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十: :勝 - 地質研究所

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十: :勝 - 地質研究所
十:
:勝
岳
(釧路一第 1 号)
北海道開発庁\
「
人〆
、OPt和 38 年 3ベ万
5 万分の 1 地質図幅
説明書
勝
面
(釦rr路-第 1 号〉
北海道嘱託勝井義雄
岡
高橋俊正
北海道技師土居繁雄
北海道開発庁
昭和 38 年 3 月
この調査は,北海道総合開発の一環である,
地下資源開発のための基本調査として,北海
道に調査を委託し,道立地下資源調査所にお
いて実砲したものである。
昭和 38 年 3 月
北海道開発庁
噴煙をあげる十勝岳,左手前から昭和火口,大正火口および 62 年第 2 火口の噴煙ゎ
十勝岳は,
たの
1962 年 6 月 29 日,大正 (1926 年)の噴火以来 34 年ぶりに噴火を行なっ
この噴火によって,中央火口丘の南側に新しく直径 140m の 62 年第 2 火口が
開き,砕屑丘がつくられ,さらにその北西~東南方向にも新しい火口および亀裂が
形成された。つまり,これらは,中央火口丘の外輪山にあたるグラウンド火口の南
壁にそって活動したのである。(l引G~ 年\l月撮影,朝日新聞社提供〕
目次
1
はしがき'"・ H ・..….....・ H ・ H ・ H ・..・…・・・・…'"・ H ・.....………...・ H ・..…・………・・……………..
I 位置および交通...・ H ・-・………・'"・ H ・..…………......・ H ・.....・ H ・..…..,・ H ・...…・・………ー 1
II
地
形…....・ H ・..…...・ H ・..…・・・…………・・・…...・ H ・.....・ H ・-…...・ H ・...…ー………ー 2
I
I
.
l 概
説・・・…・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2
I
I
.2 火山構造と火山地形・ H ・...………………・・・…………………………………………ー 2
I
I
.2
.1 十勝熔結凝灰岩の地形....・ H ・..…………'"・ H ・…・・・・・…..,・ H ・..………...一-…・・ 2
I
I
.2
.2
古期・中期および新期十勝岳火山群の地形・・・・…...……....・ H ・...…・…・…・・・・ 3
I
I
.2
.3 火山山麓の地形…・………...・ H ・…………・・………・・…....…………・…・・……・・ 6
I
I
.2
.4
I
I
I 地
基盤岩類の地形…………...・ H ・...………・・・……………......・ H ・......…・・……-・ 6
6
質・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
I
I
I
.
l
概
I
II
.2
基盤岩類…'"・ H ・ H ・ H ・...…・・・……...・ H ・………………一-………..………一..…・・・・ 9
説…・・……・・・・・一一-…・…....・..........…………........・
H ・...…..……..…..・
6
I
II
.2
.
1
美
I
II
.2
.2
変質安山岩 (Aa) ………………...・ H ・..………...・ H ・..…...・ H ・..……………… 9
瑛
I
I
I
.2
.3 J
.L 山
I
I
I
.2
.
4
層 (Be)
熔岩
・…・・・……...・
(M) ....・
美
瑛
川
凝
灰
集
塊
岩
H ・..……・・・………………...・
H ・..……・・・・・…・・・
H ・..…・・・・・・・…・・・・・………・…・・……....・
(Ba)
...・ H ・...・
e ・-……'"・
9
9
H ・.....…・…・…-・
a ・...…・・・・…………・・・・・……-…
..10
I
II
.3
十勝熔結凝灰岩 (W) ・…...・ H ・..........…・・・……・・・・・・・………...・ H ・..………・…… ·10
I
II
.4
古期十勝岳火山群...・ H ・.........…...・ H ・..……......………....…...・ H ・-…・・・……・…・ 11
I
I
I
.
4
.
1 原
始
ガ
原
熔
岩
(G)
…
…
…
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・
…
…
…
・
…
…
・
・
…
…
…
…
…
…
…
…
…
・
一
…
…
…
·11
I
I
I
.4
.2
前富良野岳熔岩 (Mf) …・……………...…-…・・・・・…・・・…… e ・ e ・-……-…一 ..·..11
I
I
I
.4
.3
大麓山熔岩 (Tr) ……・・・・……………...………......…・・・・・・…・・・・・・・・・・・・… ....·12
I
II
.4
.4
富良野岳ド部熔岩
I
I
I
.4
.5
富良野岳凝灰集塊岩 (Fa) ・・・・・・・・・・・・・…・・・・・・………・・・・・・・・・・…・・・・・…・・・…・・・・・ 12
I
I
I
.4
.6
宮良野岳中部熔岩
I
I
I
.4
.7
富良野岳上部熔岩 (Fu) ・……………・・…・・・・………-一…・・・・…ー…・・…・…一 ···13
I
II
.4.8
古
十
勝
岳
下
部
熔
岩
(Ktl)
I
I
I
.4
.9
占十勝岳上部熔岩
(Ktu)
I
I
I
.4.10
美
瑛
岳
下
部
情
岩
(Bll)
(
F
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(Fm)
..12
…………・・・・…・・・………・・・…...……・・・…・・・…一一・
・……………..,・
H ・...…..……..,・
・・・・・・・・・・…・・・・….....……・・・…………・・・ー…・…
…
…
…
一
…
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.
.
.
.
…
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.
.
.
.
.
・
H・
.
.
.
.
.
…
…
…
…
・
・
・
・
・
・
・
・
…
…
…
12
H ・..…・…・・………・・
13
....·13
..14
I
II
.5
白金砂礁層
I
II
.6
中期十勝岳火山!?千・・・・・・・.........................., ...........................····················14
I
II
.6
.
1
(Sg) ・・・・………............…・…一一一…・・……-………………・・………・・ 14
白
金
問
岩
崎g I)・ー・・・・……・・・・…・・……......................一一......…・……・・・・・
14
I
II
.6
.2 奥 1 ・勝 n· 下部情岩 (Otl) ・・・・・・・・・・・……ー…・・・…・・・・・・…-一一一一…...…・…・・… ··15
I
II
.6
.3 奥十勝 it 中部市岩 (Otm) ・・・・…・・・・・・………・・・・・…・…・ー…...・
H ・…・・・…・・・ー・・
16
I
II
.6
.4 奥十勝目上官[5 'tf~ 岩 (Otu) ・・・・・…・・・…・…・………....一一一...…・・・…・・…・・…・・・
16
I
II
.6
.5
美瑛 lZ 中部信岩
(Bml) ー…・・・・・・・・・…一…・・・…・・・一一…..…-………・・…・・…ー・
16
(Bul)
I
I
I
.6
.6
美瑛 iT; 上部信岩
I
II
.6
.7
オブタテシケ III 下部!日 III 物 (01) ・……・・・・・・・・………・・…・…・…………・…...・ 17
I
II
.6
.8
オブタテシケ山 1二部噴出物 (au) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ e ・・・・・ 17
I
II
.6
.9
ベベツ rt-'昨岩
I
II
.6
.1
0
I
II
.6.1
・・・・・・・・・・・・・…・・…・…一一…一………..,・
I LI'J府岩
(Shl)
上
ホ
ロ
カ
メ
ッ
ト
ク
山
下
部
熔
岩
I
II
.6.13
(Tal
)
I
II
.6
.15
(Sal)
I
II
.6
.17 前十勝
c
(Ua)
j~' 出
吉
(Ml)
I
II
.6
.181, 840 ill時
惰
岩
18
(Kul)
18
・・…一・・…-…・・・……・…・・…・………
·..·19
・・・・ぃ・・・・………・・…・………・……・・……..…・・……・・・・
…-…・・・・・・・・・・・・……ー…・………....…一..,…...・
(
1
8
1
)・・・・・・・・・・…・・・・・・・…・・…・…一......……..,…一…・……・
I
I
I
.6.19 石垣山熔岩
(
I
I
)
I
II
.6.20
(Tl) ・・・・・・・…・・・・・・・・…・・・・…・・・…・・ー・・…・…・・・・…・・・…一一………・・
十
勝 rE-信自
.18
......................................................·················19
IL
l
上
部
熔
t
,
I
II
.6.16 馬の背凝灰集塊岩
…
.
.
.
.
.
・
.
.
一
・
…
一
・
…
・
・
…
・
…
一
(Kml) ・・・一一……・……・・・・…・・・…ー…・・・・・…・・
・・・・
上
ホ
ロ
カ
メ
ッ
ト
ク
..18
・・・・・・・…-…・・・・…・…・・…・・・….....…一一…・・・・・・・……...…・・
ト
ク
山
中
部
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岩
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昨
岩
17
・・….............................…・ー…・…一一一一
(
K
l)
上
ホ
ロ
カ
メ
ッ
I
II
.6
.1
4 三 l 命~L!
··..16
(
B
l
) …...........…・・……・・・・・・・・・…一…一一・・……..一一…・・…ー・・
ド
ホ
ロ
カ
メ
ッ
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グ
I
I
I
.6.12 -'1三ガ同信自
H ・..……-…
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
19
H ・.....・
H ・ ·19
....20
20
20
I
I
I
.
7
新
期
河
岸
段
丘
堆
積
物
I
II
.8
新期 1 ・勝日火 lilt洋・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 21
(Yg)
・・・・・一一........一…・・・・・…一..…・・・・一…...…一-…・・・・・・…・・
21
I
II
.8
.1
美瑛出 I二 下部市岩 (Bfl) ・・・・・・・・・・………・・一一…・・…・・・・…・・・ー……・一一一..… ..·21
I
II
.8
.2
美瑛出上上部情岩
I
II
.8
.3
鋸岳民出物 (Ne) ・……・・・・・・……・・ ………一一一-…・・・・・・…ー・・・…...・ H ・...・… ..·22
(Biu)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
21
I
II
.8
.4 グラウンド火 I-I fi子府噴出物 (G f)およびグラウンド火口溶岩 (Gl) ・・・・…・・ 22
I
II
.8
.5
スリパチ火口正昨出、噴出物 (Sf) およびスリノミチ火口丘;溶岩 (Sl) 一一..一 ·23
I
II
.8
.6
北向火口熔岩
(Kl
)…・・・・・・・・・・・・・・・・・…
I
I
I
.8
.8 l
j
l~た火
υ丘
砕
屑
噴
出
物
泥
流
堆
積
物
(
C
f
)
(
C
m
)
…..
・
・ 1\ 央
;
火
口
丘
恥
岩
H・
…
…
…
(
C
l
)
υ..
お
よ
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…
…
一
一
一
.
.
.
.
一
1
9
2
6
年
··.········.23
I
II
.9
日 ;tk 地および毘錐堆積物 (F) ・・・・・・・・・・・・・・…・・・・・・・・・・…...............…・・・・・・・・・・・・・・・・ー 24
I
II
.10
沖
積
回
IV
(
A
)
…
.
・
応用地質……………'"・
H・
.
…
…
…
…
…
…
…
・
·
2
4
H ・..…………………・…………………………………一………
24
IV.1
硫 黄 鉱 床・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・園・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
25
IV.2
拐鉄鉱鉱床..…・…'"一一.............................................…...・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
26
IV.3
i旦
泉・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
·26
IV.4
石
材・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・@・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
28
V
j
'
勝
岳
の
噴
火
史
と
1962
V.1 1926 年以前の活動
年
の
活
動
…
…
…
…
…
…
…
・
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
.
.
.
・
V.2
1926
年
の
泊
動
・・・・・・............................................................・・・・・・・・・・・・・・・・・・
V.3
1962
年の{汗動
・・・・・・・・・・・・・・・・・・................・・・・・
参
考
文
舟
Abstract
L ・ h ・..……...・
H ・ ·28
…・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…・ー・・・・・・…・・…・・・・・・・…・・・…・・・・・・・・
H ・.....・
H ・..…………………...・
e ・・・ a ・・.........…
H ・-………...・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
28
29
......···..···..·..····..·31
H ・-ー………...・
H ・....…・
37
41
5 万分の l 地質凶 1悩
説明書
十勝岳(却II 路一第 1 号〉
北海道隅託勝井義雄
同
高橋{交正
北海道技師土居繁雄
はしがき
この凶幅説明書は,昭和 35 年および昭和 36 年の 2 年間で行なった野外調査の結果を整
理して,その概要を報告したものであるわ
野外調査におし、ては,北海道大学の河内平晋・ j!J:堂祐弘および問屋竜典氏らの御協力を
得た。なお,野外調査が終了したあと,昭和 37 年 6 月 29 日に十勝岳火山が,大正 15 年の
活動以来久しぶりに噴火をした(この噴火による被害は,硫黄鉱山の崩壊とともに,同鉱
山に働く職員の犠牲をもたらしたばかりでなく,山麓周辺から北海近東部地域にかけての
農業および林業に大きな影響をおよぼしたわこの噴火の状況は,十勝岳火山の噴火史と共
にこの説明書に集録したのこの内容については, II芳井,高橋とともに十勝岳噴火の調査に
従事した北海道大学理学部の村瀬勉・大場与志男・平井喜郎・岩永将陣・曽)霊能典・伊藤
宏氏らの資料によるものであるのこの調査に際しては,北海道大学石川俊夫教授,横山泉
助教授,白銀荘管理人和田御夫妻ならびに上富良野町役場当局から,いろいろと援助をう
けたわ上記の諸氏に,厚く感謝の怠を表する(
I
位置および交通
この凶幅のしめる地域は,北緯 43 ウ 20/~43C30' ,
東経 142C30/~142Q45' の範囲である。
行政的には,大麓山(保高 1 , 459.5 m) から上ホロカメトック山(標高 1 , 887 m)
をと
おり,十勝岳(標高 2 , 077 m) をへて美瑛岳(標高 2 , 052.3 m) をむすぶ稜線の西部は,
HII 支庁の管轄であるの一方,稜線の東部は十勝支庁に属する〔
突通は,図幅の西部地域には道路が開さくされていて,吹上温泉から富良野町市街に通ず
る道々をはじめ,町村道,農道,林道および林内歩道などが多いのこれに反して北東から
阿南に嶺を連ねている山岳地帯には,わずかに登山コースとして利用されている数条の林
-1-
内歩道があるだけである〔とくに,技協の東南部地域には,
)j)y立すらなく,交通は極めて
不便であるハ
II
II.l
地形
概説
この i刻l園地域の地)肢を大きくみると,
i 'Sl lji品の北東);尚から内1刊誌を結ぶ社角線の北西部;は
標高 350m から標高 700m (コ、たる緩い領主l をもっ台 J 也状地形を ~L ,東南部地j或は標高
1 , 000m から 2 , 000
m (己主する火 rl Jtill 形となっているつ
前者の地域は,新第三紀末葉
または第四紀初期に噴出したと
考えられている十時係結凝灰胃
から構成されている;まか,火山
体の山麓地域には,扇状地や If':
錯;が発達している〔
{走者の地域は,第四紀に噴出
した十時岳火山群によ η て占め
るれてし、る n
この火 III 群は,北
東に連なる大雪火 III 1洋ととも
に,推大な山岳主をほこり,わ
が国におし、て長大の世棋をもっ
図版 1
十勝目関幅地域の地形
大雪山国立公閑の一部にふくまれている β( [斗版 1 参照)
I
I
.
