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融合化を背景に変容を続ける世界の IT/ネット/テレコム業界

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融合化を背景に変容を続ける世界の IT/ネット/テレコム業界
オンライン ISSN 1347-4448
印刷版 ISSN 1348-5504
赤門マネジメント・レビュー 6 巻 1 号 (2007 年 1 月)
〔研 究 会 報 告〕コンピュータ産業研究会
2006 年 11 月 29 日 1
融合化を背景に変容を続ける世界の IT/ネット/テレコム業界
神野
新
㈱情報通信総合研究所 主席研究員
E-mail: [email protected]
要約:本報告では、デジタル技術や IP 技術の発展によって、他産業と融合化が進む情
報通信産業におけるトレンドを、日本国内だけでなく世界の状況も例にとって概観し、
情報通信産業の今後を考える上で注視すべき点を示唆する。
キーワード:情報通信産業、融合化
1. はじめに
前回、私が本研究会で報告した際には、地域通信事業者の SBC(現在は社名を AT&T に
変更)に買収される以前の、旧 AT&T(長距離通信事業者)の栄枯盛衰について述べた。元々、
私はテレコム業界の出身で、過去 10 年ほど世界のテレコム業界に関する調査研究を行って
来たが、ここ 2、3 年は同業界を追っているだけでは業界の全体動向を捉えることが難しく
なってきている。ブロードバンド放送をはじめとして、「融合化(Convergence)」に伴って
調査が必要な範囲がますます広がっていると実感している。
そこで、今回の報告では、この 1 年間で大きく動いた情報通信産業を「テレコム」という
枠組みを超えて観察してみたい。その結果として、現在の情報通信産業には 5 つのトレンド
があることが分かる。
ひとつ目のトレンドは、デジタル技術や IP 技術をベースとして、電気通信産業と広告・
放送・音楽・出版などの他産業との「融合化」が進展していることである。
2 つ目は、この「融合化」の流れを受けて、従来の電気通信事業者(テレコムキャリア)
が M&A などの手法を使って、事業範囲を垂直、水平方向に向けて「統合化」を進めている
1
本稿は 2006 年 11 月 29 日開催のコンピュータ産業研究会での報告を増田陽介(東京大学大学院経済
学研究科)が記録し、本稿掲載のために報告者の加筆訂正を経て、GBRC 編集部が整理したもので
ある。文責は GBRC に、著作権は報告者にある。
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©2007 Global Business Research Center
www.gbrc.jp
コンピュータ産業研究会 2006 年 11 月 29 日
ことがあげられる。
3 つ目のトレンドは、2 つ目にあげたトレンドとは逆に、物理的ネットワークを持たない
IT・ネット系事業者の台頭という「分散化」の流れがあげられる。私がここで使う「分散化」
とは造語であり、ネットワークなどの物理的インフラを持たずにコンテンツ、アプリケーシ
ョン事業を展開することを指している。
そして 4 つ目のトレンドは、「統合化事業者」と「分散化事業者」の間で、競合・提携・
M&A など多彩な動きが生じていることである。それらの事業者間で展開されているトラン
ザクションと平行して、5 つ目のトレンドとして「ユニバーサルサービス」
、「ネットワーク
中立性」などを巡る政策・規制面での論争がおきている。
本報告では、これら 5 つのトレンドに関して、具体的な事例を踏まえながら説明を行うこ
とを目的にしている。
2. 情報通信産業における 5 つのトレンド
2-1. 融合化の進展
情報通信産業のトレンドのうち、一番目にあげた融合化の構図・規模から順に見ていこう。
まず、総務省の情報通信白書が定義している「情報通信産業」とは、電気通信、新聞、出版、
広告、放送、映像などの事業を含んでいる。名目国内生産額をみると、電気通信事業は 16
兆 5,120 億円の規模であり、内訳は、固定通信が 10 兆 1,830 億円、移動通信(主に携帯電話)
が 6 兆 2,800 億円である。大手のテレコムキャリアは、基本的に両方のサービスを一体的に
提供している。現在のトレンドは、ブロードバンド、IP 技術などを媒介として、電気通信事
業と新聞・出版・広告などの各事業と融合化が進んでいる点にある。
融合化の例として特に馴染み深いのは、映像コンテンツ配信をはじめとした「電気通信と
放送の融合」であるが、個人やコミュニティの活動レベルでも電気通信事業との融合化が進
んでおり、ブログや SNS などの形であらわれている。
2-2. テレコムキャリアの統合化の進展
アメリカの情報通信産業では Google を代表とする IT 系事業者の力が強いが、既存のテレ
コムキャリアは「融合化」の流れを受けて、ポータルやコンテンツを取り込み、統合型のキ
ャリアを目指している。そのような統合化を志向するインセンティブは、どこにあるのだろ
うか?
