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適切な要求表現の獲得に向けて

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適切な要求表現の獲得に向けて
適切な要求表現の獲得に向けて
小学部 広汎性発達障害児童のコミュニケーション指導
小学部教諭
森野 幸
A児 プロフィール
• 知的障害を伴う広汎性発達障害
• 教師や友達や物を叩く・蹴る・噛むなどの行動をとることがある。
• 数字、見慣れた絵本、ボール等に強い関心を示し、どうしても手にい
れたくなる。クレーンで要求することもある。
• 興奮すると手や壁を叩いて音を出し、奇声を発することがある。
• 母親への愛着表現はあるが、他の人を意識している様子はみられない。
• 母親に、抱っこの要求時のみ、身振りや「おねがい」と模倣して伝え
ることがある。
• PEP-R 2歳2ヶ月
•
•
言語理解
言語表出
2歳5ヶ月
2歳
芽生え得点 5
芽生え得点 7
• SM社会生活能力検査
•
社会生活指数
• 太田のStage評価
33
社会生活年齢
2歳3ヶ月
StageⅡ (H24.5)
実態把握(叩く・蹴る・噛むなどの行動)
叩く・蹴
く・蹴る・噛
る・噛む
社会的に受け入れられない。伝える喜びや伝え合う楽しさを感じられない行動である。
どんな状況で?
何のために?
何を得ているのかしら?
まだ、遊びたいよ!
1.好きな活動を中断させられる。
上手にやりたいのに・・・
2.課題や身の回りのことが思うようにできない。
3.欲しい物が手に入らない。
欲しいのに・・・
1.好きな活動を中断させられる。
大好きなタイムタイマー
大好きなタイムタイマーで、活動の終わりを知らせる。
きなタイムタイマー
いつ、それができるのかを個別スケジュールに提示し、
必ずそこでの活動を保障。
遊びの場を見えないようにし、「またね!」マークを
提示。彼が納得するのを待つ。
大好きなタイムタイマーが鳴ってるぞ!
遊びは、またできるんだ。やめてもいいかな・・・。
2.課題や身の回りのことが思うようにできない。
無理のない課題。
更衣や荷物の出し入れなどは、できそうなところまで
手伝う。
課題学習時に、手指の使い方の学習。
先生が助けてくれて、着替えができたぞ。
課題もできるよ。ぼくっていけてる!
3.欲しい物が手に入らない。
場面限定ではあるが、身振りや音声模倣で伝えようと
していて、芽生えがある。
興味の強い物があり、指導場面はたくさんある。
適切な要求表現の獲得には、長期的に段階を踏んだ
指導が必要
目標設定(長期目標)
対象物を指差したり名称を言ったりして、「お
ねがい」という言葉で要求を伝えることができる。
《指導区分》
中心となる区分
「コミュニケーション」「人間関係の形成」
関連区分
「心理的な安定」
「環境の把握」
大切にしたいこと
自分だけの世界で、好きなように生きているみた
い・・・
人は、働きかけると応じてくれると気づいて欲しい
な。
伝えることを通して、楽しい世界を共有できるとい
いな
いな。
楽しい遊びをたくさんしたり、褒めたりして、
仲良くなりたいな。
どんな遊びが好きかしら?
指導までの素地作り
好きな物・活動を見つけ、一緒にする。
好きな物を持っておく。
どのほめ方が好きか、やってみる。
ぼくの好きな物を持って
る人がいるぞ
今度は、何をしてくれ
るのかな?
