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論文要旨・審査の要旨

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論文要旨・審査の要旨
学位論文の内容の要旨
論文提出者氏名
論文審査担当者
論
文
題
目
山本
主
査
山岡
昇司
副
査
玉村
啓和、澁谷
誠
浩司
CDK9 inhibitor FIT-039 prevents replication of multiple DNA viruses
(論文内容の要旨)
<要旨>
現在、既存の抗ウイルス薬に対する耐性ウイルスの出現が問題視されている。それらを解決す
るため、我々は宿主キナーゼ cyclin-dependent protein kinase 9(CDK9)を標的とした抗ウイルス薬の
開発を実施した。CDK9 阻害剤スクリーニングの結果、新規抗ウイルス薬 FIT-039 を見出し、イ
ンビトロでのウイルス RNA 転写抑制、幅広いウイルスに対する複製抑制、および、単純ヘルペ
スウイルス(HSV) / 既存薬耐性 HSV マウス皮膚感染モデルに対する高い治療効果を確認した。
また、FIT-039 は宿主細胞転写に対する影響が極めて低く、非臨床毒性試験においても顕著な毒
性は認められなかった。これらのことから FIT-039 は画期的な新規抗ウイルス薬となり得ること
が示唆された。
<緒言>
近年、既存薬耐性ウイルスの出現が問題視されている。多くの既存薬はウイルスタンパク質を
標的としているため、その標的ゲノムが突然変異を起こすことによりウイルスが耐性化する。
HSV では、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染患者や臓器移植患者において既存薬であるアシク
ロビル(ACV)に耐性を示すウイルスの出現について近年報告が増加している。我々は、それら
の問題を解決するために宿主のタンパク質、特に cyclin-dependent protein kinases (CDKs)を標的と
した抗ウイルス薬の開発を実施した。CDKs は主に細胞周期を制御している CDK1, 2, 3, 4, 6 と、
転写を制御している CDK5, 7, 8, 9 が知られている。CDKs のウイルス複製への関与としては、
CDK1, 2 によるウイルス遺伝子発現制御、および CDK7, 9 によるウイルス転写制御が報告され
ている。また、一般的な CDK 阻害剤として Flavopiridol(pan-specific CDK 阻害剤)は CDK1,
2, 3, 4, 5, 6, 7, 9 を阻害し、HSV、ヒトサイトメガロウイルス(HCMV)、ヒトアデノウイルス
(HAdV)、HIV に対するウイルス増殖抑制効果が、Roscovitine(oligo-specific CDK 阻害剤)は
CDK1, 2, 5, 7, 9 を阻害し HSV, HCMV 複製を抑制することが報告されている。しかしながら、
これらの CDK 阻害剤は CDKs に対する特異性が低いため細胞周期停止などによる副作用が懸念
される。そこで、本研究では CDK9 選択的阻害剤による新規抗ウイルス薬の開発を実施した。
- 1 -
<方法>
抗ウイルス薬の標的として CDK9 が適しているか確認するため、CDK9 siRNA を用いて HSV
増殖への影響および宿主細胞周期への影響を確認した。CDK9 選択的阻害剤を取得するため
CDK9, CDK4 差分 kinase assay screening を行い【FIT-039】を見出し、HSV に対する薬理評
価をプラークアッセイおよび定量 PCR により実施した。抗ウイルス作用メカニズムを確認する
ため RT-PCR によりウイルス転写への影響を確認し、宿主転写への影響についてマイクロアレイ
(GeneChip 3’ IVT Express Kit; Affymetrix)を用いて調査し、宿主細胞周期に対する影響の検
討、および、マウスに対する反復経口投与毒性試験を実施した。また、HSV 以外のウイルスとし
て HAdV, HCMV に対する増殖抑制効果を検討した。In vivo における薬理効果の確認として
FIT-039 軟膏剤を作成し、野生型 HSV および ACV 耐性 HSV マウス皮膚感染モデルに対する薬
理評価を行った。
