...

子どもの健康が幼児教育の参加率に与える影響について

by user

on
Category: Documents
18

views

Report

Comments

Transcript

子どもの健康が幼児教育の参加率に与える影響について
Center for the Study of Social Stratification and Inequality (CSSI)
Working Paper Series No.1
子どもの健康が幼児教育の参加率に与える影響について
―南アフリカの家計調査のデータを用いた実証分析―
中室牧子
[email protected]
星野絵里
[email protected]
Date: June 6, 2012
Center for the Study of Social Stratification and Inequality
Graduate School of Arts and Letters
Tohoku University
27-1 Kawauchi Aoba-ku, Sendai, Miyagi 980-8576, Japan
Papers in the Center for the Study of Social Stratification and Inequality (CSSI) are
circulated for discussion and comment purposes. They have not been peer-reviewed.
If you have any comments or questions on this working paper series, please contact
author(s) directly. When making a copy or reproduction, the source, Center for the
Study of Social Stratification and Inequality (CSSI) Working Paper Series, should
explicitly be credited.
子どもの健康が幼児教育の参加率に与える影響について
―南アフリカの家計調査のデータを用いた実証分析―
中室
牧子1
星野絵里2
要旨
本論文は、南アフリカの幼児期発達プログラムの中で、義務教育開始前に子どもが受けられる
「グレード R」
(Grade R)または「レセプション・イヤー」
(Reception Year)と呼ばれる就学
前教育サービスへの参加率の決定要因を、教育生産関数のフレームワークに基づき、プロビット
モデルによって定量的に明らかにすることを試みている。推計の結果、罹病の確率が外生変数で
あると仮定した場合、3 歳時点で病気に罹患していた子どもは、そうでない子どもよりも、17.8%
もグレード R に参加する確率が高く、また、罹患が内生的に決まっていると仮定し、操作変数法
を用いた推計結果では、3 歳時点の健康状態がグレード R への参加確率与える影響はさらに大き
く、3 歳時点で罹病していた子どもは、そうでない子どもよりも、34.9%もグレード R に参加す
る確率が高い。これは、心身の発達の基礎をなす幼児期の健康不良は、就学直前の時期まで影響
し、幼児教育プログラムへの参加に甚大な影響をもたらすことを示している。
1. はじめに
近年、開発途上国では初等教育完全普及のための努力が加速されていることから、そ
の準備段階としての幼児教育にも注目が集まっている。幼児期とは、生後から6歳未満
までの期間を指し、幼児教育とは、3歳から小学校入学までの数年間の教育を指す。幼
児教育に注目が集まっている背景には、幼児期における質の高い教育が、就学後の学力
に影響を与えることが指摘されていることによる。例えば、多くの経済学者が、各国で
実施された幼児教育プログラムの効果を測定した結果、貧困層の子どもに質の高い幼児
教育は、就学後の成績や進学、就業後の賃金などに望ましい影響があるのに加え、犯罪
率を低下させるなどして、高い経済効果が見込まれることを明らかにしている(Graces,
Thomas, & Currie, 2002など)
。このため、幼児教育プログラムへの関心は急速に高ま
りつつあり、世界銀行などの開発援助機関の支援を受けて、開発途上国では、急速に、
3歳以上の幼児への就学前教育プログラムが実施されつつある。
国際機関や政府の尽力によって、初等教育の修了率はほぼ 100%を達成しつつある南
アフリカ共和国でも、適切な栄養や医療サービス、予防接種の提供だけでなく、身体面、
言語面、情操面の発達にも必要な刺激を与えるような幼児早期教育の必要であるとの見
方が広まり、政府は、2001 年に「幼児期発達プログラム」
(Early Childhood Development
1東北大学大学院文学研究科
助教
2高知大学附属病院臨床試験センター
助教
1
Programme)を開始した。同プログラムは、子どもや妊婦が受診可能な保健サービスの
