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Vol.13
IGPI レポート 2014 新春号
Contents
03 目指せ!トリプルテン(3つの10)
∼2014年、ビジネスの世界の
「金メダル」奪還への始動元年∼
冨山 和彦 経営共創基盤(IGPI)パートナー 代表取締役 CEO
08 「結果」を出す組織を追求する
∼戦略実行のための組織変革の進め方∼
田中 加陽子 11
経営共創基盤(IGPI)ディレクター
第13 回経営教室
組織内の「変革を阻む空気」を変える
斉藤 剛 経営共創基盤(IGPI)パートナー マネージングディレクター
発行:株式会社 経営共創基盤(IGPI)
Industrial Growth Platform, Inc. http://www.igpi.co.jp Cover Design & Illustration : 中嶋ハルコ Layout Design : 安久津みどり
目指せ!トリプルテン(3つの10)
∼ 2014 年、ビジネスの世界の
「金メダル」奪還への始動元年∼
冨山 和彦 経営共創基盤(IGPI)パートナー 代表取締役 CEO
2014 年の年明けは、 読者の皆さんの多くが、 久しぶりに「 明けましておめでとうございます」という
言葉に何がしかの実感を持って迎えられたのではないでしょうか。 一昨年末に第二次安倍政権が登場して
以来、いわゆる六重苦と言われた日本企業を巡る外因的なハンディキャップは解消に向かい、企業がその
本来の実力を発揮できる環境が整いつつあります。 私は今でも日本企業の潜在力は、再び世界の頂点、
2020 年に東京で開催されるオリンピックで言えば「金メダル」を多数獲得できる水準にあると確信してい
ます。そこで今回は、ビジネスの世界の金メダル奪還に向けて、色々と考えてみたいと思います。
第三の矢は存在するか?
一端を担った実感から言えば、日本のような成熟
した経済大国の持続的な経済成長に対して政府
「アベノミクス三本の矢」のうち、一本目(大
部門が積極的に貢献できることはほとんどあり
胆な金融緩和)と二本目(機動的な財政出動)は
ません(逆に妨害することはできますが…)
。あ
既に放たれ、相当の効果を上げていると言われて
る意味、経済政策としての「成長戦略」という概
います。他方、三本目の矢である成長戦略の進捗
念自体、矛盾をはらんでいるのです。もちろん特
状況については色々な評価があります。私自身、
別減税や補助金など、短期的な景気刺激策はあり
かつて小泉政権から第一次安倍政権の時代に、政
ますが、それらは投資や消費の時期をずらす「期
府部門である産業再生機構において経済政策の
ずれ」効果しかありません。
IG P I R E P O RT
03
04
持続的成長の担い手はやはり民間企業であり、
の金持ちでも、一日に清涼飲料を百倍飲むことは
あえて三本目の矢があるとすれば、民間企業が成
出来ない)ので、一定以上の格差拡大は明らかに
長とイノベーションを指向して、より激しく自由
内需拡大にマイナスですし、社会や政治の不安定
に競い合うような環境整備を行うことです。政府
化を招くのでこれも経済成長にはマイナスです。
には法規制や税制を通じて競争のルールを決め
結局、内需中心の安定成長段階へのシフトが非常
る権限があり、その権限を通じていかに活力ある
に難しい時代なのです。
競争環境を作ることができるか。言い換えれば三
もちろん、長期的な経済成長力は、人口と一人当
本目の矢については、矢を放ちやすい環境を作る
たり生産性(≒平均的な教育水準)
と概ね相関する
ことが政府の仕事で、矢を射るのは民間企業だと
ので、私はこの両方に恵まれている新興国経済、
いうことです。もちろん岩盤規制など競争環境面
特にアジア経済圏の成長力に疑いを持っていま
での不満はまだたくさんありますが、ここから先
せん。しかし新興国経済圏と、その経済構造と深
は、民間企業自身の自助努力こそが問われる段階
くリンクした新興国企業の経営モデルとが、これ
に入って行くのです。
から難しい曲がり角を迎えることは間違いない。
世界が迎える大きな曲がり角
その1:新興国の経済と企業
世界が迎える大きな曲がり角 その2:デジタル革命の変質
最近、BRICs を始めとする新興国経済の変調が
1990 年代から開花したデジタル革命(インター
目立ちます。色々な要素がありますが、その底流
ネット革命×モバイル革命)は、どちらかというと
にあるのはいわゆる中進国の罠(ミドル・インカ
多くの日本企業に不利に働いてきました。そこで
ム・トラップ)です。
はいわゆるすり合わせ技術やボトムアップ型の丁
新興経済圏が安い人件費と弱い通貨を武器に
