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乳児期の発達と映像メディア接触

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乳児期の発達と映像メディア接触
乳児期の発達と映像メディア接触
:影響性に関する因果推定の可能性を探って
菅原ますみ 1・酒井厚 2・服部弘 3・一色伸夫 3
(1 お茶の水女子大学、2 山梨大学、3NHK 放送文化研究所)
1.
はじめに
テレビやビデオなどの映像メディア (screen media) への接触と子どもの発達との関連
については、幼児向け教育番組の視聴が就学期の認知発達や青年期での学業成績の良好さ
に関連するという子どもの発達にとってのポジティブな関連性(Wright et al., 2001;
Anderson et al., 2001)と、幼児期の長時間視聴が中・長期的な肥満などの心身の健康問題
(Hancox et al., 2004; Chiristakis et al., 2004 Reilly et al., 2005)と関連したり、児童早期での
暴力番組へ接触頻度の高さが後の攻撃性と関連する(Paik & Comstock, 1994; Huesmann et
al., 2003; Browne, 2005)など心配すべきネガティヴな結果との両面についての報告がなさ
れてきている。しかし、これまでの研究は幼児期・児童期以降を対象としたものがほとん
どであり、乳児期に関する検討は最近始まったところである(Rideout et al., 2003)。
乳児期をどのように定義するかは諸説があり、日本の母子保健法では 1 歳未満の子ど
もを乳児と定義しているが、
保育現場では 3 歳未満児への保育を乳児保育と総称している。
発達心理学的に見ると、個人差はありつつも自立歩行や言語の開始が多くの子どもに実現
する 1 歳半頃を乳児期の終わりと捉え、それ以降の 2
(toddler hood)”、4
6 歳頃を
就学前期
3 歳までを
よちよち歩きの時期
(preschool period)などのように幼児期も細分化
して見ることが多い。本稿では乳児期をおおよそ 0 歳から 2 歳未満までの時期とし、この
時期の映像メディア接触実態に関する研究の概観と、心身の初期発達に及ぼす影響性を検
証する研究の方向性について検討していきたい。
2.
乳児の視聴実態
1) 適切な接触時間
をめぐる議論について
アメリカでは、1999 年に小児科学会が” Television and the Family” (American Academy of
Pediatrics, 1999) と題する子どものテレビ視聴に関する家庭の役割への提言をおこなって
以来、3 歳未満での発達早期のメディア接触に関する関心が急速に高まってきている。こ
の提言では、テレビ視聴の子どもの発達に及ぼす影響には上記のようなポジティブ・ネガ
ティブ両面があることを踏まえて親が積極的な監督・調整役割を果たすことで賢くテレビ
と付き合うことを提案しているが、接触時間に関しては 2 歳以下の子どもたちのテレビ接
触は推奨できないこと、また年長児についても 1 日 1
2 時間以内の教育的番組の視聴に
留めることが望ましいとしている。またこうした動きを追って、日本小児科学会も 2004
年に
乳幼児のテレビ・ビデオ視聴は危険です
というタイトルでの提言をおこなってお
り、さらに 内容や見方によらず,長時間視聴児は言語発達が遅れる危険性が高まります
と警告している。日本小児科学会がこの提言の根拠とした調査研究(1 歳 6 ヶ月児,N=1900,
日本小児科学会こどもの生活環境改善委員会, 2004)では、言語発達とテレビ接触時間と
