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6号( PDF 3MB)
2009年 6 月
N―187 N―216
日本産科婦人科学会
研修コーナー
61巻
6
号
2009
日本産科婦人科学会雑誌
研修コーナーについてご意見募集
現在本会機関誌に掲載中の研修コーナーは第61巻12号掲載分までを再度見直しの
うえ,学会のコンセンサスを得たものとして「産婦人科研修の必修知識2011」とし
て,発刊の予定です.
会員の皆様には研修コーナーをお読みいただいて,お気づきの点がございましたら,
忌憚のないご意見を学会事務局・研修コーナー編集宛お寄せ下さい.
「産婦人科研修の必修知識2011」をより一層,研修医ならびに会員の皆様のお役
にたてる書籍と致したく,会員皆様のご協力をお願い申し上げます.
日本産科婦人科学会教育委員会
研修コーナーのブラッシュアップと産婦人科研修の必修知識編纂委員会
送付先:〒113―0033 東京都文京区本郷2―3―9 ツインビュー御茶の水 3 階
(社)
日本産科婦人科学会・研修コーナー編集係
FAX 03―5842―5470 E-mail: [email protected]
JAPAN SOCIETY OF OBSTETRICS AND GYNECOLOGY
N―188
日産婦誌61巻6号
E.婦人科疾患の診断・治療・管理
4.不妊症
2)男性不妊症 ……………………………………………(189)
3)機能性不妊症 …………………………………………(198)
山梨大学副学長 星
和彦
山梨大学講師!
生殖医療センター長 笠井
剛
8.腫瘍と類腫瘍
5)緩和ケア ………………………………………………(204)
東京医科歯科大学心療・緩和医療 辻
尚子
大阪市立総合医療センター緩和医療科兼小児内科医長 多田羅竜平
国立がんセンター中央病院手術・緩和医療部部長 下山 直人
10.
4)広汎子宮全摘出術 ……………………………………(211)
自治医科大学主任教授 鈴木 光明
国際医療福祉大学教授 大和田倫孝
7月号(予告)
E.婦人科疾患の診断・治療・管理
2.
女性性器能の生理 ………………………………峯岸
9.
1)性器の損傷・瘻………………………………木口
3)心身症,性障害………………………………大川
5)更年期障害……………………………………若槻
6)HRT …………………………………………若槻
10.
1)子宮頸部円錐切除術…………………………梅咲
3)腟式単純子宮全摘術…………………………斎藤
7)子宮鏡…………………………………………村上
敬
一成
玲子
明彦
明彦
直彦
豪
節
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2009年 6 月
N―189
E.婦人科疾患の診断・治療・管理
Diagnosis, Treatment and Management of Gynecologic Disease
4.不妊症
Infertility
2)男性不妊症
近年,男性不妊症の割合は増加してきている.広範囲な疫学調査は行われていないので
その頻度は報告者によって異なるが,男性側に問題があるのは50%くらいといわれてい
る.
1)男性不妊症の分類とその原因疾患
男性不妊症の原因は,その病態から以下の4つに大別される.主な原因疾患については
表 E-4-2)
-11)に示した.
(1)
造精機能障害
(2)
精路通過障害
(3)
副性器障害
(4)
精機能障害
造精機能障害とは,精巣における精原細胞から精子形成に至る過程または精子が成熟す
る過程に何らかの障害があるもので,原因の中では最も多く,男性不妊全体の60%以上
を占める.
2)男性不妊症の検査
(1)問診
年齢,職業,既往歴,家族歴の他,性交回数など性生活についても聴取する.特に家族
歴として遺伝性疾患,既往歴として耳下腺炎性精巣炎,外傷,鼠径ヘルニア手術,停留精
巣の固定手術などの手術既往,職業としての高温下での作業,重金属・放射線との関連に
も留意する.
(2)視診,触診
全身的には二次性徴の発現状態,内分泌機能異常,代謝性疾患等の有無について診察す
る.局所的には外性器の発育状態,尿道下裂,停留精巣などの先天異常の有無,精索静脈
瘤の有無,腫瘍や炎症の存在などを調べる.精巣の大きさ,硬さは造精機能や状態を把握
するのに重要である.
(3)精液検査
①一般精液検査2)3)
一般精液検査は,男性不妊症の診断的根拠として重要かつ不可欠で,男性の受精能を間
接的に評価する最も基本的な検査であり,治療早期に男性因子の有無を検索しておくこと
は重要である.一方,一般精液検査は,精液や精子の量的性状を示しているだけで,必ず
しも精子の質的性状(受精能力)
を直接,反映するものではないことに留意する.
2∼7日間の禁欲期間をおき,用手法で採取した精液を30分間室温に置いて十分液化さ
せ,精液量,精子濃度,精子運動率,精子正常形態率を調べる.禁欲期間が7日を過ぎる
と,精液量や濃度は増加するが運動率や正常形態精子の割合が減少する.精液の性状は変
動が大きいので,検査は3カ月以内に2回行い総合的に評価する.2回の検査結果が大きく
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N―190
日産婦誌61巻 6 号
異なるときは,検査回数をさらに追加する.
2回の場合は,平均値,3回以上の場合は中
(1)造精機能障害
央値を採用する.理想的にはプライバシーの
特発性造精機能障害
63.
2%
保てる採精室など個室で採取する.止むを得
精索静脈瘤
25.
1%
ず,自宅で採取する場合は,保温(20∼40℃)
染色体異常
2.
3%
(Kl
ei
nef
i
l
t
er症候群)
(1.
7%)
に注意し,採取時から1時間以内に届けても
(2)精路通過障害
らうようにする.容器を下着の下に入れて保
閉塞性無精子症(造精機能正常)
4.
9%
温に努めながら運ぶことが推奨されている.
(3)副性器障害
精液の検査は,採取から遅くとも2時間以内
前立腺炎
0.
9%
に行う.1回目の検査で,精子運動率が低値
(4)精機能障害
2.
2%
の場合(高速運動精子が25%未満の場合)
は,
2回目は,精液採取から検査までの時間を短
縮して行う.自宅などリラックスした環境で採取した方が,精液所見が良好であるという
報告もある.
精液検査は,一般に Maklar 計算盤を用いて光学顕微鏡下に観察して,判定されること
が多い.Maklar 計算盤による検査は,精液を希釈する必要がなく容易に行えるというメ
リットがあるが,正確性に欠けるという理由で WHO では推奨していない.正確性を追
求する場合,ヘモサイトメータを用いる検査法が望ましい.Maklar 計算盤を用いる場合
は,精液を均一にしてできる限り短時間に検査を行う必要がある.
ヘモサイトメータを用いる場合は,精液を0.1% TritonX-100
(TritonX-100 1ml +生
食1,000ml )
または,1.0%ホルマリン(35%ホルマリン10ml ,NaHCO3 50g,トリパン
ブルー0.25g を蒸留水で1,000ml にメスアップして作製)
で,希釈するとともにこの溶液
で精子の動きを止め,位相差顕微鏡にて検鏡し,頭部および尾部を持つ精子のみを算定す
る.位相差顕微鏡を使う限りトリパンブルーは必要ない.ヘモサイトメータにニュートン
リングが確認できるようにカバースリップを圧し付け,10µl の稀釈精液を,毛細管現象
を利用してヘモサイトメータとカバースリップの間に充たし,検体が落ち着くまで5分間
待機し,200∼400倍の倍率で検鏡する.待機時間の間に検体が乾かないよう,湿度を保
つようにする.
精子運動率は,顕微鏡下に400倍で観察し,少なくとも5カ所以上の視野で200個以上
の精子を数えて算出する.個々の精子について,その運動性を評価し,それぞれのカテゴ
リーを%で表す.まず,
(a)
速度が速く,直進する精子および(b)
速度が遅い,あるいは直
進性が不良な精子をカウントし,同一視野で(c)
頭部あるいは尾部の動きを認めるが,前
進運動していない精子,
(d)
非運動精子をカウントする.運動率は(a)
+(b)
の割合(%)
で
示される.非運動精子が50%を超えるときは,動かない精子が死んでいるとは限らない
のでエオジン染色もしくは hypo-osmotic swelling test を行い,精子の生死を確かめる.
エオジン染色法とは,精子の生死判別法で,Eosin Y 5g"l を9g"l の NaCl に溶かしてエ
オジン溶液を作製し,精液1滴をエオジン溶液1滴と混和してスライドガラス上で観察す
る.細胞膜が損傷された精子(死滅精子)
は赤く染まるが,生きている精子は染まらない.
精子正常形態率は,スライドガラスを2枚用意して,精子濃度が20 106"ml 以上の場
合は5µl の検体を, 20 106"ml 未満の場合は10∼20µl の検体をスライドガラスに載せ,
別のスライドガラスやピペットで検体をスライドガラス上に薄くのばし,風乾して,染色
してから400倍で検鏡する.粘稠性が高い場合は,遠心して精漿を取り除いてから検鏡す
る.濃度が低いときは,濃縮してから検鏡する.しかしその濃度は80 106"ml を超えな
い方がよい.精子の染色法には,Papanicolaou 染色法,Shorr 染色法,Diff-Quik 染色
法などがある.Papanicolaou 染色法は,繁雑なので,Diff-Quik 染色法が簡便で有用と
(表 E42)1) 男性不妊症の原因疾患1)
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2009年 6 月
N―191
思われる.200個の精子を観察し,形態分類する.形態分類には,Kruger et al.の strict
criteria が推奨される.形態異常かどうか迷う場合は異常とする.治療効果の判定や診断
のためには,2回行うことが望ましい.尾部のない精子や円形精子細胞を含む未熟精細胞
は,精子としては数に入れないが別記する.また,ピンヘッドの精子が多い場合も別記す
る.ヒトの精子は形態異常を示すものが多い.その代表的なものを図 E-4-2)-1に掲げた.
また,表 E-4-2)
-2に WHO が提唱する精液分析の基準値を,その基準値に基づく男性
不妊症の表現法を表 E-4-2)
-3にまとめた.