寧な業務スタイルの重要性が低下し、経営的にも
輸出を伸ばして高度成長を実現し、人件費が上昇
圧倒的なスピード感とダイナミズム、不連続でオ
してくると、かつての日本経済のように厚みのあ
ープンなイノベーション力が問われたからです。
る中産階級の勃興と共に国内消費を増やし、内
しかし過去の産業史を振り返っても、このよう
需中心の安定成長に移行しなければなりません。
なラディカルなイノベーションの大波はいつま
しかし皮肉にも新興国経済の勃興を加速させた
でも続きません。19 世紀の終わりから 20 世紀初
グローバル化とデジタル革命自体が、このシナリ
頭、トーマス・エジソンとヘンリー・フォードと
オの実現を難しくしています。
言う二人の大天才を中心とした、電機系の大発明
グローバル化経済下では、人件費の上昇は直ち
ラッシュと大量組み立て生産方式の登場は、大量
により後進的な経済圏への雇用移動圧力を生み、
の中所得労働と大量で安価な耐久消費財とを同
厚い中間層の勃興を妨げます。デジタル革命は、
時に生み出し、米国を偉大なる中産階級工業国
生産作業を単純労働と高度な知識労働に二極化
に変えました。しかしこの産業的な巨大イノベー
させるので、いわゆる格差問題を構造化します。
ションの波も 20 年ほどで変質し、やがてフォー
消費性向は金持ちほど低くなる(平均所得の百倍
ドは GM に首位の座を譲ります。
I G P I R E P O RT
100 年後のデジタル革命もこれに劣らない大イ
な状況変化です。
ノベーションだったと思いますが、さすがに 20
また、従来から言われている通り、これから
年を経て成熟の気配を感じます。いわゆるIT
世界が直面する社会的、経済的課題については、
企業によって市場に投入される新製品や新サー
日本は課題最先進国です。少子高齢化、医療・
ビスに対する驚きは次第に薄れているように思
介護、エネルギー・環境といった問題はいよい
いますし、その多くは既存技術の複合的なもの
よ世界中で顕在化しつつあり、課題最先進市場
にシフトしつつあります。
を自国マーケットに持っていることは、日本企
イノベーションは、ラディカルで不連続なシー
業にとって明らかにアドバンテージです。
ズが枯れてくると次第により連続的、すり合わ
加えてこうした領域での問題解決に必要な製
せ的なイノベーションを追いかけるフェーズに
品やサービスは、複合技術的で、質量や熱への
移行します。ヘンリー・フォードのアドホック
対応が鍵となるメカトロニクス的な技術、した
で天才的なイノベーションが、GM によるマーケ
がってすり合わせ力や経験蓄積的な技術力がも
ティングや経営管理を軸にしたアプリオリで連
のを言う世界です。医療や介護の世界は、相手が
続的なイノベーションに主役を取って代わられ
生身の人間ですから、サービスのモジュール化、
たように、デジタル革命にも同じような曲がり
標準化にも限度があります。デジタル的なアプ
角が訪れつつあるように思います。
ローチで標準化、共通化してコストを下げる部分
と、丁寧な作りこみをして個別対応すべき部分と
日本企業に吹き始めた追い風
を、より統合的にすり合わせる力が問われます。
ここでは一人の若者の思いつきだけで世界の景
世界経済が迎えつつある二つの大きな曲がり
色があっという間に変わってしまうようなこと
角は、それ自体が直ちに日本企業にとって有利
はまず起きません。連続的なイノベーション力、
には働きませんが、不利な要素にならないこと
企業組織としての総合力で勝負をしていく世界
は確かです。むしろやり方次第では、日本企業
です。明らかに日本企業に追い風が吹きつつあ
の持っている特質を生かせる可能性が増すよう
るのです。
追い風をつかむための二つの質問
少子高齢化
医療・介護
エネルギー・
環境
それでは日本企業がこの追い風をしっかりつ
かみ、再び世界を席巻する鍵は何なのか。
まず、IGPI レポートでも度々繰り返してきた
連続的な
イノベーション力
企業組織
としての総合力
ように、合理的・科学的かつ迅速な意思決定力と、
従来からの強みである現場力とを両立させられ
る新たな「会社のかたち」を創造し、
絶えざる「選
択と集中(捨象)
」を継続しながら自社のコアコ
IG P I R E P O RT
05
ンピタンス領域での成長を持続しなければなり
のグローバル企業において、このモードでの国
ません。そこで一つの問いを読者に皆さんに投
際化・多様化が進んでいることは、経営トップ
げかけます。
レベルの顔ぶれの多様性(人種、国籍、性別、
年代、キャリアパス等)をみれば明らかです。
質問:あなたの会社は、今の好景気、好業績の中
で前向きのリストラを断行できますか?