<結果>
CDK9 siRNA を用いた CDK9 ノックダウン細胞では HSV 増殖が抑制されることが確認され、
更にそれらの細胞における細胞周期への影響は認められなかった。これらの事から、CDK9 はウ
イルス複製に関与し細胞周期には影響を与えない新規抗ウイルス薬標的として適していることが
示された。次に、CDK9 選択的阻害剤スクリーニングの実施により、FIT-039
【N-[5-fluoro-2-(1-piperidinyl)phenyl]isonicotinthioamide】を見出した。FIT-039 は CDK9 を選択的
に阻害し(IC50 = 5.8 M)、その選択性は CDKs ATP binding pocket の形状によることがドッ
キングシミュレーションにより示唆された。次に FIT-039 による HSV 増殖抑制効果および細胞
増殖抑制を確認したところ HSV-1 プラークアッセイにより ACV と同等の薬効が認められ、定量
PCR アッセイにより薬物濃度依存的な抗ウイルス効果が確認できた(EC50 = 0.69 M)。また、
これらの濃度において細胞増殖抑制効果は認められなかった。
FIT-039 の抗ウイルス作用メカニズムを検討するために、HSV-1 immediate early genes
(IEGs)の転写について RT-PCR で確認したところ、FIT-039 存在下において IEGs の転写抑制が
認められた。次に、宿主細胞の転写への影響を確認するため、FIT-039 および Flavopiridol につ
いて抗 HSV-1 EC50 で 24 時間処理した細胞についてマイクロアレイ解析を実施した結果、
Flavopiridol と比較し FIT-039 は宿主転写への影響が非常に小さいことが明らかとなった。また、
同条件において細胞周期への影響を検討した結果、Flavopiridol では細胞周期の停止および細胞
死が認められることに対し、FIT-039 は細胞周期に全く影響を及ぼさなかった。更にマウスに対
する 2 週間経口投与毒性試験においても副作用は全く認められなかった。
FIT-039 の HSV-1 マウス皮膚感染モデルに対する薬理試験を実施した。FIT-039 軟膏剤を作成
し、感染患部に 1 日 2 回 2 週間塗布投与を実施したところ FIT-039 含有量依存的な治療効果が認
められた。これらの軟膏剤は ACV 軟膏と同等の薬効を示した。
CDK9 は HSV-1 以外にも HCMV 複製などへの関与が報告されていることから、HSV と同じ
ヘルペスウイルス属である HCMV、また、ウイルス分類が異なる HAdV に対する薬効を確認し
た。その結果、HCMV および HAdV-5, 53 に対する FIT-039 濃度依存的な幅広い薬効が確認でき、
且つ、HAdV Early gene の転写抑制が認められた。
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更に、既存薬 ACV 耐性 HSV に対する薬効を確認した。その結果、in vitro 感染系において
FIT-039 濃度依存的な抗ウイルス効果が認められた。また、ACV 耐性 HSV-1 マウス皮膚感染モ
デルに対し、FIT-039 軟膏剤を用いた薬理評価を実施した結果、既存 ACV 軟膏剤が全く効果を
示さない条件下において有意な治療効果が認められた。
<考察>
本研究結果より、CDK9 を標的とした新規抗ウイルス薬 FIT-039 を開発した。FIT-039 は CDK9
を阻害しウイルス転写を抑制することによりウイルス複製を阻害することが示された。FIT-039
の薬効について、in vitro kinase assay におけるリン酸化活性阻害効果よりも感染細胞における
抗 HSV 効果が高い理由としては、1)FIT-039 が CDK9-ウイルスタンパク質複合体などウイル
ス特異的な転写制御を阻害している、2)細胞内では FIT-039 代謝産物が効いている(代謝産物
未同定)、3)IE, Early, Late genes に対し転写抑制を示すことによって相加的に効いている、な
どの様々な可能性が考えられ今後検討していく予定である。CDK9-ウイルスタンパク質複合体に
ついては、HSV ICP22 が感染細胞において CDK9 と結合することによりウイルス特異的な転写