②精子機能検査
精液所見が基準値を満たし,原因不明不妊症と診断されたカップルの中には,精子の機
能に障害があるものが少なからず存在する.精子の受精能力を予測し,これらを鑑別する
ためには,精子機能検査が必要となってくる.精子機能検査の代表的なものには,次のよ
うなものが考えられている.
a.透明帯除去ハムスター卵へのヒト精子侵入試験:ハムスターテスト4)
精子の受精能力を調べる最も確実な方法は,その精子が卵子と受精できるかどうかを in
vivo あるいは in vitro で直接調べることであるが,ヒトの卵子を検査に用いることは困
難である.そこでこれに代わるさまざまな検査法が考案されているが,その代表的なもの
が「透明帯除去ハムスター卵へのヒト精子侵入試験」である.
透明帯を除去したゴールデンハムスター卵に,受精能力のあるヒト精子が侵入可能
(異
種動物間受精)
であることを利用して精子の受精能力を判定する検査法である.検査法の
概略を図 E-4-2)
-2に示した.精子侵入の認められた卵が全体の15%以上を示す場合妊孕
性ありと判定するが,妊孕能の確認されている精子を対照において比較することが望まし
い.
5)
b.hemizona assay
(HZA)
半切したヒト卵の透明帯(hemizona)
を用意し,被検者の精子の hemizona への接着性
を対照の精子と比較し,受精能を相対的に評価しようとするものである(図 E-4-2)
-3)
.
1)ヒト卵透明帯(hemizona)
の準備
手術検体や余剰未受精卵を同意を得たうえで使用する.新鮮 hemizona を用いてもよ
いが,凍結保存や高濃度塩溶液(1.0M
(NH4)
に入
2SO4+40mM Hepes+0.5% dextran)
れることで,4℃で使用するまで保存することができる.使用する前には培養液にて,良
く洗滌してから用いる.biocut blade を用いて,ステージのプラスチックディッシュの
底に2本のカットを加え,卵を固定し,biocut blade にて,hemizona をほぼ同サイズに
半切する.
2)精子の準備
被験者の精子とあらかじめ妊孕性の確認されている精子を,swim up 法を用いて回収
し,2∼6時間程前培養しておく.精子は,患者精子と妊孕性の確認された対象精子を1時
間 swim up して回収し,2.5 105"ml に濃度調整しドロップを作製する.
3)培養
2個の培養皿に培養液を用意し,それぞれに hemizona を入れる.一方には被験精子を,
もう片方に対照精子を入れ,最終濃度(2.5 106"ml )
が同じになるようにする.37℃,5%
CO2 in air で4時間程培養する.
4)判定
培養後,hemizona を数回ピペッティングして余分な精子を取り,強く結合しているそ
れぞれの精子数を顕微鏡下に算定し,以下の計算方法で hemizona index を求める.62
以上が受精能の基準値であるが,30以上あれば,IVF の受精率は60%以上となる.偽陰
性が少ない検査法なので,受精し難い精子であることを判定しやすい.hemizona index
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N―192
日産婦誌61巻 6 号
A. Head defects
(a) Tapered (b) Pyriform
(c) Round
No acrosome
(d) Amorphous
(e) Vacuolated
Small
(f) Small
acrosomal area
B. Neck and midpiece defects
(g) Bent neck (h) Asymmetrical (i) Thick
insertion
(j) Thin
C. Tail defects
D. Cytoplasmic droplet
(k) Short
(l) Bent
(m) Coiled
(n) >1/3rd head
WHO 98039
(図 E42)1) 形態異常精子 2)
が低ければ,ICSI を考慮する.
hemizona index=結合した被検精子数"
結合した対照精子数×100
c.精子膨化試験(hypoosmotic swelling test:HOS)
先体反応など一連の受精過程に重要な役割を果たす精子細胞膜の機能をみる検査法であ
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N―193
(表 E42)2) 精液検査の基準値 2)3)
精液量
Vol
ume
2.
0ml以上
pH
pH
7.
2以上
精子濃度
Sper
m concent
r
at
i
on 20×106/
ml以上
総精子数
Tot
alsper
m count
40×106以上
精子運動率
Mot
i
l
i
t
y
50%以上
A:速度が速く,直進する精子,
B:速度が遅い,あるいは直進性が不良な
精子,
C:頭部あるいは尾部の動きを認めるが,
前進運動していない精子,
D:非運動精子,
運動率は A+Bの割合
(%)で示す
精子正常形態率 Mor
phol
ogy
15%以上
Kr
ugeretal
.の st
r
i
ctcr
i
t
er
i
aに準じる
精子生存率
Vi
abi
l
t
y
75%以上
白血球数
Whi
t
ebl
oodcel
l
s
1×106/
ml未満
重量を測定する.比重 1として 1.
0g=
1.
0mlとして精液量を換算する
(表 E42)3)
精液性状の表現方法 2)3)
正常精液
nor
moz
oosper
mi
a
表 E42)1の基準を満たす精液
乏精子症
ol
i
goz
oosper
mi
a
精子濃度 20×106/
ml未満
精子無力症
ast
henoz
osper
mi
a
運動率 50%未満
奇形精子症
t
er
at
oz
oosper
mi
a
形態正常精子 15%未満
乏精子-精子無力奇形精子症
ol
i
goast
henot
er
at
oz
oosper
mi
a
精子濃度,運動率,正常形態率のすべてが異常
無精子症
az
oosper
mi
a
精液中に精子が存在しない(遠心分離で確認)
無精液症
asper
mi
a
精液が射精されない
る.低浸透圧溶液中で生じる精子尾部の膨化(ballooning)
を形態学的に観察し,それに
よって推察される尾部細胞膜の機能から精子の受精能力を間接的に判定しようとするもの
で,1984年 Jeyendran et al.6)によって確立された.
膨化した尾部は a 型から g 型まで7種類に分類される(図 E-4-2)
-4)
.g 型は尾部全体
が著明に膨化しており,細胞膜が無傷で膜の機能が良好であることを示している.このよ
うな精子は受精能獲得(capacitation)
や先体反応(acrosome reaction)
がスムースに起
こるであろうと推測される.50%以上の精子で尾部の膨化が認められると,人工授精で
の妊娠が期待できるとされている.HOST<50%であると,体外受精における受精率の
低下は認められないが,有意に妊娠率は低下するので,ICSI を施行した方がよいという
報告がある.また,HOST は,不動精子症の症例で,ICSI を行う場合に,精子の選択に
有用である.培養液に等量の滅菌水を加え,低張液のドロップを作製し,形態正常な不動
精子をドロップに入れ,尾部のコイル状変化したものを生存精子として,顕微授精を行う.
d.アクリジンオレンジ染色による精子核成熟度検査
哺乳動物精子の核の成熟性がアクリジンオレンジ螢光染色法で判定できる.体細胞の
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N―194
日産婦誌61巻 6 号
ゴールデンハムスター
過排卵処理(PMS-hCG)
精液
(用手法による)
液化
卵採取(卵管)
精液静置法
卵丘細胞分散
(0.1%ヒアルロニダーゼ 15 分間)
3 回洗浄
透明帯溶解
(0.1%トリプシン 3 分間)
3 回洗浄
透明帯除去ハムスター卵
媒精
洗浄(遠心法 230g 5 分間 2 回)
濃度調節
(前培養 preincubation)
プラスチック製ペトリ皿
ミネラルオイル
培養液 0.3ml
(最終精子濃度:5 ∼ 8×105/ml )
培養(3 ∼ 6 時間)
37℃ in air(or 5%CO2 in air)
検鏡
(図 E42)2) 透明帯除去ハムスター卵へのヒト精子侵入試験
DNA 蛋白はヒストンであるが,精子のそれはプロタミンである.このプロタミンに含ま
れる SH 基は,精子が精巣上体において成熟するに従い次第に SS 結合に変化する.SS
結合に富むプロタミンを含む DNA は酸で処理しても二重鎖の構造が保たれるが,SS 結
合のない DNA は二重鎖構造が失われる.DNA にアクリジンオレンジ染色を施すと double strand DNA は green に,single strand DNA は red に螢光染色される.このように
精子を酸で前処理した後にアクリジンオレンジ染色を行うことで,SS 結合の有無から精
子核の成熟性が判定できる.
液化した精子を培養液でよく洗浄し,精漿を洗い流す.スライドガラスに精子懸濁液を
滴下し,ただちにカバーガラスで伸ばして塗抹し,風乾する.カルノイ液
(氷酢酸:メタ
ノール=1:3,
V"
V)
をスライドガラス上に滴下し,2時間以上酸処理する.スライドガラ
スを風乾した後,染色液0.1%(アクリジンオレンジ:0.1M citrate:0.3M Na2HPO4=
4:16:1,
V"
V)
で5分間染色する.蒸留水で水洗した後,螢光顕微鏡にて400倍で,470∼
490nm の励起波長で,100∼400個の精子を観察し,成熟度を判定する.螢光をあてる
と fading するので,ただちに観察することが重要である.
green headed sperm の占める割合が50%未満の症例では通常の体外受精では受精し
難く,顕微授精が適応となる.
(4)内分泌学的検査
血中の FSH,LH,テストステロン,プロラクチンを測定する.造精機能障害が高度に
なるほど FSH,LH 値は上昇し,テストステロンは低下する.FSH が異常高値を示す症
例は薬物療法に反応しない予後不良例が多い.高プロラクチンも造精機能障害,男性性機
能障害をもたらす.低ゴナドトロピン性精巣機能不全の場合は,ゴナドトロピン製剤の投
与が適応となる.
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2009年 6 月
N―195
対照精液
患者精液
洗浄,swim up(HTF medium 1時間)
回収,濃度調整(2.5×105/ml )
透明帯
ミネラルオイル
培養:4 時間,ピペッティング 5 回
(図 E42)3) hemi
zonaassay
(HZA)
a
b
c
d
e
f
g
(図 E42)4) HOSによる尾部膨化精子の各型
(5)精巣組織検査
直接精細管内の造精機能をみるもので,無精子症症例には不可欠の検査である.精細管
内での精子形成の有無や精細胞の分化度から造精機能障害の種類や程度が明らかになる.
造精機能不全(hypospermatogenesis)では,精子細胞までの分化は認められるが,細胞
数は少なく,分化も遅れていることが多い.成熟停止(maturation arrest)
では,多くは
1次精母細胞の段階で分化が停止している.精子細胞に至る前のいずれのかの段階で分化
が停止している.Sertoli cell only syndrome では,セルトリ細胞のみで精細胞は認めら
れない状態である.精子形成能の定量的評価には,Johnsen s score7)が用いられている(表
E-4-2)
-4)
.
