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第1章 LC/MSの歴史と概要

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第1章 LC/MSの歴史と概要
第 1 章 LC/MS の 歴 史 と 概 要
1 . 1 環 境 微 量 分 析 法 と し て の LC/MS の 歴 史
環境中に存在する微量の有機化学物質を精密に測定するためには、多数の共存物質からの
分離と対象物質の正確な検出・同定とが必要となる。前者の手法としては、分離能力に優
れたクロマトグラフィーがあり、後者の手法としては、同定能力に優れたマススペクトロ
メ ト リ ー ( MS: 質 量 分 析 法 ) が あ る 。 こ の 2 種 類 の 手 法 を オ ン ラ イ ン で 結 合 さ せ た 、 優
れ た 分 離 能 、 検 出 感 度 、 同 定 能 力 を 有 す る 分 析 法 が 、 ガ ス ク ロ マ ト グ ラ フ ィ ー/ 質 量 分 析
法 ( GC/MS : Gas Chromatography / Mass Spectrometry) で あ り 液 体 ク ロ マ ト グ ラ フ ィ ー /質
量 分 析 法 ( LC/MS : Liquid Chromatography / Mass Spectrometry) で あ る 。
GC/MS は 分 離 手 段 と し て ガ ス ク ロ マ ト グ ラ フ ィ ー を 用 い て い る 点 か ら 、 気 化 し や す く
熱 的 安 定 性 を 有 す る 物 質 を 主 に 対 象 と す る が 、GC と MS と を つ な ぐ イ ン タ ー フ ェ ー ス の
開発が比較的容易であったことから、早くからその方法論が確立し、多くの分野で多用さ
れ て き た 。 こ れ に 対 し て 、 LC/MS で は 、 ク ロ マ ト グ ラ フ ィ ー の 移 動 相 が 液 体 で あ る 高 速
液 体 ク ロ マ ト グ ラ フ ィ ー( HPLC: High Performance Liquid Chromatography) を 用 い る こ
とから、大容量の溶媒を除去し対象物質のイオン化を進めるインターフェースの開発に困
難が伴った。
LC/MS 開 発 の 歴 史 は 、 L C と MS と の イ ン タ ー フ ェ ー ス お よ び イ オ ン 化 法 に よ り 、
第 1 期 : 1980 年 ま で の ベ ル ト 法 の 時 代
第 2 期 : 1980 年 代 の TSP 法 、 FAB 法 の 時 代
第 3 期 : 1990 年 以 降 の 大 気 圧 イ オ ン 化 法 の 時 代
の 3 区分に分けられると言われている。
第 1 期 の ベ ル ト 法 は 、「 LC 溶 離 液 か ら の 溶 媒 の 除 去 → 対 象 分 子 の み を 真 空 中 に 導 入 → イ
オ ン 化 → MS」 と 言 う LC/MS の 原 理 に 従 っ て 、 回 転 す る ベ ル ト を 、 LC か ら の 溶 離 液 を 付 着
さ せ 対 象 物 質 を 濃 縮・ 気 化 さ せ る 担 体 と し て 用 い た 。そ し て 、電 子 イ オ ン 化 法( EI: Electron
Ionization) を 中 心 に 、 高 速 原 子 線 や レ ー ザ ー 照 射 に よ る 直 接 イ オ ン 化 法 で の イ オ ン 化 が
行 わ れ た 。 し か し 、 安 定 性 が 悪 く 装 置 が 大 型 で あ っ た た め に 、 加 熱 噴 霧 法 ( TSP:
ThermoSPray) や 高 速 原 子 衝 撃 法 ( FAB:Fast Atom Bombardment) が 導 入 さ れ る こ と に な っ
た 。 特 に 、 FAB 法 は 難 揮 発 性 物 質 の イ オ ン 化 法 と し て 非 常 に 高 い 能 力 を 有 し て い た こ と か
ら 、 GC/MS で は 測 定 が 不 可 能 な 物 質 へ の LC/MS の 適 用 が 急 速 に 広 ま っ た 。 そ の 後 、 大 気 圧
化 学 イ オ ン 化 法 ( APCI:Atmospheric Pressure Chemical Ionization) や 電 界 噴 霧 -エ レ ク
ト ロ ス プ レ ー イ オ ン 化 法 ( ESI:ElectroSpray Ionization ) を 含 む 大 気 圧 イ オ ン 化 法
