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品目別物価指数の特性と金融政策の相対価格への波及

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品目別物価指数の特性と金融政策の相対価格への波及
Kobe University Repository : Kernel
Title
品目別物価指数の特性と金融政策の相対価格への波及
効果 : 近年の研究動向及び日本のデータを用いた実証研
究(The Behavior of Disaggregated Prices and the
Relative Price Effects of Monetary Policy : A Survey and
Empirical Analyses Using Japanese Data)
Author(s)
柴本, 昌彦
Citation
国民経済雑誌,200(4):83-99
Issue date
2009-10
Resource Type
Departmental Bulletin Paper / 紀要論文
Resource Version
publisher
DOI
URL
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81005228
Create Date: 2017-03-30
83
品目別物価指数の特性と金融政策の
相対価格への波及効果:
近年の研究動向及び日本のデータを
用いた実証研究
*
柴
本
昌
彦
本稿では, 品目別物価特性及び金融政策の相対価格への波及効果を分析した研究
の動向を整理するとともに, 日本の品目別国内企業物価指数を用いて実証分析を行
った。 主要な実証結果は以下の 4 点である。 1 点目は, 日本の品目別国内企業物価
インフレ率の特性が先行研究と同様の性質を持つことが確認された。 2 点目は, 個
別物価ショックに対しては即座に価格変更するものの, 金融政策ショックに対して
は新たな物価水準に到達するまでに長いタイムラグを伴うことがわかった。 3 点目
は, 生産段階の違いにより物価への金融政策効果に短期的な異質性があることがわ
かった。 4 点目は, 金融政策は長期的 (少なくとも 3 年後) にも相対価格に影響を
及ぼす傾向があり, (1) 分散の大きい, (2) 持続性の高い, (3) 価格改定頻度が高
い品目への影響が大きいことがわかった。
キーワード
品目別物価特性, 金融政策・個別物価ショック, タイムラグ,
相対価格
1
は じ め に
総需要の変化が実物変数に波及する経路があるとする根拠の一つとして, 価格の名目硬直
性がある。 財・サービスの名目価格が即座に調整されない時, 総需要の変化に対して企業は
所与の価格の下で生産量を変化させる。 金融政策を分析するために使われるマクロモデルは,
価格硬直性の仮定を下に分析するものが非常に多い。
金融政策が一般物価に影響を与え始めるまでにはかなりの時間を要するということに関し
1)
ては, 多くの研究において同様の結果を得ている。一方, 最近の品目別物価の価格硬直性を
分析した研究 (例えば, Bils and Klenow, 2004 ; Dhyne et al., 2006 ; Higo and Saita, 2007 ;
Matsuoka, 2009) では, 品目別物価は改訂頻度が比較的高く, かつ硬直性の程度は一定では
なく, かなりの異質性があることを指摘している。
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第200巻
第
4 号
ただし, これらの研究は, 物価全体に影響すると考えられるマクロショックと品目別価格
ショックを区別して価格の反応度合いを分析していない。 一般的に, 金融政策ショックは市
場全体に与えるようなショックとして考えられるが, そのようなマクロショックと財別に起
こるショックとは企業の価格設定行動も変わりうることが予想される。 また, 価格の硬直性
に異質性があることを考えると, 金融政策が価格へ与える影響にも異質性があることが予想
される。
本稿では, 品目別物価の特性に注目した研究及び金融政策の相対価格への波及効果を分析
した研究の近年の動向を整理するとともに, 日本の品目別国内企業物価指数 (CGPI) を用
いた実証分析を行う。 具体的には, 品目別インフレ率のボラティリティ及び持続性を計測し,
それらの特性を調べる。 さらに, ベクトル自己回帰 (VAR) モデルを用いて品目別物価シ
ョックと金融政策ショックに分け, ショックの種類及び品目別物価特性により, 価格波及効
果に違いがあるのかどうか調べる。
本稿の構成は以下の通りである。 第 2 節では, 本研究に関連する先行研究を紹介する。 第
3 節では, 日本の品目別 CGPI の特性について調べた結果を報告する。 第 4 節では, VAR
モデルを用いた分析方法を解説するとともに, その実証結果を報告する。 第 5 節は, 本論文
のまとめ及び今後の課題である。
2
先 行 研 究
本節では, 価格の硬直性と金融政策の物価への波及効果に関する先行研究の整理を行う。
2.1 節では, まず, 欧米諸国及び日本の価格の硬直性を計測した実証結果を簡単に紹介する。
そして, 品目別価格特性に念頭を置きながら, マクロモデルの整合性, 及び価格の硬直性
(の異質性) とマクロ効果を検討した研究をいくつか紹介する。 2.2 節では, 金融政策ショ
