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流動性概念に関する 一 考察

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流動性概念に関する 一 考察
 研究ノート
流動性概念に関する一考察
IIIIヒックスの分析を中心にしてIII
岡 田 清
一 序 論
経済学は日常の経済生活の中から多くの現象を把えて、その概念規定を試み それ自身の論理体系の中に組込
む作業を続けてきた。経済学者はそれ自らの用語によって経済現象の解明を試み、多くの貢献をもたらした。し
かし、それが経済学者固有の用語であることを止め、経済学者の手中から離れることは必ずしも多くはなかっ
た。現在でも必ずしも多いとはいえないかもしれない。しかし、それでも従来に比して、経済学者の手中から離
れて、経済学者の私語でなくなった用語が多くなりつつあることは否めない事実のようである。﹁流動性﹂とい
う言葉がこのようなものの一つであるといえば、あるいは異論があるかもしれないが、多くの賛成を得られるこ
ともまた事実のように思える。
流動性概念に関する一考察
-241-
本稿は比較的抽象的・包括的用語としての流動性Liquidityについて、特にヒックスJ.R. Hicksの論樅に依
拠しながら考察することを目的とするものである。
流動性という用語が経済学上の概念として、真に改良・是正された用語であるか、また情報手段ないし分析手
段として、より高い効率をもつものであるかどうかは論外として、ここではまず、流動性という用語がどのよう
に用いられているかということから述べることにしよう。
part of the wider structure
of liquidityin the economyでしかないとみる。支出決意
﹁われわれは貨幣供給を重要性をもたない数量とは思わないけれども、それは経済の中のより広範なる流動性
構造の一部分only
spending decisionsに関連するものは全体の流動性ポジションであって、貨幣供給に対するわれわれの関心は全
体の流動性図式の中における、その意義によるのである。支出決意は、極大なる流動性が明らかに最も都合のよ
the bankをもっているかということだけによるのではないい・﹂﹁︵イギリス
い跳躍台であるということによって左右されることはあっても、単に支出しようとする人が現金をもっている
か、あるいは﹃銀行預金﹄∃onQyin
の制度のような︶高度に発達した金融制度においては、支払期日の到来時に、僅かに劣ってはいるが、保有する
に 値 す る よ う な 、 貨 幣 に 対 し て 密 接 な 代 替 物 た る 高 度 に 流 動 的 な 資 産 が 多 く圓
存在する。﹂
これらの文章はいわゆるラドクリフ・レポートから引用したものである。この引用によって流動性について何
かを述べるとすれば、それはある種の資産を対象にして、その資産のもつ貨幣的性格mcneynessが経済行動に
及ぼす影響、なかんずく、貨幣性の支出決意に及ぼす影響を考察する場合、そのような資産の範囲と性格に注目
しようとしているということであろう。しかし、われわれはここで流動性と貨幣性の相互関係について結論を求
-242-
Rahmen
ihrer finanziellen
Bewegungsfreiheit
Schmoldersは流動性を主観的流動性と客観的流動性に分けて、次のように述べて
めようとは思わない。むしろ、流動性という用語がどのような意味で用いられているかを概観したいのである。
さらに引用を続けよう。
シュメルダースGiinster
いる。﹁企業の主観的流動性とは金融的活動の自由性の枠der
であり、貨幣調達の可能性、しかも客観的に現存するだけでなく、主観的に想定されているか、もしくは推定さ
れる可能性例えば信用需要内reditanspruchnahmeが第一級の流動手段を補充し、それと併せて購買決意、投資
決意の動機要因の一つとなるのである。貨幣の流動性論理であるラドクリフ・レポートはこのようにして、個別
経済的主観的流動性の国民経済的効果の解明をも併せて容易にした。そこで重要なものは、現存する流動手段も
Umsichgreifenすなわち、社会心理学が心理的﹃伝染﹄Ansteck-
しくは、既に獲得されたり、あるいは見込のたっている信用︵信用先、信用の便宜性︶の附加分ではなくて、楽
観的期待、見込、希望の一般的波及allgemeine
ungと呼ぶような、また心理的︵経済︶理論において、景気変動要因に中心的役割を果すような過程vorgangな
匈
のである。﹂
この引用も前のラドクリラ・レポートに関連して述べられている点において、その見方に根本的差異があると
はいえないが、流動性を主観的・客観的の両面から考察して、現存資産量と資産調達可能性とに明確に分けてい
ること、さらに、流動性の効果を経済行動のプロセスの中で把握しようとしていることが明らかにされているも
のといえるであろう。
以上の引用からも明らかなように流動性について考察する場合、二つの側面に分けて考察されなければならな
243
い。一つには流動性を保有しようとする動機を考察することであり、他は流動性保有の効果を経済現象と結びつ
けて考察することである。その場合、いずれも選ぼうとも流動性についてさらに明確な解明を必要とするのであ
るが、ここでは主として前者についての考察、いいかえればポートフ″リオ・セレクションPortfolio
392.
