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資料2 - TTC 一般社団法人情報通信技術委員会

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資料2 - TTC 一般社団法人情報通信技術委員会
国際標準と知的財産――二律背反ビジネスへの対応
目次
はじめに
1. デジュールとデファクトのビジネス
デジュール標準とデファクト標準
国際標準化機関
地域標準化機関
パテントポリシー
体力ビジネスの標準化
デジュール知財とデファクト知財
知力ビジネスの知財権
2. 似非デジュールと似非デファクトのビジネス
ビジネスの二律背反
ビジネスの目的で分類した標準と知財
各種国際ルール制定への対応
3. クローズドとオープンのビジネス
クローズド戦略とオープン戦略
知財の制御と発見容易性
技術のクローズドとオープン
業種と規模に応じた知財と標準の逆走両輪戦略
標準と知財のデファクトとデジュールの選択ステップ
4. ISO/IEC 国際標準化の国内人材育成の現状
国際標準化人材育成教育カリキュラムの一例
人材育成の基本
次世代標準化人材育成の実際
おわりに
2016 年 3 月 14 日
無断のコピー、転用を禁止します。
1
はじめに
近年、欧米だけでなく日本でも国際標準化活動が活発になってきた。古くは家庭用ビデ
オ機器の VHS とベータマックスの標準獲得競争やブルーレイディスクと HD DVD の標準獲
得競争などが世間の話題になり、電気通信関係ではノキアやクアルコムの知財と標準の組
み合わせによる巨大利益が世間の話題になった。パソコン関連では、昔からマイクロソフ
トとインテルの寡占化が続いている。そうして国内でも国際標準獲得の重要性が認識され
るようになり、総務省や経産省の肝いりで国内の官民国際標準化体制が充実してきた。
本来、国際標準は万人のために存在する。したがって、技術を開発した個々の企業や国
家の利益を優先させるよりも、技術による公共の利便性の実現を優先させるべきものであ
ろう。しかし、国際標準や知的財産のルールは、それ自体が公益と私益の二律背反の関係
にある。だから、その裏には技術や標準を開発した企業や国家のエゴが見え隠れする。そ
の公と私という二面性が、国際標準と知的財産の関係を複雑にしている。共通化(公益)
と寡占化(私益)
、それら国際標準が持つ二律背反に、知的財産が持つ公開(公益)と閉
鎖(私益)の二律背反が加わると、さらに事態が複雑化してしまう。
ものごとは個々の現象という多数の事例で追い続けてはいけない。無限の事例が発生し、
その事例研究が永遠に続いてしまい、結論が出ないからだ。少数の事例から確たる原理原
則(本質)を見つける……それが事例研究の本来の目的である。日本の国際標準化関係者
も、事例を知ってわかったつもりになる学者的なマインドから、原理原則でビジネスを動
かす経営者的なマインドへと、そろそろ意識を切り替えるべきときだろう。
国際標準と知的財産の複雑な関係に、どのように対応するべきか? 本稿では、どんな
事例にも通用するクローズドとオープンの経営戦略の原理原則を解説する。
1. デジュールとデファクトのビジネス
デジュール標準とデファクト標準
国際標準には大別してデジュール標準(法律上の標準)とデファクト標準(事実上の標
準)の 2 種類がある。標準化に関係して働いていれば、これらの言葉をどこかで聞いたこ
とがあるだろう。
ISO(国際標準化機構)や IEC(国際電気標準会議)、ITU(国際電気通信連合)などの
公的標準化機関に登録されてから、
「技術の共通化」が実現されて標準になったものがデ
ジュール標準である。その例としてネジや用紙の寸法規格、度量衡規格などがある。
デジュール標準とは違い、民間企業が独自技術の市場化を推進し、結果的に「技術の寡
占化」が実現されて標準になったものがデファクト標準である。ウィンドウズや DVD が典
型的な例である。ただし、近年では WTO(世界貿易機関)での紛争を避けるために、デフ
ァクト標準もデジュール標準として事後登録されるようになった。
2
国際標準化機関
国際的な標準化組織といえば、その設立の歴史は別にして、もっとも知られているのが
化学・機械分野の ISO だろう。それに電気通信分野の ITU が続く。その必要性から設立の
歴史は古いのだが、知名度で少し落ちるのが電気・電子分野の IEC である。ITU は総務省
が所轄官庁であり、ISO と IEC は経産省が所轄官庁である。ITU 系の標準化なら、国内団
体の ARIB や TTC、ITU-AJ などが活動を支えている。経産省系の標準化なら、国内団体の
JEITA や JEMA、JBMIA、ITSCJ、JSA などが活動を支えている。いずれも基盤がしっかりし
た団体であり、その国際標準化活動も活発である。
公的な標準化団体で作成された標準がデジュール標準である。ITU は国際連合の一機関
であるが、ISO と IEC は民間機関である。しかし、ISO/IEC の実体は公的(多数)であり、
その国際標準は各国が順守するべき国際ルールである。いずれにせよ、世界中の多数の国
が参加して審議して決めた標準には紳士的に従う、それが先進国としての義務だろう。
地域標準化機関
地域標準化機関として確たる存在になっているのが、欧州の ETSI、CEN、CLC(CENELEC)
である。それぞれ ITU、ISO、IEC に対応して、欧州標準を策定している。ETSI はフラン
スのニースの近くにあり、CEN と CLC はベルギーのブラッセルにある。名目的な標準化を
目指す国際標準化機関とは違い、これら地域標準化機関は国境をまたぐ実質的な標準化を
目指している。島国で日本独自標準を開発してきた日本にとって、その地域的な活動に注
目して、その姿勢を学ぶべき存在だろう。
社会インフラとしての欧州標準が確実に成立しなければ、欧州連合そのものの存在が危
うくなる。すなわち、地域標準の実現という切実な問題を抱えているのが欧州各国である。
イギリスやコンチネンタル諸国でまちまちだった交流電源電圧は、各国の妥協の結果、す
でに 230 ボルトに標準化された。韓国も 200 ボルトに切り替えた。従来から 100 ボルトに
固執して、世界から孤立しても平気な日本とは国際標準への認識が違う。
このように、日本に比べて欧米先進国は国際標準の必要性を確実に現実問題として認識
している。標準化先進国の欧米と標準化後進国の日本。企業と国家の統合的な国際標準化
推進体制に若干遅れている日本が国際ビジネスを本気で展開しようとするのなら、国際標
準化活動に企業と国家がもっと資金と人材を投入するべきではないだろうか。
日本の国際標準化活動において注意するべきことは、欧米で作成された規格が、たまた
ま日本にとって障害になることだ。地域(欧州)や国家、国際機関には、特定の国家(た
とえば日本)を排除しようとする意図などない。しかし、他国(欧州を含む)の国家標準
や地域標準、国際標準などの策定動向には、日常的に注意を払わなければならない。
パテントポリシー
国際標準と知的財産は切り離せない関係にある。
「技術の国際標準は決めた。しかし、