ックが品目別物価へ与える影響及びその異質性に着目した実証研究をいくつか紹介する。
2.1 品目別物価特性, 価格の硬直性の異質性とマクロ効果
近年, 欧米諸国及び日本において, 個別物価の価格改訂頻度を分析した実証研究が数多く
行われている。 例えば, Bils and Klenow (2004) は, 米国の小売物価の価格改定頻度を品目
別に計測し, 個別物価の価格改定頻度は頻繁に行われており, かつ銘柄ごとに異質性がある
と指摘している。 彼らが推計した価格改定頻度によると, 個別物価の半分は 4.3 ヶ月ほどに
1 度変更するという結果となっており, 企業はそれほど価格を変更しないとする多くのマク
2)
ロ実証研究 (例えば, Gali and Gertler, 1999) からの結果とは整合的ではないとしている。
このような傾向は, 米国特有のものではなく, Dhyne et al. (2006) では EU 域内に関して,
Higo and Saita (2007) や Matsuoka (2009) では日本に関して同様の結果を報告している。
品目別物価指数の特性と金融政策の相対価格への波及効果
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また, Bils and Klenow (2004) は標準的な価格硬直モデルである Calvo (1983) モデルの
現実妥当性を検討している。 彼らは, インフレ率の持続性とボラティリティを銘柄ごとに計
測し, 計測結果のほとんどが Calvo モデルの予測値と乖離することを示した。 特に, Calvo
モデルから予想されるものと比較すると, 実際の個別物価インフレ率は, 変動に関しては大
きく, 持続性に関しては小さいことを指摘している。
加えて, Dhyne et al. (2006) や Matsuoka (2009) では, Calvo モデルの妥当性を考える
のに, 一般物価インフレ率に関するハザード関数が減少関数になるという点に注目している。
通常, Calvo モデルでは, 各企業は同質の価格改訂確率をもち, かつ毎期その価格硬直改訂
確率が付与されるという仮定をするため, ハザード関数が減少関数にならず, 常に一定とな
る。 そのため, Dhyne et al. (2006) は, 個別物価の性質が Calvo (1983) モデルとは整合的
ではないと主張している。 一方, Matsuoka (2009) では, 価格の硬直性の程度が銘柄ごとに
異なることを統計的に示した上で, 価格改定確率の品目別異質性を考慮に入れた Calvo モ
デルを考えると, 一般物価インフレ率のハザード関数が減少関数になることを示している。
Calvo モデルに代表される時間依存型価格硬直モデルは, 金融政策分析等の理論研究を行
う上で扱いやすいという利点があり, 非常に多くの理論研究が行われている。 ただし, 上記
のような Calvo モデルの現実的妥当性に関する議論を背景に, メニューコストモデルに代
表される状態依存型価格硬直モデルを用いて, 品目別価格特性を考慮に入れた上での価格硬
直性とマクロ効果との関係を分析するモデルの開発が行われている。
Golosov and Lucas (2007) は, マクロのインフレ率は変動が小さく安定的である一方, 個
別物価インフレ率は変動が大きく, 多くの銘柄が価格改定を行っているという点に着目し,
個別物価ショックを導入した状態依存型モデルを構築した。 彼らのモデルによると, 代表的
なメニューコストモデルである Caplin and Spulber (1987) による結果と同様, 個別物価シ
ョックに対して価格硬直的であったとしても, 金融ショックに対しては価格は即座に変更さ
れる。 よって, 彼らは, メニューコストによる貨幣の非中立性の程度は一時的かつ非常に小
さいものであると主張している。
一方, Gertler and Leahy (2008) は, 戦略的補完性(実質硬直性) の存在を考えることで,
金融ショックに対して短期的には価格変更が起こりにくく, 約 2 年程度貨幣の非中立性が生
3)
じることを示している。 また, Nakamura and Steinsson (2008) では, Golosov and Lucas
(2007) モデルに価格の硬直性の品目別異質性及び中間投入財の存在を許したモデルを提示
した。 彼らのモデルを用いた場合, 個別価格インフレ率の変動が大きいという定型的事実と
4)
貨幣の非中立性が起こると彼らは主張している。
これらの理論研究によると, マクロショックと個別物価ショックを区別すると, それらの
ショックに対する効果には違いがあることが予想される。 特に, 戦略的補完性の存在を考え
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第200巻
第
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ることにより, 個別価格の名目硬直性自身は小さくても, マクロショックの実質効果が持続
5)
的になるかもしれない。実際, Boivin et al. (2009) では, 米国における190品目の個人消費
支出 (PCE) 物価及び154品目の企業物価指数 (PPI) を用いて, 品目別物価インフレ率をマ
クロショックと個別物価ショックに分け, それぞれの品目別物価へ与える影響を分析し, マ
クロショックに関しては価格は硬直的である一方, 品目別物価ショックに関しては伸縮的で
