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拡大する世界のクロスボーダーM&A市場

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拡大する世界のクロスボーダーM&A市場
2006 年 11 月 21 日発行
拡大する世界のクロスボーダーM&A市場
―市場の構造分析とマーケット及び
企業経営へのインプリケーション―
[本誌に関するお問い合わせ先]
みずほ総合研究所株式会社 調査本部 金融調査部
上席主任研究員 長谷川克之
[email protected]
TEL(03)3201-0558
要旨
1.
日本でも伝統的な内部成長モデルにのみ依存するのではなく、M&A を活用した成長戦
略を志向する動きが拡がりつつあるが、日本の M&A 市場はグローバルに見ても、また
日本の経済規模や株式市場規模との比較でも未だ小さい。
2.
世界の M&A 市場は、過去のピークである 2000 年の水準に迫る勢いで拡大しており、
その中で国境を跨ぐクロスボーダーM&A が活発化している。クロスボーダーM&A の
M&A 市場全体に占めるウェートは 4 割弱にまで達しており、過去最高となっている。
3.
クロスボーダーM&A 市場の拡大は①同一地域内での M&A と②地域を跨いだ M&A の
双方の拡大によってもたらされている。地域内 M&A では西欧市場が最大であり、世界
のクロスボーダーM&A の約 3 割、地域内 M&A の約 7 割を占めている。また、アジア
(除く日本)でも地域内の M&A がダイナミックに展開されており、アジアの M&A 市
場拡大に貢献している。
4.
地域を跨いだ地域外 M&A に係わるマネーフローを見ると、2000 年には西欧を中心に
世界の企業が米国に対して投資する「米国一極集中型」の M&A 構造であったが、最近
は米国・西欧間だけではなく、アジア、東欧、中南米、中東・アフリカ、太平洋間も
加えて、地域を跨いだ M&A がグローバルに展開される「分散型」の M&A 構造となっ
ている。また、BRICs諸国でも内外型、外内型の M&A がともに拡大している。こ
の構造変化の中で対米国の M&A が減少したことが対ユーロでのドル下落の一因とな
っている可能性がある。但し、足元では対米国の M&A に回復の兆しがあることには為
替動向を見る上では留意したい。
5.
日本については、完了案件で見たクロスボーダーM&A ランキング(2005 年)を見ると
内外型でノルウェーに次ぐ第 18 位、外内型でブルガリアに次ぐ第 37 位に留まってい
る。世界各地でクロスボーダーM&A がダイナミックに展開されている市場構造の中で
日本はやや取り残されている感すらある。
6.
但し、日本の内外型の M&A は企業のグローバル戦略再構築の動きの中、上向きに転じ
ている。今後は、クロスボーダーM&A は買収プレミアムが高くなる傾向があること、
M&A 市況のサイクルが既に成熟期に入っているとみられること等にも留意した上で
経営の舵取りが必要である。一方、外内型の M&A については依然として低調であり、
今後は一段の活発化も望まれる。
(金融調査部
長谷川克之)
【目次】
1. はじめに····································································································· 1
2. 世界のM&A市場の概観 ················································································· 1
3. 世界のクロスボーダーM&A市場の地域分析 ······················································ 3
(1) 世界各国のクロスボーダーM&A ·································································· 4
(2) 地域内クロスボーダーM&Aと地域外クロスボーダーM&A ······························· 5
(3) 世界の主要地域のクロスボーダーM&A ························································· 7
a. 西欧での地域内クロスボーダーM&A ························································· 7
b. アジア(除く日本)での地域内クロスボーダーM&A ···································· 8
c. BRICs諸国のクロスボーダーM&A ···························································10
d. 日本のクロスボーダーM&A ···································································· 11
(4) 地域外クロスボーダーM&Aから見たマネーフロー ·········································12
4. 案件タイプから見た世界のクロスボーダーM&A市場········································· 17
(1) 業種別内訳······························································································17
(2) フィナンシャルバイヤーによるM&A ···························································18
(3) 株式交換比率···························································································19
(4) 敵対的買収案件························································································20
5. マーケット及び企業経営へのインプリケーション ············································· 21
(1) 為替市場への影響·····················································································21
(2) 企業経営とマーケットへのインプリケーション ·············································23
a. M&Aは企業価値向上に繋がるか ······························································23
b. クロスボーダーM&Aのリスクの所在 ························································24
c. M&A市況のサイクルにも留意の必要 ························································26
d. クロスボーダーM&Aと株式交換 ······························································29
6. 最後に ····································································································· 29
1. はじめに
日本企業でも伝統的な内部成長モデルにのみ依存するのではなく、M&A(合併・買収)
を活用した成長戦略を志向する動きが徐々に拡がりつつある中で、日本のM&A市場は拡
大基調にある。日本企業が関わるM&A件数は 2005 年には約 2,700 件、公表金額は約 12 兆
円となり、件数では過去最高を更新し、金額でも 04 年に次ぐ高水準となった 1 。本年につい
ても、1-9 月期の実績では件数、金額ともに昨年を上回る勢いでの市場拡大が続いている。
目を海外に転じると、世界の M&A 市場は、世界経済の持続的な回復、良好な資金調達環
境の下での各国企業による事業ポートフォリオ再構築の積極化から活況を呈しており、業
界再編がグローバルかつダイナミックに進展している。本稿では、まず、世界の M&A 市場
について概観した上で、最近拡大しているクロスボーダーM&A、すなわち、国境を跨ぐ
M&A に焦点をあてて、その地域面での特性や幾つかの視点から見た案件タイプの特長を分
析、検証することとする。本稿ではグローバルなクロスボーダーM&A 市場の構造を分析す
ると同時に、マーケットやマネーフローへの影響、今後一層のグローバル化進行が見込ま
れる企業経営へのインプリケーションについても考察してみたい。
2. 世界の M&A 市場の概観
世界のM&A市場の規模は 2005 年には件数で 33,000 件弱、公表金額では約 2.7 兆ドル(≒
310 兆円、@115 円)となっており、2004 年から 4 割弱の伸びを記録した 2 。今年に入って
も市場拡大が続いており、1-10 月期の実績では前年同期比 3 割を超える伸びとなっている。
現状の勢いが持続すれば、2006 年通年では、ITバブルに沸く好況の下で通信・金融・薬
品等の業種で大型M&A案件が続出し過去最高のM&A金額を記録した 2000 年時の水準を
更新する公算が高い(図表1) 3 。
M&Aは世界的に拡大しているが、地域別に見ると、とりわけ域内での再編が進む欧州市
場の拡大が顕著である。世界のM&A市場に占めるウェートを見ると、欧州市場は 1995 年の
28%から 2005 年には 37%にまで増大している 4 。一方、この間、米国のウェートは 56%か
ら 42%にまで低下しており、欧米間の市場規模格差は縮小している。今年の 1-10 月期では
欧州市場の規模は僅かではあるが米国市場を上回るに至った。尚、日本市場については上
1
2
3
4
株式会社レコフ発行の「MARR」による。尚、本計数はグループ内での再編を含んでいない。
Thomson Financialによる公表データに基づく。尚、M&A金額には様々な概念があり、本稿では同社が発
表しているRank Value若しくはTransaction Valueを用いて当総研が集計。
一部には「本年のM&A金額は既に 2000 年の水準を上回り過去最高」との報道も存在する。Thomson
Financial資料に基づく当社集計でも、11 月 20 日現在で本年のM&A金額は約 3.2 兆ドルであり、2000
