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保険法[PDF形式]
■ 金融商品を学ぶ 第 2 回 保険に関する法律 ⑴ 桜井 健夫 保険法 Sakurai Takeo 東京経済大学現代法学部教授、弁護士 日弁連消費者問題対策委員会幹事、国民生活センター紛争解 決委員会特別委員。1978 年一橋大学法学部卒、1980 年弁 護士登録。複数の法科大学院で2004年から消費者法を講義。 本連載では、消費者の視点で保険法と保険業法を分かりやすく解説し、 具体的な相談事例を交えながら新しい情報を届けていきます。 1 保険に関する法律の全体像 て多様なニーズに応えるための規定の整備 (保険 金受取人の変動についての規定の整備等)⑦保 保険法と保険業法が、保険という車の両輪で 険契約者側の保護に関する規定を中心に片面的 す。保険法は保険の契約法であり、保険契約の 強行規定(その規定よりも保険契約者側に不利 成立・効力・保険給付・終了について決めてい な内容の合意を無効とするもの) を多数設けたこ ます。保険業法は保険会社の監督法であり、保 となどです。 険会社の組織や業務の監督、募集規制を決めて 保険法は、損害保険、生命保険、傷害疾病定 います (共済については生協法、農協法などが監 額保険の順で規定しています。以下、この順で 督法になります) 。そのほか、保険ごとに保険会 紹介します。 3 損害保険(保険法3条~ 35 条) 社がつくる保険約款が、契約の内容となるので 重要です。今回は保険法を解説します。 【成立】 2 保険法の概要 偶然の損害を埋めるのが損害保険です。損害 商法の一部に含まれていた保険契約に関する 保険によりてん補する被保険利益は、金銭的に 規律を切り出して内容を全面的に見直し、2008 見積もることができること、確定されているも 年5月30日に独立した保険法としました (公布・ のであること、適法な利益であることが必要で 同年6月6日、施行・2010 年4月1日) 。 す。保険契約者または被保険者は、保険会社ま 商法と比べた保険法の主な特徴は ①保険契約 たは共済組合 (以下、保険会社) に対し、損害の だけでなく共済契約にも適用拡大 ②傷害疾病定 発生の可能性 (危険) に関する重要な事項のうち 額保険契約の規定を創設 ③保険契約者側の保護 質問された事項 (告知事項) について、正しく回 規定の整備 (告知義務を質問応答義務としたこ 答する必要があります (告知義務) 。損害保険契 と、告知妨害等があった場合の告知義務違反で 約が成立したときは、保険会社は、保険契約者 は保険者は解除できないこととしたこと、履行 に対し法定事項を書いた書面 (保険証券) を交付 期に関する規定を設けたことなど)④損害保険 しなければなりません (双方がよければ電子 契約に関するルールの柔軟化 ⑤第三者との法律 データとすることも可能) 。 【効力】 関係の整備 (責任保険の保険金について被害者 の優先権確保、介入権)⑥生命保険契約につい 自分以外の人を被保険者として損害保険をか 2014.7 国民生活 28 けた場合、その人の同意や保険の利益を受ける してもいいし、2社に分けて請求することもで 旨の意思表示がなくても、その人は当然に保険 きます。 保険給付の期限についての規定もあります。 の利益を受け、保険金は支払われます。保険金 額は目的物の時価によりますが、時価より高い 保険事故に加害者がいる場合、保険金を受領す 保険をかけること (超過保険) も原則として有効 ると、加害者に対する損害賠償請求権は保険会 です。契約したときに時価よりも高いことを知 社に移転します (請求権代位) 。目的物が全損と らずに契約した場合、保険契約者および被保険 なって保険金の支払いを受けた場合、 残存物(例 者に重大な過失がなければ、保険契約者は超過 えば火災の場合のがれき)の全部または一部は 部分を取り消して、超過部分の保険料を返して 保険会社のものとなります (残存物代位) 。 【終了】 もらうことができます。他方、損害保険加入後 の保険期間中に目的物の価額が著しく安くなっ 保険契約者は、いつでも損害保険契約を解除 たとき(保険価額の減少) は将来の保険金額を下 できます。保険会社からは、告知義務違反、危 げて、保険料の減額を請求できます。