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歩行者事故における車両対策の効果検証

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歩行者事故における車両対策の効果検証
歩行者事故における車両対策の効果検証
井出 芳和
概要
この 10 年間、歩行者事故(人対車両事故)における死亡事故率(死亡事故件数/死傷事故件数×100)
は年々減少してきたが、ここ2~3年は変化が少なく下げ止まり状態にあり、今後の更なる減少に向け
ては、その減少メカニズムを解明し、注力すべきポイントを明確にする必要がある。本研究では、車両
年式毎の事故データを比較分析することにより、死亡事故率減少メカニズムの解明を試みた。車両対策
の効果検証に加え、衝突速度や歩行者属性の変化にも着目して分析を実施し、以下の結論を得た。
① 歩行者の死亡事故率が年々減少してきた主要因は危険認知速度(回避行動前の速度=走行速度)
の低下であり、特に新型車が関与する事故では速度が低く、その使われ方や走行環境の特徴に起
因しているものと思われる。また、耐性の低い高齢歩行者の関与事故増加が死亡事故率減少量の
目減り要因となっている。
② 車両対策により歩行者頭部保護性能は着実に向上しているが、
「高い保護性能を持つ車両がまだ少
ない」「加害性の高い部位の対策が不充分」
「路面との2次衝突に対しては未対策」であることか
ら、全体の死亡事故率減少への寄与は不充分。
③ 更なる死亡事故率減少に向けての注力ポイントは、「衝突速度の低減」と「衝突相手の加害性低減」。
前者に関しては、車両の予防安全技術による歩行者認知や自動制動、道路構造や信号機制御によ
る歩車分離、教育や取締り強化による無理な横断や飛び出しの抑制など、後者に関しては、車両
のAピラー部、カウル部、フェンダー部対策強化、高齢化による歩行者耐性低下も考慮した対策、
路面との2次衝突軽減のための歩行者挙動コントロールや落下防止技術などへの取り組みが必要。
1 背景
3000
図1に 1997 年から 2007 年までの歩行者事故件
減少しているが、その傾向はほぼ横ばいである。
一方、図2に示す死亡事故件数では、右下がりに
死亡件数(件)
数(死傷事故件数)の推移を示す。10 年間で7%
2564
2500
2000
1884
1500
10年間で27%減少
1000
推移し 10 年間で 27%減少している。この結果、
500
図3の死亡事故率は 10 年間で 21%減少している
0
1997
が、ここ2~3年は変化が少なく、下げ止まり状
態にある。
'01
'03
事故年
'05
2007
図2 歩行者死亡事故件数推移
10
3.5
8
73159
6
4
10年間で7%減少
死亡事故率(%)
78434
事故件数(万件)
'99
3.27
3.0
2.5
2.58
2
10年間で21%減少
0
2.0
1997
'99
'01
'03
事故年
図1 歩行者事故件数推移
'05
2007
1997
'99
'01
'03
事故年
図3 歩行者死亡事故率推移
'05
2007
図4に 2007 年の交通事故件数の内訳を示す。
こ
こで歩行者事故の占める割合は9%に過ぎないが、
2 歩行者死亡事故率減少の要因
要因としては、歩行者の傷害程度軽減と救命率
図5の死亡事故件数では 34%を占めるため、図6
向上があり、前者については、①衝突速度低下、
の死亡事故率は、車両単独事故に並ぶ高い値を示
②歩行者の耐性向上、③衝突部の加害性低下、後
している。また、死亡事故率の推移を比較すると
者については、
④救急救命体制整備・技術向上など
図7に示すように、車両単独事故、車両相互事故
が考えられる。
では、この 10 年間で約半減しているのに対し、歩
本研究では、まず、車両対策の効果を含む③の
行者事故では減少が緩やかであることがわかる。
寄与度を分離すべく、同事故年における新旧車両
事故を比較した。
車両単独
5%
(43108件)
分析対象は、新旧車両を比較するため、年式情
車両単独
21%
人対車両
9%
人対車両
34%
(1161件)
(73159件)
(1884件)
車両相互
86%
車両相互
45%
(716091件)
