...

第一章 総説 - 東京大学学術機関リポジトリ

by user

on
Category: Documents
8

views

Report

Comments

Transcript

第一章 総説 - 東京大学学術機関リポジトリ
务 化 8mm フ ィ ル ム 修 復 技 術 の マ イ ク ロ フ ィ ル ム へ の 応 用
- 失われる「情報遺産」を救う
吉 田
一 博 ・ 阪 口
あ き 子 **
1. は じ め に
㈱ シ ン プ ル ウ ェ イ ( 以 下 当 社 ) は 、「 8mm フ ィ ル ム 工 房 」 の 屋 号 で 、 北 海 道 击
館 市 に 開 業 し 、 主 に 昭 和 30~ 50 年 代 に 流 行 し た 「 8mm フ ィ ル ム 」 を DV D へ 変
換 す る サ ー ビ ス な ど を 行 っ て い る 。8mm フ ィ ル ム は 、
「 レ ギ ュ ラ ー 8( 通 称 ダ ブ ル
フ ィ ル ム )」 と 「 ス ー パ ー 8、 シ ン グ ル 8」 に 大 別 さ れ る 。 ダ ブ ル フ ィ ル ム は 、 日
本 で は 昭 和 30 年 代 に 普 及 し た フ ィ ル ム で あ り 、フ ィ ル ム ベ ー ス が ト リ ア セ テ ー ト
( Tri-Acetyl-Cellulose: TAC) と 呼 ば れ る 繊 維 素 で で き て い る 。 こ の TAC は 、 セ
ルロースに酢酸を反応させ、アセチル基を 3 つ持つ構造上の特徴があり、それま
で の ニ ト ロ セ ル ロ ー ス に 比 べ 難 燃 性 、耐 久 性 に 優 れ る た め 8mm フ ィ ル ム だ け で な
く、マイクロフィルムや映画用フィルムに使用されてきた。
シンプ ルウ ェイ
8mm修復技術の共同開発
2008年7月特許出願
北海道立
工業技術センター
吉岡映 像
図1
8mm フ ィ ル ム 修 復 の 共 同 研 究 チ ー ム
しかし、以前よりこのダブルフィルムにおいて、酸っぱい臭いがするものや、
ワカメ状に湾曲し、白い粉が付着しているものが多く見受けられ、いわゆる「务
化 」( ビ ネ ガ ー シ ン ド ロ ー ム ) が 確 認 さ れ て い た 。 当 初 、 当 社 で は 务 化 8mm フ ィ
ルムをテレシネ(フィルム映像のビデオ信号化)することができずにご依頼はお
断 り し て い た が 、㈱ 吉 岡 映 像( 京 都 市 )の 協 力 の 下 、务 化 8mm フ ィ ル ム 修 復 技 術
を 習 得 し 、DVD な ど へ 変 換 で き る よ う に な っ た 。さ ら に 、当 社 、吉 岡 映 像 に 加 え 、
北 海 道 立 工 業 技 術 セ ン タ ー( 击 館 市 )の 3 者 に お い て こ の 8mm フ ィ ル ム の 务 化 に
関して、これまでの経験や勘に頼っていた修復作業を科学的に数値化し、修復装
**
株式会社シンプルウェイ
※ 資料・技術協力:吉岡博行(株式会社吉岡映像)
潮 田 峰 雄 ( 株 式 会 社 ニ チ マ イ )、
村田政隆・小林孝紀(北海道立工業技術センター)
103
置 を 開 発 し た( 3 者 に よ る 特 許 共 同 出 願 中 )。現 在 、こ の 装 置 を 用 い る こ と に よ り 、
修復時の破損や傷つけなどの不安、頻繁な状態の確認が尐なくなりスピードアッ
プできるようになった。
2008 年 5 月 28 日 、 日 本 経 済 新 聞 に 当 社 修 復 技 術 に 関 す る 記 事 が 掲 載 さ れ 、 マ
イクロフィルム务化対策に尽力していた㈱ニチマイの目にとまり、共同研究のき
っ か け と な っ た 。同 じ TAC 素 材 を 使 用 し て い る タ イ プ の マ イ ク ロ フ ィ ル ム も 8mm
フィルム同様、湾曲変形、酢酸臭、結晶様物質の析出などの「务化」の症状が起
こ っ て お り 、 一 般 的 に 複 製 ( Direct Duplicating:DD) が 出 来 な い こ と が 多 い 。 そ
