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Page 1 Page 2 はじめに 北里大字名營教授·日本纖維狀物質研究協余
クリーニングと公衆衛生に関する 研 究 報 告 書
クリーニングと公衆衛生に関する
研 究 報 告 書
第
巻 平成
42
年度
27
第 42 巻
■ 平 成 27 年 度 ■
平成 28 年 4 月 14 日
クリーニングと公衆衛生に関する研究委員会
委 員 長
相 澤 好 治
(北里大学名誉教授)
は じ め に
相澤好治
委 員 長 北里大学名誉教授・日本繊維状物質研究協会理事長
今年もまた,平成 27(2015)年度の「クリーニングと公衆衛生に関する研究」のご報告の
時期となりました。変わらぬ会員の皆様のご理解とご支援を得て,本年度も数多くの成果を
あげることが出来ました。まずは御礼申し上げます。今後共,変わらぬご支援を宜しくお願
い申し上げます。東日本大震災の発生から丁度 5 年が経ち,復興への思いを新たにされた皆
様も多かったと存じますが,その矢先,今度は熊本で大震災が発生しました。被害に遭われ
た皆様に心よりお見舞い申し上げるとともに,感染症の流行など予想される事態に対し,ク
リーニング業界として寄与していかなければならないと考えます。快適・清潔な環境を取り
戻すために,クリーニング業の役割が大きく期待される状況となりました。
今回の震災のような非常時に限らず,平常においても,クリーニング業には,衛生レベル
の維持や感染症予防への貢献の役割があります。感染症を主なものとする病原微生物による
健康障害は,細菌のみならず,近年は真菌(カビ)によるものも注目されています。実際の
汚染を把握しつつ,微生物に対して,洗剤・溶剤がどのような効果を発揮するかは重要です。
また溶剤以外に,より使用後の環境負荷が少ないと考えられる微酸性混和水をクリーニング
に使用可能かどうかについての検討も始まっています。それと同時に,溶剤を扱うクリーニ
ング業に従事される方々の健康も重視しなければなりません。そのためにはクリーニングで
使用されている溶剤が,どのようなレベルで皮膚に影響を及ぼすかの解明は重要と言えま
す。またクリーニング業界の従事者全体として,日本人の死亡原因の第一位を占めている悪
性新生物(がん)が,どのように起こっているかを把握するのも,クリーニングに関連する
リスクファクターがあるかどうか,あるいはクリーニング従事者のライフスタイルを見直す
ために必要です。以上の観点から,これまでの研究を踏まえつつ,今年度の研究課題が設定
されました。
平成 27 年度は,
1. 繊維素材 9 種によるカビの易汚染性比較 -微視的観察による評価-
(高鳥浩介・NPO 法人カビ相談センター理事長)
2. ドライクリーニング用液体洗剤の抗病原性細菌作用の解析
(神谷 茂・杏林大学医学部感染症学講座教授)
3. クリーニング用洗剤あるいは溶剤に対して抵抗性を示す環境微生物の解析(3)
(三好伸一・岡山大学大学院医歯薬学総合研究科教授)
— 1 —
4. ドライクリーニング用石油系溶剤及びテトラクロロエチレンの
ヒト不死化皮膚細胞 HaCaT を用いた炎症の発症に関する検討
(角田正史・北里大学医学部衛生学准教授)
5. クリーニング業従事者の悪性新生物による過剰死亡の検討
(堤 明純・北里大学医学部公衆衛生学教授)
6. 微酸性混和水による Bacillus 属の殺芽胞効果の検討
(北里英郎・北里大学医療衛生学部教授)
以上 6 分野に関するテーマを設定し調査研究を行いました。各分野において貴重な成果を
得ることができました。これらの研究成果を日常のクリーニング事業に反映できるような発
信のひとつとしての,この報告書が参考になれば,と存じます。
今年度,本研究委員会の運営には,橋本博,篠田純男,本田武司,中村賢各先生を相談役
とし,厚生労働省 医薬・生活衛生局 生活衛生・食品安全部 生活衛生課担当官のご助言を得
て,研究成果の検討を行って参りました。
平成 27 年度研究課題と研究の概要
1. 繊維素材 9 種によるカビの易汚染性比較 -微視的観察による評価-(高鳥浩介理事長)
通常時の管理環境の低湿度環境下での繊維素材に対するカビ汚染性を乾燥性カビを中心に
4 種を限定して鏡検(微視的)観察した。供試素材は①綿,②麻,③毛,④絹,⑤レーヨン,
⑥キュプラ,⑦ナイロン,⑧ポリエステル,⑨アクリルの 9 繊維素材を用いた。繊維汚染性
の強いクロカビ Cladosporium sphaerospermum アオカビ Penicillium funiculosum カワ
キコウジカビ Eurotium chevalieri 好乾性コウジカビ Aspergillus restrictus を用いた。相
対湿度 85%,75% 下で試験した。素材を一定の大きさに切りとり,カビの胞子液を滴下した。
各 相 対 湿 度 の 下, 約 52 週 間 観 察 し, 目 視 及 び 鏡 検 観 察 を 行 っ た。 相 対 湿 度 85% で は
Cladosporium がカビの発生に強く関与している結果が得られた。また相対湿度 75%では明
らかに不活化される傾向にあった。顕微鏡観察出来なかった Penicillium は 52 週後も活性を
維持していた。Eurotium は 85%,75%いずれの環境下でも活性を維持していた。Asp.
restrictus は 85%,75%で微視的観察や培養で明瞭に培養できたことは易汚染性の強いカビ
であることを証明した。以上より,カビが発生しやすい繊維は綿,麻,毛,キュプラであり,
発生しにくい繊維は絹,アクリルであった。またナイロンやポリエステルはカビ種により易
汚染性に差がみられた。繊維の持つ構造との関係,繊維組成などが絡んでくることによって
カビ汚染が異なり,繊維素材構造や組成の研究を進めることが重要といえた。
— 2 —
2. ドライクリーニング用液体洗剤の抗病原性細菌作用の解析(神谷茂教授)
ドライクリーニングにおいては,石油系溶媒やテトラクロロエチレンに界面活性剤(アニ
オン,カチオン,ノニオン)を添加して洗剤としてクリーニングを行っている。これら界面
活性剤を含有し,実際に現場で使用されている洗剤のヒト病原性細菌に対する抗菌活性を解
析した。細菌株は Bacillus cereus,Escherichia coli,Staphylococcus aureus の 3 菌種を用い
た。アニオン系洗剤及びカチオン系洗剤を実際のクリーニングの現場で使用されている濃度
を基準に希釈し,細菌に 10 秒間あるいは 10 分間処理させ,細菌の生菌数を算定した。10 秒
間の攪拌の結果,いずれの洗剤でも対照と比較して菌数は減少しなかった。10 分間の攪拌の
結果,アニオン系洗剤,カチオン系洗剤を処理させた場合 B. cereus の菌数は減少した。
E. coli はアニオン系洗剤を処理させてもその菌数は減少しなかったが,カチオン系洗剤を処
理させた場合に菌数は減少した。S. aureus はアニオン系洗剤を処理させた場合,0.5% の濃
度では菌数が減少しなかったが,5% の濃度では菌数が減少した。カチオン系洗剤を処理さ
せた場合も減少した。以上により,アニオン系洗剤,カチオン系洗剤は細菌種及び濃度に
よっては抗菌活性を持つことが明らかになった。
3. クリーニング用洗剤あるいは溶剤に対して抵抗性を示す環境微生物の解析
(3)
(三好伸一教授)
2 種類の培地を用い,ドライクリーニング用溶剤テトラクロロエチレン(パークロロエチ
レン,PCE)及び石油系溶剤の殺菌作用に抵抗性を示す土壌細菌の単離と同定を行った。溶
剤として,PCE,石油系溶剤(ニューソル DX ハイソフト)を用いた。土壌試料として,ラ
グビー場から土壌 1g を採取し,生理食塩水に懸濁した後静置し,その上清を回収した。土
壌試料を 10%のドライクリーニング溶剤で 25℃,30 分間処理した後,普通寒天プレートあ
るいは R2A 寒天プレート上に塗抹し,25℃で数日間培養した。形態や色調,大きさが異なる
コロニーを溶剤抵抗菌として選抜し,
16S rDNA の塩基配列を解析し,菌種を同定した。PCE
抵抗菌として,普通寒天プレートから 11 株を単離した。これらの菌株は,Bacillus 属が 6 株,
Streptomyces 属が 5 株であり,グラム陽性菌であった。R2A 寒天プレートからは抵抗菌が単
離されなかった。石油系溶剤抵抗菌として,普通寒天プレートから 11 株を単離した。これら
の菌株は,9 株がグラム陽性菌(Arthrobacter 属 3 株,Bacillus 属 3 株,Fictibacillus 属 1 株,
Streptomyces 属 2 株)
,2 株がグラム陰性菌(Brevundimonas 属 1 株,Rhizobium 属 1 株)で
あった。R2A 寒天プレートからは 9 株を単離した。うち 2 株はグラム陽性菌の Staphylococcus
epidermidis(表皮ブドウ球菌)に分類された。PCE 抵抗菌は,Bacillus 属と Streptomyces 属
で,グラム陽性の特定の菌種が PCE に抵抗性を示すことが明らかとなった。石油系溶剤では
抵抗菌の菌種は様々で,石油系溶剤は PCE よりも殺菌作用が弱く短時間曝露では多くの土壌
細菌が生き残ると考えられる。
— 3 —
4.ドライクリーニング用石油系溶剤及びテトラクロロエチレンの
ヒト不死化皮膚細胞 HaCaT を用いた炎症の発症に関する検討(角田正史准教授)
石油系溶剤(クリーニングソルベント)とテトラクロロエチレンについて,溶剤がヒト表
皮角化細胞を介して炎症を起こすかどうかを,ヒト表皮角化細胞 HaCaT 細胞における炎症
系サイトカインの mRNA 発現を検討することで,明らかにすることを目的に実験を行った。
HaCaT を用い石油系溶剤を 0, 50, 100, 250㎍/㎖,テトラクロロエチレンを 0, 125, 250, 500㎍
/㎖の濃度で曝露し,6 時間後に mRNA を抽出しリアルタイム PCR 法を用い Interleukin-1
β(IL-1β)及び IL-6 の mRNA の発現について検討した。また細胞を 12 穴の細胞フラス
コに 2×104 個ずつ播種し,石油系溶剤に関して 0, 12.5, 25㎍/㎖,テトラクロロエチレンに関
しては 0, 25, 50㎍/㎖の濃度で曝露し,1 週間後に細胞数をカウントし,細胞の増殖について
評価した。IL-1βの mRNA 発現に関しては,石油系溶剤,テトラクロロエチレンともに群
間で有意性を示さなかった。細胞の増殖に関しては 1 週間後の細胞数の平均値が,石油系溶
剤では 25㎍ /㎖で対照群に比べ有意に低く,テトラクロロエチレンでは 50㎍/㎖で有意に低
かった。IL-1β及び IL-6 の mRNA 発現に関しては,群間で差がなく,炎症と溶剤が関連す
るとすれば,他のサイトカインを介した影響である可能性がある。一方,細胞の増殖に関し
ては,細胞生存に影響を及ぼすより低い濃度で,増殖の抑制が観察され,長期的に曝露され
ると比較的低い濃度でも角化細胞に影響が出ることが示唆された。
5. クリーニング業従事者の悪性新生物による過剰死亡の検討(堤明純教授)
小規模事業所の多いクリーニング業界では,ドライクリーニング従事者において悪性新生
物による過剰死亡や,がん検診の受診率が低いことが指摘されている。そこで,全国クリー
ニング生活衛生同業組合連合会に加盟する組合員の悪性新生物による死亡の最新の状況を把
握するため共済制度のデータを用いて調査を行った。生命共済加入者が死亡時に提出する共
済金請求書類(平成 25 年 4 月から平成 27 年 3 月申請分)から,データベースを作成した。
平成 26 年 1 月から 12 月までに死亡した 37 件を解析対象とし,男女別死因別に集計し,全死
亡と全悪性新生物による死亡について人口動態統計をもとに標準化死亡比(SMR)とその
95%信頼区間を算出した。死因別の人数は,胃がん(5 人)と大腸がん(5 人)が多く,次い
で,肺がん(4 人)の順であった。SMR は,全死亡は,男性 94.0(95% 信頼区間 65.7-133.6),
女性 45.8(95% 信頼区間 14.7-126.0)
,全悪性新生物による死亡は,男性 104.9(95% 信頼区
間 62.1-174.4)
,女性 92.0(95% 信頼区間 29.5-253.0)であった。全死亡,全悪性腫瘍につい
て,過剰死亡は認めなかった。今後,経年的に死亡データの蓄積を行い,今回の結果が継続
している結果なのか,確認する必要がある。
