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米国株はバブルなのか
みずほインサイト マーケット 2014 年 5 月 1 日 米国株はバブルなのか 市場調査部シニアエコノミスト 警戒されるバイオ、ネット関連株の行方 03-3591-1244 武内浩二 [email protected] ○ 米国株式市場では、バイオ、ネット関連株を中心としたバブル論が指摘されるようになっているが、 ナスダック市場全体では企業の利益予想で説明可能な水準といえることからバブルとは言い難い。 ○ バイオ、ネット関連株も、バリュエーション面だけからすれば、一概にバブルとは言えない。ただ し、最近の急上昇を踏まえれば、更なる下落リスクが残存していると考えられる。 ○ 仮にバイオ・ネット関連株に更なる調整圧力が掛かったとしても、米株市場全体への影響は限定的 となる可能性が高い。 1.最近の米国株式市場動向と一部で指摘されるバブル懸念 年初来の米国株式相場の動きをみると、寒波による米国経済指標の下振れ、QE3縮小に伴う新興 国通貨安不安、中国経済の減速懸念、ウクライナ情勢の緊迫化など相次ぐ不安要素が上値を抑制し、 昨年の上昇の勢いは影を潜めている。とはいうものの、今年の4月2日にS&P500指数は最高値を更新し、 その後も高値圏での推移が続いているほか、ダウ平均も4月30日に最高値を更新するなど、米国株式相 場は総じて底堅く推移していると評価できよう(図表1)。 図表1 145 米国の主要株価指数 図表2 (2012年末=100) 140 135 200 NASDAQ総合指数 S&P500 ダウ平均 ナスダック業種別株価指数 (2012年末=100) バイオテクノロジー 180 インターネット 工業 130 銀行 160 コンピューター 通信 125 140 120 115 120 110 100 105 100 13/1 (資料)Bloomberg 13/4 13/7 13/10 14/1 80 13/1 14/4 (年/月) (資料)Bloomberg 1 13/4 13/7 13/10 14/1 14/4 (年/月) 一方、ナスダック総合指数は3月5日に昨年来高値を更新して以降下落に転じ、一時高値から8%以上 下落するなど調整局面が続いている。ナスダック総合指数は昨年の夏場頃からダウ平均に比べてアウ トパフォームし始め、昨年の終盤当たりから過熱感が指摘されてきた。最近のナスダック総合指数の 調整はこうした過熱相場の反動と捉えることができる。業種別で見ると、上昇局面では特にバイオテ クノロジー関連やインターネット関連の株価の高騰が目立っており、最近の調整もこうした銘柄が主 導する形で起こっている(図表2)。この現象を捉えて、バイオ、ネット関連株を中心としたナスダッ クバブル論が指摘されるようになっている。さらにバブル崩壊とともに米株の暴落を警戒する見方も 散見される。本稿ではこうした米国株式市場におけるバブル論について検証したい。 2.ナスダック市場全体ではバブルとは言えず 1990年代後半から2000年にかけてのいわゆるITバブル時のピークには、ナスダック総合指数は 5,000ptを上回る水準まで上昇し、その後の調整で1,000pt台まで下落した。しかし、昨年来の大幅上 昇を受けて今年の3月には4,300pt台を回復しており、ITバブル期並みの水準に戻していることも警 戒感を誘う一因になっているようだ。しかし、当時と比べると、利益水準が大きく異なっており、当 時は実績ベースの株価収益率(PER)は100倍を大きく上回っていたのに対し、足元の水準は35倍(4 月末時点、以下同様)である 1 。また、足元の今年度ベースの予想PER 2 (以下、本稿では特に断り がない場合は予想PER=今年度予想ベースのPERとする)20倍であり、これはITバブル後の調 整が一巡した2003年以降の平均値である22倍を下回っており、必ずしも割高とはいえない(図表3)。 バブルがファンダメンタルズで説明できないほどの資産価格の急速な上昇を意味するとすれば、足元 のナスダック市場全体では企業の利益予想で説明可能な水準といえることからバブルとは言い難い。 