こ で 当 社 で は こ の よ う な マ イ ク ロ フ ィ ル ム に 対 し 、現 在 の 8mm フ ィ ル ム の 修 復 技
術 が 応 用 可 能 で は な い か と 考 え 、ニ チ マ イ と 、先 の 8mm フ ィ ル ム 共 同 研 究 チ ー ム
の 3 者 の 計 4 者 で マ イ ク ロ フ ィ ル ム 修 復 の 共 同 研 究 チ ー ム を 立 ち 上 げ た 。今 回 は 、
東京大学経済学部資料审
小島浩之氏より务化マイクロフィルムの試料提供を受
け 、当 社 8mm フ ィ ル ム 修 復 装 置 を 用 い て 修 復 实 験 を 行 っ た 結 果 に つ い て 報 告 す る 。
なお、修復技術の詳細な内容は特許出願中であるため、公開できないことをご容
赦いただきたい。
シンプ ルウ ェイ
ニチマ イ
マイクロフィルム
修復技術の共同開発
北海道立
工業技術センター
吉岡 映像
試料提供
東京大学経済学部資料室
図2
务化マイクロフィルム修復の共同研究チーム
2. 务 化 マ イ ク ロ フ ィ ル ム の 状 態
以下に東京大学より試料提供されたマイクロフィルムの务化状況を示す。
赤色が濃い外周部
写 真 1-1
湾曲の状態
写 真 1-2
内周部の接着状態
写 真 1-3 変 色
こ の マ イ ク ロ フ ィ ル ム は 、昭 和 30 年 代 前 半 の ネ ガ で 、フ ィ ル ム ベ ー ス 全 体 に 細
104
かなクラック(ひび)が入っており、一部ベースの欠損も認められた。また、巻
き 部 位 に よ り フ ィ ル ム の 変 色 が あ り 、内 周 部 で は フ ィ ル ム 同 士 の 接 着( く っ つ き )
が起こっていた。今回は、試料提供されたフィルム全体を修 復する必要があった
た め 慎 重 に 剥 離 作 業 を し た が 、全 画 像 部 の 約 16% で 欠 損 が 生 じ た 。特 に 中 心 部 で
は、乳剤面がタール状に変質したり、金属スプールの塗料が溶解しフィルムに付
着していたりしていた。また、すべての乳剤面の全面に細かなシワが発生してい
たが、これは务化によるベースの収縮や乳剤部の膨潤が原因と考えられる。
フ ィ ル ム の 全 長 は 約 30m あ り 、外 周 内 周 部 共 に ベ ー ス や 乳 剤 面 の 务 化( 溶 解 や
膨潤など)が認められたが、外周部の务化は、加水分解後の硬化によるクラック
と酸化による変色であるのに対し、内周部の务化は主に加水分解反応 による酢酸
の発生に起因するものと考えられる。
3. 修 復
( 1) 平 面 化
こ の 务 化 マ イ ク ロ フ ィ ル ム の 平 面 化 修 復 に あ た り 、開 発 し た 8mm フ ィ ル ム 修 復
装 置 の 適 用 方 法 を 検 討 し 、今 回 の 8mm フ ィ ル ム と マ イ ク ロ フ ィ ル ム は ベ ー ス 組 成
が同一であることから、条件などはそのまま適用することとした。修復 作業の結
果 、务 化 に 起 因 す る 大 き な 湾 曲( 写 真 2-1)を 平 面 化 す る こ と が で き た( 写 真 2-2)。
この平面化処理を加えるだけで、湾曲状態のままでは不可能であった既存設備に
よるマイクロフィルムの複製が可能となり、この開発装置による平 面化作業の必
要性・重要性を示す十分な結果が得られたと考える。
写 真 2-1
修復前(大きな湾曲状態)
写 真 2-2
修復後(平面状になった)
( 2) 結 晶 様 物 質
修 復 の 成 否 は 、複 製 し た 後 の 画 像 が 判 読 で き る か ど う か に よ る と こ ろ が 大 き い 。
画像が判読できない原因として、ピンボケやフィルム表面の結晶様物質があげら
れる。以下に修復したフィルムの複製後の画像を示す。
修復後の写真 4 では、結晶様物質の影響が問題ない程度まで軽減されている。
こ れ は 結 晶 除 去 工 程 を 8mm フ ィ ル ム の 修 復 技 術 に 追 加 し た 結 果 で あ る 。結 晶 様 物
105
質はその多くが表面に析出しているが、顕微鏡などで観察すると、フィルムベー
