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インターネット・携帯電話による地域情報発信に関する実態分析

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インターネット・携帯電話による地域情報発信に関する実態分析
04―01004
インターネット・携帯電話による地域情報発信に関する実態分析
代表研究者 荒 井 良 雄
東京大学大学院総合文化研究科教授
共同研究者 箸 本 健 二
早稲田大学教育学部助教授 あ
1 はじめに
本研究の目的は,インターネットおよび携帯電話を用いた地域情報発信の現状を実証的に把握・分析し,急速
に発展・普及しつつある ICT(情報・通信)技術が社会に与えている影響を地域情報の発信と流通という視点
から考察しようとするものである。
インターネットが企業や一般家庭に爆発的に普及した1990年代後半以降,地域情報を発信する手段としてのイ
ンターネットの可能性が大きく広がっている。地方自治体や商工会議所等の地域団体などが地域の特徴・現状を
紹介・広報するウェブサイトは急速に増加している。また,特定地域で事業を展開する企業がその商品やサービ
スを紹介・販売するサイトも非常に多い。本・雑誌やテレビ・ラジオなどのマス媒体とは異なって,小規模な組
織や個人でも容易に情報発信が行えるというインターネットの性質は,たとえ遠隔地の小さな地域であっても,
不特定多数に広く情報を配布する手段を提供できるからである。加えて,日本では世界に先駆けて携帯電話によ
るインターネット接続(iモードや ezウェブ等)が実用化され,携帯電話を地域情報発信に利用できるように
なった。携帯電話は普及率が圧倒的に高く,地域情報発信には非常に有利な手段であると考えられる。
しかし,インターネットや携帯電話を用いた情報の発信に関する実証的な研究は極めて乏しい。本研究では,
サイトの系統的な検索によって基礎データを作成して地域情報発信の全体像を把握した上で,個々のサイトの内
容分析や発信主体へのアンケート調査,ヒアリング調査などを通じて地域情報の作成と発信の実態,ならびに,
その効果と地域への影響を把握しようとした。
2
本テーマに関連する内外の研究動向
インターネット・携帯電話による地域情報発信という概念は,最近になって成立したものであり,これまでそ
うした概念に基づいたまとまった研究事例を見いだすことは困難である。しかし,1990年代後半にインターネッ
トが社会一般に普及するようになって以降,地域情報発信に関わる議論が,2つの領域で進められた。一つは,
電子商取引に関する議論で,欧米では Leinbach and Brunn(2001)が発表されて以来,急速な議論の広がりを
見ている。電子商取引の中でも,近年普及が著しい携帯電話を利用した B2C 取引についても強い関心が寄せら
れ,日本を取り上げた事例研究も存在している(Aoyama, 2003)。
二つ目は,ICT を軸とした縁辺地域の産業振興に関する議論で,Grimes(2003)などが包括的な検討を行っ
ている。この領域では最近,コールセンターが地域振興に果たす役割が注目されており,アイルランド
(Breathenach, 2000)やスウェーデン(Lorentzon, 2003)などの例が報告されている。日本でも,Arai and
Sugizaki(2003)が沖縄や札幌でのコールセンターの集積現象を分析している。
3
地方自治体の地域情報発信
地域情報発信の主体として,もっとも代表的な存在が市町村をはじめとする地方自治体であることはいうまで
もない。インターネットは市町村要覧や市町村広報のなど紙媒体の限界を乗り越える情報伝達手段となりうる。
そこで本章では,市町村によるインターネットを用いた地域情報発信の内容とその地域的特性を検討する。
まず,地方自治体(市町村)が開設しているサイトの内容を把握するために,サイトの系統的な閲覧を行った。
作業量の問題から,北海道道東地方,石川県,長野県,東京都都下部,大阪府府下部,大分県内の市町村を対象
とした。さらに,サイトの閲覧からのみでは把握が困難な事項を調べるため,上記市町村に対するアンケート調
査を実施した。調査は原則として電子メールを用いた(一部郵送)。対象271市町村に調査票を送付し,144市町
― 104 ―
村から回答を得,回収率は53.1%であった。
3.1
サイトの開設時期
現時点では,国内のすべての市町村がサイトを開設しているものと見られる。それらのサイトはいつ頃開設さ
れたのであろうか。今回回答が得られた市町村のうち,もっとも早くサイトが開設されたのは長野県下條村の
1994年である。これは,最初の実用的なブラウザーである Mosaic が開発された翌年であり,インターネット普