後になって、その技術は特許権利化されているので非排他的な使用はならない」となった
なら、国際標準が成立しなくなる。万人の使用が認められないのなら、それはすでに標準
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だとはいえない。
標準化専門家には議論を好む人が多い。会議出席の大義名分と自分の仕事の意義を模索
しているのかもしれない。この特許問題を解決するために、パテントポリシーの策定に向
けて数十年前から ETSI が活躍してきた。そうして ITU/ISO/IEC が共同でパテントポリシ
ーを策定した。しかし、それは標準における特許の扱いの原則を示した文書にすぎない。
国際標準に含まれる特許に注意しながら、国際標準化を進めることは当然である。しかし、
それを完璧なルールにするという努力は無駄である。何十年も前にパテントポリシーを明
確化しようとして諦めた ETSI の例でもわかるとおり、人間が決めたルールを相手にして
いるからだ。日本にも特許裁判所が設立された。特許抵触回避の自助努力をできるだけし
て、それでも特許の紛争問題が発生したら裁判に任せる、それが現実的な対応だと思う。
体力ビジネスの標準化
その質(技術度)が問われる知財権は知力ビジネスであるが、その量(賛同数)が問わ
れる標準化は体力ビジネスである。デジュール標準と同じようにデファクト標準も企業経
営に大きな影響を及ぼす。
ここで二律背反性の視点から、デジュール標準とデファクト標準の違いを表 1 にまとめ
る。スタンドアローンの家電機器や自動車、工作機械などの仕様なら、開発当初から公的
標準化機関に持ち込んで標準化する必要はない。しかし、市場が政府や公的機関、それら
に準ずる交通機関、通信・放送機関、
金融機関などだと考えられる場合、世界貿易機関(WTO)
の各種協定への影響を考慮して、原則として迅速なデジュール国際標準化を進めるべきだ
ろう。そうしないと、WTO 協定を武器にした海外からの攻撃に対抗できなくなる。
表 1 デジュール標準とデファクト標準の違い
デジュール標準
デファクト標準
標準 万人または万社の全部開放型、公益優先 一人または一社の全部閉鎖型、私益優先
標準が基本である。
標準が基本である。
技術 共有技術ならば、標準化して万人で共有 独自技術ならば、囲い込んで一人で独占
する。
する。
事例 度量衡、商用電源電圧、ネジの仕様、電 CD、ウィンドウズ、iPod、青色 LED など。
池サイズ、有線電話の回線標準など。
国際標準に関する WTO 協定には、貿易の技術的障壁(TBT: Technical Barriers to Trade)
に関する協定と政府調達(GP: Government Procurement)協定の二つがある。国際標準と
は異なる自国独自標準を以って、国際貿易の非関税障壁にしないようにと謳っているのが
WTO/TBT 協定である。すなわち、国家標準(たとえば JIS)は限りなく国際標準に整合さ
せなければならない。また、政府関連機関が 10 万ドルを超える物品やサービスを調達す
る場合、国際標準に該当するものを基礎にして調達対象にするようにと謳っているのが
WTO/GP 協定である。もちろん、ITU/ISO/IEC 国際標準は WTO 協定に対して有効である。
4
公的市場におけるビジネスでは、このような行政的なルールの影響や国家間の力関係を
軽視していると、大きな失敗をすることがある。どのような市場へ、またどのような国へ、
自社製品を展開するのか、それを技術開発初期段階から考慮し、必要に応じて早急に技術
をデジュール標準化しなければならない。特に中国市場を対象にするのなら、対象製品の
どこか一部でもデジュール国際標準化することが望ましい。そうしないと、人口大国中国
の独自標準に負けてしまう。
デジュール知財とデファクト知財
デファクト標準は、すでに市場を独占しているので、間違いなく標準である。しかし、
知らずに使っていることが多く、標準としては認識されにくい。一方、デジュール標準は、
市場で広く使われていなければ標準だとはいえない。公的機関に登録されたという名目上
の標準であるが、使われなければ国際標準化機関に登録された規格文書にすぎないからだ。
ただし、登録されているという事実から、誰の目にも標準を目指していることがわかる。
同じようなことが知財にもいえる。知財が特許権利化されていれば、それは誰にでも権
利化を目指した特許だとわかる。その特許使用が許諾されていなければ、技術は使えない
し、許諾されても特許料の支払いが必要になる。ただし、技術が可視化されているので、
その有用性の確認および迂回の工夫が可能になる。それがふつうに認識されている特許
(権利)であり、デジュール知財である。
デジュール知財とは違い、自社技術が突出して優れていて特許の権利化が不要なほど差
別化がされていれば、他社が追従できないので当面、技術の特許権利化は不要である。そ
れが素材開発やノウハウを主体にするデファクト知財である。
デジュールとは法律のことであり、法律とは規則の文書化のことである。そうなると、
文書化されたデジュール標準と同じく文書化された知財もデジュール知財と呼ぶことが
できる。デジュール知財とデファクト知財という用語は、筆者の造語であり一般的な用語
ではない。しかし、知財の意味を企業ビジネスから理解するときに、避けて通れない概念
の違いだといえる。
知力ビジネスの知財権
その量(賛同数)が問われる標準化は体力ビジネスであるが、その質(技術度)が問われ
る知財権は知力ビジネスである。デジュール知財と同じようにデファクト知財も企業経営
に大きな影響を及ぼす。ここで二律背反性の視点から、デジュール知財とデファクト知財
の違いを表 2 にまとめる。
表 2 に示す違いは、ハードウエアやソフトウエアなど、モノの製造・販売業に限定した
話である。同じデジュール知財でも、特許商売に特化した非製造・販売業(特許権利の売
買屋)なら、特許料収入を目指して、製品や技術の伴わない権利文書の商売を優先させる
ことになる。
市場独占型の大企業なら、デジュール知財とデファクト知財のどちらを選んでも同じこ
とだ。しかし、デジュール知財にすると、その技術の存在を他社に知らしめることになる。
5
技術に優れた市場独占型の小企業なら、当然、自社技術をルールで守る必要がないので、
デファクト知財を選ぶことになる。なぜなら、デジュール知財には、自社のビジネス防衛
としての意味しかないからだ。ビジネス防衛とは、他社の市場参入を法的に排除して、自
社市場を維持すること、または他社市場を拡大させないことである。ただし、デジュール
知財は競合企業の誘発要因にもなるので、将来も競合企業が現れないという前提条件なら、
デファクト知財のままで構わない。
表 2 デジュール知財とデファクト知財の違い
デジュール知財
デファクト知財
知財 形而下資産型で、製品商売が優先される。形而上資産型で、技術商売が優先される。
技術 技術競合ならば、特許権利化をして、特 技術独占ならば、特許権利化せずに、技
許を組み込んだ製品で稼ぐ。
術を組み込んだ製品で稼ぐ。
事例 DVD や BD、携帯電話など、機器やシステ 水晶振動子や炭素繊維など、素材や部品
ムが中心。利益率が低い。
が中心。利益率が高い。
