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1 教師の力量向上を目的とした人事評価の原則と成立要件 髙谷哲也

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1 教師の力量向上を目的とした人事評価の原則と成立要件 髙谷哲也
日本教師教育学会第 15 回研究大会 自由研究発表
教師の力量向上を目的とした人事評価の原則と成立要件
―人事評価の理論と教師の力量形成に関する知見の両面からの一考察―
髙谷哲也(大阪市立大学・院生)
1.本研究の目的
本研究では、教員1の力量向上を目的とした人
事評価2の原則と成立要件について、人事管理・
人事評価の理論と、教員の仕事の特徴や力量形
成に関する知見の両面から論考する。
現在、日本全国で従来の教員の勤務評定に替
わる「新たな人事評価」3制度が導入・実施され
始めている。しかし、先行的に実施されている
都府県においては、問題点が多く指摘されてき
ている。例えば、
「A(優れている)
」と「B(普
通)
」の違いが、
「十分な」理解や「適切な」指
導か否かと表現されるような不明確な評価基準、
各学校が状況に即して独自に設定した基準・観
点で行った絶対評価の結果を全教員の相対評価
へと変換する問題、評価結果の本人開示の先送
りや異議申し立て制度の不備、などである。ま
た、目的としている教員の意欲や力量の向上に
貢献しているとはいいがたい状況にあることが
指摘され始めている4。
問題点が次々と指摘されたり、効果がみられ
ない原因は、
「新たな人事評価」がまだ学校現場
に定着しておらず、未成熟だからではない。な
ぜなら、本来人事評価制度とは、時期がたてば
成熟するようなものではなく、作られた時点か
ら陳腐化するものだからである5。つまり、制度
の成熟度の問題ではなく、そもそも制度自体・
実施方法自体に欠陥や根本的な問題があるので
はないかと考えるべきである。もちろん、試行
一年目で勝手がわからないなどの意味で、まだ
学校現場に定着していないという問題も確かに
ある。しかしそれ以上に、はやくも多くの問題
点が指摘され、被評価者である教員の納得が得
られていない現状からは、制度自体に欠陥・問
1
題があるのではないか、教員の人事評価として
適切な制度や方法になっていないのではないか、
という根本的・本質的な部分を問い直す必要が
あるといえるだろう6。
その際、
「新たな人事評価」は「教員の」
「人
事評価」であるから、次のふたつの側面からの
検討が必要である。すなわち、学校組織や教員
の仕事の特質に適合しているかどうか、人事評
価として成立する条件を満たしているかどうか、
である。
教員の人事評価を対象としたこれまでの研究
の多くは、教師論や教師の職能成長論を基盤と
して評価のあり方が論考されてきた。しかし、
組織論や人事管理論といった、人事管理の観点
もあわせた研究はほとんど行われていない。そ
のため、現在の人事評価が「学校や教員の世界
には合っていない」という、前者の観点からの
主張は多くなされてきたが、では、
「教員の人事
上の評価とはどのようなものでなければならな
いのか」という、後者の観点も踏まえた具体的
な代替案や改善案の理論的な提示ができる段階
にまでは至れていない。教師の力量向上につな
がる評価としてみた場合の教員の人事評価の問
題点は多く明らかにされてきたが、一方の人事
評価としての問題点や改善課題についてはまっ
たくといっていいほど明らかにされていないか
らである。
人事評価とは、配置・研修・処遇などと深く
関連する、人事管理の重要なサブ・システムのひ
とつである。評価の方法は、評価の目的によっ
て大きく異なるため、当然のことながら、評価
のあり方はその目的に沿った観点から論考され
なければならない。したがって、人事評価のあ
教師の力量向上を目的とした人事評価の原則と成立要件
り方について議論するにあたって、人事管理の
いて主に半年単位で行われているものを 1 年単
観点からの論考は不可欠な研究領域である。
位に変えたものが導入されている。
以上の理由より、本研究では最初に、これま
しかし先に結論からいえば、実は根本的にこ
でほとんど研究がなされてこなかった、人事管
の論理自体に誤りがあること、また、論理は正
理・人事評価の観点からの教員の「新たな人事
しいがそれが正しく評価制度や評価方法に反映
評価」の問題点の検討・整理を行う。また、先
されていないことを指摘できる。現在の教員の
行諸研究において明らかにされてきた教員の仕
「新たな人事評価」を、人事管理や人事評価の
事や学校組織がもつ特徴について、他の職業や
理論とつきあわせると、以下の 3 点の問題点が
営利組織との違いを中心に整理する。それらを
明らかになる。それは、①人事全般の基盤とな
通して、教員の仕事の特徴や力量形成に関する
る制度が未確立であること、②業績管理と人事
知見と人事管理・評価の理論との両面から、今
管理(業績評価と人事評価)が区別されていな
後の教員評価研究ならびに教員人事評価制度の
いこと、③教員の職務特質に適合した目標管理
構築・改善の際に、基盤や前提となる教員の人
が採用されていないこと、である。
事評価の原則や成立要件について明確化・提案
することを試みる。
①人事全般の基盤となる制度が未確立の問題
第一に、現在の教員の「新たな人事評価」は、
評価制度だけを表面的に能力・業績を中心とし
2.人事評価としての現在の教員の「新たな人
事評価」
現在全国的に導入実施が進む教員の「新たな
人事評価」は、各都道府県によって目的や性格
が多少異なるが、以下の点で共通の特徴がみら
れる。それは、教員の資質能力の向上を第一の
目的としている点、能力と成果(業績)を適切
に評価することを目指している点、目標管理の
手法を採用している点である。それらは、次の
ような論理によって結び付けられている。すな