提供や義務教育入学前の子どもに対する手当ての交付などを含む包括的な行政支援で
あり、幼児教育に対する手厚い政策として注目を集めている。
この中で、
就学後の学力向上を支援する目的で開始された政策が、
「グレード R」
(Grade
R)または「レセプション・イヤー」
(Reception Year)の創設である。南アフリカの教
育制度は、グレード R から始まり、1 学年から 7 学年までの初等教育期間と、8~12 学
年までの中等教育期間のうち、1 学年から 9 学年までが義務教育である。グレード R は
義務教育期間中には含まれないが、6 歳からの義務教育開始前の 1 年間の無償の就学前
教育で、言語、算数、生活技能、技術、芸術、文化などを学び、小学校への入学に備え
ることを目的としている。このようなグレード R への参加は基本的に無償であるものの、
制服や通学にかかる交通費など、グレード R への参加・通学にかかる様々な費用は、全
面的に親の負担となっている。
2001 年当初の目標では、2010 年までに全ての子どもの参加を目標としていたが、実
際、南アフリカの家計調査のデータを見てみると、2010 年には、全体でも 36%程度の
子どもしかグレード R には参加しておらず、2002 年と比較しても緩やかな増加にとど
まっている。また、他の人種(白人、アジア系、その他有色系)の参加率は 50%を超
える中、黒人に限ってみれば 20%弱しか参加していないという現実もある。また、プ
ログラムが施行されて以降、他の人種のグレード R への参加率は徐々に上昇しているが、
黒人だけは横ばい傾向が続いている。
表 1:
グレード R への参加率(%)
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
29.3
29.3
29.4
29.6
32.4
33.4
34.6
35.5
36.1
(出所)南アフリカ統計局、家計調査のデータから筆者らが加工
特に、黒人の子どもがグレード R への参加割合が低いことの要因として、前述したよ
うに、グレード R への参加や通学にかかる費用が、家計にとって大きな負担である可能
性もあるが、さらに、最近の研究では貧困による幼児期の健康状態の悪化についても指
摘されている(Biersteker, 2010)。周知のとおり、南アフリカは、1994 年にアパル
トヘイトが廃止された以降も、一部の白人が利権を握り、人口の 85%を占める黒人の
社会経済的地位は依然として低いという格差社会である。例えば、黒人の集住地域には
総合病院が無く、質の良い医療施設の患者は大半が白人であるなどという差別が歴然と
存在している。このような事情から、所得水準が上昇し、一人あたりの名目 GDP が約
7,300 ドルを超え、中所得国に分類されるまでになってもなお、平均寿命は 52 歳と、
他の中所得国と比較しても低くなっている(世界銀行、World Development Indicators、
2010 年より)。昨今の経済事情の悪化もあって、病気に罹りやすい幼児期の子どもに
2
対して、十分な栄養や治療を与えられず、下痢や風邪などの治療可能な病気が、深刻化
する事例もあるという(Biersteker, 2010)。
このことから、グレード R への参加率の決定要因として、家庭環境や親の社会経済的
地位などのほかに、幼児期の健康状態も重要である可能性が高いものの、これまでの研
究はあくまで、黒人の集住地域に居住する特定の人々を対象にした聞き取り調査が中心
であり、子どもに幼児教育を受けさせるかどうかの意思決定と、幼児期の健康状態との
関係を体系的に考察したものとは言い難い。
一方、これまでの経済学の研究蓄積をみると、幼児期の健康状態が、初等教育への就
学や、就学後の学力に影響を与えることを明らかにしている研究は少なくない(Currie,
2009, 小原・大竹, 2009, 中室・星野, 2010)。本研究では、南アフリカの幼児期発達
プログラムの中で、義務教育開始前に子どもが受けられる就学前教育サービス―グレー
ド R またはレセプション・イヤー―への参加率の決定要因を定量的に明らかにすること
を試みる。その中でも特に、幼児期の健康状態が就学前教育サービスへの参加を決定す
るうえで重要であるかどうかを検証したい。
本論文の構成は以下の通りである。まず、初めに、南アフリカの幼児期発達プログラ
ムの開始とその目的を述べた後、そのグレード R またはレセプション・イヤーと呼ばれ
る幼児教育プログラムへの参加率が低迷している現状について述べた。この背景には、
南アフリカでアパルトヘイトの廃止以降も依然として、社会経済的地位の低い黒人の貧
困層で、子どもの健康状態に十分な注意を払うことができず、健康不良に陥っているこ
とがその要因である可能性を指摘した。次に、これまでの先行研究が、幼児期における
健康状態はその後の教育に大きな影響を与えることを明らかにしている点を述べ、さら
に、グレード R または受け入れ学年と呼ばれる幼児教育プログラムの参加率に影響して