年の約 3.4 兆ドルを更新する公算が高い。
中東欧を含むベースでの計数。
1
述の通り拡大基調にはあるものの、2005 年の世界のM&A市場におけるウェートは 2005 年
には約 6%にしか過ぎず、本年 1-10 月期も約 3%に留まっている。 5
図表 1
世界の M&A 金額及び地域別ウェート(下)の推移
(買収対象企業の所在地ベース)
(10億㌦)
4,000
3,500
3,000
(千件)
その他
アジア(除く豪州)
日本
欧州
米国
件数(右目盛)
40
35
30
2,500
25
2,000
20
1,500
15
1,000
10
500
5
0
0
91 92 93 94 95 96 97 98
99 00
01 02 03 04 05
05/ 06/
1-101-10
70%
60%
50%
40%
米国
欧州
30%
20%
10%
0%
日本
アジア(除く
豪州)
91 92
93
94 95 96 97 98
99
00 01 02
(注)公表(announced)ベース
(資料)Thomson Financial
03 04 05
05/ 06/
1-101-10
名目GDPや株式市場時価総額から見た場合、世界の中での日本のウェートが約 10%で
あることを勘案すれば、日本の M&A 市場は世界の中では未だ小さいと言える。また、それ
ぞれの国、地域の経済規模や株式市場規模との比較においても、日本の M&A 市場は未だ小
さい。米国、西欧の M&A 市場規模は株式市場時価総額に対する比率で見ると、年によって
振れはあるものの概ね約 7~8%となっているのに対して、日本では 3%前後に留まってい
る。
5
ここでは対象企業の所在地をベースとして便宜的にその国、地域のM&Aとして捉えており、日本から海
外へのM&A(いわゆる内外型のM&A)については日本企業を対象としたM&Aには含まれていない。前
項の通りレコフのデータでは日本の内外のM&Aを日本企業関与のM&Aとしているために 2006 年は前
年同様の金額となっているが、Thomson Financialによる対象企業ベースの集計では 2006 年の日本の
M&Aは前年から落ち込んだ結果となっている。
2
図表 2
日米欧の M&A 金額の株式市場時価総額に対する比率
18%
米国
西欧
日本
16%
14%
12%
米国、西欧での'95~
'05年の平均:約8%
10%
8%
6%
4%
2%
0%
1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006
(注) 2006 年の M&A 金額は 11/9 までの実績。時価総額については、米国、西欧は 11/8、日本は 11/9 時点
(資料)Thomson Financial、World Federation of Exchanges, Bloomberg よりみずほ総合研究所作成
3. 世界のクロスボーダーM&A 市場の地域分析
このように世界的に M&A 市場が拡大している中での特徴の一つはクロスボーダーのM&
A、即ち、国境を跨いだM&Aが活発化しつつあることである。図表 3 は世界のM&A案
件の内、クロスボーダーのM&Aを抽出し集計したものであるが、国境を跨いだ形でグロ
ーバルに業界再編が進んでいること、また、各国企業が M&A を積極的に活用させながらグ
ローバル展開を図っていることなどから、クロスボーダーM&Aの金額は増加傾向にある。
世界の M&A 市場全体に占めるクロスボーダーM&A の比率を見ると、本年 1-10 月実績で約
36%であり、1999 年から 2000 年にかけてクロスボーダーM&A が活発化した際の水準を上
回り、過去最高水準に達している。
図表 3
世界のクロスボーダーM&A 金額及び M&A 市場全体に対するウェート
(10億ドル)
1200
40%
クロスボーダー案件
1100
クロスボーダー比率(右目盛)
1000
900
30%
800
700
20%
600
500
400
10%
300
200
100
0%
1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006
(注) 2006 年は 10 月末までの実績
(資料)Thomson Financial よりみずほ総合研究所作成
3
このようにクロスボーダーM&A 市場が拡大しているが、どういう地域の、どういうタイ
プのクロスボーダー案件が増えているのだろうか。以下ではクロスボーダーM&A 案件を国、
地域、業種、案件タイプ等幾つかの観点から分析を進めていきたい。
(1) 世界各国のクロスボーダーM&A
まず、世界各国のクロスボーダーM&A金額を見ると、日本は外内型(海外企業による自
国企業へのM&A)では非常に低調であり、内外型(自国企業による海外企業へのM&A)で
も諸外国との比較では決して活発とは言えない。UNCTAD(国連貿易開発会議)の「World
Investment Report 2006」によれば、2005 年の完了ベースの実績では外内案件、内外案件
ともに上位は米国及び西欧諸国が占めており、日本は外内案件ではブルガリアに次ぐ第 37
位、内外案件ではノルウェーに次ぐ第 18 位に留まっている 6 。
図表 4
世界の各国のクロスボーダーM&A ランキング(上位 40 カ国、2005 年完了ベース)
【外内 M&A(海外⇒国内)】
【内外 M&A(国内⇒海外)】
英国
米国
米国
オランダ
ドイツ
英国
イタリア
フランス
フランス
ドイツ
オランダ
カナダ
イタリア
オーストラリア
スペイン
スペイン
トルコ
カナダ
オーストリア
チェコ
エジプト
スウェーデン
スウェーデン
スイス
デンマーク
香港
デンマーク
香港
中国
ルクセンブルグ
ルクセンブルグ
トルコ
ノルウェー
ノルウェー
ベルギー
スイス
日本
南アフリカ
シンガポール
ロシア
インドネシア
ベルギー
韓国
バミューダ
インドネシア
ウクライナ
オーストリア
コロンビア
アラブ首長国
中国
オーストリア
ブラジル
シンガポール
クウェート
ブラジル
アイルランド
インドネシア
フィンランド
メキシコ
ニュージーランド
ケイマン
メキシコ
ハンガリー
インド
フィンランド
アルゼンチン
ロシア
アルゼンチン
アイスランド
ブルガリア
マレーシア
フィリピン
日本
イスラエル
エストニア
ニュージーランド
アイルランド
バミューダ
イスラエル
ポーランド
-
20
40
60
80
100
120
140
160
180
200
0
20
40
60
( 10億ドル)
80
100
120
140
160
( 10億ドル)
(資料)UNCTAD“World Investment Report 2006”よりみずほ総合研究所作成
6
UNCTADのデータもThomson Financialのデータを基に集計(但し、案件完了ベースの金額)。本稿で
は市場のトレンドを見るために特段の記載がない限り、金額は案件発表ベースの数字。
4
(2) 地域内クロスボーダーM&A と地域外クロスボーダーM&A
クロスボーダーのM&Aは、同一地域の中の案件(以下、地域内M&A案件。例えば、ド
イツ企業とスペイン企業のM&Aのように欧州という同一地域の中の案件)と地域を超え
た案件(地域外M&A案件。例えば、ドイツ企業と米国企業のM&Aのように地域を跨い
だ案件)に分けることができる。本稿ではやや乱暴ではあるが、世界を西欧、中東欧、北
米、中南米、日本、アジア(日本を除く)、中東・アフリカ、太平洋(豪州、ニュージーラ
ンド等)の 8 地域に分け、世界のクロスボーダーM&A案件を地域内M&A案件と地域外
M&A案件に分類してみることとする。
図表 5
クロスボーダーM&A
(国境を跨いだM&A)
クロスボーダーM&A の分類
地域内M&A
(地域内でのクロスボーダーM&A)
地域外M&A
(地域を跨いだクロスボーダーM&A)
同一国内M&A
近年のクロスボーダーM&A の推移を地域内M&A案件、地域外M&A案件に分けて見る
と、地域内案件、地域外案件ともに 1999~2000 年をピークとして一旦落ち込んだものの 2002
~2003 年をボトムに回復傾向にある。足元では地域内 M&A の拡大ペースの方がやや速く、
地域内 M&A 案件がクロスボーダーM&A案件全体に占めるウェートは約 5 割となっている。
最近の地域内 M&A の拡大は後述するように西欧での域内 M&A の拡大によるところが大き
い。
図表 6
世界のクロスボーダーM&A:地域内及び地域外案件金額の推移
(10億ドル)
1200
地域内M&A
地域外M&A
1000
800
600
400
200
1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006
(注) 2006 年は 10 月末までの実績
(資料)Thomson Financial よりみずほ総合研究所作成
5
このように地域内 M&A は世界のクロスボーダーM&A(ひいては世界の M&A)の中で
相応のウェートを有している。一つの経済圏としての纏まりを強めつつある西欧について
は地域内 M&A が拡大することはある意味では自然なこととも考えられる。そこで、世界各
地域の M&A 市場における地域外 M&A 市場のウェート、すなわち、各地域の企業を対象と
する全ての M&A の中での地域外からの外内型 M&A のウェートの推移を見たのが図表7で
ある。総じて北米、西欧、日本といった先進国地域では地域外 M&A の比率は低く、一方、
途上国地域では地域外 M&A の比率が高い傾向がうかがえる。高い成長が見込まれる途上国
地域では域外からの M&A 形態での進出が盛んであることを反映しているものと考えられ
よう。
地域外 M&A 比率は年によって振れはあるものの、2003 年以降は概ね上昇傾向にあり、
地域を跨いだ M&A がより活発化していると言える。但し、2006 年については欧州のみな
らず、アジアや中南米地域でも地域外 M&A のウェートが低下しており、地域内での業界再
編が進んでいることを示唆している。
日本については、地域外 M&A 比率が世界の諸地域の中で最も低く、西欧や北米と比べて
も一段と低い水準にあり、日本企業に対する M&A は国内企業同士の案件が中心となってい
ることを物語っている。
図表 7
各地域の企業を対象とする M&A に占める
地域外 M&A 比率(金額ベース)の推移
50%
40%
90%
西欧
北米
日本
80%
70%
アジア
太平洋
中東
中南米
東欧
60%
30%
50%
40%
20%
30%
20%
10%
10%
0%
0%
1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006
1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006
(注) 2006 年は 10 月末までの実績
(資料)Thomson Financial よりみずほ総合研究所作成
6
(3) 世界の主要地域のクロスボーダーM&A
a.
