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遅発性筋肉痛による筋機能の変化とそのメカニズムの解明

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遅発性筋肉痛による筋機能の変化とそのメカニズムの解明
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遅発性筋肉痛による筋機能の変化とそのメカニズムの解明
栗原俊之 1, 川上泰雄 1, 宮本直和 1, 鈴木克彦 1, 佐久間淳 2
1 早稲田大学スポーツ科学学術院,
2 早稲田大学スポーツ科学研究科
This study examined the influences of the speed of calf raise exercise on the magnitude of
delayed onset muscle soreness and changes of muscle functions. The subjects were instructed to
execute controlled one-legged calf raise exercise with the tempo of each repetition set in two
conditions, fast (2Hz) and slow (0.5Hz). The ankle angle range of each repetition was set from
dorsiflexion at 15 deg to plantar flexion at 20 deg. During the calf raise exercise, fascicle behavior
and tendon elongation of medial gastrocnemius and soleus muscle were monitored by B-mode
ultrasonography. Measurements for muscle soreness, maximum voluntary contraction (MVC),
and ankle range of motion (ROM) were measured before, immediately after and 1,2,3,4 days after
each exercise. There were significant differences in fascicle behavior and tendon elongation
between the conditions. However, there was no significant difference in muscle soreness between
the conditions. Similarly, no significant changes were observed between the conditions in MVC
and ROM. These results suggest that the magnitude of muscle soreness and changes of muscle
functions are not related with the speed of exercise.
1. はじめに
伸張性運動後あるいは運動中に、筋線維がダメージを受け、その結果、運動直後から数日間にわた
り、筋力が低下する 7,17,18,29,30,33)。筋力の低下とともに筋肉痛が引き起こされる。この筋肉痛は運動か
ら 1 日ないし 2 日遅れてピークになるため、遅発性筋肉痛と呼ばれている。遅発性筋肉痛の程度は、
運動の種類、運動強度、被験者の年齢、運動に対する慣れなど様々な要因によって決まるとされてい
る 2,14-16,19)。ここで、運動強度は負荷強度と動作速度が関与し、同一負荷に対しては動作速度が速いと
運動強度も大きくなることが考えられる。しかしながら、運動強度を変えるために、負荷を一定にし
て動作速度の影響をみた報告は少ない 5,13,25)。
至適な動作速度でのカーフレイズ時には、腱弾性を利用して、運動がより効率的になることが知ら
れている 32)。すなわち、カーフレイズの動作速度を変えると、腱弾性の影響により筋の動態が変わる。
このことから、カーフレイズ運動における遅発性筋肉痛の程度は動作速度の影響を受けることが推察
される。したがって、異なる動作速度のカーフレイズ運動を行った後の遅発性筋肉痛の程度を比較す
ることにより、動作速度と遅発性筋肉痛の関係について新たな知見が得られると期待される。
先行研究では、筋肉痛の程度を客観的に評価する指標として、等尺性筋力と関節可動域がよく用い
られている
1,6,20,22,28)。しかしながら、筋肉痛は痛覚で感じる主観的なものであり、等尺性筋力と関節
可動域は筋の機能を客観的に表わすものである。そこで、本研究では、主観的筋肉痛を数値化したも
の、ならびに筋損傷マーカーとしてよく用いられる血清クレアチンキナーゼ(CK)活性値を遅発性筋肉
痛の指標として用い
1,20-23)、等尺性筋力と関節可動域は筋肉痛に付随して起こる筋の機能変化である
と考えられる。
本研究の目的は、
異なる動作速度のカーフレイズ運動中の下腿三頭筋の筋腱複合体の活動を計測し、
カーフレイズ運動により生じた遅発性筋肉痛と等尺性筋力ならびに関節可動域の変化を動作速度間で
比較することにより、筋束・腱組織動態および動作速度が遅発性筋肉痛や筋機能に及ぼす影響につい
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て検討することである。
2. 研究方法
2-1.