商品として知財が見えるので、知財収益 商品として知財が見えないので、知財収
が話題になる。
益が話題にならない。
標準であれ特許であれ、どんな技術でも、デジュール標準やデジュール知財として文書
化して開示するという行為は、技術ノウハウの流出(オープン)に繋がる危険性を持つと
いう認識が必要であり、現実のビジネスではクローズドを維持する延命策が欠かせない。
2. 似非デジュールと似非デファクトのビジネス
ビジネスの二律背反
自然界に二律背反は存在しない。二律背反は人間界に特有な存在である。すべてのビジ
ネスは二律背反である。ただし、それは幼児から若者へ、そして大人から老人へと、時々
刻々と自分の立ち位置が変化することで発生する。一方的なものの見方で育った幼児に、
二律背反の存在は理解できない。二律背反は、経験と知識が豊富であり、かつ思考と模索
ができる大人でないと理解できない。ビジネス(人生)の基本は、人工事象の二律背反の
理解をベースに、その中間的な立ち位置を時々刻々と自ら自律的に変えていくことである。
知財と標準は、それぞれが独自にデファクトとデジュールという二律背反の関係にある。
さらに知財と標準は、それぞれが互いにクローズドとオープンという二律背反の関係にも
ある。すなわち、知財と標準の組み合わせは四律背反の関係になる。残念なことに、知財
権や標準化の専門家には、デジュール標準としての価値だけを認識する人が多く、研究者
や技術者にはデファクト標準としての価値だけを認識する人が多い。
すでに述べたように、知財と標準の種類は、一般的にデジュール(公的)とデファクト
(私的)の二つに大別される。そのほかに複数の企業や大学、団体など、立場の違う多数
6
が協力して私的な場で作成されるフォーラム標準と呼ばれるものがある。その一例として
DVD フォーラムで作成されたデジタルバーサタイルディスク(DVD)規格がある。ただし、
デファクト標準やフォーラム標準は、その規格の立場と生命を堅固なものとするために、
最終的にはデジュール標準として公的標準化機関に登録されることが多い。
ビジネスの目的で分類した標準と知財
ビジネスの根源は、量なのだろうか、質なのだろうか。企業の標準化ビジネスでは、量
(共有=デジュール)が建前になり、質(独占=デファクト)が本音になる。企業の知財
権ビジネスでは、量(公開=デジュール)が建前になり、質(秘匿=デファクト)が本音
になる。技術なら量なのか質なのか、ビジネスなら公益なのか私益なのか、関係者なら多
数なのか少数なのか、などを考えると、標準化の場に参加する人(人数の多少と、その公
私の属性)および標準化をする場所(公と私)で、標準化ビジネスの違いが明確に理解で
きる。そうなると、標準と知財は表 3 および表 4 に示す 4 種類にそれぞれ分類されること
になる。
標準には似非デジュール標準(デファクト型デジュール標準)と似非デファクト標準(デ
ジュール型デファクト標準)があり、知財にも似非デジュール知財(デファクト型デジュ
ール知財)と似非デファクト知財(デジュール型デファクト知財)がある。
表 3 4 種類に分類した標準
(a)
デジュール標準
法的根拠が必要な標準(法律上の標準)のこと。
公共の多数が公共の場で「作成する標準」になる。
(a’) 似非デジュール標準
法的根拠がある、
デファクトに近い、デジュール標準のこと。
公民の少数が公共の場で作成し、
「独占する標準」になる。
(b)
デファクト標準
法的根拠が不要な標準(事実上の標準)のこと。
民間の少数が民間の場で「勝ち取る標準」になる。
(b’) 似非デファクト標準
法的根拠がない、
デジュールに近い、デファクト標準のこと。
公民の多数が民間の場で作成し、
「共有する標準」になる。
表 4 4 種類に分類した知財
(a)
デジュール知財
特許権利化された知財(法律上の知財)のこと。
権利化して、独占して「排他的な知財」にする。
(a’) 似非デジュール知財
特許権利化された知財(法律上の知財)のこと。
権利化して、公開して「半排他的な知財」にする。
(b)
デファクト知財
特許権利化されていない知財(事実上の知財)のこと。
権利化しないで、秘匿して「排他的な知財」にする。
(b’) 似非デファクト知財
特許権利化されていない知財(事実上の知財)のこと。
権利化しないで、公開して「非排他的な知財」にする。
7
表 3 に示す法的根拠とは、いわゆるハードロー(罰則を伴う法律)ではなくて、ソフト
ロー(罰則を伴わない規則)の意味である。自分たちが決めた共通のルールには、たとえ
罰則がなくても従うのが紳士的な先進国である。
標準が発達した今日、純粋なデファクト標準や純粋なデジュール標準は、ほとんど見ら
れなくなった。それらに代わって登場してきたのが、デジュール型デファクト標準(フォ
ーラム標準)とデファクト型デジュール標準(社会インフラ標準)だ。しかし、過去の IrDA
や DAVIC などに見られるように、フォーラム標準では技術者の興味がビジネスに優先され
てしまい、技術と標準が軟弱かつ短命になる。一方、デンソーの QR コード、ソニーの
FeliCa/NFC(JR 東日本の Suica)
、アドビのアクロバット、マイクロソフトの OOXML など
は、すべて ISO/IEC で国際標準化された一社独占のデファクト型デジュール標準である。
すなわち、後者では透明かつ公平、公正な国際標準化機関の名の下に民間企業のビジネ
ス独占欲が追認されるので、技術と標準が堅固かつ長命になる。デファクト型デジュール
標準は、巨大な国際社会インフラ市場を独占するツールであり、国内企業にとって重要な
意味をもつ標準だといえる。しかし、その国際ビジネス上の意味を理解している国内企業
関係者は少ない。公的標準の私的利用という政治的な側面を理解できていないからだろう。
各種国際ルール制定への対応
特許権の企業間紛争は珍しくないし、日常的に発生している。その一方で、公的標準化
の国家間紛争(すなわちデジュール標準化またはデファクト型デジュール標準化の紛争)
は、多発するようなものではない。
標準化はもちろんのこと、種々の国際ルールビジネスで欧米を敵視している国の数は限
定的である。まず日本、それに韓国と中国が続く。しかし、日本人に認識してほしいこと
は、日本の技術や商品をライバル視している米国は別にして、欧州に日本への他意はない
ことである。欧州各国は欧州規格を必要としているのであり、国際規格を必要としている
のではない。たまたま存在している欧州規格を国際規格にしようとすると、それが日本文
化との違いとして表面化し、欧日の規格争いとして捉えられてしまうのである。時代の流
れに呼応して、欧州規格を国際規格に格上げする必要も出てくる。残念なことに、そのよ
うな活動が日本対欧州の敵対構図として捉えられてしまう。
もちろん、国際ルール策定にあたり、多数の植民地を過去に抱えていた欧州列強が、他
国の立場を考えてルール策定することなどない。それは自然の成り行きであり、その動向
を事前に察知し日本の意見を規格策定の過程で導入することこそ、日本が心がけるべきこ
とである。国際標準化において国際紛争など多発するものではないが、いったん紛争問題
が発生してしまうと、その解決までに数年の時間と多大な労力が必要になる。国内の民間