— 4 —
6. 微酸性混和水による Bacillus 属の殺芽胞効果の検討(北里英郎教授)
次亜塩素酸ナトリウム水および微酸性次亜塩素水(微酸性混和水)を用いて Bacillus 属
Bacillus subtilis お よ び Bacillus cereus の 芽 胞 に 対 す る 殺 芽 胞 効 果 を 検 討 し た。Bacillus
subtilis および Bacillus cereus を 37℃,24 時間培養後,30℃,1 週間培養し芽胞形成確認後,
芽胞を精製した。精製芽胞を次亜塩素酸ナトリウム水および微酸性混和水で一定時間処理
し,チオ硫酸ナトリウムを加え反応を停止させ,寒天平板で生存菌数を測定した。作用温度
30℃における Bacillus subtilis に対する次亜塩素酸ナトリウム水(250ppm)の芽胞に対する
殺菌能は,完全殺菌には 20 分間を要したのに対し,微酸性混和水の芽胞に対する殺菌能は,
有効塩素濃度 100ppm で 2.5 分間,70ppm で 5 分間,50ppm で 10 分間で完全に殺菌した。ま
た作用温度を 40 ~ 60℃に上昇させると,100ppm 並びに 70ppm では 2.5 分間,50ppm では
5 分間で完全に殺菌した。作用温度 30℃における Bacillus cereus に対する次亜塩素酸ナトリ
ウム水(250ppm)の芽胞に対する殺菌能は,完全殺菌するには 10 分間を要したのに対し,
微酸性混和水の芽胞に対する殺菌能は,有効塩素濃度 100ppm,
70ppm で 2.5 分間以内,50ppm
で 5 分間で完全に殺菌した。以上のことから,微酸性混和水は,次亜塩素酸ナトリウム水に
比較し,低濃度で Bacillus 属の芽胞に対し強い殺芽胞作用があることが示唆された。
以上,6 つの研究課題の概要を紹介致しましたが,いずれもクリーニング業にとって,有
用な情報を提供する基礎的知見と考え,またクリーニング従事者に快適な労働の場を提供す
ることにつながる知見でもあると考えます。クリーニング業界の更なる進歩と発展に寄与す
る貴重な研究成果が得られたと確信しております。
今後とも本研究委員会の研究について,その果たす役割,社会的意義をご理解下さり,ご
協力,ご支援頂く事を切望致します次第です。
最後に,各分担研究者の精力的な調査研究に対してと,ご協力,ご支援を頂いた関係各位
に対し,深甚な謝意を表します。
平成 28 年 4 月
委員長
相澤 好治 (北里大学名誉教授・日本繊維状物質研究協会理事長)
相談役
橋本 博 (元海外渡航者健康管理協会理事長)
篠田 純男 (岡山大学名誉教授・岡山大学インド感染症共同研究センター長)
本田 武司 (阪大微生物病研究会技術顧問)
中村 賢 (北里大学名誉教授)
— 5 —
平成 27 年度 研究課題及び研究者
研究課題
研究者氏名
繊維素材 9 種によるカビの易汚染性比較
NPO 法人カビ相談センター
― 微視的観察による評価 ―
頁
高鳥 浩介
杏林大学医学部感染症学講座
神谷 茂
杏林大学大学院医学研究科
共同研究施設部門実験動物施設部門
北条 史
ドライクリーニング用液体洗剤の
抗病原性細菌作用の解析
クリーニング用洗剤あるいは溶剤に対して
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科
抵抗性を示す環境微生物の解析(3)
ドライクリーニング用石油系溶剤及び
テトラクロロエチレンのヒト不死化皮膚細胞 HaCaT
を用いた炎症の発症に関する検討
三好 伸一
北里大学医学部衛生学
角田 正史
7
15
18
22
北里大学医学部公衆衛生学
クリーニング業従事者の悪性新生物による
過剰死亡の検討
堤 明純
江口 尚
31
北里大学医療衛生学部微生物学研究室
微酸性混和水による Bacillus 属の殺芽胞効果の検討
北里 英郎
原 和矢
— 6 —
34
繊維素材 9 種によるカビの易汚染性比較
― 微視的観察による評価 ―
NPO 法人カビ相談センター 高鳥浩介
①綿,②麻,③毛,④絹,⑤レーヨン,
Ⅰ.背 景
⑥キュプラ,⑦ナイロン,⑧ポリエステル,
平成 26 年度は,綿,絹,ウール,ポリエステ
⑨アクリルの 9 繊維素材
ルなど 9 繊維素材への真菌汚染性に関わる研究
今回の試験に際し,いずれも繊維素材は JIS
を湿度差(95, 85, 75%)の異なる環境下で実施し
規格品を用いた。繊維の特徴を図 1にまとめた。
てきた。その結果,95%では 11ヶ月程度で多く
事前に耐熱試験を行い,物性に変化のないこと
の真菌の繊維素材への汚染性が確認されたが,
を確認して試験に供した。
85%では菌種により,繊維汚染性に差がみられ
た。さらに 75%では繊維素材と特定真菌の汚染
供試カビ
性の関係が明瞭に差の異なる結果となった。
繊維汚染性の強い4真菌
(カビ)
を用いた
(図1)
。
そこで平成 27 年度は,前年度に引き続き通常
1)クロカビ:
時の管理環境の低湿度環境下での繊維素材に対
Cladosporium sphaerospermum TXE452
するカビ汚染性を鏡検(微視的)観察すること
好湿性で繊維が高湿度になると汚染する代
として計画を立てた。すなわち,低湿度下での
表的なカビ
事故例として多い乾燥性コウジカビ(Eurotium
2)アオカビ:
および Aspergillus restrictus)を中心に真菌(カ
Penicillium funiculosum TXE467
ビ)4 種を限定し,素材特性を考慮しながら繊維
好湿性~中湿性で繊維が多少湿度を持つと
素材への真菌の汚染形態を微視的に観察し,本
汚染するカビ
課題を解明することとした。
3)カワキコウジカビ:
この研究は,全ク連で取り扱う繊維素材に対
Eurotium chevalieri TXE403
する真菌汚染性を検討することで情報提供に寄
好乾性で繊維が低湿度であっても汚染する
与するものと考えられることから研究を実施す
るものである。
カビ
4)好乾性コウジカビ:
Aspergillus restrictus TXE537
好乾性でカワキコウジカビと同じように汚
Ⅱ.材料及び方法
染するカビ
供試素材
上記 4 カビが本課題で主に用いられてきた
供試素材は前年度と同じ繊維素材を使用した。
— 7 —
が前年度の試験結果から継続して以下のカ
ビも目視観察で供試した。
③ 供試素材に一定濃度の胞子液10μℓを滴下した。
5)クロコウジカビ:
④各
RH% 環境条件として,
約一年間
(約 52 週間)
観察した(図 2)
。
Aspergillus niger TXE439
中湿性で繊維が多少高湿度になると汚染す
⑤観
察は,所定期間毎にとりだし,目視及び鏡
るカビ
検観察を行った。
湿度管理
⑥評
価は汚染度をあらかじめ規定し,その基準
相対湿度として飽和無機塩類で所定湿度に調
に沿って判定した。
湿した。
すなわち,85% Relative Humidity(RH)は塩
観察及び培養試験
化カリウム,75%RH は塩化ナトリウムで一定期
1 )目視観察
間放置して湿度が安定したことを確認して試験
相対湿度 85%及び 75%に調整した環境で,
に供した。
カビの発生状況を 52 週間(95%は,8 週目)
まで目視観察した。目視での観察は 4 週毎の
試験方法
間隔で行った。
①供
試素材を一定の大きさに切りとり(5㎝× 5
なお,目視観察では95%RHで実施しており,
㎝)滅菌処理し,乾燥器にて乾燥した。
8 週間まで観察し,参考として結果を示した。
②真
菌(カビ)を 25℃,1-2 週間前培養し,一定
4
2 )顕微鏡観察
5
の胞子数 ( 約 10 ~ 10 /㎖ ) にそろえた。
相対湿度 85%及び 75%に調整した環境で
天然繊維
植物繊維
綿
吸 水 性
(水の扱いやすさ)
吸 湿 性
(水蒸気の扱いやすさ)
速 乾 性
(水分の乾きやすさ)
化学繊維
動物繊維
麻
毛
再生繊維
絹
合成繊維
レーヨン キュプラ ナイロン ポリエステル アクリル
○ ○ × △ ○ △ × × ×
○ ○ ○ △ ○ ○ × × ×
△ △ △ ○ △ △ ○ ○ ○
Cladosporium
sphaerospermum
Penicillium
funiculosum
Aspergillus
niger
Eurotium
chevalieri
Aspergillus
restrictus
TXE452
TXE467
TXE439
TXE403
TXE537
特 徴
好湿性
耐乾性
耐乾性
好乾性
好乾性
発育環境湿度
90% RH 以上
85% RH 以上
85% RH 以上
70% RH 以上
70% RH 以上
図 1 繊維素材の特性と供試カビ
— 8 —
52 週目に実体顕微鏡観察および培養による
◦‌Eurotiumも繊維全体の発生を認めた。
確認を行った。
◦‌カビの発生が早かった繊維は「キュプラ」
顕微鏡での観察は 52 週目以降に一部詳細
な観察を必要とした素材については実体顕微
であった。
◦‌
「絹」
「ナイロン」
「ポリエステル」
「アクリル」
鏡で観察した後,光学顕微鏡で観察を行った。
については Cladosporium sphaerospermum
3 )培養試験
のみ発生が認められた。
顕微鏡での観察の後,胞子液のついた繊維
の一部を切り取り,各カビに適した培地に接
85% RH 環境での結果(図 4)
種し,25℃,2 週間培養を行い目的とするカ
◦‌繊維の多くで Eurotium 発生を認めた。
ビの発生状態を観察した。
◦‌キュプラで多くカビの発生が認められた。
◦‌好 湿 性 カ ビ Cladosporium, 好 乾 性 カ ビ
Ⅲ.結果および考察
Asp.restrictus が 2,3 か月以降に発生した。
1 )目視観察によるカビの発生
◦‌絹でカビの発生は認められなかった。
目視観察については前年度までにほぼ報
告ができているが,その後微視的研究を進め
75% RH 環境での結果(図 5)
ている間に一部追記すべき結果も得られてお
◦‌Eurotium の発生を認めた。
り,併せて結果の報告をすることとした。
◦‌好乾性カビ Asp.restrictus の発生が認められ
95% RH 環境での結果(図 3)
なかった。
◦‌Cladosporium sphaerospermum は 全 て の
◦‌絹でカビの発生は認められなかった。
繊維で発生が認められた。
胞子液の作製
➡
前培養
5㎝× 5㎝
滅菌済繊維
➡
104 ~ 105/㎖に調製
飽和溶液を使用し
湿度を調整
75%:塩化ナトリウム
85%:塩化カリウム
➡
10μℓ滴下
図 2 試験方法
— 9 —
➡
◦湿度75%及び 85%
◦25℃ 52 週間
観察
【95% RH】
繊維の種類
1ヵ月
(週間後)
0(開始時) 1
2
3
4
2ヵ月
5
6
7
1年
8
9 〜 52
①綿
Cladosporium
sphaerospermum
②麻
観 察 終 了
③毛
④絹
⑤レーヨン
⑥ キュプラ
⑦ ナイロン
Penicillium funiculosum
Aspergillus niger
Eurotium chevalieri
Aspergillus restrictus
⑧ ポリエステル
⑨ アクリル
図 3 95% RH 環境でのカビの発生状況(目視観察)
【85% RH】
繊維の種類
1ヵ月
(週間後)
0(開始時) 1
2
3
4
5
2ヵ月
6
7
8
9
3ヵ月
6ヵ月
1年
10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 24 28 32 36 40 44 48 52
①綿
②麻
③毛
④絹
⑤レーヨン
⑥ キュプラ
⑦ ナイロン
⑧ ポリエステル
⑨ アクリル
図 4 85% RH 環境でのカビの発生状況(目視観察)
【75% RH】
繊維の種類
1ヵ月
(週間後)
0(開始時) 1
2
3
4
5
2ヵ月
6
7
8
9
3ヵ月
6ヵ月
1年
10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 24 28 32 36 40 44 48 52
①綿
②麻
③毛
④絹
⑤レーヨン
⑥ キュプラ
⑦ ナイロン
⑧ ポリエステル
⑨ アクリル
図 5 75% RH 環境でのカビの発生状況(目視観察)
— 10 —
2)顕微鏡によるカビの発生
◦‌4 カビの中で Cladosporium が発生確認され
95% RH 環境での結果
る傾向にあった。
図表で示さないが 95%では,実体顕微鏡で
◦‌一 方,Penicillium,Eurotium で は は っき
