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開発援助の評価と - FASID 財団法人国際開発機構

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開発援助の評価と - FASID 財団法人国際開発機構
開発援助の評価と
その課題
湊 直信 編
藤田 伸子
財団法人 国際開発高等教育機構
国際開発研究センター
3
はしがき
現在、FASID 国際開発研究センターの 3 つの柱は、「ODA 政策のシン
クタンクとしての援助戦略研究」、
「自由で多様な視点からの議論の場を提
供するハブ機能」、「ODA 評価に関する研究」である。本年は、特に第 3
の ODA 評価に焦点を当て、開発援助における評価の役割と課題につき、
近年の動向と最前線の情報を、広く内外の実務家、政策担当者、教育研究
機関等に知らせることを目的とした。
国際開発の動向において、開発援助の質の向上や透明性の向上に評価は
必要不可欠である。評価に関する研究、議論、実践は学会や援助機関の会
合で多様な側面を見せながら進展している。評価研究に関して、米国の全
米評価学会、国際的な評価関係者のネットワークである IDEAS(International Development Evaluation Associations)、日本評価学会等では、毎年、
新たな研究成果が報告されている。国際的な議論の場としては、
OECD/DAC の開発評価ネットワークによる「援助効果向上に関するパリ
宣言」に基づいた実施状況や、世界銀行等によるインパクト評価に関する
賛否両論が活発化している。
評価の独立性、評価の倫理、開発途上国の評価能力向上に関しても様々
な議論や実践が行われている。例えば 2007 年 11 月には日本とマレーシア
の両政府がクアラルンプールで、「ODA 評価ワークショップ」を開催した。
アジアの被援助国 16 か国、及び援助機関も参加し、開発途上国の評価能
力の向上に関して活発な議論が行われた。また、2007 年 7 月に外務省・
FASID が開催した国際シンポジウムとその後のセミナーでは、評価の哲
学者と呼ばれるマイケル・スクリヴァン教授を始めとした内外の評価研究
者・専門家により、開発における評価の役割が活発に議論された。そこで
は評価の理論や手法について様々な疑問が提示され、目標を設定すること
の是非や DAC5 項目への疑問もこれに含まれる。
4
はしがき
日本においても、厳しい財政状況と行政改革を背景として、ODA の有
効性の向上と国民に対する説明責任が求められており、ODA に対して国
民からの信頼を得るためにも、評価の重要性は益々高まっている。国内の
行政評価では評価疲れも見られるが、ODA 評価に関しては、本年 10 月に
発足予定の新 JICA において、援助モダリティの統合も可能となり、それ
に伴って評価活動の枠組みにも新たな動きが予想される。本書では、以上
の様な開発援助における内外の評価の潮流を踏まえ、主な評価の役割や課
題について解説や分析を行った。
本書を記すにあたり FASID 内部執筆者以外に、牟田博光東京工業大学
教授、源由理子明治大学准教授、藤本真美外務省国際協力局評価室事務官、
山谷清志同志社大学教授、三好皓一立命館アジア太平洋大学教授、和田義
郎政策研究大学院大学教授に執筆していただいた。評価に関するそれぞれ
の専門分野で長年にわたり研究や実践を行ってきたこれらの方々のご協力
に心から感謝申し上げたい。
本書が、評価を通じて日本の ODA の質の向上に貢献できれば幸いであ
る。
本書各章は関係機関の見解を示すものではなく、執筆者の見解に基づい
て書かれたものである。また所属は執筆当時のものである。
財団法人国際開発高等教育機構
国際開発研究センター所長代行
湊 直信
目 次
はしがき
図表目次
略語一覧
第 1 章 日本の開発援助評価における課題と展望
牟田博光・源由理子
1
藤本真美
29
山谷清志
51
三好皓一
75
第 2 章 DAC における評価を巡る議論
第 3 章 ODA 評価と政策評価
―日本の現状分析―
第 4 章 開発プログラムと援助モダリティ
―評価の視点から―
第 5 章 日本の ODA へのインパクト評価導入に関する一考察
和田義郎・青柳恵太郎 111
第 6 章 「ゴールフリー評価」の可能性
藤田伸子 137
あとがき
著者一覧
目 次
図表目次
第1章
表1 『
「ODA 評価体制」の改善に関する報告書』の主な提言(2000 年 3 月)
4
表 2 外務省、JICA、JBIC の評価実施状況
6
表 3 日本の ODA 評価の主な課題
22
図 1 評価の実施体制と評価対象
5
第2章
表 1 開発評価ネットワーク年表
31
第3章
表 1 総務省から外務省に向けた評価関連業務: 2002 年度∼ 04 年度
表 2 ODA 評価におけるさまざまな要請
図 1 さまざまな評価課題
図 2 評価とそれに類する活動が行われる領域
図 3 ODA 評価の分業体制
55
69
53
58
65
第4章
表 1 開発プログラムに対する支援と援助モダリティ
86
表 2 パリ合意に基づく評価視点
92
表 3 開発プログラムの評価とモダリティ
94
図 1 政策体系の概念図におけるプログラム支援とプロジェクト支援の
視点
81
図 2 政策体系である開発プログラムと DAC 評価 5 項目
88
図 3 プログラム支援・プロジェクト支援と評価のレベル
90
図 4 南スラウェシの開発プログラムにおける日本の援助実績
(旧案件群)の評価マトリックス
102
図 5 現行の地域開発支援プログラム(現行プログラム)の評価
マトリックス
104
第6章
図 1 事業によって実際に起こり得ること
図 2 目標にとらわれない評価のイメージ
141
143
略語一覧
ADB
AfD
AfDB
ATE
CDF
CGD
CGE
CIDA
COE · GP
Asian Development Bank
アジア開発銀行
Agence française de développement
フランス開発庁
African Development Bank
アフリカ開発銀行
Average Treatment Effect
平均実施効果
Comprehensive Development Framework 包括的開発フレームワーク
Center for Global Development
グローバル開発センター
Computable General Equilibrium
応用一般均衡
Canadian International Development Agency カナダ国際開発庁
Center of Excellence/ Good Practice
中核的研究拠点/優れた取組
による大学教育の充実
COP13
13th Conference of the Parties to the U.N. 気候変動枠組条約
Framework Convention on Climate Change 第 13 回締約国会議
CV
Contingent valuation (method)
仮想評価法
DAC
Development Assistance Committee
開発援助委員会
EBRD
European Bank for Reconstruction
欧州復興開発銀行
and Development
ECD
Evaluation Capacity Development
評価能力向上
EPU
Economic Planning Unit
マレーシア首相府経済企画院
(Prime Minister’s Department, Malaysia)
ESDP
Education Sector Development Program
教育セクター開発プログラム
ESP
Education Strategic Plan
教育戦略計画
ESSP
Education Sector Support Program
教育セクター支援プログラム
EVALUNET
DAC 開発評価ネットワーク
F/S
Feasibility Study
フィージビリティ・スタディ
GBS
General Budget Support
一般財政支援
GFE
Goal-Free Evaluation
ゴールフリー評価
HYV
High Yielding Varieties
高収量品種
IADB
Inter-American Development Bank
米州開発銀行
IDA
International Development Association
国際開発協会
IFC
International Finance Corporation
国際金融公社
IMF
International Monetary Fund
国際通貨基金
4
ISIS
JBIC
JICA
JICS
KEC
MDGs
MIT
NGO
NONIE
NPM
NPO
ODA
OECD
PDM
PRSP
RCT
SIDA
SPA
TOR
UNDP
UNEG
UNIDO
USAID
略語一覧
Institute of Strategic and International
Studies
Japan Bank for International Cooperation
Japan International Cooperation Agency
Japan International Cooperation System
Key Evaluation Checklist
Millennium Development Goals
Massachusetts Institute of Technology
Non-Governmental Organizations
Network of Networks on Impact Evaluation
マレーシア戦略国際問題研究
所
国際協力銀行
国際協力機構
日本国際協力システム
評価基準
ミレニアム開発目標
マサチューセッツ工科大学
非政府組織
インパクト評価ネットワーク
体のネットワーク
New Public Management
新公共経営
Not-for-Profit Organization
非営利団体
Official Development Assistance
政府開発援助
Organization for Economic Co-operation and 経済協力開発機構
Development
Project Design Matrix
プロジェクト・デザイン・
マトリックス
Poverty Reduction Strategy Paper
貧困削減戦略文書
Randomized Controlled Trial
ランダム化評価
Swedish International Development
スウェーデン国際開発庁
Cooperation Agency
Strategic Partnership with Africa
アフリカとの戦略的
パートナーシップ
Terms of Reference
手続き事項
United Nations Development Programme
国連開発計画
United Nations Evaluation Group
国連評価グループ
United Nations Industrial Development
国連工業開発機関
Organization
United States Agency for International
米国国際開発庁
Development
第
1章
日本の開発援助評価における課題と展望
◆
牟田博光・源由理子
1.はじめに
日本においては 2001 年の政策評価法策定に伴い、行政機関が行う政策、
施策、事務・事業の評価(政策評価)が全府省で行われるようになったが、
評価機能自体は、その以前から、公共事業や研究開発、政府開発援助とい
った概して多額の費用を要する分野については個別に必要性が認められ、
関係府省で評価が実施されてきた。特に、政府開発援助(Official Development Assistance:以下、ODA)の評価についてはその重要性が早い時
期から認識され、評価体制についても整備が図られてきた。古くは 1975
年から国際協力銀行(Japan Bank for International Cooperation:以下、
JBIC;旧海外経済協力基金)が事後評価を開始し、1991 年からは「円借
款案件事後評価報告書」を公表している(外務省経済協力局 1999)。外務
省は 1981 年には経済協力局に経済協力評価委員会を設置、事後評価を開
始し、1982 年には「経済協力評価報告書」を公表し今日に至っている。
1984 年からは新設された調査計画課が評価を担当し、1990 年には評価室
として評価部門が独立した。国際協力機構(Japan International Cooperation Agency:以下、JICA;旧国際協力事業団)でも 1981 年に評価検討委
員会が設けられ 1982 年から事後評価を開始し、1995 年からは「事業評価
報告書」を公表している。ODA の活動は国民の目から見えにくいため昔
2
第 1 章 日本の開発援助評価における課題と展望
から評価が求められてきたこともあろうが、その活動舞台が海外であり、
他の国々や国際機関との共同作業、競合関係などがあることも国際的基準
に基づく評価が古くから行われてきた理由の一つである。1996 年の
OECD–DAC(経済協力開発機構 開発援助委員会)の対日審査でも、日
本の ODA 評価は高く評価されている。
このように評価の取組みが一定の定着をみていた ODA 評価は、日本の
政策評価制度の構築に当たって評価を義務付けるべき分野として検討され
ることになった。1998 年の「対外経済協力関係閣議会議幹事申合せ」に
おいては、ODA 関係府省等が透明性・効率性の向上の観点から、①評価
システムの充実と情報公開の促進、②事前調査・各種評価の適切な実施、
③事後評価や実施段階でのモニタリング等の充実、④評価結果の事業にお
ける的確な活用等を行うとされた(行政管理研究センター 2006)。そして
政策評価法上、一定額以上のものについては事前評価が義務付けられるこ
とになったのである。
一方で、昨今の厳しい財政状況、全面的な行政改革の動きの中、ODA
の量的拡大から質的向上への転換が強く求められ、よりいっそう効率的・
効果的な援助の実現のために評価の重要性がますます高まっている。
2003 年に出された新 ODA 大綱(外務省 2003)では、「評価の充実」が重
要な課題のひとつと位置づけられ、以下のような記述がなされている。
「事前から中間、事後と一貫した評価及び政策、プログラム、プロジ
ェクトを対象とした評価を実施する。また、援助の成果を測定・分析
し、客観的に判断すべく、専門的知識を有する第三者による評価を充
実させるとともに政府自身による政策評価を実施する。さらに、評価
結果をその後の援助政策の立案及び効率的・効果的な実施に反映させ
る。
」
つまり、説明責任と透明性を確保し、ODA の質を高めるために、学習
と改善のツールである評価の重要性はますます大きくなっているといえる。
さらに、情報公開推進の流れの中で、透明性の確保などに一層の努力が求
められており、評価結果に関する情報公開の促進を通じ、援助の透明性を
3
確保するとともに、国民に対するアカウンタビリティ(説明責任)を果た
していくことが、援助に対する国民の理解と支持を得るために不可欠とな
っている。
本稿では、このような背景を受け、さらなる充実をめざす日本の ODA
評価の現状と課題を論じることを目的とする。まず次節において、日本の
ODA 評価の歴史と評価体制の整備の推移を概観し、第 3 節において ODA
評価の基本的方針とその現状を考察し、続く第 4 節ではそれら現状を踏ま
えた課題と解決の方向性について論じ、最後に今後の展望を述べる。
2.日本の ODA 評価体制
2.1
ODA 評価体制整備の動き
(1)評価体制の基礎整備
ODA 評価の重要性が高まる中で、外務大臣の諮問機関である「21 世紀に
向けての ODA 改革懇談会」は、1998 年 1 月に発表した最終報告書におい
て、より効率的な ODA 実施体制を構築していくため「評価システムの確
立」が重要であると指摘した。この指摘を受けて、外務省経済協力局長の
諮問機関である「援助評価検討部会」は、現行の ODA 評価の間題点およ
び課題を議論し、具体的提言を策定するため、1998 年 11 月より当部会の
下に「評価研究作業委員会」を設置し、同委員会での協議を経て 2000 年
3 月に最終報告書『「ODA 評価体制」の改善に関する報告書』を外務大臣
に提出した。
この報告書は ODA 評価に関して、「何のために」(目的)、「何を」(対
象)、「いつ」(時期)、「だれが」(体系、人材)、「どうやって」(体制、手
法)
、さらに「どのように活用」
(フィードバック、広報)するのかという
体系的、包括的な議論を基にした具体的な改革案を提示するものであった。
これは政府関係機関が日本の ODA 評価に関する基本的な考え方を本格的
に議論した初めての試みであった。以後の援助評価改革はこの報告書の提
言に沿って進められた。主な提言は表 1 に示すとおりである(援助評価検
討部会 2000)
。
4
第 1 章 日本の開発援助評価における課題と展望
表 1 『「ODA 評価体制」の改善に関する報告書』の主な提言(2000 年 3 月)
① 評価の対象
従来からのプロジェクトレベル、プログラムレベルの評価
に加え、政策レベルの評価を導入する。さらに、評価が十
分に行われていない分野・事業の評価も拡充する。
② 評価の体系
外務省は、個々のプロジェクトよりも、一段上のレベルの
評価を重点的に行う。JICA、JBIC は、個別プロジェクト
の評価を強化する。
③ 評価の体制
外務省、JICA、JBIC の評価担当部署に、長期的に評価を
担当し、全体の評価の流れを理解する評価の専門家を配置
する制度を拡充し、
「外部有識者」の枠組みを拡大すると共
に、シンクタンク、コンサルタントを中心とした外部要員
を積極的に活用する。
④ 評価の人材
海外での研修制度、奨学金制度を充実させると共に、大学
院及び国際協力関連研究・教育機関における専門教育実施
体制を拡充する。また、援助評価専門家の登録制度の導入
を検討する等、人的資源の活用体制を拡充する。
⑤ 評価の時期
事前・中間・事後と各段階を通じて一貫した評価を行うシ
ステムを確立する。
⑥ 評価の手法
評価手法としては、「DAC 評価原則」に沿った評価 5 項目
を基本とした評価手法を改善・強化するとともに、評価項
目・視点の拡充を検討する。効果的・効率的事業の実施を
図るため、社会的・経済的効果分析の手法を強化する。
⑦ 評価のフィードバック
評価のフィードバック体制のさらなる拡充と、関係機関の
間でフィードバックのための連携体制を確立する。
⑧ 評価の情報公開・広報 評価報告書は、可能な限りフォームを整理してデータベー
ス化するとともに、評価結果のホームページでの公開の拡
充及び迅速化を図る。評価活動(特にモニタリング)に市
民、NGO、自治体、地方議員などが参加する機会を拡充
する。
出所:牟田(2004)を参照し作成
更に細かな点についての詰めを行うために、2000 年 7 月、「ODA 評価
研究会」が同じく援助評価検討部会の下に作られた。同研究会は 8 回にわ
たる会合を重ね、①政策レベルの評価の導入とプログラム・レベルの評価
の拡充、②評価のフィードバック体制の強化、③評価の人材育成と有効活
用、④評価の一貫性の確保(事前から中間・事後に至る一貫した評価シス
テムの確立)、⑤ ODA 関係省庁間の連携推進、の 5 つの課題について議
論した。同研究会の構成には、学識経験者、経済団体、NGO、国際機関
の関係者等が委員(14 名)として参加したほか、ODA 関係省庁(当時 17)
5
および会計検査院がオブザーバーとして加わり、専門的な議論を深めてい
った。その成果は 2001 年 2 月に「ODA 評価研究会報告書:わが国の
ODA 評価体制の拡充に向けて」として外務大臣に提出された。この二つ
の委員会活動を通じて ODA 評価システムをめぐる主な論点はほぼカバ−
され、現在の評価体制の基礎が出来上がったといえる。
2.2
ODA 評価の実施体制
(1)評価の役割分担
日本の ODA 評価は ODA 政策の主務官庁である外務省、及び援助実施機
関である JICA と JBIC の三つの組織が中心的に行っている。
図 1 評価の実施体制と評価対象
政策レベル
ODA大綱
ODA中期政策
国別援助計画
重点課題別援助政策など
外務省の評価活動
プログラム・レベル
セクター別援助計画
各スキームなど
プロジェクト・レベル
個別プロジェクトなど
JICA、JBICの
評価活動
出所:外務省国際協力局(2007)を参照し作成
外務省は経済協力政策の企画・立案を行う役割を果たしていることから、
政策やプログラムを対象とした評価を重点的に行っている。一方、JICA、
JBIC は実施機関として個々のプロジェクトの評価を中心に評価を行って
いる。ただし、無償資金協力プロジェクトについては本体予算が外務省に
あることから、2005 年度より外務省が事後評価を実施している。また
JICA や JBIC は、実施機関の立場から戦略的に評価が必要とされるテーマ
やセクターごとの評価も実施している。実施体制とその評価対象は図 1 に
示すとおりである。
6
第 1 章 日本の開発援助評価における課題と展望
また、各組織が 2005 年度に実施した評価の実績は表 2 のとおりである。
表 2 外務省、JICA、JBIC の評価実施状況
(2005 年度)
外務省
JICA
JBIC
政策レベル評価
6件
―
―
プログラム・
レベル評価
7件
―
―
プロジェクト・
レベル評価
事後評価
52 件
(無償資金協力)
テーマ別評価
事前評価
中間評価
終了時評価
事後評価
―
109 件
24 件
73 件
46 件
6件
事前評価
中間レビュー
事後評価
50 件
10 件
56 件
事後モニタリング 7 件
4件
出所:外務省国際協力局(2006)、国際協力機構(2006)及び国際協力銀行(2006)を参照し作成
(2)ODA 実施体制の改革と評価体制
2006 年 8 月に、外務省では ODA の企画立案機能を強化するために機構改
革が行われ、経済協力局及び国際社会協力部の一部を統合し、「国際協力
局」を発足させた。これにより、ODA 評価関連業務を総合的に行う部署
として、以前は経済協力局開発計画課の中にあった評価班を評価室として
独立させた。
また、ODA 改革の一環として、2007 年に国会で JICA 法の改正法が可
決され、2008 年 10 月には JICA と JBIC の海外経済協力部門が統合し、技
術協力、円借款、無償資金協力の大部分を実施する組織として新 JICA が
発足する。この機に、これまで各実施機関で行ってきた評価活動も包括的
な仕組みの中で実施されることになり、今後は更なる評価システムの充実
が図られることになる(外務省国際協力局 2007)
。
(3)ODA 関連省庁間の連携
政府全体の ODA 予算の中で外務省、JICA、JBIC の占める割合は半分強
で、残りは他省庁が占めている。その多くは研修員受入れやセミナーとい
った人材育成案件の他、専門家派遣、調査研究等であるが、ODA の質の
向上を目指すには、政府全体にわたる ODA 事業の評価のあり方について
7
検討が望まれる。日本全体としての ODA 評価体制の確立を目指すべく、
2001 年 7 月から ODA 関係省庁間の定期的な意見交換・議論の場として
「ODA 開係省庁評価部門連絡会議」(現:ODA 評価連絡会議)が設置され
た。
この会議では、各省庁が共通して活用できる標準的なガイドライン、マ
ニュアル、雛形等の作成・整備についても検討を進めていくことになって
いる。外務省以外の省庁でも現在 ODA 評価を行い、報告書を公表してい
る省庁はあるが、問題は一般国民はもとより、ODA 関係省庁の担当者で
さえ、他省庁でどのような評価がなされているかを熟知していないことで
ある。評価を含む ODA 全体の効率化は、外務省・ JICA・JBIC および関
係省庁の連携なくしてはなし得ない。
3.日本の ODA 評価の基本的考え方と現状
日本の ODA 評価は主に外務省と実施機関である JICA、JBIC が実施して
いることは前述したとおりであるが、本節では、それらの組織を横断的に
捉え、日本の ODA 評価の基本的考え方をレビューしながら、ODA 評価
の現状について考察する。考察の観点として、現在主流となっている援助
評価の基本的考え方を、①評価活用の目的、②評価手法、③成果重視のア
プローチ、④事前・中間・事後の一貫した評価の 4 つの項目で整理する。
3.1
評価活用の目的
援助評価の活用目的は様々に定義されているが、大きく分類すれば次の 2
つに分けて考えることができる。
(1)説明責任と透明性の確保
援助活動の原資は税金や寄付金などであり、資金の使用使途や成果を納税
者や出資者に明確に説明をすることは評価の基本的な目的である。これは
評価によって透明性を確保することでもある。1990 年代に日本の援助額
は世界一となった。日本の ODA に対する支出額が増えたこともあるが、
8
第 1 章 日本の開発援助評価における課題と展望
欧米諸国の間でいわゆる援助疲れ現象が見られ、ODA 支出額が停滞、減
少したからでもある。援助疲れの原因の一つは、援助の効果に対する疑問
であった。
2000 年代のわが国における公的援助に対する支出額の減少の背景には
長引く不況により大きな金額の支援が困難になったことと同時に、援助の
効果への疑問を払拭できないことがある。したがって、援助は役に立って
いるのか、効率的に実施されているのか、という疑問に応えることが、国
民の支持を得て、安定した援助を継続させる重要な取り組みとなる。
現在、事前、中間、事後の評価結果はホームページなどで公開されるよ
うになった。また、内部評価がその多くをしめる ODA 評価の客観性を確
保するために、外務省、JICA、JBIC では評価報告書を基に 2 次評価を行
い、援助案件全体としての出来映えの評価を試みた分析が行われている。
これらの情報もホームページなどで広く公表されている。
(2)学習と改善
援助活動は全て成功裡に進むものとは限らず、学習プロセスを通じて、改
善が図られていくべきものである。評価の結果、当初の目標を達成してい
れば、それまでのやり方を継続すれば良いが、問題点があれば改めなけれ
ばならない。すでに完了した援助の評価であれば、その後に行われる類似
の活動に生かされる。現在実施途中の援助の評価であれば、その評価結果
は当該活動の改善に直接役立つこととなり、評価は業務管理支援の役割を
果す。したがって、評価を充実することが長期的に援助の質を担保するこ
とになる。
現状では、評価を担当する各組織で様々な取り組みが行われている。例
えば JICA では、プロジェクトを策定する段階で行う事前評価において過
去の類似案件から得た教訓・提言を必ず挙げる形で評価結果を活用してい
る。また、ナレッジサイトというホ−ム・ページで過去の評価経験のとり
まとめを公開している。JBIC では、「事後モニタリング」の仕組みを通し
て、対象事業への事後評価結果の活用状況を検証している。
評価報告書は作成されても十分利用されていない、という状況があった
のは事実であるが(国際協力事業団評価部評価監理室 2001;牟田 2004)、
9
評価報告書の議論を基に、外務省の ODA 評価有識者会議、JBIC の円借
款外部有識者評価委員会、JICA の外部有識者事業評価委員会などで出さ
れる総括的な提言に対しては、必要な対応策が講じられるとともに、フォ
ロ−アップも行われるなど、評価が改善に結びつく仕組みが整い始めてい
る(外務省国際協力局 2007)
。
3.2
評価の視点
援助評価の項目として通常用いられるのは 1991 年に OECD–DAC が Principles for Evaluation of Development Assistance として提唱した評価 5 項目
である(国際協力機構企画・評価部評価監理室 2004)。すなわち、①援助
プロジェクトの正当性や必要性などを問う「妥当性(Relevance)」の視点、
②プロジェクトの実施により本当に受益者もしくは社会への効果がもたら
されているかを問う「有効性(Effectiveness)」の視点、③主にプロジェ
クトのコストと効果の関係に着目し、資源が有効に活用されているかを問
う「効率性(Efficiency)」の視点、④プロジェクト実施によりもたらされ
る、より長期的、間接的効果や波及効果を見る「インパクト(Impact)」
の視点、⑤援助が終了してもプロジェクトで発現した効果が持続している
かを問う「自立発展性(Sustainability)
」の視点である。
これらの 5 つの評価の視点は、評価の時期(事前、中間、事後)、評価
対象事業の性質や実施状況によって視点間の重点の置き方に違いはあるも、
プロジェクト・レベルの評価では広く適用されている。同じ視点から評価
を行うことにより、ODA 事業の評価情報の蓄積と整理が容易になり、評
価結果の活用がより効率的になる。一方で、プログラム・レベル、政策レ
ベルなど、上位のレベルの評価では、この 5 項目が必ずしも当てはまらな
いため、個々の評価ごとに適切と考えられる評価項目を適用している例が
多い。
3.3
成果重視の評価
(1)アウトカム、インパクトの評価
開発行為の成果は因果関係と社会的影響力の程度によって、アウトプット、
アウトカム、インパクトに概念的に分類される。アウトカムやインパクト
10
第 1 章 日本の開発援助評価における課題と展望
という言葉は具体的な成果が社会の中で影響を与える程度に応じて使われ、
厳密に区別するのは困難であり、その及ぼす影響の範囲や程度によって、
概念的に時にはほとんど同じ意味で使われることも多い。ODA 評価では
援助活動での様々なインプットが、直接の成果(アウトプット)を生み、
アウトプットが社会の中で機能してアウトカムとなり、最終目標であるイ
ンパクトにいたるまでを論理的に評価する事が求められている。
日本が数多く手がけている学校建設援助を例に取ってみれば、アウトプ
ットは新設学校数、アウトカムは就学率の向上、インパクトは機会均等の
実現や質の向上と考えられる。学校建設を評価する場合、学校が予定通り
建ったかどうかはもちろんとしても、学校建設により子供の就学率が上が
って教育の機会拡大に役立ち、さらには快適な学習環境の下で、教育の質
が本当に向上したかが評価されなければならない。さらに、就学者の増大
が地域の人口増を上回って就学率が向上したり、男女間、都市と僻地間等
の教育機会が等しく拡大することが望まれる。しかし、期待とは異なり、
せっかく建てた学校に十分な数の児童・生徒が集まらない、中退率や留年
率が高い、学力が上がらない等の問題もある。就学該当者居住区域の学齢
人口に比して学校の収容力が過大である、学校の地理的位置が不適当であ
る、質が高く必要な数の先生が確保できない、地域社会や親が教育に無理
解である、教材がなく成果の上がる授業が行われていない、など多くの理
由で就学率が向上しない、教育効果が上がらない例は多い。それでは学校
建設の意味が薄い。学校という物理的な施設ができても援助の成果があが
ったことにならない。
このように、アウトプットだけでなく、アウトカム、インパクトの評価
を行わなければ、本当の援助の成果の評価はできないとされている。この
成果重視の評価は、何よりも最終目標を明確にして実際の結果を把握する
ことを強調することにもなる(CIDA 1999;海外投融資情報財団 2001;
Kusek and Rist 2004)。どのようなプロジェクトでも、それに投入するイ
ンプットがアウトプットを生み出し、さらにアウトカム、インパクトに変
換されるという見通しが重要となる。個々の具体的なプロジェクトを行う
中で、それがアウトプットを作りアウトカムを生み出すメカニズムやロジ
ックは一体どうなのか、ということを十分認識しておかなければならない。
11
JICA や JBIC で使われているロジカル・フレームワークやプロジェクト・
デザイン・マトリックス(PDM)は、このロジックを設計する道具とし
て活用されるとともに、評価の視点を具体的に検討する際の重要な情報源
となっている。
(2)セクター全体を踏まえた評価
アウトカム、インパクトは上位の目標であり、その達成のためには複数の
道筋があるのが通常である。どの筋道をたどっても同じアウトカムに到達
するかもしれないが、到達の難しい道筋と、易しい道筋がある。実際には、
アウトプットがあってもアウトカムが実現されないプロジェクトが存在す
る。アウトカムの発現には時間がかかるという事情もあるが、プロジェク
トの設計が悪く、アウトカムの発現がそもそも期待できない場合も多い。
教育援助を例にとって考えれば、どのような教育援助プロジェクトでも
最終目標は、特に基礎教育レベルでは、量の拡大、質の向上である。量を
拡大する、すなわち、就学率を向上させ教育機会を拡大するために何がで
きるかを考えれば、学校建設の他に、親の教育に対する理解を促進して就
学を促す、就学率の低い女子の就学を支援するプロジェクトを実施する、
スク−ルランチ・プログラムなど学校に行くインセンティブを作る、貧困
者に就学補助をする、学校建設の代わりに 2 部授業を開始する等、同じ最
終目標に至る道筋がいくつもある。その中で、学校建設がいつも最も効果
的なプロジェクトである保証はない。場合によっては、学校建設プロジェ
クトだけでは最終目標の達成にそもそも期待がもてないかも知れない。学
校建設より教員研修や就学キャンペーンを行ったほうが効果的ということ
もある。あるいは、学校建設に教員研修や就学キャンペ−ンを組み込む方
法が望ましい場合もある。そこで、教育分野全般を見渡した上での評価が
必要になる。学校建設がまずアプリオリにあるのではなく、教育機会の拡
大や教育の質の向上のためには、他の類似の上位目標を持ったプロジェク
トと比較して、学校建設計画が最も効果的、効率的だという比較があって
はじめて学校建設プロジェクトの妥当性が主張できる。
このように、現状では、個別のプロジェクトだけの評価だけではなく、
プログラムやセクタ−といった、一段高い大きな枠組み・視点から評価を
12
第 1 章 日本の開発援助評価における課題と展望
することがますます重要になっている。
(3)より総合的な評価
ひとつのプロジェクトだけでは十分なアウトカム・インパクトは出ないか
もしれないとなれば、必然的に様々な手法を組み合わせて、援助を総合的
にせざるを得ない。援助が総合的になればアウトカム、インパクトが達成
される可能性も大きい。いろいろな方法を組み合わせて総合的に行うとい
っても、日本側で全部できない場合もある。本当にアウトカムを達成する
ためには、相手国に対して必要な働きかけを続けるなり、相手国の役割の
分も含めて日本側のプロジェクトとして実現していくことが大事である。
このように成果重視の評価は、プロジェクト・レベルの評価だけではな
く、特定セクターや課題、あるいは援助の総合的な成果を対象とする評価
に拡大していった。これに拍車をかけたのが、1990 年代後半以降の DAC
新開発戦略、包括的開発フレームワーク(CDF)、貧困削減戦略文書
(PRSP)、ミレニアム開発目標(MDGs)など一連のイニシアチブのもと、
開発指標の改善を具体的な数値目標として掲げ、包括的なアプローチを通
じて成果の達成を図っていこうとする取り組みである(三輪 2007)
。
外務省を中心にプログラム・レベル評価や政策評価が毎年行われている
が、前述したとおりプロジェクト・レベルの評価と比較して体系だった評
価手法が開発されているとはいいがたいのが現状である。
3.3
事前・中間・事後の一貫した評価
評価活動を効果あるものにするためには、事前から中間・事後に至る一貫
した視点に基づく評価が必要であるとして、ODA 評価は基本的にすべて
のプロジェクトに事前評価、中間評価(JBIC では中間レビュー)、終了時
評価もしくは事後評価を実施している。プロジェクトを始める前に、事後
評価をするための諸々の指標や資料が揃っていないと、事後評価も十分で
きない。事後評価と同じ視点で事前に評価を行うことにより、最初に評価
した指標の変化を見ることで、実際のプロジェクトのパフォーマンスを測
ることができる。
2001 年 5 月に JICA は一般無償案件・水産無償案件及びプロジェクト方
13
式技術案件について、JBIC は円借款案件について、事前評価表を作成し、
公表することを発表した。その中には数値目標も書き込まれている。プロ
ジェクトの開始に当たって、ロジカル・フレームワークや PDM の作成も
広く行われるようになった。いずれも好ましいことではあるが、それでも、
計画しているプロジェクトが、同じアウトカムを上位の目標とする可能な
プロジェクトと比較して優位性があるかという視点からの分析はまだ十分
でない。事前調査によって必要なデータを得て、成果を上げるのに寄与す
る諸要素間の関連を把握し、それらの重要要素を適切に組み込んだプロジ
ェクトを構築することを考えなければならない。事後評価がうまくいくか
どうかは、事前段階でどれだけ時間をかけて評価可能性(Evaluability)
を高めておくかにかかっている(CIDA 2000)
。
中間評価もしくは中間レビューは実施中のプロジェクトが計画どおりに
行われているか、当初予定していた効果発現を妨げるおそれがないかを検
証し、必要に応じ軌道修正を行うものである。事前評価で数値目標が設定
されれば、それを達成するように努力することはもちろん必要である。し
かし、一般には計画策定から案件終了までは長い年月がかかり、諸般の事
情も変化する。どのように注意深く設計されたプロジェクトであっても、
計画どおりにいかない場合もある。そのような状況に対応するために、中
間評価やモニタリングの仕組みを使い、評価結果を適切に反映させ軌道修
正を行っている。現状では、中間評価は内部の関係者が行うことが多いが、
外部の第三者を含めた評価者による中間評価を行うなど、正規の手続きを
踏んで目標値を変更する手続きを整備し、透明性を保ちながら現実に即し
た実効性の高いプロジェクト運営を図ることも考慮される必要があるだろ
う。
事後の評価は、JBIC では事業の完成後 2 年目に実施されたすべての事
業に対し「事後評価」として行っており、実施方法の効率性、有効性、自
立発展性などの評価を行い、その結果は相手国の事業実施機関にフィード
バックされている。JICA はプロジェクトが終了する直前に「終了時評価」
としてすべてのプロジェクトに実施している。また 2002 年度からは、協
力を終了してから一定の期間が経過したプロジェクトを対象に、協力効果
が持続しているかどうか、長期的・間接的効果などがもたらされているか
14
第 1 章 日本の開発援助評価における課題と展望
どうかを中心に「事後評価」を導入した。
このように各実施機関とも事前から中間・事後に至る一貫した視点に基
づく評価を導入している。
4.日本の ODA 評価の課題
前述したように 1998 年より外務省経済協力局長(当時)の諮問機関であ
る「援助評価検討部会」が設立され、同部会の下に設置された「評価研究
作業委員会」(1998 年)及び「ODA 評価研究会」(2000 年)において、
ODA 評価をめぐる主な論点は整理され、評価方法、評価体制の確立が図
られてきた。これらの議論は前節において整理した ODA の基本的考え方
に反映されている。また、近年、プログラム・レベル、政策レベルの評価
の必要性が認識されるに伴い、「ODA 中期政策評価検討会」(2004 年)な
どにおいてプロジェクトを超えた上位レベルの評価のあり方についての検
討も行われきた。
ここでは各委員会で検討されてきた事柄を踏まえ、ODA 評価が抱える
現在の課題を、①評価手法、②評価対象、③評価のフィードバック、④