の関連性に関する重要な知見を提供していて今後の研究の展開が必要とされるところだが、
1 時点での横断的研究であり因果の推定は困難であることや、海外においても乳幼児期の
言語発達とテレビ視聴時間との関連に関する因果推定的研究は未だない現時点ではやや踏
み込んだ解釈であるように思われる。
こうした日米の小児科学会の提言に限らず、 望ましい接触時間
を線引きしたり
接
触の危険性 を断言することは、当然ながら大変に難しい。 子どもの発達のどの側面に・
どのような問題が生じるのか
という判断の基準、すなわち外的基準をどこに置くかによ
ってそのラインは異なってくるからである。正常範囲内での個人差レベルの問題なのか、
それとも身体的健康を損なったり精神病理が発現する、あるいは発達に大きな遅れや歪み
が生じる、といったより重症度の高いレベルでの問題を対象とするのかでは、検証に必要
な研究デザインも大きく異なったものとなろう。子どもの発達の多側面−身体発達、認知
的発達、社会性の発達、情緒的発達、パーソナリティの発達など−ごとに、テレビやビデ
オへの接触時間がどのようなメカニズムで・どのような影響を及ぼすのかを、因果関係を
推定しうるような縦断的な検討によって確かめていく作業が今後求められよう。
しかし、こうした接触時間の議論の前提として1つ確かなことは、大人と同様、子ども
の生活時間にも限定があるという単純な事実がある。首都圏に住む乳幼児の生活時間調査
では(0
6 歳、1144 名,NHK 放送文化研究所, 2003)
、24 時間から睡眠や入浴などの必
需行動時間と移動などの拘束時間を引いたいわゆる家庭での自由な
から 3 歳までは約 6 時間、4
可処分時間
は 0 歳
6 歳では 5 時間から 4 時間に減少していくと報告されてい
る。この家庭での自由な可処分時間に、乳児期の発達に必要な緒活動−対人的コミュニケ
ーション、手先や体全体を使った遊び、絵本読み、外遊びなど−がどう配分されているか、
そこにテレビやビデオなどのメディアを用いた活動がどのような割合で配置されているか
は、接触時間の影響をめぐる検証の前提となるものであろう。
2 歳から 4 歳までの 2 つのコホートの生活時間配分を 3 年間にわたって追跡した Huston
らの研究 (Huston et al., 1999) では、加齢とともにテレビ時間自体は減少して教育的活動
や対人的相互作用、それにテレビゲームに費やす時間が増加する傾向を示すが、教育番組
と娯楽番組への接触時間は他の活動時間とは関連せずに、母親の学歴や家庭環境の質の良
好さによって接触の長短が予測されるものであることが示されている。生活時間の配分
(time-use pattern) は活動間の単なる時間的置き換えではなく、活動の内容(テレビだった
ら、テレビ番組のコンテンツ)やそれを選択する親を中心とした家庭環境によって異なっ
てくるものであるといえよう。こうした観点を含めて今後はテレビを消すかどうかの単純
な議論ではなく、子どもの発達にとって必要な活動を限られた子どもの生活時間の中でど
のように設定していくか、それらとの関連の中でテレビやビデオなどの映像メディアとの
接触を質量ともにどのように考えていけばよいのか、といったより詳細で建設的な議論が
必要であろう。
2)乳児のメディア接触量に関する実態調査
以上のようなアメリカでの動向を受けて、欧米では乳幼児期のメディア接触の実態に関
する調査研究が実施されるようになってきている。
アメリカの Kaiser Family Foundation と
テキサス大学の Children’s Digital Media Centers (CDMC) とが共同で実施した 0
6 歳まで
の子どもの電子メディアに対する接触実態の調査では(Rideout et al., “Zero to Six: electronic
