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第2節 貿易・為替レートと日本経済

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第2節 貿易・為替レートと日本経済
第 1 章 急速な景気後退に陥った日本経済
る。そこで、首都圏のマンションに着目し、その着工が大幅に減少した背景を、最近の景気後
退局面と対比しながら調べてみよう(第 1 − 1 − 24 図)
。まず、着工の減少テンポを比べると、
今回は、97 年以降の後退局面と比べても急速なことが確認できる。その背景として、在庫と
発売の動きを見よう。
第一に、今回は 2007 年末にすでにマンションの在庫が大幅に積み上がっており、これが着
工を抑える要因となったと考えられる。これに対し、97 年の景気の山では、その前に在庫水
準が大きく低下する場面があった。また、2000 年においても、在庫水準は比較的安定してい
た。
第二に、発売戸数の減少テンポも今回は速い。2000 年以降の後退局面は、前述のとおり住
宅減税の拡充による効果もあって、マンションの発売は比較的好調であった。しかし、97 年
以降の後退局面では深刻な金融危機が発生し、家計の所得環境も悪化した。そのため、発売戸
数も減少したが、今回はそのときより発売の抑制が大幅かつ長期にわたり、厳しい状況にある
と考えられる。この背景としては、今回は、地価や資材価格の動きを反映して住宅価格が上昇
したことなどが指摘できる。なお、2008 年度末にかけて、発売の抑制や値引き販売の効果な
どからある程度在庫調整が進んできた。
第2節
貿易・為替レートと日本経済
第 1 節では、今回の急速な景気後退の特徴について、主として過去の後退局面との対比で明
らかにした。本節では、我が国経済がこのような厳しい状況に陥った直接的な原因である輸出
入を巡る動きについてやや詳しく分析する。すなわち、「リーマンショック後の GDP の大幅な
減少には外需が大きく影響しているが、先進国の中で日本の外需のマイナス寄与が特に大き
かったのはなぜか」「経常収支の黒字が急速に縮小したが、今後ともこの傾向は続くのか」「外
需の落ち込みには円高も関係があると見られるが、為替レート変動の日本経済への影響をどう
考えるか」といった疑問について検討する。
1
外需急減の影響とその背景
リーマンショック後の日本の GDP の落ち込みは、主要先進国の中で最大であった。その直
接的な原因は外需のマイナス寄与が大きかったこと、それが国内経済にも波及したことであ
る。まず外需の減少について確認し、その生産への影響について国際比較を行う。その上で、
輸出、輸入それぞれの動きについて、日本と他の主要先進国でどのような違いが見られたかを
明らかにする。
36
第 2 節 貿易・為替レートと日本経済
(1)GDP 成長率の国際比較
最初に、実質 GDP 成長率を需要項目別の寄与に分け、日米欧における違いを確認する。次
国における全産業活動指数の内訳を調べたあと、日米欧について鉱工業生産減少の実態を業種
第 章
に、こうした需要側の動きを供給側、すなわち生産の内容からも見ておく。具体的には、我が
1
別に比較する。
●日本の GDP の減少幅が欧米より大きい原因は外需の大幅マイナス寄与とその波及
日本とアメリカ、EU の実質 GDP の動きを比べると、2008 年 10 月− 2009 年 3 月期の期間で
は、日本の落ち込みが大きい(第 1 − 2 − 1 図)。EU はアメリカよりやや大きい減少となって
いる。その原因を探るため需要項目別の寄与に着目すると、以下のような特徴が見出される。
第一に、日本はアメリカと比べ、財貨・サービスの輸出のマイナス寄与が大きい。また、同
様に大幅な輸出減となった EU と比べても、マイナス寄与が幾分大きい。
第二に、日本では財貨・サービスの輸入のプラス寄与(輸入の減少)が欧米と比較して小さ
かった。この結果、外需のマイナス寄与は日本が最も大きい。