被験者
被験者は、下肢において既往歴がなく、定期的な運動習慣を持たない健常成人男性 5 名(年齢 22
±2 歳、身長 167±3cm、体重 63±5kg)であった。運動課題は片足カーフレイズとし、速い速度条
件(周期 2Hz、0.5 秒で一往復)と遅い速度条件(周期 0.5Hz、2 秒で一往復)の 2 通り行った。筋
肉痛の繰り返し効果 24)を避けるために、速度条件を変えて実験を行う際に 4 ヶ月以上の間を空けた。
被験者には、実験に先立ち、実験の趣旨、内容、測定中に起こりうる危険性に関する説明を十分に理
解させた上で、書面により実験参加についての同意を得た。なお、本研究は、早稲田大学スポーツ科
学学術院倫理委員会の承認を得て行われた。
2-2.
運動課題
底面にフォースプレート(9281B、Kistler、Switzerland)を取り付けたスレッジ台(図 1)に被
験者の胴体をくくりつけ身体が上下方向にしか動かないようにし、フォースプレート上で右片足のカ
ーフレイズ運動を行わせた。被験者の足関節と膝関節にゴニオメータ(SG110/A、SG150、Biometrics、
UK)を取り付け、運動中の足・膝関節の角度を被験者に視覚的にフィードバックした。足関節の可
動域は背屈 15 度から底屈 20 度までと規定し、被験者には、膝関節を屈曲させないよう、また、カー
フレイズ中の足関節可動域と動作速度を遵守するように指示をした。
2Hz、0.5Hz のどちらの動作速度においても、1 セット 20 回のカーフレイズを 10 セット行わせた。
ただし、
0.5Hz 条件においては、
足関節角度が規定した可動域に達成できなくなる被験者がいたため、
その被験者については途中のセットから 10 回に回数を減らし、それでも達成できなくなったところ
で運動を打ち切った(1 名が 170 回で終了)
。セット間には 3 分間の休憩を取り、休憩中は逆足で体
重を支えてもらった。
腓腹筋内側頭(medial gastrocnemius: MG)
、腓腹筋外側頭(lateral gastrocnemius: LG)
、ヒラ
メ筋(soleus: SOL)および前脛骨筋(tibialis anterior: TA)の 4 筋から表面筋電図(electromyogram:
EMG)を導出した。表面電極(Blue Sensor N、直径 11mm、Ambu、Denmark)を電極間距離 2cm
で各筋の筋腹中央付近に貼付した。筋放電量はマルチテレメータシステム(WEB-5000、日本光電、
日本)を用いて、フォースプレート、ゴニオメータの出力と同期させて A/D 変換器(Power lab/16SP、
ADInstruments、Australia)を介してパーソナルコンピュータに 16bit、1kHz で記録した。
右脚下腿の近位 30%部位に B モード超音波装置
(Pro-Sound SSD-6500、Aloka、Japan)の 7.5MHz
リニア電子プローブ(UST-5712、Aloka、Japan)を固定し、運動課題中の MG と SOL の横断画像
を 96Hz で撮像した。プローブは MG、SOL 両筋の筋束のエコーが鮮明で腱膜が水平に写るように
MG の筋腹中央付近に固定した(図 2)
。画像は超音波装置内のメモリーへ記録した。外部入力信号か
らの入力を超音波画像内に映して、フォースプレート、ゴニオメータ、表面筋電図の出力と同期させ
た。
2-3.