世界各地の優秀な若者から見た時、かかる多様
性を実現している企業と、取締役会の構成が内
部出身の 50 代、60 代の日本人男性ばかりの企業
事業の撤退やリストラは、経営状況のいい時
と、どちらが魅力的な就職先かは明白でしょう。
こそ、お金も時間もかけてスムーズに行うこと
が可能です。
「何でこんな調子のいい時に?」と
いう会社の空気に流されずに「捨てる」意思決
メダル獲得か死か…
トリプルテンを目指せ!
定ができるか。これができないとすれば、
「選択
と集中」など掛け声だけの絵空事です。
オリンピックで日本の代表選手たちが目指す
のはもちろんメダル獲得、出来れば金メダルで
また、モノやサービスを世界中で並行的、連
す。それではビジネスの世界の金メダルとは何
動的に開発し、生産し、販売するフル・グロー
か。私は、その企業が世界の中で「天下無双、
バリゼーションモードに進化するためにも、
「会
唯一無二」になることだと考えています。
社のかたち」は名実ともに大きな変化を求めら
スポーツ以上に、ビジネスの世界の種目数は
れます。経営管理的にも、製品(事業)軸、機
多種多様です。極論すれば、小さいけれど自分
能軸に加え地域軸と言う、三次元の立体的な経
にしか出来ない唯一無二の特殊なゲームを創り
営感覚が必要になります。そこでまた問いです。
だし、その中で堅固な競争障壁を作る道もあり
ます。極めて特殊な伝統芸術の匠の世界で圧倒
質問:あなたの会社は、世界各国において、そ
的な差別化ブランドを確立し、成長を追わずに
の地の一流の人材を獲得し、かつ長期的
少量の高質な「作品」の供給を続けるような老
にリテインできますか?
舗モデルはこの典型です。
他方、オリンピック種目に採用されるような
06
多様かつ一流の経営人材を蓄積できなければ、
世界的に普及しているメジャー競技において、
グローバルスケールで三次元経営など出来ませ
世界中のライバルが殺到する中でトップを目指
ん。中国やインドでも、トップ大学を卒業した
す道もあります。多くの日本企業はこちらの領
トップクラスの人材には、地元企業はもちろん、
域でビジネスをやっています。ここでメダルを
世界中の一流企業が獲得に殺到します。その競
目指すことは、目標であると同時に長期的な生
争の中で優秀な若者が日本企業に参画し、その
き残りの条件でもあります。自らのコア事業ド
価値観に共感し、働き方に馴染み、経営人材と
メインでトップレベルの競争力、収益力を持っ
して成長し、やがては全社経営をも担うような
ていなければ、R&D 投資、設備投資、人材投資
一流のリーダー人材になっていくか否か。欧米
を長期的に継続することは難しく、また断続的
I G P I R E P O RT
に訪れるリーマンショックのような危機を吸収
するバッファーも持てません。結局、激しいグ
ROS
ローバル競争とイノベーションの波、危機の波を
(売上高営業利益率)
乗り越えられるのは、世界レベルで天下無双の経
10%
営ポジションを維持できる企業だけなのです。
この傾向はグローバル競争にもろに晒される
製造業においてより顕著です。過去 40 年くらい
ROE
の長期にわたり、GE やシーメンスなど、持続的
(株主資本利益率)
な成功を収めてきた世界のトップ・グローバル製
10%
造業の業績推移を分析すると、ROS(売上高営
業利益率)10%、ROE(株主資本利益率)10%、
成長率(売上 and/or 利益)10%という高レベル
の指標が浮かび上がります。景況によるでこぼこ
成長率
はありますが、概ねこの「トリプルテン」
(3 つ
(売上 and/or 利益)
の 10%)を目標にしてきたような推移を辿って
10%
います。やはり高収益と高成長は同じコインの表
裏なのです。逆によく持ち出される「日本企業は
長期的成長のために短期的利益を犠牲にしてき
た」という説明が事実でないことも分かります。
生き抜いていく上で可能かつ必要です。新年を機
グローバル競争に身を置く日本メーカーにとっ
に、読者の皆さんそれぞれの立場で、自らの業
ては、今やメダル獲得条件、そして生き残り条件
界のメダル獲得に必要な数値目標を設定し、2020
として目指すべきは、やはり ROS、ROE、成長
年の東京オリンピックまでにその域に達するた
率のトリプルテンなのです。
めのロードマップ、そして今現在、何をすべき
具体的な数値目標は事業特性や業界環境に
かを検討し、直ちに行動を開始してはいかがで