(2508件)
報のある車両が関与する事故とした。
これにより、
原付や軽車両など年式情報のない車両を当事者と
する事故が対象外となるが、図8~10 に示すとお
り、全事故件数の 80%以上、死亡件数の 90%以上
をカバーし、10 年間の件数推移も類似しているこ
図4 事故類型別事故件数
(2007年)
図5 事故類型別死亡事故件数
(2007年)
とから、本分析により、全歩行者事故における死
亡事故率減少のメカニズムを推定可能と考えた。
全車両対象
10
2.69
2.58
事故件数(万件)
死亡事故率(%)
3.0
2.0
1.0
0.35
78434
8
6
67637
60358
4
年式データあり車対象
2
0.0
0
人対車両
車両相互
車両単独
1997
'99
図6 事故類型別死亡事故率(2007年)
6.0
-48%
-21%
人対車両
2.0
'99
車両相互
-47%
'01
'03
事故年
'05
2007
1884
2383
2000
1500
1757
1000
年式データあり車対象
500
0
2007
1997
図7 事故類型別死亡事故率推移
みが極めて重要であり、効果的な施策を打つため
には、『なぜ歩行者の死亡事故率が減少してきた
か?』そのメカニズムを解明し、今後注力すべき
'01
'03
事故年
'05
2007
4.0
死亡事故率(%)
けては、歩行者事故の死亡事故率削減への取り組
'99
図9 年式データあり車の死亡事故件数推移
以上より、今後の更なる交通死亡事故削減に向
ポイントを明確にする必要がある。
'05
2564
2500
0.0
1997
'03
事故年
全車両対象
3000
車両単独
4.0
'01
図8 年式データあり車の事故件数推移
死亡件数(件)
死亡事故率(%)
73159
3.52
年式データあり車対象
3.5
3.0
2.91
3.27
2.5
2.58
全車両対象
2.0
1997
'99
'01
'03
事故年
'05
図10 年式データあり車の死亡事故率推移
2007
図 11 に分析結果を示す。どの事故年においても、
それでは、
『なぜ同事故年において、新型車ほど
新型車ほど死亡事故率が低くなっていることがわ
死亡事故率が低いのか?』
。そして、
『なぜ同年式
かる。また、図 12 には年式毎の死亡事故率推移を
車における死亡事故率は増加しているのか?』
。
示すが、同年式車の死亡事故率は年々増加してい
次に、この2つの疑問に答えるべく分析した。
ることがわかる。
2-1 新型車ほど死亡事故率が低い要因
死亡事故率(%)
4.5
事故年
20 07 年事故
2 0 0 6 年事 故
3.5
1997
'98
'99
'00
'01
2.5
'02
'03
'04
1.5
'05
1995
'97
'99
'01
'03
'05
年式(初度登録年)
2007
'06
2007
図11 年式別事故年別死亡事故率
死亡事故率(%)
年式
1 9 9 5 年式
者の耐性が高い、③衝突部の加害性が低いの3つ。
①に関しては、危険認知速度、ブレーキ性能、②
に関しては、歩行者性別、年齢、衝突方向、損傷
部位、③に関しては、加害部位、車両種別、車両
形状、車両対策レベルなどが関与する。そこで、
各要因について、『死亡事故率に影響を与える
か?』
『年式間で差があるか?』を確認した。
まず、①衝突速度について、図 14 に危険認知速
5.0
4.0
考えられる要因は、①衝突速度が低い、②歩行
1995
1 99 6年式
'96
度と死亡事故率の関係を示す。速度が高いほど死
亡事故率は高く、30km/h 以下では2%に満たない
'97
'98
死亡事故率が、40km/h 台で9倍、60km/h 台では
3.0
'99
28 倍にも高くなる。図 15 には年式毎の速度構成
2.0
'00
'01
'02
を示す。新型車ほど低速域の事故比率が高くなっ
'03
'04
1.0
1997
'99
'01
'03
事故年
'05
2007
'05
ており、速度構成の年式差は『新型車ほど死亡事
故率が低い』要因となり得ることがわかる。
'06
2007
以上より、歩行者事故において死亡事故率が減
少してきたメカニズムは、
図 13 に示すとおり、
『同
死亡事故率(%)
