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第2章 音づくりを支える技術

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第2章 音づくりを支える技術
第2章 音づくりを支える技術
1
1. 車の音づくり
車の音づくり
1.1 当社の音づくりの考え方
演奏された音楽が録音されパッケージメディアを経由し
験・評価が正確かつ効率良くできるように音響開発セン
ター内に専用の部屋が配置されている。
それぞれの部屋で評価する項目と音づくりプロセスを図
2に示す。
て再生されるまでの流れを,図1にブロック図として捉え
てみる。
図2 音響開発センターでの音づくりプロセス
図1 音楽の録音から再生までの流れ
まず,演奏された音はマイクによって音声信号に変換さ
1.2 車載用オーディオの音づくりの流れ
れ録音,編集,マスタリングを経てCDなどのメディアに
車載用オーディオシステムを開発する時,スピーカやア
なる。この時,一般にはホームオーディオでの再生環境を
ンプの音を目標の音に近づけるための開発フローを図3に
想定した編集とマスタリングの作業が行われる。 次にメ
示す。
ディアに録音された音声信号は,再生システムによって音
として再生され,空間を通して聴取者に届く。この段階で
カーオーディオでは,ホームとは環境条件が異なる車室内
での再生になるため,音楽の制作者の意図とは随分異なっ
た再生音になる場合が多い。
そこで,一般の音楽ソースをカーオーディオで再生する
場合,制作者の意図する音になるべく近い状態で再生でき
るように,カーオーディオを車室内音響特性も含めてトー
タルシステムとして最適となるように音響設計する。この
ことを当社では「車の音づくり」と呼んでいる。
「車の音づくり」を行うには,音質評価に使うパッケー
ジメディアに収録された一般の音楽ソースが,どのように
など
制作されているのかを分析したり,あるいは評価基準を明
確にするため,音楽ソース自体をオリジナルで制作したり
する必要も出てくる。 また,カーオーディオの音響設計
図3 製品開発フロー
や機器の設計をする技術者は,電子工学や機械工学の分野
だけでなく,生の音や音楽制作の現場に触れ,知識や経験
を積んでおく必要がある。
このため当社では,音響開発センターの中に,カーオー
ディオの開発で一般に必要とされる音響開発設備と併設し
て,録音機能を有するスタジオと調整室を設けている。
(A)オーディオ機器(アンプを含む)の開発
開発品のコストバランスを配慮しながら音質を左右する
重要パーツや回路の選択をする。
各試作段階で②ベンチ評価(設計者が実験室で諸特性や
システムチェックを行う試作評価のこと)をし,基本性能
音響システムを開発するプロセスは,「目標の音質」を
を確認した後,音響開発センターの評価室で音質評価を行
決定してから開発品の物理データの解析および評価用音楽
う。その結果が目標音質をクリアしていない場合は,③
ソースによる聴感評価を行い,合格したコンポーネントを
パーツ変更や回路変更を実施し,次回試作品に反映する。
実験車に搭載しシステム評価を実施する。これら一連の実
量産まではこの作業を何度か繰り返し行うことになる。
21
車と音響技術のあゆみ
カーオーディオのDSP機能で人工的に反射音や残響音を
(B)スピーカシステムの開発
車載スピーカは,先ず車への取付け場所を考慮して,品
種(口径と種類)を決定する。
付加する時,その音をより自然な音質が得られるように,
評価実験のドライソースとしてこの音源を活用する。
スピーカユニットの仕様(周波数特性,Fo:低域限界
周波数,SPL:出力音圧レベル,耐入力など)を決定し,
試作品が完成したら①単体評価(無響室の物理特性と評価
室の音楽による音質評価)を行う。
目標音質に合格したスピーカユニットは,次のステップ
として車両実験室で実車に取付けて音質評価を行う。
このように,開発品に対する音の評価は各ステップ毎
に音響開発センター内の評価室・車両実験室をフル活用
しており,以下に音づくりのプロセスについて具体的に
説明する。
図5 無響室内のスピーカ測定風景
2
2. 音づくりと研究開発設備(音響開発センター)
音づくりと研究開発施設(音響開発センター)
音響開発センターは,各種製品の音質評価を行う研究施
設として1990年に設立された。
【反射音のない音について】
私達は普段,直接音(物体から出る音)と反射音(壁,
天井,床で反射した音)をミックスした響きのある音を聞
センター内は下図に示すように大きく五つのブロックに
分けられる。
いて生活している。反射音がないと味気のない音となり,
あまり長い時間聴いていられない。このことから音楽も適
電波シールド室
調整室
度な響きがあってこそ心地よい音であると実感できる。
車両実験室
評価室・制御室
(2)評価室
ここでは,主にコンポーネント(スピーカ,アンプなど
無響室・測定室
製品単体)の音質評価を行う。
この評価室は,一般的な試聴室に比べて室内の残響時間
スタジオ f
を短く(0.2s/500Hz)設定している(図6)
。これは,当社
開発品が主に車載用であることを考慮し,車室内の残響時
図4 音響開発センターレイアウト図
(S)
間に近づけるためである。
(1)無響室と測定室
無響室では,隣接する測定室からの遠隔操作により,被
測定スピーカの軸上特性から30°,60°など指向特性を自動
測定可能なマイクトラバースシステムを導入し,主にス
ピーカの物理特性の計測をしている(図5)
。開発品の『目
標音質』を作り込むために,第一ステップはスピーカ単体
での測定・評価を中心に行う。
図6 評価室内残響特性図
無響室内は,反射音をなくすために壁・天井・床一面に,
くさび状のグラスウールで作った吸音材が貼られており,
評価方法は,無響室で物理特性を計測・評価したスピー
スピーカユニットの測定がメインだが,それ以外で使用す
カを,『音感トレーニング』で訓練されたパネリストが評
る測定として,CDやMDプレーヤに使用するデッキ機構
価用CD(音楽)で聴感評価を行い,良否判定する。
ユニットのメカ騒音や,BOX型スピーカの箱のビビリ音,
バスレフダクトの風切り音の解析などがある。
少し変わった使い方として,部屋の反射音がないアコー
この時『目標音質』をクリアするために家庭用および車
載用のリファレンス機器との比較試聴を何回も繰り返す。
またスピーカは軸上評価(スピーカ正面の音)に加え,
スティック楽器(バイオリン,チェロ,トランペット,
さらに指向性評価(スピーカBOXを60°傾けて聴く)も行
サックスなど)の直接音のみの録音がある。
う(図7)
。これは実車にスピーカを取付けると,リスナに
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第2章 音づくりを支える技術
対してづれ角度が生じ高域特性が減衰して中・低域とのバ
スタジオf で録音(生演奏)
,編集,マスタリングを行った
ランスが崩れる場合が多々あり,そのため開発品を実車装
オリジナル評価ソフトを音質評価の向上に役立てている。
着する時に音質劣化が著しく起きないことを事前確認する
ための評価である。
図9 スタジオ内録音風景
図7 評価室内の試聴風景
また,スタジオf は,評価用音源の録音で使用する以外
に技術者や営業マンの音に対する感性を養うためのコン
サートの実施や各種音響製品を正確に評価するための試聴
(3)車両実験室
ここでは,評価室で音質が合格になったスピーカを音響
室として活用している。
検討車両に取付けて,物理特性の解析と音楽による聴感評
部屋全体はフローティング構造により外部からの振動に
価を行い,
『目標の音』を達成するための実験室である。
よる騒音を遮断し,高S/Nの録音を実現している。また,
当然のことであるが,評価室で聞いた音を車室内で再現
アコースティック楽器の生演奏会や録音に対しても,適度
することは室内環境が異なるため非常に困難である。この
な広さと残響時間(平均約0.6s)を設定している。
ため目標の音づくりは,検討車種毎にスピーカの取付け位
周波数ごとの残響時間について図10に示す。
置や取付け周辺の内装品の材質・構造などからの問題点を
室内照明は,蛍光灯と白熱灯をそれぞれ別配電し,白熱
音響検討により把握し,次に設計者はスピーカの取付け角
灯は,コンサートや録音時の雰囲気を演出するために,明
度やスピーカグリルの開口率・取付けパネルの補強など,
るさを調光可能にした本格的スタジオである。
いろいろな音質改善を繰り返し実施する。スピーカシステ
また常設楽器として,録音とコンサート用にグランドピ
ムの装着を決定させたら,周波数特性を測定し,特性に乱
アノとドラムを置いているためミュージシャンにも大変喜
れがあれば平坦にするためにイコライジング(FIXイコラ
ばれている。
施する場合がある。
このように「車両実験室」は,車の音響システムの最終
(S)
イザをパワーアンプに挿入)を行い音質チューニングを実
的な音づくりをするのに不可欠な実験室である。
図10
スタジオ内残響特性
(5)調整室(ミキサルーム)
この部屋は,良い音づくりのための『音の厨房』である。