第三に、日本の内需のマイナス寄与は、アメリカ、EU と同程度に大きい。各地域とも、総
固定資本形成、民間消費がマイナス寄与となっており、日本は総固定資本形成のマイナス寄与
がアメリカ、EU と比較して大きい 8。
●供給側では鉱工業生産の減少が大きく寄与
外需が落ち込むなかで、生産活動にはどのような影響が及んだのであろうか。ここでは、我
が国について、全産業活動指数の内訳を調べてみよう(第 1 − 2 − 2 図)。全産業活動指数の動
きはおおむね実質 GDP の動きに沿っており、2008 年 10 − 12 月期、2009 年 1 − 3 月期の大幅な
減少の様子も似ているため、この指数によって供給側から GDP の変化を見ることができる。
その結果、10−12 月期、1−3 月期における全産業活動指数の減少は多くが鉱工業生産の寄与
によることが分かる。我が国の外需、特に輸出はサービスより財のウエイトが圧倒的に高いこと
から、鉱工業生産の寄与が大きいことは当然であろう。ただし、全産業活動指数の減少のうち
1/3 弱は第三次産業の寄与であり、GDP の減少において個人消費(サービスのウエイトが高い)
の寄与がかなり小さいことと整合的でないように見える。そこで、第三次産業活動の内訳を詳し
く調べると、卸売、運輸など生産や輸出に関連の深い業種が減少に寄与していることが分かる。
注 (8)四半期ごとの動きを見ると、日本では、2008 年 10 − 12 月期に輸出のマイナス寄与が拡大した。その後、2009 年 1
− 3 月期には、景気悪化が内需に波及し、内需のマイナス寄与が拡大した。2009 年 1 − 3 月期の輸出は引き続きマ
イナス寄与が大きいが、輸入がプラス寄与(すなわち輸入の減少)となったことから、外需のマイナス寄与は縮小
した。
37
第 1 章 急速な景気後退に陥った日本経済
第 1 − 2 − 1 図 日米欧の GDP の寄与度分解
日本は外需のマイナス寄与が大きい
(1)四半期別
日本
(%)
在庫純増
2
アメリカ
(%)
8
2
0
0
-8
-2
-16
-4
-24
-6
政府消費
0
-2 輸入
EU
(%)
民間消費
-4
GDP
総固定資本形成
-6
輸出
-8
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
2008
Ⅳ
-32
Ⅰ (期)
09 (年)
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
2008
Ⅳ
Ⅰ (期)
-8
Ⅰ
09 (年)
Ⅱ
Ⅲ
2008
Ⅳ
Ⅰ (期)
09 (年)
(2)半期別
(%)
4
日本
(%)
4
アメリカ
(%)
4
2
2
2
0
0
0
-2
-2
-2
-4
-4
-4
-6
-6
-6
-8
-8
-8
06Ⅳ 07Ⅱ 07Ⅳ 08Ⅱ 08Ⅳ
∼ 07Ⅰ ∼Ⅲ ∼ 08Ⅰ ∼Ⅲ ∼ 09Ⅰ
06Ⅳ 07Ⅱ 07Ⅳ 08Ⅱ 08Ⅳ
∼ 07Ⅰ ∼Ⅲ ∼ 08Ⅰ ∼Ⅲ ∼ 09Ⅰ
EU
06Ⅳ 07Ⅱ 07Ⅳ 08Ⅱ 08Ⅳ
∼ 07Ⅰ ∼Ⅲ ∼ 08Ⅰ ∼Ⅲ ∼ 09Ⅰ
(備考)1.内閣府「国民経済計算」、BEA“National Economic Accounts”
、
“eurostat”により作成。
2.アメリカの四半期別は前期比年率。それ以外は前期比。
3.アメリカは民間消費、民間固定資本形成、民間在庫純増、政府支出、輸出、輸入で分解している。
4.EU は総固定資本形成と在庫純増の合計を総資本形成としている。
●鉱工業生産の減少幅も日本で特に大きく、輸送機械が最大の寄与
それでは、鉱工業生産の減少の程度と中身を、アメリカ、EU と比べるとどうか(第 1 − 2
− 3 図)
。なお、その際、アメリカ、EU の鉱工業指数には電気・ガスが含まれることに注意が
必要である。
第一に、予想されるとおり、日本の減少幅が最も大きい。これは、日本が最も外需の減少幅
が大きいことを反映したものと考えられる。アメリカと EU では GDP の減少幅がほぼ同じだ