2
火
山
構
造
と
火
山
地
7
f
~
I
I
.2.1
十
勝
熔
結
凝
灰
岩
む
地
形
凶
幅
地
域
の
北
火
山
砕
屑
岩
台
)'1 にそ")て
Ii 可 -T: に
分
布
す
る
十
I) 券
熔
桔
凝
灰
岩
は
,
旭
川
一
富
良
野
低
地
r出
を
均
め
て
,
三
;
大
な
J也
を
つ
く
り
,
侵
蝕
に
よ
ぺ
て
メ
+
地
形
を
示
し
て
い
る
そ
こ
の
台
地
を
切
っ
て
,
2 つ
の
断
層
し
ろ
う
Ii!: 一
白
金
伺
h
-LH の上流出;で、は
NE jJl ムJ ,
下
流
部
で
は
NWjy
向
ー
が
み
ら
~l るハ
2 つ
の
断
層
の
う
ち
,
前
;
缶
は
十
勝
熔
結
凝
灰
岩
の
分
イ
1
)
高
橋
(
1
SE に
面
し
て
お
り
,
白
色
温
良
十
Ii・:lill J1'X の
束 J哨て、は約
960)
200m
j近
で
は
的
100m
の
高
さ
に
達
す
る
「
こ
の
断
層
出
は
,
オ
ブ
タ
テ
の
ド
部
熔
結
凝
灰
岩
に
相
当
す
る
-2-
,芙'瑛!l
U::i fLの
シケ山山麓の扇状地で終っている円また,後者は sw に面していて,これを境として,十
liy}熔桔凝灰Z? の台地面に i1H 、違いが認められる〔この l食い遅いほ白金?品以付近では約 50
m であるが,美瑛川のド N~ に行くに
したがい,
/1 、さくなっていくハ!寸 l隔
地域の北部地域についてみると,十
M寿院結凝灰岩のつくる台地面は,
こ
の断層庄の sw 側では,西に約 2~ 傾
斜しており,海抜 300~650m の高さ
をもつが,
NE 担IJ
つの断層定と,
(美瑛 )1\ 沿いの 2
r司中高の北縁に囲まれて
L 、る部分)では, I百に約 3 つ傾斜してい
て,海抜 600~950 m の高さをしめし
ている(このように 2 つの断層崖は,
いずれも,十勝熔結凝灰岩噴出直後に
行なわれた火山構造性大陥没地 (ma-
j
o
rv
o
l
c
a
n
o
t
e
c
t
o
n
i
cdepression)
第 1 図
十勝岳火山群の構造図
1- 熔結凝灰岩噴出後の陥没に関与しない地
域, 2- トノカリ凝灰質泥岩層推積地域, 3- 十
勝 I I;-熔結凝灰岩出動直後の陥没による各地域
の傾動(矢印の長さは,相対的に傾動の大小
を表わす。また,↓は,ほぼ垂直に陥没したこ
とを示す),
4
下宿良野熔結凝灰岩活動直後
の陥没による傾動, 5- 推定断層, 6 催認断層,
7 火山列
(高橋, 1960 を多少改変してある)
の
形
成
に
伴
っ
て
で
き
た
も
の
で
あ
る
(
高
橋,
1960)
で
第 1 図
(
参
照
)
つ
ぎ
に
,
十
勝
熔
結
凝
灰
岩
の
台
地
の
t
;
r
j
II'$: 面
に
つ
い
て
吟
味
す
る
と
,
ベ
ベ
ノ
レ
イ
川
の
両
岸
の
台
地
l討
の
傾
き
に
も
,
差
異
が
み
と
め
ら
れ
る
(
第
も
,
ね
2
C
2 凶
参
照
)
~
凶
j台
地
と
の
傾
斜
を
も
つ
が
,
北
側
で
は
,
四
に
傾
斜
し
て
い
る
の
に
対
し
,
南
側
で
は
北
西
に
傾
斜
し
て
い
る
さ
お
そ
ら
く
ベ
ベ
ル
イ
川
も
,
美
瑛
川
と
同
じ
よ
う
に
,
構
造
谷
と
考
え
ら
れ
る
I
I
.2
.2 古期・中期および新期十勝
岳火山群の地形
['S] I隔地域の南部地域に,古期・中は
期および新期十!時岳火山群が火 III 列を
第 2 図
カルデラ形成一 III 後の熔結凝灰岩
地域の地形復原図
-3-
図版 2
十勝岳火山群の北西上苧ーからの遠望ぞ左からオプタテシケ,ベベツ
岳,美瑛宮士,十勝陪,由良野岳および前富良野店 ρ 右手前は,十勝熔結
凝灰岩の火山砕尉岩台地。(1\:(',1 年秋 .1B井撮影)
図版 3
図版 4
富良野岳から十勝岳を望む r 右手前は旧噴火口。
望岳台からみた十勝岳,左から,美瑛富土,美瑛岳,スリパチ火口
丘(平らな尾根,噴煙は昭和火口),中央火口丘,十勝岳(噴煙の後方)お
よび前十勝岳。手前は 1926 年泥流堆積物。(l\lGO 年.高橋撮影j
-4-
つ八って噴出しおり,海抜 1 , 400~2 , 100 ill に達している(凶版 2 ・ 3 ・ 4 参照)。
これら
まえふらの泊予 1)
の配列に注目すると,火山列の南西端にある前富良野岳から北東端にあるオプタテシケ山
(J頁上部は東に隣接する十勝川上流 l斗 III肩に含まれる)につらなる NE 方向の火山列が卓越
している戸この火[[[列を,主列とよぶことにする〔このほか,主列から派と主している NW
の方向性をもっ 2 つの火山列がある。その 1 つは,上ホロカメットグ山から下ホロカメツ
たいろ♂さん
トク [I I に連なるもので,他の一つは前主良野岳から大佳山に連なるものである p
これらの
火山列を副列とよぶー
主列を構成している火山体をやぶった寝裂火口は,すべて NW 側に聞いており,しかも
新期十勝岳火山群の寄生火山的な活動は,主列の西側にかぎられている。
古期十勝岳火山群は,一般にし、ちじるしく解析をうけており,山麓には広大な扇状地や
庄錐が発達している竺この火山群は,地形的に二つのタイプにわけることができる n 第 1
のタイプは,粘性に乏しい苦鉄質の熔岩から構成されていて,台地状の地形を残すもので
あって,原始が原熔岩や占十勝岳がこれにふくまれる。第 2 のタイプは,苦鉄質の噴出物か
ら構成されている成層火山で,前富良野岳・大麓山・富良野岳および美瑛岳(下部熔岩〉
があげられる。これらの火山休のうち,前富良野岳・大鷺山は,きわめて露出に乏しい c
rrCI 期十 !l存岳火山群は,やや解析をうけている戸地形的に,この火 [[I 群は二a つのタイプに
わけることができる c 第 1 のタイプは,粘性に乏しい古鉄質の熔岩からなる台地を形成し
ており,白金熔岩がこれに属すると第 2 のタイプは,苦鉄質および中性の噴出物からなる
成層火山で,美瑛岳や奥十勝岳をはじめこの火山群の大部分の山体が,これにふくまれ
る。第 3 のタイプは,粘性にとむ珪長質の熔岩流で,石垣 II I 熔岩・ 1 , 840
十
勝
岳
熔
岩
が
あ
げ
ら
れ
る
i
l
l [I 全
熔
岩
お
よ
び
c
新
期
十
勝
岳
火
山
群
は
,
い
ず
も
新
鮮
な
火
山
形
態
を
保
ち
, 7tili 失
質
の
1噴
出
物
か
ら
な
り
,
成
層
火
IU ・
砕
屑
丘
・
小
規
模
な
熔
右
流
の
三
つ
の
タ
イ
プ
の
山
体
を
含
ん
で
い
る
。
成
層
火
山
は
,
美
瑛
富
士
お
よ
び
鋸
岳
で
,
美
庚
岳
と
辺
別
岳
お
よ
び
美
瑛
岳
と
平
が
岳
の
聞
に
,
そ
れ
ぞ
れ
噴
出
し
,
低
所
を
埋
め
て
熔
岩
を
流
し
て
い
る
。
砕
屑
、
丘
は
,
グ
ラ
ウ
ン
ド
火
~)
す
り
ば
ち
11 ・
摺
鉢
火
口
丘
お
よ
び
中
央
火
口
丘
で
あ
っ
て
,
砕
屑
物
の
噴
出
の
ほ
か
,
ア
ア
熔
岩
も
流
し
て
い
る
つ
こ
れ
ら
の
ア
ア
熔
有
に
は
,
い
ず
れ
も
流
埋
構
造
を
示
す
グ
ル
ー
プ
が
明
瞭
に
残
さ
れ
て
お
り
,
摺
鉢
火
口
丘
熔
岩
や
中
央
火
口
丘
熔
岩
の
一
部
に
は
,
熔
岩
持
が
み
ら
れ
る
の
ま
た
,
北
向
火
口
熔
宥
お
よ
び
焼
山
熔
岩
は
,
山
腹
お
よ
び
III 麓
の
火
口
か
ら
流
出
し
た
小
規
模
な
ア
ア
熔
岩
で
あ
っ
て
,
こ
れ
も
明
瞭
な
グ
ル
ー
プ
を
残
し
て
い
る
c
1
)
高
橋
(1960)
の
ウ
ロ
ウ
ス
ベ
山
に
相
当
す
る
。
2
)
高
橋
(1960)
の
中
央
火
口
丘
外
輪
山
に
相
当
し
て
い
る
と
-5-
また,
1926
年
泥
流
の
流
下した地J或は,下流部においては植生が進んできたが,上流部では未だ殆ど植生をみないっ
I
I
.2
.3
火山の山麓地形
古期および中期十勝岳火山群の山麓にはムA 大な扇状地および擢錐が発達して~、るハこ
れらの地形面のうち,図 III員の西部地域および南東部地域では,わず、かに解析をうけてお
り,その形成が長期にわたって行なわれたことを示している m 凶幅の西部地域にみられる
扇状地には,
しばしば,熔結凝灰岩の残任がみられ,また,
P(~ 同部地域のベベルイ付;5:で
は熔結凝灰岩と扇状地の末端部が接し,広い湿地をつくっている勺原始が原の扇状地両の
上にも,広い湿地が発注している f 図 II届の南東部地域の握錐およ('):::扇状地を削剥して流れ
ている河川は,いずれも閃 II屈の市縁付近で、伏流となる。
I
I
.2
.4
基盤岩類の地形
lZl I隔地域の北東|偶には,この地域の火山の基盤岩煩がわづかに語出しているつ丸山熔岩
は,北に隣接する志比内同 I隔の丸山を構成している熔岩流であって,ややいちじるしい解
析をうけているが,まだ熔岩 bft の流走!百を保存しているぞ美瑛層は,美瑛川およびその支
流によって,深く下刻され,いわゆる壮年期の地形を呈している?
III
JILl
概説
十
勝
岳
火
山
群
か
ら
-t'l]
NE
方
向
に
,
大
雪
火
山
鮮
を
経
て
天
狗
岳
に
い
た
る
延
長
約
芳
火
山
列
は
,
千
島
火
山
帯
の
同
端
に
位
置
す
る
一
つ
の
火
山
ダ
J
i
1
. i
Y
Jl
〆'眠
こ
の
火
山
列
北
部
の
東
側
は
,
火
F行
に
,
中
新
80km
I[j
Fヲ
て T糾7
ベ ~'U
i吐
の
石
英
閃
緑
岩
,,[\
Q
/
/
/
旭岳ゐ中大雪量火ロ
i 中骨l it.
J7人
1
9
6
1
)
上
支
湧
別
構
造
線
(
長
谷
川
他
,
イ\~令官民
/
1
の
道
人
市
に
よ
っ
て
特
徴
づ
け
ら
れ
る
j,
品
し
ゅ
う
べ
つ
/
サ
グ
弓
ケ
ハィて
A
l 貯 7"' 11
:-~~·~·~·t/l::-'D~ ~‘iJ/m.'~
と
,
こ
の
構
造
線
形
成
の
以
後
に
形
成
/
后金;1ue.~\ ムー〆月
さ
れ
た
断
層
が
ノ
た
っ
て
い
る
♂
ま
た
,
火
山
列
市
部
の
東
側
に
も
,
古
い
N
­
S 性
の
走
向
を
も
っ
断
層
を
切
っ
て
,
込/十月間各
ー
件
前
日
内
外
角
ル
新
し
い
NE 方
向
の
断
層
が
卓
越
し
て
い
る
(
{酉勾・長谷川
I,
1
9
5
7
)~さら
¥
下市 o 1J .>"y ト7 山
I, f
I
I
.
1
/
1~I 1
/
/
"j
声i 富
良
野
缶
、
大廃山 L
υ工イ /11
, /
J
?
1
J
/
/
f
第 3 図大雪一十勝火山列の構造較念図
-6-
み
大
雪
" キ " ' "
メ
~4-~
二日山町/移ろ
d )t;tt三紀花瓶岩鯖
'/J;~針転?E入J
IJ で
あ
る
(第 31 寸参照)~
列
に
、
地質
にこの凶 l隔地域でも,火山列の主デIjを構成する火山休の一下位には,
日高以層群と美瑛層と
を境する NE 方向の断層の存在が推定されている(高橋, 1960)η このような NE 性の構
造は, NS 性の構造をもっ古い日高市と斜交する新しい中新世以降の構造であって,千島
~;i瓜の形!況に関連して作られたものである勺このような基盤の構造に支配されて,大雪一十
勝火 III 列は, NE }j 向につらなる火山列を形成したのであるつ
こ乃図幅地域における火山群の革:盤は,日高累層群(地表に露出していなしす・美瑛
層・変質安山岩・丸 III 熔岩・美 lV~ 川凝収集塊岩慢であるでこれらの基盤岩煩をおおって,
第三紀末葉または第四紀初頭に,十!)存熔結凝灰岩の噴出が行なわれたっこの熔結凝灰宕は,
北出道におし、て最大の規模をもっている勺
このような大規模な熔桔凝灰岩の噴出活動には,既存の火山列の下位に潜在している断
層が主要な役割をはたしたうこの熔絹凝灰岩をもたらしたマグマの t井によって,基盤岩
!訴の差別的な隆起と断層活動が行なわれ,その断層の-部からはげしい火山砕屑流が噴出
したと考えられている(高橋, 1960)~
この活動のすぐ後に,カルデラ陥没がおこり,カルデ
ラ湖が形成された々こ i}) カルデラは,
WILLIAMS (1 941)
v
o
l
c
a
n
o
t
e
c
t
o
n
i
c depression)
に
相
当
す
る
(
第
I' 附幸吉駅岩および湖成堆積物(トノカリ凝灰
棋な附凝りく岩(下富良野熔結鰍
の火山構造性大陥没 J 也 (major
1 凶
参
照
)
っ
11 泥E-41
di が主列の位置から東方に噴出したっ
を不整合におわって,小呪
洪
積
世
末
期
か
ら
沖
積
世
に
か
け
て
,
熔
結
凝
灰
岩
の
噴
出
お
よ
び
カ
ル
デ
ラ
形
成
に
重
要
な
役
割
を
果
し
た
NE 方
向
お
よ
び
N
W
方
向
の
~]~j* 京
に
支
配
さ
れ
て
,
十
時
火
山
群
が
活
動
し
た
う
こ
の
火
山
群
は
,
噴
出
物
の
被
覆
関
係
と
flj
!
(
o
析
の
湿
度
ー
か
ら
古
期
・
中
期
お
よ
び
、
新
期
十
勝
岳
火
山
群
に
わ
け
る
こ
と
が
で
き
る
Iii 群
の
活
動
は
,
噴
出
物
の
性
質
ー
か
ら
み
る
と
r
ま
た
,
こ
の
火
2 つ
の
輪
廻
を
考
え
る
こ
と
が
で
き
る
ぞ
お
も
に
洪
積
世
に
行
な
わ
れ
た
初
期
の
活
動
は
,
こ
の
火
山
群
の
主
体
を
な
す
も
の
で
あ
り
,
玄
武
岩
の
大
量
噴
出
に
柏
ま
り
,
そ
の
後
,
し
だ
い
に
酸
性
熔
岩
の
活
動
に
移
行
し
て
,
最
後
に
黒
雲
円
・
角
閃
石
を
ふ
く
む
般
住
安
山
岩
の
小
規
模
な
活
動
で
終
っ
て
い
る
c こ
の
一
連
の
火
山
活
動
に
よ
「て,古期および中期I'll芽岳火山群に属する
16 の
成
層
火
こ
れ
ら
の
活
動
の
後
に
,
火
山
活
動
の
休
L、
る
新
期
十
1
)
IIJt~
酒
匂
・
長
谷
川
(
1
酒
匂
・
長
谷
川
II I お
よ
び
寄
牛
957)
I
(1 957)
7 つ
の
成
層
火
の
命
名
に
よ
る
戸
本
層
は
,
~
~
R
a火
山
が
形
成
さ
れ
た
コ
m棋
な
塩
基
性
熔
岩
で
、
特
徴
づ
け
ら
れ
て
fJ芳
吊
火
山
群
の
活
動
が
あ
る
で
こ
の
活
動
に
よ
っ
て
,
に
お
お
わ
れ
て
い
る
た
め
,
2
)
を
は
さ
ん
で
,
小
III と
寄
生
火
III が
形
ニ
の
図
柄
地
域
で
、
は
十
勝
岳
火
山
昨
噴
出
物
は
み
ら
れ
な
い
っ
の
命
名
に
よ
る
h
こ
の
熔
結
凝
灰
吉
は
,
こ
の
図
幅
地
域
で
は
十
勝
i
l
lHr 噴
出
物
に
お
お
わ
れ
て
い
る
た
め
,
地
去
に
は
露
出
し
て
い
な
い
へ
7-
H;- 火
第 1 表
中
北向火口熔岩 (KI)
焼山附 (Y I)
丘l噴
新潮寸勝岳火山群 抱鉢火口丘噴品物 お よ び 中焚山火口 品物
Sf
i
干責
十勝岳図幅地域の地質総括表
グラウント火口噴出物
S
鋸岳噴出物 (Ne)
世
CLCli,'
(Gf および Gll
よび
Cm
沖積層
美瑛富士上部熔岩 (Bfu)
美瑛富士下部熔岩 (B El)
扇状地および崖錐堆積物(f)
一|勝岳熔岩 (TI)
j共
期
十
!同li上キノ前ロ背カ4
十凝〆世hγk卜集蜘ク塊E山岩上(S認(健aEulむ lM伽酬問) 関上蜘(刷
石垣山熔岩(II)
)
)
オプタテンケ山上部噴出物 (Ou)
下ホロカメ y トク山熔岩(Shl)
岳火 上ホホ手fロロガiカカJ岳メメ」y粍ト (日
クilJ中部修脊(K凶)ベペツL制(B1)
(
山 上 クIU下部絡む(KI ) 部一噴占美}l物市要民出勝 岳美金0(馬訴斗1中砂白下下)部礁一
部 熔輔械熔修(S岩椅副岩B(副l mt川
群
ォプタテシケ山下
e(Sg!'
1
世
輿十勝帥輔副Otm)
奥十勝岳| 下部熔岩 (Otli
l
l
B
k
K
l
}l
I
}
}
話良型野,野 f陪岳面岳↓従巾l 灰劃部知晴踊略集岩(Fu)
古富良
期
奥十勝岳上部熔岩 (Otu)
(Kul
勝
干責
(a)
l
'
t
i(Fm)
勝
十
富
良
土曜 :lei( F
a
)
岳火
岩 (Fli
富良
山
大
麓
山
熔
岩
(Tr)
前
富
良
里
戸
岩
群
(M f)
原始方原熔岩
(Gl
[下富良里刊容結
{トノカ
t疑灰岩]
I); 疑灰白、
ぐ
コ
カ
ル
デ
ラ
形
成
jl l!岩層]
申
カ
ル
デ
ラ
形
成
十
勝
熔
結
凝
灰
岩
(W)
丸山熔告 (M)・実瑛 II[&E以集塊狩 (Ba)
魚和平f
ヲ
世
変質安山岩 (Aa)
ヰl ,mll l :j
美F英!吾 (Be)
↑は野外で前後関係を確認できるもの
(J
は,本図幅地域に露出していないもの
成された c この活動は,現在まで継続しており, 1926 年の泥流を伴う活動(多国・津屋,
1
9
5
8;
そ
の
他
〉
の
み
に
と
ど
ま
ら
ず
,
こ
こ
数
ら
れ
る
(
山
田
,
滋
化
し
,
1958;
1962
100 年
の
間
に
活
議
な
活
動
を
行
な
っ
て
い
た
と
考
え
渡
瀬
,
1926)
。
また,
10 年
前
か
ら
,
中
央
火
口
丘
付
近
の
噴
気
活
動
が
活
年 6 月 29 日
中
央
火
口
丘
南
部
が
噴
火
を
行
な
っ
た
。
十
勝
岳
火
山
群
の
噴
出
物
は
,
岩
質
か
ら
み
る
と
,
玄
武
岩
か
ら
流
紋
岩
に
い
た
る
多
様
性
に
富
ん
で
い
る
。
こ
れ
ら
の
噴
出
物
の
有
色
鉱
物
に
は
,
斑
品
と
し
て
撤
携
石
・
単
斜
輝
石
お
よ
び
斜
方
輝
石
の
は
-8-
かに,中性~珪長質岩では角閃石・黒雲母がごくふつうに伴われているの完品質あるいは
それに近い熔岩の場合は,石基鉱物としてクリストパル石および鱗珪石のほか,アノソクレ
ースのようなアルカリ長石を伴っている。したがって,化学組成では,一般にアルカリ,
特に K 2 0 にとみ,比較的鉄に乏しく,マグネシアに富んでいる。ほとんどの岩石は,久野
(1954) の紫蘇輝石質岩系に属するものであるが,稀にピジオン輝石質岩系に属するもの
(富良野岳上部熔岩〉がみられる(勝井・高橋, 1960) 。後者の岩石は,
むソレーアイト岩系の玄武岩(勝井,
ややアルカリにと
1
9
5
9
. KATSUI , 1961) で,久野 (1960) の高アル
ミナ玄武岩の系列に属する。
III.2
基盤岩類
この図幅地域に露出している基盤岩類は,美瑛層・変質安山岩・丸山熔岩および美瑛川
凝灰集塊岩である。いずれも新第三紀に属する。これらにの基盤岩類の相互の関係は,露
出が断片的であるので,不明な点が多い。
111.2.1
美瑛層 (Be)
図幅地域の北東隅の,美瑛川上流流域にわずかに露出している。おもにプロピライトお
よび緑色凝灰岩から構成されているが,この図幅地域内では,プロピライトが優勢である。
この地層は,火山主列の下位で日高黒層群と断層で接していると考えられており(高橋,
1960) , N20~E ,
30 NW の走向・傾斜を示している。弱い鉱化作用がいたる所にみられ,
0
しばしば方解石脈および石英脈で貫ぬかれているほか,黄鉄鉱の鉱染がみられる。
白金温泉で実施したボーリングのコアにも,地表下 268~401 (十 )m にわたって緑色凝
灰岩およびプロピライトがみられることから,この地層は,主列の西側に,火山噴出物に
おおわれてはいるが,広い範囲に分布しているものと考えられる。
111.2.2
変質安山岩 (Aa)
この安山岩は,大麓山付近に小規模に露出しているにすぎないのほかの基盤岩類との関
係は全く不明である。
この安山岩は,微弱な変質作用をうけて,わずかに黄鉄鉱が鉱染していることから,第
四紀火山岩と区別することができるのおそらく鮮新世のものであろう。
この岩石は,斑晶にやや乏しく,斜長石・紫蘇輝石・普通輝石および鉄鉱などがみら
れるの輝石類は緑泥石になっている場合もあるつ石基は,緑泥石化が進んでいるが,ハ
リ基流品質の原岩の構造を完全にのこしている。
I
II
.2
.3
1
)
酒
匂
・
長
谷
川
丸
山
熔
岩
(
M
)
I (1957)
の
命
名
に
よ
る
の
-9-
凶I 長
の
北
東
|
砧
に
,
美
)
英
悼
の
侵
蝕
面
を
お
お
っ
て
,
安
山
岩
が
分
布
し
て
い
る
Jt: こ i洗 Jを
す
る
志
比
|
付
図
h
I高
地
域
の
九
山
付
近
に
噴
lUlU ?