いる要因を、教育生産関数のフレームワークに基づいて、プロビットモデルによって定
量的に明らかにする。次に、南アフリカの家計調査のデータの概要と特徴、推計式に用
いた変数について述べた後、幼児期の健康状態が外生ではなく、内生的に決定している
場合の識別戦略について論じ、最後に、推計結果を概説し、そこから導き出される政策
的示唆について考察を加え、結論を述べる。
2. 過去の研究経緯
既に、述べてきたとおり、南アフリカで全国的に実施されている幼児期発達プログラ
ムのうち、就学後の学力にもっとも直接的に結びつくことが期待されているのは、グレ
ード R への参加である。しかし、その多くが貧困状態にあり、乳幼児期の子どもの健康
に十分配慮されていない黒人の子どもは、追加的な費用の負担や、健康状態の不良を理
由に、グレード R への参加を見送る例が多くみられている。グレード R に参加しないこ
とによる学習面での遅れが生じることはもちろんのこと、最近の脳科学の知見によると、
3
情動は生後から 5 歳までの間にその原型が形成されると考えられるため、この時期に適
切な教育刺激を受けずに過ごすことは、将来にわたって社会関係の構築上問題を抱える
ことになりかねない。実際に、Heckman & Masterov (2007)は、幼児期に、健康不良問
題を抱え、適切な教育を受けられなかった子どもは、認知能力や情操形成に遅れがみら
れ、その後の成長過程で、さまざまな困難を抱えていることを指摘している。
これまでの先行研究において、幼児の健康状態を定量的に観察するにあたっては、主
に二つの方法がとられてきた。一つは、主観的な健康度(例えば、
「大変良い」から「大
変悪い」までの 5 段階評価などのような)であるが、これは本人の主観による測定誤差
が大きいうえ、幼少期にさかのぼって健康状態を尋ねた回顧による回答ではさらに測定
誤差が大きくなることが指摘されている。一方、幼児の健康状態の指標として、出生時
の身長・体重を用いている研究も多く見られている(例えば、Glewwe and Jacoby, 1995;
Alderman, Behrman, Lavy, and Menon, 2001 など)。これには、現在の健康を栄養状態
から把握するという意図をもって、比較的簡便な体位測定による栄養評価手法が用いら
れてきたと考えられる。これらの研究によると、幼児の健康状態は、小学校への入学時
期や成績、さらにはその後の賃金など様々な教育成果に影響していることが明らかとな
った。
しかし、幼児の健康状態を表す指標として、出生時体重や年齢別の身長・体重という
体位測定指標が、必ずしも子どもの健康状態を正確かつ適切に表しているというわけで
はない。身長は、急性栄養不良の評価には不適であるし、体重は、慢性栄養不良の場合、
身長と体重の比が正常値を示すことがある (中園、宮本, 2006)。また、身長や体重は、
健康状態に、より直接的な影響を与えると考えられる疾病との関係を観察するという観
点からは適切ではない。したがって、本研究では、幼児の健康状態を表す指標として、
体位測定ではなく、幼児期の疾病歴を用いることによって、より直接的に就学前児童の
健康状態を把握することを試みる。
もっとも重要な点として、過去の研究において、南アフリカの幼児教育への参加の決
定要因を扱った研究は存在せず、また幼児教育への参加と幼児期の健康との関係を探っ
た研究も存在しない。本研究では、南アフリカのグレード R への参加率に対して、幼児
期の健康がどのように影響を与えているのかを明らかにする。
3. 分析のフレームワーク
本研究では、教育生産関数のフレームワークに基づいて、就学前児童の健康状態がグ
レード R への参加率にもたらす影響を、次のようなモデルを用いて明らかにする。デー
タについては後述するが、被説明変数は、0 あるいは 1 を取る二値確率変数であるこ
とから、プロビットモデルを用いて、最尤法によって係数の推定を行う。
4
𝑝�� = Φ(𝛼 + 𝛽𝐻���� + 𝛾𝑋�� )
ここで、p は児童 i が 6 歳時点でグレード R に参加する確率を表す。H は、t-1 期(3 歳
時点)における児童 i の健康状態を、X は児童 i の両親の社会経済的地位など、家庭環
境をあらわす。この生産関数は、ある子どもが 6 歳時点でグレード R に参加する確率に
おける幼児期の健康状態の役割を強調しており、X が一定であるとき、過去の子どもの
健康状態の変化が、子どものグレード R への参加確率にどのような影響を与えているか
を明らかにする。
4. データ
本稿では、南アフリカ政府統計局(Statistics South Africa)が代表性のある約 3
万家計の労働年齢人口約 10 万人を対象に収集した家計調査(General Household Survey)
のうち、2007 年と 2010 年のパネルデータを用いて、2007 年時点で 3 歳だった子どもの
健康状態が、2010 年に 6 歳になる時点での小学校入学の確率にどのような影響を与え
ているかを明らかにする。