及の初期から市町村による情報発信が試みられていたことになる。その後,2001年には開設市町村の割合は8割
近くに達し,ほとんどの市町村が自身のサイトを持つに至った(図1)。サイトの開設時期に関して注目すべき
点は,市町村規模とサイト開設の早遅には明確な関係がみられないことで,規模の小さい町村であっても,非常
に早くからこれに取り組んだものはかなり見られる。
図1 市町村サイトの開設年次
3.2
サイトの開設目的
地方自治体がサイトを開設する目的には地元住民向けと外部向けとがあるが,後者を重視するのは小規模な自
治体が多い。たとえば,観光情報提供を目的に上げる市町村の割合は,人口10万人以上の市では50.0%なのに対
して,10万人未満の市や町村では65.8%と高い。同様に,企業向けの情報提供を目的に上げる市町村は,市の平
均48.4%に対して町村55.0%と小規模自治体の方が高い。逆に,大規模自治体で地元住民向け情報を重視する傾
向があるのは,多数の住民に効率よく情報提供するという要請から当然とも考えられる。
このような市町村規模による差は,災害情報の提供や外国語への対応にも見られる。災害情報の項目を持つサ
イトは,市の平均95.3%に対し,町村では45.0%と半分に過ぎない。また,外国語については全体の28.5%が対
応しているが(英語27.1%,中国語11.8%,韓国語8.3%,その他8.3%),人口20万人以上の市では100%が対応し
ているのに対し,20万未満の市では36.5%,町村に至っては12.5%しか対応していない。
3.3
窓口業務のオンライン化への対応
政府が2001年に打ち出した電子自治体の構想では,電子申請による窓口業務のオンライン化が強調されている。
しかし,現実には電子自治体の実現はそう進んでいるわけではない。調査市町村全体で各種サービスに対応して
いる割合は,スポーツ・文化施設予約22.9%,文化活動申込み8.3%,電子調達7.6%でしかない。そうした中で,
比較的普及が進んでいるのは蔵書検索を中心とした図書館サービスの電子化で,全体の46.5%が何らかの対応を
しており,特に市平均での対応率は71.9%に達する。
― 105 ―
3.4
サイトの運営体制
しかし,市町村サイトの運営体制は必ずしも万全というわけではない。たとえば,サイトの運営に携わる職員
の数は,調査市町村の68.8%で2人以下であり,専従職員を置いている市町村に至っては17.4%しかない。そう
した状況を補うために外注が多用されており,システムメンテナンスでは全体の51.4%,ホームページデザイン
では35.4%が外注されている。もちろん,サイト運営の外注は必ずしもネガティブにとらえられるものではない
が,自治体のサイトには災害時など緊急の対応を要請される面もあり,自前の運営体制をある程度充実させてお
くことは必要であろう。
4
商店街の情報発信とその地域的特性
インターネットの社会的浸透が進み,その経済的な有効性が高まる中で,全国の商店街組織も独自のウェブサ
イトを開設し,さまざまな情報発信を試みている。商店街が独自のサイトを開設したのは1990年代の半ばに遡り,
今日では1000を超える商店街がサイトを開設していると推測されるが,これらを対象とした全国レベルでの集計
や比較検討は行われていない。そこで本章では,全国の商店街が開設する約880例のサイトの分析を通じて,商
店街が発信する情報の類型化を行うとともに,その地域的特性を考察する。
ここでは,全国商店街振興組合連合会(全振連)に加盟する商店街を分析対象とした。各商店街振興組合のサ
イトは,全振連のサイト上にリンクされ,全数の捕捉が可能であるので,その中から,一定の基準に基づく取捨
選択を行った上で,全国888商店街のサイトを抽出し分析対象とした。その上で,1)サイトが提供している情
報の種類,2)サイトの開設時期,3)携帯電話サイトの有無と,携帯電話サイトの活用方法という3点につい
て分析を行う。
4.1
商店街サイトが提供する情報
本分析では,商店街 HP が提供する情報を,a.商店街の概要(案内,歴史を含む),b.商店街を構成する
各店舗へのリンク,c.特売・イベント情報,d.メールマガジン,e.電子掲示板(BBS),f.クーポンな
ど便宜供与,という6項目に分類し,その有無を集計した。その結果,a.∼c.については,それぞれ70.9%,
77.5%,72.1%と7割以上の商店街が実施している一方,随時更新やメンテナンス作業が煩雑なd.∼f.につ
いては,それぞれ8.2%,29.5%,17.1%と対照的な数値を示した。このほか個々の事例として,管理者あるいは
店主のブログ・日記,外国語での情報提供,周辺の観光情報(主に観光地),生活に役立つ情報(プロのアドバ
イスなど),出店案内(空き店舗情報やチャレンジショップ情報など),ネットショッピング・配送サービスなど