よって異なりますが、同じような指標設定は、ど
しょうか。
の業界の企業であっても、こういう時代の競争を
冨山 和彦 経営共創基盤(IGPI)パートナー 代表取締役 CEO
ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役社長を経て、
2003年 産業再生機構設立時に参画しCOO に就任。
解散後、IGPI を設立。数多くの企業の経営改革や成長支援に携わり、現在に至る。
オムロンやぴあの社外取締役ほか、多くの政府関連委員を務める。
主な著書に「IGPI 流 経営分析のリアル・ノウハウ」
、
「IGPI 流 セルフマネジメントのリアル・ノウハウ」
、
「稼ぐ力を取り戻せ!日本のモノづくり復活の処方箋」などがある。
1960 年生まれ。東京大学法学部卒、スタンフォード大学経営学修士(MBA)
、司法試験合格。
IG P I R E P O RT
07
「結果」を出す組織を追求する
∼戦略実行のための組織変革の進め方∼
田中 加陽子 経営共創基盤(IGPI)ディレクター
IGPI には、日々様々なご相談が寄せられますが、中でも最近は「戦略立案」に加え、「実行面(組織)」
に関するご相談が増えている印象を受けます。ビジョンや目標を達成するためには、これと同程度のスピー
ドで「組織」も進化していく必要がありますが、ここにギャップが生じると、戦略実行に組織が耐えること
ができない、つまり「戦略が実行されない」という事態に陥ります。 本稿では、 戦略実行のための組織
変革の進め方について、考察していきたいと思います。
事業計画の中で、
「中長期の組織のゴールイメージ」が
明確に語られていますか?
らかにし、これを埋めていく作業を段階的に行
います。しかしながら、多くの企業において、
最初の起点となる「中長期の組織のゴールイメー
ジ」が曖昧になっているのが現状です。
08
コンサルタントの仕事をしていると、様々な
例えば、3 年後に海外進出を考えているとし
企業の中期計画を拝見する機会があります。戦
ましょう。この時には現地の人を雇用している
略と売上計画、コスト・投資計画があり、その
のでしょうか?その際の意思決定はどのように、
中の人件費の内訳として「要員数」が入ってい
どのようなスピードで行うのでしょうか?また、
るというケースが大多数ですが、実はこれだけ
マネジメントはどうやって行うのでしょうか?
では不十分です。「組織は戦略に従う」と言わ
もちろん、国内事業でも同様です。3 年後の事業
れますが、一方で「戦略は組織に制限」されま
計画を達成するためには、主要ポストには誰が
す。戦略を実行するに足る組織力が装備されて
つき、人材はどのようなスキル・レベルの人が
いない限り、戦略実行の蓋然性は低下し、ビジョ
何人いて、どのような組織風土なのでしょうか?
ンも目標も未達に終わります。
組織力を高めるためには、そのゴールとなる「中
では、組織力はどのように高めていくので
長期の組織のイメージ」を明確に描き、その
しょうか?実際には、中長期の目標が達成され
ギャップを明らかにし、事業計画と同様に達成
た段階の組織の状態と、現状とのギャップを明
に向けてアクションを取ることが必要です。
I G P I R E P O RT
変革のプロセスは、
細密に設計されていますか?
例えば、「売上が上がる」ということは、わか
りやすい成果の一例です。その場合、
「販促・マー
ケティング部」や「営業部」から着手する、と
変革とは、気合いと根性で闇雲に進めば成果
いうのも良いかもしれません。変革プロセスは
が上がるものではありません。基本的に組織に
長期戦であり、現状に留まろうとする強い慣性
は「慣性の法則」が働き、変革・変化を嫌います。
に屈することなく、推し進め続けるための仕掛
これまでに多くの組織変革に携わっていますが、
けが必要なのです。
何事もなくスムースに進むケースはまずありま
せん。変革のプロセスは、企業が営む事業、戦略、
組織風土等によって異なるため、自社の状況に
合わせて綿密に設計する必要がありますが、そ
変革の担い手となるコア人材を
“ホンキ”で見極めていますか?
の進め方の優先順位は、以下の2つのポイント
を勘案して決定します。
変革の最初のプロセスは、プロジェクトチー
ム形式で進めるケースがよくありますが、この
ポイント①:
際、「初期メンバー(=コア人材)の人選」が、
組織に受け入れられるのか?