この人といると、
おもしろいこと
してくれるな。
頭をなでられると、な
んだか気持ちいいなー。
教師を捜して、一緒に遊んでほしがるそぶりが
見られ始めた。
指導
第1期
5月~9月
《短期目標》
手を合わせる身振りと「おねがい」という言葉
で,欲しい物やして欲しいことを伝えることがで
きる。
《指導場面》
・休憩
:タイマー、
ロッカー(数字カード、ペン、カレンダーなど)
・給食
:ふりかけ、牛乳瓶のふた開け
・課題学習:音や言葉の出るおもちゃ、吹いて遊ぶおもちゃ
・更衣
:袋の開閉、ボタンの着脱
指導の段階
教師の支援
達成基準
1 手合わせの身体プロンプト
手を添えられて手合わせ身振り
身振りモデリング+「おねがい」 モデルを見て手合わせ身振り
達成時期
5月初旬
2 身振り+「おねがい」
「おね」
「お」
身振り+語尾「い」
身振り+「がい」
身振り+「がい」「ねがい」
身振り+「おねがい」
5月中旬
5月下旬
6月初旬
3 「お」の口形で待つ
身振り+「おねがい」
6月中旬
4 待つ
「おねがい」
6月下旬
言葉って便利だね!
もっといろいろ
言ってみたいなー
指導
第2期
《A児の変容から
6月中旬~継続中
長期目標の追加と変更 》
・ 対象物を指さしたり名称を言ったりして、「おね
がい」という言葉で要求を伝えることができる。
・ 様々な場面で
場面で、教師の
教師の音声模倣をすることができ
音声模倣をすることができ
る。
《短期目標》
様々な場面で,教師の音声模倣をすることができる。
《指導場面》
あいさつ
返事
自分の名前
先生の名前
いただきます
牛乳のふた
ごちそうさま
がんばれ
♪
ワニが泳ぐ
待つ
移動・散歩
♪教室に
行こう
♪お散歩に
行こう
運ぶ
手洗い
♪
《指導方法》
周りの人と同じ言葉を発する楽しさを
たくさん感じて欲しいな。
歌やリズミカルな言い方で、私も一緒に楽
しもうっと。
・日常生活の中で、繰り返される場面を捉える。
・同じ場面では,同じ言葉を用いる。
・リズミカルな言い方や、歌を用いる。
・行動と言葉が結びつくようにする。
・模倣できたら、しっかりと褒める。
・言葉で遊ぶ感覚で、教師も一緒に楽しむ。
《本児の変容》
先生の真似をして言うと
ほめられちゃった-
一緒に言いながら活動するって
楽しいなー
s,n,m,r,k,t等の子音を正しく発音することは難しいが、
教師の言葉をよく聞いて模倣することができるようになってきた。
自分から言うことも見られ始めた。
指導
第3期
10月~継続中
《実態》
「お願い」って言ってるのに、
違う物をくれるんだ・・・
《短期目標》
欲しい物を指差したり名称を言ったりして、「おねが
い」と言って要求を伝える事ができる。
《指導場面》
・休憩
:タイマー、風船、トランポリン
ロッカー(数字カード、ペン、カレンダーなど)
・給食
:ふりかけ、牛乳瓶のふた開け
・課題学習:風船、ねじ式ロボット、シャボン玉、ペン
・更衣
:袋の開閉、ボタンの着脱
《指導方法》
今まで、音声模倣で、楽しさは味わえ
たけど、はっきり発音しにくいわ。誰
にでも伝わる言葉が言えるといいわね。
文字を見た方がはっきり発音できるみたい。
課題学習
・要求したい物の絵→文字→発音
・おもちゃの要求
給食・休憩
・課題で使った絵カードをそばに置く
・言いにくそうな時には、それを見て
文字を読む
成果
• 身振りや言語で要求が叶うことにより、他害が減少した。
• 発音(発語)することが、コミュニケーションのツールになることに
気づいてきた。
• 友達や家庭、施設でも言語による要求ができるようになってきている。
• 人は適切に働きかけると、楽しい遊びをしてくれる存在であることが
分かり、伝える楽しさに繋がった。
• 自分が要求するだけでなく、教師からの働きかけ(お願い)に応じる
場面がでてきた。
• 他害の原因の③を重点的に取り組んだが、結果的に①②も軽減される
こととなった。