が、アメリカはサービスのウエイトが高い内需中心の減少のため、EU よりさらに鉱工業生産
の減少幅が小さい。
38
第 2 節 貿易・為替レートと日本経済
第1−2−2図 全産業活動指数の寄与度分解
全産業活動指数の減少には鉱工業生産が大きく寄与
(前期比、%)
1
0
公務等
第 章
-1
建設業
-2
1
鉱工業
-3
第3次産業
-4
全産業活動指数
-5
-6
-7
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
Ⅳ
Ⅰ
Ⅱ
2006
Ⅲ
Ⅳ
Ⅰ
Ⅱ
07
Ⅲ
Ⅳ
Ⅰ (期)
09 (年)
08
(備考)経済産業省「全産業活動指数」により作成。
第 1 − 2 − 3 図 日米欧の鉱工業生産指数の寄与度分解
日本は輸送機械、一般機械、電子部品・デバイスの減少寄与が大きい
日本
(%)
6
(%)
3
アメリカ
4
2
2
2
1
1
0
0
0
-2
-1
-1
-4
-2
-2
-6
-3
-3
-8
-4
-4
-10
-5
7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5(月)
2008
09
その他
化学(除.医薬品)
輸送機械
電子部品・デバイス
情報通信機械
電気機械
一般機械
金属製品
鉄鋼
鉱工業
(年)
EU
(%)
3
-5
7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5(月)
7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5(月)
09
2008
(年)
その他
電気・ガス
鉱業
化学
航空機・その他輸送機械
自動車・同部品
コンピューター・電子部品
一般機械
金属製品
一次金属
鉱工業
2008
(年)
その他
窯業・土石
化学
自動車
コンピューター、電子・光学製品
電気機械
一般機械
金属製品
一次金属
鉱工業
(備考)1.経済産業省「鉱工業指数」、FRB“Industrial Production”
、
“eurostat”により作成。
2.季節調整値の 3 か月移動平均。
39
09
第 1 章 急速な景気後退に陥った日本経済
第二に、日本では輸送機械(その多くは自動車)のマイナス寄与が最も大きく、一般機械と
電子部品・デバイスがこれに次いでいる。アメリカは、一次金属、化学などの寄与が相対的に
大きく、2009 年に入ると自動車・同部品も寄与が高まっている。また、EU においても、自動
車の寄与が相対的に大きい。このように、自動車の生産減少は世界的に深刻であるが、生産の
落ち込みに占めるウエイトは、日本において突出して大きいものとなっている。
日本において輸送機械のマイナス寄与が特に大きい背景には、鉱工業生産に占めるウエイト
の高さがある(第 1 − 2 − 4 図)。すなわち、日本では輸送機械が生産全体の 2 割程度を占め、
次いで一般機械、化学となっている 9。アメリカでは鉱業、EU では食料品・たばこがそれぞれ
首位を占め、日本にない電気・ガスのシェアを割り引いても、輸送機械のウエイトはそれほど
大きくないことが分かる。
(2)輸出の減少幅が最大であった背景
前述のように、日本の GDP の減少が特に大幅であった原因の一つは輸出のマイナス寄与の
大きさにある。日本の GDP に占める輸出の割合はアメリカよりやや高いが、EU と比べるとむ
しろ低い(前掲コラム 1 − 2 参照)。したがって、輸出のマイナス寄与が大きかったのは、輸出
の減少率そのものが大きかったからと考えられる。ここでは、その背景について、①輸出相手
国の内需の状況、②輸出相手国の需要や為替レートの変動に対する輸出の反応の度合い、③輸
第 1 − 2 − 4 図 日米欧の鉱工業生産指数のウエイト
日本は輸送機械や一般機械のウエイトが高い
日本
アメリカ
電気機械・同部品
情報通信機械
電気機械
鉱業
EU
コンピューター、
電子・光学製品