確認すると,2 ヶ月後にはすべての繊維でカ
ビの発生が確認された。
り発生確認されることはなかった。
◦‌カビが明瞭に発生確認されたものとして
85% RH 環境での結果(図 6,7)
キュプラ,毛があった。
◦‌概ね各繊維でカビ発生の傾向にあった。
◦‌絹,ナイロン,アクリルは比較的カビの発
◦‌カビ種により発生確認されるものとされな
いものに差があった。
生確認が少なかった。
◦‌特にポリエステル,レーヨンはカビ種によ
り発生確認に差がみられた。
発生
-
+
なし
弱
85% RH
①綿
②麻
③毛
④絹
⑤レーヨン
⑥ キュプラ
⑦ ナイロン
⑧ ポリエステル
⑨ アクリル
++
目視…目視による観察
顕微…実体及び光学顕微鏡による観察
培養…目視・顕微鏡観察後、繊維の一部を切り取り培養した結果
+++
強
Cladosporium
sphaerospermum
目視
+
+
+
+
+
+
-
顕微
+
+
++
++
+
++
-
Penicillium funiculosum
培養
+
++
++
+
++
++
++
-
目視
-
顕微
+
+
+
+
-
培養
+
++
+
+
++
++
+
++
+
Eurotium chevalieri
Aspergillus restrictus
目視
目視
+
+
+
+
+
+
+
-
顕微
+
+
+
+
+
+
+
+
培養
++
++
+
+
+
+
++
+
+
+
-
顕微
+
+
+
+
+
++
+
-
培養
++
++
++
+
+
++
+
+
+
図 6 52 週経過後(約 1 年)の発生状況の比較(85% RH)
85% RH
Cladosporium
sphaerospermum
Penicillium funiculosum
Eurotium chevalieri
Aspergillus restrictus
③毛
④絹
天 然 繊 維
⑥ キュプラ ⑨ アクリル
化 学 繊 維
図 7 52 週経過後(約 1 年)の 4 繊維に対する 4 カビの微視的評価(85% RH)
— 11 —
がみられた。
75% RH 環境での結果(図 8,9)
◦‌85%に比べて発生確認されるカビ種に差が
以上の結果から,2 種の相対湿度(RH:%)に
みられた。
◦‌Eurotium は 85%に比べて各繊維で発生確
おける9 種繊維と4 種カビの発生の関係は複雑で
あるものといえた。しかしRHだけからみると明
認される傾向にあった。
◦‌Penicillium は,繊維全てで発生確認され
らかに高湿でのカビ発生は短期で生じやすいこ
とが 分かった。その一方で,85%RHや75%RH
なかった。
◦‌Cladosporium は,明確な発生が確認され
も繊維とカビ発生に影響を及ぼしている可能性
も確認できた。つまり85%RHでは好湿性カビの
なかった。
◦‌Asp. restrictus は 85%に比べて発生の頻度
Cladosporiumがカビの発生に強く関与している結
果が得られたことは今までに報告されたことのな
が低かった。
◦‌キュプラと毛は Penicillium を除いて強く発
い知見であった。また75%RHではCladosporium
は明らかに不活化される傾向にあるが,顕微鏡観
生確認できた。
察出来なかった中湿性カビのPenicilliumが52週
◦‌絹では発生確認される傾向になかった。
後も活性を維持していることが分かった。また,
3 )培養結果
Eurotiumは目視観察の95%及び今回研究対象と
95% RH 環境での結果
した微視的観察や培養結果から85%,75%いず
95% RH 環境は,顕微鏡観察ですべてのカ
れの環境下でも活性を維持していることが分かっ
ビと繊維で発育が確認されたことから,培養
た。同じくAsp. restrictusは目視観察の95%では
は行わなかった。
ほとんど確認されなく,85%,75%で微視的観察
85% RH 環境での結果(図 6)
や培養で明瞭に培養できたことは繊維汚染性の強
◦‌ほとんどの繊維で培養陽性であり,発生の
いカビであることの証明でもある。
今回 9 種の繊維でカビ発生を検証したが,繊
程度も++ が多かった。
◦‌綿,麻,毛,キュプラではいずれのカビで
維種によりカビ発生の強さ弱さがあることもわ
かった。カビ発生しやすい繊維として綿,麻,
も発生が強くみられた。
◦‌絹,
アクリルではカビの発生は強くなかった。
毛,キュプラであり,発生しにくい繊維として絹,
◦‌培養結果はほぼ顕微鏡結果と同じ傾向を認
アクリルとみることができた。またナイロンや
ポリエステルはカビ種により易汚染性に差がみ
めた。
75% RH 環境での結果(図 8)
られた。このカビ発生による易汚染性は今回の
◦‌85%RH に比較して培養陽性に明らかな差
4 種カビですべての結論とはいえないが,少な
くとも繊維に対する易汚染性を知ることができ
がみられた。
◦‌培 養 陽 性 は Eurotium,Asp. restrictus,
たといえる。
繊維とカビの関係は繊維の吸水性,吸湿性,
Penicillium で確認された。
◦‌一方,
Cladosporium は培養陰性が多かった。
速乾性や繊維の持つ構造との関係,繊維組成な
◦‌繊維では綿,麻,毛,レーヨン,キュプラ
どが絡んでくることによってカビ汚染が異なる
ものといえ,今後は繊維素材構造や組成の知見
で強く陽性傾向を認めた。
◦‌ポリエステル,アクリルで培養陰性の傾向
を深めて研究を進めていく予定である。
— 12 —
発生
-
+
なし
弱
75% RH
++
目視…目視による観察
顕微…実体及び光学顕微鏡による観察
培養…目視・顕微鏡観察後、繊維の一部を切り取り培養した結果
+++
強
Cladosporium
sphaerospermum
Penicillium funiculosum
Eurotium chevalieri
Aspergillus restrictus
目視
顕微
培養
目視
顕微
培養
目視
顕微
培養
目視
顕微
培養
①綿
-
+
+
-
-
++
+
++
++
-
+
++
②麻
-
-
-
-
-
++
+
++
++
-
+
+
③毛
-
+
-
-
-
+
+
+
+++
-
+
++
④絹
-
-
-
-
-
++
-
-
+
-
-
+
⑤レーヨン
-
+
-
-
-
++
+
++
++
-
-
++
⑥ キュプラ
-
+
-
-
-
++
+
++
++
-
++
++
⑦ ナイロン
-
-
-
-
-
+
+
+
++
-
-
+
⑧ ポリエステル
-
-
-
-
-
-
+
+
+
-
-
+
⑨ アクリル
-
-
-
-
-
-
+
+
+
-
-
-
図 8 52 週経過後(約 1 年)の発生状況の比較(75% RH)
75% RH
Cladosporium
sphaerospermum
Penicillium funiculosum
Eurotium chevalieri
Aspergillus restrictus
③毛
④絹
天 然 繊 維
⑥ キュプラ
⑨ アクリル
化 学 繊 維
図 9 52 週経過後(約 1 年)の 4 繊維に対する 4 カビの微視的評価(75% RH)
— 13 —
Asp. restrictus は目視観察の 95%ではほとん
Ⅳ.まとめ
ど確認されなく,85%,75%で微視的観察や培
9 種繊維に対するカビの易汚染性を 2 種の相
養で明瞭に培養できたことは易汚染性の強いカ
対湿度(RH:%)下で微視的観察により(1)カ
ビであることを証明した。
ビからの知見及び(2)繊維からの知見を解析し
9 種の繊維に対するカビの易汚染性を微視的
評価した。
な観察から評価検証した結果,繊維種によりカ
85% および 75%RH 環境下で繊維とカビ発生に
ビに対する易汚染性も解明できた。カビ発生し
影響を及ぼしていることが確認できた。85%RH
やすい繊維として綿,麻,毛,キュプラであり,
では好湿性カビのCladosporium がカビの発生に
発生しにくい繊維として絹,アクリルとみるこ
強く関与している結果が得られたことは今までに
とができた。またナイロンやポリエステルはカ
報告されたことのない知見であった。また 75%
ビ種により易汚染性に差がみられた。このカビ
RH では明らかに不活化される傾向にあった。
発生による易汚染性は今回の 4 種カビですべて
顕微鏡観察出来なかった中湿性カビの
の結論とはいえないが,少なくとも繊維に対す
Penicillium は 52 週後も活性を維持しているこ
る易汚染性を知ることができたといえる。
とが分かった。
繊維とカビの関係は繊維の持つ構造との関
Eurotium は目視観察の 95%及び今回研究対
係,繊維組成などが絡んでくることによってカ
象とした微視的観察や培養結果から 85%,75%
ビ汚染が異なるものといえ,繊維素材構造や組
いずれの環境下でも活性を維持していることが
成の知見を深めて研究を進めることが重要とい
分かった。
えた。
— 14 —
ドライクリーニング用液体洗剤の
抗病原性細菌作用の解析
杏林大学医学部感染症学講座 神谷 茂
杏林大学大学院医学研究科共同研究施設部門実験動物施設部門 北条 史
果を解析した。
Ⅰ.緒 言
ドライクリーニングは,石油系溶媒やテトラ
クロロエチレンに界面活性剤(アニオン,カチ
Ⅱ.研究方法
オン,ノニオン)を洗剤として添加してクリー
B. cereus は ATCC14579 株を用いた。E. coli
ニングを行っている。これまでの本委員会の研
は ATCC25922 株を用いた。S. aureus は ATCC
究によってこれらの界面活性剤には抗菌活性お
25923 株を用いた。被験溶媒には石油系溶媒を
よび抗原生動物活性があることが示された。ま
用いた。被験アニオン系洗剤としてクリーン A2
た,前年度の研究によってこれらの界面活性剤
プラス(ゲンブ株式会社より分与)
,被験カチオ
を含み,実際にクリーニング店で洗浄に使われ
ン系洗剤としてクリーン K2 プラス(ゲンブ株式
る洗剤も抗原生動物活性があることが示され
会社より分与)を用いた。被験洗剤は 0.5% また
た。しかし,これらの洗剤が抗菌活性を持つか
は 5% に石油系溶媒で希釈した。
どうかは明らかにされていない。
細菌は LB 寒天培地を用いて 37℃好気条件
クリーニングの対象となる衣類などの洗濯物
で 1 晩培養した。培養した細菌をリン酸緩衝
にはヒトあるいは環境由来の様々な細菌が付
液(PBS)に懸濁した。懸濁液は 10 倍希釈して
着し,更にこれらの細菌の中にはヒトに病原性
B. cereus は OD600=0.669,E. coli と S. aureus
を持つものも含まれると考えられる。Bacillus
は OD600=0.132 にとなるよう希釈調整し,マイ
cereus はグラム陽性桿菌であり,腸管毒素によ
クロチューブに各 100μℓずつ分注した。対照に
り食中毒の原因菌となる。Escherichia coli は
は PBS を 900μℓ添加し,被験洗剤は 500μℓ添加
グラム陰性桿菌で,株によって腸管を始め,尿
し,サンプルとした。サンプルは 10 秒間攪拌あ
路,虫垂,腹膜などに炎症を引き起こす。また
るいはマルチビーズショッカーを用いて 10 分間
Staphylococcus aureus は皮膚化膿性疾患や中耳
(1500rpm, 60sec オン , 10sec オフ , 10 サイクル)
炎,結膜炎などの起因菌となるグラム陽性球菌
攪拌した。対照以外に 900㎖の PBS を添加し,
である。これら洗濯物を汚染する可能性のある
水溶媒系に戻して更に PBS にて 10 倍段階希釈
病原性細菌に対する洗剤の効果を解析すること
を行った。生菌数算定は希釈液を 30㎖ずつ 3 分
は公衆衛生学的に意義がある。
割された LB 培地に塗菌し,37 度で 1 晩好気培
本年度は上記 3 菌種を対象として洗剤接触条
養して行った。菌数はマンホイットニーの U 検
件下における生菌数算定を行い,洗剤の抗菌効
定で統計処理した。
— 15 —
は菌数が減少することが分かっている。これは
Ⅲ.研究結果
E. coli とアニオン系洗剤に関しても同様である
10 秒間の攪拌の結果,いずれの洗剤を処理し
が,今回用いたアニオン系洗剤にはアニオンは
た場合も対照と比較して菌数は減少しなかった
25 〜 30% しか含まれておらず,試験にはその洗
(図 1A, 2A, 3A)
。10 分間の攪拌の結果,アニオ
剤を実際に工場で用いられている濃度の 0.5% に
ン系洗剤,カチオン系洗剤を処理させた場合 B.