,
を
も
っ
熔
岩
流
で
あ
る
こ
の
安
山
岩
l 立、
r 解 r)r ~) 進
ん
で
お
り y 十 I] 存
熔
結
凝
灰
白
で
お
お
わ
れ
て
い
る
こ
と
か
ら
,
こ
の
庁
;
宇
?
の
噴
出
時
代
は
,
前
新
世
(
末
期
?
)
と考えるのが d: 当であろう戸
[i 台灰色をーする 't 1 件ーの普通輝石紫 ~1.'f;*軍記安 iii 日 (Vd 別 j である{ややぷ!」 Ji に三しく,
l江品鉱物として斜長イゴ・紫蘇輝イ二r
a
l~f J品開石および鉄鉱がみられるまは,ハリ主流
品質で掲色ガラスの中に,長柱状の判長石・岳協とJ" 紫蘇髄石およ l)' 鉄鉱カ為散有し
ている〔
I
II
.2
.4
美瑛川凝灰集塊岩 (Ba)
長l英 IIUj主流域にわず刀、に子引!\する凝 J1Z tt .r屯討である r 十時熔枯 i疑!民有でおおわれてい
るが,すでにのベた );\~i{ 右績との関係は不明である小おそらく鮮新日けミ問の.rtt 債物であろ
うπ
I
II
.3
十勝佐知事tFJ< れ (W)
この熔結凝灰右は,
範四 l 土北は旭 fll ,
I えJI隔地域の ~t 同部地域および阿部地域、に Iぶく分布している〔分布の
I 有は新向付.;rI:にまでも拡がり,その規模は北海涯における長大の熔結凝
灰宕であるわこの熔結凝灰白は,
三
る
い
て
し
布
分
に
域
地
1 枚しかみられないハ火 I i
Ltミのj!タ
I河|隔地域内では,
結
熔
シ
ラ
ム
ト
JIび
よ
お
岩
灰
凝
結
熔
党
J
.
i疑
七
泊
(
岩
民
0 行
長
j}f.4;
iI , )
7
5
9
1
と
s ご I 三A
W
&
る
い
て
似
に
う
よ
じ
ひ
は
質
岩
,
が
る
あ
で
明
不
く
全
は
係
関
の
出
噴
Jl ,
本
橋
jI(
末
紀
第
,
来
従
,
は
て
い
つ
に
代
)
5
9
1
I
(
位
積
洪
は
い
る
あ
MINATO , 1955 ,湊, 1955) などの立見
がのべられている小しかし正確な噴 11\
時代を決定するに足る資料は,いまだ
られてし、なし/り
この熔結凝灰岩 lL
」般に熔結作
用がすすみ,柱状または慌状節理を
示し,軽石片は圧縮・熔結されて,
しばしばピーズ王状になっており,
わずかに黒曜石ノ去、ソチを合む c 岩質
は,人‘型の石英出品にとむ角閃石黒
雲母流紋岩 (XVI 型)であって,
品
と
し
て
石
英
・
斜
長
石
・
黒
雲
FJ
f
k
!
・
角
B
1
)
記
載
を
簡
便
に
す
る
た
め
,
久
野
(1954)
の
分
類
を
用
い
る
戸
以
下
-10-
P 併長石
黒雲母
図
版
閃
石
・
鉄
鉱
が
み
ら
れ
,
少
量
の
普
通
蹄
5
-1- 勝
情
結
凝
灰
岩
Ii] じ A
Q
[
J
右および紫蘇輝正I をともなっている。また外来岩月をやや多量に含むわ基質は,主に無
色~掃色のガラス裂Jj'および軽石が情結して潜品質となり,~隙には,鱗珪石およびク
リストパ/レ石が品出しているりまた,球頼も多量:に含まれている(図版 5)ρ
ヌッカクシ
宮良野川河岸および白金温泉から採集したこの情結凝灰岩の化学組成はつぎのとおりで
ある士
2
0
3F
0 K2
S
i
0
2Ti02A
12
e2
I
9Ii2~
0
3FeOMnOMgOCaONa
0 P2
05 i
2
J
:
(+) (一〉
1
)71
.5
70
.
2
91
3
.
1
12
.
6
2 0.780.07 0.642
.
1
93.89 3.390.060
.
6
00.42 99.63
」一一~一一一----'
2
)7
0
.
0
00
.
1
51
4
.
0
81
.3
01
.5
10.20 1
.3
43.563
.
8
0 2.300.20
ッ
カ
ク
シ
富
良
野
川
河
岸
,
1
) ヌ
2
)
I
II
.4
白
金
温
泉
(
佐
藤
・
香
川
2.12 100.56
1
9
6
0
)
I 之i 橋
俊
~
[
F
.
分
析
(
勝
井
・
雨
情
,
1 0 白
幡 ,
1
9
6
1
)
古期卜勝岳火山群
この図 [IJ同地域では,火山構造性大陥没地が形成されたあと,すでにのべたように,
トノ
カリ凝灰質泥岩層が湖成 Jit 積物として:bft 積したわさらに,下富良野熔結凝灰岩が噴出し
たp
しかし,これらは,いずれもこの図幅地域内には百出していないの
ドι 良野熔結 J疑民
岩の噴:1\によって,火山構造性大陥没地の形態は,多少の修正を JJII えられはしたが,原構
造を大きく変更されてはいないと考えられている(高橋,
1960) 。
古期十時岳火山昨は,以上の 2 度にわたる熔結凝灰岩の噴出およびそれに起閃するカル
デラの形成をもたらした火山主列の下位にある断層にそって活動したりこの活動は,塩主
性の粘性にとぼしい熔岩の大規模な流出によって刊一徴づけられている r
I
II
.4
.1
原始ガ原熔岩 (G)
この熔宕は,原始力、原付近および大麓山西麓に分布している玄武計である。大賞山の百
ぬの J
麓(布部川流域)では,この熔宕は, 20m の厚さをもち ,
Ftウーに約 5m の凝灰集塊胃を伴
っている戸
熔岩は,普通輝記撤憤石紫蘇輝よi 玄武岩 (Vd 型)で,
n£ 品として斜長石・紫蘇輝石・
普通悔石・撒関石および鉄鉱を合んでいる守石某は,やや粗粒の填問構造を示し,斜長
:w・単斜輝石・少量の斜ヌj 輝石および少量の褐色ガラスからできているハ
I
II
.4
.2
前富良野岳熔岩 (Mf)
日 ;j 富良野岳は,いちじるしく解析された成層火山で、あるぐ
しかし,山腹以下では,きわ
めて露出に乏しいので,火山構造の詳細を知ることはできない行これまでの I凋査によると,
3 牧か皆目流が識別でき,それらの熔岩の間には,角喋凝灰岩の薄屑を挟在しているつ
熔岩は,撒構石を合む紫蘇輝石普通輝石安山岩 (Vd ヰ1J.)で,斑品として斜長石・普通
輝石・紫蘇輝石・少量の撒開石および鉄鉱がみられる c :-Li 基はハリ基流品質で,褐色カ‘
-11-
ラスの中に,斜長石・単斜輝石・斜方輝石および鉄鉱が散在している。
I
II
.4.3
大
麓
山
熔
岩
(
T
r
)
大
麓
山
は
,
熔
岩
流
を
主
と
し
た
火
山
で
あ
る
。
い
ち
じ
る
し
く
解
析
さ
れ
て
い
る
が
,
山
頂
部
付
近
を
除
い
て
は
,
露
出
に
乏
し
い
。
熔
岩
は
,
撒
横
石
含
有
紫
蘇
輝
石
普
通
輝
石
安
山
岩
(
V
d
型
〉
で
あ
る
。
斑
状
構
造
を
示
し
,
斑
品
と
し
て
斜
長
石
・
普
通
輝
石
・
紫
蘇
輝
石
・
少
量
の
撒
関
石
お
よ
び
鉄
鉱
が
み
ら
れ
る
。
石
基
は
ハ
リ
基
流
品
質
で
,
褐
色
ガ
ラ
ス
の
中
に
針
状
の
斜
長
石
・
単
斜
輝
石
・
斜
方
輝
石
お
よ
び
鉄
鉱
が
散
在
し
て
い
る
。
I
II
.4
.4
富良野岳下部熔岩 (FI)
富良野岳は,岩流熔を主とした成層火山であるの富良野岳の噴出物は,下部から上部に
なるにしたがって,岩質がいちじるしく変化するのすなわち,上部のものほど有色鉱物に
富み,また,撒隣石が多くなって,紫蘇輝石が少なくなってくるの地形的には,解析がや
や進んでいるが,火山体の中心部は,構造をのこしており,火山体の構造を推察することが
できる。西斜面には西方に閉口している直径約 500m の爆製火口が存在するほか,頂上か
ら北東方に約 500m のところには北東方に聞く直径約 250m の爆裂火口が,また,頂上
部には北方に聞く直径約 100m の爆裂火口がそれぞれみられるの
富良野岳下部熔岩は,富良野岳南麓に露出しているの
この熔岩は,撤構石含有紫蘇輝石普通輝石玄武岩 (Vd 型)である。斑品には,斜長
石・普通輝石・紫蘇輝石・少量の撒横石および鉄鉱がみられる。石基は,ハリ基流品質
で,褐色ガラスの中に短冊状の斜長石・単斜輝石・斜方輝石・鉄鉱のほか,燐灰石を含
んでいる。空隙中に,しばしば鱗珪石が品出している。
I
II
.4.5
富
良
野
岳
凝
灰
集
塊
岩
(Fa)
こ
の
集
塊
岩
は
,
富
良
野
岳
頂
上
の
周
辺
に
分
布
し
て
い
る
。
火
山
体
の
東
一
部
に
よ
く
露
出
し
て
る
が
,
西
部
で
は
,
富
良
野
岳
中
部
熔
岩
で
お
お
わ
れ
て
い
る
た
め
,
谷
に
沿
っ
て
露
出
し
て
い
る
だ
け
で
あ
る
。
火
山
体
の
東
北
部
で
は
,
こ
の
集
塊
岩
は
,
約
40m
の
層
厚
を
も
っ
て
い
る
の
集
塊
岩
は
,
凝
灰
岩
の
基
質
中
に
,
火
山
弾
お
よ
び
ス
コ
リ
ア
を
含
む
も
の
で
あ
る
。
火
山
弾
は
,
紫
蘇
輝
石
普
通
輝
石
撒
憤
石
玄
武
岩
I
I
I
.4
.6
(Vd
型
)
で
あ
る
の
富良野岳中部熔岩 (Fm)
この熔岩は,火山体の西半部および北部に発達していて,まえにのべた富良野岳下部熔
岩および凝灰集塊岩を薄くおおって流下している。
紫蘇輝石含有普通輝石撒構石玄武岩 (Vd 型)である。斑品鉱物として,石灰質斜長
石・撤構石・普通輝石・少量の紫蘇輝石および鉄鉱がみられる。石基は,やや結品質で
- 12-
斜長石・単斜輝石・少量の斜方輝石・鉄鉱・燐灰石および褐色ガラスからなる内
I
I
I
.4.7
富
良
野
岳
上
部
熔
岩
(Fu)
こ
の
熔
岩
は
,
火
山
体
の
頂
部
に
小
規
模
。
に
分
布
し
て
い
る
。
こ
の
地
域
の
火
山
岩
類
の
う
ち
,
も
っ
と
も
苦
鉄
質
の
も
の
で
あ
る
。
普
通
輝
石
撒
関
石
玄
武
岩
(
I
型
〉
で
あ
る
Vb → c
n 斑
状
構
造
を
呈
L,
斑
品
と
し
て
多
是
の
石
灰
質
斜
長
石
・
多
量
の
概
慣
石
・
普
通
輝
石
お
よ
び
鉄
鉱
が
み
ら
れ
る
{
石
某
は
,
細
粒
の
填
間
構
造
を
し
め
し
,
斜
長
石
・
単
斜
輝
石
・
撒
横
石
・
鉄
鉱
・
燐
灰
石
お
よ
び
ご
く
微
量
の
鱗
珪
石
と
秘
色
ガ
ラ
ス
か
ら
な
る
(
凶
版
6) 。
宮
良
野
岳
頂
上
に
お
け
る
こ
の
熔
岩
の
化
。
A
微楼 G
図版 6
学
組
成
を
つ
ぎ
に
示
す
。
普通世事石
P
斜長右
富良野岳上部熔岩
S
i
OzT
i
O
zA
l
z
0
3Fe
0
3FeOMnOMgO CaO NazO K20 PZ05 f!Z.~
f!2~
Z
(+) (-)
J
:
46.79 1
.6
11
8
.
0
3 4.98 7.52 0.19 5.76 10.55 2.67 0.79 0.080.550.3899.90
勝井義雄・
III.4.8
古
十
勝
岳
下
部
熔
岩
i向橋俊正分析(勝井・高橋,
1
9
6
0
)
(Ktl)
古
十
勝
岳
は
,
熔
岩
を
主
体
と
し
,
薄
い
凝
灰
集
i鬼
岩
を
挟
在
し
て
い
る
成
層
火
山
で
あ
る
(
そ
の
噴
出
源
、
は
,
後
期
の
噴
出
物
で
お
お
わ
れ
て
い
る
の
で
不
明
で
あ
る
c
し
か
し
,
地
形
か
ら
推
定
す
る
と
,
十
勝
岳
付
近
に
あ
っ
た
も
の
と
考
え
ら
れ
る
。
こ
の
火
山
の
噴
出
物
は
,
下
部
お
よ
び
上
部
熔
岩
の
2つ
に
わ
け
ら
れ
る
。
古
十
勝
岳
下
部
熔
岩
は
,
こ
の
図
て
い
る
〔
厚
さ
30m
i隔
地
域
の
東
縁
で
は
,
海
抜
の
熔
岩
流
で
,
上
位
に
数
900~1
, 000 m の
平
坦
面
を
形
成
し
m の
凝
灰
集
塊
岩
を
伴
っ
て
い
る
。
熔
岩
は
,
角
閃
石
含
有
撤
構
石
普
通
輝
石
紫
蘇
輝
石
安
山
岩
(Vld
型
)
で
あ
る
。
斑
晶
鉱
物
に
は
斜
長
石
・
紫
蘇
輝
石
・
普
通
輝
石
・
鉄
鉱
お
よ
び
ご
く
少
量
の
褐
色
角
閃
石
(
同
辺
部
は
オ
バ
サ
イ
ト
化
し
て
い
る
)
が
み
ら
れ
る
p
ま
た
,
稀
に
1cm
前
後
の
斜
長
石
を
含
む
こ
と
も
あ
る
つ
石
基
は
,
ハ
リ
基
流
品
質
で
,
多
量
の
褐
色
ガ
ラ
ス
の
中
に
斜
長
石
の
針
状
結
晶
・
単
斜
輝
石
・
紫
蘇
輝
石
・
鉄
鉱
お
よ
び
少
量
の
燐
灰
石
が
含
ま
れ
て
い
る
め
空
隙
中
に
は
,
鱗
珪
石
お
よ
び
ク
リ
ス
ト
パ
ル
石
の
ほ
か,
fl
T
i
に
黒
雲
母
が
散
在
し
て
い
る
。
I
II
.4
.9 古十勝岳上部熔岩 (Ktu)
この熔岩は, I 寸幅地域の東縁で,海抜 1 , OOO~1 , 300 m の平坦面を形成しているつ
- 13-
この
熔岩の t位には,厚さ 10 数 m の凝灰集塊岩を伴っている c
熔岩は,撤横石含有紫蘇輝石普通輝石安山岩 (Vd 型)であるわ斑晶として,斜長
石・普通輝石・紫蘇輝石・少量の撤横石および鉄鉱がみられる c 石基は,ハリ基流品質
で,多量の褐色ガラスの中に,針状斜長石・単斜輝石・斜方輝石・鉄鉱および少量の燐
)氏石が散在しているのまた,空隙の中には,鱗珪石・クリストバル石およびアノ{ソク
レースがみられる。
I
II
.4.10
美
瑛
岳
下
部
熔
岩
(B Il)
こ
の
熔
岩
は
,
主
列
の
両
側
に
分
布
し
て
い
る
が
,
崩
壊
物
で
お
お
わ
れ
て
い
る
の
で
,
詳
し
い
こ
と
は
不
明
で
あ
る
。
主
列
の
丙
側
で
は
2枚
,
東
側
で
は
3枚
の
熔
岩
が
区
別
で
き
,
凝
灰
集
塊
岩
の
薄
)
留
を
扶
在
し
て
い
る
。
熔
岩
は
,
撤
構
石
含
有
紫
蘇
輝
石
普
通
輝
石
安
山
岩
(Vd
型
)
で
あ
る
ハ
斑
品
に
は
,
石
灰
質
斜
長
石
・
普
通
輝
石
・
紫
蘇
輝
石
・
鉄
鉱
お
よ
び
少
量
の
撤
構
石
が
み
ら
れ
る
。
石
基
は
ハ
リ
基
流
品
質
で
,
多
量
の
褐
色
が
ラ
ス
の
中
に
,
針
状
斜
長
石
・
単
斜
輝
石
・
斜
方
輝
石
・
鉄
鉱
お
よ
び
燐
灰
石
が
含
ま
れ
て
い
る
I
lL5
c 空
隙
中
に
は
,
鱗
珪
石
お
よ
び
ク
リ
ス
ト
バ
ノ
レ
石
が
み
ら
れ
る
こ
と
も
あ
る
ヶ
白金砂礁層
(Sg)
この地層は,白金温泉付近に主連している厚い未
したボーリングの結果によると,厚さは
i疑問の砂棟、層である
c 白金温泉で実権
30m にも達する。砂質の基質に,人頭大~拳大,
稀には数 m におよぶ巨礁が合まれているのまた,
しばしば粘土質の部分を扶在している
礁の種類は,美瑛岳下部熔岩に属する安山宕が圧倒的に多いの
この地層は,小山内(1 960) によって,湖成堆積物と考えられているが,美瑛lIr下部信
岩の大礁を多く合んでいることから,この層を洪積世の扇状地堆積物または
{oj 岸段丘堆積
物と考えることもできるであろう。
I
I
I
.
