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● 総 説 NIRS(信号変化の原理と臨床応用) 灰田 宗孝 (脳循環代謝 17:1∼10,2005) 1.はじめに 近赤外光(NIRS)法は近年急速にその応用が広が り始めた測定法である.可視光の赤と赤外線との間の 波長であり,光の波長で(600 nm∼1,800 nm)程度 の光を指す.特に,600 nm∼950 nm の光は水による 強い吸収を受けないため,比較的深く生体内に透過す るので,生体内部の情報を得ようとする場合には,こ の領域の光を用いることが多い.近赤外光を用いた最 近の試みとしては非観血的に血糖値をモニターする手 法があり,早期の臨床応用が期待されるが 図 1.ヘモグロビンの消光係数スペクトル 1∼3) ,まだ, 物質の溶液などでは光路長 L は実測値と一致す る 確定的手法は実現していないので省略する. が,生体組織など光を散乱する物質では,散乱のため 通常,光の吸収は Bear の法則により,次式で表さ に L は実測値に比べ 5∼6 倍に長くなる.つまり,通 れる. I =Ioe −µ L α (1) 常の測定では L は正確に求まらず,吸収係数 µa の他 に,散乱係数 µs を知る必要があり,位相変調法(PMS) ここで Io は入射光の強度,I は検出光の強度,µa は 吸収係数,L は光が通過した距離,つまり光路長であ や時間分解法(TRS)などの特殊な測定法を必要とす る.さらに,µa は物質固有の値である消光係数 ε とそ る.これら何らかの工夫なしで測定すると L が求ま の物質の濃度 c とで(2)式で示される関係にある. らないため µa が求まらず,ヘモグロビン量は相対的 つまり µa が求まれば,その物質の濃度 c が求まるこ 変化しか求まらない.しかし,そのような状況下でも ととなる. 酸素モニターとして臨床現場で良く用いられるパルス µ α=ε ・c (2) オキシメーターでは,光路長の測定はしていない.指 図 1 にヘモグロビンの消光係数 ε の波長依存性(ス 先などを 2 波長の光で照射し,透過してきた光の拍動 ペクトル)を示す.この図から判るように,600 nm∼ 成分を抽出し,その強度比を求め,酸素飽和度の判っ 950 nm の光はこの領域内で酸素化ヘモグロビン(oxy- ている検体により校正することで(図 2 参照) ,動脈 Hb)と脱酸素化ヘモグロビン(deoxy-Hb)とで吸収 血の酸素飽和度を測定している.また,その他の応用 スペクトルが異なるので,2 波長以上で吸収係数を測 においても,定性的測定結果であっても,相対的変化 定し,連立方程式を解くことで,oxy-Hb と deoxy-Hb を検討することで臨床的応用は可能であり,かなり応 の濃度を測定出来ることになる.しかし,通常の化学 用されている.それらについては私の拙著も参照して ほしい4∼7). 東海大学医学部基礎医学系医学教育・情報学 〒259―1193 神奈川県伊勢原市望星台 ―1― 脳循環代謝 第 17 巻 第1号 図 3.MRS,NIR 同時測定用表面コイル 図 2.パルスオキシメーター校正曲線 2.筋肉代謝に関する研究への応用 このように散乱の強い媒体中のヘモグロビン濃度を 正確に測定することは困難であるが,何らかの負荷を 加えた前後のヘモグロビン濃度の比較により,その傾 向を推定することは可能である.本総説は脳循環を中 心とすべきであるが,近赤外光信号の特殊性を明確に するため,筋肉における応用例を紹介し,後の脳にお ける結果と比較したい.我々は慢性アルコール摂取患 図 4.慢性アルコール摂取患者の運動時筋肉ない pH 変化 者の筋肉代謝を31P-MRS(核磁気共鳴スペクトル)と 近赤外光の同時測定により検討した8)ので紹介する. 対象は慢性的にアルコールを摂取しているが明らかな るため嫌気的代謝が持続し,乳酸が産生され続けてい 神経症状を呈さない患者 5 名,眼球運動障害など神経 るなどの代謝障害が考えられる.何れの機序が本研究 症状を呈している患者 6 名,正常対照 5 名の 3 群で検 における運動後の pH の回復遅延の原因かを明確にす φ るために NIRS 測定を行った.MRS 測定と同時に行っ の MRS 表面コイルとその中に設置された光プローブ た NIRS 測定による結果を図 5,6 に示す.図 5 は正 を示す.このコイルの上に被験者の前腕を置き,ボー 常対照の運動時のヘモグロビン変化である.