図12 年式別死亡事故率推移
年式車の死亡事故率は年々増加しているものの、
60
40
50.00
50.00
29.83
29.83
30
28
28
倍
倍
15.65
15.65
20
10
毎年導入される新型車の死亡事故率が低いため、
46.13
46.13
50
1.01 1.62
1.62
0.51
0.51 1.01
5.65
5.65 9倍
9倍
0
0-10 11-20 21-30 31-40 41-50 51-60 61-70 71-80
危険認知速度(km/h)
全体の死亡事故率は減少した』ことが明らかとな
った。
図14 速度別死亡事故率(2007年)
160超
死亡事故率(%)
100%
式
199 5年
図13 死亡事故率減少メカニズム
構成率
21-30km/h
101-120
91-100
60%
11-20km/h
81-90
71-80
40%
式
2006年
事故年
121-140
80%
年式
00体
20全
’97年
141-160
61-70
20%
41-50
31-40
0%
21-30
1995
’07年
51-60
0-10km/h
'97
'99
'01 '03
'05
年式(初度登録年)
2007
図15 年式別速度構成(2007年)
11-20
0-10
次に、②歩行者耐性について、図 16 に歩行者年
12
年齢構成を示す。歩行者が高齢になるほど死亡事
故率が高く、若干ではあるが新型車の事故で高齢
歩行者の比率が低くなっている。よって、歩行者
年齢構成の年式差も『新型車ほど死亡事故率が低
死亡事故率(%)
齢層と死亡事故率の関係、
図 17 に年式毎の歩行者
9.74
10
8
6
4
2.91
0
大型
8
普通
軽自動車 二輪車(小型)
合計
図18 車種別死亡事故率(2007年)
6.81
6
100%
4
2.91
2.27
2
1.00
0.40
0
24歳以下 25-44歳
45-64歳 65歳以上
軽自動車
80%
構成率
死亡事故率(%)
3.62
2
い』要因となり得る。
合計
60%
40%
0%
1995
'97
100%
60%
'99
'01
'03
年式(初度登録年)
死亡事故率増減要因
25-44歳
20%
24歳以下
0%
1995
'97
2007
表1 新型車ほど死亡事故率が低い要因
45-64歳
40%
'05
図19 年式別車種構成(2007年)
65歳以上
80%
二輪車(小型)
軽自動車
普通
大型
普通
20%
図16 歩行者年齢層別死亡事故率(2007年)
構成率
3.13
2.60
'99
'01
'03
年式(初度登録年)
'05
①衝突速度
危険認知速度
②歩行者耐性
性別
年齢層
2007
衝突方向
図17 年式別歩行者年齢構成(2007年)
③衝突部の加害性について、図 18 に車両種別と
損傷主部位
③衝突部加害性
加害部位
死亡事故率の関係、
図 19 に年式毎の車種構成を示
車種構成
す。死亡事故率は大型≫二輪>軽自動車>普通の
車両形状
成の年式差も死亡事故率変動要因となり得る。
年式別で
構成差あり
◎
○
◎
◎
◎
◎
◎
◎
○
×
○
×
×
×
○
×
◎:カテゴリー間の死亡事故率最大差が2倍以上
順に高く、年式間では明確な傾向はないものの軽
自動車と普通の比率に差がある。よって、車種構
死亡事故率
に影響あり
残った3つの要因に4つ目の要因として車両対
策(歩行者保護性能(ブレーキ性能、視認性能含
なお、「大型」は平成 18 年交通統計分類に基づく
む)
)レベルを加え、それぞれの寄与度を明確にす
「政令大型」「大型」「特殊車(大型)」とし、
「普通」は
るため、重回帰分析を試みた。目的変数に死亡事
同分類に基づく「普通車」とした。
故率、説明変数としては、表2に示すように各要
この他、表1に示すとおり歩行者の性別、衝突
因に設定したカテゴリの構成率を用いた。
方向(事故類型)、損傷主部位、加害部位、車両形
表2 重回帰分析用説明変数
状が『死亡事故率に影響を与える』要因であるこ
要因
カテゴリ
とを確認したが、いずれも『年式による差』は見
危険認知速度
(km/h)
0-10、11-20、21-30、31-40、41-50、51-60、
60超
年齢層(歳)
0-15、16-24、25-34、35-44、45-54、54-64、
