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取締役等の説明義務
〕 〔 論 説 取締役等の説明義務 一一取締役選任議案について一一 Account ab i l it yo fD i r e c t o r s,e t c . : I nC a s eo fR e s o l u t i o no fDir e c t o r s 'E l e c t i o na taS h a r e h o l d e r sM e e t i n g 闘 -山 松 三和子 次 IE 班 WV はじめに 説明義務の範囲 説明義務の範聞の拡張 機関投資家への期待 おわりに I はじめに 会社法 3 1 4条 は 取 締 役 等 の 説 明 義 務 を 定 め る 。 取 締 役 等 の 説 明 義 務 の 規 定 は 昭和 5 6年 商 法 改 正 に お い て 制 定 さ れ ( 平 成 1 7年改正前商法 2 3 7条ノ 3 ), これを 会社法は引き継いだ(!)。また, 同年商法改正に関連して, r 株式会社の監査等 (1) 本条の規定がなくても,株主総会は会議体であるので,その一般原則からして,取締 役等の説明義務は当然に認めることができるく上柳克郎ほか編「新版注釈会社法 (5H [森本滋] (有斐閣, 1 9 8 6 )1 3 5頁,酒巻俊雄ほか編「逐条解説会社法第 4巻H浜田道 代] (中央緩済社, 2 0 0 8 )1 6 0頁,岩原紳イ乍編1i7会社法コンメンタール機関 [ 1 ] . ] [ 松 井秀征] (商事法務, 2 0 1 3 )2 4 2頁)。質問権ではなく,説明義務として規定されたの は,質問権という権利を明定すると総会屋の武器として利用され,議事運営上混乱 を生ずるおそれはないかという経済界の不安に答えて,若干あたりの穏やかな表現 を選んだということである(竹内昭夫『改正会社法解説~ 1 0 4頁(有斐閣, 1 9 8 1 ) )。 n n u ー , 法科大学院論集第 1 6号 に関する商法の特定に関する法律」上の大会社であって,かっ,議決権を有す る株主が 1 , 0 0 0人以上に会社につき,害関投票制度(同法 2 1条 の の を 定 め 円 1条の 2 ,大会 それとの関係で議決権行使についての参考書類制度も定めた(同 2 社の株主総会の招集通知に添付すべき参考書類等に関する規則)。これらの制度も,平 成 1 3年商法改正における電磁的方法による議決権行使の容認の改正等を緩て (平成 1 7年改正前商法 2 3 9条ノ 2第 6項・ 7項 , 2 3 9条ノ 3 ,同株式会社の監査等に関す 1条の 2 ,商法施行規則 12-20条),会社法は引き継いだ る商法の特定に関する法律 2 (会社法 2 9 8条 l項 3号・ 4号,同条 2項 , 3 0 1条 , 3 0 2条,会社法施行規則 74-93条)(3)。 通常,上場会社のような公開会社の定時株主総会においては,書面投票または 電子投票によって議決権が行使され,総会開催の前から採決結果が判明してお り,株主総会に現実に出席する株主数は多いものでない ω。株主総会の状況は 時代とともに変化し,現在では以前のように総会屋によって牛耳られるような ことは見られなくなっており,発言する株主はほとんどが一般株主になってい るようである。その質問内容は,個人的な取引上のトラブルや従業員の対応に 不満を持った者の背情申し入れや広く報道された情報を器にしたものがほとん どのようであり円実質的な議論が株主総会において交される状況にはない。 上場会社のような公開会社における平時の株主総会が儀式化するのは自然の 成り行きである〈ヘにもかかわらず,株主総会を開催することの重要な意義は, (2) 昭和 5 6年商法改正前にも委任状制度が認められており(同年改正前商法 2 3 9条 3項,金融商品取引法 1 9 4条),実質的には香面投票制度と同様の機能を果たして Lf こ 。 (3) 岩原紳作編 n 会社法コンメンタール機関 [ 1J . ! [青竹正一] (商事法務, 2 0 1 3 ) 2頁等。 9 1・9 (4) r 2 0 1 3年版株主総会白書J商事法務 2 0 1 6号 1 2 0・1 2 1頁 。 (5) 河村費等『株主総会想定問答集(平成 2 6年版),]別冊商事法務 3 8 2号 1 6・1 7頁 参照。単なる個人的な取引上のトラブルや苦情は,説明義務はないと解するのが当 広く報道された情報を基にした」質問は,具体的な内容に応じて, 然であるが, r 取締役等の説明義務を判断する必要があると恩われる。 (6) 宍戸善一「コーポレート・ガパナンスにおける株主総会の意義一一 1 9 9 6年版株 4 4 4号 5頁,山下友信「経済構造の変化と株 主総会白書を読んで一一」商事法務 1 9 9 8年版株主総会白書を読んで一一」商事法務 1 5 1 3号 5頁,江 主総会の行方一一 1 頭憲治郎編「株式会社法大系~ [中西敏和] (有斐閣, 2 0 1 3年) 2 2 5頁等。 、 -180ー 取締役等の説明義務 株主が取締役側から経営状況等についての説明を受けることができ,そして, 会議の目的である事項について株主側からの質問とそれに対する取締役側から の説明を受けることができることにあるヘ株主総会における株主と取締役等 、会社法 3 1 4条に定める取締役等の説明 の質疑応答は儀式化させてはならな L 義務は,株主総会における質疑応答が実質的な内容を含み得るように解釈すべ きである。 2 0 1 4年 2月 2 6日,金融庁に設置された「日本版スチュワードシップ・コー ドに関する有識者検討会」は, r~責任ある機関投資家」の諸原則《日本版スチュ ワードシップ・コード>-投資と対話を通じて企業の持続的成長を促すため に-J を策定・公表した(則。本コードは,幅広い機関投資家が投資先企業と 「建設的な目的をもった対話」を行い,適切に受託者責任を果たすための原則 をとりまとめたものである ω。本コードは,会社法が定める株主にではなく, 機関投資家に向けられたものであるし,法的拘束力をもつものではないし,株 主総会の場におけるそのような対話を前提とするものでもない。機関投資家は 投資の専門家であり,その投資先企業と投資先企業との対話は,会社法上の株 主と機関としての取締役との対話とは自ら異なる。しかし,機関投資家も会社 上の株主』であり得るし,会社法上の株主も投資リターンを図ることも目的とし ている。そして,建設的な対話は,機関投資家と投資先企業との問でだけでな く,株主総会において株主と取締役等との聞でも行われることが望ましい。 (7) 株主総会を現実に開催する意義には,法定された範囲内で,株主総会における情 報開示機能ないし経営者のコントロール機能があるともいえる(森本滋「会社役員 1 6巻 1-6号 5 5 2・5 5 3頁)。森淳二郎「株主総会 の説明義務の機能と限界」民商 1 1号 4 6頁参照。なお,平成 2 6年改正会社法 3 2 7 の活性化と会社法の理論J判タ 4 条の 2は,一定の監査役会設置会社が社外取締役を置いていない場合には,定時株 主総会において,社外取締役を置くことが相当でない理由について説明義務を定め ている。 (8) h t t p : / / w w w. f s a . g o . j p / n e w s / 2 5 / s i n gi /2 0 1 4 0 2 2 7・2 . h t m l ( 9) 笠原基和 r T責任ある機関投資家の諸原則 H 日本版スチュワードシップ・コード} 0 2 9号 5 9頁,神作裕之「コーポレートガパナンス向上に向けた の概要」商事法務 2 0 3 0号 内外の動向一司スチュワードシップ・コードを中心として一一」商事法務 2 1 1頁等。 法科大学院論集第 1 6号 本稿では,株主総会における株主と取締役の質疑応答が実質的なものになる よう,とくに取締役選任議案に関する取締役等の説明義務の範囲について検討 する。株主の関心事は誰に会社の経営を委ねるかということに集約することが できるので,報告事項を別にすると(10) 取締役選任議案についての説明義務 は , もっとも広範囲な事項に及ぶと考えられるからである ω。なお, ここで は,株主総会参考書類の添付が強制される公開会社における平常時の株主総会 ぞ念頭において検討する。 また,本稿では,現時点で株主総会において実質的な質疑応答を行うことを 一般的に期待できるような株主は,日本版スチュワードシップ・コードの受入 れを表明した機関投資家であると思われるので,この機関投資家がその役割を 担うようになることを期待して,本コードについても言及する。 E 説明義務の範囲 l 裁判例等 r ( 1 ) 会社法 3 1 4条は. 取締役,会計参与,監査役及び執行役は,株主総会 において,株主から特定の事項について説明を求められた場合には,当該事項 について必要な説明をしなければならな Lリと定める。もっとも,本条の規定 がなくても,株主総会は会議体であるので,その一般原則から取締役等の説明 義務は当然に認めることができる (1九 本 条 の 「 特 定 の 事 項 」 お よ び 「 必 要 な 事項J (lぬという文言は,会社法制定時に取締役等の説明義務の明確化のために ( 10 ) 取締役選任議案と同様,計算書類の報告事項も議題関連性が認められる事項は多 5 6 1頁参照)。 い(森本・前注(7) ( 1 1 ) 松井秀樹「会社法下の株主総会における説明義務」東京大学法科大学院ローレビ、ュー l巻 2 4頁参照。 ( 1 2 ) 森本・前注(1)1 3 5・1 3 6頁,松井・前注(1) 2 4 2頁,江頭憲治郎『株式会社法 0 1 4 )3 5 2頁注 ( 6)等。これに対し,株主の投資判断のため [ 第 5版 H (有斐閣. 2 の資料を与える等の特別の情報開示請求権を付与したものと解する見解もある(末 9 8 6 )1 9 2頁 ) 。 永敏和「会社役員の説明義務 j (成文堂. 1 ( 1 3 ) 会社法制定前からこれを要件と解する見解が一般的であった。 -182ー 取締役等の説明義務 加えられた。株主は,会議の目的と「関連性Jがある事項について,それを合 01 関連 理的に判断するのに必要な範囲において質問権がある(同条ただし書 ) 性」は必要性の要件の観点からも判断され,形式的に関連性があるといえる場 合であっても,必要性の要件を満たさないときは,関連性はないと解される〔叫。 株主の質問権と取締役等の説明義務は表裏の関係にあるもので,質問権の範囲 において取締役等は説明義務を負う。質問株主の知識や理解力はさまざまであ るが,取締役等の説明義務の範囲は,平均的株主が会議の目的を判断するのに 必要とする程度で足りると解される ( 1平均的株主基準J ) 0 5 )。説明義務の履行が あったか否かは,具体的には,決議に至るまでの株主総会での審議の経過等を総 合的に考慮して判断される。本条ただし書が説明拒絶事由を定めているので,こ れに該当する場合には取締役等は説明義務を負わない。説明拒絶事由は,①当 該事項が株主総会の目的である事項に関しないものである場合,②その説明をす ることにより株主の共同の利益を著しく害する場合,③その他正当な理由がある 場合として法務省令で定める場合であり,これは, (i)株主が説明を求めた事項に ついて説明をするために調査号することが必要である場合(ただし,イ当該株主 が株主総会の日より相当の期間前に当該事項を株式会社に対して通知した場合, または,ロ当該事項について説明をするために必要な調査が著しく容易である 場合を除く),似)株主が説明を求めた事項について説明をすることにより株式会 社その他の者(当該株主を除く)の権利を侵害することとなる場合,幽株主が当 該株主総会において実質的に同ーの事項について繰り返して説明を求める場合, 刷前記(i)白)(ili)に掲げる場合のほか,株主が説明を求めた事項について説明をしな いことにつき正当な理由がある場合,である(会社法施行規則 7 1条)0九 ( 14 ) 江頭・前注(12 )3 5 2頁注 ( 6 )。 ) 菅原菊志「株主総会における説明義務」商事法務 9 1 9号 2 1頁,森本・前注(1) ( 15 2 6 1頁 。 1 4 8頁,松井・前注(1) ( 16 ) 会社法制定前の商法 2 3 7条ノ 3は,書商または電磁的方法による事前の説明要請 がない場合には調査を要することを理由に説明を拒絶することができるとする旨が 定められていたが,この拒絶事由は会社法では法務省令で移された。その実質は維 持されている(相津哲編著『立案担当者による新・会社法の解説」別冊商事法務 2 9 5号 8 6頁 ) 。 -183ー 法科大学院論集第 1 6号 決議事項についての説明義務違反の効果については,それ自体は決議取消事 由に当たらないという見解もあったが,現在では決議の方法の法令違反(会社 3 1条 l項 l号〉に当たるという解釈が受け入れられている (7)。 法8 ( 2 ) 上記(1)は多くの裁判例において受け入れられている。 ① 本条の趣旨について,大阪高判平成 2年 3月 3 0日(判時 1 3 6 0号 1 5 2頁 , r ヤマトマネキン事件)は. 旧商法 2 3 7条ノ 3 (会祉法 3 1 4条〕は,最高機関で ある株主総会が本来的機能を効果的に発揮するために,取締役に対し,通常提 案理由としてなすべき積極的説明義務に加えて,質問あるときに限り,そのう ち議決事項については,議案の賛否の合理的判断のために必要な具体的情報提 供を義務付け(受動的説明義務),株主の総会参与権の実質化をはかる趣旨で, 従来会議体の一般原則に基づき認められていた取締役の義務を本条 l項本文で 確認的に規定したものであって,株主の質問権と表裏の関係にあるものの,株 主に対し,自益権と不可分な一個の権利(役員の義務)として特別に認められ たものではなく,また,一般的説明義務を認めたり,株主に情報開示請求権を 7日 与えるものでもない Jと判示する(同旨,広島高松江文判平成 8年 9月 2 (資料版商事法務 1 3 4号 1 0 0頁 , ② 日本交通事件))。 9年 1 0月 3 1 日(金融商事 説明義務の範囲について,東京地判平成 1 1 2 8 1号 6 4頁,鉱研工業事件)は, r 株主総会における取締役の説明が,会社 1 4条の説明義務違反となるかどうかについては・ ・平均的な株主が,議 法3 H 決権行使の前提としての合理的な理解及び判断を行い得る状態に達しているか どうかの観点から決せられるべきものと解される」と判示する(同旨,東京地 判平成 2 2年 9月 6日(判タ 1 3 3 4号 1 1 7頁,インターネットナンバ一事件。