...

フィンランドの教育システムと日本の教育への応用 吉 田 尚 史

by user

on
Category: Documents
59

views

Report

Comments

Transcript

フィンランドの教育システムと日本の教育への応用 吉 田 尚 史
フィンランドの教育システムと日本の教育への応用(吉田)
フィンランドの教育システムと日本の教育への応用
吉 田 尚 史
Educational System in Finland and its Application to
Japanese Educational System
Naofumi Yoshida
キーワード: 教育、フィンランド、在外研究、英語教育、IT 教育
Keyword: Education, Finland, Sabbatical, English Education, IT Education
本稿では、著者が在外研究 (2010 年前期 ) で滞在したフィンランドにおいて調査し
たフィンランドを中心とした教育システムの概要と、その我が国の教育への応用につ
いて述べる。フィンランドは教育的にも成功している国として知られている。また、
IT 大国であり、ほとんどの国民が英語を話す。こうして成功している理由は、人口が
少ないがゆえの国民一人ひとりのグローバル化と個別教育にある。ここでは、在外研
究において行った研究のうち教育面について、特にその日本の教育システムへの応用
について議論する。
In this article, I discuss about the educational system in Finland and its application to
Japanese educational system. This is based on the sabbatical research in the spring semester,
2010. Finland is well known as one of the successful country in Education. Also, it is known
that Finland is a great country in IT. Almost all people in Finland speak English well.
The reason of these success is that individual globalization and personal education in the
sparsely populated country. In the article, I describe the research result of my sabbatical from
educational point of view especially for how to apply the features of Finnish educational
system to Japanese educational system.
1. はじめに
著者は、2010 年前期に在外研究でフィンラ
ンドに滞在した。研究に関する成果としては、
2. フィンランドの基本情報
フィンランドは、日本とほぼ同じ広さの国土
研究課題として挙げた「異文化交流に関する情
を持ちながら人口は 24 分の 1 程度である。し
報システムの設計と実現」について、フィンラ
かし、
様々な国際競争力のランキングにおいて、
ンドの研究者達と共同でプロジェクトを立ち上
常に上位にあり、少なくとも日本よりは上位で
げるなど、有意義な成果が得られた。教育に関
ある。
北欧5カ国
(アイスランド、
スゥエーデン、
する成果としては、新しい教育の枠組みを実現
デンマーク、ノルウェー、フィンランド)のう
しつつあったフィンランドの教育の状況をはじ
ち唯一、
ユーロ通貨を採用している国でもある。
め、ヨーロッパあるいは北欧の中のひとつの国
フィンランドは、
日本でよく言われるように、
として活躍するための教育方法などが、多くの
高い税と高い福祉が実現されている国である。
人とのインタビューによって、日本の教育へ応
日本では 5%の消費税と 5% ∼ 40% 程度の所得
用可能なことが明らかになってきた。
に対する累進課税であるが、
フィンランドでは、
本稿では、教育面に関する成果を中心に、フ
食品などは 17% の消費税、その他は 23% の消
ィンランドの教育システムとその日本の教育へ
費税、およそ 35% ∼ 50% 程度の所得に対する
の応用について議論する。
累進課税である。
― 1 ―
Journal of Global Media Studies Vol. 8
国際競争力を見ると、2010 年に日本が 27 位
第一に、ヨーロッパのボローニャ・プロセス
(IMD) 3)・8 位 (WEF) 4) なのに対し、フィンラン
(Bologna Process) にあわせ大きな枠組を実現し
ドは 19 位 (IMD) 3)・6 位 (WEF) 4) である。
ようとしている点が重要である。ボローニャ・
フィンランドの国民は、ほとんど全てが英語
プロセスとは、ヨーロッパの主に高等教育の教
を流暢に話す。
北欧諸国一般に言えることだが、
育システム改革であり、学生のヨーロッパ間の
人口が少ない故に、テレビ・スーパーマーケッ
流動性を高め、ヨーロッパ全体の教育的競争
ト・流通などに、英語が不可欠なため、自然と
力を高めるための大改革である。EU 加盟国よ