ただし、南アフリカの家計調査は、同一の家計を対象にしたパネルデータであり、同一
の個人を対象とはしていない。すなわち、ある家計を特定する番号は与えられているもの
の、その家計の構成員である個人を特定する番号は与えられていない。そこで、Madrian and
Lefgren (1999)に従って、個人の家計番号、性別、年齢、人種から個人を特定する番号を
作成し、その番号で、2007 年と 2010 年のデータを統合し、推計に用いている。また、同統
計は、家計単位の情報と個人単位の情報の両方を収集している(前者は、「家計統計」
(House Survey)と呼ばれ、後者は「個人統計」
(Person Survey)と「労働者統計」
(Workers
Survey)と呼ばれている)。本研究では、前述の家計番号と個人番号の情報から、その
両方を突合して用い、個人単位の属性に加えて、家計支出など家計単位の属性をもコン
トロールすることを試みている。
3 歳時点の健康状態を用いる理由は、脳科学や発達心理学では、3 歳までの発達がそ
の後の認知能力に影響を与えることが知られており、この時期の発達に影響するような
健康問題は、のちの教育への影響が深刻になることが予想されていることによる。
このデータを用いる利点は 2 つある。1 つ目は、のちに詳述するが、幼児の健康状態
をあらわす指標として、具体的な疾病経験の履歴の情報が得られることである。これに
よって、過去の研究で用いられてきたような出生時体重や身長などと比較して、より正
確な幼児の健康状態を把握することが可能となる。2 つ目は、同調査がパネルデータ設
計になっており、同一の対象から、複数年にわたりデータの収集を行っていることであ
る。すなわち、ある幼児の 3 歳時点(2007 年時点)の疾病歴は、その時点で保護者か
ら収集された情報であって、過去の研究で用いられてきたようないわゆる回顧データで
5
はないため、測定誤差によるバイアスは小さいと考えられる。
4-1.推計に用いられる変数と記述統計量
被説明変数は、ある児童が、6 歳時点でグレード R に参加しているかどうかをあらわ
すダミー変数である[GR_attend]([ ]内は推計に用いた変数名、以下同)
。また、前述
の家計調査では、ある年齢における個人が、調査に回答する前の 1 か月で罹患した病気
の種類を尋ねている。具体的には、①インフルエンザまたは急性呼吸器感染症、②下痢、
③深刻な外傷、④結核または血の混じった深刻な咳、⑤HIV/AIDS、⑥その他の病気で
ある。前述の 6 つのうち、いずれかに罹患していれば 1 あるいは 0 というダミー変数を
作成し、説明変数として用いる[health_03]。
前述の病気は、家族など同居しているものから感染することや、親から遺伝するケー
スもあり、予防が難しい。また、栄養状態も、経済的なショックや飢饉などに影響され
ると考えられることから、ここでは、上記のような病気に罹患する確率は外生的に決定
されると仮定する。しかし、子どもの健康状態が内生変数である可能性もあり、その点
については、4-3 の識別戦略で詳細を述べる。
また、コントロール変数としては、①6 歳(グレード R に入学する)時点の疾病歴
[health_6]、②性別[gender]、③父親または母親と死別しているか[falive, malive]、
④世帯主の性別[hhead_gender]、⑤読み書きの能力[read, write]、⑥子どもに対する
公的支援の有無 [csupport]、⑦家計の支出[hexp]、を用いる(詳しくは、表 2 を参照)。
そして、冒頭述べたように、ここでは特に、人種間でグレード R への参加度が異なって
おり、特に、社会経済的に不利な立場にある黒人の子どもとその他の人種の子どもに教
育格差に焦点をあてるという研究目的から、サンプルは黒人の子どもに絞って、推計を
行った。
表 2 をみてみると、3 歳時点で何らかの病気に罹患した子どもは、全体の 12%程度で
あることがわかり、6 歳のグレード R への入学時点よりも何らかの病気に罹患している
子どもが多い。両親はともに生存しているが、世帯主は母親が担っている家計が 43%
にのぼっており、父親は移民となったり、都市部で出稼ぎをするなどし、家庭を離れて
いることがうかがわれる。また、グレード R に入学する前の学力の指標となると考えら
れる読み書きの能力を持つ子どもはほとんどいないことも明らかである。また、幼児期
発達プログラムの開始以降、政府や自治体から何らかの形で子育て支援を受けている家
計が多く、6 割以上の家計が子ども関連の手当てを得ている。しかし、家計の平均的な
ひと月の名目家計支出は、800~1,199 ランド(7,600 円~11,376 円、2012 年 1 月現在
の為替レートで換算)にとどまっており、同年代の子どもをもつ他の人種の平均的な家
計支出と比較すると、半分程度であることがわかる。
6
表 2:
推計に用いられた変数
被説明変数
GR_attend
Mean
グレード R に入学可能年齢の 6 歳時点で、グレード
S.D.