図8 車両実験室の風景
オリジナルの評価用音源を制作するためには,スタジオ
で演奏された楽器の音を,一旦各楽器毎にミキサを通して
(4)スタジオ f(フォルテ)
車載用オーディオの音づくりをする場合に,市販されて
いるCD音源を評価ソースとして使用するだけでなく,当
マルチトラックレコーダに収録する。
その後,マルチトラックテープに録音された音のレベ
ル・残響時間・音質・全体のダイナミックレンジなどを,
23
車と音響技術のあゆみ
各種レコーディング機器とミキサ卓により編集・加工(ト
内の各楽器にセッティングされたマイクからの音は,調整
ラックダウン)し,マスタ音源としてDAT(Digital
室のミキサ卓に送られ信号レベルを調整しMTRに録音さ
Audio Tape)にステレオ信号で記録する。
れる。
加工された音源は評価機器に合わせてMD,CD-R,カ
ドラムなどのリズムパートの録音では,テンポ用のク
セットテープなどに,コピーして開発品の音質評価に活用
リック音を聞きながら演奏することが多い。リズムパート
されている。
の録音が終了すると,次はその他の楽器を順番に録音する。
このように,音響開発センターは当社の製品開発におい
録音の時,ミュージシャンは,他の演奏者のモニタ音を
て,目標の音づくりや音質評価になくてはならない研究設
キューボックス(※)からヘッドフォンを通して聞いて演奏
備を有している。
する。
楽器演奏の録音が終了したら最後にヴォーカルパートを
3
3.録音プロセス
録音プロセス
当社のオーディオ製品を開発する際,開発品の音質評価
に使用する音楽ソフトは重要な開発ツールである。
市販されている音楽ソフトは,どのような条件で録音さ
録音し録音作業は終了する。
マルチトラックレコーディングでは,演奏を複数回数
録音しておき出来のよい部分だけ選択したり,ミスの部
分を再録音して差し替えたりできるので非常に便利な方
法である。
れ,ミキシングされたかは,ミュージシャンと録音現場の
スタッフ以外で把握するのは非常に困難である。このため,
製品開発をする上で,細かな音質や楽器の定位を知るため
には,自分たちの手で音楽ソフトを制作する必要がある。
この項では,スタジオで音楽ソフトを制作する時の手順
や録音の種類,録音機材について紹介する。
3.1 レコーディングの種類
レコーディング作業は,大きく分けて三つの形態がある。
①オーケストラや大編成のストリングスなどが一度に演奏
できるコンサートホールなどのホール録音。
②おのおのの楽器や歌をマルチトラックテープに重ねてと
る録音。
(マルチトラックレコーディング)
③最近の音楽シーンで増加しているシンセサイザ,コン
図11
ピュータでの打ち込みによる録音。
当社スタジオf でも行われ,現在の録音業界で主流であ
る②のマルチトラックレコーディングについて紹介する。
キューボックス外観
3.3 録音とマイクロホンの種類
レコーディングでは電子楽器を除き,楽器の発生音を電
3.2 マルチトラックレコーディング
気信号に変換するためにマイクロホンが必要となる。
この録音方法は,録音したい楽器を別々にマルチトラッ
マイクロホンには,動作機能により何種類かの形式があ
クレコーダ(MTR)に録音するものであり,この録音方
る。ここでは一般的によく使用されるダイナミック型とコ
法のメリットを下記に示す。
ンデンサ型について紹介する。
(1)楽器を別々に録音するので録音ブースが広くなくて
よい。
(2)ミュージシャンが一度に全員が集合しなくてよいの
で効率よく録音できる。
(3)演奏ミスなどのやり直し部分が,トラック毎に修正
できる。
次にマルチトラックレコーディングの手順を紹介する。
録音する楽器の編成が決まると,スタジオ内に各楽器を
レイアウトしそれぞれの楽器にマイクを設置する。
一般的なポップスやロックなどの録音の例では,最初に
ドラム,ベースなどのリズム楽器から録音する。スタジオ
24
ダイナミック型マイクロホンは,ダイナミックスピーカ
と同じ構造であるが,音と電気信号の変換プロセスが逆に
なっている。
特徴は,丈夫で壊れにくい点と,大音圧にも歪にくい点
であるが,感度が低く,高域の周波数特性が良くないため,
注(※)キューボックス
各楽器からの音を調整室のミキサ卓を経由してスタジオ内の演奏
者へ演奏音を送る装置がキューボックスであり,演奏者はミキサ
から送られる各楽器の音を,自分の演奏しやすい音量とバランスに
調整し,ヘッドフォンでモニタしながら演奏する。
キューボックスには複数(5∼8)の入力系があり,それぞれの
チャンネルにボリューム,バランス,スイッチが設けられている。
第2章 音づくりを支える技術
音量感のある楽器や高音域の繊細さがあまり重視されない
録音に使用される。
近年のレコーディングでは,コンピュータを利用したミ
キシング(ミキシング・オートメーション)が主流である。
この方法は,トラックダウンの時にエンジニアが作業す
る内容を時間(MTRのテープに書き込まれたタイムコー
ド)に同期して覚えていくものである。MTRの性能が向
上し,チャンネル数の増加に伴い,ミキシング・コンソー
ルのI/Oも多くなり,トラックダウンの時にエンジニア
がこなせる作業量に限界が生じたために考え出された方式
である。
ミキシング・オートメーションの作業では,実際に操作
したOKテイク部分だけをコンピュータにメモリするので,
図12
ダイナミック型マイクロホン
エンジニアは納得いくまで操作を繰り返し行い『目標の音』
に作り上げていくことができる。
コンデンサ型マイクロホンの特徴は,感度が高く,周波
完成したミキシング・オートメーションのデータをセー
数特性が良い点であるが,湿度に弱いため,取り扱いや保
ブしておけば,いつでも同じ場面のトラックダウンが再現
管には十分注意が必要である。
でき,異なったトラックダウンした音と簡単に比較試聴す
このマイクロホンの性能を十分発揮する録音対象とし
ることも可能である。これは制作するCDの音づくりの傾
て,シンバルなどの高音域楽器や弦楽器,管楽器などに幅
向を,プロデューサやミュージシャンで決定する時に非常
広く用いられる。また低音域楽器も楽器から離してセッ
に便利な機能である。
ティングするとダイナミック型と違ったスピード感ある音
で録音ができる。
4.2 トラックダウン時のモニタ
このように,録音する楽器によりマイクロホンの種類や
メーカの違うマイクロホンを選択し,楽器とマイクロホン
の距離,角度を変えて希望の音色が得られるようにスタジ
オエンジニアは日々努力している。
レコーディングスタジオのモニタシステムには,通常2
系統,3系統のスピーカがある(図14)
。
ノイズの有無や個々の楽器の音色をチェックするラージ
モニタスピーカと,全体バランスをチェックするスモール
モニタスピーカの設置が一般的である。
レコーディング時には,ラージモニタスピーカを大音量
で聞くことが多いが,トラックダウン時は全体のバランス
がとりやすいことからスモールモニタスピーカを使用する
ことが多い。当社スタジオではスモールモニタスピーカに
当社オリジナルのタイムドメインスピーカ(TD512)を設
置している。
図13
4
コンデンサ型マイクロホン
4. 評価用音楽ソフトの制作
評価用音楽ソフトの制作
4.1 トラックダウン
前項で紹介したMTRに録音された各楽器の音を,レベ
ル,音質,拡がり,奥行き,定位の調整を行い2チャンネ
ルステレオの音源に編集していく工程をいう。ここでは,
図14
調整室内
トラックダウンの時に注意することは,完成したソフト
コンピュータによるミキシング・オートメーション,モニ
が,どのような音量で聞かれても,楽曲のバランスが大き
タ,各種エフェクタについて説明する。
く崩れないように,さまざまな音量で確認することである。
25
車と音響技術のあゆみ
また,音楽を楽しむために使用される音響装置も高級コ
ンポからラジカセまで多種あるため,ラージモニタ,ス
モールモニタ,ラジカセで,音楽全体のバランスと音質を
チェックすることである。
実際の使用例はドラムやパーカッション系に使用する場
合が多い。
ドラムセットの録音では,各パート毎にマイクロホンを
設置して録音するが,演奏していないパートのマイクロホ
2チャンネルステレオでは,左右のレベル差,時間差で
ンは演奏している他の楽器の音を拾って録音されてしま
楽器の定位や前後感をコントロールしているが,これらコ
う。そこで,ノイズゲートを使用することで各パートの分
ントロールの影響で左右チャンネルを足し合わせた時に,
離をよくすることができる。
不具合(特定楽器の音が小さくなったり,バランスが崩れ
る)を生じることがあるので,モノラルでの確認は不可欠
な項目である。
(3)ディレイ・リバーブ
ディレイおよびリバーブは,響きを与えて空間的な拡が
りを得るためのエフェクタである。
ディレイは,一度発せられた音波が一定の周期で遅れる
4.3 エフェクタ
トラックダウン時には,リミッタ・コンプレッサやディ
レイ・リバーブ,イコライザなどのエフェクタを用いて目
標の音に仕上げていく。この項では,代表的なエフェクタ
について概要と使用例を説明する。
(1)リミッタ・コンプレッサ