( API:Atmospheric Pressure Iionization) が 大 き く 台 頭 し 、 LC/MS 実 用 化 へ の 基 礎 が 作
ら れ た 。 API 法 自 体 は ま ず GC/MS で 応 用 さ れ た が 、 こ の 手 法 が LC/MS に 本 格 的 に 導 入 さ れ
た こ と に よ り 、 LC/MS は 広 範 囲 の 物 質 に 対 応 で き る 能 力 を 有 し た と 言 え る 。
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1 . 2 LC/MS の 分 析 シ ス テ ム
LC/MS の 分 析 シ ス テ ム は 、 LC お よ び MS の 部 分 と そ れ を 結 び 付 け る イ ン タ ー フ ェ イ ス
の部分とで構成されている。
検 出 系 で あ る MS の 部 分 は GC/MS の 場 合 と 共 通 の 原 理 を 有 し 、 イ オ ン 化 さ れ た 対 象 物
質 を 質 量 数 /電 荷 ( m/z) 比 に よ っ て 検 出 ・ 同 定 す る 手 法 で あ る 。 ク ロ マ ト グ ラ フ ィ ー と 結
合 し た MS か ら 得 ら れ る 情 報 に は 、 任 意 の m/z に つ い て そ の 強 度 の 時 間 分 布 を 示 す マ ス ク
ロ マ ト グ ラ ム と 、 任 意 の 時 間 に お い て 各 m/z の 相 対 的 強 度 分 布 を 示 す マ ス ス ペ ク ト ル と が
あ る 。 ま た 、 個 々 の m/z で は な く 、 全 イ オ ン の 強 度 ( 電 気 量 ) を 加 算 し た 全 強 度 の 時 間 変
化 を 示 す ト ー タ ル イ オ ン ク ロ マ ト グ ラ ム( T I C) が 得 ら れ る 。 マ ス ク ロ マ ト グ ラ ム を 得 る
方 法 に は 、 一 定 時 間 間 隔 で 、 あ る 範 囲 の m/z 間 を 磁 場 ス キ ャ ン し て 得 ら れ た 時 間 軸 方 向 の
強 度 情 報 か ら 、 必 要 な m/z の 強 度 の 時 間 分 布 を 切 り 出 す ス キ ャ ン 法 と 、 目 的 と す る m/z の
強 度 の み を 選 択 的 に 検 出 す る 高 感 度 の 選 択 イ オ ン 検 出 法 ( SIM: Selected Ion Monitoring)
とがある。実用化されている質量分析装置の基本的原理としては、磁場型、四重極型、イ
オントラップ型、飛行時間型、フーリエ変換型などがある(質量分析装置の概要について
は 付 録 に 示 す )。
LC と MS と を 結 び 付 け る イ ン タ ー フ ェ イ ス 部 分 の 役 割 は イ オ ン 化 で あ る 。 そ の た め の
イ オ ン 化 法 は 気 化 法 ( evaporation)、 噴 霧 法 ( nebulization)、 脱 離 法 ( desorption) の 3 種
に大別されている。気化法では、対象物質は加熱・気化されてイオン化室に導入される。
し た が っ て 、 易 揮 発 性 で 熱 安 定 な 比 較 的 低 分 子 量 の 化 合 物 が 対 象 と な り 、 GC/MS で 多 用
されている。噴霧法では、対象物質は噴霧過程を経て脱溶媒されイオン化される。したが
っ て 、 難 揮 発 性 で 熱 不 安 定 な 化 合 物 を 対 象 と す る LC/MS で 用 い ら れ る こ と が 多 い 。 脱 離
法では、対象物質を含む液相や固相に高いエネルギーが急激に加えられることによりイオ
ン化が行われる。急速加熱や熱効率を高めることで熱不安定な化合物にも対応できる。そ
れぞれのイオン化法は以下の各手法を含む。
気 化 法 : 電 子 イ オ ン 化 法 ( EI)
化 学 イ オ ン 化 法 ( CI : Chemical Iionization)
噴 霧 法 : ガ ス 噴 霧 -パ ー テ ィ ク ル ビ ー ム 法 ( P B: Particle Beam)
加 熱 噴 霧 法 ( TSP)
大 気 圧 イ オ ン 化 法 ( API)
大 気 圧 化 学 イ オ ン 化 法 ( APCI )
電 界 噴 霧 -エ レ ク ト ロ ス プ レ ー イ オ ン 化 法 ( ESI)
脱 離 法 : 高 速 原 子 衝 撃 法 ( FAB)
二次イオンマススペクトロメトリー
( SIMS : Secondary Ion Mass Spectrometry)
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マトリックスアシステッドレーザー脱離イオン化法