ODA 関連緒機関の連携、⑤評価人材の 5 つのイシューに分けて論じる。
4.1
評価手法の改善・開発
(1)目標の明確化と評価指標
評価は基本的には計画との比較であり、両者は表裏一体である。ODA 評
価でロジカル・フレームワークや PDM を使い成果重視の評価を行うこと
の前提には、計画段階において目標を出来るだけ明確に設定する計画手法
がある。すなわち評価の基本は、プロジェクトに関わる者が一生懸命やっ
たかどうかを調べるのではなく、それら目標の達成度合いを指標で測り、
明確に示すことである。そのためには、アウトプットはもとより、アウト
カム、インパクトについてもできる限り数値で表し、もし数値化が不可能
であれば、具体的な記述で明確にしておくことが必要である。これらの到
達目標値はプロジェクトが始まる前に示されなければならないが、それら
15
の数値が必ずしも明確に示されていないプロジェクトも散見される。
その背景には、指標を定めることによってプロジェクト活動が矮小化さ
れるのではないかという意見、あるいはキャパシティビルディングなどの
ソフト案件では計画時における目標値の設定が困難であるという指摘があ
る。しかし多くの場合、問題はむしろ、プロジェクト関係者に具体的な行
動目標に関する明確な意思統一がなく、プロジェクトによって何を具体的
に変化させようとするかが合意されていないことに起因していると考えら
れる。
援助関係者で、当該プロジェクトが目指す目標を、定量的であれ定性的
であれ十分に協議し、合意するというプロセスが重要である。評価結果の
説得性を高めるには、具体的、客観的に説明できる定量的な分析結果が有
効であるが、数値で目標を表すのが難しいという社会開発分野などのソフ
ト案件でも、質的な側面を定量化することは十分に可能である。また、定
性的な評価を行うこともできる。無理な定量化を行う必要はないが、定量
化の努力は論点を明確にする。評価は定量データと定性データの双方をバ
ランスよく活用することによって、評価の目的のひとつである学習・改善
に役に立つ。評価対象となるプロジェクトの数値目標の明確化と質的側面
の定量化、もしくは定性的な評価の手法の活用が一層求められている。
(2)効率性や費用に関する評価
これまでの評価報告書では費用や効率性の分析が弱い。この面の評価分析
を今後強化する必要がある。効率的かどうかは基本的には比較の問題であ
る。それぞれの事業について、目標を達成するために、そこで実際に行わ
れた事業が最適かどうかはもちろん、他と比べてどちらが適切であるかの
吟味も十分なされていない現状がある。ODA 予算が増える見込みが薄い
中で成果を問われるということになれば、ますます効率性の視点が重要に
なっている。そのためには、比較の対象となるデータ整備が急務である。
援助対象国のように、資源が限られた状態において多くの投入をすれば、
なにがしかの成果が得られて当たり前である。しかし、成果を得るのにあ
まりに多くの投入が必要であれば持続的な協力にならない(牟田 2003)。
相手国が自力でそれだけの投入を将来にわたって担保できないからである。
16
第 1 章 日本の開発援助評価における課題と展望
つまり、費用対効果で考えれば効率的ではあっても、多額の費用を要する
ものであれば持続性の観点から問題があるということも念頭におく必要が
ある。
(3)レーティングへの試み
JBIC では、定量的に評価結果を出すために 2004 年度からレーティング制
度を本格導入した。評価 5 項目ごとに A から D までレーティングをする
ものであるが、2006 年度には過去のレーティング結果を対象に制度その
ものの有効性を検証し、評価 5 項目から 25 項目へ細分化した制度の試行
が開始された。
評価 5 項目をブレークダウンする試みは、円借款の特性を踏まえ、どの
ような条件がプロジェクトの成功に必要となるかを示すことでもあり、評
価を通した教訓・提言の明確化のみならず、案件の形成、実施のポイント
としても興味深い。このように過去の評価経験の分析を踏まえた新たな評
価手法の開発や試行は、より客観的で的確な評価ときめ細かな教訓・提言
に結びついていくことが期待される。
4.2
新たな評価対象への対応
(1)プログラム・レベル、政策レベルの評価
冒頭で ODA 評価は長い歴史があると述べたが、これまで行われてきた
ODA 評価はほとんどが個別プロジェクトの評価である。例えば道路やダ
ムなどのインフラを整備する、学校などの施設を造る、あるいは農業開発
の技術を移転する、といったプロジェクトの評価である。しかし近年、よ
り効果的な援助に向けた国別や課題別のプログラムの進展、さらに特定課
題や国レベルの開発における成果への関心の高まりを受け、そのような個
別プロジェクトだけの評価だけでいいのか、という疑問が多く出されるよ
うになった(牟田 2004;三輪 2007)。例えば、分野別、課題別(貧困、ジ
ェンダー、初等教育支援、構造調整借款等)など共通の目的を持つ複数の
プロジェクトを包括的に評価するプログラム・レベルの評価や、プログラ
ム・レベルの評価より一段上のレベルで、日本の各種援助政策(「ODA に
関する中期政策」や「国別援助計画」等)に対する評価への必要性は広く
17
認識されるようになった。
プログラム・レベル、政策レベルの評価の導入は、従来のプロジェク
ト・レベル中心の評価方法では不十分である。現実の問題として、①理念
としてはプログラム・レベル、政策レベルの評価の重要性は理解できたと
しても、具体的な線引きは容易ではないこと、②プログラム・レベルおよ
び政策レベルの評価の必要性は国際的にも認められ、一部の海外機関にお
いて導入が試みられているものの、統一された具体的手法はいまだ確立し
ていないことがある。これまでの ODA 評価の実践例等も援用しながら、
日本の ODA に適した評価手法を開発し拡充していくことが求められてい
る。
まず、政策レベルの評価では、政策レベルとして意識的に援助活動が行
われている事が前提となる。プロジェクト・レベルの意識で行われたプロ
ジェクトを束ねて評価しても、厳密にはプログラム・レベルの評価にも、
政策レベルの評価にもならない。プロジェクトのまとまりがプログラムと
して一つの構造をなしていないからである。また、プログラムのまとまり
が全体として政策を反映していないからである。外務省の ODA 有識者会
議による提言には、国別援助計画の明確化が必要として、援助の効果を明
確にするための理論的構成をより重視すべきであるとの言及がある(外務
省国際協力局 2006)
。
プログラム・レベルでも同じである。分野別評価を行うのであれば、分
野別の目標体系がまず作られ、それにそって援助プログラムが組み立てら
れていなければならない。つまり、政策レベル、プログラム・レベルの評
価のためには、日本の援助政策、国別援助計画、プログラム、プロジェク
ト等について、可能な限り事前段階からそれぞれの目標が絞り込まれ、明
確に指標が設定されていることが必要である。そのためには事前段階での
目標体系図の導入が有効で、各レベルの目標とそれに対応して評価指標の
設定、定期的なモニタリングが不可欠である。
2003 年以降に策定された国別援助計画の中にはまだ不十分ではあるが
目標体系図が付加されたものもある。今後はこのような構造化された目標
体系に基づく援助計画、分野別計画に従ったプロジェクトが計画されてい
く必要がある。その計画の際には、他の援助機関との協調や開発途上国自
18
第 1 章 日本の開発援助評価における課題と展望
身の開発戦略との一貫性についても十分に考慮する必要がある。目標のレ
ベルが高くなればなるほど、日本の援助機関の活動以外の要因の影響が大
きくなり、それら関係機関との連携が重要になるからである。
(2)評価対象事業の拡大
ODA 事業の中には依然として評価が十分行われていない分野・事業も多
い。例えば、研修員受入、留学生、専門家派遣、青年海外協力隊事業、草
の根無償、国際機関への支援、NGO への補助事業などの評価は十分に実
施されていない。この背景には、これらの事業は人間に直接関わることで
評価が難しいこと、個々の援助金額が少額で評価にお金をかけにくいこと、
などの理由がある。しかし、事業規模全体から見れば ODA の重要な部分
を占めているのであり、今後これらの分野に対しても評価を拡充すること
を考えなければならない。
プロジェクトの成否は人的要素によって大きく左右される。専門家が外
国に赴任し業務を遂行することには困難が伴うが、プロジェクト全体の評
価と同時にプロジェクトの重要な構成要素である専門家自身の評価もなさ
れなければならない。専門家を評価する時には、個人の資質の善し悪しを
いうのではなく、専門家の持っている力と現地のニ−ズがマッチしている
かという観点から評価し、求められている能力を持つ専門家をどうやって
リクルートしていくか、どこの地域だったらどのような専門家が適切なの
か、といった専門家リクルートの戦略方針にフィードバックすることが重
要である。
研修員や留学生受け入れ、文化交流のような人造りに直接関する事業は
長い目で成果を見なければわからないということで、これまでは評価の対
象になりにくかった。しかし、財政事情が厳しい中で、全体として大規模
なお金を使っているにも拘らず効果は 10 年、20 年待たなければわからな
いではすまされなくなっている。10 年待たなければわからない効果もあ
るだろうが、1 ∼ 2 年で芽が見えるような効果もあるはずである。効果の
100 %を評価することは不可能であっても、5 %でも 10 %でも、把握可能
な事柄について効果の芽を捉えて、評価をしていくという取り組みが重要
である。人造り分野でも 10 年以上前に終了したプロジェクトは数多くあ
19
る。成果が現れるのに時間がかかることは評価をしないことの理由にはな
らないのである。
4.3
評価のフィードバック体制の強化
評価報告書の完成をもって評価作業そのものは終わる。しかしそこに書か
れている教訓や提言は自動的に生かされる訳ではない。そもそも報告書を
読まない、読んでも具体的な活動に生かさないことは一般的に見られる。
評価活動が援助の効率化、効果向上にこれまでどれだけ役立ったかについ
て、評価結果の PR 不足と、事業サイクルにおける評価の位置付けが不明
確であることの問題が指摘されている。例えば、スウェーデン国際開発協
力庁(SIDA)での評価結果は政策決定、現行の援助案件、新しい援助案
件で考慮されることになっているが(SIDA 1999)、実際にはほとんど利
用されていないという(Carlson 1999)。相手国側に評価結果が知らされ
ていなかったり、利用される場合も、評価結果を改善のために直接的に利
用することよりも概念的な理解や援助行為の正当化に利用するに留まって
いると分析されている。JICA が 2001 年に職員や専門家に対して行った事
後評価の活用状況に関するアンケ−ト調査結果では事後評価結果を利用し
ていない者が非常に多い。その主な理由は「事後評価自体のことを知らな
い」、「入手方法を知らない」、「使わなくても業務はこなせる」など、事
後評価自体の PR 不足の問題と、JICA の事業サイクルにおける評価の位
置付けが不明確であることの問題が絡んでいる(国際協力事業団評価部評
価監理室 2001)
。
評価情報を周知させたり、評価情報の内容を改善して使いやすくことは
重要なことではあるが、評価の活用目的である学習・改善につなげていく
ためにはそれだけでは十分ではない。組織及び ODA 実施体制の中に、フ
ィードバックを適切に活用・反映できるような仕組みの強化が重要である。
それには評価部門が企画部門や事業担当部門と協力してフィードバックを
積極的に図らなければならない。例えば、外務省は 2003 年に従来からの
外部有識者評価フィードバック委員会を改組して、ODA 評価有識者会議
を組織した。それ以後外務省が行う評価はすべてこの ODA 評価有識者会
議が実施主体となり、そこで出される提言については経済協力局内(現在
20
第 1 章 日本の開発援助評価における課題と展望
は国際協力局)の内部検討会議で対応策(アクションプラン)を考えて
ODA 評価有識者会議に示し、了承を得、さらにそれがどのように実行さ
れたかを年次の評価報告書に記載して公表することにしている。このよう
に、組織内に役職者、企画部門、事業部門および評価部門等のメンバーが
参加する常設の「評価フィードバック委員会」等を設置し、評価結果がど
のように活用されたのかまで見る仕組み作りが必要である。フィードバッ
クを生かすには、仕組みの構築と確実な運用が不可欠なのである。
また、ODA の質的改善のためには、ODA 全体としてのフィードバック
がなければならない。つまり、日本のすべての ODA 実施機関間のフィー
ドバックのための連携体制を確立することが大事になる。省庁間の調整会
議である「ODA 評価連絡会議」はその基礎になると期待される。外務省、
JICA、JBIC、他 ODA 関係省庁が出している評価報告書に盛られた結果を
一元的に管理するデータベースを構築して、相互活用体制を作ることも考
えられる。
さらに、忘れてならないのは援助受け入れ国へのフィードバックである。
評価結果を援助受け入れ国側にきちんと報告することを徹底し、援助受け
入れ国が評価結果からの教訓・提言を今後の事業計画の作成・実施に反映
するよう支援することが重要となる。2000 年に東京で開催された
OECD–DAC 評価作業部会のワークショップには開発途上国から初めてオ
ブザ−バ−が招かれた。同時に開かれた ODA 評価セミナ−でも援助供与
国と援助受け入れ国が協力して評価することの意義が強調された(外務省
経済協力局評価室 2000)。これまで ODA 評価は援助供与国のみで行われ
がちであったが、評価活動に援助受け入れ国側の関係者を含める参加型評
価は援助受け入れ国側の評価能力を高めると共に、評価結果の開発の現場
へのフィ−ドバックに大きく貢献すると考えられる。
4.4
評価人材の育成と確保
援助評価が重要と認識され盛んになってくれば、評価の質を向上させるた
めにも、それを担う人材の育成が重要となる。評価はそれなりの専門的な
知識、手法を持った人が実施しないと単なる評論に終わり、結果が信用で
きないことになる。例えば、JICA の 2 次評価結果では、アンケート調査
21
やインタビューによる現状把握が不十分なために評価の質を低めていると
いう指摘がある(国際協力機構 2006)。また、定量及び定性的分析におい
て評価の根拠が明確に述べられていないことによる客観性の欠如、報告書
の書き方とその論理性の欠如なども挙げられている。
評価の質とその結果の権威を高めるためには評価の専門家が必要となる。
大学院などで専門教育実施体制を拡充するなど長期的なコ−スの整備と同
時に、実務家向けの短期的な評価研修プログラムの開発と拡充を図り、援
助実施機関職員、外部専門家、コンサルタント等に対して、援助評価にか
かわる海外での研修制度、奨学金制度を拡充するなどして評価人材の養成
を行うことが急務である。各種の評価研修を認定して資格を付与する事に
よって、評価の普及と質の維持を図ることも考えられる。最近では、援助
評価活動にシニアスタッフが大学院生などのジュニアスタッフを同行する
ことを認めるケ−スが多くなったが、一種のオンザジョブ・トレ−ニング
としてうまく機能している。
また、評価専門家の専門性を高め、資質向上を図る目的で、2000 年 9
月に日本評価学会が発足した。同学会では 2007 年度より質の高い評価専
門家の養成をめざし「評価士養成講座」をスタートさせた。このような学
会活動を通して、評価人材が切磋琢磨され、育成されることが期待される。
4.5
評価情報の公開と広報
評価報告書は現在、外務省、JICA、JBIC、あるいは ODA 関係省庁で個別
のフォームで発行されているが、可能な限りフォームを整理してデータベ
ース化するとともに、評価結果のホームページ等での迅速な公開を拡充す
ることが大事である。JICA はすでに報告書全体をホームページで公開し
ている。また、第三者評価結果が援助実施部門と意見が違う場合も、書き
直しをするのではなく、両論併記する慣例も定着し、透明性確保に貢献し
ている。
ODA を拡大し、継続していくには国民の理解と参加が重要である。評
価活動に市民、NGO、自治体、地方議員などが参加する機会を拡充し、
公開された評価報告書に関し、国民一般が自由に意見を述べ、それらが次
の ODA 活動に反映される仕組みの整備にこれまで以上に努めるべきであ
22
第 1 章 日本の開発援助評価における課題と展望
表 3 日本の ODA 評価の主な課題
1.評価手法の改善・開発
① 目標の明確化と評
価指標の明確化
到達目標値が必ずしも明確に提示されていない。定量的であれ、
定性的であれ関係者間で十分に協議する必要がある。
② 効率性や費用に関
する評価の強化
限られた ODA 予算を効率的に使うために今まで以上に効率性
の観点からの評価が必要である。そのためには比較の対象とな
るデータ整備が急務である。
③ レーティングへの
プロジェクトの成功要因をより明確に提示するために、JBIC
試み
で実施されているレーティングの試みは、新たな評価手法の開
発として注目される。
2.新たな評価対象への対応
① プログラム・レベ
ル、政策レベル評
プログラム・レベル及び政策レベルの評価手法の確立が急務で
ある。そのためには、政策策定過程における目標体系図の作成、
価の強化
開発途上国自身の開発戦略との一貫性や他の援助機関との協調
などについても十分に考慮する必要がある。
② 評価対象事業
の拡大
ODA 事業の中には、依然として評価が十分おこなわれていな
い分野・事業も多い。例えば、研修員や留学生受入、専門家派
遣、青年海外協力隊事業、草の根無償などの NGO への支援事
業などが含まれる。今後はこれらの分野に対しても評価を拡充
する必要がある。
3.評価のフィードバック体制の強化
評価情報の周知は進んできているが、それを学習・改善につなげる組織体制の強化が必
要である。また、ひとつの組織内のみならず ODA 関連組織間でのフィードバックのた
めの連携体制や、援助受入国へのフィードバックも重要である。これに伴い援助受入国
側の評価能力向上支援も必要になる。
4.評価人材の育成と確保
評価の質を高めるためには専門性の高い評価人材が不可欠である。大学院などにおける
専門教育に加えて、実務家向けの評価研修プログラムの拡充が更に必要となる。
5.評価情報の公開と広報
ODA 事業を拡大し継続していくためには国民の理解と参加が重要である。公開された
評価情報に対する国民からのフィードバックを積極的に取り上げていく仕組みのさらな
る整備が必要である。
る。
更に、これらの評価結果を、教育に生かすことが考えられる。例えば、
日本では総合的学習の時間として、小学校から高校まで、学校が比較的自
由にカリキュラムを組み、子どもたちが自主的に学習できる仕組みが作ら
れている。そうした総合的な学習の時間の中で、評価者が実際に経験した
評価活動を報告することで、子ども達に小さい時分から、外国に対する支
23
援について理解を持ってもらう活動も、長い目では非常に効果的である。
以上述べた ODA 評価の主な課題を表 3 に整理した。
5.おわりに代えて∼今後の展望
2008 年度に ODA の実施体制は JICA と JBIC の海外経済協力部門の統合
という大きな変革期を迎える。技術協力、無償資金協力、円借款の各事業
実施主体が統一されることは、より効率的・効果的な援助事業の実施を可
能にするものとして大きな期待が寄せられる。この変革は当然のことなが
ら ODA 評価にとっても新たな時代を開くものである。最後に今後の展望
として、前述した ODA 評価の課題を踏まえ、統合後に期待される変化を
いくつか述べる。
まず、統合により技術協力、有償資金協力、無償資金協力の有機的な連
携が可能になり、これまでスキーム別に行われてきた事業群が相手国の開
発課題を最終目標として計画されることによって、近年注目を浴びている
プログラム・アプローチが本来の形に近いものとして提示される可能性が
高い。このことは開発効果へのより一層の貢献はもちろんのこと、プログ
ラム・レベルや政策レベルの戦略と目標がより明確になり、到達目標への
道筋を示した体系図に基づいた構造的な評価ができるようになるという期
待につながる。
次に、このような構造的な評価が新たな援助評価方法の検討につながる
ことを期待したい。すなわちスキーム間の有機的な連携によるプログラ
ム・アプローチの充実により、インパクト・レベルの目標への貢献度を捉
える評価と、個々のプロジェクトの実施プロセスや直接的な成果を捉える
評価(もしくはモニタリング)の二つを有効に組み合わせた評価が可能に
なるのでないか。評価自体もコストがかかることを考えると、例えばすべ
てのプロジェクトに評価を行うのではなく、モニタリングを中心に個々の
プロジェクトのマネジメント強化を図り、より上位のインパクトを捉える
評価に重点を置くというような取り組みも検討の余地がある。インパクト
24
第 1 章 日本の開発援助評価における課題と展望
の評価は、特定の開発課題に対する日本の ODA 戦略を評価することでも
あり、その評価結果は新たな戦略の意思決定を行う上で重要である。これ
は、主にマネジメント支援を目的として実施されている個々のプロジェク
ト評価とは一線を画し、より上位の戦略、政策レベルへのフィードバック
を行うものであり、セクター全体への視点、相手国の開発計画との関係、
他の援助機関との関係などを念頭においた評価となる。
援助評価は、他の国の開発計画に外から介入するプログラムやプロジェ
クトを評価するものである。それは、国内における公共事業評価とは異な
る視点が多々要求されるということである。相手国の開発プロセスに対す
る介入が、相手国が持続的に開発効果をあげていく上でどのように貢献し
たのかを評価することは容易なことではない。しかし、JICA 及び JBIC の
長い評価経験の中で蓄積された評価情報を分析することにより、援助を成
功裡に導く要因を踏まえたインパクトの評価方法や、援助の費用対効果を
見る上での比較データの構築が可能になるのではないかと考えられる。そ
の分析のひとつの事例が JBIC のレーティングの見直しであろう。
また、評価情報には膨大な教訓・提言や、相手国の当該セクターに関す
る貴重なデータが含まれているので、情報自体を活用する基盤の整備も期
待したい。統合後は日本の唯一の援助実施機関として、過去の JICA、
JBIC の評価結果のみならず、外務省、ODA 関係省庁の評価報告書に盛ら
れた結果を一元的に管理するデータベースを構築し、相互活用体制を作る
ことも考えられる。評価報告書の中には、役に立つものもあればそうでな
いものもある。使う側が利用しやすいように、わかり易いキーワードを整
理してデータベース化するなどの工夫が望まれる。このような仕組みは、
援助組織内のフィードバック強化につながるばかりでなく、説明責任の観
点から国民に対し透明性を確保し、広報効果を高めるという意味でも重要
である。さらに、それら評価情報は国際協力人材を育成するという観点か
ら開発教育を行う上での教材としても貴重な情報源となり、質の高い
ODA 事業を拡大・継続していくための国民の参加につながることが期待
できる。
これまで見てきたように、日本の ODA 評価は、国内の政策評価と比し
て長い歴史の中で評価の経験を重ね、外務省、JICA 並びに JBIC の各組織
25
における専門部会での協議を経て、様々な論点と課題に取り組んできた。
また 2008 年度からは新たな環境の中で変化を遂げていくであろう。ODA
は元々様々な未確定で困難な環境の下に行われるものであり、非の打ちど
ころがない完全なプロジェクトは皆無である。大事なことは、完全ではな
いことを声高に言うことではない。評価結果を基にして当該プロジェクト
なり、援助戦略なり、次に行われる類似プロジェクトやプログラムがどの
様に改善されたかを「評価」することが重要である。評価結果を生かして
ODA 事業がどれだけ良くなったかという評価結果の利用に焦点を当てて
いくのでなければ、ODA の評価活動はやがて形骸化してしまう。ODA 評
価はあくまでも ODA の質を高めるのを助けるものでなければならない。
関係者に影響を与えるという社会的学習を促進してこそ、評価は初めて役
に立つものであり(Picciotto 2000)、評価の二つの役割の中でも、学習の
役割を大きくしていくような援助関係者の努力と意識の改善と、組織的な
取り組みが一段と求められているのである。
26
第 1 章 日本の開発援助評価における課題と展望
参考文献
(引用・参考文献)
援助評価検討部会、評価研究作業委員会(2000)『「ODA 評価体制」の改善に関する
報告書』
援助評価検討部会、ODA 評価研究会(2001)『わが国の ODA 評価体制の拡充に向
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外務省経済協力局(1999)
『経済協力報告書(総編)
』
________(2002)
『経済協力評価報告書 2001 年』
外務省経済協力局評価室(2000)『ODA 評価セミナ−:より良い ODA 評価に向け
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外務省国際協力局(2006)
『経済協力評価報告書』
________(2007)
『経済協力評価報告書』
行政管理研究センター編(2006)『政策評価ハンドブック∼評価新時代の到来』ぎょ
うせい
海外投融資情報財団(2001)
『世銀 国際協力に関する評価フォーラム報告書』
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国際協力事業団評価部評価監理室(2001)
『評価結果のフィ−ドバック』
国際協力機構(2006)
『事業評価年次報告書』
国際協力機構企画・評価部評価監理室編(2004)『プロジェクト評価の実践的手法』
国際協力出版会
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想社、262–282 頁
牟田博光(2003)「構造的評価に基づく総合的国際協力の試み」『日本評価研究』3
(1)
、65–75 頁
牟田博光(2004)「援助評価」、後藤・大野・渡辺編『日本の国際開発協力』、日本評
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ODA 中期政策評価検討会(2004)
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27
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Kusek, J.Z. and Rist R.C.(2004)Ten Steps to a Results-Based Monitoring and Evaluation System, The World Bank
Picciotto, Roberto(2000)
, Concluding remarks, in Feinstein, O. and Picciotto, R eds.,
Evaluation and Poverty Reduction:Proceedings from a World Bank Conference,
The World Bank, pp.355–361.
SIDA(1999)SIDA’s Evaluation Policy, Swedish International Development cooperation Agency, Department for Evaluation and Audit.
第
2章
DAC における評価を巡る議論
1)
◆
藤本真美
1.はじめに
本稿では、経済協力開発機構(OECD)の開発援助委員会(DAC)の下部
機構である開発評価ネットワーク(EVALUNET)の概要と活動について
紹介し、このネットワークが最近力を入れている活動として(1)パリ宣
言実施状況の評価(2)評価の品質基準(3)被援助国の評価能力向上
(Evaluation Capacity Development:ECD)(4)合同評価の取り組みにつ
いて触れる。最後に、今後の方向性として、このネットワークが専門家集
団の枠を越えてグローバルな問題に取り組んでいく必要性について、気候
変動の例を用いて私見を述べる。
2.DAC 開発評価ネットワーク
下部機構としての位置づけ
DAC には、下部機構として、統計作業部会(Working Party on Statistics)、
★下線用12文字分ダミー★
1) 本稿の執筆にあたっては、外務省国際協力局総合計画課作道俊介氏より貴重なコメン
トを頂いたことに感謝する。
30
第 2 章 DAC における評価を巡る議論
援助効果作業部会(Working Party on Aid Effectiveness)から成る作業部
会と、その下に、開発評価ネットワーク(Network on Development Evaluation)、ジェンダー平等ネットワーク(Network on Gender Equality)、
環境・開発協力ネットワーク(Network on Environment and Development
Co-operation)、貧困削減ネットワーク(Network on Poverty Reduction)、
ガバナンスネットワーク(Network on Governance)、紛争予防・開発協
力ネットワーク(Network on Conflict, Peace and Development Co-operation)から成るネットワーク及び脆弱国家グループ(Fragile States Group)
2)
が設けられている 。本稿で取り上げる開発評価ネットワーク(EVAL-
UNET と略される)は、これらの DAC 下部機構の一つである。DAC には
現在 2 つの作業部会と 6 つのネットワークがあるので、開発評価ネットワ
ークの活動は DAC の活動のごく一部に過ぎない。しかし、このネットワ
ークは、現時点では、開発援助の評価の分野では最もよく知られた、そし
て最も権威のある国際的な機構である。
設立と任務
DAC 開発評価ネットワークは、1981 年に DAC Group of Evaluation Correspondents として設置された。その後、DAC Expert Group on Aid Evaluation、DAC Working Party on Aid Evaluation 等いくつかの名称を経て、
2003 年に DAC Network on Development Evaluation に改称し、現在に至っ
ている(表 1)
。
DAC 開発評価ネットワークの目的は、力強く、情報に豊んだ、独立し
た評価を支援することにより、国際開発援助の効果を向上させることであ
3)
る 。2003 年 4 月に採択された、DAC 開発評価ネットワークの任務
(mandate)は、以下の 4 つである 4)。
★下線用12文字分ダミー★
2) DAC ホームページ下部機構図を参照。
3) To increase the effectiveness of international development programmes by supporting
robust, informed and independent evaluation.(DAC 評価ネットワークホームページ参照)
http://www.oecd.org/dac/evaluationnetwork/
4) DAC 評価ネットワークのホームページ参照。和訳は、「DAC 開発評価ネットワーク
における最近の動きと議論について」(三輪徳子、2006 年 12 月)を参考に作成した。
31
(1)各メンバーの評価活動を改善し、評価手法と概念上の枠組みを調和
化・標準化させ、主要な評価調査にかかる協調を促進し、新たな評価方法
と優良事例の開発を推進するために、メンバー間で、また適当な場合には
被援助国と一緒に、評価に関する情報・経験を共有し協力を強化すること。
(2)DAC 及び広い開発コミュニティーによる評価から政策・戦略・事業
に関する教訓を統合するとともに抽出し、各メンバーによる合同評価の実
施の促進を通じて、援助効果の改善に貢献すること。
(3)ピア・レビュー(相互審査)、開発成果及び援助効果等に関し、DAC
及び同下部機構に対して助言・支援を提供すること。
(4)被援助国の評価能力の強化を推進し支援すること。
表 1 開発評価ネットワーク年表
1961 年 OECD ― DAC 設立
1981 年 DAC Group of Evaluation Correspondents 設立。
主に既存の評価結果を報告することを目的として、3 回会合を開催。
1982 年 DAC Expert Group on Aid Evaluation に改称。
メンバー間の情報交換、評価活動・能力の強化など、援助効果向上や合同調査
により重点が置かれた。
1998 年 DAC Working Party on Aid Evaluation に改称。
37 回会合を開催。
2003 年 DAC Network on Development Evaluation に改称。
今日まで 7 回会合を開催。
出所:A History of the DAC Expert Group on Aid Evaluation(1993、OECD)
これらの任務を遂行するために、開発評価ネットワークでは、加盟国・
機関の評価体制を強化し、評価の「質」を向上し、合同評価を促進し、メ
ンバー間で評価の結果を共有している。つまり、DAC 開発評価ネットワ
ークは、評価の方法を改善し開発協力の一手段としての評価の活用を促進
するため、ドナー及び国際機関の評価部局や評価の専門家が互いの経験や
知見・情報を共有しあう場であり、メンバーが実施する開発援助の評価を
とりまとめ、よりよい評価の方法をアドバイスすることを通じて、各国に
おける評価の取り組みを促進し、開発援助の効果を向上させることを目指
しているのである。
32
第 2 章 DAC における評価を巡る議論
メンバー
現在、開発評価ネットワークのメンバーは、オーストラリア、オーストリ
ア、ベルギー、カナダ、デンマーク、EC、フィンランド、フランス、ド
イツ、ギリシャ、アイルランド、イタリア、日本、ルクセンブルグ、オラ
ンダ、ニュージーランド、ノルウェー、ポルトガル、スペイン、スウェー
デン、スイス、英国、米国及び、アフリカ開発銀行(AfDB)、アジア開発
銀行(ADB)、欧州復興開発銀行(EBRD)、米州開発銀行(IADB)、国際
金融公社(IFC)、国際通貨基金(IMF)、国連開発計画(UNDP)、世界銀
行である。
2007 年 6 月の第 6 回会合では、メンバー以外からベトナムと中国が被
援助国の代表として招待された。ベトナムはオーストラリアの支援を受け
ながら評価者の能力を強化するためのマニュアル整備等の取り組みを行っ
ていることを発表し、中国はオランダによる援助の一部を対象として、オ
ランダと対等の立場で合同の評価を行っていることを発表した。また、第
7 回会合にはウガンダが参加した。開発評価ネットワークのメンバーは全
てドナーであるが、このようにドナーとの連携を進めている代表的な被援
助国からの情報提供は評価ネットワークの議論を深める上で有益であり、
定例化していくのも一案と考えられる。
会合の開催・議長
これらのメンバーが一堂に会する場として、6 ∼ 9 か月に一回、全体会合
が開催されている。最近では 2006 年 11 月に第 5 回会合、2007 年 6 月に
第 6 回会合、2008 年 2 月に第 7 回会合が、いずれも OECD 本部のあるパ
リで開催された。会合には、ネットワークのメンバー国・機関から代表 1
∼ 2 名づつが参加するが、ほとんどが開発畑で長年評価を担当している専
門家や行政官である。中には 10 年、20 年と評価に関わり続けている者も
いる。わが国も、外務省、JICA、JBIC より評価部局の担当者が出席し、
「オールジャパン」として、ODA 評価に関するわが国の取組を紹介し、議
論に参加している。
開発評価ネットワークの議長は、第 5 回会合よりスウェーデンに替わり
アイルランドが、また、副議長(2 名)は、同会合より、日本とアイルラ
33
ンドに替わりベルギーとスペインが務めていたが、その後スペインが人事
異動により空席となったため、第 7 回会合でイギリスがスペインにかわり
副議長を努めることになった。
主な出版物
開発評価ネットワークでは、活動の一部として、各種出版物を出している。
評価関連用語集(Glossary of Key Terms in Evaluation and Results Based
Management)、合同評価の実施ガイドライン(Guidance for Managing
Joint Evaluations)、後述する評価の品質基準(DAC Evaluation Quality
Standards:2006 年 3 月から 3 年間の試行期間中)等がこれまで作成され、
場合によってはフランス語、スペイン語等に翻訳されている。またこれら
の資料は開発評価ネットワークのホームページにも掲載され、各国の評価
活動に指針を与えるとともに、ドナーと被援助国の評価基準の調和化を促
している。
DAC 評価 5 項目
1991 年に DAC が提唱した「妥当性」「有効性」「インパクト」「効率性」
「自立発展性」という 5 つの評価項目は、世界の開発援助機関の多くによ
り、基本的な評価基準として採用されている 5)。
・妥当性(Relevance):開発援助の目標が、受益者の要望、対象国のニー
ズ、地球規模の優先課題及び援助関係者とドナーの政策と整合している程
★下線用12文字分ダミー★
5) DAC 評価関連用語集での原文は以下の通りとなっている。
–Relevance : The extent to which the objectives of a development intervention are consistent
with beneficiaries’ requirements, country needs, global priorities and partners’ and donors’
policies.
–Effectiveness : The extent to which the development intervention’s objectives were
achieved, or are expected to be achieved, taking into account their relative importance.
–Efficiency : A measure of how economically resources/ inputs(funds, expertise, time, etc.)
are converted to results.
–Impacts : Positive and negative, primary and secondary long-term effects produced by a
development intervention, directly or indirectly, intended or unintended.
–Sustainability : The continuation of benefits from a development intervention after major
development assistance has been completed. The probability of continued long-term benefits. The resilience to risk of the net benefit flows over time.