もっとも、利益予想自体が過度に楽観的であり、振り返ってみればバブルであったという可能性まで 図表3 5,000 ナスダック総合指数及び同PER (Pt) (倍) 4,500 100 120 100 3,500 コンピューター株指数 工業株指数 通信株指数 60 銀行株指数 50 60 2,500 40 2,000 40 1,500 30 20 1,000 20 10 500 (資料)Bloomberg インターネット指数 70 3,000 0 1995 バイオテクノロジー株指数 80 80 ナスダック業種別予想PER (倍) 90 終値 実績PER 予想PER 4,000 図表4 0 0 2000 2005 2010 11/1 (年) 11/7 (資料)Bloomberg 2 12/1 12/7 13/1 13/7 14/1 (年/月) 否定するものではない。しかし、実績PERの2003年以降の平均値が33倍と足元の水準と大きな乖離 がなく、2014年の米国実質成長率が2013年を上回る見通しであること 3 を踏まえれば、ナスダック市場 全体でみた場合の利益予想が過度に楽観的である蓋然性は低いであろう。 では、バイオ関連株やインターネット関連株に限定した場合はどうであろうか。ナスダックバイオ テクノロジー株指数の予想PERは44倍、ナスダックインターネット指数では29倍と、ナスダック総 合指数や他のナスダック主要業種別株価指数と比較すれば、一見割高感がある(図表4)。ただし、業 種特性等を踏まえれば、この数字だけをみて割高、もしくはバブルと判断するのは早計であろう。 3.バイオ、ネット関連株は一概にバブルとは言えないが、調整リスクは残存 バイオ関連株やインターネット関連株などの成長株は、概して歴史が浅く、起業後しばらくは赤字 が続いたり、赤字と黒字を繰り返すなど業績が安定しなかったりする場合が多い。バイオテクノロジ ー株指数の場合、採用銘柄の66%、インターネット指数の場合、採用銘柄の24%が今年度の業績予想 は赤字である。そもそも、赤字企業の予想PERは算出不可能であるが、インデックスベースの予想 PERの場合、構成銘柄の予想利益の合計が黒字であれば算出は可能である。しかし、赤字企業が多 い場合や全体の赤字額が大きい場合には指標としての信頼性は著しく低下する。予想PERに対する 赤字企業の影響をみるためには、赤字企業を除いた黒字企業ベースの予想PERと比較することが有 効である。バイオテクノロジー株指数の場合、黒字企業ベースの予想PERは20倍であり、赤字企業 を含む全ての採用銘柄でみた通常の予想PERの水準をみることに殆ど意味がないことが分かる(図 表5)。一方、インターネット指数の場合には、黒字企業ベースの予想PERは26倍であり、通常の予 想PERとの差はそれほど大きくないことから一定の指標性は認められる(図表6)。 では、インターネット関連株は割高でバブルの可能性が高いと判断できるであろうか。ここで問題 図表5 100 バイオテクノロジー株指数の予想PER 図表6 40 (倍) (倍) 予想PER 予想PER 90 予想PER(黒字企業ベース) 80 予想PER(黒字企業ベース) 35 再来年度予想PER 再来年度予想PER 再来年度予想PER(黒字企業ベース) 70 インターネット指数の予想PER 再来年度予想PER(黒字企業ベース) 30 60 25 50 40 20 30 20 15 10 10 0 11/1 11/7 (資料)Bloomberg 12/1 12/7 13/1 13/7 11/1 14/1 11/7 (資料)Bloomberg (年/月) 3 12/1 12/7 13/1 13/7 14/1 (年/月) となるのが、成長性とPERの関係である。一般に成長性の高い企業のPERは低成長や安定成長企 業のPERに対して高めになる。例えば、再来年度ベースの予想PERをみると、インターネット指 数の場合は18倍と今年度ベースと比較して大幅に低下する(図表6)。ナスダック総合指数の再来年度 ベースの予想PERは15倍なので、その差は大きく縮まる。つまり、成長性を考慮すれば、現在の株 価が必ずしも割高とは言い切れないということになろう。では、成長性とPERには何らかの関係が 見られるのであろうか。図表7はバイオテクノロジー株指数及びインターネット指数の個別銘柄につい て、縦軸に予想PER、横軸に来年度の予想増益率をとってプロットしたものである。回帰直線を引 くと、それぞれ一定の関係性がみてとれる。特にインターネット指数は銘柄のカバー率 4 、決定係数と もに高く、予想PERの水準がファンダメンタルズで説明できないとは言い切れないであろう。した がって、バブルがファンダメンタルズで説明できないほどの資産価格の急速な上昇を意味するとすれ ば、インターネット指数の予想PERからバブルと判断することはできない。 以上のように、バリュエーション面だけからすれば、バイオ関連株やインターネット関連株は一概 にバブルとは言えない。では、これらの株はバブルではないと言い切れるであろうか。