企業に注意を喚起したい。
国際標準化機関を欧州寄りだと勘違いしている日本人は多い。しかし、国際標準化機関
の ISO や IEC、ITU は日米にとって強い味方である。なぜなら、国際標準を策定する機関
であり、日米の協力を失うと CEN や CLC、ETSI と同様に単なる欧州標準を策定する機関に
なってしまい、その存在意義が失われてしまうからだ。
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3. クローズドとオープンのビジネス
クローズド戦略とオープン戦略
モノづくりのビジネスは、技術経営(MOT)とも呼ばれている。技術経営とは、本質(見
えない技術)を現象(見える商品)に変えて稼ぐこと、それに現象(現在の利益)を本質
(将来の技術)へ投資して生き延びること、この二つの繰り返しのことである。その両方
ができない企業は滅びる。
ヒト、モノ、カネはビジネスの 3 要素であり、それら 3 要素をうまく使って質(技術)
を量(金銭)に直接的に変えることが、技術経営の基本である。しかし、ヒト、モノ、カ
ネの動きを縛るルールの存在を忘れてはならない。ビジネスの 3 要素に新しく「ルール」
という要素が加わり 4 要素になると、話が大きく違ってくる。
標準化は技術(質)を登録(ルール化)して市場(量)を広げるビジネスである。知財
権も技術(質)を登録(ルール化)して金銭(量)を稼ぐビジネスである。すなわち、ふ
つうの技術経営に見られる質から量への直接的な遷移とは違い、ルールを強力な媒体に
して質(技術)が間接的に莫大な量(市場×金銭)へ変換されているのだ。それが近代
国際社会のルールづくり(標準化と知財権)ビジネスの経済的な重要性を示している。
標準と知財の両輪経営戦略の基本を説明すると、最初は一旦停止から走行を始めること
になる。すなわち、オープン(標準化=商品)重点のビジネスを進めるのか、クローズド
(知財権=技術)重点のビジネスを進めるのか、その選択である。
過去にソニーが発売して、日本ビクター・パナソニック連合とのビデオカセットレコー
ダーの規格争い(ベータマックスと VHS)に至った例では、市場展開を重点にしていたソ
ニーも、規格競争が劣性となった時点で、知財重視のビジネスに戦略を変えている。その
結果、ソニーが VHS 陣営から得た特許料は 2000 億円を超えた。フィリップスと共同開発
したコンパクトディスクでは、開発者利益を独占的な市場で享受しながらも、ディスク販
売市場の拡張を睨みながら知財商売も同時に進行させている。
クローズドとオープンの知財と標準の原則的な対象区分を表 5 に示し、それらのデファ
クト化(クローズド)とデジュール化(オープン)のタイミングを図 1 で説明する。
表 5 クローズドとオープンの知財と標準の対象区分
クローズドの知財・標準 性能、製造方法、エンコーダーの技術など
(供給側論理)
(知財主体)
。
オープンの知財・標準
形状、使用手順、デコーダーの互換性など
(需要側論理)
(標準主体)
。
事業規模(事業の発展段階)で見ると、図 1 で示すように知財と標準のクローズドとオ
ープンの時間的な関係が明確になる。
9
知財(クローズド)と標準(オープン)の時間変化 技術(知財)重視から商品(標準)重視のビジネスへ
技術 > 商品 技術 < 商品
標準よりも知財 知財よりも標準
形而上
形而下
デファクト知財・標準
独占
デジュール知財・標準
共有
両輪停止:クローズド
両輪加速:オープン
1
図 1 知財と標準のクローズドとオープン
円の左下は、技術の力を以ってビジネスを始める「誕生期の小企業・小事業」に該当す
る。円の上部は、
「成熟期の中企業・中事業」に該当する。ただし、円上部の左半分は、
技術を重点にした「本質型の中企業・中事業」に該当し、円上部の右半分は、商品を重点
にした「現象型の中企業・中事業」に該当する。この上部の右半分(技術なし、商品あり)
からビジネスを始める中小企業もあるが、それは国内では地方と都会のように、また国際
では中国と日本のように、地域的な労働賃金格差によって、すぐに衰退してしまうコスト
競争ビジネスである。円の右下は、欧米に顕著な、規模の力を持ってビジネスを続ける「成
熟期の大企業・大事業」に該当する。
生き残る中小企業は、円上部の左上の技術競争ビジネスに特化している。消え去る中小
企業は、円上部の右上の価格競争ビジネスに特化している。この事実は、同じく大企業の
事業にもいえる。持続または成長する大企業は、少なくとも自企業内に中小企業の部分を
抱えていなければならない。円上部の左半分を維持する大企業は栄える。円上部の左半分
を捨てて、右半分を発展途上国に任せて、価格と規模の商売に走る大企業は滅びる。
誕生期または小規模の技術依存事業の基本戦略は、技術指向の標準・知財クローズドで
ある。一方、成熟期または大規模の市場依存事業の基本戦略は、市場指向の標準・知財オ
ープンである。事業が技術中心(生産少量)から市場中心(生産多量)へと重点を移す成
長期が、いちばん標準と知財のオープンとクローズドのバランスに苦労する。そのバラン
スを時々刻々と変えなければならないからだ。
事業が成長するということは、その商品市場が拡大するということであり、必然的に競
合他社を迎えることになる。それは標準と知財が、成長維持のために「非排他性を利用す
10
るべき」企業ビジネス拡大ツールでもあることを示している。
図 1 の右側は市場拡大(商品重視)のためにオープンだとしているが、話はそう簡単で
はない。現実の企業ビジネスでは、標準は「一社独占のデジュール」とし、知財は「特許
権利化のデジュール」として、オープン(デジュール)領域でクローズドを維持する。そ
うしながら自社製品のブランド名も高めて競合相手を排斥する。もちろん、技術の陳腐化
とともにビジネスは完全なオープン(デジュールの本質)に向かうが、できるだけ長く市
場を占有する(クローズドを維持する)という工夫が必要であり、標準と知財がそのツー
ルになる。
知財の制御と発見容易性
図 1 の左下は完全な両輪停止のブレーキ状態である。しかし、最初からブレーキを解除
してオープンにするべき技術と徐々にブレーキを解除してオープンにするべき技術とが
ある。その解除のタイミングは知財の発見容易性に依存している。そのブレーキの操作を
以下に説明する。
最初から自社技術隠蔽不要で、すぐにオープンにする(市場拡大で稼ぐ)べきもの
・外から見える機構(サイズ、形状など)
・インターフェース(他社機器との相互接続または信号互換性)
自社技術の陳腐化を予測して、徐々にオープンにする(商品販売で稼ぐ)べきもの
・他社との互換性が必要な技術主体機器の自社製品市場拡大
・他社との互換性が必要な技術主体機器の自社製造装置(特許料を払わない国を含む)
特許侵害発見容易性(技術秘匿性というブレーキの強弱)
ブレーキ弱
(1) 書類だけで侵害の証拠となるもの(デジュール標準化技術を含む)
(2) 簡単な分解だけで侵害とわかるもの
(3) 開発技術者が一週間ぐらいで侵害を発見できるもの
ブレーキ中
(4) 侵害分析対象品が非常に高価または特注品で入手が難しいもの
(5) ソフトウエアや電子回路など、侵害分析に一か月以上を必要とするもの
