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東日本大震災で被災した局内ケーブル内部の 変色原因調査

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東日本大震災で被災した局内ケーブル内部の 変色原因調査
東日本大震災で被災した局内ケーブル内部の
変色原因調査
東日本大震災で被災し,内部に海水が浸入した局内ケーブル外被の内側,およびケーブル内部の心線被覆が黒く変
色している事象が発見されたため,NTT東日本技術協力センタでは変色原因とそれが設備に与える影響の有無につ
いて調査を行いました.
調査の背景
ケーブル外被・心線被覆の観察・分析
東日本大震災のとき,太平洋沿岸のNTT局のビルは2階
(1) デジタルマイクロスコープ観察
にあるMDF(配線分配装置)室まで津波によって浸水しま
現場より回収した変色ケーブル外被,および変色心線被
した.後日当該ケーブルに心線故障が発生したのでケーブル
覆(変色試料)について,断面をデジタルマイクロスコープ
外被を一部切り開いてみたところ,局内ケーブル内部まで海
で観察したところ,表面から約30∼100μmが黒く変色し
水が浸入しており,ケーブル外被の内側およびケーブル内部
ており(図3,4),それより内側は変色していませんでし
の心線被覆が黒く変色しているケーブルがあることが発見さ
た.海水と接触した部分のみが変色しているものと推定され
れました(図1,2).そこで,変色原因および設備に与え
ます.
る影響の有無について調査を行いました.現場調査の結果,
変色している局内ケーブルはA社製,およびB社製で,製
(2) FT-IR分析
変色試料について,FT-IR(フーリエ変換型赤外分光)
*1
を行ったところ,ケーブル外被,および心線被覆は
造年は1 9 XX∼1 9 YY年でしたが,同じケーブルで海水が
分析
入っているのにもかかわらず変色していないものもありまし
軟質PVC(Poly Vinyl Chloride:ポリ塩化ビニル)製で
たが,特定の製造会社や製造年のケーブルのみが変色して
した.また,同じ現場より回収し,変色していなかったケー
いるという傾向は見られませんでした.
ブル外被,および心線被覆(非変色試料)について同様の
*1
FT-IR分析:測定試料(主に有機物)の赤外光の吸収を波長ごとに測定す
る装置.試料の分子構造の分析などに利用しています.
黒く変色した心線被覆
図1 変色した心線被覆
図2 変色したケーブル外被内側
NTT技術ジャーナル 2013.4
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レンズ Z20:X200
変色部分
レンズ Z20:X200
500μm
500μm
図3 変色ケーブル外被断面
図4 変色心線被覆断面
分析を行いましたが,変色試料とIRスペクトルに違いは見
した分析で鉛が検出されています.鉛系安定剤を含むPVC
られませんでした.この結果から,軟質PVCの分子構造が
が変色した事例
変化し,変色が生じたという可能性は低いと考えられます.
で酸素が少ない(またはない)嫌気的環境となると,硫酸
(3) 元素分析
変色試料中に含まれる元素を特定するため,変色試料お
(1)
が報告されており,地中埋設PVC管など
*3
塩還元バクテリア
が周囲の硫酸イオンを還元して硫化水
素を発生させ,PVC中の鉛と反応して硫化鉛を生成して黒
よび非 変 色 試 料 の表 面 に対 し, E D S ( E n e r g y
く変色することがあるとされています.この現象を参考に,
Dispersive x-ray Spectroscopy:エネルギー分散型X
下記の3つの状況から本件も同様のメカニズムによって黒く
線)分析,XRF(X-Ray Fluorescence:蛍光X線)分
変色したのではないかと推定しました.
析
*2
を行って含有成分を比較しました.その結果,塩素,
①
アルミニウム,鉛,硫黄といった元素が検出されました.こ
海水中には2500∼3000 ppm程度の硫酸イオンが含
れらの元素は変色試料,および非変色試料の両試料から検
まれている.
②
出され,塩素,アルミニウム,鉛は両試料間で含有量に有
変色試料からは非変色試料と比較して数倍高濃度の
硫黄が検出されている.