事前測定ならびに事後測定
事前測定(プレ)ならびにカーフレイズ運動直後(30 分以内)
、2 時間後(採血のみ)
、1 日後、2 日後、
3 日後、4 日後に、遅発性筋肉痛と筋機能の変化を定量するため、以下の測定を行った。
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2-3-1.主観的筋肉痛
主観的筋肉痛は、検者の手により下腿後面を強く圧迫された時および仰臥位にて受動的に背屈され
た時の痛みを、10cm の線上に示す視覚的アナログスケール(visual analog scale:VAS)法によって
数値化した。4 日後以降も筋肉痛が残っている被験者には、筋肉痛が完全に消失するまで測定を行っ
た。
2-3-2.血清 CK 活性値
採血は、カーフレイズ運動の直前ならびに直後、2 時間後、1 日後、2 日後、3 日後、4 日後に行っ
た。1 日後以降は CK 活性の日内変動および直前の食事の影響などを避けるために、同一時間(午前
10 時)に行った。ただし、採血量の不足などの理由で両条件の全区間において、7 ポイントすべての
測定ができた被験者は 2 名のみであった。
2-3-3.等尺性随意最大筋力
足関節底屈の随意最大筋力(maximum voluntary contraction: MVC)を測定した。被験者の姿勢
は仰臥位、膝関節完全伸展とし、筋力計のアタッチメントに被験者の足部を固定した。足関節角度は
0 度(解剖学的正位)
、底屈 15 度、背屈 15 度の 3 角度とした。被験者には、プレ測定で十分に練習
を行わせプロトコルに慣れさせた上で、最大下での力発揮を数回練習させてから MVC の測定を行っ
た。プレ測定では、各関節角度とも 2 回の測定を実施し、試行間には 5 分間の休息を取った。2 回の
発揮トルクの最大値が 10%以上異なった場合には、
さらに 5 分間の休憩後に 3 回目の試行を行わせた。
事後測定では、各関節角度とも 1 回のみの試行とし、試行間に 5 分間の休息を取った。各関節角度の
試行はランダムに行った。
MVC 発揮中に Twitch interpolation 法により足底屈筋群の筋活動水準を測定した。
電気刺激には、
アイソレータ―(SS-2046、日本光電、日本)を接続した高電圧刺激装置(SEN-3301、日本光電、
日本)を用いた。刺激電極は陽極(4×5cm)を膝蓋骨上端部に、陰極(直径 5mm)を膝窩部に貼付
し、脛骨神経に電気刺激(duration 500μs、interval 20ms、 3trains の矩形波)を加えた。刺激強
度は底屈位において刺激電圧の増加に伴う筋力の上昇が観察されなくなった電圧の 1.2 倍の強度と
した。筋活動水準(%activation)の算出には以下の式を用いた 3)。
筋活動水準(%activation)={1 ― (重畳トルク÷単収縮トルク)}×100
表面筋電図をカーフレイズ中と同様に MG、LG、SOL、TA の 4 筋から記録した。表面筋電図は、
筋力計の出力と同期させ A/D 変換器を介してパーソナルコンピュータに 16bit、4kHz で記録した。
2-3-4.関節可動域
足関節可動域の測定は、足関節にゴニオメータ(SG110/A、Biometrics、UK)を取り付け、仰臥
位姿勢で足関節を最大底背屈してもらった。膝関節角度は完全伸展位と 90 度屈曲位の 2 通りとし、
最大底屈角度と最大背屈角度の範囲を足関節可動域(ROM)とした。
2-4.床反力、筋力、表面筋電図の分析
パーソナルコンピュータに保存されたデータは分析用ソフトウェア(Chart5.5、ADInstruments、
Australia)を用いて分析した。カーフレイズ運動中の床反力鉛直性分は、各被験者の体重に重力加速
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度を乗じた値で正規化した。MVC は足関節底屈発揮トルクの最大値とした。カーフレイズ運動中の
筋放電量の分析では、全波整流後、動作が安定している 5 周期分の平均値(mEMG@CR)を求めた後
に、運動直前に行わせた MVC の平均値(mEMG@MVC)で正規化した。MVC 中の筋放電量の分析で
は、全波整流後、最大値(MVC)を含み、トルクが安定している 0.5 秒間の平均値(mEMG@MVC)
を求め、安静時に加えた電気刺激の最大 M 波の値で正規化した。
2-5.超音波画像の分析
超音波装置のメモリーに記録された画像をパーソナルコンピュータに取り込み、画像処理ソフト
(ImageJ、NIH、USA)を用いて、MG と SOL の筋束長と羽状角を測定した。図 2 に示すように浅
部腱膜と深部腱膜の間を結ぶ筋束の長さを MG の筋束長とし、筋束と深部腱膜とのなす角度を MG
の羽状角とした。MG 側の深部腱膜と SOL の深部腱膜の間を結ぶ筋束の長さを SOL の筋束長とし、
筋束と MG 側の腱膜とのなす角度を SOL の羽状角とした。腱組織の伸長は全筋長の変化と筋の長軸
方向の長さ変化の差分とし、被験者の下腿長および膝関節・足関節角度から Hawkins & Hull(1990) 9)
の方法を用いて全筋長の変化を、筋束長と羽状角の余弦成分から筋の長軸方向の長さ変位を、以下の
式により算出した。
∆L = ∆LMTC − ∆FL
(
⋅ (0.563 + 1.93E
LMTC MG = L下腿長 ⋅ 0.9 − 6.20 E −4 ⋅ β + 2.14 E −3 ⋅ α
LMTC SOL = L下腿長
−3
⋅α
)
)
∆FL = FL ⋅ cos φ − FLi ⋅ cosφi
LMTC:筋腱複合体長、FL:筋束長、L 下腿長:下腿長、α:足関節角度(度)、β:膝関節角度(度)、φ:
羽状角(度)、FLi,φi:最大底屈時の筋束長と羽状角(度)
2-6.
