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>> 愛媛大学 - Ehime University
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脱法ドラッグ・ユーザーのライフヒストリー : ある機会
的使用者に着目して
白松, 賢
愛媛大学教育学部紀要. 第I部, 教育科学. vol.49, no.1, p.3141
2002-09-20
http://iyokan.lib.ehime-u.ac.jp/dspace/handle/iyokan/2716
Rights
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This document is downloaded at: 2017-03-28 19:48:11
IYOKAN - Institutional Repository : the EHIME area http://iyokan.lib.ehime-u.ac.jp/dspace/
愛媛大学教育学部紀要教育科学第49巻第1号31∼412002
脱法ドラッグ・ユーザーのライフヒストリー
ーある機会的使用者に着目して−
白 松 賢
(教育学研究室)
(平成14年5月16日受理)
ljfbHistoryofanOccasionalDrugUser
SatoshiSHIRAMAISu
I.はじめに
若年層の薬物乱用が社会問題として言及されて久しい。近年でも第三期覚せい剤乱用期の問
題として,望めば手に入れれるというアクセシビリティーの問題,S(エス)やスピードとい
った流行型の名称変更による抵抗感の欠如,「ダイエット効果がある」といった勧誘,等によ
り,覚せい剤が若年層へ浸透し,覚せい剤使用者のすそ野が拡大していると推測されてい
る
(
1
)
。
さらに若者の薬物乱用には,覚せい剤,麻薬や大麻等の法的に強く規制がなされている薬物
のみならず,違法として法律で規制されずに使用されている薬物,いわゆる脱法ドラッグの問
題も存在する。もともと若者の薬物乱用問題の多くは,すでに1960年代以降,この種の薬物に
関して言及されてきた。例えば,1960年代には,遊び型非行として言及された「睡眠薬遊び」
のハイミナール,「鎮痛剤遊び」のナロン,オプタリドン,ドローランなどの薬物乱用が存在
した(2)。その後も,シンナーなどの有機溶剤,メプロバメートなどの精神安定剤,ブロン液と
いう咳止め液等,多くの薬物があげられる。そしてその都度,法規制が強化され,また新しい
薬物が法の網をぬけながら,使用され続けている。
こういった薬物乱用の問題に対して,我が国では規範や規則(具体的には法律と違反者への
罰則)のサンクションを強め,加えて薬物の負のイメージを強調する啓発活動等を通して,薬
物へのアクセシビリティーを低くし,抑制しようという傾向が強い。例えば,薬物乱用防止セ
ンターの「ダメ,ゼッタイ」の取り組みや「覚醒剤やめますか,人間やめますか」のキャッチ
コピーにもこの傾向が表れている。それら啓発活動では,薬物乱用の社会的・身体的・精神的
なサンクシヨンを語ることで,「薬物=こわい」というイメージを強調している(3)。
しかしながら一方で,薬物依存からのリハビリや更正に携わる人々から,こういった薬物へ
3
1
白 松 賢
の負のイメージを前提とする啓発活動の在り方へ疑問が投げかけられている。例えば,DARC
(薬物依存者の回復のための民間リハビリ施設)を設立・運営している近藤は,自ら薬物依存
症であった体験も含め,すでに若者の多くに使用され,目に触れている薬物を「一度でも薬物
を使ったら人間はダメになる,薬物はまともな人間の生活の向こう側にある」という前提で,
薬物乱用を防止しようとすることには無理があることを指摘している(4)。なぜならば,薬物の
社会的.身体的・精神的サンクションによる統制圧力は,ある人々(規範や規則へ同調してい
る者)には効果があっても,ある人々(それへの同調から認識的,経験的に逸脱した者)にと
ってはその圧力を失効してしまうためである。例えば,薬物の社会的,身体的,精神的危険性
