイ
スの数
ルタの有無
スの数
18 個
不要
2個
エネルギー蓄積要素
備考
非循環電流形;不要
入力電流の高ひずみ率
サイクロコンバー
循環電流形;リアク
無効電力大
タ
トル
ダイオード整流器
入力電流の高ひずみ率
‐インバータ(電
電解コンデンサ
D6+6 個
不要
4個
安価
圧形)
入力側;L,
入出力電流の
自励式整流器‐イ
電解コンデンサ
12 個
LCL フィル
4個
低ひずみ率
ンバータ(電圧形)
タ
高価
入出力電流の
自励式整流器‐イ
低ひずみ率
入力側;LC
直流リアクトル
12 個
ンバータ(電流形)
4個
高価
出力側;LC
中量,サイズ大
小型,半永久
コンデンサレスイ
入力側;LC
不要
12 個
ンバータ
4個
制御の範囲が狭い
出力側;LC
高ひずみ率
コンデンサレスイ
入力側;LC
ンバータ(入力側
不要
18 個
制御の範囲が狭い
4個
出力側;LC
に双方向スイッチ
高ひずみ率
を使用した場合)
直流リンクに LC
スイッチング周波数
直流フィルタを挿
LC フィルタ
18 個
入力側;LC
4個
の制限
入した電力変換器
マトリックスコン
入力側;LC
不要
バータ
18 個
小型,半永久
2個
高効率変換が可能
第2章
2.2
2.2.1
交流電力変換器とマトリックスコンバータに関する技術の発展と現状
23
マトリックスコンバータの主回路と構成要素
主回路構成
一般にマトリックスコンバータの主回路を構成する要素は,双方向スイッチ,入力
LC フィルタ,ダイオードクランプ回路である。図 2.8 にダイオードクランプ回路を除
いたマトリックスコンバータの基本回路構成を示す。なお本論文では入力側の 3 相を
u, v, w 相,出力側の 3 相を a, b, c 相と表示することとする。入力側には 3 相の電圧源
eu ~ ew が電源として与えられる。出力側の負荷にはリアクトルや電動機などの誘導性
の負荷が与えられるものとして議論を進める。
これらの入力相と出力相は,Sau ~ Scw で示した双方向スイッチによって接続される。
双方向スイッチは順方向および,逆方向の双方に耐圧を持つ自己消弧形パワー半導体
デバイスを意味する。すなわち,電流を正負どちらの方向にも流す能力を持ち,また
遮断状態では双方向に対して阻止能力を持つ素子である。
2.2.2
双方向スイッチ
双方向の導通を単一素子で実現できる半導体デバイスは,現在実用化されていない。
そのため双方向スイッチは,複数の半導体素子を組み合わせて構成する。図 2.9 に,
既存のパワー半導体デバイスを組み合わせた双方向スイッチの構成例を示す。
初期のマトリックスコンバータの研究では,図 2.9 の(b)のような双方向スイッチ
を用いた例がある。しかし,図 2.9 の(a)と(b)の双方向スイッチは,その機能面で全く
違う。(a)の場合導通する電流の方向を選択してオンオフが可能である。(b)の場合はそ
のような動作はできない。 (b)の単一の素子による双方向スイッチは回路動作の制約
から,(a)のような複数の素子による構成が適切である。その理由を次に説明する。
マトリックスコンバータのスイッチングは,従来の電圧形変換器や電流側変換器と
は異なった工夫が必要とされる。まず入力側は電圧源であるから線間短絡してはなら
ない。このため入力の 2 相以上を,同一の出力相に接続してはならない。次に,出力
側の負荷は誘導性であるため,電流の連続性を確保する必要がある理由から開放して
はならない。このため出力の各相は常に,1 相以上の入力相に接続されなければなら
ない。この 2 つの規則をまとめると,出力の各相は常に,入力の各 1 相のみに接続さ
れる必要がある。
第2章
交流電力変換器とマトリックスコンバータに関する技術の発展と現状
Sau
Sav
va
Saw
eu
ia
LS
iu
ev
Sbu
CS
Sbv
Sbw
N
iv
ew
vb
N'
ib
Scu
iw
Scv
vc
Scw
図 2.8
ic
マトリックスコンバータの主回路
Sxy
(a)
2 つの IGBT 素子による構成
(c)
図 2.9
(b) 1 つのサイリスタによる構成
1 つの BJT による構成
双方向スイッチの構成例
24
第2章
交流電力変換器とマトリックスコンバータに関する技術の発展と現状
INPUT
v
u
OUTPUT
w
u
INPUT
v
25
w
OUTPUT
(a) エミッタコモンによる結線 (b)コレクタコモンによる結線
図 2.10
マトリックスコンバータにおける出力一相アームのスイッチ構成例