の情報提供などが見られた。
4.2
サイトの開設時期
288商店街のサイトについて開設年(あるいは年月)の情報が得られたが,その中で最初に商店街独自のサイ
トが開設されたのは,元町ショッピング・ストリート(神奈川県横浜市)と川越一番街商店街(埼玉県川越市)
の1995年であった。両者は「広域集客型の観光地」という点で共通している。また,1999年までに開設されてい
るサイトは49商店街(17.0%)であった。その内訳を見ると,約60%が東京23区と大阪市,政令指定都市,その
他の県庁所在地のいずれかに立地している(表1)。このことは,中心性が高い都市ほど,大規模で早い時期か
ら情報化投資が可能であった商店街組織が存在しやすいという点以外に,県や市の情報化事業の対象に選ばれや
すい(補助金を得やすい),あるいは若者を対象とするファッション・ストリートのように特定の客層(特に若
い年齢層)に特化し,インターネットが有効な情報発信手段となる商店街が多い,など多様な仮説が成り立ちう
る。
― 106 ―
表1 開設時期が1995年∼1999年の間のサイト
4.3
携帯電話サイトの有無と活用
携帯電話(iモードなど)で検索・書き込み可能なサイトを開設している商店街は,全体の8.1%にあたる69商
店街であった。これを地域別に見ると,最も比率が高いのは大阪府の17カ所(21.3%)であり,以下,四国の5
カ所(15.6%),九州・沖縄の6カ所(10.5%),東京都の21カ所(9.4%)の順であった。商店街が,携帯電話サ
イトを通じて行う情報発信の特徴は,店舗紹介など検索型情報のほか,クーポンなどプロモーション情報を積極
的に提供している点である。また,携帯電話サイトを運営する商店街のサイトは,特売情報の提供,メールマガ
ジンの配布,BBS の開設,クーポンの提供などの実施比率が,携帯電話サイトを運営していない商店街のサイ
トに比べて高い点も特筆すべきである。
5
インターネット通信販売と地域情報
近年,日本でも急速に利用が普及しているインターネット通信販売(ネット通販)は,事業者が全国各地の地
域に分散しており,かつ,それぞれの地域地域における独自の産品を売り物にする場合が多いために,地域情報
発信の主体として大きな意味を持つと考えられる。
5.1
日本におけるネット通販の概況
経済産業省(2004)によると,個人向け電子商取引(以下 BtoC 商取引)の市場規模は4兆4240億円と推計さ
れており,1998年と比較して,約69倍に拡大している。この調査では,約5万の BtoC 商取引サイトが存在する
と推定されているが,最も事業者数が多いのは食品・飲料分野である。この分野では,中小事業者による売上が
73%を占めており,いわゆる産地直送品などを扱っている事業者が多い。
5.2
オンラインモールとその出店者
BtoC 商取引事業者数のうちで多数を占める中小規模事業者の大部分は資金やサイト構築技術・ノウハウの点
で,独力でサイトを作成することが困難である。そのため,ネットショップ運営のシステムやノウハウを提供し
ているオンラインモールなどに出店することで,その技術やノウハウを利用する事業者が多い。
楽天市場は,楽天株式会社によって1997年5月に事業が開始され,2005年6月時点で約11,000店が出店してい
る。2004年6月の時点で,会員550万人,モール内流通総額は月平均150−200億円と言われている(山口,
― 107 ―
2004;児玉,2005)。楽天市場では,2005年4月30日現在,10721サイトが確認できる。これらの出店者の絶対数
は大都市圏に多いが,北海道,東北地方や福岡県をのぞく九州地方では食品を扱う事業者の割合が大きく,食品
の取扱割合が大きい都道府県では産地直送品などが大きく取り上げられている(図2)。
図2 楽天市場出店者の地理的分布と取扱商品
市町村別の人口規模と出店者数の関係を見ると,両者にはある程度の相関がみられるが,そのばらつきは大き
い。 1出店者あたり人口に比べて特に出店者が多い自治体を列挙してみると,小規模な町村が多く,その出店者
は地元特産の食料品を商材としている点が注目される。
5.3
ネット通販による地域活性化の取り組み事例:和歌山県北山村のじゃばら製品
このように,商業・産業の基盤が弱く,高齢化率も高い小規模山村・過疎地域において,限られた資源とネッ
ト通販を活用している代表的な事例として,和歌山県北山村のじゃばら製品の例を紹介する。
和歌山県東牟婁郡北山村は,紀伊半島の山間部に位置し,人口635人(2000年),高齢化率は40%を越える山村
である。同村で,現在最も注目すべきは北山村販売センターの主力商品の原料「じゃばら」である。じゃばらは,
ユズ,ダイダイやカボスと似た柑橘類であり,北山村にしか存在しない種である。村当局は,1985年までにじゃ