Working
the
Address
1962。
S.93。
Monetarysystems。
Royal
Economic
June
paragraph
1。 1962。)。The
selection
Society。
1959。
Preference
389.
Report)。
differentiation に重点があったのではない
Report(Radcliffe
to the
1962︶。 787-802.
Presidential
of
LXXII ︵December。
Liquidity︵The
の考察を目的とする。そのためまず、流動性という用語が前に引用したような意味で用いられるに至った経過を
Hicks。
the
Journal。
on
paragraph
Schmolders。Geldpolitik。Tlibingen
J. R.
たづねることからはじめることにしよう。
rH
Economic
② committee
CO Ibid.。
㈲ G.
二 流動性概念の変遷
流動性という用語が前述のように、単に経済学者だけの用語でなくなっていることは明らかであるが、経済学
者が分析的手段として用いはじめた端緒は述べるまでもなく、ケインズの﹁一般理論﹂であった。しかし、一般
理論において用いられた分析用具もしくは経済学上の熟語としての流動性は﹁流動性選好﹂Liquidity
であって、流動性そのものではなかった。いいかえれば、利子率の原因としての流動性に重点を置いたのであっ
て、ラドクリフ・レポートにおけるように、﹁資産の差別化﹂Asset
244
differentiationの意味における流動性もしくは類似用語の使用はいつ頃からのことであろう
という意味で、若干の相違があったといえるであろう。
それではAsset
differentiationの説明要因に流動性が着目されたの
assetという用語の定義および﹁マクミラン・レポート﹂MacmiUan Reportに遡らねばならない
か。それはヒックスによれば、同じくケインズがその﹁貨幣論﹂の中で銀行の資産保有について言及した﹁流動
資産﹂liquid
田
といわれる。すなわち、ラドクリフ・レポート以前にasset
は一九三〇年代ではあっても、一九三六年の﹁一般理論﹂以前のことであった。
ケインズはその﹁貨幣論﹂において、流動資産に関連して、次のような表現を用いている。﹁手形やコール・
certainly
realisableat short notice without loss.そして、投資証券は貸出乱Vances
ローンは投資証券investmentsより流動的である。すなわち、損失なしに、短期予告で、一層確実に現金化で
きる。more
帥
である。﹂このような説明は何を意味しているであろうか。ここでケインズは流動性をいかに解釈しているとい
うべきであろうか。ヒックスに従って、述べてみよう。
まず、﹁損失なしに﹂ということは何に関連していうのであるかという点から問題が生ずる。この﹁損失なし
に﹂という表現は二つの解釈を与えることができる。第一には、最も標準的なものであるが、ある資産がその所
有者の帳簿上に記されている価格とそれが販売可能と思われる価格を比較して﹁損失なしに﹂という解釈が考え
られる。第二には、予告期間の長短に関連して、予告期間が短期の場合の資産価格と長期の場合の資産価格が同
じであるという解釈が考えられる。いいかえれば、この解釈は資産の販売価格に討して予告期間はさほど重要な
影響を与えないというのである。
より流動的
-245-
第一の解釈は﹁損失なしに﹂という言葉をそのままにとったり、ある程度の経験法則に照らして妥当なもので
あるかのように思えるけれども、ヒックスはこのような解釈はケインズの分析には関係ないものとして、十分な
理由もなく却下している。ヒックスがこの解釈を排除した理由は明らかではないけれども、﹁損失なしに﹂とい