西欧での地域内クロスボーダーM&A
欧州での地域内M&Aについて、EU 15 カ国間及び経済的関係の強いスイス、ノルウェー
の 2 カ国を加えた西欧 17 カ国間の地域内クロスボーダーM&Aを集計したのが図表 8 である。
通信の大口案件 7 で市場が沸いた 1999 年の水準には未だ及ばないものの、近年急拡大してい
ることがわかる。本年についても電力業界でのドイツ大手のイーオンによるスペイン大手
のエンデサ買収(案件金額約 470 億ドル)、鉄鋼業界でのオランダ国籍のミタル・スチー
ルによるルクセンブルグ国籍のアルセロール買収(案件金額約 364 億ドル)をはじめ、幅
広い業種において大口の再編案件が続出している。西欧の地域内クロスボーダーM&Aは世
界のクロスボーダーM&A合計額の約 3 割、地域内M&A合計額の約7割のウェートを占める
に至っており、世界のクロスボーダーM&A拡大の牽引役となっている。
図表 8
西欧 17 ヶ国(EU 15+スイス+ノルウェー)間の地域内クロスボーダーM&A 金額推移
(10億ドル)
600
90%
地域内M&A
対世界の地域内M&A比率
対世界のクロスボーダーM&A比率
400
60%
200
30%
0%
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
(注) 2006 年は 10 月末までの実績
(資料)Thomson Financial よりみずほ総合研究所作成
欧州域内でのクロスボーダーM&Aの活発化は、各国内におけるナショナルチャンピオン
の座を巡る再編の段階から、欧州域内でのEUチャンピオン若しくはグローバルチャンピ
オンを目指す再編を志向する段階にステージが移りつつあることを示唆している。経済統
合による単一市場の形成、通貨統合による金融・通貨面での一体化、国際会計基準(IF
RS)導入による会計面での共通化等によって域内でのM&A活発化に向けた下地が整いつ
7
英国の Vodafone AirTouch PLCによるドイツのMannesmann AG買収(1999 年 11 月発表、2000
年 6 月完了、案件金額 2,028 億ドル)は世界のM&Aの金額ランキングで今なおトップの案件であ
る。
7
つあることに加えて、欧州委員会が欧州企業の競争力を強化させることを企図してM&Aを
奨励する立場を貫いていることも市場の拡大に寄与しているものと考えられる。欧州委員
会が企業買収に関する統一的なルールの作成を試みて最初に指令草案を発表したのは 1989
年に遡る。その後、指令の修正が幾度も繰り返された末、2004 年 4 月にEU第 13 指令が成
立した。同指令では各国の選択に委ねる形にはなっているものの、買収防衛策を厳しく制
限する内容になっている 8 。欧州委員会は当初は敵対的買収に対する防衛策を原則として禁
止した、より厳格な案を提示したものの、加盟各国の激しい反対に合い現行の内容に修正
を余儀なくされたとされる(早川 2005、Leaders2006)。
最近の欧州域内での大型の敵対的買収案件では被買収国側の政府と欧州委員会の激しい
「バトル」が展開されるケースが多い。例えば、上述のドイツのイーオンによるスペイン
のエンデサの買収ではスペイン政府が買収に反対を表明した。また、オランダのミタル・
スチールによるルクセンブルグのアルセロール買収ではルクセンブルグ首相、フランス大
統領が買収に反対した。しかし、何れのケースにおいても欧州委員会は加盟国政府等の外
国企業による敵対的買収への反対姿勢に批判的な姿勢を採り、最終的には株主の支持を受
ける形で買収が成立している。
b.
アジア(除く日本)での地域内クロスボーダーM&A
アジアは西欧と比べると、各国の経済の発展段階に格差があり、地域経済圏としての結
合状況も相対的に低いが、アジアの地域内 M&A も拡大傾向にある(図表 9)。
図表 9
アジア域内での地域内クロスボーダーM&A 金額推移
(10億ドル)
60
50
40
30
20
10
1998 1999 2000 2001
2002 2003 2004 2005 2006
(注) 2006 年は 10 月末までの実績
(資料)Thomson Financial よりみずほ総合研究所作成
8
EUにおける「指令」は法的拘束力を持つ「規則」と異なり、加盟国に対して達成すべき内容を示した上
で、実際の適用については加盟国が国内法を整備することに委ねるものである。
8
最近の主な案件としてはシンガポールの港湾管理会社PSAによる香港の複合企業ハチ
ソン・ワンポアの港湾事業子会社への出資(2006 年 4 月、約 44 億ドル)、シンガポール
の政府系投資会社テマセックによるタイの複合企業シン・コーポレーションへの出資(2006
年 1 月、約 37 億ドル)、韓国の携帯電話大手SKテレコムの中国第二位の中国連合通信(チ
ャイナユニコム)への出資(2006 年 6 月、10 億ドル)等がある。尚、買収企業、被買収企
業の所在地の組み合わせとしては香港企業による中国企業への M&A、シンガポール企業に
よる香港企業への M&A、シンガポール企業の中国企業への M&A などが多い。
1999~2000 年と 2005~2006 年(10 月末迄)の案件について業種別内訳を見たのが図
表 10 である。2000 年はチャイナ・テレコム(香港)による中国本土での携帯電話事業買
収などの巨額案件の影響が大きかったが 9 、2005 年以降では金融、産業一般、通信、生活必
需品等、業種に拡がりが見られる。
アジア(除く日本)の M&A 市場は各国の国内市場も含めれば日本の M&A 市場の規模を
既に上回っている(対象企業ベース)。その背景には各国国内での M&A や域外からの M&A
の増大だけではなく、地域内でもダイナミックに M&A が展開されていることも寄与してい
る。
図表 10 アジアの地域内 M&A の業種別金額シェアの変化
60%
56%
【1999-2000 年】50%
40%
30%
13%
20%
10%
1%
5%
5%
0%
5%
4%
3%
0%
3%
3%
0%
0%
30%
【2005-2006 年】
26%
25%
17%
20%
15%
3%
1%
12%
7%
10%
5%
13%
7%
0%
1% 5%
6%
2%
金
政 融
府
機
関
ヘル
スケ
ア
ハイ
産 テク
業
一
般
メテ 素
゙ィア 材
・娯
楽
不
動
産
生 小
活 売
必
需
品
通
信
一
般
消
費
財
エネ ・サ
ルキ ーヒ
゙ー ゙ス
・電
力
0%
(注) 2006 年は 10 月末までの実績
(資料)Thomson Financial よりみずほ総合研究所作成
9
中国と香港は統計上引き続き異なる国として認識されており、例えば香港企業による中国本土企業の買
収はクロスボーダー案件として分類している。
9
c.