その成否を決めると言っても過言ではありませ
ん。特に初期段階は試行錯誤の連続ですし、変
ポイント②:
革のプロセスの中でその影響範囲を拡大させ、
わかりやすい成果が得られるのか?
組織に浸透を図るのも初期メンバーの重要な
ミッションです。彼ら/彼女らは、会社の未来
組織に受け入れられないことを強引に推し進
を託す相手であり、その見極めは経営にとって
めても、マイナスの効果しか得られません。ど
極めて重大な意思決定なのです。
う変革に入り、早期に変革の歯車を回し始める
しかしながら、このコア人材の見極めを他人
のか?が最初の鍵ですが、まずは、受け入れら
任せにしているケースが少なくありません。周
れやすいものから着手することがポイントです。
囲から聞こえる情報だけを頼りにコア人材を決
組織受容性が低く、難易度の高い課題について
めると、人選ミスの確率が高くなります。特に
は、変革を拡大させていく中で賛同者を増やし、
「優秀である」という言葉には要注意です。ど
多数決で勝ちに行くのが賢明です。
のような点が優秀なのでしょうか?例えば、
「人
また、変革の道程で起こる様々な困難の中で、
当たりが良く、周囲からの評判が良いこと」や
それでも「変革の灯」を消さないためには、
「わ
「分析スキルが高いこと」と、「変革のリーダー
かりやすい成果」を取りにいくことが必要です。
に向いているか否か」は別問題です。
IG P I R E P O RT
09
そこで、周囲の情報は参考にする一方で、社
見据え、初期メンバーを「2nd ステップのリー
内で優秀とされる彼ら/彼女らと 1 時間程度の
ダー」として位置づけ、育成・コミュニケーショ
ディスカッションをすることをお勧めします。
ンを図ります。このようにプロジェクトの中で次
期ステップリーダーを育成していくことで、変
・現状の課題は何か?
革のスピードは一気に加速していきます。
「この
・なぜそう思うのか?課題が発生している
人は○○が得意だから」と安易に業務を割り当
原因・メカニズムは何か?
てるのではなく、次の展開を見据えた上でのミッ
・どうしたら良いと思うか?
ション設定、コミュニケーションが肝要です。
・そうすることで何が変わるのか?
組織変革を推進していくためには、この他に
この程度の質問でも、実はかなりのことが見
も、これを下支えする人事・評価制度、人材育
えてきます。コア人材に成り得る人は、多少荒
成等の「仕組み」が必要ですが、この話はまた
削りであったとしても、考え尽くされた、具体的・
次の機会にしましょう。まずは、
「中長期の組織
現実的な答えが返ってきます。何人かを比較し
のゴールイメージ」を明らかにすることです。
てみれば、考えの深さ・広さに圧倒的な違いが
そうすることで現状とのギャップと、これを解
あることがわかります。
消するための変革のプロセスが鮮明に見えてき
ます。皆様の会社でも一度、
「組織のゴールイメー
ジ」についてディスカッションされてみてはい
変革の道筋・
その後の展開を見据えた上で、
プロジェクトを推進していますか?
かがでしょうか。
変革の 1stステップにおいて、プロジェクトメ
ンバーを「単なる一員」としてカウントしてしま
うと、その後のステップが滞っていきます。最初
は比較的小規模ですが、2nd・3rd ステップと進
んでいくにつれてその範囲は拡大し、初期メン
バーのみでは動かせない範囲・領域に突入する
からです。1st ステップの間に、その後の展開を
田中 加陽子 経営共創基盤(IGPI)ディレクター
教育出版社・大手 IT 企業において、グループ戦略・経営計画の企画立案、新規事業開発、事業部運営等に携わる。
IGPI 参画後は、通信業、情報・サービス業、教育業、小売業、不動産業等に対する事業戦略策定、組織変革・人材育成支援、
企業再生支援、ハンズオン(常駐経営支援)等に従事。
名古屋市立大学経済学部卒
ウェールズ大学大学院経営学修士(MBA)
10
I G P I R E P O RT
回
3
1
第
経
室
教
営
組織内の「変革を阻む空気」を変える
斉藤 剛 経営共創基盤(IGPI)パートナー マネージングディレクター
住まいの購入や売却、就職や転職など個人の人生にとって大切な意思決定をするには、検討を重ねて
妥当な結論を出すだけでなく、決断するための「心の準備」が不可欠です。会社の重要な意思決定に
おいても同様で、十分な検討だけでなく、組織における心の準備のようなものが必要です。本稿では、
組織変革に携わる方々にとって無視することが出来ない集団心理、
「組織を支配する空気」に着目しな
がら、変革の始動と牽引をするための鍵は何か?について考察をしていきます。
組織集団の意思決定力とは
十分だと、失敗の繰り返しを覚悟しなければな