意な差は確認されませんでした.塩素はPVCの分子構造中
③ ケーブル内に海水が浸入した後はケーブル内部での移
にもともと含まれており,アルミニウムと鉛はPVCに添加さ
流拡散は生じないため,酸素供給はケーブル端からの
れている安定剤が起源であると考えられます.硫黄元素の
溶存酸素の濃度勾配による拡散のみに依存する.その
み,変色試料は非変色試料に対して数倍の含有量を示すこ
ため,内部が海水で満たされたケーブル内部は嫌気的
とが分かりました.
変色原因の推定
PVCには安定剤としてステアリン酸鉛を代表とする鉛系
安定剤が用いられていることが多く,当該ケーブルの外被,
および心線被覆に用いられている軟質PVCにおいても前述
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NTT技術ジャーナル 2013.4
*2
*3
EDS分析,XRF分析:測定試料がどのような元素でできているのかを分
析する装置.EDSとXRFでは方式が異なり,それぞれ得意・不得意な分
析領域があるので併用して利用しています.
硫酸塩還元バクテリア:通常,好気的(酸素のある)環境下では呼吸に
は酸素(O2)が使われますが,嫌気的(酸素がない)環境では硫酸イオ
ン(SO42−)から酸素原子を奪って呼吸に使用するバクテリアが活動・増
殖します.
硫化水素
ガス発生
硫化鉄
ケーブル外被
心線被覆
超純水
希硫酸
試験前
試験後
図6 変色を再現した外被および心線被覆
図5 再現実験の概要
PVCに含まれる鉛系安定剤と反応し,黒色の硫化鉛を生成
し,変色に至ったものと推定されます.海水が浸入したもの
環境になりやすいと考えられる.
の変色していないケーブルは海水中の溶存酸素が十分に消
費されていなかったり,海水の浸入量が少なく内部が完全
再現実験
に海水で満たされている部分が短く,拡散により酸素が供
私たちは前述の可能性を検証するために,再現実験を実
給されるために硫酸塩還元バクテリアが活動していないもの
施しました.実験室のドラフト内において,容量約5Lのポ
と考えられます.変色は外被や心線被覆のごく表面にとど
リプロピレン製の容器内において,ビーカーの中に変色して
まっており,絶縁等に悪影響は及ぼさないと考えられます
いないケーブル外被と心線被覆を設置し,試料の約半分の
が,変色の有無にかかわらず,海水の浸入したケーブルは心
高さまで超純水約 25 mlを注ぎました.容器内の隣のビー
線被覆が経年劣化し,ヒビが入ったりするとケーブル内部
カーにおいて硫化鉄(Ⅱ)の粉末約1gに10%希硫酸5ml
の海水により短絡する危険性が高まります.そのためケーブ
を注いで容器を密閉し,約100 mlの硫化水素を発生させた
ルをすみやかに更改することを推奨します.
後,常温で24時間静置しました(図5).その結果,ケー
ブル外被および心線被覆が黒く変色することが確認されまし
た(図6).この結果から,発生した硫化水素ガスがケーブ
ル外被および心線被覆に含まれる鉛と反応して,黒色の硫
化鉛を生成したものと考えられます.また,超純水に浸した
部分と空気中に露出した部分で変色の有無に差は見られな
かったため,水に溶け込んだ硫化水素によっても変色が発生
することを確認しました.
■参考文献
(1) http://www.ppfa.gr.jp/05/index02.html
◆問い合わせ先
NTT東日本
ネットワーク事業推進本部
サービス運営部 技術協力センタ
材料技術担当
TEL 03-5480-3703
FAX 03-5713-9125
E-mail miwa east.ntt.co.jp
結 論
実験の結果から,ケーブル内に浸入した海水の溶存酸素
が微生物等に消費されて嫌気的環境となり,硫酸塩還元バ
クテリアが海水中の硫酸イオンを還元して硫化水素が発生
し,硫化水素がケーブル外被と心線被覆の素材である軟質
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