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6. 3 低炭素社会構築促進への「社会システム・デザイン」手法の適用

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6. 3 低炭素社会構築促進への「社会システム・デザイン」手法の適用
6. 3 低炭素社会構築促進への「社会システム・デザイン」手法の適用
6. 3. 1 はじめに
私たちは比較的最近まで技術進歩は大枠として社会の福祉向上につながると考え、そのマイナ
ス面にはあまり関心を払わないできた。しかし、資源浪費型の人間活動が飛躍的に増大し、自然
環境の自己調節機能の範囲を超え始め、自然環境の不可逆な変化を起こしていると考えるのが大
枠として正しいと世界中が認識し、それに対処する行動を始めている。
「低炭素社会」の実現は
その行動の主要なテーマである。
現在の化石資源の多様化は石油の採掘コストとの見合いで形成されており、最近の石油の価格
高騰からこれまでの天然ガスに加えて、シェール・ガス、シェール・オイル、そして、オイルサ
ンドからの油分抽出や石炭液化なども、石油に対抗できるコストという面から現実味を帯びてき
ている。すなわち、化石資源はそう簡単に枯渇しない。しかし、たとえ、そのような状況下でも、
化石資源の浪費とそれが作り出す炭酸ガスは望ましいものではないとの認識が世界人類共通の価
値観になってきている。このように世界は技術中心のロジックから社会の価値観との関係で技術
進歩を捉える時代に変わろうとしているのであり、ある意味で明確なパラダイム転換が起ころう
としている。
また、国際化の時代は国内と海外と分けて考えることができたが、グローバリゼーションの時
代においては国内と海外は分けられなくなっている。グローバリゼーションの本質は地域の相互
連鎖である。
「日本が海外に染み出し、海外が日本に染み込んでくる」のが日常生活の実感になっ
てくる。加えて、別の形での相互連鎖も進行中である。それは産業や学問などの分野間の相互連
鎖である。医療、情報、金融、エネルギーなど先端分野のそれぞれの最適化を図れば全体最適に
つながるということはありえず、それらの分野間の相互連鎖によるフィードバックを含んだダイ
ナミック・システムとして捉えないといけなくなってきている。
このような地域間、及び分野間の相互連鎖ももう一つのパラダイム転換である。このような二
つのパラダイム転換の時代にはアプローチの革新が必要である。すなわち、地域、分野横断型の
ダイナミック・システムとして課題設定し、社会の価値観を組み込んだ技術開発と活用を目指し
た課題解決を成し遂げるアプローチが求められている。
6. 3. 2 「社会システム・デザイン」というアプローチ
「社会システム・デザイン」はこのような新たなパラダイムのニーズに応えるためのアプロー
チである。すなわち、技術のロジックと社会の価値観の両方を勘案し、また、分野間の相互連鎖
を取り込むため、分野横断的システムを組み立てることを目指している。また、時間軸に関係な
い処理が中心のスタティック・システムとは異なり、過去の結果がシステムの中に取り込まれて
いくという形で、時間軸を考慮したダイナミック・システムのデザインのアプローチを工夫して
いる。それは「悪循環」
、
「良循環」という発想の中に組み込まれている。
「社会システム・デザイン」は専門家、素人に関係なく誰でも理解でき、参加できるステップ
に基づいたアプローチで構成されている。すなわち、
① 現在、存在する「悪循環」の定義
② 新しい「良循環」の創造
③「良循環」を「駆動するエンジンとしてのサブシステム」の抽出
④「サブシステム」をより細かい「サブサブシステム」群へ分解
⑤「サブサブシステム」から具体的な行動ステップの構築
がそのデザインの主要なステップである。
ここでの「社会システム」の定義は社会学者のいう「社会全体がシステムである」という発想
ではなく、社会の部分であり、デザイン可能な「消費者・生活者への価値創造と提供の仕組み」
と定義する。この定義では供給者側の発想ではないかという批判があり得る。しかし、自動車や
家電製品のような伝統的なものづくりとは異なり、
「社会システム」のデザイン・プロセスに消
費者・生活者が参加していくことは可能である。それぞれのステップに生活者感覚で関っていく
ことは現実的なアプローチである。また、多くの供給者側の専門家もこのプロセスは初めての経
験であり、両者が関わることのできるこのプロセスを通じて新しい社会の価値を醸成していくこ
とも可能である。これまで存在しなかった全く新しいアプローチである。
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また、
「社会システム・デザイン」のもう一つの特徴は、産業振興的発想から脱却し、消費者・
生活者、及びそれらの人々で構成する社会の意識向上が産業や企業が提供するもの、サービスに