わち、学校教育の成否を握る教員の資質能力の
向上のためには、これまで以上に各教員の能力
と成果を適切に評価し人材の活用・育成へと活
かさなければならず、また、学校という組織の
構成員である各教員が一丸となって、教育問題
の解決や学校教育の活性化・改善に取り組むた
めには、組織の目標に適合した目標設定・自己
評価が必要であり、その手法として目標管理の
採用が適当である。という論理である。この論
理のもと、能力や成果を適切に評価するための
評価方法として、企業の能力主義型・業績主義
型の人事評価の手法を参考にしたSABCD など
の段階評価が、目標管理については、企業にお
た形へと移行したものであるといえる。本来、
能力を中心とした人事評価へと移行する場合、
人事評価制度よりも先に、人事全般の基盤とな
る制度の設計が求められる。能力開発を行うに
しても、能力評価を行うにしても、土台となる
明確な基準が必要だからである。日本企業の場
合、主にその基盤とされているものが職能資格
制度である。職能資格制度とは、職務調査を通
して組織に必要な能力を抽出し、職種別・熟練
段階別にそれらを整理し、難易度区分をいくつ
かの等級に細分化して何らかの呼称(参与・主
事など)で肩書きをつけたものである。明確な
基準に基づいた職能資格制度の確立なくして能
力主義人事は成立しないため、能力主義型の人
事評価を導入する際には、多大なる時間と労力
をかけて、職能資格制度の設計が事前に行われ
なければならないと考えられている7。
教員の「新たな人事評価」の場合は、公務員
の職能資格制度に該当する「能力等級制度」へ
の公務員制度改革に先立ち、人事評価制度だけ
を能力・業績を中心としたものへと移行した形
になっている。つまり、本来能力による人事の
2
日本教師教育学会第 15 回研究大会 自由研究発表
基盤となる「能力等級制度」の確立が先にあっ
期待成果と比較して把握する評価活動を、営利
て、その上で能力を中心とした人事評価制度へ
企業では業績評価と呼んでいる。
の移行が可能となるという、制度確立の順序と
当然のことながら、組織の方向性を決める経
は逆転している。人事評価で問われる「能力」
営目標は、組織の構成員の人事管理にも影響を
や「成果」の中身や基準が不明確なままであっ
及ぼす。部門や個人に期待される役割と成果の
たり、具体的に人事の改善や教員の力量向上に
効率的・効果的な実現のために、どのような人
どのように繋がるのかもみえないといった現状
事管理(配置・能力開発・報酬管理など)が必
の原因のひとつは、
ここにあるといえる。
また、
要となるかが検討され、決定されるからである。
より根本的な問題として、そもそも教員に「能
そして実際に人事管理がうまく機能しているか
力等級制度」が必要なのかという問題があり、
どうかを確認し、改善のための情報を得ること
教員の「能力等級制度」のあり方についてまだ
を目的に行われる評価活動が、人事評価である。
十分な議論がなされていない現状は、能力と業
この意味で、人事評価は昇進や賃金を決定する
績を中心とした人事評価が成立する要件を欠い
ためのだけのものではない。人事評価によって、
たままでの実施であるということができる。
現在の配置・異動は能力を十分に発揮できるも
の(もしくは能力開発に適したもの)であるか
②業績評価と人事評価が区別されていない問題
どうか、賃金の決め方は労働意欲の向上に効果
第二に、本来、目的も機能もまったく異なる
的に機能しているか否か、といった情報が明ら
人事評価と業績評価の区別がなく、両評価の関
かにされ、組織の構成員の能力開発や、人事の
連付け方にも誤りがある。
あり方自体の改善にも結びつけられなければな
組織は、経営目標の達成のために組織の構成
らない。
員(部門や個人単位)に期待する成果がある。
このように、部門や個人の成果を確認する業
その期待成果に照らして確認した部門や個人の
績管理のサイクルに組み込まれた業績評価と、
成果を経営目標や経営計画にフィードバックし、
人事管理のサイクルに組み込まれた人事評価は、
より効果的な組織運営へと改善を行う。この、
目的も機能もまったく異なる評価であり、図 1
部門や個人が仕事の結果として実現した成果を
に示したように明確に区別される8。そして、成
経営目標
長期経営計画
短期経営計画
期待成果
期待役割
個人の成果
情意
能力
報酬
就業条件
能力開発
配置・
異動
部門の成果
業績評価
人事評価
人事管理
目標管理
管理職による評価
人事管理の改善への
情報提供
経営計画の作成へ
フィードバック
総合評価
成果(業績)の管理システム
人事管理の領域
図 1. 人事管理の理論上の人事評価と業績評価の関係
3
教師の力量向上を目的とした人事評価の原則と成立要件
果(業績)の評価と人事評価の連結は、
「
『いま』
たこと、円高により賃金コストが上昇し年功的
の労働意欲を刺激するかもしれないが、長期的
要素で賃金を決定することが大きな負担になっ
な観点に立った労働意欲の維持・向上と人材育
てきたことから、職能資格制度を基盤とした能
成とは必ずしも両立しない」9ため、まったく関
力主義人事へと移行してきた10。しかし、能力
連付けない場合から大幅に関連付ける場合まで、
主義でも、個人の能力を正確に把握することが
人事評価の目的に合わせて決定される。
困難で、評価や処遇が年功的運用にならざるを
教員の「新たな人事評価」においては、能力
得ない企業が多く存在した。そこで、賃金の決
開発のためには成果を確認することが必要だと
定要因として潜在的な保有能力ではなく、顕在
の理由で、能力の評価と並ぶもうひとつの大き
的な発揮能力もしくは仕事の結果としての成果
な柱として、実績や成績といった名称で業績の
(業績)を用いる業績主義が、能力主義と併用
評価が導入されている。例えば、図 2 に示すよ
する形で採用され始めた11。つまり、人事評価
うに、東京都では業績評価として能力・情意・