65-74、75以上
車種構成
大型、普通、軽、二輪(小型)
られなかった。
車両対策レベル 1995、1996・・・2007各年式の保護性能
分析の結果、
図 20 に示す速度と歩行者年齢の各
の死亡事故率を再現できる重回帰式(決定係数R
2
=0.7549、P値<0.01)が得られた。つまり、
4つの要因のうち車種構成と車両対策レベルは、
寄与度小として除外されたことになる。
死亡事故率(%)
カテゴリを変数として残し、
図 21 のように年式毎
4.0
3.5
差分=速度寄与分
理論値
速度構成:1995年式
3.0
2.5
2.0
0.6
1995
'97
'99
'01
'03
'05
2007
'05
2007
65-74歳
-0.2
速度
-0.4
図23 速度構成差の寄与度
歩行者
説明変数
図20 死亡事故率増減主要因
死亡事故率(%)
1995年式車との差分
0.0
16-24歳
60km/h超
51-60km/h
0.2
41-50km/h
偏相関係数
0.4
31-40km/h
年式(初度登録年)
0.0
-0.5
-1.0
-1.5
4.0
死亡事故率(%)
速度寄与分
年齢寄与分
1995
3.5
観測値
'97
'99
'01
'03
年式(初度登録年)
図24 各要因の寄与度
理論値
3.0
それでは、
『なぜ新型車の速度は低いのか?』
。
2.5
2-2 新型車ほど危険認知速度が低い要因
2.0
1995
'97
'99
'01
'03
年式(初度登録年)
'05
2007
考えられる要因として、
①運転者の特徴(性別、
年齢、通行目的)
、②走行環境の特徴(昼夜、地形、
天候、曜日、路面状況、道路形状、信号機状態、
図21 重回帰式精度(2003-2007年事故)
次にこの重回帰式を用いて、速度と歩行者年齢
道路幅員)
、③車両の特徴(車両種別、車齢)の各
の寄与度を比較した。
図 22 は各年式車の事故にお
項目から、2-1と同手順にて、
『危険認知速度に
いて、
歩行者年齢構成が 1995 年式と同じだった場
影響』があり、
『年式間で差がある』要因を抽出し
合、死亡事故率(重回帰式による理論値)がどう
た。表3にその結果を示す。
変化するかを示している。つまり、棒グラフの差
分が 1995 年式との死亡事故率差に占める歩行者
年齢構成差分ということになる。同様に図 23 に速
表3 新型車ほど危険認知速度が低い要因
危険認知速度高低要因
①運転者
性別
度構成差分を示す。この結果を整理すると図 24
年齢層
に示すように、年式間の死亡事故率差はほとんど
通行目的
が速度構成の差によるものであることがわかった。
②走行環境
地形
4.0
死亡事故率(%)
昼夜
理論値
天候
3.5
年齢構成:1995年式
曜日
3.0
差分=年齢寄与分
路面状態
道路形状
信号機状態
2.5
道路幅員
2.0
1995
'97
'99
'01
'03
年式(初度登録年)
図22 歩行者年齢構成差の寄与度
'05
2007
③車両
車種構成
車齢
速度に
影響あり
年式別で
構成差あり
○
○
○
○
○
○
○
◎
◎
○
◎
◎
○
○
○
○
○
○
×
×
×
○
○
×
○
○
◎:カテゴリー間の平均速度最大差が2倍以上
更に目的変数を平均危険認知速度、説明変数を
効いている。すなわち、業務目的や昼走行、市街
表4の各要因に設定したカテゴリの構成率とした
地走行が多いなど、その使われ方や走行環境の特
重回帰分析の結果、
図 25 に示す各要因カテゴリを
徴により、新型車の危険認知速度、すなわち事故
変数として残し、
図 26 のように年式毎の平均危険
時の走行速度が低くなっているものと思われる。
R
平均危険認知速度(km/h)
1995年式車との差分
認知速度を再現できる重回帰式(決定係数
2
=0.8267、P値<0.01)が得られた。
表4 重回帰分析用説明変数
要因
カテゴリ
性別
男、女
年齢層(歳)
0-24、25-44、45-64、65以上
通行目的
業務、通勤通学、私用
昼夜
昼、夜
地形
市街地、非市街地
道路形状
交差点、単路、その他
信号機状態
点灯、点滅、消灯・なし
車種構成
大型、普通、軽、二輪(小型)
車齢
3年未満、3-5、6-8、9年以上