34
第 2 章 DAC における評価を巡る議論
度。
・有効性(Effectiveness):開発援助の目標が実際に達成された、あるい
はこれから達成されると見込まれる度合いであり、目標の相対的な重要度
も勘案しながら判断する。
・インパクト(Impacts):開発援助によって直接または間接的に、意図的
であるか否かを問わず生じる、肯定的、否定的及び一次的、二次的な長期
的効果。
・効率性(Efficiency):資源及び(又は)投入(資金、専門技術(知識)、
時間など)がいかに経済的に結果を生み出したかを示す尺度。
・自立発展性(Sustainability):開発援助終了後に開発の結果から得られ
る主立った便益の持続性。長期的便益が継続する蓋然性。時間の経過に伴
い開発の純益が失われていくというリスクに対する回復力。
これらの DAC「評価 5 項目」は、開発援助プロジェクトの価値を総合
的に評価する際の視点であり、プロジェクトの効率性や費用対効果、終了
後の効果の持続などを総合的に検証するために用いられる。外務省では、
無償資金協力プロジェクトの評価を行う際、これら 5 項目に加えて広報効
果(Visibility)を追加している。また外務省で政策レベル評価(国別評
価・重点課題別評価)及びプログラムレベル評価(セクター別評価・スキ
ーム別評価)を実施する際は、この評価 5 項目を踏まえて、(1)妥当性
(2)有効性(3)適切性、の 3 つの評価基準を設定している。JICA では、
技術協力プロジェクトの評価にあたり価値判断の基準として、DAC 評価
5 項目をそのまま採用している。JBIC では、DAC 5 項目を用い、妥当性、
効率性、有効性・インパクト、持続性といった観点から評価を行っている。
このように、若干の相違はあっても、DAC の評価 5 項目は様々な機関が
様々なレベルの評価を実施する際の基本的な基準となっている。
3.DAC 開発評価ネットワークにおける最近の議論
(1)―パリ宣言実施状況の評価
最近の開発評価ネットワーク会合で中心となっている議論は、「援助効果
35
向上に関するパリ宣言」の実施状況の評価(Evaluation of the Implementation of the Paris Declaration)である。この評価は、デンマークを中心に
DAC 開発評価ネットワークで進められている新しい取組であるので、こ
こで紹介する。
「援助効果向上に関するパリ宣言(Paris Declaration on Aid Effectiveness)
」
とは、2005 年 3 月に DAC と国際開発金融機関(MDBs)の共催によりパ
リで行われた「援助効果向上ハイレベルフォーラム」(わが国を含む 100
か国以上のドナー国・被援助国、26 国際機関、14 民間団体が参加)の成
果文書であり、援助効果を向上させるためにドナー・被援助国が取り組む
べき課題・目標を合意した宣言である。パリ宣言では、Ownership(自助
努力)、Alignment(被援助国の制度・政策への協調)、Harmonization(援
助の調和化)
、Managing for Results(援助成果主義)
、Mutual Accountability(相互説明責任)の 5 原則の下に被援助国・ドナーそれぞれの約束が
明記され、それを測るための 12 の指標(被援助国の公共財政管理・調達
システムを利用した援助の割合、複数ドナーが共同実施する調査・分析作
業の割合等)と、56 の取組事項(援助効果向上のためのドナーと被援助
国の取組事項)が設けられている。
2006 年に、指標毎に各国の進捗状況を示すモニタリング報告書が DAC
の援助効果作業部会(Working Party on Aid Effectiveness)を中心にとり
まとめられた。このモニタリング結果を補完し、モニタリングで判明した
事象の原因の解明を目的として行われる形成評価(プロジェクトやプログ
6)
ラムの実施段階で行われる、実施状況改善を目的とした評価) が「パリ
宣言実施状況の評価」である。この評価は、ドナーと被援助国が協力体制
を築くために何が作用し何が作用していないか(What works and what
does not work)、またそのために正しい方法をとっているか(Are we
doing things right?)、正しいことをしているか(Are we doing the right
things?)を見極め、パリ宣言に示された行動を促進するために行われる
ものである。つまり、モニタリング調査が指標の達成度を数値で示すこと
★下線用12文字分ダミー★
6) Glossary of Key Terms in Evaluation and Results Based Management, DAC
36
第 2 章 DAC における評価を巡る議論
でパリ宣言実施における what の部分を解明するのに対し、パリ宣言実施
状況の評価は why や how を解明するものであるといえる。評価の結果は、
2008 年にガーナで開催される次回の「援助効果向上ハイレベルフォーラ
ム」への貴重な貢献をなすものとして成果が期待されている。
パリ宣言実施状況の評価は、デンマーク主導の下、開発評価ネットワー
クの活動の一環として作業が進められている。パリ宣言実施状況の評価は
二段階に分かれており、第一フェーズでは 2008 年秋のガーナ「援助効果
向上ハイレベルフォーラム」までに、投入(Input)と成果(Output)を
中心に、ドナー・被援助国がパリ宣言の実施のためにとっている行動を分
析・検証することを目指している。そして第二フェーズでは、ガーナ・ハ
イレベルフォーラム以降 2010 年までを目処に、結果(Outcome)とイン
パクト(Impact)を中心に、より長期的な視点から援助効果と開発成果と
の関連を検証し、必要に応じて第一フェーズのフォローアップを行うこと
を目指している。
パリ宣言実施状況評価の体制は、まず開発評価ネットワークのメンバー
だけでなくその他のドナー・被援助国も参加する広い枠組みである「レフ
7)
ァレンス・グループ」(ドナー 16 か国・機関、被援助国 13 か国ほか)が
設置され、ドナー(デンマーク)と被援助国(当初はベトナムだったが担
当者の異動によりスリランカに交替)から一人づつ議長を置き、年 3 ∼ 4
回会合を行う。その下に限られたドナー・被援助国から構成される小規模
8)
な「マネージメント・グループ」 が置かれ、作業の進行状況を管理する。
さらに、その下に、デンマーク政府の資金で運営される事務局が置かれる
という、三層構造になっている。この三層構造のもとで、パリ宣言の実施
状況に関する被援助国主導の評価(Country Level Evaluations)
、ドナー主
★下線用12文字分ダミー★
7) ベルギー、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、アイルランド、日本、オ
ランダ、ノルウェー、スペイン、スウェーデン、英国、UNDP、世界銀行、OECD / DAC、
EURODAD(債務と開発のヨーロッパ・ネットワーク)、バングラデシュ、ボリビア、カン
ボジア、マリ、モロッコ、ニカラグア、フィリピン、セネガル、南アフリカ、スリランカ、
ウガンダ、ベトナム、ザンビア、リアリティオブエイド(NGO)、アフリカ評価学会
(AfREA)
8) オランダ、デンマーク、南アフリカ、スリランカ、ベトナム(立ち上がりのみ)、
UNDP
37
導の評価(Development Partner Headquarters Evaluations)、及びこれら
を補完するテーマ別評価(Thematic Studies:現時点では「援助効果と開
発効果のリンク」「脆弱国家」「統計能力向上」「援助のアンタイド化」が
対象テーマとなっている)の 3 種類の評価を行い、まずは第一フェーズの
結果をまとめた統合報告書(Synthesis Report)をガーナ・ハイレベルフ
ォーラムに向けて作成することを目指している。
2007 年 3 月に第一回レファレンス・グループ会合がパリで開催され、
ドナー、被援助国を含む 18 か国 4 機関、NGO などが集まった。ここでは
パリ宣言実施状況の評価の取り進め方について、被援助国主導の評価、ド
ナー主導の評価それぞれについて個別のレファレンス・グループを設ける
こと、DAC 開発評価ネットワークが作成した合同評価実施ガイドライン
(Guidance for Managing Joint Evaluations)に準じて評価を行うこと、と
いった基本的な体制と今後のスケジュールについての大枠が合意された。
またその後、2007 年 6 月に本格的な立ち上がり会合として、コペンハー
9)
ゲンでインセプション・ワークショップが開催され、被援助国 10 か国 、
ドナー 9 か国及び 1 機関 10)がこの評価の対象となることが決定された。
また、被援助国それぞれについて、パートナーとして調査に必要な資金を
提供し合同で評価を行うドナー国・機関が決定された。
このようにパリ宣言実施状況の評価の取組はしかるべき体制を組んで始
まってはいるものの、その進展は遅く、2007 年秋の時点で、いくつかの
被援助国主導の評価の TOR(手続き事項)がやっと固まったところであ
った。しかしその後、議長及びその命を受けた各国の駐デンマーク大使館
からの督促により巻き返しがあり、2008 年 1 月の時点では既に中間報告
のドラフトが作成された国もある。他方、議長によれば連絡が途絶えてし
まいどうなっているかわからない国もある模様である。ガーナ・ハイレベ
ルフォーラムに貢献をするためにはドナー・被援助国とも足並みを揃えた
★下線用12文字分ダミー★
9) バングラデシュ、ボリビア、マリ、フィリピン、セネガル、南アフリカ、スリランカ、
ウガンダ、ベトナム、ザンビアの 10 カ国。
10)オーストラリア、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、ルクセンブルグ、
オランダ、ニュージーランド、英国、UNDP / UNEG(国連評価グループ)の 9 か国 1 機
関。
38
第 2 章 DAC における評価を巡る議論
作業が望まれるが、予定通りに評価が進んでいないのが実情である。その
理由としては、被援助国側の体制や窓口がなかなか定まらず、立ち上がり
に時間がかかったことがある。被援助国の中には、ドナーの間では当然の
ように行われている電子メールのやりとりでは政府内で決定ができないの
で、DAC 開発評価ネットワークからの正式な書状が必要という連絡の形
態に関する理由により開始が遅れたり、また評価を扱う部署ができたばか
りで担当者が要領を得ていないケースもあった。また、作業を委嘱するコ
ンサルタントで、パリ宣言について十分な知見を有する者が特にアフリカ
でなかなか見つからなかったというのも、立ち上がりが遅れた理由のよう
である。
被援助国主導の評価はオーナーシップの観点からも重要であり、例えば
ベトナムのようにパリ宣言を現地の文脈に合うように手を加えた「ハノ
イ・コア・ステートメント」を作成するなど、積極的かつ意欲的にパリ宣
言の導入を進めている被援助国もある。しかし中には被援助国に作業の進
捗管理を任せるのが時期尚早という場合もあるようである。被援助国にい
かに主導権を与えつつ、ドナーが創意工夫をしていくかが問われている。
パリ宣言の実施状況に関しては、130 ページに及ぶモニタリングレポー
ト(2006 Survey on Monitoring the Paris Declaration)が既に発表され、
その後も継続してモニタリングが行われており、パリ宣言の実施にあたっ
ての問題点が概ね明らかになっている。例えば、整合性に関する指標 4 に
ついては、2010 年までに技術協力の 50 %が国家開発計画に一致し調和化
したプログラムを通じて実施されるという目標の 48 %が達成されている
ものの、国によって大きなばらつきがあり、指標の解釈が一致していない
ことが問題点として指摘されている。パリ宣言の実施にあたっては、12
の指標のみに焦点を当てるのではなく、被援助国の現状に沿って具体的な
開発成果を高めるには何が必要かという観点を踏まえた取り組みが重要で
ある。パリ宣言の実施状況の評価を迅速に進め、ガーナ・ハイレベルフォ
ーラムに貢献できる成果を出すためには、パリ宣言のモニタリングを行っ
ている援助効果作業部会との更なる連携や一層の協力により、上記のよう
な問題点を掘り下げ、この評価を真に付加価値のあるものとすることが必
要である。
39
4.DAC 開発評価ネットワークに於ける最近の議論
(2)―評価の品質基準
上で述べたパリ宣言の「調和化(Harmonization)
」の原則を促進し、DAC
によって与えられた 4 つの任務の一つである「評価手法と概念上の枠組み
の調和化・標準化」にむけた取り組みの一環として、開発評価ネットワー
クでは、評価の「質」を維持するための「評価の品質基準」(DAC Evalua11)
tion Quality Standards)を作成し、現在試行中である 。この活動は、こ
れから述べる ECD や合同評価の基礎となるものであるので、ここで紹介
する。
「DAC 評価の品質基準」は、各国の異なる実施機関によりばらばらにな
りがちな開発援助の評価の品質を向上させ、一定のレベルに保つことで、
合同評価をやりやすくするとともに、評価の分野での各国の協力を促し、
評価の比較やメタ評価(一連の評価結果を集計することを意図した評価。
また評価の質を判断するための、評価の評価)を促進することを目的に作
成されたものである。内容は開発援助の評価に絞られており、ごく基本的
ながらいずれも無視してはならない事項が以下の 10 項目に分かれて書か
れている。
(1)評価の根拠と目的(Rational, purpose and objectives of an evaluation)
ここでは、まず、評価をなぜ、いつ、誰のために行うのか、いかなる目
的で評価を行うのか(プロジェクトやプログラムの継続を決めるためか、
援助に対する支出を納税者に説明するためか?等)、評価により何を達成
するのかを明らかにするよう求めている。
(2)評価の範囲(Evaluation Scope)
ここでは、どの地域に対するいかなる援助形態を取り上げ、いくらの予
算を使い、どのくらいの期間でどの地域をカバーするのか、ターゲットグ
ループは何か、またどのような投入、活動、結果、インパクトが得られた
★下線用12文字分ダミー★
11)全文は、DAC 開発評価ネットワークのホームページでダウンロードできる。
40
第 2 章 DAC における評価を巡る議論
のか等を明らかにすることを求めている。さらに、評価基準として DAC
評価 5 項目を使用すること、もしそれ以外の基準を使用した場合はその理
由を書くこと、どのような評価設問を設定したのかを明示することを求め
ている。
(3)評価の切り口(Context)
ここでは、対象となる開発援助に影響を与える政治・経済・社会状況、
ドナー及び被援助国の開発戦略、ドナー及び被援助国の援助実施上の役割
分担等の情報について明示することを求めている。
(4)評価手法(Evaluation Methodology)
ここでは、いかなる評価手法や情報収集手段が用いられたのか、それに
伴い、どのような問題があったのかを明示するよう求めている。また、指
標は SMART(具体的(Specific)、測定可能(Measurable)、達成可能
(Attainable)、妥当(Relevant)、時間が明記された(Time bound))なも
のを使用することを求めている。また、ドナーと被援助国の双方に協議す
ること、協議に携わった関係者は誰か、その選択の基準についても記すと
ともに、サンプリングを行う場合は選択の根拠を明示し、評価団の構成に
あたってはジェンダー等のバランスに配慮するとともに対象地域の専門家
を含めることを求めている。
(5)情報源(Information Sources)
ここでは、報告書で使用された情報源を、プライバシーを侵害しない範
囲で明示するとともに、データの正当性を明らかにするよう求めている。
(6)独立性(Indenpendence)
評価報告書では、評価者が委託元の政策や事業、管理などの機能からど
の程度独立しているかを示すこと、評価団が評価の実施にあたり何らかの
妨害を受け、それが評価の結果に影響を与えた場合は明示することを求め
ている。
(7)評価倫理(Evaluation Ethics)
評価が、全ての関係者のジェンダー、信条、風俗習慣に注意を払い高潔
さと正直さをもって行われることを求めている。情報提供者より要請があ
った場合、また法律上求められている場合は個人名を匿名とすること、評
価団は特定の判断や勧告を受けず、評価団内で結論に至らなかった見解の
41
相違は報告書に記すべきことを求めている。
(8)品質確保(Quality Assurance)
関係者は評価の結果や提言に対して意見を述べる機会を与えられること、
これらの意見と同時に重要な見解の相違については記述すること、事実関
係についての議論を受けて、必要であれば報告書のドラフトを修正するこ
と等を求めている。また、評価のプロセス全体を通じて、評価者の独立性
の原則を守りつつピア・レビューなどの方法で品質管理(Quality Control)
を行うこと、を求めている。
(9)評価結果の妥当性(Relevance of the evaluation results)
評価の結果が評価の対象や目的に照らして妥当であること、評価結果は
評価設問やデータ分析に沿っており、根拠が明示されていることが求めら
れている。また、評価の目的に照らして、結果が時宜にかなって公表され
ること、期間や予算について予見されない変更が生じた場合は説明するこ
と、教訓と提言が評価結果の使用者にとって実行可能であり、評価の結果
が最大限利用できるような体制が組まれること、等を求めている。
(10)完成度(Completeness)
評価報告書は評価の範囲内の全ての質問に答えること、データや情報は
論理の流れがわかるように記載すること、結論、教訓、提言をはっきりと
区別し、要約をつけること、等を求めている。
この品質基準は、ドラフト作成後、2006 年 3 月から、現在 3 年間の試
行期間中である。2007 年 6 月から 9 月にかけてメンバーに対してアンケ
ート調査が行われ、大多数のメンバーの評価部署やコンサルタントが、
TOR の作成時や実際の評価において、また研修においてこの品質基準を
使用していることがわかった。試行期間を経て、この品質基準は 2009 年
には最終版となる予定である。JICA ではこの品質基準を本部及び現地事
務所で閲覧できるようにしており、評価の計画・執行・見直しの各段階で
活用している。また外務省では政策・プログラムレベル評価のガイドライ
ンを作成しているが、DAC 品質基準の重要な部分は概ねカバーされてい
る。
この品質基準はメンバーに使用が義務づけられているものではない。し
かし、評価の「質」だけでなく国際的に認められた基準に沿って評価を行
42
第 2 章 DAC における評価を巡る議論
うことで評価結果に対する信頼性が高まり、各国で評価の役割の一つであ
る説明責任を果たすことに貢献すると考えられる。このような基準の作成
は、まさに各国の評価のとりまとめ的な役割を果たしている DAC 開発評
価ネットワークにしかできない活動であり、完成後は、ドナーが単独で行
う評価だけでなく、ドナーと被援助国の合同評価の際等にも有効に活用さ
れることが期待できる。
5.DAC 開発評価ネットワークにおける最近の議論
(3)―被援助国の評価能力構築(ECD)
DAC 開発評価ネットワークで力を入れている議論のもう一つは、被援助
国の評価能力構築である。これは、開発評価ネットワークがわが国に対し
て高い期待を持っている事項であるので、ここで取り上げる。
成果重視の援助を実現するために援助の実施において援助協調や調和化
の取り組みが進んでいるのと同様に、評価の分野でも、被援助国と協力し
て行う評価が重視されてきている。パリ宣言の指標 11 でも、被援助国が
達成すべき目標として ECD に関する取り組みが挙げられている 12)。
2006 年 3 月の開発評価ネットワーク全体会合で、日本、フランス、デ
ンマーク等をメンバーとする ECD タスクフォースの設置が合意され、こ
れを受けてわが国が中心となり、ドナーによる ECD 支援の現状を把握す
るための調査(マッピング調査)を行った。この調査では、2006 年 7 月
∼ 9 月にかけて 32 ドナー国・機関に質問票を送付し、約 6 割にあたる 20
カ国・機関より回答を得た。その結果、全体的な傾向として、多くのドナ
ーがアジア大洋州・アフリカを対象に、政府上級職員向けの研修・ワーク
ショップを中心とした ECD 活動を行っていることがわかった。また、
ECD 活動を実施する際の問題として、被援助国において評価に対するオ
ーナーシップやコミットメント、インセンティブがないこと、評価のメリ
★下線用12文字分ダミー★
12)パリ宣言指標 11 :パートナー国は、成果重視の報告や国家ないしセクター開発計画
の主要な事象に関する進捗をモニターする評価枠組みを設置する。これらの枠組みは、デー
タがコストに比して効果的に収集可能で、管理可能な数の指標をモニターすることとする。
43
ットや重要性に対する理解が不足していること、等が挙げられた 13)。
被援助国におけるこのようないわゆる「評価文化の欠如」は、以前から
指摘されており、すぐに解決できる問題ではない。また、被援助国の中で
も、マレーシアやスリランカなど評価学会を有する国がある一方、評価担
当部局がなかったり、評価に対する認識が十分に醸成されていない国もあ
る。このような被援助国の間の評価に関する知識や経験のギャップを埋め、
ODA 評価の手法や評価に関わる課題に関するアジア諸国の理解を増進し、
評価能力の向上に貢献するため、外務省、JICA、JBIC は三者共同で、
2007 年 11 月 28 日及び 29 日にクアラルンプールで、アジアの被援助国 16
カ国を招待し、ドナー機関の参加も得て「ODA 評価ワークショップ」を
開催した。このワークショップは、日本側から廣野良吉・成蹊大学名誉教
授、牟田博光・東京工業大学副学長、マレーシア側からアリ・ハムザ首相
府経済企画院(EPU)副次官、ノラニ・イブラヒム EPU 対外協力担当局
長、モハンマド・ガザリ・アバス EPU 人材開発担当局長を共同議長とし
て、人的側面・制度面の両方からどのようにアジアの被援助国で評価能力
を向上できるかを中心に議論が行われた。ワークショップの全体会合では、
マレーシアのシンクタンク(Institute of Strategic and International
Studies:ISIS)より、わが国の対マレーシア援助について 10 件のプロジ
ェクトをとりあげた評価について発表があり、1982 年以降のわが国から
の援助は遅れが見られたものもあるが、全体としてマレーシアにおける人
材育成、制度の構築及び経済発展に大きく寄与していることが示された。
また分科会ではベトナム、フィリピン、スリランカ、ネパールがドナーと
の合同評価の成功例や効果的なモニタリング・評価制度の構築例等につい
て発表を行い、評価の結果を政策につなげていくためには政治的意思が必
要であること、及びフィードバック体制の強化を通じて評価結果を戦略的
に使うことの重要性が参加者の間で共有された。さらに、評価の「質」を
確保するために、アジアにおいて評価専門家のネットワークを構築する重
要性が指摘されたとともに、評価結果から教訓を得ることと説明責任を果
★下線用12文字分ダミー★
13)
「開発途上国の評価能力構築に向けたドナー支援に係る状況調査報告書」(2006 年 10
月、外務省委託調査)
44
第 2 章 DAC における評価を巡る議論
たすことのバランスをどうやってとるべきか、といった諸点についても話
し合われ、アジアにおける ECD に貢献した。この「ODA 評価ワークシ
ョップ」の概要については、評価ネットワーク第 7 回会合でわが国よりメ
ンバーに発表を行った。
6.DAC 開発評価ネットワークにおける最近の議論
(4)
―合同評価
上記で述べた ECD を促進する重要な手段として、合同評価がある。合同
評価とは、複数の援助機関及び(又は)援助関係者が参加して行う評価 14)
のことであり、全ての関係国・機関に平等な条件で参加が開かれているも
の、DAC のメンバーや EU など限られた国・機関のみが参加するもの、
ドナー同士で行うもの、ドナーと被援助国で行うものなど、色々なやり方
がある。役割分担についても、ある機関が主導権をとり残りの参加者は報
告書にコメントをするだけのもの、一部は合同で評価を行い一部は個別に
評価するもの、現地調査は合同で行うが報告書は別々に仕上げるもの、な
ど様々な方法があり、詳しくは DAC 開発評価ネットワークが作成した
「合同評価実施ガイドライン」で紹介されている。
ECD の強化のためには、ODA の実際の受益者である被援助国と供与者
であるドナーが一緒に合同評価をすることが重要である。牟田博光教授は、
開発援助の説明責任がドナーだけでなく第一の裨益者である被援助国側の
負担するコストについても及ぶこと、被援助国側の国民の理解なしには援
助効果は得られないこと、の 2 点を中心に被援助国とドナーとの合同評価
15)
の重要性を述べている 。まさに被援助国のリーダーシップは援助効果向
上の鍵であり、被援助国を巻き込んだ合同評価によって、オーナーシップ、
アラインメント、調和化、開発成果管理といったパリ宣言の基本原則が強
化されるといえる。
★下線用12文字分ダミー★
14)Glossary of Key Terms in Evaluation and Results Based Management, DAC
15)Muta 2007
45
先に述べたパリ宣言実施状況の評価も、被援助国とドナーの合同評価と
いう実施形態を取っている。被援助国側の体制や評価能力がまちまちとい
った問題はあるが、ドナーが資金を提供し被援助国自身に TOR を作らせ、
一緒に評価を実施することで、被援助国のパリ宣言に対する理解と当事者
意識を一層高める効果が期待される。
また、開発評価ネットワークでは、ドナー 17 か国、被援助国 7 か国、
国際機関 5 機関の参加を得て、援助手法としての一般財政支援(General
Budget Support:GBS)の有効性を検証するための大規模な合同評価を最
近行った。この合同評価では 1994 年から 2004 年を評価期間として、7 カ
国(ブルキナファソ、マラウイ、モザンビーク、ニカラグア、ルワンダ、
ウガンダ、ベトナム)を対象に、GBS がどの程度妥当性、有効性、効率
性をもって貧困削減と成長に持続可能なインパクトを与えているかを検証
した。その結果、2006 年春に発表された報告書では、GBS には公共財政
管理の機能を強化し、被援助国のオーナーシップや説明責任を高める効果
はあるが、貧困削減や経済成長に対する直接的な因果関係は検証できなか
ったとされており、一部のドナーが力を入れている GBS が万能薬ではな
く、あくまでも貧困削減戦略を補完するものであることがこの合同評価に
16)
よって示された 。
外務省では、2003 年「日本・ユニセフ定期協議」での合意を受けて、
2004 年度にユニセフと合同で、ユニセフの対モロッコのカントリープロ
グラムに関する評価を行った。ここでは、カントリープログラムの目標と
活動はモロッコの優先事項と政策に対して妥当性があるもののジェンダー
の部分が弱いこと、他方結果(Outcome)レベルで児童の権利の実現に貢
献したこと、等が示された。
また外務省では 2007 年度に、保健分野に関する USAID(米国援助庁)
との合同評価を実施中である。これはドナー同士の合同評価であるが、
2002 年に日米が合意した「保健分野における日米パートナーシップ」に
基づき、ケーススタディー国を用いて保健分野の ODA で日米がいかに連
携しているかを合同で検証するものである。
★下線用12文字分ダミー★
16)OECD–DAC 2006b
46
第 2 章 DAC における評価を巡る議論
合同評価は、複数の国や機関が異なる利害や制度・調達手続きを有して
いることから、単独の評価者による評価よりも評価対象を設定しにくく、
調査のプロセスも複雑で、ともすると単独の評価者が行う評価よりコスト
がかかってしまう場合もある。また、直接の当事者であるドナーと被援助
国が行う合同評価は、客観性・独立性に欠けるという見方もある。しかし、
GBS の合同評価のように多数のドナーと被援助国を参加させることでか
えって客観性の高い結果が得られるという効果もあると思われる。さらに、
合同評価には、単独の評価者が行うよりも多くの人の目を通ることで評価
の「質」が確保されるという利点もある。成果重視の援助、結果重視の開
発の重要性が高まっている今日、被援助国との合同評価は今後も各国が力
を入れていくべき取組である。
7.今後の方向性
以上、DAC 開発評価ネットワークの概要と、現在同ネットワークで行わ
れている主要な議論についてとりあげた。
国連ミレニアム開発目標(MDGs)の設定に伴い、結果重視の開発の重
要性が増し、特に援助の「質」の向上が不可欠になっていることを考えれ
ば、DAC 開発評価ネットワークの役割は大きくなることはあっても縮小
することはない。しかし、DAC 開発評価ネットワークで行われている議
論はあまりにも学術的であり、評価手法や評価の指標を巡る限られた専門
家の間の技術論に終始している傾向がある。開発の効果を高め援助の「質」
を向上させるには、開発課題の背後にあるグローバルな問題と評価を組み
合わせて、わかりやすい評価を広く世界に浸透させることが重要である。
このことを、近年注目を集めている気候変動を例にひいて、開発評価ネッ
トワークの今後の方向性として述べる。
G8 サミットや国連での議論に見られるように、気候変動は今や重要な
国際的課題のひとつであり、気候変動とそれに伴い頻発すると考えられて
いる自然災害、健康への悪影響などは、今後の ODA 評価の方向性を決め
る上で考慮しなければならない問題である。特に、アジア地域の主要な新
47
興国であると同時に、温室効果ガスの主要排出国として注目されている中
国・インドは、あわせてわが国の 5 倍近くにあたる年間約 60 億トンの
CO2 を排出しているにもかかわらず、地球温暖化の責任は先進国の工業化
の結果であるとして、先進国の歴史的責任を主張し続けている。また、こ
れらの国を中心とするいわゆる気候変動の「途上国グループ」は、環境や
将来の世代に対する配慮よりも自国の開発が急を要するとして、先進国か
らの技術移転や、追加的な資金支援、気候変動への適応策に対する援助を
求めている。
近年、中国・インドは京都議定書の第一約束期間以降の枠組み交渉に積
極的な姿勢を示してはいる。しかし、これらの国を中心とする「途上国グ
ループ」が関与する文書には、気候変動枠組条約の「共通に有しているが
17)
差違のある責任」 の原則が繰り返し盛り込まれるのが常である。2007 年
12 月の COP13(気候変動枠組条約第 13 回締約国会議)で合意されたい
わゆるバリ・ロードマップでも、途上国が緩和の「行動」をとることには
なったが、その行動は、技術と資金及び能力構築により可能になる、とい
う文言になっている。著しい経済成長を遂げる一方で未だに多くの貧困層
を抱えるこれらの国は、気候変動の議論になると自らを途上国と位置づけ
て、先進国のような数値削減義務を避けつつ、先進国から更なる資金支援
や技術移転を引き出そうとしていることがわかる。
しかし、わが国を始めとする先進国は、今日まで莫大な額の開発援助を
「途上国グループ」に供与している。これらの国からの更なる資金支援や
技術移転に対する要求は、これまで受け取った援助がいかに国民に裨益し
国の発展に寄与しているかに対する正しい認識に基づいてなされるべきだ。
多くの国では環境専門家と開発専門家が必ずしも一致せず、実際筆者が参
加した気候変動の会議では、日本が温暖化対策関連分野の人材育成や優遇
条件による円借款を中心とした「京都イニシアチブ」により約 15,000 人
を越える人材育成に貢献したことや、モルディブの護岸整備等の適応支援
を行っていることを知っている途上国の参加者はほとんどいなかった。し
★下線用12文字分ダミー★
17)気候変動枠組条約前文、第 3 条等に示される、開発途上国に対する配慮の必要性を示
した原則。
48
第 2 章 DAC における評価を巡る議論
かし、開発の問題を抜きにして気候変動の問題に対処することはできない。
例えば、日本からこれまで中国やインドに対して ODA を通じて行われた
気候変動関連の人材育成や技術移転の定着・活用状況について、これらの
国と合同評価を行えば、ECD に貢献するだけでなく、これまでの技術移
転では何が足りないと中国やインドが認識しているのかはっきりする。合
同評価を通じて、先進国は十分な技術移転をしてくれないので削減約束は
できない、という「途上国グループ」の従来の主張に影響を与えることが
できる可能性がある。そうすれば、合同評価を通じて ODA が一定の外交
的成果をあげたといえる。もちろんそのためには、先進国も数値目標につ
いて議論するだけではなく実際に温室効果ガスを削減して、途上国に誇れ
る結果を示さなければならない。しかし現在わが国を始めとする先進各国
で行われている京都議定書目標達成策が目に見える結果となって現れるに
はかなりの時間が見込まれることを考えれば、途上国との合同評価を強化
して、途上国の ODA に対する理解を促進することには意味がある。DAC
開発評価ネットワークは、このようなグローバルな議論にも貢献できるは
ずである。
地球規模問題の議論と開発援助の議論の一体化を一層進めるためには、
現在のように、DAC 開発評価ネットワークのような限られた場で評価の
専門家だけが議論をしていたのでは限界がある。評価の独立性は大原則の
一つではあるが、独立性を重視しすぎると評価という活動そのものが象牙
の塔になってしまう危険もある。「評価の父」として名高い米国クレアモ
ント大学のマイケル・スクリヴァン教授が述べるとおり、「評価はあらゆ
る分野の様々な局面で最善の結果を得るためのサバイバル・スキル」であ
18)
り 、気候変動のようなグローバルな問題と評価の考え方を柔軟に組み合
わせていくことが開発効果の向上には必要である。DAC 開発評価ネット
ワークは、開発援助の枠を越えた地球規模の問題に対しても、開かれた専
門家集団として、評価の視点からアドバイスする役割を果たすべきではな
★下線用12文字分ダミー★
18)Evaluation is an essential part of every science. Evaluation skill is a survival skill for getting most successful results.(2007 年 7 月 10 日、国連大学における外務省/FASID 国際シン
ポジウム「開発途上国における開発効果向上のための評価の役割」における Scriven 教授発
言)
49
いだろうか。そのためには、DAC のメンバーに限らず被援助国や市民団
体等を含めた、より広い評価関係者のネットワークを作り、色々なところ
から意見を集めていくことが重要である。
2006 年夏、外務省では機構改革があり、国際機関への参加・協力を主
に担当していた国際社会協力部の一部と政府開発援助を担当する経済協力
局とを併せて国際協力局が新設され、
(1)ODA の企画立案機能の強化(2)
二国間協力と多国間協力の ODA の有機的連携の推進(3)援助の実施を
担う JICA との連携強化を図ることになった。この国際協力局の新設によ
り、環境政策と開発政策が一つの部署で扱われるようになったのは、大き
な前進である。この機構改革を機に、わが国が、DAC 開発評価ネットワ
ークの議論にも、より広い視点から新たな知的貢献を行うことが期待され
ている。
50
第 2 章 DAC における評価を巡る議論
参考文献
外務省国際協力局(2006)『開発途上国の評価能力構築に向けたドナー支援に係る状
況調査』
(外務省委託調査報告書)
外務省国際協力局(2006)
『経済協力評価報告書』
外務省国際協力局(2007)
『経済協力評価報告書』
外務省経済協力局開発計画課(2006)
『ODA 評価ガイドライン』第 3 版
環境省(2006)
『平成 18 年度環境白書』
国際協力機構(2004)
『プロジェクト評価の実践的手法』
国際協力機構(2006)
『事業評価年次報告書』
国際協力銀行(2006)
『円借款事業評価報告書』
三輪徳子(2006)
『DAC 開発評価ネットワークにおける最近の動きと議論について』
OECD(1993)A History of the DAC Expert Group on Aid Evaluation.
OECD/IEA(2007)CO2 Emissions from Fossil Fuel Combustion 1971–2005(2007 Edition)
.
OECD/DAC(2002)Glossary of Key Terms in Evaluation and Results–Based Management. OECD Publications.
OECD/DAC(2006a)Guidance for Managing Joint Evaluations. DAC Evaluation
Series.
OECD/DAC(2006b)Evaluation of General Budget Support : A Joint Evaluation of
General Budget Support 1994–2004.
MOFA(2006)Annual Evaluation Report on Japan’s Economic Cooperation 2006.
Muta, H.(2007)The Effective Cooperation with Developing Countries and the Role of
Evaluation–Needs and Challenges of Joint Monitoring and Evaluation(外務省/
FASID 主催国際シンポジウム「開発途上国における開発効果向上のための評価
の役割」配付資料)
第
3章
ODA 評価と政策評価
◆
日本の現状分析
山谷清志
1.はじめに
政策評価と開発援助にかかわる評価(以下「ODA 評価」と呼ぶ)それぞ
れの役割と関係を考える前に、わが国において「評価」がどのような状況
に置かれてきたのか考えておくべきであろう。その作業をしてこなかった
ため、各自が勝手な思いこみから「同床異夢」状況に陥り、議論がすれ違
っていることに気づかないことがある。たとえば内閣府から指示される
「行政の効率化」とそれに向けた客観的評価をもとめる問いかけに対して、
外務省の関係者が外交上の配慮の議論で返す、このようなミスマッチが散
見されるのである。実際、評価という同じ言葉を使いながら、異なる合理
性を追求する「政策評価」「行政評価」「事務事業評価」「業績評価」「独
立行政法人評価」などがあふれかえっている一方で、行政の狭いサークル
に留まらない「ODA 評価」「大学評価」「学校評価」などはそれぞれの専
門的な領域における価値、官民の協働、ネットワークづくりを求められる
ようになってきている。しかし相変わらず、誰が、何のために評価を行う
のか、それが理解されないまま評価は進められ、混乱を招き、その混乱が
政策評価のみならず ODA に代表される専門領域にも及んでいるように思
52
第 3 章 ODA 評価と政策評価
われる。
混乱の大きな原因は、評価対象がいい加減に設定されるところにある。
とくに ODA 分野と違い、国内行政においては深刻である。「政策」評価、
「施策」評価、
「事業」評価と分けているにもかかわらず、これらの概念を
明確に区別する指針が無く、混乱して用いられていることが多いからであ
る。一般的に言えば、ODA 分野で明確に区別されているように、政策は
‘policy’、施策は‘program’、事業が‘project’であり、政策は政府・地
方自治体・府省の活動目的と方向を語り、事業はこの政策手段である。そ
して多くの政策手段群から 1 つを選び、それを何時、どのように使うのか
について考え、事業実施者に説明し、事業活動を導く「ソフト」が必要で、
これがプログラムである。仮にこのソフトが間違っていると政策が解決し
ようとしていた問題は解決できず、プログラムにミスがあれば課題は未解
決のまま放置される。
これに拍車をかけるのが「行政評価」と呼ばれる、わが国独特の用語法
である。おそらく、行政が行う評価活動なので行政評価、行政活動を評価
するから行政評価と名付けたのであろうが、実態は事務事業評価である。
しかしそれを隠匿するかのごとく新公共経営(NPM:New Public Management)の議論を持ち出し、議論を混乱させる。そもそも NPM では評
価ではなく「測定」を使うのであるが、この NPM の影響を受けた行政評
価と呼ばれる抽象的な未確定概念では、政策評価(policy evaluation)や
プログラム評価と、行政活動(operation)の業績測定(performance measurement)との区別が付かない。それだけでなく、わが国の評価制度に
ついて諸外国に向け発信しようにも翻訳ができない。非常に迷惑な用語法
である。
そうした状況をふまえつつ、ここでは ODA 評価での理論と実務の蓄積
を参照しながら、わが国における評価の整理、とりわけ政策評価と ODA
評価とのデマケーションを行いたい。
53
日本の現状分析
2.評価の「氾濫」の時代
わが国では評価が氾濫している。1997 年の国(通産省)と地方自治体
(三重県)の導入以降、試行錯誤を経て「評価氾濫の時代」と否定的・批
判的な言説が生まれるほど、さまざまな視点で、いろいろな「評価」の要
請が内閣や国会、あるいは政権与党から降りてくる。当然、現場の評価担
当者は混乱する。どの府省においても共通して、さまざまな評価課題に直
面しているからである(図 1 参照)。しかも、会計検査においても伝統的
な会計検査の合法性・合規性、経済性、効率性だけでなく、「有効性検査」
も新たなミッションとして付け加えられたため、評価担当者はさらに戸惑
うのである。
図 1 さまざまな評価課題
経済財政
諮問会議
政策評価
3つ
総務省
政独委
各府省
独法評価
組織内の
事業評価
民間委託
市場化
会計検査
公会計
改革
混乱を招く理由の一端は、評価に関する制度官庁である総務省行政評価
局にある、と政策現場・政策所管課の評価担当者が言うこともある。たと
えば〔表 1〕に見られるように、総務省行政評価局から複数の評価要請が
出てくることがあり(かつての外務省の例)、またその要請に基づいて各
省が提出した評価結果について折り返し繰り返し、総務省行政評価局から
「質問」が来るからである。総務省サイドの組織体制においては、政策評
価の総合性確保評価・客観性確保評価の担当組織、かつての行政監察であ
った行政評価・監視の担当組織、独立行政法人評価の担当組織はすべて別
54
第 3 章 ODA 評価と政策評価
組織である。他方、相手側省庁ではまずすべて大臣官房総務課が窓口にな
って、その後総務省からの質問事項を各局の総務課や政策課を通じて関係
各課に投げる。評価業務を「余分の追加的業務」と意識している各課は
「どんな根拠でこうした繁雑な作業をさせるのか」と官房総務課に(筋違
いな)説明を求める。官房総務課はよく理解しないながらも、根拠法令を
並べ、説得をはじめる。すなわち、
• 政策評価に関しては中央省庁等改革基本法 4 条 6 項、国家行政組織法 2
条 2 項、内閣府設置法 5 条 2 項、政策評価法が根拠。
• 総務省が行う政策評価の「総合性確保評価」と「客観性担保評価」は
総務省設置法 4 条 17 号に根拠。
• 公共事業評価に関しては中央省庁等改革基本法 17 条 2 項が根拠。
• 総務省の行政評価・監視については総務省設置法 4 条 18 号と 19 号が
根拠。
• ODA 事業、研究開発事業、公共事業の事前評価に関する根拠法令は、
行政機関が行う政策の評価に関する法律(以下「政策評価法」)9 条と、
行政機関が行う政策の評価に関する法律施行令 3 条。
• 国際協力機構(以下「JICA」)を代表とする独立行政法人評価に関して
は、独立行政法人通則法と総務省設置法 4 条 19 号(認可法人も含む)
に拠っている。
• 評価関連でいろいろな付加的な仕事、たとえば政策の体系化を求め、
政策評価結果を予算に反映させる提言をした経済財政諮問会議の権限の
根拠法は内閣府設置法 18 条。
種々の「評価」をめぐり複雑な組織間の力関係が交錯し、しかしながら、
評価のねらいや方法が十分に承知されないまま、わが国の評価のシステム
は普及してきたのである。
55
日本の現状分析
表 1 総務省から外務省に向けた評価関連業務:2002 年度∼ 04 年度
評価対象
政
策
評
価
総合性確保評価
自然災害国際緊急援助
(2004)
官房総務課、経済協力局政策課・国
際緊急援助室
総合性確保評価
留学生の受け入れ推進
(2003)
考査・政策評価官、官房総務課、領
客観性担保評価
・ 行
監 政
視 評
価
独
立
評 行
価 政
法
人
外務省側
経済協力(2002 ∼ 04) 考査・政策評価官、官房総務課、経
済協力局政策課・関係課
総合性確保評価
毎年の外務省政策評価
事局、文化交流部、国際交流基金
考査・政策評価官、官房総務課
国際文化交流事業
官房総務課、文化交流部
外交・在外業務実施体制運営(外務省改
革、2003 ∼ 2004)
官房総務課、省内各右翼課
電子政府の推進(2003)
官房総務課
国際協力機構(毎年)
官房総務課、考査・政策評価官、経
済協力局技術協力課
国際交流基金(毎年)
官房総務課、考査・政策評価官、文
化交流部
*政策効果を把握するため、政策評価と行政評価・監視は連携している(政策評価法 18 条)
。
**文化交流部は当時の名称
3.政策評価の意味
(1)政策評価の 4 種類
混乱の原因と考えられるのは、わが国で見られる「政策評価」が大きく 4
つのカテゴリーに分けられ、しかしこのことが理解されていないからであ
る。
1 つは世間一般の日常用語「政策」に、これもまた日常用語である「評
価」をつないだ、いわゆる「政策の評価」である。たとえば日本経済団体
連合会(経団連)の政策評価がよく知られる。税制や社会保障などにおい
て経団連が望ましいと考える方向性を提示、それを受けた政党の政権公約、
国会審議での取り組み、法制化実績などを採点・評価している。その意図
は経団連の会員企業が政治献金するとき、献金の相手や金額を決める目安
にする「通信簿」として使うところにある。2003 年から試行され、2004
56
第 3 章 ODA 評価と政策評価
年の政策評価では A、B、C、D、E の 5 段階で政党の政策を採点した。ま
た「言論 NPO」のマニフェスト評価・各種政策の評価・政権の評価は、
「広義」で言う一般的な意味での政策成果の評価であり、いわゆる「政策
1)
の評価」になる 。
あるいは、していることが政策評価だと意識しないうちに結果として
「政策の評価」になっている場合も少なくない。たとえば政府が変更した
政策の現実を、新聞が独自の現地調査によって記事にする場合がその代表
である。具体的には、農水省が 2007 年春からはじめた「品目別横断的経
営安定対策」を朝日新聞社が調査した例がそれにあたる(2007 年 12 月 2
日付け朝日新聞京都版)。農水省が助成の仕組みを変更したため、北海道
や福岡県の小麦生産地では逆に所得が減っているという朝日新聞の調査結
果(評価)が出ている。
2 つめのカテゴリーが、各府省がその所管する政策について行っている
見直しや調査・研究事例で、具体的には各府省の政策関係局(代表例が外
務省総合外交政策局・国土交通省総合政策局・環境省総合環境政策局な
ど)において行われる、その府省の政策に関する総合的なレビューである。
たとえば外務省総合外交政策局に置かれた「外交政策評価パネル」(2002
年 8 月∼ 2003 年 9 月)は、大臣官房に置かれた政策評価法にもとづく政
策評価担当組織(総務課と考査政策評価官室)とは別に、長期的視点に立
って外交政策のレビューを行っていた。また、国土交通省が行う「規制に
かかわる法律ごとに設定する見直し年度」の試みもこのカテゴリーで注目
すべきもので、ここでは 5 年ないし 10 年で見直しをすることになってい
2)
るが、この見直し作業自体が政策評価であろう 。もちろん、開発援助
「政策」の評価、とりわけ政策レベルの評価とプログラム・レベルの評価
も、このカテゴリーに入る。
第 3 のカテゴリーは所管する「政策に関する視点」による見直しの例で、
★下線用12文字分ダミー★
1) 2001 年 11 月 2 日に工藤泰志氏が代表になって設立された「言論 NPO」については、
以下のホームページを参照。http://www.genron-npo.net/。
2) 国土交通省ホームページ(http://www.mlit.go.jp/hourei/itirann.pdf)を参照。なお、
この試みの進め方は、1970 年代後半アメリカ各州で導入されたサンセット法によく似た仕
掛けである。
日本の現状分析
57
具体例として、実際に政策を企画立案、実施していない内閣府男女共同参
画局が、他の府省の政策について「影響調査」の方法を探った研究がある。
すなわち内閣府男女共同参画局・影響調査ワーキングチームの『影響調査
事例研究ワーキングチーム中間報告書∼男女共同参画の視点に立った施策
の策定・実施のための調査手法の試み∼』(2003 年 11 月)である。ある
いは同じ内閣府の国民生活審議会・総合企画部会、「行政の在り方の総点
検の検討の視点」(2007 年 11 月 26 日)もこのカテゴリーに含まれるであ
3)
ろう 。
そして、最後の 4 つめのカテゴリーが、政策評価法の下で行われる政策
評価である。政策評価法が定めた仕組みの中で、主に官房において会計課
(予算管理)と人事課(人事管理・定数管理)との連携のもとで行われる
行政管理型の政策評価である。毎年実施される政策の評価であるが、「政
策」と「評価」の定義がアカデミズムや教育・医療・ODA などの各専門
分野(プロフェッション)の中で考えている評価の定義とかなりズレがあ
るため、違和感をもたれることもある。また、評価の方式については「総
合評価」「実績評価」「事業評価」という本来趣旨と方法を異にする 3 つの
方式が共存するため、若干混乱する。
(2)「評価」の概念整理
一般論として、実際に使われている「評価」はその手法から言えば以下の
5 つである。このうち‘evaluation’と‘measurement’が主要な評価とし
て使用され、‘M & E’(Measurement & Evaluation)という造語で認識
4)
されはじめている 。
• evaluation:評価対象を「調べる」、成果が出ていなければ、その原因を
「考える」。政策評価法の「総合評価」方式。国土交通省ではレビュー
(review)という。
★下線用12文字分ダミー★
3) 内閣府、第 21 次国民生活審議会総合企画部会のホームページ(http://www5.cao.go.
jp/seikatsu/shingikai/kikaku/21th/index.html)を参照。
4) Cf. Keith Mackay, How to Build M & E Systems to Support Better Government, World
Bank, 2007 ; James C. Mcdavid and Laura L. Hawthorn, Program Evaluation & Performance
Measurement : An introduction to Practice, Sage, 2006.
