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セザンヌの「構築的ストローク」について 上智大学 林 道郎

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セザンヌの「構築的ストローク」について 上智大学 林 道郎
5 月 28 日(土)
16:40∼17:40(招待発表)
セザンヌの「構築的ストローク」について
上智大学
林 道郎
画家ポール・セザンヌは、1870 年代半ばから 80 年代前半にかけて、一定の長さの斜めのストロ
ークをつかって、機械的ともいえる方法で画面全体を埋めた。ブロックを積み上げていくようなこ
のストロークは、セザンヌと他の印象派の画家たちを隔てる特徴的な要素だが、1962 年、シオドア・
レフは、これに「構築的ストローク(constructive stroke)
」という名を与え、その働きについて論
じた。それ以来、この用語はセザンヌ研究の中で頻用されるようになったが、その意味と機能につ
いては、レフの解釈を超えるものがいまだに提出されていない。彼の精神分析的な解釈は、手堅い
実証的な考察にささえられ一定の説得力をもつが、方法論的にも現象的にも未決の問題を提示して
いて、さらなる深まりの可能性を示唆したまま放置されてきた感がある。その深まりの可能性に分
け入ってみたい。
レフの論は、シンプルな昇華のロジックに依拠している。つまり、
「構築的ストローク」には、セ
ザンヌが抱えていた性的不安を制御し、
絵画的な力へと転換する働きがあったのだと言うのである。
事実、暴力的な性的欲望を主題にした絵画を多く制作していたセザンヌは、1870 年代にピサロと出
会って印象派的な手法を手にしてから、しだいにそのような執着を克服するが、構築的ストローク
は、その克服の過程で大きな役割を演じている。レフは、その発生系統を調べ、構築的ストローク
がエロティックな主題の作品においてまず使用されるようになり、女性ヌードを含む水浴図に広が
り、
それから静物や風景をも覆いつくすようになった過程を跡づけることで、
自らの論を裏づけた。
レフの論はしかし、方法論的には、フロイト理論の素朴な適用にとどまり、たとえば「昇華」と
いうプロセスが内包する謎について、セザンヌの実践からの問い返しをしていない。近年の精神分
析理論の自己批判をふくむ成熟を視野に入れれば、その「問い返し」は、現在では、レフが提示し
た次元をこえて豊かな対話へとつながる可能性を内包している。その一端を示すのがこの発表の課
題だが、具体的には、ジャック・ラカンによるエディプス・コンプレックス理論、そしてハロルド・
ブルームの「影響の不安」という概念などを参照することによって、
「構築的ストローク」には、性
的不安との葛藤に同時に、絵画の方法的次元における闘争が、つまりは「父」としての印象派とセ
ザンヌとの闘争が、重層的に刻み込まれていることを論じる。その解釈を通じて、
「構築的ストロー
ク」が、なぜ、一時期セザンヌの仕事をすべて覆いつくすような拘束力を持ちえたのかを解明する
と同時に、その段階を通過することによってセザンヌが獲得した、独特の色彩と線との関係、ある
いはその融合の様相に、あらたな光を当ててみたい。そしてその考察を通じ、セザンヌと印象派の
関係の内実、セザンヌにおける反復の問題、
「モデュラシオン」という独特の概念の意味など、セザ
ンヌの画業を考える上での根本問題に迫る新しい道筋を提示してみたい。
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