出力相の接続を他の入力相に切り替える場合,完全にかつ瞬時に双方向スイッチを
オンオフすれば規則は満たされる。しかし半導体デバイスを遅れ時間なしにオンオフ
することは半導体の特性から不可能である。この問題を解決するため,従来の電圧形
変換器ではデッドタイムが,電流形変換器ではオーバーラップタイムが設けられてい
る。マトリックスコンバータの場合は,入力側の電圧源にデッドタイムを設けながら,
出力側の電流源にオーバーラップタイムを設けるような転流手順が必要になる。
一方,双方向スイッチが単一の素子によって構成される場合,その動作にデッドタ
イムとオーバーラップタイムを同時に設けることは出来ない。双方向スイッチが複数
の素子によって構成される場合,デッドタイムとオーバーラップタイムを同時に設け
ることができる。今までに,このような複数素子によって構成された双方向スイッチ
を用いた様々な転流手順が提案されている。転流の手順に対しては次の説で具体的に
説明する。
このような複数の素子による双方向スイッチの実現は素子数が増加するため,実用
化の短所になりうる。素子数が最小の構成でも,1 つの双方向スイッチの実現には 2
つの自己消弧形半導体デバイスが必要となる。従って図 2.8 の主回路には,合計 18 の
自己消弧形半導体デバイスが必要である。現在,広く用いられている整流器‐インバ
第2章
交流電力変換器とマトリックスコンバータに関する技術の発展と現状
26
ータの組み合わせは,デバイスの数が合計 12 であるから,マトリックスコンバータを
実用化する場合は素子数の差による実装体積の拡大が懸念される。
主回路については,集積化モジュールがすでに開発されており,逆耐圧を持つ IGBT
も開発され,マトリックスコンバータの体積はさらに小さくなると考えられる。しか
し,素子を駆動する絶縁電源は小型化が難しく,数の増大による体積への影響が大き
いと予想される。整流器−インバータの組み合わせに比べて,この点はマトリックス
コンバータの不利な点の一つである。
絶縁電源の必要数については,図 2.10(a)の素子構成をエミッタコモンまたは,図
2.10(b)のコレクタコモンにする際に,必要な絶縁電源は,前者が 9 個,後者が 6 個で
ある。また,電圧形インバータの電源の数を減らす方法として,ブートストラップ回
路とチャージポンプ回路の応用が考えられるが,今後,さらに検討を要する。これら
の回路に対しては第 5.2 節で述べる。
2.2.3
転流シーケンス
マトリックスコンバータの双方向スイッチに対する多段回のステップ転流の必要性
は前節で説明した。本節では,双方向素子に流れている電流の方向による 4 ステップ
転流方式を説明する。まず,図 2.11 に電流の手順を示した。太い線になっている IGBT
がオンの状態である。図 2.11 の入力 u 相から v 相のスイッチに転流するときののステ
ップを説明する。以下,電流が入力側から出力側に流れる場合を基に説明する。
ステップ 1:電流の方向と逆方向のスイッチをオフする。入力 u 相に流れている電
流と逆方向に導通している IGBT をオフする。電流は順方向の IGBT とオフした IGBT
の付加ダイオードを通って流れる。
ステップ 2:入力 v 相の順方向の IGBT をオンする。電流は入力 u,v 相から負荷に流
れる。図 2.11 のステップ 3 では,電流は u 相と v 相から流れるが,入力の線間短絡は
起こらない。
ステップ 3:入力 u 相の導通している IGBT をオフする。電流は完全に v 相から負
荷に流れる。電流の流れが入力の u 相から v 相に変わったが,負荷電流が開放されて
いる区間がない。
ステップ 4:入力 v 相の電流と逆方向のスイッチをオンすると 4 象限双方向スイッ
チに戻ることになる。
第2章
交流電力変換器とマトリックスコンバータに関する技術の発展と現状
u
u
Current
v
a
w
Step1
u
v
a
Current
v
a
w
u
Current
27
Current
v
a
w
w
Step2
u
u
Current
v
Current
v
a
a
w
w
Step3
u
v
a
w
Step4
図 2.11
2.2.4
u
Current
v
Current
a
w
電流方向による 4 ステップ転流のシーケンス
入力 LC フィルタ
マトリックスコンバータは,図 2.8 のように入力側と出力側を直接接続する構成と
