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白鷹町内湿原における希少野生生物調査報告

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白鷹町内湿原における希少野生生物調査報告
白鷹町内湿原における希少野生生物調査報告
1.対象地の概要及び調査の趣旨
白鷹町の山中に約 1.2 ヘクタールの湿原が広がっている(写真-1)
。通称A湿原と呼
ばれるこの湿原は、昭和 57 年7月 20 日に白鷹町の天然記念物に指定されており、町教
育委員会「A湿原」天然記念物指定調書(以下、
「指定調書」と記す)によれば、「江戸
時代にはすでに地元の住人によって開田されていた。時代が昭和に移り、46 年に廃村と
減反政策の波の中で 47 年に廃田となり、その後全域に湿地性植物の繁茂する湿原地にも
どった。この湿原地は、地質年代的に古くからあったものと考えられ、周辺4箇所にあ
る湧水からの流入と、湿原内地下からの浸出水によって、長く湿地として保たれてきた。
」
とある。
学術的に貴重な種として、ホソミオツネントンボ、マダラナニワトンボ、オゼイトト
ンボ、ハッチョウトンボ、ヒメアカネ、オオルリボシヤンマのトンボ6種とミズトンボ、
トキソウ、カキラン、トンボソウ、ミズゴケ類の植物5種が特別保護指定物に、湿原そ
のものと周辺の動植物を保護指定区域に指定している。
近年、こうした良好な湿原環境が、管理放棄等により、大きく劣化している(写真1)
との指摘を受け、このたび、①湿原の保全に必要な対策を検討すること、②主に希少動
植物の現状を把握し、将来の何らかの対策等を行った際に比較できる基礎資料を残すこ
と、を主な狙いとして調査を行った。
写真1 湿原状況(上)7.17
2.調査日時、天候及び調査者
(1)2007 年7月 17 日(雨)沢和浩(山形県植物調査研究会)
、渡邊潔、伊藤聡(環境
科学研究センター)
(2)2007 年9月 19 日(晴)渡邊潔、伊藤聡
(3)2007 年 10 月6日(晴)沢和浩、渡邊潔、鈴木秀昭(白鷹町教育委員会)
図-1 湿原図面
3.調査方法
主に湿原内(図-1)を調査対象とし、水生生物については、すくい網による捕獲・同
定調査を行なった。昆虫等については目視および捕虫網による捕獲同定による生物種の
確認を行なった。
植物については、目視及び採集による生育種の確認を行った。
調査に当っては地元白鷹町教育委員会の許可を得て、その理解の下に実施した。
4.調査結果
4-1.昆虫類
指定調書を基礎資料として、注目すべき種について調査した結果を述べる。末尾にこ
の度の調査で確認した種のリストを示す。
(1) ホソミオツネントンボ(アオイトトンボ科)Indolestes peregrinus
青森県~奄美大島まで各地に広く分布しているが、県内での記録は少ない。成虫で越
冬することからオツネン(越年)の名がつけられた。越冬前は枯草色を、越冬後青変
する。平地や丘陵地の挺水植物の多い池沼に生息し、7月頃羽化し、未成熟の成虫の
まま越冬し、春早く水辺に現れ、交尾・産卵する。西日本における観察記録によれば
成虫の寿命は1年近くにおよぶと推定されている。
第2回自然環境保全基礎調査(昆虫類)1978 年によれば、山辺町、遊佐町の記録が、
山形県自然環境現況調査報告 1997 年によれば上記2町に加えて、上山市、天童市、川
西町の計5市町に記録がある。
このたび7、9、10 月の計3回の調査を行い確認につとめたが、確認できなかった。
(2) マダラナニワトンボ(トンボ科)Sympetrum maculatum(県 VU、国 CR+EN)
日本特産種。全国的には本州のみの分布で産地が 20 箇所以下となっている。県内で
の産地は、第2回自然環境保全基礎調査(昆虫類)1978 年によれば、新庄市、大蔵村、
山辺町、白鷹町、川西町の湿原の記録が、山形県自然環境現況調査報告 1997 年によれ
ば上記5市町村箇所に加えて、飯豊町、旧立川町での記録があるものの、最近では確
認記録がなく、多くの産地で絶滅した可能性が高い。レッドデーターブックやまがた
によれば、旧立川町、山辺町、飯豊町にそれぞれ孤立した生息地があるのみとされ、
当センターが 2003 年からこれまで行なってきた調査の結果と一致する。
このたび9月 19 日と 10 月 6 日の調査において生息を確認した。このたびの発見は
極めて重要な記録となった。9月には、開放水面のある池塘周辺において 15 頭を確認