58
第 3 章 ODA 評価と政策評価
• analysis:費用、結果について「分けて考える」。政策評価法の事業評価
方式。
• measurement:評価対象(基本的には業績アウトプット)を「測る」。
政策評価法の実績評価、独立行政法人評価の業績測定。
• benchmarking:プログラムの成果(outcome)やパフォーマンスを優
良事例、先進事例と「比べる」
。
• research:調査。幅広く、深く調べる。時間もかける。
この 5 つを選択して使う政策の現場では、その現れ方、見え方がいささ
か複雑である。それを簡略化して示したのが〔図 2〕である。
図 2 評価とそれに類する活動が行われる領域
①政策の評価:4 種類
①
③
⑤
⑦
②専門領域:保健
医療評価、学校評
価、大学評価、
ODA 評価、環境
評価、科学技術研
究評価など。
②
④
④マネジメント:独立行
政法人評価、(教育・研
究以外の)大学法人評価。
⑥
ここでまず指摘したいのは、評価とそれに類する活動が行われる領域の
基本は、評価の出現とその後の発展順に分けると①・②・④の 3 つ存在す
5)
るという事実である 。
第 1 は政策の背景にある専門的な領域(図 2 の②)の評価であり、教育
評価、学校評価、環境評価、保健福祉評価など、それぞれのプロフェッシ
ョンと深く関わりのある学問分野、すなわちディシプリン(教育学・森林
★下線用12文字分ダミー★
5) 評価は教育や福祉・医療などの各種社会プログラムの「専門的」評価からはじまり
(いわゆる‘evaluation research’
)
、この方法が行政のアカウンタビリティ追及目的に転用さ
れて「政策」プログラムの評価が試みられ(‘program evaluation’)、政策の実施過程に関わ
る管理者のモニターやアウトプット測定・成果指標測定などの「マネジメント」ツールとい
う用途が加わった。マネジメントへの活用が議論されはじめた 1980 年代後半、NPM が出
現して政策評価にも影響を与えた。この一連の経緯については、山谷清志『政策評価の理論
とその展開』
(晃洋書房、1997 年)
、第 3 章を参照。
日本の現状分析
59
学・環境アセスメント論・医学・保健学)が表にたって評価を担当する。
リサーチ、レビューと呼ばれることもある。
第 2 はいわゆる政策評価、政策そのものの評価であり(①:policy evaluation)、中央府省であれば政策というタイトルを冠した局、課、「官」が
行う政策の評価である。第 3 はマネジメントの見直しやレビューであり
(④:management review)、中央府省では俗に言う「官房 3 課」(総務
課・会計課・人事課)が行う。対象は現場レベル、出先機関レベルである
ことが多い。
そして、たとえば②の専門的な領域での調査は評価研究(evaluation
studies)から評価調査(evaluation research)、専門評価(professional
evaluation)の時代を経て、その後③のプログラム評価(program evaluation)あるいは専門家が事業効果を費用便益分析(cost benefit analysis)
する公共事業関連のプロジェクト評価(project evaluation)へと発展し、
最後に①の政策評価(policy evaluation)あるいはそれを一般化した政策
の評価(evaluations of policies)
、政策レビューにつながってきている。こ
こでの政策評価はわが国では前述 3.(1)のように、一般社会で 4 種類の
「政策評価」として実施されている。
またマネジメントの領域は NPM と‘Re-inventing government’が思想
的な影響を持っており、この影響下で独立行政法人や大学法人の制度の枠
組みにおいて業績測定(performance measurement)として活用され、あ
るいは市場化の進捗状況の判断材料として使われることがある。なお、④
は独立行政法人評価、すなわち中期目標の達成度評価、中期目標期間の業
務実績評価、年度評価に特化することもあるが、独立行政法人の事業評価
(project evaluation)や事業実績の測定もあり得る。なお、外務省行政効
率化推進計画(内閣官房・行政効率化関係省庁連絡会議 2004 年 2 月 5 日)
の内容は、効率化を進めようとしていることなので、独立行政法人で行っ
ている効率化と変わりない。
基本の 3 本柱は以上のように明確であるが、ただし、現実の世界では問
題は複雑である。3 つの基本領域が相互に重なり合い、交錯している評価
実践活動が少なからず存在するからである。すなわち③については上述の
ように専門領域で行っていた評価研究・評価調査が、政府プログラムのア
60
第 3 章 ODA 評価と政策評価
カウンタビリティを追及する手段に活用され「プログラム評価」として使
用された例がある。プログラム評価が多用されるのは福祉、教育、医療、
雇用などの人をサービス対象にした社会プログラムの評価だからである。
①の政策と④のマネジメントが重なる⑤は、評価と言うよりは「測定」
であり、これには 2 つの例がある。一例は政策評価の方式で使われている
「実績評価」であり、執行部や議会が設定した政策目標の達成状況や成果
(outcome)を数値的に把握しようとするための測定である。もう一方の
例は政策実施手段を任される「実施機関」、たとえば独立行政法人のよう
なエージェンシー機関や外部の民間委託先機関の「業務実績(performance)」測定である。この測定対象は成果(outcome)よりは活動によ
る生産物(output)であることが多い。実績評価も業務実績評価もその本
質は‘performance measurement’であり、区別が難しい。さらに評価と
は性格が違うが、これも専門家以外には理解困難である。
この‘performance measurement’方法を活用しつつ、専門領域の活動
を数字で把握しようとするのが⑥である。目標による管理(management
by objectives)的な使い方や、特定の項目を決めてその項目条件を満たし
た機関を数える方法が使われる。たとえば、文部科学省は COE・GP
(Center of Excellence・Good Practice)型競争的資金の制度を設け大学や
大学院に政策誘導をかけ、その採択件数が多い大学は「大学ランキング」
6)
の中で高く位置づけられ、優遇される 。あるいは、私立大学の場合「納
付金収入の動向」「納付金以外の収支の動向」「ストック」「ガバナンス
(統治)・マネジメント」の 4 点に関して格付けが行われることもあるが、
これも健全な高等教育機関の育成の視点から誘導される方法である。
問題はすべての項目が関係する⑦である。理論的に言えば組織のトップ
や選挙で選ばれる人が行う判断(judgment)に使う「総合評価(compre★下線用12文字分ダミー★
6) COE ・ GP 型競争的資金の例は、質の高い大学教育推進プログラム、社会人の学び
直しニーズ対応教育推進プログラム、新たな社会的ニーズに対応した学生支援プログラム、
大学教育の国際化加速プログラム、専門職大学院等における高度専門職業人養成教育推進プ
ログラム、グローバル COE プログラム、大学院教育改革支援プログラム、戦略的大学連携
支援事業、大学病院連携型高度医療人養成推進事業、がんプロフェッショナル養成プラン、
産学連携による実践型人材育成事業、先導的 IT スペシャリスト育成推進プログラムなどで
ある。
日本の現状分析
61
hensive evaluation)」であると考えられる(ただし評価法の下で行われる
「総合評価」方式とは違う 7))。10 年∼ 20 年に及ぶ長期の視点で、高度な
「政策判断」を伴う‘high policy’について、政策の全体を見直す情報を
求めて実施される評価である。前述した外務省の「外交政策評価パネル」
8)
が行った外交政策の総括的レビュー提言の活動 、「構造調整借款 20 年間
のレビュー 9)」のような研究がこの事例に当てはまると考えられる。長期
の視点で、大所高所から、‘high policy’やその政策手段の検討・再検討、
政策目的に合わせた組織体制づくりの適否を考えるという意味で、戦略を
管理するツール(strategic management tool)であると言うこともできる
10)
であろう 。
もっとも、現場で常に以上のような視点で①∼⑦を意識して、評価のシ
ステムを構築し、評価のための情報収集ツールを選び、それを分析・比較
する方法を決めているわけではないし、仮に区別して評価を用途別に使用
していたとしても、手間と時間がかかりすぎる。そこで、実務レベルでは
選択の基準、方法決定のときに考慮すべき簡便なチェックリストが求めら
れ、実際のところ 2 つの方法が試みられている。1 つは政策評価法 10 条、
「行政機関の長は、政策評価を行ったときは、次に掲げる事項を記載した
★下線用12文字分ダミー★
7) Peter H. Rossi, Howard E. Freeman, and Sonia R. Wright, Evaluation: A Systematic
Approach, 1979, p.16
8) 2002 年 2 月 12 日、川口順子外務大臣は「開かれた外務省のための 10 の改革」を打
ち出し、政策立案過程を透明化すること、また各界の意見を外務省の政策に反映させる手段
の 1 つとして「外交政策評価パネル」を設置することを提唱した。また、02 年 7 月 22 日に
提出された外務省改革に関する「変える会」の最終報告書には「政策構想力の強化」があげ
られ、「政策評価」の積極的な活用、具体的には総合外交政策局に政策評価を行なう組織、
「外部政策評価パネルを設置し、大局的(中長期的)な外交課題の政策立案に活用する」と
うたっていた。(http://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/honsho/kai_genjo/pdfs/hyoka_panel.
pdf)。「外交政策評価パネル」が、大臣のイニシアチブで外務省内でのハイレベルに設置さ
れた総合的な政策レビューのための委員会であることが分かる。また、官房に置かれる官房
3 課(官房総務課・会計課・人事課)と連携する、「行政管理型」政策評価とは別の種類で
あることが理解できる。
9) 田中弥生「構造調整借款 20 年間のレビューからみる日本政府の政策と判断」、『日本
評価研究』
、日本評価学会、Vol.6, No.1、2006 年 3 月。
10)John Mayne, “Evaluation for Accountability : Myth or Reality?” Marie-Louise Bemelmans-Vides, Jeremy Lonsdale and Burt Perrin, ed., Making Accountability Work, Transaction
Publishers, 2007, chapter 4.
62
第 3 章 ODA 評価と政策評価
評価書を作成しなければならない」である。
一 政策評価の対象とした政策
二 政策評価を担当した部局又は機関及びこれを実施した時期
三 政策評価の観点
四 政策効果の把握の手法及びその結果
五 学識経験を有する者の知見の活用に関する事項
六 政策評価を行う過程において使用した資料その他の情報に関す
る事項
七 政策評価の結果
実務担当者は、この 7 つについて考え、チェックリストとして活用しつ
つ、評価を行わなければならない。
2 つめの方法としては、評価の品質チェックをする機関を組織外メンバ
ーによって設立することであり、外部有識者からなる専門委員会の立ち上
げ、その委員会による評価そのものの評価(meta-evaluation)がこれに相
当する。外部有識者の属性は、政策の専門家(政策を動かす行政内部の事
情にも詳しい)、行政マネジメントと評価の専門家(公認会計士や経営コ
ンサルタント、企業の経営者も含む)、政策の背景にある専門領域の専門
職(教育学者・医師など)であり、これらがバランスよく配置されること
が重要であろう。
4.ODA 評価と政策評価
さて、評価一般の議論に紙面をさき過ぎたので、ここから本題の政策評価
と ODA 評価について説明をはじめたい。
そもそも、評価一般と ODA 評価とを区別する理由はことさらに無く、
したがって両者の間に違いはない。評価研究で著名な 3 人、Freeman、
Rossi、Wright が OECD に招かれ評価の講演と研修を行ったのは、3 人が
初のテキスト(Evaluation: A Systematic Approach)を刊行した直後の
1979 年である 11)。後に ODA や国内行政双方についてさまざまな評価(政
策評価、プログラム評価、業績測定)のマニュアルやガイドラインを公表
日本の現状分析
63
する OECD も、政策評価と ODA 評価を区別していない。また、援助受
け入れ国の場合、自国の政策の評価と援助部分に関わる評価とをことさら
に区別する意味はない。成果が出ているか、効率的であるかどうかという
評価項目の共通視点に違いはないからである。しかし、それにもかかわら
ず、事実上政策評価と ODA 評価との間に違いがあるように錯覚を抱かせ
られるのは、以下の理由による。
第 1 の理由として、かつて海外経済協力基金(後の国際協力銀行)が評
価に取り組みはじめた 1975 年以来、また外務省と国際協力事業団として
の JICA が公式に取り組みはじめた 1981 年以来、長きにわたり外交や
ODA の実務家、国際関係論・国際経済・国際金融・各国の地域研究など
の研究者が、ODA 評価について独自のディシプリンを形成してきた歴史
が指摘される。行政学や政策学とは別の世界で形成されてきたのである
(逆に言えば行政学や政策学ではアメリカの「開発行政学(Development
administration)」以外ほとんど議論がなかった)。当然独特のジャーゴン
(業界用語)が生み出され蓄積し、また議論の底流に流れる意識も異なっ
ていた。この国際開発・ODA の世界の部外者である行政学者が垣間見る
ことができる窓が少し開いたのは、1987 年の「経済協力に関する行政監
察・第 1 次無償資金協力・技術協力」、1988 年の「同・第 2 次有償資金協
力」の対象になったからであり、また 1988 年に会計検査院に「外務検査
12)
課」が設置されたためである 。
違うと錯覚する第 2 の理由は、‘high policy’である外交と行政管理と
の落差である。わが国で政策評価が注目され、試行された 1990 年代半ば
には、既に ODA 評価は一定の「制度化」レベル、すなわち外交実務に関
する理論構築化と開発実務にたいする評価理論の応用のレベルに達してい
た。他方、政策評価の理論と実践の研究は ODA 評価や外交とは別の世界
で手探り状態で進み、しかしその後経済財政諮問会議からの要請で予算査
定と定員管理への反映を求める「行政管理型政策評価」に方向転換した。
★下線用12文字分ダミー★
11)山谷清志『政策評価の理論とその展開−政府のアカウンタビリティ−』、晃洋書房、
1979 年、p.129。
12)山谷清志「政府開発援助に見る評価の理論と実際−日本の ODA プロジェクト−」、
行政管理研究センター『ODA の評価システム−理論と国際比較−』、1993 年 3 月、第 2 章。
64
第 3 章 ODA 評価と政策評価
そのため、ODA 評価を担当する外交の専門家は違和感を持っていた。そ
の代表は事業の事前評価(政策評価法 5 条 4 項)であり、公共事業の事前
評価は国内公共事業官庁では当然の要請ではあっても、外交に関わる
ODA では事前評価は無理だという雰囲気が外務省経済協力局内に存在し
た。その後、総務省と外務省の共同省令によって 1 年間の調査研究期間を
置いた後、事業事前評価は実施された。
そもそも、図 2 で見るように、②に相当する開発援助・ODA の専門評
価と、④・⑤にある行政管理型政策評価・独立行政法人評価とは別の世界
にある(JICA は 2003 年に独立行政法人化された)。ただし外務省サイド
も JICA サイドも、NPM の影響を受けマネジメント色を濃くして法制度
化された政策評価・独立行政法人評価を無視できず、この制度の枠内で評
価を行っている。それでは、政策評価制度の中での ODA 評価はどのよう
などころにあり、いかなる性格を持っているのであろうか。再度、図 2 を
用いて ODA 評価と政策評価との機能分担を説明したい。
まず外務省で行われる①の政策評価と、JICA / JBIC が行う④の評価は、
外務省と独立行政法人等との役割分担があるため、別種類に分類される
(これは本省で行う政策評価と独立行政法人の「法人評価」との違いであ
る)。ただし、外務省が行う ODA 関連の政策評価は 2 種類存在する。1 つ
は政策評価法の規程に基づいて毎年行われる『外務省政策評価』であり、
冊子の形で公表されている。もう 1 つは ODA 評価における「政策レベル
評価」である。前者は各局各課が執筆し大臣官房(総務課と考査・政策評
価官)がとりまとめるのに対し、後者はかつての経済協力局、今の国際協
力局の所管である。なお、前者の政策評価法に関わる評価活動として、外
務省は政策評価法 9 条によって政府開発援助について事前評価の実施を義
務づけられており(無償資金協力が 10 億円以上・有償資金協力では 150
..
億円以上の事業)、また総務省は政策評価法 12 条 1 項によって「総合性確
保評価」をすることになっており、前述のように 2001 年から 2003 年まで
13)
経済協力(政府開発援助)が対象になっていた 。
ところで、ODA 評価の文脈から①・②・③のラインで評価の諸活動を
★下線用12文字分ダミー★
13)総務省『経済協力(政府開発援助)に関する政策評価書』、2004 年 4 月。
65
日本の現状分析
分類すると以下のように考えられる。すなわち、①の政策レベルの評価が
国別評価・重点課題別評価であり、③のプログラム・レベルの評価はセク
ター別評価・スキーム別評価、②のプロジェクト・レベルの評価は 2005
年以降導入された無償資金協力の事後評価である。また JICA では、2000
年度に政策レベル・プログラムレベル評価の調査を行い、2001 年度から
プログラム・レベル評価(図 2 では③:事業形態や分野を越え、問題解決
に向けて事業を戦略的に組み込んだプログラムの評価)、個々のプロジェ
クト評価(②)を行っている。さらに JBIC は金融支援による特定課題の
解決への貢献度を分析するプログラム評価(③)と特定インフラ整備事業
への金融支援の効果を分析するプロジェクト・レベル評価(②)を行って
いる。政策レベルが外務省、プログラム・レベルは外務省と JICA・JBIC
の共存、プロジェクト・レベルが JICA と JBIC という分業体制になって
いるのである(図 3 を参照)
。
図 3 ODA 評価の分業体制
実施機関
JICA:国別事業評
価・特定テーマ評価。
国 際 協 力 銀 行
(JBIC):特定テー
マ別評価
JICA、JBIC の
プロジェクト・
レベル評価
外務省の政策レベル評
価:国別評価・重点課
題別評価
政策
レベル
プログラム・レベル
プロジェクト・レベル
外務省:セクター別評価・
スキーム別評価
外務省:無償資
金協力事業事後
評価
ところで、この「政策−プログラム−プロジェクト」の階統制型分業体
制は政策体系と呼ばれ、ODA の分野だけでなく評価の世界では一般的で
あり、国や地方自治体の評価においても「政策−施策−事務事業(事業)」
という形で体系化され、それぞれ評価の単位として定着している。ただし、
はじめにも述べたとおり、これらの概念自体が不明確なため、行政評価、
しかし実は事務事業評価であるという、ことさらに明晰な論議を阻む状況
が散見されている。
66
第 3 章 ODA 評価と政策評価
その背景理由は、地方分権の不徹底である。分権が進まないまま中央省
庁の事業実施機関として都道府県、市町村が位置づけられているため、政
策官庁に脱皮できない地方自治体(とくに市町村)においては、政策選択
の判断に使用する政策情報が不要なのである。政策とプログラムは中央省
庁、地方が事業を担当する中央集権的分業の枠組みが残る現状では、地方
自治体は単なる事業実施機関として事務事業評価だけが必要になる。しか
も地方自治体財政の逼迫は、政策評価を実施して政策効果を把握しつつ新
しい戦略を練ると言った悠長な状況ではなく、とにかく削減と節約を重視
する行政経営評価を採用させることになる。逆説的ではあるが、中央集権
的な制度がはからずも中央地方の関係の中で「政策−プログラム−プロジ
ェクト」体系を作らせており、中央=政策評価、地方=事務事業評価とい
う、府省と独立行政法人との関係を彷彿とさせる体制ができあがっている
のである。このなかで、ときに中央府省からの要請でその府省の政策体系
にある事業の評価を求められることがあり、また補助事業の採択条件とし
て地方自治体に「評価」を求めることもある。ODA における‘conditionality’に似た手法であろう。
5.日本の ODA に関わる政策評価の問題点
わが国の政策評価は‘high policy’の評価をイメージしつつ、しかし実態
としては行政管理型の政策評価になってしまっているのが現状である。こ
の現状をふまえ、再度あらためて政策評価と ODA 評価との関係を考えて
みたい。
もともと政策評価やプログラム評価と、NPM における業績測定とはそ
の出自が違い別の活動であったにもかかわらず、わが国では評価概念の厳
格ではない適用のため、また海外から紹介された時期の重複のため、政策
評価と業績測定は区別されずに導入されてしまった。それが顕著に表れた
のが地方自治体の「行政評価」である。他方、ODA 評価においても NPM
の影響があり、たとえば‘Result-based management’の考え方と‘M &
E(measurement and evaluation)’の方法が取り入れられているため、国
日本の現状分析
67
内の行政評価・政策評価と似ているように見える。ODA 評価も政策評価
も、わが国の現状においても「違わない」と言うかも知れない。それでも、
実態としては相当異なる活動であることは間違いない。
まず第 1 に、現実問題としてまず目に付くのは人材とそれをめぐる人事
の違いであり、とくに政策評価については ODA 評価と比べると評価人材
の質的・量的不足感が否めない。各府省はきわめて少人数の評価担当者が
評価のシステム、手法・方法、スケジュールを工夫しながら運営している
ため、評価の質の維持は物理的に難しい。また、人事異動のたびに全くの
素人が来ることもあって「評価マインド」が次第に希薄化して分析のない
評価結果が出される一方で、「あらかじめ国際合意で拠出割合が決まって
いる国際機関への資金提供の効果を求める評価の方法を知りたい」などと
言った難問が出される。研修や調査研究によって評価マインドを磨き、
ODA 評価のように‘capacity-building’が行われるべきかも知れないが、
各府省の評価担当者から見て組織的バイアスが無い、各府省の政策事情に
通じた講師による研修は少ない。また評価担当者の地位が高く設定されて
いる府省では、政策評価(独立行政法人評価)だけに専念できるわけがな
く、副業として別の仕事をさせられることもあり、そうすれば逆に、評価
が副業になってしまう。あるいは評価のポストがキャリアの一時待機ポス
トとして利用され、単なる通過点になってしまうこともある。
政策評価と ODA 評価の違いの第 2 は、アカウンタビリティを求める声
への対処方法である。制度上政策評価には、「各府省政策担当課→各府省
政策評価担当組織→各府省政策評価外部有識者委員会→総務省行政評価局
→総務省政策評価・独立行政法人評価委員会→内閣→国会」のアカウンタ
ビリティの流れが存在し、このプロセスにおける手順手続を適正にクリア
することと、内閣や国会による統治システム上定められているアカウンタ
ビリティ追及の制度的枠組みによって、政策評価自体のアカウンタビリテ
ィを確保する仕組みになっている。
他方、ODA 評価ではこうしたプロセスや手続以外の、制度化された政
治的アカウンタビリティ・メカニズムは外部から直接には確認困難で、あ
るとしても相当複雑で国内の政策評価のようには簡単ではない。いきおい
アカウンタビリティの手順や内容も変わらざるを得ない。すなわち、専門
68
第 3 章 ODA 評価と政策評価
的見地から見てのアカウンタビリティであり、したがって「客観的第三者
を使う」要請は「外部の専門家」に替え、評価が適正かどうかは専門家の
目で見て合理的(説明できる)かどうかになっていく。したがって外務省、
JICA、JBIC、FASID、各種シンクタンク、国際開発や国際関係系の大
学・大学院、日本評価学会や国際開発学会が頻繁に研究会、研修会を繰り
返すのは、こうした専門職が専門家としてのアカウンタビリティをになう
能力を醸成・維持し、それによって ODA 評価の質的改善をねらっている
からである。そして、実はこうした努力は同じ責任といいながら、外部の
権威によって制裁を背景にしながら責任を追及(統制)するアカウンタビ
リティではなく、自ら責任感を持って積極的に仕事に当たる能力と矜持を
背景にしたレスポンシビリティである。ただし、国内における政策評価も、
第一次評価が政策担当者の自己評価からはじまり、その評価の善し悪しを
最終的にチェックすべき国会の行政監視がこの部分とは連携しておらず、
総務省の各府省政策評価に対するチェックは技術的アドバイスのように見
え、評価シート・評価書を書いている本人が国民・国会の責任追及を免れ
ている現状では、アカウンタビリティの追及自体が弱く、「政治による方
向付け」もない。国内の政策評価でも、アカウンタビリティ追及の有効な
ツールとは言い難いのである。
第 3 の違いは、政策評価と ODA 評価とは評価の性質を異にする点であ
る。ODA 評価でも一定枠の中で事前予測と事後検証を行うが、評価その
ものは外務省、財務省の予算査定や総務省行政管理局の定員査定に組み込
まれているとは言いがたい部分が大きい。また外務省『経済協力評価報告
書』
、国際協力機構『事業評価報告書』、国際協力銀行『円借款事業評価報
告書』は、外部に対する専門的なアカウンタビリティを第一義にする専門
評価(図 2 の②)を中心とした評価である。他方で国内の政策評価は、
2005 年から本格的に予算や定員管理を強く意識しはじめ、事前の査定・
事後の検証を考えてきた(とくに 2005 年 3 月 10 日に当時の谷垣財務大臣
が経済財政諮問会議に提出した資料)。ここでは予算書や決算書の「項」
「事項」を「施策(program)」に近づける方向を模索し、‘program performance measurement’から‘program budgeting’への移行を意識して
いたのである。これが本稿で行政管理型政策評価と名付けた理由であり、
日本の現状分析
69
ここでは予算管理と定員(人事)管理とを担当する官房総務課、会計課、
人事課が評価情報を活用する意図があり、それは構造改革によって定着に
向けた努力がなされてきたのである。すなわち図 2 で言えば、①から⑤、
④へのシフトが政策評価の中で起きており、極端な場合には府省の政策評
価なのか独立行政法人の事業評価・業績(performance)評価なのか判別
不可能な状況すら出始めている。こうして政策評価はマネジメント評価、
ODA 評価は専門評価という外見を持ちはじめてしまった。
第 4 の違いは評価システムの複雑さの程度差である。政策評価は各府省
政策評価担当者の合意(反対がない)を大前提にしていたため、合意困難
な細部はのぞかれ、比較的単純である。総務省が考え、各府省が合意した
基本は総合評価方式、実績評価方式、事業評価方式の 3 方式、どのように
評価方式を選ぶのかは各府省に任せることになっていた。ただし選択した
評価方式で出された結果については、総務省行政評価局の「技術的指導」
が入るため、結果として各府省の評価は一定方向に収斂した。また、評価
時期は事後評価を基本にしており、事前評価を求める場合は政策評価法で
研究開発、公共事業、ODA と例外的に明記されていた。
しかし ODA 評価は複雑である。専門家としての良心から、ODA に対
する国民各層からの厳しい視線から、あるいは ODA 実務の拡大と多様化
から、ODA 評価は年々歳々複雑さを増し、内容も高度に専門化していっ
た。それにともなって、評価の理論自体もまた複雑化した。もっとも、ま
ったくフリーハンドに理論が実践に影響を及ぼし得たわけではない。その
時どき、新しい要請を分析して、表 2 の各項目を順番に選択していく方法
が一般的である。
表 2 ODA 評価におけるさまざまな要請
項目
内容
時期
事前、中間、終了時、事後(完成後 3 ∼ 5 年以上)
主体
一次評価、二次評価、メタ評価、合同評価
内外
内部、外部(委託・有識者・NPO)
対象
政策、プログラム、プロジェクト、組織、専門
スキーム
無償、有償、技協、草の根、文化無償
目的
チェック機能の強化、国民へのより一層の説明責任
70
第 3 章 ODA 評価と政策評価
たとえば、「無償資金協力実施適正会議」は無償資金協力の実施の適正
化を求める声がまずあり、その求めるところを勘案して事後評価、メタ評
価、外部有識者、プロジェクト、無償資金協力を選択した結果できあがっ
た評価システムである。したがってまた、表 2 の組み合わせを変えて新し
い評価システムが出てくる可能性は、今後も高い。そして当然、専門家以
外には理解困難な複雑さと、高度な専門性を備えた評価システムが叢生す
るのである。その場合、「説明して相手に納得してもらう能力」を意味す
るアカウンタビリティはかなり難しい仕事になってくると予測される。簡
便さを志向する政策評価とはレベルが違うダイナミズムが、ODA 評価に
は見られるのである。ただし、複雑さを一定以上超えた場合には収拾がつ
かなくなってしまうので、さまざまな評価システムを整理し、棚卸しする
必要が出てくる。外務省で時折出てくる「評価体制の改革案」「評価体制
の改善に関するタスクフォース」などは、複雑化して理解困難になってし
まった評価形態を、評価主体、評価対象、評価の手法、評価のフィードバ
ック、公表方法などの視点から再整理しようとした試みを含んでいた。こ
れは、政策評価には見られない特徴であるかも知れない。
最後に 1 つだけ、例外的に ODA 評価と政策評価が重複する部分がある
ことを指摘したい。それは各府省が政策評価として実施した評価が、外務
省の ODA 評価『経済協力評価報告書』に記載されている部分である。こ
こには各府省の政策評価法に該当する評価と、政策評価法以外で各府省の
判断により載せている評価の両方がある。ただし、この部分は本稿の議論
で述べてきた論旨とはまったく別で、外務省が ODA について関係各府省
の調整を行う官庁であるという理由からこの部分が出てきている。
おわりに
ODA 評価と政策評価 2 つの評価の違いについてこれまで議論してきたが、
この議論ははからずも ODA 評価関連の実務と理論と、国内レベルの行政
における評価の実務と理論の対比になってしまった。そして、このどちら
にも政策評価があるところが、実は本稿の議論の出発点であった。
日本の現状分析
71
ド メ ス テ ィ ッ ク
一般に政策学や行政学が対象にする国内レベルにおける政策の実務とは、
中央府省における政策の企画立案、政策手段群(補助・助成・融資・規
制・規制緩和・税制・広報・PR・教育など)の選択、この政策手段の実
施を任される独立行政法人や地方自治体の実施体制の整備や変更(民営
化・市場化テスト・統合・地方分権・権限移譲)、これら一連の活動を反
省する意味での評価などである。もちろん「政治」がどのようにこれらに
力を及ぼすのか、経済状況が政策立案や手段選択にとってどのような制約
条件になっているのかも考えている(当然中央府省の一つである外務省の
政策評価や独立行政法人評価もこの議論に含まれるべきなのであるが、国
内レベルの研究者の過った分業意識から、あまり行われてこなかった)。
他方、ODA の実務においても関係する専門家(教育・保健・医療・農
業など)の助けを借りながら案件を発掘・形成し、実施、評価するところ
までは国内レベルの政策の議論、評価の議論と同じである。ただ、この 2
つの実務は似ているけれども微妙なズレがあり、外交における ODA の意
義を考える点がそのズレとして端的に表れたのである。たとえば ODA 評
価も政策評価も、教育政策・保健医療政策・農業政策の「政策」分野と、
教育・保健医療・農業の専門職業(教師・教育学者・医師・保健学者・農
業指導員などのプロフェッション)と、それに関わる学問分野(教育学・
医学・保健学・農学などのディシプリン)が存在し、それぞれ評価の視点
が異なっている。たとえば、援助国の農業関係機関が「政策は効率的に目
標を達成して成功した」と評価することと、被援助国で農業がうまくいっ
たと農業の現地専門家が判断することとは微妙に違う。しかも、ここにマ
ネジメントのプレッシャーがかかることもある。ODA そのものに関して
は JICA の独立行政法人化(2003 年 10 月)、政策に関しては政策評価の
「行政管理型政策評価」への傾斜である。マネジメントのレベルでうまく
いったという評価と、政策が成功したと見なされること、さらには農業が
持続可能であるという判断とは、異なる次元にある。そして、ここまでは
ODA の評価も国内レベルの政策評価にも、共通してみられる話である。
しかし、わが国の外交政策上これが貢献したかどうかの議論は、また別の
レベルの話である。端的に言って、ODA 評価の場合、政策レベルまで視
野に入れると、国内行政の政策評価よりは考えるべきポイントが増えるた
72
第 3 章 ODA 評価と政策評価
め、一次方程式が二次方程式になるぐらい難易度が上がる。
しかし、国内レベルの政策評価には、別な意味での難しさがある。国内
では「政治」とそれを構成する利害関係の影響が専門の人以外は知り得な
い細かな部分にまで及んでおり、補助金や特定財源・税制・規制などの変
更は容易ではない。ODA の領域と違って政策手段を選択できる幅は相当
狭い。この関係の抵抗を乗り越えるには、かなりの強力な政治的リーダー
シップが必要であるし、郵政民営化の時のように、政治・政党・政権与党
が持つイデオロギーの変質も覚悟する必要がある。
また、国内の政策領域には長い歴史の中で形成されてきた価値観や研究
がある。たとえば地方自治体と地方公共団体、自治行政と地方行政、(参
加と運動における)市民と住民、権限移譲と権限委譲のように、一見似た
用語においても戦後民主化時代からの微妙な意識の差が反映されており、
いずれかを不用意に選択すると反対側から失笑をかうか無視される恐れが
ある(「行政評価」と「政策評価」にも多分にこの雰囲気が反映している
かも知れない)。さらに、こうしたナーバスな議論の上にディシプリンが
構築され、それに見合ったプロフェッションが作られてきたので、じつは
国内レベルにおいても ODA の世界と似たような「世界」ができあがって
いる。
つまりディシプリンとプロフェッションが違う人びとが、「評価」とい
う同じ言葉を別々の世界で使っていたため、研究者でなくプロフェッショ
ナルでもない素人は、それが同じものだと錯覚したのである。しかしそれ
ぞれの「評価」は似ていながら微妙に違っており、互換性に欠けることが
多い。ジャーゴンとしてみると、かなり違っているのである。
ただし、世の中の動向、時代の趨勢としては行政管理型政策評価にシフ
トしているため、ODA 評価も国内レベルの政策評価もともに抵抗しつつ
も、この方向に収斂せざるを得ないというのが本稿の結論である。もっと
も、残念なことに行政管理型政策評価はその用途が限定的であることにも
留意が必要である。その意味で、外務省の『政策評価書』『経済協力評価
報告書』『政府開発援助白書』、JICA の『事業評価年次報告書』、JBIC の
『円借款事業評価報告書』は ODA 政策を総合に見るために必要な情報
(intelligence)入手手段として非常に重要であることは間違いない。そこ
日本の現状分析
73
で問題は、この評価の多様性を認識しながら、時代の要請に「クールに」
に対応できる人材の育成になるであろう。それには学際的研究・教育が不
可欠なのであるが、非常に難しい課題である。
第
4章
開発プログラムと援助モダリティ
◆
評価の視点から
三好皓一
1.はじめに
開発協力の世界では、国際開発を効果的にするために、長らくプロジェク
ト・アプローチからプログラム・アプローチへの変換の必要性が言われ続
けてきた。しかし、変換の実態は期待するような結果には至っていない。
2005 年のパリ援助効果向上ハイレベル・フォーラムでは、「援助効果にか
かるパリ宣言」として、オーナーシップ、調和化、アラインメント、結果、
相互説明責任が強調され、プログラム・アプローチによる効果的な国際開
発の必要性が謳われた。具体的には、
・パートナー国の国家開発計画及びそれに付随する業務フレームワーク
(計画、予算、パフォーマンス測定フレームワーク)を強化する、
・パートナー国の優先度、制度、手続きへの援助のアラインメントを増進
させ、必要な場合には、そのような制度を強化する能力を支援する、
・開発政策・開発戦略及びパフォーマンスにかかる、ドナー及びパートナ
ー国の市民と議会に対する説明責任を強化する、
・費用効果を可能な限り増大させるため、開発努力の重複を避けるととも
に、ドナーの行動を合理化する、
76
第 4 章 開発プログラムと援助モダリティ
・集団的行動及びパートナー国の優先度、制度、手続きへの発展的なアラ
インメントを促進するため、ドナーの政策と手続きを改革・簡素化する、
・幅広く合意を得た好事例とその迅速で広汎な適用に沿いつつ、公共財政
管理、調達、信用セーフガード、環境アセスメントに関するパートナー
国制度のパフォーマンスやアカウンタビリティの測定方法と標準につき
特定する、
1)
ことを合意し 、開発途上国の政策を基にした開発援助を行なっていくこ
とが確認された。本合意には、日本を含め 91 か国の政府、26 の国際開発
援助機関、12 の市民社会組織が参加し、署名を行っている。しかし、こ
のような宣言自体がプロジェクト・アプローチからプログラム・アプロー
チへの変換の難しさの状況を表しているとも言える。
開発途上国の政策体系を形成する開発プログラムに対する援助国や援助
機関の支援の仕方は、プロジェクト支援とプログラム支援に大きく区分す
ることができる。他方、実際多くの援助国や援助機関の援助活動は、それ
ぞれの法令、予算、慣行、慣習にもとづいて実施されており、このような
援助国や援助機関の法令、予算、慣行、慣習が、それぞれの援助活動のあ
り方自体を、特にその援助の実施手続きと方法、すなわち援助モダリティ
2)
を形作っている 。援助国と援助機関は、これらの援助モダリティを使用
するとともに、その特性を踏まえて開発途上国の開発プログラムに対する
支援の仕方、プロジェクト支援とプログラム支援を選択して援助を行う。
結果として、このような状況が、プロジェクト・アプローチからプログラ
ム・アプローチへの移行を規定することになる。これは、日本の援助にお
いても例外ではない。日本の援助においては、援助の効果の向上のために、
プロジェクト・アプローチからプログラム・アプローチへの変換を、国別
アプローチ・課題別アプローチの導入として促進している。しかし、この
ような変換は、援助の実施方法と手続きのあり方、この援助モダリティと
ともに、また、そこから派生する開発途上国の開発プログラムに対する支
★下線用12文字分ダミー★
1) http://www.oecd.org/dataoecd/12/48/36477834.pdf、2007/12/27、
http://www.oecd.org/dataoecd/11/41/34428351.pdf、2007/12/27。
2) 笹岡雄一・西村幹子(2006)において、援助モダリティの異質性について記載してお
り参考にされたい。
評価の視点から
77
援の仕方によって規定されることになる。
他方、評価のあり方については、プロジェクト・アプローチからプログ
ラム・アプローチへの変換の流れを受け、プログラム評価が試行され、プ
ロジェクト評価からプログラム評価への移行が模索されている。しかし、
このようなプログラム評価の試行自体は、プログラム・アプローチ自体が
援助国や援助機関の援助の実施方法と手続きのあり方、この援助モダリテ
ィとともに、開発途上国の開発プロジェクトに対する援助国や援助機関の
支援の仕方によって規定されている以上、その影響を受けざるを得ない。
3)
評価の枠組みは、評価対象、評価設問、調査技法で構成されるが 、この
ような援助モダリティの特性と開発途上国の開発プログラムに対する援助
国や援助機関の支援の仕方は、特に評価対象と評価設問に大きく影響を与
えることによって、その評価のあり方を規定することになる。
本論は、このような背景を踏まえ、開発途上国の開発プログラムと援助
国や援助機関の援助モダリティに焦点を当て、開発プログラムの支援の仕
方についての特性を明らかにするとともに、プログラム評価のあり方を考
察するものである。また、日本のプログラム評価を事例として考察し、日
本の援助におけるプログラム・アプローチへの変換、あわせて今後のプロ
グラム評価についての示唆を提示するものである。
以下、第 2 節では、開発途上国の開発援助プログラムに対する援助国や
援助機関の支援をプロジェクト支援とプログラム支援に区分するとともに、
開発途上国の開発プログラムに対する援助国や援助機関の支援と援助モダ
リティの関係をプログラム・アプローチの観点から整理する。第 3 節では、
開発途上国の開発プログラムに対する援助国や援助機関の支援に係る評価
項目を、DAC 評価項目、評価レベル、パリ宣言の合意事項の観点から整
理する。また、これを基に開発途上国の開発プログラムの文脈に中で実施