現象で,リバーブは風呂場のなかのように,一定の決まり
を持たずに繰り返される残響音のことである。
古くはテープ式,スプリング式,BBD(半導体)式の
アナログエコーが用いられていたが,現在はデジタル方式
が主流になっている。
リミッタとコンプレッサは動作が似ているので,両方の
機能を搭載した製品が多い。
リミッタは,ある値以上の入力が入った時に,オーバー
した部分のレベルを一定に抑える働きをする。
これに対してコンプレッサは,レベルの抑え方の比率,
(4)イコライザ
音声信号の周波数特性を変化させるもので,最もよく用
いられるエフェクタである。
レコーディングに用いられるものは,周波数,帯域幅が
圧縮比を変えて設定値(スレッショルド)以上の増幅度を
連続して可変できるパラメトリック・イコライザが一般的
制御できるようになっている。
である。トラックダウンの時に目標の音にするために,さ
まざまなイコライジングを行うが,これらはエンジニアの
ノウハウであり,決まった方法があるわけではない。
下記に一般的な使用例を示す。
(a)各楽器の音色調整
(b)浮き出させたい楽器の音量調整
(c)音像の上下感の調整
(d)ステレオ感の調整
(e)リバーブなどエフェクタ効果の向上
この他にもエキサイタなどのエフェクタがあるがここで
図15
エフェクタ類ラック
リミッタ・コンプレッサは,広範囲なダイナミックレン
ジを持つ入力信号を,限られたダイナミックレンジの音源
に加工するのが基本的な用途である。
具体的には,打楽器やベースなどダイナミックレンジの
大きな楽器のレベル変化を抑えたり,ボーカルなどでは音
量変化を均一化して音を前に出す目的に使用する。
は説明を省略する。
4.4 マスタリング
トラックダウン作業で作られた2チャンネルステレオの
マスタテープから,量産用マスタCDを製作する工程をマ
スタリングという。
一般のマスタリングは,CDにするためにダイナミック
レンジを調整したり,曲順,曲間をそろえる編集作業が主
であるが,最近では単なる編集作業だけでなく,音づくり
(2)ノイズゲート
ノイズゲートは,入力がある一定のレベル以下になった
場合に利得を減少させる装置である。
レコーディング時のマイクロホン出力で,演奏音が存在
しない時の信号は雑音となるので,ノイズゲートを用いて
出力を閉じることができる。
26
の最終工程という考え方で,積極的に音質加工や残響補正
が行われている。
第2章 音づくりを支える技術
編集・トラックダウン
合格すれば作業が完了する。
マスタリングの流れ
以上,マスタリングの流れを図16に示す。
マスターテープ
取り込み
DAT
HDR
編 集 ・音質補正(EQ)
・レベル調整
【スタジオ f で録音した音楽ソフトの紹介】
オーディオ製品を評価する場合,一般的には市販されて
いる音楽ソフトを使って,自分の経験と雑誌評価(評論家
などの批評)を参考にすることが多い。しかし,そのソフ
エラーチェック
プレス用マスター
エラレイト測定
CD-R
図16
PQ編集 ・タイムコード
・曲間
マスタリング作業の流れ
トに録音された音は,録音現場のスタッフ(ディレクタ,
エンジニア,ミュージシャンなど)しか知ることができな
い。このような市販ソフトを使用して音質評価するのは,
既存製品などの音の傾向を見る時はよいが,オーディオシ
ステムの開発では適切とはいえない。
(1)マスタテープの取り込み
最近のレコーディング業界ではマスタリングを専門にす
るマスタリングスタジオが存在する。
そこでレコーディングからトラックダウンまでスタジオ
f で行ったマスタ音源が音質評価用オリジナルソフトとし
て非常に重要となる。
録音スタジオでトラックダウンを終え,マスタリング
当社スタジオでは,関西で活躍しているJAZZミュージ
スタジオに持ち込むマスタテープは,3/4インチUマチッ
シャンの自主制作CDの録音をサポートしており,完成し
クテープか,DAT(Digital Audio Tape)が一般的であ
るが,当社スタジオf ではDATをマスタテープとして使用
たCDの音源は,展示会のデモ用や製品開発時の音質評価
している。
ている。
一般的にマスタリングの編集システムとして,Uマチッ
クを使ったSONYのシステムか,ハードディスクレコー
用に適した楽曲を選びオリジナル評価ソフトとして活用し
以下に当社スタジオでレコーディングし,市販されてい
るプロミュージシャンの自主制作CDの一部を紹介する。
ディング(以下HDRという)を使用した「SONIC SOLUTION/Sonic System」または「DIGIDESIGN/Pro Tools」
のどちらかが主に使われている。
最近は,HDRを使用したシステムが日本のスタジオで
急速に普及している。
将来的に当社のスタジオも外部のスタジオとの互換性を
考えながら機材の置き換えを検討したい。
(2)編集
一般の市販CDでは,マスタリングシステムに取り込ん
だ後に,コンプレッサ,イコライザ,リバーブなどのエ
フェクタにより音を加工し,曲毎の音量バランスの補正,
CD全体のサウンドバランス補正を行い『よい音を追求』
する。
音の補正が終了すると,CDにするためのPQ編集を行う。
PQ編集とは,CDの各トラックやインデックス情報を打ち
込む作業である。
ただし当社で制作する評価用CDでは,マスタリング時
に音色の加工は極力実施しない。
(3)プレス用マスタ盤の製作
編集作業が全て完了すると,CDプレス用のマスタ盤を
作成する。
以前は,プレス用マスタはUマチックテープが主流で
あったが,最近ではCD-Rが一般的である。
マスタ盤ができ上がると最後にエラーレイトを測定して
図17
スタジオ f で録音したCD
27
車と音響技術のあゆみ
5
5.車室内音響測定システムと解析方法
車室内音響測定システムと解析方法
カーオーディオの各コンポーネントは,それぞれが求め
られる特性を満足するように製品開発が行われるが,最終
的にユーザが音を聞くのは,車に各コンポーネントが取付
けられた状態であり,車の音響特性を含めた音を評価する
音
圧
レ
ベ
ル
ことになる。従って,車のなかでの音を物理データで評価
する必要がある。本項では,車室内の音づくりに必要な代
表的な音響測定方法に関して説明する。
周波数
図19
5.1 車室内音圧周波数特性
正弦波測定例
オーディオシステムの最も基本的な特性評価として,周
波数特性の測定がある。各コンポーネントの評価において
も周波数特性の測定を行うが,車室内でスピーカユニット
が取付けられた状態で,聴取位置での音圧周波数特性を測
音
圧
レ
ベ
ル
定する。
図18に音圧周波数特性の測定ブロック例を示す。一般的
(0V)
周波数
にはFFTアナライザなどを使用しているが,データ処理
図20
の効率化のために,図18の信号発生器,マイクロホンアン
プなどが一体になったパソコンベースの音響測定装置を用
いることが多い。
1/3oct.解析例
また,音圧周波数特性の測定例として図21と図22にウー
ファスピーカの位相を変えた場合のデータを示す。図22は
ウーファと他のスピーカが位相干渉をおこしており,
80Hz付近を中心にディップしていること(低音不足感)
がわかる。このように,カーオーディオシステムは複数の
スピーカを使用することが多いので,低い周波数の位相干
渉などは音圧周波数特性で検出できる。
音
圧
レ
ベ
ル
図18
測定ブロック
(0V)
周波数
スピーカ単体の測定を無響室内で行う場合には,正弦波
図21
を用いて音圧周波数特性を測定するが,車室内で同様の測
ウーファ正相
定を行うと反射音の影響が大きく,細かなピークディップ
が発生し,測定データとして評価しにくい(図19)。従っ
て,反射音の影響は別の測定で評価することとして,音圧
周波数特性の測定は,周波数エネルギの評価として1/3オ
クターブバンド解析することが多い(図20)
。
音
圧
レ
ベ
ル
(0V)
周波数
図22
ウーファ逆相
一方,音圧周波数特性の測定では周波数特性の平坦度や
エネルギバランスを見ることが多いので,測定した1/3オ
クターブバンド解析データを基に,見やすい数値データを
算出している。
28
第2章 音づくりを支える技術
図23に解析例を示す。1/3オクターブバンド解析データ
パルス応答を示す。図24のスタジオの測定結果を見ると,
以外に,周波数帯域別のバランスや,音の大きさのレベル
直接音に続く床の反射音,天井・壁の反射音などが観測で
などを計算して表示させている。また,音の大きさに関し
きるが,図25の車室内データでは直接音に近接した大きな
ては一般的なオーバーオールレベル(OV)に加えて,心
反射音が重なり,どこまでが直接音か分離できない程の反
理量としてのラウドネスレベル(FREE:自由音場,DIF-
射音になっている。このように,車室内ではガラスなどの
FUSE:拡散音場)を表示させている。
大きな反射体が存在するので,スピーカ取付け位置によっ
ては,反射音の影響が大きく異なり,この反射音の様子を
評価するためにインパルス応答を用いている。
音
圧
レ
ベ
ル
(0V)
周波数
相
対
レ
ベ
ル
時間
図24
図23
スタジオのインパルス応答例
解析例
5.2 インパルス応答
相
対
レ
ベ
ル