国際化が実現されているからである。
すなわち、
りも、ボローニャ・プロセスを採用している国
TVではハリウッド映画が吹き替えなし(高齢
の数の方が多い。ロシアや西アジア諸国も採用
者はフィンランド語の字幕を見る)
、スーパー
している。フィンランドではそれに合わせた教
マーケットその他店頭ではフィンランド語・ス
育システムとし、さらに、大学を大きく2種類
ウェーデン語・英語が商品説明を読むために必
に分け、Bachelor Degree, Master Degree, Doctor
要であり、
さらに、
移動手段としての電車・バス・
Degree (Ph.D.) という通常の大学・大学院と、
航空機などでは、やはりフィンランド語と英語
職 業 に 直 結 し た Polytechnic を 設 け て い る。
が両方必要となる。空港でのサインは、公用語
Polytechnic は公式には応用科学大学 (University
であるフィンランド語とスゥエーデン語に、英
of Applied Science) と呼ばれている。すなわち、
語を加えた3ヶ国語で表記されている。若い世
研究大学・大学院と、職業大学に2種類に分割
代は特に、YouTube 等のインターネット上のサ
したということである。
イトを、英語をそのまま利用してコミュニケー
フィンランドの教育システムの第二の特徴
ションしている。英語は教育されるが、それを
は、個別教育にある。人口が少ないことと福祉
実際に使う機会、あるいは、使わざるを得ない
が充実していることが主たる要因であるが、大
機会が多々ある。
学院まですべて無料の教育費に加え、画一的な
フィンランドではインターネットが完全に社
会的インフラになっている。鉄道のチケットか
教育ではなく、一人ひとりの個性をみて伸ばす
教育が徹底している。
ら税金の支払いまで全てインターネット上で行
第三の特徴は、実践的である点である。個々
う。ノキア (Nokia) の携帯も電車の中や運転中
の大学を残したまま大学の学際的な連合を実現
でも(特に禁止されていない)皆、
使っている。
した University Consortium がフィンランド国内
英語と同様、実際に使う機会に溢れている。
に 6 あり、日本でいう産学連携が当然のように
国 土 に 北 極 圏 と の 境 界、 北 極 線 (Arctic
行われ活用されている。University Consortium
Circle) があり、夏は白夜もしくはほぼ白夜で
(UC) については、学際的な新しい大学を作る
あり、冬は長く、冬には完全にもしくはほとん
のではなく、経済学・工学・芸術学などといっ
ど太陽は昇らない。陽の光を好む国民性のよう
た学部を有する大学がそれぞれ資源を共有し、
である。
コンソーシアムを構成している。その UC に入
学した学生は、構成しているどの大学の授業も
3. フィンランドの教育システムの概要
学際的に学習できる。産学連携については、歴
主に高等教育を対象としてフィンランドの教
史的に学界(大学)は知識を提供し産業界は実
育システムの概要を観察した場合、その特徴は
務を担当するという常識が当然のように存在し
次の3点にまとめられる。
連携してきている。
― 2 ―
フィンランドの教育システムと日本の教育への応用(吉田)
IT についても、学際的問題解決についても、
常に具体的な問題を設定し、ゼミを中心とした
4. 日本の教育への応用
実践教育を実施すれば、一人ひとりがグローバ
フィンランドの高等教育の3点の特徴を日本
の教育へ応用するためには、人口の違いや文化
ル化でき、産学連携も自然に実施でき、学生に
とっても教職員にとっても、
有効な教育となる。
の違いを考慮して次のように適用可能であると
5. 例
考えられる。
第一に、アジアや西洋諸国と容易に移動可能
な教育体系を実現すべきである。セメスター制
例1:UCPori 5)
私が在外研究で在籍した Tampere University
は当然ながら、
留学や単位の交換もルール化し、
of Technology は、Pori と い う 街 に お い て
個別の事象として扱うのではなく、当然の自称
University Consortium Pori (UCPori) を形成して
として実施すべきである。
いる。そこでは、Arlto Univeristy, University of
第二に、ゼミを中心とした個別教育を徹底す
Tampere, University of Turku を含めた4大学が
べきである。センター試験に始まり没個性の就
ひとつのビルの中にコンソーシアムを作って
職活動で終わる学部教育は必要ない。日本でい
いる。学問分野としては、Tampere University
う共通一次試験ができたころには、全国統一の
of Technology が 工 学、Aalto University ( こ の
大学入試も意味が会ったが、グローバルな競争
大 学 自 体 も Helsinki School of Economics, the
を強いられる現代ではもはや意味はない。大学
University of Art and Design Helsinki, Helsinki
の入学試験は、画一的な教育ではなく個性や自
University of Technology の3大学が融合して作
主性を伸ばす教育を試す試験を見るべきであ
られた ) の経済学と芸術学と工学、University
る。学部教育も、基礎はもちろん時間を割いて