コンピューター・
電子部品
一般機械
一般機械
電気機械
一般機械
その他
輸送機械
その他
その他
輸送機械
化学
化学
輸送機械
鉱業
化学
食料品・
たばこ
電子部品・
デバイス
石油・石炭
食料品・
たばこ
食料品・
たばこ
電気・ガス
石油・石炭
電気・ガス・
熱供給
鉱業
石油・石炭
(備考)1.経済産業省「鉱工業指数」、FRB“Industrial Production”
、
“eurostat”により作成。
2.日本、EU は 2005 年、アメリカは 2008 年。
注 (9)日本において自動車の生産波及力が高いことが、鉱工業生産の減少幅を大きくした面もある(付図 1 − 1)。
40
第 2 節 貿易・為替レートと日本経済
出の品目構成、といった点から説明する。
●日本は輸出相手国の内需減少率が大きい
輸出が減少する原因としてまず考えられるのは、輸出相手国における需要の減少である。そ
12 月期の前期比を横軸に、同時期の輸出の前期比を縦軸にとってみよう。その結果、次のこ
1
とが分かる(第 1 − 2 − 5 図)。
第一に、予想されたとおり、輸出先の内需の減少率が大きいほど、輸出の減少率も大きいと
いう関係が緩やかながら観察される。ちなみに、同様の分析を輸出先の GDP の減少率で行っ
た場合、こうした関係は検出できなかった。
第二に、日本の輸出先の内需の減少率は、ここで取り上げた主要国の中では最も大きく、そ
れが輸出の減少率も最大にした原因の一つであることが示唆される。
第三に、日本については、輸出先の内需の減少率から推測される以上に輸出の減少率が大き
い。したがって、輸出先の内需だけでは輸出の突出した減少が説明できない。この状況は韓国
についても当てはまる。日本や韓国については輸出相手国がさらに別の国へ輸出する製品のた
第 1 − 2 − 5 図 輸出先の内需減少率と輸出減少率
日本は輸出先の内需減少率が大きい
(1)輸出先の内需減少率と輸出減少率
(2)輸出先の内需減少率の寄与度内訳
(輸出減少率、%)
4
(輸出先の内需減少率、%)
0.0
2
ノルウェー
0
カナダ 英国
アメリカ
ユーロ圏
-6
-8
メキシコ
-10
-16
-2.2
-0.6
欧州
欧州
アジア・
オセアニア
-0.8
デンマーク
トルコ
スイス
-1.2
-1.4
アジア・
オセアニア
-2.0
中東・
アフリカ・ロシア
-1.8
-1.8
-1.6
-1.4
-1.2
-1.0
(輸出先の内需減少率、%)
-2.0
欧州
(ユーロ圏除く)
カナダ・
メキシコ
-1.6
日本
日本 アメリカ
アジア・
オセアニア
-1.0
韓国
-12
アメリカ
-0.4
スウェーデン NZ
-4
-14
-0.2
オーストラリア
-2
第 章
こで、主要国について輸出先の内需を輸出額ウエイト(2006 年)で加重平均し、2008 年 10 −
日本
アメリカ
ユーロ圏
(輸出元)
(備考)1.OECD“STAN Database”、
“National Accounts”
、CEIC データベースにより作成。
2.各国について輸出先の内需を輸出額ウエイト(2006 年)で加重平均し、2008 年 10 ― 12 月期の前期比を計算。
3.各国の輸出先の内需は、OECD 全加盟国とその他の 15 か国(地域)の内需を、各国の輸出額ウエイトで加
重平均した。その他の 15 か国(地域)は、中国(本土)、台湾、香港、インド、インドネシア、マレーシ
ア、フィリピン、シンガポール、タイ、チリ、エストニア、イスラエル、ロシア、スロベニア、南アフリ
カである。
4.中国については発表されている統計の都合上、内需の代わりに実質 GDP の前期比を用いた。
その際、2005 年の名目 GDP を実質 GDP 前年比で前後の期間に延長することで実質 GDP の原数値系列を作
成し、季節調整を行った。
5.推計式の傾きの t 値は 1.85。
6.ユーロ圏の輸出は域内輸出を含まない。
41
第 1 章 急速な景気後退に陥った日本経済