この問いに答えるため、まずはテレコムキャリアの収益構造の変化について、NTT を例に
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分析してみよう。NTT の連結決算の売上高の内訳を眺めると、平成 16 年度から 17 年度にか
けて IP・パケット系の通信収入は増収であるにもかかわらず、音声通話などの収入がそれを
上回る速度で落ち込んでいることがわかる。同様に利益についてみると、売上高とセグメン
ト的には違う分類となっているが、移動通信事業やデータ通信事業などは増益であるが、そ
れらが地域通信事業の減益をカバーしきれていないことがわかる。
このような傾向は日本に限らず、世界の大手テレコムキャリアに共通したものである。従
って、このような負の流れを打開するためのテレコムキャリアの方策は、国内外を問わず自
然と似通ってくる。まず、財務的に企業総体として黒字化するためには、成長する移動体、
データ通信事業と、衰退する固定音声事業の一体的提供が必要である。さらに、そのような
内部相互補助という防衛的な概念を超えて、固定移動融合(FMC〔Fixed Mobile Convergence〕)
通信などの融合化サービスの提供によって、競争優位の確保を図る必要が出てきている。こ
のような発想から、テレコムキャリアは水平統合型キャリアを志向しているのである。一方
で、最近はインターネット系のポータルサービス、コンテンツサービスなどを新たな収益源
と定めて、そのようなネットワーク・レイヤより高層の「上位レイヤ」のサービスに進出す
る動きが活発化しており、多くのテレコムキャリアは垂直方向へも統合化を進めている。
これらを踏まえながら、日本の 3 大通信事業者である、NTT、KDDI、ソフトバンクが掲
げている次世代戦略を、各社の決算説明資料などをもとに概観してみよう。
まず KDDI について見ると、同社は “Ultra 3G” という名目で固定と移動の融合化を目指
すとしている。具体的には、東京電力の通信事業との提携、大手 CATV 会社への出資などを
通じて固定通信のアクセス部分を強化しながら、従来から持つ強力な携帯事業(au)との融
合化戦略を進めている。すなわち、FMC 展開を行うために固定事業の基盤強化を目標とし
ていることがわかる。
ソフトバンクは知名度の高い Yahoo! ブランドのプラットフォーム事業から出発して、ブ
ロードバンド事業や固定通信事業(旧日本テレコムなどを買収)に進出し、最近ではボーダ
フォンの買収を行ってその総仕上げを目指している。ソフトバンクはプラットフォーム/ポ
ータルの上で展開しているコンテンツが充実しているのが特徴で、“21 世紀のライフスタイ
ル・カンパニー” というスローガンのもと、水平および垂直統合された事業展開を行ってい
る。
NTT は上記 2 社に比べてスローガンは地味だが、次世代ネットワーク(NGN)の構築を
めざしている。NTT の具体的な NGN 展開のロードマップをみると、日本では直近の公表数
値(2006 年 6 月末時点)でブロードバンド合計の加入者が 2,400 万、そのうちで FTTH の加
入者が 630 万であるが、NTT は 2010 年度に FTTH 加入者数を 3,000 万とすることを目指し
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ており、三段階のステップでこの目標を達成しようとしている。
それでは、現在、世界的に統合フルサービス事業者を目指す動きが加速している中で、日
本のテレコムキャリアはどのように M&A を活用してきたのであろうか。かつて、電気通信
市場が競争開放された際、NCC(ニューコモンキャリア)と呼ばれる多くの新規事業者が参
入してきたが、現在では日本テレコムや IDC をはじめとして、そのほとんどが買収されて
いる。最盛期には 10 数社の NCC が存在した同業界も、現在では上記 3 大グループに収束し
ているが、その事実は電気通信事業において盛んに M&A が行われたことを示している。こ