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N―196
日産婦誌61巻 6 号
(6)精管造影
閉塞性無精子症が疑われる場合,閉塞部位
1:精細管内に細胞成分を認めず
の診断目的にて施行される.局所麻酔下に皮
2:精細管は欠如.Ser
t
ol
i細胞のみ
膚を切開し,精管を剝離露出させ,造影剤を
3:精細胞は精祖細胞のみ
精管の尿道側に注入し,精路の疎通性,閉塞
4:精子,精子細胞を認めず,精母細胞も数個
5:精子,精子細胞を認めず,精母細胞も多数
部位の診断に役立てる.
6:精子を認めず,精子細胞も 5~ 10
(7)染色体検査
7:精子を認めず,精子細胞が多数
男性不妊症に占める染色体異常の割合は
8:精細管管腔内に精子が 5~ 10
2∼20%といわれている.最も有名なのが
9:多数の精子を認めるが,細胞配列に乱れ
Klinefelter 症候群で核型は47,XXY,精巣萎
10
:精細胞の層が厚く正しい配列,多数の精子
縮があり,精子形成の認められないことが多
を伴う完全な精子形成能
い.射出精子を認める場合もあり,これらの
射出精子の98%が正常核型である.精巣精
子回収法で得られた精子でも94%が正常核型である.
3)男性不妊症の治療
男性不妊に対する治療は,男性の妊孕能回復を目的とした薬物療法と手術療法,そして
妊孕能の低い配偶子(精子)
による妊娠を目的にした生殖補助医療技術(assisted reproductive technology:ART)の3種類に大別される.
①薬物療法(表 E-4-2)
-5)
造精機能障害による男性不妊症は全体の70∼90%を占めるが,そのほとんどが原因の
わからない特発性造精機能障害のため治療を困難なものにしている.精子形成に必要な栄
養素やホルモンの補充,障害となる物理的,化学的,生物学的悪条件の除去が治療の主体
である.
治療効果が期待できるのは,FSH,LH が正常の中等度乏精子症に限られ,FSH,LH
が高値の症例,精巣容積が8∼10ml 以下と小さい症例,精巣生検で高度造精機能障害と
診断された症例では薬物療法の効果は期待できない.
一般的に薬物療法の奏効率はそれほど高くない.薬物療法の位置づけとしては,単独で
用いられるより ART との併用で採用される場合が多い.また,薬物療法の治療効果の評
価は少なくとも3カ月間投与してから行う必要がある.内服継続の中断例が多いことも薬
物療法の問題点である.ビタミン E などの薬剤では6カ月間以上の投与が必要である.薬
物療法は漫然と実施せず,有効性を認めなかった場合では,治療方針を立て直して ART
などを選択する.
薬物療法として使用される薬剤によって内分泌療法と非内分泌療法とに分類される.
②手術療法
造精機能回復を目的にした精索静脈瘤に対する手術と,精路通過障害に対する精路再建
術がある.
A.精索静脈瘤(varicocele)
に対する手術
内精静脈への血流の逆流と鬱滞で起こる精索静脈瘤では,陰囊内温度の上昇が起こり造
精機能が低下する.挙児希望があり,精索静脈瘤を認め,造精機能障害を認める場合は,
手術適応がある.静脈の逆流をなくす目的で,以前は内鼠径輪上方に切開を加え,高位結
紮をおくことが多かったが,最近では,顕微鏡下に陰囊部での結紮切断(低位結紮術)
が広
く行われている.文献的には,術後の精液所見の改善率は40∼60%である.術後1年以
内に妊娠に至らない場合や,高度造精機能障害を認める症例では,ART を考慮する.
(表 E42)
4) Johnsen’
sscor
e7)
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2009年 6 月
N―197
(表 E42)5)
男性不妊症の薬物療法
一般名
HMG
HCG
エナント酸テストステロン
プロピオン酸テストステロン
メチルテストステロン
クエン酸クロミフェン
シアノコバラミン(VB12)
酢酸トコフェロール
アスコルビン酸
カリジノゲナーゼ
ATP
CoQ10
補中益気湯
八味地黄丸
牛車腎気丸
保険適応
効果が期待できる病態
投与例
なし
乏精子症
75~ 150I
Uを 1~ 2回/
週
造精機能不全
乏精子症
1,
000~ 5,
000I
Uを 1~ 2回/
週
造精機能不全
乏精子症
造精機能不全
乏精子症
造精機能不全
乏精子症
なし
乏精子症
25~ 50mg/
日
なし
乏精子症
1,
500μg/
日
なし
精子無力症
100~ 300mg/
日
なし
乏精子症
1g/
日
なし
乏精子症,精子無力症 50~ 600u/
日
なし
乏精子症,精子無力症 150~ 300mg
なし
乏精子症,精子無力症 15~ 30mg
陰萎
精子無力症
7.
5g/
日
陰萎
乏精子症
7.
5g/
日
なし
乏精子症
7.
5g/
日
B.精路再建術
a.精管精管吻合術
顕微鏡下に閉塞部分を切除したうえで精管を吻合し,再開通させる.
b.精巣上体精管吻合術
両側精巣上体炎などでおこる精巣上体での精路通過障害に対して施行される.精巣上体
と精管とを直接吻合する手術である.
C.人工精液瘤造設術
精管の欠損や障害範囲が広範なため吻合術が不可能な症例に行われる.合成樹脂製ある
いはシリコン製の人工精液瘤を精巣上体に埋め込み,そこに貯留してくる精液を穿刺回収
し人工授精など ART に利用する.
③生殖補助医療技術
男性不妊症では薬物療法や手術療法の効果が比較的限られているため,最近では配偶子
操作による生殖補助医療技術が治療の中心になっている.生殖補助医療技術の項参照.
《参考文献》
1.三浦一陽.男性不妊症患者の原因分類,生殖医療のコツと落とし穴,吉村泰典編,
中山書店,2004
2. WHO laboratory manual for the examination of human semen and spermcervical mucus interaction. Fourth edition. World Health Organization. Cambridge : University Press, 1999
3.日本泌尿器科学会"
精液検査標準化ガイドライン作成ワーキンググループ編,精液検
査標準化ガイドライン,東京:金原出版,2003
4.Yanagimachi R, Yanagimachi H, Rogers BJ. The use of zona-free animal ova
as a test-system for the assessment of the fertilizing capacity of human spermatozoa. Biol Reprod 1976 ; 15 : 471―476
5.Burkman LJ, Coddington CC, Franken DR, et al. The hemizona assay (HZA) :
development of a diagnostic test for the binding of human spermatozoa to the
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N―198
日産婦誌61巻 6 号
human hemizona pellucida to predict fertilization potential. Fertil Steril 1988 ;
49 : 688―697
6.Jeyendran RS, Van der Ven HH, Perez-Pelaez M, et al. Development of an assay to assess the functional integrity of the human sperm membrane and its
relationship to other semen characteristics. J Reprod Fertil 1984 ; 70 : 219―
228
7.Johnsen SG. Testicular biopsy score count―a method for registration of spermatogenesis in human testes : normal values and results in 335 hypogonadal
males. Hormones 1970 ; 1 : 2―25
3)機能性不妊症
不妊症の検査を行っても,その原因が特定できないものを機能性不妊あるいは原因不明
不妊という.しかし,全く原因がないということは考え難く,
「原因をみつけることが現在
の診断技術では困難な不妊症」と定義すれば理解しやすい.当然のことながら診断技術の
進歩に伴ってその数は減少していくと思われるが,まだまだ日常診療において遭遇するこ
とが少なくない.機能性不妊症と原因不明不妊症(unexplained infertility)
の定義上の違
いについては明確にはされていない.
従来の検査法に加えてさらに詳細な内分泌学的,免疫学的,内視鏡的検索から原因を探
ろうという努力がなされ,精子の受精能力についても検討が進められている.機能性不妊
の原因と推定される因子については表 E-4-3)
-1にまとめた1).
1)機能性不妊症の頻度
不妊症の頻度は全夫婦の約10∼15%といわれるが,その中でいわゆる機能性不妊は
10∼20%と報告されている.各々の施設で診断基準や検査する項目が必ずしも一致して
いるわけではないのでその頻度は一定していない.
2)機能性不妊症の診断
機能性不妊の病態を特定することは極めて難しい.問診,内外診の再検討はもとより,
不妊症のスクリーニング検査そしてルーチンの検査から示されたデータをよく見直し,疑
わしい項目について再評価,再検査を行う.
①女性側因子
A.規則的な排卵があるか
すなわち十分に成熟した卵子の排卵が規則的に行われているか,黄体化未破裂卵胞症候
群が隠れていないか,黄体機能不全や潜在性の高プロラクチン血症はないか,などに注意
する.
a.排卵の確認
月経がみられない場合は無排卵であるが,月経が認められても排卵が起こっているとは
限らない.
排卵の確認には次の3点を満足することが必要である.
(1)基礎体温が2相性.
(2)超音波断層検査による発育卵胞の消失と子宮内膜の変化.
(3)基礎体温高温相中期の血中プロゲステロン値が10ng"ml 以上を示す.
b.機能性不妊で問題になる排卵障害の診断
(a)黄体機能不全
排卵はあるが,黄体組織からのプロゲステロン産生量が低下するか,あるいはその産生
期間が短縮した病態をいう.無排卵ではないが,着床障害のため不妊になりやすい.黄体
機能不全の統一された診断基準はない.基礎体温上,低温相の平均温度より0.3℃上昇し
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2009年 6 月
N―199
(表 E43)1) 機能性不妊の原因では
ないかと推定される病態
(1)黄体化未破裂卵胞症候群
(2)潜在性高プロラクチン血症
(3)黄体機能不全
(4)軽症子宮内膜症
(5)軽度卵管癒着
(6)精子―頸管粘液適合不全
(7)抗精子抗体,抗卵子抗体の存在
(8)生殖器感染症
(9)精子機能不全
(10)性交障害
た時点から高温相日数を算定し,その期間が
10∼12日未満であった場合,また黄体期
(高
温相5∼9日目)
に2回測定した血中プロゲス
テロン値が2回とも10ng"ml 未満であった
とき,本症を疑う.周期によって,血中プロ
ゲステロン値は変動するので,2周期連続し
て10ng"ml 未満であったとき,黄体機能不
全とすべきとする報告もある.また,高エス
トラジオール環境が,着床障害を起こす可能
性があることから,プロゲステロン"
エスト
ラジオール比が,50∼55以下を黄体機能不
全とする報告もある.