りません。
会社の勝敗を決める事象を特定し、機を逸せ
他方、概ねやるべきことが見えていながら、
ずに、適切な決断を行うには(『組織の意志決定
本格的な検討の俎上にすら載らないテーマもあ
力』
)、ひとつには、本質的な論点を抽出し妥当
ります。
「名実ともに柱だった事業を売却し、将
な解決策を見つける力、すなわち『解を導出す
来の有望な事業に傾注すべき」「組織の数とレイ
る力』が不可欠です。最近では、
「数十年前に
ヤーを減らし、主要ポストの人選のやり方も変
進出したアジア諸国を成長マーケットとして再
え、経営の若返りと機動性向上を狙うべき」な
定義し抜本策を講じたい。ただ、多くの国で、
どです。仮に、これらを直ちに決めることが将
組織運営が昔のままで、現地提携パートナーと
来の勝敗を分かつとしても、従来からのやり方
の連携でも課題が山積しているのだが、実態情
や現行体制との乖離が大きい、あるいは、部門
報が取れていない。財務や税務、労務リスクも
間の軋轢、主要幹部の抵抗が想像されると、途
・・・」のような、様々な事情が複雑に絡み合った
中で検討がとまってしまいます。本気で議論し
相談が多くなっています。この種のテーマが増
決断する準備が整っていないに違いないという
加する中で、組織内の『解を導出する力』が不
『支配的な空気』が組織内に蔓延しているためで
組織の意思決定力
=
解を導出する力
支配的な空気
IG P I R E P O RT
11
第 13 回
経営 教 室
す。意思決定の場が持つ「空気」だけでなく、
図2:将来と現在のギャップと連続性
意思決定プロセス各所での「空気」
(この情報を
上げたらまずいだろう等々)が、知らず知らず
に重大な決断に多大な影響を与えているのです。
これらの『組織を支配する空気』が、非連続的
な成長、あるいは抜本的なリストラの検討の際
に現れ、変革の牽引者の二の足を踏ませます。
これらの問いを通じ、同じ組織の中でも個々
変化を妨げる「空気」の醸成に、
あなたも加担しているかも
しれません。
人によって自社への認識が大きく異なる様が良
くわかります。さらに、将来目指す姿と現在地と
のギャップについて議論を重ねた上で、
「この
大きな変革局面で、あなたは以下 A ∼ D の中で
どの役割を担いますか?」との問いかけをする
若手幹部を集めて行う「次世代経営者研修」
こともあります。
などで話をする際に、時々次のような質問をし
ます。
A)社内変革すべく、既に動いている。
「会社(あるいは部門)が、目指すべき 5 ∼
B)変革に向けた準備をしており、自ら変
10 年後の姿を簡潔に描いてみてください。ま
た、現在地はどこになりますか?(図1)
」
「現
在と目指す姿へギャップの大きさはどの程度で
革を引っ張っていく覚悟ができている。
C)気持ちは前向きだが、変革が動き始め
るまで、しばらく静観する。
D)しっかり変革が動き始め、軌道に乗っ
すか?(図2)
」
てきてからの方が自分は役に立つ。
図1:自社/自部門の現在地
皆さんの組織の方々では、どこに手をあげる
A)ジリ貧傾向で、縮小均衡
すら危ぶまれる
人が多いでしょうか? 私の経験では、C)が多
数になる場合が多く、これが典型的な日本企業
収益力見込み
B)改善途上だが、勝ち抜き
には、飛躍が必要
の組織の平均像ではないかと感じています。会
C)これから一気に世界王者
に向けて駆け上がる
社の将来に問題意識を持ち、いつかは変わるべ
C
きと考えている。でも、自分が先頭に立ち変革
をリードしていく準備(覚悟)はまだ出来てい
ない。誰かがやってくれれば応援するがしばら
A
くは「静観」、という姿です。
B
しかしながら、変革を仕掛けようとする側か
ら見ると、『しばらく静観』は、実はとても厄
時間
12
I G P I R E P O RT
介です。「静観」とは、変革へのスタンスを決
めていないことですが、これが、状況によっては、
「暗黙のうちの現状の是認」という、現状を守ろ
りおさえている。勝ち抜くための本質がクリア
で、主たる打ち手を練り込んだリアルな変革骨
うとする「空気」に化けて組織内に蔓延し始め
子である。自分の社会人人生を
けるに値する」
るからです。この『支配的な空気』が、本来避
を満たすようなものです。ここでは、シナリオ
けてはならない変革の議論すら封印してしまい
の一部を構成する「目指すべき将来の姿」に絞っ
ます。いつの間にか、多数派が「変化を妨げる
て、その洞察のやり方を少し紹介します。
空気」
に加担している現実。だから厄介なのです。
業種業態、経営スタイル等によって幅はあり
ますが、5 年∼ 10 年先の目指す姿を明らかにす
るには、①
筋の良い組織変革の
アプローチは?
