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臨床研修医が呼吸器内科を専門分野に選択する

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臨床研修医が呼吸器内科を専門分野に選択する
462
日呼吸会誌
47(6)
,2009.
●原 著
臨床研修医が呼吸器内科を専門分野に選択するプロセスの質的研究
西尾 智尋1)2) 羽白
伊藤まさみ4) 坂口
高3)
才2)
長尾 大志2)
中野 恭幸2)
要旨:臨床研修医が呼吸器内科を専門分野に選択するプロセスを明らかにし,呼吸器内科医を増やす方策を
探ることを目的として,卒後 3∼7 年目の呼吸器内科医 11 名を対象に質的研究を行なった.選択に至った
経緯を自由に語ってもらい, 文字化したインタビュー内容を grounded theory approach を用いて分析した.
結果,選択のプロセスは「個人の漠然とした志向」により限られた科の中で始まり,「興味のきっかけ」を
経て数個の科に絞られ,その中で「他科との比較」が行なわれ決定に至っていた.「興味のきっかけ」とし
て,上級医に指導を受けたことのほか,上級医の適確な診療を間近で見たことが挙げられていた.「他科と
の比較」では,手技が補助的で内科らしい内科であると語られていた.より多くの臨床研修医が呼吸器内科
を選択するために呼吸器内科医は,よき指導者であるだけでなく,よき医師として身近なお手本になるべき
と考えられた.
キーワード:臨床研修医,呼吸器内科,専門科選択,質的研究,グラウンデッド・セオリー・アプローチ
Residents,Respiratory medicine,Career decision,Qualitative study,
Grounded theory approach
緒
言
呼吸器内科医の不足は深刻な問題である.主要学会会
門一般医家が吸入ステロイドを喘息患者に処方するプロ
セスを明らかにするために質的研究を行い,吸入ステロ
イド普及の方策を報告してきた2).
員数を比較すると,2007 年現在,日本呼吸器学会は日
今回われわれは,専門分野を選択してから 7 年以内の
本循環器病学会,日本消化器病学会それぞれの半分に満
呼吸器内科医に対してインタビューを用いた質的研究を
たない.また,患者数に対する医師数の割合は,呼吸器
おこない,上記プロセスを明らかにすることを試みた.
1)
内科で明らかに小さい .肺炎,肺癌,慢性閉塞性肺疾
研修医が呼吸器内科を選択するに至る経時的変化と背景
患(COPD)の患者数がさらに増加傾向であることを考
因子を明らかにしていきたい.
えると,呼吸器内科医不足の問題は速やかに解決される
べきであろう.
研究対象,方法
いかにして臨床研修医が専門分野を選択するかが明ら
対象は,関西地区の 5 病院に勤務する,卒後 3 年目か
かになれば,呼吸器内科選択者を増やすための介入法を
ら 7 年目の呼吸器内科医 11 名.男性 8 名,女性 3 名.
見つけられる可能性がある.そもそも専門分野選択は経
選択の基準は,調査の趣旨を理解した若手医師とし,数
時的な変化を伴う,解明困難なプロセスである.それ故
名の呼吸器内科医に紹介してもらった.
われわれは,こういった複雑なプロセスを明らかにする
方法として,半構造化面接を用いた質的研究法を選択
方法として質的研究を用いた.質的研究は,
インタビュー
した.半構造化面接は,面接前には数点の質問項目を設
などによる言語データをもとに,変化のプロセスとその
定するにとどめ,面接の場で対象者とのやりとりを通し
背景となる構造を明らかにするもので,いわゆるアン
て自由に内容を広げるインタビュー方法である.質的研
ケート調査とは異なる.例えばわれわれは,呼吸器非専
究は,社会的相互作用に関係し人間行動の予測と説明に
関わるもので,量的研究では明らかにしえない複雑なプ
〒610―0113 京都府城陽市中芦原 11
1)
独立行政法人国立病院機構南京都病院呼吸器科
2)
滋賀医科大学呼吸器内科
3)
天理よろづ相談所病院呼吸器内科
4)
高槻病院内科
(受付日平成 20 年 10 月 24 日)
ロセスを解明するのに有用な方法とされる3)4).従来,社
会学の分野を中心に広く用いられてきたが,近年は医学
領域でも多用されている.医学の分野で行われている研
究の多くは量的研究に分類され,数量的データを用いて
統計学的分析を行い仮説を検証するものであるが,これ
研修医が呼吸器内科を選択するプロセス
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に対して質的研究では,言語データを用いて記述的分析
は行なわないので必要な対象数は調査前には分からず,
を行い仮説を生成する.両者は相互に補完的な関係にあ
分析する中で決まってくることになる.調査の内容によ
ると言えるし,論理の方向は逆向きとなる.