を危‘倶する者でも,薬物使用の経験(あるいは薬物に関して使用者を志向した学習)を有する
ことで,そういった薬物に付与されている認識(薬物の社会的,身体的,精神的危険性)が無
効化され,使用を是認する価値や行動様式が形成されるという知見はすでに古くHBecker
によって明らかにされている(5)。これらの見解は,多様なドラッグ・ユーザーの使用プロセス
を,個々の使用者の生活世界とともに詳細に研究していく必要性を示していると考えられる。
そこで本報告では,ある脱法ドラッグ(6)(マジック・マッシュルーム:マジック,マッシ
ュ,MMなどの呼び名がある)を使用している青年に着目し,彼のライフヒストリー分析を
通して,彼(および彼の周囲の友人)のマジック・マッシュルーム使用の過程を明らかにした
い(7)。脱法ドラッグへの着目は,薬物へのアクセシビリティーが高まりつつあるとされる現
在,法の統制圧力には同調しているものの,「薬物=こわい」という認識を有していない若者
たちの薬物使用の実態を明らかにすることが必要であると考えたためである。
Ⅱ、調査の概要
マジック・マッシュルームを使用したAという青年を対象として,2001年2月∼7月(D
のみ別で9月)にインタビューを行った。その際,彼の友人に来てもらい,彼へのインタビュ
ーの後,友人へのインタビューも行っている。分析には基本的にA君の過程に着目し,彼へ
のインタビュー記録を用いるが,補足的に友人3名のインタビューも分析に取り入れている。
()内はインタビュー時期を示している。
調査対象者
①A:25歳の男性。地方の大学卒業後,大都市圏の企業へ入社。1999年秋から約1年半のマ
ジック・マッシュルームの機会的使用の後,現在半年以上使用していない。(2月,
7月)
②B:24歳の男性。A君の大学時代の友人であり,遊び仲間。A君からマジック・マッシュ
ルームやその情報を得て,機会的使用を始める。(7月)
③C:24歳の男性。A君のかつてのアルバイト仲間。A君とともに,1回使用したが,その
後は全く使用していない。(7月)
④D:24歳の男性。A君のかつてのアルバイト仲間。A君とともに複数回の使用経験あり。
(9月)
3
2
ある脱法ドラッグ・ユーザーのライフヒストリー
Ⅲ、A君のマジック・マッシュルーム使用の過程
1.A君について
大企業で働く父親と専業主婦の母親の家庭で生まれ,高校までを西日本のある市で過ごす。
中学校および高校までは,「中高は,ふつうの部活やって,坊主頭で」「普通の,まあ学級委員
とかやりよったけど」(普通ってなに?)「悪くもなく,良くもなく」「悪いことはしてない」
「マジメ」な生徒であり,校則に対しても「違反してないつすね。それで生徒指導室によばれ
たこととかないですし,全然」という。しかしながら「言動的には,問題があることはやっぱ
り言うとったのは,言うとった。行動では...まあ,「勉強なんてなんで必要なんすかjって
先生に堂々と授業中に言うたり,そういう,...「全然僕は必要やとは思わんのんでやりませ
ん』とか,問題児ですよね。」「先生が答えられんのを見て,ニヤッとしたり」,「そういう悪ガ
キ」であったという。
そして1年間の浪人生活のあと,西日本のある大学へ進学し,アウトドア,アルバイト,映
画や音楽,クラブやイベントなど,趣味を中心とした大学生活を送っている。卒業後,従業員
10名以下の小さな会社に入社し,現在に至っている。
2.初めての使用
(1)入手とその経路
「(東京を)ブラブラ普通に歩いとって,やっぱりそこに,マリファナのパイプとか, ボ ス
ター貼つとって。で,キノコおいとって,「あれはなんなんですか」,とか話しとって, 「これ
はすごいおもしろいよ」とか。」「そんときは買わんかつたんやけど,はがきをもらって, そこ
通販もやるし。」「帰ってから通販,ですね。」
(2)使用時期とその経験
「俺が始めたのって,…始めたの。初めて食ったのっていつぐらいかなあ。かなり前です
ね」「うんまあ,その頃は,全然マジック・マッシュがニュースでヤバイとかそういう話もな
いころやって,『なんかすごい,ごっつおもろいキノコがあるらしい』とか言いよって,食っ