(6) 侵害分析に非常に高価な設備や特殊な技術者を必要とするもの
ブレーキ強
(7) 侵害分析がプロテクトされているものや社外に出ないノウハウ
類似製品数が多い小型民生機器では、競合他社が多くなり、製品商売から特許ライセン
ス商売へと移行する。類似製品数が少ない大型製造装置では、技術に差別化を求めて、技
術防衛の独占特許化へと移行する。また、ノウハウ依存の高度な製造は、その工程の細か
11
い分断化が必要である。そうしないと、ノウハウが作業者によって流出してしまう。
技術のクローズドとオープン
ここでは技術のクローズドとオープンのビジネス戦略について説明する。優れた技術や
特許は、市場寡占化のツールである。一方、公共の場の標準化は、市場共通化のツールで
ある。寡占化と共通化のどちらも、標準化と呼ばれている。寡占化は供給側の論理で、共
通化は需要側の論理だ。供給側論理標準と需要側論理標準だとすればわかりやすい。
これまで説明してきたように、デファクトの基本はクローズド(見せない)で、デジュ
ールの基本はオープン(見せる)である。ただし、デジュール標準やデジュール知財にし
た場合、他社に技術文書を見せても、その技術実施の開示の程度――それは自社の事業戦
略で決めるべきことだ。
コア技術はクローズドにして自社の優位性を保つ、という話が流行っている。しかし、
コア技術とは何か、それをどのように特定するのか。コア技術は、時間の経過に伴う他社
の技術開発で徐々に非コア技術化されていく。だから、コア技術の現在と将来をビジネス
の最初から正確に特定することなどできない。
しかし、ビジネスの原理原則に従えば、現在のコア技術の特定はできる。まず現在の時
点で、技術、標準、知財のすべてを完全にクローズドにしたらどうなるのか、また完全に
オープンにしたらどうなるのか、それを先に検証する。もう少し具体的にいえば、
「技術
者を買収しない限り、外から見えないところ(人間依存の部分)は閉鎖」で「リバースエ
ンジニアリングを含めて、外から見えるところ(機械依存の部分)は開放」
、それがスタ
ートの基本である。前者は模倣できないが、後者は模倣できるからだ。
その検証結果から自社ビジネスの強みを特定することができるし、現在のコア技術も特
定することができる。ビジネス環境の変化(技術の誕生から、成長、成熟への時間的な変
化)に応じて、そのコア技術のウエイトを臨機応変に変えていくことが必要だ。
技術は最初、すべてクローズドにして、それで一企業が全市場を支配する。それがふつ
うのビジネスの手順だ。ただし、時の経過に従い、技術が陳腐化し、どんな技術でもオー
プンへ向かうことを余儀なくされる。したがって、単なる「クローズド」から「クローズ
ドを維持するオープン」への展開が必要になる。たとえば、知財の特許権利化や、設計開
発を自社に残し組立工程を外注するアップルと台湾 OEM 企業ホンハイの関係などだ。
絶対にクローズドに維持するべきものは、素材開発や製造ノウハウなど、人間的な部分
だ。それは隔離対象技術インフラ(技術指向=後述の標準・知財の両輪離合型モデル)だ。
しかし、同業企業が大量生産を目指すと、業界内の部品共有化(標準化)が始まり、共有
対象部品インフラ(商品指向=後述の標準・知財の両輪嵌合型モデル)が拡大してくる。
それに引きずられて多数の国内大企業が組立業(機械的な部分)に走り、製造ノウハウを
安易に公開したり、製造作業を安易に外注したりしている。それでは技術(知財)放棄に
なり、標準・知財の嵌合型モデルが成立しなくなる。技術と商品は互いに違う。技術は故
意にクローズドに保たなければならない。その一方で、商品は自然に標準化(オープン)
へ向かう。それがビジネスの原理原則である。
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市場において複数企業が競合している場合に限り、情報通信インターフェースやコネク
ター形状などは最初からオープンにする。それは業界対象接続インフラ(市場指向=後述
の標準・知財の両輪接合型モデル)だ。一社独占が難しく、市場展開にはオープンも仕方
がない。ただし、単なる「オープン」よりも「オープンを加速するオープン」が求められ
る。たとえば、デジュール国際標準の積極的な利用だ。
オープンは、(a) 技術共有による市場拡大が必要、(b) 市場に競合する相手が存在して
いて自社の絶対優位に自信が持てない、(c) 競合する相手との共通インフラを持たないと
市場が拡大しない、そういう場合に選ぶ。
クローズドは、(a) ニッチ市場のビジネスで競合する相手がいない、(b) 技術が極端に
優れていて競合する相手がいない、(c) 自社の市場力が極端に強く競合する相手が問題に
ならない、そういう場合に選ぶ。
業種と規模に応じた知財と標準の逆走両輪戦略
ここでは民間企業ビジネスに限定して、標準と知財のビジネスモデルの基本を(1)から
(4)の 4 種類に分けて説明する。技術の価値や事業の環境が時間とともに変化するので、
ビジネスモデルも時間とともに変化する。ビジネスの特徴は「排他」である。したがって、
各項目の最後にビジネスの排他性を実現する「差別化」の要素を示した。
時間の経過につれて技術が高度から低度へと変化し、やがて陳腐化していくという原理
原則に従えば、(1)から(3)の順番で標準と知財に対応することになる。(1)から(3)は技術
(モノづくり)依存のビジネス(閉鎖は技術独占で儲けて、開放は市場拡大で儲ける)に
なる。つまり、(1)から(3)は一連のビジネスの流れだから、ふつう(1)から開始して、続
いて該当事業の技術の陳腐化に応じて(2)または(3)へ進むようにする。ただし例外として、
技術の陳腐化に関係なく、(3)から始めるビジネスも二種類ある。
ビジネスモデル(3)の例外になるが、民間企業のビジネスでも、最初から供給側と需要
側の両方を開放にして、市場拡大を目指すものがある。それがインターフェース標準であ
る。たとえば、ソニーが開発したステレオミニプラグがある。特段の技術は必要ないが、
その形状規格を他社に公開し、業界標準にして互換性を確立することで、小型オーディオ・
ビデオ製品の市場拡大を実現している。
同じく例外になるが、最初から公共の利便性を求めて、国際整合のためにデジュール標
準化されるものがある。たとえば、公共財のネジ、用紙サイズ、度量衡などの規格である。
基本的なデジュール標準とデファクト標準の違いとは、その出発点が需要側(消費者)か
ら見た立場なのか、供給側(事業者)から見た立場なのか、という違いである。
それらとは違い、(4)は法律(ルールづくり)依存の知財権放棄ビジネス(公共設備関
係)またはノウハウ依存の標準化放棄ビジネス(製造装置関係)になる。公共設備関係の
ビジネスや製造装置関係のビジネスは、ふつうのモノづくりのビジネスにくらべて異質の
ビジネスだから、(4)のビジネス(規制の国家標準制定)を(1)から(3)のビジネス(自由
な民間標準制定)と混同しないようにしてほしい。
民間企業のビジネスとは排他性のことだが、そこには排他(高度技術)から非排他(低
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度技術)へという、時間経過に伴う変化への考察が欠かせない。成長や衰退に時間経過が