なっている。現在,交流−交流変換の際に多く用いられている整流器−インバータの
組み合わせでは,電圧形ならば平滑コンデンサが,電流形ならば平滑リアクトルが直
流リンク部に存在する。これらは体積が大きく,特に半導体の集積化が進んだ近年で
は,これらの受動素子が変換器体積の大きな割合を占める。また平滑コンデンサの多
第2章
交流電力変換器とマトリックスコンバータに関する技術の発展と現状
28
くは電解コンデンサであるため寿命が短い。これらを持たないマトリックスコンバー
タは,小型化や長寿命化の点で実用上の長所が期待されている。
ところが,実際には完全に入出力を直接接続は出来ず,入力側の電源とマトリック
スコンバータの間に LC フィルタを設ける必要がある。その理由を以下に説明する。
第 1 の理由は,スイッチング周波数成分の除去である。入力側 u 相において LC フ
ィルタより電源側を流れる電流 iu は,
連続したなめらかな正弦波となるのが望ましい。
入力 LC フィルタとマトリックスコンバータ間の電流は,双方向スイッチのスイッチ
ングによって区切られた出力側の電流が与えられるためパルス状の波形となる。この
高周波成分を除去してなめらかな連続波形とするために,
LC フィルタが必要となる。
また,第 2 の理由として,通常負荷側は誘導電動機など誘導性であることから,出
力電流に対しては負荷自身が平滑作用を持つ。一方,電源側でも系統にインダクタン
ス成分が存在する。この時,双方向スイッチを介して異なる電流を保持したリアクト
ル同士が接続されると,電流を保持し続けようとする作用により過電圧が発生し,変
換器故障の原因につながってしまう。このことは双方向スイッチの両端で,電流源に
相当するもの同士を接続することができないことを意味する。同様に双方向スイッチ
を介して異なる電圧を保持したコンデンサ同士を接続することもできない。すなわち,
マトリックスコンバータでは,入出力双方を電圧形あるいは電流形でスイッチングす
ることができない。よって仮に負荷を電流形で扱うとすれば,電源側を電圧形で扱う
ため双方向スイッチの直近の入力側にコンデンサが必要となる。このようにコンデン
サを入出力の一方に挿入することで,電流源同士が直接対峙するのを防ぎ,なおかつ
入出力電流に対して平滑作用を持たせることが可能になる。
以上の理由により,マトリックスコンバータにはフィルタが必要不可欠となる。通
常は電源側を電圧形,負荷側を電流形で考えるケースがほとんどであるため,図 2.8
のように入力側に LC フィルタが挿入される。ただし,電源側を電流形,負荷側を電
圧形で考えることも可能であり,その場合は負荷側にコンデンサを挿入しなければな
らない。
2.2.5
ダイオードクランプ回路
ダイオードクランプ回路(またはダイオードクリッパ)は,主回路の保護などを目
的として出力側や入出力側両方に取り付けられる付加回路である。その設置例を図
2.12 に示す。3 相ダイオードブリッジの後ろにコンデンサが接続された構造で,コン
デンサインプット形ダイオード整流器の構造と同じである。
マトリックスコンバータは緊急時または,システムに異常が発生した際などの急停
止が必要な場合,双方向スイッチにゲートブロック信号を発生し,システムを停止す
第2章
交流電力変換器とマトリックスコンバータに関する技術の発展と現状
29
る。ダイオードクランプ回路を設置する理由は,そのような,ゲートブロックを発生
する時の出力側電流経路の確保するためである。マトリックスコンバータに用いられ
る双方向スイッチは,双方向の導通能力と同時に双方向の阻止能力が必ず必要である。
このためマトリックスコンバータでは,バルブデバイスのスイッチングだけで出力側
の回生や転流を行う。バルブデバイスのスイッチングが何らかの理由で,指令値通り
に行なわれなかった場合も,出力側の電流経路が閉ざされ,主回路を損傷する恐れが
ある。ここで出力側にダイオードクランプ回路が設けられている場合は,電流経路が
確保でき,図 2.12 の(a)では、ダイオードクランプ回路の内部抵抗により電力が消費さ
れる。
また,図 2.12 の(b)では,入出力間に共通の直流リンクを持つダイオードクランプ回
路が設けられている。電力は出力からダイオードクランプ回路を通じて電源側へ回生
することができる。
ダイオードクランプ回路はマトリックスコンバータを安全に運転する上で欠かせな
い付加回路である。しかし,その容量が大きい場合は,マトリックスコンバータの主
回路構成部品が整流器−インバータの組み合わせと同様かそれ以上の体積となってし