損害発生 険の増加、重大事由に当たる場合に解除ができ の危険が著しく減少したときは (危険の減少) 、 ます。解除は将来に向かってのみ効力がありま 保険契約者は、将来に向かって保険料の減額を すが、保険会社による上記解除の場合は、保険 請求することができます。 金は支払われません。なお、保険契約が取消し 【保険給付】 された場合や無効である場合の保険料の返還に ついて規定があります。 保険契約者または被保険者には、保険事故に 傷害疾病損害保険、企業を保険契約者とする よる損害の発生・拡大を防止する努力義務があ 損害保険については特則があります。 り、損害の発生を知ったときは、遅滞なく保険会 4 生命保険(保険法 37 条~ 65 条) 社にそのことを通知しなければなりません。保 険事故により目的物の一部に損害が発生したと 【成立】 きは、その後に保険対象外の事由で保険の目的 物全部が滅失した場合でも、一部損害分の保険 人の死亡または一定の時期の生存に対して保 金が支払われます。火災保険では、燃えていなく 険金が支払われるのが生命保険です。保険契約 とも、消火、避難その他消防の活動のために必 者または被保険者は、被保険者の死亡または一 要な処置によって目的物に生じた損害について 定の時期の生存 (保険事故) の可能性 (危険)に関 保険金が支払われます。消火器の費用も対象と する重要な事項のうち、告知を求められた事項 なります。保険契約者または被保険者の故意ま について正しく回答する必要があります (告知 たは重過失(責任保険では故意のみ) によって生 義務) 。自分以外の人を被保険者とする死亡保険 じた損害については、 保険金は支払われません。 契約では、その人の同意がなければ効力があり 損害の額は、損害が発生したときの目的物の ません。生命保険契約が成立したときは、保険 時価で考えます。目的物の価額より低い額の保 会社は、保険契約者に対し法定事項を記載した 険をかけた場合(一部保険) 、目的物の価額に対 書面を交付しなければなりません (双方がよけれ する保険金額の割合に応じて保険金が支払われ ば電子データとすることも可能) 。 【効力】 ます。複数の損害保険に入っても (重複保険) 、 請求できるのは保険事故による損害額が上限で 自分以外の人を保険金受取人としたとき、そ す。2社の保険に入った場合、1社に全額請求 の人の同意や保険の利益を受ける旨の意思表示 2014.7 国民生活 29 が無くても、当然に保険の利益を受け、保険金 料の返還制限について規定があります。 5 は支払われます。保険契約者は、保険金受取人 を変更することができます (被保険者が別のと 傷害疾病定額保険 (保険法 66 条~ 94 条) きはその同意が必要) 。変更は保険会社に対する 通知や遺言によって行います。保険金受取人が 病気やけがにより入通院をした場合に日額〇 先に死亡した場合は、その相続人が保険金受取 ○円などと一定の額が支払われるのが傷害疾病 人となります。死亡保険の保険金請求権の譲渡、 定額保険です。医療保険、傷害保険などの種類 質権設定には被保険者の同意が必要です。 があります。保険契約者または被保険者は、保 【保険給付】 険会社が傷害疾病による治療、死亡その他の保 死亡保険の保険契約者または保険金受取人 険給付を行う要件として傷害疾病定額保険契約 は、被保険者が死亡したことを知ったときは、 で定める事由の発生の可能性 (危険) に関する重 遅滞なく保険会社にそのことを通知しなければ 要な事項のうち質問された事項 (告知事項)につ なりません。被保険者の自殺、保険契約者や保 いて、正しく回答する必要があります (告知義 険金受取人による殺害、戦争等による死亡の場 務) 。自分以外の人を被保険者とする傷害疾病定 合は、保険金は支払われないのが原則ですが、 額保険契約は、被保険者が保険金受取人である 多くの約款で、保険契約から一定年数 (2〜3年 場合を除き、その同意がなければ効力がありま など)経過後の自殺の場合、支払うこととして せん。このほか、傷害疾病定額保険の成立・効 います。保険給付の期限の規定もあります。 力・保険給付・終了に関する規定は、生命保険 【終了】 に関する規定とほとんど同じ内容となっていま 保険契約者は、いつでも生命保険契約を解除 す。異なる主な点は ①変更後の保険金受取人が できます。