控 訴審;東京高判平成 2 3年 4月 2 8日商事法務 1 9 3 2号 5 2頁),東京地判平成 1 6 年 5月 1 3日(金融商事 1 1 9 8号 1 8頁,東京スタイル事件),大阪地判平成 9年 ( 1 7 ) 浜田・前注(1) 1 6 1頁,松井・前注 C1) 2 6 7頁。森本・前注 C1) は , i 説明義務違 反はそれ自体としては決議取消事由を構成せず,それを基礎として決議方法が著し く不公正と認められる場合にはじめて,決議の効力に影響を与えると解することが 妥当であろう」とされる。なお,報告事項についての説明義務違反は決議がないの 7 6条 9号〕等の問題になる。 で,過料(会社法 9 -184一 取締役等の説明義務 3月 2 6日(資料版・商事法務 1 5 8号 4 1頁,高島屋事件),前掲広島高松江支 判平成 8年 9月 2 7日,名古屋地判平成 5年 9月 3 0日(資料版商事法務 1 1 6号 1 8 7頁 , トヨタ自動車事件),札幌地判平成 5年 2月 2 2日(資料版商事法務 1 0 9号 5 6頁,北海道電力事件),東京地判平成 4年 1 2月 2 4日(判時 1 4 5 2号 1 2 7頁,東京電力事件),前掲大阪高判平成 2年 3月 3 0日,福岡地判平成 3年 5月 1 4日(判時 1 3 9 2号 1 2 6頁,九州電力事件),東京高判昭和 6 1年 2月 1 9 日(判時 1 2 0 7号 1 2 0頁,東京建物事件。第 l審:東京地判昭和 6 0年 9月 2 4 日判時 1 1 8 7号 1 3 6頁))。 ③ 平均的株主基準に基づいて取締役等の説明義務の履行がされたか否かの 3年 4月 1 4日(資料版商事法務 3 2 8 具体的な判断については,東京地判平成 2 号6 4頁 , HOYA事件。控訴審:東京高判平成 2 3年 9月 2 7I : l (商事法務 1 9 4 7 号5 1頁)は, r 株主総会でされた質問は,取締役等は,会社法 3 1 4条に基づき, 株主総会において,決議事項の内容(事前質問状が提出された場合における一 括回答等)の内容及び質問事項に対する説明の内容に加えて,質問株主が保有 6 する資料等も総合的に考慮して J行うと判示する(同旨,前掲東京地判平成 1 下5月 1 3日。前掲東京地判平成 1 9年 1 0月 3 1日参照)。また,前掲広島松江 4 7日(第 1審:松江地判平成 6年 3月 3 0日)は, 支判平成 8年 9月 2 r 質問株 主が平均的株主より多くの資料を有していることが明らかな場合には,そのこ とを前提に説明を簡略化して差し支えない」と判示する。 2 取締役選任議案の説明義務の範囲 取締役選任議案についての取締役等の説明義務も上記 1に従って解釈されて いる。株主が当該議案を合理的に判断するためには,当該候補者の取締役とし ての資質・適格性に関する情報が必要である。具体的には,当該議案について 2 )の情報が挙げられている。 は,以下の(1)( ( 1 ) まず,株主総会参考書類の記載事項がある。これは,書面投票に際して, 議案への賛否の判断材料を与える趣旨で株主に交付されるものであるから,そ 一1 8 5一 法科大学院論集第 1 6号 の記載事項は議題関連性があり,取締役等の説明義務があると解される(1ヘ この記載事項は,候補者の氏名,生年月日および略歴,就任の承諾を得ていな いときはその旨,候補者の有する当該会社の株式数,候補者が特別利害関係の 取締役に就任した場合における重要な兼職の事実,候補者と会社との聞に特別 利害関係があるときはその事実の概要(会社法施行規則 7 4条 l項 ・ 2項)である。 社外取締役候補者については,さらに,当該候補者を社外取締役候補者とした 理由や,当該候補者が現に当該会社の社外取締役である場合において,当該候 補者が最後に選任された後,在任中に当該会社において法定・定款に違反する 事実その他重要な業務執行が行われた事実(重要で、ないものを除く)があると きは,。その事実並びに当該事実の発生の予防のために当該候補者が行った行為 概要,社外取締役候補者に係 及び当該事実の発生後の対応として行った行為の i る株主総会参考書類記載事項に関する記載についての当該候補者の意見がある ときは,その意見の内容等(同項 3項)である。前掲東京地判平成 1 6年 5月 1 3日は,監査役選任議案につき, I 商法施行規則 1 3条 I項 l号(会社法施行規 4条 I項・ 2項)によれば,監査役の『候補者の氏名,生年月日,略歴,そ 則7 の有する会社の株式の数,他の会社の代表者であるときはその事実』等に関す る事項について説明が行われなければなら」ないと判示する。 上記の見解は一般的に受け入れられており,株主総会参考書類規則の記載事 項そのものは,見ればわかることなので,形式的な議題関連性はあっても,説 明の必要がなく,実質的な議題関連性はないとして,取締役等の説明義務はな いと解する見解はほとんど見当たらない(1九この点に関して, ドイツ会社法 1 3 1項 3項 7号は,株主が要求した情報が,会社のインターネットサイトで株 主総会の 7日以上前からアクセス可能である場合には,取締役会は当該情報を 拒絶できる旨を定める。これはコーポレート・ガパナンス政府委員会の提言を ( 18 ) 松井・前注(1)。 ( 19 ) [""参考書類制度強制会社において,適法な参考書類が事前に株主に送付されてい る場合には,賛否の判断の基礎資料は提供されており,説明義務の慨怠を当然に決 5 7頁)はある。 議取消事由とする必要はな Lリと解する見解(森本・前注(1)1 -186一 取締役等の説明義務 契機として UMAG ( G e s e t zz u rU n t e r n e h m e n s i n t e g r i t a ti nM o d e r n i s i e r u n gd e s A n f e c h t u n g s r e c h t svom2 2 .9 .2 0 0 5 ) 1条 9b項により導入された規定であり,取 締役が株主総会において質問されると予想される標準的質問について事前に回 答し,また,実際に株主総会前に行われた事前質問に対して事前に回答するこ とを可能にするために設けられた規定である側。本条項によると,株主が会 社に対して株主総会前に質問した事項につき,その内容を確かめる質問は当該 九時間的な制限の 株主総会において行えないことになると説明されている α ある株主総会における実質的な質疑応答を実現するためには,このドイツ会社 法のような扱いは検討に値する。 ( 2 ) 次に,株主総会参考書類の記載事項を基準にして,それを敷街した事項 または付加的情報がある o l v J崎東京地判平成 1 6年 5月 1 3日は,監査役選任議 案につき, r 株主が,監査役候補者の適格性について質問をした場合, (会社法 改正前の商法施行規則 1 3条 l項 1号に定める事項)を敷街して,それらの者 の業績,監査役候補者の従来の職務執行の状況など,合理的な理解及び判断を 行うために必要な事項を付加的に明らかにしなければならないと解すべきであ る」と判示する。