BRICs 諸国のクロスボーダーM&A
近年著しい成長を遂げ、BRICs諸国として注目度も高まっているブラジル、ロシア、
インド、中国でもクロスボーダーM&A は内外型と外内型の双方で拡大傾向にある(図表
11)。
外内案件については、90 年代後半から 2000 年にかけて、高水準の対BRICs諸国の
M&A が見られたが、その中心はブラジルと中国であった。2000 年には、ブラジルではス
ペインの大手通信テレフォニカによるサンパウロ・テレコムへの出資(102 億ドル)、同じ
くスペインの大手銀行バンコ・サンタンデール・セントラル・イスパノによるサンパウロ
州立銀行買収(36 億ドル)等によって、中国では先述のチャイナテレコム(香港)の対中投
資案件により、外内 M&A が拡大した。最近はブラジル、中国に加えて、インドやロシアに
おいても外内型の M&A が拡大しているのも特徴的である。対インドではハイテク関連企業
への投資が目立っており、また、対ロシアではエネルギー、金融分野への投資が増えてい
る。
一方、内外案件については、BRICs の高成長、経済力の高まりを映じて、2004 年以降、
内外型 M&A の拡大が顕著である。ブラジルでは国営石油会社のペトロブラスや鉄鉱石最大
手のリオドセ(CVRD)、中国では中国石油化工(シノペック)や中国海洋石油(CN
OOC)、インドではインド国営石油天然ガス会社(ONGC)、ロシアでは民間石油最
大手のルクオイル(Lukoil)等、資源関連企業による内外型 M&A が目立っており、BRI
Cs諸国の内外型 M&A の約 6 割でエネルギー及び素材関連業種の企業が買い手となって
いる。
図表 11
BRICs 諸国のクロスボーダーM&A 金額の推移
(10億ドル)
60
中国
インド
ロシア
ブラジル
50
40
30
20
内
外
案
件
10
-10
-20
外
内
案
件
-30
-40
-50
-60
-70
-80
-90
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
(注) 2006 年は 10 月末までの実績
(資料)Thomson Financial よりみずほ総合研究所作成
10
2005
2006
このような、BRICs諸国からの資源関連分野での積極的な海外へのM&A展開は一部で
は軋轢も生んでいる。2005 年 6 月の中国海洋石油(CNOOC)による米石油大手ユノカ
ルへの買収提案(金額約 185 億ドル)では、米国政府、議会において国家安全保障の観点
から強い反対論が浮上し中国脅威論が高まった。その結果として中国海洋石油は買収を断
念し、ユノカルは国内同業のシェブロンに買収されるに至った。また、ブラジルのリオド
セによるカナダのニッケル最大手のインコ社買収(2006 年 8 月発表、金額 173 億ドル)で
は、インコ社を巡って、米銅大手フェルプス・ドッジによるインコ社及びカナダのニッケ
ル第 2 位のファルコンブリッジの 3 社合併提案(そのファルコンブリッジに対してはスイ
スの資源大手エクストラータが買収を提案)、カナダの鉱業大手テック・コミンコによる
インコ社に対する敵対的買収提案が競合し錯綜した展開となったが、最終的にリオドセの
敵対的買収提案が買収価格面で優位となりインコ社争奪戦をものにした。リオドセの買収
提案は錯綜した買収合戦の中での敵対的な買収提案であったこと、中南米企業による買収
としては過去最大級の規模であったこと等もあり、カナダ国内でも物議をかもした。 10
d.
日本のクロスボーダーM&A
最後に日本のクロスボーダーM&A について整理してみたい。国内の景気回復・拡大が持
続し、業績も好調に推移する中、日本企業も攻めの経営姿勢に転じ、内外型の M&A も拡大
しつつある。米国、欧州、アジア等多方面に対する案件が見られ、日本企業がグローバル
戦略を再構築しつつある様子がうかがえる。今年 10 月末時点で昨年1年間とほぼ同程度の
案件金額となっているものの、2000 年のピーク時の水準と比べると未だ低い。
一方、外内型のM&Aについては金額で見ると総じて低調と言える。この背景には 99 年
の大手自動車会社や破綻金融機関に対する出資案件、2000 年、2001 年の通信分野での出資
案件のような大口案件が最近ではやや途絶え気味であることが影響している。但し、外内
型M&A件数では、金額で見るほどの落ち込みは見られず、2001 年以降はほぼ横這い圏内で
推移している。また、件数ベースでは、アジアからの案件も相応に存在することがわかる。
11
10
BRICs諸国の事例ではないが、オイルマネーに潤う中東からの外内M&A案件でも軋轢を生む事例も散見
される。アラブ首長国連邦(UAE)の港湾管理会社であるドバイ・ポーツ・ワールド(DPW社)が米
国の主要 6 港を管理する英国P&O社の買収案を発表した際(2005 年、68 億ドル)、米国議会、世論で
激しい反発を呼んだ。DPW社はP&O社を買収したものの、米国議会、世論に配慮し、米港湾施設管
理業務を米企業に移管するに至った。
11 最近の外内型M&A案件には中国、ブラジルといったBRICs諸国からの案件も見られるようになってい
る。中国の太陽電池メーカー大手のサンテックは日本の太陽電池モジュールメーカーに対する出資を発
表している(2006 年8月)。また、報道ベースではブラジル国営石油会社ペテロブラスが米エクソンモ
ービル系の国内石油会社を買収する意向であると伝えられている(2006 年9月)。
11
図表 12 日本のクロスボーダーM&A 金額推移
図表 13 日本の外内 M&A 件数の推移
(10億ドル)
(件)
40
180
160
30
西欧
北米
アジア
その他
140
20
内
外
案
件
10
120
100
80
外
内
案
件
-10
60
40
-20
20
-30
0
1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006
(注) 2006 年は 10 月末までの実績
NTT、JR 東日本、JR 西日本、電源開発、JTの
政府保有株放出案件は除く
(資料)Thomson Financial よりみずほ総合研究所作成
1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006
(注) 2006 年は 10 月末までの実績
(資料)Thomson Financial よりみずほ総合研究所作成
(4) 地域外クロスボーダーM&A から見たマネーフロー
まず、地域外クロスボーダーM&A の推移を被買収企業の地域から見たのが、図表 14 で
ある。1999~2000 年時には北米地域の企業がターゲットとなるウェートが 6 割弱と圧倒的
に高かったものの、その後は北米のウェートが低下する一方、西欧、東欧、アジア、太平
洋、中東・アフリカ等のウェートがやや高まっている。尚、2006 年については西欧のウェ
ートがやや低下する一方、米国のウェートがやや上昇している。
図表 14 地域外クロスボーダーM&A 金額の推移(左)と地域別金額シェア(右)の推移
(10億ドル)
700
100%
西欧
太平洋
東欧
600
北米
中東
日本
アジア
中南米
80%
500
日本
60%
400
東欧
中南米
300
40%
中東
200
太平洋
アジア
20%
100
北米
西欧
1998
1999
2000 2001
2002
2003 2004
2005
0%
2006
1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006
(注) 2006 年は 10 月末までの実績
(資料)Thomson Financial よりみずほ総合研究所作成
12
次に、地域外クロスボーダーM&A に係わる地域間のマネーフローの変化を 2000 年と最
近(2005 年及び 2006 年)で比べてみたい。図表 15、16、17 は上述した世界の 8 地域間
の地域外 M&A のマネーフローを示したものである。
地域外 M&A がピークを記録した 2000 年においては 3000 億ドル近い巨額の M&A が西
欧から北米に対して実施されたことが特筆され、極論すれば北米一極集中型の構造であっ
たとも言える(図表 15)。この背景には米国で「ニューエコノミー」論が喧伝され、米国
企業の高い生産性に魅せられて多くの海外企業が積極的に米国に投資を実施したことが挙
げられる。2000 年の大口案件としてはドイツテレコムの米国ボイスストリーム買収(294
億ドル)、フランスのコングロマリットであるビベンディによるカナダの醸造・娯楽大手
のシーグラム買収(404 億ドル)がある。また、日本企業でも通信、携帯電話等の大手企業
が積極的に米国、欧州の大手企業に対して出資する動きが見られた。また、北米から西欧
に対しても 800 億ドルを超える M&A がなされた。西欧と北米での双方向での大型 M&A