(b)黄体化未破裂卵胞症候群(luteinized
unruptured follicle syndrome:LUFS)
基礎体温2相性かつ月経を認めるにも関わらず排卵の確認が得られないときは,黄体化
未破裂卵胞症候群を考え超音波断層診断装置を用いて卵胞の未破裂と黄体の存続を確認す
る.本症候群の病態はよくわかっていないが,卵巣表面が線維性組織や他臓器によって覆
われているため排卵が障害されるとか,卵胞破裂(排卵)
に関与するプロスタグランディン
の産生低下などが示唆されている.子宮内膜症や卵巣周囲の癒着がある症例に多い.
(c)潜在性高プロラクチン血症
高プロラクチン血症は種々の程度の排卵障害をきたすが,その機序は(1)
dopamine の
代謝が促進されて視床下部からのゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)
分泌が減少する,
(2)
黄体形成ホルモン(luteinnizing hormone;LH)の律動性分泌が消失して卵胞発育が
障害される,
(3)
positive feedback 機序が障害されて LH の周期的放出が起こらなくな
る,
(4)
一過性の高プロラクチン血症が黄体機能不全の一因となる,ことに起因する.
表 E-4-3)
-2に高プロラクチン血症の原因となる疾患を示した.図 E-4-3)
-1にその診
断過程をまとめた2).
プロラクチン放出因子である TRH
(甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン)
の負荷試験でプ
ロラクチン分泌反応を検索し,過剰なプロラクチン分泌を示す潜在性高プロラクチン血症
を診断することが重要である.TRH 500µg を静注もしくは筋注し,15∼30分後の血中
PRL 値が70∼75ng"ml 以上を示すときは潜在性高プロラクチン血症と診断され,高プ
ロラクチン血症と同様の治療対象になる2).
B.卵管の機能は正常か
卵管は生殖器官として極めて重要である.子宮卵管造影法(hysterosalpingography:
HSG)
あるいは卵管通気法(描写式卵管通気法,ルビン試験:Rubin test)
で異常が認めら
れない場合でも,腹腔鏡検査で微細な異常所見が認められることがある.
C.骨盤内の癒着所見,子宮の形態異常,子宮内膜症などが存在しないか
a.腹腔鏡検査(laparoscopy)
腹腔鏡検査により,腹腔内の観察を行う.卵管の通過性の検索はもちろんのこと,卵管
周囲癒着や卵管采の状態を,詳細に観察する.特に卵管采の皺壁の状態は,腹腔内洗浄液
で卵管を浮遊させて,観察する.腹膜病変が中心の軽症の子宮内膜症は,腹腔鏡検査によっ
て診断が可能である.クラミジア感染症などでは,肝周囲炎による,肝臓表面に癒着を伴
うことがある.
b.子宮鏡検査(hysteroscopy)
子宮内腔の観察用には一般に軟性子宮鏡が用いられている.細い内視鏡を腟・頸管を経
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N―200
日産婦誌61巻 6 号
(表 E43)2) 高プロラクチン血症の原因
1. 生理的な要因
2. プロラクチン産生下垂体腺腫
(プロラクチノーマ)
3. 間脳障害
機能性
器質性
4. 薬剤性
中枢神経系薬剤
胃腸薬
降圧剤
ホルモン剤
ストレス,運動,妊娠,乳頭刺激など
Chi
ar
i
Fr
ommel症候群
Ar
gonz
del
Cast
i
l
l
o症候群
間脳および近傍の腫瘍
クロールプロマジン
ハロペリドール
イミプラミン
アミトリプチリン
メトクロプラミド
スルピリド
シメチジン
アルファメチルドーパ
レセルピン
TRH
エストロゲン剤
5. 内分泌疾患
原発性甲状腺機能低下症
Acr
omegal
y
多囊胞性卵巣症候群
6. 腎不全
7. その他
(和田裕一:Per
i
nat
alCar
e,1995)
由して子宮内に挿入し,子宮腔内の状態を直視下に観察する.粘膜下筋腫,内膜ポリープ,
子宮腔癒着,子宮中隔などの診断に有益である.検査終了後,子宮内腔に灌流液が留まる
ことが多いので,この状態で経腟超音波検査(sonohysterography)
を行うと,子宮内腔
病変の描出が容易となる.
D.生殖器感染症は存在しないか
不妊症に関連する感染症は昔は性器結核が有名であったが,現在ではほとんどみられな
い.近年では性感染症(sexually transmitted disease:STD)
がこれに代わっている.と
くにクラミジア・トラコマティスは生殖器内を上行し腟炎,子宮頸管炎,付属器炎,骨盤
内感染症を引き起こし,卵管炎の後遺症として卵管狭窄,卵管閉鎖,卵管周囲癒着を来た
すため,不妊症との関連が注目されている.クラミジア感染症は症状の出にくい不顕性感
染症である場合が多い.原因不明不妊症では積極的に頸管内分泌物の抗原検査や,血中の
IgG 抗体,IgA 抗体の検索を行い,クラミジア感染症が疑われる場合には不妊カップル両
者に薬物療法を行う.
②男性側因子
男性側の一般的な不妊検査は精液性状の検査である.精液検査が正常であることを確認
し,さらに精子の機能検査を行う.男性不妊症の項参照.
③両性因子
男性,女性個々に異常はないが,両性の適合性に異常の認められる場合がある.
射精され腟内にプールされた精液から精子が最初に移動し通過するのが頸管粘液
(cervical mucus:CM)
である.その通過能を確認することは精子の妊孕能を検索する上で重
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2009年 6 月
N―201
無月経・無排卵
プロラクチン測定
プロラクチン 15ng/ml 以上
薬剤性
問診
プロラクチン
TSH↑
抗甲状腺抗体陽性 40ng/ml 以上
原発性甲状腺
機能低下症
プロラクチン 15ng/ml 以下
プロラクチン
40ng/ml 以下
トルコ鞍撮影
MRI
CT
異常所見
プロラクチノーマ
TRH 試験
正常
過剰反応
正常
潜在性
高プロラクチン血症
機能性高プロラクチン血症
プロゲステロン試験
etc.
(図 E43)1) プ ロ ラ ク チ ン に 関 す る 排 卵 障 害 の 診断(和 田 裕 一:Per
i
nat
al
Car
e,1995)
要である.精子と頸管粘液の適合性を調べる
検査法には以下のようなものがある.
A.性 交 後 検 査(postcoital test)
,フ ー
1.頸管因子
ナー試験
(Huhner
test)
(1)器質的障害:頸管狭窄,裂傷,頸管
in vivo で施行される精子―CM 適合試験
ポリープ,子宮腟部びらん
である.
(2)炎症:急性・慢性頸管炎
(3)頸管粘液の異常:量的不良,性状不良
排卵日に合わせて性交を行わせ,一定時間
2.男性不妊
後,後腟円蓋部貯留液と CM を採取して顕
(1)乏精子症
微鏡下に精子の有無を観察する.後腟円蓋部
(2)精子無力症
貯留液中に精子を認めることは,腟内に確実
(3)奇形精子症
に射精が行われたことを意味する.頸管下部
(4)精液減少症
の検査では,統一された診断基準はない.
(5)その他
WHO では,検査前夜に性交を行い,9∼24
3.免疫因子
(1)女性側抗精子抗体陽性
時間以内に CM を採取し,CM 中に1つでも
(2)男性側抗精子抗体陽性
高速直進運動精子を認めれば,頸管因子は除
外できるとされている.一般に400倍の視野
の中に運動性のある精子が25個以上みつけ
られれば,性交後検査良好と診断される.直進性を示す運動性の良好な精子であれば10
個以上でもかまわない.CM の場合は,運動性のある精子が10個以上確認されれば正常
と判定される.
性交後検査が不良もしくは陰性と診断されたときは,夫婦のみならず妊孕性の確認され
ているドナーの精子や CM を用いて in vitro での交叉適合(cross-match)
試験を行う.
B.ミラー・クルツロック試験(Miller-Kurzrok test)
in vitro で行われる精子―CM 適合試験の一つである.
(表 E43)3) 精子―頸管粘液適合試
験不良例の原因
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N―202
日産婦誌61巻 6 号
(表 E43)4) 抗精子抗体の検出法
(1)精子凝集試験(sper
m aggl
ut
i
nat
i
ont
est
:SAT)
(2)精子不動化試験(sper
mi
mmobi
l
i
z
at
i
ont
est
:SI
T)
(3)酵素免疫測定法(enz
ymel
i
nkedi
mmunosor
bentassay:ELI
SA)
(4)イムノビーズ試験(i
mmunobeadbi
ndi
ngt
est
:I
BT)
(5)混合グロブリン反応(mi
xedant
i
gl
obul
i
nr
eact
i
on:MAR)
(6)蛍光抗体法
(i
mmunof
l
uor
escencet
est
:I
F)
(7)ラジオイムノアッセイ(r
adi
oi
mmunoassay:RI
A)
(8)ウエスタンブロット法(West
er
nbl
otanal
ysi
s)
排卵周辺期に採取された CM を1滴スライドガラス上に置き,その近くに検査対象精液
を置いてカバーグラスで覆い,CM と精液の境界を鏡検する.正常例では精子が精液から
CM 内に進入するのが観察されるが,不適合例ではこの現象が起きない.
C.クレマー試験(Kremer test)
CM を満たした毛細管を精液の入れられた容器に垂直に立て,一定時間後 CM 内を進
む精子を鏡検する.1時間内に先頭精子が20∼30mm 上昇する場合正常と判定する.
精子―CM 適合検査が不良と判定されたときは,頸管因子,男性因子あるいは免疫因子
による不妊を考慮しなければならない.それらの原因については表 E-4-3)
-3にまとめ
た3).
④免疫因子
免疫因子が関与する機能性不妊は比較的多いと考えられている.不妊に関与する免疫因
子としては,精子に対する自己抗体・同種抗体,透明帯抗体,その他の自己抗体などがあ
げられている.
