Comments
Description
Transcript
Encadreur N°8 PDF
今回のアンカードラーのテーマは 本号ではそんな自転車と額装の関係 Vélo(フランス語で自転車の意)です。 について考えていきたいと思います。 さて自転車というと何を思い浮かべる まず最初にオランダのHet Paradjisの でしょうか? 人によっては子供のこ 自転車のカードを使ってビゾー・クラ ろ補助輪のついた自転車にのったとき シックのシンプルな額装を作ります 家族に背中を押してもらったことだっ (Cycling, cycling, cycling...)。次に たり、はじめてひとりで隣町まで行っ カードと立体的な模型をひとつの作品 た記憶だったりするかもしれません。 として額装する(Penny Farthing)、 あるいは通い慣れた通学路の思い出や ジャン=ジャック・サンペのポスト 2人乗りをして街をまわったことと カードを使って作るツール・ド・フラ か。 ンスをイメージした額装(Tour de 個人的には自転車というとイギリス France)へと続きます。 のバンドQueenの「バイシクル・レー 裏面では額装の代表的なテクニック ス」の軽快なコーラスを思い出しま であるビゾー・クラシックの作り方の す。あるいは同じ音楽つながりでいえ 紹介(Technique)、自転車と関係した ば、Kraftwerkの「ツール・ド・フラ ポストカードなどのドキュモンの紹介 ンス」というのもあります。これはク (Document Hunter)。最後に山をサイ ラフトワークが山々の合間を何日もか クリングしているポストカードとガラ けて疾走する世界最高峰の自転車レー スビーズを使った額装のショート・ス ス「ツール・ド・フランス」をイメー トーリー(Avant//Après)というライン ジして製作したアルバムです。 ナップになっています。 自転車は日常的なものから過酷なス この世界には実に多くの自転車好き ポーツまで幅広く私たちの生活に関 がいて、自転車の競技者たちがいて、 わっています。ほかにもたとえば荷物 生活に自転車を必要としている人たち を携えて都市を馳けまわるメッセン がいます。自転車を使っている人もそ ジャーたちの存在も忘れてはなりませ うでない人も、この暖かくなってきた ん。彼らは網のような目のような都市 季節に自転車に乗ってサイクリングを の道路を知り尽くし、最短の道を通っ してみたり、自転車に関わる額装をし て人々の元に依頼品を届けます。 てみてはいかがでしょうか。 サイクリング, サイクリング, サイクリング... まだずっと子供だった頃、自転車は世界を広げてく それでも心のどこかではまだ子供時代に感じたサイ れる唯一の乗り物だった。徒歩では到底辿りつくこと クリングの感触をしっかりと憶えているもので、この ができない場所まで運んでくれる魔法の絨毯みたいな Het Paradijsの自転車のカード・シリーズを見たと ものといってもいいかもしれない。自転車に乗ってサ き、どうしても揃えてみたい気持ちになった。自転車 イクリングに出かければそれこそ世界の果てにだって のイラストというと自転車それ自体が主役になってい 行けるような気になったものだった。 るものが多いけれど、この素朴なタッチのイラストの でもそのような関係は10代の頃フランスに行ったと シリーズは自転車に関わる人たちが主題になっていて きに一変した。簡単にいえば自転車との関係はずいぶ そのことにたいして好感を持てたからかもしれない。 んと疎遠なものになってしまった。というのは、自転 とくにバゲットを小脇に抱えて走る男の子の絵がお気 車もクルマと同じように車道を走らなければならない に入りで、かつて自分がたのしんで自転車を乗り回し パリの街でサイクリングすることは、とても勇気を必 ていたころのことを思い出させてくれるような気がし 要とすることだったからだ。それにメトロ(地下鉄)や た。