の 3 社の売上高合計におけるシェアを比較すると、NTT が 69%、ソフトバンクが 13%、KDDI
が 18%となっている。
この中でも、ソフトバンクは短期間にシェアを急拡大した企業である。同社が通信インフ
ラ事業(ブロードバンド)に参入したのは 2002 年のことであるが、2004 年には日本テレコ
ムを買収して従来型の固定通信事業への参入も果たしている。2001 年の段階で通信関連の
事業を全く保有していなかったソフトバンクも、2005 年になると全社売上高のうち 55%が
通信関連事業となっている。さらにボーダフォンの買収によって、全社売上高は約 2 兆 5,000
億円の規模となった。売上高ベースでみれば、日本航空や三洋電機の事業規模を越え、その
売上高の中で通信関連事業の割合は 80.8%に達している。今やソフトバンクは、完全に巨大
なインフラベースの通信事業者に変貌したと言って間違いない。
さて、ここまでの議論では国内のテレコムキャリアの動きをみてきたが、欧米の主要テレ
コムキャリアの垂直・水平統合の現状についても見る必要があるだろう。まず、合併で誕生
した新 AT&T(旧 SBC)
、ベライゾン、コムキャスト、BT(ブリティッシュ・テレコム)
、
フランス・テレコム、ドイツ・テレコムなど、欧米の主要テレコムキャリアは水平方向の事
業分野は基本的に全てカバーしている。
例えば、ケーブル TV 会社のコムキャストは携帯事業を有していないが、テレコムキャリ
アのスプリントネクステルと JV を設置し、携帯事業に進出する動きを見せている。また、
フランス・テレコム、ドイツ・テレコムは、従来は上場子会社形態で携帯電話、インターネ
ット接続などの事業を展開していたが、現在では株式を 100%買い上げて完全子会社化した
り、さらにその動きを進めて社内事業部として本体に取り込んでいる。これは、NTT(持株
会社)が NTT ドコモの株を 60%程度しか保有していない点とは大きな違いである。
例外的に、英国の BT(旧国営キャリア)は IT テレコムバブル崩壊の大きなダメージを受
けて、負債削減、損失切り離しのために携帯電話事業を 2001 年に資本分離してしまった。
固定専業事業者となった BT は、ボーダフォンと MVNO 提携をしているが、携帯事業の規
模は小さく、他の主要テレコムキャリアと比較しても、自前の携帯電話事業を保有していな
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いレアケースとなっている。
また、アメリカの東部を中心に事業展開するベライゾンや、南部、中西部などに展開する
新 AT&T が同国の 2 大テレコムキャリアであるが、両者の特徴はそれぞれアメリカでも最大
規模の携帯電話事業である、ベライゾン・ワイヤレスとシンギュラー・ワイヤレス(2007
年に入り、AT&T ワイヤレスに社名変更)を傘下に収めている点にある。アメリカでは電気
通信事業の寡占化が進んでおり、上記の 2 社と第 3 位以下のテレコムキャリアとは規模に大
きな開きがある。
しかし、アメリカではコムキャスト、タイムワーナーなどのケーブル TV 会社の力が非常
に強い。彼らは、ケーブル・インターネット接続事業や IP 電話を積極的に展開しており、
ブロードバンド市場でテレコムキャリアの 2 倍近いシェアを持っている。それらのケーブル
TV 事業者と、映像・ブロードバンド・IP 電話の 3 つの市場で戦うためには、テレコムキャ
リアも映像サービス部門へと進出するしかない。すなわち、アメリカでは電話会社とケーブ
ル TV 会社の間で、ブロードバンド回線上で「音声」
「ネット接続」
「映像」を三位一体で提
供するトリプルプレイ競争が激化しているのである。今後は、ワイヤレス事業(携帯電話な
ど)を加えたクワドロプルプレイ競争、さらにはそれ以外の事業を加えたマルチプルプレイ
競争への発展も予想される。アメリカでは、トリプルプレイ競争の主要な競争分野がブロー
ドバンドによるネット接続サービスから映像配信サービスに移行しつつあり、ケーブル TV