運動開始 ア径 30 cm の MRS 用 2.0T 超伝導磁石の中で,手の とともに oxy-Hb の低下,deoxy-Hb の増加がみられ, ハンドルを握ることで,最大握力の 7% に相当する重 total-Hb はあまり変化していないことが判る.つまり りを引き上げるタスクを行い,そのときの筋肉の31P 筋肉で酸素が消費されていること,血流増加はこの程 のスペクトルを測定し,無機燐のピークとフォスフォ 度の運動では生じていないことが判る.また運動終了 クレアチン(PCr)のピークとの差(ケミカルシフト) 時に直ちに元の状態に復帰していることから,回復期 から筋肉細胞内 pH を求めることができる.図 4 に示 には酸素を殆ど必要としないことを示す.ここで検出 すように,何らかの神経症状を呈している患者群の された Hb の変化は,筋肉内に存在する Mb(ミオグ pH は運動開始とともにすぐに低下し,運動を終了し ロビン)を含んでいることに注意して欲しい.Mb は てもその回復が遅いことが判る.正常対照や神経症状 筋肉に固定しており,Hb の様に血流により観測領域 を呈していない群ではこのような著しい低下は認めら から移動してしまうことが無いことを考慮する必要が れない.この様に pH の回復が遅延する原因として考 ある.また,このことが脳における NIR 信号変化と えられるのは,運動時に産生された筋肉内の乳酸が洗 決定的に異なる点でもある.一方,pH の回復が遅延 い流されない,つまり血流障害か,あるいはこの時点 した患者群では図 6 に示すように運動開始時に正常対 での筋肉の好気的代謝が何らかの原因で阻害されてい 照 同 様 oxy-Hb の 低 下 と deoxy-Hb の 上 昇,total-Hb 討した.図 3 に MRS と NIR 同時測定のための 3.5 cm ―2― NIRS(信号変化の原理と臨床応用) の若干の上昇が認められるが,運動終了後の変化が全 は,対象のエネルギー代謝とそれに関わる酸素供給の く異なり,正常群の様に元の状態に復帰するのではな 知見を同時に得ることができることから非常に有用で くむしろ oxy-Hb がオーバーシュートしている点が異 ある. なる.このことは pH が低下している回復期に血流が 3.NIRS 関連の市販装置 増加しているにもかかわらず,酸素が十分に利用され ていないことを示す.つまり,神経症状を呈している 患者群で pH の回復が遅延した理由は,酸素が十分に このような NIRS 装置を扱っている会社を表 1 に示 供給されていることから,血流障害ではなくミトコン す.URL も掲載しているので,詳細はそちらを参照 ドリアなど,好気的代謝が障害されていると結論でき して欲しい.この表にはパルスオキシメーターといっ る.こ の よ う に MRS 測 定 と NIRS 測 定 の 同 時 測 定 た,現在臨床現場で用いられている酸素モニター専用 の装置は割愛した.この中で,上記筋肉代謝の測定に 用いたのは 1 チャンネルの装置で,島津の OM-100 と 言われる表に示した装置より古い形式のものである. 浜松ホトニクス製の NIRO 300 は TRS を基本にして おり,ヘモグロビンの絶対値を測定できるなどの特徴 がある.これらの装置で用いられている吸収データか らヘモグロビン量を計算する計算式にも種々のものが あり,それらを比較検討した論文もある9).また,日 立メディコ,島津の光画像化装置は多チャンネルの装 置で,頭部を対象として各種ヘモグロビンの分布を画 像化できる. 図 5.正常対照筋肉の運動時ヘモグロビン変化 4.光トポグラフ装置* *光トポクラフは日立メディコの商品名 次ぎに日立メディコ製の光トポグラフ装置を用いた 応用例と得られた信号の意味づけを行いたい. 図 7 に日立メディコ製光トポグラフ装置 ETG-100 を示す.この装置は片側 9 本の光ファイバーを図 8―a に示すホルダを用いて,図 8―b に示すように頭部に 装着する.両側で 18 本の光ファイバーを使用する. 実際の光ファイバーの配置を図 9 に示す.ファイバー の太さは 1 mm である.赤のファイバーが光源,青 のファイバーが検出用ファイバーである.赤の光源の 近赤外光はそれぞれ異なった周波数で振幅変調されて いるので,検出ファイバーに入ってきた光はどの光源 図 6.慢性アルコール摂取患者で神経症状を呈する患者の 運動時ヘモグロビン変化 からの光かを判別できる.