36.12
R に参加している場合は 1、参加していない場合は
0
説明変数
health_03
3 歳時点で、調査日前の 1 か月間で①インフルエン
0.12
0.32
0.07
0.26
ザまたは急性呼吸器感染症、②下痢、③深刻な外傷、
④結核または血の混じった深刻な咳、⑤HIV/AIDS、
⑥その他の病気、に罹患していた場合は 1、してい
ない場合は 0
コントロール変数
health_06
6 歳時点で、調査日前の 1 か月間で上期の①~⑥の
病気に罹患していた場合は 1、していない場合は 0
男児の場合 1、女児の場合 0
gender
実の父親が生存している場合 1、それ以外は 0
0.49
0.50
falive
実の母親が生存している場合 1、それ以外は 0
0.84
0.36
malive
世帯主が男性であれば 1、女性であれば 0
0.93
0.24
hhead_gender
少なくとも 1 言語で読むことができれば 1、できな
0.43
0.50
read
ければ 0
0.06
0.23
0.06
0.24
0.67
0.47
したもの(単位は現地通貨ランド)。1[0~399R], 2.97
1.44
少なくとも 1 言語で書くことができれば 1、できな
write
ければ 0
家計が、子どもを支援する目的の補助金を得ていれ
csupport
ば 1、得ていなければ 0
先月の家計支出の水準を次の 8 つの尺度であらわ
hexp
2[400 ~ 799R], 3[800 ~ 1,199R], 4[1,200 ~
1,799R], 5[1,800 ~ 2,499], 6[2,500 ~ 4,999],
7[5,000~9,999], 8[10,000 以上]
操作変数
d_clinic
診療所までの距離を次の 5 つの尺度であらわした
も の ( 単 位 は分 )。 1[14 分 以 下 ],2[15-29 分 ], 2.45
1.27
3[30-44 分], 4[45-59 分], 5[60 分以上]。
総合病院までの距離を次の 5 つの尺度であらわし
d_hospital
たもの(単位は分)。1[14 分以下],2[15-29 分], 3.18
3[30-44 分], 4[45-59 分], 5[60 分以上]。
7
1.30
4-2.識別戦略
ここまでは、幼児期の健康状態は外生変数であるという仮定を置いてきたが、幼児期
の子どもの健康状態は、両親の子どもの健康に対する選好を反映しており、3 で述べた
モデルの H がモデルの内生変数である可能性もある。この場合、このような内生性バイ
アスをコントロールする必要がある。すなわち、グレード R への参加確率に差が生じた
のは、子どもの健康に対して親がとった何かしらの行動の結果である可能性があり、そ
のような行動を規定する観察不可能な要因が、子どもの健康状態を変化させるのと同時
に、参加確率をも変化させているのだとすれば、これは、子どもの健康状態がグレード
R への参加確率に影響しているのではなく、子どもの健康状態に反映される別の要因が、
グレード R への参加確率を変化させているに過ぎないからである。換言すれば、健康状
態の良い(あるいは悪い)児童だから、グレード R に参加する(あるいは不参加とする)
ことにしたのか、グレード R に参加するような(あるいは参加しないような)児童だか
ら、健康状態が良い(あるいは悪い)のか、因果関係がはっきりしないという問題が生
じるのである。
説明変数が内生である場合に、それを考慮せずに外生変数として扱うと推定パラメー
タにバイアスがかかり、一致推定量が得られない。このように、理論的に 2 つの変数が
同時に決定される場合の内生性を考慮した推計として、経済学では操作変数法を用いる
ことが多い。操作変数は、幼児の健康状態をあらわす変数と相関をもつが、モデルの誤
差項とは相関しないことが条件となる。ここでの操作変数は、病院と診療所への距離を
用いる。病院や診療所への距離が近ければ、子どもが病気になった際に医療機関に連れ
て行く費用や時間が節約できるほか、予防接種や健康診断に関する情報も入手しやすく、
子どもが深刻な病気にり患しにくくなると考えられる。しかし、病院と診療所への距離
は、グレード R への参加とは無関係であるから、モデルの誤差項とは相関しないと考え
られる。実際に、2 段階最小 2 乗法推計による第 1 ステージの推計結果をみてみると、
操作変数は疾病歴をあらわす説明変数と相関しているが、グレード R への参加率とは相
関していないことが確認されている。
操作変数とグレード R への参加率は相関していないことが確認されているものの、人
口の多い都市部には、多数の医療機関が設立され、同様に教育期間も多く設立されてい
るため、ある家計からみたときの医療機関へのおおよその距離は、小学校などの教育機
関までの距離と相関しているのではないかと推測することもできる。家計調査には、総