あることを報告している。 さらに, 品目別ショックが品目別の価格変動の85%(品目別平均)
説明していることを報告し, 個別物価が頻繁に価格変更しているという品目別物価特性は,
この性質によるものであると主張している。
2.2 金融政策ショックが物価へ与える影響とその異質性
まず, 価格の硬直性の異質性を考慮に入れた物価への影響を分析した研究を紹介する。
Bils et al. (2003) は, 金融政策ショックに対する123個の CPI の反応を推定した。 その推定
結果から, Bils and Klenow (2004) で計測された価格改定頻度を元に, CPI の反応を 「伸縮
価格」 と 「硬直価格」 の 2 つに分類し, それら 2 つの価格の反応を計算した。 彼らの分析結果
によると, 拡張的な金融政策ショックによって, 相対価格 (伸縮価格/硬直価格) が初期時点
では低下し, その後増加していく傾向があることを報告している。 一方, 価格の硬直性の異
なる 2 つの物価の反応を標準的な時間依存型価格硬直モデルを用いてシミュレーションした
ところ, 初期時点では上昇し, その後相対価格への影響はなくなることを示した上で, 金融
政策ショックの個別物価への影響を分析するには, 標準的な価格硬直モデルでは説明できな
6)
いと主張している。
Balke and Wynne (2007) は米国における金融政策引締めショックに対する616品目の PPI
の反応を分析した。 彼らの分析によると, 短期的には, 半分の品目の物価が上昇する一方,
7)
もう半分の品目の物価は低下している。彼らも, Bils et al. (2003) 同様に, このような結果
は, 標準的な硬直価格モデルで予想されるものではないと結論付けている。 さらに, 彼らは,
生産段階別に原材料価格, 中間財価格, 最終財価格の 3 種類に分けて波及効果を推計し, 中
間財価格や原材料価格よりも最終財価格の方が短期的な相対価格へ与える影響が大きいこと
を報告している。
Lastrapes (2006) は, 米国における174品目の PPI データを用いて, 貨幣供給ショック及
び生産性ショックの PPI に与える影響を分析している。 この研究では, 貨幣ショック及び
生産性ショックに対する PPI への影響が品目ごとに異質性があり, インフレ率と相対価格
の分散には正の相関があることを報告している。 また, 貨幣供給ショックが相対価格に対し
て長期的にも影響を及ぼすという実証結果を得ており, このことから長期的にも貨幣は非中
立的であると主張している。
品目別物価指数の特性と金融政策の相対価格への波及効果
3
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日本の総合物価及び品目別物価インフレ率の特性
本節では, 総合価格及び品目別価格インフレ率のボラティリティと持続性に関する特性を
調べる。 用いられるデータは1985年 1 月から2001年 2 月までの292品目の CGPI である。 各
データは X12 ARIMA を用いて季節調整を行っている。 なお, 品目別 CGPI データに関する
詳細は補論を参照。
持続性の程度を測るために, 総合価格及び各品目別価格インフレ率 に関して, 次の
ような11期のラグを持つ自己回帰モデルを推定する。
ここで, で はラグオペレータを表す。 そして, ラグ係数
を計算し, これを総合価格及び各品目別価格インフレ率の持続性の程度を表す
の総和 指標とする。 また, ボラティリティの程度を測るために, 総合価格及び各品目別価格インフ
レ率の標準偏差 を計算する。
表1
総合指数及び品目別国内企業物価指数インフレ率
総合指数
0. 59
(%)
0. 29
品目別指数
平均 0. 20
平均 (%)
1. 12
と の相関
0. 11
と の相関
0. 64
と の相関
−0. 07
表 1 は, 総合指数の持続性・ボラティリティ, 及び品目別 CGPI インフレ率の平均持続性
及びボラティリティを計測した結果をまとめたものである。 品目別物価指数の平均持続性は
それほど持続的ではない (0. 20) のに対し, 総合指数に関しては比較的持続的 (0. 59) である
ことがわかる。 一方, 品目別物価指数のボラティリティの平均は, 総合指数のボラティリテ
ィに比べかなり変動が大きく, 約 4 倍ほどであることがわかる。 よって, 集計化された物価
インフレ率と品目別物価インフレ率では, 持続性に関しては前者の方が大きく, ボラティリ
ティに関しては後者の方が大きいことが分かる。
また, 表 1 では, CGPI インフレ率の持続性 , ボラティリティ , 価格改定頻度 の品目別相関を計算した結果を示している。 ここで, 価格改定頻度 は元データにおけ
る価格改訂回数を全体の時系列数 (193) で割ったものを使用している。 持続性と価格硬直性
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第
4 号
の程度とは関連性は低く, むしろ, Calvo モデルのような価格硬直モデルで予想されるもの
とは反対に, より価格改訂を行う品目物価はインフレの持続性が高い傾向がある (相関係数
0. 11)。 一方, ボラティリティに関しては, 価格硬直モデルで予想されるものと整合的に,
より価格改訂を行う品目物価はインフレの変動が高いことがわかる (相関係数0. 64)。 これ
らの結果は, Bils and Klenow (2004) が報告したアメリカの結果と整合的である。
