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シリーズ この人に聞く 第4回 小松信さん「戦後史から
ユニセフ大阪通信 2016年2月15日 シリーズ この人に聞く 第 4 回 戦後とは どういう時代だったのか? ― 高 校 世界 史 A から読み解く現代の世界 千葉県立船橋啓明高校教諭 小松 信さん 「ベルリンの壁崩壊」 から10年。 ベルリンを東西に分断していた壁も観光地化された。 壁の向こう側が旧東ベルリン=1999年10月撮影、 毎日新聞社提供 その歴史的事項や事件がその後、さらに今にどのような影響 を与えているか。そして今の出来事にはどういう歴史的背景が あるのか。これが分からないと、 「今」の出来事や問題の本質 が理解できず、解決の方法も見つかりません。生徒にはそれを 意識して教えているし、身につけてほしいと思っています。難し いことをいかに平易な言葉で、かつ分かりやすく教えられるか が、私の今の目標です。学び続ける教師でいたいと考えています。 (筆者) ※高校世界史 Aとは 2 単位(=週 2 回)で近現代史を中心に教える科目 世界の覇権争い 「戦後史のいちばん大きな転換点は、ベルリンの壁が開放され、 冷戦終結を謳った『マルタ宣言』が出された 1989 年です。そこで、 戦後史を教える場合、1945 ~ 89 年の第 1 期と、1989 年以降の 第 2 期に分けて考えるのが良いと思います。」 ─わずか四半世紀前ですね。 「第1期の特徴は、1)冷戦が構築・変容・崩壊した時代であり、 2)近代世界システム論でいうアメリカの覇権が確立・動揺した時 ─昨年は戦争について考える報道が多くありました。 代でもあり、3)ヨーロッパ地域以外での脱植民地化、つまり国 「2015 年は戦後 70 年で、 『戦勝国』を中心にさまざまな行事が開 民国家の建設が進行した時代でした 1)。 」 催され、日本でも賛否を呼んだ安倍談話が出されました。戦後生 「また、冷戦期は軍事的対立に加え、自由主義・資本主義市場 まれが 8 割を超えた現在、今を知り、そして未来について考える 経済 vs 社会主義・計画経済というイデオロギーや経済体制の対立 ために、私たちは戦争の歴史と戦後史について真剣に学ぶ必要 も含んでいました。そして、アメリカの覇権の時代とも重なります。 があります。 2 度の大戦を経てイギリスから覇権が移ったアメリカは、戦後圧倒 しかし、高校の現場では、時間が足りないのを言いわけにして、 的な軍事力、生産力、経済力ならびに金融力を誇りました。冷戦 第二次世界大戦や戦後史をまったく教えないか、駆け足でやっつ 期とは、そのアメリカの覇権にソ連が挑んだ時代とも言えます。 」 けてしまうことがほとんどです。高校で 30 年以上世界史を教えて いる人間の責任として、戦後史の授業を構想するための自分なり ─そのアメリカにも陰りが。 総括、つまり『戦後とは……という時代である』を行ってみたいと 「圧倒的な覇権も、ベトナム戦争の敗北(軍事的敗北、膨大な 思います。」 ─4─ ユニセフ大阪通信 2016年2月15日 軍事費が経済を圧迫⇒国際政治の多極化を招来)、そしてドル・ ショック、つまり戦後の国際経済のレジームである『ブレトン・ウッ ズ体制』2)の崩壊で動揺していきます。 さらに、この第 1 期は脱植民地化、つまり国民国家建設の時代、 国民国家が光輝いていた時代でもありました。この動きは 1940 年代後半に東アジア・南アジアで始まり、50 年代は西アジア・北 アフリカへ、そして 1960 年の『アフリカの年』に見られるように、 60 年代はサハラ以南のアフリカに及びました。そしてこの脱植民 地化の潮流を象徴するのが、1955 年に開催されたアジア・アフリ カ会議(バンドン会議)と、第 1 回非同盟諸国首脳会議(1961 年) でした。また、この時代は国際政治における主体(アクター)は、 国連などの国際機関や一部の多国籍企業を除けば、ほとんどの 場合(主権)国家でした。」 グローバル化の進行と反発 ─次に、今日に至る第 2 期ですね。 「この時期はいろいろな見方ができるし、総括すること自体難 しいと思いますが、私なりのまとめ方をしてみます。 この時期を特徴づけるのは次の 3 点で、1)アメリカの一極構 造から多極構造の世界へ、2)市場原理主義ならびにグローバル 化の広がりとそれへの反発、3)国民国家の内と外への揺らぎと 重層性を持つアイデンティティの構築です。 まず 1)について。冷戦の終結直後に起きた湾岸戦争では、ア メリカは国連安保理決議を順守し、かつ多国籍軍に象徴される ように各国との協調主義を採っていました。