りその数はさまざまだが,過去の質的研究の報告では,
調査は 2007 年 10 月から 2008 年 1 月の間に実施した.
10 例から 50 例程度を要したものが多い.
面接は各個人ごとに約 30 分間ずつおこない,「どのよう
結
にして呼吸器内科を選択するに至ったか」についてでき
果
るだけ自由に語ってもらった.内容は文書による承諾を
逐語文章化したインタビュー内容を計 824 の切片に分
得 た 上 で 録 音 し,完 全 に 文 字 化 し た 録 音 内 容 を
解した.Fig. 2 に実際のインタビューデータの切片化,
5)
∼8)
を用いて分析した.分析
カテゴリー化を示す.最終的に 3 つのコアカテゴリーが
の手順は,Fig. 1,2に示すとおりである.文字化したイ
生成された.これらは,「個人の漠然とした志向」
,「興
ンタビュー内容を,意味のあるまとまりに分け(切片化)
,
味のきっかけ」
,「他科との比較」であった.カテゴリー
それぞれにラベルを付けた後,継続的比較分析をおこな
関連図を Fig. 3 に示す.
grounded theory approach
い,カテゴリー化していく.最後にカテゴリー間の関係
選択開始の時点で,さまざまな専門分野全てが候補に
を探ることにより,目的とするプロセスを探っていくも
挙がっていたわけではなかった.「個人の漠然とした志
のである.分析前に結果は想定されず,分析する中で次
向」がみられ,呼吸器内科を含むある程度しぼられた科
第にシェーマが明らかになっていく.grounded theory
の中から選択は始まっていた.インタビューでは,
「やっ
approach は,医療社会学者が考案した質的研究法の一
ぱり,自分が行くんやったら内科系かなぁっていうのは
つで,インタビューデータに立脚して仮説を生成するも
思ってて」
(医師 2)
「心臓か肺か,それがイメージしやす
のである.データ収集と並行して分析をすすめ,新しい
かったっていうのが初めにあって」
(医師 9)などの言葉
概念が生成されなくなった時点を理論的飽和と呼び,こ
が語られていた.
こでデータ収集を終了するという特徴を持つ.統計処理
続いて,なんらかの「興味のきっかけ」を受けて,呼
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日呼吸会誌
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,2009.
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吸器内科を含む 2,3 の科が選択されていた.
「興味のきっ
興味のきっかけとして,上級医の熱心な指導を直接受
かけ」として,上級医の熱心な指導を受けたこと,上級
けた経験に加えて,上級医が真摯に診療する姿勢を傍で
医のしっかりした日常診療にふれたことや,解剖や生理
目にしたことが語られていた.これらは,初期研修中だ
を学んだことなどが挙げられており,以下のように話さ
けでなく,学生時代の病院見学においても経験されてい
れていた.「A 先生が,すごい,画像とかの面白みって
た.学生や研修医は上級医に自分の将来の姿を重ねてお
いうのを教えてくれた」
(医師 4)
,「
(学外ポリクリで)ど
り,上級医は,熱心に指導するだけでなく,自身が見ら
の病院を見ても,(呼吸器内科医は)なんか患者さんを
れる存在であることを意識し,身近なお手本となる診療
しっかり診察している」
(医師 3)
,「賢そうな先生がいて
を心がけるべきと思われる.
て,これぞ内科医みたいな人たちがいっぱいいた」
(医師
指導内容については,個々の学生や研修医の興味の内
10)
,「こんな肺胞上皮細胞があってとかいう図を見てい
容を把握することが必要であるが,他科との比較におい
て,何となく,へぇ面白いなあと思った」
(医師 5)
.