6
中
期
十
勝
岳
火
山
群
中
期
十
勝
岳
火
!Il 群
の
活
動
は
,
古
期
十
勝
岳
火
山
群
の
火
山
活
動
に
続
い
て
行
な
わ
れ
,
こ
の
地
域
の
火
山
構
造
の
骨
格
を
形
成
し
た
ハ
一
般
に
,
山
体
の
解
析
は
や
や
進
ん
で
お
り
,
し
か
も
崩
壊
物
に
お
お
わ
れ
て
い
な
い
の
で
,
各
所
に
好
露
出
が
あ
っ
て
,
火
山
休
の
構
造
を
明
瞭
に
知
る
こ
と
が
で
き
る
会
噴
出
物
の
佐
賀
は
,
初
期
iの
も
の
は
,
流
動
性
に
と
む
苦
鉄
買
の
熔
岩
で
、
特
徴
づ
け
ら
れ
て
お
り
,
末
期
の
も
の
ほ
ど
,
し
だ
い
に
粘
性
に
と
む
珪
長
質
熔
宕
と
な
っ
て
い
る
む
活
動
の
規
模
は
初
期
の
も
の
が
大
き
く
,
末
期
に
な
る
に
し
た
が
っ
て
,
し
だ
し
、
に
そ
の
規
模
が
小
さ
く
な
る
c 火
山
群
の
形
成
史
の
上
か
ら
み
れ
ば
,
こ
の
時
期
の
火
山
活
動
は
,
古
期
十
勝
火
山
群
の
活
動
の
継
続
と
み
る
こ
と
が
で
き
る
〔
I
II
.6.1
白
金
熔
岩
(
S
g
l
)
こ
の
熔
岩
は
,
望
岳
台
の
両
方
に
よ
い
露
出
が
み
ら
れ
る
c 3 枚
の
熔
有
流
が
み
ら
れ
,
凝
灰
集
塊
宕
- 14-
の薄層をはさんでいる。それぞれの熔岩流の末端部は,いずれも急斜面をなして止ってい
る。白金組泉では,この熔岩が白金砂
陳!曹をおおっているのが観察できるの
熔岩は,撒横石含有紫蘇石普通輝
石玄武岩 (Vd 型)である。斑品と
して,斜長石・普通輝石・紫蘇輝
石・少量の撤横石および鉄鉱がみら
れる p 石基は,ハリ基流品質で,や
や多量の褐色ガラスの中に,短冊状
斜長石・単斜輝石・斜方輝石・鉄鉱お
よび少長の燐灰石が散在しているわ
空隙の中に,きわめて少量の鱗珪石
がみられる場合がある(図版 7)0
0 織燈石
向金温泉で採集したこの熔岩の化学
II 紫蘇輝石
図版 7
A 普通輝石
P 斜長方
白金熔岩
分析値をつぎに示しておく。
SiOz TiOzAlz03FeZ03 FeO
島inO
酌igO
CaONazO KzO PZ05 I-!z.~ I-!2~
(+)
(ー〕
2
.
'
51
.90 1
.0
51
7
.
6
92
.
5
0 7.72 0
.
5
2 4.96 9.35 3.04 1
.2
0 0.15 0.
4
60.11100.65
日
中
専
三
郎
分
析
(
多
国
・
津
屋
,
1
9
2
7
)
I
II
.6
.2 奥十勝岳下部熔岩 (o t!)
奥十勝岳は,解析の進んだ成層火山であるとこの山体を構成している主な噴出物は,下
部熔岩であって, III 音f;惰岩および上部熔岩は,下部熔岩の侵蝕面上を薄くおおっている台
奥十勝岳下部熔岩は,少なくとも 3 枚の熔岩流にわけられ,それぞれの熔岩流の問には
#い凝灰集塊岩層を侠在している。熔岩の傾斜から判断すると,これらの熔岩は, 2 つあ
るいはそれ以上の噴出源を持つ可能性があり,今後の精査が必要である r 奥十勝岳頂上か
ら NE 方向に流れる沢のシー十勝川合流点付近では,奥十勝岳ド部熔岩の末端が滝を作り,
古十勝岳上部熔岩をおおっているのが観察できるヶ
熔岩は,普通輝石紫蘇輝石安山岩 (Vd 型)である亡斑品として,斜長石・紫蘇輝石・
普通輝石および鉄鉱がみられる r 石基はハリ基流品質を旦ーし,多量の鴇色ガラスの巾に,
針状斜長石・単斜輝石・斜方輝石・鉄鉱および少量の燐灰石が存在しているの空隙の中
にクリストパノレ石が普通にみられ,アノーソクーレスが稀に見出される戸
奥十勝岳から SE 方向にのびる尾恨の海抜 1 , 600
m 付近では,いちじるしく捕獲岩に
とむ熔岩が存在する《捕獲岩は,泥岩および斑嬉岩などであって,前者はトノカリ凝灰
質 j尼岩層,後者は日出荷の深成岩類の破片と考えられると捕獲岩の母岩は,黒雲母・角
閃石・撤横石含有普通輝石紫蘇輝石安 III 岩 (XVld 型〉であるヶ
- 1
5
I
I
I
.6
.3
奥十勝岳中部熔岩 (Otm)
この熔岩は,奥十議岳の西斜面に発達しており,十勝岳下部熔岩の侵蝕面を薄くおおっ
ているゼ大麓山頂上付近からは,下部熔岩を不整合に,この中部熔岩がおおっているのが
観察できる。火山砕屑物は,まったく伴われていない。
普通輝石紫蘇輝石安山岩 (Vd 型〉である n 斑品として,斜長石。紫蘇輝石・普通輝石
および鉄鉱がみられるの石基は,ハリ基流品質で,褐色ガラスの中に斜長石・単斜輝石・
斜方輝石・鉄鉱および燐灰石が散在している。空隙の中に,鱗珪石・クリストパノレ石が
少量晶出しており,アノーソクーレスもごく少量存在している。
I
I
I
.6
.4
奥十勝岳上部熔岩 (Otu)
この熔岩は,奥十勝岳頂上付近から NE 方向に流れている小規模な熔岩流であるつこの
熔岩と中部熔岩との被覆関係はみることができないが,地形から推察すると,この熔岩の
方が新期のものと考えられるの
紫蘇輝石普通輝石安山岩 (Vd 型〕である門斑品鉱物として,斜長石・普通輝石・紫
蘇輝石および鉄鉱がみられる。石基は,ハリ基流品質で,きわめて多量の褐色ガラスの
中に,針状斜長石. ff'l 万輝石・単斜輝石・鉄鉱および少量の燐灰石が存在している。空
隙の中には,鱗珪石およびクリストバノレ石がやや多く品出しており,また,アノーソク
ーレスも少量みられる。
I
I
I
.6
.5
美瑛岳中部熔岩 (Bm))
美瑛岳は,典型的な成層火山であって, ]頁部の西南側にある直径 700m の爆裂火口壁で
は, 10 数枚の中部熔岩および上部熔岩が,凝灰集塊岩および、角喋凝灰岩と互層している状
態が観察できるの
美瑛岳中部熔岩は,美瑛岳の主体を構成しており, 10 数枚の熔岩流が凝灰集塊岩および
角喋凝灰岩と互層している。この熔岩で構成されている部分は,爆裂火口壁を除くと,解
析もあまり進んでいないので,比較的新鮮な火山形態を保存している。
情岩は,撤構石含有紫蘇輝石普通輝石安山岩 (Vd :M)である勺斑品として,斜長
石・普通輝石・紫蘇輝石・鉄鉱および少量の撤構石がみられる c 石基は,ハリ基流品質
で,多量の褐色ガラスの中に針状斜長石・単斜輝石・斜方輝石・鉄鉱および少量の燐)パ
石が含まれている〔空|療の中に,鱗珪石およびクリストバノレー石が品出しており,また,
アノーソクーレスがみられる場合もある。これらの熔岩は,一般に上部のものほど珪長
質となるの
I
II
.6
.6
美瑛岳上部熔岩 (Bul)
この熔岩は,美現岳頂上部付近に小規模に露出している。火山体の構造からみると,
v
の惰岩を中部熔岩から一連のものと考えることもできるが,その岩質が特に違っているの
-
16 ー
で,これを中部熔岩と区別した。
普通輝石紫蘇輝石安山岩 (Vd 型〉であるの厚さ数 em の白色部と黒色部が流理方向
に縞状をなしている。両者とも,斑:品鉱物として,斜長石・紫蘇輝石・ 111- 通輝石および鉄
鉱がみられるが,石基にはいちじるしい違いがあるのすなわち,黒色部はハリ基流品質
であよびつて,多量の褐色ガラスの中に,針状の斜長石・単斜輝石・斜ブj 輝石。鉄鉱お
少量の燐灰石が散在しており,空隙にはクリストパル石および鱗珪石がみられる c
に対 L ,
これ
1'-1色部の有基は,殆んど無色のガラスのみからできている c
I
II
.6
.7 オプタテシケ山下部噴出物 (01)
オプタシケ山は,典型的な成層火山である p わずかに解析をうけているが,比較的新鮮
な火山形態をたもっている戸
下部の噴出物は,図幅地域の北京隅に分布している。十時俗結凝灰岩の噴出に起凶す
る,火山構造性大陥没地の低所に流れこんでいる熔岩と,それに伴われている凝 ik 集灰岩
とから構成されている。この噴出物には,
3 枚の熔岩がみられる〔
熔岩は,撒槙石含有紫蘇輝石普通輝石安 III 岩 (Vd 型)である(斑状構造を旦し,しば
しぼ石灰質斜長石(亜灰長石)の大品(任 lem 前後)を含んでいる o
])J 品鉱物は,斜
長石・普通輝石・紫蘇輝石。鉄鉱および少量の撤横石である。石基は,ハリ基流品質で
あって,斜長石・ rr· 斜輝石・鉄鉱および少量の燐灰石が福色ガラスの中に含まれてい
る。空隙には,少 E〔の鱗珪石およびクリストバル石が品出しているの
1
1
1
.
6
.
8 オ
プ
タ
テ
シ
ケ
山
上
部
噴
出
物
(Ou)
1)
オ
ブ
タ
シ
ケ
山
頂
部
の
丙
に
閉
口
し
て
い
る
爆
裂
火
口
壁
に
,
凝
灰
集
塊
岩
と
数
枚
の
熔
岩
が
互
層
し
て
い
る
の
が
観
察
で
き
る
ハ
こ
の
噴
出
物
は
オ
プ
タ
テ
シ
ケ
山
の
主
体
を
構
成
し
て
い
る
。
熔
岩
は
,
普
通
輝
石
紫
蘇
輝
石
安
山
岩
(Vd
普
通
輝
石
お
よ
び
鉄
鉱
が
み
ら
れ
る
4
I
!
J
で
,
斑
品
鉱
物
と
し
て
,
斜
長
石
。
紫
蘇
輝
石
・
σ 石
基
は
,
ハ
リ
基
流
品
質
で
,
多
量
の
褐
色
ガ
ラ
ス
の
中
に
,
斜
長
石
・
単
斜
輝
石
・
斜
方
輝
石
・
鉄
鉱
お
よ
び
燐
灰
石
が
散
在
し
て
い
る
わ
空
隙
に
は
,
鱗
珪
石
・
ク
リ
ス
ト
パ
ノ
レ
石
お
よ
び
微
量
の
ア
ノ
ー
ソ
ク
レ
ー
ス
が
品
出
し
て
い
る
つ
美
瑛
川
源
流
部
に
み
ら
れ
る
情
岩
に
は
,
空
隙
に
黒
雲
母
が
品
山
し
て
い
る
場
合
も
あ
る
。
1
1
1
.
6
.
9 ベ
ベ
ツ
岳
熔
岩
(B J.)
ベ
ベ
ツ
岳
は
,
新
し
い
火
山
形
態
を
も
っ
て
い
る
成
層
火
山
で
あ
る
の
少
な
く
と
も
4枚
の
熔
岩
流
と
,
そ
れ
ら
の
間
に
挟
在
し
て
い
る
凝
灰
集
塊
岩
と
か
ら
構
成
さ
れ
て
い
る
。
山
体
の
350m
j頁
部
に
.
直
の N
W 方
向
に
閉
口
し
て
い
る
爆
裂
火
口
が
あ
る
!
溶
岩
は
,
紫
蘇
輝
石
普
通
輝
石
安
山
岩
σ
(Vd
型
)
で
あ
る
。
斑
品
鉱
物
と
し
て
,
斜
長
石
・
普
通
輝
石
・
紫
蘇
輝
石
お
よ
び
鉄
鉱
が
み
ら
れ
る
。
石
基
は
,
ハ
リ
基
流
品
質
で
,
多
量
の
褐
色
ガ
ラ
ス
の
中
に
,
1
)
東
接
す
る
十
勝
川
上
流
図
幅
地
域
内
に
存
在
す
る
。
- 17--
f子五ヲ
針状の斜長石・単斜輝1:1 ・斜方輝石・鉄鉱および少量の燐灰石を含んでいるつ 2 隙に
は,鱗珪石・クリストパル石がみられ,稀に,アノーソク{レスがみとめられる勺
I
II
.61
0 下
ホ
口
力
メ
ッ
ト
ク
山
熔
岩
下
ホ
ロ
カ
メ
ヅ
ト
ク
(Shl)
III は
,
典
型
的
な
成
層
火
II I の
地
形
を
示
し
て
い
る
が
,
解
析
が
進
ん
で
い
な
い
の
で
,
地
表
両
に
そ
っ
て
流
下
し
て
い
る
最
上
部
の
熔
岩
し
か
露
出
し
て
い
な
い
勺
普
通
埠
石
紫
蘇
輝
石
安
山
岩
(Vd
型
)
で
あ
る
n
斑
品
鉱
物
は
,
斜
長
石
・
紫
蘇
輝
石
・
?
?
通
輝
1-- 1 お
よ
び
鉄
鉱
で
あ
る
行
石
基
は
,
ハ
リ
基
流
品
質
で
,
多
目
:
の
褐
色
ガ
ラ
ス
の
中
に
針
状
の
斜
長
石
・
斜
方
輝
石
@
単
斜
輝
石
お
よ
び
鉄
鉱
を
含
ん
で
い
る
の
空
隙
に
は
,
ク
リ
ス
ト
パ
ノ
レ
石
お
よ
び
少
量
の
ア
ノ
ー
ソ
ク
ー
レ
ス
が
み
ら
れ
る
I
I
I
.6
.
1
1
η
上
ホ
ロ
カ
メ
ッ
ト
ク
山
下
部
熔
岩
(KII)
上
ホ
ロ
カ
メ
ッ
ト
ク
山
は
,
典
型
的
な
成
層
火
III で
あ
る
η
ヌ
ッ
カ
ク
シ
富
良
野
川
の
北
岸
で
は
,
熔
古
と
角
喋
凝
灰
岩
の
可
:
層
し
て
い
る
状
態
が
観
察
で
き
る
つ
~LJ 体
の
頂
に
は
,
る
直
径
この火口は,現在,ひじように放しい
lkm
の
爆
裂
火
r 1 (旧噴火 r 1) がみられるハ
N
W 方
向
に
開
口
し
て
い
日立気活動を行なっている。
下古I;熔岩は,三段 111 付迂およが上ホロカメットク III 南斜面に分布しているハ三段山付 ;11
では, 4 枚の熔宕と角喋凝灰岩とが Ei. 層しているうなお,三段山付近では,下部熔岩の;f~
端部(海抜 1 , 000 m 付近)に 2 ヵ所温泉が湧出しているつ
院岩は,紫蘇輝石普通輝石安山岩 (Vd 型)である。
斑品として,斜長石・普通輝石・
紫蘇輝石および鉄鉱がみられるの稀に,撒開石を含むこともあるの石基は,ハリ基流品
質で,多量の褐色ガラスの中に,針状の斜長石・斜方輝石・単斜輝石・鉄鉱および少止
の燐灰石が含まれている【空隙には,鱗珪石・クリストパノレ石およびアノーソクーレス
がみられるが,上部のものほど,これらの鉱物にとむ傾向をもっている。また,上ホロ
カメットク山の南方に分イIi している惰岩には,空!療の中に黒雲町が品目している場合も
あるつ
1
1
1
.
6
.