した。10 月には、主に活動終期を把握する目的で確認につとめた結果、確認できた個
体数は前回より少なく数頭の確認に止まった。東海地方では6月下旬から成虫が出現
して 11 月中旬まで見られるとされるが、県内の他の生息域におけるこれまでの観察や
文献記録から、出現時期は概ね8月上旬とみてよく、活動終了時期は 10 月中旬頃と推
察される。
ただし、現地の状況を見るとヨシの繁茂が著しく、マダラナニワトンボの生息に必
要な池塘と周辺のミズゴケ類を中心としたヨシの侵入の少ない湿原植生が残されてい
る箇所は残りわずかであり、危機的な状況と感じた。早急にヨシの除去などの保全対
策を検討する必要がある。
(3) オゼイトトンボ(イトトンボ科)Coenagrion terue
指定調書によれば、高層湿原に生息するが、局地的な分布とされている。このたび、
雨天であったが7月 17 日の調査において確認した。
(4) ハッチョウトンボ(トンボ科)Nannophya pygmaea (県 NT、国-)
指定調書によれば、日本最小のトンボであり、局地的な分布とされている。
本種は低標高、丘陵地の湿地を代表するトンボで、生息域が開発されやすいため、
全県的に減少傾向にある。
このたび、雨天であったが7月 17 日の調査において確認した。また9月以降の調査
では確認できず、成虫の活動時期が終了したものと推察された。
(5) ヒメアカネ(トンボ科)Sympetrum parvulum
指定調書によれば、浸出水湿地を好むトンボであり、局地的な分布とされている。
本種は主に山間の湿原に生息するか、個体群の孤立と分断、局所個体群の絶滅が進
行しており、注意が必要である。
このたび、10 月6日の調査において確認した。9月に確認できなかったが、原因は
不明である。
(6) オオルリボシヤンマ(ヤンマ科)Aeschna nigroflava
指定調書によれば、好寒性であり山地の沼などを好むヤンマである。
このたび9月 19 日と 10 月 6 日の調査において多数確認した。
(7) その他注目種
池塘において、すくい網調査を実施し、ゲンゴロウ(県 NT、国 EN)を確認した。本
種は県内の多くの生息地において孤立化し危機的な状況となっているほか、外来魚に
よる捕食が深刻であり、注意が必要である。
(8) 昆虫調査のまとめ
指定調書のうち、ホソミオツネントンボを除く全ての種が確認された。ホソミオツ
ネントンボの確認記録は少なく今後の確認を待つしかないが、他の指定種は全て確認
されたことは一定の成果といえよう。
当該湿原において絶滅危惧昆虫は、指定調書の2種を加え計3種が確認された。特
にマダラナニワトンボの生息の確認は貴重な記録となった。ヨシの著しい繁茂により
湿原の乾燥化が進んでいる中、今後どのように保全すべきか検討が必要である。
写真2 マダラナニワトンボ♂
写真3 マダラナニワトンボ♀
写真4 池塘内の状況(9.19)
4-2. 植物
指定調書を基礎資料として、各注目すべき種について調査した結果を述べる。末尾
にこの度の調査で確認した種のリストを示す。
(1) ミズトンボ(ラン科)Habenaria sagittifera(県 VU、国 VU)
日当たりの良い山間地や湿地などに生える多年草。県内で現存するのは15箇所だ
けとなっている。
このたび、9月と 10 月の調査において確認した。
(2) トキソウ(ラン科) Pogonia japonica(県 VU、国 VU)
全国的に減少の著しい、湿地性の絶滅危惧種の代表である。減少している原因とし
て、湿地の開発や里山の維持放棄の他に、山野草として珍重されるため、園芸用の採
取があげられる。また、ミズゴケを採るために根こそぎ持っていかれることも多い。
このたび、7月、9月、10 月の調査において確認した。
(3) カキラン(ラン科) Epipactis thunbergii(県 NT、国-)
湿原や日当たりのよい湿潤地など、県内全域約 60 カ所でそれぞれ数個体から数十個
体が確認された。近年、園芸用採取、土地開発、湿原の埋立て等により減少が著しい。
このたび、7月、9月、10 月の調査において確認した。
(4) フイリシハイスミレ(スミレ科)Viola violacea f. versicolor
最近県内にも産することが確認されたスミレで、これまでは白鷹山系でのみ確認さ
れていたが、7月の調査で生育を確認し、それ以外にも産することが確認された。
(5) その他注目種
絶滅危惧種としてイヌタヌキモ(県 NT、国 VU)
、ヒメタヌキモ(県 VU、国 VU)
、ヒ
メシャガ(県 NT、国 NT)