免疫因子による不妊症の病態は必ずしも明確ではないが,女性血清中に抗精子抗体が高
レベルで存在すると,精子の頸管粘液や女性生殖管内への進入が阻止され,受精そのもの
も障害されるといわれている.男性に生じた抗精子自己抗体は精子の運動性低下や凝集を
引き起こし,不妊の原因になる.
抗精子抗体の検出には通常患者血清が用いられ,表 E-4-3)
-4に示すような検出法が知
られている.抗精子抗体の検出率は不妊症全カップルで男性5∼10%,女性7∼15%であ
り,機能性不妊に限るとこの頻度は3∼5倍に増加するといわれる.
抗透明帯抗体については in vitro で受精障害,発生障害が確認されているが,臨床的意
義に関しての詳細は不明である.
3)機能性不妊の治療
機能性不妊の治療に関しては必ずしも一定の見解は得られていない.
できうる限り検査法の再評価を行うことで,不妊原因の特定につとめ,それに応じた治
療を積極的にすすめる.
原因がつかめない症例に対しての治療法選択は難しいが,現在のわが国の結婚年齢,妊
娠年齢の高齢化を考えると(女性の平均初婚年齢は28歳,平均初妊年齢は29歳といわれ
る)
,手をこまねいている時間はあまりない.効果を上げている機能性不妊の治療法とし
ては,積極的な排卵誘発,排卵誘発に配偶者間人工授精を併用する方法,そして各種生殖
補助医療技術の応用がある.
①排卵誘発法(controlled ovarian hyperstimulation:COH)
排卵が認められる症例でもクロミフェンや hMG+hCG による排卵誘発が有効な場合
がある.黄体機能不全,黄体化卵胞未破裂症候群などにも効果がある.しかし,自然の排
卵がみられる症例への本療法の導入は卵巣過剰刺激症候群の発症を招きやすいので,治療
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2009年 6 月
N―203
中は厳重な管理を必要とする.
②排卵誘発+配偶者間人工授精(controlled ovarian hyperstimulation+intrauterine
insemination:COH-IUI)
排卵誘発法に配偶者間人工授精を併用すればその効果はさらにアップする.待機療法に
比べ約3∼4倍の妊娠率が期待できる.IUI は免疫性不妊症,精子―頸管粘液適合不全,精
子の受精能低下,性交障害症例等にも有効である.
③生殖補助医療技術(assisted reproductive technology:ART)
COH-IUI を何回か試しても妊娠しない症例には体外受精―胚移植(in vitro fertilization
and embryo transfer:IVF-ET)
をはじめとする各種 ART が応用される.IVF-ET は子宮
内膜症,腹腔内癒着症例,免疫性不妊にも有効である.どの時点で,どの方法の ART を
導入するかは種々意見のあるところであり,ケースバイケースで慎重に検討すべきである
が,患者への身体的・社会的負担の大きいことから濫用すべきものではない.
《参考文献》
1.星 和彦,内田雄三.機能性不妊.産婦実際 2000;49:1503―1513
2.和田裕一,大井嗣和,高橋克幸.高プロラクチン血症に伴う排卵障害の治療.星
和彦編 不妊治療とそのケア(Perinatal Care 95新春増刊) 大阪,東京:メディ
カ出版,1995 ; 41―46
3.ベッドサイドの婦人科疾患の診かた.星 和彦,佐藤 章編.東京:南山堂,1999
〈星
和彦*,笠井
剛**〉
*
Kazuhiko HOSHI, **Tsuyoshi KASAI
Yamanashi University, Yamanashi
**
Department of Obstetrics and Gynecology, Yamanashi University Hospital
The Center for Reproductive Medicine and Infertility, Yamanashi University Hospital
Key words : Male infertility・Semen analysis・Sperm function tests・Testicular biopsy・
Varicocele
索引語:男性不妊症,精液検査,精子機能検査,精巣生検,精索静脈瘤
Key words : Unexplained infertility ・ Luteal insufficiency ・ Luteinized unruptured follicle
syndrome・postcoital test・Controlled ovarian hyperstimulation
索引語:原因不明不妊症,黄体機能不全,黄体化未破裂症候群,精子頸管粘液,性交後検査,過
排卵誘発
*
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N―204
日産婦誌61巻 6 号
E.婦人科疾患の診断・治療・管理
Diagnosis, Treatment and Management of Gynecologic Diseases
8.腫瘍と類腫瘍
Tumor and Kind Tumor
5)緩和ケア
はじめに
2002年に世界保健機関(WHO)
は,
『緩和ケアとは,生命を脅かす疾患に起因した諸問
題に直面している患者と家族の生活・生命の質(QOL)
を改善するための取り組みで,痛
み,その他の身体的・心理的・スピリチュアルな諸問題の確実な診断,早期治療によって
苦しみを予防し,苦しみから解放することを目的とする』と定義し,緩和ケアをより早期
から行うことの重要性と,根治・延命を目指す積極的な治療(化学療法,放射線療法)
とも
共存しうることを述べている.
日本でも,2007年に施行された「がん対策基本法」の中で,治療早期から緩和ケアが
適切に導入されることの重要性が述べられており1),特に産婦人科領域の悪性腫瘍では,
疼痛のほか,さまざまな消化器症状が出現することが多いため,この章では疼痛と消化器
症状のコントロールを中心に述べる.
【疼痛の緩和】
①疼痛の評価
疼痛は主観的な感覚であるため,その評価は,患者自身の評価が優先される.そこで患
者に,疼痛の部位や性状,強さ,疼痛が悪化する因子,軽減する因子などを尋ね,できる
限り正確に疼痛を評価する.
疼痛の原因は侵害受容性疼痛と神経障害性疼痛に分類され,侵害受容性疼痛にはさらに
内臓痛と体性痛がある.一般的に,内臓痛は臓器が伸展することなどによって生じる局在
が曖昧な鈍い痛み,体性痛は骨転移痛など局在がはっきりした明確な痛み,神経障害性疼
痛は神経への圧迫や浸潤などによる痛みで,異常知覚(ビリビリと電気が走るような痛み
など)
を伴うことが多いとされている.痛みの原因によって鎮痛薬の効き方や選択が異な
ることもあり,疼痛評価においてこれらの分類はしばしば重要となる.
痛みの出現の仕方には大きく持続痛と突出痛がある.持続痛は「一日を通してずっと痛
い」ものであるため定期的な鎮痛薬の投与が重要となる.突出痛は「痛みは大体おさまっ
ているが,突発的に出現する痛み」であり,疼痛出現時に必要に応じて鎮痛薬の追加
(レ
スキュー・ドーズという)
を投与することが重要である.
疼痛の程度を評価する方法にはさまざまなものがあるが,臨床的によく用いられている
もののひとつに Numeric Rating Scale
(NRS)
がある.これは,
「全く痛みがない状態を0,
これ以上強い痛みはないという最大の痛みを10」とした時に,現在の痛みがどれくらい
かを尋ねるものである.また数字に代わって長さで答える Visual Analog Scale
(VAS)
もよく用いられる.
疼痛が悪化する因子,軽減する因子については,例えば「体を動かそうとすると痛い(体
動時痛)
」
や,
「次の鎮痛薬を服用する前に痛くなる(薬の 切 れ 際 の 痛 み=end-of-dose
pain)
」
「
,安静にしていれば痛くない」や「マッサージすると痛みが和らぐ」などがある.
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2009年 6 月
N―205
●痛みの出かたには 2 種類ある
痛みの出かた
安静時痛
「一日を通してずっと痛い」
突出痛
「大体良いが,時々痛む」
基本的な治療方針
NRS 10
オピオイドを増量する
0
NRS 10
レスキューを使用する
0
突出痛には,①薬の切れ際の痛み(定期的な鎮痛薬を飲む少し前に痛くなるもの : end-of‒dose
failure) ②体動時痛 ③予測できない突発的な疼痛がある.
●がん性疼痛には 3 種類ある
内臓痛
腹部の腫瘍など,局在が曖昧な鈍い痛み
オピオイドが効きやすい
体性痛
骨転移など,局在の明確な痛み
突出痛に対するレスキューが必要
神経障害性疼痛
神経への圧迫・浸潤による,電気が走る
ような,しびれる痛み
難治性で,オピオイドに加え,鎮
痛補助薬を要することが多い
神経障害性疼痛が考えられる場合には,鎮痛補助薬
(抗けいれん薬,抗うつ薬,抗不整脈薬,
NMDA 受容体拮抗薬,副腎皮質ステロイド薬等)を併用する.有効率は 40 ∼ 60% とされる.主
な副作用として眠気がある.
ステップ緩和ケア.緩和ケア普及のための地域プロジェクト(厚生労働科学研究がん 対策のための戦略研究)2008
(図 E85)1) 痛みの性状による鎮痛薬の使い分け
WHO 三段階治療ラダー
強オ
階
± 非オピオイド鎮
段
ピオイ 痛薬
三
± 鎮痛 ド鎮痛薬 第
痛み
補助薬
の残
存ま
たは
弱オ
増強
± 非 ピオイ
階
オピ ド鎮痛
段
オ
± 鎮 イド鎮 薬
二
痛み
痛補
痛
助薬 薬 第
の残
存ま
たは
非オ
増強
ピオ
イド
±鎮
階
鎮
痛補 痛
段
助薬 薬
一
痛み
第
鎮痛薬使用の 5 原則
①経口投与が基本.
②時間を決めて定期的に投与.
・
「疼痛時」だけ使用しない.
・
「毎食後」というような曖昧な時間ではな
く,8 時間ごと,12 時間ごと等投与する.
③ラダーに沿って,痛みの強さに応じて投与.
・まず,非オピオイド系鎮痛薬
(アセトアミノフェンか NSAIDs)を,効
果不十分な場合はオピオイドを投与する.
オピオイドは疼痛の強さによって決める.
④患者ごとに最適な投与量を投与.
・鎮痛効果と副作用のバランスが最も良い
量で投与する.オピオイドに上限や標準
投与量はない.
⑤患者ごとに細かい配慮を.
・レスキューを指示し,説明する.
・副作用対策をし,説明する.
・オピオイドについての誤解をとく.
(図 E85)2) WHO方式がん疼痛治療法
これらを総合的に把握したうえで,実際の疼痛治療の計画を立てる(図 E-8-5)
-1)
.