(もちろんバゲットを小脇に抱えるなんておしゃ バスといった交通機関が便利なパリの街でわざわざ盗 れなことはしていなかったわけだけれども) 難の危険のある自転車に乗るのは意味のないことに思 そこで自転車との関係性みたいなもののささやかな えたというのも大きかった。 修復の糸口として、このカードを額装して飾ってみる 数年後に帰国したときもう一度自転車のある生活に ことにした。テクニックはシンプルに45°のビゾー・ 戻そうと思ったことがある。でも一度はなれた習慣を クラシックという技法を使う。これは素材のカードが 取り戻すのはなかなかに難しいことだった。なにしろ 素朴でよけいなものを必要としない感じがしたから はじめはどう乗りこなせばいいのかわからなかった だ。完成した作品はキャビネットの上に飾ることにし し、再び乗り回せるようになってもどこかむず痒い居 た。額装のなかでバゲットを抱えながら一生懸命ペダ 心地の悪さみたいなものを感じ続けることとなったか ルをこぐ少年の姿を眺めて、大人になった私はかつて ら。そして、次第にきびしくなった路上駐車の不便さ 自転車とともに街を走った記憶を少しずつ思い出そう を感じて自転車に乗ること自体やめてしまった。 と思っている。 ぼくたちにとって自転車というと、同じ大 だったそうだ。そして、そのスピード故に きさの車輪がふたつと後輪についたチェーン レースもよく行われた。もちろん、ただ速い のタイプのものが一般的。でも、いまから という以外何の取り柄もないはた迷惑なこの ざっと100年以上昔、19世紀ではペニー・ 自転車が広まることは当然なくて、いまでは ファージングという前輪の大きなタイプの自 ある意味おとぎ話的な存在になってしまった 転車が流行ったことがあったらしい。それは のも無理はないと思う。だって、どうみたっ レトロな雑誌なんかに出てきそうなオール て曲芸師が乗り回すような自転車にしか見え ド・ファッションドな自転車で、現代的な見 ないのだから。もし街のなかでだれもがこの 地から見ると、どこかありえないような(自転 自転車を乗り回す日がやってきたら、ぼくは 車の進化における過程の一形態のような)例え きっと自らの目を疑うと思う。 るなら自転車界のシーラカンスみたいな乗り ただ自転車としての立ち位置は失ったけれ にくそうな自転車。実際、この自転車は乗り ど、このペニー・ファージングという自転車 にくかったらしい。高い位置にあるサドルの はその唯一無二なデザインのおかげで人々の せいで乗り降りだけでも大変だったし、その 記憶に強く留まることになった。だから、い 形状からブレーキはつけられなかったそうだ までも古い自転車をイメージするとき、この し、低速ではバランスが取りにくかったらし 前輪が不釣り合いに肥大化した自転車のこと い。おまけにちょっとでも転んだものなら周 をぼくたちは頭に思い浮かべることになる。 囲のものを巻き込んでの大惨事になりかねな それは自転車の近代化におけるひとつのマイ い代物だった。もちろん、この自転車にだっ ルストーンみたいなもので、この21世紀の世 てよい部分がなかったわけではない。どんな の中でも古いよき時代を思い起こさせるもの ものにも何らかのよい点があるもので、この として、さまざまなグッズとなり現代にも生 自転車のよいところはそのスピードだった。 きながらえている。ぼくも古い自転車という チェーンのない、ペダルと車輪が一体化した と博物館でレプリカを見たことしかないの (よく考えてみるとチェーンのついた自転車 に、金魚で例えるなら出目金といってもいい が当たり前だとぼくたちは思い込んでいる) この自転車のシルエットを思い浮かべるし、 かたちはとても合理的で、高速化という点に このなんともいえないデザインに不思議なか おいてはあらゆる無駄を省いた完璧なかたち わいらしさを感じるのである。 さて今回はそんな古の時代の自転車ペニー・ファー とつの額装のなかにいれるため、2つのパーツに分け ジングをモティーフにしたドキュモンを額装してみる て作っていくことにした。