課題
• 発音が不明瞭なため、誰にでも伝わりにくい面が
ある。まず、舌を安定させ、遊びなどを取り入れて、
楽しみながら発音指導をしていきたい。
• 文字を読む方がはっきりと発音できるので、教師
の音声だけでなく、文字の提示も可能な場面では取
り入れていく方向で。
• 「おねがい」から指導せずに、名詞で要求させた
方がよかったかも・・。(入学当初、ここまで発語
が増えると予測できなかった)
• 拒否の時に、まだ手がでることがある。「やめて
貸して」などの指導もしていく必要がある。
取り組みを振り返って
自分だけの世界で、好きなように生きているみた
い・・・
人は、働きかけると応じてくれると気づいて欲しい
な。
伝えることを通して、楽しい世界を共有できるとい
いな
いな。
楽しい遊びをたくさんしたり、褒めたりして、仲良くなりたいな。
。
ご静聴
ありがとうございました
適切な要求表現の獲得に向けて
~小学部
A児のコミュニケーション指導~
小学部教諭
森野幸
1
はじめに
本事例の対象児童は、入学時より自分の思いが通らないときや、思ったように活動できないときな
どに、叩く、蹴る、噛む、物を投げるなどの行動が見られた小学部1年生の男児である。前述のよう
な他害があるために入学前は常時、指導者との1対1での活動が多くなっていた。また、家庭でも母
親に愛着をもっているが、会えて嬉しいという気持ちも叩くという方法で表現するような様子が見ら
れた。
適切な表現手段を獲得してほしいという保護者の願いも受けて、要求表現の場面をとらえ、適切な
表現手段の獲得を目指してコミュニケーション指導に取り組むことにより、学校生活、家庭生活とも
に円滑な人間関係を育むことができるようにと考え、実践に臨むこととした。
2
対象児童の実態
(1) プロフィール (H24.4)
・ 知的障害を伴う広汎性発達障害の小学部1年生男児
・ 入学前は、知的障害児通園施設 みどり学園で療育を受けており、集団生活の経験はある。
・ 好きな遊び(お絵かきボードやひらがなボード、回転系の乗り物、絵本の読み聞かせ、箱車
などを押してもらうなど)をしている時には、笑顔が多い。
・ 理由なく情緒が不安定になることは、あまりない。
・ 睡眠リズムが崩れた時には、いらいらすることが多い。
・ 見通しがもてない時や、自分の意に沿わない時に、不安定になりやすい。
・ 数字が書かれているものに関心が高く、日付や手順カード、カレンダーなどが目につくと、
確認しないと気が済まない。
・ カードの数字を並べたり、紙に数字を書いたりし始めると、終わることができない。
・ 濡れる感覚が嫌で、少しでも濡れると衣服を脱ごうとしたり、手洗いを嫌がったりする。排
尿後にも、尿がつくのが嫌で、トイレには行きたがらない。
・ 気持ちが高ぶると、手や壁を叩いて音の刺激を楽しむ。
・ 泣き声が聞こえると不快で、その児童を叩きに行く。イヤーマフを練習中である。
・ 通園施設では、教室の黒板に提示されていた全体へのスケジュールを、ほとんど見ていなかった。
・ 検査結果
PEP-R 2歳2ヶ月 言語理解2歳5ヶ月
芽生え得点5
言語表出2歳
芽生え得点7
(H24.6)
社会生活年齢 2:3
SM社会生活能力検査 (歳:ヶ月,H24)
身辺自立 2:6
移動 2:4
作業 2:9
意思交換 2
集団参加 2:2
自己統制 1:8
太田の Stage 評価
Stage Ⅱ
(H24.5)
新版K式発達検査
全領域発達指数(DQ39) 発達年齢 2歳3ヶ月(H23.4)
(2)入学当初のコミュニケーションに関する実態
(受容に関すること)
・ マイルールで行動し、他者からの働き掛けの受け止めについては、ほとんどない。
・ 褒められるという経験が少なく、褒められても喜ぶ様子はない。
・ いくつかの絵や写真による指示を受け止め、行動することができる。
・ 言語理解に関しては、自分の名前を呼ばれると意識したり、いくつかの身近な単語を聞いて