4
品目別物価ショック及び金融政策ショックの効果
4 節では, 品目別物価ショック及び金融政策ショックに対する物価反応を分析する。 4. 1
節では, 金融政策ショックと品目別価格ショックとを明示的に区別した実証モデルを提示す
る。 4.2 節では, 4.1 節で識別された金融政策ショック及び品目別物価ショックに対する品
目別物価の反応を報告する。 4.3 節では, 金融政策ショックに対する品目別物価反応の異質
性に焦点を当てて分析を行う。
4.1 実証モデル及び金融政策ショック・品目別価格ショックの識別
を 期における品目別 CGPI, を 次元のマクロ変数ベクトルとする。
Lastrapes (2006) や Balke and Wynne (2007) に従い, 以下のようなモデルを考える。
ここで, はラグ数, は定数項, は 定数項ベクトル, は係数, は 係数ベ
クトル, は の係数行列である。 ( 2 )式は, 品目別物価指数の階差が自身のラグ値及
び階差のマクロ変数の同時点とラグ値に依存するというものである。 ( 3 )式は, マクロ変数
における誘導形 VAR モデルである。 具体的には, マクロ変数 として, 消費者物価指数
(総合), 常用雇用指数 (調査産業計), 日経商品指数 (42種総合), 無担保翌日物コールレー
ト, M2+CD, 東証株価指数 (TOPIX) の 6 変数を考え, それらの11期のラグを含んだ誘導
8)
形 VAR モデル( 3 )式を推定する。コールレートを除き, 全ての変数は自然対数階差に変形
している。 Christiano et al. (1999) に従い, CPI, 常用雇用指数, 日経商品指数に関しては
今期のコールレートに影響せず, M2+CD, 東証株価指数 (TOPIX) に関しては今期のコー
ルレートに影響するというブロックリカーシブ制約の下, コールレートに関するショックを
金融政策ショックとして識別する。
ここで, ( 2 )式と( 3 )式からなる誘導形 VAR モデルには, 2 つの制約を置いているとい
う点に注意したい。 1 点目は, 各品目別物価は, マクロ変数の影響をコントロールすると,
品目別物価指数の特性と金融政策の相対価格への波及効果
図1
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金融政策 (引き締め) ショックがマクロ変数 (CPI, 常用雇用指数,
日経商品指数, コールレート, M2+CD, TOPIX) へ与える波及効果
互いに独立になるというものである。 2 点目は, マクロ変数は, 品目別物価からは影響を受
けないというものである。 これらの制約の下, ( 2 )式と( 3 )式からなるモデルから, は
品目別価格ショックとして識別することができる。
図 1 は金融政策 (引き締め) ショックに対するマクロ変数のインパルス反応 (各変数の水
準に対する累積的なインパルス反応, 60ヶ月先まで) を表している。 マクロ変数のインパル
ス反応は, 概ねもっともらしい動きをしており, ある程度適切な金融政策ショックを識別で
きているものと考えられる。 予想されるように, 日経商品指数, M2+CD, TOPIX は金融
政策引き締めショックに対し, 低下することがわかる。 また, 常用雇用指数に関しては, か
なりのタイムラグ (約 1 年半) を伴い, 低下することが分かる。 また, 消費者物価指数 (総
合) に関しても, 初期段階 ( 1 年半ほど) 価格は上昇する傾向があるものの, かなりのタイ
9)
ムラグ (約 1 年半) を伴った後, 低下することが分かる。
4.2 品目別物価ショック及び金融政策ショックに対する品目別物価の反応
図 2 には, 金融政策引き締めショック及び個別物価 (低下) ショックに対する各品目別物
価のインパルス反応 (水準に対する累積的なインパルス反応, 60ヶ月先まで) の平均, 標準
90
第200巻
図2
第
4 号
金融政策ショック及び個別物価ショックに対する品目別物価指数の反応
金融政策ショックに対する個別物価の波及効果
個別物価ショックに対する個別物価の波及効果
平均
平均
標準偏差
標準偏差
歪度
歪度
尖度
尖度
偏差, 歪度, 尖度に与える時間を通じた波及効果を表している。 金融政策ショックに対する
品目別物価のインパルス反応の平均は, 約 1 年半ほど低下せず (むしろ, 上昇), その後低
下し始めることが分かる。 この反応は, 図 1 の消費者物価指数 (総合) のインパルス反応及
び Christiano et al. (1999) などが指摘するような集計化された物価のインパルス反応に近
い。 つまり, 個別物価に関しても, 金融政策ショックに対する影響にはかなりのタイムラグ
を伴うことがわかる。 一方, 個別物価ショックに対する品目別物価のインパルス反応の平均
は, ショック後即座に低下していることが分かる。 このことは, 個別物価ショックに対して
は価格を即座に変更する傾向があることを示唆している。
また, 品目別物価分布のインパルス反応の標準偏差を見ると, 金融政策ショック後, 品目
別物価の横断面分散が劇的に大きくなっており, かつ, その効果は持続的であることがわか
る。 一方, 品目別物価分布のインパルス反応の歪度及び尖度に関しては, 短期的には影響し
ているものの, その効果は 1 年半後には限定的である。 このことは, 金融政策ショックが短
期的にも長期的にも相対価格に影響を及ぼし, さらにそのことが一部の物価反応によるもの