-2.0
-3.0
運転者年齢
昼夜
運転者通行目的
地形
-4.0
道路形状
信号機状態
車種構成
1995
'97
車齢構成
'99
'01
'03
年式(初度登録年)
'05
2007
図27 各要因の寄与度
2-3 同年式車死亡事故率の増加要因
6-8年
9年以上
速度)、②歩行者耐性(性別、年齢、衝突方向、損
二輪車(小型)
軽自動車
点滅
市街
昼
-0.2
単路
通勤/通学
業務
25-44歳
偏相関係数
-1.0
考えられる要因として、①衝突速度(危険認知
0.4
0.0
0.0
-5.0
0.6
0.2
1.0
傷部位)、③衝突部加害性(加害部位、車両種別、
車両形状)の各項目から、2-1と同手順にて、
『死亡事故率に影響』があり、
『事故年別で変化』
がある要因を抽出した。表5にその結果を示す。
-0.4
-0.6
運転者
車両
環境
表5 同年式車の死亡事故率年々増加の要因
説明変数
死亡事故率増減要因
図25 危険認知速度増減主要因
平均危険認知速度(km/h)
20.0
①衝突速度
危険認知速度
②歩行者耐性
性別
年齢層
19.0
観測値
理論値
18.0
衝突方向
損傷主部位
17.0
③衝突部加害性
16.0
加害部位
車種構成
15.0
車両形状
1995
'97
'99
'01
'03
年式(初度登録年)
'05
2007
図26 重回帰式精度(2003-2007年事故)
④救命率
医療体制・技術
死亡事故率 事故年別で
に影響あり 構成差あり
◎
○
◎
◎
◎
◎
◎
◎
○
○
×
○
○
○
×
○
×
○?
◎:カテゴリー間の死亡事故率最大差が2倍以上
図 27 に、この重回帰式を用いた各要因の寄与度
更に目的変数を死亡事故率、説明変数を表6の
分析結果を示す。1995 年式を基準とした場合の平
各要因に設定したカテゴリの構成率とした重回帰
均危険認知速度差は、車種構成の差が速度増加要
分析の結果、
図 28 に示す歩行者年齢、
損傷主部位、
因として働いている以外は、①運転者の特徴(年
車両種別の各カテゴリを変数として残し、図 29
齢、通行目的)
、②走行環境の特徴(昼夜、地形、
のように事故年毎の死亡事故率推移を再現できる
路面状態、道路形状、信号機状態)、③車両の特徴
重回帰式(決定係数R2=0.7113、P値<0.01)
(車齢)の各要因が新型車の速度低下要因として
が得られた。
表6 重回帰分析用説明変数
3 車両対策の効果
要因
カテゴリ
危険認知速度
(km/h)
0-10、11-20、21-30、31-40、41-50、51-60、
60超
0-15、16-24、25-34、35-44、45-54、54-64、
65-74、75以上
対面、背面、横断、その他
全損、頭、顔、頸、胸、腹、背、腰、腕、脚、
窒息・溺死
大型、普通、軽、二輪(小型)
年齢層(歳)
衝突方向
損傷主部位
車種構成
医療体制・技術
1997-1998、1999-2001、2002-2004、
2005-2007年水準
しては、2003 年4月より JNCAP(自動車アセスメ
ント)が開始され、2005 年9月からは法規として
歩行者頭部保護基準も導入されている。
いずれも、
図 31 に示すように、
歩行者頭部を模擬したインパ
クターを車両に衝突させ、発生する衝撃値から算
出する HIC 値(Head Injury Criteria)にて評価
する。JNCAP においては、平均 HIC 値に応じてレ
0.5
75歳以上 全損
0.4
偏相関係数
車両の歩行者保護性能を評価するプログラムと
41-50
km/h
0.3
0.2
51-60
km/h
ベル1~5に区分され、結果が公表される。図 32
60
km/h超
に各レベル区分と傷害確率及び HIC 値との関係を
示す。例えば、レベル4は、評価エリアの平均 HIC
車両
0.1
0
-0.1
速度
-0.2
二輪車
(小型)
歩行者
値が 1016 以下であり、頭部に重大な傷害(AIS4+)
を受ける確率が 20%以下であることを示す。歩行
者頭部保護基準においては、試験エリアの3分の
2以上の部分で HIC≦1000、それ以外の部分にお
説明変数
いても HIC≦2000 であることが要求されている。
図28 死亡事故率増減要因
4.0