けやすい領域はどこか、②将来の
優勝劣敗の構図はどうなるか、③それは、どん
な背景要因に規定されるのか、の問いにクリア
な答えを出すことが求められます。最終決戦が
どこで起こり、エンドゲームはどうなるのかを
「トップ自らがやるしかない。
」これは外せな
見抜くのです。
い要素ですが、トップの一言だけでガラっと変
このプロセスで、私は、業種業態固有の経済
わるような組織だとしたら、別の意味で危険で
メカニズム(事業経済性:
す。また、外部から変革経験の豊富な経営者を
決める経済的な要因)にこだわります。
(詳し
迎え入れるという「他力本願作戦」も一案でしょ
くは、「 IGPI 流 経営分析のリアル・ノウハウ」
うが、
「他力本願作戦を変革の柱に」を決断する
PHP ビジネス新書をご参照ください)。固有名
「空気」を作るのは至難の業でしょう。では、ど
詞で勝者がわからなくても、根底にある経済メ
けの構造や勝敗を
うすれば良いのでしょうか?
カニズムから将来の競争の構図が推察できるか
変革に臨む基本スタンスは、
「空気が変わるま
らです。
「圧倒的な勝者がうまれる構図か、エリ
で、地道に変革の動きを続けること」だと私は
ア別に競争が閉じていて勝者がすみ分けるか、
考えています。ただし、闇雲に何でもやれば良
いつもコロコロと勝者敗者が変わるか、敗者復
いわけではありません。残念ながら、魔法や特
活戦は簡単か」などが見えてきます。
効薬はありませんが、以下では、変革の意思決
域と優勝劣敗の構図が明らかになれば、自社が
定と実行をしていく上で重要なアクションを3
勝ち残るために、どんな姿(市場・競争ポジショ
つ紹介します。
ン、あるいは、保持・強化すべき組織特性や優
かる領
位性基盤)になるべきか? 逆に、負けるとは?
(1)
「見抜く」
∼リアルな変革シナリオ骨子を描く∼
を、それなりの確度で想定することができます。
従来の社内の常識に囚われず、必要ならば外部
組織改革の始動を成功させるには、変革の核
の知恵も借りながら、
『解を導出する力』をフル
となる方々が、基本的な価値観や目指す方向に
動員し、
「リアルな変革シナリオ骨子」を描ききっ
ついて、認識を共有していることが絶対条件で
てください。
す。この認識の形成には「リアルな変革シナリ
オ」が役立ちます。「このシナリオは肝をしっか
IG P I R E P O RT
13
第 13 回
経営 教 室
(2)
「巻き込む」
「重要な打ち手だが、直視されず、先送りされが
∼変革を牽引する主体者たちに
ちなテーマ」に予めスポットライトをあてるよ
認識を広げる∼
うにします。たとえば、
「新陳代謝を絶えず行う」
全社改革を続けるには、少人数の中核組織を
のを苦手とする組織の場合は、撤退を本来検討
起点に、タテ方向(経営トップ∼現場方向)
、ヨ
すべき事業や拠点を浮き彫りにしておくのです。
コ方向(事業、機能、地域横断)の連携がとれ
る態勢があることが必須です。この中核組織と、
図3:各事業/部門の期待役割
意思決定や実行の要所にいる方々を「変革を牽
引する主体者たち」とすれば、その主体者たち
に「リアルな変革シナリオ」についての理解を
①成長・価値創造
深めておくことが不可欠です。これまで数多く
の組織変革に携わってきましたが、過半数が変
② オペレーション改善
革与党でも、目指す姿や現状認識が異なり、処
③ 構造改革
方箋について各々が譲れない箇所が多々ある状
況では、迷走は避けられません。
具体的には、変革アクションを仔細に描く活
④ 経営インフラ高度化
動に主体者たちを巻き込むことによって行いま
す。「どうすれば実際に出来るか」の作業に自ら
の頭と手を使って参画してもらうことが、変革
の「当事者」の増加につながります。また、参
画する方が増えるにつれて「静観」だった方々
も、変革当事者のマインドへと変わっていきま
す。一気に全社員を全社改革活動に巻き込むこ
とは困難ですが、いろんな仕掛けは作りながら、
この巻き込むステップを焦らず着実に経ること
図4:着手テーマの抽出と整理
トップライン
・既存の深掘り
拡大
・新規顧客開拓
(売上)