of Tampere が社会科学、University of Turku が
教育すべきだが、それと並行して、ゼミを中心
経済学、人文科学、医学を担当し、学際的な教
とした学際的な教育を行うべきである。自らテ
育および研究がひとつのビルの中で行われてい
ーマを設定させ、基礎で学びつつある様々な分
る。
野を考慮させ、解決方法を仲間と議論させ、一
実際、著者は、工学と経済学のスタッフと共
定の解決や結論に導かせる、個別教育を実施す
に、プロジェクトを形成し、フィンランド国内
べである。これならば一人の教員で多くの学生
のプロジェクト申請をフィンランド技術庁に申
を指導することも可能である。こうした学際的
請することができた。
な問題解決の能力を生かせる職業に就かせるこ
とも可能である。大学の教育が変われば(具体
例2:異文化交流に関する情報システム1)
的には大学入試が変われば)
、高校の教育もそ
3次元技術と画像処理の技術、そしてフィン
れに照準を合わせたものとなり、結果的に、国
ランド・日本の文化の交流を学際的に研究し、
家の将来を大きく左右する教育の重要な指針と
異文化交流を可能にする3次元コミュニケーシ
なる。
ョンシステムを設計し、試作を行い、国際的環
第三に、実践的に徹することである。学問自
境で実験を行った。
体の追求ももちろん重要だが、基礎として学問
を学ばせたら、それをどう活用するかも同時に
例3:コンテキストに関する考察
考えさせなければならない。英語についても、
在外研究中に参加した学会においてパネル・
― 3 ―
Journal of Global Media Studies Vol. 8
ディスカッションを行い、学際的なコンテキス
また、本稿のためにインタビューさせて頂い
ト設計について各分野の視点から議論した。そ
た方々のお名前・団体名を感謝の意を込めて
の結果は論文 2) として集約されている。
記します。I would like to thank these individuals
and companies to discuss about education and
例4:ソーシャルモバイルコンピューティング
companies in Finland.
モバイルコンピューティング(工学分野)の
教員と、人文科学の教員のプロジェクトと交流
Hannu Jaakkola, Professor, TUT
し、携帯電話やスマートフォンを利用したビデ
Timo Varkoi, Senior Researcher, TUT
オの社会活用方法について議論し、新たな共同
Timo Mäkinen, PhD, TUT
研究の可能性を発見した。
Jari Soini, PhD, TUT
Jari Leppäniemi, Researcher, TUT
例5:IT 芸術
Petri Rantanen, Researcher, TUT
IT 分野における画像処理や色彩処理を芸術
Pekka Sillberg, Researcher, TUT
学の教員と議論する中、その発展性の高さと応
Petri Linna, Researcher, TUT
用可能性の広さを認識し、新たな研究プロジェ
Harri Keto, TUT
クトをスタートした。
Ahto Kalja, Professor (eGoverment), Tallin
Technical University, Estonia
6. まとめ
Pia Arenius, Professor (Entrepreneurship), Turku
フィンランドにおける教育の人口が少ないが
School of Economics Pori Unit, University of
ゆえの国民一人ひとりのグローバル化と個別教
Turku
育について述べ、その日本の教育システムの応
Pekka Ruuskanen, Professor (Electronics), TUT
用として、アジアや西洋諸国と容易に移動可能
Marjo Mäenpää, Professor, School of Art and
な教育体系、ゼミを中心とした個別教育、実践
Design, Aalto University
的に徹する教育、以上の3点を述べた。この3
M a n n u H ä y r y n e n , P r o f e s s o r, F a c u l t y o f
点が日本の教育に貢献することを期待する。
Humanities, University of Turku
Jaakko Suominen, PhD (Mobile Social Media),
7. 謝辞
Faculty of Humanities, University of Turku
在外研究の機会を提供して頂いた駒澤大学
Markku Nevanranta, Senior Researcher
と、最初の在外研究の機会を与えて頂いたグロ
(Algorithms in SE), TUT
ーバル・メディア・スタディーズ学部の同僚達
Tarmo Lipping, Professor (Signal Processing),
に感謝致します。
TUT
本稿は Tampere University of Technology (TUT),
Jari Turunen, PhD, Senior researcher (Signal
Pori を拠点として在外研究を行った結果のうち
Processing), TUT
教育に関する議論を行ったものです。I would