て,おっ,こらすげえとか言いよったら,どんどんニュースで,ニュースで言い出す前ぐら
い。」「3年ぐらいですね。」「俺が初めて食ったのは,マトリックスを見た時です。」(筆者註:
マトリックスの劇場公開は,1999年9月であり,2月のこのインタビュー時,正確には約1年
半前であり,彼は大学4年生の時である)「『マトリックスがヤバイ」って言いよって」「キノ
コ,ちよこつと調べたら,映像がすごいって言ってたから。」「マトリックス見に行こうって。」
「って見て,すごかったから。」「マトリックスが映画館に…そん時,何回見に行ったかな。
4回ぐらい見に行った。」「1回目マッシユ食って見て。そうすると,頭Iこのこつとるから,2
回目,3回目もめちゃめちやおもろかった。」
「最初は,わけわからんかったつすけど。」「なんか,いつもとちやうっていう。何が違うか
わからんしって感じですね。」「高校生ぐらいの笑い,なんか変や,なんか変やっていう感じで
すね。」
3
3
白 松 賢
(3)情報
大学時代に彼は,バイト先やイベント等で,ドラッグを使用している人々と出会っている。
その中で,ドラッグ使用をした経験のある友人から「「本見て勉強せい』って言って。「ケミカ
ルなんか絶対やるな」って◎俺もだからわからんすね。彼がケミカルオッケーつってたら,や
つとったかもしれん」という経験を有している。そして,「本読んで,マリファナのことをい
ろいろ,何よマリファナってって調べよる時に,だいたいセットで,マジック・マッシュと
か,そういう話があって。」「ある程度の知識があって。」という状況にあった。
そういった経験者との関わり,自己の学習や経験の中で,「ケミカル」(覚せい剤,麻薬,向
精神薬,睡眠薬など)と「ナチュラル」(大麻やマジック・マッシュルーム等の自然物)の区
分を知り,「ケミカル」は「種類はすごいわ」「中毒性があるっぽい話を聞」き,「ケミカル」
には怖さや嫌悪感を感じていた(8)。
しかしながら最初の使用時は,マジック・マッシュルームの情報は,それほど多くなく,店
員からの情報でマジック・マッシュルームを使用している。
S「なんで,それを大丈夫と思ったのか?っていう」
A「僕は,店で売っとるから大丈夫やろうと,それだけ単純に」
S「単純に?」
A「単純に。」
S「ほお」
A「でも,これで死ぬんやったら,」
S「うん」
A「俺の前にも食った奴が,」
S「うん」
A「だから,僕が行った日に(売っている店が)オープンしたわけじゃないし。」
S「うん」
A「たぶん,普通に○○(地名)で,ど−んと売つとって。ちゃんと店舗構えて売っとったから。マッシ
ュに問題があっても田舎もんがでてきて買うんやから,まあ食ってみたらええんちゃうん?っていうぐ
らいしか考えてないです。」
S「ほおん」
A「お腹痛<なって,マジック・マッシュを食って,死んだとかニュースで聞いたとか,あるんかもしれ
んすけどねえ。食い過ぎて,は,あるかもしれんけど。それはやっぱ限度が,限度はちゃんとわかって
て店の人が,ちゃんと,「観賞用」と言うてまして,書いとったけどお。「食うんやったら,最初やった
ら,19以上絶対食ったらいかん」とか,言って。じゃあ,19食ってみよう。いや自分で確かめてみ
んとダメなんすよ。」
S「実際に食って?」
A「食って。そん時は,いい,いい情報も悪い情報もなかったから,じゃあ,食ってみよう。食ってみて
からいろいろ調べて」
S「そうしたら,マジック・マッシュがあるってことさえ,その店に入るまで知らんかつたん?」
A「いや,マジック.マッシュ,いや,なんか,そういう系の怪しい店には,キノコの絵があったり,っ
ていうのはありましたね。うん,幻覚があるという噂もどっからか,わからないすけど。あっマジッ
ク.マッシュが法で規制できんっていうぐらい。」
そしてその後A君は,マジック・マッシュルームの学習をしている。
「今度は,そこに注目して,マッシュに注目してもう1回読み直したりして。」「そんな意識
せんでも,本読んだら普通にのっとるから,まあ意識して勉強した訳じゃあないかもしれない
3
4
ある脱法ドラッグ・ユーザーのライフヒストリー
っすね。」
(4)友人への紹介
A君は,マトリックスの体験の後,友人にマジック・マッシュルームを紹介し,自分が情報