が展開され、ネットでは大幅な対米投資超過となったことが特徴的である。
2005 年の地域外 M&A の構造を見てみると、北米と西欧間の M&A が最も大きいことに
は変わりはないが、2000 年との比較では西欧から北米への M&A が激減しており、北米・
西欧間の M&A 金額をネットアウトすると、北米から西欧への投資超となっている(図表
16)。西欧や北米からアジアへの M&A、西欧から東欧への M&A も大きく拡大している。
世界の成長センターであるアジアに対する欧米企業の積極的な M&A が目立っており、また、
中東欧諸国の新規加盟によりEUが拡大する中、西欧から中東欧への M&A も拡大している。
加えて、原油価格の高騰に伴いオイルダラーに沸く中東からの M&A も西欧向けを中心に拡
大している。このように 2005 年の地域外クロスボーダーM&A は 2000 年の北米一極集中
型からグローバルに分散した構造に変化していると言えよう。一方、日本については、途
上国も含めて世界の各地域の企業が多面的にクロスボーダーM&A を展開する動きからや
や取り残されている感もある。先述したように、日本の対外 M&A は回復傾向にはあるもの
の、その絶対額は他地域と比べれば依然として小さく、対日 M&A 金額も非常に僅かなもの
に留まっている。
2006 年についても 10 月末までの実績を見ると、2005 年と概ね同様の特徴がうかがえる
(図表 17)。但し、2005 年との比較では西欧から北米への M&A が回復を示しており、2000
年の水準からは未だ程遠いものの、北米から西欧への M&A を上回っている。各地域間の
M&A は一段と活発化しつつあり、中南米から北米・太平洋への M&A、中東欧から中東・
アフリカへの M&A など、以前には見られなかった、若しくは僅少であった地域間の M&A
も拡大しており、地域外 M&A は一段と拡がりをみせている。
13
図表 15 世界の地域外 M&A の構造(2000 年)
17
5
2
中東欧
13
83
2
西欧
北米
5
297
14
1
12
日本
8
3
7
3
10
4
3
アジア
3
中東・アフリカ
49
中南米
4
4
10
太平洋
2
1
14
3
14
6
(注)単位は 10 億ドル
1 億ドル未満は省略
1 億ドル以上5億ドル未満は点線
5 億ドル以上 10 億ドル未満は細線
10 億ドル以上は太線で表記
(資料)Thomson Financial よりみずほ総合研
究所作成
図表 16 世界の地域外クロスボーダーM&A の構造(2005 年)
4
1
4
中東欧
35
5
96
西欧
北米
75
4
4
2
1
12
18
19
日本
6
3
4
33
7
9
1
アジア
1
8
12
中東・アフリカ 2
3
2
中南米
1
太平洋
18
1
1
11
15
3
(注)単位は 10 億ドル
1 億ドル未満は省略
1 億ドル以上5億ドル未満は点線
5 億ドル以上 10 億ドル未満は細線
10 億ドル以上は太線で表記
(資料)Thomson Financial よりみずほ総合研
究所作成
図表 17 世界の地域外クロスボーダーM&A の構造(2006 年 1-10 月)
7
2
4
中東欧
22
1
91
1
西欧
北米
124
3
12
4
1
2
日本
8
5
12 6
9
21
10
8
アジア
9
2
4
中東・アフリカ 4
18
2
5
中南米
12
11
1
12
16
9
太平洋
1
(注)単位は 10 億ドル
1 億ドル未満は省略
1 億ドル以上5億ドル未満は点線
5 億ドル以上 10 億ドル未満は細線
10 億ドル以上は太線で表記
(資料)Thomson Financial よりみずほ総合研
究所作成
4. 案件タイプから見た世界のクロスボーダーM&A 市場
次に世界のクロスボーダーM&A の最近の案件の特徴を、業種や買い手の特徴、交換対価
等、幾つかの観点で見ていきたい。
(1) 業種別内訳
クロスボーダーM&A 案件をターゲット企業の業種で見ると、前回クロスボーダー案件比
率が高まった 1999 年~2000 年は、通信が圧倒的なウェートを占めている。欧州での通信
自由化(98 年)を受けた動きや世界的なITブームの中で、通信分野の M&A が活況を呈し
た。一方、2005 年以降については、クロスボーダーM&A が素材、金融、エネルギー・電
力、通信、ヘルスケア、不動産等幅広い分野で活発に展開されており、業種の拡がりが見
られる(図表 18)。
図表 18 クロスボーダーM&A の業種別金額シェアの変化
40%
33%
【1999-2000 年】
30%
20%
9%
10%
13%
8%
3%
0%
7%
8%
5%
7%
2%
2%
2%
0%
20%
【2005-2006 年】
14%
15%
15%
15%
11%
10%
10%
5%
7%
3%
5%
6%
0%
7%
2%
4%
一
般
消
金
政 融
府
機
関
ヘル
スケ
ア
ハイ
産 テク
業
一
般
素
メテ
゙ィア 材
・娯
楽
不
動
産
生 小
活 売
必
需
品
通
信
費
財
エネ ・サ
ルキ ーヒ
゙ー ゙ス
・電
力
0%
(注) 2006 年は 10 月末までの実績
(資料)Thomson Financial よりみずほ総合研究所作成
17
(2) フィナンシャルバイヤーによる M&A
M&A は買い手の特性により、通常の企業が経営戦略の一環として行なうもの(ストラテ
ジック・バイヤーによる M&A)とファンド等の投資家グループが金融目的で投資戦略の一
環として行なうもの(フィナンシャルバイヤーによる M&A)に分けられる。
クロスボーダーM&A に限らず、近年、未公開株式への投資や公開株式取得後に非公開化
を行うプライベート・エクイティ(PE)ファンドの M&A が活発化しつつあり、その背景に
はPEファンドの潤沢な資金力がある。欧米の大手PEハウス、投資銀行等では 100 億ド
ルを超えるメガファンドの設定も相次いでおり、PEファンドの大型化が進んでいる。2005
年のグローバルなファンド募集額は過去最高水準に達した模様だ。PEファンドは借入金
を活用して自己資金の数倍の投資を行なうことが一般的であるため、実際の投資可能額は
募集額よりもはるかに大きい。世界のM&A金額の中で、PEファンド等のいわゆるフィ
ナンシャルバイヤーが買い手となった案件のウェートは図表 19 の通り、約 2 割に達してお
り、M&A市場でのファンドのプレゼンスの高まりがうかがえる。グローバルなPEファ
ンドの投資余力(即ち、募集は終了しているが、投資は未実施で待機)はそのレバレッジ
も勘案すれば 1 兆ドルを超えているとの見方があり、極論すれば、PEファンドにとって
は大手の上場企業であっても買収できないということはなくなってきている。
図表 19
PE ファンド等による M&A 金額推移
図表 20 クロスボーダーM&A における PE フ
(M&A 市場全体)
ァンド等の買い手比率(金額ベース)推移
(10億ドル)
20%
25%
500
その他
日本
アジア
欧州
北米
450
400
18%
16%
20%
14%
350
12%
15%
10%
8%
10%
200
6%
150
4%
5%
100
50
2%
0%
(注)2006年は10月末までの実績
(資料)Thomson Financial
(資料)Thomson Financial
18
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
(注)PEファ ン ド等によ る フィナン シャルバイ ヤーによ る M&A金額。2006年は9/30までの実績
1998
1995
1988
1989
1990
1991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
0%
1997
250
M&A市場全体
に占める
ウェート
1996
300
図表 20 は世界のクロスボーダーM&A について買い手がフィナンシャルバイヤーの案
件のウェートを見たものであるが、クロスボーダー案件の 2 割弱を占めていることがわか
る。最近のファンド等によるクロスボーダーM&A 案件を地域別に見ると、欧州が全体の約
7 割程度を占め、北米が 1 割強、アジア(除く日本、含む太平洋)が 1 割弱、日本は5%弱
となっている。欧州のウェートが高い背景には英国のファンドによる大陸諸国に対する案
件の存在が大きいものと見られる。また、アジアの案件についても、シンガポールから他
のアジア諸国に対する投資案件がウェートを底上げしているものと考えられる。
(3) 株式交換比率
M&A の際の買収対価の支払い方法は、大きく株式交換(現金との併用を含む)と現金買
収の 2 通りがあるが、近年の特徴としては現金買収のウェートが高まっている。90 年代後
半から 2000 年にかけては世界的に株式交換のウェートが高まり、米国では 6 割、欧州では