例えば,図 9 の 6 番の検出 表1.NIR 装置取り扱い会社 会社 製品 特徴 URL 浜松ホトニクス NIRO100 NIRO200 NIRO300 小型軽量 高機能タイプ 高機能タイプ http://www.hpk.co.jp/Jpn/products/SYS/NiroJ.htm 日立メディコ 島津製作所 ETG-4000 光トポグラフ ETG-7000 光トポグラフ高密度 OM-200 OM-220 OMM-2001 1 チャンネル 2 チャンネル マルチチャンネル http://www.hitachi-medical.co.jp/seihin/seihin.html http://www.med.shimadzu.co.jp/ ―3― 脳循環代謝 第 17 巻 第1号 ファイバーには 6,8,9 番の光源からの光が重なって 検出される.これらの信号は狭帯域幅増幅器と位相敏 感回路により弁別することが出来るので,それぞれの ファイバーの間の吸収,つまり,1,2,4 の部位の吸 収が求められる.従って,図 9 のファイバー配置では 片側 12 カ所,両側で 24 カ所の吸収が求められる.そ の結果の表示方法としては,各吸収点での oxy-Hb, deoxy-Hb,total-Hb それぞれの時間変化を示すもの と,片側 12 点の吸収を空間的に平均化し,画像化し て表示するトポグラフとがある.ヘモグロビンの経時 的変化を図 10 に示す.ここで見られる信号は,図 8―c のタスクを実施した時の信号を 2 回積算し,タスク時 の信号と安静時の信号の差を求めて表示したものであ る.結果は図 8―d の形式をとり,縦の 2 本線の間に タスクが行われていることを示す.この結果をトポグ ラフとして画像として表示する方法がある(図 11). この場合,吸収の変化は時間とともに変化する動画で 示される. 図 7.日立メディ コ 製 光 ト ポ グ ラ フ 装 置 ETG-100,λ; 780,830 nm このような脳の活性化に伴う脳内ヘモグロビンの変 化は,図 8―d に示すように,タスクにより oxy-Hb と 図 8.光ファイバーの装着状況,タスク,得られたヘモグロビン変化 ―4― NIRS(信号変化の原理と臨床応用) 図 9.ファイバー配置図 図 10.ヘモグロビンの時間変化,正常対照,両手把握運動,2 本の線の間でタスク 施行 total-Hb が増加し,deoxy-Hb が若干減少するパター 照して欲しい.ここではその概略を説明する.手を握 ンとなる.このような信号パターンがなぜ生ずるかを るなどのタスクにより一次運動領他の脳神経細胞の活 考えてみたい. 性化が行われ,それに伴い脳血流が増加する.タスク に伴う脳の代謝の増加を 10% 程度とすると,それに 5.光トポ信号の意味 伴う脳血流の増加は 40% にもなるという11).この脳 血流が余分に増加することは,functional MRI(f-MRI) 10) の信号を説明する原理,BOLD 効果12,13)としても知ら 光トポグラフの信号の意義については,拙著 を参 ―5― 脳循環代謝 第 17 巻 第1号 れている.NIRS は脳内のこの脳血流変化にともなう ヘモグロビンの量を計測しているため,両者の関連を 調べることは重要である.我々は f-MRI と NIRS との 同時測定を行い検討した10).その結果,f-MRI の信号 と相関の高い NIRS 信号は,total-Hb と oxy-Hb の信 号変化であった.BOLD 効果に関係すると考えられ る deoxy-Hb との相関は非常に悪く,deoxy-Hb に関 しては f-MRI と NIRS とは全く違うものを見ている可 能性が示された.そここで脳血流と脳内ヘモグロビン 量との関係を考えてみたい.図 12―a に示す様に,脳 血流は単位時間での体積移動であるから,その体積は 面積×速度で表すことが可能である.つまり,脳血流 の増加は面積 S の増加,つまり血管床の増加,具体 的には毛細血管網のリクルート現象で説明されるもの と,血管床の増加はなく,そこを流れる血液の速度 v の増加で説明することが可能である.通常の脳血流の 定義からすると,脳血流が増加したとき,血管床が増 加したのか,血流速度が増加したのかの区別は付かな い.しかし,NIRS 測定においては本質的には脳血流 ではなく頭蓋内のヘモグロビン量を測定していること から,図 12―b で示すように,S の増加と v の増加で はその結果に違いが生ずる.更に,近赤外光での脳内 図 11.光トポグラフ,右手把握運動時の光トポグラフ. 緑のバーの間でタスク.図は矢印で示した時点のもの. 実際には動画となっている. ヘモグロビン量は主として,脳内の毛細血管などの細 い血管しか検出出来ないと考えられる点に注意を要す る.このことを確かめるために Li ら14)が行った in vi- 図 12.