めの部品を供給している面も強く、相手国の内需だけでなく相手国の輸出の減少もマイナスに
働いたと考えられる 10。その他にも様々な要因が考えられるが、それらについては以下で検討
しよう。
●相手国の需要や為替レートが動いたとき、日本の輸出は比較的速く調整
次に、輸出相手国の需要や為替レートの変動に対する輸出の反応の度合いを見ておこう。相
手国の需要が同じ程度減少しても、それによって輸出がどの程度減少するかは輸出国によって
違う可能性がある。また、リーマンショック後の時期には、為替レートが円高方向で推移し
た。相手国の需要と並んで円高の影響も日本の輸出減に寄与したと見られるが、日本の輸出が
。
為替レートに対してどのように反応するかもあわせて調べておこう 11(第 1 − 2 − 6 図)
第一に、相手国の所得が変化したときの長期的な輸出の変化(所得弾力性)では、日本は主
要先進国の中ではやや低めである。
第二に、輸出品と競合する相手国商品との相対価格(一種の実質為替レート)が変化したと
第 1 − 2 − 6 図 輸出の所得・価格弾力性と調整速度
日本の輸出の長期的な所得・価格弾力性は先進国の中で低い一方、
短期的な調整速度が他国と比べて速い
(1)輸出の所得・価格弾力性
(2)輸出の調整速度
(弾性値、
%)
4.5
(調整速度、%)
0.4
4.0
価格弾力性
3.5
3.0
0.3
所得弾力性
2.5
0.2
2.0
1.5
0.1
1.0
0.5
アメリカ
英国
トルコ
スウェーデン
スペイン
ノルウェー
オランダ
日本
イタリア
ドイツ
オーストラリア
0.0
フランス
アメリカ
英国
トルコ
スウェーデン
スペイン
ノルウェー
オランダ
日本
イタリア
ドイツ
フランス
オーストラリア
0.0
(備考)1.OECD“National Accounts”
、“Stan Database”により作成。
2.
(1)図は被説明変数を実質輸出、説明変数を海外所得および相対輸出価格とした輸出関数を推計。海外所
得は海外の GDP を輸出額ウエイトで加重平均したもの。相対輸出価格は、輸出先別に計算した相対輸出価
格を輸出額ウエイトで加重平均したもの。輸出先別の相対輸出価格は、自国の輸出価格と他国の輸出価格
との比率。詳細は付注 1 − 1 参照。
3.
(2)図は、
(1)図の輸出関数を誤差修正モデルにより推計した誤差修正項に係る係数(符号を逆とした)。
4.推計値が 0 以下となる国は 0 として図示した。
注 (10)逆に、オーストラリアは、日本とは異なり輸出先の内需の減少率が大きいものの、輸出の減少率は小さい。これ
は、輸出品目の違い(所得弾力性の低い輸出品が多いこと等)によるものと見られる。
(11)輸出は、長期的に輸出相手国の所得及び輸出の相対価格に依存すると仮定して、輸出の長期均衡式を推計した。
次に、長期均衡から輸出が短期的にかい離した場合に、どの程度迅速に均衡値に向かうか調整速度を推計した
(付注 1 − 1)
。
42
第 2 節 貿易・為替レートと日本経済
きの長期的な輸出の変化(価格弾力性)でも、日本は低めのグループに属する。
第三に、以上の弾力性により決まる長期的な均衡値が動いた場合、その値へ向けて輸出が動
いていくスピード(調整速度)を見ると、日本は他の主要先進国と比べて速い。したがって、
今回のような急激な需要の落ち込みや円高があった場合には、日本の輸出は急速に減少する可
第 章
能性が示唆される。
1
●輸出に占める自動車や IT 製品のウエイトが高い国ほど、輸出減少率が大きい
最後に、以上のようなマクロ的な分析を補うために、輸出品目の構成の違いによる説明を考
えてみよう。日本の輸出においては、工業製品のウエイトが高く、自動車、電子部品・デバイ
ス、一般機械などが代表的な品目である(付図 1 − 2)
。一方、資源国や農業国が強みを持つ、
原料品、食料品、鉱物性燃料等のウエイトは低い。
そこで、OECD 加盟国 30 か国について、主な輸出品目の割合と輸出増減率(2008 年 10 − 12