まう。半導体素子は近年の集積化技術の進歩により,部品点数が増えても主回路全体
から見た体積の増大は小さい。したがって実用化の観点から,ダイオードクランプ回
路の担う役割をできる限り制約する,コンデンサの容量低減の指針が求められている。
また,コンデンサの容量決定に対して,他の意見もある。詳細は第 5 章の実用化にお
ける諸問題と対策で述べる。
第2章
交流電力変換器とマトリックスコンバータに関する技術の発展と現状
ia
va
vb
ib
vc ic
(a)
ダイオードクランプ回路の構成 1
(b) ダイオードクランプ回路の構成 2
図 2.12
ダイオードクランプ回路とマトリックスコンバータ
30
第2章
2.3
交流電力変換器とマトリックスコンバータに関する技術の発展と現状
31
マトリックスコンバータにおける制御方式
マ ト リ ッ ク ス コ ン バ ー タ に お け る 制 御 方 式 の 本 格 的 な 研 究 は , 1980 年 代 の
M.Venturini 氏らによる「A new sine wave in, sine wave out, conversion technique eliminates
reactive elements; in Proc. Powercon」の以降であると考えられる。[8] その後,間接空
間ベクトル変調(Indirect Space Vector Modulation)と PWM サイクロコンバータ方式(3
相 PWM 方式)が提案されている。これまで提案されたマトリックスコンバータの制
御法は,主回路の取り扱いの観点から 2 つに大別することができる。マトリックスコ
ンバータを仮想的に整流回路とインバータが直流リンクを介して接続されていると見
なして,制御法を考える仮想間接 AC-AC 変換に基づく方式と,マトリックスコンバ
ータを実際の回路構成に即して電源と負荷を直接接続する変換器として見なして制御
法を考える直接 AC-AC 変換に基づく方式に分類できる。前者の代表的な制御法が間
接空間ベクトル変調方式であり,後者の方が Venturini 方式と PWM サイクロコンバー
タ方式である。
本節では,今まで提案された制御方式を説明し,各制御方式の比較検討を行う。
2.3.1
Venturini 方式
Venturini 方式は,マトリックスコンバータの各スイッチのデューティ比を数学的な
解析手法によって決定でき,変換器の挙動を掴むことができる極めて論理的に優れた
ものである。しかし,全てのスイッチ(3 相入力と 3 相出力の場合は積をとった 9 つ)
について別々にデューティを求めねばならず,非常に複雑な計算を要する。以下,
Veturini 氏らが提案した方式を簡単に説明する。
まず, 1× 1 の基本ベクトルの関数は M (t ) ⋅ 1 = 1 で,電力変換器の入出力側の電圧,
電流のベクトルを次式で定義する。
入力電圧: V I (t ) = {V I j (t )}nj =1
出力電圧: VO (t ) = {VO i (t )}ip=1
出力電流: I O (t ) = {I O i (t )}ip=1
入力電流: I I (t ) = {I I j (t )}nj =1
上式の,スイッチング行列の特性は次式(2.1)になる。
VO (t ) = m(t ) ⋅ V I (t )
I I (t ) = m(t ) T ⋅ I O (t )
(2.1)
m(t ) T は m(t ) の変換行列(The transpose of M)である。
出力関数 f O (t ) は有限の幅を用いた不連続のパルス(quasi-square wave or stair case
第2章
交流電力変換器とマトリックスコンバータに関する技術の発展と現状
32
waveform)である。スイッチにより出力された波形を DC もしくは正弦波化のために
受動素子が必要となる。
以上の式を 3× 3 のマトリックスコンバータに考え,入力電圧を(2.2)式に定義すれば,
出力電圧は(2.3)式で表される。
VI cos ω I t



V I (t ) = VI cos(ω I t − 2π / 3) 
VI cos(ω I t + 2π / 3)
VO cos(ω O t + θ O )



VO (t ) = [m(t )] ⋅ [V I (t )] = VO cos(ω O t + θ O − 2π / 3) 
VO cos(ω O t + θ O + 2π / 3)