インパルス応答とは,あるシステムにインパルス(時間
的に継続時間が非常に短い信号)を入力した時のシステム
の出力である。各コンポーネントの評価ではシステムはパ
時間
ワーアンプやスピーカユニットに当たるが,車室内音場の
図25
車室内インパルス応答例
評価では,これら全体がシステムに相当する。
インパルス応答の測定は,インパルスを出力してその応
スピーカ取付け位置と,車室内の反射音状況を測定し
答を同時に取り込めば可能であるが,インパルスは時間的
た例を図26,図27に示す。図26はインパネ右上,図27は
に継続時間が非常に短い信号なので,エネルギーが小さく
右Aピラーにスピーカを設置し,運転席でインパルス応答
十分なS/Nで測定を行うことが難しい。そこで,エネル
を測定した例である。図27に比べて図26の方が,フロン
ギーの大きな信号を使用し,取り込んだ信号を処理して,
トガラスによる反射音が多いことがわかる。反射音が多
計算によりインパルス応答を算出する方法を取っている。
い場所にスピーカを取付けると,音像の定位が曖昧とな
使 用 す る 信 号 と し て は M系 列 ( Maximum Length
る傾向がある。
Sequence)信号とTSP(Time Stretched pulse)信号の2
種類を用いる。
M系列信号とは,計算で作られた擬似ランダム信号で,
ホワイトノイズに類似した音である。一方TSP信号は,こ
れもコンピュータで作成可能な信号で,一種のスイープ信
号である。
相
対
レ
ベ
ル
車室内でインパルス応答の測定を行う例を以下に説明
する。
時間
図26
インパルス応答(インパネ右上)
【反射音の状態評価】
図24に当社スタジオに当社製品のECLIPSE TD 712を設
置し,標準試聴位置で測定したインパルス応答を,図25に
車のインパネ上スピーカで再生し,運転席で測定したイン
29
車と音響技術のあゆみ
【タイムアライメントの評価】
インパルス応答の測定システムでは,スピーカからマイ
クロホン位置までの時間を計測できるので,マルチアンプ
相
対
レ
ベ
ル
システムでのタイムアライメント処理に用いる遅延時間の
測定に使用することがある。
図30にインパネ両サイドに置いたスピーカから運転席ま
でのインパルス応答を示す。左スピーカからの直接音到達
時間
図27
インパルス応答(右Aピラー)
時間は3.6msで,右スピーカからの直接音到達時間は2.2ms
となっている。この差1.4msを右スピーカの遅延時間に設
定すれば,運転席ではステレオバランスが取れることにな
車室内の反射音状態の解析をさらに詳しく行うために,
る。実際に使用するマルチアンプシステムで測定を行えば,
近接4点法などを用いて仮想音源を算出することもある。
フィルタ回路による遅延時間も含めた計測が可能なので,
近接4点法は早稲田大学で開発された測定方法で,近接し
スピーカからの距離をメジャーで測定して遅延時間を計算
た4本のマイクロホン(図28)に入るインパルス応答の時
する方法に比べて,精度が高くなる。
間差から反射音位置を計算し,表示する方法である。
図29に,あるコンサートホールで測定した解析結果例
(指向性拡散図)を示す。各反射音の方向と大きさを,線
の方向と長さで示している。ステージ上に音源(スピーカ)
を設置し,客席中央で測定したものであるが,マイクロホ
相
対
レ
ベ
ル
ン位置が図の中心になるので,前方から一番大きな直接音
が到来し,床・天井・壁の反射音が周囲から到来している
時間
様子がわかる。
相
対
レ
ベ
ル
時間
図30
左右スピーカのインパルス応答
【スピーカ取付け状態の評価】
スピーカユニットの単体特性は無響室内で評価している
図28
近接4点法用マイクロホン
が,実際にカーオーディオシステムとして使用する際は,
車にスピーカユニットが取付けられるので,その取付け方
法で特性が大きく左右される。
図31にフロントドアにスピーカを取付け,スピーカ直前
で測定したインパルス応答から算出した立下り累積スペク
トラムを示す。奥から手前に伸びている周波数が,ドア振
動が大きい所である。図32はスピーカをドアに取付ける際,
制振材を挟んで取付けた立下り累積スペクトラムである。
制振材の効果で,尾を引く程度が小さくなっていることが
わかる。
このように,取付け状態を視覚的に評価する方法として,
インパルス応答(立下り累積スペクトラム)などを用いる
ことがある。
図29
30
指向性拡散図例
第2章 音づくりを支える技術
これら周波数特性の変動は,HATS頭部や耳介の影響が
大きく,音源との位置関係で特性が異なることから,
HATSで周波数特性の絶対値を評価することは難しい。
従って,HATSを用いた音響測定は,両耳の聞こえ方の差
に関する評価データが主となる。
音
圧
レ
ベ
ル
時間
音
圧
レ
ベ
ル
周波数
図31
立下り累積スペクトラム(直付け)
(0V)
周波数
音
圧
レ
ベ
ル
時間
図34
1MIC測定
周波数
図32
立下り累積スペクトラム(緩衝材挟み込み)
5.3 HATS(Head And Torso Simulator)を
使った測定
音
圧
レ
ベ
ル
車室内で音響測定を行う場合,部屋の体積に対して乗員
(0V)
の影響が無視できない。そのため,人間の上半身を擬似し
周波数
た人形の耳位置にマイクロホンを取付けた,HATSを用い
て音響測定を行うことがある(図33)
。
図35
HATS測定(正面)
音
圧
レ
ベ
ル
(0V)
周波数
図33
HATS外観
【HATSを使った音圧周波数特性】
図34∼36に,試聴室でスピーカの測定をしたデータ例を
図36
HATS測定(90°
右)
示す。図34のデータは通常の1ポイントマイクロホンデー
タで,図35のデータは図34のマイクロホンと同じ位置にス
ピーカに向けてHATSを設置した測定例(左耳データ),
【HATSを用いたインパルス応答】
5.2で紹介したインパルス応答も,HATSを用いて測定
図36のデータはスピーカに対してHATSを90°右に向けた
することがある。図37は運転席にHATSを置き,左ドアス
測定例(左耳データ)である。1ポイントマイクロホン
ピーカを再生した両耳のインパルス応答である。直接音は
データ図34と比較すると,図35は4kHzを中心に10dB以上
左耳に早く到達して,頭を回りこんで右耳に入っている。
盛り上がっていることがわかり,図36のデータはさらに
直接音に引き続いて右耳に大きな反射音が観測できるが,
6kHz以上の特性が変化している。
これは右ドアガラスの反射音である。ドアにスピーカを取
31
車と音響技術のあゆみ
付けた場合,反対側のドアガラスの反射が大きく,頭部の
影響で左右耳への反射音状態が大きく異なる。
図38に右窓を開けて同上の測定を行ったインパルス応答
を示す。右窓による反射音が右耳の応答から消えているこ
とが観測できる。
通常のマイクロホン測定では観測できない車室内特有の
現象がHATSを用いて測定することができる。
相
対
レ
ベ
ル
図39
時間
IACC測定例(スピーカ正面)
一方,HATS前方左方向にスピーカがある場合のIACC
グラフは図40に示す通り,時間のマイナス側にピークを生
じる。
相
対
レ
ベ
ル
時間
図37
HATSインパルス応答(左ドアスピーカ)
相
対
レ
ベ
ル
図40
IACC測定例(スピーカ左前)
このように,IACCグラフの明確なピークの大きさが音
時間
像定位状態と相関が高く,ピークの立つ時間が音像定位方
向と相関が高いと考えられている。
図41,図42に車のなかでIACCを測定した例を示す。イ
相
対
レ
ベ
ル
ンパネ上部にスピーカBOXを設置し,運転席にHATSを
設置してIACCを測定した。左スピーカはやや左方向(マ
イナス)に,右スピーカはやや右方向(プラス)にピーク
があり,音像定位位置との相関がわかる。
時間
図38
HATSインパルス応答(右窓開)
【IACC(Inter Aural Cross-Correlation):両耳相関係数】
HATSを用いた測定の代表的な例として,IACCがあり,
音像の定位状態を表す指標としてよく用いられている。
IACCは両耳の相互相関を計算するので,左右耳に全く同じ
音が入力されれば「1」,全く逆位相の音が入力されれば
「−1」
,全く相関のない音が入力されれば「0」となる。
IACCと音像定位の概要を説明する。図39に示すように,
HATS正面にスピーカがある場合,両耳に入る信号が同じ
なので,IACCのグラフも時間シフト0でピークを生じる。
32
図41
IACC測定(実車、左スピーカ)
第2章 音づくりを支える技術
【電磁作用の原理】
図42
IACC測定(実車、右スピーカ)
以上のように,IACCの測定によって,音像の大まかな
定位位置と,定位状態を定量的に把握することができる。
i
電流
スピーカ取付け位置の検討時や,タイムアライメント処理
の検討時にIACC測定を行い,音像定位状態を把握しなが
ら検討を進めることができる。
6
6.車載用コンポーネントと要素技術
車載用コンポーネントと要素技術
6.1 スピーカについて
(電流方向)
(1)スピーカの役割
スピーカとは,音楽などの音声の電気信号を,機械的振