合病院と診療所への距離のほかに、各教育機関への距離も尋ねている。表 3 のとおり、
総合病院と診療所への距離と、幼児教育機関への距離関係をみてみても、特に強い相関
関係は確認されなかった。 また本推計では、操作変数の数が説明変数を上回っており
(過剰識別)
、過剰識別制約検定が可能である。この結果によると、全ての操作変数が
誤差項と無相関であるという帰無仮説が棄却されず、操作変数は外生変数であることが
8
示された。
表 3:
医療機関と教育機関の距離の相関関係
幼児教育機関への距離
診療所までの距離
総合病院までの距離
初等教育機関への距離
0.643
0.699**
[0.560]
[0.338]
0.537
0.568
[0.459]
[0.439]
(注)1. *は 10%水準で、**は 5%水準で、***は 1%水準で統計的に有意。
2. [ ]内は標準偏差。
(出所)南アフリカ家計調査の 2010 年から筆者らが推計。
5. 推計結果
まず表 4 で、罹病の確率が外生変数であると仮定したプロビットモデルの推計結果か
らみてみると、3 歳時点の健康状態は、グレード R への参加確率に大きな影響を与えて
いることがわかる。3 歳時点で、インフルエンザまたは急性呼吸器感染症、下痢、深刻
な外傷、結核または血の混じった深刻な咳、HIV/AIDS などの病気に罹患していた子ど
もは、そうでない子どもよりも、17.8%もグレード R に参加する確率が高い。入学年齢
に達する 6 歳時点の健康状態の係数もまた、10%水準で統計的に有意であるが、係数の
大きさをみてみると、3 歳時点の健康状態のほうが、参加確率に与える影響がはるかに
大きいことがわかる。これまでの先行研究が示してきているとおり、幼児期における健
康状態は、心身の発達の基礎をなす時期であり、この時期の健康不良は、就学直前の時
期まで影響し、幼児教育プログラムへの参加の意思決定に甚大な影響をもたらすことが
わかる。
またコントロール変数をみてみると、両親が存命していることは、幼児教育プログラ
ムへの参加に正の影響を与えるが、これは父親よりも母親のほうがその影響が大きいこ
とがわかる。一方、就学前の学力の指標となる、読み書きの能力の係数は統計的に有意
ではなく、両親は必ずしも子どもの潜在的な学力を、教育投資の指針にはしていないこ
とがうかがわれる。また、家計の裕福さをあらわし、間接的には両親の社会経済的地位
をあらわす代理変数であると考えられるひと月の平均的な家計支出の係数は統計的に
有意となっている。これは、幼児教育プログラムの参加を決定するにあたっては、家計
の予算制約が重要であることを裏付けている。
一方で、興味深いのが、子どもを支援する目的の補助金は、幼児教育プログラムへの
参加に影響していない点である。繰り返しになるが、幼児期発達プログラムの手厚い支
援によって、就学前児童を持つ親の 6 割近くが政府や自治体から何らかの児童手当を給
9
付されているが、これは教育への使用に限定されたクーポンやバウチャーとは異なり、
所得補償であるため、必ずしも子どもの教育には用いられていない可能性が高い。この
結果、子どもを支援する目的の補助金は、統計的に有意とならなかった。
表 4:
推計結果
health_03
health_06
gender
falive
malive
hhead_gender
read
write
csupport
hexp
R2
サンプル数
Probit
操作変数法
0.178***
0.349***
[0.046]
[0.099]
0.090*
0.225
[0.048]
[0.379]
0.007***
0.008**
[0.003]
[0.004]
0.286*
0.271*
[0.154]
[0.160]
0.381***
0.386***
[0.041]
[0.060]
0.203*
0.210*
[0.107]
[0.118]
-0.434
-0.482
[0.592]
[0.715]
0.201
0.260
[0.585]
[0.837]
0.054
0.047
[0.118]
[0.119]
0.036***
0.037***
[0.004]
[0.005]
0.560
0.582
660
608
(注)1. *は 10%水準で、**は 5%水準で、***は 1%水準で統計的に有意。
2. [ ]内は標準偏差。
(出所)南アフリカ家計調査の 2007 年と 2010 年から筆者らが推計。
次に罹病の確率が内生的に決まっていると考えた場合の、操作変数法を用いた推計を
みてみると、おおむね前のプロビットモデルと同様の結果が得られているi。ただし、3
歳時点の健康状態がグレード R への参加確率与える影響は、操作変数法による推計のほ
10
うが大きくなることが示されており、3 歳時点で罹病していた子どもは、そうでない子