②疼痛の治療
WHO 方式がん疼痛治療法は国際的な標準手法となっており2)
(図 E-8-5)
-2)
,適切に用
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N―206
日産婦誌61巻 6 号
●オピオイド投与換算表(モルヒネの力価を基準として,各々の薬の必要量を計算し,換算した表 )
経口モルヒネ(mg/day)
30
60
120
240
360
モルヒネ坐薬(mg/day)
40
80
160
240
オキシコドン(mg/day)
40
80
160
240
5
10
15
フェンタニルパッチ(mg/3day)
2.5
フェンタニル MT パッチ(mg/3day)
モルヒネ静注・皮下注(mg/day)
2.1
15
4.2
30
8.4
60
16.8
120
25.2
180
●先行オピオイドを減量・中止するタイミング
12 時間徐放性オピオイド
内服と同時に貼付し,次回より中止,減量
24 時間徐放性オピオイド
内服の 12 時間後に貼付し,次回より中止,減量
モルヒネ注射
貼付 6 時間後に中止,減量
がん緩和ケアガイドブック,日本医師会.2008
(図 E85)3) 他のオピオイドへ変更する方法
いれば80∼90%の痛みを緩和できるといわれている.
軽度の痛みには,非オピオイド鎮痛薬として非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)
かアセ
トアミノフェンの定時投与を開始する.続いて中等度の痛みには,弱オピオイド
(リン酸
コデイン)
を開始することになっているが,必ずしもこのステップを踏まなければならな
いというわけではなく,むしろ強オピオイドを低用量から開始することが一般的である.
強い痛みに対しては非オピオイド鎮痛薬に加えて強オピオイド(モルヒネ,フェンタニル,
オキシコドン)
を用いる.抗けいれん薬,抗うつ薬などの鎮痛補助薬はいずれの段階でも
必要に応じて使用が検討される.特に神経障害性疼痛が疑われる場合には上記薬剤との併
用が効果的とされている(図 E-8-5)
-3)
.非オピオイド鎮痛薬とオピオイド鎮痛薬は薬理
学的に作用機序が異なるため,併用により相加効果が期待できる.
鎮痛薬の使用にあたっての WHO の5原則を以下に述べる.
(1)適切な投与経路を用いる.
患者負担の少ない経口投与が基本である.坐剤,注射などの投与経路は経口投与が困
難な場合に用いる.筋肉注射は可能な限り選択するべきではない.
(2)時間を決めて規則正しく投与する
痛くなってから服用するのではなく,定時投与により可能な限り痛みの出現を予防す
ることが基本である.つまり「疼痛時」や「毎食後」といった指示ではなく,
「8時間ごと」
や「12時間ごと」など,一定の間隔で投与する.
(3)痛みの強さに応じて適切な鎮痛薬を選択する.
WHO 方式3段階除痛ラダーに従って,ある段階での鎮痛効果が不十分なら,1また
は2段階上の鎮痛薬に変更する.
(4)患者ごとに鎮痛薬の量を決定する
初回投与量で開始し,鎮痛効果と副作用を見ながら投与量を調整する.
オピオイドに関しては,患者ごとに必要量が大きく異なることを銘記しておく必要が
ある.適切な量は,鎮痛効果と副作用のバランスが最もとれている量である.
(5)患者に見合った細かい配慮をする
「モルヒネを使うと寿命が短くなる」あるいは「モルヒネは最後の手段」といった,
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2009年 6 月
N―207
オピオイドに対する誤解を解く.
痛みが軽減しても,副作用による新たな苦痛が生じないよう,予防に努める.NSAIDs
使用時の制酸剤や胃粘膜保護剤,オピオイド使用時の制吐剤,緩下剤がこれにあたる.
③各鎮痛薬の特徴
1.非オピオイド系鎮痛薬
NSAIDs の使用が一般的である.ジクロフェナクナトリウム(ボルタレンⓇ)
は,強力な
消炎鎮痛作用を有しているが胃腸障害の頻度も高いといわれている.ロキソプロフェンナ
トリウム(ロキソニンⓇ)
は,プロドラッグであるため,胃腸障害が比較的少ないといわれ
ている.また,ナプロキセン(ナイキサンⓇ)
は,半減期が約14時間と長く,1日2回の投与
で鎮痛効果を維持できるほか,腫瘍熱に対しても有効なことが多いとされる.メロキシカ
ム(モービックⓇ)
は,半減期が約28時間と長く,1日1回の投与で鎮痛効果を維持できる.
さらに COX-2選択的阻害薬であるため,上記薬剤と違って H2ブロッカーやプロトンポン
プインヒビターの併用は必須ではない.フルルビプロフェンアキセチル(ロピオンⓇ)
はが
ん性疼痛に用いることのできる NSAIDs のうち,唯一の注射剤である.脂肪乳化製剤に
することで炎症組織に対する drug delivery を良くしている.
2.弱オピオイド系鎮痛薬
リン酸コデインは経口投与すると約10%がモルヒネに変換されて鎮痛効果を発揮する.
また半減期は約3.5時間のため,鎮痛維持のためには4時間ごとの投与が必要である.鎮
痛効果は経口モルヒネの約10分の1であるといわれている.リン酸ジヒドロコデインの鎮
痛効果はリン酸コデインとほぼ同等とされるが,約2倍の鎮咳効果があり,肺癌等で難治
性の咳嗽のある患者に対して効果的なことがある.ただ,すでにモルヒネを服用している
患者においては当薬を加えることで鎮咳効果が増すことは期待できない.
3.強オピオイド系鎮痛薬
モルヒネ
強オピオイド鎮痛薬の代表はモルヒネである.鎮痛効果だけでなく,鎮咳や呼吸困難の
軽減にも有効である.剤形が豊富であり,個々の患者に合わせた投与経路の選択が行いや
すいのが特徴である.速放製剤としては,モルヒネ末,水薬・錠剤がある.吸収・効果は
いずれも同等である.レスキュー時の1回量は定時投与されているモルヒネの1日量の1"
6
を目安に行う.モルヒネの徐放製剤もさまざまな商品(MS コンチンⓇ,パシーフⓇ,ピー
ガードⓇ,カディアンⓇなど)
が作られており,用途によっての選択が可能となっている.
注意すべきは,徐放錠を粉砕すると徐放効果を失うため徐放剤として用いることはできな
いことを銘記しておく必要がある.モルペス細粒Ⓡは,モルヒネ徐放製剤の中で唯一の粉
末製剤であり,味も良く,経管栄養剤と混合して投与することも可能である.
オキシコドン
経口投与したオキシコドンは,経口モルヒネの約1.5倍の鎮痛効果を有する.副作用の
頻度はモルヒネとあまり差はないとされているが,代謝産物に薬理作用がないため腎機能
障害時にはモルヒネよりも使いやすいとの意見もある.オキシコドンの速放製剤(オキノー
ム散Ⓡ)
は,半減期が約4∼6時間と長く,1日4回の投与で鎮痛維持も可能であるが,レス
キューとして使用する場合の1回投与量は,オキシコドンの1日投与量の1"
6が目安であ
る.
フェンタニル
フェンタニルは経口モルヒネの約100倍の鎮痛効果を有するとされる(図 E-8-5)
-4参
照)
.フェンタニル貼付剤(デュロテップパッチⓇ)
は現在,リザーバー製剤とマトリックス
製剤がある.いずれも初回貼付では十分な鎮痛効果が現れるまでに約12時間を要し,ま
たパッチを剝離した場合にも薬理作用が消失するまでに約12時間を要するため,オピオ
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N―208
日産婦誌61巻 6 号
1) シリンジポンプ(写真 A)または PCA ポンプ
(写真 B)を用意する.
2) ①前胸部,腹部,大 部など皮下脂肪が厚い場所を選び,
②消毒した皮膚をつまみあげ,24G 留置針または 27G の翼状針を皮下に留置する.
③刺入部周囲をフィルムドレッシングで覆う.
3) 交換:週 1 回.発赤・腫脹があれば,そのつど交換する.
4) 入浴:入浴前に 1 時間分を早送りし,一時的にラインを外してもかまわない.
5) 注入量:1日必要量を持続投与する.1ml/hr までで,超える時は 2 ルートに分ける.
モルヒネの場合,高濃度塩酸モルヒネ注射液(200mg/5ml )を使用する.
皮下投与可能な薬剤:モルヒネ,フェンタニル,メトクロプラミド ( プリンペラン ®),
,ハロぺリドール
(セレ
臭化ブチルスコプラミン(ブスコパン ®)
ネース ®),ベタメタゾン(リンデロン ®)など多数.
皮下投与できない薬剤:プロクロルペラジン(ノバミン ®)
,ジアゼパム(セルシン ®)など.
写真 A
写真 B
日本医師会.2008
(図 E85)4) 持続皮下注射の方法
イドを変更する場合にはこの点に留意する.リザーバー製剤は,誤って切断すると内容液
が漏れるという危険があったのに対し,マトリックス製剤は,誤って切断した際にも薬液
が流出する心配がない.また,リザーバー製剤のデュロテップパッチⓇは2.5mg 製剤(経
口モルヒネ換算で約60mg"
日)
が最小であったが,マトリックス製剤のデュロテップ MT
パッチⓇはその半量に相当する2.1mg が発売されており,より低用量からの使用が可能と
なっている.
フェンタニルは腎機能障害を有する患者にも比較的安全に使用しやすく,嘔気・嘔吐,
便秘,眠気などの副作用もモルヒネと比べて少ないといわれている.
図 E-8-5)
-3に,各オピオイドの投与量の換算を示す.
なお,鎮痛補助薬の使用法については成書を参照されたい.
④オピオイドの副作用対策
オピオイドの主な副作用は,嘔気・嘔吐,眠気,便秘である.
1)嘔気・嘔吐
開始する投与量にもよるが,オピオイド開始時に3割程度の患者が嘔気・嘔吐を訴える
との報告もあり,オピオイドの投与開始時には制吐剤を予防内服することが薦められてい
る.制吐剤としては,オピオイドによる嘔気・嘔吐は主に延髄の化学受容 器 引 金 帯
chemoreceptor trigger zone
(CTZ)
を介して起こるため,中枢性のドーパミン受容体拮
抗薬であるハロペリドール(セレネースⓇ)
やプロクロルペラジン(ノバミンⓇ)
,メトクロプ
ラミド(プリンペラン)
などが有効であるが,錐体外路症状の出現に注意する.また,特定
の動作で嘔気・嘔吐が誘発されるなど,前庭神経を介した症状が疑われる場合には,嘔吐
中枢に作用する抗ヒスタミン薬(トラベルミンⓇ等)
が有用である.オピオイドの副作用と
しての嘔気は一般的に投与開始後2週間以内に消失することがほとんどである.