5 割、日本では 7 割に達した。しかし、最近ではグローバルに資金が潤沢であること、先述
の通りファンド等がLBOも活用しながら積極的に投資を行なっていること等から株式交
換のウェートは 2~3 割程度にまで低下している(図表 21)。
図表 21 株式交換比率(金額ベース)の推移
【欧州企業対象】
100%
100%
90%
90%
非株式交換
株式交換
80%
【日本企業対象】
100%
非株式交換
株式交換
80%
90%
80%
10%
10%
0%
0%
40%
30%
20%
10%
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
0%
1996
2006
20%
2005
20%
2004
30%
2003
30%
2002
40%
2001
40%
2000
60%
50%
1999
50%
1998
50%
1997
70%
60%
1996
70%
60%
1995
70%
非株式交換
株式交換
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
【米国企業対象】
(注) 2006 年は 9 月末までの実績
(資料)Thomson Financial よりみずほ総合研究所作成
クロスボーダーM&A でも株式交換比率は低下傾向にある(図表 22)。株式交換比率は
2005 年は 1 割未満、2006 年は多少上昇したものの1割強に留まっており、図表 21 で見た
各国企業を対象とした M&A 案件全体でのウェートと比べても低水準に留まっている。
19
図表 22 クロスボーダーM&A における株式交換比率(金額ベース)の推移
50%
45%
40%
35%
30%
25%
20%
15%
10%
5%
0%
1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006
(注) 2006 年は 10 月末までの実績
(資料)Thomson Financial よりみずほ総合研究所作成
(4) 敵対的買収案件
世界の敵対的買収案件をクロスボーダー案件と国内案件に分けてみると、歴史的には金
額・件数とも、国内案件が大宗を占めていたが、2006 年はミタル・スチールによるアルセ
ロール買収に代表される大型のクロスボーダー案件の寄与が大きく、クロスボーダー案件
が増加している(図表 23)。尚、2006 年のクロスボーダーの敵対的買収案件の 8 割弱は欧
州企業を対象としたものである。
図表 23 世界の敵対的買収案件:クロスボーダー案件と国内案件の内訳推移
625
(10億㌦)
(件数)
120
400
国内M&A
350
クロスボー
ダーM&A
件数(クロス
ボーダー)
件数(国内)
300
250
100
80
60
200
150
40
100
20
50
1985
1986
1987
1988
1989
1990
1991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
0
(注) 2006 年は 10 月末までの実績
(資料)Thomson Financial よりみずほ総合研究所作成
20
但し、敵対的買収案件全体(クロスボーダー・国内同士計)が世界の M&A 市場に占める
ウェートは金額ベースで 4%弱、件数ベースで 0.1%に留まっており、M&A の大宗は友好
的な案件と言うことができる(図表 24)。
図表 24 敵対的買収案件が世界の M&A に占めるウェート(金額ベース)推移
25%
国内M&A
クロスボーダーM&A
20%
15%
10%
5%
1985
1986
1987
1988
1989
1990
1991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
0%
(注) 2006 年は 10 月末までの実績
(資料)Thomson Financial よりみずほ総合研究所作成
5. マーケット及び企業経営へのインプリケーション
これまで見てきたようなクロスボーダーM&A 市場の世界的な拡大は、市場および企業経
営に対してどのような影響を持つのだろうか。ここではまず、クロスボーダーM&A のマネ
ーフロー、為替への影響を考えてみたい。次に企業経営への影響を株価や企業財務の動向
にも留意しつつ考察してみたい。
(1) 為替市場への影響
クロスボーダーM&A市場が活発化する中で、M&Aは直接投資の主たる形態となりつつあ
る。M&Aの公表金額と国際収支統計上記録される直接投資額は必ずしも一致はしないが 12 、
両者を比較することにより、トレンドを把握することは可能である。前述のUNCTAD
統計によれば世界の直接投資とクロスボーダーM&A(完了金額)のトレンドは大方一致し、
最近では直接投資に占めるクロスボーダーM&Aの比率が高まりつつある。また、米国の対
12
直接投資では一般的に普通株または議決権の 10%以上の取得が対象とされ、株式資本の拠出額に加えて、
再投資収益、その他の資本取引が計上される。
21
内直接投資と米国へのクロスボーダーM&Aの動きも比較的連動した動きをみせている(図
表 25、26)。
米国の経常赤字ファイナンスの行方を占う上では、直接投資形態での資金流入の安定性が
重要なポイントの一つである。1 日の出来高が 1.9 兆ドルにも及ぶとされる為替市場では年
間 1000 億ドル強の対米クロスボーダーM&A金額の直接的な影響は微々たるものではある
が 13 、反対売買が繰り返されるインターバンク取引と異なり、M&Aは片方向での買い切り
の取引であり、また、米国企業の強みに対する世界の企業の見方を表象する側面もあるこ
とから、対米クロスボーダーM&Aの動向はドル需給や市場の見方を占う上でも注意すべき
点の一つと言えよう。
図表 25 世界のクロスボーダーM&A(完了ベー
ス)と対内直接投資
(10億ドル)
1800
1600
直接投資(a)
クロスボーダーM&A(b)
(b)/(a)
図表 26 米国の外内クロスボーダーM&A(完了
ベース)と対内直接投資
90%
80%
(10億ドル)
350
直接投資(a)
クロスボーダーM&A(b)
(b)/(a)
140%
300
120%
250
100%
50%
200
80%
800
40%
150
60%
600
30%
400
20%
100
40%
200
10%
50
20%
1400
70%
1200
60%
1000
0%
1987 1989 1991 1993 1995 1997 1999 2001 2003 2005
0%
1987 1989 1991 1993 1995 1997 1999 2001 2003 2005
(資料)UNCTAD よりみずほ総合研究所作成
実際、ドル・ユーロ相場の動きと米国の外内クロスボーダーM&A(M&Aの決済通貨が米
ドルの案件のみ集計。株式交換案件を除く。完了案件ベース)の推移を見ると、それなり
の影響があるようにも見える(図表 27) 14 。米国の外内型M&Aが引き続き回復すれば(対
ユーロでの)ドル需給に好影響を及ぼす可能性があることには留意したい。 15
13
為替市場の出来高はBISによる 2004 年 4 月及び 6 月調査の計数(2005 年 3 月発表)。尚、世界のクロ
スボーダーM&A金額(完了案件ベース)は 2005 年には 7000 億ドル強に及んでいる。
14但し、99
15
年以降の四半期ベースの両者の相関係数は(-)0.47 と決して高くはない。
尚、2006 年に発表された米国外内M&A案件(決済通貨はドル、除く株式交換案件)で未だ完了してい
ない案件金額の合計は 11/10 現在 648 億ドルとなっている。
22
図表 27 米国の外内型クロスボーダーM&A
(ドル決済案件、完了ベース、除く株式交換)と為替相場
(10億ドル)
90
0.8
対米M&A
$/ユーロ
80
70
ド
0.9 ル
高
60
1
50
1.1
40
30
1.2
20
1.3
10
1.4
1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006
(注) 四半期ベース。2006 年 10-12 月期は 10 月末までの実績
(資料)Thomson Financial よりみずほ総合研究所作成
(2) 企業経営とマーケットへのインプリケーション
最後に日本企業へのインプリケーションについて、株式・社債市場への影響や M&A 市況
のサイクルも加味しながら考察してみたい。日本企業にとっては海外企業とのグローバル
な競争がより激化することが予想される中で、高い成長が見込まれるエマージング市場、
規模の大きい欧米市場での業容拡大は企業の成長戦略の上では重要な鍵を握ってくるもの
と考えられる。日本企業がグローバルなビジネスモデルを構築・再構築する際には、M&A
で時間を買う戦略は益々重要な選択肢になるものと思われ、内外型 M&A の一段の拡大が見
込まれるところである。
a.