ではなく, 全体的な物価反応の異質性によるものであることを示唆している。
4.3 金融政策ショックに対する品目別物価反応の異質性
まず, 各品目物価が金融政策引き締めショックに対してどのように動いているのか, さら
に, その傾向が時間を通じてどのように変化しているのかを見ていきたい。 図 3 の上段には,
品目別物価指数の特性と金融政策の相対価格への波及効果
図3
91
金融政策 (引き締め) ショックに対する反応が正 (もしくは負) になる
品目別企業物価指数の割合
292品目全て
正
負
最終財
正
負
中間財
正
負
金融政策 (引締め) ショックに対する反応が正 (もしくは負) になる品目別 CGPI の割合を
プロットしたものである。 ショック後12ヶ月先までは, 価格上昇の割合が低下する割合に比
べ, わずかに高いことが分かる。 このことは, より短期的な状況 ( 1 年未満) では, 価格は
反対方向に動くものが無視できない割合で存在していることを意味し, 相対価格に与える影
響が短期的に非常に高くなっていることが伺われる。 一方, 時間が経つにつれて, 価格低下
の割合が価格上昇の割合よりも大きくなっていくことが分かる。 このことは, 長期的には,
標準的な硬直価格モデルが予想するように, 大部分の品目別物価は低下する傾向にあること
を示唆している。
また, 図 3 の中段と下段には, 生産段階別 (中間財・最終財) に分類した品目別 CGPI が
金融政策 (引締め) ショックに対する反応が正 (もしくは負) になる割合をプロットしたも
のである。 特に, 価格の上昇及び下落の割合が反転する時期が最終財と中間財では大きく異
なっており (最終財に関しては約 2 年先, 中間財に関しては 1 年先), 最終財よりも中間財
の方が金融政策ショックに対して早く低下する傾向があることがわかる。
次に, 金融政策ショックに対する品目別物価の反応の長期的な異質性の存在を確かめるた
めに, 36ヶ月後の金融政策ショックに対する品目別物価の反応を財特性で特徴づける。 具体
的には, 以下の式を推定する。
92
第200巻
表2
第
4 号
金融政策ショックに対する36ヶ月先の物価反応の品目別異質性
1
2
3
4
5
−0. 46**
−0. 45**
−0. 13**
(−4. 89)
−0. 20**
(−2. 94)
−0. 04
(−3. 19)
(−3. 05)
0. 02
(0. 53)
−0. 13**
(−4. 75)
−0. 23**
(−3. 40)
0. 05
(1. 21)
(−0. 29)
−0. 01
(−0. 27)
注:** は 1 %水準で有意であることを表す。 括弧内は分散不均一性を考慮に入れた
値。
ここで, は推定された36ヶ月先の金融政策ショックに対する品目別物価の反応を表す。
また, は最終財物価に対しては 1 となるダミー変数である。
表 2 は, 金融政策ショックに対する292品目の CGPI の推定された反応を用いて, ( 4 )式
を推定した結果である。 1 列目では, ボラティリティ及び持続性と品目別 CGPI の反応が負
の相関があることを示している。 36ヶ月先の品目別物価の反応は平均すると負であるので,
この結果は, よりボラティリティの高い, より持続性の高い品目別物価ほど反応が有意に大
きいことを意味している。 また, 2 列目は, 価格改定頻度が高い (価格の硬直性が低い) 品
10)
目ほど物価の反応が大きいことが分かる。一方, 3 列目は, 最終財ダミーが有意に影響を及
ぼしていないことが分かる。 このことは, 3 年後のような長期的な状況では, ほとんど生産
段階別物価に対する影響に差がないことがわかる。
5
おわりに:本稿のまとめ及び今後の課題
本稿では, まず, 品目別物価の特性に注目した研究及び金融政策の相対価格への波及効果
を分析した研究の動向を整理した。 財別物価の持続性や変動といった特性は集計化された物
価のものとはかなり異なっており, さらに財ごとにもかなりの異質性があることは定型的事
実となりつつある。 これらの財別特性を考慮に入れた上で, 金融政策のマクロ効果を考える
には, (時間依存型か状態依存型価格硬直モデルかどうかは別としても) (1) 価格硬直性に
財別異質性があること, (2) 個別価格ショックとマクロショックの区別, (3) 戦略的補完性
の存在が重要であることが先行研究から示唆された。
上記の整理を下に, 日本の品目別 CGPI を用いて実証分析を行った。 具体的には, 品目別
CGPI インフレ率のボラティリティ及び持続性を計測し, それらの特性を調べた。 また, ベ
品目別物価指数の特性と金融政策の相対価格への波及効果
93
クトル自己回帰モデルを用いて品目別物価ショックと金融政策ショックに分け, それらのシ
ョックが品目別物価へ与える影響の品目別の違いを分析した。
主な分析結果は以下の 4 点である。 1 点目は, 日本の品目別 CGPI は, 集計化された物価イ
ンフレ率と品目別物価インフレ率の特性は異なるという点, 及び品目別物価は Calvo (1983)
のような標準的な価格硬直モデルとは, 持続性に関しては当てはまらないものの, 変動に関
しては整合的であるということが分かった。 これらの性質は, Bils and Klenow (2004) が報
告した米国の結果と整合的である。
2 点目は, 個別物価ショックと金融政策ショックはタイムラグが異なると言う点である。
特に, 個別物価ショックに関しては, 即座に新しい物価水準に到達する傾向にある一方, 金