ほとんど無関係なビジネスは、時間(市場の民意)では変わらなくてルール(権力の官意)
で変わる行政ビジネスだけである。
特許の項目説明の RAND(Reasonable And Non-Discriminately terms and condition)
とは、非差別かつ合理的な対価でライセンスするという意味である。RF(Royalty Free)
とは、無償でライセンスするという意味である。
(1) 両輪離合型モデル
指向:技術指向(デファクト標準または変則デジュール標準+デファクト知財)
市場:民間市場(技術依存)
独占:技術独占型(ノウハウ系中小企業)
特許:秘匿化(ノウハウ)、知財独占(独占実施、権利侵害差し止め、高額ライセンス)
差別:商品の性能識別格差(質中心の格差)の実現
自社製品(特許内包を含む)を性能や認証(変則デジュール標準)で評価する場合
両輪離合型モデルはデファクト標準の選択が基本であるが、企業規模が大きくなると、
(変則デジュール標準 + デファクト知財)の組み合わせになる。すなわち、自社製品の
技術はデファクト標準に保ち、自社製品の排他的な部分を性能標準や基準認証としてデジ
ュール標準化する。したがって、デジュール標準が、製品自体の標準や知財とは無関係に
見える。素材メーカーや部品メーカーに向いた、技術指向の離合型モデルだといえる。
ま
だ市場に競合相手が存在しない場合に選ぶべきモデルである。ただし、素材や部品のビジ
ネスでも、企業規模の拡大につれて競合企業が出現してくる。両輪離合型モデルの例では、
自社製品自体の標準化ではなくて、自社製品の品質や性能の評価基準をデジュール標準化
して、それで自社高性能製品の市場優位性を保っているので、知財はデファクトが基本だ
が、後追いの競合企業を排斥する必要があればデジュールにする。
(2) 両輪嵌合型モデル
指向:商品指向(デファクト標準+デジュール知財)
市場:民間市場(製品依存)
独占:市場独占型(開発・製造系大企業)
特許:ライセンス、クロスライセンス、パテントプール、開放技術のみ無償実施(RF)
差別:商品の技術優位格差(質と量の格差)の実現
標準規格の製品に自社特許が埋め込まれている場合
両輪嵌合型モデルはデファクト標準で市場を獲得しながら知財でも収益を上げるとい
う、標準と知財の両方を活かすモデルである。一般的な機器メーカーに向いた、商品指向
の嵌合型モデルだといえる。これから市場で他企業と競合する場合に選ぶべきモデルであ
る。もちろん知財はデジュールになる。このモデルはビジネスが派手なので目立ち、標準
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と知財の代表的な活用方法だとふつう理解されている。しかし、それは誤解だろう。標準
と知財は本来、互いに嵌合しない性質だからだ。標準化のエゴという側面を強調した、例
外的なものだと理解するか、事業成長時の一過性のものだと理解するか、そうして活用す
るべきモデルである。
(3) 両輪接合型モデル
指向:市場指向(デジュール標準+デジュール知財)
市場:民間市場または公的市場(標準依存)
独占:権利独占型:情報・通信系大企業、その関連ソフトウエア企業
特許:ふつう実施(RAND)
、無償実施(RF)
差別:商品の市場規模格差(量中心の格差)の実現
標準規格に関連して自社特許製品が使われている場合
両輪接合型モデルは競合企業がすでに存在するので他社製品との互換性が必要な場合
や技術を自社で確保し製造を複数の他企業に任せる場合にみられる。インターネットや通
信系の手数料ビジネスやエレクトロニクスのデジタル機器販売ビジネスに向いた、市場指
向の接合型モデルだといえる。すでに市場に競合相手が存在する場合に選ぶべきモデルで
ある。標準と知財の両方がデジュールになる。
(4) 両輪不合型モデル(2 種類:知財権放棄または標準化放棄)
知財権放棄は、標準と知財の活用としては例外的な公益指向の不合型モデルになる。
指向:公益指向(デジュール標準+知財権放棄)
市場:公的市場(法律依存)
独占:認可独占型(電気、水道、ガス、通信など、社会インフラ官庁ビジネス)
特許:無償実施(RF)
、オープンソフトウエア
差別:行為の画一化(安定した商売だが、元請から下請けへの階層構造になる)
知財権放棄の両輪不合型モデルは官公庁認可の社会インフラ市場を対象としている。強
制互換が求められるので、一部の官公営企業独占ビジネスになる。このモデルで注意する
べきことは、水道、電気、鉄道、通信、放送など、官業であるべき国防的インフラが民業
へと移譲されるにつれて、標準と知財に関しても両輪接合型モデルへと移行していくこと
である。官民癒着の意図的な移行も可能である。
民営化とは、公的ビジネスを似非公的ビジネスにロンダリングすることである。国家社
会インフラ(ラジオやテレビは国家緊急時の情報網としての基本的な役割を担う)の民営
化が進んで、両輪不合型モデルであるべきビジネスが両輪接合型モデルのビジネスへと移
行した国内の例に、総務省傘下の電波産業会(ARIB)の必須特許ライセンス(デジタル放
送規格関連)を扱うアルダージ株式会社がある。複数の当事者が所有する必須特許を一括
して管理、ライセンス許諾するパテントプール会社として 2006 年 7 月に設立された。
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標準化放棄は、標準と知財の活用としては例外的な私益指向の不合型モデルになる。
指向:私益指向(標準化放棄+デファクト知財)
市場:私的市場(技術依存)
独占:技術独占型(製造装置ビジネス)
特許:デファクト知財(秘匿化)
差別:製造の効率化(安定した商売だが、時間の経過で技術が陳腐化する)
標準化放棄の両輪不合型モデルは製造装置市場を対象としている。独自のノウハウと優
位性が求められるので、製造系の大企業相手の独占的な納入ビジネスか、自社製品の製造
に独占的に活用するビジネスになる。このモデルで注意するべきことは、製造装置の優位
性が時間の経過とともに失われていくことだ。さらに高性能の装置を開発するとともに、
現行の製造装置を時期を見て高値で売りさばくことを考えなければならない。
標準と知財のデファクトとデジュールの選択ステップ
標準と知財は、しばしば車の両輪にたとえられる。ただし、標準(公有物)の本質はオ
ープン(非排他)であり、知財(私有物)の本質はクローズド(排他)である。つまり、
標準と知財は互いに逆走する両輪であり、その両者を同時に扱うことは難しい。本稿では
標準および知財と企業ビジネスとの関わりについて、どのように捉えてビジネスを成功さ
せるのか、それら標準と知財という互いに逆走する両輪の制御方法をモデルで解説した。
これまでの分析から、標準と知財のデファクトとデジュールの活用モデルは、技術また
は市場の優位性に応じて表 6 のようになる。ただし、デジュール標準とデファクト知財の
組み合わせモデルは存在しない。なぜなら、標準化に入る前に知財の権利化をしておかな
ければならないからだ。標準と知財は利益獲得という同じ車の両輪だが、標準は市場拡大
による利益獲得のツールで、知財は技術確保による利益獲得のツール、それが基本だとい