1
2
千
ガ
岳
は
,
平
ガ
岳
熔
岩
(Tal)
r茂
層
火
III で
あ
っ
て
,
少
な
く
と
も
5 枚
の
熔
岩
流
と
,
そ
れ
ら
の
間
に
扶
在
し
て
い
る
凝
灰
集
塊
岩
と
か
ら
で
き
て
い
る
ハ
山
体
は
,
そ
れ
ほ
ど
い
ち
じ
る
し
い
解
析
を
う
け
て
い
な
い
。
111~ 告
は
,
紫
蘇
輝
1'i 普
通
輝
石
安
山
岩
(Vd
型
)
で
あ
る
の
斑
品
鉱
物
と
し
て
,
斜
長
石
・
普
通
輝
石
・
紫
蘇
輝
石
お
よ
び
鉄
鉱
が
み
ら
れ
る
。
石
基
は
,
ハ
リ
基
流
品
質
で
,
多
量
:
の
褐
色
ガ
ラ
ス
の
iこ
,
京
IF
l長
石
・
斜
方
陣
石
・
単
斜
輝
石
・
鉄
鉱
お
よ
び
少
同
;
の
燐
灰
石
が
含
ま
れ
て
い
る
~
隙
を
理
め
て
,
ク
リ
ス
ト
バ
ノ
レ
石
お
よ
び
鱗
珪
石
が
や
や
多
量
に
晶
出
し
て
お
り
,
ア
ノ
ー
ソ
ク
ー
レ
ス
も
み
ら
れ
る
勺
上
部
の
府
守
は
,
と
く
に
,
珪
酸
鉱
物
に
寓
ん
で
い
る
の
I
II
.6
.
1
3
土
木
口
カ
メ
ッ
ト
ク
山
中
部
熔
岩
(Km!)
- 18-
この熔官は,奥十勝岳と平ガ岳の間の低所に流れこんだものであるのこの熔岩流は上ホ
ロカメットク山頂上の東方に,海抜 1 , 700 m 前後の平坦出-を形成している c 下部には凝灰
集塊岩を伴っている σ
熔岩は,普通輝石紫蘇輝石安山岩 (Vd 型)である。斑品鉱物として,斜長石・紫蘇輝
石・普通輝石および鉄鉱がみられる。石基は,ハリ基流品質で,多量の褐色ガラスの中
に,主!状斜長石・斜方輝石・単斜輝石・鉄鉱および燐灰石が含まれている。空隙の中は,
クリストパノレ石および少日のアノーソクーレスが晶出しているの
I
I
I
.6
.
1
4
三
峰
山
熔
岩
(Sal)
こ
の
熔
岩
は
,
富
良
野
岳
お
よ
び
上
ホ
ロ
カ
メ
ッ
ト
ク
山
の
聞
の
低
所
を
理
め
て
,
お
も
に
市
方
に
流
れ
た
も
の
で
あ
る
の
山
体
の
北
斜
面
に
は
,
北
西
方
に
閉
口
し
て
い
る
直
倍
約
存
在
す
る
付
下
部
に
は
,
角
喋
凝
灰
岩
を
700m
の
爆
裂
火
口
が
nな
っ
て
い
る
。
熔
岩
は
,
撤
構
石
含
有
紫
蘇
輝
石
普
通
輝
石
安
山
岩
(Vd
型
)
で
あ
る
の
斑
品
と
し
て
,
斜
長
石
・
普
通
輝
石
・
紫
蘇
輝
石
お
よ
び
鉄
鉱
が
み
ら
れ
る
。
石
基
は
,
ハ
リ
基
流
品
質
で
,
多
量
の
褐
色
ガ
ラ
ス
の
中
に
,
短
冊
状
の
斜
長
石
.
it 主
斜
輝
石
・
斜
方
輝
石
・
鉄
鉱
お
よ
び
燐
灰
石
が
含
ま
れ
て
い
る
の
空
隙
の
中
に
,
や
や
少
量
の
ク
リ
ス
ト
パ
ノ
レ
石
が
み
ら
れ
る
の
I
I
I
.6.15
土
木
口
カ
メ
ッ
ト
ク
山
上
部
熔
岩
(Ku])
こ
の
熔
岩
は
,
粘
性
に
と
む
熔
岩
が
小
規
模
に
流
出
し
た
も
の
で
あ
っ
て
,
旧
噴
火
口
の
火
口
堕
で
は
,
約 1
0
0
m
の
厚
さ
を
し
め
し
て
い
る
つ
上
ホ
ロ
カ
メ
ツ
ト
ク
山
の
丙
方
で
は
,
三
峰
山
熔
岩
を
お
お
っ
て
い
る
の
が
観
察
で
き
る
つ
俗
告
は
,
普
通
輝
石
紫
蘇
輝
石
安
山
宕
(
V
d
型
)
で
あ
る
。
Iil 品
と
し
て
,
斜
長
石
・
紫
蘇
輝
石
・
普
通
輝
石
お
よ
び
鉄
鉱
が
み
ら
れ
る
の
石
基
は
,
ハ
リ
基
流
品
質
を
JZ し
,
き
わ
め
て
多
量
の
褐
色
ガ
ラ
ス
の
巾
に
,
主
|
状
斜
長
石
・
斜
方
輝
石
・
単
斜
輝
石
・
鉄
鉱
お
よ
び
少
量
の
燐
灰
石
が
含
ま
れ
て
い
る
の
空
隙
の
中
に
,
や
や
多
量
の
ク
リ
ス
ト
パ
ノ
レ
石
・
少
量
の
鱗
珪
石
お
よ
び
ア
ノ
ー
ソ
ク
ー
レ
ス
が
品
出
し
て
い
る
。
I
II
.6
.
1
6
馬
の
背
凝
灰
集
塊
岩
(Va)
こ
の
凝
灰
集
塊
岩
は
,
馬
の
背
周
辺
に
小
規
模
に
分
布
し
て
い
る
。
い
る
直
径
約
lkm
III 体
の
北
斜
面
の
西
に
開
r
T
し
て
の
爆
裂
火
口
壁
で
は
,
約
150m
の
厚
さ
を
し
め
し
て
い
る
。
こ
の
集
塊
岩
は
,
火
山
灰
の
基
質
の
中
に
,
木
質
お
よ
び
類
質
の
岩
J
j
ー
を
多
く
合
ん
で
い
る
わ
こ
れ
ら
の
岩
片
の
性
質
は
,
平
ガ
岳
熔
岩
お
よ
び
上
ホ
ロ
カ
メ
ッ
ト
ク
山
巾
部
熔
岩
に
よ
く
似
て
い
る
行
I
II
.6
.
1
7
前
十
勝
岳
熔
岩
Hfi 十 I] 完
岳
は
,
成
層
火
山
で
あ
勺
て
,
れ
て
い
る
(MI)
4 枚
の
熔
岩
流
と
そ
れ
に
挟
在
す
る
凝
灰
集
塊
岩
か
ら
構
成
さ
c 山
体
白
身
の
高
さ
は
あ
ま
り
大
き
く
な
い
。
馬
の
背
爆
裂
火
口
の
火
L
l
壁
で
,
岩
が
上
ホ
ロ
カ
メ
ッ
ト
ク
山
下
部
熔
岩
の
侵
蝕
面
を
お
お
っ
て
い
る
の
が
観
察
で
き
る
の
- 19-
~1I十勝岳熔
熔右ーは,石英含有普通輝石紫蘇輝石安山岩 (Vd 型)である。斑品鉱物として,斜長石・
紫蘇輝石・普通輝石・鉄鉱およびきわめて少量の石英がみられる。石基は,ハリ基流品
質で,多量の褐色ガラスの中に斜長石・斜方輝正 i ・ i干i 斜輝石・鉄鉱および少:日:の燐灰石
が散在している。空隙の中に,クリストバル石・鱗珪石および少量のアノーソクーレス
が品出しているつ
I
II
.6
.1
8 1 , 840 In峰熔岩
この溶岩は, 1 , 840
i
l
l ,i)$:
(181)
付
近
か
ら
南
方
に
,
奥
十
時
岳
と
上
ホ
ロ
カ
メ
ツ
ト
ク
山
の
{
氏
て
流
れ
こ
ん
で
い
る
と
地
形
的
に
も
,
ま
た
,
岩
質
か
ら
も
,
f~r を
埋
め
上
ホ
ロ
カ
メ
ッ
ト
ク
山
中
部
熔
岩
と
区
別
で
き
る
。
普
通
輝
石
紫
蘇
輝
石
安
0
-
J 岩 (Vd
型
)
で
斑
状
構
造
を
示
し
て
い
る
c
斑
品
の
;
量
は
や
や
少
い
の
])J 品
鉱
物
と
し
て
,
利
長
石
・
紫
蘇
輝
石
。
普
通
輝
石
お
よ
び
少
量
の
鉄
鉱
が
み
ら
れ
る
(
'
"1---i基は,
ハ
リ
基
流
品
質
で
,
き
わ
め
て
多
畳
の
掲
色
ガ
ラ
ス
の
中
に
,
斜
長
石
・
斜
方
輝
量
の
鉄
鉱
お
よ
び
少
:Li
0 前
斜
輝
石
・
少
fA: の
燐
灰
石
が
含
ま
れ
て
い
る
の
空
隙
の
中
に
,
や
や
多
量
の
ク
リ
ス
ト
パ
ル
石
・
鱗
珪
石
お
よ
び
少
量
の
ア
ノ
ー
ソ
ク
ー
レ
ス
が
品
出
し
て
い
る
。
I
II
.6.19
石
垣
山
熔
岩
(II)
石
垣
山
は
,
ベ
ベ
ツ
岳
南
西
斜
面
の
上
に
で
き
た
寄
生
火
山
で
あ
っ
て
,
小
規
模
な
熔
岩
流
か
ら
構
成
さ *l てし、るの
こ
の
熔
岩
は
,
合
通
輝
石
紫
蘇
輝
石
安
山
岩
(Vd
型
)
で
あ
る
。
斑
品
鉱
物
は
斜
長
石
・
紫
蘇
輝
石
・
普
通
輝
石
お
よ
び
鉄
鉱
か
ら
な
る
(
石
基
は
,
ハ
リ
基
流
品
質
で
,
褐
色
ガ
ラ
ス
の
中
に
,
斜
長
石
・
斜
方
輝
石
・
普
通
輝
石
@
鉄
鉱
お
よ
び
少
!?1: の
燐
灰
石
を
含
ん
で
い
る
の
空
隙
の
中
に
は
,
多
i吾
川
鱗
珪
石
・
ク
リ
ス
ト
パ
ノ
レ
石
の
ほ
か
,
ア
ノ
ー
ソ
ク
ー
レ
ス
が
品
出
し
て
い
る
。
I
II
.6
.20
十
勝
岳
熔
岩
(TI)
こ
の
熔
岩
は
,
十
勝
火
UI {
i
干
の
主
峰
を
構
成
し
て
い
る
小
規
模
な
熔
宕
で
あ
る
〔
や
や
解
析
さ
れ
て
は
い
る
が
,
熔
岩
円
頂
丘
の
地
形
が
保
存
さ
れ
て
い
る
《
黒
雲
母
お
よ
び
角
閃
石
含
有
普
通
輝
石
紫
蘇
輝
石
安
LJ
岩
(
X
V
l
d
型
)
で
あ
る
。
斑
品
と
し
て
,
斜
長
石
・
紫
蘇
輝
石
・
普
通
輝
石
・
鉄
鉱
。
少
量
の
角
閃
石
(
緑
色
お
よ
び
褐
色
)
お
よ
び
黒
雲
母
が
み
ら
れ
る
。
ひ
じ
よ
う
に
不
均
質
で
,
角
閃
石
H 紫
蘇
輝
石
お
よ
び
黒
雲
母
の
斑
品
が
,
部
分
的
に
存
B 黒
雲
母
図
版
在
し
て
な
い
こ
と
が
あ
る
。
石
基
も
.
ハ
-
20 ー
8
P 斜
長
石
十
勝
岳
熔
岩
T 鱗
珪
石
リ基流品質または前品質をしめす p
ハリ基流品質の部分は,ガラスの中に,斜長石・斜
方輝石・単斜輝石および鉄鉱を含み,空隙の中十こ,鱗珪石およびクリストバノレ石がきわ
めて多く品出しているのまた,アノーソクーレスも少昌‘みられる(凶)仮 8)~ 十勝岳民上
におけるこの熔岩の化学組成はつぎのとおりである。
Si0
2 Ti02Al♀0 3 FeZ03FeO
乱1nO
}
;
MgOCaONazOK2
0 P孟0 5 I
!
2
0 !-!己 o
ぐ
+
)
(
ー
)
6
0
.
6
70
.
7
91
5.
4
44
.
7
2 2.67 0.10 2
.
5
3 5.
4
53
.
3
52
.
9
3 0.12 0
.
7
90.32 99.88
1
9
6
0
)
高
橋
俊
正
分
析
(
勝
井
・
高
橋
,
I
II
.7
新期河岸段丘堆積物 (Yg)
この堆積物は,図|福地域の西北部および市西隅の河岸に,小規模に分布しているの現河
床と段丘面との比 l告は,凶 II届地域の西北部では約 7m ,南内if何ではが]3m である η いずれ
も,砂・粘土の法質の中に,十勝熔結凝灰岩・古期十勝火山群および中期十勝岳火山群噴
出物から由来した礁を多量に含んでいるの
I
II
.8
新期十勝岳火山群
III 胃j 十勝岳火山群の活動と新期十勝岳火山君T の活動の間に,かなりの時間的な間隙があ
ったことは,火山体の解析の程度をくらべてみると容易に推定できる。新期十勝岳火山群
の活動は,いずれも苦鉄質安山岩熔岩および砕屑物の噴山によって特徴づけられているわ
I
II
.8
.1 美瑛富士下部熔岩 (Bfl)
美瑛富士は,十勝火山群のうちで最も典型的な成田火山である。その噴出物は,美瑛岳
とベベツ岳の聞の低所を埋めて, NW 恒IJ に流下しているわ火山体の解析は,ほとんど行な
われていない〔したがって,熔岩流は,表層では 2 枚しかみられないの 2 枚の熔岩流の問に
凝灰集塊岩を挟在している【
下部熔岩は,美瑛富土北箆に小規校
l こ語 IU してし、る。
熔岩は,普通輝l:-i 紫蘇輝石安山岩
(Vd 型)である。斑晶鉱物として,
斜長石・紫蘇輝石・普通輝石および
鉄鉱が存在する。稀に,石灰質斜長
石(車灰長石)の大品(任約 1 em)
がみられるの石基は,ハリ基流品質
で,褐色ガラスの中に,短冊状斜長
石・単斜輝石・斜
1j 輝石・鉄鉱およ
A
普通輝石
図版 9
び少量の燐灰石を含んでいると
- 21-
I
I
紫
蘇
輝
石
P
斜長石
美瑛富士上部熔岩
空隙には,少量の鱗珪石および少量のクリストパノレ石が品出している。
I
II
.8
.2 美瑛富士上部熔岩 (Bfu)
この熔岩は,美瑛富士の主体を構成しており,岩質は,紫蘇輝行含有普通輝石安山岩
(Vd 型)である。
lXF.状構造を呈 L ,斑品鉱物として,斜長石・昔通輝石・鉄鉱・少量の紫蘇輝石がみら
れる。石基は,ハリ基流品質で,多量の褐色ガラスの中に,斜長石・単斜輝石・斜方輝
石白鉄鉱および少量の燐灰石が含まれているの空隙の中に,少量のクリストパル石が品
出している(図版 9) 。
I
II
.8
.3
鋸岳噴出物 (Ne)
鋭岳は,美瑛岳とヂガ岳の間に噴出した成層火山である円 III 休は,ほとんど解析され
ていない() III 休の頂部には,同方に開口した直径約 500m の
爆裂火口がある η 鋸岳は,下部に熔岩流がみられるが,大部
ヒと~ 1. 92 巴士、竺!叫 Jコ
分は凝灰集塊岩から構成されている打
熔岩は, 撮醐隣石合有紫蘇輝石普通輝帆主石ぽ
i頃安山岩(川
V刊d 型酌)で
比孔|いd勺乍悦州川
L去文点が引七ぞ勺引 下iと火;:メ火
ある n 斑品として,斜長石・普通輝石・紫蘇輝石・鉄鉱お
よび少置の撤橋石がみられるの石基は,ハリ基流品質で,スゴ川k:il i(,jl
多量の褐色ガラスの中に,短冊状斜長石・単斜輝石・斜方
輝石・鉄鉱および少量の燐灰石が含まれているつ空|瞭の中
には,少量のクリストバル石が品出しているの
I
I
I
.8
.4 グラウンド火口砕屑噴出物 (Gf) およびグラウン
ド火口熔岩 (GO
スコ I) J
/);TI jt 冶時汗
十勝岳頂上の NW 側に,直径約 700m の NW 方向に聞く
グラウンド火口があり,その内側に中央火口丘がある n
グラ
ウンド火口を形成している火山は,比較的大きな昨屑丘であ
って,初期に熔岩流の流出があり,後期には火山砕屑物の噴出
が行なわれている。熔岩流は,北西斜面を流れ,望 1& 台付近
1m
まで達しているのまた,望岳台から白金温泉にかけて,この
火山の末期の活動に由来すると考えられる火山砕屑流堆積物
が数枚,谷に沿って分布している(第 4 同参照〉。村井(1 960 ・
1961) は , こ れ ら の 火 山 砕 屑 流 堆 積 物1926
を 年 5 月の活動
ブ
ワ L ド
寸
:
口
熔
当
Om
第 4 図望岳台におけるグ
の 噴 出 物 と 考 え た が , こ れ ら は , 中 央 火 口 丘 熔 岩 ( 噴i記出 の ラウンド火 U および中央
録は残されていない)の下位のものである
- 22
火n 丘
の
噴
出
物
の
柱
状
図
熔岩は,桶関石含有紫蘇輝石普通輝石安 I Ll岩 (Vd 型)であるのその性質は,鋸民俗
岩ときわめてよく似ている。
I
II
.8
.5 スリバチ火口丘砕屑噴出物 (Sf) およびスリパチ火口丘熔岩 (81)
スリノミチ火 ~J 丘は,
クラウンド火口の火口壁北端に噴出した砕!百正であって,その頂部
には,長径約 350m ,短径約 250m の楕円形の火口を有している η その火口壁には,
3 枚
の降下スコリア層が面 ill している。熔岩流は,アア熔岩であって,少なくとも 2 枚が存在
しているの北向火口の NW 側に流出したものは,植生を根拠として,流出後 140 年以内の
ものと推定されている(渡瀬,
1926 から再計算を行なった )0
また,
WI 休の北西斜面にあ
る昭和火口は,激しい硫気活動を行なっている η
熔岩は,撒横手i 含有紫蘇輝石普通輝石安山岩 (Vd 型)であるつあとからのべる中央
火口正熔岩とひじようによく似ているの
I
II
.8
.6
北
向
火
口
熔
岩
(KI)
北
向
火
口
は
,
ス
リ
パ
チ
火
口
丘
北
布
約
5
0
0
m
る
ハ
こ
の
火
口
か
ら
は
,
N
W
の
地
点
に
み
ら
れ
る
直
径
約
方
向
に
小
規
模
な
ア
ア
熔
岩
を
の
火
口
で
あ
1 枚
流
し
て
い
る
。
熔
岩
は
,
合
撒
関
石
含
有
紫
蘇
輝
[
,
{
ゴ
庁
通
輝
石
安
山
岩
(
V
d
へ
る
中
央
火
口
丘
熔
岩
と
ひ
じ
よ
う
に
よ
く
似
て
い
る
I
II
.8
.7
1
5
0
m
型
)
で
あ
る
。
岩
質
は
あ
と
か
ら
の
n
焼
山
熔
岩
(Yl)
焼 II 熔
右
は
,
見
山
付
近
に
み
ら
れ
る
小
規
模
な
ア
ア
熔
岩
で
あ
る
。
熔
岩
流
の
東
端
に
は
,
直
径
約
5
0
m
の
浅
い
火
口
が
み
ら
れ
る
の
植
牛
片
、
ら
判
断
す
る
と
,
こ
の
熔
岩
も
ひ
じ
よ
う
に
新
ら
し
く
,
ス
リ
パ
チ
火
口
丘
惰
宕
お
よ
び
中
央
火
~
J丘
熔
岩
な
ど
の
活
動
に
対
応
し
て
,
山
麓
か
ら
噴
出
し
た
も
の
で
あ
ろ
う
ー
撤
檎
石
含
有
紫
蘇
輝
石
普
通
輝
石
安
山
岩
(
V
d
早D で
あ
る
つ
岩
質
は
,
後
述
す
る
中
央
火
口
正
熔
岩
と
ひ
じ
よ
う
に
よ
く
似
て
い
る
勺
I
I
I
.8
.8 中央火口丘砕屑噴出物 (Cf) ・中央火口丘熔岩 (CI) および 1926 年泥流堆積
物 (em)
中央火口丘は,
グラウンド火 ~l の北阿部に噴出した小規模な成層火山である c 山体の N
W 側には,直径 200m の大正火 fl
(新噴火 ~l )があるつこの火口監には,熔岩と砕屑噴出
物が露出しており, I噴気活動が行なわれているつ熔宥流はアア熔岩であって,噴火の記録
も 1857 年,
1887~1889 年および、 1926 午 5 月 ~1928 年(多国・津屋,
どが残されている勺また,
1927 ほか多数)な
1962 年 6 月には,中央火~-l丘の南側,グラウンド火口壁に沿っ
て噴火が行なわれたの
熔岩は,撒開石合有紫保輝石普通輝仁ー安山岩 (Vd 型)であるの JJ£ 状構造を呈し,斑品
- 23-
として,斜長石・普通輝石・紫蘇輝石・鉄鉱および少量の撒関石がみられるの石基は,
ハリ基流品質であって,多早:の褐色ガラスの巾に短冊状斜長石・単斜輝石・斜方輝石・
鉄鉱および少量の燐灰石が含まれているわ空隙の中に,少量のクリストバノレ石が品出し
ている。
1926 年泥流堆積物は,中央火口丘熔岩をおおい,北西山麓に分布しているハ硫気変質を
うけた火山灰を基質として,大小さまざまの火山岩塊・火山礁を合み,分扱は柿.めてわる
いわこれらの火山岩塊も,硫気作用の影響をうけたものが多い「
1926 年の活動では,新火 !!j 障を少量噴出した(多 [II ・津屋,
黒
色
多
孔
質
の
撒
tM 石
含
有
紫
蘇
輝
石
普
通
輝
石
安
山
岩
(Vd
た
中
央
火
口
丘
熔
岩
に
ひ
じ
よ
う
に
よ
く
似
て
い
る
p
1
9
2
7
)
0 こ
の
火
山
弾
は
,
暗
型
)
で
あ
る
つ
官
民
は
,
ま
え
に
の
べ
こ
の
火
山
弾
の
化
学
科
{
成
を
つ
ぎ
に
し
め
す
っ
03FeO MnO 恥190 CaONa2
0 K2
0 P2
05 I
S
i
0
2 Ti02Ah03Fe2
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2
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(+) (ー〕
5
3
.