源,入手経路となる(9)。
「とりあえず,俺が食ってみて,めちやめちゃおもろかったから,人にも教えてやって。」
「一番最初には,自分,1人で食っとるんですよ。次食う時っちゅうのは,経験者と,初め
ての人ら−,もう違うんですよね。」「その時点で,みんなが楽しんでいるのを見て,楽しいっ
て感じでしたね。」
そして「(友人への紹介について)責任みたいなものを感じる?」という質問に対して,「い
や,違法だったら,思いますよね」と答える。
さらに友人達が初期にはマジック・マッシュルームに対する不安を示したことを述べてい
る。その不安の解消について,A君は「最初は,不安がりますね,やっぱり」「無理矢理勧め
ん時点で,」「やっぱ,信用してもらえた」と考えている。これは,B,Dともに,同様の回答
をしている。
そしてセッティング('0)の段階で,周囲の法律に関わる不安を除くコミュニケーションをも
つ。「法律をやっぱり重視する,彼らは普通は」,そこで,「僕が言うのは,「みんなでマジック
食ってて,警察がど−んときたって,警察も一緒に食ったらええ。捕まらんし,今は捕まらん
のは事実やし。法律は大丈夫や』っていうのを何度も」話し,望ましいセッティングをつくっ
ている。
3.その後の機会的使用
(1)初体験の衝撃と効果についての経験
「僕ら一がやってもうたのは,最初やっぱハマる。こんなもんがっていうぐらい衝撃がすご
いからあ◎で,2,3日後にまた,あの衝撃をもう一度みたいに,食いたくなるんすけど,食
ったって,もう全然すごくないんですよ。」「想像以上に効かないです。」「そりやあ効いとんか
もしれんけど,頭の中で想像しとるからあ。憶えとるやないですか。」「それ以上のもの想像し
とるから,そう普通にすごくても,想像よりもすごくないから,こんなもんなんかなあ」「絶
対になっちゃいますね。ずつとしとると絶対に。もう1ケ月はあけんと。」
A君は,マジック・マッシュルームを使用した初期,「ハマる」と表現した連続使用を行っ
ている。これは友人Bも「あいつペース早かったつすからね」と答えている。しかしながら,
ある一定期間をあけないと,「衝撃」的な効き方が得られないことを体験し,その後,一定期
間をあける機会的使用へと変化している(B,Dともに,ここのところ数回くらいしかしてい
ないし,最近は半年くらいしていないと答えている)。
そして,最初「わけわからん」「なんか変」「衝撃」と表現されたマジック・マッシュの感覚
も,その後の経験を踏まえて,「とりあえず集中力が高まるって感じかな。」「色とかIますごい
締麗やし,音に関しては全然なんですよ。普通なんですよ。」「映像は,すごいですね。」「CG
3
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白 松 賢
とか,映像ですね。」「かなり3Dですね。」と表現されている。
(2)使用方法
彼の機会的使用やマジック・マッシュルームによって得られる感覚は,使用方法とも関わっ
ている。彼は,二回のインタビューにおいて,「映画」「映像」を「楽しむため」と繰り返し,
答えている。
「マトリックスの時(1999年秋)とM:i−2,ミッションインポッシブルの時(2000年
夏)と,あと60セカンズ(2000年秋)。」「たいがい5時間くらいは,そういう状態になるから,
食ってきだしたと思ったら映画見て。」「僕は映画と,プラス絶対マッシュなんです。」
さらに使用方法として「もっと強い刺激を求めていきたいって思う?」という質問に対し
て,以下のように答えている('1)。
「いや,僕はもう,それは全然。それやったら,おもろい映画を見つけて,マッシュの方
を,プラスαの方をどんどん成長させるんやなくて,ベースのこっちの楽しみたい部分を成
長させた方が,ええからあ。僕はそういう風に考えよる方やし,ドラッグもハマっていく中毒
性のあるドラッグっていうのも,プラスαじゃなくって,それだけでまた楽しむものだった
ら,さらにさらにIこなるかもしれんすけど,僕らはメイン,αoこっち(メイン)が楽しくな
いときにはマッシュ食ったって何もないよって。」「(マッシュに関しては)ハマった奴は聞い
たことがないっすもんね。」