media in the lives of infants, toddlers and preschoolers, Kaiser Family Foundation , 2003)、ランダ
ムサンプリングされた 1065 世帯(子どもの年齢は生後 6 ヶ月
6 歳)に対する電話イン
タビューの結果から、2003 年現在のアメリカの 0
2 歳までの乳児たちの 59%がテレビを
視聴していて(ビデオ・DVD は 42%、コンピューターは 5%、テレビゲームは 3%)
、平
均メディア接触時間は 2 時間 5 分であったという。さらに 26%の乳児の自室にはすでに
テレビが置かれていることも報告されている。1 歳から 5 歳までの低所得階層の子どもた
ちを調査した Dennison らの研究 (Dennison et al., 2002 , N=2761) でも、82%の 1 歳児はテ
レビ接触を開始しており、平均視聴時間は 1 時間 57 分と、ここでも 2 時間近い視聴時間
が報告されている。これらの研究では自室にテレビを所有している子どもの視聴時間が長
くなる傾向が示され、イギリスを中心にヨーロッパ 12 カ国の 6 歳
17 歳を対象としたメ
ディア環境に関する国際比較研究 (Livingstone, 1999)でも ”Media-rich bedrooms” と命名さ
れた自室でのメディア所有が子どもたちの接触時間を長引かせる要因のひとつとして注目
されてきている。
日本での乳児の視聴実態に関する調査はこうした海外の動向よりも古く、1979 年より
NHK 放送世論調査所が生後 4 ヶ月
6 歳までの視聴実態調査を開始している(NHK 放送
世論調査所, 1981)
。都市部(東京 30km圏と大阪)と農村部(秋田県横手)計 2771 名の
乳幼児とその家族を対象に日曜(休日)と月曜(平日)の 2 日を対象とした生活時間調査
が実施され、テレビ視聴時間についても計測がおこなわれた。当時の 0 歳児のメディア均
接触時間は月曜 1 時間 4 分、日曜 56 分、1 歳では月曜 2 時間 24 分、日曜 1 時間 56 分で
あった。2003 年に実施された同様の調査では (NHK 放送文化研究所, 2003、図1)、平均
のメディア接触時間(テレビ、ビデオ、テレビゲームの合算)は 0 歳で月曜 1 時間 48 分・
日曜 1 時間 21 分、1歳で月曜 2 時間 48 分・日曜 2 時間 9 分であり、調査地域の違いを考
慮しなければならないが、この 20 年余りの間に乳児のメディア視聴は 20 40 分程度増加
する傾向にあるようである。また、先ほどの乳児の
可処分時間
の観点から見ると、0
歳児は約 6 時間の家庭での自由行動時間のうち 3 割弱がテレビ視聴にあてられ、1 歳児で
は 5 割近い割合となるなど、乳幼児の生活時間の中に比較的大きな割合が映像メディア接
触によって占められているといえよう。同一サンプルを対象に 1 週間の視聴日誌によって
測定された 0 歳から 1 歳への縦断的な研究では(0 歳:1160,名 1 歳:1070 名、 子どもに
良い放送
プロジェクト, 2005)、子どもが専念してテレビを視聴している時間は 0 歳 12
分・1 歳 24 分と短いが、何かをしながら視聴している時間は 0 歳 53 分・1 歳 1 時間 20 分
と長いものになり、さらに子どもは見ていないけれど子どもが起床中の部屋でテレビがオ
ンになっている時間を合わせると 0 歳児がテレビに接している時間は 3 時間 13 分、1 歳
児も 3 時間 23 分と比較的大きな数値を示すことがわかった(図2)
。
4:00
3:00
3:09
2:59
2:54