動に変え,空気を振動させることにより,音波を発生させ
図44
るもので,電気音響変換器とも呼ばれている。
スピーカの動作原理
スピーカの役割を図解すると,図43のようになる。
(3)スピーカの種類
スピーカは,図45に示されるように変換方式,振動板の
形状,再生帯域,用途などによってさまざまに分類される。
聴取者
の耳
など
など
図43
スピーカの役割
(2)スピーカの動作原理
スピーカの動作原理は,アンプから磁界中のボイスコイ
など
ルに電流が流れると,
「フレミングの左手の法則」により,
電流値の変化に応じた駆動力をボイスコイルが受け,接合
されている振動板を駆動することにより,空気が振動し音
車載
が鳴る。
図45
など
スピーカの分類
車載用スピーカとしては,現状ダイナミック型が一般的
であり,振動板形状はフルレンジ,ウーファ,スコーカに
はコーン型,ツィータには指向性確保のためドーム型が採
用されている。
33
車と音響技術のあゆみ
(4)ダイナミック(動電)型スピーカの構造
ダイナミック型スピーカは,磁気回路構成により外磁型
と内磁型の2種類に大別される。内磁型スピーカは外磁型
と比べマグネットを小形化でき,軽量化を図ることができ
るが,磁束密度を外磁型と同等にするためには,磁力の強
いマグネットを使用する必要がある。外磁型では,一般的
・出力音圧レベル
フルレンジスピーカの場合,300Hz,400Hz,500Hz,
600Hzの4点の平均をとった音圧レベルを示す。
・低域再生限界周波数(fo)
インピーダンスカーブの折り返し点の周波数を示す。
・高域再生限界周波数(fh)
に磁気回路にフェライトマグネットを使用する。内磁型は
平域音圧レベルから10dB下がった音域側の音圧レベル
上記の理由から,磁気の強いネオジウムマグネットを使用
を示す。
するが,ネオジウムマグネットは材料単価が高いため,製
品価格と仕様を勘案した上での採用が必要となる。
ダイナミック型スピーカの構造断面図を図46に示す。
・実効周波数帯域
foからfhまでの周波数帯域を示す。
・公称インピーダンス
インピーダンスカーブにおいて,foの点より右側で,最
も低いインピーダンスの値を示す。
一般的なフルレンジスピーカの周波数特性は図47のよう
な曲線を示し,中域でエッジ共振の影響による顕著な
ディップが表れる。この点を境に低域側はピストン振動域
と呼び,スピーカの振動系が一体となって振動している周
波数がそのまま再生音の周波数となっている。一方,エッ
ジ共振のディップより高域側は分割振動域と呼び,振動板
やセンターキャップの分割振動の周波数が再生音の周波数
となっている。
(6)スピーカの設計
①音圧レベルについて
図46
ダイナミック型スピーカの構造
スピーカの音圧レベルを高くするためには,次のような
点に着目して設計する。
(5)周波数特性
(a)磁気回路とボイスコイルの間で発生する駆動力
スピーカの周波数特性は,一般に下図のように表わされ,
無響室内で測定される。
磁束を通るボイスコイル長や磁束密度,電流値が大きい
ほど駆動力(Bli)は大きくなり,音圧は高くなる。
(b)振動系部品の重量
振動系部品の重量が軽いほど音圧は高くなる。
一般的に磁束密度を大きく,振動系を軽く,磁束のなか
のコイル長を長くすると,音圧を大きくすることができる。
(アンプ出力あるいは電流値が一定の場合)
②再生限界周波数について
(この4ポイントの平均音圧)
フルレンジスピーカの場合:
300Hz,
400Hz,
500Hz,
600Hz
平均
スピーカの再生周波数帯域を広くするためには,次のよ
うな点に着目して設計する。
(a)低域再生限界について
低域再生限界周波数(fo)は
fo=(1/2π)× S/M
√
M: 振動系質量
S: 振動系スティフネス
であるから,振動系質量を重く,振動系のスティフネス
(剛性)を小さくするほど低域再生限界を低くすることが
できる。
図47
34
スピーカの周波数特性
第2章 音づくりを支える技術
型,バスレフ型がある。それぞれ特長があるが,オーディ
(b)高域再生限界について
高域再生限界周波数(fh)は
fh=(1/2π)× Sh/M
√
オ用には密閉型とバスレフ型がよく使われる。後面開放型
Sh: コーン紙のネックの
スティフネス
は,構造を簡素にできるが,スピーカ前後の音を完全に遮
断できないためである。バスレフ型は位相反転型とも呼ば
であるから,振動系質量を軽く,振動板ネック部剛性を大
れ,ポート(ダクト)を利用して,背面の音を特定の周波
きくするほど高域再生限界周波数は高くなる。ネック部剛
数で共振させて低音の位相を反転し,スピーカの前面の音
性を大きくする方法としては,ネック半頂角を小さくする,
と合わせて低音の音圧を拡大する。このため同容量の密閉
コーン紙材質の剛性を大きくする,ネック部にラッカーな
型エンクロージャに対して,低音再生帯域を広げることが
どの補強剤を塗布する,などがあげられる。
可能である。
図48
振動板半断面図
図50
エンクロージャの種類
車載用スピーカは,樹脂成形品のエンクロージャを設定
(7)エンクロージャ(スピーカボックス)の設計
する場合もあるが,ドア内の空間や,トランクルームなど
①エンクロージャの必要性
スピーカは,振動板が前後に動き空気の疎密波を起こし
車両構造の一部をエンクロージャとして利用する場合が多
て音を出しているが,スピーカの前後に出る音は,位相が
くある。これらのスピーカをドアスピーカ,リヤトレイス
逆の同じ音が出ているため,スピーカを単体で鳴らすと,
ピーカと呼んでいる。
前後の音が相互に打ち消し合い,特に低音が出ないという
現象が起きる。そこで,「バッフル板」と呼ばれる板で前
後に出てくる音を遮断する方法をとる。完全に遮断するた
めには無限大のバッフル板が必要であるが,現実には不可
(8)クロスオーバ・ネットワーク回路
①ネットワークの必要性
一つのスピーカで音楽信号の全周波数帯域(低音から高
能であるので,エンクロージャと呼ばれる箱に取付ける。
音まで)をカバーし,理想的に再生できるスピーカは存在
このエンクロージャは音質を決定する上で重要な要素の一
しないため,現在のハイファイスピーカシステムでは,再
つである。
生帯域に応じて複数個のスピーカを使用することにより,
音質を維持しながら幅広い再生周波数帯域を確保している
ことが多い。
ここで必要になるのが,各スピーカの能力に見合った再
生周波数を分割するためのフィルタで,これをクロスオー
打ち消しあう
ため
バ・ネットワーク回路(略してネットワーク)と呼ぶ。
②ネットワークの基本
ネットワークを構成する主な部品は「コイル」と「コン
デンサ」である。
コンデンサをスピーカに直列に接続すると周波数の高い
する
音を通し,低い音を通さないハイパスフィルタとなる。
コイルをスピーカに直列に接続すると周波数の低い音を
図49
バッフル板の目的
通し,高い音を通さないローパスフィルタとなる。
これらの接続方法とその値でクロスオーバ周波数(fc)
が決まる。
②エンクロージャの種類
主なエンクロージャの形式としては,後面開放型,密閉
図51に高音スピーカと低音スピーカに用いる3dB/octで
カットするフィルタ回路を示す。
35
車と音響技術のあゆみ
高音用スピーカ
(9)車載用スピーカの特徴
スピーカそのものの設計については前述のとおりである
が,車載用スピーカは下記のような条件についてもノウハ
ウや設計基準書の要件を考慮し設計する必要がある。
・搭載条件として,音軸を聴取者の方向に向けられないた
めスピーカに広い指向性が必要であり,振動板形状など
低音用スピーカ
の調整により指向性を確保すること。また,配置の影響
により発生する定在波,こもりを解消するためにFIXイ
コライザで補正する必要があること。また車室内の限ら
れたスペースを有効に活用するため,ドアまたはトラン
クルーム内の容積をエンクロージャとして有効に利用す
るなどのノウハウがある。
図51
コンデンサとコイルの役割
その他に,前室/後室効果による音質の劣化,スピーカ
グリル開口率の確保,バッフル効果を確保する気密性の
確保などがある。
③ネットワークの種類
ネットワークには「パッシブ」型と「アクティブ」型が
ある。
・使用環境として,ドア内部は雨水やカーシャンプーが流
れるため防水構造が必要である。また,車室内では周囲
パッシブ型とは,主な構成部品がコイルとコンデンサ
環境が温度−40∼+85℃・湿度90%となるため,耐熱耐
で電源回路を必要としないため「パッシブ」型と呼ばれ
湿を考慮した材質,表面処理でなければならない。さら
ている。
に直射日光の影響をうけるため耐光性も有する必要が
一方,「アクティブ」型 は, エレクトリック・クロス
ある。
オーバ(チャンネル・デバイダ)とも呼ばれ,フィルタ構
成部品のコイルとコンデンサの他に,バッファ回路,電源
回路などが必要になる。特徴としては,「パッシブ」型は
回路は簡素で,既存の固定定数部品を使用するため安価に
できるが微調整はできない。「アクティブ」型は回路もシ
ステムも複雑になりコスト高であるがパッシブでは製作困
難なフィルタ特性ができる。
車載用ではほとんど「パッシブ」型が採用されている。