へ業績評価を厳しく関連付ける理由は、賃金コ
実績の評価が、大阪府では能力と並ぶ評価の二
ストの削減を目的とした人事評価が必要となっ
本柱のひとつとして業績評価が設計されている。
たからである。この意味で、教員の職能向上を
そこでは、本来の人事評価と業績評価の目的や
目的とする人事評価制度の設計において、
「意欲
機能の区別はなく、業績評価は能力や情意の評
や職能向上のためには業績を厳しく評価し、処
価と同列の、人事評価を構成する単なる一評価
遇に反映しなければならない」とする論理は誤
領域として位置づけられている。また、職能向
りである。
上を目的とした人事評価であるにもかかわらず、
業績評価がかなりのウェートを占める形で設計
③目標管理が適切に採用されていない問題
されている。
教員の「新たな人事評価」における目標管理
現在、多くの企業が人事管理の業績主義化を
は、年度当初に校長が示した学校教育目標なら
進め、人事評価に占める業績評価の割合を高め
びに学校経営目標と整合性のとれた目標を各教
ているが、その理由・論理は、次のようなもの
員が設定し自己申告し、適宜管理職との面談に
であることを確認しておかなければならない。
て修正を行い、年度末に自己評価を行うもので
企業では、右肩上がりの成長パターンが瓦解し
ある。そしてそれは、営利企業において業績評
人事評価
人事評価
人事評価
業績評価
業績
能力
意欲
実績
能力
実績
情意
能力
業績評価
目標管理
目標管理
目標管理
管理職による評価
管理職による評価
管理職による評価
総合評価
総合評価
総合評価
職員の資質能力の向上
学校組織の活性化
東京都
「教育職員人事考課制度」
教職員の人材育成と能力開発
学校全体の教育力の向上・活性化
神奈川県
「教職員の新たな人事評価システム」
図 2. 「新たな人事評価」の構造
4
教職員の意欲・資質能力の向上
学校教育活動の充実・組織の活性化
大阪府
「教職員の評価・育成システム」
日本教師教育学会第 15 回研究大会 自由研究発表
表 1. 職務の型と目標管理のタイプ
職務A
職務の特質
目標管理の
ねらい
職務C
職務B
結果と手段が明確
担当者の自己統制の範囲は小
「目標の受容と育成のための目標管理」
結果と手段が中程度に明確
自己統制の範囲は中程度
「評価制度としての目標管理」
結果と手段が不明確
担当者の自己統制の範囲は大
「相互調整のための目標管理」
・反復的な職務において,一定期間ごとに重点
目標を立てることによる動機づけ
・組織全体の中での担当職務の位置づけの把握
・何がどの程度できるようになったかという成
長過程を知る
・面接による上司と部下のコミュニケーション
・組織目標と関連した比較的明確な目標を自己
設定できることから,目標を評価基準として,
個人の一定期間の業績を評価する
・チーム内全体でのコミュニケーション・ツー
ル
・短期的な目標の達成度を重視するのではなく
職務の進捗方向が組織の上位目標とのズレが
ないかを長期的にはかるための指標
・評価手段としてではなく,メンバー間での評
価の納得性を高めるための情報提供の場
面接の型
出典:奥野明子『目標管理のコンティンジェンシー・アプローチ』白桃書房、2004 年、198 ページ。
価の評価方法として採用されている目標管理の
示によって仕事を進めることが多い」13職務特
手法と同様のものである。
質のものであり、教員の職務の特質とはまった
ここで、この目標管理の手法は、本来業績評
く異なる。詳しくは次節で述べるが、教員の仕
価の納得性を高めるために採用されている手法
であることを確認しておかなければならない。
事の特徴から考えれば、職務 B の「おおよそに
示された方向性に沿って手探りのような状態で
人事評価と業績評価は、目的も機能もまったく
試行錯誤しながら、自分の経験や判断力を生か
異なる評価であり区別されることを先に述べた
して職務を遂行する」14職務特質に適合する目
が、近年多くの営利企業で採用されている目標
標管理のタイプが採用されるべきだろう。つま
管理の手法は、そのうちの業績評価の側の評価
り、表 1 でいうところの、職務 A のタイプの目
手法であり、能力や情意の評価手法ではない。
標管理ではなく、職務 B のタイプの手法を採用
しかし、先の図 2 に示したように、人事評価
することが、教員の人事評価成立の要件となる
と業績評価の区別がされていない教員の「新た
といえる。
な人事評価」においては、本来業績評価の納得
3.教員の仕事と学校という組織の特徴
教師の仕事は、
「再帰性」
「不確実性」
「無境界
性」によって特徴づけられている15。
教師の仕事の責任はどこにもやり場のないも
のであり、
「再帰性」の強い性格をもっている。
教師の担う仕事は、
「教育の実践は決して完全無
欠ではありえず、ある視点から見た優秀さが、
別の視点から見ると決定的な欠陥になる性格を
まぬがれない」16特徴をもち、
「どこからでも批
判できる無防備な状態」17にさらされている。
この「再帰性」は、教師の成長に反省的性格
の特徴も付与している。多くの調査によって、
同僚や学校全体の専門的文化の成熟度が、教師
の成長にとって決定的な意味をもつことが明ら
性を高めるために採用されている目標管理の手
法が、能力や情意の評価にまで拡大して採用さ
れている例がある。
また、
目標管理には、
業績の評価のみならず、
育成やコミュニケーションなど、ねらいやしく
みによってさまざまなタイプがある。そして、
「それぞれの職務特質でうまく機能し、その効
果を生むような目標管理のねらいとしくみ(目
標管理のタイプ)が存在」12し、表 1 に示され
ているようなそれぞれのタイプにあった職務特
質で導入されてこそ、
効果を発揮する。しかし、
現在教員の「新たな人事評価」に導入されてい
る職務 A の目標管理のタイプは、製造部門のよ
うな、
「定型的業務が多くマニュアルや上司の指