統計処理
各データは、平均値±標準偏差で表した。カーフレイズ運動中の筋放電量について、二元配置の分
散分析(動作速度とセット数)を行った。事前測定(プレ)ならびに事後測定におけるすべてのパラ
メータについて、二元配置の分散分析(動作速度と測定日)を行った。多重比較は Tukey’s HSD 法
を用いた。有意水準は 5%未満とした。
3. 結果
図 3 にはカーフレイズ運動中の床反力、関節角度、筋電図の出力の典型例(左:0.5Hz 条件、右 2Hz
条件)を示した。
図 4 には両動作速度でのカーフレイズ運動中の MG、LG、SOL、TA の筋放電量(mEMG@CR)を
示した。MG と SOL に動作速度間で有意差があり、2Hz 条件の方で MG と SOL の筋放電量が多か
った。同速度条件における 1 セット目と 10 セット目における筋放電量は、いずれの筋においても有
意な差が認められなかった。
図 5 には両動作速度でのカーフレイズ運動中における床反力、MG、SOL の筋束長、MG、SOL の
腱組織伸長と足関節角度の関係を示した。0.5Hz 条件では、MG、SOL ともに筋束が大きく短縮・伸
長するのに対し、2Hz 条件では、MG、SOL ともに筋束長はほぼ一定で、等尺的な筋束動態を示すこ
とが確認された。一方、腱組織伸長は 0.5Hz 条件ではほとんど伸長することが無く、2Hz 条件では、
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足関節とほぼ同期して短縮・伸長していることが確認された。
図 6 には VAS と血清 CK 活性値の変化を示した。いずれの項目の VAS も 2 日目~3 日目にピーク
を迎え、それ以降は減少した。測定期間を通じてすべての VAS 項目が常に 0 となる被験者はおらず、
すべての被験者において遅発性筋肉痛が発生したことが確認された。すべての VAS 項目において、測
定日によらず、
動作速度間の有意な差は認められなかった。
血清 CK 活性値は 2 日後から値が増加し、
4 日後に最大となったが、動作速度間には顕著な差は認められなかった。
図 7 には MVC の経時変化を、図 8 には等尺性筋力発揮時の筋活動水準の経時変化を足関節角度ご
とに示した。等尺性筋力はプレの MVC の値で正規化して示した。0.5Hz 条件の運動直後の MVC は
すべての足関節角度でプレの値よりも有意に低下し、2Hz 条件の運動直後の MVC は底屈 15 度のみ
プレの値よりも有意に低下した。1 日後から 4 日後にかけて、等尺性筋力は徐々に回復し、1 日後以
降ではいずれの足関節角度においてもプレの値との間に有意な差は認められなかった。動作速度間で
は運動直後の足関節角度 0 度における MVC にのみ有意な傾向(p=0.081)があり、2Hz 条件では
94±5%であったが、0.5Hz 条件では 81±21%まで低下した。1 日後以降ではいずれの足関節角度に
おいても動作速度間の有意な差は認められなかった。等尺性筋力発揮中の筋活動水準は、測定日によ
らず、いずれの関節角度においても両動作速度間で有意な差は認められなかった。0.5Hz 条件の運動
直後の筋活動水準は 91±14%(底屈 15 度)
、87±9%(0 度)
、86±13%(背屈 15 度)とプレの値と
比べて低い傾向を示したが、筋活動水準には両動作速度ともすべての測定日においてプレからの有意
な低下は認められなかった。また、等尺性筋力発揮中の筋放電量(mEMG@MVC)は、測定日によ
らず、
いずれの関節角度においても両動作速度間ですべての筋において有意な差は認められなかった。
図 9 には ROM の経時変化を示した。2Hz 条件の膝関節伸展における ROM は直後から 4 日後まで
プレの値より有意に小さくなり、0.5Hz 条件の膝関節伸展における ROM は 3 日後、4 日後にプレの