希釈して用いた。従って前回の試験と比較して
cereus の菌数は減少した(図 1B)
。E. coli はア
低い濃度で試験をしており,界面活性剤の濃度
ニオン系洗剤を処理させてもその菌数は減少し
差が結果に反映された可能性がある。高濃度の
なかったが,カチオン系洗剤を処理させた場合
アニオン系洗剤では抗菌活性が認められたこと
に菌数は減少した(図 2B)
。S. aureus はアニオ
もその仮説を支持すると考えられる。
ン系洗剤を処理させた場合,0.5% の濃度では菌
また今回用いた被験洗剤は複数の界面活性剤
数が減少しなかったが,5% の濃度では菌数が
が混合されている。クリーン K2 プラスはカチ
減少した(図 3B)
。カチオン系洗剤を処理させ
オン系洗剤であるが,ノニオン,カチオンの組
た場合も減少した(図 3B)
。
み合わせで混合されている(表 1)
。クリーン A2
プラスはアニオン,ノニオンのみならずカチオ
ンも添加されている。特にカチオンの添加はク
Ⅳ.考 察
リーン K2 プラスと同程度とされているが,アニ
今回の検討の結果,被験細菌株と被験洗剤の
オン系洗剤で菌数減少が認められなかった菌が
組み合わせによっては洗剤が抗菌活性を持つこ
カチオン系洗剤で菌数減少が認められたことか
とが明らかになった。
らも,抗菌活性に関してはそれぞれの界面活性
B. cereus に対してはアニオン系洗剤,カチ
剤がお互いの作用を補完するわけではないこと
オン系洗剤とも抗菌活性を有することが分かっ
が考えられる。
た。本菌の特徴として芽胞を形成することが知
られている。本年度の研究ではこの芽胞に対す
る効果は考慮されておらず,洗剤の芽胞に対す
Ⅴ.結 語
る効果については今後の研究課題となる。
アニオン系洗剤,カチオン系洗剤は細菌種及
カチオン系洗剤は E. coli に対して抗菌活性を
び濃度によっては抗菌活性を持つことが明らか
持つがアニオン系洗剤は抗菌活性が認められな
になった。
かった。界面活性剤の種類によって抗菌活性に
差があることが明らかになり,界面活性剤の作
用の違いが抗菌活性に影響を及ぼしていること
表 1 被験洗剤の界面活性剤含有量
が示唆される。
S. aureus は低濃度のアニオン系洗剤では殺菌
されなかったが,高濃度のアニオン系洗剤は本
菌に対して抗菌活性を持つことが明らかになっ
た。平成 23 年度の本委員会の研究結果では 1%
アニオン系界面活性剤による処理で S. aureus
— 16 —
クリーンK2プラス
クリーンA2プラス
アニオン
0%
25 〜 30%
ノニオン
40 〜 50%
5% 未満
カチオン
10 〜 15%
10 〜 15%
*
A
B
9
9
8
8
7
生菌数
(logCFU/㎖)
7
生菌数
(logCFU/㎖)
6
5
4
6
5
対象
アニオン
0.5%
アニオン
5%
4
カチオン
0.5%
対象
アニオン
0.5%
アニオン
5%
カチオン
0.5%
アニオン
5%
カチオン
0.5%
アニオン
5%
カチオン
0.5%
図 1 被験洗剤の B. cereus に対する抗菌活性
A:10 秒間処理 B:10 分間処理 *:P<0.05
*
A
B
9
9
8
8
7
生菌数
(logCFU/㎖)
7
生菌数
(logCFU/㎖)
6
5
4
6
5
対象
アニオン
0.5%
アニオン
5%
4
カチオン
0.5%
対象
アニオン
0.5%
図 2 被験洗剤の E. coli に対する抗菌活性
A:10 秒間処理 B:10 分間処理 *:P<0.05
*
A
生菌数
(logCFU/㎖)
B
9
9
8
8
7
生菌数
(logCFU/㎖)
6
5
4
7
6
5
対象
アニオン
0.5%
アニオン
5%
カチオン
0.5%
4
対象
図 3 被験洗剤の S. aureus に対する抗菌活性
A:10 秒間処理 B:10 分間処理 *:P<0.05
— 17 —
アニオン
0.5%
クリーニング用洗剤あるいは溶剤に対して抵抗性を示す
環境微生物の解析(3)
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 三好伸一
は,洗剤や溶剤に抵抗性を示す細菌として単離
Ⅰ.はじめに
した菌株について,それぞれの洗剤あるいは溶
環境中(水,土壌,空気)には多種多様な微
剤に対する抵抗性を純培養後の細菌で確認した。
生物が生息しており,しかもその代謝能力は多
平成 27 年度は,2 種類の培地(普通寒天プレー
様性に富んでいる。したがって,環境中に放出
トおよび R2A 寒天プレート)を用いて,ドライ
あるいは排出された有害な化学物質は,環境微
クリーニング用溶剤の殺菌作用に抵抗性を示す
生物の代謝作用に依存して分解・除去される。
土壌細菌の単離と同定を行った。
しかしながら,環境微生物の中には病原性を有
する種類も存在しており,病原性微生物の衣類
への付着は公衆衛生上危惧すべき問題となる。
Ⅱ.研究方法
私たちは,クリーニング用洗剤あるいは溶剤
研究用試料
の環境微生物に対する殺菌効果を明らかにす
溶剤のうち,PCE は和光純薬より購入した。
ることを目的に研究を行ってきた。これまでに
一方の石油系溶剤は JX 日鉱日石エネルギーか
ランドリー用洗剤中の主要界面活性剤成分であ
ら分与いただいたニューソル DX ハイソフト(パ
る直鎖アルキルベンゼンスルホン酸(LAS)お
ラフィン系溶剤 60%,ナフテン系溶剤 33%の混
よびポリオキシエチレン(23)ラウリルエーテ
合物)を用いた。
ル(POLE)に関して,水生細菌および土壌細
研究に使用した土壌試料は,次の手順によっ
菌に対する殺菌作用を調べるとともに,普通寒
て調製した。つまり,大学構内のラグビー場か
天プレートおよび R2A 寒天プレート(水や土壌
ら採取した土壌 1g(湿重量)を滅菌生理食塩水
などの環境試料から従属栄養細菌を単離するた
10㎖に懸濁し,暫くの間室温で静置した。その
めに考案された培地)を用いて,LAS あるいは
後上清を回収し,土壌試料とした。
POLE に抵抗性を示す細菌の単離と同定を行っ
た。またドライクリーニング用溶剤であるテト
ドライクリーニング用溶剤に抵抗性を示す土壌
ラクロロエチレン(パークロロエチレン,PCE)
細菌の単離
および石油系溶剤に関しては,水生細菌に対す
調製した土壌試料 0.5㎖を 20mM リン酸緩衝
る殺菌作用を調べるとともに,普通寒天プレー
液(pH7.0)で調製した 0.2%ペプトンブロス 5.0
トおよび R2A 寒天プレートを用いて,溶剤に抵
㎖,ドライクリーニング用溶剤(PCE もしくは
抗性を示す細菌の単離と同定を行った。さらに
石油系溶剤)1.0㎖,および滅菌精製水 3.5㎖と混
— 18 —
合し,25℃で 30 分間保温した。その後,滅菌生
PCR 終了後,反応物についてアガロースゲル電
理食塩水で適当に希釈し,その一部(0.1㎖)を
気泳動を行い,目的のPCR 増幅物をGeneclean®
普通寒天プレート(0.5%肉エキス,1.0%ペプト
Turbo Kit(フナコシ)を用いて抽出した。抽出し
ン,0.5%塩化ナトリウム,1.5%寒天,pH7.0)
,
た PCR 増幅物 30ngについて,表1に示すプライ
あるいは R2A 寒天プレート(0.05%酵母エキス,
マー(プラス鎖用プライマー:27F,520F および
0.05%ペプトン,0.05%カザミノ酸,0.05%ブド
1100F,マイナス鎖用プライマー:520R,920R
ウ糖,0.05%可溶性デンプン,0.03%リン酸水
お よ び 1492R)6.6pmol, お よ び ABI PRISM®
素カリウム,0.005%硫酸マグネシウム,0.03%
BigDye® Terminator v1.1 Cycle Sequencing Kit
ピルビン酸ナトリウム,1.5%寒天,pH7.2)上に
(Life Technologies Japan)を用いてシークエン
塗抹した。そして,各寒天プレートを 25℃で数
ス用PCRを行った。そしてPCR増幅物を精製し,
日間培養したのち,形成されたコロニーの数を
Hi-di
(Life Technologies Japan)
20μ
ℓに溶解した。
カウントし,対照とした溶剤未処理試料のコロ
次いで,96℃で 2 分間加熱処理したのち,ABI
ニー数と比較して,土壌細菌の生残率を算出し
PRISM® 3100-Avant Genetic Analyzer(Life
た。
Technologies Japan)を用いて塩基配列を解析
次いで,形態や色調,大きさが異なるコロニー
し,BLAST 検索により既知菌種の 16S rDNA
を各々の寒天プレートから選抜して釣菌し,ド
と比較した。そして,99.0%以上の相同率を示
ライクリーニング用溶剤に抵抗性を示す土壌細
した菌種を当該菌種として同定した。
菌として保存した。
ドライクリーニング用溶剤に抵抗性を示す土壌
Ⅲ.研究結果
細菌の同定
ドライクリーニング溶剤の殺菌作用
保存した細菌から調製したDNA 標品50ng,16S
土壌試料に PCE(10%)あるいは石油系溶剤
rDNA増幅用プライマー(27Fおよび1492R)
(表1)
(10%)を 25℃で 30 分間作用させた。その後,
®
20pmol,Go Taq Green Master Mix(Promega)
普通寒天プレートあるいは R2A 寒天プレート上
25μ
ℓを混合し,滅菌精製水で全量を50μ
ℓに調整し
に塗抹し,25℃で数日間培養した。そして形成
た。
この反応液をサーマルサイクラーにセットし,
されたコロニーの数をカウントし,土壌細菌の
94℃で 3 分間加熱処理したのち,94℃で 30 秒間,
生残率を算出した。
47℃で 30 秒間,72℃で 90 秒間の条件で増幅反
PCE(10%)に関して,普通寒天プレートでは
応を 30 回繰り返した。
コロニー数が 8.5%(823 個から 70 個)に減少し,
表 1 本研究で使用した 16S rDNA 用プライマー
プライマー
塩基配列(5’
→ 3’
)
27F
520F
520R
920R
1100F
1492R
AGAGTTTGATCCTGGCTCAG
GTGCCAGCAGCCGCGG
ACCGCGGCTGCTGGC
CCGTCAATTCCTTTGAGTTT
GCAACGAGCGCAACCC
GGTTACCTTGTTACGACTT
— 19 —
土壌細菌に対する強い殺菌活性を有することが
(460 個)から,11 株を選抜して釣菌した。こ
明らかとなった。しかし,コロニー数が 1%程
れらの菌株について,16S rDNA を解析した
度にまで減少した水生細菌(平成 26 年度の結果)
と こ ろ,9 株 が グ ラ ム 陽 性 菌(Arthrobacter
と比べると殺菌作用は弱い。ところが,R2A 寒
属 3 株,Bacillus 属 3 株,Fictibacillus 属 1 株,
天プレートではコロニーが全く形成されず,極
Streptomyces 属 2 株 )
,2 株 が グ ラ ム 陰 性 菌
めて強い殺菌作用を示した。なお,水生細菌で
(Brevundimonas 属 1 株,Rhizobium 属 1 株)に
は R2A 寒天プレートを用いても対照の 1%程度
分類された。なお,これらの石油系溶剤に抵抗
のコロニーが形成された(平成 26 年度の結果)
。
性を示した菌種は,対照とした溶剤処理を行っ
石油系溶剤(10%)については,普通寒天プ
ていない土壌試料から単離・同定された菌種と
レートでは形成されたコロニー数が対照の 56%
ほぼ同じであった。
(823 個から 460 個)となり,土壌細菌に対する
次に,土壌試料を石油系溶剤(10%)で 30 分
殺菌作用が弱いことが示された。なお,水生細
間処理したのち R2A 寒天プレートに生じたコ
菌ではコロニー数は 10%程度にまで減少した
ロニー(30 個)から,9 株を選抜して釣菌した。
(平成26年度の結果)
。ところが,
R2A寒天プレー
そして,菌種の同定のために 16S rDNA を解析
トでは強い殺菌作用を示し,コロニー数は 0.3%
した。その結果,7 株については,99.0%以上
(9,100 個から 30 個)にまで減少した。ちなみに
の相同率を示す細菌が存在せず,菌種の同定が
水生細菌では,対照の 40%程度のコロニーが形
できなかった。しかし残る 2 株は,グラム陽性
成された(平成 26 年度の結果)
。
菌である Staphylococcus epidermidis(表皮ブド
以上のように,土壌細菌に対する溶剤の殺菌
ウ球菌)に分類された。
作用は,水生細菌とは異なる結果となった。つ
まり,土壌細菌では普通寒天プレートでの生残
率の方が高くなった。
Ⅳ.考 察
本研究では,ドライクリーニング用溶剤で
PCE に抵抗性を示した土壌細菌の同定
処理した土壌に生残していた土壌細菌を 16S