そのものを取ることができる。
・ 平仮名にも興味はあり、一音ずつであれば聞いて選ぶことができる。
(表出に関すること)
・ 発語による要求をほとんどしない。「ぎゃー」や「あー」などの声を出して楽しむ様子が見
られる。
・ したいこと、欲しいものははっきりしており、要求が強い。
・ どうにかして伝えようとする気持ちも強い。手段は選ばずかなえようとするが、家庭で抱っ
この要求時のみ「おねがい」という身振りが出始めている。
・ クレーン動作で欲しいものを取ってほしいと要求するが、相手は誰でも良い。視線は合わない。
・ 自分の欲しいものが手に入らなかったり、活動がうまくいかなかったりすると、相手や周り
の人を叩く、噛む、蹴るなどの行動をとる。
(詳しくは、自立活動の区分に即して整理した実態表を参照)
-1-
3
指導に当たって
(1)目標設定について
(個別の指導計画参照)
本児は、強い要求を満たすために、手段を選ばず、他害という方法をとって伝えるという誤
学習をしている。しかし、他害による意思表示は、社会的に受け入れられないものであること
はもちろん、伝える喜びを味わいにくく、伝え合う楽しさを感じることにはつながらない。
本児にとって現段階で必要なことは、
『適切な方法で、相手に伝えれば伝わる』経験をし、
『人
と関わる喜びを味わう』ことである。そこで、家庭や学校で、身振りやおうむ返しで伝えよう
という芽生えがあること、小学部一年生という生活年齢であることから、直接的な言葉でのや
りとりを通して、伝え合う楽しさを味わって欲しいと考え、目標を設定した。
適切な言動に代替えするために、他害に及ぶ場面を分析した。
場面・状況
方 法
① 好きな活動を中断させられる。・活動の終わりを、大好きなタイ
ムタイマーで知らせる。
・個別のスケジュール上に、好き
な活動を提示する。
② 課題や身の回りのことが思う ・課題を本児に無理のない段階ま
ようにできない。
で下げる。
・日常動作に関して、できそうな
ところまで支援し「できた!」と
思える状況を作る。
・手指操作の向上を図るために、
ホックや袋開け、豆移しなどの活
動を取り入れる。
③ 欲しい物が手に入らない。
自立活動の
自立活動の目標として
目標として考
として考え、取り
問題行動が一番多く見られる。組
組みをする。
みをする。
(2)中心となる指導区分
関連する区分
「コミュニケーション」
「人間関係の形成」
結 果
問題行動 減
教師との関係作りが
良
問題行動 減
「心理的な安定」
「環境の把握」
(3)自立活動の長期目標
自立活動の長期目標
対象物を
「おねがい
対象物を指さしたり名称
さしたり名称を
名称を言ったりして、
ったりして、
「おねがい」
おねがい」という言葉
という言葉で
言葉で要求を
要求を伝えることができる。
えることができる。
(4)指導の方針
・ 要求の強い物を把握し、その場を共有したり一緒に活動したりして、担任との関わりが心地
よいものになるようにする。
・ 他害のによる要求には応じず、身振りや言葉での要求にはすぐに応じる。
・ 適切に関わったり伝えたりした時には、本児の喜ぶ方法で褒める。
・ 同一場面で、同一の言葉掛けやフレーズを用いる。その際、本児が覚えやすいようにリズミ
カルな言い方や歌を用いる。
4
指導の概要
<長期目標>
対象物を指さしたり名称を言ったりして、
「おねがい」という言葉で要求を伝えることができる。
<短期目標>
<短期目標>
第
手を合わせる身振りと「おねがい」という言葉 第
限定された場面で、目的語を明確
1 で、欲しい物やしてほしいことを伝えることがで 3 にして、指さしや言葉で要求を伝え
期 きる。
期 ることができる。
第 <短期目標>
行動と言葉が結びつく
(継続)
A児の変容
2
場面で、教師の言葉を聞い
言葉が出始めた。
期
A児の変容
て言うことができる。
話すことが楽しい!