ばら畑を造成し,12,000本の作付けを行った。1986年から1990年にかけてじゃばらの集荷施設,加工場,搾汁機
や貯蔵施設の整備が行われ,1994年には商品開発及び販売拠点として「北山村販売センター」が設立された 。
じゃばらの果実および加工品は,当初,村内での販売,近隣の土産物屋への卸売がなされたが,商品力と PR
力の不足から,有望な販路を確立することができなかった。ところが,2001年1月のオンラインモール「楽天市
場」への出店が転機となった。このころ,じゃばら製品が花粉症の軽減に効果があるとマスメディアに取り上げ
られたこともあって,ネット上での売上げは急増した。2004年度の販売センターの売上実績は1億7700万円で
あった。販売チャネルごとの内訳は,直営店(売上の12%),物産展・東京のアンテナショップ「和歌山喜集
館」・土産物屋やイオンなど量販店への卸売(同42%),ネット通販(楽天サイトと独自サイト)と電話による
通信販売(同45%)となっている。
5.4
ネット通販と地域
近年社会的に注目を浴びているインターネットを活用したネット通販であるが,その基本的な特徴は,事業者
の都市部への地域的な偏りなども含めて既存の通信販売とあまり変わらない部分が多く,通信インフラ,物流イ
ンフラ,人的資源の面で有利な都市部に事業者が集中している。しかし,事例で取り上げた北山村のような,小
規模・高齢・過疎の山村にとって,村ならではの特産品販売と情報発信による産業振興や雇用確保,観光客の増
加など,ネット通販が軌道に乗ったことによる地域へのインパクトは決して小さくない。
― 108 ―
6
携帯電話による地域情報発信
日本における携帯電話の利用形態として,外国にみられない顕著な特徴は,携帯電話からのインターネット利
用が非常に盛んなことである。2006年3月時点で携帯電話インターネットの契約者は79百万,総人口の61.7%が
携帯電話インターネットを利用できることになる。携帯電話向けに情報を提供するウェブサイトの数も公式サイ
トで1万以上,非公式サイトでは10万以上に達していると推定される。
6.1
地域情報サイトの数と種類
(1)
地域情報サイトの定義
携帯電話向けウェブサイトが提供しているコンテンツには様々な種類があるが,ここでは,特定地域について
の情報提供を目的としているサイト,たとえば,観光案内,交通機関やホテル・旅館の紹介・予約,特色ある飲
食店や店舗の紹介などのサイトを取り上げる。こうした特定地域についての情報を提供するサイトをここでは,
地域情報サイトと呼ぼう。
地域情報サイトを厳密に識別することは困難であるが,便宜的な定義を用いて,iモードの公式サイトメ
ニュー(iメニュー)に含まれる全サイトを分類してみると,地域情報サイトの重複を除いたネットの数は全サ
イトのネット合計の59%にあたる。しかし,メニュー上で見たときの地域サイトの見かけの数はもっと多く,総
数の70%を超えている。
(2)
一般サイトの中の地域情報サイト
一般サイトについては,その全体を把握することが困難なので,代表的な携帯電話用ポータルサイトである
Yahoo! Mobile に登録されているサイトを分析してみる。トップページの中の地域別カテゴリーに含まれるサイ
トの数は約7,100であり,カテゴリー別サイト数の単純合計の43%にあたる。これは,公式サイト(iメニュー)
とほぼ同じだが,一般の PC 向けポータルサイトである Yahoo! よりかなり低い水準である。こうした差の背景
には,携帯電話インターネットサービスの拡大過程におけるサイトの種類による選択的浸透のメカニズムが働い
ていると考えられる。
6.2
地域情報サイトの地理
このような地域情報サイトは地理的にはどのように分布しているのだろうか。
(1)
ポータルサイト
Yahoo! Mobile に登録されている地域別カテゴリーごとのサイト数の分布を調べると,地域情報サイトの地理
的分布は日本の都市システムの階層構造にほぼ一致している。これは地域情報サイトの地理的分布が,基本的に
は潜在的な消費者である人口や潜在的な情報供給者である企業の地理的分布に規定されることを示している。
(2)
情報検索サイト
携帯電話ウェブサイトは,まだサイトそのものの数が少なく,細かな分析を行えないので,小規模な企業でも
簡単に加入できて,登録数が多い情報検索サイトを分析してみる。
代表的な飲食店情報検索サイトである「Yahoo! グルメ」に登録された飲食店の地理的分布を調べると,登録
店舗は大都市で大きな集積が見られる。しかし,観光に大きく依存する宿泊施設の分布を,代表的な宿泊施設検
索サイトである「旅の窓口」(現「楽天トラベル」)で調べてみると,大都市圏に比較的近い代表的な観光地が上