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2009年 6 月
N―209
2)眠気
オピオイド開始当初は眠気が出現することがあるが,これは数日で消失することが多い.
これまで痛みのために睡眠障害を来たしていた場合には,痛みの軽減により睡眠時間が長
くなることも臨床的にはしばしば経験される.また,進行がんの患者では,オピオイド以
外の原因,すなわち高カルシウム血症などの電解質異常,脳転移,腎機能障害,感染症な
どが眠気や傾眠の原因になっていることがあるため,その鑑別が重要となる.鎮痛効果が
乏しいにも関わらず眠気が出現する場合はオピオイドが効きにくい痛みであることも考慮
する.鎮痛効果は比較的良好だが,眠気が問題となるような場合には,他のオピオイドへ
の変更も検討する.
3)便秘
オピオイドによる便秘はほとんど必発である.投与開始直後よりみられ,嘔気や眠気と
異なり時間とともに軽快することはないため,オピオイド投与中は緩下剤の投与を継続す
ることが望ましい.緩下剤としては,腸管の蠕動運動を刺激する大腸刺激性下剤
(プルゼ
ニドⓇ,ラキソベロンⓇ等)
と,便の水分量を多くして便を軟らかくする浸透圧性下剤(酸化
マグネシウム,マグミットⓇ等)
を併用またはいずれか一方を使用する.また,腹部マッサー
ジ,鍼灸など薬物療法以外の方法も有用なことがある.
【消化器症状の緩和】
婦人科領域の悪性腫瘍で問題になるのが,腸閉塞や腹水などの消化器症状である.腸閉
塞は,悪心・嘔吐,腹部膨満,腹痛,便秘などの臨床症状と画像診断から診断する.
全身状態が比較的良好で,一定期間以上の予後が見込め,癌性腹膜炎や多量の腹水がな
く,閉塞部位が限局している場合は外科的に消化管の閉塞を解除する方がよい場合がある.
術式としては一般に人工肛門造設術や腸管バイパス術などが行われる.
手術適応がない場合には薬物療法が中心となり,疼痛管理に加えて,嘔吐が激しい場合
には制吐剤の投与が必要である.副腎皮質ステロイド剤は腫瘍周囲の炎症や浮腫を軽減し,
腸閉塞の改善に役立つことがある.また,オクトレオチドは,消化液の分泌抑制作用,水・
電解質の再吸収促進,腸管蠕動運動抑制作用があり,有用である.腸閉塞では,輸液と胃
管留置による吸引・減圧が一般的に行われるが,留置を長く続けることは大きな苦痛を伴
うことがあるため,特に原疾患の改善が見込まれない末期患者の場合は必要最小限に留め
ることも考慮すべきである.予後が1カ月以内と考えられる場合には,腸管分泌や全身浮
腫を悪化させる可能性がある高カロリー輸液は中止し,輸液量を500∼1,000ml "
day 程
3)
度に減らすことが推奨されている .
卵巣がんなどによる癌性腹膜炎から腹水を生じることは少なくない.腹水のコントロー
ルの1例として,K 保持性利尿薬のスピロノラクトン
(100∼200mg"
day,分1)
で開始し,
300∼400mg"
day まで増量しても効果が乏しければフロセミド(40∼80mg,分1∼2)
を
併用するという方法がある.ただ腹水の減少には,一般に10∼28日と長期間を要する.
効果があればループ利尿薬は減量する4).内科的治療に奏功しない場合には,腹水穿刺や
腹腔静脈シャントも考慮されるが,適応は慎重に検討すべきである.
最後に,癌が進行し,静脈ルートの確保が困難な場合や在宅医療を行う場合に有用な方
法として,持続皮下注射がある(図 E-8-5)
-4)
.シリンジポンプや PCA ポンプを用いて
必要な薬剤を皮下へ投与することができる.20G の留置針で500ml の維持輸液(ラクテッ
クⓇ,ソリタ T3,
T1など)
を3∼4時間かけて皮下投与することも可能である1).
以上,基本的な内容を述べた.より詳細な内容に関しては,成書等を参照して頂きたい.
《参考文献》
1.日本医師会.2008年度版がん緩和ケアガイドブック,日本医師会,2008
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N―210
日産婦誌61巻 6 号
2.World Health Organization(1996)Cancer Pain Relief 2 nd edn. Geneva : WHO,
1996
3.日本緩和医療学会.終末期患者に対する輸液治療のガイドライン 第1版,2006
4.Twycross R,Wilcock A.がん患者の症状マネジメント,医学書院,2003
〈辻
尚子*,多田羅竜平**,下山 直人***〉
*
Naoko TSUJI, **Ryohei TATARA, ***Naohito SHIMOYAMA
Section of Liaison Psychiatry & Palliative Medicine, Graduate School, Tokyo Medical and Dental
University, Tokyo
**
Department of Palliative Medicine and Pediatrics, Osaka City General Hospital, Osaka
***
Chief of Surgical Operation and Palliative Medicine Division, National Caner Center Hospital,
Osaka
Key words : Palliative care・Total pain・Quality of Life(QOL)
索引語:緩和ケア,トータルペイン,生活の質
*
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2009年 6 月
N―211
E.婦人科疾患の診断・治療・管理
Diagnosis, Treatment and Management of Gynecologic Disease
10.
4)広汎子宮全摘出術
はじめに
広汎子宮全摘出術は婦人科悪性腫瘍に対する手術の中で最も重要なものであり,産婦人
科医を志した医師の大きな努力目標である.本来,浸潤子宮頸癌(Ⅰb 期∼Ⅱb 期)
に対す
る根治手術として確立された術式であるが,これに加えて明らかな頸部間質浸潤を伴う子
宮体癌や腟上部に限局する浸潤腟癌に対しても適応される1).
本術式は,子宮頸癌の進展様式を考慮し,子宮を支持している前,中,後の子宮支帯,
すなわち膀胱子宮靭帯,基靭帯,仙骨子宮靭帯ならびに直腸腟靭帯の3つの靭帯をできる
だけ遠位部で切断して子宮を摘出することが基本的な概念である.そして,所属リンパ節,
すなわち基靭帯節,内腸骨節,閉鎖節,外腸骨節,仙骨節,総腸骨節,鼠径上節の各リン
パ節の系統的な郭清も本術式の本質である.
広汎子宮全摘出術の手術手順と要点2)∼4)を,われわれが行っている方法に基づいて解説
する.
手術手順
1.開腹
臍の左横から恥骨結合上縁まで下腹部正中切開を行う.
2.腹腔の観察・骨盤腹膜の展開
1)子宮の把持,腹腔内の観察
子宮円索,卵巣固有靭帯,卵管を直長コッヘル鉗子または,子宮把持鉗子で一括して挟
鉗,牽引し,子宮傍結合織への浸潤の程度,膀胱浸潤や直腸浸潤の有無をチェックする.
2)子宮円索の切断,広間膜の展開
子宮から約2cm 離れた部で子宮円索を結紮,切断し,次いで広間膜を切開,後腹膜腔
を展開する.
3)骨盤漏斗靭帯の切断
骨盤漏斗靭帯を二重結紮,切断する.卵巣を温存する場合は卵巣固有靭帯および卵管を
二重結紮,切断する.
4)膀胱子宮窩腹膜の切除,膀胱の暫定的剝離
膀胱子宮窩腹膜を横切開し,2本のミクリッツ氏腹膜鉗子で,膀胱側の腹膜を把持,足
方に牽引し,子宮翻転器を用いて鈍的に膀胱を足方に剝離,圧排し,子宮円蓋部までの暫
定的剝離を行う.この操作は広汎子宮全摘出術が可能か否かを判断するうえで大切な操作
である.
3.膀胱側腔,直腸側腔の展開
基靭帯処理に先だって行われる操作であり,リンパ節郭清後に施行してもよいが,骨盤
内の血管,尿管の走行などオリエンテーションがよくなるので,われわれは骨盤腹膜の展
開にひき続きこれらの操作を行っている.
子宮円索の下にある疎な結合織を,鈍的に分け入ってゆくと,外腸骨動静脈の内側,臍
動脈索の外側の膀胱に隣接する部で抵抗のないスペースに到達する.疎な結合織を下方に
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N―212
日産婦誌61巻 6 号
鈍的に剝離すると,小鶏卵大のスペースがで
きる.これが膀胱側腔である(図 E-10-4)
直腸圧排の方向
1)
.
子宮を上方に,臍動脈索を側方に,直腸を
内腸骨動脈
内側に牽引すると,広間腹後葉についた尿管
直腸
閉鎖神経
と内腸骨動脈の間に粗な間隙がみつけられ
る.この部が直腸側腔の入口部であり,この
部を左右に鈍的に開き,かつ下方に向かって
直腸側腔
腟管に沿うように鈍的に剝離をすすめると径
2cm 位のスペースができる.これが直腸側
腔である(図 E-10-4)
-1)
.
4.骨盤リンパ節郭清
骨盤リンパ節の郭清は系統的に行い,リン
済動脈索
滕
子宮
膀胱
パ節を周囲の脂肪組織を含めて一塊として摘
除する.なお,郭清に先立ち,動静脈の血管
膀胱側腔
基靭帯切断予定部
子宮動脈
鞘を切開剝離し,場合によっては血管テープ
をかけておくのも良い.われわれは以下の順
(図 E104)1) 膀胱側腔,直腸側腔と基靭
序で郭清している.
帯の位置関係
(文献 2)より引用)
1)総腸骨節,外腸骨節
広間膜を頭方に切開し,結合織を圧排し,
総腸骨動脈表面に達する.尿管を正中方向に排除し,総腸骨節を露出し,上端のリンパ管
を分離後,挟鉗・結紮切断する.次いで総腸骨節から外腸骨節へと足方に向かってリンパ
節を摘出する.