M&A は企業価値向上に繋がるか
M&Aの株価への影響に関するイベントスタディが進んでいる米国では、M&Aは被買収企
業の株価には有意にポジティブな影響を持ち、買収企業の株価についてはケース・バイ・ケ
ースとの評価が一般的である。Copeland et al(2000)では、通常の買収案件の場合、被買収
企業の株主の平均的なリターンが 20%であるのに対して、買収企業の株主のリターンは
2-3%に留まるとの調査結果を紹介している。 16 また、Bruner (2005)によれば、米国におけ
る 54 の実証研究の結果では、買収企業のリターンがネガティブとなり企業価値が損なわれ
16
同調査によれば敵対的買収の場合は被買収企業株主のリターンは 35%と一層高くなるが、買収企業株主
のリターンは 3-5%に留まる。
23
たとされる研究が 26%、リターンがポジティブとなり、企業価値向上に繋がったとされる
研究が 46%(残りの 31%では有意な結果は得られず)となっているようである。一方、BCG
(2004)ではM&Aに積極的な企業のトータルリターンはM&Aを行なわない企業よりも高い
との結論を導いている。イベントスタディは対象企業、対象期間、評価基準によって結論
が大きく異なってくることには留意が必要であるが、少なからぬ企業においてM&Aが企業
価値の向上に繋がらないケースがあり、M&Aの難しさを物語っていると言えよう。
b.
クロスボーダーM&A のリスクの所在
企業経営においては、リスクは付き物であるが、その中でも M&A には様々なリスクが潜
んでいる。M&A の遂行に当たっては、確固たる M&A 戦略を有し、入念な事前準備、対象
先の絞込み、デュー・デリジェンス、適当な価格での買収、買収後の円滑なポスト・マージ
ャー・インテグレーション(PMI)が不可欠であると言われる。Bruner(2005)では M&A
の失敗事例を研究しているが、その中でクロスボーダーM&A は国内での M&A よりも失敗
するリスクが高いと結論付けている。典型的な M&A の失敗事例には幾つかのパターンがあ
ると考えられるが、その要因とクロスボーダーM&A に係わるリスクを Bruner (2005)等を
参考に整理してみたのが図表 28 である。
図表 28
【M&Aのステップ】
M&A の失敗要因とクロスボーダーM&A のリスク
【典型的なM&Aの失敗要因】
絞り込み
詳細な評価
①事前の ②対象企業 ③最終候補の ④交渉
準備
9
コアビジネスとの関連が低く、知見
のない分野でのM&Aは失敗する
リスクが高い
⑤PMI
9
デュー・デリジェンスの不徹底から買
収先企業のかかえる重大な問題を
見落とし、禍根を残すことがある
9
買収価格が高過ぎ、財務悪化を招い
たり、市場の評価を得られないことが
多い(シナジーの過大評価、市況のピ
ークでの買収)
9
経営統合後の役職員の融合が進ま
ず、混乱から生産性が低下するな
どPMIが失敗するケースがある
(注) PMI=Post Merger Integration(買収後の経営の統合)
(資料)Bruner (2005)等よりみずほ総合研究所作成
24
【クロスボーダーM&Aのリスク】
9
地理的な遠さか
ら、被買収企業
のローカル市場
に関する理解が
不十分となりがち
9
それ故、デュー・
デリジェンスには
困難さも存在
9
買収プレミアムは
高くなる傾向
9
文化、国民性の
相違からPMIに
は難しさも
M&A が失敗する要因としてよく指摘されることは買収プレミアムが高過ぎることであ
る。クロスボーダーM&A においては買収プレミアムが高くなりがちであると言われるが、
その要因としては、自らの知見が乏しいマーケットでの買収であること、被買収企業、若
しくは買収の際の競合地元企業との情報の非対称性が存在すること等が考えられる。
ではクロスボーダー買収案件における買収プレミアムは本当に高いのだろうか。案件金
額5億ドル以上の世界の M&A 案件における買収プレミアム(買収発表 1 週間前の株価に
対する買収価格のプレミアム)の中央値を計算してみると、97 年~98 年、2000 年~2001
年、2003 年~2005 年にかけてはクロスボーダー案件では国内案件と比較して明らかに高い
買収プレミアムを支払っていることが確認できる(図表 29)。
図表 29 買収プレミアムの推移(買収 1 週間前の株価に対するプレミアム)
(%)
45
国内M&A
クロスボーダーM&A
40
35
30
25
20
15
10
5
0
19951996 19971998 1999 20002001 2002 20032004 20052006
(注)対象は案件金額 5 億ドル以上の M&A 案件。全世界ベース
2006 年は 10 月末までの実績
(資料)Thomson Financial よりみずほ総合研究所作成
上記の数字はあくまでも中央値であって、実際の買収プレミアムには大きな幅が存在す
る。実際の買収案件にはそれぞれ個別事情があるため、一般論でのみ議論することは必ず
しも適当ではないが、高過ぎる買収プレミアムは企業財務の重石になり、株価にもネガテ
ィブに作用する傾向があると言える。 17
17
当総研の分析では上述の通り、最近 10 年間の買収プレミアムは概ね 20%台(中央値)との結果が得ら
れたが、1980 年代の後半から 1990 年代半ばにかけての米国でのプレミアム研究によれば 30%台との研
究が一般的である(Mergerstat ReviewやHLHZ等)。
25
c.
M&A 市況のサイクルにも留意の必要
M&A市況はマクロの経済動向、株価動向との連動性が高く、とりわけクロスボーダー
M&Aについてはグローバルな経済・市場動向の影響を受けやすい。M&A市況のピークでの
買収はプレミアムの高騰にも繋がりやすく、買収に当たっては充分な配慮が必要となる。
市場関係者の間では現在の世界的なM&Aブームは当面続くとの見方が強いが、M&A市況の
サイクルの中で、現在、我々はどの局面にいるのだろうか。バブルが弾けてみて始めてそ
の存在、期間がわかるように、M&A市況のサイクルでの局面は正確にはわからないが、状
況証拠をもとに一定の見方を示すことはできるだろう。グローバルなM&A市況が①ボトム、
②ボトムからの回復期、③成熟期、④ピーク、⑤ピークアウト、⑥後退期といったサイク
ルを辿ると仮定し、以下のポイントを勘案すれば、現在は③の成熟期に位置し、徐々に④
のピークに近づく局面にある可能性が高いのではないだろうか 18 。
図表 30
M&A 市況サイクルのイメージ
M&A の活発度合い
④ピーク
⑤ピークアウト
③成熟期
⑥後退期
②ボトムからの回復期
①ボトム
①ボトム
時間
まず、3ページの図表2で見たように株価時価総額に対する M&A 金額の比率では、2006
年は 10 月までの実績で既に過去 10 年間の平均値に近似しつつある。
また、次頁の図表 31 は金額 10 億ドル以上の世界のクロスボーダーM&A 案件の買収価格
の割高度合いを前述の買収プレミアム(発表 1 週間前の株価に対するプレミアム)と M&A
金額の対象企業のキャッシュフローに対する倍率(M&A 金額 /
EBITDA(税引前利益+支
払利息+減価償却費)倍率)から案件の分布状況を見たものである。2005 年~2006 年にか
けては 2002 年~2003 年と比べて、買収プレミアムまたは M&A 金額/EBITDA(またはそ
の両者)が上昇(割高)傾向にあり、M&A サイクルの前回のピークであった 2000 年の分
布状況とも似てきたことが読み取れ、留意を要する。
18但し、国、地域によってサイクルにずれが生じる可能性があることやサイクルの形態(その振幅の大き
さ、期間等)は一様ではないことには留意が必要である。
26
図表 31 クロスボーダーM&A の割高度合いの変化
(%)
(%)
120
【1999 年】
120
【2003 年】
100
100
買
買
収 80
収 80
プ
プ
レ 60
ミ
ア
レ 60
ミ
40
ム
ア
ム 40
20
20
0
0
10
20
30
40
50
M&A金額/対象企業EBITDA (倍率)
0
0
【2000 年】
(%)
【2004 年】
(%)
120
120
10
20
30
40
50
M&A金額/対象企業EBITDA (倍率)
100
100
買
収 80
プ
レ
買
収 80
プ
レ 60
ミ 60
ア
ム
40
ミ
ア
ム 40
20
20
0
0
0
0
10
20
30
40
50
M&A金額/対象企業EBITDA (倍率)
【2001 年】 (%)
(%)
【2005 年】
120
120
100
10
20
30
40
50
M&A金額/対象企業EBITDA (倍率)
100
買
買
収 80
収 80
プ
レ 60
ミ
ア
40
ム
プ
レ 60
ミ
ア
ム 40
20
20
0
0
0
10
20
30
40
50
M&A金額/対象企業EBITDA (倍率)
0
【2002 年】
10
20
30
40