オーディオに使用されるクロスオーバ・ネットワークは
2WAYと3WAYのものが多く,前者は周波数帯域を低域
図53
と高域に分割したもので,後者は周波数帯域を低域,中域,
前室・後室効果
高域と三つに分割したものである。
図52
クロスオーバ特性
図54
36
車載スピーカの搭載位置例図
第2章 音づくりを支える技術
【当社スピーカ製品例】
6.2アンプについて
(1)アンプとは
私達がオーディオで音楽を楽しむ時,CDやテープに録
音された音楽信号を耳に伝えるために,スピーカを駆動し
て空気中に音波を発生する必要がある。このスピーカを駆
動するのに必要なオーディオ機器がアンプである。
当社製品の車載用アンプは,プリアンプ部とメインアン
プ部を組合わせたものをパワーアンプと呼んでいる。
その構成図を図60に示し,以降で各ブロックの説明を
する。
パワーアンプ
メインアンプ部
図55
タイムドメインの制振技術による超Hi-Fi スピーカ
TD712z(ホームオーディオ用)
メインアンプ
図60
車載用パワーアンプの構成
(2)ホーム用と車載用の相異点
主に環境の違いを,表1にまとめた。
特に車載用として設計面で注意すべき点は,
図56
タイムドメインの制振技術を応用した車載用スピーカ
(サテライトスピーカ)E505SSP(車載市販)
1)供給される電源は電圧変動,リップル電圧,重畳ノイ
ズが大きく,それによるPOP音,誤動作対策が必要
2)動作温度環境が劣悪なため,温度上昇対策が必要
3)振動が大きく,機械的な保持構造や部品の重量配分を
十分に考慮した構造設計が必要
である。
(3)プリアンプ部
①差動入力
図57
一般的な汎用ドア用スピーカ
(φ16cmセパレート2WAYトレードインスピーカ)
E1674GST(車載市販)
車載環境では一つのBattery電源から各機器へ電源供給
をする関係上,各機器のアース(GND)間に電位差が発
生し,そのままの信号のやり取りではノイズが混入してし
まう(図61)
。
図58
チューンナップ用サブウーファ(低音用)
(φ20cmBOX型アンプ付)E703TSW(車載市販)
図61
図59
車載オーディオ機器のGND環境
リアトレー取付用3WAYボックススピーカ
(バスレフBOX型)E5508BXR(車載市販)
37
車と音響技術のあゆみ
表1 ホーム用と車載用との環境比較
ホーム用
車載用
DC10.5V∼16V
・電源変動幅はかなり大きく,急激である。
・ノイズ重畳も大きく,信号系に混入しやすい
・電源インピーダンスが低く,大電流が流れやすい。
・逆接対策が必要。
・バッテリ電圧の制限のため,どうしても低電圧・大
電流回路になりやすい。
・DC供給のため電圧変換が簡単には出来ない。
なし(EMC規格は別途あり)
厳しい。耐久性を求められる。
トランク,ダッシュボード奥,座席下など
放熱環境悪い
動作環境: −20∼+65℃
急激な変動(熱衝撃)あり
・プラグ,コネクタなど,ほぼ標準化されている。特 ・専用コネクタ,ワイヤハーネス使用。
に電源1次側配線は法規制に準拠したものを使う必 ・各機器のアースは車両バッテリに収束するためアー
スループができやすく,信号伝送にはバランス送受
要あり。
信などのノイズ対策必要。
・信号系はAC電源ラインとは絶縁され,機器毎に浮
いているので信号はRCAピンコードで直接つなぐ
だけでよく,原則アースループはできない。
AC100V(日本),120V(米国),230V(欧州)±10%
・民生機器は絶縁を取るため,トランスが必須だが,逆
に欲しい電圧を自由に作り出せるメリットがある。
・電源部が重量の大部分を占める。
電源
・大容量平滑コンデンサを搭載するため,サージや瞬
断に対しては有利。
・トランスを含めた電源容量を最適設計することで,
アンプ異常時の電流リミッタ代わりにできる。
電気安全法規制 電安法(日本),UL(米国),CE(欧州)
振動
ほとんどなし。輸送振動のみ
机上,棚など不特定
設置場所
放熱環境は比較的よい
動作環境: 0∼+40℃
温度
アースおよび
接続方法
このノイズ除去のために入力部は差動アンプ構成とする
ことが一般的である。図62にオペアンプを用いた差動入力
パスフィルタ(LPF)回路を示す。この回路は特にサブ
ウーハに多用されている。
回路を示す。
図63
図62
2次LPF
差動入力回路
カットオフ周波数は
ここでE1,E2を入力電圧とすると,出力の一般式は
であり,R1=R2とすると尖鋭度Qは
であり,E1=E2とすると,いわゆるコモンモード入力とな
3
る。そのときのコモンモードゲインは
となる。
となる。ここでR1・R4 = R2・R3 の条件下では,ECM=0
特徴:
となることがわかるが,これはMainUnitとのGND電位の
1)通過帯域はゲイン0dBの正相アンプである
違いによるノイズを0にできるということを意味する。
2)Qは単純な計算式で表されるため設計自由度が高い
3)Q=0.7で最大平坦型(バターワースフィルタ)となる
②フィルタおよびEQ回路
図63に高域を減衰させ,低域のみを通過させる2次ロー
38
4)R1,R2をボリュームなどで可変させれば,カットオフ
周波数の連続可変が可能
第2章 音づくりを支える技術
図64にEQ(イコライザ)回路例を示す。車室内のこも
ATT回路については,一般的なため記載は割愛する。
り音を取るため,特定の周波数のみを減衰させる回路とし
てよく使われる。
③プリアンプ部のデジタル信号処理(DSP)による音場
制御
②項で述べたプリアンプ部は,近年,信号をデジタル処
理するシステムが増加しているで,その一例を紹介する。
図66にDSPシステムのブロックを示す。
図64
減衰型EQ回路
中心周波数f 0とQ,およびゲイン(減衰量)は
3
図66
DSPシステムのブロック図
デジタル処理するメリットとして
1)無調整化が可能
となる。
2)信号品質の劣化・バラツキが少ない
3)編集・加工・処理が簡単で再現性が高い
特徴:
4)小型化でき,通信を含めマイコン処理できる
1)オペアンプによる擬似インダクタンス(半導体L)を
が挙げられる。複雑な処理をするシステムの量産に適して
おり,使用半導体の低価格化に伴い,今後はより普及して
利用
2)ゲインは低域,高域とも裾野は0dBに収束する
3)R3はゲインのみに関与し,f0,Qには関係なし(設計
いくものと思われる。
DSPでの制御技術については,後の6.3で詳細を述べる。
が容易)
4 ) ゲ イ ン と Qが そ れ ぞ れ 変 え ら れ , 単 体 製 品 の グ ラ
フィックor パラメトリックイコライザとして普及
図65は減衰型EQ回路のQを一定にし,カットオフ周波
数を100,1k,10kHzとした時のそれぞれのカーブを示す。
(4)メインアンプ部
①アナログパワーアンプ
アナログパワーアンプ(アナログアンプ)の出力パワー
トランジスタ構成を図67に示す。
図67
図65
アナログアンプ・プッシュプル出力回路
Q=3一定でf0を変化させた例
39
車と音響技術のあゆみ
パワートランジスタのバイアス電流(アイドリング電流)
の大小によりA級,B級,AB級に区別されている。
図67のようなPush-Pull回路の場合の特徴を表2にまとめた。
表2 プッシュプル回路の比較
上:NPNトランジスタ,下:PNPトランジスタ
縦軸:電流値,横軸:時間
図68
A級
非常に大きい
アイドル
⇒無信号時でも
電流
発熱大
悪い
無歪最大出力時
効率
に最大効率50%
となる
非常に少ない
歪み
用途
B級
0
⇒無信号時は
発熱0
非常に良い
やや多い
NPN-PNP電流
がスイッチする際
にスイッチング歪
が発生
ホ ーム 用 H i F i 厳密な意味での
B級はほとんど使
オーディオ
一部のマニア向け われない
D級アンプのブロック図
AB級
小さい
⇒無信号時は
発熱小さい
良い
B級に近い
少ない
スイッチング歪は
低く押さえられて
いる
ほとんどのアナロ
グアンプで使用さ
れている
図69
アナログアンプとデジタルアンプの効率例
欠点としては,数百kHzという高速かつ大振幅(電源電
圧までフルスイング)でスイッチングするため,輻射ノイ
ズが大きく,EMC対策が課題となる。
また音質の面でも従来のアナログアンプを超える音質の
実現が難しいため,車載用としては現在ハイパワー・低発
熱の特徴を活かしたサブウーファ用途の実績が多い。
実際の車載用では温度条件が厳しいこと,および性能対
しかし,近年パルス変調回路方式に工夫を凝らした音質
コスト・信頼性を考慮し,発熱が少ない・歪みが少ない・
のよいデジタルアンプが出始め,フルレンジ帯域用のデジ
効率の良いAB級方式をほとんどが採用している。
タル構成のアンプの開発が進められている。
②D級パワーアンプ
(5)放熱方式
D級パワーアンプはデジタルアンプ,またはPWMアン
アナログB級アンプに正弦波信号を入力した時,発熱源
プ と も 呼 ば れ て い る 。( PWM方 式 : Pulse Width
となるパワートランジスタのコレクタ損失(=パワーアン
Modulation)
プの発熱量)Pdは,一般に
図68にブロック図を示す。特徴としては,アナログア
ンプと異なりパワー段ではスイッチングをするだけなの