う言葉と流動性という言葉と関連させてみれば、妥当な解釈といえないことが分る。何故ならば、流動的資産は
損失の有無によって、それ自体の流動性を主張することにはならないからである。
ヒックスは第二の解釈もケインズのものではないとしながらも、この解釈を重視している。これは予告の長短
によって、資産価格の変動がないという解釈であるから、資産価格の変動が資産の販売の安易さ、便宜性によっ
て、生ずることなく、﹁損失なしに﹂であることを主張するものである。ヒックスによれば、このような特質は
流動性と関連はあるけれども、流動性そのものではなくて、別名すなわち、市場性∃arketabilityという表現の
下に置かれるべきものであるとされる。勿論、市場性という表現の下でも、保有資産により、また保有者によっ
ても種々の差はあるけれども、完全に流動的であるというのはそのような市場性の有無について比較を試みよう
としているのではない。いいかえれば、﹁短期の予告で現金化できる﹂というのは市場性のない資産についての
比較を含むと考えるわけにはゆかない。したがって ﹁短期の予告で現金化できる﹂というのは完全に市場性あ
る資産についてだけの比較であって、﹁流動性﹂というのは市場性ある資産の間での比較であるということがで
きる。市場性の有無と流動性との関係はこのように解釈するのが妥当であるとするヒックスの見解は勿論、公式
的には市場性のない資産を流動性が零と解釈することによって、両者の討応を考えることができる。この点をケ
インズの表現に当嵌めて考えてみればケインズの表現がこのような公式的解釈にまで拡張して考えられなければ
-−246一一
ならなくなる。何故ならば、ケインズは﹁投資証券は貸出より流動的である﹂と述べることによって、市場性を
もたない貸出を流動性比較の中に包含しているからである。
次に﹁一層確実に現金化できる﹂という点に注目しよう。﹁損失なしに﹂というのは前述のように完全に市場
性ある資産の比較であることが明らかにされた。したがって、一層確実に現金化できるのは完全に市場性ある資
産についての比較である。いいかえれば、﹁一層確実に現金化できる﹂というのは現在市場価格をもつ資産と将
来も市場価格をもち続ける資産の比較であるから、単に確実性certaintyにだけ関連する問題ではなくて、将来
価格の期待も議論の対象になりうる。したがって、流動性についての比較は将来価格の期待とその期待の確実性
という二面から検討されるのでなければならない。
differentiationの立場からすれ
differentiationについて論及したものとみなすことができる。その場合、asset
以上に述べたようなケインズの流動資産概念はラドクリフ・レポートにおける資産の流動性と同様に、われわ
れの言葉をもってすればasset
differentiationがいかにして行われるか、すなわち、流動性選好の分析はasset
ば、﹁将来価格の期待﹂と﹁期待の確実性﹂の二面分析に依存するということができるのである。
このような分析を経済理論的に試みるとすれば、当然﹁選好理論﹂PreferenceTheoryに言及されねばならな
い・選好理論自体は経済理論の中でも最も重要な問題であり、かつ厄介な問題でもあるが、近年﹁決定論的
deterministic選好理論﹂にかわる﹁確率論的probabilistic選好理論﹂あるいは﹁関数論的理論﹂にかわる﹁ゲ
ーム理論的選好理論﹂の展開に著しい進歩が見受けられることは周知の通りである。以上のような流動性保有の
選好理論の展開にいずれを採用するかは別としても、﹁将来価格の期待﹂とか、﹁期待の確実性﹂とかの概念は分
-247-
析的な測度measureあるいは統計的に操作可能なoperational形に置換えてやらなければならない。