どもよりも、34.9%もグレード R に参加する確率が高い。
そして、入学年齢に達する 6 歳時点の健康状態の係数は統計的に有意ではない。この
ことから、プロビットモデルの結論と同様、幼児期における健康状態は、小学校入学直
前よりもむしろ、3 歳前後の心身の発達の基礎をなす時期のほうが、就学への影響が大
きいことがわかる。また、コントロール変数をみてみても、おおむねプロビットモデル
と同様の結果が得られていることがわかる。操作変数法による推計でもやはり、家計支
出の係数は統計的に有意であり、家計の予算制約が幼児教育プログラムの参加に影響し
ていることが確認された一方で、児童手当の係数は統計的に有意ではなく、教育に用途
を限定しない補助金は、必ずしも幼児教育への参加を促さない可能性が示された。
6. 今後の課題
今回の研究では、幼児期の健康状態をあらわす指標として 3 歳時点の疾病歴を用いて
いる。グレード R への入学を許可される 6 歳時点の疾病歴はコントロール変数としても
ちいているが、当然、他の年齢での健康状態と比較して、3 歳時点の健康状態が重要で
あるという論理的な説明が必要である。これまでの研究では、生後 24 か月までと、生
後 24 か月から 5 歳まで、就学後の 3 つの期間に分割して児童の健康状態を分析するこ
とが多い。Glewwe and Miguel (2008)によると、両親は子どもが 24 か月に達するまで
は子どもの知性を観察できないので、この月齢までになされた健康への投資は、子ども
の学力とは相関しないことが知られているものの、生後 24 か月までの健康状態が、幼
児教育プログラムの参加にどのような影響を及ぼすかについては検証を行うべきであ
ろう。しかし、本研究で用いたデータの制約上その検証は叶わなかった。
一方、4~5 歳についてはどうだろうか。本研究では、4~5 歳時点の健康状態は、6
歳時点と同様コントロール変数に加えて推計を行ったが、ともに係数が統計的に有意と
ならなかった。0 歳から 5 歳時点までの疾病歴をみてみると、0 歳から 3 歳にかけて増
加し、3 歳をピークに徐々に減少する傾向がみてとれる。3 歳頃に家の外の人や物との
接触が増え、一方でまだ病気に対する免疫力も低いことから、さまざまな病気に罹病す
る確率が高くなると考えられる。今後は、3 歳より以前の健康状態が、就学や学力に与
える影響についてのさらなる研究が求められる。
さらに今回の研究では、幼児期の健康状態が、就学前の準備期間である幼児教育プロ
グラムへの参加の意思決定にどのような影響を与えているかを考察したが、この時期実
際にグレード R に参加したことが、子どもの就学後の認知能力や非認知能力にどのよう
な影響をもたらしたのかについては、改めて検証が必要である。冒頭述べたとおり、2001
年にプログラムが開始され、今後さらにデータが蓄積されると見込まれることから、幼
児教育が、長い目で見たときの教育成果―例えば、成績や、進学、賃金など―にどのよ
11
うな影響を与えるかについても、いずれ検証が可能になるとみられ、この点は、さらに
多くの政策担当者や研究者の関心を惹きつけるだろう。
7. 結論
本論文では、サブサハラアフリカの南端に位置する南アフリカ共和国で、2001 年に幼
児期発達プログラムの一環として始まった幼児教育プログラム―グレード R またはレ
セプション・イヤーと呼ばれる小学校入学のための準備教育―への参加確率に、幼児期
の健康状態がどのように影響しているかを検証した。特に、同国では、社会経済的地位
の低い黒人の子どもが、医療機関へのアクセスの悪さや医療費負担の大きさなどから、
心身の発達の基礎をなす幼児期に適切な健康管理をしなかったことが、就学直前の時期
まで影響し、幼児教育プログラムへの参加の意思決定に甚大な影響をもたらすことが明
らかになった。具体的には、3 歳時点で、インフルエンザまたは急性呼吸器感染症、下
痢、深刻な外傷、結核または血の混じった深刻な咳、HIV/AIDS などの病気に罹患して
いた子どもは、そうでない子どもよりも、17.8~34.9%も幼児教育プログラムに参加す
る確率が高い。就学前の年齢でみると、もっとも病気にかかりやすい 3 歳ごろと比較す
ると、それ以外の年齢―幼児教育プログラムへの入学年齢に達する 6 歳ごろを含む―の
健康状態は、さほど大きな影響を与えない。この意味においても、心身の発達の基礎を
なす時期に、健康に対して投資することが重要であることがわかる。
また、健康状態以外には、母親が存命し、子どもの養育にあたっていることが重要で
ある一方、就学前の学力の指標となる、読み書きの能力の能力は重要ではなく、両親は
必ずしも子どもの潜在的な学力を、教育投資の指針にはしていないことがうかがわれる。
また、幼児教育プログラムの参加を決定するにあたっては、家計の予算制約が重要であ
る一方で、児童手当の給付は、幼児教育プログラムへの参加に影響していない。幼児期