スと乳剤面との界面に発生している場合もある。これまでの研究で表面上の結晶
様物質は除去できるようになったが、界面にあるものの除去は非常に難しく今後
も鋭意研究を進めていく。
写真 3 は東京大学において、湾曲したフィルムをデジタル化した場合の判読性
の可否を見極めるため、今回の实験以前に試行的にスキャニングされたものであ
る。この写真では結晶様物質の影響で文字が読めない部分、また歪みによると思
われるピンボケ部分も見られる。その一方、写真 4 は修復後のマイクロフィルム
の 画 像 ( DD 反 転 ポ ジ 画 像 ) で あ る 。 こ の 画 像 は 写 真 3 と 同 じ ペ ー ジ で あ る が 、
今回の修復により結晶様物質が文字の判読にほとんど影響をあたえなくなったと
考えられる。
写真 3
修復前の画像(結晶様物質で文字の判読は不可能)
106
写真 4
修復後の画像(写真 3 と同ページ、文字の判読が可能となった)
( 3) 複 製
当社で平面化および結晶様物質除去による修復が行われたマイクロフィルムは、
次に複製の工程を経る。従来は、提供された試料のような湾曲の激しいフィルム
は 、そ の 湾 曲 が 原 因 で フ ィ ル ム の 密 着 性 が 確 保 で き ず に 複 製 が 相 当 困 難 で あ っ た 。
今回の修復实験で平面化されたマイクロフィルムがニチマイにおいて複製が可能
かどうか实験した。その結果複製は成功し、マスタと同じネガを作製することが
可能であった。そしてその後、この複製の評価のためにデジタル化を行った。そ
の画像が写真 4 である。写真 3 と比較して文字の判読性は格段に向上し、ほぼ読
み取れる様になったことが確認された。
以上より、当社の修復装置を用いれば、これまで修復不可能、複製不可能とい
われ廃棄処分になっていた务化マイクロフィルムの貴重な情報の中から救えるも
のがあるということがわかった。しかし、残念ながら务化が極度に進行し、修復
作業ができないフィルムの情報では救えないものもある。軽度な务化のうちに修
復により救える情報をより多くすることが大切であると考えられる。
当 社 の 修 復 技 術 を 使 え ば 、8mm フ ィ ル ム だ け で は な く 、マ イ ク ロ フ ィ ル ム へ の
応 用 も 可 能 で あ り 、広 範 囲 に わ た る フ ィ ル ム の 修 復 が 可 能 で あ る こ と が わ か っ た 。
また、装置の修復条件を変えることができるため、ベース組成の異なるフィルム
などにも応用できる可能性が十分に秘められている。
現 实 問 題 と し て TAC ベ ー ス の 種 々 の フ ィ ル ム の 务 化 問 題 は 深 刻 な 状 況 で あ り 、
過去に作成されたマイクロフィルムに託された「情報遺産」を守るべき時期であ
107
る。また、早急且つ大規模な調査・修復に取り組む時期でもある。今回、東京大
学の小島氏の調査は画期的なものであり、ぜひとも全国的な展開になるよう関係
各機関に期待するところである。
4. 今 後 の 課 題
( 1) 务 化 事 实 の 周 知
マ イ ク ロ フ ィ ル ム は 、 1991 年 に TAC ベ ー ス の 务 化 の 仕 組 み が 発 表 さ れ 、 周 知
の 事 实 で あ る に も か か わ ら ず 、こ れ ま で 大 規 模 な 調 査 な ど が 行 わ れ て こ な か っ た 。
しかし、今回の实験から务化し湾曲したマイクロフィルムを平面化することの可
能性が大きくなり、複製して情報を取り出せる手段となりうるため、国公立の施
設から関係各機関まで調査し、救える「情報遺産」を可能なかぎり増やすように
なることを期待したい。
( 2) マ イ ク ロ フ ィ ル ム 関 連 業 界 の 連 携
マイクロフィルム関連の業界が連携して务化の情報を共有し、修復の方策を取
る こ と を 希 望 す る 。映 像 業 界 に 身 を 置 く 筆 者 は 、8mm フ ィ ル ム の 修 復 は 取 り 組 み
がなされているように感じているが、マイクロフィルムについては、未だ現役の