融政策ショックに関しては集計化された物価指数同様, 品目別物価指数に関しても見られる。
価格の硬直性と金融政策効果を考える上で, 個別物価ショックの影響と金融政策のようなマ
クロ効果を分けて考える必要があることが伺われる。
3 点目は, 生産段階の違いにより物価に対する金融政策波及効果に異質性があるという点
である。 特に, 最終財に比べ, 中間財物価は金融引締めに対し, より早く低下する傾向があ
る。 このような結果は, 最終財の価格決定が中間財の物価動向に影響を受けている可能性を
示唆している。 なお, 長期的には, それらの影響に違いはない。
4 点目は, 金融政策ショックは長期的 (少なくとも 3 年後) にも相対価格に影響を及ぼす
傾向があるという点である。 このような結果は, Lastrapes (2006) が指摘したように, 長期
的にも貨幣は非中立的であることを意味する。 特に, (1) 分散の大きいもの, (2) 持続性の
高いもの, (3) より価格価格改定頻度が高い品目の方が影響が大きいことがわかった。
本稿で得られた金融政策ショックの品目別物価に与える影響の異質性は, Bils et al. (2003),
Balke and Wynne (2007) や Lastrapes (2006) で報告されたものと整合的である。 ただし,
本稿では Balke and Wynne (2007) や Lastrapes (2006) の用いた手法に従って分析を行った
が, Bernanke et al. (2005) によって開発された Factor Augmented VAR モデルを用いて品目
別 PCE 物価及び PPI の金融政策ショックに対する波及効果を分析した Boivin et al. (2009)
によると, Bils et al. (2003) や Balke and Wynne (2007) で報告されたような初期時点では
金融政策引き締め (緩和) ショックに対して物価が上昇 (低下) するという傾向が個別物価
反応において見られないと主張している。 さらに, Lastrapes (2006) とは異なり, 長期的
な影響はないことと主張している。 これらの結果の違いに対し, Boivin et al. (2009) は分
析手法の違いを指摘し, Factor Augmented VAR モデルによって識別された金融政策ショッ
11)
クが適切なものであるためであると主張している。 本稿で確認された日本の品目別物価に関
する短期的及び長期的な金融政策効果の異質性も, 分析手法によって異なるかどうかを確認
することは重要である。 また, 近年の研究動向によると, 金融政策ショックのようなマクロ
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第200巻
第
4 号
ショックに対する物価の反応は, メニューコストのような品目別価格硬直性のみならず, 企
業 (もしくは産業) 間の戦略的補完関係が重要な役割を果たしていることが考えられ, 品目
別物価に対する金融政策効果の異質性を丹念に特徴付けることが重要であろう。 これらの点
に関しては現在研究を進めており, 今後, その研究成果を公表することにしたい。
補論:データの詳細
本研究で用いられた品目別物価データは, 日本銀行 国内企業物価指数 (基本分類, 2000年=100)
の品目指数である。 本稿では, 1985年 1 月から2001年 2 月まで利用可能な品目, 及び国内企業物価
指数の総合指数を作成する際に用いられるウエイトが 0. 5 以上のものを採用している。 採用した品
目は以下の292品目である。
番号
品 目 名
番号
品 目 名
番号
1
小麦粉
27 生めん
53 不織布
2
コーンスターチ
28 即席めん
54 タオル
3
精製糖
29 洋生菓子
55 梱包用材
4
サラダ油
30 和生菓子
56 普通合板
5
マーガリン
31 米
57 特殊合板
6
野菜缶詰
32 キャンデー
58 造作材
7
漬 物
33 チョコレート
59 集成材
8
ハ ム
34 スナック菓子
60 木 箱
9
ソーセージ
35 豆
61 新聞用紙
菓
腐
品 目 名
10 ベーコン
36 冷凍調理食品
62 上質印刷用紙
11 処理牛乳
37 レトルト食品
63 中質印刷用紙
12 粉 乳
38 清
酒
64 加工原紙
13 チーズ
39 ビール
65 ライナー
14 アイスクリーム
40 焼ちゅう
66 中しん原紙
15 魚介缶詰
41 緑
67 白板紙
16 かまぼこ
42 レギュラーコーヒー
68 ノーカーボン紙
17 ちくわ
43 炭酸飲料
69 段ボールシート
18 揚かまぼこ
44 たばこ
70 重包装紙袋
19 つくだ煮
45 綿
71 段ボール箱
20 削り節
46 ナイロン長繊維糸
72 紙 箱
21 かつお節
47 ポリエステル長繊維糸
73 ティッシュペーパー
22 み そ
48 ポリエステル長繊維織物
74 トイレットペーパー
23 しょう油
49 学生服
75 封 筒
24 マヨネーズ
50 ソックス
76 エチレン
25 食パン
51 スポーツウエア
77 プロピレン
26 乾めん
52 作業衣
78 ブタン・ブチレン
茶
糸
品目別物価指数の特性と金融政策の相対価格への波及効果
79 ベンゼン
118 強化プラスチック管板類
157 銅地金
80 キシレン
119 プラスチック製日用品
158 銅 管
81 か性ソーダ
120 ナフサ
159 銅裸線
82 カーボンブラック