脳血流の考え方 ―6― NIRS(信号変化の原理と臨床応用) フォトンが吸収され,強く吸収されてしまい,太い血 tro のファントム実験の結果と,Sakai らの測定によ 15) る脳内血液のヘマトクリット値 を用いて,血管径と 管に入ったフォトンは検出器にはたどり着けないた その見かけの吸収係数との関係を計算すると,図 13 め,何ら情報を提供しないので無視できる.脳血流増 の様になり,細い血管ほど,つまり毛細血管レベルの 加の際,主として毛細血管のリクルートなどで血管床 血管の吸収が大きい事が判る.よって,NIRS 測定で が増加した場合,つまり S が増加した場合,代謝の は血管内ヘモグロビンによる光の吸収は毛細血管が一 増加により酸素が使われ,その局所では oxy-Hb が減 番寄与すると言える.また,毛細血管が灌流している り deoxy-Hb が増加するが,それらは血管床が増加し 領域の体積が最も多いことからも,NIRS 信号には主 ただけで速度 v が増加しない場合は,洗い流される として毛細血管でのヘモグロビンの吸収が関与してい ると考えられる.それは太い血管ではそこに入った 図 13.血管径と吸収量 図 14.近赤外光の吸収モデル 図 15.光トポグラフにおけるヘモグロビン変化のシミュレーション ―7― 脳循環代謝 第 17 巻 第1号 表2.筋肉と脳の血流変化の違い 代謝増加時の血流変化 筋肉 脳 total-Hb 増加成分 oxy-Hb deoxy-Hb その他 若干増加,負荷量に依存 若干増加 S >> v 低下 増加 筋 肉 に 固 定 し た Myoglobin が ありそのため v に依存しない 代謝の増加以上に増加 大きく増加 v >> S 増加 低下 S が増加すると脳圧が上昇する ため,主として v が増加 図 16.慢性内頸動脈閉塞患者における,手の把握運動タスク時のヘモグロビン変化 ことなくすべてその場にとどまり,検出されるため, 10% 増加し,脳血流 CBF が 40% 増加するとし,CBF total-Hb,oxy-Hb,deoxy-Hb のすべてが増加するパ の増加分の内,v の増加は 21% であるとして計算し ターンとなる.筋肉の場合は血流増加がなく,Mb の た結果を示しており,実際のデータとよく一致してい 存 在 の た め v の 増 加 は 無 視 さ れ る た め oxy-Hb と る. deoxy-Hb がミラーの様に変化するが,脳は脳血流が 6.筋肉と脳との違い 大きく増加しているため,パターンが異なる.一方, 血流速度 v が増加した場合は,後で説明するように, deoxy-Hb の洗い出しが生じ,図 12―b 右に示すよう 以上より,筋肉では図 4 で示すように運動負荷時, なタスク時の deoxy-Hb の低下を説明できる.この現 つまり代謝の増加時に oxy-Hb が低下し,deoxy-Hb 象をより詳しく説明したのが図 14 である.つまり, が増加するパターンとなり,脳では total-Hb,oxy-Hb 血流速度が増加すると,deoxy-Hb は NIRS 測定で検 が増加し,deoxy-Hb が低下するパターンとなる.こ 出できない太い血管に流れ込んでしまい,検出できる の違いの原因は代謝増加時の血流増加の仕方に依存す deoxy-Hb の量が減少することとなる.これらの考え る.筋肉と脳との違いを表 2 にまとめて示す.大きな 方により計算した正常脳での光トポグラフ信号パター 違いは,脳では代謝を上回って大きく血流が増加する ンのシミュレーションを図 15 に示す.脳の代謝が ことであり,筋肉では筋肉に固定した Mb が存在し, ―8― NIRS(信号変化の原理と臨床応用) スペクトル的にヘモグロビンと区別が付かないため, を視覚化することが可能であり,臨床的応用がなされ 脳で見られた v の増加に伴う,deoxy-Hb の比較的太 ている.精神科領域でも統合失調症とうつ病患者での い血管への流入により,検出出来なくなることが少な 言語タスクに対する大脳前頭葉の反応が正常対照とこ く,たとえ v が増加しても,deoxy-Hb が減少するこ となると報告している16,17).この論文で見られている とは少ないと思われること,更に,脳は筋肉と異なり 光トポグラフ信号のパターンは,ここでいう賦活にと 堅い骨に囲まれており,S の増加により脳血流を増加 もな い oxy-Hb と total-Hb が 増 加 し,deoxy-Hb が 減 すると脳圧が亢進してしまう可能性があるため,脳血 少する正常パターンである.この論文では信号の立ち 流の増加を主として v の増加でまかなうことは目的 上がり,振幅などに注目している.他に,脳外科手術 論的には合理的であることである.