(2.2)
(2.3)
上式,θ O は出力関数における任意の位相角であり,負荷の位相角である。さらに,入
出力電圧・電流式を表せると次式になる。
Vo1 (t ) 
 m11 (k ) m12 (k ) m13 (k ) Vi1 (t ) 





Vo 2 (t )  =  m21 (k ) m22 (k ) m23 (k ) Vi 2 (t ) 
V (t ) 
 m (k ) m (k ) m (k ) V (t ) 
32
33
 o3 
 31
 i 3 
(2.4)
 I i1 (t ) 
 m11 (k ) m21 (k ) m31 (k )  I o1 (t ) 





 I i 2 (t )  =  m12 (k ) m22 (k ) m32 (k )  I o 2 (t ) 
 I (t ) 
 m (k ) m (k ) m (k )  I (t ) 
32
33
 i3 
 13
 o 3 
(2.5)
上式の変調比(Duty cycle)は mij (t ) (i,j=1,2,3)である。その変調比は 0 ≤ M ij (t ) ≤ 1 ,
3
∑ M ij (t ) = 1 を必ず満足する。次に変調比は(2.6)式によって決まる。
j =1
1
mij (t ) = { {1 + (1 − θ )Q cos((ω O + ω i )t − (2(i + j ) − 4)π / 3) + (1 + θ )Q cos((ω O − ω i )t − 2(i − j )π / 3)}
3
1
− Q[cos((3ω O + ω i )t − 2( j − 1)π / 3 + cos((3ω O − ω i )t − 2(1 − j )π / 3)]
6
 1

7
cos(4ω i t − 2( j − 1)π / 3) +
Q −
cos(2ω i t − 2(1 − j )π / 3) }
6 3
 6 3

(2.6)
式の i,j =1,2,3 であり,Q = VO / Vi は入力電圧と出力電圧の比, θ = tan φ i / tan φ O は入
力 − 出 力 電 圧 の 位 相 変 換 比 で あ る 。 Venturini 方 式 で は , 式 (2.6) は
第2章
交流電力変換器とマトリックスコンバータに関する技術の発展と現状
33
MIN 0≤ ωit ≤2π IVUB(t ) ≥ MAX 0≤ω it ≤ 2π OVUB(t ) の範囲の内で求めることができ,出力電圧
は VO ≤ 0.5V I に制限される。
IVLB(t ) ≤ VO (t ) ≤ IVUB(t )
(2.7)
(IVLB : Input Voltage Lower Bound,IVUB : Input Voltage Upper Bound,OVUB, OVLB,
ICUB も同様)
出力電圧の範囲は次式で決まる。
MIN
V (t ) ≤ VO (t ) ≤ MAX
j =1, 2 , 3 i j
(2.8)
V (t )
j =1, 2 , 3 i j
式(2.8)は,出力電圧の指令値は入力電圧の範囲以内で必ず存在することを示してい
る。また,出力電圧指令値を次式に定義することで,出力電圧を入力電圧の 3 / 2 ま
で増加することができる。
cos(ω O t )
 Vo1 (t ) 





 Vom
Vo 2 (t )  = Vom cos(ω O t − 2π / 3)  −
6
 V (t ) 
cos(ω O t + 2π / 3)
 o3 
2.3.2
cos(3ω O t )
cos(3ω t ) + Vim
O 

4
cos(3ω O t )
cos(3ω i t )
cos(3ω t )
i 

cos(3ω i t )
(2.9)
間接空間ベクトル方式
仮想間接空間ベクトル変調方式(Indirect Space Vector Modulation)は,マトリック
スコンバータを,図 2.13 のように,入力の整流器と出力のインバータが仮想直流リン
クによって,直接接続されている考え方に基づいて,出力インバータの指令値(マト
リックスコンバータの出力線間電圧の指令値)入力整流器の指令値(マトリックスコ
ンバータの入力電流の指令値)を空間座標上に写像することで双方を制御する方法で
ある。以下,間接空間ベクトル変調方式を説明する。
まず,マトリックスコンバータにおける 9 個の双方向スイッチを用いて,可能な状
態を考えると,27 個のスイッチングの状態(スイッチングコンビネーション;Switching