会社と対抗するベライゾン、新 AT&T という 2 大テレコムキャリアは、熱心に映像事業の拡
充を行っている。
しかし、日本では、ブロードバントによる映像配信が通信なのか放送なのかという、アメ
リカから見たら時代遅れの議論が続いて来た。
現行の日本の法制度では、ブロードバンド回線を通じた映像配信を放送型の「IP マルチキ
ャスト放送」と通信型の「インターネット放送(ユニキャスト)」に区分しているが、その
区分も曖昧となってきており、法規制の抜本的な見直しが求められている。
このように日本では法的区分も曖昧だが、そもそも両者のサービスの定義もわかりにくい。
IP マルチキャスト放送とは、電気通信役務利用放送法にもとづく登録をうけた事業者が、IP
マルチキャスト技術を用いて電気通信事業者のネットワーク上でコンテンツを送信する形
態の放送である。一方のインターネット放送は、通常、オープンネットワークである公衆イ
ンターネット網を用いて映像を配信するサービスを指す。IP マルチキャスト放送は公衆型で
なく、電気通信事業者の専用 IP 網を通じて映像配信できるため、大容量伝送が可能で品質
も保証されるのに対して、インターネット放送はベストエフォートのネットワークであるた
め、コンテンツの再生品質が保証されないという問題がある。
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現在、過疎地において地上波デジタル放送の配信が困難な場合、電気通信事業者のネット
ワークを利用して同放送を配信するかどうかについて議論がなされている。また、従来型の
放送であれば現行の著作権制度が適用できるが、従来の枠組みで処理できない IP マルチキ
ャスト放送では著作権処理が煩雑であり、著作権政策の見直しが必要だという議論もある。
このように、解決すべき課題が山積している。
2006 年 10 月末現在の日本の IP マルチキャスト放送の実態をまとめると、電気通信役務利
用放送業務に関わる登録をうけている事業者が 17 社であり、その内訳は、加入者カバーエ
リアの拡大を目的とした CATV 会社が 13 社で、電気通信事業者のブロードバンド加入者向
けに映像配信を行っているのが残りの 4 社である。
そもそも日本では、電気通信事業者の加入者線(アクセス回線)を利用して、その電気通
信事業者もしくは第三者が放送番組を伝送することが想定されていなかったが、2001 年に
「電気通信事業者のネットワークを利用した映像伝送サービス提供」を可能にする「電気通
信役務利用放送法」を制定して環境変化に対応した。日本の「インターネット放送」(前出)
の実態は、ブロードバンド回線事業者が行う映像配信と、放送局が行っているユニキャスト
の 2 つに分かれている。前者は Gyao や TV バンク、後者は第二日本テレビなどが代表的な
例である。インターネット放送では、消費者が映像番組をリクエストすると該当の番組が送
られてくる通信型の送信(ビデオ・オンデマンド形態)をとっており、放送法の適用を受け
ない。またユニキャスト放送の受信端末もパソコンで視聴できるタイプと、専用機器(STB)
を置くことによって家庭用テレビで視聴可能なものと 2 種類のパターンがある。
これらブロードバンド映像配信の実態に関して日米比較を行うと、法規制の枠組みが大き
く異なっている。アメリカではテレコムキャリアはケーブル TV 会社との競争を勝ち抜くた
めに FTTx(FTTH を含む光ブロードバンド・アクセス回線の総称)の充実を図っている。
映像番組の伝送方式は QAM 方式や IP マルチキャスト方式と様々であるが、電話会社であ
っても純粋に放送フランチャイズ免許を自治体や州から取得して、あくまで放送事業者とし
てサービスを提供している。しかし、日本ではテレコムキャリアが放送事業者の立場を取る
ことが困難なため、本体もしくは子会社が電気通信役務利用放送に基づく登録事業者として
映像番組を提供している。
では、映像コンテンツ面の日米の状況はどう違うのだろうか。日本の大手テレコムキャリ
アは多チャンネル放送を行っているとはいえ、せいぜい 30 から 60 チャンネルほどしかない