される援助国や援助機関のプロジェクト支援とプログラム支援に対する評
価の枠組みを考察する。第 4 節では、援助モダリティと開発途上国の開発
プログラムに対する日本の考え方を整理する。また、試行的に実施された
プログラム評価を事例として考察し、日本の援助における開発途上国の開
★下線用12文字分ダミー★
3) 評価の枠組みについては、三好(2008)を参照されたい。
78
第 4 章 開発プログラムと援助モダリティ
発プログラムとの関わりとプログラム評価の特性を明らかにする。第 5 節
では結論として、開発途上国の開発プログラムの支援のあり方、援助モダ
リティ、評価の視点から日本のプログラム・アプローチへの転換にかかる
今後の課題を提示する。
2.プログラム・アプローチと援助モダリティ
(1)開発プログラムの視点
議論を始めるあたり、まず開発プログラムについて整理しておきたい。開
発プログラムの定義はさまざまであるが、一般的には期待する社会変化、
すなわち成果を達成するための各種活動ないしは事業の組み合わせとして
捉えることができる。開発プログラムの概念自体については、従来援助国
や援助機関の視点からの議論が大勢を占めてきたことにより混乱が見られ
る。これは国際協力や援助に関わる文献が、援助国、援助機関の開発協力
について論じたものが多いことに由来すると考えられる。また、援助国や
援助機関が実施する開発協力は、歴史的には援助国や援助機関がそれぞれ
の事業活動として実施してきた経緯があり、開発プログラムについても、
援助国や援助機関の援助の実施方法を論じるために使われてきたことによ
る。
このような状況は、例えば、構造調整改革プログラムの援助国間の援助
協調枠組みとして世界銀行を議長として 1987 年に設立された「サブサハ
ラ・アフリカ特別援助プログラム」(SPA:Special Program of Assistance
for Low-Income Debt-Distressed Countries in Sub-Saharan Africa)の議論の
経過にも現れている。SPA では、回を重ねるごとに、公共支出や経済管
理などのワーキング・グループの議論を通して、援助の質と効果向上のた
めの援助国の活動、また、開発課題に対するアプローチを議論するように
なっていった。また、1999 年 12 月からは呼称も Special Program of Assistance to Africa から Strategic Partnership with Africa へと変更し、開発途上
国を積極的に含めた議論を進めている。しかし、基本的には、SPA は、
世界銀行、IMF、援助国からなる国際援助フォーラムであり、議論自体は、
評価の視点から
79
援助国や援助機関のアプローチ方法として議論がなされてきた経緯がある。
しかし、最近では、セクター・ワイド・アプローチや貧困削減戦略におけ
る開発途上国の政策に対する支援が行なわれるとともに、従来ワシントン
とパリで開催していた会合をアフリカで開催するようになった。2001 年
11 月にアジスアベバで行われた Technical Meeting では Addis Ababa Principle が合意され、援助国や援助機関の援助は、被援助国である開発途上
国の政府システムをバイパスするのではなく、政府システムをできる限り
4)
使って行なうことが強調され 、援助国や援助機関の視点は変化してきた。
また、セクター・ワイド・アプローチや貧困削減戦略書の議論の進化と実
施を通して、今日開発プログラムを開発途上国の視点から捉えることが通
5)
例化してきた 。
CIDA(2003)によれば、開発プログラムとは、比較的整合的な方法で
関連する成果を達成するために計画された一連の統合された活動を示すも
のと定義している。また、プログラム・アプローチについては、それぞれ
の開発の現場で作成された開発プログラムをもとに調整を行った上で支援
内容を確定して支援するという原則の下に開発協力を行なうという実施方
6)
法として整理している 。アプローチ自体は、主要な構成要素として、開
発途上国の政府または機関によるリーダーシップ、単一のプログラムと予
算枠組み、援助国と機関の協調と手続きの調和化、プログラムの計画、実
施、財務管理、モニタリングと評価における継続的な現地の手続きの使用
に対する努力が強調される。また、政府の行政システムの使用が強調され
7)
る 。このような考え方は、開発プログラムを開発途上国の実施する政策
★下線用12文字分ダミー★
4) Addis Ababa Principle は、すべての援助国と援助機関は、やむ終えない理由がない限
り被援助国である開発途上国の政府システムを使うことを強調している。これは、政府シス
テムを邪魔にしたり、または、バイパスしたりすることは、財政支援などで求められる政府
能力を結果として弱めることになりかねないとのこと、また、これとは反対に援助を、政府
システムを経由して供与することにより、政府能力を開発、また、構築できるとの認識に基
づく(CIDA 2003)
。
5) 援助協調の枠組みについては、三好(2001)を参照されたい。なお、名称など詳細に
ついては http://www.spa-psa.org/main.html を参照されたい。
6) CIDA は、プログラム・アプローチという用語を使わず、プログラム・ベースド・ア
プローチの用語を使用しているが、本論でのプログラム・アプローチの用語は同じ内容を示
すものであり、相互に交換可能な用語として扱う。
80
第 4 章 開発プログラムと援助モダリティ
体系として位置づけ、そのような文脈のなかで各援助国や援助機関の活動
を開発途上国の開発プログラムに対する支援活動と位置づけようとするも
のである。そのような意味では、プログラム・アプローチとは、開発途上
国の開発プログラムに対する援助国や援助機関の支援の仕方として議論す
ることができる。
このような背景を踏まえ、本論では、開発プログラムを開発途上国の政
策体系として扱うこととする。
(2)プログラム・アプローチの下でのプロジェクト支援とプログラム
支援
ここでもう少し開発プログラムの概念について、援助国や援助機関の支援
を開発途上国の政策体系である開発プログラムの観点から整理しておこう。
一般に、全てのポリシー、プログラム、プロジェクトは目的を有しており、
政策決定者や行政担当者、また、事業担当者はその目的を達成するために
8)
種々の手段を駆使して目的を達成しようと努力する 。それゆえに、ポリ
シー、プログラム、プロジェクトは、明示的であれ、暗黙的であれ、政策
決定者、行政担当者、事業担当者が想定する一連の目的と手段の連鎖関係
を基に実施されることになる。このような一連の目的と手段の連鎖関係、
言い換えれば、それぞれの事業活動には、事業活動に内在する原因を構成
する手段と結果を構成する目的との関係が存在する。このような関係が、
ポリシー、プログラム、プロジェクトを支えることになる。また、ポリシ
ー、プログラム、プロジェクトが構成する最終成果(ターゲット・グルー
プの変化による対象社会の変化として実現される効果)、中間成果(人や
組織を含むターゲット・グループの変化として実現される効果)、アウト
プット(活動によって生み出される財やサービス)、活動(投入を使って
アウトプットを生み出すための一連の行為)、投入(人材、資機材、運営
★下線用12文字分ダミー★
7) 基本的に、パリ宣言の合意事項と一致する。また、このような考え方を基にした議論
がパリ宣言を形作っている。
8) 本論では、政策体系に関連してポリシー、プログラム、プロジェクトの用語を使用し
ているが、政策、施策、事業と、これら 3 つの用語は、それぞれ交換可能な用語として使用
する。
81
評価の視点から
経費、施設、資金、専門技術、時間など)についての因果関係、すなわち
開発プログラムである政策体系を形作ることになる(三好 2006b、2008)
。
図 1 は、このような因果関係を基に、開発途上国の開発プログラムを、
マトリックスを用いて政策体系として、また、援助国や援助機関の援助や
介入を、プログラム支援とプロジェクト支援に区分して、概念化したもの
である。本論では、このマトリックスをプログラム・セオリー・マトリッ
クスと呼ぶこととする。矢印は、援助国や援助機関の援助や介入を、プロ
ジェクト支援とプログラム支援として、開発途上国の政策体系としての開
発プログラムに対する位置づけとして表す。前述のように国際開発では開
発途上国の政策、また、行政システムの下での援助国や援助機関としての
支援が求められている。すなわち、開発途上国の政策体系である開発プロ
グラムに対する援助国や援助機関の支援が求められている。プログラム支
援は、一義的に最終成果、中間成果の達成に対する支援であり、プロジェ
クト支援は、一義的にアウトプットの実現、また、そのための活動に対す
る支援である(三好 2006a)。ただし、プロジェクトに対する支援であっ
ても、開発途上国の政策体系たる開発プログラムに位置づけられる支援は、
単独のプロジェクト支援とは異なり、プログラム・アプローチを構成する
9)
ことになる 。では、プログラム支援とプロジェクト支援は、具体的には
どのようなものか、みてみたい。
図 1 政策体系の概念図におけるプログラム支援とプロジェクト支援の視点
最終成果
中間成果
結果
活動
投入
EOC
IOC1
OP1/1
A1/1
IP1/1
OP1//2
A1/2
IP1/2
OP2/1
A2/1
IP2/1
OP2/2
A2/1
IP2/2
IOC2
プログラム支援
プロジェクト支援
(注)EOC、IOC、OP、A、IP は、それぞれ政策体系における最終成果、中間成果、アウト
プット、活動、インプットを表わす。
(出所)三好(2008)を基に筆者作成
★下線用12文字分ダミー★
9) プログラム・アプローチにおけるプログラム支援とプロジェクト支援の関係について
は、三好皓一、坂本公美子、阿部亮子(2002)を参照されたい。
82
第 4 章 開発プログラムと援助モダリティ
プログラム支援では、政策体系の適切な構築、政策体系を実施するため
のキャパシティ・ディベロップメント、そして、政策体系の実施とその実
績のモニタリングと評価が重視される。プログラム支援は、開発プログラ
ム総体に対する支援であり、最終成果と中間成果を実現するために、開発
プログラムのあり方を支援するものと考えると分かりやすい。プロジェク
ト支援のように、開発プログラムのコンポーネントとして開発プログラム
の中で位置を占めるのではなく、開発プログラムの外で開発プログラムの
策定、実施、評価を支援するものと位置づけられる。プログラム支援とし
ては、財政支援が一般的である。財政支援では、支援された資金自体は政
府予算に組み込まれて編成され、被援助国政府の行政活動として執行され
る。予算執行は被援助国政府の実施能力に依存することになるゆえに、援
助国や援助機関は、執行を確保するための体制整備を資金支援の条件とし
て開発途上国に対して求めることになる。また、このような考え方に基づ
けば、技術協力プロジェクトもプログラム支援になり得る。ポリシーやプ
ログラムへの技術協力は、最終成果や中間成果を達成するためにポリシー、
プログラムの策定とポリシー、プログラム、プロジェクトへの有効な資源
配分方法、すなわち、目標の設定、法制、組織、制度、プロジェクトの選
定などを扱うことにある。開発途上国の開発プログラムの形態を整えると
ともに、その実施や評価能力を向上させて、開発プログラムを総体的に支
えることになる。特に、支援対象として、対象国内にある既存の組織、既
存の技術の活用、選択、組み合わせによる開発途上国の行政の総体的な能
力の向上を重視する。
他方、プロジェクト支援では、開発途上国が提供するアウトプットとし
ての財とサービスを確保することが重視される。アウトプットの確保は、
一般には開発途上国の行政活動として実現されることが望ましいが、援助
国や援助機関からの直接的な関与、場合によれば、直接的な運営管理にお
いて行われることになり得る。このような状況では、援助国や援助機関は
直接的にプロジェクトの目的の達成に関与できるので説明責任の面からは
わかりやすい面を持っており、援助国や援助機関が直接的な管理を行うこ
とに対する誘引が常に存在することになる。資金協力では、施設や設備な
どの整備が主体になる。技術協力では、アウトプットの達成に重点が置か
評価の視点から
83
れ、ポリシーやプログラムの実施手段としてのプロジェクトの効率的実施
への支援、すなわちプロジェクトの計画、実施、評価が支援の主要な部分
を占める。
よって、援助国や援助機関は、このような援助枠組みの下で、開発途上
国の政策体系としての開発プログラムのどこに対して支援・介入するか、
その支援活動を明確にすることが問われることになる。
(3)アジア開発銀行の教育セクター開発プログラムと支援の視点
このような開発途上国の開発プログラムに対する援助国や援助機関のプロ
ジェクト支援とプログラム支援を、アジア開発銀行のカンボジアに対する
教育支援を事例として、アジア開発銀行のプロジェクト・ドキュメントを
10)
基に考察し、理解を深めたい 。アジア開発銀行は、プログラム・アプロ
ーチの傾向を踏まえ、2001 年にプロジェクト支援とプログラム支援を組
み合わせた教育支援のローンをカンボジアに供与している。このようなプ
ログラム支援は、アジア開発銀行が、カンボジアにおいてセクター・ワイ
ド・アプローチを強力に進めたいとの意図に基づくものであった。内訳は、
プログラム支援としてのポリシー・ローン 20 百万ドルとプロジェクト支
援としてのインベストメント・ローン 18.0 百万ドル、合計 38.0 百万ドル
の供与である。アジア開発銀行は、この支援を、カンボジアの教育戦略計
画(ESP:Education Strategic Plan)の下で教育セクター支援プログラム
(ESSP:Education Sector Support Program)の一環として策定された教育
セクター開発プログラム(ESDP:Education Sector Development Program)
に対して行っている。基本的な考え方は、セクター・ワイド・アプローチ
11)
に基づくものである 。このアジア開発銀行のローンは、アジア開発銀行
がプロジェクト・アプローチからプログラム・アプローチへの変換を目指
すものであり、プロジェクト要素を含んだプログラム支援となっている。
プログラム支援とプロジェクト支援の特性を見るには適当な事例である。
このローンでは、プロジェクト支援は、初等教育、中等教育、高等教育
★下線用12文字分ダミー★
10)Asia Development Bank(2001)
11)セクター・ワイド・アプローチについては、三好皓一、坂本公美子、阿部亮子(2002)
、
CIDA(2003)を参照されたい。
84
第 4 章 開発プログラムと援助モダリティ
に対するアクセスの提供のための施設整備を主体とした支援である。カン
ボジアの教育セクターの教育施設計画に位置づけられており、開発プログ
ラムにおいて確保すべきアウトプットの一部である。プロジェクト・コン
ポーネントは、施設整備とインスティチューション強化に区分されている。
予備費を除いてそれぞれ 18.11 百万ドル、1.13 百万ドルが計上されている。
施設整備経費の割合は約 94 %とプロジェクト支援の大部分を占めている。
実態的には施設整備プロジェクトである。施設としては、初等教育で 735
クラスルーム、中等教育で 1,097 クラスルーム、教師用の宿舎で 100、教
師訓練学校の施設整備 21 か所、教師職業訓練施設 10 か所を対象としてい
る。支援自体は、貧困地域、地方、また、マイノリティを対象にしており、
プロ・プアー指向を打ち出している。ESP 及び ESSP から構成される開発
プログラムの一部を担うという考え方に強く立っている。プロジェクト自
体はプロジェクト・オフィスを設置して実施しているが、実施の分散化を
目指して県政府による実施をモデルとして組み込んであり、過渡期的プロ
ジェクトと位置づけている。
プログラム支援は、ESDP の実施を促進するためにポリシー・ベースの
ローンを供与している。98 百万ドルとの推計を基に、その一部を負担す
るポリシー・パケットとしての供与であり、開発プログラム総体としての
支援である。ESDP 自体は、対象期間を 2002 年から 2005 年として、教育
セクターへの資源配置の増加、教育サービスへのアクセスの促進、教育セ
クターの質と効率の改善、すべてのレベルでのマネジメント能力の強化と
サービス供与の分散化の促進を目標として教育セクターの開発を目指すも
のである。資金は 3 回に区分し、ローンが有効になった時点で 10 百万ド
ルを、15 か月以内に第 2 段として 5 百万ドルを、第 2 段後 12 か月以内に
5 百万ドルを、上記の目的の実施促進に対する取り決め事項を満たしたと
ころで提供する。実施に対しては、ポリシーを明確にすること、適切な資
金配分を行なうこと、実施の管理能力の確保と効率的な運営を行なうこと
といった、開発プログラム自体にかかわる事項が求められている。このロ
ーンは、セクター・ワイド・アプローチの一環として資金面を強化し、他
方、能力強化は UNICEF(United Nations Children’s Fund)などの他の援
助機関のプログラム支援に負う形になっており、技術協力と一体となって
評価の視点から
85
機能している。
(4)開発プログラムに対する支援と援助モダリティ
以上見てきたように、開発プログラムに対する支援、すなわちプログラ
ム・アプローチにおいては、最終成果、中間成果を対象に支援するプログ
ラム支援と、アウトプット、活動を対象に支援するプロジェクト支援の 2
つに区分できる。他方、実際多くの援助国や援助機関の援助活動は、それ
ぞれの法律、法令、予算、慣行、慣習にもとづいて実施されており、その
援助の実施手続きと方法は援助モダリティとして形作られている。援助モ
ダリティは、資金協力と技術協力に、さらに技術協力は、資金供与を主体
としたものと、現物供与方式のものとに大きく区分できる。表 1 は、開発
途上国の開発プログラムに対する援助国や援助機関の支援と援助モダリテ
ィの関係を示したものである。援助国と援助機関は、それぞれの援助モダ
リティを使用するとともに、その特性のもとで開発途上国の開発プログラ
ムに対する支援の仕方を選択することになる。
資金協力では、基本的に、プログラム支援とプロジェクト支援の選択は、
技術協力に比べ柔軟である。他方、プログラム支援とプロジェクト支援と
の選択は、援助国または援助機関の選好に大きく依存している。
実態的には、プログラム支援は、財政支援、または、政策実施資金のギ
ャプを埋めるための資金供与として扱われる場合が多い。提供される資金
は、政策体系を形成する開発プログラムを総体的に支援するものであり、
開発途上国の予算に組み込まれて編成され執行されることになる。それゆ
えに、開発途上国の政策策定、実施能力、モニタリング・評価能力が強く
問われることになる。また、資金供与に当たっては、開発プログラムの策
定、実施、評価が問題であり、その実効性が問われるので、キャパシテ
12)
ィ・ディベロップメントが重視さることになる 。
他方、プロジェクト支援では、インフラストラクチャーなどの施設整備
への支援が中心になる。特に、贈与による資金協力では、開発途上国の予
★下線用12文字分ダミー★
12)今日、世界銀行、アジア開発銀行のプロジェクト・デザイン・サマリーなどにおいて、
キャパシティ・ディベロップメントが、コンポーネントして特定されているものが多く見受
けられる。
86
第 4 章 開発プログラムと援助モダリティ
表 1 開発プログラムに対する支援と援助モダリティ
援助モダリティ
支援の区分
資金協力
プログラム
支援
・財政支援
技術協力
・政策体系の適切な構築・策定
・政策実施資金のギャップを埋 ・政策体系の実施のためのキャパシテ
めるための資金供与(主にロ
ィ・ディベロプメント
ーンの供与)
・政策体系の実施とその実績のモニタ
リングと評価システムの構築
・ポリシー・プログラム・プロジェク
トへの有効な資源配分方法
・目標の設定、法制、組織、制度、プ
ロジェクトの選定など:改革など
・開発途上国の予算としての計 ・援助国や援助機関の協調重視
上と執行
・アンタイド化、開発途上国専門家の
・借款、贈与における柔軟性の
雇用などの柔軟性に対する要求
要求
・政策アドバイザーなどの政策への直
接的な関与
・ポリシー・フォーラム、ワークショ
ップ、ポリシー・スタディなど
プロジェクト ・インフラストラクチャーの建 ・プロジェクトの効率的実施への支援
支援
設に対する支援
・プロジェクトの計画、実施、評価な
・社会セクターの施設・設備資
金など
ど
・借款、贈与における開発途上 ・プロジェクト方式技術協力
国の予算への計上と執行はケ ・技術専門家の派遣
ース・バイ・ケース(援助国 ・援助国の専門家派遣志向
と援助機関の選好の強い影響)
(注)上段は支援内容を、下段は特質を表す。
(出所)筆者作成
算に計上し執行されない場合も多い。その場合には、援助国や援助機関の
管理下に置かれ実施されることになる。また、開発途上国の開発プログラ
ムにおける位置づけを明確にすることは難しくなる傾向がある。
技術協力では、プログラム支援とプロジェクト支援では大きな相違があ
る。プログラム支援は、まずは政策体系である開発プログラムの策定に向
けられる。政策アドバイザーや、ポリシー・フォーラム、ポリシー・スタ
ディなどの形態で実施される。開発途上国の開発プログラム全体に関わる
ことなので、援助国と援助機関の協調の下で実施することが求められる。
援助国や援助機関の援助モダリティに柔軟性が無いと実施に難しさが伴う
評価の視点から
87
ことになる。また、ポリシーの実施に伴う支援も重視される。政府のキャ
パシティの開発に対しての協力が求められる。最近においては、開発途上
国の専門家の雇用が求められるようにもなってきている。他方、プロジェ
クト支援では、プロジェクト方式、技術専門家の派遣などが一般的である。
特定のプロジェクトの計画、実施、評価が主体であり、効率性が重視され
る。
3.開発プログラムの評価:プログラム支援とプロジ
ェクト支援の観点から
評価を実施するためには、評価の対象とともに評価の設問、すなわち評価
項目を明確にしておくことが必要である。本節では、開発プログラムの評
価を行う枠組みを、プログラム支援とプロジェクト支援に焦点を当て整理
する。以下、プログラム支援とプロジェクト支援において、どのような違
いがあるのか、DAC 評価 5 原則の適用、評価のレベル、そしてパリ宣言
の合意事項の観点から考察する。
DAC 評価 5 項目は、国際協力の世界では従来から使われてきた評価項
目である。また、評価では一般的に 5 項目すべてを評価項目として採用し
評価を行うことが通例化している。しかし、政策体系としての開発プログ
ラムの文脈で見てみると、プログラム支援とプロジェクト支援の評価では
5 項目に対する意味づけは異なる。また、評価レベルについても、プログ
ラム支援とプロジェクト支援により、その特性を考慮する必要がある。他
方、パリ宣言の合意事項は、プログラム・アプローチ促進のための、特に
実施プロセスに関わる要素であり、これらの合意事項を、プログラム支援
とプロジェクト支援を対象に評価項目として整理することにより、プログ
ラム支援とプロジェクト支援の特質を見ることができる。
(1)DAC 評価 5 項目の適用
国際協力では、評価は一般的に DAC の評価 5 項目に基づいて実施される。
図 2 は、開発途上国の政策体系である開発プログラムと評価 5 原則の関係
88
第 4 章 開発プログラムと援助モダリティ
をプログラム・セオリー・マトリックスによって表したものである。
DAC の評価 5 項目を、政策体系を表したプログラム・セオリー・マトリ
ックスに図示すると、その特性がよく分かる 13)。
プロジェクト支援では、その効果の評価は支援するプロジェクトを対象
としての評価になる。基本的にアウトプットに焦点を当て評価することに
なる。この場合、プロジェクトを対象とするので、効率性については、適
当な査定を行うことが可能である。インプットを基に活動しアウトプット
を達成するというプロセスの適否を査定することになる。しかし、プロジ
ェクトの結果であるアウトプットの想定される効果、すなわち中間成果は、
その中間成果を達成するために実施することとした他の関連するプロジェ
クトのアウトプットと一緒になってはじめて生み出すことができる。プロ
ジェクトのアウトプットの中間成果に対する効果、すなわち有効性は、他
のプロジェクトの実施を条件としての効果になる。また、プロジェクトの
最終成果に対する効果はインパクトとして捉えられるが、一般的に支援し
たプロジェクトのアウトプットの寄与は限定的である。それゆえプロジェ
クト支援においては、その効果の評価は限定的な評価にならざるを得ない。
その効果に対する寄与を明確に査定することには限界がある。
プログラム支援では、最終成果と中間成果に焦点を当て行うものであり、
図 2 政策体系である開発プログラムと DAC 評価 5 項目
最終成果
中間成果
結果
活動
投入
EOC
IOC1
OP1/1
A1/1
IP1/1
有効性OP1//2
インパクト
IOC2
妥
当
性
妥
当
性
プログラム支援
A1/2
IP1/2
OP2/1
A2/1
効率性
IP2/1
OP2/2
A2/1
IP2/2
プロジェクト支援
自立発展性
(注)EOC、IOC、OP、A、IP は、それぞれ政策体系における最終成果、中間成果、アウト
プット、活動、インプットを表す。
(出所)三好(2008)を基に筆者作成
★下線用12文字分ダミー★
13)DAC の評価 5 項目については、詳しくは、国際協力機構企画・評価部評価監理室
(2004)
、三好(2006b)を参照されたい。
評価の視点から
89
実態的には、開発途上国の開発プログラムの評価を行なうことが主体とな
る。インパクトと有効性についての包括的な評価が主体となる。開発プロ
グラムの成果の達成度を査定すること、ターゲット・グループの選択、ま
た、事業の選択の適否として、開発プログラムのインパクト、有効性を査
定することになる。また、妥当性と自立可能性についても、包括的な評価
が可能になる。しかし、個々のプロジェクトの効率性を前提とした評価に
なるという点については留意すべきである。
(2)ポリシー評価、プログラム評価、プロジェクト評価
評価では、どのレベルの評価を行うかによって、評価の考え方は異なる。
ポリシーに焦点を当てて評価を行うのか、プログラムに焦点を当てて評価
を行うのか、また、プロジェクトに焦点を当てて評価を行うのか、焦点の
当て方によって評価の考え方も評価の方法も異なる。ポリシー評価やプロ
グラム評価は、主として成果であるアウトカムを出発点として、アウトプ
ットの配分、組み合わせの適否を問うことが主体となる。他方、プロジェ
クト評価は、アウトプットを基点として、インプットからアウトプットま
での方法や経過の適否、また、成果であるアウトカムへの影響を問うこと
が主体となる。ポリシー評価とプログラム評価はプロジェクト評価とはそ
の認識と分析の構成要素を異にする。このような政策体系に基づくポリシ
ー評価やプログラム評価とプロジェクト評価の概念的区分が、プログラム
支援とプロジェクト支援の評価の展開のためには不可欠である。図 3 は、
政策体系を表したプログラム・セオリー・マトリックスに、ポリシー、プ
ログラム、プロジェクトの認識の範囲と評価の範囲とともに、プログラム
支援とプロジェクト支援の位置づけを示したものである。
ポリシー、プログラム、プロジェクトの認識範囲は、政策体系に対する
視点の違いであるとともに、階層の違いである。また、政策体系の最終成
果、中間成果、アウトプット、活動、インプットの操作可能性の違いにも
関連する。アウトプット、活動、インプットは行政活動として直接的に操
作が可能であるが、最終成果と中間成果は、それらのアウトプットとの因
果関係を基にアウトプットを操作することによってのみ操作が可能である。
他方、政策体系は、行政機関の意志を表すものであり、目的と手段の連鎖
90
第 4 章 開発プログラムと援助モダリティ
図 3 プログラム支援・プロジェクト支援と評価のレベル
最終成果
中間成果
EOC
IOC1
ポリシー
結果
OP1/1
活動
IOC2
プログラム
プログラム支援
A1/1
IP1/1
A1/2
IP1/2
プロジェクト
OP1//2
投入
OP2/1
A2/1
IP2/1
OP2/2
A2/1
IP2/2
プロジェクト支援
(注)EOC、IOC、OP、A、IP は、それぞれ政策体系における最終成果、中間成果、アウト
プット、活動、インプットを表わす。
(出所)三好 2008 を基に筆者作成
として認識されることによって初めて具体化されるものである。
しかし、全ての行政活動、すなわち、政策体系を構成する最終成果、中
間成果、アウトプット、活動、インプットの連鎖が全て一同に明らかにさ
れるわけではない。政策体系は、ポリシー、プログラム、プロジェクトの
各レベルの範囲で認識され、それぞれの認識を重ね合わすことによって、
実態として機能する。その意味で、実際の組織や行政活動の場で、どのよ
うな仕組みで、ポリシー、プログラム、プロジェクトが認識されているか、
が重要となる。このような観点に立つと、プログラム支援とプロジェクト
支援が関与する認識範囲は、プログラム支援の認識範囲はポリシーとプロ
グラムの認識範囲であり、また、プロジェクト支援の認識範囲はプロジェ
クトの認識範囲になる。
他方、ポリシー評価、プログラム評価、プロジェクト評価は、このよう
なそれぞれの認識を基に行われる。ポリシー、プログラム、プロジェクト
の政策体系の文脈における認識の範囲の違い、また、評価の違いである。
それゆえに、プログラム支援とプロジェクト支援に係る評価もその認識の
違いの影響を受けることになる。ポリシー評価では、最終成果を目的とし
て手段としての中間成果との、また中間成果を目的として手段としての結
果との連鎖関係と、そしてそれぞれの配分を検討することになる。そこで
は最終成果の達成を確保するためにどのように中間成果を組み合わせられ
たかが検討される。プログラムとプロジェクトの評価についても同様であ
評価の視点から
91
り、それぞれの認識の範囲において目的と手段としての連鎖関係と、そし
てそれぞれの配分、すなわち手段の組み合わせが検討される。
具体的には、ポリシー評価は、社会の現状と期待される変化とともに、
その変化をもたらすためのターゲット・グループの選択と期待される変化
を評価する。すなわち、ターゲット・グループの選択の適否とともに、選
択されたターゲット・グループの変化によってもたらされる社会の変化、
時としては変革を計画し実現する意図とその実施を評価することになる。
プログラム評価は、ターゲット・グループの現状と期待される変化ととも
に、その変化をもたらすためのプロジェクトによって生みだされるアウト
プットの選択と期待される変化を評価する。すなわち、プロジェクトの選
択の適否とともに、選択したプロジェクトとその生み出すアウトプットに
よって、ターゲットの変化を計画し実現する意図とその実施を評価するこ
とになる。プロジェクト評価では、アウトプットを生み出すプロセスの適
否が評価対象として重視される。また、伝統的に、プロジェクトによって
生み出されたアウトプットのターゲット・グループの変化に対する効果に
ついて評価を行なっている。
概念的には、このような区分ができるが、他方実際の評価では、これら
の評価概念を組み合わせた形で行なわれている。しかし、成果に焦点を当
てるか、アウトプットに焦点を当てるかで、大きな違いがあることも事実
である。この点を議論することが重要である。このような点を踏まえると、
プログラム支援は、最終成果と中間成果に焦点を当て支援するものであり、
支援の効果の査定は、ポリシー評価、また、プログラム評価として実施さ
れる。他方、プロジェクト支援では、支援はアウトプットに焦点が当てら
れるので、その評価はプロジェクト評価として実施される。
(3)パリ合意に基づく評価視点(プロセス評価の視点)
ここでパリ合意の視点から開発プログラムに対する支援の評価を考察し
てみたい。表 2 は、パリ宣言の合意事項から見た評価の視点を示す。パリ
合意は、開発途上国自体による開発プログラムの推進の枠組みを提示する
ものである。開発プログラムの推進には、オーナーシップ、調和化、アラ
インメント、結果、相互説明責任が求められている。従来から、プロジェ
92
第 4 章 開発プログラムと援助モダリティ
表 2 パリ合意に基づく評価視点
プログラム支援
プロジェクト支援
オーナーシップ ・国家開発計画・政策の状況
・業務フレームワーク(計画、予算、
パフォーマンス測定フレームワーク)
の状況
調和化
・開発努力の重複の回避
・ドナーの行動の合理化
アラインメント ・優先度、制度、手続きへの援助のア ・優先度、制度、手続きへの
援助のアラインメントの増
ラインメントの増進
・制度を強化する能力の支援
・ドナーの政策と手続きの改革・簡素
進:位置づけ
化の程度
・アウトプットの達成状況
結果
・最終成果、中間成果の達成状況
相互説明責任
・開発政策・開発戦略及びパフォーマ ・アウトプットの達成状況と
その寄与
ンスにかかる、ドナー及びパートナ
ー国の市民と議会に対する説明責任
の強化
・公共財政管理、調達、信用セーフガ
ード、環境アセスメントに関するパ
ートナー国制度のパフォーマンスや
アカウンタビリティの測定方法と標
準の特定化
(出所)筆者作成
クト・アプローチからプログラム・アプローチへの移行は、主に開発プロ
グラムの策定、実施、評価の一連のプロセスを如何に適切なものに変化し
得るかと言う観点から議論が行なわれてきており、開発プログラムの実施
の可否については開発プログラムの策定、実施、評価のプロセスが重視さ
れてきた。パリ合意はこのような流れの一環として捉えることが必要であ
り、概念的には、開発プログラムの策定、実施、評価にかかるプロセス的
な要素を多分に含んでいる。それゆえに、これらの事項は、開発プログラ
ムの策定、実施、評価のプロセスの適否を評価するときの視点、また、基
準として活用することができる。
このような視点に立つと、プログラム支援の評価においては、アウトカ
ムに焦点を当て、開発プログラムの策定、実施、評価のプロセスを、総体
的、包括的に検証することが重要になる。プログラム支援のためには、パ
評価の視点から
93
リ宣言の合意事項であるオーナーシップ、調和化、アラインメント、結果、
相互説明責任が必要条件であり、これらを評価事項として評価を実施する
ことによって、プログラム支援を実施プロセスの観点から評価することが
可能になる。
他方、プロジェクト支援では、プロジェクトは開発プログラムの一構成
要素であり、プロジェクト支援を取り上げて、開発プログラム全体の策定、
実施、評価のプロセスを総体的に評価することは、その責任範囲を超える
ものである。それゆえに、プロジェクト支援では、優先度、制度、手続き
への援助のアラインメントの増進、特に開発途上国の開発プログラムにお
ける支援プロジェクトの位置づけ、結果としてのアウトプットの達成状況、
また、説明責任としてのアウトプットの達成状況とその寄与に特化して評
価を行うことにならざるを得ない。
(4)開発プログラムの評価と援助モダリティ(まとめ)
表 3 は、以上の議論を踏まえ、評価レベル、DAC 評価項目、パリ宣言
の合意に基づく評価の視点に基づき、プログラム支援とプロジェクト支援
の評価の枠組みとして、それぞれ取りまとめたものである。開発途上国の
開発プログラムの文脈に中で行われるプロジェクト支援とプログラム支援
の評価の枠組みを提供する。また、プログラム支援とプロジェクト支援を
構成する各種のモダリティに対する評価の視点も明示的になる。
プログラム支援の評価は、プログラム支援として行われる財政支援、資
金のプール化、政策体系に係る計画・強化支援、政策体系の実施能力の強
化支援などを評価対象として評価を行なうことになる。評価のレベルは、
ポリシー評価とプログラム評価が主体となる。評価項目としては、社会の
変化である最終成果、ターゲット・グループの変化である中間成果の達成
度を重視し、インパクトと有効性に焦点を当てるとともに、また、開発プ
ログラムの策定、実施、評価のプロセスを査定するためにパリ宣言の合意
事項であるオーナーシップ、調和化、アラインメント、結果、相互説明責
任を直接的に検証することによって、政策体系である開発プログラムを包
括的、総合的に評価することになる。また、評価の実施自体は、援助国や
援助機関が単独で実施することは難しく、開発途上国が評価の実施主体に
94
第 4 章 開発プログラムと援助モダリティ
表 3 開発プログラムの評価とモダリティ
評価レベル
プログラム支援
DAC 評価 5 項目
・ポリシー評価:タ ・インパクト
・財政支援
・資金のプール化
ーゲット・グルー ・有効性
プの選択・組み合 ・妥当性
・政策体系に係る計
わせの適切性
画・強化支援
・プログラム評価:
・政策体系の実施能
プロジェクトの選
力の強化支援
・プログラムとして
の持続可能性
択・組み合わせの
・プロジェクト方式
による支援
・技術専門家派遣
・研修・ワークショ
ップ
・プロジェクトの計
画策定支援
評価視点
・政策体系に対する
オーナーシップ
・援助国、機関の調
和化に対する合意
・結果:最終成果、
中間成果の到達度
・政策遂行に対する
適切性
プロジェクト支援
パリ合意に基づく
相互説明責任
・プロジェクト評価: ・効率性
・アラインメント:
事業の生産性、ア ・有効性
プロジェクトの位
ウトプットの直接 ・プロジェクトとし
的効果
ての持続可能性
置づけ
・結果:アウトプッ
ト、ターゲット・
グループへの影響
としての中間成果
(出所)筆者作成
なる事が求められる 14)。
他方、プロジェクト支援の評価は、プロジェクト支援であるプロジェク
ト方式による支援、技術専門家派遣、研修・ワークショップ、プロジェク
トの計画策定支援などを対象として評価を行なうことになる。評価のレベ
ルは、プロジェクト評価が主体となる。特に、プロジェクトのアウトプッ
トの確保に焦点が当てられ、プロジェクトの事業活動の適否に係る効率性
を重視する。当該プロジェクト支援は、開発途上国の開発プログラムの一
部としての構成要素であるので、この支援を持って開発プログラムの適否
を評価することには限界がある。プロジェクト支援の評価では、このよう
な点から、評価は事業活動に注力され、パリ宣言の合意事項を踏まえれば、
評価項目は、プロジェクト支援の開発途上国の開発プログラムに対する位
★下線用12文字分ダミー★
14)筆者は、援助国や援助機関が独自に実施した評価の総合評価(Evaluation Synthesis)
として開発途上国の開発プログラムを評価する可能性は存在すると考えている。立命館アジ
ア太平洋大学では、授業演習の一環としてフィリピンの結核政策についてこのような試みを
行った(Tuan et al. 2006)
。
評価の視点から
95
置づけとその効果の可能性についての限定的な検証を行なうことによって、
プロジェクトの開発プログラムへの貢献を検証することになる。
4.日本の援助モダリティとプログラム評価:事例
本節では、第 2 節と第 3 節の考察を踏まえ、日本の援助モダリティと開発
途上国の開発プログラムに対する考え方を整理する。また、試行的に実施
されたプログラム評価を事例として考察し、日本の援助におけるプログラ
ム評価の特性を明らかにする。
結論を先取りすれば、日本の開発途上国の開発プログラムに対する支援
は、基本的にプロジェクト支援の形態をとる傾向が見られる。また、これ
は、援助モダリティに内在するプロジェクト指向の形態、すなわちスキー
15)
ムの特性に由来するところが大きい 。また、このような下で行われる評
価は、プロジェクト支援に見られる特徴を色濃く示す。日本のプログラム
評価は、開発途上国の開発プログラムの文脈でみれば、基本的に、プロジ
ェクト・レベルの評価である。たとえ複数の援助プロジェクトを援助プロ
グラムとして整理編成しても、援助プログラム自体は、プロジェクト支援
の特徴を有しており、アウトプットに焦点が当てられ、援助の結果の評価
項目としては、プロジェクトの効率性が中心となっている。有効性につい
ては、プロジェクトとの位置づけ、アラインメントと位置づけを正当化す
るプロセスの適否に焦点が当てられる限定的な評価になっている。
(1)日本の援助と開発プログラム
日本の援助の第一の特徴として上げられてきたのは、協力形態、すなわち
スキームの存在である。どの援助機関もそれぞれ固有の協力形態を持って
いるが、日本の援助は、事業の実施方法を細かく規定して日本の国際開発
★下線用12文字分ダミー★
15)日本の援助では、援助モダリティーを、予算編成や援助手続きを精緻化することによ
って、援助形態、すなわちスキームとして発展させてきた経緯が在る。その意味では、本論
では、日本の援助においては、援助モダリティと形態、すなわち、スキームを交換可能な用
語として扱う。
96
第 4 章 開発プログラムと援助モダリティ
協力を形づくってきた点で特徴的である。スキームの存在自体は、日本の
国際協力の成り立ちに大きく由来している 16)。
日本の援助は、技術協力、無償資金協力、有償資金協力に大きく区分さ
れ、援助スキームを形作り、日本の国際協力の実施アプローチを規定して
きた。まず端的な特徴としては、それぞれのスキームごとに実施機関の役
割が分担されていることである。技術協力は国際協力機構が、無償資金協
力は外務省が所管し実施の促進を国際協力機構が、そして有償資金協力は
17)
国際協力銀行が分担してきた 。また、技術協力と無償資金協力は贈与と
して行われ、無償資金の協力対象を国際開発協会(IDA)の融資対象国と
した。このことにより、資金協力は、IDA 融資対象国を国際協力機構が、
IDA 融資対象国以外、すなわち中進国に対しては有償資金協力として国