Combination)になる。これらの各スイッチによる出力線間電圧と入力電流の関係を表
2.2 に示す。
次に,表 2.2 の各グループに対して説明する。グループⅠのスイッチングコンビネ
ーションを用いると出力線間電圧は入力電圧の同様の角速度で回転する。出力線間電
圧のベクトルは図 2.14 のようになる。また,グループⅡのスイッチングコンビネーシ
ョンを用いる場合,出力線間電圧と入力電流のベクトルは,図 2.15 で示した六角形の
軌跡を書くことになる。各ベクトルの方向は正と負になり,その大きさのみが変化す
るベクトルになる。すなわち,これらのベクトルは電源電圧の位相角が変わることで
交流電力変換器とマトリックスコンバータに関する技術の発展と現状
34
N'
第2章
N
Ic
Ib
Ia
eu
ev
ew
P
R1
R3
R5
R4
R6
R2
I1
Vpn
I3
I5
I4
I6
I2
N
図 2.13
VSR-VSI の等価回路
出力座標が 180 度変化する。グループⅡのスイッチングコンビネーションは電源電圧
の位相角が変化しでも図 2.16 に示したベクトル1P ように,180 度ことに出力ベクト
ルが正の方向から負の方向に変わるので回らない座標と考えることができる。しかし,
出力ベクトルの大きさは入力電源電圧の位相角が変化することで入力線間電圧の変化
と一緒に変化する。最大の出力線間電圧を出力できる区間は入力相電圧で考えるとピ
ーク点から次の相電圧とクロスする間の 60 度区間で,入出力比は最大になる。
入力電流ベクトルも出力電圧ベクトルの同様にグループⅡのスイッチングコンビネ
ーションは出力電流の位相角が変化しても入力に出せるベクトルは正と負の 2 つのベ
クトルで考えることができる。すなわち,入力電流は出力負荷力率に関係なく,指令
値の入力電流との同方向ベクトルを選択すれば入力力率が1に制御できる。
グループ 3 はゼロベクトルである。ゼロベクトルの間には出力の 3 相が入力の 1 相
に接続され,入力から出力に電力の流れはなくなる。間接空間ベクトル変調方式は 27
個のスイッチングコンビネーションの中でグループⅡとゼロベクトルのみを用いる。
第2章
交流電力変換器とマトリックスコンバータに関する技術の発展と現状
表 2.2
35
スイッチングの状態による入出力電圧・電流
Voltage vector
Current vector
Switch
Meg. Phase
Mag. Phase
States
ia ib ic
vi wit
io wot
123
-vwu -vvw -vwu
ia ic ib
-vi -wit+4π/3
io -wot
132
3
-vuv -vwu -vvw
ib ia ic
-vi -wit
io -wot+2π/3
213
4
vvw vwu vuv
ic ia ib
vi wit+4π/3
io wot+2π/3
231
5
vwu vuv vvw
ib ic ia
vi wit+2π/3
io wot+4π/3
312
6
-vvw -vuv -vwu
ic ib ia
-vi -wit+2π/3
io -wot+4π/3
321
1P
vuv 0 -vuv
ia -ia 0
2/√3vuv π/6
2/√3ia
-π/6
122
1N
-vuv 0 vuv
-ia ia 0
-2/√3vuv π/6
-2/√3ia
-π/6
211
2P
vvw 0 -vvw
0 ia -ia
2/√3vvw π/6
2/√3ia
π/2
233
2N
-vvw 0 vvw
0 -ia ia
-2/√3vvw π/6
-2/√3ia
π/2
322
3P
vwu 0 -vwu
-ia 0 ia
2/√3vwu
π/6
2/√3ia
7π/6
311
3N
-vwu 0 vwu
ia 0 -ia
-2/√3vwu π/6
-2/√3ia
7π/6
133
4P
-vuv vuv 0
ib -ib 0
2/√3vuv 5π/6
2/√3ib
-π/6
212
4N
vuv -vuv 0
-ib ib 0
-2/√3vuv 5π/6
-2/√3ib
-π/6
121
5P
-vvw vvw 0
0 ib -ib
2/√3vvw 5π/6
2/√3ib
π/2
323
5N
vvw -vvw 0
0 -ib ib
-2/√3vvw 5π/6
-2/√3ib
π/2
232
6P
-vwu vwu 0
-ib 0 ib
2/√3vwu
5π/6
2/√3ib
7π/6
131
6N
vwu -vwu 0
ib 0 -ib