東京地判平成 2 5年 2月 2 1日 (LEXjDB25510791,三井ト ラスト・ホールディングス事件)は,取締役選任議案について,当該候補者が, 内部通報制度等による通達に対しどのように対応したのかを問う趣旨の質問で あると解して,議案関連性を認め,取締役等が説明義務を負うことを前提に, 説明義務違反がないと判示する。これらの裁判例は,取締役選任議案について, 候補者の従来の業務執行に係る事項について株主から質問があった場合に,上 記の敷桁した事項または付加的情報について取締役等に説明義務を認める。 7日,前掲松江地判平成 6年 3月 3 0 また,前掲広島松江支判平成 8年 9月 2 日は,計算書類承認議案の説明義務に関するものであるが, r 商法が一般的に ( 2 0 ) 高橋英治『ドイツ会社法概説 j (有斐閣, 2 0 1 2 )2 2 4頁。ドイツ株式法の株主の 解説請求権については,泉田栄一「取締役の説明義務に関する一考察一一ドイツ法 0 0 5 )6 9頁参照。 の示唆するもの一一J~会社法の論点研究 j (信山社, 2 ( 21 ) 高橋・前注 ( 2 0 ) 2 2 4買 。 -187ー 法科大学院論集第 1 6号 開示を要求している事項を一応の基準と考えることができ」るとし, r 原則と しては右各書面(貸借対照表,損益計算書,営業報告書及び附属明細書の記載 事項や参考書類規則により大会社の招集通知に添付すべき参考書類)に記載さ るべき事項が説明議務の鮪聞を画するものと考えられ,細かな係数や会計帳簿 などを調査してはじめて知り得るような事項は原則として説明義務の範囲外に あると解するべきであるが,他方,計算書類承認決議には,取締役の監督とい う側面もある」ので, r 会社の個々の財産につき,取締役の違法行為の存在が 疑われるべき相当な事情がある場合には右範囲を超えた説明を必要とする場合 があると解するべきである」と判示する。本判決から,取締役選任議案につい ても,当該候補者の違法行為の存在が疑われるべき相当な事情がある場合も, 株主から付加的情報を求める質問があれば,合理的な範囲で取締役等が説明義 務を負うと解し得る (2九 上記以外で,取締役選任議案と実質的な議題関連性があり,取締役等が説明 義務を負う付加的情報にどのようなものがあるかは明確でな L、。買収防衛策に 対する取締役の賛否について,取締役選任議案に関して株主総会参考書類に付 記しているような場合において,株主が買収防衛策に対する当該候補者の考え 田 ) 2 を質問したときは,それに当たるとする見解はある〔ω却23 なお,上述のドイツ会社法 131条 3項 7号の解釈でも,株主が会社に対して 総会前にした質問は総会ですることはできないが,付加的な質問や掘り下げる 質問はすることができると解されると説明されている(凶。 ( 3 ) 上記( 1 ) ( 2 )の情報と異なり,取締役選任議案について,機関としての取締 役に対して一般的意見ないし考えの説明を求める質問は,特定の事項ないし個 別の事項についてであっても,実質的な議題関連性がなく,取締役等の説明義 務はないと解されるようである。例えば,社外取締役選任議案において「社外 取締役制度についてどう思うか」といった質問は,取締役等の説明義務がない ( 2 2 ) 森本・前注(1)1 5 0・1 5 1頁,浜田・前注(1)1 6 6頁参照。 ( 2 3 ) 松井・前注(1)2 6 2貰 。 ( 2 4 ) 高橋・前注 ( 2 0 ) 2 2 4頁 。 -188一 取締役等の説明義務 とされる (2九 こ れ に 対 し て , 法 令 等 で 開 示 を 要 求 さ れ て い な い 情 報 で あ っ て も,一般に株主が知りたいと思うような質問事項であれば,取締役等の説明義 務を認めるべきであるとする見解はある ω。 こ の 見 解 が , 特 定 の 事 項 な い し 個別の事項について取締役の一般的意見・考えを求める質問をどのような範囲 4年 で認めるものかは明らかでない。東京地判平成 2 7月 1 9日(判時 2 1 7 1号 1 2 3頁 , 東 鉄 鉱 業 事 件 )(27) は,株主が会社の不法投棄等の問題について質問を した場合において(会社・取締役は不法投棄を否定した),当該株主が,株主 総会において取締役・監査役の選任議案等につき,取締役等に対して, 1 企業 としてのコンブライアンスの考え」等について説明を求めたのに対して,それ らの質問について議案関連性があることを前提として,それらに対する説明義 務違反はないと判示したものと解することができる。とすると,本判決は,株 主が,取締役に対して,具体的事情によっては,企業ないし機関としての取締 役の一般的意見 ( 1企業としてのコンブライアンスの考え」等)を求めること を認めたものと解する余地がある (28) ( 2 5 ) 松井・前注(1) 2 6 2頁 ( 2 6 ) 江頭憲治郎ほか「座談会 改正会社法施行後の株主総会(下 )J ジュリスト 7 8 8 号6 7頁(前田重行発言,江頭発言)参照。 ( 2 7 ) 本件は,取締役・監査役の選任決議のほか,剰余金処分決議,退職慰労金支給決 議について,株主 Xが Y会社に対し各決議取消しの訴えを提起した事案である。 X は , Yの工場から排出される廃棄物の収集,運級等の委託に関する補助業務を受託 しており,これにつき紛争を生じていたの xが,取締役に対し, r 企業としてのコン ブライアンスについて取締役の考え」などの複数の事項について説明を求めた。これ に対し,当該取締役は,当該工場の件は不法投棄に当たらないと考えており,質問 はその前提を欠くため,回答の要をみない等と説明をするとともに,併せて,行政の 指導を仰ぐため,速やかに O市に対して事実関係を報告するとともに,周辺環境へ の影響を確認するため,岡市との協議に基づき調査を行った結果,周辺環境への影 響がないことを確認し,今後については,岡市からの指導に基づき,定期的に水質調 査を実施し適切に対処するつもりである等の説明している。本判決は,当該取締役 の説明は平均的株主基準に沿ったものであると判断し, Xの請求を棄却した。 -189ー 法科大学院論集第 1 6号 3 説明義務の範囲の拡張 上記 1( 3 )の場合にも取締役等が説明義務を負うとすると,株主総会参考書類 の記載事項を基準にして,その付加的情報に限つて取締役等は説明義務を負う と解する見解に比べて (ベ 目 2 9 とが難しくなる O そうではあるが,当該議案について株主が合理的に判断する のに必要な事項であるならば,それが機関としての取締役の一般的意見または 考えであっても,取締役等の説明義務を認めることが,説明義務を定めた法の 1 4条は「特定の事項」について株主から説明を求 趣旨に合う。また,会社法 3 められた場合に取締役等は説明義務を負うと規定しているだけであるから,文 言解釈として,個別の事項についての一般的意見・考えを求める質問ができな いともいえない (3九わが国では,株主が取締役候補者を個人的に知る機会は ほとんどないこと,日本の上場会社のほとんどが監査役会設置会社であり,取 締役会(または取締役の一部の者〕によって取締役候補者が決定されているこ とにかんがみると,株主が機関としての取締役がどのような一般的意見・考え で経営を行おうとしているのかを知りたいのは自然であり,このような質問が 認められないと解する方が無理があるように思われる。