対する選別眼を高め、本当に価値のある選択をするように展開していくことを前提としているこ
とである。すなわち、消費者・生活者が何に価値を感じているかという観点から社会に醸成され
る価値観を考慮に入れ、それを反映するアプローチである。現在、
「低炭素社会の構築」は先進
諸国の消費者・生活者の間での共通の価値観になりつつある。
このような価値観に沿った、今必要な「社会システム」とはこの構築プロセスを着実なものに
する「低炭素化推進システム」である。「 低炭素化推進システム 」 とは、社会の低炭素化のため
の技術開発が進み、実用化され、消費者が積極的に受け入れることで普及が促進され、その効果
が個々人の生活の中で効果が見えてくることで幅広く普及し、技術及びそれが提供する商品・サー
ビスのコストが下がり、日常生活の中に自然に組み込まれていき、人々の行動も変わり、最終的
には社会全体の価値観の変化に結び付いていく社会の仕組みである。
6. 3. 3 低炭素社会と社会システム・デザイン
ところで、
「低炭素社会」という、自己の行動を規制するような方向への変化はこれまでの社
会の流れと大きく異なる。消費者・生活者は生活の利便性をこれまで追求してきたのであり、自
分の行動を制約されるような社会の流れを受け入れてきたことはない。確かに、戦後の経済発展
は消費者の欲望とわがままに応える形で展開してきた。しかし、ここ 20 年の消費の低迷はその
ような傾向に限界が来たともいえる。それは欲望の限界に達したということではなく、新しい欲
望へ転換していると考えるべきであろう。わがままで自己中心的な生活の追求から、自己規律の
ある生活という質を求める欲望に変わろうとしているともいえる。実際に、いわゆる 3・11(東
日本大震災)の後に起こった意味ある節電、意味ない節電のすべてを含めて、電力の浪費を止め
ようとする節約行動はその一つの表れということができよう。
このような資源浪費型の消費から節度のある消費への自己規制という時代精神の発現に対し
て、
タイミングよく的確な行動を起こさないと、
「社会システム・デザイン」で定義するところの「悪
循環」が巡ってしまうことになりかねない。起こり得る「悪循環」として考えられるのは次のよ
うなものである。
すなわち、低炭素化を推進するのに必要な技術開発予算や資金がばらまき型で、個々の研究課
題への資源投入が不十分でクリティカル・マスに達しないため、成果がなかなか出ない。市場に
投入される低炭素化製品の価格面での政府の助成資金も十分でないため、初期需要が伸びず、生
産規模が速いスピードで拡大しない。その結果、単価が高いままであり、普及が進まない。当然、
デバイスやシステムの供給者はこの事業において十分な利益を上げることができないため将来の
技術開発投資を進めることができない。したがって、投資のクリティカル・マスに達しないから
成果が相変わらず出ない、という悪循環である。
基本的にはこの分野の製品はハイテクであってもコモディティであり、伝統的な穀物や汎用石
油化学製品と同様に 20 ~ 30%の市場シェアを取ったものが寡占を達成し、利益を出すという構
造である。また、そのレベルに達するにはかなりの持続的投資が必要であるが、成果に結び付く
見通しが立たないと事業者は事業の先行きに悲観的になり、積極的に投資をしなくなる。その結
果、市場に安価で改良されたデバイスやシステムが提供されない状況が続くことになる。あるい
は外国製が席巻することになるかもしれない。
消費者にとって低炭素化は社会の価値として分かるが、日常生活において毎日追求することを
しなくてもとりわけ生活に大きな影響があるわけではない。まして、高いお金を出してコスト・
ベネフィットの悪い消費をしようとは思わない。努力をしても気候に対する影響は 30 年後から
しか見えないということを知ってしまうと、今、主義主張のために無理をすることもないという
ことになってしまう。そして、いったん盛り上がった機運も段々と風化してしまう。
6. 3. 4 低炭素社会戦略としての低炭素社会推進システム・デザイン
「低炭素社会推進システム」は、このような「悪循環」が出来上がってしまうことを避け、他
に先駆けて低炭素化が進んでいく日本社会を構築し、それを世界の先例として提示できるように
組み立てる。それが「低炭素社会戦略」の意味であり、戦略的に事を進める必要がある。改めて
戦略の定義とは「世の中、時代の流れを見極めて、それに沿った自分の強さを最大限に活用して
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競争相手と差別化し永続性のある優位に立つ」ということである。
「低炭素社会戦略」が国家戦略であるならば競争相手は諸外国である。その場合、
「永続性のあ
る優位」とは低炭素社会を構築し、改良していく思想、技術、事業、そして、それを支える消費
者・生活者の行動と社会構造及び価値観が常に先端的であり、世界に影響を与え続けるという存