-2/√3vwu
5π/6
-2/√3ib
7π/6
313
7P
0 -vuv vuv
ic -ic 0
2/√3vuv 3π/2
2/√3ic
-π/6
221
7N
0 vuv -vuv
-ic ic 0
-2/√3vuv 3π/2
-2/√3ic
-π/6
112
8P
0 -vvw vvw
0 ic -ic
2/√3vvw 3π/2
2/√3ic π/2
332
8N
0 vvw -vvw
0 -ic ic
-2/√3vvw 3π/2
-2/√3ic π/2
223
9P
0 -vwu vwu
-ic 0 ic
2/√3vwu
3π/2
2/√3ic 7π/6
113
9N
0 vwu -vwu
ic 0 -ia
-2/√3vwu
3π/2
-2/√3ic 7π/6
331
Zero
0a
0
0
0
000
0
0
0
0
111
Vector
0b
0
0
0
000
0
0
0
0
222
(Ⅲ)
0c
0
0
0
000
0
0
0
0
333
Group
Ⅰ
ⅡA
ⅡB
ⅡC
vab vbc vca
iu iv iw
1
vuv vvw vwu
2
第2章
交流電力変換器とマトリックスコンバータに関する技術の発展と現状
図 2.14
グループⅠの出力線間電圧ベクトル
7N 8N 9N
vca
4N
5N
6N V3
iw
1P
V1
2P
Ⅱ
3P
vab
Sector Ⅰ
Ⅳ
V4 Ⅴ
V6
Ⅵ
V5
vbc
4P
5P
6P
7P 8P 9P
(a)出力線間電圧ベクトル
図 2.15
1N
4N
7N I3
I2
Ⅲ
3N
6N
9N
Sector Ⅰ
0
I4
iv
3P
6P
9P
I1
Ⅱ
Ⅳ
0
1N
2N
3N
2P 5P 8P
V2
Ⅲ
36
Ⅴ
Ⅵ
iu
I6 1P
4P
7P
I5
2N 5N 8N
(b)入力電流ベクトル
グループⅡの出力線間電圧と入力電流のベクトル
次に,間接空間ベクトル変調方式のデューティ比の決め方に対して,具体的に説明
する。出力電圧指令値 v*o を出力するためには図 2.17(a)のように 2 つの電圧ベクトル
V1 と V2 を出力すればよい。全部で6個のスイッチングコンビネーション (V1;1P,2P,3P,
and V2;4N,5N,6N)が選択できる。ここで同時に同じ方向の電流を入力に出力するため,
入力電流のベクトル図 2.15(b)をみて同方向のベクトルを選択する。入力電流の力率 1
にするため入力電流ベクトル方向と入力相電圧の方向を同じ方向にする必要がある。
まず,図 2.14(a)の 2P と 5N は方向が違いことで除く。残った 1,3,4,6 のスイッチ組が
指令値の出力電圧ベクトルと入力電流ベクトルの条件を満たすことになる。図 2.17 の
ように,出力線間電圧の指令値と入力電流の指令値がセクタⅠにある場合,電圧‐電
第2章
交流電力変換器とマトリックスコンバータに関する技術の発展と現状
37
流ベクトルは I6-V6, I6-V1, I1-V1, I1-V6,とゼロベクトルを用いて合成される。次に 1 サン
プリングの間に各スイッチングのオン時間は式(2.10)で決まる。
δ αµ = δ α ⋅ δ µ = m ⋅ sin( 60° − θ sv ) ⋅ sin( 60° − θ sc ) = Tαµ / Ts
δ βµ = δ β ⋅ δ µ = m ⋅ sin( θ sv ) ⋅ sin( 60° − θ sc ) = Tβµ / Ts
δ αν = δ α ⋅ δ ν = m ⋅ sin( 60° − θ sv ) ⋅ sin( θ sc ) = Tαν / Ts
(2.10)
δ βν = δ β ⋅ δ ν = m ⋅ sin( θ sv ) ⋅ sin( θ sc ) = Tβν / Ts
式(2.10)の m(=msv・msc)は,入力側の整流器(sc)と出力側のインバータ(sv)の変調比
を表す。一般的に,入力側整流器の変調比を 1 にし,インバータの変調比を用いて,
マトリックスコンバータの変調比を決める。入出力の電圧変調比( 3 Vom / Vdc )である。
0 ≤ m sv ≤ 1 の範囲で決めることができる。また θ sv ,θ sc は出力電圧線間電圧の指令値と
入力電流の制御位相角である。ゼロベクトルのデューティ比は次のように求める。
δ o = 1 − (δ αµ + δ βµ + δ αν + δ βν )
(2.11)
このような,間接空間ベクトル変調方式は,欧米ではマトリックスコンバータのス