し、BS 放送や地上波の再送信は行っていない。再送信が技術的・法律的に不可能なわけで
はないが、電気通信事業者と放送事業者の間で合意に至っておらず、まだそのようなケース
はない。現状では、電気通信事業者とケーブルテレビ事業者の映像メニューに違いはなく、
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両者は互いに優位なサービス展開ができていない。
アメリカでは、大手テレコムキャリアは自らが引いた FTTx によってブロードバンド放送
を行っている。さらに日本の大手テレコムキャリアに比べても豊富なコンテンツを取り揃え
ているのが特徴的である。例えば、ベライゾンは全米及びローカルの地上波の再送信に加え
て、デジタル放送 20 チャンネル、映画配信 45 チャンネル、スポーツ配信 15 チャンネルの
プランなど、200-300 チャンネルから選択可能な魅力的なプログラムを提供している上に、
料金もケーブルテレビより概ね安い。
目を転じて欧州の状況をみると、欧州では FTTx の整備は日米よりも遅れている。欧州で
FTTx の整備が最も進んでいるスウェーデンでも加入数は 30~40 万回線程度で、日本の 630
万回線に比べると非常に少ない。
ドイツ・テレコムなど欧州の主要テレコムキャリアの一部は、最寄りの電話交換局から家
庭に近い「ストリートキャビネット」まで光ファイバを敷設し、そこから先の各家庭までを
銅線でつなぐ「VDSL 方式」(銅線と光回線のハイブリッド方式)で対応している。VDSL
は FTTH(下り 100Mbps)に比べればコストは低廉だが、回線速度(下り 30-50Mbps)は劣
る。それでも、ADSL よりは優れた回線速度を確保することができる。この VDSL を使って
熱心にトリプル/クアドロプル展開を目指しているのはドイツ・テレコムであり、2006 年
夏からブンデスリーグの放映権を確保して、商用提供を開始している。
2-3. 統合事業者と分散事業者の関係
これまではテレコムキャリアに代表される統合事業者について見てきたが、一方で分散事
業者の台頭も重要な動向である。分散事業者の最大手はアメリカの Google 社であるが、同
社のビジネスは統合事業者と比べてどのような違いを持っているのだろうか。
アメリカの統合事業者の代表格であるベライゾンと比較してみると、Google の 2005 年度
の売上高は 61 億ドル、従業員数は 5,680 名であり、ベライゾンの売上高 751 億ドル、従業
員数 139,500 名と比べて圧倒的に少ない。しかし、直近の時価総額でみると、Google は 1,546
億ドルでベライゾンのおよそ 1.5 倍の規模を誇り、完全に立場が逆転していることがわかる。
Google は様々なコンテンツ、アプリケーションの開発・展開を行っており、一部のサービ
スでは統合事業者と競争が起こり始めている。例えば Google Talk というサービスは統合事
業者にとっての本業である通信事業と競合する。また、電子メールの Gmail は通信代替サー
ビスであり、Google Video は統合事業者も新規参入しようとしているブロードバンド向け放
送サービスである。
しかし、統合事業者と分散事業者のビジネスモデルは決定的に異なる。ベライゾンの通信
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サービスがほぼ 100%有料なのに対して、Google は広告収入で補填することができるため、
先にあげたサービスのほとんどが無料で提供されている。
Google は売上の 99%を広告収入に依存しており、この時点でベライゾンをはじめとする
統合事業者のビジネスモデルとは全く違うことが分かる。
しかし、このような分散事業者の広告収入に完全に依存したモデルは、永続的に維持拡大
することが可能なのかという疑問が浮かぶ。そうでないのならば、統合事業者が行っている
ような有料サービス依存モデルへと部分的に転換していくのだろうか?