際協力銀行が主として行なっている 18)。以下それぞれの特徴を、開発途上
国の開発プログラムの支援の観点からみてみたい。
技術協力
技術協力は、国際協力機構が主要な援助機関であり、専門家派遣、研修員
の受け入れを主体としたプロジェクト方式の援助を実施しており、プロジ
ェクト支援の色彩を強く持っている。また、専門家派遣、研修員の受け入
れについても、技術指向のものが体勢を占めており、ポリシー指向のもの
は少ない。同様にプロジェクト支援の色彩を色濃く持っている。これは、
国際協力機構の支援が、その成り立ちにおいて、技術移転、特に、教育・
研究や事業の実施・運営の技術の移転を中心に行われてきたことによる。
また、このようなプロジェクトの対する支援の特質は、事業の実施方法、
スキームとして組織化されている。
JICA の技術協力は、JICA の前身であるアジア協会によるコロンボ計画
加盟時の 1954 年に開始された研修員の受け入れと 1955 年に始まった専門
家の派遣によって始められた。専門家と研修員は、日本の技術を開発途上
★下線用12文字分ダミー★
16)詳しくは、三好皓一(2006a)を参照されたい。
17)2008 年度にこれらの機能は国際協力機構に統合される。
18)このことにより、IDA 対象国への援助のアプローチと中進国への援助のアプローチ
においては、それぞれのスキームによる特徴が出ている。
評価の視点から
97
国に移転し、開発途上国の開発事業の実施運営に寄与することを目的とし
ていた。それ以降、JICA は、この専門家の派遣という形態を事業の骨組
みとして、研修員の受け入れ、さらにはこれらの支援方法に付随する機材
19)
の供与を組み込みスキームとして作り上げ技術協力を実施してきた 。ス
キームは、技術協力の日常的な実施方法、また、組織体制を規定してきた。
スキーム別の予算編成、相手国からの要請書の取り付け、案件決定の手順
に、また、スキーム別の事業組織体制などを形作るものとなった。また、
スキームは、専門家を派遣するという形態をとることによって、さらに、
これに伴う研修員の受け入れと機材の供与という形をとることによって、
支援対象に対して資金を提供する方法ではなく、現物供与方式を基本とす
20)
る事業としての特質を維持させた 。
このようなスキームは、予算要求書や説明資料とともに、種々の JICA
の事業手続きとして細部にわたって決められてきた 21)。また、スキーム自
体は、開発ニーズの変遷に基づき変化をしてきたものであるが、変化は既
存のスキームを基にして必要な変更を行い新しいスキームに再編成すると
いう方法がとられてきた。専門家の派遣と研修員の受け入れを核にした実
施方法が変わることは無かった。特に、新しいスキームは新規の予算とし
て要求され承認されており、予算と実施スキームが実質的に結びついてい
るところに特徴があった。
具体的には、JICA は開発協力のニーズに応えるために専門家の派遣、
研修員の受け入れのスキームを発展させ、JICA の主要な活動を占めるプ
ロジェクト方式技術協力や開発調査等という新たなスキームを生み出した
が、これらのスキームは、専門家の派遣、研究員の受け入れ、機材の供与
をスキームとして組み合わせたものであり、基本的に技術協力開始時の制
★下線用12文字分ダミー★
19)人と人が直接面談する face to face の場を作り技術を移転する方法に注力した。
20)他援助機関の技術協力は、日本と同じように専門家や研修が主体であるが資金供与型
の調達方法などでの実施が多い。また、最近の外国人の専門家の活用に対する批判を基に一
部の援助国では見直しが行なわれており、イギリスやオランダなどでは自国専門家の数を減
らしている。これは、技術協力のアンタイド化の動きと連動するものである。他方、カナダ、
アメリカ、フランスなどはプロジェクト指向の協力を重視している。世界銀行や地域開発銀
行などの技術協力は、融資事業の計画策定調査や政策策定などのアドバイザーの雇用などに
対する資金提供としての実施が多い。
21)詳しくは JICA の規定集や実施要領などを参照されたい。
98
第 4 章 開発プログラムと援助モダリティ
度の拡張と言える。基本的に事業や教育・研究の実施運営技術の移転を目
指すものであり、プロジェクト支援の特徴を色濃く残している。
最近のプロジェクト技術協力においては政策指向のプログラム支援を目
指すものもあるが、一般的にはモデル・プロジェクトを重視することによ
り、プロジェクト支援の考え方から脱却しきれていない。開発調査におい
ても、政策指向を目指すものがあるが、実態的には、マスタープランの策
定などプロジェクトの形成・計画に主体を置いており、同様にプロジェク
22)
ト支援の特質を色濃く残している 。
資金協力
資金協力は、JICA が主に実施する無償資金協力と国際協力銀行が実施す
る借款に区分される。無償資金協力の主体はプロジェクト支援が主体であ
る。一般プロジェクト無償、水産無償、食糧増産援助などは施設の建設や
設備や機材の供与が中心である。一般プロジェクト無償では、保健・感染
症、水、教育、社会基盤整備、ガバナンスなどの焦点が当てられる。病院
や学校、道路の建設、公共の輸送用車両など幅広く対応するプロジェクト
型の協力が行われる。実施は、JICA による基本設計をもとに日本の建設
業者などによって行われている。プロジェクト自体は JICA の管理下で実
施される。草の根を対象とした無償資金協力も、同様にプロジェクト支援
に該当する。コミュニティ開発支援無償では、貧困、飢餓、疫病といった
人命や安全な生活への脅威に直面している開発途上国のコミュニティ開発
を目標に、学校、道路、給水、医療など複数の分野にわたる支援を、一つ
のプログラムとして一体的に実施されるが、基本的にプロジェクト支援で
ある。草の根・人間の安全保障無償は、開発途上国の地方公共団体、医
療・教育機関および開発途上国において活動する外国の NGO 等が実施す
る比較的小規模なプロジェクトに対して行われている。ノン・プロジェク
ト無償においては、商品の購入は日本国際協力システム(JICS)などの第
三者調達機関に委託して実施しており、実質的にはプロジェクト支援と言
い得る。
★下線用12文字分ダミー★
22)最近の技術協力の傾向については、三好(2006a)を参照されたい。
評価の視点から
99
プログラム支援の無償資金協力は、具体的にはセクター・プログラム無
償や貧困削減戦略支援無償が挙げられるが、まだまだ少ない。セクター・
プログラム無償は、ノン・プロジェクト無償として供与された資金を、開
発途上国政府が、経済構造改善の推進に必要な商品を輸入する代金の支払
いのために使用すると共に、現地通貨で積み立てられたその見返り資金を、
交通、灌漑および水供給といった地方の社会基盤整備を通じた貧困緩和を
目的とした開発計画に使用するものである。貧困削減戦略支援無償は、貧
困削減戦略で掲げられている目標達成に向け、農業、インフラ、教育、保
健等のセクターごとに中長期的な戦略・計画を策定し、財政支援を行うも
のである。共に政策体系である開発プログラムを包括的に支援するもので
あり、開発途上国の予算に計上されるとともに、開発途上国の行政活動と
23)
して実施される 。
借款は、プロジェクト・タイプとノン・プロジェクト・タイプに区分さ
れる。プロジェクト借款は、伝統的な供与形態であり、開発途上国の開発
プログラムの文脈で見ればプロジェクト支援である。円借款の主要な形態
であり、プロジェクトに必要な設備、機材、土木工事、コンサルティン
グ・サービスなどに必要な資金を融資する。対象としては、火力発電所建
設事業、都市鉄道建設事業、水環境改善事業などが挙げられる。プロジェ
クトの実施のためには、プロジェクト形成や入札の準備作業(エンジニア
リング・サービス)などコンサルタントを雇用して行う作業を対象にその
資金の融資が行われる。開発金融借款(ツーステップ・ローン)は、相手
国の中小企業や農業など民間部門への政策金融のための資金を融資する。
実施は、借入国側の政府金融機関を通して行われる。ノン・プロジェク
ト・タイプとしては、従来から商品借款がある。外貨準備不足に直面して
いる開発途上国が、借入国の経済安定をはかるために、物資を輸入するの
に必要な資金を供与すものである。特定の設備や機材の購入にあてられて
おり、開発プログラムの文脈で見ればプロジェクト支援の色彩が強い。
借款では、プログラム支援もそれなりの割合を占める。これは援助モダ
★下線用12文字分ダミー★
23)援助の供与に当たってアウトプットを特定化する場合には、プロジェクト支援の特性
を持つことになる。
100
第 4 章 開発プログラムと援助モダリティ
リティとしての柔軟性によるところが大きい。全体の構造改革を要する開
発途上国の改革支援を促す目的で資金を供与されてきており、プログラム
支援の経験を従来から持っている。また、セクター・プログラム借款とし
て、商品借款から発生した見返り資金を、その国の重点セクターの開発計
画に投資する形態もとられてきた。また、最近では、経済成長・貧困削減
のための政策・制度改善のために、貧困削減戦略を支援するための貧困削
減支援借款が供与されている。このような取り組みは、世界銀行を中心と
した国際協調の下での支援であり、プログラム支援としての色彩を強く出
している。
(2)日本のプログラム評価の考え方:JICA インドネシア国別プログラ
ム評価を事例として
前節で見たように、開発途上国の開発プログラムに対する支援は、プログ
ラム支援の傾向が強い。これは、日本の援助モダリティが持つプロジェク
ト形態に由来するところが大きい。このような状況を踏まえて、JICA が
インドネシアで実施した国別プログラム評価を見てみたい。JICA では、
継続的にプログラム評価の試行が行われてきており 24)、インドネシアの国
別プログラム評価は現時点における JICA のひとつの到達点を示してい
る 25)。また、インドネシアの国別評価は、技術協力のみならず無償資金協
力、円借款の資金協力も対象にしており、日本の援助におけるプログラム
評価を見る上でよい事例と判断できる。以下、同評価報告書を基に考察を
する。
インドネシアの南スラウェシ州地域開発プログラムでは、日本の援助実
績(旧案件群)と現行の地域開発支援プログラム(現行プログラム)を評
価対象として評価を行っている。対象案件は、技術協力、無償資金協力、
円借款、すべての援助を含むものとしている。評価の設問は、旧案件群の、
また、現行プログラムの地域開発への貢献がどのようなものであったか、
また、どのようなものが見込まれるか、としている。具体的には、以下の
★下線用12文字分ダミー★
24)国際協力機構企画・調整部(2007b)
、
(2007c)
、
(2007d)
、
(2006)を参照されたい。
25)国際協力機構企画・調整部(2007)インドネシア共和国 「南スラウェシ州地域開発
プログラム」プログラム評価報告書
評価の視点から
101
4 点よりなっている。
・インドネシアの開発計画における位置づけの検証:旧案件群が、または、
現行プログラムが、対象地域(州)の開発戦略上どのような位置づけで
あったのか、または、あるのか。
・日本側政策における位置づけの検証:旧案件群が、または、現行プログ
ラムが、日本側の支援戦略上どのような位置づけにあったのか、または、
あるのか。
・プログラムとしての戦略性の検証:対象期間における旧案件群が、また
は、現行プログラムの戦略性(一貫性、成果、または、成果の見込み)
はどのようなものであったか、または、どのようなものか。
・貢献の概念に基づく成果の評価、また、事前評価:旧案件群が、または、
現行プログラムは、対象地域(州)の開発状況の変化(開発アウトカム)
にどのような貢献をしているか、または、貢献することが見込めるか。
実際の評価は、旧案件群では、まず、インドネシア南スラウェシ州の戦
略計画である地方 5 カ年開発計画において、
・住民生活の質の改善、
・地域経済の持久性の向上、
・共同体・社会・国家の生活の質の改善、
・地域社会と政府のエンパワーメント
の 4 つの基本政策方針の下にある 25 の開発プログラムに、日本の援助実
績を体系図に特定し区分して、位置づけの評価を試みている。さらに、こ
れらの開発プログラムでは適当な区分ができなかったとのことで、インフ
ラについては、社会インフラ、経済インフラ、制度インフラの区分を配置
して、インフラ案件を対応させて、地域インフラの充実・強化を通じての
地域の発展への貢献を評価している。また、実績、戦略性、貢献度につい
ては、都市開発サブ・セクター、地域経済振興サブ・セクター、社会開発
サブ・セクターに案件を分類して、評価を行っている。アウトカムに対す
る貢献を総合して評価することはできないが、事後的に案件を位置づける
ことで個別にではあるが、地域開発の促進に直接的・間接的に貢献してい
ることを確認している。
図 4 は、評価報告書を基に、体系図として評価対象として示された日本
102
第 4 章 開発プログラムと援助モダリティ
の援助をインドネシア南スラウェシの開発プログラムに当てはめて、マト
リックスとして整理したものである。JICA では、プログラムを、途上国
の特定の中長期的な開発目標の達成を支援するための戦略的枠組み、と定
義して事業の効果的・効率的な実施に向けた取り組みとして位置づけてい
る。また、プログラムでは、
・途上国の特定の開発戦略や日本の援助戦略に沿った明確な協力目標の設
定、
・協力目標を達成するための適切な協力シナリオの作成、
・複数の事業の有機的な組み合わせや他開発主体との連携
を枠組みとしている。図 4 のマトリックスは、このような考え方を反映し
たものとなっている。また、このような考え方に立てば、評価対象である
日本の援助プログラムは、日本の個々のプロジェクト支援をその支援の対
象である南スラウェシ州の開発プログラムのアウトプットに焦点を当てて
整理したものである。日本の援助プログラム自体、プロジェクト指向の特
質を持っていることが分かる。
図 4 南スラウェシの開発プログラムにおける日本の援助実績(旧案件群)の
評価マトリックス
最終成果
ビジョン ミッション
(5 項目)
基本政策
中間成果
プログラム
(数)
アウトプット
日本の
援助実績
インフラ
インフラ分類 日本の実績
住民生活の
質の改善
10
4 項目:
社 会:学 校 、上
1 プログラム 下水道、
スポー
対応
ツ施設など
4 項目
地域経済の
自給の向上
8
11 項目:
12 項目
共同体・社会・国家
3
経 済:道 路 、港
4 プログラム 湾、
空港など
対応
制度:開発計画、
安全、
議会など
の生活の質の改善
地域社会と政府の
4 項目
4
エンパワーメント
プロジェクト支援
(注)太字網掛け箇所は、日本の援助対象を示す。
(出所)国際協力機構企画・調整部(2007a)を下に筆者作成
プロジェクト支援
評価の視点から
103
現行プログラムの評価では、2006 年 5 月に南スラウェシ州知事と現地
タスクフォース代表との間で合意された南スラウェシ州地域開発プログラ
ムを対象に評価を行っている。このプログラムは、次のサブ・プログラム
により構成されている。
①マミナサタ広域都市圏開発サブ・プログラム(5 項目の投入)
②バランスのとれた経済振興サブ・プログラム(7 項目の投入)
③社会開発サブ・プログラム(6 項目の投入)
また、プログラム全体に関係する項目として 2 つの投入を行っている。
①南スラウェシ州地域開発政策アドバイザー
②地域開発マネジメント研修
実際の評価は、旧案件群の評価と同様に、まず、インドネシア南スラウ
ェシ州の戦略計画である地方 5 カ年開発計画において住民生活の質の改善、
地域経済の持久性の向上、共同体・社会・国家の生活の質の改善、地域社
会と政府のエンパワーメントの 4 つの基本政策方針の下にある 25 の開発
プログラムに日本の援助実績を特定し区分して位置づけの評価を試みてい
る。しかし、現行プログラムでは、南スラウェシ州地域開発プログラムの
下に 3 つのサブ・プログラムが策定されており、社会開発サブ・プログラ
ムを住民生活の質の改善の基本方針の下でのプログラムと、また、地域経
済振興サブ・プログラムを地域経済の持久性の向上基本方針の下でのプロ
グラムとの対応を整理し、日本のプログラムの位置づけを評価している。
インフラについては都市開発サブ・プログラムを、地域経済の持久性の向
上基本方針の下でのプログラムと位置づけるともに、経済インフラに配し、
地域インフラの充実・強化を通じて、地域の発展へ貢献すると評価してい
る。実績、戦略性、貢献度については、重層的に積み上げられた計画であ
り、プログラムとしての枠組みは明確になっているが、サブ・プロジェク
トの目標設定が不明確なため、その達成手段となる具体的な位置づけがあ
いまいになっていると評価している。そのため、この評価を通して成果
(アウトカム)の設定を行いロジカルな体系図の作成に着手している。
現行プログラムについても、マトリックスを使って評価の視点を整理し
てみたい。図 5 は、図 4 と同様に、体系図として評価対象として示された
日本の現行の援助をインドネシア南スラウェシの開発プログラムに当ては
104
第 4 章 開発プログラムと援助モダリティ
図 5 現行の地域開発支援プログラム(現行プログラム)の評価マトリックス
最終成果
ビジョン ミッション 基本政策
(5 項目)
中間成果
プログラム
(数)
住民生活の
質の改善
10
地域経済の
自給の向上
8
アウトプット
州地域開発
プログラム
7 項目 社会:学校、
社会開発
サブ・プログラム:
上下水道、
2 プログラム対応
スポーツ施
地域経済振興
3
経済:道路、 マミナサタ広域
港湾、
空港 都市圏:3項目
トランススラウェ
など
シ道路整備:
2項目
制度:開発
計画、
安全、
議会など
の質の改善
地域社会と
政府のエン
パワーメント
6 項目
サブ・プログラム:
2 プログラム対応
都市開発
サブ・プログラム
共同体・社会
・国家の生活
コンポー
インフラ
ネント インフラ分類 コンポーネント
4
プログラム支援
プロジェクト支援
プロジェクト支援
(注)太字網掛け箇所は、日本の援助対象を示す。
(出所)国際協力機構企画・調整部(2007a)を下に筆者作成
めて、マトリックスとして整理したものである。違いは、インドネシアの
南スラウェシ開発プロジェクトにプロジェクト支援として位置づけられる
日本の援助を計画の策定段階で、複数の事業の有機的な組み合わせとして
認識していることである。図では、プログラム支援として暫定的に図示し
ているが、成果を特定化しておらず、援助自体はプロジェクト支援の範疇
に入る。
5.結論:今後の課題
以上、開発プログラムと援助モダリティに焦点を当て、評価の視点から、
評価の視点から
105
プログラム・アプローチの特徴を明らかにするとともに、プログラム評価
のあり方を考察してきた。開発援助プログラムに対する支援は、プロジェ
クト支援とプログラム支援に大きく区分できる。しかし、これら二つの支
援の仕方には大きな相違が存在する。
プログラム支援は、開発途上国の開発プログラム総体に対する支援であ
り、開発プログラムの策定、実施、評価に全般に対して支援する。どちら
かといえば、開発プログラムの外側からの支援と考えると分かりやすい。
焦点は、成果に当てられ、社会の変化、ターゲット・グループの変化の達
成度、また、それらの変化をもたらすためのターゲット・グループやプロ
ジェクトの組み合わせの適否や選択が重視される。プロジェクト支援では、
アウトプットに焦点が当てられ、開発途上国の開発プログラムの構成要素
であるプロジェクトの計画、実施、運営に対する支援として行われる。プ
ロジェクトが適切に実施運営されたかが主要な関心事になる。
このような開発プログラムへの支援方法の選択は、援助国や援助機関の
選択によるところが大きい。しかし、それぞれの援助国や援助機関の援助
モダリティにその選択は制約される。どちらの支援においても、技術協力
による、また、資金協力よる実施は可能であるが、プログラム支援はプロ
ジェクト支援に比べてより柔軟性を求められる。それゆえに財政支援など
の柔軟な援助モダリティがプログラム支援には適している。他方、柔軟性
が乏しいプロジェクト支援では、たとえ開発プログラムの構成要素であっ
ても、援助国や援助機関の管理下でプロジェクト支援が行われる傾向が強
くなる。
他方、評価においてもこのようなプログラム支援とプロジェクト支援の
特質が現れる。本論では、開発途上国の開発プログラムに対する支援の評
価項目を、評価レベル、DAC 評価 5 項目、パリ宣言の合意事項の観点か
ら整理し、開発途上国の開発プログラムの文脈におけるプロジェクト支援
とプログラム支援に対する評価の枠組みを考察した。パリ宣言の合意事項
は、プログラム・アプローチの要である開発途上国の開発プログラムの策
定、実施、評価に係るプロセスについて、その適否を判断する材料を提供
する。
このような点を踏まえると、プログラム支援の評価は、ポリシー評価と
106
第 4 章 開発プログラムと援助モダリティ
プログラム評価であり、社会の変化である最終成果、ターゲット・グルー
プの変化である中間成果の達成度を重視し、インパクトと有効性に焦点が
当てられる。また、パリ宣言の合意事項であるオーナーシップ、調和化、
アラインメント、結果、相互説明責任を直接的に検証することになる。ま
た、評価の実施自体は、援助国や援助機関が単独で実施することは難しく、
開発途上国が評価の実施主体になる事が求められる。
他方、プロジェクト支援の評価は、プロジェクト評価であり、プロジェ
クトのアウトプットの確保に焦点が当てられ、プロジェクトの事業活動の
適否に係る効率性が重視される。プロジェクト支援の評価では、当該プロ
ジェクト支援は、開発途上国の開発プログラムの一部としての構成要素で
あり、この支援を持って開発プログラムの適否を評価することには限界が
ある。プロジェクト支援の評価では、このような点から、評価は事業活動
に注力され、パリ宣言の合意事項を踏まえれば、評価項目は、プロジェク
ト支援の開発途上国の開発プログラムに対する位置づけとその効果の可能
性についての限定的な検証にならざるを得ない。
このような視点を踏まえて、日本の援助を見てみると、日本の援助は主
にプロジェクト支援として実施されていたと言い得る。これは、援助モダ
リティによるところが大きい。日本の援助では、技術協力と資金協力にお
いては、その援助の実施手続きと方法は、歴史的にプロジェクト支援に適
する形態でスキームとして形作られてきた。また、このようなプロジェク
ト支援の視点が、このようなスキームの実施を通して組織化されてきた。
このような点は、考察したインドネシアの南スラウェシ州地域開発プログ
ラムのプログラム評価にも現れている。南スラウェシ州地域開発プログラ
ムは、南スラウェシ州と日本側とで策定されたプログラムであるが、基本
的に日本の複数の援助プロジェクトによって構成されたものである。複数
のプロジェクトを組み合わせてインドネシアの開発目標の達成を支援する
戦略的枠組みとして策定されているが、基本的にインドネシアの南スラウ
ェシ州の開発プログラムに対する日本のプロジェクト支援として位置づけ
られる。確かに成果に配慮し協力シナリオの作成、複数のプロジェクトの
組み合わせを評価の枠組みとして検討されており、プログラム支援の特質
を含んでいるが、これらの点についてプログラム支援としての認識は弱い。
評価の視点から
107
このような状況で行った評価は、日本側政策及び相手国の開発戦略におけ
る位置づけ、JICA プログラムの戦略性(一貫性と結果)、相手国開発戦略
への貢献、の 3 つを評価項目としている。プロジェクト支援の評価の特質
を現すものである。
最後に、以上の考察結果を踏まえ、以下日本のプログラム・アプローチ
への転換にかかる今後の課題について、開発途上国の開発プログラムの支
援のあり方、援助モダリティ、評価の視点から提示しておきたい。
(1)プロジェクト支援思考の限界についての認識の必要性
日本の援助は、開発途上国の政策体系たる開発プログラムに対してプロジ
ェクト支援を中心に行われている。他方、このような状況の中で、プロジ
ェクト・アプローチからプログラム・アプローチへの転換を模索している。
模索は、プロジェクト支援として計画・実施される各種の援助モダリティ
を開発プログラムとして統合することによって行っている。しかし、この
ようなプログラムの評価の経験から分かるように、このようなアプローチ
は、日本の援助を開発途上国の開発プログラムに位置づけ、成果に対する
可能性を検証するに止まり、日本の援助に限界をもたらしている。このよ
うなアプローチに止まるのは、ひとつには日本の援助の組織化され、また、
構造化されたプロジェクト支援思考に依存していることが大きい。プログ
ラム・アプローチを促進するためには、プロジェクト支援は開発途上国の
開発プログラムに対する支援の一形態であること、また、開発プログラム
に対する支援方法として限界があることを認識することがまず必要である。
(2)プログラム支援思考の促進
開発途上国の開発プログラに対するプログラム支援について、その重要性
を認識することが必要である。上述のように日本の援助ではプログラム支
援思考がいまだ弱い。政策指向で実施される技術協力プロジェクトにおい
ても、プロジェクト支援思考でプロジェクトの枠組みが形作られているこ
とが多い。たとえば、政策指向のプロジェクトにおいてもプログラム支援
としての枠組みが形作られず、モデル・プロジェクトを支援の中心に据え
ることでプロジェクト支援になっているものが数多く見受けられる。プロ
108
第 4 章 開発プログラムと援助モダリティ
ジェクトの枠組みの形成においては、その要素をプログラム支援とプロジ
ェクト支援に峻別し、プログラム支援思考を推進することが必要である。
(3)援助モダリティの柔軟性の向上
プログラム支援の実施には援助モダリティの柔軟性は不可欠である。日本
の援助においては、無償資金協力においては柔軟性が乏しいが、借款によ
る資金協力においては、その特質上柔軟性を持ち得ており、適切に対応す
ればプログラム支援を行うことが可能である。他方、技術協力においては、
専門家派遣や研修員の受け入れを構成要素とした現物供与方式を主体とし
た支援方法であり、柔軟性は乏しい。最近、技術協力予算の統合化などが
行われ、事業執行に従来に比べ柔軟性がもたれるようになってきている。
より一層の柔軟化が望まれる。また、資金協力におけるセクター・プログ
ラム無償やセクター・プログラム借款、また貧困削減支援無償や貧困削減
支援借款などの拡充も望まれる。
(4)相互説明責任の重視:開発途上国の評価能力の強化
開発途上国の開発プログラムに対するプログラム支援は、開発途上国の開
発プログラムの策定、実施、評価のプロセスに直接的に関わるものである。
評価項目として検討したパリ合意事項であるオーナーシップ、調和化、ア
ラインメント、結果が強調され、開発途上国の行政そのものに対する支援
となる。そのような状況では、援助としての支援、特にプログラム支援の
成果は、開発途上国の開発プログラムの成果の達成度になる。開発途上国
と援助国や援助機関は成果目標を共有化することになる。このような状況
での成果の検証は、相互説明責任に基づいて行うことにならざるを得ない。
開発プログラムに対するプログラム支援、すなわち一層のプログラム・ア
プローチの促進には、相互説明責任を確保する評価システムの整備・構築
が不可欠である。実態的には、開発途上国の評価能力の強化と評価結果の
共有化を促進することが重要である。
(5)開発プログラムの共有化
プログラム・アプローチは、開発途上国の開発プログラムをもとにプログ
評価の視点から
109
ラム支援とプロジェクト支援によって実施することが基本である。そのた
めには開発途上国と援助国や援助機関において開発プログラムの共有化が
不可欠である。開発プログラムを共有化することにより、期待される社会
の変化やターゲット・グループの変化が、また、プロジェクトのアウトプ
ットが明確になり、また、あわせて開発途上国の役割、援助国や機関の役
割も明確になる。開発プログラムの実施、また、評価についてもその責任
範囲が明確になる。
(6)地方分権化と開発プログラムの地域化(Localization)
開発途上国では、地方分権化を政策として推進している国が多い。また、
貧困削減戦略などの実施は、地域に根ざして初めて実現するものである。
中央政府のみならず、地方政府の政策策定、実施、評価能力が開発のため
には不可欠である。事例として考察した評価は、地域化されたインドネシ
アのスラウェシ州の政策体系である開発プログラムを対象としており、こ
のような地方政府の開発プログラムの重要性を認識し得た。このような状
況を踏まえれば、地方政府の開発プログラムに対する支援を促進すること
が重要であることが分かる。プログラム支援とプロジェクト支援を適切に
使い、地方政府の開発プログラムの適正化と実施、また、評価を支援して
いくことが重要である。
110
第 4 章 開発プログラムと援助モダリティ
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5章
日本の ODA へのインパクト評価導入に関する一考察
◆
和田義郎・青柳恵太郎
1.はじめに
近年、開発援助コミュニティの中で、厳格なインパクト評価に対する需要
が急速に高まりつつある。この背景には、ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals:MDGs)に始まり、パリ宣言によって加速化され
た貧困削減に関する援助効果向上の議論が指摘できよう。如何にして援助
効果向上を図っていくのか?貧困を削減するための最も効率的な援助は何
か?開発援助評価の側から、こうした要請に応える形で提示されたツール
のひとつが厳格なインパクト評価である。
端的に言ってしまえば、厳格なインパクト評価の主目的は、プロジェク
トが実際に成果を生んだか否かを、選択バイアス(selection bias)等の多
種のバイアスを極力排除した形で検証することにある。その結果に基づき、
プロジェクト実施者は効果が実証されたプロジェクトに対して、限られた
資源を優先的に投入するという判断を下すことが可能となる。また、納税
者に対し、資金が有効に使われていることを示すアカウンタビリティの裏
付けを与える。こうしたインパクト評価の役割が、成果を問う援助効果向
上の議論の流れの中で注目を集めるに至っている。
しかしながら、このようにインパクト評価への注目は加速化しつつある
ものの、現在に至るまで、その量・質ともに未だ不十分との認識が根強い。
112
第 5 章 日本の ODA へのインパクト評価導入に関する一考察
特にアメリカのシンクタンク Center for Global Development(CGD)は
Evaluation Gap と呼ばれる議論 1)を展開し、既存の評価を痛烈に批判し、
インパクト評価の更なる推進を計っている。こうした動向を鑑みるに、開
発援助実務への厳格なインパクト評価の積極的導入に関しては肯定的立場
からの声が際立っている感があるが、他方、否定的立場からも、厳格なイ
ンパクト評価の狭い適用可能範囲、プロセス評価の軽視、或いは定性的手
法によって得られる情報に対する価値の不理解といったような批判的な見
解も多く見受けられる。こうした状況を受け、現在では肯定・否定双方の
立場から、様々な議論・取組みの萌芽が見られる状況にあるといえよう。
ただし、こうした議論・取組みは一部の開発経済学者達によって突き動
かされている面が少なからずある。学術論争を超え、開発援助実務者を巻
き込んだ形での厳格なインパクト評価の議論はまだ緒についたばかりであ
り、経済学における開発事業のアプレイザル、評価の基礎を形作ってきた
費用便益分析に代表される既存の評価枠組みとの関係で、インパクト評価
自体の価値をどう評価し、位置づけていくかという議論が十分になされて
いるとは言い難い。そこで本章では、特に開発援助実務に厳格なインパク
ト評価を導入してゆく際に、どのような問題が生じうるか、そして、それ
は現在行われている開発援助の効果的・効率的実施を目指す取り組みとど
のように整合的かといった点について考察を加える。
次節以降の構成は以下の通りである。第二節は、厳格なインパクト評価
の内容及び経緯について概観した後に、開発援助コミュニティでの議論に
関し、最近開催された国際会議における議論を中心に紹介する。第三節に
おいては、厳格なインパクト評価の積極的推進論者であるマサチューセッ
ツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology:MIT)の Abhijit
Banerjee の論説に対する反論として挙げられたインパクト評価の問題点
を中心に、インパクト評価を開発援助実務に適用する際に考慮すべき課題
を検討する。第四節では、開発援助プロジェクトの有効性を論じる際に、
現在の標準的な経済学的分析ツールとなっている費用便益分析とインパク
★下線用12文字分ダミー★
1) Evaluation Gap に関しては Savedoff et al.(2006)
、及びその解説を行った青柳(2006)
を参考。
113
ト評価の関係について述べる。その上で第五節において、実際の導入に向
けて簡単な考察を行い、第六節において、日本でのインパクト評価の導入
に向けての体制的整備の問題等を述べる。
2.厳格なインパクト評価に関する動向
2.1
厳格なインパクト評価の起源
...
まず初めに、議論の俎上に上がっている「厳格な」インパクト評価と呼ば
れうる評価デザインについて、比較的広く受け入れられている方法論につ
いて触れておく。厳格なインパクト評価の根幹を成す大きな特徴のひとつ
は、counterfactual(反実仮想)に基づくネットインパクトの推計、すな
わち「あるプロジェクトに参加した特定の個人(或いは組織、以降省略)
について、同一の個人がそのプロジェクトに参加しなかった場合にはどう
なっていたかという counterfactual を想定し、その両者の事後的な指標変
化(例えば所得水準)を比較したときの差」を、バイアスを極力排除した
形で推計するという点にある。そのための手法として、ランダム化評価
(Randomized Controlled Trial:RCT)による実験デザイン、計量経済学的
手法を用いた準実験デザイン(しばしば自然実験(Natural Experiments)
や観察研究(Observational Studies)と呼ばれる)が厳格なインパクト評
価手法として認識されている。後者の準実験デザインについては、傾向得
点マッチング(Propensity Score Matching)などのマッチング法に基づく
もの、回帰分断デザイン(Regression Discontinuity Design)、或いは差の
2)
差(Difference-in-Differences)手法を用いたものなどが想定されている 。
ただし、インパクト評価の中で、どこからどこまでが「厳格なインパク
ト評価」足りうるかについては、例えば、後に詳述する Banerjee の様に、
上述の実験的手法または準実験的手法に基づくもののみを「厳格なインパ
クト評価」と呼ぶという立場のものから、実験・準実験デザインのみなら
★下線用12文字分ダミー★
2) 技術的な推計手法等の詳細に関しては Ravallion(2005)等を参照。青柳(2007)の
第 2 節では各々の手法の根本的な考え方について、直感的説明を与えている。
114
第 5 章 日本の ODA へのインパクト評価導入に関する一考察
ず、応用一般均衡(Computable General Equilibrium:CGE)分析などの
シミュレーションに基づく評価、更には、より幅広いインパクト計測まで
を含んだ評価を「厳格なインパクト評価」と見なすという立場をとるもの
3)
まで多様であり、現在のところ見解の一致が見られる状況ではない 。
インパクト評価、実験デザインの起源については、農学、疫学等様々な
蓄積の上に成り立っているが、経済学においてこのような実験的・準実験
的手法が一般化されたのは、そもそも労働経済学の人的資本論におけるミ
ンサー回帰式のパネル・データ実証分析によるところが大きい。すなわち、
教育に対する投資の収益性を計測する際に、学歴(正確には、schooling
years)と所得の変数の間には、「高学歴―高所得」「低学歴―低所得」と
いう強い内生性が働くために、この問題を解決する手法として、実験の手
4)
法が取り入れられた 。後に途上国の文脈においても、こうした手法が採
用されるに至ったのである。開発援助の文脈でインパクト評価の有用性が
認識される契機となったのは、90 年代後半にメキシコで実施された条件
5)
付現金給付プログラム(PROGRESA)の RCT による評価である 。これ
らの先駆的取組みを契機として、厳格なインパクト評価は次第に各国・各
援助機関に普及していった。また、アメリカのハーバード大学と MIT に
所属する開発経済学者を中心に組織されている Poverty Action Lab 等の研
究機関がインパクト評価に積極的に関与しており、その研究成果も評価実
務へ無視できない影響を与えてきた。
2.2
開発援助コミュニティの動向
6)
こうした学術分野からのインパクト評価の重要性の指摘に対し、開発援助
コミュニティの中でも真摯な議論が展開され始めている。ここでは一例で
★下線用12文字分ダミー★
3) 本論では詳細は割愛するが、こうした定義の混乱自体も、インパクト評価に関する議
論が錯綜している原因の一つとなっている。
4) ミンサー回帰式の理論的背景及び発展については、Heckman, Lochner and Todd
(2003)を参照。
5) このプログラムにおいても、就学率と条件付現金給付の関係が問われたように、「厳
格なインパクト評価」の初期の事例は、教育や保健などの人的資本の分野に集中している。
包括的な評価としては Skoufias(2005)等を参照されたい。
6) 本節は青柳(2008)に基づいている。
115
はあるが、インパクト評価の制度化の萌芽として DAC において始まった
一連の展開を紹介しておく。
DAC の下部機構の一つである DAC 開発評価ネットワーク(DAC Net7)
work on Development Evaluation:Evalunet) では、インパクト評価に関
して 2005 年 6 月の第 3 回会合から主要アジェンダに登場し本格的に議論
が開始された。2006 年 3 月に行われた第 4 回会合において DAC 事務局と
世界銀行を中心にインパクト評価に関するタスクフォースの立ち上げが決
定された。その後、2006 年 11 月にパリで開かれた会合において、このタ
スクフォースを母体とし、既存の 3 つの評価関連のネットワーク体
(EVALUNET、United Nations Evaluation Group(UNEG)、Evaluation
Cooperation Group(ECG))を結びつけた「ネットワーク体のネットワー
ク」組織として、Network of Networks on Impact Evaluation(NONIE)と
呼ばれるインパクト評価を議論する場が発足した。現在は、これら 3 つの
ネットワーク体に加え、途上国をはじめとする新しいメンバーを迎えて拡
大中である。NONIE は“more and better impact evaluation”を掲げ、そ
の実現のために、インパクト評価のガイダンス(以下 NONIE ガイダンス)
作成、共同歩調のための制度構築、インパクト評価によって得られた知見
の集約(プラットフォームとしてのウェブページの管理)等を活動の中心
に据えている。設立間もないが、これまでに 6 つのサブグループが形成さ
れ、これらの活動内容を実行に移すための具体的作業に取り組んできてい
る。
ここでは、NONIE の主要活動内容の中でも特に重要と考えるインパク
8)
ト評価のガイダンスに関して草稿の内容を簡単に紹介する 。草稿段階と
いうこともあり、筆者の限られた情報では全体像はまだ不透明であるが、
本ガイダンスは NONIE の 3 つのサブグループが担当したそれぞれのトピ
ックを基に、大きく 5 セクションから構成されている。第 1 セクションの
★下線用12文字分ダミー★
7) DAC 開発評価ネットワークに関しては本書第 2 章所収の藤本(2008)が詳細な紹介
を行っている。
8) ガイダンスの草稿をはじめ、これまでの会合で報告された資料等の一部は以下の HP
より入手可能。なお、インパクト評価による評価結果のデータベースなども整備されている。
116
第 5 章 日本の ODA へのインパクト評価導入に関する一考察
イントロダクションに続き、実験デザイン・準実験デザインを中心とした
9)
、定量的手法が適用困難な場合の代替的手
定量的手法(第 2 セクション)
法(第 3 セクション)、その他のインパクト評価のアプローチ(第 4 セク
ション)、そして一般財政支援やセクターワイドアプローチといった新し
いモダリティを対象とした手法(第 5 セクション)が取り上げられている。
本節では、この第 1 セクションにあたる導入部分について中心的に紹介す
る。当該個所はガイダンスの総論として位置付けられたものと見ることが
でき、ここから NONIE のインパクト評価に対する認識が明確になると考
10)
えるためである 。
ガイダンスの導入部分では、①インパクトの定義、②インパクト評価と
は何か、③インパクト評価の有用性、④インパクト評価実施のための準備、
⑤インパクト評価の設計、⑥インパクト評価とキャパシティディベロップ
メントの 6 点について触れられている。
まずインパクトの定義であるが、ガイダンスでは DAC による定義を採
用している。すなわち、「開発インターベンションによって直接または間
接に、意図的にまたは意図せずに引き起こされる、肯定的、否定的及び一
次的、二次的な長期効果」である 11)。ガイダンスでは、この効果を測定す
.......