121 ガソリン
160 プラスチック被覆銅線
83 酸素ガス
122 ジェット燃料油
161 銅巻線
84 エチレングリコール
123 灯
油
162 電力ケーブル
85 塩化ビニルモノマー
124 軽
油
163 線ばね
86 アクリロニトリル
125 A重油
164 ボルト
87 テレフタル酸
126 C重油
165 ナット
88 スチレンモノマー
127 液化石油ガス
166 ね じ
89 フェノール
128 アスファルト舗装混合材
167 金 網
90 フタル酸系可塑剤
129 石炭コークス
168 ワイヤロープ
91 低密度ポリエチレン
130 フロート板ガラス
169 アルミニウムサッシ
92 高密度ポリエチレン
131 合わせガラス
170 スチールドアー
93 ポリスチレン
132 強化ガラス
171 シャッター
94 ABS樹脂
133 ガラス長繊維製品
172 ガスこんろ
95 ポリプロピレン
134 ポルトランドセメント
173 ガス湯沸器
96 塩化ビニル樹脂
135 生コンクリート
174 ガス風呂釜
97 複合肥料
136 土木用コンクリートブロック 175 石油ストーブ
98 ホルモン剤
137 道路用コンクリート製品
176 18リットル缶
95
99 腫瘍用薬
138 粘土かわら
177 食 缶
100 抗生物質製剤
139 タイル
178 金属製管継手
101 ワクチン・血液製剤類
140 耐火れんが
179 架線金物
102 農業用殺虫剤
141 生石灰
180 金属製パッキン・ガスケット
103 除草剤
142 石工品
181 ボイラー
104 合成樹脂塗料
143 H形鋼
182 旋 盤
105 家庭用合成洗剤
144 小形形鋼
183 研削盤
106 写真フィルム
145 熱延薄板
184 マシニングセンター
107 印刷インキ
146 熱延広幅帯鋼
185 プレス機械
108 香 料
147 冷延薄板
186 金属圧延用ロール
109 接着剤
148 冷延広幅帯鋼
187 ダイヤモンド工具
110 プラスチック板
149 クロムめっき鋼板
188 電動工具
111 プラスチック積層品
150 機械構造用炭素鋼
189 コンバイン
112 プラスチック継手
151 構造用合金鋼
190 掘さく機
113 合成皮革
152 高抗張力鋼
191 穀物処理機械
114 輸送機械用プラスチック製品 153 ステンレス鋼板
192 製パン・製菓機械
115 電気機器用プラスチック製品 154 ステンレス鋼管
193 肉製品・水産製品製造機械
116 軟質プラスチック発泡製品 155 磨棒鋼
194 製材・木工機械
117 硬質プラスチック発泡製品 156 金地金
195 鋳造装置
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196 プラスチック加工機械
229 カラーテレビ
262 たんす
197 送風機
230 ビデオカメラ
263 スチール机
198 エレベーター
231 電子レンジ
264 スチールいす
199 巻上機
232 換気扇
265 自動車タイヤ
200 コンベヤ
233 ルームエアコン
266 ゴムベルト
201 変速機
234 電気洗濯機
267 ゴムホース
202 油圧ポンプ
235 電気掃除機
268 防振ゴム
203 油圧モーター
236 電気冷蔵庫
269 ゴムロール
204 油圧シリンダー
237 理容用電気器具
270 ゴム製パッキング
205 油圧バルブ
238 ダイオード
271 牛 革
206 ろ過機
239 トランジスター
272 革 靴
207 分離機
240 シリコンウエハ
273 革製ハンドバック
208 工業窯炉
241 プリント配線板
274 ゴルフ用具
209 複写機
242 自動車用電球
275 釣 具
210 冷凍機
243 配線器具
276 凸版印刷物
211 冷凍・冷蔵用ショーケース 244 けい光灯器具
277 平版印刷物
212 業務用エアコン
245 工業計器
278 看板・標識機
213 カーエアコン
246 乾電池
279 人体安全保護具・救命具
214 自動販売機
247 普通乗用車
280 葉たばこ
215 バルブ
248 小型乗用車
281 牛 肉
216 電動機
249 軽乗用車
282 豚 肉
217 変圧器
250 バ
283 鶏 肉
218 配電盤
251 普通トラック
284 原 乳
219 遮断器
252 小型トラック
285 鶏 卵
220 電気溶接機
253 軽トラック
286 塩さけ
221 充電発電機
254 二輪自動車
287 干のり
222 始動電動機
255 自転車部品
288 砕 石
223 点火プラグ
256 フォークリフトトラック
289 上水道
224 X線装置
257 積算体積計
290 工業用水
225 超音波応用装置
258 はかり
291 鉄くず
226 電話機
259 材料試験機
292 古 紙
227 ボタン電話装置
260 医療用機器
228 ファクシミリ
261 配合飼料
ス
注
* 本稿を作成するにあたり, 神戸大学経済経営研究所宮尾龍蔵教授からは論文全般にわたって助
言を頂いた。 また, 神戸大学大学院経済学研究科における宮尾ゼミに参加されている皆様から貴
重なコメントを頂戴した。 さらに, 本稿で使用したデータの整備には, 山本周吾氏に一方ならぬ
品目別物価指数の特性と金融政策の相対価格への波及効果
97
お世話になった。 ここに記して謝意を表する。 なお, 本稿は, 日本学術振興会科学研究費補助金
による研究成果の一部である。