位にくる。飲食店の集積も宿泊施設のそれも大都市圏の巨大市場に対応していることでは共通している。しかし,
両方の業種とも情報検索サイトへの登録数と登録率には正の相関があり,大都市圏市場に対する企業の情報行動
の結果が情報検索サイトの登録件数の分布に反映されていることが示唆される。
― 109 ―
7
携帯電話における位置情報と地域情報
7.1
携帯電話のサイバースペース化と位置情報
携帯電話は,最も先進的なディジタル技術によって作り上げられた高度な情報機器であり,それを結びつけた
ネットワークはまさにサイバースペースである。しかし最近では逆に,携帯電話の位置情報を活用することに
よって,サイバースペース化した携帯電話を地理的空間に結びつけた利用法を作り出そうとする動きがある。こ
こでは,携帯電話のこうした利用法がもっとも進んでいる日本におけるいくつかの事例を取り上げて,携帯電話
が持つ新しい地理的意味を考える。
7.2
位置情報を用いた地域情報提供
インターネットや携帯電話を利用した地域情報の提供に当たっては,利用者がどの位置に属する情報を必要と
しているかを特定することが重要になるが,携帯電話では位置情報を利用できるので,利用者が今いる場所付近
について情報を得たいときに,簡単に情報提供できるサービスが可能になる。
(1)
iエリアのエリア区分
携帯電話の位置情報を利用した地域情報提供の代表例であ iエリアでは日本全国を505エリアに区分している。
その区分方法は,位置情報を利用した地域情報提供の有効性を大きく左右すると考えられる。
たとえば,東京の中心部である東京都区部は88エリアに区分されているが,その中でも,最小0.29平方キロ
(新宿東口)から最大51.9平方キロ(北千住)と180倍の差がある。しかし,こうした面積の違いが直ちに提供さ
れているコンテンツの量の違いにつながっているわけではない。コンテンツの例として,代表的な飲食店情報検
索サイトである「ぐるなび」に登録されている店舗を取り上げてみると,エリア毎の登録店舗数と面積との関係
は,図3のようになる。ここから,エリアは2つの原理によって区分されていることが読み取れる。ひとつは,
1エリアあたりのコンテンツ量を一定以上に確保するために,提供されるコンテンツの密度が低い場合には,エ
リアを大きくしてコンテンツ数を増やすという原理であり,もうひとつは,コンテンツの密度が高い場合には,
エリアをできるだけ細かく分割して,1エリアあたりのコンテンツ数を押さえるという原理である。しかし,こ
の原理に基づいてもセルベース方式による位置情報精度の限界のために,エリアの大きさには下限がある。その
ため,面積の小さいエリアの中には著しくコンテンツ数の多いものが存在する。
1エリアに含まれるコンテンツ数が著しく大きいと,携帯電話の小さなスクリーンでは検索がやりにくくなる
図3 東京都区部における「ぐるなび」登録店舗数とエリア面積の関係
― 110 ―
という問題がある。こうした問題を解決するためには,固定的なエリア区分による情報検索ではなく,ピンポイ
ントの位置情報にもとづいた動的な情報検索が望まれるが,そのためにはセルベース方式では対応できないので,
GPS などのより高精度の測位方式が必要になる。
(2)
GPS を利用した地域情報提供
1)GPS 位置情報による情報検索
GPS 位置情報の場合は,iエリアとは異なり,どのような空間的枠組みで情報提供を行うのかは,各コンテン
ツプロバイダーにまかされることになる。多くのプロバイダーは,空間検索技術を用いて利用者の現在位置から
近い順に検索結果をリスト表示する方法をとっている。
2)GPS 機能を利用した観光案内サービス
GPS 機能を利用すると情報提供/コミュニケーション手段としての携帯電話のあたらしい利用法がつくられ
る可能性がある。現在,そうした新しい利用法の開発に向けて各地でさまざまなフィールド実験が試みられてい
る。そうした実験の代表的事例としては,東京の丸の内地区で行われている「丸の内ユビキタスミュージアム」
が上げられる。
3)GPS 方式の課題と今後
GPS の位置情報を利用した地域情報提供に関して,現時点での最大の問題点は,GPS のメリットを十分に活
かしたサービスを提供しようとすると,通信量が膨大になることである。一方,GPS 付端末の普及率の問題も
ある。しかし,日本でも米国と同様に,緊急通報時の位置情報通知機能を携帯電話に求める制度作りが進められ
ており,今後は,GPS 付き携帯電話の普及が急速に進むものと予想される。その段階では,GPS 機能を利用し
た地域情報提供サービスはより一般的なものになるであろう。
参考文献
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,2004.
児玉 博,『“教祖”降臨―楽天・三木谷浩史の真実―』