5
教師の力量向上を目的とした人事評価の原則と成立要件
かにされてきており、
「教師の成長をもっとも強
なる。
く動機づけるのは、
自らの実践経験に対する
『省
このような、無形の成果を提供する組織は、
察』と『反省』であり、その教師の経験を熟知
モノをつくる製造業のような企業組織とは区別
した同僚の助言である」18ことが指摘されてい
してサービス組織と呼ばれているが、その中で
る。
も、病院や福祉施設のように、人が人に対して
「不確実性」で特徴づけられる教師の仕事は、
サービスを提供する組織は、ヒューマン・サー
「ある教室で効果的であったプログラムが、別
ビス組織と呼ばれ、学校などの教育組織も含ま
の教室で有効に機能する保障はどこにもない」
れる24。
19性格をもつ。仕事の評価も、
「なにがよい教育
ヒューマン・サービス組織で提供されるサー
なのかを尋ねても見解は人さまざまであり、教
ビスは、金融機関やバス・鉄道会社のような他
師の実践を客観的に評価できる安定した基準は、
のサービス組織のそれとは明確に区別される。
どこにも存在していない」20ため、
「不確実性」
ヒューマン・サービス組織のサービスは、
「ある
に支配されている。しかも、
「教育の結果は、重
特定の個人を対象にして提供され」25、
「送り手
要な価値に関わるものであればあるだけ、見る
は、受け手のひとり一人に関心を集中させなけ
ことも測定することも言語化することも困難」
ればならない」26性格をもち、
「本来、家庭や地
21であるという特徴をもつ。
域社会が果たさなければならないようなことを、
組織として代行したり、代替的に行う」27点に
「再帰性」と「不確実性」という特徴によっ
て、教師の職域と責任の領域は無制限に拡張さ
独自の特徴がある。
れ、
「無境界性」の特徴をも生み出している。教
ヒューマン・サービス組織では、クライエン
師の仕事の「無境界性」は、恒常的な多忙、専
ト(client)との相互作用によって組織の成果が
門性の空洞化、雑務の領域での多忙化による専
つくられ、
「クライエントの満足という主観的な
門性と異なる部分での精神的疲労とストレスを
評価が生産性や効率を評価する指標として重視
導いており、学校や教室の運営における規則主
される」28が、満足度が高くても「その達成基
義と慣例主義を導くことにもなっている22。
準を、具体的な指標によって明示できない」29こ
この「無境界性」から本質的に脱却するため
とが多い。それゆえに、目標が抽象的になりや
には、教師の自律性と専門性を尊重して、実践
すく、より明示されやすい具体的な代替目標に
領域に総合性と統合性を保障する、専門家の共
置き換えられることがある。学校の場合でいえ
同体として学校を位置づける必要性が指摘され
ば、進学率、就職率、試験の点数などである。
ている23。
便宜上具体的な代替目標に置き換えることによ
次に、学校という組織の特徴についてみた場
って、達成した成果のある側面は客観的な指標
合、公教育を担うこと、子どもの成長・発達を
をもって把握することができる。しかし、代替
促すことが活動目的であるという点で、営利組
目標はあくまで仮のものとして設定された補助
織やサービス組織などの他の組織とは決定的に
的な目標であるため、本来それによってサービ
異なる。活動目的が違えば、必然的に活動の結
スの質(学校の場合、教育の質)が問われるこ
果として問われるべき成果も異なり、製品、生
とはあり得ないとされる30。
産量、契約数、利益やコストなどの、形にみえ
それはすなわち、業績評価のように、処遇へ
るものや数量・貨幣尺度で表されるものではな
の反映を目的とするがゆえに、客観的な指標で
く、個々の子どもの発達の状況や学習の効果と
優劣を判定できる事柄しか成果としてとりあげ
いった、無形の成果がその中心を占めることに
ることのできないような評価方法では、教員が
6
日本教師教育学会第 15 回研究大会 自由研究発表
行った教育実践の本当の質は適切に把握できな
4.力量向上を目的とした人事評価の原則と成
立要件
第 2 節において、現在の教員の「新たな人事
評価」を人事評価としてみた場合、評価の基盤
となる制度や理論といった根本的な部分に問題
があることを示した。それはすなわち、現在の
問題を解決し、教員の力量の向上につながり得
る人事評価へと改善するには、人事管理全般の
基盤となる制度や、教員人事評価の理論を根本
から再構築し直さなければならないことを意味
する。
第 3 節で確認したように、教員の仕事と学校
組織は、営利組織や他のサービス組織とは異な
る独特の特徴をもつ。学校、福祉、医療などの
ヒューマン・サービス組織は、従来、それぞれ
の特徴を強調し、企業組織を中心に据えた経営
管理論に対して自らを特殊な領域として位置づ
けることがあった。しかし、そのように論を進
めると、これらの組織は特殊な組織であり、企
業組織の変形、亜型であるとの考えに陥るとと
もに、企業組織論で得られた知見を適用して論
じれば、経営管理が難しく効率向上の余地が乏
しく生産性の低い組織である、などといった、
相違だけが強調されてしまう33。
そのため、
「変形、亜型とするのではなく、一
般的なモデルでとらえられるような方向に議論
を深める努力」34も必要とされる。特異性を正
面から見据えて、これらの組織独自の論理に注
目し、
「個々の領域を限った立論ではなく、共通
項を探りながら、ヒューマン・サービス組織論
として論理の構築を図る方が、新しい展望を期
待できる」35とともに、
「企業組織論、また、行
政組織論などに対して、強力に、独自の概念や
方法論を主張できる」36とされる。
したがって、教員の人事評価のあり方につい
ても、教師論や教師の職能成長論の側面からの
み、もしくは人事管理論や組織論の側面からの
みで理論を構築するのではなく、両者の視点を
統合し、学校や教職の特徴に適合し、かつ人事