る上で「開発インターベンションによって(中略)引き起こされる」とい
......
うプロジェクトと効果の因果関係に関し、counterfactual を明示的に議論
.....
していないインパクト評価を対象から排除している点が特徴である。その
ため、特に実験デザイン、準実験デザインへやや力点が置かれている。た
だし、こうしたいわゆる厳格なインパクト評価は、手法として定量的なア
★下線用12文字分ダミー★
9) 本節は、定量分析の技術的詳細というよりは、実施上の Tips が多く掲載されている。
その多くは Bamberger, Rugh and Mabry(2006)から多くの示唆を得ていると思われる。関
心のある読者はこちらを参照されたい。
10)ただし、重要な点であるが、この第 1 セクションの内容に関しては NONIE メンバー
の中でも議論が継続されている。当初は実験デザイン・準実験デザインのセクションを担当
したサブグループがイントロダクションの草稿を起案したが、これに対し、代替的手法を扱
ったサブグループから総合的な視点に欠けるといった異論が出され対案が提出されている。
現在は、2 つの草案が並存している状況にあることを付記しておく。
11)日本語訳は日本語版に準拠している。原文は、“Positive and negative, primary and
secondary long term effects produced by a development intervention, directly or indirectly,
intended or unintended.”
。
117
プローチのみならず、帰属問題(attribution problem)に体系的に取り組
んでいるその他のアプローチを必ずしも排除するものではないことが強調
されている。むしろ、(準)実験デザインが適用できる場合であっても、
mixed methods の使用が奨励されている。いずれにせよ NONIE ガイダン
スにおいては、インパクト評価は、プロジェクトにおけるアウトプットで
はなく、アウトカム、インパクトレベルを対象に、counterfactual との明
示的な比較に基づき、その効果を実証する手段として位置付けられている
といえよう。
インパクト評価の有用性としては、アカウンタビリティの確保と、知
見・教訓の蓄積が指摘されている。この点は特に目新しい議論はないが、
後者に関し、外的妥当性の観点から、ロジックモデル(セオリー評価:
theory-based approach)との併用が明示的に推奨されている。単純なイン
パクト評価ではブラックボックスとなってしまう効果に至るまでのメカニ
ズムを、ロジックモデルで補完することによって、インパクト評価は「プ
ロジェクトは機能したのか?」という問いに加え、「なぜ機能したのか?」
という問いに対しても指針を与えるべきことが指摘されている。
以上が、NONIE のインパクト評価に対する基本的なスタンスであるが、
質の高いインパクト評価を実施するためには、周到な評価設計が必要とな
る。この点、ガイダンスでは①因果関係の連鎖を具体化したロジックモデ
ル、②明確に定義された目的と指標、③ counterfactual を構築する戦略・
方法論の重要性に触れている。以下、インパクト評価の設計との関連で、
counterfactual の問題に関し、NONIE の提案をやや詳細に紹介する。
Counterfactual 構築の手法は、評価の対象となるサンプルサイズに依存
するところが大きい。ガイダンスでは、サンプルサイズ(n)に応じて、
very small n、small n、large n に分けて最適な手法を検討することが推奨
されている。n が 1 ∼ 3 といった少数の場合(very small n)には、CGE
モデルやナラティブアプローチ(narrative approach)が最適である。他
方、n が 20 程度であれば定性的手法に基づくケーススタディが望まれる。
そして十分にサンプルサイズを確保できる場合には、実験デザインなどの
定量的手法が好ましいとされている。
こうした分類からも、本ガイダンスが今日注目を集めているような実験
118
第 5 章 日本の ODA へのインパクト評価導入に関する一考察
デザイン、準実験デザインによる厳格なインパクト評価のみを対象にして
いるわけではないことが見て取れる。ただし、この点は上述した厳格なイ
ンパクト評価手法の範囲の不確定性と関連する問題であるが、厳格なイン
パクト評価の概念から逸脱するものではない。いかなるタイプのプロジェ
クトであっても、インパクト評価においては、限界は認識しつつも counterfactual を明示的に議論することの重要性が指摘されたと見るべきでは
ないかと考える。
最後にインパクト評価を実施する組織のキャパシティについて課題が提
起されている。これはプロジェクトの実施機関のみならず、途上国のカウ
ンターパート、さらには既存の評価者ですらも厳格なインパクト評価を実
施する上で必要とされる知識に精通している人材が十分にいないという認
識に基づく。そのため、評価キャパシティ向上のために、研究者と実務者
が連携してインパクト評価を実施していくことが推奨されている。研究者
の参加によって手法上の厳格性を確保し、実務家の参加によって実務上の
要請と、技術移転がなされることが期待されている。
3.開発援助における「厳格なインパクト評価」の適
用について
ここまで、インパクト評価に関する最近の動向についてまとめてきたが、
本節においては、厳格なインパクト評価を適用する際に検討されるべき問
題点について検討を行う。
3.1
インパクト評価に対する問題点の指摘
開発援助実務に対する「厳密なインパクト評価」の適用についての議論を、
その積極的推進論者の中心人物である Banerjee が編集した書物として、
「援助を機能させる」(Making Aid Work)が昨年(2007)公刊されている。
同書自体は学問的な厳密さを追及する専門書ではではなく、経済学者のみ
ならず援助の実務家や政治学者など、幅広い層が参加して形成された議論
をまとめたものである。この中で、経済学や援助実務に関連した議論を展
119
開している代表的な議論として、Ian Goldin、F. Halsey Rogers and
Nicholas Stern(以下、GRS)、Angus Deaton、Jagdish Bhagwati、そして
次節において Howard White の議論をそれぞれ簡単に紹介しておこう。
GRS は、厳密なインパクト評価の手法の有効性を認めた上で、9 項目に
渡り同手法の問題点を指摘している。第一に、厳格なインパクト評価手法
が適用できる範囲は、教育や保健などの人的資本を対象とするもの、或い
は PROGRESA に代表される条件付現金給付プログラム等に限られ、発電
所等の大規模インフラ案件や、より広域にわたる制度・政策改革プログラ
ム等については、適用が困難であるとしている。第二は、実験的手法の倫
理的問題に関するものである。第三に、高収量品種(HYV)の普及事業
や特定の感染症予防事業のように、目的や手法が明確に定義された事業で
あれば、その目的に沿った成果が期待でき、その上で厳格なインパクト評
価が可能であると Banerjee は述べているが、そのような狭義の目的に沿
って詳細に定義された事業であっても、実験的手法が適用不能な場合があ
ると反論がなされている。第四に、文化的・社会的なコンテクストに評価
結果が大きく影響されうること(外的妥当性の問題)が指摘されている。
第五に、そもそもインパクト評価の対象となるプログラムは所与であり、
プログラム自体の選択は randomize できないこと、第六に、事業レベル
の詳細な評価を前提としては、経済全体にわたる改革や政策実施は困難と
なってしまうことが述べられている。第七に、インパクト評価により初等
教育へのインパクトに対するコスト高が指摘された PROGRESA であるが、
プログラム自体は初等教育以外にも幅広い目的を持つものであり、その一
部の否定的側面を元にプログラム全てを停止することは政府のサービス供
給能力強化という観点から不適切であるとの見解が示されている。第八に、
そもそも開発援助は流用可能(fungible)であり、個別の事業について実
験的手法によって厳密なインパクト評価を行ったところで、全体の資金使
用を評価しアカウンタビリティ・能力強化を行わないことには援助全体と
しては有効なものにならず、むしろ個別事業へのこだわりは、このような
全体的評価の方向性を損ないかねないものであるとの懸念が表明されてい
る。そして最後に、Banerjee が援助の将来については「注意深く楽観的」
であると述べた事に対し、過去の援助実績を振り返ると、援助はこれまで
120
第 5 章 日本の ODA へのインパクト評価導入に関する一考察
も大きな成果を上げており、厳密なインパクト評価がないからといって援
助の効果を全否定するのではなく、過去についても「注意深く楽観的」に
評価すべきだとの主張がなされている。
上記のような点の一つ一つについての論評は紙幅の制約から行わないが、
以下に、特に重要な三つの点について論じておきたい。
第一は、インパクト評価の対象となる事業の選定についてである。GRS
においても、インパクト評価対象事業を実験的手法によって選択できず、
いわば評価対象の選定バイアスが生ずる点を問題点の一つとして指摘して
いる。Bourguinion and Sundberg(2007)においてもインパクト評価の限
界として、全ての政策的介入、開発プロジェクトについて実験的手法、準
実験的手法にもとづくインパクト評価を義務付けたり、または、実際に実
施することは不可能である点、また、評価の結果について、その国の文脈
を超えて適用することは困難である点が指摘されている。さらにインパク
12)
ト評価においては、通常の費用便益分析と同じく 、一般均衡的効果の計
測が十分ではない。このような点を鑑みるに、やはりインパクト評価の適
する分野と適さない分野があると言えよう。したがって、今後のインパク
ト評価の方向性としては、インパクト評価が適している分野・対象の選定
を明確化し、限定的な分野・対象において重点的に数多くの経験を積み重
ねてゆくことこそが現実的である。また Herrera(2007)も、インパクト
評価対象案件が恣意的に決定されることによるバイアスを Publication
bias と呼び、その場合、インパクトがなかった場合よりも、正のインパク
トがあった場合について、その実験の追試が極めて難しい点を述べている。
第二は、現実的にインパクト評価を適用する際には、想像以上に「倫理
的問題」が制約になるという点である。倫理的な問題については、その認
識がインパクト評価の手法についての無理解や数理的・計量的な分析手法
への感情的拒絶に基づいていることも多い。しかし、インパクト評価の適
用分野・対象の限定性の問題と同時に倫理的な問題を考慮するとその問題
の深さが認識できる。インパクト評価の計量的手法は、前述の通り、いわ
ゆるミンサー回帰式といわれる労働所得と学歴や職業経験などから構成さ
★下線用12文字分ダミー★
12)費用便益分析の技術的詳細に関しては Boardman et al.(2006)等を参照。
121
れる人的資本との関係式の推計において、労働経済学分野で発達してきた。
特に、ミンサー回帰式における学歴の係数、すなわち教育投資の収益率の
推計をめぐり、数多くの議論や手法が展開されている。実験的手法は、こ
の一つの決定的な解決策として提案されてきたものである。その意味で、
GRS も述べる通り、開発援助においても教育や保健などの人的資本の分
野については厳格なインパクト評価が最も有益であり、かつ、その蓄積も
多い。特に人的資本の分野においては、Banerjee も同書の中で述べてい
る通り、情報等の集積によって生ずる人的資本外部性(Human capital
externality)の存在が知られており、市場価格には反映されていない正の
外部性を正しく把握することが極めて困難である。すなわち、通常のミン
サー回帰式によっては、賃金に反映された人的資本蓄積の正の外部性が正
しく推計されない。よって、インパクト評価にて採用される手法が有益で
13)
あるとされている 。また、冒頭に述べたとおり、厳格なインパクト評価
の最大の利点は、いわゆる内生性の問題を解決できることである。人間開
発指数や MDGs にもある貧困と人的資本、すなわち保健・衛生、教育は、
正にそれぞれが同時にお互いの水準を決定しあう内生変数であり、途上国
においては、それらが複数均衡のうちの低位均衡にある、という認識が支
配的である(Ray(1998))。実験的手法を利用すれば、貧困と疾病、不十
分な教育状態といった、いわゆる「貧困の罠」の同時決定的状況下でも、
因果関係がどちらからどちらか、という問題についてもある一定の答えを
得ることができる。実験的手法が MIT などの開発経済学者によって行わ
れてきた背景には、こうした問題への対処という認識がある。
しかしながら、開発援助においては、開発途上国の貧困と人的資本が不
十分な状態を解明するために実験的手法が導入されているものの、このう
ち特に保健分野については、倫理的理由により実験的手法はあまり適切で
はない場合も多い。人的資本に関する倫理の問題は、まさしく「人権」の
問題であり、このうち生存権にかかわる問題について実験を行うことは全
くもって不適切な場合も多い。このように、生存権、社会権、自由などの
★下線用12文字分ダミー★
13)これらの人的資本の外部性の実証については、Acemoglu and Angrist(2001)を参照
のこと。
122
第 5 章 日本の ODA へのインパクト評価導入に関する一考察
人権の問題について、医学における実験と同じく、人権と社会実験との関
係を適切に処理する必要がある。例えば、アメリカにおいては、調査が人
間を対象とする場合(対象がアメリカ国外の場合も同様である)、倫理委
員会の承認が必要となり、これは評価も例外ではない。しかし一般的に途
上国においては、そのようなメカニズムは存在しない。このような倫理的
な問題の枠組みがない途上国について幅広いフィールド実験を行うことに
ついての是非はきちんと議論されるべきである。人権の観点からの途上国
での実験アプローチの適用可能性を適切に考慮し、処理する必要が指摘さ
れよう。
第三は、現在の開発援助改革の関係で重要と考えられる国別・セクター
別評価、及び流用可能性(fungibility)の問題である。Banerjee は、同書
の中で、援助機関側はより狭義の目的を絞った事業に傾注すべきであり、
いわゆる「途上国側のオーナーシップを強化した財政支援(“broad budgetary support(rather than specific projects)in the name of national autonomy”)へ向かう潮流は危険と述べている。しかし、援助効果の向上を目
指したパリ宣言に見られるとおり、国際的な援助の潮流は、まさしく途上
国のオーナーシップを強化した個別事業の実施ではなく、よりプログラム
化された国レベル、セクターレベルのプログラムへと進みつつある。評価
も例外ではなく、個別事業レベルの評価から、セクター別、国別評価へ、
そして援助機関や先進国による評価から、途上国のオーナーシップが強化
された途上国政府自身による評価のキャパシティ開発へと向かっている。
つまり厳格なインパクト評価の実施についての提案は、この流れに真っ向
から逆行することになる。そもそも、パリ宣言に示された認識は、インパ
クト評価の認識に基づいて示されたものではなく、特にアフリカでの援助
の失敗の経験を踏まえた上で 10 年以上にわたり議論されてきた蓄積の上
にある。こうした背景を考慮に入れると、インパクト評価は何を目指して
いるのかという点を明確にしない限り、この潮流自体に逆らうことはでき
ないように思われる。GRS もその点を捉えて、そもそも流用可能性の問
題をどうするのか、個別事業評価に執着すべきでないといったことを問題
点としてあげているのである。
次に、プリンストン大学の Deaton とコロンビア大学の Bhagwati の議
123
論を要約しておこう。まず、Deaton は、開発援助自体に極めて懐疑的な
立場に立っており、インパクト評価の手法が、開発援助の有効性を高める
ツールになりえないと述べる。その上で、インパクト評価の手法自体にも、
頻繁に指摘されている通り外的妥当性の課題があり、極めて制約が多いと
の考えを示している。Bhagwati にいたっては、Banerjee や同じく MIT の
Esther Duflo が推進するミクロレベルのインパクト評価は矮小なものであ
り、現在の開発援助に関する議論が国レベルでの制度改革の効果などを対
象としていることを考えると、大きな意味を持ち得ないとまで否定してい
る。消費の実証的研究や貿易理論の権威とされる Deaton や Bhagwati の
懐疑的態度は、経済学においても、インパクト評価が確立した地位を獲得
していないことを想起させる。この点においては、インパクト評価の手法
を積極的に推進してゆく立場からの反論がありうべきであろう。
これら、GRS や Deaton、Bhagwati に対する直接的な反論ではないが、
単に人的資本分野のみならず、より規模の大きなインフラや制度改革その
ものにインパクト評価の手法を拡張する試みが近年広がりつつある。その
代表的な研究をいくつか紹介しよう。教育分野、保健分野から離れて、準
実験的手法の手法を展開したものは、Duflo と Pande によるの“Dams”
と題する論文である(Duflo and Pande(2007))。同論文は、インドにお
けるダムの農業生産性と分配に対するインパクトを評価したものである。
ダムのようなインフラ事業は、当然のことながらランダムに行われること
はなく、その立地については内生的な選択が行われる。Duflo らは、川の
傾斜度を操作変数として使用し、同等の傾斜度であるが、ダムが建設され
た場合とダムが建設されていない場合を比較している。ダムが建設された
地域においては、農業生産性が向上しない上に、貧困が増加するインパク
トが存在するが、対照的に、ダムの下流域においては、灌漑面積の増加に
より農業生産が増加し、貧困が減少することを実証している。その結果、
インドにおけるダム建設は、生産性に与える影響はあまり大きくないが分
配面での影響が極めて大きく、全体を集計した集計量としてはダム建設は
貧困を増加させたとの結果を提示している。
また、やはりインフラである道路建設において、汚職との関係を実験的
手法を用い実証したのが Olken(2007)である。彼は、インドネシアで世
124
第 5 章 日本の ODA へのインパクト評価導入に関する一考察
界銀行が行った地方道路事業において、村落レベルでの汚職の存在とその
モニタリング方法の効果を実験的手法によって検証している。Duflo and
Pande(2007)が二段階最小自乗法を使用しているのに対して、完全な実
験を行ったとしている Olken の手法は、極めて単純な通常の最小自乗法
である。同論文において、Olken は汚職の存在、汚職を減少させるために
は、通常のトップダウン方式の検査の手法が有効であること、ボトムアッ
プ・参加型の集会を開く方式では、道路の材料部分のコスト削減が難しい
が、労賃部分の削減は可能であること、また、農村レベルで村の有力者、
14)
自治体政府による local capture が存在していることなどを実証している。
このように、フィールド実験を肯定し、その分野を拡大させている側か
らは、これまでの開発援助の常識を変更させるような結果、例えばインド
でのダム建設の効果や、インドネシアにおける道路建設の汚職の存在など
が次々と生み出されている。しかしながら、やはりこれらの結果について
も、例えばダムが何故貧困を増加させるのかといった具体的メカニズムに
ついては、それ以上の検証がなされておらず、有用性はいまだ十分に証明
されたとはいい難い。また、インドや中国のようにダムが国内にかなりの
件数存在する大国は別として、通常の途上国の様に数箇所から数十箇所程
度の場合、また、比較対象がない程度の大規模ダムの場合などについてど
のように扱うかなどの問題がある。
以上、概観してきた通り、経済学という専門的な分野の中においてさえ
も、インパクト評価については、様々な議論が錯綜している。次節で、開
発援助を専門とする経済学者であり、また冒頭に述べたインパクト評価に
関する一連の動きを俯瞰する立場にいる Howard White の議論を紹介する
とともに、援助の実務プロセスの問題を含めて、これらの論点についてよ
り深く検討する。
★下線用12文字分ダミー★
14)Local capture とは、分権化の結果、地方自治体レベル、村落レベルの一部権力者が
経済的レントを追求し、分権化によって移譲された権限を不適切に把握してしまうことを示
す。
125
4.費用便益分析、貧困分析とインパクト評価
Banerjee の Making aid work における White の所論は以下の通りである。
まず White は、インパクト評価の手法としての有用性を認め、援助機関
は一層実験的手法を使用したインパクト評価を行うべきとする。ただし、
このインパクト評価の方法が適用可能なのは、離散的かつ同質的な政策的
介入についてのみであり、大規模なインフラ事業や財政支援については実
験的手法になじまないとする。すなわち、人的資本など市場によって計測
不可能な財・サービスの社会的投資分野においては、これまで用いられて
きた通常の費用便益分析の適用は困難であり、実験的手法が有用であるた
め、費用便益分析の制度的変更を行い、実験的手法よって経済価値の計測
を幅広く適用してゆくべきであるとの立場をとっている。他方、実験的評
価がなじまない分野に関しては、これまで以上に費用便益分析を実施する
ことの有用性を説いている。
上記の Duflo and Pande(2007)の結果は、インドのダム建設という大
規模インフラについての実証結果であるが、これは、インドという大国に
おいて、複数のダム建設を無理やりに同質とみなして、準実験的手法を適
用したものである。ダム建設が一様に川の傾斜によって判断されるかどう
か等については、実際のダム建設やその基礎を担っている土木工学などの
立場からは大きな反論があろう。しかし、これらの分野においては既に確
立された費用便益分析が活用可能であり、この使用については、一般的合
意を集めやすいものと考えられる。
この White の立場は、実務側の対応として大きく首肯できる。これま
で、計量経済学的に厳格なインパクト評価の評価実務への応用という点で
は、主に実務側の対応の遅れ、評価の不十分さが一方的に指摘され、その
遅れはもっぱら実務側の認識の低さ、手法に対する不理解、そして体制整
備の困難さが主張されてきた。その代表的な意見は、冒頭に挙げた CGD
による Evaluation Gap の主張であり、Banerjee のいう「援助の思考は、
怠惰な思考である(Aid thinking is lazy thinking)」、または Levine の所論
126
第 5 章 日本の ODA へのインパクト評価導入に関する一考察
である。中でも、援助機関がインパクト評価に熱心でない構造的要因とし
て述べられる彼らの主張は、以下の 3 点に簡約できる。第一に、インパク
ト評価によってもたらされる知識は公共財的性格を持つため、その結果、
必然的に過少供給となること。第二に、援助機関における職員への報酬シ
ステムが援助のインパクトとリンクしていなこと。第三に、援助は有効で
はないという真実を発見するインセンティブがなく、また、そのような好
ましくない事実発見を回避する傾向が援助機関にあることである。しかし
ながら、ここでの White の主張は、むしろ逆である。すなわち、手法的
な限界により、現実的な「政策評価」を行うに至っていないため、実務的
には導入が難しいという視点である。この意見は、これまでにも世銀など
の開発関係者やエコノミストから不完全な形ではインパクト評価への回答
という形で表されてきた。ここでは、そのような意見を元に、計量経済学
的な手法について、援助での実務に適合した形で、どのような改良可能性
があるかという点について言及してみたい。
White が述べるように、この 30 年以上、一般的に資金協力において判
断基準となってきたのは、いわゆる費用便益分析である。現在、通常の開
発援助プロセスにおいて、個別事業や事業群(しばしばプログラムとも呼
ばれる)において、事業の効果を事前段階や事後段階において評価する計
量的手法は、費用便益分析である。費用便益分析自体は、デュピュイ・マ
ーシャルの消費者余剰に始まり、ヒックスの等価変分・補償変分の理論、
ラスパイレス・バーシェの指数理論、サミュエルソン・バーグソン社会厚
生関数の理論、ハーバーガーの死加重の理論などの経済理論的基礎を持ち、
その上に、Little-Mirrlees の OECD マニュアル(Little and Mirrless(1968)
)
、
Dasgupta-Marglin-Sen による UNIDO マニュアルといった開発途上国経済
への開発援助についての応用まで幅広い実績を積み上げている。費用便益
分析の対象範囲は、必ずしも開発経済学の範囲に限定されるものではなく、
むしろ公共経済学一般において、ミクロ経済学、厚生経済学の応用として
現時点においても極めて有効なツールであるとの認識である。
それでは、この費用便益分析とインパクト評価の手法は、どのように比
較できるのだろうか。伝統的な費用便益分析は、いうまでもなく、カルド
ア・ヒックスの効率性基準に基づいて行われる。ここでの効率性とは、最
127
小限のインプットから、どれだけ多くのアウトカム(便益)をもたらすか
ということである。もっぱら費用便益分析の対象となる便益の範囲が、一
般均衡分析ではなく部分均衡分析に止まっている。例えば、道路事業等に
おける費用便益分析は、その便益の範囲を道路サービスによって直接もた
らされる便益に限定して計測しているものであり、道路建設が、どのよう
に食料品価格に影響を与え、それが消費者にどのような食料品の選択の変
化をもたらすか、といったような間接的な効果までを対象とする場合は極
めて限られている。この点は、前述の通り、費用便益分析とインパクト評
価が極めて類似している点である。
また、費用便益分析とインパクト評価の便益の計測手法を考慮してみよ
う。費用便益分析においては、便益の計測として、通常は消費者余剰など
の概念が使用されるために、市場価格に基いた計測が行われる。それに対
して、インパクト評価の場合には、消費者余剰の計測ではなく、より直接
に投資の収益性や生産性の改善などの計測が行われる。社会余剰の計測に
関しては CV(Contingent Valuation)法(仮想市場評価法)などが代表的
手法として用いられるのに対し、インパクト評価においては、家計、或い
は村落の代表者への調査(household survey、community survey、以下サ
ーベイ)が使用されることになる。これまでの蓄積により構築された手法
は異なるが、どちらにおいても個別プロジェクトの評価においては、最終
的にサーベイなどに基づく代表的サンプルからのデータを何らかの方法で
集計・推計することになる。この点、費用便益分析の CV 法等のいわゆる
stated preference(表明選好)アプローチに比較して、インパクト評価に
よる分析の方が確固たるアプローチに基づいているかのように考えられる
傾向がある。しかしながら、過去に JBIC にて行われたインパクト評価に
おいても経験された点であるが、インパクト評価においても、まさしく
CV 法における問題と同じく、stated preference によるバイアスが存在し
うる。また、特に保健などの分野においては、サーベイの対象者自身が自
己の健康状態や、水道や他の衛生手段の効果などを正確に知りうることは
極めて困難であり、むしろサーベイでの自己申告よりも直接の計測のほう
が正確な数値となりうる。
以上のように、データの入手方法・手順や統計的手法を除いては、費用
128
第 5 章 日本の ODA へのインパクト評価導入に関する一考察
便益分析とインパクト評価の手順はほとんど同じであることから、仮に、
特定の対象分野において、インパクト評価を導入するとすれば、これまで
通常の費用便益分析を実施していた段階で導入することがもっとも効果
的・効率的であることが分かる。それは、事前段階でいえば、いわゆる開
発調査(フィージビリティ・スタディ、F / S)の段階であり、事後段階
であれば、事後評価において F / S の数値を見直す段階である。特に、
実験的評価の性格から考えれば、まさしく F / S の段階でこのような手
法を取り入れることが最も適していることが分かる。
それでは、これまでの費用便益分析においては考慮されておらず、イン
パクト評価で考慮すべき内容はいかなるものだろうか。最大の差異は、
counterfactual の明示的導入である。これまでの費用便益分析においては、
事前の段階でも、また事後的検証の段階でも、counterfactual を一つのベ
ンチマークとはしてこなかった。すでに私見として述べている通り、ここ
に counterfactual を正確に想定することが必要となる。そのためには、事
前の段階でのコントロール・グループの設定とそこでのデータ収集が必要
となり、また、事後的に counterfactual を正確に示しうる手法の導入が必
要となる。
逆に、インパクト評価においては分析が不十分であるが、費用便益分析
においては既に分析の手法で考慮されてきた問題は、「総」便益の範囲と
規模の決定の問題、及び便益の帰着、特に貧困層への帰着の問題である。
前者の問題は、Heckman, Lochner and Taber(1998)において指摘されて
いる通り、一般均衡的な枠組みによる便益の把握の問題であり、後者の問
題は、主にこれまで貧困分析(poverty analysis)が扱ってきた問題である。
いわゆるカルドア・ヒックス効率性基準に基づく費用便益分析は、費用
についても便益についても、費用の総和、便益の総和という形での集計を
行い比較するために、分配上の考慮がないと考えられることもある。しか
し、費用便益分析において便益の帰着という観点が欠如していたわけでは
ない。むしろ、例えばより所得の低い階層の便益により大きな加重を与え
るといった形で、費用便益分析においても分配的側面を導入することはそ
れほど難しくない。特に世代間分配の問題については、費用便益分析にお
いて計算の対象となる割引現在価値自体が、社会的割引率の設定に大きく
129
影響を受ける事実はよく知られているために、どのような割引率を使用す
るかということ自体が世代間分配の問題そのものとなりうる。しかしなが
ら、費用便益分析自体は、不平等分析や貧困分析のように分配の分析その
ものを対象とするものではなく、むしろ効率性の分析を主な対象としてい
る点には留意する必要がある。
そこで、ここでは両者の関係を Galasso(2007)に基づき改めて整理す
る。ある事業において、その(連続な)多次元政策変数φを変化させた場
合のアウトカムを
とし、この Y がどのように変化するかを
費用便益分析の対象とするものとする。ここで Yi は、事業の対象が含ま
れるセクター・地区を構成する個々の主体(個人や企業、コミュニティ
等々)が得た便益を表す。また i は{1、0}をとる状態変数で、Y1 は、実
際の事業対象となった場合の便益、他方 Y0 は、事業対象外となった場合
1 φ)を事業対象となっ
の便益を表す。その際の費用は C(φ)である。N(
0 φ)は、事業対象外となった主体の人数とする。
た受益者の人数、他方 N(
また、事業の影響を受けた状態(介入郡)を D=1、事業の影響を受けな
い状態を D=0 で表す。その場合、純便益は、次式で表わされる。
ここで E(・
|
・)は条件付期待値オペレーターである。これを政策変数φに
ついて微分すると、
となるが、第一項
の部分は、「参入効果」と呼ばれ、事業の対象受益者となる人数の変化
分であり、第二、三項、
130
第 5 章 日本の ODA へのインパクト評価導入に関する一考察
の部分は事業対象となったセクター内でのインパクトの変化と考えること
ができる。すなわち、通常の費用便益分析においては、いわゆる余剰分析
など便益の部分について、規模の収穫逓減などを想定した形での便益の集
計を行うために事業の規模の決定ができるのに対して、通常のインパクト
評価においては、単純に受益者とコントロールグループを分けその平均を
比較しインパクト(平均実施効果、Average Treatment Effect:ATE)を
計測するために、たとえ便益が存在したとしても、その便益がどの範囲ま
で拡大可能なのか、また費用も考えた上で、事業の最適規模の水準を検討
できないのである。この参入効果は、通常は、規模に対してインパクトを
減ずる方向に働き、この点を考慮しない通常のインパクト評価は、過大な
結果を得ているとも考えることができる。
不平等や貧困などの分配の問題について、現在のインパクト評価が対応
していないという点については、Cunha, Heckman and Navarro(2006)
が指摘している。不平等や貧困の問題を考慮に入れると、例えば、ある貧
困削減事業の実験の成果が所得向上だとすると、本来的には、実施後の所
得について平均実施効果(Average Treatment Effect)を実施群と対照群
について比較するのではなく、例えば、より所得の低い参加者についての
効果を比較する必要がある。費用便益分析においても、単純に参加者全体
の総便益と総費用を比較する、いわゆる、カルドア・ヒックス効率性基準
に基づく比較であれば、(参加者の数を同じとすると)平均実施効果の比
較と同等の意味を持つが、仮に、より低所得者に対して加重した形での加
重便益を考えれば、分配の問題に対処していることとなる。しかしながら、
同様な分析を現在のインパクト評価について行うことはかなりの困難があ
る。開発事業の評価において、分配の問題は重要な課題であることを考え
ると、この点については、インパクト評価の手法のさらなる充実が求めら
れるところである。
これらの問題はインパクト評価が今後克服してゆくべきポイントであり、
通常の分析においては、費用便益分析とインパクト評価を同時に施行する
ことで、対応可能と考えられる。
131
5.開発援助の実務におけるインパクト評価の導入
ここまで国際会議における議論の動向を紹介し、また、主要な文献による
インパクト評価自体についての評価を説明してきたが、現在の議論を整理
して、今後どのように開発援助の実務にインパクト評価を導入するかとい
う点については、以下のようにまとめられよう。
第一に、導入すべき分野としては人的資本の分野が挙げられる。中でも
比較的導入が容易な教育分野を先行させ、倫理的な問題をクリアした上で、
漸次、保健の分野への拡大となろう。まず、これらの分野において、過去
の実験的、準実験的な評価の結果を吟味した上で、注意深く実験をデザイ
ンし、特に、F / S の作成や事前評価の段階で実験的手法を導入すること
である。また実験的なインパクト評価を導入したからといって、規模の決
定の問題や分布の問題等といった課題が残るため、通常の費用便益分析の
補完として、または同時にインパクト評価を実施する必要があろう。まず、
そのためのインパクト評価ガイドラインの整備が必要となる。当然、イン
パクト評価ガイドラインは、倫理的な問題についても言及する必要がある。
第二に、導入の方法としては、理想的には計量経済学的に厳格な counterfactual を構築し、それとの比較に基づいたネットインパクトを計算す
ることが望ましいが、そこまで到達するためには、かなりの時間がかかる
ことが予想される。したがって、次善の策として評価の対象事業について、
評価結果に加えて想定している counterfactual を具体的に記載することが
考えられよう。デンマークによるタンザニアのインパクト評価(2007)
は、そのような例である。ここでは、具体的に数値レベルでネットインパ
クトを計測することよりも、むしろ評価報告書に counterfactual の記載を
充実させることで、テクニカルな問題をカバーしている。このような方法
が、今後の評価の主流となることも考えられる。
第三に、導入の段階については、最初に、F / S や事前評価の段階から
取り組むべきである。事後評価の段階においては準実験的な方法は行うこ
とができるが、概してデータの不足から counterfactual が恣意的に構築さ
132
第 5 章 日本の ODA へのインパクト評価導入に関する一考察
れるか、または、技術的にそもそも構築が困難となる。事後評価段階での
インパクト評価の実施は、いくつかの例として行われるべきであるが、や
はり将来的なインパクト評価の事後評価での義務付けなども考慮すると、
まず事前評価の段階で、コントロール・グループに関するデータを充実さ
せる、また、そのサンプリングにできるだけバイアスのないような形をと
ることを心がけるべきであろう。こうした形であれば、費用面でも現状の
費用便益分析にかかるデータ収集費用に加えて、更なる追加的負担はそれ
ほど発生しないのではないか。
その上で、実際の導入においては、あくまでも費用便益分析の中で、ま
たは同時並行として行われるべきといえる。これまで述べた問題に加え、
インパクト評価を事前に行ったとしても、分析ができていない費用項目や
ヘドニック分析などの手法によって分析することが適当な環境便益などの
項目があるからである。インパクト評価は、ヘドニック分析などの手法に
よっても依然存在するバイアスを除去するために補完的に用いられる一つ
の手法であるとの認識も必要であろう。
6.今後の方向性について
各種の国際会議において、日本からのインパクト評価への貢献に対する開
発援助コミュニティからの期待は大きい。プロジェクトレベルのインパク
ト評価に関しては、現在のインパクト評価は実験デザインにせよ、準実験
デザインにせよ確立した手法を適用できるのは、教育や保健等の社会開発
分野が大部分である。現在のインパクト評価は、一部の分野で確立した手
法を適用し事例を量産している段階であり、対象範囲という意味では依然
限定された状況にあるといってよい。こうした中で、大ドナーであり、か
つインフラ案件に比較優位を持つ日本の経験に大きな期待が寄せられてい
る。この点、方法論的に課題は残ったにせよ、国際協力銀行が実施した準
実験デザインを用いたバングラデシュのジャムナ橋建設のインパクト評価
の経験は大きな意味がある。ここで得られた教訓の共有、そしてさらなる
手法の洗練化を行い、開発援助コミュニティに発信していくことが肝要で
133
ある。インフラ案件に対する評価の経験は日本の豊かな知的財産であり、
それを現在開発援助コミュニティにおいても議論が始まっている、標準的
な厳格なインパクト評価の方法論に精緻化させていくことは、日本からの
大きな知的貢献につながる。
その萌芽として、国際協力銀行は 2007 年末にインパクト評価研究会を
立ち上げ、インパクト評価に精通する研究者と ODA 分野の実務者との間
の対話、知見の共有の場を設け、インパクト評価への取組みを本格化させ
ている。その準備会合においては、日本の代表的なプロジェクトを現行の
スタンダードなインパクト評価手法で評価し、開発援助コミュニティに発
信していくことの意義が共有されている。また、今後の課題として、イン
パクト評価と政策の有機的連携の制度化(目的に応じた最適なインパクト
評価の手法は何かといったような評価目的と手段の整理)、および評価手
法の技術的整理の必要性等が指摘されている。こうした動きを契機に、日
本の経験の国際的発信のみならず、研究会、或いは日本評価学会に
NONIE のガイダンスを補足する形で、すでに指摘した倫理規定、及び、
どのようなインパクト評価手法をどのようなプロジェクトに適用するのか、
エビデンスの質をどのように判断するのかといったようなガイドラインの
策定を期待したい。
また、インパクト評価の実施体制面に関しては、NONIE 会合で報告さ
れ た デ ン マ ー ク 政 府 、 及 び フ ラ ン ス 開 発 庁 ( Agence Française de
Développement:AfD)の経験から学ぶことが多々ある。特に、評価を第
三者に依頼する実施機関側のキャパシティの問題は傾聴に値する。デンマ
ーク政府は教訓として、インパクト評価に関する TOR を組織内で書くス
キルがなかったことを回顧している。現在の厳格なインパクト評価の手法、
特に準実験デザインによる計量経済学的アプローチは、高度に精緻化され
ており、然るべき訓練を受けたものでないと理解するのが困難な水準に達
している。評価の発注側が、技術的な詳細に熟知する必要は必ずしもない
が、評価手法の最低限の知識(コンサルタントの選別、実施の方針やエビ
15)
デンスの質を議論できる程度)を持つことは要求される (他方、現地の
カウンターパートもインパクト評価の方法論を一定程度理解していること
が望まれる)。加えて、インパクト評価は事後的な成果を問うという意味
134
第 5 章 日本の ODA へのインパクト評価導入に関する一考察
で事後評価であるが、そのための下準備はプロジェクトの実施前、実施中
から要求される。したがって適切なタイミングでのデータの収集を考える
と、プロジェクトのオペレーションとの一体化が必須である。以上より、
ドナー国側においては評価部門と、オペレーション部門、そして研究部門
の有機的連携が質の高いインパクト評価を行う上で不可欠であり、そのよ
16)
うな体制を構築することが望まれる 。
★下線用12文字分ダミー★
15)インパクト評価を強力に推進している世銀ですらも、インパクト評価に関しては内部
の人材不足を指摘している。
16)参考までに、AfD では評価部門が調査・研究部門の中に位置付けられている。また、
特に研究者と評価者の協力は、世銀のカンファレンスにおいても多くの報告で言及されてい
る。ただし、同時に指摘されることだが、評価はあくまで評価であり、学術的関心から重箱
の隅を突付くような議論を強いるのではなく、如何にして政策にフィードバックさせていく
か、という視点を基礎に据えるべきことは言うまでもない。
135
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第
6章
「ゴールフリー評価」の可能性
◆
藤田伸子
1.はじめに
目標達成度合いの評価は、開発援助評価に限らず、通常評価項目の一つに
入っており、評価者がまず取組むのもこれである。具体的な目標が示され、
指標が設定してあれば、それを確認する作業は一見単純に見える。しかし、
設定されていた指標が定量的でない、定量的な指標であっても肝心のデー
タがない、せっかく適当なデータが入手できてもベースラインデータが取
られていなかった、などという事は珍しくないし、定性的な指標であれば
今度は判断の基準に困る。さらに難しいのは指標以前の問題であり、目標
と、実際の事業で達成されるはずのことが乖離していたり、ロジックモデ
ルが現状を表していないような場合の評価である 1)。そのようなケースで
は、目標達成度の評価はどう考えたら良いのだろうか。
マイケル・スクリヴァンのゴールフリー評価(Goal– free evaluation 以
下 GFE)は、評価の際に目標にとらわれないことで、評価者のさまざま
はバイアスを軽減し、対象をありのままに評価しようという考え方である。
GFE では、そもそも評価とは対象の価値・値打ちを判断することであり、
★下線用12文字分ダミー★
1) 本稿で使う「目標」は一般的な意味での目標ではなく、特定のプロジェクト・プログ
ラム・政策において決められ、計画に明記された「目標」を指すこととする。
138
第 6 章 「ゴールフリー評価」の可能性
「目標」は事業の計画や実施には必要であるものの、評価の際にはむしろ
「目標」から離れて対象と向き合うことが重要とする(Scriven 1972a、
1972b、1973)
。
そこで本稿では、目標達成度評価における課題に焦点を当て、もともと
はそのような趣旨で考えられた GFE が、実質的な目標が当初の目標と違
っている場合などに事業の効果を評価するための一つの方法となる可能性
について考察する。
2.目標達成度評価の現状
現在行われている政府開発援助(以下、ODA)評価とそれに類する活動
には、大きく分けて二つの方法がある。一つは、OECD–DAC の評価ガイ
ドラインに基づく 5 項目 2)をベースにした評価であり、もう一つは成果管
理に業績測定(Performance Measurement)を活用する方法である。いず
れも、目標達成度の測定を大きな柱としている。
日本の ODA 評価では、ログフレームや、DAC5 項目を使った評価が一
般的である。モニタリングや評価が、プロジェクト計画立案の改善努力と
一体となって広まってきたという背景からも、目標を明確にし、その達成
度を評価することが求められてきた。プログラム・政策レベルの評価でも
目標体系図(プログラム・ツリー)や、表形式のプログラムマトリックス
3)
が使われることが多くなっている 。
このような標準化された評価手法は評価の一定の質を確保し、経験から
学ぶことをある程度容易にした。他方、もともと複雑な現実を、単純なリ
ニアの関係に嵌め込んでログフレームにしている場合や、文書上は変更が
★下線用12文字分ダミー★
2) DAC5 項目は 1991 年の OECD–DAC 評価上級部会で合意された評価の基本項目
(The DAC Principles for the Evaluation of Development Assistance)で、妥当性、有効性、イ
ンパクト、効率性、自立発展性。詳しくは本書第 2 章を参照。
3) 例えば外務省の ODA 評価ガイドライン(2006)では、国別評価、重点課題別評価、
セクター別評価、スキーム別評価の評価手法として、「目標体系を簡潔に示した図を作成す
る」とされている。ただし、これらは厳密なロジックモデルではなく、政策体系整理のため
の樹形図であり、政策体系図(Policy Diagram)と呼ばれる。
139
なくても実体としての目標が途中で変わっている場合、あるいは関係者に
よって目標の認識が一致していないような場合、目標達成度の評価は困難
となる。
もう一つの方法である、戦略策定に基づいた成果重視(Result–based
Management)型の業績測定は、USAID(米国国際開発庁)や CIDA(カ
ナダ国際開発庁)、UNDP(国連開発計画)等で使われている。日本でも、
行政評価は基本的に業績測定の考え方に基づいている。政策目標を明確に
し、目標・戦略・事業から成る計画を策定、それぞれに指標を選んで期待
する達成値を設定して、実施後その達成度を測る。評価というよりマネジ
メントのアプローチとして、成果目標の達成度を測ることで行政サービス
を管理している。
このような行政評価における目標達成度チェックにも、主として計画そ
のものに由来する悩みがある。政策体系作りの段階で、政策・施策・事務
事業の位置付けが整理し切れず、既存の事業を便宜的に振り分けざるを得
なかったなどの理由で、実際の事業と目標の間の論理・因果関係が不明確
な場合である。地方自治体では、国の各省庁の補助事業を自治体の政策体
系に落とし込みにくいという問題も存在する。最初から、手段 – 目的関係
に基づいているわけではない計画に沿って目標達成度を見ようとすること
は、相当な無理が生じる。ODA における評価でも、既存のプロジェクト
4)
をテーマによってグループ化したプロジェクト群を「プログラム」 と見
立てて評価しようとする際、良く似た問題が起こる。
いずれの場合にも、計画そのものや、設定された目標自体の評価が必要
になってくる。DAC5 項目評価では、目標自体の妥当性も評価項目に含ま
れているが、業績測定では、計画や目標自体の妥当性分析までは含まれな
いことが多い。なぜならそれは次の戦略策定における仕事だからである。
行政評価では、そもそも政策自体の善し悪しを判断するのは議会の仕事と
いう役割分担も関係してくる。
では目標自体の妥当性を評価すれば十分だろうか。評価が、単なる目標
★下線用12文字分ダミー★
4) プロジェクト−プログラム−政策の三層を想定した時の「プログラム」。
140
第 6 章 「ゴールフリー評価」の可能性
達成度の確認でなく事業や政策の価値を判断するものだとしたら、計画や
目標に問題があった(Theory Failure)ものの、介入自体は現実のニーズ
に合っていたため役に立ったというような場合には、既に実施されている
事業の効果を、当初の評価の目的(アカウンタビリティの確保や事業の改
善など)に沿って“ニュートラルに”評価することも有効なのではないか。
3.目標達成度評価における課題
3 − 1.公式目標と、実際の目標との乖離
まず、目標ベースの評価について、冒頭に述べたような評価実務の現場で
筆者が感じてきた問題を整理してみたい。図 1 はある事業 5)によって起こ
り得る全ての結果を示すとする。もともと目標は、想定されるプラスの結
果のうちで最も重要なことや、起こる可能性が高いことが選択されている
と考えられる。場合によっては、起こってほしいことや、関係者・関係機
関の賛同を得やすい目標が選ばれていることもあるし、測定しやすいがた
めに選ばれている目標もある(目標の置換え。goal displacement)。つま
り、実現すると想定されたプラスの結果(A)の全てが目標となるわけで
はないから、当初目標(G1)と A は部分的に重なるのみである。実際、
筆者が関わった政策レベルの ODA 評価では、想定されたプログラムの中
身は中身として、計画策定者の“願望”(対象に寄せる期待や思い入れ、
夢)が目標の設定に影響していた事例がある。また、これも筆者が関わっ
た自治体の行政評価の事例では、投入の制約や外部条件から目標の達成は
難しいと最初からわかっていても、政治的に重要な政策課題のため看板は
下ろせない、というケースもあった。このような場合、当初の目標(G2)
は B の領域にあり、実質的な(実際のところはこのあたりが達成見込み
という暗黙の)目標(G3)は A の領域のどこかにあるかもしれない。
★下線用12文字分ダミー★
5) ここでは便宜上事業としているがプロジェクト・プログラム・政策のどのレベルでも
基本的な考え方は共通である。
141
図 1 事業によって実際に起こり得ること
プラスの結果
マイナスの
G1:当初の目標(達成が見込まれた)
結果
G2:当初の目標(但し達成は期待されて
いない)
G3
実現すると
想定された
こと
G3:実質的な(暗黙の)目標
6)
G1
a
A
C
B
D
a:目標のうちで、実際に達成されること
A:実現すると想定されたプラスの結果
B:実現するとは想定されなかったプラス
の結果
実現するとは
想定されなか
ったこと
G2
C:起こりうると想定されたマイナスの結
果(通常、回避措置が取られる)
D:起こるとは思われていなかったマイナ
スの結果
(筆者作成)
また当初目標(G1)が、事業が始まった後の状況の変化などから、実
態上 G3 に変化しているにもかかわらず、正式に目標の再設定がなされず、
最後まで当初目標(G1)のまま、ということもある。例えば行政機関の 3
∼ 5 か年の中期計画の評価では、中間的な評価で上記のような状況が明ら
かになったとしても、よほどのことがなければ計画に書かれた目標を変更
することはなされない。投入や活動の方を変えるのが妥当なケースもある
と思われるが実際はそれも難しい場合が多い。
3 − 2.目標中心で見ることによる問題
以上は当初目標と実態との乖離のある場合であるが、そのような乖離の有
無にかかわらず、評価者が目標を目標と認識していないほうが、起こった
結果の全てをフェアに評価できる、と主張したのがスクリヴァンである。
「目標」は、計画時点やモニタリングにおいては重要であるが、そもそも
事業の管理者(或いはドナー)のためにあるという。評価者にとっては、
事業がどんな効果を生んだかが重要であって、評価の段階に至っては元の
目標が何であったかにとらわれるべきではなく、“善き事”が行われたか
7)
否か(They did good things or not)に注目すべきだとする 。
さらに、彼が特に強調しているのは、マイナスの結果(C と D。とりわ
★下線用12文字分ダミー★
6) 結果が目標をオーバーシュートすることもあり、その場合は a が G1 より大きくなる。
142
第 6 章 「ゴールフリー評価」の可能性
け D)を見る視点の違いである。目標(例えば G1)を知っていれば、評
価者の心理として G1 の達成状況を見る。そして G1 は結果 a として達成
されていると理解する。次に予期されなかったプラスの結果である B の
領域を見て、その上で C、さらに D を点検する。しかし場合によっては、
マイナスの結果である C や D が極めて重大で、地元の住民にとっては、
プラスの結果を相殺してしまうほどの、すなわち事業がないほうがまだ良
8)
かったというほどの影響があったかもしれない 。通常想定できるような
ネガティブな影響は勿論であるが、事業の過程で非倫理的なこと、賢明で
ないこと、事業の存在意義自体をないがしろにするような致命的な悪事が
行われなかったかどうか、という点では、目標(G1 ・ G2)や、想定され
た/されなかったの境界を認識していないほうが気付きやすいというので
ある(図 2 参照)
。
この点は、多くのコンサルタントが日常的に実感していることではない
だろうか。あるプロジェクトを評価しようとする場合、頭の中には既定の
ロジックモデルが入っている。それを基にして、実施者、関係機関にヒア
リングし、その情報を基に、想定された結果が出ているところから見てい
く。こうすれば評価は組み立てやすいし、肯定的な評価が出やすい。しか
し同じプロジェクトを、評価と関係なしに訪れて、いきなり受益者や住民
などに話を聞くと、全く違うストーリーが浮かび上がることがある。目標
にとらわれない評価はこれに近く、実際に起こったことを、あるがままに
見ようとするものである。
★下線用12文字分ダミー★
7) この点からスクリヴァンは DAC5 項目の「妥当性」と「有効性」の定義を問題視し
ている。「妥当性」の定義は「開発介入の目標(下線筆者)が、受益者の要望、対象者のニ
ーズ、地球規模の優先課題及びパートナーやドナーの政策と合致している程度」であり、ま
た「有効性」も、「開発介入の目標(同)が、実際に達成された、あるいはこれから達成さ
れると見込まれる度合い」と、いずれも(事業そのものの妥当性や有効性ではなく)目標を
ベースとした定義となっているためである。(ただし有効性の定義には、「目標の相対的な重
要度も勘案しながら判断する」との但し書きがある。)スクリヴァンによると、「妥当性」で
は、
「目標が」ではなく「プログラム自体が」、受益者のニーズに答えているかどうかという
点を問うべきということになる。筆者の経験から言っても、目標そのものが政策やニーズに
照らして妥当でないということは、まずない。
8) たとえば、人種差別、汚職、大事故など。
143
図 2 目標にとらわれない評価のイメージ
プラスの結果
マイナスの
結果
G 1:掲げられていた目標(意識しない)
実際に起こ
ったこと
G 1?