9
31
.25 1
8
.
3
93
.
1
16
.
2
10
.
1
9 4.10 8
.
8
3 2.
4
01
.4
30
.
1
50
.
1
40.03100.16
日i 中
専
三
郎
分
析
(
多
田
・
津
屋
,
I
II
.9
1
9
2
7
)
扇状地および室錐堆積物 (F)
火山の山麓部には,扇状地および崖錐が琵達している。これらの堆積物は,砂質の基質
の中に,火山岩塊および礁を多く含んでいる〔火山岩塊および礁は,十勝岳火山群の噴出
物が多いが,
I 司 l隔地域の阿部に発注している扇状地には,一1 ・ 1時熔結凝灰岩の際も少量含ま
れていることがあるの
I
II
.10
沖
積
層
(
A
)
沖
積
層
は
,
十
勝
熔
結
凝
灰
岩
の
分
布
地
域
の
i rI S)f
Iに
い
!
っ
て
,
小
規
模
な
分
布
を
示
し
て
い
る
(
砂
質
の
基
質
(
一
部
に
粘
土
質
の
部
分
が
み
ら
れ
る
〉
の
中
に
,
礁
が
合
ま
れ
て
い
る
の
礁
は
,
十
勝
熔
品
!i
凝
灰
岩
お
よ
び
十
勝
岳
火
山
群
の
噴
出
物
で
あ
る
場
合
が
多
い
っ
砂
は
,
大
部
分
が
十
勝
府
桔
凝
灰
岩
か
ら
供
給
さ
れ
,
石
英
粒
を
多
量
に
含
ん
で
い
る
c
I
V
応
用
地
質
こ
の
図
|
隔
地
域
の
北
東
部
に
分
布
す
る
美
瑛
層
の
中
に
は
,
緑
泥
イ
う
け
た
鉱
化
帯
が
み
ら
れ
る
。
こ
の
鉱
化
帯
の
中
に
は
,
i化
作
用
お
よ
び
黄
鉄
鉱
{
ヒ
作
用
を
し
ば
し
ば
浅
熱
水
性
の
石
英
脈
お
よ
び
方
解
石
脈
が
発
達
し
て
い
る
。
し
か
し
,
こ
れ
ま
で
,
こ
の
図
幅
地
域
内
に
は
,
み
る
べ
き
鉱
床
は
発
見
さ
れ
て
い
な
い
。
し
た
が
っ
て
,
こ
の
凶
幅
地
域
内
の
有
用
資
源
と
し
て
は
,
大
正
火
口
そ
の
ほ
か
に
み
ら
れ
る
硫
黄
鉱
床
と
,
吹
上
温
泉
そ
の
他
に
み
ら
れ
る
褐
鉄
鉱
床
,
お
よ
び
白
金
温
泉
を
は
じ
め
各
所
に
湧
出
- 24-
している温泉などが主なものである η そのほかに,石材がある σ
IV.l
硫黄鉱床
十勝岳において,最もいちじるしい噴気活動を続けている,中央火口丘周辺および旧噴
火口内には,見辛硫黄の鉱床が形成されている〔この硫黄の採掘のほかに,噴煙を煙道に
導いて硫黄を採取することも行なわれてきたっ
この十勝岳の昇華硫黄は, 1957 年松田市太郎が発見したもので, 1902 年大島・中川の
両氏が旧噴火口の硫黄採掘権をえ,
1908~1912 年ーまでに,昇華硫黄を計 4 , 277 t 採掘し
ている~ 1917 年から,平山徳治が中央火口丘において昇華硫黄の採取をはじめたのまも
なく,煙道式によって操業を行ない,
1926 年の噴火までに,総計的 1 万 t を生産してい
る p その後, 1904 年,塩水浴製糖が,旧噴火口において,昇華硫黄を焼取製錬によって
1 , 020 t
を採取したが休山したの
1952 年磯部清が採掘権をえ,
1955 年から磯部硫黄株式
会社によって,大正火口内の噴気孔から煙道式で硫黄の採取が開始れき,
華硫黄の採取もあわせて行なわれた。
1958 年から昇
1962 年 6 月の噴火までに,その生産量は 21 , 200 t
に達した r 1962 年 6 月の噴火で,大正火口内の設備はもとより,近くの宿舎にいた職員
5 名が死亡したほか,
10 数名の負傷者もだしたわ旧噴気孔は,火山弾・火山岩塊および
火口壁の崩壊などで理積され,休山となった。
十勝岳の硫黄鉱床については,古くは納富 (1919) の報告があり,最近で、は,上野・
五ー十嵐(1 957) および磯部鉱山技術室(1 962) の報告がある。以下,これらの最近の調
査資料にもとづいて, 1962 年噴火前の情況をのベる。
大正火口の吏 AA の噴気孔群で・は,多数の煙道を設置し,火山ガスをこれらの煙道にみ
ひく、 b
ちびき,煙道の出口から流下する火口硫黄を採取していた(図版 10) 。この場合,煙道の
中では一部凝結水を生ずるので,火山ガス中の H 2 S と S02 の反応が容易に行なわれ,硫
黄がつくられる。したがって,このためには,煙道口での火山ガスの温度を, 120~130°
図版 10
大正火口(左)とその内部における煙道による硫黄採取(右〉
(HlGl 年 8 月勝井撮影〕
- 25-
Cになるように調節していく。こうしてえられた火口硫黄は,純度が高く, S99.7-99.9
Cに
達
す
る
。
大
正
火
口
に
お
い
て
は
,
火
山
ガ
ス
の
温
度
が
,
せず,しかも
H2S および
適であった。
1962
で
あ
ま
り
高
す
ぎ
も
の
含
有
量
が
多
い
た
め
,
こ
う
し
た
火
口
硫
黄
の
採
取
に
は
,
好
年 6 月の噴火前においては,噴気活動が活発となり,火山ガスの温度
が上昇するとともに,
加
し
た
(
第
SOz
130-200°C
H 2S および
S02
の
量
を
増
し
,
火
口
硫
黄
の
生
産
量
は
い
ち
じ
る
し
く
増
V 章参照)。
大
正
火
口
お
よ
び
そ
の
周
辺
に
は
,
昇
華
硫
黄
鉱
床
も
形
成
さ
れ
て
お
り
,
そ
の
品
位
は
平
均
S40
%
前
後
で
,
こ
の
昇
華
硫
も
採
掘
さ
れ
て
い
た
ロ
旧
噴
火
口
内
に
は
,
多
数
の
噴
気
孔
が
あ
り
,
大
正
火
口
と
同
様
に
,
煙
道
式
に
よ
る
硫
黄
採
取
が
試
み
ら
れ
た
が
,
こ
こ
で
は
,
火
山
ガ
ス
の
温
度
が
高
す
ぎ
(
約
H 2 S および
S02
200-370°
C),その割りには,
の
含
有
量
が
少
な
く
,
生
産
が
あ
が
ら
な
い
の
で
操
業
す
る
ま
で
に
い
た
ら
な
か
っ
た
の
し
か
し
,
地
表
に
形
成
さ
れ
た
丹
華
硫
黄
鉱
床
は
,
分
布
面
積
が
広
い
た
め
に
,
将
米
有
望
で
あろうの
以
上
の
ほ
か
に
,
旧
l噴
火
口
の
北
壁
に
あ
た
る
三
段
山
の
西
中
腹
の
り
れ
、
噴
気
孔
群
の
周
辺
に
は
,
小
規
模
な
昇
華
硫
黄
鉱
床
が
あ
り
,
一
方
,
昭
和
火
口
周
辺
に
も
小
規
模
な
も
の
が
み
ら
れ
る
c
しか
し
,
規
模
が
小
さ
い
の
で
,
棟
行
す
る
こ
と
は
困
難
で
あ
ろ
う
の
IV.2
掲
鉄
鉱
鉱
床
こ
の
図
i
f
!
亘
地
域
の
褐
鉄
鉱
鉱
床
は
,
い
ず
れ
も
温
京
(
冷
泉
)
沈
澱
物
と
し
て
形
成
さ
れ
た
も
の
で
,
吹 k出
来
お
よ
び
翁
温
泉
付
近
に
み
ら
れ
る
十
嵐
(
1
957)
p こ
れ
ら
に
つ
い
て
は
,
片
山
の
報
告
が
あ
る
。
こ
れ
ら
を
参
考
に
し
て
,
そ
の
概
要
を
の
ベ
る
吹
上
温
泉
付
近
の
褐
鉄
鉱
鉱
床
付
近
に
あ
る
(1948)
お
よ
び
土
野
・
五
r
こ
の
鉱
床
は
,
狩
勝
鉱
山
と
よ
ば
れ
,
白
銀
荘
の
西
方
c 上
ホ
ロ
カ
メ
ッ
ト
ク
100m
III 噴
出
物
の
末
端
部
か
ら
湧
出
す
る
担
泉
水
か
ら
沈
澱
し
た
鉱
層
で
あ
る
。
鉱
石
は
,
陪
褐
色
で
,
粗
震
も
の
か
ら
融
街
な
も
の
ま
で
あ
り
,
植
物
の
印
痕
を
と
ど
め
て
Fe50.49-54.56~,:;,
い
る
も
の
も
あ
る
。
鉱
石
の
品
位
は
,
S1. 31
芦である。この鉱床の主
要部は,針田鉱業株式会社により採掘されつくしている。 1953 年に 2 , 660 t ,
448t を産し,現在は休山している
c
1954 年に
し
か
し
,
こ
の
鉱
床
の
付
近
に
は
,
鉄
明
磐
石
の
沈
澱
鉱
区
が
知
ら
れ
て
お
り
,
そ
の
推
定
鉱
量
は
東
部
の
ベ
ン
ガ
ラ
沢
で
10 数
万
t
I
(K206~':;)に達すると
いう。これには,褐鉄鉱鉱床を伴う可能性もあり,今後の探鉱が必要である r
翁温泉付近の褐鉄鉱鉱床
翁温泉付近が下流にかけて,日鉄十勝褐鉄鉱鉱床があるご
この鉱床も,同じく上ホロカメットク山噴出物の末端部から湧出する温泉から沈澱した
鉱層である。鉱石は,陪補色,粗髭~徽密で,
Fe52.32-54.56
り,
S 1. 3
この鉱床にも,鉄明禁石が伴われており,その代表的な鉱石の品位は,
0 0.33~,:;,
Na2
S0330.59~':;
である
c 推
定
鉱
量
は
,
褐
鉄
鉱
山
万
りであるぐ
KzO7.92<:':; ,
t,
鉄
明
磐
石
数
1 , 000
t
に達する。したがって,この鉱床は,将来開発されるであろうが,立地条件が悪いため,
採掘および鉱石の搬出には困難を伴うであろう。
IV.3
温泉
- 26-
しろかね
ふきあげ
おきな
この図幅地域内には,白金温泉,吹上温泉および翁温泉のほか,熊の沢にも温泉が湧出
している。また,旧噴火口,大正火口および昭和火口では,噴気活動に伴う温泉もみられ
る。
白金温泉
泉は,
この付近では,最近,
pH6.8~6.
7 ,泉温 43 ,-45°C
3 ヵ所にボーリングによって温泉をえている。温
である(第
2 表参照)。小山内(1
960)
は,この温
泉を,昭和火口および熊の沢の噴気活動に源をもっ層状泉と考えた。しかし,昭和火口
および熊の沢の温泉水の性質は,あとからのべるように,白金温泉の泉質とはいちじる
しく違っている。したがって,かならずしも,そのように考える必要はなかろう。カノレ
デラ形成に関与した断層を,上昇してきている温泉であるかも知れない。参考まで、に,
1957 年に掘られたボーリング試料
の噴出物に由来るすもので,
(C 坑)をみると,
は美瑛層の緑色凝灰岩,以下 -401
題の温泉は,
-268--365m
m (坑底〉までは同居のプロピライトであった。問
白金温泉の化学組成
料
名
|
白
金
第
採
取
年
月
日
I
温
泉
までは十勝岳火山群から
-97m および -230m で湧出していたの
第2 表
試
-68m
-90--120m 付近は十勝熔結凝灰岩で,
(OC)
1958 ,
1 I
白
金
第
2 I 白
金
第
3
March27 1958 , March27 1958 , March27
I
45
I
44
6.8
pH
1
9
5
9
)
(太秦・那須・瀬尾,
6.8
43
6.7
4159
588s
4
3
1
4
635
蒸発残留物
(mg/ I)
Na+
(
m
g
/
I
)
644
619
K+
(
m
g
/
I
)
89
1
1
4
1
1
5
CaZ+
(
m
g
/
I
)
288
532
306
(
m
g
/
I
)
46
47
52
乱19 2 +
Fe 2 + 十 Fe
孔1n 2 十
3+
(
m
g
/
I
)
1
.2
0.81
1
.4
(
m
g
/
I
)
2.9
3.8
1
.3
AP+
(
m
g
/
I
)
3
1
30
1
1
C
I
(
m
g
/
I
)
556
896
551
HC03-
(
m
g
/
I
)
7
2
1
2S
O
.
1
(
m
g
/
I
)
HBOz
(
m
g
/
I
)
9
Hz
S
i
0
3
(
m
g
/
I
)
205
458
1
6
9
CO2
(
m
g
/
I
)
1
4
5
220
240
吹
上
温
泉
728
2189
1
5
38
〈ゴ 8
上
ホ
ロ
カ
メ
ッ
ト
ク
山
噴
出
物
の
末
端
部
か
ら
自
然
湧
出
し
て
い
る
い
く
つ
か
の
泉
源
を
も
っ
温
泉
群
で
あ
る
と
お
そ
ら
く
,
は
!