株主総会において株主 から適法に質問権が行使されたにもかかわらず,適切な説明を行わずに決議が された場合は,取締役等の説明義務違反や総会決議取消しの訴えの問題を生じ ( 2 8 ) 本件では,取締役は問題となった不法投棄(会社は不法投棄であることを否定し 企業としてのコンブライア ている)についての会社の対応を説明したのであり, r ンスについての考え」を説明したわけではなく,本判決がその質問に取締役等の説 明義務を認めたものと解するのは無理があるようにも思われる。潜阿憲「取締役に 0 4号 1 0 7頁は,企業として よる説明義務違反の有無が争われた事例」ジュリスト 1 のコンプライアンスについての会社の見解を求めた質問自体は,本件各議案(取締 役・監主主役等選任議案等)と関係性が薄いとも言えるかもしれないとした上で,計 算書類の報告とは関連性を肯定できるので,説明が必要であったとされる。 ( 2 9 ) もっとも,株主総会参考書類規則の記載事項を「一応の基準」と考えた上で,そ れを「ふえんした事項または付加的情報」がどの範囲に及ぶかは,明確というわけ ではない。 ( 3 0 ) 松井・前注(1) 2 4 9頁参照。 -190- 取締役等の説明義務 る可能性がある。このため,質問権の範囲を客観的に判断できるものとする解 釈にも合理的な理由はある。しかし,取締役等は株主からの質問について,専 門家に対するような説明をする必要はなく,平均的株主が合理的に理解できる 穏度の説明をしたので足りるし,議長には広範聞な議事裁量権が認められてい る現状の下では,取締役が議事整理権を適切に行使することによって,説明義 務違反を理由に総会決議が取り消される事態は回避できる則。 1 5条 l項は, 議事韓理権について,会社法 3 I 株主総会の議長は,当該株主 総会の秩序を維持し,議事を整理する権限を有する」旨を定める。この規定は 議長として当然の権利を定めたにすぎない匂由。株主総会は時間的・場所的に 制限があるから,その合理的な運営のために,株主の質問権ないし取締役等の 説明義務が制約を受けざるを得ないのは当然であり,裁判例においても議長の 4日 広範囲に及ぶ議事整理権が認められている。前掲福岡地判平成 3年 5月 1 は , I 株主総会において,目的事項につき取締役等に対して多数の株主が説明 を求めていれば,ある程度時聞を要することがあっても,取締役等はこれに対 する説明義務を尽くすべきである。しかしながら,株主総会も一つの会議体で 4 7条ノ 4 (会社法 3 1 5条Jに定める議事整理権に基づき, あって,議長は,商法 2 他の株主に質問の機会を与えることができるよう,また,合理的な時間内に会 識を終結できるよう,各株主の質問時間や質問数寄制限することができると解 2月 2 4日は, される」と判示する。前掲東京地判平成 4年 1 I 議長は,株主が なお質問を希望する場合であっても議題の合理的な判断のために必要な質問が 出尽くすなどして,それ以上議題の合理的な判断のために必要な質問が提出さ ( 31 ) 上場会社において説明義務違反を理由に総会決議の取消しが認められた裁判例は ほとんどない。東京地判昭和 6 3年 1月初日(判時 1 2 6 3号 3頁,ブリヂストン事 件),奈良地判平成 1 2年 3月 2 9日(判タ 1 0 2 9号 2 9 9頁,商都銀行事件)はある。 ブリヂストン事件は混乱の中で質問を認めなかった事案であるのに対し,南都銀行 事件は一応の説明義務をしているように見える事案であるため,退職慰労金決議の 方法の解釈とも関連して,本判決に対する評価は分かれる。なお,決議方法が不公 正であることを理由に,決議取消しが認められた裁判例もある(大阪高判平成 1 0 年 1 1月 1 0日(資料版商事法務 1 7 7号 2 5 5頁,住友商事事件))。 ( 3 2 ) 森本・前注(1)1 5 9頁,浜田・前注c1)1 7 1・1 7 2頁,岩原紳作編 会社法コン メンタール機関 [ 1JJ][中西敏和](商事法務, 2 0 1 3 )2 6 9頁 〉 。 n n u 法科大学院論集第 1 6号 れる可能性がないと客観的に判断されるときには,質疑応答を打ち切ることが でき Jると判示する(同旨,札幌地判平成 5年 2月 2 2日)。前掲名古屋地判平 2日も「限られた時間に効率的に議事進行をはかるため J ,質問し 成 9年 6月 1 た株主が「納得していないからと言って同じ質疑を繰り返す要もなく,社会通 念に従って相当とみることのできるときに質疑を打ち切ることも何ら差し支え ない」と判示する。さらに,本判決は,質疑に際して,複数の株主が発言を求 1人 1問・ 1項目」の質問に めて挙手をしたのに対し,議長が,あらかじめ 1 制限して発言を認めたことにつき,決議取消事由に該当することはないとも判 7日および前掲大阪地 示する倒。なお,前掲広島高裁松江支判平成 8年 9月 2 判平成 9年 3月 26日は,必要性の要件について,株主側が立証責任を負うと 判示する(制。 4 平均的株主と質問例 平均的株主基準の平均的株主は,取締役等の説明義務が履行されたか否かを 判断する概念であり,実在する株主の平均を意味する概念ではない(前掲広島 7日)。取締役等の説明義務は,実在の株主からの質 高松江支判平成 8年 9月 2 問があって生じるものであって,その質問について,それが個別に拒絶事由に 該当するか否か,また,合理的な議事整理権との関係で認められるか否かを検 討することになる。このため,当該質問が平均的株主のものか否かという側面 から,取締役の説明義務の範囲が問題にされることはない。しかし,上記のよ うに,株主総会参考書類記載事項およびその付加的情報だけでなく,記載事項 の付加的情報以外であっても株主が当該議案を合理的に判断するために必要で ( 3 3 ) 例年の動向等から見て株主から多数の発言が予想されるとか,または現に多数の 株主が発言を希望している状況下であれば,発言時間・質問個数を,常識的な範囲 で制限することは,議長の議事整理権に基づき認められる(仁科秀隆=山田和彦 「株主総会における議長の議事整理と株主の質問Jr 実務に効くコーポレート・ガパ ナンス判例精選~ 4 3頁 〉 。 ( 3 4 ) 議題関連性等の拒絶事由の存在に関する立証責任は取締役等にあると解されてい る(竹内・前注(1)1 0 8頁,松井・前注(1) 2 5 0頁 。 -192 取締役等の説明義務 あると考えられる事項であれば質問できると解すべきであるとすると,平均的 株主の側面から質問の内容を考えてみることも無意味でないと思われる。 もっとも,平均的株主が当該事案を合理的に判断するために知りたいと思う 事項は多様であるから,類型化して挙げることは困難である。また,平均的株 主像は時代とともに変わり得るものであり,社会通念や価値判断の変化に伴っ て,この平均的株主の質問事項は変化するから,現時点において考えられる事 項をいくつか挙げることができるだけである附。 現時点における平均的株主像またはその質問事項を考える場合,実在の株主 013年 3月 末 , 金 が参考になる。上場会社の実在の株主の株式保有比率は. 2 9 . 5 % . 保険会社等 8 . 