値より有意に小さくなった。膝関節屈曲における ROM は、両動作速度ともすべての測定日において
プレの値との有意な差は認められなかった。
また、
膝関節伸展および膝関節屈曲における ROM には、
すべての測定日において動作速度間に有意な差が認められなかった。
4. 考察
本研究では、運動後に発生する遅発性筋肉痛や筋機能の変化に動作速度が及ぼす影響を明らかにす
るために、2Hz および 0.5Hz の異なる 2 つの動作速度でカーフレイズ運動を行わせた。その結果、2Hz
条件の場合、筋束がほとんど一定で腱組織が短縮・伸長したのに対し、0.5Hz 条件の場合、腱組織の
伸長がほとんどみられず筋束が短縮・伸長していることが確認された。しかし、運動後から数日後に
かけて生じた筋肉痛および筋機能の変化には動作速度間で有意差が認められなかった。
本研究で用いた運動課題は、片足での体重負荷によるカーフレイズであった。体重負荷は一定であ
り、可動域と回数を規定したことから、課題全体での関節にかかった仕事量はほぼ同じであるが、筋
束と腱組織の動態が異なっていたことから、筋と腱のなした仕事量は異なっていたと考えられる。ま
た、カーフレイズ運動中の筋放電量において 2Hz 条件の方が大きく、動作速度の速い条件では単位時
間あたりの筋活動量が大きいことが確認された。これらのことから、運動後に発生する筋肉痛および
筋機能の変化は、筋のなした仕事量や筋活動の強度に依存せず、関節の仕事量に依存する可能性が示
唆された。動作速度を変えて動作時間を一定にした研究では、動作速度の速い試行の方が遅発性筋肉
痛は大きかったと報告している 5)。また、動作速度を同じにして回数を変えた研究では、回数によら
ず主観的筋肉痛の程度は同じであると報告している 23)。しかしながら、これらの研究 5,23)では、動作
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時間、動作回数、運動強度のそれぞれのパラメータを変えているため、運動全体での関節のなした仕
事量は異なっている。本研究では関節のなした仕事量はほぼ同じであったが、動作速度を変えたこと
で、動作時間が異なっていた。遅発性筋肉痛に及ぼす影響因子は相互に関連しているため、筋肉痛発
生のメカニズムを解明するためには、本研究に加えて、動作速度、動作時間ならびに動作回数を体系
的に検討した研究が必要であろう。
運動後の MVC 低下には、筋損傷による力発揮ポテンシャルの低下、興奮収縮連関の機能不全や、
本研究の結果では、
筋活動水準の低下などの中枢性疲労、
代謝系の影響などの要因が考えられる 8,30,31)。
運動直後で 0.5Hz 条件においてすべての関節角度で、MVC が約 20%低下し、筋活動水準も低下する
傾向がみられた(約 10%)
。この筋活動水準の低下では MVC の低下(約 20%)を説明できるほどで
はなく、MVC 発揮中の筋放電量もプレの値と比べて有意差が認められなかった。これらのことから、
本研究で 0.5Hz 条件において運動直後にみられた MVC の低下は、中枢性疲労によるものではなく、
動作時間が長くなったことによる代謝性などの末梢性疲労の影響が大きいと考えられる。一方、2Hz
条件においては運動直後で底屈 15 度の筋力のみが低下し、足関節 0 度および背屈 15 度の筋力は低下
しなかった。末梢性の疲労が生じると、すべての関節角度で筋力が低下すると考えられる。したがっ
て、2Hz 条件で底屈位のみにみられた筋力低下の原因は末梢性疲労ではなく、筋活動水準も筋放電量
もプレの値と比べて有意な低下がみられなかったことから中枢性疲労でもないと考えられる。この理
由として、筋損傷による影響 30,31)、あるいは力-長さ関係のシフト 6,27,32)などの影響が考えられるが、
本研究の結果からは断定できない。一方、1 日後以降の MVC の経時変化に動作速度間の有意な差は