2:48
3:06
3:02
3:15
2:47
2:29
3:19
2:43
2:09
2:00
1:48
1:21
月曜
日曜
1:00
0:00
0歳
時間
1歳
2歳
3歳
4歳
5歳
6歳
年齢
(年齢別、N=1,114,NHK放送文化研究所・幼児生活時間調査,2003)
<図1 映像メディア(テレビ+ビデオ+テレビゲーム)の接触時間量)>
テレビ視聴時間1時間44分
1歳時点
24
80
100
単位(分)
(分析対象数n=1,070)
テレビ視聴時間1時間5分
0歳時点
12
53
128
あわせて
テレビ接触時間3時間23分
専念視聴
ながら視聴
ついているだけ
あわせて
テレビ接触時間3時間13分
単位(分)
(分析対象数n=1,160)
(
子どもに良い放送
プロジェクトフォローアップ調査,2005)
<図2 0 歳から 1 歳へのテレビ接触時間の内訳
(専念視聴・ながら視聴・ついているだけ)の縦断的変化>
表1に著者らが現在継続中の縦断研究(子どもに良い放送プロジェクト)で解析をおこな
った 0 歳と 1 歳のテレビ・ビデオ接触時間の経年変化と相関係数を示した。テレビ・ビデ
オともに 0 歳から 1 歳へと有意に視聴量が増加している。また、各時期での視聴時間のサ
ンプル間のばらつきはかなり大きく、視聴時間には大きな個人差(世帯差)が観測された。
2時点間では有意な関連が見られ、メディア接触量の個人差には最初期から弱
中程度の
安定性が存在すると考えられよう。全体にテレビ接触量の方がビデオ接触量よりも時点間
の相関は高めで、より安定度が高い傾向が伺われた。
表1 乳児期のメディア接触量の経年変化 ( 子どもに良い放送 プロジェクト、N=903)
テレビ接触量(分/1 日) テレビ視聴量 注)(分/1 日) ビデオ接触量(分/1
日)
Time 1 (0 歳)
193.34 (120.41) a
Time 2 (1 歳)
205.58 (116.29) b
65.49 (69.52) a
19.28 (31.07) a
104.24 (68.10) b
37.32 (41.92) b
*平均値の差の t-検定: a, b 間で p < .01 で有意差あり
*相関係数 テレビ接触量:Time 1
Time 2 = .52** ビデオ接触量:Time 1
Time 2 = .34**
注) テレビ視聴量はテレビを専念して見た時間と何かをしながらも画面を見ていた時間
を合計したもの。 ** : p < .01
3)乳児のメディアに対する認識・行動の発達
影響研究を進めていく上でもうひとつ大きな前提となるのは、主人公である乳児がメデ
ィアから発信される内容やメディアそのものに対してどのような理解や認識を発達させる
のか、またメディアに対する行動がどのように発達変化していくのかを知ることである。
心理学の古典的な図式でいえば、刺激(Stimulus)であるメディア変数(機器そのものや、
番組、ソフトのコンテンツ)が子どものある行動変化(Response)を引き起こすとき、生
体である子ども(Organism)にどのような理解や認知の変化が起こっているかを明らかに
しないと、刺激の効果がどのようなプロセスで子どもの行動変容に関わっていくのかを知
ることができない。言語的報告が期待できない乳児期では、様々な行動や生理的指標によ
ってこうしたメディアやそこから発信されるコンテンツの理解の発達を推定していく作業
が求められる。
乳児のメディア理解に関する研究は、1970 年代後半からテレビ画像とライブの人物動
作に対する模倣 (imitation) の比較に端を発している (McCall et al., 1977; Meltzoff, 1988;
Barr & Hayne, 1999)。Barr (1999) らの実験研究では、計 276 名の生後 12 ヶ月、15 ヶ月、