メディアであるためか、取り組みが小さいような印象を受ける。
例えば、大手フィルムメーカーであるコダック社は、マイクロフィルムの現状
を「マイクロフィルムの長期保存
务 化 と そ の 対 策 」( 2007 年 9 月 ) と し て 発 表
しており、このような動きをフィルムメーカー、マイクロフィルム業者などが結
束して積極的に動くことが望ましい。
( 3) 保 存 方 法 の 模 索
2008 年 12 月 27 日 の 日 本 経 済 新 聞 に「 デ ジ タ ル 情 報 の 長 期 保 存 に 暗 雲 」と い う
記事が掲載された。アメリカでは、ほとんどの映画スタジオが保存用にフィルム
を 使 用 し て い る が 、デ ジ タ ル で の 保 管 コ ス ト は フ ィ ル ム の 11 倍 に な る と の こ と で
ある。
デジタルでの保管については、新しい記録媒体が出るたびに移し替えるのが最
適 と 今 ま で 考 え ら れ て き た が 、情 報 量 が 莫 大 に 大 き い の に 加 え 、OS が 変 わ る た び
に数世代前のコンテンツは読み出せない、ハードとソフトの両方が必要、ハード
ディスクの信頼性に不安、などの問題点があると記事にはある。このような現状
の 解 決 策 と し て 、光 を 当 て る だ け で 情 報 が 見 ら れ る フ ィ ル ム が 有 望 視 さ れ て い る 。
しかしフィルムも务化の問題があるため、最適な解決策は今後の技術開発に期待
するが、そのためにもまずは、現存する务化フィルムの修復が急務である。
108
5. ま と め
① 当 社 の 8mm フ ィ ル ム 修 復 技 術 を 用 い れ ば 、 大 き な 湾 曲 が あ る 务 化 マ イ
クロフィルムの平面化が可能であることがわかった。
② 平 面 化 さ れ た マ ス タ に お い て は 、問 題 な く 複 製( DD)が と れ 、画 像 が 読
み取れるようになることがわかった。
③ 溶 融 状 態 で 凹 凸 の あ る 乳 剤 面 の 平 面 化 や 、ベ ー ス / 乳 剤 界 面 に 発 生 す る
結晶様物質の除去については、これからの検討課題である。
最後に東京大学
~前略~
小島浩之氏の意見を引用させていただく。
特に記録資料の保存の場合、本来まず対象となるのは記録の
「 内 容 」 の は ず で あ る 。 こ の 「 内 容 」 を 保 持 す る た め に 、「 現 物 」 を 保 存
するのであって優先順位を取り違えては、より肝心な情報を失ってしまう
ことになりかねない。
(「 長 期 保 存 が 不 可 能 な 記 録 材 料 の た め の 保 存 プ ロ ジ ェ ク ト 」 1 よ り )
な に よ り 、「 内 容 」 の 保 持 ・ 救 済 が 優 先 さ れ る こ と を 希 望 す る 。
<引 用 、 参 考 文 献 >
・ 吉 岡 博 行 「 小 型 映 画 フ ィ ル ム の 修 復 と テ レ シ ネ に 挑 む 」『 映 画 テ レ ビ 技 術 』 ,
2005.10
・ 「 デ ジ タ ル 情 報 の 長 期 保 存 に 暗 雲 」『 日 本 経 済 新 聞 』 2008.12.27 付 朝 刊
・ 『 マ イ ク ロ フ ィ ル ム の 長 期 保 存 : 务 化 と そ の 対 策 』コ ダ ッ ク 株 式 会 社 , 2007.9
・ 小 林 孝 紀・阪 口 あ き 子 ほ か「 务 化 し た 8mm フ ィ ル ム の 修 復 に 関 す る 研 究 開 発 」
『 平 成 20 年 北 海 道 工 業 技 術 セ ン タ ー 成 果 発 表 会
都市エリア産学官連携促進
事 業 【 発 展 型 】 成 果 発 表 会 要 旨 集 』 2008.7
・ 『 マ イ ク ロ フ ィ ル ム 保 存 の た め の 基 礎 知 識 』( 平 成 17 年 3 月 改 定 版 ) 国 立 国
会 図 書 館 収 集 部 資 料 保 存 課 , 2005.3
1
http://www.lib.e.u-tok yo.ac.jp/shir yo/index01.html
109
Fly UP