認められなかった。
中枢性疲労あるいは代謝などの末梢性疲労は運動から時間が経つとすぐに回復し、
2 日後から 3 日後に生じる筋力低下は筋損傷によるものが主因と考えられる 30,31)。したがって、本研
究の運動課題で引き起こされた筋損傷の程度は動作速度間で同程度であったと考えられる。動作速度
を変えて動作時間を同じにした研究では、動作速度の速い試行の方が筋力の低下が大きいと報告して
いる 5)。また、動作速度を同じにして回数を変えた研究では、回数の多い被験者群の方が有意に筋力
は低下したと報告している 23)。これらの研究 5,23)では、運動強度の大きな群、あるいは仕事量の大き
い群ほど有意に筋力が低下していたことになるが、本研究では、仕事量がほぼ同じであったため、筋
損傷の程度が同じであり、1 日後以降では動作速度間で筋力低下に有意差が認められなかったという
可能性が示唆される。
関節可動域の減少は遅発性筋肉痛の評価法として用いられている 5,7)。本研究でも、膝関節伸展位に
おける足関節可動域は運動直後から低下した。一方、膝関節屈曲位における足関節可動域は両動作速
度とも変わらなかった。二関節筋である腓腹筋は膝関節角度の影響を受けるが、足関節の単関節筋で
あるヒラメ筋は膝関節の影響を受けない
4,12)。さらに、遅発性筋肉痛発生後の筋力低下により関節可
動域が低下するという先行研究 7)の知見を加味すると、関節可動域の変化は腓腹筋の筋力低下による
ものと考えられる。しかしながら本研究では、筋力低下と関節可動域の低下の経時変化は一致してい
ない。関節可動域の低下には、筋力低下だけでなく、関節スティフネスの増加も影響する。伸張性運
動後に受動張力が増加するという報告 34,35)から、筋やその他の組織のスティフネスが増加する可能性
もある。また、痛みや痛み感受性の増加により被験者が十分に底背屈できていない可能性 30)も無視で
きない。本研究の結果では、遅発性筋肉痛と関節可動域変化の関係を探ることは困難であるが、遅発
性筋肉痛が発生した後の筋力低下と関節可動域変化には関係がないことは示唆される。
5. まとめ
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本研究では、運動後に発生する遅発性筋肉痛や筋機能の変化に動作速度が及ぼす影響を明らかにす
るため、異なる動作速度のカーフレイズ運動中の下腿三頭筋の筋腱複合体の活動を計測し、運動後に
生じた遅発性筋肉痛と等尺性筋力ならびに関節可動域の経時的な変化を動作速度間で比較した。速い
動作速度の場合、筋束がほとんど一定で腱組織が短縮・伸長し、遅い動作速度の場合、腱組織の伸長
がほとんどみられず筋束が短縮・伸長していることが確認された。しかし、運動後から数日後にかけ
て生じた筋肉痛および等尺性筋力ならびに関節可動域の経時変化には動作速度間で有意差が認められ
なかった。このことから、カーフレイズ運動によって引き起こされる遅発性筋肉痛ならびに筋機能の
経時変化に、運動中の筋束・腱組織動態は影響を与えないことが示された。
謝辞
本研究を遂行するにあたり、研究助成を賜りました財団法人ミズノスポーツ振興会に厚くお礼を申
し上げます。また、研究に快く参加していただいた被験者の皆様に深謝いたします。
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10/16
11/16
図 3 カーフレイズ運動中の床反力、足関節角度、膝関節角度、 表面筋電図波形(MG、LG、SOL、
TA)の典型例
左:0.5Hz 条件、右:2Hz 条件
図 4 カーフレイズ運動中の MG、LG、SOL、TA の筋放電量(mEMG@CR)
左から順に 0.5Hz 条件の 1 セット目、0.5Hz 条件の最終セット、 2Hz 条件の 1 セット目、2Hz 条件
の最終セット
*:p<0.05