deviationによって置換えられている。分析的測度として、
この点で、再びヒックスの分析に従うならば、﹁将来価格の期待﹂は統計学上の期待値expectedvalueによ
り、﹁期待の確実性﹂の測度は標準偏差standard
いずれを選ぶかは前者については問題がないにしても、後者についてはそれが二次積率であるという点に着目す
るならば、二次積率すなわち、分散ではどうか、あるいはさらに歪度をも加えることの意味等で問題が残ること
になる。しかし、一般的には理論のコンシステンシーを確保する目的で、標準偏差とするか、分散とするかのい
ずれかであって、三次以上の積率はgamblingを問題にしないかぎり必要としない。もしそうであれば標準偏
差と分散のいずれを選ぶかによっては基本的な誤謬をもたらすことにはならない。この点で、ヒックスは次のよ
うに述べている。﹁貨幣額の平方値であって、それ自体経済的意味をもたない分散よりも、貨幣額であり、平均
値 と 比 較 可 能 な 標 準 偏 差 を と る の が よ困
い﹂。したがって、ヒ。クスのポートラォリオ分析はその選好の測度とし
一般化とみなし、その場合の流動性選好を﹁︵ポートラォリオ全
てヽ期待値と標準偏差をパラメターとする確率分布の分析ということになる。このような分析を ヒックスはケ
インズ的流動性選好の直接的straightforwad
体 の ︶ 期 待 さ れ た 分 散 を 減 少 す る た め 、 平 均 値 で 表 わ し た 何 も の か を 犠 牲 に し よ う と す る 意 向 w i l l i n㈲
gness
解釈している・ケインズの流動性選好をこのように解することによって、﹁貨幣と債券の単純なる選択とだけみ
る か わ り に ヽ 多 く の 種 類 の 証 券 を 導 入 し 、 そ れ ら の 間 の 分 布 が 同 一 の 原 則 で 決 定 さ れ る こ と を 示 し う る㈲
﹂と考え
るのである。
流動性選好をこのように考え、投資家が単に個別的な証券の確実性だけを期待するのではなくて、ポートラ。
jと
248 一一
リオ全体の選択を﹁期待値﹂と﹁確実性﹂によって評価することは明らかになったが、ヒックスはケインズのい
う﹁損失なしに﹂という表現にはもっと深い意味があると考えるのである。それは分析的にいえば、﹁期待値﹂
と﹁標準偏差﹂の関係を統一的に把握して、パラメターを一つにすることはできないかということである。い
いかえれば、高い期待値を望めば、確実性は小さくなる、また逆の場合には逆になるというだけでなく、ヒック
スの言葉をもってすれば、﹁﹃期待される﹄アウトカムoutcomeのより大きいことを望む以上に、﹃期待される﹄
アウトカムのより一層悪くなることが恐れられるにちがいない﹂ために、流動性選好の増大は﹁期待﹂よりも
﹁確実性﹂の評価の増大によって説明できるのではないかということである。確実性の背後にはこのような動機
カヨoRVe forceがひそんでいるのであって、ケインズが﹁損失なしに﹂といったのはこのような確実性の意
味を考えた上で挿入したと考えられ、したがって、ケインズの定義が合理的な響きをもつというのである。ヒッ
クスはケインズの定義をこのように理解して、それを全面的に受入れるのである。
3 Hicko
sp
。.
citp
.p
。.789-90.
Hicks
o。
p.
citp
.p
。.790ff.
N J.
M.KeyneT
sr
。eato
in
sM
eoney
V。
ol.1
p1
.。
67.
g 3 Ibi
pd
..
7。
9
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ootnote.
g Ibi
pd
..
7。
92
@ Ibi
pd
..
7。
92
S Ibidこ7
p9
p3
.-4.