保険会社からは、告知義務違反、重 被保険者である場合、変更について同意は不要 大事由に当たる場合などに解除できます。死亡 ②被保険者、保険契約者、保険金受取人が故意 保険の被保険者は、命をねらわれた場合や離婚 または重過失により給付事由を発生させたとき した場合など一定の場合には、保険契約者に対 は、保険金は支払われず ③保険金受取人が被保 し、解除の意思表示を保険会社にすることを請 険者の場合、その同意がなくとも傷害疾病定額 求できます。これらの解除は将来に向かっての 保険に入れるので、被保険者は保険契約者に対 み効力がありますが、保険会社による上記解除 し、いつでも障害疾病定額保険の解除の意思表 の場合は、保険金は支払われません。保険契約 示を保険会社にすることを請求できるなどです。 6 その他の規定(保険法 95 条~) 者の差押債権者や破産管財人も死亡保険契約を 解除することができます。その場合、保険金受 取人が一定の支払いをすれば解除の効力発生を 保険給付請求権は3年、保険料請求権は1年 防げます(介入権) 。生命保険には貯蓄性のもの で時効により消滅します。 が多く、途中で解除されれば保険料積立金の払 い戻しが問題となります。保険法は、最も一般 次回は保険業法を解説し、それ以降は保険法 的な、責任開始後の任意解除の場合の保険料積 と保険業法を交えて、保険契約の成立・効力・ 立金の払い戻しについては規定せず、例外的な 保険給付・終了という保険契約の経過に沿うか 場合についてだけ規定しました。なお、保険契 たちで詳しくみていきます。 約が取消しされた場合、無効である場合の保険 2014.7 国民生活 30 表 保険法 条文表題 損害保険 生命保険 傷害疾病 定額保険 損害額の算定 18 条 − − 一部保険 19 条 − − 重複保険 20 条 − − 保険給付の履行期 21 条 52 条 81 条 責任保険契約についての先取特権 22 条 − − 費用の負担 23 条 − − 残存物代位 24 条 − − 請求権代位 25 条 − − 強行規定 26 条 53 条 82 条 保険契約者による解除 27 条 54 条 83 条 告知義務違反による解除 28 条 55 条 84 条 危険増加による解除 29 条 56 条 85 条 重大事由による解除 30 条 57 条 86 条 被保険者による解除 − 58 条 87 条※2 31 条 59 条 88 条 総 則 趣 旨 1条 定 義 2条 損害保険 生命保険 【保険給付】 傷害疾病 定額保険 【成立】 損害保険契約の目的 3条 − − 告知義務 4条 37 条 66 条 − 38 条 67 条 遡及保険 5条 39 条 68 条 保険契約の締結時の書面交付 6条 40 条 69 条 強行規定 7条 41 条 70 条 8条 42 条 71 条 保険金受取人の変更 − 43 条 72 条 遺言による保険金受取人の変更 − 44 条 73 条 保険金受取人の変更についての 被保険者の同意 − 45 条 74 条※1 超過保険 9条 − − 解除の効力 保険価格の減少 10 条 − − − 保険金受取人の死亡 − 46 条 75 条 契約当事者以外の者による解除 の効力等 60 条~ 62 条 89 条~ 91 条 保険給付請求権の譲渡等に ついての被保険者の同意 保険料積立金の払戻し − 63 条 92 条 − 47 条 76 条 保険料の返還の制限 32 条 64 条 93 条 危険の減少 11 条 48 条 77 条 強行規定 33 条 65 条 94 条 強行規定 12 条 49 条 78 条 被保険者による解除請求 34 条 − − 傷害疾病損害保険契約に関する 読替え 35 条 − − 適用除外 36 条 − − 被保険者の同意 【終了】 【効力】 第三者のためにする保険契約 【損害疾病損害保険の特則】 【保険給付】 損害発生及び拡大の防止 13 条 − − 通 知 14 条 50 条 79 条 損害発生後の保険の目的物の 滅失 15 条 − − 火災保険契約による損害てん補 の特則 16 条 − − 保険者の免責 17 条 51 条 80 条 雑 則 消滅時効 95 条 保険者の破産 96 条 ※1 変更後の保険金受取人が被保険者である場合、変更について同意は不要。 ※2 保険金受取人が被保険者の場合、被保険者はいつでも保険の解除の意思表示を保険会社にすることが請求できる。 2014.7 国民生活 31