土壌試料を PCE(10%)で 30 分間処理したの
rDNA の塩基配列の解析によって同定した。そ
ち普通寒天プレートに生じたコロニー(70 個)
の結果,PCE 処理後に生残していた細菌は,
から,11 株を選抜して釣菌した。そして,そ
Bacillus 属と Streptomyces 属のみであり,グラ
れらの菌種を同定するために 16S rDNA を解析
ム陽性の特定の菌種が PCE に抵抗性を示すこ
した。その結果,全ての単離菌がグラム陽性
とが明らかとなった。おそらくは,PCE によ
菌に分類され,その内訳は,Bacillus 属が 6 株,
る細胞損傷から回避できる細胞形態(休眠型細
Streptomyces 属が 5 株であった。一方の R2A 寒
胞や耐久型細胞など)で土壌に存在していたと
天プレートについては,前述のように,抵抗性
推察できる。
を示す細菌が単離されなかった。
一方の石油系溶剤では,溶剤処理後に単離さ
れた細菌の菌種はさまざまであった。しかも,
石油系溶剤に抵抗性を示した土壌細菌の同定
それらは土壌の通常の細菌叢の構成菌種と類似
土壌試料を石油系溶剤(10%)で 30 分間処理
していた。したがって,石油系溶剤は PCE よ
したのち普通寒天プレートに生じたコロニー
りも殺菌作用が弱いため,短時間(30 分間)の
— 20 —
曝露では多種類の土壌細菌が生き残ると考えら
よび土壌細菌の単離と同定を行った。得られた
れる。
結果は,特定の属(genus)に属する細菌が選
水生細菌(平成 26 年度の結果)とは異なり,
択的に生残する可能性は強くあるが,その属に
R2A 寒天プレートでは,ドライクリーニング
含まれる特別有害な菌種(species)のみが生残
用溶剤に抵抗性を示す土壌細菌がほとんど単離
する可能性はほとんどないことを示している。
できなかった。特に PCE に抵抗性を示す細菌
は 1 株も単離できなかった。この結果は,研究
試料としたラグビー場の土壌が極めて偏った細
Ⅴ.おわりに
菌で構成されているためだと考えられる。
実際,
環境微生物(水生細菌,土壌細菌など)に対
対照とした溶剤未処理の土壌試料では,95%を
するクリーニング用洗剤や溶剤の殺菌効果は,
超える細菌がピンク色のコロニーを形成する
使用する培地や培養方法などに大きく依存して
同 一 の 菌 種 Methylobacterium radiotolerans で
いる。したがって,衣類などに付着した環境微
あった。
生物に関する公衆衛生上のリスクを正確に評価
クリーニング用洗剤あるいは溶剤の殺菌作用
するためには,洗剤や溶剤の殺菌効果について
に関して,その作用に抵抗性を示す水生細菌お
の普遍的評価法の開発が必要である。
— 21 —
ドライクリーニング用石油系溶剤及び
テトラクロロエチレンのヒト不死化皮膚細胞 HaCaT を
用いた炎症の発症に関する検討
北里大学医学部衛生学 角田正史
トラクロロエチレンが,特に石油系溶剤が人間
Ⅰ.研究の背景
の細胞,特に実際に接触がある皮膚の細胞に対
クリーニング溶剤として広く用いられている
してどのような影響を及ぼすかについての研究
石油系溶剤(クリーニングソルベント)について
に近年取り組んでいる。人間の表皮の角化細胞
は,以前に多く使われていたトリクロロエチレ
は,皮膚を構成し,IL-1 など様々なサイトカイ
ンに比べて有害性は低いと考えられている(岩
ンを分泌し,その役割を果たす(Kawai, et al.,
崎,他,1993)
。しかし,健康影響の報告はな
2002)
。HaCaT 細胞は,不死化されたヒト表皮
いわけではなく,アレルギー性接触皮膚炎に関
角化細胞であることに加えて Biosafety レベル 1
連があるとする報告(花井,他,2005)がある。
で使用可能という利点がある。そこで HaCaT 細
また全国消費生活ネットワークシステムに寄せ
胞を用いて石油系溶剤及びテトラクロロエチレ
られるクリーニング溶剤による皮膚障害のうち,
ンの毒性試験を行い,今までの研究では,石油
石油系溶剤によると判断されたものもある。一
系溶剤及びテトラクロロエチレンの曝露による
方,テトラクロロエチレンに関しては,接触性
細胞生存率への影響,角化細胞が産生する炎症
皮膚炎をはじめ,肝障害,末梢神経炎,化学熱
性サイトカイン IL-1 の mRNA 発現,比較的長
傷などが従来から指摘されている。但し,これ
期の曝露による細胞増殖への影響を検討した。
らの健康障害,特に石油系溶剤による健康障害
その結果,生存率では一定の成果が得られたが,
に関しては不明な点が多く,石油系溶剤が炎症
IL-1βの mRNA 発現,細胞増殖への影響に関し
を誘導するかどうかには検討の余地がある。
ては,検討の余地が残った。
石油系溶剤及びテトラクロロエチレンの健康
炎症を促進する炎症性サイトカインには様々
障害に関連する毒性の簡便な評価及びそのメカ
な種類があり,IL-6 もそのひとつであり,先行
ニズムの検討を試みるにあたり,我々は炎症と
研究で IL-1βと同様に HaCaT 細胞での mRNA
アレルギーに係わるマクロファージ由来の細胞
発現が報告されている(Zhai, et al., 2015)
。複
である J774.1 細胞を用い,石油系溶剤とテトラ
数の炎症系サイトカインの mRNA 発現を検討す
クロロエチレンについて,細胞死を引き起こす
ることで,HaCaT 細胞が,皮膚における炎症促
濃度,炎症及びアレルギーに関するサイトカイ
進に働くかどうかの情報を得ることができると
ンの mRNA 発現を指標に検討した(Kido, et al.,
考えた。
2013)
。
そこで本年度は,HaCaT 細胞に対する,石油
以上の研究から発展し,石油系溶剤及びテ
系溶剤及びテトラクロロエチレンの影響を,細
— 22 —
胞の生存率を評価した上で,炎症性サイトカイ
曝露後 24 時間で,生存率をトリパンブルー色
ン IL-1β及び IL-6,細胞増殖への影響を指標と
素排除法により評価した。
することで,石油系溶剤及びテトラクロロエチ
ついで HaCaT 細胞における IL-1β及び IL-6
レンの人間の皮膚に対する毒性及びそのメカニ
の mRNA 発現に対する,石油系溶剤及びテト
ズム,炎症を引き起こす可能性について明らか
ラクロロエチレンの影響を検討した。細胞 1 ×
にする基礎資料を得ることを目的とした。
105 個ずつ,石油系溶剤に関しては 24 穴の細
胞プレートに,テトラクロロエチレン群に関
してはガラス製容器に培養液 2㎖を用いて播
Ⅱ.方 法
種し,細胞生存率の実験と同様にエタノール
使 用 細 胞 に つ い て は, ヒ ト 表 皮 角 化 細 胞
溶液を用いて最終濃度を石油系溶剤について
HaCaT を 用 い た。Dulbecco’s modified Eagle
は 0,50,100,250 ㎍/㎖, テ ト ラ ク ロ ロ エ チ
medium(低グルコース,L- グルタミン,フェ
レンについては 0,125,250,500㎍/㎖となる
ノールレッド含有,和光,東京)に,抗生物質
ように調製した(n=6/ 群)
。6 時間培養した後,
(X100,ペニシリン 10,000units/㎖及びストレ
TRIzol 試 薬 を 用 い て RNA を 抽 出 し,cDNA
プトマイシン 10㎎ /㎖含有,Merck Millipore,
合成試薬(Roche,東京)を用いて,cDNA を
Billerica, MA, USA)
,MEM 非 必 須 ア ミ ノ 酸
合 成 し た。IL-1β 及 び IL-6 の mRNA 発 現 に
(X100,Gibco, ライフテクノロジーズ,東京)
,牛
関 し て,Roche 社 製 の LightCycler System
胎児血清 Fetal bovine serum(Thermo Fisher
2.0(Roche Diagnostics)を 用 い て リ ア ル タ
Scientific, 横浜)を加えて細胞培養液を調製し
イ ム PCR を 行 っ た。 LightCycler FastStart
た。細胞培養液において FBS 濃度は最終的に
DNA Master PLUS SYBR Green I(Roche
10% v/v とした。細胞培養フラスコにて 37℃,
Diagnostics)を蛍光色素として用いた。プライ
5%CO2 の条件下で増殖させた。細胞の状態を
マーはグライナー社に依頼して合成した。IL-1
良好に保つために,2 日おきに細胞培養液を交
βについては,sense 5’-tacctgtctgcgtgttgaa-3’,
換した。細胞培養フラスコの底面が約 85%の
antisense 5’-tctttgggtaatttttgggatct-3’
占有率となったところで,培養液を捨て,PBS
(Kido, et al., 2013)を 用 い,IL-6 に つ い て
による洗浄後,0.25w/v% トリプシン溶液を用
は,sense 5’-ctccttctccacaagcgcc-3’antisense
いて細胞を剥離し,新しいフラスコに分けて,
5-gccgaagagccctcaggc-3’(Zhai, et al., 2015)
十分な細胞数を得るまで培養を続行した。
を 用 い た。House keeping gene と し て は ヒ
細胞の生存率の検討においては,HaCaT 細
ト 18S rRNA を用いた。プライマーの配列は
胞を 1 ×105 個ずつ,石油系溶剤は 24 穴の細胞
sense 5’-gcaattattccccatgaacg-3’,antisense
培養プレートに,テトラクロロエチレンについ
5’-gggacttaatcaacgcaagc-3’ を 用 い た。 リ ア ル
ては直径 1.8㎝のガラス製容器に,培養液 2㎖中
タイムPCRのサーマルサイクルはdenaturation
に播種した。培養液中の最終濃度を,10μℓの
が 94ºC,アニーリング温度は IL-1βについて
エタノールを用いた溶液を添加することで,そ
48℃,IL-6 及び 18S rRNA については 53℃と
れ ぞ れ 石 油 系 溶 剤 0,25,50,100,250,500
して extension が 72ºC として,45 サイクル,各
㎍/㎖と,テトラクロロエチレン 0,50,125,
サンプルについて行った。
250,500㎍ /㎖(n=6/ 群)として曝露を行った。
IL-1β 及 び IL-6 の ヒ ト 18S rRNA に 対 す る
— 23 —
calibrator normalized relative ratio を Roche 社
生存率は低下した。図 2 に HaCaT 細胞のテト
のプロトコールに従い,以下の式を用いて算出
ラクロロエチレン曝露後の生存率を示した。テ
し,mRNA 発現の指標とした。
トラクロロエチレンについては 500㎍ /㎖曝露群
Calibrator normalized relative ratio =
で対照群に比べて有意に生存率は低下した。
ETCpT(control)– CpT(sample)× ERCpR(sample)– CpR(control)
図 3 に石油系溶剤に曝露された HaCaT 細胞
CpT
(sample)
:Crossing point of the IL-1β or
の IL-1βの mRNA 発現を示した。図 4 にはテ
IL-6 gene in a sample;
トラクロロエチレンに曝露された HaCaT 細胞
CpR(sample)
:Crossing point of the 18s RNA
gene in a sample;
有意性を示さなかった。
CpT(control)
:Crossing point of the IL-1β or
CpR(control)
:Crossing point of the 18s RNA
gene in a control;
ET:ET=10
図 5 に石油系溶剤に曝露された HaCaT 細胞
の IL-6 の mRNA 発現を示した。図 6 にテトラ
IL-6 gene in a control;
-1/slope
の IL-1βの mRNA 発現を示した。共に群間で
ク ロ ロ エ チ レ ン に 曝 露 さ れ た HaCaT 細 胞 の
IL-6 の mRNA 発現を示した。こちらも共に群
Value of slope calculated from
間で有意性を示さなかった。
calibration curve of IL-1β or IL-6 gene;
図7では石油系溶剤に1週間曝露されたHaCaT
ER:ER=10-1/slope Value of slope calculated from
細胞の観察終了時の細胞数を示した。細胞数に
calibration curve of 18s RNA gene.