筋肉は S の増加 に際し言語領(優位半球)を判定する目的で光りトポ を来しても,筋肉の体積が増加するだけで,実害は全 グラフを用いた研究がある18). くなく,v の増加より S の増加により,血流を増やし 脳の正常パターンを理解すると,病的状態のパター ていると考えられる.一方,f-MRI の信号は常磁性体 ンを解釈するのに有用である.我々は症状の無い,内 * である deoxy-Hb の周 囲 の 水 の T2 の 短 縮 に 関 係 す 頸動脈閉塞症の患者さんでの光トポグラフの測定で, る.その場合,信号の由来を NIRS 測定の様に細い血 手の把握運動を課した時の大脳一次運動野での光トポ 管に限定する条件はなく,従って,v に依存する要素 グラフのパターンを検討した19).その結果,それらの はない.つまり,動脈から毛細血管,静脈まで全てが 患者では図 16 に示すように,上記の正常パターンが 信号源になりうる.その場合信号強度はヘモグロビン 得られず,負荷時に total-Hb と deoxy-Hb が上昇する 濃度に依存するため,静脈などの太い血管が信号に強 など,正常で見られる脳血流のオーバーシュートが認 く関与する.このことで,deoxy-Hb 信号が f-MRI 信 められず,脳血流増加が必要な状態で v が増加せず, 号と相関がみられないことを説明できる.つまり両者 S が主として増加していることが推定される.つま は deoxy-Hb に関して NIR が主として毛細血管レベ り,内頸動脈の閉塞のため, 必要な血流増加が出来ず, ルを,f-MRI が全ての血管を検出しているなど,その その分脳内の血管床を増加させ,血流を増加させよう 検出範囲が異なるのである. としている生体の防御反応が推定される.そのため血 ま た,total-Hb の 変 化 は oxy-Hb と deoxy-Hb の 和 液の脳内の滞在時間は長くなり,deoxy-Hb が増加す を見ているため,v が変化しても影響されず,v に依 ることとなる.側副血行路の発達の違いにより,動脈 存しない.結果として total-Hb は S の変化を主とし 血の流入量に違いがあるため,oxy-Hb の振る舞いは, て反映すると考える事ができる. 上昇するもの,変化の無いもの,そして低下するもの 以上をまとめると など種々のパターンが認められている.これらの結果 (1)Total-Hb は血管床 S の増加のみを反映し,速 は脳血流の予備能を反映しているものと考えられる. 度 v の変化は反映しない. 脳の虚血や低酸素状態での代謝を研究す る に も (2)Oxy-Hb は血管床の増加や速度 v の増加で増加 NIRS 測定は重要である.我々は MRS 測定と NIRS する. 測定を併用した,動物実験の測定結果を報告してい る20). (3)Deoxy-Hb は血管床の増加で増加し,速度 v の 増加により減少する. 8.まとめ (4)信号は主として毛細血管レベルの細い血管での ヘモグロビンを反映する. 以上の結果を念頭に置き,光トポグラフの結果を検 以上のように,脳循環動態の詳細は NIRS 測定を用 討すると,脳内でどのようなことが起きているかを推 いて推定することが可能であるが,今回紹介した考え 定することが出来る. 方は私の独断を含んでおり,その手法はまだ完全には 確立されてはいない.今後,種々の脳循環に関する測 7.NIRS の臨床応用 定とともに NIRS の測定を重ねることで,よりしっか りした解釈が出来るものと期待している.本総説が NIRS の理解の一助となることを願って筆を置きた 正常パターンのみでも光トポグラフは脳機能の測定 に利用可能である6).つまり,あるタスクに伴った脳 い. 代謝の亢進をそれに伴う脳内ヘモグロビン変化として 文 検出するもの で あ る.つ ま り,total-Hb,も し く は 献 1)Maruo K, Tsurugi M, Tamura M, Ozaki Y : In vivo oxy-Hb のトポグラフにより,賦活化された脳の領域 ―9― 脳循環代謝 第 17 巻 measurement of blood glucose by near-infratred 第1号 blood oxygenation. Proc Natl Acad Sci USA 87 : diffuse-reflectance spectroscopy. App Spectrosc 57 : 9868―9872, 1990 1236―1244, 2003 13)Ogawa S, Menon RE, Tank DW, Kim SG, Merkle H, 