2月のインタビューの「約2週間ぐらい前」にインターネットで「ネットサーフィン」をす
るときに,マジック・マッシユルームを使用しているが,「その前は?」と尋ねた質問には,
「半年以上」していないと答えている。
(3)2000年2月から7月まで
7月のインタビュー現在,また約半年間,使用を行っていない。そしてその理由を,以下の
ように語っている。
「全然食ってないですね。」(したいとも思わない?)「いや,思いますね。でも,6時間と
か,7時間とか,そういう風になるから,実際10時間くらい余裕がないとお」「6時間くらい起
きとく訳やし,その後また6時間くらい寝たいから,無理です,仕事してたら」「時間ないで
す。」「(仕事)休んでまでやるかつつったら,それもないし。」(やめたくてやめてる訳でも,
そんなんじゃない?)「あ,全然。あったら食うし,ないなら別に。」
また現在は使用について,友人とするよりも,1人ですることを志向している。
「僕は,1人の方が絶対ええと思うんですけど。うん。でもみんなは,だいたいみんなで楽
しみたいっていいますね。」「そうですね。じゃまくさいですね。」「セッティングしてやらなあ
かんし,なんか,テンションあげてやらなあかんし,1人の方が気楽でいい。」「セッティング
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ある脱法ドラッグ・ユーザーのライフヒストリー
は,僕らが言うのは,不安がらせんように,楽しい話題をするとか,一緒に食う中で彼女にふ
られた奴がおったら,そういう話は避けたり,」「う∼ん,オチるというか,考え出したら,ど
んどん考えるもんやから,」「他の奴までどんどんどんどん,引き込まれる。」「1人でいろいろ
考える,ようなものやから,1人の世界のものでは,みんなで楽しむとか,もうめんど<さ
い。」「もし食うとしても,もう1人で食って,好きな映画だけ見て,の方がいいですね。」
(4)現在のマジック・マッシュルームに対する見方
「マジック・マッシュもドラッグやと思うてないから,そう意識してないですね。」「ふつう
の酒とかと一緒ですね。」「噌好品ですね。」「マジック・マッシュは,1人で食うもんだから,
人がおっても,別にもう,1人の方がええし,酒はやっぱり1人で飲んでも楽しくないし。」
「全然ちやいますね。使い分けかな。」
そして,「みんながどうなんっていうほど,そんな大したことじゃないんですよ。たぶん」
「じゃけど,規制されるとか」「実は知ってる人は知っててみたいな」「すごい,なんか,謎が
多いから」「注目されてるだけで」「(自分にとっては)当たり前の選択をしよるぐらいで,酒
を飲む,マジック・マッシュを食うっていうぐらいのもので。」「それ(タバコやアルコール)
がオッケーって言われる世の中やったら,オッケーの基準がまず僕には納得できないから,ダ
メな基準も納得できないです。」「タバコはよくって,マジック・マッシュはダメって言われた
ら,全然違うやない。」
このように,摂取や規制に関しては,「噌好品」としてのタバコや酒と並列で語る。とりわ
け規制に関しては,その基準に疑問を有しており,もし規制されるとするならば,する側の無
知によるものと考えている。さらに彼の法律を犯してまでしないという考えは,していない人
間がマジック・マッシュルームについて理解ができないだろうという考えに基づいている。
「法律で禁止ですとニュースに出たら,二度と食わんすね。」「どんなすごいっつっても,法
律を犯してまで,ヤバイことになってまで食うほどは。そんなに魅力は」(合法やからやって
る?)「捕まった人を聞いたことがないから,です。」(合法じゃなければダメっていう基準は
なんだろうね?)「そりやあ,やっぱ,どんなに自分がええと恩つとっても,法律でそりや,
全員わかつとるわけやないし,もちろん自分の親もそうだし。」「で,僕とかも仕事やつとるか
ら,仕事とかもやりにくくなるし,全員に,いや,大丈夫,ホントは大丈夫なんやけど法律が
間違つとるんよって全員にいいながら,仕事なんか,成功したやつなんかおらんやろうし」
「もう最近は,仕事のことなんかで考えるから。」「もうそんなもん,絶対ダメでしょう,ごう