一一249
三 貨幣と債券の選択
流動性について、その保有の選択の分析は保有資産のもつ、期待値と確実性という二つのパラメターによって
行われることを述べたのであるが、一般的な使い方として流動性保有という場合には貨幣もしくは貨幣性をもつ
ratioとして何らかの判断の材料としているのが普
もの︵定義は問題としない︶の保有を考えるのが普通である。特に会計学上、貸借対照表における流動資産を他
の非流動資産と区分して両者の比率を流動性比率Liquidity
通である。それはそのかぎりにおいては問題はない。ある貸借討照表が他のそれよりも流動的であるということ
は妥当な解釈である。しかし、その比較からどれだけ流動的であるというような測定の問題になると流動性比率
は何の結論も与えてはくれない。いいかえれば、貸借対照表の中における流動資産の内容が問題なのであって、
そのような内包されている保有資産の性質は再び﹁期待値﹂と﹁確実性﹂によって評価してやらなければならな
い。
このような流動資産と非流動資産の対応と類似的な表現として、ケインズがその﹁一般理論﹂の中で述べた流
動性選好についてもいえる。すなわち、流動性選好は貨幣と債券の対応に注目するのみであって、債券の種類は
問題ではなかった。なるほど流動性選好理論を古典派的な利子理論と対応させる場合に、ケインズの強調したこ
とは﹁いかなる形態で﹂資産を保有するかということではあった。しかし、そこで述べられている﹁いかなる形
態で﹂という表現は貨幣か、債券かという保有関係であって、債券をさらに分類して、貨幣との対応を考えたの
ではなか、た。このような対応の下で考察するためには貨幣の明確なる定義が必要となってくることは述べるま
-250-
でもない。また一力、債券の組合せの結果として生ずる分布が集合的にいつも同様なものであることが必要であ
る。いいかえれば貨幣には全く無関係に保有され、適当な危険分散となっているような証券保有が仮定されねば
ならない。その上で貨幣保有と証券保有が確定されるのである。その場合の選好基準は資本価値の確実な貨幣と
不確実な証券の﹁期待値﹂と﹁確実性﹂による評価であって、両者の保有される適当な﹁範囲﹂が定まると考え
ら れ淘
る。
ヒックスは貨幣と証券︵あるいは債券︶の関係をこのような範囲内において、ケインズ的流動性選好を考え、
それが貨幣需要を決定すると考えるのは正しいといいながらも、両者の結合関係がこのような範囲内になければ
demand
formoney﹂であって、特定時点に保有される貨幣量全部に当
ならないことは決して必要なことではないと考えるのである。すなわち、以上のようにして決定された貨幣需要
は﹁貨幣に対する流動性需要liquidity
嵌める必要はなく、単に慎重に計画された貨幣需要の一部に対してだけ当嵌まるものであるというのである。も
しそうであるならば、貨幣需要の多くは必らずしも慎重な計画によって保有されるものではないし、さらに一部
分であれば、貨幣か証券かという選択は実際には生じなくなる。したがって、貨幣に対する流動性需要が零に等
しい場合も生ずる。そして、それが零であれば、流動性選好は貨幣需要には影響しなくなって、投資家の選好に
よって影響をうけるのは証券のポートフォリオの割合だけとなる。ヒックスはこのような状態を考えれば、流動
性を貨幣残高の大きさと置換えて、理解することは許されないことであると主張するのである。
貨幣と債券の一対一の対応関係によって、ポートラ″リオを考えることは、流動性保有ということを誤解せし
めることになるというのがヒックスの主張であって、ケインズの流動性選好理論を半ば否定するかのごとくみえ
-251-
るけれども、ケインズに対するヒyクスの評価はその当時としてはそれで十分であったし ラドクリフ・レポー
トがそれを別なものと考えねばならなかったのも時代の要請であるということにあち。したがって、金融資産の
Keynes。TIGgQITheory
ot
Employment。
多様化の過程において、流動性はasset differentiationとしての意味をもつ必要があった﹂のである。
J. M.
op.
cl oj Hicks。
p.795.
cit.。 p. 795.
00 Ibid.。
pp.795-6。
p.795.
Ibid.。
^ Ibid.。
lo
四 流動性保有の幾何学的分析
われわれはこれまで、流動性保有の分析は貨幣と証券の単純な対応としてではなくて、むしろ貨幣も証券の特
殊な形態︵将来価値の不変な証券︶として取扱うことによって、多様な証券保有はそのもたらす﹁期待値﹂と
﹁確実性﹂の二面から考察するのが妥当であることについて述べてきた。本章においてはその幾何学的説明を試
み、流動性保有の﹁有効性eiriciencyjに論及することにしよう。
そこでまず問題となるのは確実性の測度として、いかなるものを選ぶかということであるが、これは前に述べ
たごとくヒックスの場合には﹂標準偏差を選んでいる。ヒックスの場合のように標準偏差を選ぶか、あるいは分散
を選ぶかはある程度任意であり、便宜的なものである。ここではその両者について説明を試みることにする。そ
Interest
and
Money。London。
iy36。
piニ66
172.