0 % . 事業 融機関(このうち投資借託と年金信託は 7%) 2 法 人 21 .7%. 外国人株主(多くが海外機関投資家とみられる) 28.0%. 個人株 主2 0.4%になっている慨。機関投資家の定義聞にもよるが,上場会社の株式 の過半は国内外の機関投資家によって保有されているとみられる倒。そして, この機関投資家は高い比率で議決権行使も行っている (39)。 機 関 投 資 家 は , 投 資の専門家であり,通常,そのための高度な専門知識を有しているので,会社 法上の平均的株主とはいえない。また,機関投資家は,当該機関の顧客または 受託者のために投資リターンの最大化ぞ図ることを目的とするものであるのに ( 3 5 ) 松井・前注(11)3 4頁,吉井敦子「東京スタイル株主総会決議取消訴訟事件」商 8 2 1号 1 1 8頁 。 事法務 1 ( 3 6 ) 矢田通典「平成 2 4年度株式分布状況調査結果の概要」商事法務 2 0 1 0号 2 3頁 , 1 9頁 。 河村貢ほか・前注 (5) ( 3 7 ) 一般には,顧客から提出された資金を運用・管理する法人投資家の総称であり, 生命保険会社,損害保険会社,信託銀行,投資信託基金等が主な 「投資顧問会社. r ものである(野村謹券「証券用語解説集J )。 ( 3 8 ) I 企業統治改革の論点・中(問中震) J 日経新聞朝刊 2 0 1 4年 8月 7日 。 ( 3 9 ) 2 0 0 9年 6月 1 7日,金融庁の金融審議会分科会の下に設置された「我が国金融・ http://www. f s a . g o . j p / 資本市場の国際化に関するスタディグループ」に報告書 ( /s i n g i _ k i n y u / t o s i n / 2 0 0 9 0 6 1 7l . htmJ)において,機関投資家による適切な s i n gi 議決権行使を徹底する観点から,議決権行使に関するガイドライン等の公表が提言 され,これを受けて. 2 0 1 0年から,信託協会,投資信託協会, 日本投資顧問業協 会は,自主ルールを定め,そのガイドラインと議決権行使結果をウェブサイト上で 公表している。 2 0 1 4年からは日本版スチュワードシップ・コードの受入れに伴い 生命保険会社もウェブサイト上の公表をするようになうている。 -193ー 法科大学院論集第 1 6号 対し,会社法上の平均的株主がそのような株主であるともいえない。しかし, 機関投資家も株主であり,会社上の株主も投資リターンを図ることを目的とす る点は共通する。機関投資家が取締役選任事案について知りたいと思う事項の 中には,専門的あるいは詳細なものではないもので,一般的株主ないし平均的 株主が知りたいと思われるようなものも含まれている。 2 0日年,機関投資家が投資先企業と対話をするに際して,企業報告ラボ・ プロジェクトは「長期投資家が企業鰻営者に聞きたいコーポレート・ガパナン スについて一一持続的な企業価値向上に向けた対話を深めるための調査一一」 を公表した。この調査は,投資家が投資先企業のコーポレート・ガパナンスの 状態や取組みを知る上でポイントとなる事柄を整理し,企業側・投資家側双方 にとっての対話の土台となるような質問表を取りまとめることを一義的な目的 として進められたものであり,具体的には,投資家が投資先企業と対話するに あたり,重視しているコーポレート・ガパナンスの着眼点として聞きたいこと, 実際に聞いていることを共通の質問項目の形でまとめることを目指したもので ある。機関投資家は投資のプロであるので,その質問事項には専門的または詳 細な知識に係ると考えられそうなもの(例えば, i R O E1 0 %を具体的に各ユニット でどのようにコミットしているか j,i OVA酬で状況が悪くなった場合の,どのようなタ イミングで撤退判断を下すか」等〉や,会社法上の株主の「特定の事項Jについて の質問事項と解し得るか問題があると思われるもの(例えば, i 注目している経営 指標はあるか j,i 上級役員に対する動機付けは何が良いかJ等〉もあるが,投資の専門 社会取締 家でない株主の合理的な質問事項であると考えられるもの〔例えば, i 役を入れる際にどういう基準,プロセスで行っているか j,i アメリカでは最近,報酬を 財務的な目標のみで設定すると短期的な傾向が強くなりすぎるので,非財務的な目標も 含めた長期的な視点が必要ではないかという見方がある,どう考えるか j,r 御社の去年 リコールなどの問題があった。アクシデントが起きたときの対応は」等)も少な くな i ( 4 0 ) OVA(オリンパス版経済付加価値〉は,一般的には EVAで計算される経済付 加価値である。 -194ー 取締役等の説明義務 。 、 し (41) 他方,近時の機関投資家が議決権行使の反対率が高い議案は,社外役員に係 る議案,退職慰労金支給に係る議案,買収防衛策に係る議案となっている(へ これらの事項は,経営安担う取締役がどのような考えをもっているかという問 題に係るものであるから,取締役選任議案に集約できる関心事であるといえる。 上記から,取締役選任議案について,平均的株主が当該議案を合理的に判断 するために知りたいと思う事項として,例えば,会社に具体的な問題が生じて いる場合における当該会社のコンブライアンス,社外役員の社外性,業績連動 型報酬や退職慰労金制度に係る報酬等,買収防衛策についての,機関としての 取締役の一般的意見ないし考えを挙げることができるのではないであろうか。 これらについて株主が質問をした場合は,取締役等の説明義務があると解する のが妥当である ω 。 百機関投資家への期待 1 日本版スチュワードシップ・コード 本コード(叫において, r スチュワードシップ責任」とは,機関投資家が,投 資先企業やその事業環境などに関する深い理解に基づく建設的な「目的をもっ た対話J(エンゲージメント)などを通じて,当該企業の企業価値の向上や持 続的成長を促すことにより, r 顧客・受益者J(最終受益者を含む〉の中長期的 な投資リターンの拡大を図る責任を意味する。本コードでは,機関投資家と取 締役会とが適切に相まって質の高い企業統治が実現され,企業の持続的成長と ( 41 ) h t t p : / / w w w . m e t i . g o . j p / p o l i c y / e c o n o m y/ k e i e U n n o v at i o n j k i g y o u k a i k ei / p d f j D . C GDia ! o g u e . p d f ( 4 2 ) ["持続的成長への競争力とインセンティブ 企業と投資家の望ましい関係構築 h t t p : / / w w w . m e t . i g o . j p / p r e s s / プロジェクト(伊藤レポート〕最終報告書 J ( 2 0 1 4 / 0 j 2 0 1 4 0 8 0 6 0 0 2 / 2 0 1 4 0 8 0 6 0 0 2 2 . p d f )9 1頁 。 ( 4 3 ) 依馬直義「期間投資家による議決権行使の状況一一 2 0 1 3年の株主総会を振り返っ て一一」商事法務 2 0 1 9号 2 7頁参照。 ( 4 4 ) 前注 (8)。 