( MALDI: Matrix-Assisted Laser Desorption Ionization )
こ の 中 で 、 環 境 微 量 分 析 装 置 と し て 実 用 化 さ れ た LC/MS 分 析 装 置 に 採 用 さ れ て い る 主
要 な イ オ ン 化 法 が API 法 と FAB 法 で あ る 。 API 法 は 、 溶 離 液 中 に 存 在 す る 対 象 分 子 を 、
電界、放電、熱などの方法で溶媒分子に囲まれた帯電液滴として大気圧下にいったん取り
出し、その後、溶媒分子を脱離させ、最終的に生成した対象分子のイオンを質量分析計に
導 入 す る 統 一 的 手 法 で あ り 、 APCI 法 と ESI 法 と を 含 む 。
APCI 法 で は 、 対 象 分 子 を 含 む 試 料 溶 媒 を 、 大 気 圧 下 で 加 熱 噴 霧 に よ り 液 滴 化 し そ の 後
脱 溶 媒 し た 後 、 コ ロ ナ 放 電 に よ っ て 溶 媒 分 子 を イ オ ン 化 す る 。 生 成 し た 溶 媒 イ オ ン は 、 CI
法の場合と同様に対象分子とイオン分子反応を起こし、対象分子がイオン化される。イオ
ン 化 さ れ た 対 象 分 子 は MS 部 に 導 入 さ れ る 。
ESI 法 で は 、 試 料 溶 液 を 、 高 電 圧 に 印 加 さ れ た キ ャ ピ ラ リ ー を 通 し て 大 気 圧 下 で 静 電 噴
霧し、高度に帯電した液滴にする。その後、液滴表面から溶媒の蒸発が起って液滴が細分
化されると、電荷が対象分子に移り対象分子がイオン化される。イオン化された対象分子
は イ オ ン 蒸 発 を 起 し MS 部 に 導 入 さ れ る 。
FAB 法 で は 、 グ リ セ リ ン な ど の 液 体 マ ト リ ッ ク ス に 溶 か し た 試 料 を ホ ル ダ ー に 塗 り 、
これにキセノン原子などの高速中性粒子ビームを照射して衝撃することにより、対象分子
を イ オ ン 化 す る 。 生 成 し た イ オ ン は MS 部 に 導 入 さ れ る 。
1 . 3 環 境 科 学 に お け る LC/MS 適 用 の 展 望
LC/MS が GC/MS よ り も 分 析 法 上 有 利 な 点 は 、 難 揮 発 性 、 高 極 性 、 熱 不 安 定 化 合 物 を 直 接
的 に 分 析 対 象 と す る こ と が で き る こ と で あ る 。 難 揮 発 性 化 合 物 に つ い て は 、 GC/MS 分 析
の場合でも、沸点を下げる誘導体化法などにより分析がなされているが、操作性、回収率、
コンタミネーションなどの点で問題が残る。熱不安定化合物に至っては対応が極めて難し
い 。 LC/MS 分 析 で は 、 イ オ ン 化 法 や 分 離 法 に 一 定 の 工 夫 は 必 要 で あ る が 、 分 析 法 の 簡 素
化や操作時間の短縮をもたらす上述の特徴は、複雑なマトリックス中に存在し、分子量組
成 が 広 い 微 量 化 学 物 質 を 多 量 に 分 析 対 象 と す る 環 境 科 学 の 分 野 で 、 LC/MS が 特 に 有 用 で
あることを示している。
環 境 科 学 の 分 野 で は 、GC/MS の 普 及 に よ っ て 環 境 汚 染 物 質 の 微 量 測 定 技 術 が 長 足 の 進
歩を遂げた。しかし、最近の内分泌撹乱化学物質問題にみられるように、非意図的や意図
的に作り出された多量の化学物質によるヒトおよび生態系への微量長期影響の問題は、こ
の 技 術 の 更 な る 発 展 を 必 要 と し て い る 。LC/MS は こ の 方 向 性 を さ ら に 進 め る 手 法 で あ り 、
GC/MS と 並 立 す る 汎 用 性 の 高 い 微 量 分 析 法 と し て 、 環 境 分 析 の 分 野 へ の 全 面 的 な 導 入 が
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強 く 期 待 さ れ て い る 。 近 年 、 API 法 を イ ン タ ー フ ェ ー ス に 導 入 し た コ ン ベ ン シ ョ ナ ル な 分
析 装 置 が 市 販 さ れ 始 め 、 LC/MS の 適 用 は 急 速 に 進 ん で い る ( 表 1− 1)。
表1-1 最近のLC-MS分析例
分析物
アトラジン
水酸化アトラジン
有機砒素化合物
アルコールエトキシレート
六価クロムと三価クロム
クロロ酢酸類
砒素化合物
金属・有機金属
メチオカルブ
スルフォニルウレア