18 ヶ月の乳児を対象として、新奇な物に対する大人のアクションをライブと録画で提示
し、当該の物に対する乳児の模倣行動の生起を測定した。ライブの場合にはどの月齢の乳
児にも活発に模倣が生じたが、録画条件では模倣課題が比較的容易である場合には生後 15
ヶ月児でも録画とライブと有意差なく模倣行動が生じている。Mumme と Fernald (2003)
は乳児が対象物に対するアクションを他者の評価を参照して調整する社会的参照 (social
refencing) を利用した実験パラダイムを設定し、生後 12 か月児が録画再生された人物が
発する情緒的シグナルを読み取り、それに合わせて自分の行動を調節可能であることを実
証した。2つの対象物に対してテレビ画面内の俳優が肯定的な情緒を示すときと否定的な
情緒を示すときでは、実際に対象物が目前に置かれた際の乳児の対象物への接触生起頻度
に差が生じ、否定的情緒が表現された条件だと明らかに接触行動が抑制される傾向が示さ
れた。同様な実験を 10 ヵ月児にも実施したが、彼らは俳優の否定的なメッセージによっ
て接触行動が抑制されるということはなかった。10 ヵ月から 12 か月の間に、録画された
俳優の情緒的なシグナルを解釈し行動調整するように変化した可能性が伺われる結果であ
り、どのような認知的発達が背景に存在するか興味深いところであろう。Mumme たちは
その論文の中で、 テレビは単なる媒体ではなくメッセンジャーである
というテレビの
子どもの発達に対する影響研究の先駆者である Anderson らの言葉(2001)を引用し、テ
レビから発信される内容(コンテンツ)の重要さは 1 歳児にとってもすでに当てはまるも
のであることをこの実験で明らかにしたといえよう。
生態学的観察から記述される乳児のメディアに対する行動の年齢変化については、小林
(1989) らの研究グループ (生後 2 ヶ月
割の生後 3
2 歳、1616 名)が詳細に検討をおこなっており、3
4 ヶ月の乳児がすでにテレビの画面をじっと見ていることがあることが報告
されている。テレビを見て微笑や発声が誘発される割合も 3 ヶ月で 25%、11 ヶ月で 60%
に達し、
早期からテレビに対して乳児は積極的に反応している様子が明らかにされている。
表2に、著者らの縦断プロジェクトで実施した保護者に対するアンケートから見られ
た 0 歳時(生後 5 ヶ月
11 ヶ月)から 1 歳時(1 歳 5 ヵ月
1 歳 11 ヶ月)へのテレビに
対する模倣行動の変化を示した。 視聴覚刺激としてのテレビ
てのテレビ
から
意味情報刺激とし
へと 1 年の間に変化している様相が見られるが、0 歳後半から1歳前半まで
の乳児に対する統制的な状況での実験的観察によって、どこに変換点があるか、さらにど
のような認知的発達と相互作用することによってこうした変化が引き起こされるかを検討
していくことが今後の課題であると考えられる。その際に重要なことは、一般的な動作や
認知の発達の表現型の1つとしてテレビへの反応があるのか、それとも他の対象物とは異
なる映像メディア特有の認識や動作の発達が存在しているのかを識別しうるような研究デ
ザインが必要であろう。
表2 テレビ画面への模倣行動の年齢変化
(複数選択, 子どもに良い放送プロジェクト、N=1023)
2003(0 歳時) 2004(1 歳時)
1)まだ関心なし 2)拍手をまねする 10.7% ⇒
0.3%
17.9%
⇒
91.7%
3)体操見て同じよう手足動かす 7.7%
⇒
92.9%
4)歌にあわせて歌おうとする
2.6%
⇒
61.7%
0.4%
⇒
61.1%
60.8%
⇒
1.4%
5)短い言葉のまねをする
6)見るがまねすることはない 3.