・川上・川下
・買収・合併
展開
・白地領域進出
・同業との連携
ボトンライン
拡大化
(コスト)
・内部改善努力
・全社節約活動
・原価低減
・外部活用
で、いつしか『支配的な空気』が変革ムードへ
と変わっていきます。
(3)
「己を知る」
∼自分たちの限界や呪縛を
あらかじめ特定する∼
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財務基盤
・在庫圧縮
安定化
・余剰流動性
(キャッシュ) 圧縮
改善型
・事業リストラ
・事業モデル
改革
・資金調達
・資産流動化
・運転資金圧縮 ・債務調整
要調整・交渉型
非連続型
会社を変える打ち手の全体像は、図3や図4
具体的には、図5のように、テーマ自体に土
のような枠組みを使うと、かなり網羅的かつ具
地勘がなく問題構造を解明するのが難しいのは
体的に洗い出せますが、打ち手実行の意思決定
何か?(㲈『解を導出する力』が足りない)
、組
がなされず先送りになる状態に陥るのを防ぐこ
織内の抵抗感が強そうな打ち手は何か?(㲈『支
とは出来ません。これを回避するために、私は、
配的な空気』が変革にネガティブ)
、によって抽
I G P I R E P O RT
出します。経験的には、その掛け算の象限に
分か、主たる打ち手を決断する「空気」
(
『支配
あるテーマは、多くの組織において、数年単
的な空気』
)をどうマネジメントするか、を見極
位で先送りされているようです。組織文化に
めつつ、変革始動の準備に入ることをお薦めし
もよりますが、この象限にあるテーマを何度
ます。「急がば回れ」です。
も直視するだけでも、それなりの先送り未然
防止の効果が得られます。
図5:先送りされやすいテーマのあぶり出し
ここまでを読み返して頂くと、言われてみれ
ば当たり前のことが多いと感じた方もかなりい
らっしゃるかもしれません。そんな方は、ただ
ちに、変革の始動と牽引における「当たり前の
問題構造
解明の難しさ
先送りされやすい
テーマ
こと」を、ご自身の決断や言動に色濃く反映す
るようにしていってください。個々の言動や出
来事が積み重なり、一定の閾値を超えると、組
・専門性
・経験値
・スキル
織内の『支配的な空気』が、変革ムードへと変わっ
ていきます。
永続的に勝ち続けられる組織体への改革は大
きなチャレンジですが、私自身も、ひとつでも
多くの組織において、
「波風を嫌う過去の延長
組織内の ・軋轢の大きさ/地雷の有無
抵抗感
・主導者の心理的苦痛や負担
モード」を「勝ち抜くための変革モード」に切
り替える貢献が出来たら、と考えています。
大改革に向けて
直ぐにすべきこと
斉藤 剛 現状の延長線上には明るい未来がないと漠
然と思っていても何も変わりませんし、そん
な状況で、改革の必要性を声だかに叫びはじ
めても、単なる異端者扱いをされるだけでしょ
う。まずは、
「5 ∼10 年後に勝ち抜いている姿
とはどのような姿で、現在とのギャップはいか
なるものか?」
「どんな打ち手によりその姿に
到達できるのか?」
「 いまから変革に着手しな
いとどうなるのか?」に答えを出してください。
その上で「直ちに改革を始動すべき」との
認識になった場合は、現実解としての変革シ
ナリオをつくる力(
『解を導出する力』
)は十
経営共創基盤
(IGPI)
パートナー マネージング
ディレクター
CDI にて事業立ち上げや戦略転換の局面における
事業戦略立案と実行プロジェクトに数多く関与。
産 業 再 生 機 構 に 参 画 し 複 数 の 支 援 企 業 を 統 括。
OCC、カネボウの元取締役。
IGPI 設立後は、製造業、情報通信、サービス業を
中心に、成長加速化、事業創造、
事業と財務の一体改革、企業買収と買収後統合など
を推進している。
文部科学省作業部会委員、ISL ファカルティ
東京工業大学工学修士、カーネギーメロン大学理学
修士(MS in eCommerce)
IG P I R E P O RT
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