農薬
ポリオキシアルキレン
スルフォン化アゾ色素
極性農薬
phemedipham
農薬代謝物
ムラミック酸
アトラジン
ステロイド
2,4-Dなど
総説
PAHs
PAHの反応物
ジエチルフタレート
フェノール
ベノミル・カルベンダジン
ポリオキシエチレン
Chlormequat
0-phthalaldehyde
スルフォニルウレア
ペンタクロロフェノール・BTEX
スルフォニルウレア
総説
フェノール
有機リン化合物
イソフラボン
フェニルウレア
トリアジン
銅
Sulcofuron
ノニルフェノールポリオキシレート
BrO3-, ClO2-, ClO3ブチルヒドロキシトルエン
ジクワット・パラコート
酸性農薬
AMPA
イミダゾリン
フェニルウレア
アンチモン類
アトラジンの分解物
フタレート類
イソシアネート・アミン
フェノール類
ビスフェノールA-BADGE
多環芳香族化合物
農薬(Ethidimuron, Choridazon)
農薬
農薬分解生成物
有機リン系農薬
ノニルフェノール
4級アンモニウム塩
農薬とその分解物
17b-ESItradiol
多環芳香族化合物
BTEX, PAHs
有機スズ化合物
カルボニル化合物
媒体
水
水
水
放流水
生物
水・土
河川水
土壌
地下水
地下水
大気
水
水
大気
大気
河川水
地下水
河川水
コーン
表層水
産業排水
水・土
河川水
水
河川水
河川水
下水
水
飲料水
排水
河川水
河川水
大気
河川水
水
下水
血液
大気
水
水
大気
イオン化法
ESI
ESI
ESI
ESI
ESI
ESI
ESI
ESI
ESI
ESI
ESI
ESI
ESI
ESI
ESI
ESI
ESI
ESI
ESI,APCI
FAB-MS
APCI,ESI
APCI
ESI
APCI
APCI
APCI
APCI
ESI
ESI
APCI
ESI
APCI,ESI
APCI
APCI
APCI
APCI
APCI
ESI
ESII
ESI
ESII
ESI
ESI
ESI
ESI
ESI
ESI
ESI
ESI
ESI
APCI,ESI
APCI
ESI
ESI
APCI, ESI
APCI, ESI
APCI
APCI
ESI
ESI, APCI
APCI
APCI
APCI
APCI
APCI
著者(first)
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10
検出限界
50ppt
100ppt
2-21pg
4-25ppt
0.003-0.05ppb
10-20pg
0.01ng/ml
40-300ng
0.1-2.5ng/ml
2ppb
0.01mg/g
0.1ppb
0.2-0.5ppt
<50ng/ml
0.12-0.26ng
0.1-1ppm
0.0002-0.6ng/ml
0.05-1ppm
0.1ppm
0.1ppb, 0.2ppb
1ppm
0.03ppm
2-5ng
10ng(10ml)
20nmol/l
25ng
50ng/l
50-200ng/ml
30pg/ml
わ が 国 に お け る 環 境 化 学 物 質 の 微 量 分 析 に 関 し て は 、 環 境 庁 が 1974 年 度 に 化 学 物 質 の
環 境 残 留 調 査 を ス タ ー ト さ せ た こ と か ら 、 GC/MS に よ る 分 析 法 の 検 討 が 進 め ら れ 、 1984
年 に は マ ニ ュ ア ル と し て ま と め ら れ た 。 ま た 、1991 年 に は 、 キ ャ ピ ラ リ ー カ ラ ム の 導 入
な ど GC/MS の そ の 後 の 進 歩 を 踏 ま え た 新 た な マ ニ ュ ア ル が ま と め ら れ た 。 本 報 告 書 で は 、
上 述 し た 環 境 微 量 分 析 法 検 討 の 流 れ を 受 け 継 ぎ 、 GC/MS 分 析 で の 対 応 が 困 難 で あ っ た 難
揮 発 性 物 質 を 中 心 と し た 環 境 化 学 物 質 の 分 析 手 法 と し て 、 LC/MS に よ る 分 析 法 が 検 討 さ
れている。
GC/MS が 開 い た 「 測 定 の 窓 」 の 外 に は 、 膨 大 な 種 類 の 物 質 が “ 手 付 か ず の ま ま に ”
存 在 し て い る と 言 わ れ る 。 微 量 分 析 機 器 と し て の LC/MS に は 、 ま だ 発 展 の 余 地 が 多 数 残
っ て い る が 、 こ れ ら の 物 質 群 へ の LC/MS 技 術 の 適 用 が 急 が れ て い る 。
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