0.5Hz 条件 vs. 2Hz 条件
12/16
2.5
Force (N/Wt)
2
1.5
Force 0.5Hz
1
Force 2Hz
0.5
0
-20
-10
0
10
20
Ankle angle(deg)
7
30
Fascicle length(cm)
6
FL MG 0.5Hz
5
FL SOL 0.5Hz
4
FL MG 2Hz
3
FL SOL 2Hz
2
-20
-10
0
10
20
30
Ankle angle(deg)
Tendon elongation(cm)
3
TenMG 0.5Hz
2
TenSOL 0.5Hz
TenMG 2Hz
1
TenSOL 2Hz
0
-20
-10
0
10
20
30
-1
Ankle
angle(deg)
図 5 カーフレイズ運動中の床反力、MG、SOL の筋束長、MG、SOL の腱組織伸長と足関節角度の
関係(横軸 +:底屈方向、-:背屈方向、0 度:解剖学的正位)
13/16
VAS
10
Pain-stretched
8
6
0.5Hz
4
2Hz
2
0
Post
1D
2D
3D
4D
VAS
10
Pain-palpation
8
6
0.5Hz
4
2Hz
2
0
Post
1D
2D
(unit/l)
3D
4D
CK
5000
4000
3000
0.5Hz
2Hz
2000
1000
(N=2)
0
Pre
Post
2h
1D
2D
3D
4D
図 6 受動的な背屈および下腿後面の圧迫による主観的筋肉痛(VAS)と血清 CK 活性値の経時変化
上段:背屈による VAS、中段:圧迫による VAS、下段:血清 CK 活性値(N=2)
14/16
MVC@plantar flexion 15deg
110%
100%
#
90%
80%
0.5Hz
70%
2Hz
60%
50%
#
40%
PRE
110%
POST
1D
2D
3D
4D
MVC@neutral position
100%
90%
80%
0.5Hz
70%
2Hz
60%
#
50%
PRE
POST
1D
2D
3D
4D
MVC@dorsiflexion 15deg
110%
100%
90%
80%
0.5Hz
70%
2Hz
60%
#
50%
PRE
POST
1D
2D
3D
4D
図 7 等尺性筋力(MVC)の経時変化
上から底屈 15 度、解剖学的正位、背屈 15 度。各被験者のプレの値で正規化した。
#:p<0.05
vs. PRE
15/16
%activation@plantar flexion 15deg
110%
100%
90%
80%
0.5Hz
70%
2Hz
60%
50%
PRE
POST
1D
2D
3D
4D
%activation @ neutral position
110%
100%
90%
80%
0.5Hz
70%
2Hz
60%
50%
PRE
POST
1D
2D
3D
4D
%activation @dorsiflexion 15deg
110%
100%
90%
80%
0.5Hz
70%
2Hz
60%
50%
PRE
POST
1D
2D
3D
4D
図 8 等尺性随意最大筋力発揮時の筋活動水準(%Activation)の経時変化。
上から底屈 15 度、解剖学的正位、背屈 15 度。
16/16
(deg)
ROM Knee Extended
80
#
70
#
60
0.5Hz
50
#
#
#
#
2Hz
#
40
30
pre
90
post
(deg)
1D
2D
3D
4D
ROM Knee Flexed
80
70
0.5Hz
60
2Hz
50
40
pre
post
1D
図 9 足関節可動域(ROM)の経時変化
上段:膝関節伸展位、下段:膝関節屈曲位
#:p<0.05
vs. PRE
2D
3D
4D
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