また、統合事業者
も分散事業者に対抗して通信サービスの無料化をある程度取り入れざるをえないのだろう
か? もしそうなった場合、テレコムキャリアの既存のネットワークの維持・高度化コストを
どこから回収するのかという問題をはらんでいる。今後、このような統合事業者と分散事業
者のビジネスモデルで対立、相違する部分が、どのように変化していくのかは興味深い点で
ある。
また、Google などの分散事業者が収入の大半を依存している、広告事業自体に関しても注
目する必要がある。アメリカの広告市場規模は全体で見ると年間 2,670 億ドル(約 31 兆円)
であり、日本の 6 兆円の 5 倍近い巨大な市場である。しかし、少なくとも 2005 年度におい
ては、インターネット広告の規模は 124 億ドルであり、その年間成長率が 30%を超えている
とはいえ、広告市場全体の 5%ほどのシェアにしかすぎない。
アメリカのインターネット広告市場規模は既に雑誌広告市場を抜いており、これからも順
調に伸びるであろう。しかし、インターネット広告市場の潜在需要を含めても、現在の電気
通信産業全体の規模である 3,000 億ドルには遠く及ばず、テレコムキャリアにとって「電気
通信サービスの無料化を広告収入で補う」というモデルには限界がある。他方、攻める側の
Google から見れば、まだまだ開拓可能な潜在的なインターネット広告の市場機会が眠ってい
るのは確かであり、テレコムキャリアには不気味な存在である。
最後に、分散事業者の中でも広告ビジネスモデルに違いがある点に多少言及したい。現在、
アメリカの 2 大分散事業者は Yahoo! と Google であり、両社でインターネット広告市場の
85%を占めている寡占状態である。収入の 99%を広告に依存する Google に対して、
Yahoo! の
広告収入依存率は 87%である。しかし、前者が検索者の興味・関心に連動した高度な広告形
態が中心であるのに対して、後者は最近まで単純なバナー広告提供にとどまっていたため、
Google の広告業界におけるプレゼンスが高まっている。
2-4. 法・規制の論争
最近の情報通信産業では、統合事業者と分散事業者の間で 2 つの大きな法規制論争が行わ
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れている。この論争に関しても、アメリカの事例にもとづいて順に紹介していく。
ひとつ目はユニバーサルサービスに関する議論である。これは、誰が過疎地などの不採算
地域の通信インフラを維持するのかという問題である。アメリカでは、そのために連邦レベ
ルの大規模なユニバーサルサービス基金(USF)が存在しており、通信業界全体で基金への
拠出を行い、過疎地のインフラ維持の資金として充当している。この現行の USF 基金に対
して、誰が資金の拠出を行うのかという点が議論の中心になっている。
USF への資金拠出に関しては、携帯電話会社や一部の IP 電話の専業事業者も収入の一定
割合を拠出ベースとして資金提供を義務付けられてはいるが、「昔ながらの電話網を維持す
るために、IP 電話などの先端的サービスから補填を行うことは好ましくない」という意見も
ある。
もうひとつの大きな議論は、「ネットワーク中立性」に関する問題である。アメリカでは、
2005 年末頃から、テレコムキャリアのネットワーク上で大容量のコンテンツやアプリケー
ションを伝送する、You Tube(Google が買収)や MySpace(米国最大の SNS)などのサービ
スが増え始めた。その結果、テレコムキャリアがコアネットワークにかかる負荷を吸収する
