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E06 災害の非日常性と社会ネットワーク形成:「災害ユートピア」に関する
E06 災害の非日常性と社会ネットワーク形成:「災害ユートピア」に関する動学的考察 Disaster as Extraordinary Situations and Dynamics of Social Networks: How Does "A Paradise Built in Hell" Emerge? 〇小谷仁務・横松宗太 〇Hitomu KOTANI, Muneta YOKOMATSU Solnit (2009) points out that it has often been observed that immediately after a disaster, victims start helping among one another who are motivated by altruism. She terms this phenomenon like “A Paradise Built in Hell”. Other insights have followed her presentation of the problem, describing that “A Paradise Built in Hell” has the potential to reform existing social institutions in the long term. By applying a social network model based on game theory, this study models the link formation behaviors motivated by altruistic preferences during disasters and analyzes the possibilities for the long-term effect induced by the short-term effect of “A Paradise Built in Hell”. With numerical simulations, we examine the dynamic effect of altruistic link formation during disasters on the properties of a network, such as the network density and the disparity of the number of links of each player. We also focus on the scale effect of disaster that leads to a larger number of altruistic behaviors among affected people, and analyze its cross-sectional and dynamic effects on social welfare. (173 words). 1.災害ユートピアの短期的・長期的側面 トピア」の短期的側面が長期的側面を導く可能性 非日常的イベントは,人々に日常とは異なった を数理的に分析する.先述の通り,平常時と災害 交流の機会を与える.仕事や学校などの日常生活 時では,人々の行動原理が異なることが観察され とは異なったコンテクストと役割が各個人に与え ているため,モデルでは,平常時には利己的動機 られるからである.災害も非日常的イベントと考 を,災害時には利他的な動機をもつ個人を想定す えることができ(e.g. 藤村(2001)),そこでは, る.そして,数値計算によって,災害時の利他的 人々は各自の日常の行動パターンを放棄して,非 リンク形成が,社会ネットワークの密度やプレー 日常的な行動をとる. ヤーのリンク数の格差,社会厚生などに与える長 Solnit(2009)は,世界中の多くの被災地にお 期的な影響を分析する. いて,災害の直後に,利他主義の価値観に基づい た被災者間の自発的な相互扶助が見られることを 2.基本モデル 指摘し,その現象を「災害ユートピア」と称して 平常時と災害時の 2 つの状況を想定し,他者と いる.一方で,Solnit(2009)の後,大澤(2011) の交流で得られる効用関数形が状況に応じて異な や矢守 (2011)らは,利他主義が占める一時的な る個人,すなわち,状況依存的に選好が変化する 「災害ユートピア」は,場合によっては,災害後 プレーヤーを設定する.各プレーヤーは,平常時 しばらく経った後に,既存の社会の解放や統合を には,既に多くのリンクをもつプレーヤーと繋が 導く効果までも有すること指摘している.すなわ ることによって多くの情報やコネクションを得よ ち「災害ユートピア」は,災害時の利他主義によ うとする利己的な動機をもつが,災害時には,わ る助け合いの発現という短期的な側面と,災害後 ずかなリンクしかもたないプレーヤーと繋がり, の暫く経った後にそれが社会の変革に至る長期的 彼らを助けようとする利他的な動機をもつものと な側面をもつことが指摘されている.