体
内
部
か
ら
層
状
泉
と
し
て
湧
出
し
て
く
る
も
の
と
考
え
ら
れ
る
。
こ
の
理
由
の
ー
っ
と
し
て
,
吹
上
温
泉
お
よ
び
次
に
の
ベ
る
翁
温
泉
が
,
い
ず
れ
も
酸
性
泉
- 27-
895
1
4
4
3
1
4
で,しかも標高 1 , OOO~1 , 100 m の緩斜面で湧出していることがみられる。おそらく,こ
れらは,旧噴火口の噴気活動に源をもつものであろう。温泉は,
pH 3.2~3.5
,泉温
35 土 C ,硫酸イオンにとみ,加熱して浴用に供している。
8
翁温泉
泉質は,うえにのベた吹上温泉とよく似ているの
pH2.6 ,泉温 33 C で,
C
やはり浴用には加熱する必要がある。
旧噴火口の温泉
旧噴火口内には,多数の噴気孔があるが,その一・部は,沸騰泉と
なっているのまた谷底にも,言者所に酸性泉が湧出している。これらの温泉は合流して,
ヌツカクシ'点良野川の水源となっている。温泉は,
pH1
冷えて浴用に適温となる
100m
C)
c 最近,旧 I噴火口の上流数
前後をしめし,やや下流では,
の河底に湧出する温泉
(44.5"
が,ヒュッテに利用されているの
熊の沢の温泉
は,泉温
るの
90~958C
昭和火口から流ドする熊の沢の上流,標高
pH0.6~
,
1 , 500 m 付近の川底に
1. 8 の温泉が湧出しており,あるものは沸騰泉となってい
1962 年 6 月 28 日(噴火の前日)この温泉のあるものから灰泥を噴出した(札幌管
区気象台,
1962) 。
以上のほか,大正および昭和火口においても,
r買気活動に伴って,強酸性の温泉がみ
られるのしかしそれらは,湧出量も少ないし,むろん利用はできない。
IV.4
石材
この図幅地域内にみられる有用な石材としては,十勝熔結凝灰岩がある。十勝熔結凝灰
岩は,この凶幅地域の西部に広く分布している
材として利用されよう。この図
c 灰白色でイ i 英斑品が多く,やや硬く,石
II!百の北西に隣接する美瑛図
l隔地域においては,この熔結凝
灰岩は古くから採石されている。
V
V.1
1926
十勝岳の噴火史と 1962 年の活動
年
以
前
の
活
動
十
勝
岳
は
,
北
海
道
で
も
最
奥
の
中
央
高
地
に
あ
る
た
め
,
文
書
と
し
て
残
さ
れ
た
吊
動
記
録
は
,
近
年
に
な
っ
て
は
じ
め
で
あ
ら
わ
れ
る
に
す
ぎ
な
い
。
最
古
の
記
録
は
,
松
田
市
太
郎
に
よ
っ
て
か
か
れ
た
「
石
狩
川
水
源
見
分
書
(1857
年)
4 月 27 日,
J (1 857)
4 年 5 月 23 日,了石
t山
半
腹
に
し
て
火
脈
燃
立
て
黒
畑
天
を
刺
上
る
を
見
る
」
と
記
述
し
て
い
る
つ
く
,
こ
の
と
き
,
中
央
火
口
丘
が
噴
火
し
た
の
で
あ
ろ
う
。
か
つ
て
中
富
良
野
に
在
位
し
て
い
た
古
老
の
言
に
よ
る
と
,
こ
の
頃
,
十
勝
岳
の
大
噴
火
に
よ
る
泥
流
(
水
害
と
い
う
も
の
も
あ
る
)
の
た
め
に
,
家
族
三
人
が
惨
死
し
た
と
い
う
(
十
勝
岳
爆
発
災
害
誌
そ
れ
か
ら
30 年
後
の
明
治
4 年
I 焼
山 J (
お
そ
ら
く
巾
央
火
口
正
)
問
辺
に
硫
気
孔
が
活
動
し
て
い
る
こ
と
を
記
載
し
て
い
る
。
つ
い
で
,
十
勝
岳
山
麓
を
踏
査
し
た
松
浦
武
四
郎
は
,
同
安
政
狩
日
記
」
に
,
で
,
安
政
)0
20 年 (1887
年)
6 月 3 日
の
前
後
,
数
日
に
わ
た
っ
て
真
紅
の
火
焔
が
上
昇
す
る
の
を
,
山
麓
の
十
人
牧
場
の
林
熊
七
氏
が
認
め
,
踏
査
し
た
と
こ
ろ
,
丸
山
(
中
央
火
口
丘
〉
一 28
-
お
そ
ら
のド部に爆発火口が出現したことがわかった(十勝岳爆発災害誌 L 大日方(1 891) の 1888
年の報告によると, r ケンノレニ(十勝岳 ) ,1) 頂に大噴火口あり,問問凡半早にして常に黒
畑を噴出すること甚し,是れ石狩河畔に於て到処望見せる所にして,年々大噴出を為す事
数 [n) に及,時として忠別近傍迄灰を降らすことありと云う。」とある(北海道鉱床調査報
文〉。また,
III 麓の住民は,明治 22 年(1 889 年〉にも活動したと述べている(十勝岳爆発
災害誌〉。
その後,神保小虎(1 891) ,小泉秀雄 (1918) および納宮重堆 (1918) などの,十勝岳に
関するが記述があるが,これらには,いずれも噴気活動だけが注目され,はげしい噴火の
記録はない。しかし,大 IE 12 年 (1923 年)頃から,この硫気活動は次第にはげしくな
り,明治の担火から 30 数年ぶりに,ふたたび大正 15 年(1 926 年)の噴火を迎えている勺
V.2 1926 年の活動
1923 年 6 JL 巾央火口丘の南側にある湯沼(第
3 坑)に,熔融硫黄の沼ができ,硫黄の
生産量が,この頃ーから増加しつつあったハまた,旧丸谷温良(~、まの美瑛温泉)の温度が
上昇 L ,湧出!立が増加した。さらに同年
あ J た(田中館,
8 月には,熔融硫黄が,
1925 年 12 月 23 日,中央火口丘の中央にある火
3
0mx20m
大山:は怪
,
深
さ
20m
6-10cm
甘おふさ
の
「
大
噴
の
砂
喋
を
と
ば
し
は
じ
め
,
c 約 2 ヵ月後,
伺
多
く
,
火
柱
数
十
尺
に
昇
り
,
大
8 日
頃
に
は
付
近
4 ・ 5 日
は
鳴
動
,
1l
J
1
:
の
隣
に
新
し
い
火
口
を
生
じ
た
の
7 日
夜
は
大
噴
か
ら
頃
5 月 13 ・ 14 日
は
鳴
動
・
噴
煙
15 日
午
後
か
ら
や
や
お
と
ろ
え
問
歌
的
と
な
り
,
し
た
の
主
年 2 月
中
旬
頃
か
ら
,
2 ・ 3 鉱
で
は
,
硫
黄
採
取
が
不
可
能
に
な
っ
5 月
に
は
い
っ
て
,
が
,
噴
煙
は
は
げ
し
か
っ
た
。
1926
4 月 5 ・ 6 日
に
は
降
灰
が
あ
り
,
4 月
中
旬
に
は
,
火
柱
が
み
え
た
。
は
げ
し
く
,
も吹き上ることが
υ( 第 2 坑)が活動をはじめ,火口内に径
j 火
口
が
で
き
た
の
採
取
硫
黄
に
点
火
す
る
状
態
で
あ
っ
た
(
こ
の
た
め
,
第
たと
7.8m
1926) 。
16 ・ 17 日
に
は
鳴
動
は
お
と
ろ
え
た
22 日
に
鳴
動
が
あ
っ
て
,
上
富
良
野
で
も
感
じ
,
大
噴
か
ら
砂
操
を
抽
出
23 日
は
雨
で
状
況
不
明
(
十
勝
岳
爆
発
災
害
誌
)
。
5J
]24
日 12 時 1 分
,
第
爆
音
に
つ
い
で
,
5
6
泉
を
お
そ
し
v
1 回
目
の
大
き
な
爆
発
が
お
こ
っ
た
っ
硫
黄
鉱
山
の
元
山
事
務
所
で
は
,
秒
の
遠
雷
の
ご
と
き
岩
石
の
崩
壊
す
る
響
を
感
じ
,
つ
い
で
,
泥
流
が
旧
丸
谷
温
さ
ら
に
下
っ
て
旧
畠
山
温
泉
(
~
、
ま
の
白
金
温
泉
)
の
風
日
場
・
橋
を
破
っ
た
。
爆
発
地
点
は
,
中
央
火
口
丘
の
西
腹
下
方
で
,
山
頂
か
ら
約
8
0
0
m
下
方
,
標
高
1,3
0
0
1
,4
0
0
m の
間
と
推
1
9
2
7
)
0 14 時
頃
に
も
,
小
規
模
な
鳴
動
。
噴
火
が
あ
り
,
泥
水
が
美
瑛
定
さ
れ
た
(
多
出
・
津
屋
,
JII
・
寓
良
野
川
を
濁
し
た
(
十
勝
岳
爆
発
災
害
誌
)
。
つ
い
で
同
日
16 時 17 分
す
ぎ
,
第
2[n]
目
の
大
き
な
爆
発
が
起
っ
た
っ
こ
の
爆
発
で
,
中
央
火
口
正
の
北
西
半
が
破
壊
さ
れ
,
崩
壊
物
は
北
西
斜
面
を
急
速
な
乱
流
と
な
っ
て
な
だ
れ
下
っ
た
(
第
こ
の
山
体
の
崩
壊
物
は
,
火
口
か
ら
1 分
(
田
中
館
,
に
積
雪
を
と
か
し
,
25-26
分
で
火
口
か
ら
2
k
m
1926;
渡瀬,
1926)
5 凶
入
の
元
山
事
務
所
ま
で
,
わ
ず
か
し
か
か
か
ら
な
か
っ
た
っ
さ
ら
に
,
こ
の
2 次
泥
流
を
生
じ
,
美
瑛
川
と
寓
良
野
川
と
に
分
か
れ
て
流
下
し
,
爆
発
後
わ
づ
か
25km
の
下
富
良
野
原
野
に
達
し
た
。
泥
流
は
途
中
で
森
林
帯
を
越
え
た
た
め
,
森
林
を
破
壊
し
,
多
量
の
材
木
を
含
む
泥
水
と
な
り
,
家
屋
・
橋
梁
・
鉄
道
そ
の
他
を
破
壊
し
た
。
- 29-
54 秒
(
中
村
,
1
9
2
6
)~
1 次
泥
流
は
,
急
速
A 巾央火口正(丸 U-I)
B 中央火口(第 2 坑)
C
湯 Yt{( 第 3 坑)
D 新爆裂火口
グラウンド火口氏
M 前十勝iI;
G
第5図
1926 年噴火後の中央火口丘(多目・津屋,
医ヨ\l.!山磁拠出日始、
巳ヨ附討
届暫定流々路
乙
司
予
三
10
戸
v
第6 図
1926
年噴出物の分布と泥流の流路
(多田・津屋,
- 30
1
9
2
7
)
1
9
2
7
)
この噴火で,死者 144 名,建物 372 棟,家畜 64 顕・ 602 羽が失われたが,これらは主とし
て 2 次泥流の段古によるものであった(第 61ズDo
この rlf'j'火で,中央火口丘の北西部 2 , 000 , 000 m 3 が崩壊して ,
次泥流は,幅 250m 長さ約 1km の領域に堆積しており,
現われたことからみても,
1 次泥流はかなり熱し、もの
て
,
こ
れ
が
急
速
に
積
雪
を
と
か
し
て
,
3
10 , 000
m ,
新
火
山
弾
年 5 月 24 日
後
,
活
動
は
お
さ
ま
り
,
約
m
σ
-Jj,
4 , 600
こ
の
m に
達
IL 期
を
経
て
,
同
年
L,
火
口
付
近
で
9 月 8 日 16 時
2 名
が
行
方
不
明
と
な
っ
た
IE
の
上
空
15 時 48 分
に
,
ま
た
爆
発
が
あ
り
,
十
勝
川
上
流
)
i
J
1
1
~
2
1
。
こ
細
粒
の
火
山
灰
は
,
火
口
か
ら
北
(
や
10 日 9 n
t
y37 分
頃
に
も
爆
発
が
あ
っ
て
,
十
勝
9 日 15 時 40 分
小
爆
発
が
あ
れ
たn そ
の
後
,
で
あ
っ
1927)
が
火
口
の
周
辺
に
地
出
さ
れ
た
。
新
火
3 ヵ JJ cr- の
休
33 分
,
ふ
た
た
び
爆
発
が
起
り
,
黒
煙
m,
volcanic avalanche)
1
9
2
7
)
(
や
よ
り
)
方
へ
降
灰
し
た
(
多
国
・
津
屋
,
は
赤
く
み
え
た
の
同
日
3
3 , 000
山
弾
は
,
泥
流
の
流
出
直
後
に
抽
出
さ
れ
た
も
の
で
あ
る
さ
ら
に
,
(hot
2 次
泥
流
を
生
じ
た
も
の
で
あ
る
(
多
田
・
津
毘
,
の
泥
流
の
ほ
か
に
,
旧
岩
屑
1926
1 次泥流となったヶこの 1
J1t 積直後,無数の 2 次 r~\ 気孔が
l足
川
に
火
日
ま
で
小
爆
発
が
く
り
か
え
さ
れ
た
II 礁
が
降
下
し
c
9 月
の
噴
火
で
,
中
央
火
口
丘
N羽r の
側
に
聞
か
れ
た
馬
蹄
形
状
の
崩
壊
部
に
,
N
S
EW の径約 50m ,採さ約 30m の楕円形の火口が作られた n
火で形成された爆発火 υ 壁に相当している(延原,
1927)ρ
の
径
約
130
その京南壁は, 5 月の噴
この火 U は「大正火口」また
は「新噴火口」と呼ばれた η
1926 年の股火は,その後も,ひんぱんに活動をつづけ, 1928 年に入ってからは,
日, 3 月 5 日,
V.3
1962
1962
12 月 4 日に活動を行なっただけで,
,きくし、休止期に入った(柴原 ,
1 月 16
1
9
2
8
)
0
年
の
活
動
年の活動は,
10 年前から噴火の前兆と考えられる,種々の異常現象が認められ,し
か
も
そ
れ
ら
は
,
噴
火
の
直
前
に
な
っ
て
,
非
常
に
活
発
と
な
っ
た
。
1952
年 8 月 17 日,摺鉢火口の西方
III 腹にあった弱
L 、岐気地帯に,径約
孔があけられ,次第に成長して行った。これらは,
とよばれた(
企方,
1954
I ~\した(石橋,
噴気孔群の温度測定によると,測定値の最
たr
379
C
100m
1954;
勝井・高橋の調査み
1\=:1 地は,昭和火口で
さらに,同時に行なわれた地震観測では,
(1 50 倍
の
地
震
計
で
月
l 火口」
しばしば噴
159°C
1955
,
C をしめし,前年度の測定値(札幌管区気象台ほか,
録された(佐久間・村瀬
の活発な噴気
午頃から,大正火口の噴気活動がいちじるしくなり,
気孔から火口底へ熔融硫黄が流
旧噴火口では
1m
152 年噴気孔群」または「昭和
,
40liil
流 IU し
,
噴
気
孔
の
直
怪
は
160 く'C ,
よりも高かっ
4 , 000 倍
の
地
震
計
に
わ
ず
か
の
微
小
地
震
が
記
1
9
5
6
)
0 1959
程良二),
大正火口で
1957)
年 8 J]の
年 6 月
・
10 月
に
は
,
火
山
性
地
震
が
明
瞭
に
観
測
さ
れ
11 月
に
は
昭
和
火
口
の
15m
I噴
気
が
小
爆
爆
発
を
起
し
,
泥
流
が
約
に
成
長
し
た
(
札
幌
管
区
気
象
台
,
8 月 14 日
に
は
,
旧
噴
火
口
で
弱
し
、
水
蒸
気
爆
発
が
あ
り
,
1962)
っ
ま
た
,
ヌ
ッ
カ
グ
シ
フ
ラ
ヌ
イ
川
の
河
水
が
灰
色
に
調
っ
た
(
富
良
野
町
会
田
氏
に
よ
る
ト
噴
気
孔
か
ら
の
火
山
ガ
ス
の
化
学
組
成
に
つ
い
て
は
,
岩
Ii な
ほ
か
(
1
- 31-
962)
に
よ
っ
て
信
頼
す
べ
き
分
1961
年
析が行なわれている(第 3 表参照)。
第3 表
I
J -,",,_
十勝岳火山ガスの化学組成
(
IWASAKI e
ta
l
.1
9
6
2
)
~ ~温度
i HEol--一世一段く1ス旦分日開
l 壁一一
IU~"~ I
~:L/- IHF 半 HCII S
02I
H SIS
2!
C021 R I Rn
採取地点|採取月日
2
;
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0
-10c
l
l
1957
,
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J A
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C
1
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0A
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Ir:::':J C
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.
I 1'71
昭和火口..,.".~:-.' 1
<
) 1123.4 95.6 0.06 14.5119.0 10.0: 1.1 5
3
.
6
11
.7
1
3.36
A昭 121ii:11(;!i
'
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,
大正火口[
ク
95.2 0 似
1
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1960
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噴
火
口
ト
1
9
6
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ヰ
,
I
1957if
"
In
1n
釘 3 O
.1
2
の 1960
に
福
山
上
昇
と
と
も
に
ヲ
ハ
ロ
ゲ
ン
・
303
)
1
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1
1
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.
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と
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.
P
.
氷水
2 聞
に
わ
た
っ
て
測
定
が
行
な
わ
れ
た
が
,
・ H 2S の
量
が
増
加
し
,
逆
に
こ
の
間
量
が
減
少
し
て
い
る
CO 2 の
η お
そ
ら
く
こ
の
傾
向
は
,
噴
火
直
前
に
は
,
さ
ら
に
い
ち
じ
る
し
か
っ
た
に
ち
の
が
し
め
さ
れ
て
い
る
1962
A~
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.
LV
4 叩 5(4m09150 0
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Total:
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a
l
c
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大
証
火
口
に
つ
い
て
は
,
が
し
、
な
い
,
n
守:に入って,
4 月 23 日
広
尾
沖
地
震
eM 宇7.1)
以
後
,
大
疋
火
口
の
噴
気
活
動
は
さ
ら
に
は
げ
し
く
な
り
,
火
山
ガ
ス
の
濃
度
・
温
度
が
両
く
な
っ
て
,
堕
道
口
で
200~300ζC
に
達
す
る
も
の
が
あ
ら
わ
れ
,
硫
黄
の
白
然
発
火
も
お
こ
っ
た
。
煙
道
に
よ
る
硫
黄
の
生
産
品
ー
は
急
激
に
増
加
し
,
ま
た
新
し
い
i日
気
子
し
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生
じ
た
ぺ
さ
ら
に
,
十
勝
岳
付
近
で
,
白
感
地
震
を
6 月 9 日 2 I
l
l
]
' 6 月 28
5 月 23
象
台
日~
6
月 27
, 1962)0
一
方
,
日 2 回
感
じ
た
の
5 月 31 日 5r りJ , 6 月 4 日 1 [ill,
大
正
火
口
の
北
西
1
.