乳児期の発達に対する影響研究:因果関係の推定をめざして
1)パネル・パラダイム
映像メディアへの接触が原因となって、ある短期的・中長期的な認識や行動の変化が
子どもにもたらされること確認するためには、同一サンプルを対象とする2時点以上での
測定をおこなう実験的研究やパネル研究 (panel study) が有効である。実験的研究では、
ある条件で作成された映像メディアに接触する群と統制群を設定し、予想される行動や意
識の変化が生起するかどうかを比較的高い自由度で検討することが可能である。しかし、
こうした実験は参加する子どもたちの発達や教育に対する倫理的な問題と抵触する可能性
があることや日常場面とは異なる不自然な状況設定での測定となりがちなことなどから、
慎重な利用が必要となる。これに対しパネル研究では、子どもたちの生活状況の中でアン
ケート調査や生態学的観察などのより侵襲性の低い方法によって測定した縦断データを用
いて因果推定をおこなうことが可能である。実験研究に比較すると精度は劣るもの、図3
のような交差遅れ効果モデル:Cross-lagged. effect mode を用いることによって、ベースラ
インでの視聴要因と従属変数となる発達要因の双方の影響性を統計学的に検討していく。
Wright ら (2001) は、低所得層の幼児たちの就学期までの知的発達に対するテレビ視聴の
効果を検討するために実施された追跡研究 (The Early Window Project) の中で、これまで
の研究では横断研究はもちろんのこと縦断的デザインであっても相関関係の検討に終始し
ていて因果推定がなされてこなかったことを指摘し、パネル・パラダイムを用いた解析を
実施している。2 歳と 4 歳の2つのコホートサンプルをそれぞれ 3 年間追跡し、4 回にわ
たる視聴量と知的発達の測定を実施した。Time 1 および Time 3 でのコンテンツ別の 4 種
類の視聴量(①子ども向け情報・教育番組、②子ども向けアニメ番組、③子ども向けのそ
の他の番組、④一般向けの番組)と Time 2 および Time 4 での言語発達や就学準備性に関
する検査性成績とどのような因果関係にあるかをパス解析で分析したところ、コホート1
の 2 歳時での子ども向け情報・教育番組の量が 3 歳児の言語発達や就学準備性の高さを予
測することがわかった。一方、一般向けの番組では 2 歳時での視聴量が 3 歳時での成績の
低さを予測し、3 歳児での成績の低さが 4 歳時での一般向け番組の視聴量の多さを予測す
るという双方向の関係性にあることが示されている。番組のコンテンツによって知的発達
に逆の効果を及ぼすことが明らかになり、テレビの影響研究における番組内容分析の重要
さを改めて示すこととなった。
T1 子どもの獲得語彙数 T2 子どもの獲得語彙数
T1 メディア視聴量 T2 メディア視聴量
<3 歳時点> <3 歳半時点>
図3 交差遅れ効果モデル:Cross-lagged. effect model の概念図
最近、大規模な縦断的データを使用した 3 歳以前でのテレビ視聴と児童前期での注意の
問題(Chiristakis et al., 2004)や認知発達との関連性 (Zimmerman et al., 2005) が報告され
てきているが、まだこうした Wright らこのような因果推定を目的としたパネル型の研究
デザインで実施されたものはほとんどない。今後アメリカや日本で計画あるいは実施中の
0 歳からのコホート研究(同年齢集団の追跡研究、たとえば National Children’s Study, 2005;
すくすくコホート:独立行政法人科学振興機構, 2005; 子どもに良い放送プロジェクト:一
色, 2004 など)から多くの知見が発表されるようになると予想される。それらの研究結果
に関する論考は将来を待つとして、ここでは因果推定をめざす研究の方向性について若干
の考察を試みたい。
1)
対象サンプル
NHK 放送文化研究所で 1979 年に実施された最初の幼児生活時間調査では、乳児のテレ
ビ接触率は生後 4
7 ヶ月で 36%、1 歳前半で 90%であったが、生後 5
11 ヶ月児を対象
とした同研究所の 2003 年の調査(子どもに良い放送プロジェクト)では 98%の乳児がテ
レビに接触していた。こうした高い接触率を考慮すると、テレビ視聴に関する影響研究を