まずポストカードは45°の ことにする。使うのは黒いバックグラウンドがモダン ビゾー・クラシックの技法でシンプルに仕上げ、模型 な印象を与えるポストカードと紙製の立体模型。まず の方はビゾー・ドロア(90°/垂直)のテクニックで、箱 は模型の方を組み立てるところからはじめてみる。こ 状の空間を作って、そのなかに収めるかたちをとる。 の模型はプラモデルみたいな要領で細かいパーツをひ ふたつのパーツを作り終えたら、黒色の紙を貼った とつひとつ丁寧に組み合わせていくもので、出来上が パッスパルトゥと裏板でふたつを挟んで仕上げていっ ると前輪が大きなペニー・ファージングの自転車の何 た。 分の一かの模型になる。作った印象としては紙製だけ 今回作成したペニー・ファージングの額装はシンプ ど、造りがずいぶんとしっかりとしていて(パーツひ ルでモダンな感じに仕上がったと思う。ペニー・ とつひとつに強度があり信じられないくらい硬い)、 ファージングという自転車がとてもクラシックな存在 表面の質感も錆びた鉄みたいな感じで出来上がったと だから、反対にこんな風にモダンでシックな感じに仕 きのアンティークな佇まいに驚きさえ感じる。手のひ 上げてみると、印象がぐっと変わっておもしろいと らに乗るくらいの小ぶりなサイズでとても軽いものだ 思った。出来上がった作品を本棚の一角に飾って、遠 けれど、重厚な金属製の模型と遜色がないくらいに見 い昔ひとびとが速さのロマンを求めて生み出したペ えるのである。 ニー・ファージングという自転車にちょっとだけ思い 模型ができたら今度は額装作りに取りかかる。今回 を馳せてみるというのもなかなかに風情があっていい は模型とポストカードという2種類のドキュモンをひ んじゃないかなと思ってみたりした。 ツール・ド・フランス ずっと昔に手に入れたジャン=ジャック・サン でも立派な栄誉だと思うものらしい、というこ ペの「légère défaillance(おそらく軽度の故障 とをインターネットを調べて知った。 の意)」というタイトルのついたポストカード。 ひととおり「ツール・ド・フランス」の歴史 これは自転車レース中に故障があって、はるか を学んだら、今度は額装に取り掛かる。今回は 地平の彼方まで続いていそうな大集団の最後尾 45°のビゾーの応用で、Sujet Glissé(スュジェ・ に必死に追いつこうとするレーサーの姿をサン グリッセ/ドキュモンをあいだに滑り込ませて挟 ペが描いたイラストで、推測だけれどもサンペ むというような意味)という技法を使ってみよう はフランス人だからきっとこのイラストは と思った。 「ツール・ド・フランス」を題材に描いたん これは45°のビゾーを何段も重ねその隙間にド じゃないかと勝手に思っている。 キュモンを挟むことで奥行きと直線の美しさを ここでちょっと説明しておくとたんに「ツー 演出するテクニックで、カードが奥に見える地 ル」とだけ呼ばれることもある世界最高峰の自 平に向かって伸びていくように見える感じがし 転車レース「ツール・ド・フランス」は1903年 たから、奥へと続いていくような立体感を表現 に始まった。実に100年以上も続いている歴史 するために選んでみた。ビゾーの下に貼る1mm ある過酷なレースで、競技者たちはフランス全 程度の細いフィレ部分に、サンペのカードに描 土、平原からブルターニュやアルプスといった かれたレーサーたちのカラフルなスーツやヘル 山脈地帯まで(ときには国外まで)を何千キロも メットの色を参考にして、虹みたいな赤、黄 走るのである。個人優勝者にはマイヨ・ジョー 色、緑、青の4色を選んでみた。 ヌ(黄色いジャージの意)が与えられ、その栄誉 できあがった作品はとてもシンプルだけれど を欲して毎年多くのレーサーたちが3週間にも及 も、縦に引かれたカラフルなラインが印象的な ぶ肉体の限界への挑戦を試みる。いや、多くの 感じに仕上がったと思う。そして額装のなかの 自転車乗りにとっては参加することだけでも、 レーサーは今日も最後尾を目指して懸命にペダ 無事にゴールであるパリの街まで完走するだけ ルをこぎながら走り続けるのである。 