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電子書籍の衝撃 本はいかに崩壊し、いかに復活するか?
読 書 の 窓 『電子書籍の衝撃 本はいかに 崩壊し、いかに復活するか?』 佐々木俊尚=著 ディスカヴァー携書 ディスカヴァー・トゥエンティワン(2010 年4月 15 日) (社)JA総合研究所 基礎研究部長 主席研究員 吉 田 成 雄 (よしだ しげお) 改めて考えてみると、当たり前のことのように思っていたこ 円にして2500 円前後、だ とが実は本当にすごいことだと思う。まず文 字の発 明であ が、キンドルストアでは、 る。そしてその文字を書きとめる粘土板や羊皮紙、パピル 約 900円。「おまけにキンド ス、木簡・竹簡などを経て、今日の紙の普及へとつながる ルは一五〇〇冊も本のコンテンツを収容することができて、 意欲や努力である。製紙工業の発達が紙の大量消費を支 どんなに買ってもまったくかさばりません」。ただ残念ながら え現代文明が成り立っているといっても過言でないだろう。 今のところは日本語のフォントが内蔵されていないので、日 もちろん筆記具の発達もすごい。それはさらにタイプライ 本語の本は購入できない。 ターから受け継いだQWERTY配列のキーボードとプリン そして、アップル(Apple)が米国内で2010 年4月3日 ターを抜きにもはや仕 事ができないことにまでつながってい に発売し、日本などでは5月28日に発売された「iPad」の る。だがこれは本格的には1990 年代以降わずか 20 年程 出現である。「キンドルが書籍しか読めない専用機であるの 度で世界が変わってしまった出来事なのだ。 に対し、iPadは『汎用機』であること」が違っている。電 出版物という観点から歴史を眺めると、写本の時代が何 子書籍の購読などだけでなく、ウェブの閲覧、電子メール 千年も続いている。中国で発明されたといわれる活版印刷 の送受信、写真環境、HDビデオや音楽鑑賞、ゲームにも 術だが、活字を並べた組版による印刷は11 世紀の中国で 対応している。 行われた。ただそれが普及し世界を変えていくのは15 世紀 半ばのグーテンベルクの発明(1455 年ごろの「グーテンベ ルク聖書」の出版)以降になる。活版の技術はその後5 世紀にわたり改良され続け、印刷の主流となってきた。 ところが、膨大な数の活字が必要な活版印刷に替わり、 こうした電子機器は今後ともさらなる改良が進み、より使 いやすくなり、世界中に普及するだろう。 先行して音楽産業が経験したことを見てみると、アナログ のレコードがデジタルデータのCDに替わってしまったことにと どまらず、音楽流通自体がドラスティックに変化してしまった。 わが国では1924 年に写真技術を応用して印画紙に文字を AppleのiTunesミュージックストアが登場し、それまでレコー 出力して組版を行う写真植字が出現する。だがこれで終わ ド店などで販売されていた音楽が、インターネットを介してデ らない。わが国では、1990 年代以降DTP(デスクトップパ ジタルデータそのものを購入する時代になった。いまや新曲 ブリッシング)が急速に普及した。パーソナルコンピューター も古い曲も、プロやアマチュアの曲も関係なくフラットに存在 で組版が可能になったのである。そして、活版印刷はその するあらゆる音楽をダウンロード購入して、iPodなどの音楽 役割をほぼ終えてしまった。これもまた最近の20 年程度で プレーヤーで再生して楽しむことができる。 生じた大変化だ。だが、この変化はこれにとどまらない。な こうした構造変化が、出版産業にも押し寄せてきたのだ。 にしろ、DTPではすでに本そのものがデジタルデータ化され 新刊本も、古い既刊本も、プロの作家の本も、アマチュ ているのだ。電子書籍(=電子ブック)の出現はもはや驚く アの書いた本も、さらにはさまざまな研究者が書いた学術書 ことではなかった。 も、たとえ紙の本としては絶版になったものでも、すべてダウ そこに「まともな電子ブックリーダーの第一号」アマゾンの ンロードして読むことができる。 「キンドル」 の出現である。これはアマゾン・ドット・コム こうしたことが出版文化の否定につながると主張する人も (Amazon.com) が 2007 年 11月19日に米 国で発 売 開 いるが、著者は「間違えてはならないのは、『電子ブックの 始。表示部は、電子ペーパーの一種であるEink(イーイン 出現は、出版文化の破壊ではない』ということです。何千 ク)を使う。携帯電話網を利用した高速通信で電子書籍 年も同じような活字形式で人々に愛されてきた本は、そう簡 や新聞記事がダウンロードできる。携帯電話会社との契約 単には崩壊はしません。(略)でも活版印刷が十五世紀に は不要で、アマゾン・キンドルのサイトであれば通信料は 発明されて本の流通と読まれ方が劇的に変わったように、 Amazon.comが負担するので利用者には一切請求されな 電子ブックも本の流通と読まれ方を大きく変えるでしょう」と い。 言う。 2010 年3月の時点では、42 万点もの数の書籍が購入で きる。米国では本の多くはハードカバーで売られ価格は日本 JA 総研レポート/ 2010 /夏/第14 号 とにかく新たな動きから目が離せない。なにしろ変化が早 いのだから。 《読書の窓》 53