て呼吸器内科の「長所」として語られた特徴を強調する
数個の科の中で比較が行なわれ,最終的に呼吸器内科
ことは,あるいは有用かもしれない.インタビューでは,
が選択されていた.「他科との比較」において呼吸器内
手技が補助的で思考が重視されること,疾患が感染症か
科は,内科らしい内科であり,総合的な診断プロセスを
ら悪性疾患まで多彩であること,クイズのような段階を
持ち,疾患が多彩であると受け止められていた.内科ら
踏んだ診断プロセスなどが挙げられていた.
しい内科であることは,「検査もほどほどにして,あと
海外において,専門分野選択に関する文献は散見され
はまぁ診断で色々考える」
(医師 7)と語られ,総合的な
る.Lorin らは,米国の内科レジデントを対象に,呼吸
診断プロセスについては,「所見だとか,画像診断だと
器科と集中治療領域の研修中に興味をひかれた点を調査
か,あともちろん数字も,併せて考えていく」
(医師 3)
し,ICU 研修の長さや身近なお手本の存在を挙げてい
と話されていた.「緊急疾患もありますしすごい慢性期
る9).Cralg らは,米国における呼吸器科と集中治療領
の疾患というのもありますので,その幅の広さもいいか
域の研究部門の医師を増やす方策を探っている10).また,
なあと思った」
(医師 11)というように,疾患が多彩で
呼吸器領域ではないが,Kerfoot らは,米国で泌尿器科
あることについてもしばしばふれられていた.
を選択した者と救急領域を選択した者の両者を比較して
逆に,呼吸器内科を選択する際にハードルとして,
泌尿器科医を増やす方法を調査し,泌尿器科領域の臨床
「やっぱり 40 とか 50 になってあんなに(患者を)持っ
経験や指導医の存在が必要であろうと結論付けてい
てたら,ちょっと自分のやりたいことも出来んのやろう
る11).これらはいずれも,インタビューを用いた質的研
なぁ」
(医師 4)
と, 上級医の忙しい姿が挙げられていた.
究をもとにしている.
考
察
この研究にはいくつかの限界がある.一つ目は,言葉
を分析するという性質上,統計処理はおこなっておらず,
臨床研修医が呼吸器内科を専門分野に選択するプロセ
導き出された結果にバイアスが含まれる可能性が否定で
スを質的に検討した結果,身近な呼吸器内科上級医が重
きない.これは質的研究に共通する限界である.量的研
要な役割を果たしていることが明らかになった.このプ
究では仮説を生成できないため,質的研究の意義は明ら
ロセスは,「個人の漠然とした志向」から始まり,
「興味
かと思われるが,質的研究の目的はモデル形成であるた
のきっかけ」を受けて呼吸器内科を含む 2,3 の科が選
め,そのモデルが一般化されるにはアンケート調査など
択され,「他科との比較」が行なわれた結果,最終的に
の量的研究を必要とする.二つ目に,対象人数の少なさ
呼吸器内科が選択されるというものであった.われわれ
である.Grounded theory approach では,対象数の多
が検索した範囲で,日本の研修医の専門分野選択に関す
少は結果に影響しないとされており,今回,11 名の分
る質的研究は,この報告が初めてである.
析を行った時点で理論的飽和に至った.これは,面接に
研修医が呼吸器内科を選択するプロセス
よるデータ収集と並行して分析を進めた筆頭著者が,11
465
lenges, and guidelines. Lancet 2001 ; 358 : 483―488.
人目のデータの分析によりそれ以上新しい概念生成がな
5)バーニー・G・グレイザー,アンセルム・ストラウ
されなくなったと判断し,ここでデータ収集を終了した
ス.データ対話型理論の発見―調査からいかに理論
ものである.今後の検討課題として,今回の調査の結果
を生み出すか.後藤 隆,水野節夫,大出春江訳.
をもとにアンケート項目を作成し,呼吸器内科を選択し
新曜社,東京,1996.