い事を意味する。例えば、ある教員 A が受け持
つクラスの学年末の試験の平均点が 67 点だっ
たというデータが得られたとする。しかし、こ
の 67 点というデータによって、教員 A の教育
実践の成果の本質を問うことはできない。また、
そこに教員 B のクラスの平均点は 70 点だった
というデータが加わったとしても、教員 A より
も教員Bの方が教育的に優れた成果をあげたと
普遍的に証明することにはならないのは説明す
るまでもないだろう。
モノではなく、様々な背景や価値観をもった
人を相手にする教育という営みにおいては、
「1
時間当たりに 67 個の製品を完成させた従業員
A よりも、
同じ製品を 70 個完成させた従業員 B
の方が優れた成果をあげている」というように、
仕事の成果の優劣を簡単に判定することはでき
ない。文脈依存性と価値の多元性という「不確
実性」の特徴をもつ教員の仕事の成果は、客観
的な指標で測定されたデータをそのまま成果と
することはできず、他の様々な主観的、客観的
な情報と総合してその教育的意味を読み解き、
教育の成果としてどう判断するかを検討しなけ
ればならない特徴をもつ。
加えて、教員は、
「不確実性」という職務の特
徴に支配された中、現実には何度も失敗を繰り
返す中で、個々の子どもに適したより良い方法
を探りながら教育実践を展開している。それは、
短期的な教育実践の成果としてみた場合には、
失敗を重ねていることになる。この点について
八木英二は、
「不確実性」に支配された教育実践
は常に誤る可能性を抱えているため、
「ヒューマ
ンサービス労働に固有な説明責任
(accountability)は常に伴う」31が、モノの生
産と違い実行責任を問う事ができないという意
味で、
「教育(教師)は人間形成のすべての結果
にかんする実行責任(responsibility)をもたな
い」32と主張している。
7
教師の力量向上を目的とした人事評価の原則と成立要件
評価として成立し得る理論の構築が必要である。
配置、賃金、研修など、人事管理制度全体のあ
現在の企業組織論を基盤とした人事評価の理論
り方をもセットで議論し、新しい制度を構築す
を借用するだけではなく、いわば、
「教員人事評
る必要があることを意味する。
価論」ともいうべき、独自の理論や方法論の構
例えば、どの教員が次年度も自校に引き続き
築が求められる。そのような方向性で、教員の
残っており、どの教員が他校へ異動になるのか、
仕事や学校組織の特徴と、人事管理・人事評価
どんな教員が異動してくるのかが、年度開始直
の理論の両面から独自の理論を構築することを
前までわからないような人事管理が行われてい
試みれば、その根底となる教員の人事評価が成
れば、組織として前年度の反省を十分に行い、
立するための原則や成立要件として、以下の点
それに基づいた教育目標や経営計画、効果的な
を確認しておかなくてはならないことを指摘で
教員配置の決定を行うことは困難を極める。管
きる。
理職は、どの教員がどのくらいの期間自校に配
第一に、原則として、人事評価は各教員の人
属されているかがわからなければ、3 年や 5 年
事管理と人事管理制度自体の改善に結びつかな
といった長期的な教育目標や経営計画を立てづ
くてはならない。第 2 節で述べたように、人事
らく、長期的な人材育成の視点で教員の人事評
評価とは、配置・研修等の人事管理が組織目標
価を実施することも難しいだろう。
の達成にうまく機能しているかどうか、今後各
また、そのような中では、教員側も自分がい
人にどのような配置・能力開発が必要かなど、
つまでその学校に配属されているかわからない。
人事管理の改善のために組織の構成員のいまの
来年も自分はこの組織にいるという確証が無い
状態を一定の基準に基づいて評価するものであ
中では、所属する組織の長期的な計画を意識し
る。したがって、人事評価は他の人事管理と密
た、組織の一員としての目標や行動計画を設定
接に関連するものであり、人事評価制度だけを
することは難しい。本来は、配属校の 4 年 5 年
対象とし、評価基準や評価方法の良し悪し、効
先の姿を見据えた長期的な目標や運営計画を意
果などについて議論しても建設的ではない。
識し、その中で今年度自分は「どの領域でどう
人事評価は、教員配置や教員研修などの選
貢献するか」
「どのような知識や能力を獲得して
択・判断・決定が恣意的に行われるのではなく、
いくか」といったことが、人事評価を通して確
各学校の目標達成や各教員の力量向上に効果的
認されなければならない。つまり、人事管理や
かつ一定の根拠に基づいて行われるよう、参考
組織のあり方がそのような取り組みと連結して
となる情報を収集できるものでなければならな
構想されている必要があり、人事評価を改変す
い。具体的には、ある学校が達成しようとして
るならば、その新たな人事評価が成立し得る人
いる教育目標や経営計画の実現には、どのよう
事や組織のあり方も同時に議論され、改革され
な知識や能力をもった教員がどれくらいの期間
なければならない。
必要なのか、ある教員が希望する(もしくは必
第二に、人事評価は公平性と客観性の確保、
要な)力量の向上には、どのような知識や能力
透明性と加点主義が原則である。また、人事管
の向上を目的として実施される研修への参加が
理論においては、成果主義人事管理が成立する
効果的なのか、どのような学校への異動が適切
には、
「成果をある程度正確に測定できる」37と
なのか、といった、人事管理上の各種の判断・
いう前提条件が満たされている必要があること
決定の根拠となるシステムとして人事評価は設
がすでに指摘されている。
しかし、教員の仕事は、第 3 節で述べたよう
計されなければならない。
それはすなわち、人事評価制度の改変には、
に「不確実性」に支配されており、教育実践や
8
日本教師教育学会第 15 回研究大会 自由研究発表
その結果の良し悪しを客観的に判断する基準を