1) Christiano et al. (1999) は, ベクトル自己回帰モデルを用いてアメリカの金融政策ショック
(予期されない金融政策の変化) を識別し, 金融政策ショックが一般物価へ影響し始めるまでに
約 1 年半かかることを報告している。 Shibamoto (2007) においても, 日本の金融政策ショック
が一般物価 (例えば, 消費者物価指数) へ影響し始めるまでに約 1 年半かかることを報告してい
る。 ただし, 商品物価に影響し始めるまでは一般物価ほどタイムラグはない。
2) Bils and Klenow (2004) は, 特売のような一時的な価格改定の影響を取り除いたとしても, 個
別物価の半分は 5. 5 ヶ月以下に 1 度変更することを報告している。
3) Gertler and Leahy (2008) のモデルでは, 個別ショックを受けることで価格を変える産業とシ
ョックを受けず価格の変更をしない産業が存在することによって, 産業間において価格の硬直性
が生じ, 戦略的補完性を通じて貨幣の非中立性が生じる。 なお, 彼らは, 状態依存型のインフレ
決定式を導出し, ミクロ的基礎付けに違いがあるものの, カリブレーション結果によると, 価格
改定確率が一定である Calvo (1983) 型のニューケインジアン型フィリップス曲線を仮定した結
果とほとんどパフォーマンスに違いがないことを主張している。 また, Klenow and Kryvtsov
(2008) は, 低インフレの環境の下では, 戦略的補完性を導入すると, 状態依存型モデルと Calvo
(1983) 型に代表される時間依存型モデルとは同様の結果が出てくることを報告している。
4) 彼らのモデルにおいて, 投入財の価格が他の企業の価格決定に依存してくるという戦略的補完
性が発生するため, たとえ潜在的に価格改定頻度が高い企業でも, 投入財の価格が変更していな
いことによって, 価格を変更しない動機が出てくる。
5) ただし, Golosov and Lucas (2007) は, 戦略的補完性を導入した時, 個別価格インフレ率の変
動が大きいという定型的事実を説明するには, 非常に大きなメニューコストを想定しないといけ
ないことを指摘している。 その点に関し, Nakamura and Steinsson (2008) は, 戦略的補完性を
導入する際, 総需要の変化した時の新旧の利潤最大化価格の差に起因する要因と相対価格に関す
る利潤関数の曲率に起因する要因の 2 つに分けた時, 前者に起因する戦略的補完性の重要性を指
摘している。
6) 標準的な硬直価格モデルでは, 金融政策ショックに対して, 硬直性に関わらず同方向に動く。
ただし, 初期時点では, 伸縮的な価格と比べて, 硬直的な価格は最適な価格水準に即座に変更で
きないので, 相対価格(伸縮価格/硬直価格) は上昇する。 時間が経過するにつれ, 硬直的な価
格も最適な価格水準に到達するために, 伸縮価格と硬直価格の相対価格に影響しない。 つまり,
長期的には金融政策ショックは景気に中立的になる。
7) 金融政策引き締めショック後, 約 1 年半ほどは物価はむしろ上昇するという現象は, しばしば
「物価パズル」 として呼ばれる時もある。 Sims (1992) は, この現象が実際の中央銀行や民間主
体の持つ情報と VAR モデルに含まれる情報集合とが対応しないケースに起こりうるとして, イ
ンフレの予測に役立つ変数 (商品価格や為替レートや株価など) を含めることを提案している。
一方, Shibamoto (2009) では, 金融政策の波及経路の一つであるコストチャネルとユニットレ
ーバーコストの持続性を考慮に入れると, 短期的(約 1 年くらい) には物価は上昇し, その後低
下するという物価のインパルスレスポンスが出てくる可能性を指摘している。 なお, コストチャ
ネルに関しては Barth and Ramey (2001) を参照。
98
第200巻
第
4 号
8) 全てのデータが日経 NEEDS データベースに収録されているデータを使用した。 なお, 1985年
1 月から 6 月にかけては, 無担保翌日物コールレートが存在しないので, 有担保コールレートと
無担保レートの平均的な差を有担保翌日物コールレートに加算することで接続した。
9) これらの結果は, Factor Augmented VAR を用いて金融政策ショックを識別した Shibamoto
(2007) が報告した金融政策 (引き締め) ショックに対するマクロ変数の反応とも概ね整合的で
ある。
の両方を含めた場合 ( 5 列目), 価格改訂頻度
10) なお, ボラティリティ と価格改訂頻度 の係数が有意ではなくなる。 このことは, 価格改訂頻度とボラティリティとの間には強い
正の関係があり, 多重共線性が生じていることが考えられる。
11) 金融政策ショックのような外生的なショックを識別する際の一つの批判は, VAR モデルに含
まれる変数が少ないことである。 もし, 実際に中央銀行や民間主体の持つ情報と VAR モデルに
含まれる情報集合とが対応しない場合, 適切な金融政策ショックが識別されない可能性がある。
Bernanke et al. (2005) は, この問題を解決する方法として, 数多くの時系列変数群から集約さ
れた因子を用いて VAR モデルを構築する Factor Augmented VAR アプローチを提案している。
参
考
文 献
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