50
M&A金額/対象企業EBITDA (倍率)
【2006 年】
(%)
(%)
120
120
100
100
割高
レ 60
ミ
ア
ム 40
買
収 80
プ
レ 60
ミ
ア
ム 40
20
20
買
収 80
プ
0
0
0
10
20
30
40
M&A金額/対象企業EBITDA (倍率)
50
0
(注) 金額 10 億ドル以上の案件を対象。2006 年は 10 月末までの実績
(資料)Thomson Financial よりみずほ総合研究所作成
27
10
20
30
40
50
M&A金額/対象企業EBITDA (倍率)
割高
更に M&A の増大が一部では企業の信用力の悪化にも繋がり始めたことも懸念材料である。
M&A に伴う企業の信用力、格付けの変化としては、一般的には信用力が異なる 2 社が合併
する場合、信用力の劣る企業の格付けは上昇、勝る企業の格付けは低下する傾向がある。
Moody’s (2006)によれば、米国企業の場合、1996-2005 年の 10 年間における M&A に関わ
る格付けの変更のうち、投資適格債の場合は 45%が格上げ(すなわち、55%は格下げ)で
ある一方、非投資適格債の場合は 61%が格上げとなっており、信用力の劣る非投資適格債
の方が格上げとなるケースが多いことが示唆される。しかし、この M&A の際の格上げ比率
は 2006 年については、投資適格債で 35%、非投資適格債で 57%に留まっており、投資適
格債が格下げになるケースが過去の平均以上に高く、また、非投資適格債が格上げとなる
ケースが低くなっていることがわかる。また、全ての格下げ件数のうち、M&A が理由とさ
れるケースは 10 年間の平均で、投資適格債では 35%、非投資適格債では 15%であるが、
2006 年 1-9 月期においては投資適格債では 48%と全ての格下げの略半数、非投資適格債で
も 25%となっている。レバレッジを効かした LBO が活発化しつつあることも、M&A に伴
う格下げの増大に繋がっているものと考えられ、今後、M&A の増大に伴う企業財務の悪化
が徐々に意識されやすい局面を迎える可能性がある。
図表 32
M&A の際の格上げ比率の推移
90%
80%
図表 33 M&A が理由とされる格下げ比率
の推移(対全格下げ件数)
60%
投資適格
非投資適格
全体
投資適格債
非投資適格債
50%
70%
投資適格債の
平均38%
60%
40%
50%
30%
40%
30%
20%
20%
10%
10%
0%
非投資適格債の
平均15%
0%
1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006/
1-9
1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006/
1-9
(資料)Moody’s Credit Perspectives よりみずほ総合研究所作成
28
d.
クロスボーダーM&A と株式交換
4-(3)で見たように最近のクロスボーダーM&A においては株式交換が用いられるケー
スは多くはなく、主流は現金買収である。その主たる要因としては世界的に資金が潤沢で
あることがあげられるが、株式交換によるクロスボーダーM&A の際のやや古典的な論点で
あるフローバック効果による影響も作用しているものと考えられる。
フローバック(Flowback)とは被買収会社の株主が株式交換で受け取った買収会社株式を
売却することにより、一時的に買収企業の株価が下落することを言う。機関投資家の中に
は外国株式の保有を厳しく制限されているケースも多く、外国の買収企業株式の保有は投
資家のアセットアロケーション上、調整を要するケースもある。また、高いプレミアムが
載せられた場合には買収企業株式を保有し続けるよりも売却したいとのインセンティブが
沸いても不思議ではない。
過去にフローバックが問題となった主要なケースとしては独ダイムラーによる米クライ
スラー買収(1998 年 5 月発表、11 月完了、金額 405 億ドル)、独ドイチェ・テレコムによ
る米ボイスストリーム買収(2000 年 7 月発表、01 年 5 月完了、金額 294 億ドル)、仏ビベ
ンディによる加シーグラム買収(2000 年 6 月発表、12 月完了、金額 404 億ドル)等がある。
Dolan et al (2002)によれば、ダイムラー・クライスラー誕生後の時価総額 1000 億ドルの
うち、360 億ドルがフローバックによって喪失されたとされ、両社合併時に米国株主は 43%
を占めていたのに対して、合併 6 ヶ月後には米国株主は 7%にまで低下したと言われている。
19
フローバックによる株式売却に対しては、自社株買いや株式デリバティブズ等によりある
程度対応は可能とされるが、その効果は完全とは言えない。経済・金融統合が進み、ユー
ロ圏内での為替リスクがなくなった西欧域内でのクロスボーダーM&A において、漸くフロ
ーバック効果の懸念が薄くなってきたと言われている状況にあることを勘案すれば、地域
外のクロスボーダーM&A 案件ではフローバック効果は古くて新しい課題と言えよう。
6. 最後に
クロスボーダーM&A において、政府、議会、経済界、世論等が国内産業の保護、国益確
保などの観点から反発することは欧米でも珍しくなく、米国では実際に買収が阻止された
事例も幾つか存在する。欧州委員会は域内での M&A を促進する構えを見せているが、M&A
19
ダイムラー(Daimler-Benz)は 1993 年 10 月 5 日にニューヨーク証券取引所にADR形式で上場した。
クライスラーとの合併に際しては、ADRではなく、投資家の利便性を考慮の上、新会社株式をニューヨ
ークとフランクフルトに直接、普通株式で上場させる「グローバルシェア」方式を採用した。
29
による欧州企業の競争力強化を念頭に入れていると考えられ、これまでの指令案作成にお
いても米国を始めとした第三国からの買収をどの程度認めるかが議論の一つのポイントで
あったとされる。日本の国益(その定義は困難ではあるが)、産業の競争力喪失のリスク
が明らか且つ目前に迫っている場合には、海外企業からの買収を阻止する手立てがあって
も良い。
一方で、本稿で見てきたように、世界の企業は地域内、地域外ともにクロスボーダーM&A
をグローバルに展開しており、クロスボーダーM&A が触媒となって国内での産業再編が促
進されている側面も強い。M&A を通じた企業の事業効率の改善、経済・産業の新陳代謝の
促進といった効用に鑑みれば、日本でも外内型の M&A の一段の活発化が期待されるところ
である。こうした観点から、来年5月解禁予定の三角合併については、合併対価として親
会社株式を受け取る株主保護の問題にも留意しながら、外国企業が実際にまったく利用で
きないということがないよう、税制面をも含め、柔軟な組織再編が可能となるよう、バラ
ンスのとれた議論が望まれる。
以
30
上
【参考文献】
内閣府
経済社会総合研究所『本格的な展開期を迎えたわが国の M&A 活動』(M&A 研究
会報告書、2006 年 10 月)
早川勝
『株式公開買付に関するEU第 13 指令における企業買収対抗措置について』(同
志社大学「ワールド・ワイド・ビジネス・レビュー」第 7 巻第 1 号、2005 年 10 月)
The Boston Consulting Group 『M&A(合併・買収)による成長』(BCG Report、2004 年 7
月)
Tom Copeland Tim Koller, and Jack Murrin “Valuation: Measuring and Managing the Value of
Companies”, 2000
Robert F Bruner, “Deals from Hell- M&A Lessons That Rise Above the Ashes”, 2005
D Kevin Dolan, Philio Tretiak, Jonathan Eleman, “Virtual Mergers: Is American Ready?”, Taxes
Volume 80, Issue 3, 2002
Moody’s Investors Service , “Moody’s Credit Perspectives”, October 16, 2006
Leaders, “Trends in European Merges and Acquisitions”, Volume 29, November 4, 2006
“Valuing a Business: The Analysis and Appraisal of Closely Held Companies”, 1995
UNCTAD, “World Investment Report 2006”, United Nations, 2006
31
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