梶田叡一は、
「教師は、子どもとの関わりを通
設定できない。また、
「無境界性」の特徴から、
じて、自分の人間としてのあり方のすべてをさ
職域と責任領域の限定も困難である。
らけ出してしまっている」38ため、
「総合的な人
したがって、職務の成果(業績)を人事評価
間力」39が必要とされると指摘している。そし
に関連付けるに足る公平性・客観性の確保は実
て、教師に必要とされる資質能力として不可欠
質不可能といえる。また、力量向上を第一の目
と考えられるものとして、表 2 の諸点を示して
的とした評価であることも合わせて考えれば、
いる。
人事評価とは目的も機能も異なり、労働意欲の
1997 年の教育職員養成審議会の第一次答申
維持・向上と人材育成とは必ずしも両立しない
「新たな時代に向けた教員養成の改善方策につ
成果の評価(業績評価)は、図 3 に示すように
いて」では、
「教員に求められる資質能力」とし
明確に区別・分離して実施すべきであり、人事
て、
「いつの時代も教員に求められる資質能力」
評価へ厳しく関連づける必要性と妥当性は、ほ
と「今後特に教員に求められる具体的資質能力」
とんど認められない。つまり、教員の人事評価
が示された。そこでは、社会人としての資質能
は、能力と情意の評価を中心に設計されるべき
力と子ども理解に立つ指導力が特に重視された。
だといえる。
「子ども理解」の能力は、現職教員が教師の力
第三に、能力評価と情意評価が成立するため
量としてもっとも必要だと考えていることも、
多くの調査によって指摘されている40。
の要件として、人事評価で把握すべき能力(知
識・技術・資質能力)と情意の明確化が必要で
これらの知見を踏まえたうえで、教員間の優
ある。そしてそれは、図 3 に示すように、教育
劣の判定の基準としてではなく、各学校の状況
公務員として最低限求められるものと、各学校
に適した教員配置の決定や、各教員の自己成長
の状況に応じて求められるものの、2 点におい
に効果的な研修の選択を可能にするための知
て明確化されなければならない。
識・技術や能力の具体的な中身が、行政側独断
教員に求められる資質・能力には、どの学校
の決定ではなく、教員側の納得性をも確保した
に配属されようとも、教育公務員として最低限
うえで明確化されることが、公平性や透明性の
求められる知識・技術や資質能力、服務義務が
原則からも人事評価成立の要件のひとつとして
ある。
求められる。
必要な人材・期間
行政
採用・異動
報酬
資質・能力
服務規程
人事評価
能力
情意
校務分掌
研修
自校で
求められる
知識・技術
能力
態度・姿勢
期待役割・成果
各主体の期待・意見
同僚教員・子ども・保護者
地域住民など
授業評価
アンケート
協議会
学校評議員
目標管理
管理職による評価
能力開発・配置等
人事管理の改善
総合評価
制度・組織側の
問題の明確化と改善
学校評価
教育評価
経営評価
人事評価の領域
図 3. 人事評価と人事管理、成果の評価の関係
9
成果の確認
部門の成果
知識・技術
研修
経営目標(方針)
自校
個人の成果
教育公務員として
求められる
人事管理
学校教育目標
教師の力量向上を目的とした人事評価の原則と成立要件
表 2. 学校教師に不可欠な能力・特性(コンピテンシィ)
出典:梶田叡一『教育評価(第 2 版補訂版)
』有斐閣、2002 年、250 ページ。
ただし、繰り返しになるが、それらはあくま
開発することが現実的であるとされている。
で最低基準の明確化にすぎない。勝野正章も指
一方で、学校教育の改善につながる力量の向
摘するように、
「教師の専門性(専門的知識・技
上を果たすためには、教育公務員として最低限
術・資質)に関する、教員評価の制度的基準は、
求められる知識・技術や資質能力、服務義務に
すべての教師に共通して求められる『最低基準』
加えて、各学校の状況にあわせた、その学校独
でなくてはならない」41ことが、教員の人事評
自の評価項目も設定される必要があるだろう。
価の限界(原則)として、常に確認されておか
本来人事評価を通して把握すべき情報は、各学
なくてはならない。教育職員養成審議会の第一
校の教育目標や経営計画の達成に必要なもので
次答申においても、すべての教員が一律にすべ
あるから、各学校の状況に応じた項目が必要不
ての資質能力を高度に身につけることを期待す
可欠である。
るのではなく、最小限の知識や技能を獲得した
例えば、学校全体で学力向上を目指し、その
うえで得意分野をもった個性豊かな教師を自己
具体的手段として習熟度別授業の効果的な運用
10
日本教師教育学会第 15 回研究大会 自由研究発表
方法の研究と実践を重点目標としたとする。そ
や力量向上に求められる姿勢(情意)とは、ど
の場合、本質的に問われなければならない能力
のようなものであるかが、明確化されておかな
や情意といったものは、最低限求められる資質
ければならないといえるだろう。ただしそれは、
能力や服務規程よりもむしろ、習熟度別授業の
ある行為が他の行為よりも優れた姿勢として価
実施方法に関する知識や技術の修得状況、協調
値づけられ、優劣の判定、処遇への反映に利用
性の高さ、研究・実践に対する積極的な姿勢な
できるような基準や観点を設定することを指す
どだろう。
のではない。そのような意味での情意の評価基
最後に、教師の力量形成に関しては、教育実
準が、トップダウンで全国・都道府県下一律の
践上での経験や、職務上の役割の変化、子ども
ものとして設定された場合、強力な行動管理の
との関係など、さまざまな転機や契機があり、
システムとして機能し、教員の自律性を阻害す
その中心は自校の教員集団やそこでの協働を基
ることになるだろう。また、各教員がそれぞれ
盤としたものであることが指摘されている。し
自己成長のために注力している行動について、
かし、それらの契機が力量の向上に活かされる
一律の基準をもって優劣をつけることは、得意