イッチングパターン発生方式に広く採用されている。また,マトリックスコンバータ
の動作を把握しやすい方法である。しかし,次の説で述べる PWM サイクロコンバー
タ方式に比べ,計算量が多い短所があるが,制御本来においては,両方式とも同様で
ある。
第2章
交流電力変換器とマトリックスコンバータに関する技術の発展と現状
vu
1P
vv
vw
ib
ic
1N
ia
1P
1N
図 2.16
1P ベクトルの出力線間電圧と入力電流
1P 3P
δβ
vo*
θSV
3P 6P
δν
io*
θSC
δμ
δα
4P 1P
4P 6P
(a)出力線間電圧の指令値ベクトル
図 2.17
(b)入力電流の指令値ベクトル
指令値ベクトルの合成
38
第2章
交流電力変換器とマトリックスコンバータに関する技術の発展と現状
2.3.3
仮想間接変換 PWM 方式
39
仮想間接変換 PWM 方式は,空間ベクトル変調方式と同様の考え方を PWM 制御で
実現する方法と考えられる。この方式では,入力相と出力相の間に整流器とインバー
タの組み合わせが用いられているものと仮に考え,その仮想直流リンク部に発生する
電源電圧と電源電流から,スイッチングパターンを計算する方式である。[26] 従来の
整流器とインバータに用いたスイッチングパターン同士を行列計算で掛け合わせ,一
義にマトリックスコンバータのスイッチングを算出できるため,簡便である。
2.3.4
PWM サイクロコンバータ方式(3 相 PWM 方式)
3 相 PWM 方式は,入力各相の電圧や出力各相の電流の状態を把握して PWM 指令
値(変調率)を計算し,キャリヤ比較によりスイッチングパターンを生成する。仮想
直流リンクを用いない直接変換方式である。
2.3.5
各制御方式の比較
仮想間接変換に基づく方式では,従来の電圧形の間接交流変換器における自励式整
流回路およびインバータの制御法として実績のある制御法を適用できるメリットがあ
る。またキャリヤ比較に基づくパターン発生を用いる仮想間接交流変換方式の検討の
報告もある。しかし,一般に仮想間接交流変換に基づく制御法では,仮想的に導入し
た整流回路とインバータのそれぞれに対してスイッチングパターンを発生する操作が
必要となる上,実際のマトリックスコンバータの主回路で実現するためには得られた
スイッチングパターンに変換を施す必要があり,制御演算が複雑になる傾向がある。
また,仮想的に導入した整流回路とインバータの制御の間に,実際には両者の主回路
が共有されていることに起因するマトリックスコンバータ特有の干渉が生ずる点も考
慮しなければならない。[26]
これに対して,マトリックスコンバータを直接交流変換器として取り扱う考え方に
基づく制御法では,従来の間接交流変換器で用いられていた制御法を適用することは
できないため,また従来の位相制御サイクロコンバータの制御の適用も困難であり,
新たな制御法を考案する必要がある。しかし,変換を 1 段階で取り扱うため,スイッ
チングパターンの発生部分が簡略化されるとともに,実際のマトリックスコンバータ
の回路との対応が明確になり概念的に理解しやすい点が特長であり,有用な方式の一
つと考えられる。また,制御演算が簡便であるために,オンラインでスイッチングパ
第2章
交流電力変換器とマトリックスコンバータに関する技術の発展と現状
40
ターンを演算する際にも有利である。
2.4
第 2 章のまとめ
本章では,サイクロコンバータを始め,マトリックスコンバータの直接交流変換
器と電圧・電流形の間接交流変換器,またエネルギー蓄積要素を用いない電力変換な
どの,今まで提案された電力変換器を挙げ,各電力変換器の比較検討を行い,マトリ
ックスコンバータがエネルギー蓄積要素を用いないことと導通デバイス数が少ないこ
とで導通損の面で有利であり,小型の高効率変換器として可能性を有していることを
説明した。
次に,マトリックスコンバータについて,その主回路構成を明らかにした。双方向
スイッチの構成例を示し,それぞれの特徴について説明した上,双方向スイッチの転
流の手順を述べた。また,マトリックスコンバータの構成上,ダイオードクランプ回
路の必要性について述べた後,クランプ回路の構成例を挙げた。さらにマトリックス
コンバータの主な制御法として,Veturini 方式と間接空間ベクトル変調法,3 相 PWM
サイクロコンバータ変調法について概説し,今までの研究の動向を述べた。
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