で原理上ロスがなく,効率が非常に良いことがあげられ
る。図69にアナログアンプとデジタルアンプの効率比較
で表される。
の例を示す。
ただし
Vcc: 電源電圧[V]
P0: 出力電力 [W]
RL: 負荷インピーダンス[Ω]
で,かつクリップしていない正弦波信号の場合である。
実測例として図70に一般市販パワーICの1chあたりの出
力電力対発熱量カーブを示す。
40
第2章 音づくりを支える技術
(6)車載用パワーアンプの保護動作について
ここでいう保護回路とは,パワーアンプとスピーカを
結ぶラインに何らかの異常が発生した時,およびアンプ
内部の動作状態に異常を検知した時にパワーアンプ内部
の動作を遮断し,内部回路を保護すると共にスピーカの
損傷防止を目的とした回路である。実際にはこれらを複
合して判断し保護動作をさせているが,種類としては下
記の項目がある。
図70
出力電力対発熱量カーブ
・天絡:スピーカラインが電源ラインとショートした場合
・地絡:スピーカラインがGNDラインとショートした場合
図では最大発熱は無歪最大出力の約半分のとき(図中の
・短絡:スピーカラインの±ラインがショートした場合
Pd max )であるが,実際のアンプでは高出力になると
・過電流:出力端子に過電流が流れた場合
チョークコイルその他の電源部の損失も大きくなり,全体
・DC検出:出力端子に直流電圧が現われた場合
の発熱は両方を足した熱が実際の発熱となり,チョークコ
・熱遮断:ICのジャンクション温度が異常に高くなった場
イルなど電源部の損失発熱は出力に比例して増加するため
発熱が最大になるのはもっと高出力時となる。また図には
合(例えばTj=150℃)
・電源過電圧:パワーアンプへの供給電圧が最大定格電圧
参考のためにD級アンプの発熱量を追記しているが,D級
アンプの主な発熱要因はパワー段のスイッチングFETの
以上になった場合
・電源減電圧:パワーアンプへの供給電圧が最低動作電圧
ON抵抗であるため,原則的に発熱は出力に比例する。
以下になった場合
従って図を見てわかるようにD級アンプは中・小出力時の
効率はアナログアンプに比べ非常に高いことがわかる。
次にパワーアンプICでの放熱設計は,簡略化すると図71
のような電気的等価回路に置き換えることができる。
(7)音質に対するパワーアンプ設計上の配慮
アンプの音質向上策は,聴感と物理特性の明解な相関が
取れていないため,これといった奇抜な方策はなく,基本
に忠実に回路設計,部品選択,パターンの引き回しをする
方法が一般的である。以下にいくつかの音質向上のポイン
トを述べる。
①回路設計
・信号の通るステージ(回路経路)はできるだけ少なくし,
回路をシンプルにする。
・チャンネルセパレーション改善のため,オペアンプはで
きるだけ回路的に基準電圧が振られない反転アンプを使
θj-T
θHS
Pd
Tj
Ta
:ICのパッケージ熱抵抗[Ω]
:ヒートシンクの熱抵抗[Ω]
:ICの発熱[W]
:IC内部チップ温度[℃]
:周囲温度[℃]
図71
放熱設計の電気的等価回路
用し,+入力に1/2Vccバイアスを与えるようにする。
②部品選択
・信号が直列に通るカップリングコンデンサは音質影響度
が大きいため,できるだけ音響用コンデンサを使用する。
・パワーアンプICの電源ラインに接続するデカップリング
コンデンサはできる限り大容量の音響用ケミカルコンデ
回路上の電圧が温度に,電流が熱量に対応すると置き換
ンサとし,ICの近傍に配置する。
maxの時にICの許容チップ温度Tj(一
・EMC対策においても,信号ラインへ直列にはできる限
般的に150℃)を超えないようにヒートシンクの放熱設計
りEMIフィルタを入れずに抵抗挿入で対応する。ただし
をする必要がある。これを式で表わすと次のようになる。
EMC評価との兼ね合いで判断が必要である。
えられる。ここでPd
Tj=Pd ×(θj-T + θHS)+ Ta
Tj>150℃
でなければならない。
③基板およびパターン
・パワーアンプICから外部接続用コネクタへのパターン幅
はインピーダンスを下げるため,できるだけ太くするの
が望ましい。また銅箔の厚みも70μm以上を使用する。
41
車と音響技術のあゆみ
・CODEC・ICのように一つのICにデジタルGNDとアナロ
車のなかで音楽を楽しむ場合,人それぞれ楽しみ方があ
グGNDの両方を持つ場合はできるだけ距離をとって分
り,Hi-Fi(忠実再生)派と臨場感派の両方が存在する。
離し,伝導ノイズ低減のため,高周波特性のよい小容量
しかし車のなかというリスニングルームは一般家庭に比べ
のコンデンサを付ける。
狭い空間環境のため,「広がり感」や「臨場感」を得にく
・多層基板使用の場合,GNDパターンのインピーダンス
く,コンサートホールにおける音楽のスケール感が体験で
を下げるため,各層のGNDを繋ぐ層間スルーホールは
きない。そこでDSP処理の一つの機能として,狭い車室内
できるだけ多く設ける。
でも大ホール並みの臨場感溢れる擬似音響空間を得るため
に車室内の環境を音響処理補正をすることがある。例えば
音質向上策は,信頼性(その他の副次的に起こる弊害)
とのトレードオフになることも多く,設計現場でそのつど
何を優先させるか見極め判断し設計する必要がある。
余計な反射音の除去である。
二つ目は,BASS/TREBLE,BALANCE,FADER,
VOLUMEなどユーザが好みにより変更する音質制御機能
である。
6.3 DSPサウンドプロセッサについて
(プリアンプ各機能のデジタル化)
(1)DSPとは
デジタル・シグナル・プロセッサ(以下DSP)が誕生
して既に30年になるが,当初はサンプリング周波数の比
較的低い通信システムのキー・デバイスとして発展した。
その後CMOSLSI技術の急速な発展に伴い高速処理(命令
三つ目は,音場再生である。部屋の大きさ(壁までの距
離,天井の高さなど)やそれらの材質によって,伝達され
る反射音と残響音の関係を電子回路(DSP)で擬似的に作
ることで,ホールや教会,ライブハウスなどの雰囲気のな
かで音楽を聴いている疑似体験を再生することである。
これらを実現させる手法の基本を紹介する。回路構成は
図72である。
サイクル100ns以下)が可能になり,1990年代にはオー
ディオ・ステレオ信号がリアルタイムに処理できるまで
に至った。
最近のオーディオ機器は,さまざまな機能が考案され多
様化の一途である。これら機能をアナログ回路で実現させ
ようとすると膨大な回路あるいは専用ICが機能数だけ必要
になる。しかし,DSPはこれらの機能をプログラムによっ
て実現でき,所望の処理プログラムの組み合わせによって,
図72
基本ディレー回路
同一ハードウエアでも異なった機能のオーディオ製品を作
ることができる画期的なデバイスである。
入力に入った信号(音楽)は遅延回路により直接音より
DSPは,音という連続信号である情報を時間的に離散的
いくらか遅延され,反射音が作り出される。この信号が減
信号に変換し(これを標本化という),この標本値を量子
衰器を通過し,直接音とミキシングされて残響音が作られ
化することにより2進に符号化して処理をする。復号化は
る。この時,遅延時間や減衰量を何通りも作ることで,よ
符号化の逆操作である。音声符号化技術は,1962年に米国
り自然な音場空間を作り出すことができる。
で実用化(8kHz標本化,8bit量子化)され,PCM音声符
号化方式の基本が確立した。
音声PCM信号の復号器および処理器は高速演算処理が
不可欠であり専用LSI,汎用デジタル・シグナル・プロ
セッサ(DSP)が必要である。
単一チップのDSPが登場したのは1979年,米インテル
これらの処理はIC技術の進化とデジタル技術のデジタル
信号処理(DSP)が発展し,実現されている。
ここでは,DSPの原理とオーディオの基本機能となる一
般的な音質制御機能について述べる。
DSPサウンドプロセッサ構成の基本図を図73に示す。
DSPは近年半導体の技術躍進により高性能化,小型化,
社が発表した2920が最初であり,以後各社から発表され
低価格化が進み,車のユーザにもより良い音を適正な価格
ている。
で提供できるようになってきた。
車載用オーディオにおける聴取環境の改善,良い音への
(2)DSPサウンドプロセッサ(処理)の機能目的
下記三つがある。
・車載の音環境の補正
・音質制御
・音場再生
42
音づくりがしやすくなり,車室内で最高のエンターテイン
メントをいっそう楽しめるようになる。
第2章 音づくりを支える技術
アナログ信号
図73
図75
DSPサウンドプロセッサ構成
デジタル信号
アナログ信号⇒デジタル信号
つまりデジタル信号の品質は,標本化と量子化の値で決
(3)サウンドプロセッサの各ブロック
ここで各ブロックの機能を紹介しておく。
まる。A/Dコンバータの代表的な変換方式について記す。
①DIR(Digital audio Interface Receiver)
DIRは,CDなど音楽ソースとして1本の信号線にてメイ
ン ユ ニ ッ ト か ら 送 ら れ て 来 る S/PDIF( Sony Philips
(a)デュアルビット方式A/D
概 要:1ビット方式のフィードバックループの不安定性