関しては 25㎍/㎖群で有意な平均値の低下を示
した。12.5㎍/㎖群でも平均値が低い傾向にあっ
細胞増殖についての石油系溶剤及びテトラク
た。図 8 ではテトラクロロエチレンに 1 週間曝
ロロエチレンの影響については,12 穴の細胞
露された HaCaT 細胞の細胞数を示した。細胞
4
培養プレートに,細胞を 2 ×10 個ずつ播種し,
数に関しては 50㎍/㎖群で有意な平均値の低下
石油系溶剤に関して 0,12.5,25㎍/㎖,テトラ
を示した。25㎍/㎖群でも平均値が低い傾向に
クロロエチレンに関しては 0,25,50㎍/㎖の濃
あった。
度で曝露した(n=3/群)
。2 日おきに溶剤入り
培養液を交換し,1 週間後に細胞数をカウント
し,細胞の増殖について評価した。
Ⅳ.考 察
統計解析に関しては,群ごとの平均値を算
今年度も引き続き,HaCaT 細胞について,
出し,一元配置分散分析を用いて群間の平均
前年度の手法を用いて細胞の状態を良好に保ち
値の比較を行った。Post hoc test には Fisher
つつ,まずは石油系溶剤とテトラクロロエチレ
の PLSD 法を用いた。統計ソフトは StatView
ンの細胞生存率の評価を行った。
version 5.02 を用いた。
今回の結果,石油系溶剤では 100㎍/㎖の濃
度で有意な生存率の低下が示され,前年度の結
果の生存率の低下を示す濃度,50 〜 100㎍/㎖
Ⅲ.結 果
程度と一致した。テトラクロロエチレンでは
図 1 に石油系溶剤の曝露後の HaCaT 細胞の
500㎍/㎖で有意な生存率の低下があり,こち
生存率を示した。石油系溶剤については 100,
らも前年度とほぼ比較可能な結果が得られた。
250,500㎍/㎖曝露群で対照群に比べて有意に
この結果は前年度も考察したように,石油系溶
— 24 —
剤(岩崎,他,1993)の健康障害の報告例の少
いても mRNA 発現が見られる。このサイトカ
なさと一致しないが,テトラクロロエチレンと
インの検討が,次の課題と考える。
石油系溶剤には比重の違いもあるので,細胞生
細胞増殖に関しては,doubling time が 2 日
存率のデータで単純な比較は出来ない。この結
で あ る HaCaT 細 胞 に 1 週 間 の 曝 露 を 行 っ た。
果に基づき,炎症性サイトカインの mRNA 発
細胞数に関しては 25㎍/㎖群で有意な平均値の
現への影響を検討し,また比較的長期の曝露に
低下を示し,12.5㎍/㎖群でも平均値が低い傾
よる影響も考慮するべきと考え,細胞増殖への
向にあった。テトラクロロエチレンでは細胞数
影響を検討した。
に関しては 50㎍/㎖群で有意な平均値の低下を
炎 症 性 サ イ ト カ イ ン の IL-1β の mRNA 発
示し,25㎍/㎖群でも平均値が低い傾向にあっ
現に対する影響に関しては,石油系溶剤もテ
た。一群の n 数が少なかったため,数を増やせ
トラクロロエチレンも有意な結果は得られな
ば,P < 0.1 であった濃度でも有意差が検出で
かったが,値自体は石油系では 100㎍/㎖では
きる可能性がある。これらの結果は,比較的長
高値となった。テトラクロロエチレンも 250㎍
期的な曝露であれば,低濃度でも角化細胞の増
/㎖では mRNA 発現が高値であった。有意差が
殖に影響を及ぼすことを示唆するもので,角化
ないために,皮膚角化細胞における IL-1βの
細胞の増殖への影響が,ヒトにおける健康影響
mRNA 発現増加を介して炎症を誘導するとは
のメカニズムかもしれない。またテトラクロロ
結論できない。IL-6 に関しても,ばらつきが
エチレン,石油系溶剤の影響を及ぼす濃度は近
大きいという問題点もあり,石油系溶剤もテト
いものであった。
ラクロロエチレンも有意な結果は得られなかっ
本研究の限界として,有機溶剤と培養液の混
た。値自体は石油系では 100㎍ /㎖で,テトラ
和に限界があり,細胞に正確な濃度曝露ができ
クロロエチレンは 250㎍ /㎖で mRNA 発現が高
ているかの問題がある。また本研究の一群の n
値であったが,有意性には至らなかった。テ
数は細胞増殖の検討においては少なかったため
トラクロロエチレンによる炎症や,石油系溶
に,今後,一群あたりの n 数を増やし,より安
剤で起こるとされている炎症(存在したとする
定した結果を出す必要がある。
と)には,IL-1β,IL-6 とは関連しないメカニ
結論として,石油系溶剤及びテトラクロロエ
ズムが働いている可能性がある。一方,IL-1
チレンの,ヒト皮膚に対する影響を検討した
βの mRNA 発現はマクロファージ系細胞では
が,HaCaT 細胞で,石油系溶剤またはテトラ
石油系溶剤の 50㎍/㎖の曝露で上昇し(Kido,
クロロエチレンで一定濃度で細胞死が起こり,
et al., 2013)
,テトラクロロエチレンで IL-6 の
また細胞死を引き起こす濃度より低い濃度で増
mRNA 発現がマクロファージ系細胞で濃度に
殖への影響が起こることが明らかになった。但
よって上昇した結果(Kido, et al., 2013)もある
し炎症性サイトカイン IL-1β及び IL-6 mRNA
ので,濃度によっては,マクロファージと同様
発現については,曝露群で平均値の高値は観察
に,角化細胞において,強くない作用ではある
されたが有意ではないので,炎症のメカニズム
が,炎症性サイトカインが上昇する可能性はあ
について,皮膚角化細胞におけるサイトカイン
る。近年,皮膚の炎症,特にアトピー性皮膚炎
mRNA 発現の関わりについては不明であった。
には IL-33 が関連しているとの報告(Savinko,
今後,引き続いて更なる研究が必要と考える。
et al., 2012)があり,IL-33 は HaCaT 細胞にお
— 25 —
【参考文献】
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花井博,
照井正,
鈴木啓之(2005)刺激性接触皮膚炎.皮膚病診療,
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Kido, T., Sugaya, C., Ikeuchi, R., Kudo, Y., Tsunoda, M. and
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Savinko, T., Matikainen, S., Saarialho-Kere, U., Lehto, M., Wang,
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Zhai, Y., Dang, Y., Gao, W., Zhang, Y., Xu, P., Gu, J., and Ye,
X.(2015)P38 and JNK signal pathways are involved in the
regulation of phlorizin against UVB-induced skin damage.
Experimental Dermatology, 24, 275-279.
— 26 —
100
90
80
70
***
60
生存率
50
(%)
40
***
30
20
10
0
***
control
石油系
25㎍/㎖
石油系
50㎍/㎖
石油系
100㎍/㎖
石油系
250㎍/㎖
石油系
500㎍/㎖
図 1 石油系溶剤に曝露された HaCaT 細胞の生存率
注)
平均値及び標準誤差で示す。P<0.001 by ANOVA,
***:P<0.001(control との比較) by Fisher’s PLSD test.
100
90
80
**
70
60
生存率
50
(%)
40
30
20
10
0
control
TCE
50㎍/㎖
TCE
125㎍/㎖
TCE
250㎍/㎖
図 2 テトラクロロエチレンに曝露された HaCaT 細胞の生存率
注)
平均値及び標準誤差で示す。P<0.01 by ANOVA,
**:P<0.01(control との比較) by Fisher’s PLSD test.
— 27 —
TCE
500㎍/㎖
Calibrator
Normalized
Relative
Ratio for
IL-1β
25
20
15
10
5
0
control
石油系
50㎍/㎖
石油系
100㎍/㎖
石油系
250㎍/㎖
図 3 石油系溶剤に曝露された HaCaT 細胞におけるIL-1βの mRNA 発現
注)
平均値及び標準誤差で示す。P=0.126 by ANOVA.
Calibrator
Normalized
Relative
Ratio for
IL-1β
7
6
5
4
3
2
1
0
control
TCE
125㎍/㎖
TCE
250㎍/㎖
TCE
500㎍/㎖
図4 テトラクロロエチレンに曝露されたHaCaT 細胞における
IL-1βの mRNA 発現
注)
平均値及び標準誤差で示す。P=0.185 by ANOVA.
— 28 —
Calibrator
Normalized
Relative
Ratio for
IL-6
8
7
6
5
4
3
2
1
0
control
石油
50㎍/㎖
石油
100㎍/㎖
石油
250㎍/㎖
図 5 石油系溶剤に曝露された HaCaT 細胞におけるIL-6 の mRNA 発現
注)
平均値及び標準誤差で示す。P=0.476 by ANOVA.
Calibrator
Normalized
Relative
Ratio for
IL-6
18
16
14
12
10
8
6
4
2
0
control
TCE
125㎍/㎖
TCE
250㎍/㎖
TCE
500㎍/㎖
図6 テトラクロロエチレンに曝露されたHaCaT 細胞における
IL-6 の mRNA 発現
注)
平均値及び標準誤差で示す。P=0.582 by ANOVA.
— 29 —
9
8
7
6
細胞数 5
(x105個)
4
*
3
2
1
0
control
石油
12.5㎍/㎖
石油
25㎍/㎖
図 7 石油系溶剤に曝露された HaCaT 細胞 1 週間後の細胞増殖
注)
平均値及び標準誤差で示す(n=3/ 群)。
P=0.031 by ANOVA.
*:P<0.05(control との比較) by Fisher’s PLSD test.
12.5㎍ /㎖群は control との比較で P=0.052
6
5
4
細胞数
(x105個) 3
**
2
1
0
control
TCE
25㎍/㎖
TCE
50㎍/㎖
図 8 テトラクロロエチレンに曝露された HaCaT 細胞 1 週間後の細胞増殖
注)
平均値及び標準誤差で示す(n=3/ 群)。
P=0.014 by ANOVA.