2)外鼠径上節
外腸骨節から,さらに足方に剝離をすすめ,鞍状鉤で腹壁を上方に牽引して外鼠径上節
を郭清する.リンパ管下端を結紮する.この部の操作は術後の下腿浮腫の原因となりやす
いので,郭清しすぎないようにする.
3)内鼠径上節
閉鎖静脈と静脈吻合枝を損傷せぬように摘出する.リンパ管下端は結紮する.
4)閉鎖節
外腸骨静脈血管鞘を内側から分離し,1)
の操作で腸腰筋から分離されていたリンパ節
を含む結合織とともに,外腸骨動静脈の内側から閉鎖節を一塊として摘出する(図 E-104)
-2)
.この操作にあたっては,閉鎖神経,閉鎖動静脈の損傷に注意する.
5)内腸骨節,仙骨節
外腸骨動静脈と内腸骨動静脈の間(いわゆる血管三角部)
のリンパ節を脂肪組織とともに
摘出する.内腸骨節からさらに足内方にすすむと仙骨節となるが,ここに転移することは
少ないので腫大がみられない限り摘出しない.
6)基靭帯節
3の操作によって展開されている膀胱側腔と直腸側腔に直腸鉤を挿入し,十分な視野を
確保し,基靭帯のリンパ節を脂肪組織とともに摘出する(図 E-10-4)
-3)
.基靭帯節の摘
出にあたっては,われわれはツッペルとヤンカー吸引管を好んで使用している.ヤンカー
吸引管による吸引操作で血管を損傷することなく,結合組織や脂肪組織を除去することが
できる.
5.子宮動脈の分離・切断
基靭帯の最上縁を走行する子宮動脈を分離し,結紮,切断する(図 E-10-4)
-4)
.摘出
尿管
外腸骨動脈
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2009年 6 月
N―213
側(子宮側)
の結紮糸は後の尿管トンネル操作のために2cm 位残しておく(図 E-10-4)
-5)
.
子宮静脈が並走している場合には別個に分離・切断する.
6.尿管の剝離
広靭帯後葉より尿管を分離し,尿管トンネル入口部まで剝離する.
その際尿管に血管テー
プをかけて牽引・緊張させるとやりやすい.子宮動脈から分岐する尿管枝はなるべく温存
する.
7.基靭帯の切断
膀胱側腔と直腸側腔に直腸鉤を挿入し,十分な視野を確保し,3および4∼6)
の操作で
血管と神経の束となった基靭帯を2本の直長コッヘル鉗子で挟鉗し,両鉗子間を切断する
(図 E-10-4)
-6)
.骨盤側は集束結紮を行うが,この際術者と助手の呼吸を合わせること
が重要である.子宮側は直短コッヘル鉗子に置きかえる.基靭帯底部は骨盤神経があるた
め,この神経叢をできるだけ温存して,なるべく血管部だけを切断するよう心掛ける.
8.仙骨子宮靭帯および直腸腟靭帯の切断
後面の処理でまずはじめに行うのは,ダグラス窩腹膜を切開・開放することである.子
宮を上方に牽引し,直腸を頭側に緊張させると,ダグラス窩が浅く,フラットになる.ダ
グラス窩腹膜に浅い横切開を加え,腹膜開放部にガーゼを軽く押し込むと,直腸が容易に
下方に圧排,剝離される.仙骨子宮靭帯内側面の結合織を剝離し,靭帯部が露出したなら
ば,2本の曲長コッヘル鉗子を用いて直腸に平行に靭帯を挟鉗し,切断,結紮する
(図 E10-4)
-7)
.この操作を2∼3回行い,直腸腟靭帯も含めて十分に切断する.
9.膀胱子宮靭帯の切断
1)前層の処理
2-4)
で暫定的に剝離された膀胱を,クーパー剪刀,子宮翻転器を用いて足方に十分に
圧排,剝離する.6の操作でできた尿管トンネル入口部にメーヨー剪刀を挿入し,膀胱子
宮靭帯前層から尿管を鈍的に分離し,腟前壁部で貫通させる(図 E-10-4)
-8)
.膀胱子宮
靭帯前層を2本の縦曲靭帯鉗子または足長止血鉗子で挟鉗し,切断,結紮する(図 E-10-4)
9)
.尿管周囲の血管を損傷せぬよう細心の注意を払うとともに,尿管"防止の観点から
尿管周囲の結合織を尿管につけて残すように心掛ける.尿管の前面がフリーになったら,
ツッペルで尿管を側方に転がすように剝離する.
2)後層の処理
子宮翻転器で膀胱を下足方に圧排し,膀胱入口部付近の尿管をツッペルで転がすように
すると子宮頸部に沿って窪みが現れる.この部は軟らかな疎な結合織であり,クーパー剪
刀が容易に貫通する.これによって膀胱子宮靭帯後層が分離される.これを2本の縦曲靭
帯鉗子もしくは足長止血鉗子で挟鉗し,切断,結紮する(図 E-10-4)
-10)
.この際,後層
の外側を骨盤神経膀胱枝が走行しているので内側で切断し,神経の温存をはかる.
10.傍腟組織,腟管の結紮,切断
子宮翻転器で膀胱を下方に圧排し,尿管を吾妻氏圧定鉤で足方に避け,傍腟組織と腟管
を大強曲コッヘル鉗子(子宮鉗子)
2本で左右から挟鉗する(図 E-10-4)
-11)
.挟鉗部の下
方の傍腟組織を二重結紮し,クーパー剪刀もしくは電気メスで傍腟組織および腟管を切断
し子宮を摘出する.
前面(膀胱剝離部)
と後面(直腸剝離部)
の高さが一致していることを確認してから大強曲
コッヘル鉗子(子宮鉗子)
をかけることが重要であるとともに,腟切断の長さは腟壁浸潤の
有無,年齢を考慮して決定する.
11.腟の閉鎖,閉腹
腟閉鎖はまず両端を1号合成吸収性縫合糸で結紮縫合し,間を同糸で Z 縫合する.骨盤
内の出血部位を確認し,随時止血を行い,J-VAC ドレナージシステムを左右の後腹膜腔
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N―214
日産婦誌61巻 6 号
に留置する.骨盤腹膜は無縫合とし,閉腹する.
なお,上記の手順は原則的なものであり,症例によっては,3と4の操作を逆にするこ
とがある.また最近では9-1)
膀胱子宮靭帯前層の処理を,7.基靭帯の切断,8.仙骨子
宮靭帯および直腸腟靭帯の切断,に先掛けて行うことが多い.膀胱子宮靭帯前層の処理を
先に行っておくと,その後の一連の操作での出血が少なく抑えられる印象をもっている.
おわりに
われわれが行っている広汎子宮全摘出術式について解説した.本術式は極めて系統的に
できている.ひとつひとつの操作を的確に行うことが肝要であり,不十分な操作は後の操
作に大きな影響を与え,思わぬ大出血を来たす結果となる.緊張の持続時間には限界があ
るため,無駄な操作は極力避け,可及的速やかに手術を終えたいものである.
《参考文献》
1.JGOG 手術手技マニュアル作成委員会.JGOG 手術手技マニュアル(第1版)
.2007;
6
2.工藤尚文.子宮癌根治手術における基靭帯処理のコツ,スペースの開き方.産婦人
科の実際 1995;44:399―402
3.工藤尚文.D.婦人科疾患の診断・治療・管理 8.手術 5)
悪性腫瘍の手術.産婦
人科研修の必修知識 日本産科婦人科学会 2007;610―615
4.藤井信吾,刈谷方俊.広汎性子宮全摘術,準広汎性子宮全摘術.産と婦 2003;70:
202―213
〈鈴木 光明*,大和田倫孝**〉
*
Mitsuaki SUZUKI, **Michitaka OHWADA
Professor and Chairman of Department of Obstetrics and Gynecology, School of Medicine, Jichi
Medical University, Tochigi
**
Professor of Department of Obstetrics and Gynecology, International University of Health and
Welfare Hospital, Tochigi
Key words : Radical hysterectomy・Operative procedure・Cervical cancer
索引語:広汎子宮全摘出術,手術手技,子宮頸癌
*
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2009年 6 月
N―215
閉鎖神経
外腸骨静脈
膀胱側腔
閉鎖リンパ節
基靭帯
直腸側腔
(図 E104)2) 閉 鎖 節 の 郭 清.閉 鎖 節 の
後方に閉鎖神経が確認できる.
尿管
(図 E104)3) 基靭帯節郭清後.基靭帯の
前方に膀胱側腔,後方に直腸側腔が広がる.
結紮糸
子宮動脈
尿管
子宮動脈
尿管
臍動脈索
104)
5) 子 宮 動 脈 の 切 断.子 宮 動
(図 E104)4) 子 宮 動 脈 の 剥 離,分 離. (図 E脈の摘出側(子宮側)の結紮糸は 2cm 残して
子宮動脈は尿管の上方を走行する.
おく.
基靭帯
尿管
基靭帯
基靭帯
ダグラス窩
仙骨子宮靭帯
尿管
骨盤神経叢
(図 E104)6) 基 靭 帯 の 切 断.基 底 部 に
骨盤神経叢が確認できる.
(図 E104)7) 仙 骨 子 宮 靭 帯 の 切 断.さ
らに直腸膣靭帯の切断へとすすむ.
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N―216
日産婦誌61巻 6 号
尿管
膀
膀胱子宮靭帯前層
胱子宮靭帯前層
膀胱子宮靭帯前層
尿管トンネル
尿管
(図 E104)
8) 膀胱子宮靭帯前層の処理. (図 E104)9) 膀胱子宮靭帯前層の処理.
膀胱子宮靭帯前層から尿管を分離し,膣前壁
膀胱子宮靭帯前層を 2本の縦曲靭帯鉗子で挟
部でメーヨー剪刀を貫通させる.
鉗し,切断する.
傍腟組織
膀胱子宮靭帯後層
尿管
(図 E104)10) 膀 胱 子 宮 靭 帯 後 層 の 処
理.膀胱子宮靭帯後層を 2本の縦曲靭帯鉗子
で挟鉗し,切断する.
腟管
尿管
(図 E104)11)傍膣組織,膣管の結紮,切
断.大強曲コッヘル鉗子(子宮鉗子)で傍膣組
織および膣管を左右から挟鉗する.
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