-252一一
の場合、単純化のため、期待値と標準偏差の組合せによる分析をE・S分析と呼び、分散の場合をE・V分析と
呼ぶことにする。このいずれの場合でも、厳密には数学的展開に依存しなければならないが、ここでは単に幾何
学的説明だけに留めることとして、数学的展開は別の機会に残すこととする。
㈲E・S分析
このE・S分析は前述のようにヒックスの採用している分析方法であるので、ここではヒックスの幾何学的説
明に依拠することとする。
図1は横軸に期待値Eを正の方向に、縦軸に標準偏差Sを負の方向にとったものであ
253
る﹁この図の表わすことは貨幣をも含めて証券を保有する場合、期待値と標準偏差が
いかなる関係になるかということである。
この最も単純な証明は次のごとくである。図2において、Kは初期資本額であり、皿線上に任意の点瓦をとっ
いいかえればEとSの限界代替率が﹂定であるとすれば、四一線は直線となる。
におき、その割合が四線の間では同じであるとすれば、すなわち、期待値の増大と標準偏差の負の増大の関係、
待値の不確実な危険証券で保有することである。その場合、危険証券の保有される割合は危険分散を最適な状態
に危険分散を行い、かつ期待値が増大するようにするためには投資額の一部分を貨幣で保有し、残りの部分は期
の現在値と将来値は確実に同じであるということである。このような投資金額が適当
匹であって、標準偏差は0であることは述べるまでもない。いいかえれば、投資金額
まず、投資家の投資資本額を所与として、それを皿で示す。その場合には期待値が
図1.E・S曲線
て、その時の標準偏差を︲5とすれば、EとSの限界代替率は次式で麦わされる。
≒x=ら︵L晦︶
すなわち EとSの限界代替率を1一a二定︶とおけば
Ex = -aS十︸︷あるいはs︱Iex十一︸︰
となって、Kは常数、aはパラメターであるから、一次式であり、匹線は直線となる。しかしながら、上式でパ
ラメターと考えた限界代替率が二定であると考える必要はない。いいかえれば、すべての貨幣量が危険証券に投
下されれば、匹曲線のような形をとるであろう。その場合には結合される危険証券の割合が変化するであろうか
らである。そのような時はまた、Eの増大はSのより大きな増大なしには得ることができなくなる。しかし、実
際にはあらゆる場合にそうなるという保証のないこともまた事実である。したがって、前述のような結果を期待
するためには、ポートラォリオ・セレクションの有効性の仮定が承認されなければならない。それではポートフ
ォリオ・セレクションの有効性とはいかなることをいうのであろうか。
有効性
rHポートラォリオがより大きな期待値をもつならば、その分散もまた大きくならなければならない。
圓逆に分散が小さければ、期待値もまた小さくならなければならない。
以上のような有効性は合理性の仮説でもあり、曲線の形状に対する制約条件とも考えられる性質のものであ
254
図2.KH直線
る。それはまた図1におけるT曲線に示されるような投資家のEとsの間の無差別曲線と間遠してKIHIR直
線の形状を規定し、流動性保有の実際的均衡点を導出することになるのである。
また、投資による期待の変化がなくて、投資額が増大すればr−fly曲線のように右ヘシフトするであろう
ことは述べるまでもない。
以上のようなポートフ″リオ・セレクションの分析に当って、幾何学的分析を使用することはそれ自体制約が
あるため、厳密なる展開は数式展開に俟たなければならないが、これまでよりも僅かな厳密性を求めながら、次
のE・V分析による有効集合の導出に進むことにしよう。
E
・
V
分
析
㈲
㈲
E・V分析は前述のE・S分析と異なって有効集合の導出から入ることにしよう。
まず、幾何学的表示を可能にするため、三種の投資証券を考え、投資される割合をy<’ ><’ Xとすれば、次式
が成立つ。
が十が十X3= 1⋮⋮⋮︵`︶
この式は尨とy一一がわかれば直ちに‰が明らかになるから、y心と恥による平面座標表示が可能になる。これだけの
準備に従い、次に﹁適正な﹂legitimateポートラ。リオ・セレクションはいかなる条件をもつべきかを考えてみ
よう。第一には、標準的には次のような制約条件を必要とする。
Xi>O 。 X2>O 。 X3>O
この条件は述べるまでもなく非負条件を示すものであって、座標における第一象限内にあることを意味する。ま
-255-
たさらに、旧式の座標表示は次の3図にみられるごとく、y一一とy一一はy一一が零になる場合を極限として、すなわち、