か否かは、主体的に学び続ける姿勢や意欲、常
分野をもった個性豊かな教師を自己開発するこ
に自身の取り組みを反省的に捉え改善を志向す
との重要性が示された教養審の答申にも反する
る姿勢、子どもや保護者に真剣に向き合おうと
ことになるだろう。
する心がけや熱意など、教員自身の自己研鑽、
教員の職務や力量向上に求められる姿勢の明
仕事や協働に対する姿勢に大きく左右される。
確化とは、あくまで「~に努めている」
「~する
教師の成長の契機となったものとして、子ど
意欲がみられる」といった形で表現されるよう
もとの関わりの中での自己成長、自己変革をあ
な、各教員の努力や熱意を正当に把握しフィー
げる教師は多く、
「このきっかけは、子どもと真
ドバックできるような観点を探求することであ
剣に向き合うことによって摑むことができる」
る。またそれは、各学校のおかれている状況に
42ものであり、
「それを摑みうるかは、ひとえに
よって異なって当然であるから、自校の教員を
子どもと向き合おうとする教師の姿勢と熱意で
中心として自律的に議論されるべきである。い
ある」43ことが指摘されている。
いかえれば、自校の状況にあわせた情意評価の
他にも、
「自己の教室の窓を開き、教室の文化
項目の設定を、管理職と教員が自律的に行う事
を外の文化と通わせないかぎり、自らの実践を
が制度的にも実践的にもできなければ、教員の
変革し自己の成長を達成することはできないが、
専門職としての自律性は、人事評価においては
それと同時に、いくら外の文化を学び吸収しよ
保障されないことになるといえるだろう。
うとも、その学び吸収した外の文化を教室の内
5.まとめと今後の課題
本研究によって、これまで理論的に検討され
てこなかった、人事管理や人事評価の観点から
みた教員の人事評価の問題点を明確にすること
ができた。人事全般の基盤となる制度が未確立
であること、業績管理と人事管理が区別されて
いないこと、教員の職務特質に適合した目標管
理が採用されていないことである。本研究で指
摘したこれら 3 点の問題点は、人事評価制度の
側で具体的な実践の事実に結実させなければ、
自らを成長させることはできない」44、
「専門職
の自律性の名のもとで、無責任、独善などに陥
らないよう、絶えざる自己反省と自己向上が教
員に要求される」45といったように、教員の姿
勢や熱意の重要性は多くの論者によって指摘さ
れている。
すなわち、人事評価成立の要件として、教育
公務員としての服務規程とは別に、教員の職務
11
教師の力量向上を目的とした人事評価の原則と成立要件
根底となる部分、またその基盤となる理論自体
校規模によっては校長・教頭が 1 年間ですべて
にみられる根本的な問題であるという意味で、
の教員の人事評価を行うことが時間的にも能力
実施方法上の不備や欠陥といった問題点よりも、
的にも不可能な問題がある。また、モノを相手
重大かつ深刻な問題であるといえる。
にする仕事ではなく、人を相手にする仕事では、
そしてそのような現状では、人事管理全般の
まだ自分の受け持つ児童・生徒の実態について
基盤となる制度や、教員の人事評価の理論その
十分把握できていない年度当初に、一年間の明
ものを根本から問い直し、再構築し直す必要が
確な目標を立てること自体に非常に困難を伴う
ある。その際に、
「教員」の「人事評価」は、教
こともある。また、教育的な意義から考えた場
員の仕事や学校組織の特徴と、人事管理や人事
合も、必ずしも適切だとはいえない。
評価の理論の両面から、
「教員人事評価論」とも
現在、教員の「新たな人事評価」は 1 年をサ
いうべき、独自の新たな理論を構築していく努
イクルとして実施する事があたりまえのように
力が求められることを指摘した。
制度化されているが、そもそも人事評価の理論
本研究では、今後その新たな理論の構築や方
において人事評価を 1 年単位で行わなければな
法論について議論していく際の土台として確認
らないというような原則はなく、むしろ能力評
しておかなくてはならない原則や要件について
価などは状況によっては 2~3 年かけて行うこ
明確化を試みた。その結果、人事評価は、配置・
とが適当とされる場合もある。すなわち、上記
研修・報酬等の他の人事管理のサブ・システム
のような現実の実態に即して考えれば、教員の
と深く連結したものであるため、人事評価制度
人事評価は 2~3 年のサイクルを中心に構想す
だけを新制度へと移行することはありえず、ま
ることも一つの案として検討されなければなら
ず新たな人事管理と組織のあり方そのものにつ
ないといえる。
いての議論と明確化が必要であること。
「職能向
このように、より具体的な評価方法や運営の
上のためには業績を厳しく評価し処遇に反映し
あり方については、実態の正確な把握なくして
なければならない」とする論理は誤りであり、
適切な方法論の構築は不可能である。本研究で
教員の仕事の特徴もあわせれば人材育成を主た
は、これまでの先行諸研究によって明らかにさ
る目的とする人事評価の設計においては、業績
れてきた知見を基盤とすることによって、教員
評価を厳しく関連づける必要性も妥当性も認め
の人事評価に求められる原則と成立要件につい
られないこと。それゆえ、教員の人事評価は能
て理論的な整理を行うことはできたが、この意
力と情意の評価を中心に構想すべきであり、そ
味でより具体的な評価方法や人事評価制度運用
の各々について、教育公務員として最低限求め
のあり方まで論考することはできなかった。今
られるものと、各学校の状況に応じて求められ
後、現在の教員の人事管理の実態、教員の職務
るものが明確にされなければならないこと。以
の実態についての入念な調査と各学校の実情を
上を原則・成立要件として指摘した。
基盤に、それらについて理論的な考察をおこな
今後、これらの原則や成立要件を基盤として、
具体的な評価方法や人事評価制度運用のあり方