n v 法科大学院論集第 1 6号 顧客・受益者の中長期的な投資リターンの確保が図られていることが期待され ている。こうした観点から r T目的をもった対話」が行われることを促すもの であり,機関投資家が企業の経営の細部にまで回収することを意図するもので はない。本コードにおいては,機関投資家は,資金の運用等を受託し自ら企業 への投資を担う「資産運用者としての機関投資家 J(投資運用会社など)と, 当該資金の出し手を含む「資産保有者としての機関投資家J(年金基金や保険 会社など〉に大別されると定義するにとどまる。機関投資家の定義を明確にし なかった理由は,本コードの受入れにより幅広い主体が受け入れることができ るようにするためである,と説明されている附。 また,本コードは,機関投資家が各々の置かれた状況に応じて,自らのスチュ ワードシップ責任をその実質において適切に果たすことができるよう,いわゆ る「プリンスプルベース・アプローチ J(原則主義〉を採用している。本検討 会は,受入れ表明およびスチュワードシップ責任を果たすための方針等「コー ドの各原則に基づく公表項目 J(実施しない原則がある場合には,その理由の 説明を含む〉を自らのウェブサイトで公表すること等安期待するとしており, いわゆる「コンプライ・オア・エクスプレイン」の手法を採用している。 本コードは 7つの原則(指針を含む)を定めている。その 7つの原則とは, 「投資先企業の持続的成長を促し,顧客・受益者の中長期的な投資リターンの 拡大を図るために, 1.機関投資家は,スチュワードシップ責任を果たすための 明確な方針を策定し,これを公表すべきである。 2 .機関投資家は,スチュワー ドシップ責任を果たす上で管理すべき利益相反について,明確な方針を策定し, これを公表すべきである。 3 .機関投資家は,投資先企業の持続的成長に向けス チュワードシップ責任を適切に果たすため,当該企業の状況奇的確に把握すべ きである。 4 .機関投資家は投資先企業との建設的な「目的をもった対話」を通 じて投資先企業と認識の共有を図るとともに,問題の改善に努めるべきである。 5 .機関投資家は,議決権の行使と行使結果の公表について明確な方針を持っと ( 4 5 ) 笠原・前注 (9) 6 1頁 -196一 取締役等の説明義務 ともに,議決権行使の方針については,単に形式的な判断基準にとどまるので はなく,投資先企業の持続的成長に資するものとなるよう工夫すべきである。 6 .機関投資家は,議決権の行使も含め,スチュワードシップ責任を果たしてい るのかについて,原則として,顧客・受益者に対して定期的に報告を行うべき である。 7 .機関投資家は,投資先企業の持続的成長に資するよう,投資先企業 やその事業環境等に関する深い理解に基づき,当該企業との対話やスチュワー ドシップ活動に伴う判断を適切に行うための実力を備えるべきである Jである。 対話について定める原則 4の指針では,対話に際しては, I 当該企業と認識の 4 6 ,1 I 投資先企業との問で,どのように 共有を図るよう努めるべきであること J ぺ 対話を行うのかなどについて,あらかじめ明確な方針を持つべきであること J 「一般に,機関投資家は,公表された情報をもとに,投資先企業との建設的な 「目的をもった対話Jを行うことが可能であること」仰などが示されている。 本コードはいわゆるソフト・ローであり,法的拘束力を持つものではな L、。本 コードで期待されている建設的な目的を持った対話は,機関投資家の個別・具 体的な事情により実質的に行われることを期待するものであって,株主総会の 場におけるような対話を前提にするものでもな L、。本コードの目的である, 「投資先企業の持続的成長を促すこと」と「顧客・受益者の中長期的な投資リ ( 4 6 ) 日本版コードは,英国版スチュワードシップ・コードを参考にして作成されたも のであり,類似点は多いが,英国版コードのような,機関投資家が投資先企業へ積 t e r v e n e ) をすることを期待するものではない ( h t t p : / / w w w . 極的な経営関与Cin f r c . o r g . u k / O u r w o r k / P u b l i c a t i o n s / C o r p o r a t e G o v e r n a n c e / U K S t e w a r d s h ip C o d e S e p t e mb e r2 0 1 2 . a s p x )。 ( 4 7 ) 注において, ["当該方針の内容は,例えば,主として資産運用者としての業務を 行っている機関投資家,主として資産保有者としての業務を行っている機関投資家 とでは,自ずと異なりうる lことが述べられている。 ( 4 8 ) 機関投資家が投資先企業と対話等を行う場合に,①大屋保有報告制度における「重 要提案行為」と「投資先企業との対話」との関係,②大量保有報告制度における「共 同保有者」・公開買付制度における「特別関係人」と「他の投資家との協調行動」と の関係,③インサイダー取引規制等における「未公開の重要事実の取扱い」と「投資 0 1 4年 2月 2 6日公表の「日本版スチュワード 先企業との対話」との関係については, 2 シップ・コードの策定を踏まえた法的論点に係る考え方の整理」でそれらの解釈の明 確化等が行われている (http://www おa . g o . j p / s i n g i / s t e w a r d s h i p / l e g a l i i s s u e . p df ) 。 司 -197- 法科大学院論集第 1 6号 ターンの拡大を図ること」とは両立しない可能性があるが,この点は暖昧にさ れている刷。 2 0 1 4年 8月末日現在,本コードの受入れを表明した機関投資家 は1 6 0社である〈5010 2 r 建設的な目的をもった対話Jの翼現可能性 本コードの受入れを表明した機関投資家が,実際に投資先企業と「建設的な 目的そもった対話」安行うようになるか否かは不透明である。多くの機関投資 家は,独自に投資先企業の情報の収集・分析等を行っており,投資先企業との 対話が必要であると考える場合には,すでに個別に対話を行っていること (5九 また,機関投資家の投資手法は多様であることや投資先企業と対話を行うには コストがかかること等を考えると側,本コードの受入れを表明した機関投資 家であっても,実際にそのような対話を行う可能性は高くないようにも思われ る。現実には,実在の機関投資家が,議決権を背景に,投資先企業に対し, 「建設的でない目的をもった対話」を迫ってくる可能性もある。機関投資家が 実際に「建設的な目的をもった対話Jを行うようになるためには,当該機関投 資家にそれを行うインセンティブが必要である。短期の投資目的の機関投資家 が,コストをかけて,当該企業の持続的成長を促すための対話を行うインセン ティブは乏しい。長期の投資目的の機関投資家であれば,それを行うインセン ティプがあるともいえるが,それでも,あえて平時の株主総会の場でそれを行 うインセンティブは乏しい。「建設的な目的をもった対話Jの実現のためには, ( 4 9 ) 本コードは,利害関係者聞のコンセンサスを得ることを大前提として策定された ものであるため,本文記載の点は暖昧にされているとすると指摘するものとして, 田中亘「コーポレート・ガパナンスの観点、から見た日本版スチュワードシップ・コー 8・3 9頁 。 