l-Xi-X2=0
の式で示されるような線の範囲内になければならない。図3における斜線部分がそれである。そして、その場合
にかぎりポートフォリオは﹁適正ポー・・・トフォリオ集合﹂であるといわれる。以上の
諸関係は三証券につき四個の制約条件によって満されるから、一般的にN個の証券
の場合にはツ︷十︸個の制約条件をもつと考えることができる。
次に、等期待値直線について考えてみよう。そこでまず・z番目の証券投資によっ
returnを馬で表わし、全部のポートラ″リオの期待
得られ、図4に示されるような、等期待収益線が得られる。図4においてはパラメタ
ーハが一定であれば別線はそれぞれ平行な一次線になることは卯式から明らかであ
る。そして、いずれかの方向ヘシフトするにつれて 例えば図における矢印の方向に
シフトするにつれて、期待値は増大すると仮定することができる。
256
て得られる期待収益expected
○式においては変数はyぶと瓦であるからEに適当な値を代入すれば、期待値系列剔が
E=Xi︵y≪i︱i≪3︶十X2︵j≪2II︶十き⋮⋮⋮忿︶
図式におけるyJに︷−がIがを代入して整理すれば、次式が得られる。
E=Xi/^i十X2/^2十X3/^3⋮⋮⋮︵s︶
値をEで表わすならば次式が成立つ。
図3.適正なポートフォ
リオ
図4.等期待値線
次に等分散曲線について考えてみよう。まず、to"が.z番目の証券の収益と・j番目の証券の収益の共分散を表わ
す も の と す る 。 ま た 保 有 証 券 全 体 の 分 散 を V で 表 わ す も の と す れ ば 、 三 証 券 保 有 の 分 散 は 次 式 で 示 さ れ る圃
。
V = X\ou十A.20'22十と否+2 XlX2<^12+2XlX3<7。3+2 X2X30'23⋮⋮⋮︵み︶
この成において、前と同様にyJに1-X1-X2を代入して整理すれば、次のような式を得る。
V=X\lOn︱ 2<713︱<?33︺十X2 LO'221QJ十否︺
+2 X 1X21^12 ︵^lif^23十r︶
+2 XlC<^13 -0'33︺+2 X︵
2^
L3
”3
'︶
2十
3否⋮⋮⋮︵印︶
かである。このようにして得られたμ線が瓦と到をもつポートフ。リオの集合を表わすことは述べるまでもな
257
この即成で表わされる式はらをパラメターとして、Vに任意の値剔を与えれば、y一一、y一一の二次式であるから、こ
れは幾何学的には隋円形で表わされ、図5に示されるような等分散曲線を得ることができる。図5は一般的には
のようになる。この図に示されているように剔と剔の接点
等期待値線、等分散曲線を一つの座標に記入すれば、図6
そこで、以上において述べた、適正なるポー・トフ。リオ、
検討しない。
の形状も異なってくる。しかしここではその点については
隋円形となるけれども、あらゆる場合に階円形になるとは限らないだけでなく、パラメターらの値に応じて、そ
図6.臨界線
はμ線上にあることがわかる。すなわち、私と剔の接点が必ず存在し、その点の集合はμ線となることは明ら
図5.等分散曲線
い。このようなμ線は﹁臨界線cz︷’a︸︸’g﹂と呼ばれるものである。しかし図6に示されるようにμ線はあら
ゆる場合に﹁有効な﹂ポートラォリオを示していないことは明らかである。ここで再びポートフォリオの﹁有効
性﹂に論及しておこう。
ポートフォリオの有効性
田任意のポートラォリオは﹁適正﹂でなければならない。
圓任意の適正ポートフォリオがその期待収益の増大につれて、分散もまた増大しなければならない。
卯収益の分散の減少につれて、期待収益もまた減少しなければならない。
このような有効性は前述のごとく、ポートフォリオにplausibilityを与えるものであって、現実的承認を求め
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る理論的仮定でもある。以上のような﹁有効性﹂を導入するならば、任意の等期待値線においては分散の増大も
減少も許されないし、一方等分散曲線において期待値の増減も許されなくなる。し
たがって、期待値と分散の一義的対応が定まることによって、ポートラォリオの有
効点集合が得られることは明らかである。このような集効点集合は図7における太
線で示されるようなclal拓線である。このような有効点集合があらゆる場合に
図7のような形状を示すわけではなく、この形状はパラメター馬、らの変化に応じ