欲 しい物やしたいこ
とをはっきり伝えたい!
長期目標の追加
様々な場面で、教師の言葉を聞き、模倣することを通して、行動と言葉を結びつけること
ができる。
-2-
5
指導の実際
(1)実態把握と教師との関係作りの時期
① 児童との関係作りの場面と活動
場 面
活
動
休憩時間
好きな本を一緒に読む
並べた数字を一緒に読む
トランポリン
ボール遊び
シーソー
生活単元学習
くすぐり遊び
シーツブランコ
どっちだ?
課題学習
②
A児の変容
教師に対して、要求表現をする
ようになった。
大型絵本
エプロンシアター
好きな遊びや活動を観察して、要求の強い物や強い場面を見つける。
要求の強い場面
要求の強い物
休憩時間
・タイムタイマー ・日付カード・全体スケジュールカード
・ホワイトボードペン・音の出る玩具・ボール
給食
・牛乳瓶の蓋開け・ふりかけの袋開け
着替え
・袋の開け閉め・ぼたんの着脱
(2)第1期(5月~9月)
「いつでもかなう」から、身振りで「お願いしたら、かなう」に
第1期
短期目標
手を合わせる身振りと「おねがい」という言葉で、欲しい物やして欲しい
ことを伝えることができる。
指導場面 ・休憩時間 ・給食 ・課題学習 ・更衣
①
指導方法
【A】でなく、【B】の方法に替える。
【A】 ・クレーン動作で、知らせる。
・ 直接的な行動に出る。
・相手を叩く、噛む。
・欲しいものが手に入る。
・欲しいものがある。
・したいことがある。
・したいことができる。
【B】
・
「おねがい」と身振りで示す。
・
「おねがい」と言葉で表現する。
②
指導の段階
③
教師の支援
手合わせの身体プロンプト
身振りモデリング+
「おねがい」
身振り+「おねがい」
「おね」
「お」
④
⑤
「お」の口形で待つ
待つ
①
②
③
達成基準
手を添えられて手合わせ身振り
モデルを見て手合わせ身振り
身振り+語尾「い」
身振り+「がい」
身振り+「がい」「ねがい」
身振り+「おねがい」
身振り+「おねがい」
「おねがい」
達成
5 月初旬
5 月中旬
5 月下旬
6 月初旬
6 月中旬
6 月下旬
本児の変容
・ 「おねがい」と要求しやすい場面をとらえ、すぐに要求に応じずに一呼吸待ったり、段
階を追って指導を重ねたところ、「おねがい」の言葉で要求を伝えるようになった。
・ 様々な場面で、教師の言葉を模倣することを楽しむ様子が見られ始めた。
-3-
(3)第2期(6月~)様々な言葉を発する指導へ
様々な言葉を発する指導へ
第2期
① 実態の変容
・ 要求の際に、自然な形で音声を伴って伝えようとする姿が見られ始めた。
・ A児と教師とのかかわりの中で、いろいろな言葉の模倣を楽しむ姿が見られ始めた。そ
のような実態の変容から、伝えたいという気持ちを膨らませ、理解言語や表出言語を増や
す素地を作るために、長期目標の追加と変更を行うことにした。
②
長期目標の追加と変更
・ 対象物を指さしたり名称を言ったりして、
「おねがい」という言葉で要求を伝えることができる。
・ 様々な場面で、教師の言葉を聞き、模倣することを通して、行動と言葉を結びつけることが
できる。
短期目標
行動と言葉が結びつく場面で、教師の言葉を聞いて言うことができる。
③ 指導方法
・ 言葉を発する楽しさとともに、人に伝わる喜びを感じてほしいと思い、日常生活の中で
行動と言葉が結び付く場面を捉えて、しっかりと語り掛けるようにした。
・ 模倣しやすいように本児の好きな歌やリズミカルな言い方を用いるようにした。
・ 同じ場面では同じ言い方を継続的に言うようにし、模倣できたら褒めるようにした。
・ 言えば、応答があるという経験をできるだけ多く積むようにした。