月期)の関係を見ると、輸出に占める自動車と IT 製品のウエイトが高い国ほど輸出の減少率
が大きく、原料品、食料品及び鉱物性燃料などのウエイトが高い国ほど輸出の減少率が小さい
ことが分かる(第 1 − 2 − 7 図)。したがって、日本の輸出の大幅な減少はこうしたウエイトの
違いからも理解することができる。
今回、アメリカを始めとする各国では自動車の販売、輸入が著しく減少した。自動車はロー
第 1 − 2 − 7 図 OECD 各国における主要品目輸出割合と輸出の前期比増減率
(2008 年 10 − 12 月期)
自動車や IT 製品を多く輸出している国では輸出の減少幅が大きい
(1)自動車・IT 製品
(2)原料品等・サービス
(実質輸出増減率、%)
4
ノルウェー
y=−0.23×−1.79
2
R2=0.39
アイスランド
0
(実質輸出増減率、%)
4
-6
伊
-8
英
-4
加
-6
米
独
メキシコ
独
韓国
日本
-10
日本
-12
-14
フィンランド
0
10
20
30
(自動車・IT 製品の割合、%)
-16
40
伊
スペイン
゙ ド
フィンラン
y=0.14×−10.94
R2=0.49
-12
-14
米
-8
韓国
-10
-16
仏
-2
英
加
-4
ノルウェー
0
仏
-2
アイスランド
2
0
20
40
60
80
(原料品等・サービスの割合、%)
(備考)1.OECD により作成。
2.輸出全体に占める自動車・IT 製品、原料品等・サービスの割合は 2006 年の値。
3.原料品等は食料品、原料品、鉱物性燃料を指す。
4.実質輸出にはサービスも含む。
43
100
第 1 章 急速な景気後退に陥った日本経済
ンを組んで買うのが一般的なため、景気後退による所得の減少に加え、金融危機の影響が大き
く現れたものと考えられる。また、IT 製品のうち電子部品・デバイスなど生産財は、海外で
の自動車等の最終需要の急減により、完成品メーカーの在庫調整を含めたより大きな需要減に
直面したため、大幅な輸出の減少に至ったと考えられる。
(3)輸入が増加した背景
日本の輸入は、2009 年 1 − 3 月期には欧米と同様に大幅な落ち込みとなったが、2008 年 10 −
12 月期時点では、世界的に貿易が縮小したにもかかわらず、逆に増加していたのはなぜか。
①日本の内需や為替レートの動き、②内需が変化したときの輸入の反応度合い、といった点か
らこれを調べてみよう。
●日本の内需の減少幅が小さかったことや円高などが輸入の大幅な減少を抑制
2008 年 10 − 12 月期になぜ日本の輸入が他の主要国のように大幅に減少しなかったのかとい
うことについて、以下のような推測が可能である 12。
第一に、日本の内需の減少は相対的に小幅であった。もっとも、日本では鉱工業生産の落ち
込みが大きかった。そこで原材料の輸入が大幅に減少しても不思議ではないが、リーマン
ショック以前に発注していたものが輸入され、在庫となって積み上がったことも考えられる。
第二に、為替レートが円高方向に推移していた。景気の悪化に伴って低価格品に需要がシフ
トするなかで、相対的に安くなった輸入品への需要が増えた可能性もある。
第三に、日本の輸入の構成をアメリカとの対比で見ると、財に対するサービスのウエイトが
高めである。サービスは財と違って在庫とすることができないため、需要の減少が増幅して輸
入の大幅減につながりにくい面があろう。
●日本の輸入誘発係数はドイツより低いがアメリカと同程度
次に、内需が変化したときの輸入の反応度合いを調べてみよう。ここでは、需要の構造が輸
入の誘発に及ぼす影響を見るため、産業連関表を用いて日米独の輸入誘発係数 13 を比べた。そ
の結果、以下のようなことが分かった(第 1 − 2 − 8 図)。
第一に、最終需要計(図中では「平均」
)の輸入誘発係数について、日本はドイツと比べる
と相当程度低いが、アメリカとはほぼ同じである 14。
第二に、需要項目別に見ると、日本より輸入誘発係数が高いのはアメリカの民間固定資本形