在であり続けることと解釈すべきである。
この戦略を推進するためには新たなアプローチが必要である。先の「悪循環」で見たように、
現在のような縦割りの部分最適とばらまき型予算、リスク回避型企業行動では達成できないこと
は明らかである。
「やるべき」
、
「やらなければならない」からやってみると、これまでより一層
可能性が見えてきて、
誰もがもっとやりたくなるという展開が必要である。それが
「社会システム・
デザイン」でいう第二のステップである「良循環」の創造の意味である。関係者のばらばらな行
動を結び付け、段々良くなっていくことが実感でき、一層みんなが連携をして行動するような方
向にもっていかないといけない。
そのための「良循環」とはどんなものだろうか。CO2 排出量において「日々のくらし」の部分
は産業界の努力に比べるとこれから努力を傾注するべき分野であり、放置すると炭酸ガス放出量
は拡大する傾向にある。この現象に着目した「良循環」の形成が重要だ。そのためには、消費者・
生活者が義務感からではなく、多少の追加的対価を払い、ある程度行動を規制する生活の自己規
律が自分の精神面、物質面、健康面のすべてにおいてプラスに効いてくるような「良循環」を形
成する必要がある。
たとえば、日本はがん検診を含めて定期健康診断を受けている比率が諸外国に比べて極めて少
ないが、これは費用面より自己規律の問題であり、その改善は健康面での改善に直接的につなが
り、当然、物質面、精神面での効果も大きいことは明らかである。 「良循環」の創造は「悪循環」の裏返しではなく、新たな発想が必要な行為であり、これがデザ
インの中核である。したがって、デザインの本質である繰り返し作業を通じて優れた「良循環」
をみつける努力を続けていくことが必要である。ここではその最初となる「良循環」のたたき台
を提示する。
それは初期段階において主婦の間のピア・プレッシャー(仲間外れにならないよう、また、バ
カにされないようにみんなと同じ行動をするように自然と働く圧力)を活用して新しい消費行動
を広げていく発想である。たとえば、活動的主婦を消費者活動グループ、商店会などの団体から
募って、新たなグループを形成する。そこに、省エネ、低炭素化などの情報を提供していき、そ
れを口コミで自分のコミュニティ・グループに伝播させて、一般の主婦層を「低炭素化」に関す
る抽象的な関心を具体的な行動に巻き込んでいき、賢い「低炭素化生活」のための太陽光発電で
あれ、蓄電池であれ、あるいは省エネ家電であれ新しい生活投資を誘発させ始める。
その広がりを見て企業は低炭素化のための消費行動の定着を確認し、現在の赤字を越えてコモ
ディティ・ビジネスに不可欠な将来の圧倒的シェア獲得のための設備投資を進めることで、ボ
リューム拡大によるコスト・ダウンが進み始め、より手が届きやすい価格と具体的な生活スタイ
ルが見えてくる。一方、
主婦は「低炭素化生活」が先端的生活であるとの確信を持ち、
自分のコミュ
ニティ・グループにより積極的に自分の生活を見せることで、一層、主婦層に広がっていくとい
う「良循環」が考えられるであろう。
この「良循環」を巡らせるためには「駆動エンジンとしてのサブシステム」がいくつか必要で
ある。それは
① 活動的主婦層のための活動支援システム
② リースなどの優遇ファイナンス・システム
③ 主婦の活動成果顕彰システム
などが考えられる。すなわち、倹約志向の強い主婦の中から核になる活動的主婦を見つけていろ
いろなインセンティブを提供し、自分の生活を変えていくことを仲間に宣伝することで「低炭素
生活」のスタイルを定着させることと、顕彰することで、ある種の競争をすることによって達成
感に結び付け、注目を浴びることでモーチベーションを維持しようということを目指した「良循
環」である。
当然、消費者・生活者側の努力だけでは成果の規模は限られている。ソーラー・セルや定置用
蓄電池も供給側の大型需要がないと事業は立ち上がらない。しかし、あれかこれかではなく、供
給側の大型需要の確保と消費者・生活者側の小口需要の拡大との両方が併存することがコスト面
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の「良循環」を形成するために必要である。
供給側の大口需要が製品の製造固定費を担うことで、消費者・生活者には変動費だけを回収す
る形でかなり安価な価格設定(マージナルコスト・プライシング)をすることが可能であり、そ
れによって普及を促進するなどの施策が考えられる。その場合、政府が税制面で優遇するなどの
支援が必要である。
以上、ここに述べたのは「低炭素社会推進システム・デザイン」の具体的な流れを第一回目の
作業として示した。デザインは繰り返し作業の連続であるから、実施に移せるレベルのデザイン
完成のためには今後の継続が必要である。
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