上述の定義か らすれば、仮に企業の予想利益やその成長性と株価水準の関係からバブルと判断できないとしても、 利益や成長性に対する見方に大きな変化がみられないにも拘わらず、短期間で株価が急上昇した場合 にはバブルの懸念があると考えられる。 最近の米国株に関する報道では、 「モメンタム株」といった表現をよく目にする。モメンタム株とは 日本で材料株といわれる概念に近いと思われるが、何らかの材料をきっかけに株価の上昇に勢いがつ 図表7 個社別今年度予想PERと来年度増益率 <バイオテクノロジー株指数> <インターネット指数> (倍) 100 250 (倍) 90 80 予 想 株 価 収 益 率 200 70 予 想 150 株 価 収 益 100 率 60 y = 0.2879x + 17.875 50 2 R = 0.7115 40 30 20 y = 1.4902x - 21.135 2 R = 0.8745 50 10 0 0 -50 0 50 100 来年度予想増益率 150 200 250 (%) -50 0 50 100 来年度予想増益率 150 200 250 (%) (注)予想株価収益率(PER)は今年度ベース。来年度予想増益率は今年度予想EPSと来年度予想EPSの比較。バイオテクノロジー株指数は121銘柄中、予想PERが算出可能な40銘柄を抽出。 ただし、グラフの見易さを考慮して予想PERが100倍を上回る2銘柄はグラフ上には記載せず。インターネット指数は99銘柄中、同75銘柄を抽出。 ただし、グラフの見易さを考慮して予想PER が250倍を上回る2銘柄はグラフ上には記載せず。 (資料)Bloomberg 4 いた株のことである。米国では最近の株価の調整はモメンタム株が中心であるといった論調が広がってい るようである。勿論、これまで成長性からみれば割安に放置されていた株価がなんらかの材料をきっかけ で急速に上昇する場合もあることから、モメンタム株が多いからといってバブルということはできない。 ただし、バイオ関連株やインターネット関連株に関しては、ブームと呼べるような業界全体に株価上昇期 待が漂う中で、個別でみれば、目先の利益予想や成長見通しに大きな変化がないにも拘わらず、株価が急 上昇した銘柄が多く存在する可能性がある。ブームのきっかけとなった材料としては、バイオ関連株では iPS細胞を初めて作製した京都大学の山中教授らによるノーベル賞受賞(2012年10月)、インターネット 関連株ではソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)最大手である米フェイスブックの上場(2013 年7月)などが考えられる。図表8はバイオテクノロジー株指数及びインターネット指数の全採用銘柄につ いて、縦軸に予想PER、横軸に2012年末と2014年3月の高値とを比較した騰落率をとってプロットしたも のである。因みに赤字のために予想PERが算出できない銘柄については、便宜上予想PERを0倍として 表記している。バイオ関連株については、利益予想が赤字にも拘わらず、約1年3カ月の間に株価が数倍に 上昇している銘柄が多数存在していることがわかる。赤字企業の多くは数年内に黒字化が予想されている が、急上昇した銘柄の多くが黒字化の時期が大きく前倒しになるなどの材料があったと考えるのは楽観的 過ぎであろう。インターネット関連株についても、この期間に急上昇している銘柄は多く、指数全体の予 想PERがこの1年で上昇していることと合わせて考えれば、個別の利益予想の変化とは関係なくブームに 乗って買われた銘柄が複数存在する可能性があろう。これらの急上昇したバイオ関連株やインターネット 関連株は足元で調整している可能性が高いが、指数全体の動きから考えれば、調整は十分とは言えず、更 なる下落リスクが残存していると考えられる。 図表8 個社別今年度予想PERと昨年来の株価騰落率 <バイオテクノロジー株指数> <インターネット指数> (倍) (倍) 140 300 120 250 100 予 想 株 価 収 益 率 200 予 想 株 価 150 収 益 率 100 80 60 40 50 20 0 -200 -100 0 100 200 300 400 株価騰落率 500 600 700 800 0 -100 900 (%) 0 100 200 300 400 株価騰落率 500 600 700 800 (%) (注)予想株価収益率(PER)は今年度ベース。今年度予想EPSが赤字で予想PERが算出できない場合は、便宜上0倍として表記。株価騰落率は2012年末と2014年3月の高値を比較したもの。 バイオテクノロジー株指数は予想PERが140倍を上回る1銘柄を除く120銘柄。