注 (12)このほか、日本の輸入品目の構成(欧米と比較して、原材料などのシェアが高く、機械類などのシェアが低い)
が、日本において輸入が減少しなかった一因であった可能性がある。また、日本では部品や資本財(設備機器)
を国内で生産しているケースが多いとすれば、これが輸出の落ち込みに応じて輸入が減少しなかった背景との見
方もできる。
(13)項目別の最終需要に対してどの程度の輸入が誘発されたかを示す。
44
第 2 節 貿易・為替レートと日本経済
第 1 − 2 − 8 図 日米独の最終需要項目別の輸入誘発係数
日本の輸入誘発係数はドイツより低いがアメリカと同程度
日本
0.4
アメリカ
0.4
0.35
0.35
0.3
0.3
0.3
0.25
0.25
0.15 0.12
0.13
0.11
0.1
0.24 0.24
0.25 0.24
0.22
0.2
0.2
0.17 0.16
0.37
0.14 0.14
0.15 0.13
0.1
0.15
0.11
0.10
0.1
0.06
0.05
平均
輸出
総固定資本形成
政府消費
0
家計消費
平均
輸出
民間固定資本形成
政府支出
0
個人消費
平均
輸出計
政府消費
総固定資本形成
︵民間︶
総固定資本形成
︵公的︶
民間消費
0
0.05
0.05
(備考)1.総務省「平成 17 年産業連関表」、BEA“Input-Output Accounts”
、
“eurostat”により作成。
2.日本は 2005 年、アメリカは 2007 年、ドイツは 2005 年。
3.在庫増減は基準年によって値の変化が大きいと見られるため、除いている。
成、ドイツの個人消費、総固定資本形成、輸出といった項目である 15。
第三に、これらの係数をもとに、2008 年 7 − 9 月期、10 − 12 月期を均した最終需要の減少が
10 − 12 月期の輸入に影響すると仮定した場合、輸入の減少率はアメリカ− 5.4%、日本− 2.8%、
ドイツ− 0.3%となる(付図 1 − 3)。これは実際の輸入の増減率(アメリカ− 4.7%、日本 3.2%、
ドイツ− 4.1%)のうち、日米の違いの背景をある程度示唆しているが、日独の違いは説明で
きていない。
この結果を踏まえると、前述のいくつかの要因のうち、内需の減少が相対的に小さかったこ
とや円高だけでは 10 − 12 月期の日本における輸入の増加を十分説明できず、その他の要因も
重要であったと考えられる 16。
注 (14)日本の輸入誘発係数が比較的低い背景としては、以下の点が考えられる。第一に、輸入の品目構成の違いである。
欧米と比較して日本は、輸入に占める原燃料等のウエイトが高く、機械類等のウエイトが低い(付図 1 − 2)。原
燃料等は必需的に輸入されている部分もあり、最終需要が落ち込んでもそれに比例して輸入が減少するものでは
ないと考えられる。第二に、産業構造の違いである。例えば、製造業が部品等を輸入によって調達する産業構造
の下では、最終需要の減少が直接的に部品等の輸入の減少につながることになる。しかし、日本は部品等を国内
生産によって調達して加工、輸出するケースが多いといわれており、こうした産業構造(いわゆる「フルセット
型産業構造」
)のもとでは、最終需要が落ち込んでもそれに比例して部品等の輸入が減少することにはならないと
考えられる。
(15)ただし、最終需要項目別の輸入誘発係数は、品目分類の細かさによって値がかなり変化するため、ある程度幅を
もって見る必要がある。
(16)2008 年 10 月− 2009 年 3 月を均して見ても、アメリカや欧州と比較して輸入の減少は緩やかである。しかし、日本
の輸入は 1 − 3 月期に減少に転じていることから景気悪化のタイミングの違いが影響している可能性もある。
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第 章
0.35
0.2
ドイツ
0.4
1
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