発達プログラムの手厚い支援によって、就学前児童を持つ親の 6 割近くが政府や自治体
から何らかの児童手当を給付されているが、これは教育への使用に限定されたクーポン
やバウチャーとは異なり、所得補償であるため、必ずしも子どもの教育には用いられて
いない可能性が高い。
現在の南アフリカ共和国の幼児期発達プログラムには、主に 3 本の柱がある。1つ目
は、乳幼児や妊婦に対する無料検診やワクチン接種などの保健サービスの提供、2 つ目
は義務教育入学前の子どもに対する児童手当ての交付であり、3 つ目がグレード R やレ
セプション・イヤーと呼ばれる幼児教育プログラムの導入である。ただし、幼児教育プ
ログラムへの参加率の向上という観点からは、児童手当の拡充よりもむしろ、乳幼児や
妊婦に対する保健サービスの拡充が有効であると考えられる。
12
参考文献
小原美紀・大竹文雄, 2009. 「子どもの教育成果の決定要因」『日本労働研究雑誌』, 67
-84頁.
中園直樹・宮本和子, 2006, 「栄養, 日本国際保健医療学」
『国際保健医療学(改訂第2
版)
』, 142-146項
中室牧子・星野絵里, 2010, 「就学前児童の健康状態が教育に与える影響について―諸
外国のデータを用いた実証研究のサーベイ―」『海外社会保障研究』, No.173.
Alderman, H., Behrman, L., Lavy, V., & Menon, R. (2001). Child health and school
enrollment: a longitudinal analysis. Journal of Human Resources, 36(1),
185-205.
Biersteker, L. (2010). Scaling-up early child development in South Africa
Wolfenson Center For Development, Working Paper 17.
Currie, J. M. (2009). Healthy, wealthy, and wise?: socioeconomic status, poor
health in childhood, and human capital development. Journal of Economic
Literature, 47(1), 87-122.
Garces, E & Thomas, D., & Currie, J. M. (2002). Longer term effects of head start.
The American Economic Review, 92(4), 999-1012.
Glewwe, P. & Jacoby, H. (1995). An economic analysis of delayed primary school
enrollment and childhood malnutrition in a low-income country. Review of
Economics and Statistics, 77(1), 156-169.
Glewwe , P. & Miguel, E. (2008). The impact of child health and nutrition on
education in less developing countries. in Schultz, T. A & Strauss, J.
(Eds.), Handbook of Development Economics, Volume 4 (pp. 3562-3604).
Amsterdam, The Netherlands: North-Holland.
Heckman, J. & Masterov, D. V. (2007). The productivity argument for investing in
young children. NBER Working Paper, No. 13016.
Madrian, B. C., & Lefgren, L. J. (1999). A note on longitudinally matching current
population survey (CPS) respondents. NBER Technical Working Paper, No.
247.
World Bank. 2010. World Development Indicators:
http://data.worldbank.org/data-catalog/world-development-indicators
i
説明変数である幼児の疾病歴は、Durbin-Wu-Hausman (DWH) 検定によって、内生変数であ
ることが確認されている。
13
Fly UP