う原則を忘れないようにしたい。
表 6 標準と知財のデファクトとデジュールの選択ステップ
ステップ 1
技術優位かつ市場小(小事業=中小企業)
両輪離合型モデル(デファクト標準とデファクト知財)を選ぶ。
ステップ 2
技術重視から市場重視へ(中事業=成長)
両輪嵌合型モデル(デファクト標準とデジュール知財)を選ぶ。
ステップ 3
市場優位かつ市場大(大事業=大企業化)
両輪接合型モデル(デジュール標準とデジュール知財)を選ぶ。
標準と知財のデファクトとデジュールの関係は、企業または事業の規模に応じて対応す
るべき戦略的モデルとして、4 種類の「標準と知財の両輪戦略モデル」にまとめた。技術
力をもつ中小企業で成熟企業として生き続ける企業には両輪離合型モデルが多い。しかし、
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化学関係など、特殊な分野の大企業を除いて、ふつうの中小企業が大企業へと成長を望む
のなら、両輪離合型モデルから両輪嵌合型モデルへの移行、または両輪離合型モデルから
両輪接合型モデルへの移行が必然になる。さらに大きい市場が必要になるからだ。
市場重視の成長期事業であれば、企業規模に関係なくステップ 2 に相当する。ただし、
成熟期の中小企業もステップ 2 に相当する。企業規模が小さくてデジュール標準化に対応
しにくいこと、市場の成長(中堅企業化)よりも事業の安定を望むこと、それが理由であ
る。素材や部品の事業なら両輪離合型モデルの選択が妥当であり、業界共通システムの事
業なら両輪接合型モデルの選択が妥当である。いずれにせよ、クローズドとオープンの関
係(人工物)を瞬間的な現象として捉えてはいけない。必ず経時変化(時間の経過ととも
に事業が変化し、相互関係も変化)する実体として捉えなければならない。
4. ISO/IEC 国際標準化の国内人材育成の現状
国際標準化人材育成教育カリキュラムの一例
グローバル化が進み、民間企業発の国際社会インフラ標準(デファクト型デジュール標
準)が増加するにつれて、公共の利便性を大義名分にしてきた国際標準化が、日米欧また
は日中韓の企業間ビジネスバトルだという様相を呈してきた。そして標準化人材育成が、
単純な徒弟制度のような、先輩の姿に倣う OJT(職場内訓練)では間に合わない時代にな
った。どうしても組織的かつ恒常的な教育の場が必要だ。オーソドックスな国際標準化教
育のカリキュラムとしては、基礎から応用まで、以下のような内容が考えられる。
国際標準化専門家教育カリキュラム
(1) 標準の基本的な役割と実際
(2) 規格体系と規格作成の方法
(3) 標準化を推進する関連組織
(4) 技術の開発と標準化の関係
(5) 企業の経営と標準化の関係
(6) 知的財産権と標準化の関係
これに近い内容では、(一財)日本規格協会が標準化教育用のモデル教材を開発し、そ
れを利用して実際の教育を実施している。教材は「共通知識編」と「個別技術分野編」に
分けられている。標準化の初心者にとって、標準化という分野を広く理解するためには、
どうしても欠かせない知識を提供している。近年、多数の大学や大学院でも、同じような
教育が実施されているが、技術経営や知的財産権の講座の一部に組み込まれていることが
多い。
過去または現在の話になるが、標準化に関する講座を開いている(開講予定も含む)大
学や大学院は以下のようになる。それぞれの大学や大学院のホームページを閲覧すれば、
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そのカリキュラムの内容がわかる。残念なことに、標準化教育に熱心な担当教員が退職す
ると、その講座が途絶えてしまうことが多い。また、ほとんどが必須科目ではなくて、選
択科目として開講されている。
標準化に関する講座を持つ(持っていた)大学または大学院の例(順不同)
駒澤大学、千葉大学、千葉工業大学、九州大学、中部大学、桜美林大学大学院、大阪工
業大学大学院、金沢工業大学大学院、関西学院大学専門職大学院、国士舘大学大学院、産
業技術大学院大学、情報セキュリティ大学院大学、千葉大学大学院、東京工業大学大学院、
東京農工大学大学院、東京理科大学専門職大学院、奈良先端科学技術大学院大学、北陸先
端科学技術大学院大学、早稲田大学大学院、東京大学大学院、大阪大学大学院
ちなみに筆者は、桜美林大学大学院で特任教授として専門課程の講義(90 分、15 コマ)
を担当する傍ら、関西学院大学専門職大学院、東京工業大学大学院、北陸先端科学技術大
学院大学などで、非常勤講師やゲスト講師として国際標準化の講義を担当している。受講
生は、企業在籍者、知財関係者、日本人学生、外国人学生など、大学によって大きく違う。
また、同じ標準化または知財権のテーマでも、受講生のニーズが実学なのか、必要取得単
位の数値合わせなのか、それによってもカリキュラムの内容に工夫が必要になる。
さらなる問題がある。これら標準化の講座を担当している講師陣が固定化されているこ
とだ。筆者の顔見知りも多い。もちろん筆者よりも若い人がほとんどだが、それでも順当
な新陳代謝が必要であり、若手実務経験者の登場が望まれている。ただし、標準化教育は
通常、チームワークとして実施されているので、チームの一員がチームワークとして必要
とされる技能の一つに秀でていなければならない。かつ、そのチームワークに必要とされ
る技能のすべてに対応できなければならない。標準化教育担当者としては、かつての自分
の専門領域だけでなく、デジュール標準化とデファクト標準化の両方はもちろんのこと、
知財権についても幅広い知識と実務経験が求められている。
筆者自身は、標準化教育を受けたことがない。すべて OJT で学習してきた。今となれば、
きちんとした総合教育をしてくれる人がいたならば、もっと早く仕事が理解できて、無駄
な試行錯誤をしなくて済んだような気がする。ただし教育は、教育を担当するに値する人
が、教育を受けるに値する人に施すものだ。社会人になってからの筆者は、自己啓発を頼
りに育ってきた。他人の手による教育を否定するわけではないが、原理原則から外れた間
違ったことを教えられ、簡単なことを複雑なことのようにして教えられ、その後に正解を
求めて不要な試行錯誤を強制された記憶が多い。
人材育成の基本
図 2 に教育の基本を示す。人材育成には単純な原理原則がある。それは絶対、必要、十
分の三条件に従うことだ。それを忘れて枝葉末節の方法論や細かいカリキュラムに拘って
いても、人は育たない。
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鉄は熱いうちに打ち(絶対条件)、他人の飯を食わせ(必要条件)、そしてかわいい子
には旅をさせる(十分条件)。絶対条件は、人が自力で育つ能力を身につけるために欠か
せない。人間は若いときほど成長が著しい。標準化でいえば、会社の業務が総合的に理解
できる 35 歳から 40 歳ぐらいになるだろう。また、35 歳までに海外勤務(海外旅行や大
学生活の経験では、役に立たない)や子会社勤務の経験をすることが望ましい。それは未
知の体験により、試行錯誤を済ませるべき時期だからだ。50 歳を過ぎて高い役職に就い