④ 本児の変容
・ 前期の終わりに、不明瞭なものもあるが、以下の言葉を言うようになった。
場 面
教師の言葉
A児の言葉
登下校時
「教室へ行こう」
「行こう」
「バスバスかえろ」
「バン」
朝の会の呼名時
「A君」
「はい」
「おはよう」
「おはよ」
教室への移動時
「教室へかえろう!」
「かえろ!」
完成時
「やった-」
「やった-」
体育の準備・片付け時、牛乳の運搬時
「わっせ、わっせ」
体育
「がんばれ、がんばれ!」 「がんばれ」
歌
かえるのうた
おかあさんの歌
給食時
「いただきます」
「いただきます」
「ごちそうさま」
「ごちそうさま」
・ 「s音、n音、m音、r音、k音、t音」などの子音を正しく発音することは難しいが、
教師の言葉をよく聞き、模倣して楽しむことが増えた。自分から言うことも見られ始めた。
(4)第3期 (10月~)
「何を」願うかを明確にする指導へ
① 夏休み後のA児の姿
・ 夏休み後に生活リズムが崩れ、第2期にはほとんど消えていた怒って物を叩くという行
動が増えた。
・ 要求言語が出にくく、クレーン動作や直接的行動で満足している様子が見られた。また、
「おねがい」の内容が分からず、要求がかなわないことで、怒って叩いたり、泣いたりする
行動が出始めた。対象物を何らかの方法で伝える必要が出てきた。
・ うまくできないことの援助要求のクレーン動作もある。
・ 対象物を直接持ってくることはできているが、届かない物は分かりにくい。
・ 短期目標を立てるに当たり、言語について、より詳しい実態把握を行った。
-4-
② 言語の実態把握
・ 現時点で要求の強い物や言ってほしい物について、名称の理解がどれくらいあるかを、
実物や絵、文字、発音などの視覚・音声・意味情報の視点から、実態把握を行った。
・ 簡単な動作語の理解についても、同様にして調べた。
実物や絵カード
平仮名
発音
←
他人の
音声
できる
やや時間がかかるが、できる
不明瞭だが、意欲があり、大きく伸びた部分
→
③ 結果
・ 実物と絵のマッチングはできている。 絵を見て平仮名の文字を選ぶこともできている。
・ 絵を見て言葉が出るまでに少し時間がかかるが、モデルを言えば模倣しようとする。
・ 動作語については、場面に応じて行動できることはあるものの、絵カードや文字での理
解はほとんどなかった。
④ 目標設定
短期目標
指導場面
限定された場面で、目的語を明確にして、指さしや言葉で要求を伝えること
ができる。
・休憩時間
・給食
・歯磨き
・課題学習(要求の強い物の絵を見て文字を選び、発音する学習を取り入れる)
【C】ではなく、【D】に替える。
【C】
・相手や物を叩く。
・相手や物を蹴る。
・「おねがい」だけでは欲しい
・泣く(新たな行動)
・確 実 に 欲 し い も の が 手 に
ものが手に入らない。
入る。
・「おねがい」だけでは手伝っ
・確実に手伝ってもらえる。
てもらえない。
【D】
・「何が」欲しいのかを伝
える。
・「何を」手伝って欲しい
のかを伝える。
⑤ 指導方法
・ 要求しているであろう対象物を、教師が指さしながらその物の名前を言う。その時、本
児と視線を合わせた後で対象物に視線を移し、本児と一緒に対象物を見る。
・ 教師の指さしの後、「一でとんとんして」と一本指をして模倣を促す。
・ 「おねがい」だけでは要求をかなえず、一本指をして見せて、模倣するのを待つ。直接
持ってきた物については、対象物の名前を言い、模倣するのを待つ。
⑥ 本児の変容
・ 「おねがい」だけでは、要求がかなわないことが分かり、指さしをすることが増えた。
・ 物の名前をモデリングすると、一音でも模倣しようとし始めた。