,日経 BP 社,2005.
山口敦雄,『楽天の研究―なぜ彼らは勝ち続けるのか―』
,毎日新聞社,2004.
Aoyama, Y., Sociospatial dimensions of technology adoption: recent M-commerce and E-commerce developments, Environment and Planning A, 35, 2003, pp.1201-1221.
Arai, Y. and Sugizaki, K., Concentrations of call centers in peripheral areas: cases in Japan, NETCOM, 17,
2003, pp.187-202.
Breathnach, P., Globalisation, information technology and the emergence of niche transnational cities: the
growth of the call centre sector in Dublin, Geoforum, 31, 2000, pp.477-485.
Grimes, S., The digital economy challenge facing peripheral rural areas, Progress in Human Geography, 27,
2003, pp.174-193.
Leinbach, T.R. and Brunn, S.D., Worlds of E-commerce: Economic, Geographical and Social Dimensions,
Wiley, 2001.
Lorentzon, S., The vole of ICT as a locational factor in peripheral regions: example of changes during the
1990s from “IT-active” local authority areas in Sweden, NETCOM, 17, 2003, pp.159-186.
― 111 ―
〈発 表 資 料〉
題 名
掲 載 誌 ・ 学 会 名 等
発 表 年 月
Where am I?: Geolocation technologies
and local information in mobile telephony
Digital Communi.ties Conference 2005
(Napoli, Benevento, Italy)
2005. 6
The Marketing Strategy of a Small
Mountain Village using the Internet: The
Example of Umaji-mura
Digital Communities Conference 2005
(Napoli, Benevento, Italy)
2005. 6
インターネットモール出店事業者の地域特
性―楽天市場を事例として―
日本地理学会2005年秋季学術大会
2005. 9
携帯電話における位置情報と地域情報
2005年人文地理学会大会(九州大学)
2005.11
商店街の情報発信とその空間的特性
―ホームページの分析を通じて―
2005年人文地理学会大会(九州大学)
2005.11
Information Provision by Local
Government using the Internet : Cases in
Japan
IGU Commission on the Geography of
Inforrnation Society(Sidney, Australia)
2006. 6
Information Strategy of a Shopping
Street using the Mobile Phone : the example of Kanazawa, Japan
IGU Commission on the Geography of
Information Society(Sidney, Australia)
2006. 6
Mobile Internet and Local Information
Network and Communication Studies
2006
(受理済)
Geolocation technology and local information in mobile telephony
Net work and Communication Studies
未定
(受理済)
― 112 ―
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