おこなうためには代表性の高い比較的大規模なサンプルで実施することが望ましいといえ
る。 みんなが見ているもの
の効果をより精確に知るためには、当該の発達変数に影響
を及ぼしうる人口統計学的緒変数を効率よく統制していくことが求められよう。
2)
方法論
因果関係を推計可能な研究デザインをあらかじめ設計することが必要であり、先述のよ
うな実験やパネル・パラダイムの利用が考えられる。パネル・パラダイムの際には、例え
ばマッカーサー乳幼児言語発達質問紙(小椋 & 綿巻, 2004; 綿巻 & 小椋, 2004)の語彙
獲得部分のように生後 8 ヶ月から 36 ヶ月までを同一方法によって測定することが可能な
標準化尺度を所定期間内に 2 回以上利用するなど、時点間で同様な尺度を用いて発達変数
を測定することが必要となる。急速な乳児期の発達に適切に沿ったかたちでの複数時点で
利用可能な測定尺度が開発されていることが因果推定研究の前提条件となろう。
方法論上でもうひとつ大きな問題となるのが接触量の測定である。養育者を対象とした
アンケートや電話インタビューなどで 1 日(平日・休日を分離して尋ねる場合もあり)
、
どのくらいテレビを見てますか? と尋ねる 1 項目測定を用いた研究が多いが(Chiristakis
et al., 2004; Zimmerman et al., 2005 など)
、信頼性・妥当性の検討がほとんど実施されてい
ないことやコンテンツについての分類が不可能な点で、メディアの影響性を検討していく
ためには不十分な測定方法であると考えられる。これに対し Anderson ら(2001) の研究で
は、視聴日誌 (viewing diary) と呼ばれる 15 分間隔で作成された時間記録用紙に、午前 6
時から翌晩の午前 2 時までの時間帯に子どもが視聴したテレビ番組を 1 週間
10 日間に
わたって記入するよう養育者に依頼するより精度の高い方法を提唱している。Anderson
らはこの視聴日誌の妥当性を検証するために家庭内でビデオ録画された視聴実態との関係
性を検討しているが、若干日誌の方が長めに評定されがちではあるものの r=.84 という高
い相関係数を得ている。子どもに良い放送プロジェクトでは Anderson らの方法を参考に
し、同様な 1 週間の視聴日誌において、番組内容とともに子どものテレビの見方(誰と一
緒に見たか、専念して見たか・何かしながら見ていたのか・居室でついているだけで子ど
もは見ていなかったか)についても記録を依頼している。影響研究にとって、メディア接
触の量と質の測定はもっとも重要な課題であり、今後もメディア研究の専門家とともにど
のような乳児期における計測が妥当か検討していくことが必要であると思われる。
3)
短期的・中期的・長期的・累積的効果
影響性に関する時間間隔には多様な形態があり得る。暴力映像を視聴した直後に模倣的
な攻撃行動の頻度が上昇することはよく知られたことであるが、こうした短期的な効果か
ら、乳児期でのメディア接触が幼児期や児童期での認知発達にどう影響するかという中期
的効果、さらには幼児期の視聴が成人期での肥満に関連するなどのような長期的効果を問
題にすることもある。また、縦断的な研究で複数回視聴を測定している場合には、累積的
な効果や視聴の増減のパターンを問題にすることも可能になる。
当該の発達変数にとって、
いつ・どのような間隔での視聴効果を検討するのが最も有効かをあらかじめ検討すること
が必要であろう。その際には以下で触れる仮説に沿った検討が必要であり、例えば語彙獲
得に対するテレビを利用した養育者の命名教授の影響を検討するのであれば、発話出現以
前の 0 歳早期からの養育者のテレビ内容に対する命名や解説について累積量を測定するこ
とが有効であろうし、進路決定期の青年に対するテレビ番組のキャリア・ガイダンス効果
を測定するのであれば児童期からのキャリア関連視聴をあらかじめカテゴリ化したうえで
測定することが求められるだろう。
4)
仮説構成:多変量プロセスモデル
子どもの発達に影響する要因は、子ども自身が有する遺伝子的要因から家庭・学校・地
域などの環境要因まで多岐にわたる。例えばテレビ視聴量と言葉の発達との間に相関が見
られたとしても、実は両者を媒介している親の養育行動や生活時間配分などのような第3
の変数があり、