Digital Interconnect Format)方式のデジタルオーディオ
を改善した方式
信号をDSP,D/Aコンバータなどが扱える信号フォーマッ
良い点:内部回路が比較的簡単であるため,安価である。
ト(通称:3線式)に復調するデバイスブロックである。
悪い点:帯域外ノイズが多い
DIR変換波形を図74に記す。
(b)マルチビット方式A/D
②A/Dコンバータ(Analog to Digital Converter:
概 要:デュアルビット方式に比べさらに不安定性を改善
した方式
ADC)
アナログのオーディオ信号を,DSPなどで処理ができる
ように量子化および標本化してデジタル信号に変換する回
路である。
良い点:ダイナミックレンジが広く帯域外ノイズも少ない。
悪い点:リニアリティが悪くコストが高い。
一般的にコストパフォーマンスからマルチビット方式が
図75は,横軸(時間)は標本化のサンプリング間隔でサ
普及,採用されている。
ンプリング周波数を示し,間隔が狭いすなわちサンプリン
グ周波数が高いほど波形再現力を増す。
③D/Aコンバータ(Digital to Analogue Converter:
縦軸(振幅)は量子化を示し,クオンタイゼーション
(Quantization)間隔はbit数で表わされ,間隔が狭いほど
bit 数が大きく精度がよい。
DAC)
デジタルオーディオ信号を,アナログ信号に変換する回
路であるが,デジタルオーディオの音質は,D/A変換の性
能によってほぼ決定されるといわれるくらいD/Aコンバー
タは重要な部位である。
図74
DIR変換波形
43
車と音響技術のあゆみ
(a)ゲイン制御(音量を調節する機能)
[ボリューム制御例・・・ 音量を1/2にする例]
・ボリューム(ゲイン)は掛け算で行う。
デジタル信号
図76
アナログ信号
デジタル信号⇒アナログ信号
次にD/Aコンバータの代表的方式を述べる。
どの方式もそれぞれ優位点があり,どちらが良いかの選
図77
ボリューム制御例
択は,最終的に使用される用途によって異なる。
ゲイン値に相当する係数値を変更することにより音量を
(a)1ビット型D/A
普及機から高級機まで広く採用されている方式で,別名
変化させることができる。
すなわちボリュームステップ値と音量指定値(ゲイン値)
⊿∑変調あるいはノイズ・シェーピング方式といわれる。
およびDSP係数を結び付ける「変換テーブル」を元に,
信号を表現する量子化ステップが一つすなわち「0」と「1」
DSP係数を書き換えることにより制御する。
の出力しか持たず,時間軸で振幅を表現したPDM(パル
ボリューム制御の流れ例(現状ステップ:8とすると)
ス密度変調)あるいはPWM(パルス幅変調)で変調した
信号を,低域通過フィルタでアナログ信号に変換する方式
ボリューム変化検出
操作→ボリューム2ステップUP
である。
長 所 : 低域通過フィルタのみで変換するため0dBFS
(FS:FULL SCALE)から小信号レベルまでを全帯
ボリュームステップ算出 新規ステップ:8+2=10
域で直線性に優れた変換特性で実現できる。
短所:マルチビット型に比べ,帯域外ノイズが多くなる。
(b)マルチビット型D/A
DSP係数変換
高級機に採用される方式で,別名電流セグメント方式と
もいわれる。マルチビット方式はデジタルデータのビット
に重みを持たせ,それぞれのビットに応じた数だけ素子
DSP係数書換
(ステップvs係数テーブルに照合)
ボリュームステップ:
10=DSP係数:0x732AE
ボリュームゲイン係数アドレス:
0x1032番地に“0x732AE”を書き込み
(電流セグメント)を用意し,各ビットのON/OFF(1/0)
の組合せによる総和をアナログ信号の出力として取り出す
方式である。
(音量が変化)
−33dB → −25dB … 8dB音量UP
欠点は,原理上電流セグメント間に性能バラツキが発生
し,非直線的な変化をするポイントが生じることである。
この非直線性を改善するためにはIC内の抵抗値のトリミン
グなどで調整が必要でありコスト高になりやすい。
(b)フィルタ制御(デジタルフィルタ制御)
デジタルフィルタはアナログフィルタよりも,より高い
パフォーマンスの特性を実現できる。また,はるかによい
④DSPの役割
DSPにより実現する主たる機能を下記する。
(a)ゲイン制御
・ボリューム・バランス・フェーダ
(b)フィルタ制御
・トーンコントロール・ラウドネス・イコライザ
(C)ディレイ制御
・タイムアライメント
(d)総合(ゲイン・フィルタ・ディレイの組み合わせで実現)
・音場制御
上記各制御機能の動作について以下に記す。
44
SN比を達成する可能性がある。
フィルタの形式にはIIR(Infinite Impulse Response)
フィルタとFIR(Finite Impulse Response)フィルタが
あり,オーディオ基本機能には性能では若干劣るが高速
で安価なIIRフィルタを主に使用する。
2次IIRフィルタにて実現可能な種類の主なフィルタを
表3に示す。
(これらの組合せによりさまざまな特性が得られる)
第2章 音づくりを支える技術
表3 フィルタの種類
種類
特性図
1次/2次ハイパスフィルタ
(HPF)
1次/2次ローパスフィルタ
(LPF)
図78
1次/2次ハイシェルビングフィルタ
1次/2次ローシェルビングフィルタ
2次ピーキングフィルタ
ラウドネスの例
すなわち,
[トータルVOL減衰量] = [Input ATT] + [Volume]
となる。
この機能も,ラウドネス量とDSP係数を結び付ける「ラ
当社では,表の各フィルタの組合せでオーディオの主要
ウドネス係数テーブル」を元に,DSP係数を書き換えるこ
機能である下記機能を実現させている。
とによりBit落ちなどがないように工夫制御している。
トーンコントロール
フィックスイコライザ
トーンコントロールは操作された操作量に合わせトーン
車載オーディオの場合,試聴空間となる車室内の周波数
STEP値がDSP部に送られ,操作量は一般的に±5∼
特性はスピーカの取付位置,窓,座席シートなどにより車
10STEPである。特性の実現策を下記する。
種ごとに音響特性が乱れており,この乱れをを補正する必
・BASS特性には,主にローシェルビングフィルタが使用
要がある。複数のフィルタにより,車室内の音響特性の乱
される
れ(周波数性の凹凸)を補正する例を図79に示す。
・MID特性には,主にピーキングフィルタが使用される
・TREBLE特性には,主にハイシェルビングフィルタが使
用される
トーンステップ値とフィルタパターン(フィルタタイ
プ・中心周波数・Q値・ゲイン値)およびDSP係数を結び
つける「変換テーブル」を元に,DSP係数を書き換えるこ
とにより制御している。
ラウドネス
人間の聴覚特性では,音量(ボリューム位置)によって
耳の周波数バランスが異なっており,例えば音量が小さい
図79
フィックスイコライザの例
場合,低音・高音に対して感度が低くなる(低音・高音の
やせた薄っぺらい音に感じる)特性がある。
これを補正する技術としてラウドネス機能がある。ボ
図79のレベルを可変するようにしたものが市販のグラ
フィックイコライザである。
リューム位置すなわち音量位置に連動した周波数特性の補
正を行うことにより聴覚特性を補正し,どの音量で聞いて
いても聴感上の周波数バランスが一定となるようにするも
のである。詳細については3章で述べる。
使用フィルタは,ハイシェルビングフィルタ,ピーキン
グフィルタである。
ラウドネスでブーストする場合,信号のクリップを防ぐ
(C)ディレイ制御
代表的な使い方機能としてタイムアライメントがある。
これは車載用オーディオの場合,家庭での聴取と違い,ス
ピーカ位置固定,ユーザの聴取点も運転席,助手席など固
定されており,スピーカからの左右距離が異なるという聴
取環境の悪さがあり,その聴取環境改善に活用される。
ためにあらかじめ入力レベルを下げておく必要がある。
従って,実際にVolumeブロックに設定する場合,ゲイ
タイムアライメント
ンはトータル減衰量からInput ATTでの減衰分を差し引
信号の処理仕組み例を図80に記す。
いた残りとなる。
レジスタ(RAM)を利用し,レジスタに書き込んだ
データを遅延量分だけ離れたアドレスから読み出すこと
により遅延した信号を取り出して遅延信号を得るもので
ある。
45
車と音響技術のあゆみ
レジスタのクロック毎にレジスタ(RAM)内のデータ
アドレスがずれていく構成で入力データ書込みアドレスと
出力データ読出しアドレスの差分が遅延量(タイムアライ
メント)となる。
(1クロック時間)x(アドレス相対値)=(遅延量)
図80
タイムアライメントの例
(d)総合(ゲイン・フィルタ・ディレイの組み合わせ)
音場制御はゲイン,フィルタ,ディレイの組み合わせで
初期反射音・残響音を生成し音場を作り出している。
この組合せ方(音響アルゴリズム)に,各社技術力を注
力し差別化の特徴を出しており,当社も日々この開発に努
めている。当社の事例については第3章で紹介する。
46
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