インターネット指数は予想PERが300倍を上回る1銘柄を除く98銘柄。 (資料)Bloomberg 5 4.株価の調整が全体相場に与える影響 バイオ、ネット関連株には調整リスクが残存していることを指摘したが、仮に一段の調整が起こっ た場合に全体相場にはどの程度の影響を及ぼすのであろうか。前述のようにバリュエーション面から は現状の株価水準が一概に割高とは判断し難いことから、ここでは、バイオテクノロジー株指数、イ ンターネット指数ともにダウ平均とナスダック総合指数の上昇率に乖離が見られ始める前の2013年6 月末時点の水準まで調整した場合を考えてみる。各指数の下落率は足元の水準からバイオテクノロジ ー株指数が29%、インターネット指数が26%になる。バイオテクノロジー株指数の時価総額はナスダ ック総合指数の16%、インターネット指数は同10%であるから、これらをもとに計算したナスダック 総合指数の下落率は7.0%になる。ところで、S&P500指数はダウ平均との相関が高いが、ナスダック総 合指数の影響も受けている。因みに2011年以降の日次データでS&P500指数を被説明変数、ダウ平均と ナスダック総合指数を説明変数として回帰分析を行うと、概ねS&P500指数の水準を説明することが可 能である。この回帰式の弾性値を使ってナスダック総合指数が7.0%下落した場合のS&P500指数の下落 率を計算すると2.6%になる。ところで、現状のS&P500指数は過去の平均的な予想PERである14~15 倍をやや上回る水準で推移しており、やや割高感が出始めている(図表9)。現状から2.6%下落すると 利益予想が変わらなければ、予想PERは14.9倍となり、持続的な上昇のためにはむしろ好ましい調 整といえよう。また、仮にバイオテクノロジー株指数、インターネット指数がやはりバブルであった として、下落率が50%まで拡大したとしても、それに伴うS&P500指数の下落率は5.2%であり、スピー ド調整の範囲内といえる。 図表9 S&P500指数と同予想PERに基づく試算値 (pt) 2000 PER15倍のS&P500試算値 PER14倍のS&P500試算値 PER13倍のS&P500試算値 S&P500指数(月中平均値) 1800 1600 1400 1200 1000 800 600 06 07 08 09 10 (資料)Datastream 6 11 12 13 14 5.おわりに 本稿では、バイオ、ネット関連株を中心とした米株バブル論について検証し、バリュエーション面 からは一概にバブルとは言えないこと、仮に株価上昇ペースの速さをとらえてバブルであったとして も、米株全体への影響は限定的となる可能性が高いことを指摘した。勿論、今後、米国経済指標の改 善傾向が続き、全体株価が上昇基調を強める展開となれば、バイオ、ネット関連株の調整が一巡する 可能性もある。また、実際にバイオ、ネット関連株の調整がバブル崩壊といえる程度まで大きくなれ ば、投資家心理の悪化からS&P500指数の下落率は試算値よりもさらに拡大するかもしれない。しかし、 景気が悪化することなどによって利益予想に変化がないことを前提とすれば、調整一巡後に早晩値を 戻すことが想定される。いずれにしても、バイオ、ネット関連株が仮にバブルであったとして、その バブルが崩壊したことだけによって、米株全体の暴落まで懸念する必要はないであろう。 1 2 3 4 バリュエーションを測る指標としては、PERのほか、PBRやPCFR、PSR、REGレシオなど様々なものが ある。しかし、一般的に自己資本の厚みが乏しい成長企業であるナスダック採用銘柄の場合、PBRはバリュエーシ ョン指標として適切ではなく、成長企業のバリュエーションとして考え出されたPSRやREGレシオはITバブル 期にバブルを正当化するために利用されたことを考えると、バブルかどうかの判断には適さないであろう。したがっ て、本稿では伝統的かつもっとも一般的なPERを使って議論することとした。 ここでいう年度とは企業の会計年度のことである。なお、本稿における予想利益は特に断りがない場合はブルームバ ーグの予想に基づくものとする。 2013 年の米国のGDP実質成長率は前年比+1.9%。2014 年のエコノミストによるコンセンサス予想(ブルーチップ) は同 2.7%。 採用銘柄中プロットした銘柄の比率 ●当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに 基づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。 7