ほ,違法やのにそんなもん食って。…いくらこれは正しいつったって」「現実的に考えて,
生活しずらくなるのは目に見えてますからねえ。」「そこまでリスクを犯してまでやることでは
ないなっていう。」「誤解…誤解…ま…僕からしたら誤解なんやけど,わからん人がほと
んどやと思うし。」
しかしながら,「自分から」「警察の目を盗んでこう買って」「こっそり育てたりはせん」け
ど,「僕は1人でも食える人やから,違法になっても,しばらくは食うかもしれん。」「友達が,
みんなで買って,ちょっと1回分余ったけん,あげるわっつって」「そこで断る理由が,法律
でダメやからっていうのは,できんかもしれんですね」と,捕まらないような状況で入手でき
た場合には,規制されてもするかもしれないという考えも有している。
3
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Ⅳ.まとめと課題
A君の場合,まず東京の店での偶発的な出会いと店員との会話から情報をえて,使用を開始
し,彼らの友人たちと一緒に楽しむようになる。しかしながら,初期の連続使用による効果の
鈍りから,一定期間をあける機会的使用を行うようになる。そして現在は,友人との集団使用
ではなく,1人での使用を志向している。
A君にとって,現在,マジック・マッシュルームの使用は,映画や映像を見る時に楽しむた
めのプラスαであり,噌好品の選択肢の一つである。さらに合法であること(違法でないこ
と)は,彼にとっての使用の「入り口」と継続的な機会的使用を可能にしており,さらに友人
への紹介と使用時の「セッティング」を作るために利用されている。
しかしながら,合法であることは,マジック・マッシュルーム使用の「入り口」に必要であ
るが,それを通過した現在,それほど重要な事柄ではなくなっている。彼は,様々な過程の中
で使用方法を学習し,「使い分け」と表現されるような機会的使用を行っている現在,法律を
破ることで受けるであろう社会的サンクションは気にしているものの,マジック・マッシュル
ームを使用した際に受ける身体的,精神的なサンクシヨンに関しては,危険性を感じていな
い。そのため,マジック・マッシュルームの規制やそれをドラッグとして見る見方は,したこ
とのない人間の無知によるものと考えている。今回の調査で,この過程が明らかとなった。
しかしながら,友人B,C,Dの経験は,それぞれ異なり,とりわけA君と友人の関係に
ついて,本報告では扱うことができなかった。そこで彼らの集団の中で果たしたA君の役割
について再分析を行うことを今後の課題として稿を閉じたい。
註
(1)警察庁編『警察白書」(平成12年版),121-122頁.
(2)中村希明1993,「薬物依存」,講談社,147-150頁.
(3)例えば,麻薬・覚せい剤防止センターの薬物乱用読本『薬物乱用は「ダメ.ゼッタイ.」』,厚生省・都
道府県の『「覚せい剤」人間社会をダメにする』等のパンフレットでは,薬物の社会的・身体的・精神的
なサンクシヨンが強調されている.また,総務庁青少年対策本部「青少年の薬物認識と非行に関する研究
調査」(1998)の薬物に対するイメージには,中高生の回答では「こわい」「体に障害がおきる」「精神に
障害がおきる」という項目にあてはまると答える生徒の割合が高いが,この項目の存在は,調査者がこう
いった国の対策がどの程度浸透しているか,どの程度若者がそれらの認識を有していないか,に着眼して
調査項目を作成していることを示している.
(4)近藤恒夫2000『薬物依存を越えて」,海拓舎,12-26頁.その他,大久保は「覚醒剤のみならず,非
行一般の対応の問題としても,バイクの三ナイ運動やアルバイトの禁止など危ないところに近づけさせな
いこと(アクセシビリティーを低くする)ことで,非行の芽を摘む」という考え方をとりあげ,「学校を
含めて社会的権威という基盤が怪しくなった現在でも通用するのか」と疑問を提起している(大久保圭策
1998,「最近の青少年の覚醒剤乱用問題の現状と課題」「月刊少年育成」,2月号,13頁).
(5)HowardS・Beckerl963,村上直之訳1993(新装版),『アウトサイダーズ』,新泉社,59−114頁.