かになったのであるが、このような有効点集合はE・S分析における図1とのアナロジーにおいて表わすならば
以上において述べたことから、ポートラ。リオ分析の有効点集合は幾何学的にいかにして分析されるかが明ら
て変化することは述べるまでもない。
図7.ポートフォリオの
有効点集合
いかなる図が求められるであろうか。これは一般的には図6に示されているμ曲線の動きと対応するものとして
考えれば直ちに明らかになることである。すなわち、分散は漸次滅少してC点に至り、さらに増加する一方、期
待値は分散の変化に対応して、南東の方向に増加している。このような関係を示すならば、図8のような借物線
うポートラォリオは分散が最低で、期待値玖である。その
点から、期待値の増大と共に、分散も増大してゆくのであ
るが、図7のように有効点集合が変曲するならば、それに
応じて、抛物線も変曲点をもちながら、有効点集合の変曲
が生ずることとなる。
点集合は別点からはじまって、同様な指物線を画き、また変曲点をもちながら変曲することとなる。このことを
図示すれば図9のごとくである。
この図は分散を正の方向にとってあるが、もし負の方向にとるならば、E・S分析の場合の図1に類似的対応
関係にあることは明らかである。したがって、E・S分析とE・V分析がほぼ同様な結果になることが明らかに
なった。
^ Hicks。 op. cit.。 p.796 footenote.
■?J ヒ″クスはS軸を負の方向にとった理由として、次のように述べている。﹁Sの増大は投資家を選好度の低い状態
259
として表わすことができる。しかし、その場合、有効点集合は図8に示されている実線部分であって、L‰とい
図9.E・V曲線(2`)
以上のことをさらに、貨幣を含めて考えるならば、図8の抛物線はVの最低点が零となってE軸に接し、有効
図8.E・V曲線(1)
less preferred
Y.。1959。
Portfolio
Selection。
Efficient
positionに動かせるから、sを下方に測るのが便利である。﹂
pp.88-89。
pp.1291153.
Markowitz。
H.
N.
ibid.。
M.
53 S cf.
五 結 論
われわれは以上において、現在使用されているような流動性がいかなる意味をもつか、これはいかなる経過を
辿って現在に至ったか、そして、流動性保有の理論的分析はいかなる測度によって、いかに行われるかという点
について考察してきた。
その場合、流動性をいかに理解するか、すなわち、貨幣と証券の相互の代替関係としてか、あるいはむしろ、
証券を包括的に考えないで、貨幣も証券の一種と理解するかということは最も重要な視点であった。この点につ
いては、流動性概念に関する歴史的考察の場合に明らかになったごとく、特に金融資産という言葉で置換えてや
るならば、金融制度の歴史的変遷と重要な関係をもつ問題である。いいかえれば、金融資金の多様化につれて、
貨幣のもつ意味、貨幣が保証される動機も自ら変化してくるのである。もしそうであるならば、流動性に関する
分析は流動性構造が将来どのような変化を示すかという点に関連した金融制度の変遷過程に十分の注意を払い、
さらに、流動性構造の差別化について、理論的に究明することの二点を重視しないわけにはゆかない。
最近、理論的にも、政策的にも多くの議論を呼んでいる、国際流動性の分析についても金、外国為替、国際金
Diversificatin
of
Investments。cowels
foundation。
260
融制度等、国内的な問題とは内容においても、また複雑さにおいても多くの点で異なってはいるけれども、基本
的視点においては異なるところはないし、理論的には前述の分析とのアナロジーを保ちながら分析されうるもの
である。
以上においてわれわれの行った分析は、理論的には、その端緒を見出しただけにすぎない。これをさらに純粋
theoryの問題として拡張することが可能になる。また一方で、
理論としての展開を試みるならば、ヒックスのごとく、効用理論と結合させたり、それをさらに確率過程として
取扱うことによって、広くは決定理論Uecision
論証過程に﹁規範性﹂を導入することによって、数学的プログラミングの問題として取扱うことも可能である。
これらの点については、ある程度の進展はみられるけれども、残されている問題も決して少くない。数定的展開
は別の機会に取挙げる予定である。
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