**:P<0.01(control との比較) by Fisher’s PLSD test.
12.5㎍ /㎖群は control との比較で P=0.066
— 30 —
クリーニング業従事者の悪性新生物による
過剰死亡の検討
北里大学医学部公衆衛生学 堤 明純
江口 尚
が国のクリーニング業界は,他の業界と比較し
Ⅰ.はじめに
て,小規模事業所が多く,経営状況が厳しいこ
定期健康診断や,がん検診の実施状況は,事
とから,がん検診の受診率に影響していること
業所規模が小さくなるほど,実施率が低下して
が考えられる。
1)
いる 。過去 1 年間のがん検診を実施した事業
クリーニングと公衆衛生に関する研究におい
所は,300 人以上の事業所では 60%以上で実施
て,
小規模事業所の多いクリーニング業界では,
されているのに対して,10-29 人の事業所での
ドライクリーニング従事者において悪性新生物
1)
実施率は 30%程度であった 。また,自営業者
による過剰死亡や,がん検診の受診率が低いこ
の健康診断受診率は一般労働者と比較して低い
とが指摘されている 8-10)。悪性新生物による過
2)3)
剰死亡については,対象とした最終年度(2004
しくて時間がない」
「症状もなく,自分は健康
年度)から 10 年以上が経過している 8)。そこで,
だと思ったから」
「費用がかかるから」という
今回,我々は,この 3 年間の調査結果を踏まえ
理由が挙げられている 3)。そのため,自営業者
て,全国クリーニング生活衛生同業組合連合会
のがん検診の受診率についても,健康診断と同
に加盟する組合員の悪性新生物による死亡の最
様に,一般労働者と比較して低く,未受診の理
新の状況を把握するために,全国クリーニング
由についても類似していると考えられる。
生活衛生同業組合連合会全国生命共済制度の
わが国のクリーニング業界は,従事者規模 1
データを用いて現状調査を行った。
。健康診断を受診しない理由としては,
「忙
~ 4 人が 81.1%を占めており,全国平均と比較
して小規模事業所の割合が高い 4)。一世帯当た
りのクリーニング代支出額は,17,103 円(1995
年 ),9,438 円(2005 年 )
,6,601 円(2015 年 )と
5)
Ⅱ.研究・調査方法
1.死因データベースの作成
推移し ,全国の施設数(機械施設のある一般
生命共済加入者が死亡時に提出する共済金請
施設と特定施設の合計)も,42,664 件(2004 年
求書類(平成 25 年 4 月 1 日から平成 27 年 3 月 31
度)から 30,371 件(2014 年度)
(前年度比 5.1%減)
日申請分)から,死因(死亡診断書又は死亡証
6)
と減少している 。このようにクリーニング業
明書で確認)
,生年月日,死亡年月日,性別,
界の経営環境が厳しい原因は,クリーニング代
を確認し,エクセルを用いてデータベースを作
の節約志向,家庭用洗濯機の大型化,ドライ対
成した。死因は,死因簡単分類表を用いてコー
7)
応洗剤の普及などにあると言われている 。わ
ド化した。平成 25 年 3 月 31 日以前についての
— 31 —
共済金請求書類については既に破棄されていた
表 2 に示す。全悪性新生物による死亡(N=20)
ため,データベースを作成できなかった。
には,胃がん(N=5)
,大腸がん(N=5),肺が
ん(N=4)
, 肝 臓 が ん(N=3)
, 膵 が ん(N=1),
2.男女別死因別の集計
脳腫瘍(N=1)
,
腎がん(N=1)を含めた。全死亡,
死亡による共済金請求件数は,平成 25 年度
全悪性新生物による死亡については,全国と比
は 33 件(男性 26 件
(67.1 歳± 6.4 歳)
女性 7 件
(62.6
較して,有意な過剰死亡は認められなかった。
歳±9.5歳)
)
,
平成26年度は34件
(男性31件
(67.1
歳± 8.5 歳)女性 3 件(71.3 歳± 2.5 歳)
)であった。
表 1 性別死因別の人数 (N=37)
このうち,人口動態統計を利用するために,平
男性
女性
成 26 年 1 月 1 日から 12 月 31 日までに死亡した
胃がん
4
1
37 件(男性 33 件(66.6 歳± 8.9 歳)女性 4 件(71.5
大腸がん
4
1
歳± 2.2 歳))を解析対象とし,男女別死因別に
肺がん
2
2
集計した。
肝臓がん
3
0
脳出血
3
0
急性心不全
2
0
慢性閉塞性肺疾患
2
0
アルコール性肝炎
1
0
急性心筋梗塞
1
0
急性大動脈解離
1
0
劇症型心筋炎
1
0
3.標準化死亡比
(standardized mortality ratio: SMR)の算出
平成 26 年の男女別の死因(全死因,悪性新生
物)毎の実死亡数と,平成 26 年人口動態統計調
査結果を用いた全国の年齢階級別死亡率をもと
に算出した期待死亡数を用いて,全死亡と全悪
性新生物による死亡についてSMRとその 95%信
特発性間質性肺炎
1
0
急性肺炎
1
0
頼区間を算出した。期待死亡数の算出には,生
膵がん
1
0
命共済加入者数を用い,事務局から提出を受け
脳腫瘍
1
0
た平成 27 年 7月1日現在の資料を使用した。加入
敗血症性ショック
1
0
者数は,18 歳から75 歳,男性 4,327 名(平均年齢
腎がん
1
0
55.8 歳)
,
女性 2,215 名(平均年齢 57.7 歳)であった。
自殺
1
0
溺水
1
0
不明
1
0
合計
33
4
統計解析にはSPSS 22.0 for Windowsを用いた。
Ⅲ.研究結果
表 2 全死亡、悪性新生物による全死亡の SMR
1.性別死因別の人数(平成 26 年)
男女別死因別の集計結果を表 1 に示す。胃が
んと大腸がんが多く,次いで,肺がん,肝臓が
んの順であった。
全死亡(N=37)
SMR
95% 信頼区間
男性(N=33)
94.0
(65.7-133.6)
(14.7-126.0)
女性(N=4)
全悪性新生物による死亡(N=20) SMR
95% 信頼区間
2.標準化死亡比(平成 26 年)
男性(N=16)
104.9 (62.1-174.4)
全死亡,全悪性新生物による死亡の SMR を
女性(N=4)
92.0
— 32 —
(29.5-253.0)
的に死亡データの蓄積を行い,今回の結果が,
Ⅳ.考 察
一過性のものではなく,継続している結果なの
全国クリーニング生活衛生同業組合連合会が
か,確認する必要がある。
運用する全国生命共済制度を活用して,組合員
の死亡状況について検討を行った。全死亡,全
悪性新生物による死亡について,過剰死亡は認
Ⅴ.結 語
めなかった。
全死亡,全悪性腫瘍について,過剰死亡は認
今回の調査では,全死亡については,中小零
めなかった。今後,経年的に死亡データの蓄積
細企業が多く,経営環境が厳しいクリーニング
を行い,今回の結果が,一過性のものではなく,
業従事者において,男女ともに過剰死亡は認め
継続している結果なのか,
確認する必要がある。
なかった。先行研究では,中小企業の労働衛生
の現状は,大企業と比較して労働者の健康状況
が悪く,労働災害の件数が多いことが指摘され
ている 1)11)12)。近年,全国的に,中小零細企業
の事業主,役員,従業員が加入する生命共済制
度への加入者数は,
企業業績の悪化などにより,
減少傾向にある 13)。そのため,経営状況の厳し
い加入者は,脱退し,毎月の掛け金を支払える
比較的経営状況のよい加入者が残っていること
が,今回の結果に影響しているかもしれない。
【参考文献】
1 )厚生労働省(
. 2013)平成 24 年労働者健康状況調査 .
2 )京
都府(2015)
.
平成 27 年度京都府がん検診受診率調査報告書 .
http://www.pref.kyoto.jp/kenshin/documents/26kekka.pdf.
3 )木
村好美 (
. 2013)健康診断の受診と社会階層 . 早稲田大学大
学院文学研究科紀要 . 35-44.
4 )総務省(
. 2011)平成 21 年経済センサス - 基礎調査 .
5 )総務省(
. 2015)家計調査年報(家計収支編)平成 26 年 .
6 )厚生労働省(
. 2014)平成 26 年度衛生行政報告例 .
7 )厚
生労働省(
. 2006)平成 17 年生活衛生関係営業経営実態調査
「クリーニング業の実態と経営改善の方策」
.
8 )堤
明純ら(
. 2013)ドライクリーニング従事者の悪性新生物に
よる過剰死亡に関する検討:汎用化学物質に注目して . 平成
今回の調査では,全悪性新生物による死亡に
ついては,過剰死亡は認めなかった。昭和 56
年度(1981 年度)から平成 16 年度(2004 年度)
の死亡を集計,解析した前回の調査では,悪性
新生物による死亡の SMR は,男性(145(95%
CI:135-166)
)
,女性(164(95% CI:143-187)
)
24 年度クリーニングと公衆衛生に関する研究委員会報告書 .
42-47.
9 )堤
明純ら(
. 2014)クリーニング作業従業員の長期的健康調査
のための基礎資料の整備 . 平成 25 年度クリーニングと公衆衛
生に関する研究委員会報告書 . 39-47.
10)江
口尚ら(
. 2015)クリーニング業小規模事業所経営者の健康
調査 .
11)B
aumeister T et al.(2010)Health inequalities according
to plant size-comparison of small-and medium-sized
であり,過剰死亡を認めている 9)。上述したよ
うな対象者の変化とともに,この 10 年間で,
enterprises. JOccup Environ Med. 52(8)
:807-12.
12)H
oshuyama T et al.(2007)Inequality in the health status of
workers in small-scale enterprises. Occup Med(Lond). 57
クリーニング業界で働く労働者の健康状況が改
(2)
:126-30.
善した可能性がある。クリーニング業における
13)全
国労働者共済生活協同組合連合会 (
. 2015)FACT BOOK
衛生管理や施設,設備の改善が進み,テトラク
2014 年 度 決 算 音 ご 報 告 な ど . http://www.zenrosai.coop/
ロロエチレンや石油系溶剤へのばく露が低減す
るなど,労働者の職場環境が改善した
library/disclosure/factbook/2015/factbook2015.pdf.
14)厚
生労働省健康局生活衛生課.
(2015)
クリーニング業の振興指針.
14)
こと
が影響しているかもしれない。
今回の調査は,単年での調査であり,今回の
結果をもって,クリーニング従事者の健康状況
が改善しているとは言い切れない。今後,経年
— 33 —
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/seikatsu-eisei05/02.
ht㎖ .
微酸性混和水による Bacillus 属の
殺芽胞効果の検討
北里大学医療衛生学部微生物学研究室 教授 北里英郎
講師 原 和矢
亜塩素酸水(微酸性混和水)を用いて有芽胞細
Ⅰ.緒 言
菌 の Bacillus 属 で あ る Bacillus subtilis お よ び
近年,食品業界をはじめとして医療,保健介
Bacillus cereus の殺芽胞効果を検討した。
護施設において,もっとも汎用されている殺菌
薬として塩素系の消毒薬である次亜塩素酸ナ
トリウム(NaClO)がある 1-3)。NaClO の汎用性
Ⅱ.材料と方法
は,理想的な殺菌薬の要件を数多く満たしてい
使用菌株
ることに加え,漂白,脱臭そしてすぐれた洗浄
Bacillus subtilis は ATCC6051 株を,Bacillus
作用を有している。市販の NaClO 溶液は,遊
cereus は,北里大学付属病院で分離された株を
離有効塩素濃度 5 〜 12%を含有する pH12.5 〜
用いた。
13.5 の強アルカリ性溶液で強い塩素臭を有して
培 地
いる。
一般に,NaClO 溶液は水で適度な濃度に希
2)
釈されて使用されており ,その殺菌効果は次
亜塩素酸(HClO)濃度に依存するのに対し
4-6)
,
Bacillus 属の増殖用培地は,液体培地として
LB-Broth(Miller Merk 社)
,Trypto-soy Ager
(SCD 寒天培地 栄研化学)を用いた。
洗浄効果は次亜塩素酸イオン(ClO-)濃度に依
存する 6,7)。最近では,酸を添加することによ
芽胞液の希釈液
り酸性領域に pH を調整された強酸性次亜塩素
反応処理後の芽胞液の希釈には 0.01% ウシア
酸水(pH2.2 〜 2.7)弱酸性次亜塩素酸水(pH2.7
ルブミン(BSA)を含む燐酸緩衝食塩水(PBS)
〜 5.0)や微酸性次亜塩素酸水(pH5.0 〜 6.5)が
を用いた。
開発され,NaClO より優れた殺菌効果がある
とされている。
次亜塩素酸ナトリウム並びに微酸性混和水
一般に Bacillus 属の芽胞は耐熱性であり,多
次亜塩素酸ナトリウム並びに微酸性混和水
くの物理化学的な処理に対し抵抗性を示す。業
は,東京洗染機械製作所により調整された次亜
務用洗濯機の洗浄工程の中でも,従来の洗浄
塩素酸ナトリウム水(250ppm)
,微酸性混和水
方法では殺芽胞効果が弱いと考えられること
(100ppm)を用いた。
から,次亜塩素酸ナトリウム水より有効塩素
4℃に保管していた次亜塩素酸ナトリウム水
濃度が低く,優れた殺菌作用を示す微酸性次
(250ppm)
,微酸性混和水(100ppm)を原液と
— 34 —
して用い,微酸性混和水は,滅菌蒸留水にて 50
〜 70ppm に希釈して用いた。
Ⅲ.結 果
Bacillus 属の芽胞耐熱試験
芽胞液調整
B. subtilis 及び B. cereus の芽胞液 3 ×107cfu
Bacillus 属の菌株を LB-Broth で 37℃ 18 時間
を含む芽胞液を 80℃,10 分間加熱し,コロニー
培養後,SCD 寒天培地に 0.2㎖塗抹し,37℃で
形成率を比較したところ,B. subtilis ではコロ
24 時間培養した。その後 30℃で 1 週間培養し,
ニー形成率には全く差がなかった。
(表 1)
芽胞を形成させた。
B. cereus では,80℃,10 分間加熱でコロニー
芽胞形成は,Wirtz 染色(武藤化学芽胞染色
形成率は 3.3 × 107cfu から 1.6 × 107cfu(47%)減
キット)で芽胞を染色し,芽胞形成を確認した。
少した。
(表 1,図 2)
芽胞形成を確認後,SCD 寒天培地に冷滅菌水を
ほぐし,菌懸濁液を集めた。蒸留水で 3 回洗浄
次亜塩素酸ナトリウム水及び微酸性混和水によ
る殺芽胞試験
後,菌塊を 4℃,3 分間超音波処理により分散後,
次亜塩素酸ナトリウム水(250ppm)による B.