、カキツバタ(県 NT、国 VU)
、アギナシ(県 VU、国 NT)
、ヒ
メミクリ(県 VU、国 NT)
、ムラサキミミカキグサ(県 VU、国 VU)
、オオニガナ(県 NT、
国 VU)の8種が確認された。
(6) 植物調査のまとめ
指定調書で学術的に貴重とされる種は全て確認された。しかし、当時の状況を示す
資料がないため現状を評価できる指標はなく、今後は植生調査を実施するなどして科
学的データを蓄積していく必要がある。
また、当該湿原において確認された絶滅危惧植物の種数は、指定調書の3種を加え
て計 11 種が確認された。それに加え、フイリシハイスミレが新たに確認されるなど、
まさにホットスポットといえる場所であることがわかった。生物多様性の保全の観点
からもぜひ保全しなければならない湿原といえよう。
写真5(左)
カキラン
写真6(中)
アギナシ
写真7(右)
ムラサキミ
ミカキグサ
4-3 その他の生物
湿原に隣接する樹林にモリアオガエル(県 NT、国-)の卵塊を確認した。本種は山麓か
ら山村にかけて広く分布するが、個体数は少ない。適当な水域がないと産卵しないため、
産卵地には留意する必要がある。
末尾に確認した種のリストを示す。
5 まとめ(今後の保全策について)
A湿原において、調書に掲げる種以外にも、多数の絶滅危惧種が確認された。こうした
貴重な自然環境ではあるが、人間の管理放棄により、これら絶滅危惧種の生息、生育は危
機的な状況を迎えている。このまま自然遷移に任せるのか、生物多様性を維持するために何
らかの対策を実施すべきなのか、天然記念物の指定目的からすれば、積極的な保全対策が
必要であることは明らかであろう。以下、湿原の生態系の維持保全の方策について検討し
た内容を記す。
①第1に絶滅危惧種の保全を阻害する最も大きな要因はヨシの繁茂と考えられる。した
がって、その除去が必要であることは間違いないが、湿原が天然記念物に指定されて
いること、多くの種が絶滅の危機にあることを踏まえ、対策には十分な配慮が必要で
ある。
具体的には、①全区域を保全対策の対象とするのではなく、対象区(未施行区)を
設けて、状況を確認しながら作業を行なうこと、②他の保全対策のモデルを参考にし
て、当該湿原に最も適合する方法を検討すること、③モニタリング調査を継続し正しい
方向に進んでいるのかをその都度チェックする、などの慎重さを持つべきである。
②第2に地域の人たちの理解の醸成である。前述の多くの希少生物は、湿地及び周辺の
環境が長年にわたり安定的な生態系として維持されてきたことにより、奇跡的に生き
残ってきた「地域の財産」と言うべき存在であり、その保全を図るため町の天然記念
物に指定されたものと考えられる。このことを地域の人たちに十分理解してもらうこ
とが、活動を持続させる上でも重要である。当然、得られた調査成果を地元行政機関
に周知することが最優先課題であるため、2007 年 11 月 28 日に、白鷹町教育委員会を
訪問し、成果の報告とともに保全活動に関する打ち合わせを行い、関係者への理解を
促した。
③第3にモニタリングの継続である。調査は3回実施しただけであり、まだまだ未解明
の部分が多い。今後保全活動が実施されるとすれば、事前の調査データを得ておくと
とともに継続的なモニタリング調査が必要不可欠となる。
④第4に違法な採集行為の問題である。特に、希少なラン類は、他の湿原における例を
見ても、殆どの箇所で盗掘被害が出ている。現在、天然記念物に指定されているほか、
車道からも離れ、周囲が背丈をはるかに越えるヨシにより視界が遮られているなど、
好都合な条件がそろっているため盗掘被害はないが、注目を浴びることで被害が広が
る可能性もある。当面、推移を慎重に見守る必要がある。
<参考文献、引用文献リスト>
1) 第2回自然環境保全基礎調査動物分布調査報告書(昆虫類)山形県 1979 環境庁
2) 山形県自然環境現況調査報告書(動物:無脊椎動物篇)1997 年山形県環境保護課等
3) 山形県の絶滅の恐れのある野生生物レッドデーターブックやまがた動物編 2003 山形県
4) 絶滅危惧野生植物(維管束植物)レッドデーターブックやまがた 2004 山形県
5) 希少野生生物保全調査報告書平成 15~18 年度 2007 山形県環境科学研究センター
6) 日本産トンボ幼虫・成虫検索図説 2004 石田昇三、石田勝義、小島圭三、杉村光俊
7) A湿原天然記念物指定調書 1982 白鷹町教育委員会
<資料編>
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