(6)合法ドラッグという用語はあくまでも使用者や供給者の用語であり,この用語に対して,厚生労働省は
脱法ドラッグという用語を用いている.また,これら合法ドラッグとして売られながらも,それが非合法
ドラッグである場合や自然物のために取り締まれないながらも法律で禁止されている成分を含んだものが
あることから,非合法ドラッグとして言及されることもあることを付記しておく.ただし本報告では,シ
3
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ある脱法ドラッグ・ユーザーのライフヒストリー
ヨップやインターネットで合法として売られ,それを合法と信じている使用者の認識から,分析部分以降
では,合法ドラッグとして用語を用いている.彼らにとって「合法」とは,「違法ではない」あるいは
「使用しても警察に捕まらない」という意味である.
(7)本報告では,啓発活動等において社会問題という前提で語られる場合に薬物乱用drugabuseを使用し
ているが,インタビュー記録を記述・分析する際には本報告の被調査者の認識を重視し,薬物使用dmg
useを参考に,マジック・マッシュルーム使用あるいは摂取として表記している.なお,近年では精神医
学の領域で,薬物依存drugdependenceという用語が用いられるが,本報告は薬物使用を全て依存症と
いう病理として見る見方とは立場を異にしている.
(8)マジック・マッシュルームの情報に関しては,マジック使用前に有していた情報ではなく,やりながら
得たものであるが,このケミカルとナチュラルの情報の学習に関してはそれ以前の人間関係で得ている.
そのほかにも,このように答えている.
A「僕が蝋敬できる友達というのは,ケミカルをみんな,いっさいやってないんですよ.」
S「うん」
A「じゃあ,僕もそんなんやったらあかんわ.こいつらが言うんだったら,おもしろくないんだろうなっていう.おもしろく
ても,そんだけのリスクがあって」
S「うん」
A「じゃあなあっていうぐらい,単純に….人間が作る物っていうのはあんまり」
(2月インタビュー記録)
(9)これは,友人B,C,Dもともに,A君からマジック・マッシュルームを入手し,彼とともに使用して
いると答えている.しかしながら,その使用の結果は,それぞれ異なっている.1回目の使用で,マジッ
ク・マッシュルームの効果を経験したのは,Bのみであり,C,Dは,その効果を得ていない.さらにB
は,その「きかた」(効き方)も,同一人物でも,環境や心理状態によっても異なることを答えている.
B「キムチ鍋パーティーをした後に,あるぞ,ということで」
S「うん」
B「あ−れが,一番最初ですね.」
S「瞳初の時もとべた?」
B「ああ.一番最初よ力、っ,ああ…なんか,入り方がわからん,から,こうどうもっていったら,こう,気持ちとか,どう
もつてったらええかなって,まあ,までも,まあまあきたつすね.」
S「あ,ほんと?ど」
B「どっちかな,きたんかな?ああ−ん,みたいな」
S「あんま,そんな明確に,これはいいぜっみたいな感じではなかった?」
B「あいつ何言いよりました?三人でやったいいよりましたつけ?」
S「うんうん」
B「ああ,そん時は,そうとう,ああ,そうとう遊べた時つすね.」
S「あ,ほんと.日によって,全然違うのかな?」
B「日によって?」
S「きかたが」
B「ああ,ちやいますね.人と,環境と」
1回目でその効果を得れずに,それ以降使用していないCや4回目までこなかったDのように,個人
差もある.それについてDは,以下のような話をしている.
S「なんか,その’初めてやった時の感想とかって」
D「そお,こんなもんかなっていうのはやっぱり、実際マッシュは1回しか,きたことないんで.やっぱり,まわりの雰囲気
とかもあるんかなあって」
S「あ,そう.1回だけ?」
D「そうですね.うん.あとは,食べて,あと,う−ん.何もなかったですね」
s「1回きたっていうのは,何回目ぐらい?」
D「1回目はねえ、4回目とか,ですね.さい,おおん,あん時は,もうすごかったですね.なんか,ものを,があって,居
酒屋おったんすけど,そのものをあえてとらんって思ったりとか’俺すごい,俺絶対,とる時は,もう手が,すごい距離に
動くみたいに,」
s「あ,ほんとお?」
3
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D「それ,が,かなりおもしろかったですね.あれ,だけですね,だけん」
(中略)
D「そんなに,映画を見るときも,そんなに,変わりがないんですよ.だけん,まあ,きてないってことなんだけど.だか
ら,うん.あんまり,うん,そういうことはないんですよ.はい.はい,体質かなって思ったりしたんですけど」
S「個人差があるんかなあ?」
D「ねえ,あ,れは悔しいですよ」
S「ほおん?楽しんでる奴が」
D「そうそうそうそう.ほんま,ほんまにきてるんかなあって.1回きたからまだ,わかるわかるっていうのはあるんですけ
ど
.