ために行う対策や投資の資金を、誰がどのような形でサポートするのかという議論が巻き起
こってきた。そのような資金負担をすべきなのは、ネットワークを構築・運用するテレコム
キャリアだけなのか、あるいは、アプリケーションをネットワーク上で伝送している分散事
業者なのかという点が議論の中心である。ネットワークの使用量(トラヒック量)に応じた
柔軟な料金設定を認めるべきという「統合事業者」側の意見と、通信ネットワークは全ての
者が公平に使用を許されるべきだとして、「ネットワーク利用の中立性(=料金格差の排
除)」を法規制で保証すべきだと主張する「分散事業者」側の意見との間で、議論が真っ向
から対立している。
この議論に関しては、特定のブロードバンド加入者(エンドユーザ)の過度なダウンロー
ドも問題だという主張があり、一定の通信量を超えたらブロードバンド回線にも従量制課金
を適用すべきだという主張もある。しかし、この問題は多分に概念的な議論が続いている傾
向があり、ネットワークに実際にどれくらいの負荷がかかっているのかという具体的な話は、
少なくとも一般ユーザーには分かり難い状況である。
3. まとめ
ここまでの議論をまとめるにあたって、本報告では最初にあげた 5 つのトレンドに対して
何らかの結論を下すのではなく、今後注視すべきポイントについて疑問形で問題提起をして
41
コンピュータ産業研究会 2006 年 11 月 29 日
おきたい。
ひとつ目のトレンドの説明で、「融合化」が確実に進展していることを示したが、電気通
信事業と他事業との融合はどこまで進展するのだろうか?
そして融合化の軸をめぐる競争
と協調のあるべき姿はどのようなものなのだろうか?
2 つ目、3 つ目のトレンドである事業者の統合化と分散化の動きについては、はたして統
合化と分散化の二極化が進むのだろうかという疑問と、それに付随して、統合化と分散化の
間にある中間的なビジネスモデルが現れるのだろうかという点が興味深い。
4 つ目のトレンドは、統合事業者と分散事業者の競争と提携に関するものであったが、両
者の関係は単なる市場の奪い合いで終わるものなのか、それとも協調により新しい市場やビ
ジネスを生み出し、付加的な価値創造をもたらすものとなるのだろうか。
最後のトレンドとして指摘した、ユニバーサルサービス、ネットワーク中立性をめぐる政
策・規制の論争に関しては、既存の通信サービスの価格破壊が生じた場合、物理的ネットワ
ークは誰が構築、維持、高度化するのかという点と、上位レイヤ系の新サービス(Web2.0
サービスなど)によりネットワークの構築・維持・高度化をファイナンスする場合、統合事
業者と分散事業者の間の負担の公平性をどう確保するのかという点も重要である。
今後、私もこれらの点に注目して調査をしていくつもりである。本日の報告が、情報通信
産業を専門にしている方、あるいは興味のある方にとって、今後の研究、事業の参考になれ
ば幸いである。
(以
42
上)
赤門マネジメント・レビュー編集委員会
編集長
編集委員
編集担当
新宅 純二郎
阿部 誠 粕谷 誠
高橋 伸夫
藤本 隆宏
西田 麻希
赤門マネジメント・レビュー 6 巻 1 号 2007 年 1 月 25 日発行
編集
東京大学大学院経済学研究科 ABAS/AMR 編集委員会
発行
特定非営利活動法人グローバルビジネスリサーチセンター
理事長 高橋 伸夫
東京都千代田区丸の内
http://www.gbrc.jp
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