た者と他科を選択した者にアンケート調査を行なうこと
6)アンセルム・ストラウス,ジュリエット・コービ
で,呼吸器内科選択者の特徴をより明確にできる可能性
ン.質的研究の基礎―グラウンデッド・セオリー開
が考えられる.
発の技法と手順.操 華子,盛岡 崇訳.医学書院,
今回われわれは,インタビューを用いた質的研究をお
こない,臨床研修医が呼吸器内科を専門分野に選択する
プロセスを検討した.より多くの研修医が呼吸器内科を
選択するために,呼吸器内科上級医は,研修医への指導
だけでなく,自身が真摯に診療をする姿を見せることが
重要であろうと思われた.
引用文献
1)財団法人厚生統計協会.国民衛生の動向.厚生の指
標 2005 ; 52(臨時増刊) : 9.
東京,2004.
7)木下康仁.グラウンデッド・セオリー・アプローチ
の実践―質的研究への誘い.弘文堂,東京,2003.
8)戈木クレイグヒル滋子.質的研究方法ゼミナール―
グラウンデッドセオリーアプローチを学ぶ.医学書
院,東京,2005.
9)Lorin S, Heffner J, Carson S. Attitudes and Perceptions of Internal Medicine Residents Regarding Pulmonary and Critical Care Subspecialty Training.
Chest 2005 ; 127 : 630―636.
10)Welnert CR, Billings J, Ryan R, et al. Career Devel-
2)Nishio C, Hajiro T, Nagao T, et al. Specialists play a
opment of Pulmonary and Critical Care Physician-
vital role in general practitioners prescription be-
Scientists. Am J Respir Criti Care Med 2006 ; 173 :
havior―A Qualitative Study of Asthma Care in Japan―. J Asthma 2008 ; 45 : 339―342.
23―31.
11)Kerfoot BP, Nabha KS, Masser BA, et al. What
3)Malterud K. The art and science of clinical knowl-
Makes a Medical Student Avoid or Enter a Career
edge : evidence beyond measures and numbers.
in Urology? Results of an International Survey. The
Lancet 2001 ; 358 : 397―400.
Journal of Urology 2005 ; 174 : 1953―1957.
4)Malterud K. Qualitative research : standards, chal-
466
日呼吸会誌
47(6)
,2009.
Abstract
Qualitative analysis of interns decision-making process of selecting respiratory
medicine as their specialty
Chihiro Nishio1)2), Takashi Hajiro3), Taishi Nagao2), Masami Ito4),
Chikara Sakaguchi2)and Yasutaka Nakano2)
1)
Department of Respiratory Medicine, National Hospital Organization Minami-Kyoto Hospital
Division of Respiratory Medicine, Department of Internal Medicine, Shiga University of Medical Science
3)
Department of Respiratory Medicine, Tenriyorozu-Sodannsho Hospital
4)
Department of Internal Medicine, Takatsuki Hospital
2)
Background : Because there is a shortage of pulmonologists in Japan, it is crucial to understand interns
decision-making process of selecting respiratory medicine as their specialty. Objective : The objectives of the
study were to illustrate the process in which residents pursue the specialty of respiratory medicine and to establish a strategic springboard that may encourage more residents to select respiratory medicine as their specialty.
Methods : A qualitative study using semi-structured interviews was performed. Eleven doctors who had selected
respiratory medicine were recruited. We measured categories which constitute the process of career choice. Results : The present analysis of 11 interviews produced three main categories that influenced residents career decision. Those were ambiguous preference for respiratory medicine , triggers for interests on respiratory medicine , and comparisons and contemplations among specialties . Triggers for interests were as follows : experiencing effectual mentorship in respiratory medicine, being impressed with pulmonologists daily practice, taking
an interest in anatomy and physiology, and exposing themselves to clinical practice repeatedly. Through comparisons and contemplations among specialties , the interviewees recognized respiratory medicine as attractive,
because of its close association with other internal medicine disciplines, the comprehensive diagnostic process, and
the diversity of respiratory diseases. Conclusion : Experiencing enthusiastic mentorship, being impressed with
pulmonologists daily practice, and realizing profoundness of respiratory medicine influenced the decision-making
process.
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