」
(10)薬物使用において,自己の求める感覚をえるためには,望ましいセッティングやセットが必要となる.
セッティングとは,薬物使用時の環境のことであり,セットとは心理状態のことである.彼らの集団にお
いては,それが未分化の状態で,その両方をつくることをセッティングと呼んでいる.そのセッティング
へのAの関わりについて,Dは以下のように答えている.
S「自分にとって,抵抗がないっていう理由はなんでやる?」
D「抵抗がないって言う理由,う−ん….まあ,まずはやっぱり,1人でするわけでもないっていう,やっぱり,しないっ
ていうのはまずなかった.ほんでまあ,それ以前に,する前にいろいろ,勉強させてもらったっていうか,知識をつけて,
つけさせてもらった.ど,どういう効果があるかって,それはAから.これはこうなるもんやからって.で,あんまり関
心ももたんし.話を聞いて,すごいいい,セッティングをしてくれたんで,だから全然大丈夫やったんすけど.」
(11)インタビューの中で,彼は薬物がしたくて,マジック・マッシュルームをしているのではなく,映画を
楽しむためと答えている.
S「うん.…マジックをやったおまえらのまわりで,他の薬やろうって」
A「あ,それは全然いないですね」
S「それはない」
A「うん.全然いないですね」
S「じゃあ,薬がしたくてマジックに手を出したんじゃないってことな」
A「あ,はい.ないです.」
S「うん」
A「映画,が好きで,映画がみ,もっとみたい,楽しく見たいから,その手段として,マジック・マッシュってなるでしょう
ね
」
S「うん」
A「いや,わからんすけどね.なんか,わけがわからんくなるのが楽しいってイメージがある.」
S「うん」
A「ドラッグですか.と言われてるISDとかっていうのは.わけ,とにかくわからん,だるさが気持ちいいとかいう」
S「うん」
A「やった人が言うから.」
S「うん」
A「それは面白くないじゃないですか.」
S「うん」
A「マジック・マッシュ.映画を見たいけん,もっと楽しむためには,と.やっぱ2千円出して,食っとった方がいいんかな
あっていうぐらいです.」
(7月インタビュー)
主要参考文献
石川元助1990『ガマの油からLSDまで」,第三書館(『毒薬」1965年の復刻をもとに編集).
内山絢子・宮寺貴之1999「青少年の薬物乱用l薬物使用少年の社会的背景」科学警察研究所「科学警察
研究所報告防犯少年編』,第40巻,第1号,82-95頁.
大久保圭策1998,「最近の青少年の覚醒剤乱用問題の現状と課題」『月刊少年育成』,2月号,8−14頁.
京堂健1992「マジック・マッシュルーム』,第三書館.
CliffbrdRShawl930(ペーパーバック版1966),玉井填理子・池田寛訳「ジャック・ローラー」,東洋館出
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ある脱法ドラッグ・ユーザーのライフヒストリー
版社.
近藤恒夫2000『薬物依存を越えて』,海拓舎.
総務庁青少年対策本部1998「青少年の薬物認識と非行に関する研究調査」.
谷富夫編1996「ライフ・ヒストリーを学ぶ人のために」,世界思想社.
中村希明1993「薬物依存」,講談社.
HowardS・Beckerl963,村上直之訳1993(新装版),『アウトサイダーズ」,新泉社
真矢一成1998『マジック・マッシュルーム完全栽培マニュアル』,データハウス.
宮里勝政1999「薬物依存」,岩波新書.
<付記>
本論文は,平成13年度∼14年度科学研究費補助金(奨励研究(A)若手研究(B))の交付を受けた「若者の
コンサマトリー的行動形態の問題からみた生徒指導の課題に関する実証的研究」(課題番号13710162)の研究
成果の一部を報告するものである.
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