死亡事故率(%)
観測値
理論値
3.5
3.0
2.5
2.0
1997
'99
'01
'03
事故年
'05
2007
図31 歩行者頭部保護性能試験方法
(資料:NASVA)
図29 重回帰式精度(1995-1997年式車事故)
図 30 に、この重回帰式を用いた各要因の寄与度
分析結果を示す。1997 年事故を基準とした場合、
ここでも危険認知速度の低下が死亡事故率減少要
因として働いているが、歩行者の高齢化と車種構
成の変化(大型、軽自動車の比率増)が死亡事故
率増加要因となり、結果として、同年式車の死亡
死亡事故率(%)
1997年事故との差分
事故率が年々増加していることがわかった。
1.0
速度構成
歩行者年齢構成
損傷主部位構成
車種構成
0.5
図32 評価区分と傷害確率及びHIC値との関係
(資料:NASVA)
0.0
JNCAP の評価結果の推移を図 33 に示す。年々レ
ベル4以上の高性能車の比率が高くなり、歩行者
-0.5
1997
'99
'01
'03
事故年
図30 各要因の寄与度
'05
2007
保護性能が着実に向上していることを示す。
それでは、
『対象を対策車だけに絞った場合、車
2003
両対策レベルが死亡事故率低減に直結しているだ
2004
ろうか?』
。図 35 に、JNCAP 評価車の得点と死亡
2005
事故率の関係を速度帯別に示す。いずれの速度帯
においても、高得点車ほど死亡事故率が低い傾向
2006
高得点
2007
が見られるが、相関は充分とは言えず、対策車が
少ないこと以外にも、車両対策が市場事故におけ
る死亡事故率低減に直結できない要因が存在する
図33 JNCAP評価結果推移 (資料:NASVA)
と思われる。
それでは、
『2-1で明らかになったように、歩
60
死亡事故率(%)
行者事故全体の死亡事故率低減に対する寄与度が
低いのはなぜか?』
考えられる要因として、
①対策車の占める割合が少ない
②死亡率の高い部位の対策が不充分
③ 車 両 で 助 け て も 路 面衝 突 で 致 命 傷 を 負 う
の3つがある。
レベル1
2
3
4
5
40
51-60km/h
(R2=0.0312)
20
41-50km/h
(R2=0.1003)
31-40km/h
0
1.50
(R2=0.0751)
2.00
2.50
3.00
JNCAP総合得点
3.50
4.00
図35 JNCAP得点と死亡事故率の関係
(JNCAP得点データ:NASVA)
3-1 対策車の占める割合
2-1における重回帰分析の対象を図 34 に示す。
1995~2007 年式車が関与する 2003~2007 年の歩
3-2 死亡率の高い部位の対策状況
行者事故は 278861 件。この内、JNCAP 対象となる
図 36 は、1996~2006 年ミクロデータから、ボ
2003 年以降発売された普通車と軽自動車は、約
ンネット車が関与する衝突速度 60km/h 以上の事
33000 件で 12%を占める。更に、レベル4以上の
故で、歩行者頭部 AIS が3以上のケースにおける
高性能車が関与する事故は約 7200 件、2.6%とな
車両への頭部衝突部位を示す。死亡重傷事故にお
り、全体に占める割合は、まだまだ少ないと言え
ける加害部位がAピラー部、カウル部、フェンダ
る。
ー部に集中していることがわかる。
なお、JNCAP 対象車の内、2003 年以降発売され
た車両の比率は 2003 年式:20%、2004 年式:40%、
頭部AIS:3,4 (n=14)
頭部AIS:5,6 (n=12)
重傷、重篤
瀕死、死亡
2005 年式:60%、2006 年式:80%、2007 年式:100%とし
た。また、年式毎の事故件数に占める高性能車両
関与事故の比率は JNCAP 評価におけるレベル4以
Aピラー部
カウル部
上の車種比率と同じとした。
フェンダー部
事故件数(万件)
4
その他
JNCAP対象
レベル4以上
3
図36 死亡重傷事故加害部位(1996-2006年ミクロ、V≦60km/h)
一方、部位毎の対策状況を JNCAP の平均 HIC 値
2
の推移で見てみると、積極的な対策が織り込まれ
1
ているボンネット、フェンダー部、カウル部では
図 37 に示すとおり、