70℃で 20 分間加熱し,遠心集菌した。再度冷蒸
subtilis の 30℃における殺芽胞試験では,完全
留水で 3 回遠心洗浄後,菌塊を 3 分間超音波処
に殺菌する作用時間は,20 分間であった。
(表 2)
理により分散後,70℃で 20 分間加熱し,遠心集
次亜塩素酸ナトリウム水(250ppm)による B.
菌し蒸留水で遠心洗浄後,3 分間超音波処理に
cereus の 30℃における殺芽胞試験では,完全に
より分散後,得られた芽胞を“芽胞液”とした。
殺菌する作用時間は10分間を要した。
(表5,
図4)
芽胞液の精製度は,
Wirtz染色にて確認した。
(図
一方,微酸性混和水による B. subtilis の殺芽
1)作成した芽胞液は 5℃以下にて保存した。
胞効果は,有効塩素濃度及び作用温度に依存し,
かけ数分間放置した後,コンラージ棒で菌苔を
30℃,100ppm では,2.5 分間,70ppm では 5 分間,
耐熱試験
50ppm では 10 分間以内で完全殺菌した。
(表 3,
3 ×10 cfu を含む芽胞液 0.1㎖を恒温槽で 80℃
図 3)
10 分間処理し,直ちに氷中で冷却後希釈液で希
また作用温度を 40℃〜 60℃に上昇させると
釈し,SCD 寒天培地に塗抹し 37℃ 18 時間培養
100ppm 並 び に 70ppm で は 2.5 分 間,50ppm で
した。
は 5 分間で完全殺菌した。
(表 4)
7
微酸性混和水によるB. cereusの殺芽胞試験で
殺芽胞試験
は 30℃,100ppm,70ppm では 2.5 分間,50ppm
107cfu を含む芽胞液(5μℓ)に次亜塩素酸ナト
で 5 分間で完全殺菌した。
(表 6)
リウム水又は微酸性混和水を 95μℓを加え直ち
に所定の温度及び時間で処理し,処理後 5μℓの
10% チオ硫酸ナトリウムを加え反応を停止させ,
氷中で急冷し,希釈液で 10 倍階段希釈し,0.1
㎖を SCD 寒天培地に塗布した。
— 35 —
Ⅳ.考 察
Ⅴ.結 語
芽胞耐熱試験の結果から,B. subtilis の芽胞
塩素系消毒薬は,有機物が存在すると極端に
液の未処理と加熱処理でコロニー形成率には差
消毒効果が消失するのが欠点ではあるが,微酸
がなかったことから B. subtilis の芽胞は,80℃,
性混和水は,次亜塩素酸ナトリウム水の様な強
10 分間処理に耐熱性であることが示唆された。
烈な塩素臭もなく,かつ殺芽胞効果も強力で,ま
一方,B. cereus の芽胞液を加熱するとコロ
た二酸化塩素に比較し,はるかに安価であるた
7
7
ニ ー 形 成 率 が 3.3 × 10 cfu か ら 1.6 × 10 cfu に
め有力な塩素系消毒剤となることが示唆された。
47% 減少したことにより,B. cereus の芽胞の耐
【参考文献】
熱性は B. subtilis よりは弱いものと思われる。
次亜塩素酸ナトリウム水(250ppm)に対する
1)福
崎智司 , 次亜塩素酸ナトリウムの特性と洗浄・殺菌への効果
30℃におけるBacillus 属芽胞の抵抗性は完全殺
2)P
arish, M. E., Beuchat, L.R., Suslow, T. V,. Harris, L. J., Garrett,
的な利用; 食品工業 , 49(16), 36-43 ; 2006.
菌に要する時間は B. subtilis では10 分間以上,B.
E. H., Farber, J. N., and Busta, F. F, Methods to reduce /
eliminate pathogens from fresh and fresh-cut produce.; Comp.
cereus では5 分間以上必要であり,次亜塩素酸ナ
トリウム水に対してもB. cereus の芽胞の抵抗性
Rev. Food Sci. Food Safety, 2,161−173 ; 2003.
3)R
utala, W. A., and Weber, D. J. Uses of inorganic hypochlorite
は B. subtilis の芽胞より弱いものと考えられる。
(bleach)in health-care facilities.; Clin. Microbiol,Rev, 10, 597−
微酸性混和水による B. subtilis の殺芽胞効
4)B
razis, A. R., Leslie, J. E., Kabler, P. W., and Woodward, R.L,
610 ; 1997.
The inactivation of spores of Bacillus globigii and Bacillus
果は,有効塩素濃度及び 作用温度に依 存し,
anthracis by free available chlorine.; Appl. Mycrobiol, 6, 338−
30℃,100ppm では 2.5 分間,70ppm では 5 分間,
50ppm では 10 分間以内で完全に殺菌し,処理
342 ; 1958.
5)F
air, G. M., Morris, J. C., Chan, S. L, Weil, I., and Burden, R.
P, The behavior of chlorine as a water disinfectant. ; J. Am.
温度を上昇させると,微酸性混和水の殺芽胞効
果が増大することから作用温度 30℃より60℃で
Water Works Assoc., 40, 1051−1061 ; 1948.
6)F
ukuzaki, S., Urano, H., and Yamada, S. Effect of pH on the
efficacy of sodium hypochlorite solution as cleaning and
行うほうがより殺芽胞効果が期待できるものと
思われる。
bactericidal agents. ; J.Surface Finish. Soc. Jpn., 58, 465−469 ;
2007.
B. cereus の殺芽胞効果は,70 〜 100ppm で 2.5
7)U
rano, H., and Fukuzaki, S, The mode of action of sodium
分間,50ppm で 5 分間以内で完全殺菌したこと
から,微酸性混和水に対する Bacillus 属芽胞の
抵抗性は,B. subtilis より B. cereus の方が弱い
ものと考えられる。
— 36 —
hypochlorite in the cleaning process. ; Biocontrol Sci., 10, 21−
29 ; 2005.
表 4 微酸性混和水による
Bacillus subtilis 殺芽胞効果
表 1 Bacillus 属 芽胞の耐熱試験
菌腫
未処理
80℃ 10min.
Bacillus subtilis
3.2×107
3.2×107
Bacillus cereus
3.3 ×107
1.6 ×107
作用温度
菌数:CFU
40℃
表 2 次亜塩素酸ナトリウム水による
Bacillus subtilis 殺芽胞効果
作用温度 濃度
30℃
250
ppm
50℃
作用時間
2.5min.
5min.
4.5×10 2.0×10
5
10min.
20min.
2
0
3
60℃
芽胞量:1.0 ×107 CFU
作用時間
濃度
2.5min.
5min.
10min.
50ppm
4
0
0
70ppm
0
0
0
100ppm
0
0
0
50ppm
2
0
0
70ppm
0
0
0
100ppm
0
0
0
50ppm
2
0
0
70ppm
0
0
0
100ppm
0
0
0
芽胞量:1.0 ×107 CFU
表 3 微酸性混和水による
Bacillus subtilis 殺芽胞効果
作用温度
30℃
濃度
表 5 次亜塩素酸ナトリウム水による
Bacillus cereus 殺芽胞効果
作用時間
2.5min.
5min.
10min.
50ppm
3.5×103
2
0
70ppm
47
0
0
100ppm
0
0
0
作用温度 濃度
30℃
250
ppm
作用時間
2.5min.
5min.
10min.
20min.
48
3
0
0
芽胞量:1.0 ×107 CFU
芽胞量:1.0 ×107 CFU
表 6 微酸性混和水よる
Bacillus cereus 殺芽胞効果
作用温度
30℃
濃度
作用時間
2.5min.
5min.
10min.
50ppm
2
0
0
70ppm
0
0
0
100ppm
0
0
0
芽胞量:1.0 ×107 CFU
— 37 —
精製前
精製後
図 1 Wirtz 染色による芽胞形成の確認
図 4 次亜塩素酸ナトリウム水による
Bacillus 属芽胞の殺芽胞効果(30℃)
図 2 Bacillus 属の芽胞耐熱試験(80℃)
図 3 微酸性混和水による
B. subtilis 殺芽胞効果(30℃)
— 38 —
今 後 の 課 題
( あ と が き)
「クリーニングと公衆衛生に関する研究」はクリーニング業に関連する公衆衛生学的課題
を取り上げ,クリーニングに求められている感染症予防等の社会的役割を果たすための溶剤
の殺菌作用など基本的データの蓄積を行うとともに,一方ではクリーニング従事者の健康保
持のための基本的なデータの蓄積を行い,必要に応じて厚生労働省などに解決策を提言しま
した。クリーニング業界として自主的に行っているこの事業は,過去 40 年の長きにわたり,
評価を得て参りました。
今年度の課題のうち 4 つの研究は,クリーニングに期待される公衆衛生学的役割である感
染症予防に関連する研究でした。細菌については,アニオン系洗剤,カチオン系洗剤共に細
菌種,洗剤の濃度及び使用時間によって異なる抗菌活性を持つことが明らかになり,このよ
うな基礎的データを活かした洗剤の使用が望まれます。但し,クリーニングに用いられる石
油系溶剤,テトラクロロエチレンともに,抵抗菌が存在し,特に石油系溶剤の場合は,短時
間の使用では,土壌細菌の中でも多くの抵抗菌が存在することが明らかになりました。抵抗
菌の存在を考慮した溶剤の使用方法が望まれます。その一方で,溶剤を使用せずに,微酸性
次亜塩素水(微酸性混和水)を用いて,殺菌を困難にする芽胞を形成する細菌類に対する殺
菌性を検討した研究では,微酸性混和水は,低濃度で Bacillus 属の芽胞に対し強い殺芽胞
作用があることが示唆され,今後,新たなクリーニング法の可能性を示し,注目されます。
今後の研究の発展を期待したいところです。
真菌類による衣類の汚染に対する対策は,クリーニングの役割として重要なものであるわ
けですが,本年度の真菌に関しての研究は,異なる湿度の条件下で,繊維素材別の汚染を観
察し,真菌が発生しやすい繊維は綿,麻,毛,キュプラであり,またナイロンやポリエステ
ルはカビ種により易汚染性に差がみられることが明らかになりました。繊維素材の構造と真
菌汚染の関連の検討が望まれます。
人間の健康に関連する研究については,引き続き基礎的な皮膚細胞の培養とアンケートを
用いたがんに対する疫学研究の 2 つが実施されました。細胞培養実験では,人間の表皮角化
細胞,HaCaT 細胞を用いた研究で,石油系溶剤とテトラクロロエチレンは比較的低濃度で
細胞増殖に影響し,低濃度の曝露でも長期間にわたれば影響が出ることも示唆されました。
— 39 —
疫学研究に関しては,クリーニング業従事者に,特に悪性新生物(がん)が多いかどうかの
検討が行われ,現時点では一般の集団と比べて,がんが多いということにはなりませんでし
た。但し,今後,経年的にデータを蓄積する必要があり,また胃がんと大腸がんという検診
で早期発見をしうるがんが多かったことも,今後のクリーニング従事者に対する健康教育を
考える上で重要です。
クリーニングによって大きな寄与がなされる,清潔で快適な生活環境の維持は,平常時は
もちろんのこと,更に今回の熊本の地震のように災害時にはより重要となります。クリーニ
ング業界としては,効果的に感染症予防を行い,社会的役割を果たすことが求められます。
そのためには従事者の職業災害の防止,健康状況の改善に努めることも重要です。今回得ら
れた研究成果を生かし調査研究の成果を,クリーニング従業員の安全衛生教育に反映される
ことが期待されます。
最後になりましたが,会員の皆様にご報告がございます。長年にわたりまして本研究委員
会で委員長を務められ,クリーニングの公衆衛生学的役割の解明及び,クリーニングにおけ
る産業保健の向上に,指導的立場から多大な貢献をなされた,高田 勗 北里大学名誉教授
が,本年 3 月に逝去されました。高田先生を喪ったことは痛恨の極みでありますが,先生の
御遺志を生かし,クリーニングにおける産業保健の向上に努めていかなければならないと考
えます。同じく本委員会で相談役を務められた緒方 幸雄先生も逝去されるという悲しい知
らせもありました。両先生のご冥福を謹んでお祈り申し上げます。会員の皆様におかれまし
ては,今後も,本研究委員会の活動,意義にご理解を頂き,ご支援下さいますようお願い申
し上げます。
(相澤好治,角田正史 記)
編集責任者
相澤 好治 (北里大学名誉教授・日本繊維状物質研究協会理事長)
橋本 博 (元海外渡航者健康管理協会理事長)
篠田 純男 (岡山大学名誉教授・岡山大学インド感染症共同研究センター長)
本田 武司 (阪大微生物病研究会技術顧問)
中村 賢 (北里大学名誉教授)
— 40 —
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