本号で紹介するのはビゾー・クラシックのテクニックです。額装の雑誌「アンカードラー」ではこれま でいくつかの額装の基本的な技法を取り上げてきましたが、実はいちばんベーシックともいえるビゾー・ クラシックのテクニックを取り上げることをすっかり失念していました。そこで今回はこの基本中の基本 ともいえる45°の技法を自転車のグリーティング・カードの額装で紹介したいと思います。 ビゾー・クラシックのテクニックはドキュモン(なかにいれるポストカードなど)の縁に45°のビゾー(斜 断面)を作り、そこに色紙を貼って装飾を施す技法です。3mm厚の厚紙を使ってビゾーを作ることでたん に一枚だけのパッスパルトゥよりも作品に立体的な奥行きを与えることができます。またとてもオーソ ドックスな技法なので、たいていどのようなドキュモンにも合いますし、ほかの技法と組み合わせて使う といった風にアレンジを加えることもできます。今回はこのビゾー・クラシックの技法を使って、イギリ スのANZUの自転車のグリーティング・カードを額装してみることにしました。 そうだ。山に行こう。という考えが頭にふってわいて だった。一言でいえば移り変わりやすい心の産物のよう きたのはまだ寒さの残る2月のことだった。どうしてかは なもので、ふっとわきあがった衝動みたいなものだっ わからないけれど、自転車で山を登りたくなったのだ。 た。でも自転車のペダルを一歩漕ぎ出すと、全身の筋肉 その飢えはすさまじくて、飢餓といってもいいくらい がぎゅっと引き締まる感じがして、子供の頃、自転車で で、その考えに取り憑かれた私はすぐさま近所の自転車 自分のテリトリーを走り回っていたときのようななつか 専門のレンタルショップでフレームの軽いサイクリング しい感覚が遠い記憶とともに蘇ってくるのを感じた。 用のマウンテン・バイクを借りると、カードで支払いを 済ませ、店の人に近くで走れる山はないかと尋ねて、教 あるいはそんな気持ちになったのは、もしかしたらこ えてもらった山を目指した。 のポストカードを見つけたことが原因かもしれない。そ 私は別に登山家のラインホルト・メスナーみたいにそ れはゆるいスラロームがつづく箱庭みたいなかわいらし こに山があるから山を登りたいと思ったわけではない。 い山を自転車に乗った人々がサイクリングしているイラ 子供の頃から山に登ったことなんて数えるほどしかない ストで、私は一月ほど前の休日にとある街の雑貨屋でそ し、サイクリングで山を登るのだってはじめてのこと のカードを見つけたのだった。その箱庭みたいな山の↙ 感じがすっかり気に入った私は次の休みに時間をかけて 記念碑とでもいうみたいに。 額装した。箱庭みたいな山のブルーとグリーンのグラ デーションの感じが印象的だったので、ガラスビーズを 借りた自転車が高性能だったからか、あるいはその山 使って幻想的なイメージで額装していくことにした。必 が初心者に優しい起伏のゆるやかなコースだったからか 要な道具を用意して、バックグラウンド・ミュージック 山頂まではあっというまに辿りついた。私は山の頂付近 にCEROの「マウンテン・マウンテン」をかけて、淹れ にあるちょっと開けた空き地に自転車をとめると、小さ たてのホット・コーヒーを口にしてから、作業に取り掛 くその場で伸びをして、ふもとのコンビニエンス・スト かった。樹脂を乾かす必要があることをのぞいて、する アで買ったスポーツ・ドリンクを飲んだ。それから山の べき作業はすべてその午後のうちに終えたのだった。 上の澄み切った空気を肺の中いっぱいに吸い込むと、久 数日後いくつかの仕上げの作業を経て、それはシンプ しく感じたことのなかった体の底から湧き上がってくる ルで小ぶりな額装作品となって完成した。私はそれを学 高揚感みたいなものにしばらくのあいだ身を預けてみた 生時代に手に入れたトロフィーや記念メダルといった勲 いと思った。 章のように玄関の壁に飾った。何かを成し遂げたあとの