しかし 9・11(同時 多発テロ)事件以降、単独行動主義(ユニラテラリズム)に転換 し、国連安保理決議を無視してイラク戦争を遂行しました。しか し、その後の外交政策の失敗がもたらした問題の深刻化とアメリ カの相対的な地位の低下により、再び協調的な行動をとるように なってきました。その一例が IS(イスラム国)に対するアメリカを 中心とする有志連合です。 現在は覇権国家アメリカの地位が低下し、その覇権に中国が挑 戦し始めた時代と言えます。将来的には、アメリカの覇権が続くか、 それともそれに代わる覇権国家が出てくるのか。あるいは近代世界 システム自体が終わり、国際政治学者の田中明彦氏が言う『新しい 中世』を迎えることになるか、まだまだ流動的な状況です。 」 ─経済という側面もありますね。 「2)の新自由主義を背景とする市場原理主義が世界を席巻して いるのもこの時代の特徴です。時に暴走し、リーマン・ショック に端を発する世界同時不況などを招き、世界的な格差問題も引き 起こしています。と同時に、この時期は現代国際社会のルールの 『作成者』 『受益者』であるアメリカ化の側面もあるグローバル化 が世界規模で進行しています。この 2 つの潮流への反発が世界各 地で起きており、その最大のものがイスラーム勢力です。」 ─格差問題と一方的なルールへの反発ですか。 「そうです。この文脈からも、ISを中心とするイスラーム過激派 を理解する必要があると思います。」 国家に収まらない動き 「最後の 3)の国民国家の揺らぎですが、換言すれば人々が国 民国家にのみアイデンティティを求めなくなったのもこの時代の特 徴と言えます。国家の“外なるもの”にもアイデンティティを感じる ようになった結果、国家の枠を超えるEUやASEANなどの地域 統合組織の存在(プレゼンス)が国際政治・経済において大きな ものとなってきています。 逆に、 “内なるもの” 、つまりより身近な地域・民族・宗教などに も人びとがアイデンティティを求めるようになりました。そこに冷戦 という“重し”がとれたこと、そして“ (共通の)歴史の記憶”がよ みがえったことなども重なって、冷戦期には潜在化していた問題や 意識が顕在化しました。これらのことが原因となり、世界各地で 地域紛争が頻発し、独立運動(例:スコットランド)も活発化して います。 」 ─テロの脅威や隣国との緊張関係が心配です。 「ISと今の中国を理解するには歴史的な知識が必要です 3,4)中国 が海洋国家(シ―パワー)と大陸国家(ランドパワー)に挟まれた 地域であるという地政学的な視点も必要です。 このように、 『今の世の中の動きと自分の立ち位置』を知り、未 来を考えるためにも、歴史、とくに今に直接つながる戦後史につ いての知識をぜひとも若い人たちに身につけてほしい。そして、現 在の日本に蔓延する反知性主義に打ち克つためにも、若い人には 歴史を真摯に学ぶ姿勢、歴史に学ぶ謙虚さが求められているので はないでしょうか。 」 1)冷戦 「鉄のカーテン」演説とトルーマン・ドクトリンで始まった冷戦は、次のような変遷をた どる。成立(1940年代後半~ 50年代半ば)⇒雪解け(50年代後半)⇒冷戦再燃? =キューバ危機⇒緊張緩和(60年代)⇒多極化⇒「新冷戦」⇒終結=マルタ宣言 2) ブレトン・ウッズ体制 第 2次世界大戦末期の 1944年 7月、アメリカのブレトン・ウッズで開か れた連合国通貨金融財政会議で結ばれた協定。通貨の安定、国際貿易の円滑化を 目的とし、自由・無差別・多角的な貿易体制を作るため、国際通貨基金(IMF) と世界 銀行の設立を決めた。当初の参加国は 44 カ国。1970年代まで存続した。 3)ISについて (正統) カリフ、シ―ア派とスンナ派、イスラーム(法)、スンナ派のオスマン帝 国 vsシーア派のイラン、19世紀のヨーロッパによる植民地支配とイスラーム復興 運動、サイクス・ピコ協定、などの歴史的な知識が必要である。 4)中国について 清代の領土拡大、前近現代の東アジアの国際秩序である冊封体制、日清戦争 から終戦にいたる日中関係を中心とする東アジアの歴史、鄭和の南海遠征などの歴 史的な知識が必要である。 戦 後 史 を 学 ぶ 若 い 人 に 読 ん で 欲し い 本 1.『もういちど読む 山川 世界現代史』(山川出版) 2.池上 彰・佐藤 優『大世界史』(文春新書) 3.山内昌之・佐藤 優『第 3次世界大戦の罠』(徳間書店) 4.池上 彰・増田ユリヤ『世界史で読み解く現代ニュース』(ポプラ新書) 5.川北 稔『砂糖の世界史』(岩波ジュニア新書) 6.篠田英朗『国際紛争を読み解く五つの視座~現代世界の「戦争の構造」』(講談社選書メチエ) ─5─