(筆者作成)
3 − 3.評価におけるロジックモデルの活用に関する問題
目標は必ずロジックモデルやログフレームに含まれている。そしてそれら
は評価を容易にする役目も担っているはずであるが、現実はそうとは限ら
ない。
案件形成の際、多くの人が経験することであるが、案件策定時のログフ
レーム作成は、類似の案件で何度も証明されているなどロジックが歴然と
している場合を除けば、かなりの労力を要する作業である。複雑に絡み合
う様々な要因を、便宜的に 4 段階程度のリニアな関係に落としていく。そ
の段階で外したことの全部が理屈では外部条件となるが、プロジェクトを
成立させることが第一であるから、そのあたりはあまり厳密には問われな
い。その上、多くの関係者の意見を入れながら作成する過程では、現実問
題として妥協も必要になってくる。
こうしてログフレームを何とか仕上げてプロジェクトがスタートしても、
実際にはそのとおりには行かず、たとえ改訂することになっても基本的な
ロジックまで大幅に変更することはまれである。評価する段になって、目
標との因果関係にやはり無理があるように見えてくる。その際に、ロジッ
クの不具合にばかり目が行って、プロジェクトの効果が正当に評価されな
い可能性がある。
では評価の際にロジックモデルを作り直せばどうか。実際に起こったこ
とを事後的にロジックにするのである。評価の際にロジックモデルを作成
することにもスクリヴァンは否定的である。誰の目にも明らかな論理、あ
るいは過去に学説として確立しているようなロジックがあれば別として、
評価の際に正確なロジックモデルの構築にエネルギーを費やすことは、膨
大な時間を要するだけでなく、全ての因果関係(Causation)を検証する
144
第 6 章 「ゴールフリー評価」の可能性
ことなど出来ないし、一流の科学者を大挙して連れてきても「正しいロジ
ックモデル」を提示できるわけではないからだという 9)。
筆者は、既存のロジックモデルから離れて評価をする際に、厳密なモデ
ルを作るのでなくとも、起こったことの因果関係をある程度整理すること
は有効ではないかと考える。しかしその際には、既存のロジックモデルに
捉われないようにすることの重要性は言うまでもない。
4.ゴールフリー評価の方法
では、目標にもロジックモデルにもとらわれない評価とはどのようなもの
だろうか。目標でなければ何を基準に評価したら良いのか。スクリヴァン
の「ゴールフリー評価」を手掛かりに考えてみたい。
4 − 1.ゴールフリー評価とは
スクリヴァンは、「評価とはあるプログラム(事業)が当初の目標をどの
くらい達成したかどうかをみること」であるという目標ベースの評価
(Goal–based Evaluation)に対峙するものとして、「評価者はプログラム
(事業)の目標を知らないほうが様々なバイアスを避けることができる」
と考え、これを Goal–free evaluation(以下 GFE)と名づけた(Scriv10)
en1972) 。目標ベース評価は、評価者が避けて通れないはずの価値判断
を目標達成確認手続きとすりかえ、目標そのものの妥当性を十分には吟味
せず、しかも目標外の結果を見過ごす可能性がある。これらの問題を克服
するには、計画 – 実施段階で予め定められた目標に沿ってではなく、まず
実際に生じた結果そのものへと目を向ける必要があるというのが GFE の
考え方である(根津 2006)。スクリヴァンは、目標そのものと同様に、目
★下線用12文字分ダミー★
9) スクリヴァンは、評価の際にロジックモデルを作ったり活用したりすることの是非を
問題にしているのであり、計画時・プログラム実施時のロジックモデルの必要性は認めてい
る。
10)Goal– free evaluation は、日本では「目標にとらわれない評価」「目標を限定しない評
価」
「目標から自由な評価」などと訳されてきた(山谷 2000、根津 2006)が、本稿ではその
まま「ゴールフリー評価」とした。
145
標ベース評価も、事業の管理者・実施者のためのものであり、受益者の多
く(或いは、事業により何らかの影響を受ける人)は予め設定された目標
とは別の視点から事業を見ていることが多く、評価者はその両方の視点を
持たなければならないと述べている。
4 − 2.ゴールフリー評価の利点
スクリヴァン(2007a)を参考に、GFE の利点として考えられることを、
これまでに触れた点を含めて整理してみる。
(1)評価者のバイアスを軽減する。
評価者には様々な理由から「プラスに評価したい」という意識(positive bias)が働く。事業の目標にとらわれないことは、そのような評価者
のバイアスを防ぐ一つの方法となる可能性がある。目標を中心として見る
のをやめることによって、想定されていなかった結果や、人々への影響、
とくに負の効果、負の影響を受けた人々に評価者の注意が向くようになり、
評価者は事業の価値や意義をより広い視野で捉えていくことができる。
(2)目標の途中変更や、当初の目標設定が不適切だった場合にも対応でき
る。
GFE では、実質的な目標が途中で変わっている場合でも評価に支障は
ない。現状が変わっているのに目標だけはそのままであったり、そもそも
当初の目標の設定が不適切であったような場合でも、実施された事業自体
の効果を評価することができる。
目標が明確でない(あるいは設定されていない)場合や、ロジックモデ
ルを作成していなかった(又は、あっても現状からかけ離れている)場合
に無理に「後付け」でロジックモデルを作る必要もない。
また、計画時に目標を故意に低く設定するとか、未達成の場合に結果を
水増しするなどの操作の影響を受けない。逆に、当初の目標設定が高すぎ
たために失敗と判断される心配もない。
146
第 6 章 「ゴールフリー評価」の可能性
(3)受益者選択の適切性が重視される。
目標ベース評価では、「想定された受益者」が想定された意味で裨益し
たかどうかが主たる関心事項であるが、GFE は想定された受益者の選定
そのものが本当に適切だったかどうか、他にもっと裨益すべきグループが
あったか等の検証をしやすくする。
(4)評価する側とされる側の立場を対等にする。
GFE は評価する側とされる側の力関係・立場を変化させる。評価は、
評価される側を不安にするが、評価者も、目標の達成度さえ見ることがで
きないかもしれないという不安にさらされて初めて被評価者と同じ土俵に
立つことができる。このため、被評価者へのプレッシャーが軽減され、ま
た通り一遍の評価は通用しなくなる。
(5)参加型評価を成立しやすくする。
参加型評価を実施する場合(プロジェクトの反対派あるいは不利益を受
けた可能性のある人たちにも参加してもらうような場合は特に)、もし目
標が固定されていて、プロジェクトにおける価値観がそれ一つであれば、
柔軟な発想は妨げられ、お互いに理解し合ったり、またそのことによって
力を得る、という状況は起こりにくい。GFE なら参加型が成立し易い。
4 − 3.ゴールフリー評価の方法
では、GFE はどのように実践するのか。スクリヴァンが提唱した“純粋
な”形では、評価者は事業の目標を告げられず、いわば投入・活動だけを
頼りに、事業により影響を受けたと目される人々のところへ調査に赴く。
対照群が設定されていればそこでも同じように調査する。
ただし実際問題としては、評価発注者は目標達成度の評価を期待し、そ
れが TOR にも入っているのが普通である。スクリヴァンも、目標達成度
評価を否定しているわけではなく、目標ベース評価と GFE の併用が現実
的としている。例えば、調査チームの一部を「ゴールフリー評価班」とし
て分離する。同班は、事業実施者グループではなく、影響を受けたと思わ
れる人々(及び対照群)を対象に調査する。もう一班は、従来どおりの目
147
標ベース評価を行う、という方法である。GFE 担当はチームのうちの一
人でも良く、また評価の全期間でなくても良い(Scriven 1993)
。
班分け法の他に、第一段階で GFE を行い、第二段階で目標ベース評価
に切り替える、という二段階方式もある。第一段階の GFE の結果、目標
ベースの評価の質が全く変わってくるという。ODA 評価でも、コンサル
タントが先乗りして現地に入る際に、受益者に予備的なヒアリングや観察
をすることが行われる場合があるが、この時に目標を意識しないで調査が
できれば、同じような考え方になると言えよう。
4 − 4.ゴールフリー評価における基準
しかし、目標からもロジックモデルからも離れて、評価者は何を基準にプ
ログラムの成果を評価したらよいのか。スクリヴァンは評価の基準として
Key Evaluation Checklist(別添参照)を作成しているが、この中で、評価
時において目標に代えて参照すべきは、「ニーズ」とされる。ではそのニ
ーズはどうやって把握したらよいのか。
4 − 4 − 1.どんなニーズを見るべきか
スクリヴァンは、ニーズとは“適正と考えられる水準の”望ましい状態
であり、現実と、満足できる状態との差と定義している(gap between
actual and satisfactory)。これには当事者が認識しているものだけではな
く、当事者が必要性に気付いていないニーズ(例えば虫歯の子供が歯医者
に行かねばならないこと)も含まれる。
さらに、パフォーマンス・ニーズとトリートメント・ニーズは区別され
なければならない(Scriven 1978)
。パフォーマンス・ニーズとは、例えば
読み書きができるようになる、あるいはできる人が何割に達するというよ
うな、できるべきこと、そうであるべきことの状態である。それをどうや
って達成するかの必要手段が、トリートメント・ニーズであり、ニーズ・
アセスメントの際には、この二つを明確に分けて見ていく必要がある。
例えば、ある少数民族の村の識字教育を考えてみると、この村の人々に
とって、何語で(共通語か、少数民族の言語か、その両方か)、これくら
いのレベルまでの読み書きや算数がとりあえず必要である、というニーズ
148
第 6 章 「ゴールフリー評価」の可能性
があったとする(パフォーマンス・ニーズ)。現地語がわからなくても識
字教育専門の先生を送るのが良いか、現地語の話せる村の小学校の先生に
手当てを出して成人非識字者対象の教室を開いてもらうのが良いか、テレ
ビが普及しているのでテレビ番組での識字教育の提供が良いか等々、効果
的で、コストが低く、悪影響も出さない最善の手段(トリートメント・ニ
ーズ)が検討される。それには、識字率を上げたい年齢層はどのあたりで、
彼らの日課はどのようなものか、どの時間帯なら仕事や家事を離れること
ができるのか等を詳しく調べ、さらに費用対効果を含めそれらの比較をし
なければわからない。識字率が低いのでこれを引き上げるというニーズが
あれば、どんな識字プロジェクトも正当化されるというわけではなく、二
つのニーズは明確に区別して扱わなければならない。
4 − 4 − 2.評価におけるニーズ・アセスメントの留意点
では実際にどのような方法で調査するのが良いかというと、関連する分
野のエキスパートでチームを作って調査を行うのであるが、具体的な方法
はセクターやテーマによって異なる。やり方によっては途方もなく労力が
かかるが、既存のデータを最大限に活用することで調査のコストを抑える
ことが現実的であろう。
GFE では事業によって影響を受けるグループのニーズ
11)
に着目するが、
ニーズ・アセスメントは意識調査(opinion survey)ではない。政府のニ
ーズと、コミュニティや人々のニーズ等が違うこともあるため、体系的な
ニーズ・アセスメントが必要となってくる。その際留意すべきは、制約条
件である。リソースの限界を前提にニーズを把握することが重要で、最終
的には、何がどのくらい投入可能で、その効果がどのようなものかが説明
されなければならない。与えられた制約(リソース、能力、法的権限等)
の中で最善の効果が生まれるトリートメントを選ぶことが必要である。
★下線用12文字分ダミー★
11)ニーズを特定するためには受益者の価値観に精通しなければならない。この点につい
ては佐々木(2008)を参照。
149
4 − 5.ゴールフリー評価に対する批判
GFE の考え方が世に出た 1970 年代の初め頃、一部誤解も含め、さまざま
な批判が寄せられた(Scriven 1972b)。例えば、「GFE が目標破棄の口実
にされる」という懸念が表明されたが、計画や実施には目標が必要である
ことはスクリヴァンも認めている。ニーズ・アセスメントは費用がかかり
すぎる、という批判もあったが、これに対しては、アセスメントの規模に
12)
は“千ドルから 5 百万ドルまで” 幅があり、既存の情報も活用できると
述べている。
「評価者が目標を知らないでいるというのはありえない」
(必ず目にして
しまう)というもっともな意見もあったが、スクリヴァンは、目標やロジ
ックモデルを目にしてもそれはそれで置いておけばよいし、GFE 担当が
目標を知らずにいるのは評価の計画段階だけでも良いとしている。
また、「目標ベースの評価が漸く定着しつつあるのだから、目標ベース
評価が困難であればむしろその改善を図るのが先で、目標の立て方を改善
したり、バイアスがかからないように評価者を訓練すれば良い」という意
見もあろう。中長期的にはそれも必要だろう。しかし、事業が終わってし
まってからそれを言い出しても遅い。またこれまで見てきたように、目標
のずれも、評価者のバイアスも、その原因は多様であり、研修などによる
改善策には限界がある。
「目標の達成度を国民に示すことこそがアカウンタビリティである」と
いう正論も成り立つ。重要な「計画」や「政策」は通常、国民の代表たる
議会の採決を経ているからである。しかし、既に公金が使われた以上、目
標が途中で変わっていたり、当初の目標とは違った効果が出ていたりする
場合に、当初の目標に照らして評価することのみで十分とは言えないだろ
う。いずれにしてもこの問題は、目標ベース評価を併用すれば解決できる。
★下線用12文字分ダミー★
12)FASID 評価研究会における発言(2007 年 7 月 11 日)
。
150
第 6 章 「ゴールフリー評価」の可能性
5.おわりに
ここまで、目標ベース評価に代わるものとして GFE 活用の可能性を検討
してきた。スクリヴァンが提唱したような、ゴールに対して評価者が目隠
しされるような形での GFE は難しいとしても、併用方式や二段階方式は
十分に実現可能と思われる。
また大掛かりなニーズ・アセスメントができなくても、短期間の調査で
もゴールフリー、ロジックモデルフリーの考え方をある程度実践すること
はできる。佐藤(2007)は、社会調査の際の留意点として、自分の持っ
ている(或いは案件の)ロジックや PDM を前提として話を聞くことを戒
めている。計画時のロジックは、あくまでも想定であるし、きちんとした
社会調査に基づいて計画されているプロジェクトばかりではない。その上、
たとえ詳細な社会調査が行われていたとしても、状況は常に変わるのが普
通である。むしろプロジェクトはそれに合わせて、柔軟に変えていく姿勢
が大切で、そのことこそプラスに評価されるべきだとする。つまり、当初
の目標やロジックにとらわれないことは、特別な場合でなくても、常に調
査者に求められていることであると言えよう。
目標の設定に問題がある場合、という冒頭の問題に戻ると、DAC5 項目
評価の場合には、妥当性の項目で、「介入の目標」をパートナー国やドナ
ーの政策、受益者のニーズに照らしてみるだけでなく、「介入の効果・結
果」そのものをそれらに照らして見るという視点も必要であろう。業績測
定型の行政評価への応用も同様に、目標や計画の進捗チェックと並行して、
目標や達成指標を抜きにしてあるがままに事業の効果、有効性を住民のニ
ーズに照らして見る、ということで実践可能である。
ODA 評価においては、途上国もドナーも、MDGs や PRSP の目標を共
通の目標とすることで評価を一元化する方向が強まっていくという見方が
ある(Picciotto 2007)。しかし肝心の PRSP は「参加型で策定され、各国
のオーナーシップが体現されている」と言う前提ながら、その現実は国に
151
よってさまざまであり、実際に行われているプログラムとこれらのグロー
バルな計画の目標が必ずしも重なるわけではない。プログラム化、アライ
ンメントの議論の流れのもと、プログラム支援の評価においてはパートナ
ー国の開発政策・計画が開発援助プログラムの評価のベースとなるわけだ
が、そのような政策、国家計画、プログラムが、関係者の総意を取り付け
ようとするあまり、総花的になったり、必ずしも優先順位を体現していな
い可能性があることも考慮されるべきだろう。
また GFE では、評価時にニーズを改めて見直すことが必要となる。こ
のことは、ドナー側の論理を基に目標やロジックモデルが作られていたよ
うなケースにおいては、開発援助評価において欠かすことのできないはず
の、援助によって影響を受ける側の視点を重視することを、改めて考えさ
せてくれるのではないか。
152
第 6 章 「ゴールフリー評価」の可能性
別添 1 主要な評価項目のリスト(Key Evaluation Checklist (KEC)Criteria)
1
価値と基準(Values)
全ての関連する価値と基準(文化的・法的・科学的基準、ニ
ーズなど)が特定され、その正当性が確認され、経験的なデ
ータに有効に統合される。(*)
2
アウトカム
(Outcomes)
ターゲットグループ以外の人々への影響を含め、全てのアウ
トカム(意図された/されなかった)を特定する。
3
プロセス(Process)
プロセスは倫理的で、環境にも配慮し、科学的にも最善策が
とられたかどうかを検証する。
4
費用(Cost)
立ち上げ・引き上げのコスト、改善とメンテナンスのための
コスト、実際の費用と機会費用、金銭的・非金銭的コスト、
直接的・間接的コストを検証する。
5
比較(Comparisons)
同様な効果を上げることができる代替案との比較。一般に知
られているものの他に、プロジェクトの期間中に利用が可能
になったものを含む。ほぼ効果が同じでそれより安くできる
方法、それより費用はかかるがより効果の上がる方法も含め
て比較する。
6
一般化可能性
(Generalizability)
自立発展性を含むが、それに加えて、再利用可能性、汎用性。
あるアプローチが別の目的に使える可能性も含めて検討する。
7
メタ評価
(Meta-evaluation)
基準は、
1)フィージビリティ:ベースラインデータはあるか、入手
可能か、時間とリソースの制約の中でこの評価が可能か。
2)有効性(Validity):KEC の全ての基準がカバーされてい
るか。
3)活用可能性(Utility):評価のデザインは、評価設問に的
確に答えているか。報告書は明確で、簡潔で、読者に理解さ
れ易いか。
4)費用対効果(Cost–effectiveness)
:当該評価のデザインは、
他のデザインと比較して費用対効果はどうか。
5)倫理性(Ethicality):全ての関係者が平等に扱われたか。
評価結果は彼らの役に立つか。また、彼らに害を及ぼすこと
はないか。
出所:Scriven(2007c)
(*)価値と基準
「価値観」は人によってさまざまであるが、Scriven は、value に別添 2 のような 7 つの価値基準を示
して、個人的な好み(personal preferences)は無視できる部分と考える。つまり、ここで使われて
いる「価値」は決して主観的なものではない。
153
別添 2 Scriven の考える 7 つの“価値基準”
1. 個人的な好み
2. 市場価値
3. 真の価値(誰もが認める価値。命の大切さなど。)
4. 公的支援(投資)価値
5. これだけは必要と定められた水準(安全基準など)
6. 文脈的価値(高い次元の目的の実現に貢献したか)
7. わかりやすさ・はっきりしていること。代表性があること。
(出所:Scriven2007a、佐々木 2008 を基に筆者作成)
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154
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MOFA/FASID(2007)International Symposium on “The role of evaluation in
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.
155
あとがき
近年の開発援助の評価の分野の大きな動きとして、パリ宣言を受けた調和
化・プログラム化の流れによるプロジェクト評価からプログラム評価への
シフト、評価制度がある程度定着し評価の実施が浸透してきたことによる、
評価の更なる活用に向けた工夫や手法への関心の高まり、評価能力向上の
ための取組み等が挙げられる。このような状況のもとで本書は、開発援助
評価の課題について検討し、新たな展開への手がかりを得ることを目指し
た。
第1章「日本の開発援助評価における課題と展望」では、日本の ODA 評
価の歴史と評価体制の整備、基本方針や現状の包括的な分析が行われた。
その上で、プログラム・政策レベル評価に関して、新 JICA 誕生を契機と
してプログラム・アプローチが本来の形で実現された暁には、上位レベル
を含めた構造的な評価ができるようになると述べている。
今後の課題として、まず評価手法に関しては、数値目標の明確化と、そ
の前提となる関係者間の目標に関する意思統一、効率性評価の強化、新た
な手法開発の必要性が挙げられている。ことに、プログラム・アプローチ
が進む中、モニタリングと、上位のインパクトを測定する評価の組み合わ
せ等の新しい手法の開発が待たれている。
また新体制のもとでプログラム評価の実施が容易になったとしても、国
全体の ODA から見れば、ODA 予算の半分を占める外務省・ JICA ・
JBIC 以外の ODA 関係省庁との連携という課題は残ることから、全ての
ODA 評価の情報を活用できるようなデータベースの構築も期待されてい
る。さらに、研修や専門家派遣など、これまで十分評価が行われていなか
った分野の評価の拡充、援助受入国へのフィードバックを含めた評価結果
の周知・活用体制の強化の必要性が挙げられている。
156
あとがき
第 2 章「DAC における評価を巡る議論」では、DAC の開発評価ネットワ
ークの活動が詳しく紹介されている。特にパリ宣言実施状況の評価に関す
る現況報告は興味深い。被援助国側のオーナーシップを尊重しながら、予
定通りに評価を進めるには相当な工夫が必要な様子であるが、この評価結
果は今後のパリ宣言の実施に大きく影響すると思われ、注目される。続い
て紹介された DAC の評価の品質基準(試行版)は、統一された評価基準の
ない国々に今後有効に活用される可能性がある。また評価能力向上の観点
から、さらにアカウンタビリティや客観性の確保の点からも、被援助国と
の合同評価の重要性が強調されている。そして筆者は、DAC 開発評価ネ
ットワークが、評価専門家グループとしてテクニカルな議論を行うだけで
なく、開発援助の枠を超えて、気候変動などのよりグローバルな問題にお
いても評価の機能を活かせるよう、日本が貢献を行っていく必要性を説く。
第 3 章「ODA 評価と政策評価−日本の現状分析」では、日本で評価とそ
れに類する活動が行われる領域における用語と概念の混乱が整理され、そ
の中で ODA 評価の位置づけが明らかにされている。ODA 評価と政策評
価を比較すると、人材の流動性、アカウンタビリティの内容や確保の手順、
予算や定員管理の組み込み度合い、システムの複雑さに違いが見られると
している。そして、ODA 評価では、政策レベルまで視野に入れると、日
本の外交政策上の貢献までを考えに入れなければならないことによる難し
さがある一方で、国内の政策評価では、ODA の領域と比べ政策手段の選
択余地が狭く、利害関係も複雑であることが、評価を困難なものにしてい
るという。いずれにしろ、国内の政策評価も ODA 評価も、行政管理型の
評価に収斂せざるを得ないと結論付けている。しかしそのような行政管理
157
型の評価はマネジメントのツールとして用途が限定されてしまうことから、
筆者は、評価の多様性を認識してそれ以外の要請にも対応できる人材育成
の重要性を説いている。
第4章「開発プログラムと援助モダリティ−評価の視点から」では、援助
モダリティの分析から、日本の援助が、プログラムと呼ばれている支援を
含め、基本的にプロジェクト支援として行われきたことを明らかにしてい
る。このようなプログラムの評価は、日本の援助を途上国の開発プログラ
ムに位置づけて、成果に対する貢献の可能性を検証するにとどまらざるを
得ない。今後のプログラム支援の評価の視点としては、パリ宣言の合意事
項であるオーナーシップ(自助努力)、アラインメント(被援助国の制
度・政策への協調)、調和化、援助成果主義、相互説明責任という 5 つの
原則から、プログラムの実施プロセスの評価を提示している。プログラム
支援では、途上国と援助国・援助機関は成果目標を共有することになるた
め、その成果の検証のためには、相互説明責任を確保した評価システムの
整備、評価能力強化、評価結果の共有が重要としている。
第 5 章「日本の ODA へのインパクト評価導入に関する一考察」では、プ
ロジェクトが実際にどこまで成果を生んだかどうかという、介入の純効果
を測るインパクト評価を開発援助実務に導入するに際しての制約・課題が
整理されている。さらに、費用便益分析とインパクト評価の関係について
の考察が行われ、実際の導入においては、費用便益分析の併用やヘドニッ
クアプローチ等との補完的な活用が示唆されている。そして今後の積極的
な導入のためには、F/S や事前評価段階からの導入と、それを可能にする
158
あとがき
実施体制や倫理規定を含むガイドラインの整備の必要性が強調されている。
第 6 章「ゴールフリー評価の可能性」では、目標にとらわれることで生じ
る評価者のバイアスを排除するための考え方であるゴールフリー評価が、
目標が曖昧だったり実際のゴールと乖離がある場合の介入の効果を評価す
る方法となる可能性を考察している。そして、ロジックモデルや体系図等、
論理的なつながりを持つとして組み立てられたプロジェクト・プログラ
ム・政策の評価において、既存の論理や目標にとらわれずに対象を評価す
ることもまた必要としている。特に目標設定を含めロジックモデルの組み
立てをドナー側中心で行っている場合には、既定の目標やロジックモデル
から離れて評価をすることで、援助によって影響を受ける側の視点がより
重視される可能性があることを指摘している。
以上の章から浮かび上がったことは、開発援助評価で起きつつある評価
の役割の変化、拡がりである。まず、評価の対象としては、第 1 章で詳述
されているように、プロジェクトのみならず、単なるプロジェクトの集合
体ではないプログラム、即ち当初から政策実施の手段であるプロジェク
ト−プログラムを伴った政策を評価することになる。そしてそれは第 3 章
で指摘されているように途上国側の政策−プログラムの実施評価を含むこ
とにもなろう。
また評価の目的としては、第 2 章で示唆されているように、開発援助の
効果を測定するための評価だけでなく、気候変動などのグローバルな課題
における取組を進めるために、評価の機能がより積極的に活用されること
も考えられる。評価結果の活用には、手段としての活用以外に、啓蒙的活
159
用、象徴的活用などがあるが、このうちの啓蒙的活用、即ち評価対象に関
する理解促進を目的に、開発援助という枠を超えて評価を活用するという
ものである。
このような中で、日本国内だけでなく、途上国でも評価能力向上・評価
制度構築が課題となっている。途上国では、主として業績測定型の行政評
価制度が整備されつつあるが、国ごとに評価に関する考え方・制度・情報
公開の度合いなどが大きく違う中で、今後第 4 章で強調されているように、
相互説明責任を確保しつつ評価結果を共有していくためには、評価の形
態・手法としても、さまざまな手法あるいはその組合せが求められるよう
になるだろう。第 5 章・第 6 章では、そのような評価の目的に合わせ、マ
ニュアルから脱して手法を考える努力の必要性を示唆している。
新しい体制への移行期を迎え、今後、評価のアプローチにおいても革新
的な取組みが試されることが期待される。そしてこのような評価の役割の
変化・アプローチの多様化に対応し、目的や状況に応じて使い分けられる
様々な手法の研究や、それを柔軟に使いこなせる人材の育成が、益々必要
になってくると思われる。
藤田伸子
著者一覧
著者一覧(*所属・役職は執筆当時)
第1章 日本の開発援助評価における課題と展望
牟田博光(東京工業大学 理事・副学長)
源由理子(明治大学大学院ガバナンス研究科 准教授)
第2章 DAC における評価を巡る議論
藤本真美(外務省国際協力局評価室事務官)
第 3 章 ODA 評価と政策評価
山谷清志(同志社大学政策学部・総合政策科学研究科 教授)
第4章 開発プログラムと援助モダリティ
三好皓一(立命館アジア太平洋大学アジア太平洋研究科 教授)
第5章 日本の ODA へのインパクト評価導入に関する一考察
和田義郎(政策研究大学院大学 教授)
青柳恵太郎(国際開発高等教育機構 国際開発研究センター研究助手)
第 6 章 「ゴールフリー評価」の可能性
藤田伸子(国際開発高等教育機構 国際開発研究センター次長)
[開発援助の評価とその課題]
開発援助動向シリーズ5
発行日 2008年3月 28日
湊 直 信
編 者
藤 田 伸 子
発行所 財団法人 国際開発高等教育機構
〒102-0074 東京都千代田区九段南1-6-17 千代田会館5階
電話(03)5226-0305 URL http://www.fasid.or.jp
(この出版物は再生紙を使用しています)
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