2
k
m
1 日 41
凶
の
火
山
性
微
動
が
記
録
さ
れ
た
(
札
幌
管
区
気
日
ま
で
に
,
多
い
日
で
6 月 2
7
~
2
9
の
地
震
計
(310
1
0
m
前
後
の
亀
裂
が
日
に
は
,
大
正
火
口
東
壁
上
に
,
長
さ
条
で
き
て
お
り
,
あ
る
も
の
に
は
噴
気
が
認
め
ら
れ
た
の
倍
)
に
は
,
10 数
ま
た
,
火
口
壁
か
ら
の
落
石
も
あ
っ
た
(
磯
部
1
9
6
2
)
"
鉱
業
技
術
室
,
以
上
の
よ
う
な
異
常
坑
象
は
,
1926
年
の
活
動
前
の
状
況
に
ひ
じ
よ
う
に
似
て
お
り
,
地
ド
に
お
い
て
マ
グ
マ
が
上
昇
し
は
じ
め
た
こ
と
を
し
め
し
て
い
る
,
と
み
て
よ
い
で
あ
ろ
う
。
問
題
は
,
は
げ
し
い
噴
火
が
,
い
つ
は
じ
ま
る
か
と
い
う
こ
と
で
あ
っ
た
っ
気
象
庁
の
方
で
も
,
し
ば
し
ば
警
戒
の
必
要
を
公
表
し
て
い
た
1962
n
年 6 月 29 日 22 時
す
ぎ
,
つ
い
に
荘
の
管
理
人
和
田
氏
に
よ
れ
ば
,
l噴
火
が
は
じ
ま
っ
た
の
大
正
火
口
の
西
北
西
が
昇
り
は
じ
め
,
シ
ュ
シ
ュ
ー
と
い
う
音
を
き
き
,
同
の
白
銀
30 分
に
な
っ
て
や
や
音
が
大
き
く
な
り
,
同
分
に
な
っ
て
大
き
な
爆
発
音
を
き
き
強
い
上
下
動
を
感
じ
稲
妻
を
み
た
の
同
し
,
同
3km
22 時 15 分
こ
ろ
,
番
犬
が
吠
え
る
の
で
十
勝
岳
の
方
を
み
る
と
白
煙
45
46 分
,
黒
い
噴
煙
が
上
昇
47 分
ふ
た
た
び
噴
煙
が
昇
り
,
稲
妻
・
火
柱
を
み
た
の
こ
の
噴
火
は
,
22 時 55 分
,
一
時
静
穏
に
復
し
た
(
和
田
氏
に
よ
る
〉
。
一
方
,
大
正
火
口
の
近
く
の
宿
舎
に
泊
っ
て
い
た
硫
黄
鉱
山
の
職
員
は
,
屋
根
を
つ
き
破
る
火
山
岩
塊
で
,
は
じ
め
て
噴
火
に
気
づ
き
,
岩
塊
の
た
め
に
職
員
5 名
が
死
亡
し
,
残
る
- 32-
11 名
(
う
ち
2 名
は
気
象
庁佐官)が負傷したわ
約 3 時間後,
30 日 2 時 45 分,ふた
たび噴火がはじまったわ今度は,前回
よりもはるかに大きし連続した遠雷
のような音を発し,幅 70-100m ,高
さ 500-700m の火柱が垂直に上り,
稲妻が閃めき,噴煙は 20-30 分後に
1. 0- 1. 2 万 m に達した。間もなく,
硫黄鉱山宿舎が燃え上った(札幌管区
気象台, 1962) 。噴聞は,はじめほぼ垂
直に上昇し,原子雲状に拡がり,その
頂部は成田[罰底部に達し,急速に東方
に流された c
この噴煙は, 30 日朝,札
幌・千歳・帯広・紋別その他からも望
見された n
第 2 回目の噴火開始後,火 I Llの東方,
つまり北海道東部一帯は,灰褐色の火
山灰の雲におおわれ,日!慣がさえぎら
れ,降灰にみまわれた。降灰のはじま
りは,紋別で 4 時頃,弟子出で 6 時頃,
根室標津で 8 時であった σ さらに降灰
は,中部千島列島のウルップ島の南方
40 哩 (N
45 15 , E150
D
C
57) を航海中
の船上に及んだ(海上保安庁巡視船
図版 11
1962 年の十勝目の噴 :}(o 前十勝目ーの
背後に,左から第 1 火口の小さな黒煙,第 2
および第 3 火口のはげしい黒照,および亀裂
からの白煙があがっている p
「大東」からの報告)"降民地は,農作
lDG2年G 月:-:0日,午前 10 日年頃. (1 銀荘から撮影
物はもちろん,火山ガスによる空気汚染もひどく,人畜に被害を与え,東麓のトムラウシ
部落では避難がはじまった〔一方,西側の美瑛町・ J二富良野町の住民も,警戒体制にはい
り,白金温泉の人々も引きあげた(図版 11)"
30 日以降も,噴火はつづき,夜は灼熱した火山弾・スコリアなどが数秒おきに噴き上が
り,火口問辺(主として北方側)に地物線を描いて落下し,しばしば青紫白色の稲妻が閃
めくのが,美しく望見されたと新噴出物は,決して完全に回化したものでなく,やや流動
性を保ったまま抽出されているようにみえ,夜は赤く輝き,光 1'21; 温度計では 800~850()C
と測定された(勝井・村瀬・大場・西村・官民・伊藤による)。
こうしたストロンボリー式噴火は, 30 日第 2 回噴火開始後~正午すぎを頂点として,そ
の後はややおとろえをみせ, 7 月 5 日まではつづき, 6 日夕刻,雲が切れたとき,すでに、
時休止状態にはいっており,白慣が昇るのがみられたのその後,活動は←・段とおとろえ,
~~ l 、噴火が 8 月末まで時折行なわれた行しかし,その後も,火口から濃厚な黄色の火山ガ
- 33-
スが噴出しつづけ,しばしば気象状態の忠い日には山腹を這いくだり,山麓の住民をなや
ましたっ
1962 年 8 月 20 日(勝井・市橋・平井)および 9 月 8 ・ 9 E
I(
勝
井
・
伊
藤
)
の
調
査
で
,
火
口
問
辺
の
地
形
は
,
第
q
J
7 図
の
よ
う
に
変
化
し
て
い
る
の
を
認
め
た
〈
大
正
火
口
の
南
側
,
つ
ま
り
,
央
火
口
丘
と
そ
の
外
輪
山
に
あ
る
グ
ラ
ウ
ン
ド
火
口
南
壁
と
の
聞
の
湯
川
(
も
と
の
第
し
く
怪
1
4
0
m
3坑
)
に
,
新
ら
の
深
い
円
形
の
火
口
(62
年
第
2 火
口
)
が
聞
か
れ
,
多
量
の
員
色
の
刺
劇
臭
の
強
い
!
日
慨
を
問
駄
的
に
強
く
噴
出
し
て
い
た
っ
噴
慣
が
多
い
た
め
,
火
口
の
深
さ
お
よ
び
火
υ 内
の
不
可
能
で
あ
っ
た
が
,
火
口
の
西
側
斜
面
に
お
い
て
,
新
ら
し
い
ス
コ
リ
ア
堆
杭
物
中
か
ら
?){Ij 定
は
lは
き
出
し
て
い
る
淡
青
色
透
明
の
火
山
ガ
ス
の
損
度
は
,
最
I,,c :i 5
3
5
ν
C
(9 月 9 日
,
ア
ノ
レ
メ
ノ
レ
・
ク
ロ
メ
ル
熱
電
討
に
よ
る
)
を
し
め
し
た
の
火
口
の
日
!
辺
,
と
く
に
北
側
に
は
,
噴
出
物
が
堆
積
し
,
砕
り
,
そ
の
j品
度
1ft 丘
と
な
っ
て
お
r\~j さ
は
,
ほ
ぽ
標
高
1 , 800
第7 図
m
(噴火前の l認さ原 l白;
1 , 750 m)
に達していた η
1962 年噴火前(主)と i日火後(右)の中央火口丘
62 年第 2 火口の東南に接して,長径 130m ,阿倍約 60m の楕円形の火口
(62 年第 3 火
口)が聞かれており,白聞をあげていたっこの第 3 火口から,さらにグラウンド火口市壁
に沿って,延長 86m ,幅 2~3m ,傑さ 2~4 の危裂が聞いており,さらにこれに平行して
グラウンド火口内側にも数条の亀裂がみられ,いずれの亀裂からも
'
:
J
i, 第 2 火
口
の
北
西
方
,
大
正
火
m の
や
や
浅
い
火
口
(62
l坑気が行なわれてい
u お
よ
び
グ
ラ
ウ
ン
ド
火
口
の
自
壁
に
あ
た
る
部
分
に
,
径
年
第
1 火μ
)
が
開
か
れ
て
い
た
が
,
既
に
第
40
2 火
口
か
ら
の
噴
出
物
で
,
そ
の
東
南
側
は
坦
積
さ
れ
て
お
り
,
ほ
れ
、
噴
気
が
み
ら
れ
る
程
度
で
あ
っ
た
勺
さ
ら
に
,
こ
の
第
~I ヒ
西
側
に
接
し
て
,
同
じ
く
径
も
第
1 火
口
の
4
0
m
2 火
口
か
ら
の
噴
出
物
で
う
ず
ま
っ
て
お
り
,
以
上
の
よ
う
に
,
位
の
浅
い
火
口
が
開
か
れ
て
い
た
(62
年
寄 ~
O
火
口
)
こ
の
火
μ
rl ・
昭
和
火
口
・
rp
ご
く
は
れ
、
噴
気
が
み
ら
れ
る
に
す
ぎ
な
か
っ
た
今
1962
年
の
活
動
地
点
は
,
r王
視
的
に
は
,
国
鉢
火
口
・
北
向
火
- 34-
央大 I~j 丘さらに旧噴火口という,十勝 fL- 新期の活動の行なわれた t也市に当っており,また上
記 3(1同の新火口とその延長の亀裂は,グラウンド火口という Il' 央火口丘の外輪 rLI の jYJ 墜に
沿う構造線上に配列している勺 wit 火の観測からも明らかなように,これらの 4 伺の火口の
うち,
~:S: 2 火口が最もはげしい!日火を行なっており,砕 IN 丘が形成されたのである勺この
~~ 2 火 u の{主置は,もともと l ド央火口if:の市側にうがたれた爆裂火口(湯:Y1) のあったと
ころでもある々
大正火口は,第 2 火 U からの新火山
剤。スコリアでおおわれ,
q~li にその南
部は理積されてしまった〔また,火口
壁の 1 部崩落もあった(しかし,火口
聞からの噴気活動は,依然として i舌発
で,火口壁北部における噴気孔の温度
C
は,最高 369 C (9 月 9 日)を示してい
た 0--)7 ,
n日手n 火口の万も,新山 LI\ 物
にうすくおおわれていたが,これらの
図版 12
I~'t 出物の上には,泥火 IJI 状の J1J't 気孔か
新 l~l Ll',物におおわれた昭和火口
黒色は新火 III 弾,灰白色は類質火山岩塊 ηH仔
ら熱泥を!日出したあとがみられた(凶
和火口は噴火後,泥 !κ をまわりに噴出した η
版 12)c
\1\)(',三年 \1 R \1 日勝井撮最長〕
1962 年の I~'f出物は,
*'{, 11"1 目の噴火によって既存の III 体が砕かれて flit 出し,第 2 l
j1
1
日の
lift 火によって主として新らしいマグマが火山弾・スコリア・火山灰の形で噴出した〔第 2
[什!日の町出物が w 倒的に多いことは忌うまでもない〈
第 1H 日 (6 月 29 日夜)の噴出物は,地表近くの既存の III 体を火 III 岩塊および火山灰とし
て描出したもので,大形の岩 02 の
力は,主として北方に地 III され,
そのために硫黄鉱山の惨事を招い
たっ
-)j ,
火山灰は,南 )5 の前十
勝れの源流部の )j へ降下した(第
81ヨ九この火山灰は, 1~'t 1<-mがあま
り 1~11 くなかったので,遠方には達
¥
¥
¥
で硫気変質をうけた岩石の細粉を
¥
¥
¥
¥
:火山型車
で:
m J-~降の \1 四九 i スコリ1?-'"泥流
J, Vcm 噴火の\,~今季火山岩媛
\:ご.
第8図
骨UV
!oem
。
対吃回目
m
、、
puv
m
nvs
・卜
2
K
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.、、、、
、 ‘ ,e‘F,
内Z m
17dp
、、
1、
1州
町一
hJ
,J J 色 ウ
ヌ Fι
d釦
E上
罰,、ホ
均)化ロ
W,0;: 、 ~1 面白/'-~-
;物 \'"鳴火の l宇~-::-:~ノ
、物\火誠心
していないハ火山灰は細粒. .!J<.色
火山灰
、.
~ノ
Y
1962 年!日出物の分布閃
- 35-
主としており,多量の遊離硫黄・
硫化物・硫酸塩などを含んでい
たハそのたよう, 1926 年の泥流の流
れたあと,ょうやく i口[水の pH 値
の快復しつつあった宮良野川が,
再び汚染し,噴火前の 5~6 月は
pH4.6~5.0
月 10--13
であったものが,噴火後
7 月 1 日からは急に
pH3.4
に降下したれさらに
日の降雨によって,富良野川源流域から火山灰が泥灰流となって流下
7
L , 7 月 11
--13 日には pH 2.8 までになった(富良野川中流日新橋での測定,北海道開発局農業水産
部計画課,
1962) 。
第 2 回目の噴火では,主として新らしいマグマが灼熱した火山弾・スコリア・火山灰と
なって描出され,少-量:の類質噴出物も混えていた。火山弾・スコリア・火山岩塊などの大
型の噴出物は,火口から主に北方に
量は1. 2xl0 6 m 3 , 2.0xl0
6
t抽出され,その分布は最大1.
5km に及んでおり,総
ton と推定された。これら大型の噴出物が,常に北方へ抽出さ
れたことは,火口の形態によるもので
あろう。新火山弾・スコリアは,いず
れも陪褐~黒色で,極めて多孔質で,
特定の形を示すものは荷
i で,大型のも
のは地表に落下すると同時にやや扇平
化したものが多いの落下地点の高山植
物群落は,殆んど全部焼かれていた。
しかし,類質火山岩塊の方は,
[retJ 山杭
物群落を破壊するにとどまり,焼くよ
うなことはなかった。
新火山弾・スコリアは,撒
紫蘇輝石普通輝石安山岩で,
期の熔岩および
1噴石含有
-I ‘勝岳晩
人
普通輝石
1926 年火山弾の組成
に極めて良く似ていた(図版
13)η
II
紫蘇輝石
図版 13
P
斜長石
(‘空隙
1962 年火山明 i
火 IIJ 弾の化学組成は,次去のようであったハ
S
i
0
2Ti02Ab03Fe
03FeOMnOMgOCaONa2
0 KzO P2
0S I-!2.~ I-!z~
2
(+)
(ー)
I
53.
41 1.23 17.98 2.77 6.52 0.20 4.319.07 2.52 1
.310.19 0
.
1
10
.
1
09
9
.
7
2
(
勝
井
義
第 9 図
1962
火
山
灰
等
厚
線
の
単
位
は
1
9
6
2
)
年
火
山
灰
の
分
布
図
(
札
幌
管
区
気
象
台
,
m
m , 6 月 30-7
- 36-
月 4 日
ま
で
の
集
計
値
k住分析)
第 21"\ 日の噴火では,噴煙は略垂直に成層|習に達し,束力に運ばれ,道東部に降灰した
(第 9 図)" r~i 火中における降灰地での調査,および降灰地の高等学校・中学校からの通信
によれば, 6 月 30 日昼すぎまで粗粒の火 I Ll以が降り,以後細粒となり,降灰畳も減少した c
7 月 1 日の降灰量の総量は, 6 月 30 日の 1 日の降灰量よりはるかに少ない〔火山灰は,陪
初灰色を民し,大部分が本質噴出物で,ごく少量の類質噴出物(特に硫気変質をうけたも
の)を含んでいた F
参考文献
旭川測候所:
福富忠男:
十勝tL硫黄 ill 爆発踏査報告
2, 1926 , 73-86.
北
海
道
石
炭
鉱
142, 1926, 42-46.
業会々報,
脊
木
篤
夫
:
橋
本
験震時報,
大正 15 年 5 月 24 日
の
十
勝
岳
爆
発
と
之
に
伴
っ
た
出
水
に
就
い
て
6 , 1926, No.1 , 75-76.
十
勝
n
T
の
破
裂
地
球
,
五:
十
勝
因
然
別
発
電
計
画
地
域
の
地
質
5万
分
の
1 地
質
図
$~i
20 , 1
9
5
2
.
北
海
道
地
質
要
報
,
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良
野
」
お
よ
び
説
明
書
北
海
道
開
発
向
農
業
水
産
部
計
画
課
:
1
9
5
5
.
北
海
道
開
発
庁
,
十
勝
目
一
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十
勝
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書
1
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.
北
海
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:
十
勝 fB
爆
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泥
流
に
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調
査
成
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石
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正
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:
十
勝
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の
最
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動
状
況
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9
4
0
.
北
海
道
農
業
試
験
場
報
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,
2
7
.1954 , 3
7
.
北
海
道
地
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,
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Ageo/theweldedtl 砂s i
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o
r
t
h
e
r
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Actes
duIVCongresdeINQUA , RomeキPise(
1
9
5
3
) 1955, 1-8.
磯
部
鉱
業
株
式
会
社
技
術
室
:
1
9
6
2
.
十
勝
硫
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鉱
山
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火
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誌
IWASAKI , 1
.and6coworkers:
V
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B
u
l
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no!ogy , 47 , 1962, 1-54.
神
保
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:
北
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道
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十
勝
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海
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北
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道
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火
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木 j尺
岩鉱,
ヴ wlcm;ic
44 , 1960, 142-151
.
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.IV , 11 , 1961 , 1-58.
7i;j 橋俊正:
十
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の
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1955 , 25 , 106-108.
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,
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誌
,
39, 1927, 299-300.
地
学
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,
40 , 1928 , 365-366.
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,
95 , 1926, 1-26.
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38, 1926, 503-513.
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地質学雑誌,
39, 1927 , 250-260 ,
337一一347.
34 , 1927 , 211-213.
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