を検討する必要がある。その際には、より学校
の現状に即した理論や方法論の構築が求められ、
教員の職務の実態に関する入念な職務調査と、
実践的な研究が必要である。
例えば、現状の人事評価制度のもとでは、学
12
うことが課題である。
日本教師教育学会第 15 回研究大会 自由研究発表
注
1 本研究では、教師と教員という二種類の表現
を用いている。しかし、概念上厳密な区別をし
ているのではなく、文脈上、教育専門家として
の意味が重視される場合に教師、教育公務員の
一員としての意味が重視される場合に教員とい
う表現を用いた。
2 社員、従業員、職員など、組織の構成員の人
事管理上の異動・研修・賃金等の決定のために
行われる評価には、人事評価、人事考課、査定
などの様々な言葉が用いられているが、本研究
ではそれらを総称する言葉として人事評価を用
いる。
3 本研究においては、従来の勤務評定に替わる
ものとして導入、実施されている教員の人事評
価を、
「新たな人事評価」と表現する。また、具
体的には主に以下の資料・文献より特徴を整理
したことをここで断わっておく。
【東京都】
東京都教育職員人事研究会編著『東
京都の教育職員人事考課制度』ぎょうせい、
2000 年。
【神奈川県】教職員人事制度検討委員
会報告書「教職員の新たな人事評価システムに
ついて」2003 年、神奈川県教育庁管理部教職員
課「教職員の新たな人事評価システムのあらま
し」2003 年。
【大阪府】教職員の資質向上に関
する検討委員会最終報告「教職員全般の資質向
上方策について」2002 年、
大阪府教育委員会
「教
職員の評価・育成システム 手引き①」
2005 年、
大阪府教育委員会「教職員の評価・育成システ
ム 手引き②」2005 年。
4 勝野正章『教員評価の理念と政策―日本とイ
ギリス―』エイデル研究所、2003 年、28 ペー
ジ。
5 金津健治「納得性高める目標管理制度改善マ
ニュアル」労務行政研究所『最新人事考課事情
“成果主義”のカギを握る仕組みと実践』2002
年、25 ページ。
6 一般に、新しい人事評価制度への移行の際に
は、多大なる労力と時間を費やし新制度の構
築・準備が入念に行われ、評価者・被評価者両
者の新しい人事評価制度の十分な内容把握・理
解が徹底して行われなければならないとされる。
制度に不備・欠陥があるままの実施や、評価者
や被評価者の評価制度の内容把握や一定の納得
13
性の確保ができていない状態での実施は、成熟
よりも形骸化を早めるだけであり、納得性と効
果が時間を経れば高まるとは考えにくい。
7 この点については、以下の文献が詳しい。楠
田丘『人事考課の手引』日本経済新聞社、1981
年。竹内裕『能力主義人事の手引』日本経済新
聞社、1996 年。
8 図 1 は、人事管理の理論上の人事評価と業績
評価の関係を図示したものであるが、以下の文
献を参考に、発表者が作成したものである。今
野浩一郎・佐藤博樹『人事管理入門』日本経済
新聞社、2002 年。楠田丘、上掲書。斎藤清一『改
訂 3 版 人事考課実践テキスト』経営書院、2003
年(第 1 版、1998 年)
。竹内裕、上掲書。
9 今野浩一郎・佐藤博樹、上掲書、23 ページ。
10 竹内裕、上掲書、10-14 ページ。
11 正亀芳造「成果主義賃金制度の展開」奥林康
司編著『成果と公平の報酬制度』中央経済社、
2003 年、12 ページ。
12 奥野明子「目標管理と報酬制度」奥林康司編
著、上掲書、48 ページ。
13 同上書、49 ページ。
14 奥野明子『目標管理のコンティンジェンシ
ー・アプローチ』白桃書房、2004 年、195 ペー
ジ。
15 稲垣忠彦・久冨善之編『日本の教師文化』東
京大学出版会、1994 年、32 ページ。
16 同上。
17 同上。
18 同上書、33 ページ。
19 同上。
20 同上書、34 ページ。
21 同上。
22 同上書、35 ページ。
23 同上書、36 ページ。
24 田尾雅夫『ヒューマン・サービスの組織』法
律文化社、1995 年、9 ページ。
25 桑田耕太郎・田尾雅夫
『組織論』有斐閣、1998
年、349 ページ。
26 同上。
27 同上書、350 ページ。
28 田尾雅夫、上掲書、22 ページ。
29 同上。
30 桑田耕太郎・田尾雅夫、上掲書、358-359 ペ
教師の力量向上を目的とした人事評価の原則と成立要件
ージ。
31 八木英二『ヒューマンサービスの教育』三学
出版、2000 年、22 ページ。
32 同上。
33 桑田耕太郎・田尾雅夫、上掲書、351-352 ペ
ージ。
34 同上書、352 ページ。
35 同上。
36 同上。
37 楠田丘編
『日本型成果主義』
生産性出版、
2002
年、121 ページ。
38 梶田叡一『教育評価(第 2 版補訂版)
』有斐
閣、2002 年、249 ページ。
39 同上書、251 ページ。
40 例えば、以下の研究において報告されている。
松井賢二・生田孝至「現職教員が必要と考える
実践的力量」教育工学関連学協会連合全国大会
実行委員会編『教育工学関連学協会連合全国大
会講演論文集』第 6 号(1)
、2000 年、179-182
ページ。鈴木真雄・実践的指導力研究プロジェ
クト「教員の授業観、資質・力量観に関する基
礎的研究」
『愛知教育大学研究報告 教育科学編』
第 47 号、1998 年、67-76 ページ。
41 勝野正章「教員評価と教師の専門性」
『日本
教師教育学会年報』第 10 号、2001 年、65 ペー
ジ。
42 小島弘道・北神正行・平井貴美代『教師の条
件』学文社、2002 年、165 ページ。
43 同上。
44 稲垣忠彦・久冨善之、上掲書、33 ページ。
45 小島弘道・北神正行・平井貴美代、上掲書、
97 ページ。
14
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