平均 HIC 値が年々低減されて
0
1995
'97
'99
'01
'03
年式(初度登録年)
'05
2007
いる。ただし、フェンダー部とカウル部において
は、依然、HIC>1000 となっている。また、構造
図34 JNCAP高得点車の比率
上、実質的な対策が難しいAピラー部、窓ガラス
部、ルーフ部においては、図 38 のとおり明確な改
善傾向は見られず、
特に、
Aピラー部においては、
HIC>2000 の高い値を示している。
以上より、JNCAP 評価エリア全体の平均 HIC 値
は年々低減しているものの、市場における死亡重
傷事故が集中しているAピラー部、カウル部、フ
ェンダー部については対策が不充分と言わざるを
得ない。
ルーフ部
窓ガラス部
Aピラー部
図38 平均HIC値推移 未対策部位 (HICデータ:NASVA)
3-3 路面衝突による致命傷の可能性
図 39、40 に歩行者ダミーを使用した衝突実験で
カウル部
フェンダー部
ボンネット
の歩行者の挙動を示す。SUV 車のケースにおいて
は、押し倒された歩行者が頭部(図中の○印)を
激しく路面に打ち付けている。また、セダン車の
ケースでは、ボンネット上に跳ね上げられた後、
図37 平均HIC値推移 積極対策部位 (HICデータ:NASVA)
頭から路面に落ちている。
それでは、
『これらのケースではどれほどの頭部
傷害を受けているだろうか?』。残念ながら、これ
らの実験では、路面衝突時の衝撃値は計測されて
4 まとめ/提言
今回確認できたこと、今後の歩行者死亡事故削
減に向けての注力ポイントを以下に整理する。
いないが、
図 41 に示す頭部インパクターの落下試
験結果を見ると、40cm からの落下で HIC>1000、
4-1 分析のまとめ
セダン車のボンネット高さに相当する 70cm から
・歩行者死亡事故率の減少メカニズム:同年式車
の落下では HIC>2000 を記録している。
もちろん、
の死亡事故率は年々増加しているが、毎年導入
事故時の歩行者挙動は、衝突速度や車両形状、歩
される新型車の死亡事故率が低いため、全体の
行者体型などにより異なるが、
図 42 に示すように、
死亡事故率は減少
車両対策により車両との1次衝突による傷害は低
・新型車ほど死亡事故率が低い要因:その使われ
減できても、その後の路面との2次衝突が致命傷
方や走行環境の特徴から危険認知速度が低い
となるケースもかなりあるものと思われる。
・同年式車死亡事故率の増加要因:同年式車にお
いても危険認知速度は年々低下し、死亡事故率
V=30km/h
V=40km/h
減少要因として働いているが、歩行者の高齢化
と車種構成の変化が死亡事故率増加要因となり、
結果として、死亡事故率が年々増加
・車両対策の効果:歩行者頭部保護性能は着実に
向上しているが、以下の3点により、全体の死
亡事故率低減への寄与は不充分
①高い歩行者保護性能を持つ車両がまだ少ない
②加害性の高い部位の対策が不充分
③路面との2次衝突に対して未対策
4-2 更なる歩行者死亡事故削減のために
図39 歩行者挙動 SUV
(映像:国土交通省)
図40 歩行者挙動 セダン
(映像:国土交通省)
3000
・衝突速度の低減:
①車両:予防安全技術(早期歩行者認知支援、
自動制動など)による衝突回避、早期減速
70cmでHIC>2000
2000
②道路:歩車分離(歩道、柵、信号機制御など)
HIC値
による歩行者と車両の遭遇回避
③人:教育、法規、取締り強化による無理な横
1000
断、飛び出し抑制
40cmでHIC>1000
・衝突相手の加害性低減(車両追加対策):
0
0.4
0.5
0.6
落下高さ(m)
0.7
図41 頭部インパクター(3.5kg子供頭部)自由落下試験結果
①Aピラー部、カウル部、フェンダー部対策強化
②高齢化による歩行者耐性低下も考慮した対策
③歩行者挙動コントロール、落下防止技術によ
る路面との2次衝突軽減
5 おわりに
今後、路車間通信などの先進技術活用による事
故未然防止が期待されるが、インフラ整備の難し
い郊外や予測困難な飛び出し事故などを考えると、
事故時の傷害軽減技術向上も依然重要と考える。
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