その効果を考慮するとテレビ視聴量の直接的な影響は消失する場合がある。
例えば筆者らのグループでは(子どもに良い放送プロジェクト)では、図4のような影響
の枠組みを設定し、この仮説に沿って 1 歳児の獲得語彙数に対するテレビ視聴量とこれと
の時間的競合が予想される絵本・外遊び変数との関係性について検討を試みた(菅原, 2005,
表3)。その結果、年齢と性別を統制した後に残ったテレビ視聴量は理解語や身振りの出
現とは関連がみられなかったが、表出語とは負の関連が見られた。しかし、仮説に沿って
投入された外遊び時間や絵本読み頻度との関連を考慮すると関連性の有意性は消え、3つ
の活動(テレビ、絵本、外遊び)の中では相対的に弱い関連であることが示された。無限
の統制変数を検討してくことは不可能であるし統計解析上も好ましいとはいえず、先行研
究を踏まえた上での適切な統制変数の設定が必要であろう。
Broune (2005) は児童・思春期の子どもの発達と暴力映像接触との関連に関する研究を
総覧しているが、その中で暴力映像に対する嗜好性の発達プロセスをモデル化している
(Browne & Pennell, 2000, 図5)
。こうしたプロセスモデルを時系列に沿ったパネル・デ
ータによって検証していくことが今後の乳児期における影響研究においても実現されれば、
より精度の高い影響性の検討が可能になると考えられる。
<養育者のフィルタリング>
*調整
(時間・内容)
*共有
(評価・解説)
<子どもの生活・活動>
*遊び *対人接触
<接触行動>
<映像メディア>
(TV/VIDEO/GAME) *接触量
*コンテンツ
心理的発達
*言語・社会性発達
*認知発達
*パーソナリティの発達
*世界観の発達
<結果変数>
からだとこころの健康
*身体・運動発達
*精神的健康
<図4 影響メカニズムのフレーム例(子どもに良い放送プロジェクト, 2003)>
暴力的な家庭での
生育歴
攻撃的な気質
身体的対決に対する
偏った考え
共感性・道徳性の
低下
加害行為
暴力映像に対する
嗜好性
暴力に対する正の強化フィードバック
強い関連性(p<.01)
有意な関連性(p<.05)
予想される関連性
<図5:暴力映像に対する嗜好性の発達モデル(Browne&Hamilton-Giachrisis,2005)>
表3 1 歳時点でのテレビ視聴時間、絵本読み頻度、外遊び時間と言語発達との関連
(階層重回帰分析、N=1062)
â<表出語彙種類数>
満月齢
第1ステップ
性別
第2ステップ 満月齢
性別
テレビ接触視聴(Time2)
第3ステップ 満月齢
性別
テレビ接触視聴(Time2)
外遊びの時間量(Time2)
絵本を読んでもらう頻度:親が評定(Time2)
R2
R 2 変化量
**
.41
.25 **
.41 **
.25 **
-.07 *
.41 **
.24 **
-.05
.06 *
.12 **
.23 **
.23
**
.25 **
â<理解語数種類数>
**
満月齢
.34
第1ステップ
**
性別
.20
**
第2ステップ 満月齢
.34
**
性別
.20
テレビ接触視聴(Time2)
-.03
**
第3ステップ 満月齢
.34
**
性別
.19
テレビ接触視聴(Time2)
.00
**
外遊びの時間量(Time2)
.09
**
絵本を読んでもらう頻度:親が評定(Time2) .18
R2
â<身ぶり種類数>
満月齢
第1ステップ
性別
第2ステップ 満月齢
性別
テレビ接触視聴(Time2)
第3ステップ 満月齢
性別
テレビ接触視聴(Time2)
外遊びの時間量(Time2)
絵本を読んでもらう頻度:親が評定(Time2)
R2
.004 *
.019 **
R 2 変化量
.15 **
.15
**
.19 **
.155 **
.001
.040 **
R 2 変化量
**
.31
**
.26
**
.31
**
.26
.00
**
.31
**
.26
.02
**
.09
**
.10
.230 **
.16 **
.16
**
.18 **
.164 **
.000
.019 **
注)従属変数となった表出語彙、理解語彙、身振りはそれぞれマッカーサー乳幼児
言語発達質問紙(小椋 & 綿巻, 2004)によって測定したもの。
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