Jari Multisilta, Professor (Advanced Multimedia
like to thank Prof. Hannu Jaakkola (Tampere
Center), TUT
University of Technology (Pori), Finland) to have
Antti Peuhkurinen, Sasken Communication
this joint research activity and opportunity to
Technologies
discuss about Finnish educational system.
― 4 ―
フィンランドの教育システムと日本の教育への応用(吉田)
Harri Peltoniemi, Director, University Consortium
6)
TUT: Tampere University of Technology,
http://www.tut.fi/index.cfm?siteid=32
(UC) Pori
7)
Pekka Eskelinen, computer center, UC Pori
Tallinn University of Technology, Estonia,
http://www.ttu.ee/en
Harri Brandt, Telecom Research Center, TUT
8)
Ulla Heinonen, PhD, Edupoint/MBA, TUT
Turku School of Economics, University of Turku:
http://www.tse.fi/EN/Pages/Default.aspx
Tiina Ikala, Edupoint/MBA, TUT
9)
Faculty of Humanities, University of Turku:
http://www.hum.utu.fi/en/
Ulla Jaakkola, Edupoint, TUT
Martti Paju, PhD, Director, Technology Center,
10) Arlto University: http://www.aalto.fi/en/
11) Fiblon: http://www.fiblon.fi
Prizztech
12) Mehiläinen: http://www.mehilainen.fi
Paula Eklund-Wahlberg, ICT Center, UC Pori
13) Sampo-Rosenlew: http://www.sampo-rosenlew.fi
Susanna Honko, Education planner, TUT
14) Hollmingworks: http://www.hollmingworks.com
Kaj Koskinen, Docent, TUT
15) Nokia: http://www.nokia.com
Pekka Ekberg, Managing director, Fiblon
Simo Aarnio, Medical Doctor, Mehiläinen
Jali Prihti, CEO, Sampo-Rosenlew
Jussi Vanhahonko, Director, Hollmingworks
and
Mikko Terho, Vice-President & Fellow, Nokia
参 考 文 献
1)
Anneli HEIMBURGER, Shiori SASAKI,
Naofumi YOSHIDA, Teijo VENALAINEN,
P e t r i , L I N N A , Ta t j a n a W E L Z E R , C r o s s Cultural Collaborative Systems: Towards
Cultural Computing, Information Modelling and
Knowledge Bases, Vol. XXI, pp.403-417, 2010.
2)
Yasushi Kiyoki, Tommi Kärkkäinen, Anneli
Heimbürger, Naofumi Yoshida, Kim KyoungSook, Ekaterina Gilman: Context Modelling,
The 20th European Japanese Conference on
Information Modelling and Knowledge Bases
(EJC2010), May 31-June 4, 2010.
3)
I M D : Wo r l d C o m p e t i t i v e Ye a r b o o k o f
International Institute for Management
Development (IMD), http://www.imd.org/
research/publications/wcy/wcy_book.cfm
4)
WEF: Global Competitiveness Report from World
Economic Forum (WEF), http://www.weforum.
org/
5)
UC Pori: University Consortium Pori, http://www.
porinyliopistokeskus.fi/sivu.aspx?taso=0&id=6
― 5 ―
Fly UP