を制御していることが、また HAdV 感染細胞では Early タンパク質が RNA polymerase II
mediator complex を形成しウイルス転写を制御していることが報告されており、これらウイルス
特異的な転写を FIT-039 が阻害している可能性は高い。
次に、FIT-039 は宿主細胞転写にほぼ影響なくウイルス転写を阻害している。このような特異
性が示された理由として、1)宿主細胞の転写については CDK9 以外の RNA polymerase II CTD
kinase が代わりに制御できることに対し、ウイルス転写については唯一 CDK9 のみが制御して
いる可能性、2)FIT-039 が CDK9-ウイルスタンパク質複合体などウイルス特異的な転写制御を
より強く阻害している可能性が考えられるが、副作用の検討の為にも更なる調査が必要である。
FIT-039 は新規メカニズムにより幅広い DNA ウイルスに対する薬効が認められているが、
RNA ウイルスについても HIV, インフルエンザウイルスなどにおいて CDK9 によるウイルス
RNA の転写制御が報告されている。これらのウイルスについては、細胞感染系において HIV 複
製の抑制効果が認められており(論文投稿準備中)、またインフルエンザウイルス複製も抑制する
ことが認められている。これらの結果から、FIT-039 による DNA ウイルスに限らず幅広いウイ
ルスへの薬効が示唆されている。
我々は現在、ACV 耐性ウイルスに対する医師主導型臨床研究に向け非臨床研究を実施してい
る。これまでの試験結果により、FIT-039 長期経口投与による毒性、細菌および哺乳類細胞を用
いた遺伝毒性、および、ウサギ皮膚刺激性を示さないことが明らかとなっている。これらの事か
ら、FIT-039 は有望な新規抗ウイルス薬であると考えられる。
<結論>
本研究において、我々は宿主キナーゼ CDK9 を阻害することにより抗ウイルス効果を示す新規
抗ウイルス薬 FIT-039 の開発に成功した。
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論文審査の要旨および担当者
報 告 番 号
論文審査担当者
甲 第
4679 号
山本
主
査
山岡
昇司
副
査
玉村
啓和、澁谷
誠
浩司
(論文審査の要旨)
抗ウイルス薬は、ウイルスタンパク質を直接・間接に標的とする場合はその副作用だけでなく
耐性ウイルスの出現が問題となる。一方、ウイルスの複製を制御する宿主因子を標的とする抗ウ
イルス薬は開発途上にあり、耐性ウイルス出現の可能性は低いと想定されるものの宿主への副作
用については未知の部分が多く残されている。申請者らは、これまでの抗ウイルス薬開発の経験
と材料をもとに、ウイルス複製に重要な役割を果たすと考えられている Cyclin-dependent kinase
9 (CDK9)を標的として独自のスクリーニングを実施し、新規抗ウイルス化合物 FIT-039 を見出し
た。FIT-039 は in vitro 評価系で RNA polymerase II のリン酸化を阻害し、ヒト単純ヘルペスウ
イルス1型(HSV-1)遺伝子転写産物量を減少させた。また、FIT-039 は細胞周期に影響をほとんど
及ぼさない濃度で HSV-1 をはじめとする広範なウイルスに対して複製抑制効果を示し、細胞遺伝
子発現への影響は汎 CDK 阻害薬である Flavopiridol と比較して小さいことがわかった。興味深い
ことに FIT-039 は、CDK9 活性を抑制する濃度より低い濃度域で感染細胞における抗ウイルス効果
を示した。マウスの皮膚 HSV-1 感染モデルでは、FIT-039 含有軟膏剤の濃度依存的な治療効果が
認められた。さらに、既存薬であるアシクロビルに耐性を示す HSV-1 に対してもマウスモデルで
治療効果が認められた。以上の結果より申請者は、FIT-039 が様々なウイルスに対する有効な治
療薬となる可能性があると結論した。
本研究は、ウイルス遺伝子発現に重要な役割を果たす CDK9 に着目して有効な阻害剤を見出し、
そのウイルス複製抑制効果を in vitro および動物モデルで丹念に実証したもので、学術的に高く
評価できると同時に、今後の新規抗ウイルス薬としての開発が期待される。
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