だが,短期 する.動学過程では,毎期,ランダムに選ばれた 的な側面が長期的な側面を導く過程やその条件に 1組のプレーヤー݅と݆のみが,日常の利己的選好 ついての一般的知見は未だ明らかでない. の下,リンク形成のゲームを行う.また,毎期, 本研究は,上記の問に答えるため,社会ネット ワークモデルを応用することによって, 「災害ユー 確率的に災害が発生しうる.災害が発生する場合, そのペア݆݅の内,次数(自分のもつリンクの数) が大きいプレーヤーは,非日常の利他的選好の下, とがわかった. 相手プレーヤーとリンク形成を行う.分析では, 1 人の隣人(自分が直接につながっているプレー 4.考察 ヤー)との交流にかかる費用(以降, 「コミュニケ 1 人の相手とのコミュニケーションコストが増 ーションコスト」と呼ぶ)が,自分の次数に関し 加する環境では,災害が発生しなければ,多数の て一定の場合と増加する場合に着目し,災害時の 交流をもつ「交流裕福層」と,少数の交流しかも 利他的動機によるリンク形成が社会ネットワーク たない「交流貧困層」の間の「交流格差」が拡大 に与える動学的影響を明らかにする. する.このような社会に災害が発生すると,災害 コミュニケーションコストが一定の場合 時の利他的動機によるリンク形成によって,孤立 災害の発生を考慮しない場合とする場合共に, した個人が地域社会のネットワークと接点をもつ 完全グラフに近いネットワークに収束した.だが, ことができ,その後も交流を拡大していける.そ 災害の発生を考慮する場合は,より早くその定常 して,社会ネットワーク理論においてソーシャル 状態が達成された.すなわち,コミュニケーショ キャピタルの指標としてしばしば用いられる,ネ ンコストが一定の場合,災害時の利他的動機によ ットワーク密度や平均クラスター係数は増加し, るリンク形成は,収束する速度を上げる, 「収束速 また「交流格差」が縮小する.ソーシャルキャピ 度効果」をもつことがわかった. タルの増大は,知識の共有化を通じて,協調行動 コミュニケーションコストが次数に関して の可能性を高める.格差の縮小は,多数決等によ 増加する場合 る意思決定の可能性を高める.よって,災害をき 災害が発生しない場合,孤立点はなくならず, っかけとした社会ネットワークの形状の変化が, 次数の格差が生じ,ネットワークは,相対的に粗 社会の制度や慣習を変えるポテンシャルをもつ可 なネットワークに収束した.だが,災害の発生を 能性がある.このことが「災害ユートピア」の長 考慮する場合は,災害の発生を考慮しない場合の 期的側面に対応する.また,コミュニケーション ネットワークと比べ,クラスター数が多く,より コストの逓増が都市部の日常生活により多く見ら 完全グラフに近いネットワークに早期に到達した. れる要素であるなら,災害による社会ネットワー すなわち,コミュニケーションコストが次数に関 ク形状の質的な変化と,災害ユートピアの長期的 して増加する場合,災害時の利他的動機によるリ 効果は,都市部において,より大きな可能性で発 ンク形成は,収束速度を上げる「収束速度効果」 生しえる現象といえる. と,収束先の水準を高める「レベル効果」をもつ ことがわかった. 無論,災害の規模が大きく,一時的な利他主義 が多数の間で生まれると,交流貧困層の多くの個 人が交流裕福層と接点をもつため,長期的効果の 3.拡張モデル 災害は規模が大きくなれば,それだけ多くの個 ポテンシャルはより大きなものとなる.一方で, 災害時の利他主義によって,個人は,交流裕福層 人が同時に影響を受ける現象である.よって,災 ではなく交流貧困層とのつながりを重視するため, 害の規模が大きくなれば,一度の災害で,より多 情報や好機が交流裕福層へ訪れることは一時的に くのペアが利他的選好に基づくリンク形成を行う 少なくなる.その影響は,交流裕福層が多くの人 状況を考える.ここでは,コミュニケーションコ と付き合いがあるため,その周囲の人たちにまで ストが次数に関して増加する場合に分析を集中す 及ぶ.災害の規模が大きくなれば,この一時的な る.数値計算の結果,災害の規模が大きいほど, 負の影響はますます大きくなる.まとめると,災 早期に完全グラフに近いネットワークが実現し, 害の規模が大きくなり,災害直後の利他主義的行 それに伴い,長期的には社会厚生もより早く大き 動,すなわち,災害ユートピアの短期的側面が多 くなった.一方で,災害の規模が大きいほど,災 く見られると,交流裕福層やその周囲の人たちに 害直後は,次数の大きいプレーヤーやその隣人の 大きな負の外部性が一時的にもたらされる.だが, 効用が低下するため,社会厚生が大きく低下した. 同時に,それはより強い動学的な正の外部性をも つまり,大規模な災害によって生まれる,複数ペ つため,協調行動や集合的意思決定を可能とする アの利他的動機によるリンク形成は,横断的な負 ネットワークが迅速に形成され,災害ユートピア の外部性と動学的な正の外部性をより強く生むこ の長期的側面の実現可能性はより高まるといえる.