ド一一英国版コードとの差異に着目して」信託フォーラム l号 3 ( 5 0 ) h t t p : / / w w w. f s a . g o . j p / n e w s / 2 6 / s o n o t a / 2 0 1 4 0 9 0 2 ) 石田猛行 r 2 0 1 4年 ISS議決権行使助言方針」商事法務 2 0 2 6号 4 2頁参照。 ( 51 ( 5 2 ) 本コードは,コストの負担については. r スチュワードシップ活動は,最終的に は顧客・受益者の中長期的な投資リターンの拡大を目指すものである。したがって, スチュワードシップ活動の実施に伴う適正なコストは,投資に必要なコストである という意識奇,機関投資と顧客・受益者の双方において共有すべきである Jとする。 -198ー 取締役等の説明義務 長期の投資目的の機関投資家(例えば,年金基金等を保有する機関投資家)(日) が,長期的な投資リターンの拡大のために主体的に行動をおこすことが必要で ある。具体的には,当該機関投資家が自家運用部分について投資先企業とその ような対話を行うとか,あるいは,その資金の連用機関である機関投資家に対 して,そのような対話を行うよう積極的な働きかけをするなどによって,当該 機関投資家にインセンティブを与えることが考えられる。そうしてはじめて, 実際に株主総会の場でも建設的な対話が行われる可能性が出てくる。機関投資 家と投資先企業の対話は,株主総会の場以外で行う方が適切な内容のものも少 なくないであろうが,株主総会の場で行うことができる内容のものもある。こ の対話が株主総会の場において行われるならば,当該企業の持続的発展の向上 あるいはコーポレート・ガパナンスの機能の向上に資するし,最終的な投資リ ターンの拡大に役立つ可能性がある。機関投資家にそのような対話を株主総会 でする法的義務はないので,期待するしかないことではあるが,本コードの検 討会は,金融庁に対して,おおむね 3年ごとを目途として,本コードの定期的 な見直しぞ検討する等,適切な対応がとられることを期待するとしているので, その際には,機関投資家に株主総会の場においても「建設的な目的をもった対 話」も促すような方法での見直しを期待したい。 V おわりに 株主総会における株主と取締役等との聞の実質的な質疑応答を実現するには, 株主が,取締役選任決議について当該議題を合理的に判断するための質問は, ( 5 3 ) 例えば,年金積立金運用機関 ( G P I F )等がある。 GPIFは , 2 0 1 4年 1 0月時点で, 約1 3 0兆円の年金積立金を運用する日本最大の年金基金である。 GPIFは,理事長 l人に権限が手中しており,理事長は,厚生省の意向を踏まえた判断をしており, 0 1 4年 1 0月 政府の影響を受けやすい構造になっているといわれる(日本経済新聞 2 1 5日朝刊 ) 02 0 1 3年 1 1月 , I 公的・準公的年金資金の運用・リスク管理等の高度化 h t t p : / / w w w . c a s . g o . j p / j p / 等に関する有識者会議」から, GPIFに対して報告 ( s e i s a k u / k o u t e k i s i k i n _ u n y o u r i s k / h o u k o k u / h 2 5 1 1 2 0 . p df ))が提出され,改革案 が議論されている。 -199一 法科大学院論集第 1 6号 株主総会参考書類の記載事項を一応の基準にした付加的情報に限定することな し平均的株主が当該議案を判断するために知りたいと,思う事項についてもで きるとして,これらについても取締役等の説明義務を認めるのが妥当である。 具体的には,現時点では株主が,取締役選任議案について,会社において具体 的取引が問題になっている場合におけるコンブライアンス,社外役員の社外性, 退職慰労金支給や業績連動型報酬の報酬等,買収防衛策に係る機関としての取 締役の一般的意見ないし考えについて鷲問すること奇想定できそうである。こ れらについて質問権を認めると,取締役等の説明義務の範囲の判断が難しくな り,説明に係る取締役等の負担は増えるが,その説明の範囲・程度は,機関投 資家のような投資の専門家である株主に対するような専門的・詳細なものであ る必要はないし,当該説明に際して,取締役が議事整理権を適切に行使するな らば,説明義務違反を理由に株主総会決議が取り消される可能性はまずない。 株主総会における株主と取締役等との問の実質的な質疑応答を実現するには, 質問する株主の側も誠実に行う必要があるし,実力を備える必要がある。日本 版スチュワードシップ・コードは,中長期的な投資を目的とする機関投資家と 投資先企業との「建設的な目的をもった対話」が行われることを期待するもの である。そのような対話が実現するためには,本コードの受入れを表明した機 関投資家,とくに公的年金基金等のような機関投資家が積極的な行動をおこす ことが必要である。そして,その資産を運用する機関投資家に対し積極的な働 きかけをすることなどによって,当該機関投資家にインセンティブを与えるこ とができるならば,本コードが期待するような対話が実現する可能性が出てく る。この対話の内容が明らかになれば,機関投資家である株主と会社法が定め る株主とは関心事が異なる部分はあるが,共通する部分も多くあるので,株主 総会における株主の質問権ないし取締役等の説明義務の範囲を検討する際の参 考にもなる。本コードは株主総会の場における「建設的な目的をもった対話」 を期待するものではないが,そのような対話が株主総会の場においてできる内 容のものである場合は,その場でも行われることが望ましい。これを実現する ために,機関投資家の積栂的な行動に期待したい。株主総会の場においてその -200ー 取締役等の説明義務 ような対話がなされるようになったときに,本稿で述べた会社法 3 1 4条の取締 役等の説明義務を拡張する解釈が現実的に意義をもっ。 なお,機関投資家が株主総会の場において実際に「建設的な目的をもった対. 話」をするためには,株主総会開催日の分散や招集通知添付書類等の精査機関 5 九また,一般的に,株主総会の場における対話を実 の確保なども必要である ( 質的なものにするためには,取締役等の説明義務とは別個に,立法論としては, 株主に,議案について合理的な範囲で意見表明の機会を与えるといったことも 考えられる{冊。 ( 5 4 ) 伊藤レポート・前注 ( 4 2 )9 1頁は,対話の場としての株主総会プロセスの見直し を提言し,特に投資家から要請の強い総会開催日や基準日の合理的な設定,招集通 知期間の精査期間の確保等については,国際的状況を踏まえた見直しを行うべきこ 3月決 と等を提言している。基準自の合理的設定の議論について,スクランプル i 算会社による 7月総会開催の現実味」商事法務 2 0 4 0号 1 1 6頁参照。 ( 5 5 ) 会社法の枠組みを超えて,株主総会を,株主と会社・取締役等との対話の場とす る試みとして,飯田遥夫「一般投資家に開かれた株主総会の運営一一 I Tを活用し 9 4 1号 3 5頁 。 た取組み一一」商事法務 1 -201ー