2)Tarumi M, Shimada M, Murakami T, Tamura M, Ellermann JM, Ugurbil K : Functional brain mapping Shimada M, Arimoto H, Yamada Y : Simulation study by blood oxygenation level-dependent contrast mag- of in vitro glucose measurement by NIR spectroscopy netic resonance imaging. Biophysics J 64 : 800―812, and a method of error reduction. Phys Med Biol 48 : 1993 2373―2390, 2003 14)Lie H, Chance B, Hielscher AH, Jacques SL, Tittel 3)Larin KV, Motamedi M, Ashitkov TV, Esenaliev RO : FK : Influence of blood vessels on the measurement Specificity of noninvasive blood glucose sensing using of hemoglobin oxygenation as determined by time- optical coherence tomography technique : a pilot resolved reflectance spectroscopy. Med Phys 22 : study. Phys Med Biol 48 : 1371―1390, 2003 1209―1217, 1995 4)灰田宗孝:オプトエレクトロニクス.Clinical Neurosci- 15)Sakai F, Nakazawa K, Tazaki Y, Ishii K, Hino H, Iga- ence 14 : 754―755, 1996 rashi H, Kanda T : Regional cerebral blood flow and 5)灰田宗孝,篠原幸人:解説 測定法 第 18 回 Near hematocrit measured in normal human volunteers by Infrared.脳と循環 5 : 75―78, 2000 single-photon emission computed 6)灰田宗孝,堀江英子,栗田太作,篠原幸人,川口文男, 小泉英明:光トポグラフィー法による脳機能測定.脳 循環代謝 J 16)Sudo T, Fukuda M, Ito M, Uehara T, Mikuni M : Mul- 11 : 63―64, 1999 7)灰田宗孝:近赤外光線法 tomography. 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Neuroscience Letters 256 : lytical Biochemistry 227 : 54―68, 1995 49―52, 1998 10)灰田宗孝:脳機能計測における光トポグラフィ信号の 19)Haida M, Shinohara Y, Kawaguchi F, Koizumi H : Ap- 意味.Medix 36 : 17―21, 2002 plication of optical topography to internal carotid ar- 11)Feng CM, Narayana S, Lancaster JL, Jerabek PA, tery occlusion. J Stroke and Cerebrovascular diseases Arnow TL, Zhu F, Tan LH, Fox PT, Gao JH : CBF 9(2)supplment 1 : 295―296, 2000 changes during brain activation : fMRI vs. PET. 20)篠原伸顕,灰田宗孝,栗田太作,篠原幸人:低酸素状 Neuroimage 22 : 443―446, 2004 態における脳エネルギー代謝と酸素飽和度の変 12)Ogawa S, Lee TM, Kay AR, Tank DW : Brain mag- 化―31P-MRS と近赤外分光法による検討―.日本臨床 netic resonance imaging with contrast dependent on 生理学会雑誌 ― 10 ― 32 : 289―294, 2002