・ 「タイマーおねがい」については、自分ではっきりと言えるときが増えた。
-5-
6
成果と課題
(1)成果
・ 「おねがい」と言えば、要求がある程度かなうことが分かり、他害が減った。家庭でも
「おねがい」という言葉を使用できている。援助要求としても使える場面が出始めた。
・ 発声することは、単なる音遊びではなく、コミュニケーションのツールだと気づいた。
・ 人は適切に働き掛けると、楽しい遊びをしてくれる存在であることが分かり、伝える楽
しさに繋がった。
・ 自分が要求するだけでなく、教師の「おねがい」に応じる姿が見られ始めた。
・ 自分のことを分かってくれる人であると認識すると、「叩く・蹴る」などの行動を取っ
たときに、「やめて、いたい」と言うと、受け入れて叩いたところをさする様子が見られ
るようになった。
・ 他害の原因の③を重点的に取り組んだが、結果的に①②も軽減されることとなった。
・ 限定された場面で、言葉を使うことができるようになったことで、他の場面でも主体的
に言葉を発することが増えた。
・ デイサービスで iPad を要求時に、
「赤おねがい」と色を指定して要求することがあった。
(2)今後の課題
・ 発音が不明瞭なため、誰にでも伝わりにくい面がある。まず、舌を安定させる遊びなど
を取り入れて、A児ができる楽しみながら発音指導をしていきたい。
・ 文字を読むとはっきり発音できるので、教師の音声だけでなく、文字の提示も可能な場
面では取り入れていく方が良いのではないか。
・ 動作語や要求のための言葉を、さらに獲得していく。
7
取り組みを振り返って
今回のA児の取り組みを通して、以下のことを実感することができた。
・
・
実態把握から目標設定する段階で、本児の願いに寄り添う姿勢が大切である。
伝える喜びにつなげるには、まずは、本人との関係作りが大切である。楽しいことや興
味を引くことを見つけ、一緒に楽しむことで、この教師となら向き合おうとする気持ちを
もたせることが大切である。
・ 本人からの発信があったときには、なるべく本児の目線に入る位置に立ち、必ず受け止
めることで、伝わったという実感を得ることができるようにすることが大切である。
・ 様々な場が本児とのやりとりの場であるという意識をもって関わることが、音声による
表現手段や動作模倣を引き出すことに有効であった。
・ 単に「おねがい」の言葉を出させようとするより、「お願いした内容」を伝えることがで
きるようにすることが大切であった。そのことにより、生活の中で使える要求手段にな
ると考えられる。
・ 言葉の出始めの時期には、最初は単なる模倣ではあるが、できるだけ多くの機会に言葉
を聞くことができるようにする。そして、この言葉を発すれば、これが実現するという法
則に気づいていくことで、単なる模倣から伝える言葉に変わっていく。それを積み重ねる
ことにより、場に合った言葉を獲得していくことができるものであることが実感できた。
参考図書、資料
○気になる子どもの支援ハンドブック
~マルチアレンジングサポートのすすめ~
橋本正巳 著
全国心身障害児福祉財団
○発達障害とことばの相談
子どもの育ちを支える言語聴覚士のアプローチ
中川信子 著
小学館
○自閉症児[言語認知障害児]の発語プログラム
石井 聖 著
学苑社
○障害児のためのコミュニケーション指導1
ことばのストレッチ体操 発音・発語編
ことばのストレッチ研究会 編
明治図書
○ことばの発達に遅れのある子のための言語指導プログラム111 長澤正樹 著 学苑社
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