て、その実務の場で試行錯誤をされたら、それは周囲の迷惑になる。
人材育成の三条件と順序
(1) 絶対条件(早期)人材育成のタイミング
繁忙と閑散を早期に繰り返す行為「低度から高度」のこと
(2) 必要条件(経験)人材育成の量的側面
繁忙のなかで覚えるという行為「経験から学習」のこと
(3) 十分条件(思考)人材育成の質的側面
閑散のなかで考えるという行為「思考から模索」のこと
教育
依存 → 分岐点 → 自立
他者によるプログラミング → 自己によるプログラミング
依存(学習から思考への跳躍)自立
形而上
潜在的な質
で資本回収
形而下
顕在的な量
に資本投資
見える
経験→学習
適度の束縛
見えない
思考→模索(修羅場で育つ)
適度の自由
トレードオフとタイミング
図 2 教育の基本
人材育成において、その絶対条件と必要条件を満たすことは簡単だが、十分条件を満た
すことは本人の自覚と努力が必要になり難しい。したがって、早期の OJT をとおして、自
力で育つ逸材を探し出すことになる。ただし、若者を重要な仕事に登用してはいけない。
若者は育てるものだからだ。教育の対象ではあるが、活用の対象ではない。役職や地位が
人を育てるというが、それは個人の資質によって違う。育たない人は育たない。
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国際標準化に限らず、すべてのビジネスの基礎は人材育成になる。ビジネスの失敗や企
業の衰退は、事業環境のせいではなくて、すべてが人災によるものだと断言できる。人材
が技術を開発し、人材が組織を構成し、その技術と組織を以って企業経営が可能になる。
次世代標準化人材育成の実際
国際標準化には、ITU/ISO/IEC などの国際標準化機関が定めた標準化プロセスの規則が
適用される。したがって、それらの詳細を覚えなければ仕事にならない。しかし、それを
標準化未経験者に教えるのもどうかと思う。実務経験がなければ、必要性を感じないし、
身につくとも思えないからだ。標準化プロセスについては、必要に迫られて学ぶことが、
いちばん効率的ではないだろうか。
標準化プロセスよりも大事なことがある。それは交渉、会議、闘争と、それに伴うロビ
ー活動だ。標準化や知財権は、技術をベースにしたルールなので、どうしても人と人との
交渉が必要になる。高度な交渉力には、人や組織の行動に関する深くて広い知識と経験に
加えて、社会や文化の違いに関する理解が欠かせない。
社会生活で自分の意思を通すには、交渉のほかに会議や闘争という手段が必要になる。
人の心を欲という動機で動かす、それが交渉だ。組織(複数の人)を民主的に動かす、そ
れが会議だ。会議を迅速かつ確実に終わらせるための手段が「事前交渉」だ。組織(複数
の人)を専制的に動かす、それが闘争だ。闘争を軽微な負担で短期に終わらせるための手
段が「事中交渉」だ。そして弁護士的な仕事は「事後交渉」になる。
交渉とは、理詰めで議論するディベートのことではない。人間の根源的な部分――自分
の欲と相手の欲とのぶつかり合いのことだ。ただし本物の交渉力は、ふつうの会社勤務や
社会生活などの経験で得られるものではない。また、交渉術の本を読んだり交渉術セミナ
ーに出席したりして得られるものでもない。それよりも、自分が所属する組織から離れて、
企業や国家の代表として独力で交渉に当たったり会議に出席したりして、数々の失敗を重
ねながら得られるものだ。
そうは言っても、交渉のイロハを学んでいたら、実践の場で迷うことも失敗することも
少なくなる。そういう意味で、筆者は 2010 年から国際ビジネスを担える若者を育てるた
めに、交渉や会議、ロビー活動に重点を置いた次世代標準化人材養成プログラムを始めて
いる。週に 1 コマ、1 日に 3 時間から 4 時間を使い、それを 15 コマぐらい続けて1コー
スが終わる。最初の 2 コースは、日本規格協会の後援で開催した。それからの 4 コースは、
経済産業省と日本規格協会の共同で開催した。1 コースの受講者数は 10 名から 20 名てい
どで、すでに 100 人を超える修了者を出している。
島国の日本では、鉄道、通信、電力などは、ドメスティックな世界に生きる社会インフ
ラビジネスだ。それでも、そのような社会インフラビジネスが、国家間の競争として認識
されるべき時代を迎えている。海外からの攻撃で過去、痛い目に遭った JR 東日本、東京
電力、デンソーなどは例外だが、大多数の日本企業において国際標準化の重要性を真に理
解している経営者は少ないと思う。
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海外との熾烈な国際競争で求められるのは、知識と経験はもちろんのこと、個人と組織
の卓越した外交能力だ。理論を積み上げる領域の学習とは違い、次世代標準化人材養成プ
ログラム(ヤングプロフェッショナル講座)では、国際的なせめぎ合いに嗅覚を持つ、野
心的な人材の育成を目指している。参考までに、直近の 2015 年 11 月から 2016 年 1 月に
かけて開催した ISO 標準化専門家を対象にした「標準化と知財権に関する人材育成講座」
(40 時間:10 回×4 時間)の教育カリキュラムを紹介する。
講義には、必要に応じて外部講師を招聘する。また、過去の試行錯誤の結果、実質的な
講義回数を 9 回に短縮して効率化を図った。テキストは参考資料(3)と(4)に示した拙著
『本質と現象の両輪経営戦略』と『標準と知財の両輪経営戦略』およびプリント資料を利
用している。また、参考資料(8)に示した拙著『目からウロコの英語とタイプの常識』も、
後半のカリキュラムに合わせて講師から受講者に無料で配布して利用している。講義全体
はビジネスの二律背反の理解をベースに、受講者の英語能力に合わせて、英語または日本
語で実施している。特に交渉や会議の講義とロールプレイは英語で実施している。
次世代標準化人材養成プログラムカリキュラム
第一回 本質と現象の両輪経営戦略
・国際標準戦争(ビデオ放映と討議)
・本質と現象の両輪バランス(ヒト・モノ・カネを活用する)
・企業経営の基礎
・グループ討議
第二回 標準と知財の両輪経営戦略
・企業ビジネスと標準化
・企業ビジネスと知財権
・標準と知財の両輪バランス(ルールを活用する)
・グループ討議
第三回 国際標準化関連知識と手順(国際標準化プロセスの実際を解説する)
・国際標準化に関係する団体と標準化プロセス(講義)
・国際標準化事例 1(議長)外部講師の講演
・国際標準化事例 2(幹事)外部講師の講演
・国際標準化事例 3(コンビナー、PL、専門家)外部講師の講演
・グループ討議
第四回 国際標準化に関連する組織(国際標準化関連組織構造と組織活動を解説する)
・国際標準化機関の構造と活動 1(上層委員会)外部講師の講演
・国内標準化機関の構造と活動 2(日本工業標準調査会)外部講師の講演
・国内標準化団体の種類と活動 3(JSA を含む各種工業団体)外部講師の講演
・国内標準化団体の種類と活動 4(JSA を含む各種工業団体)外部講師の講演
・グループ討議
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第五回 国際標準化活動と交渉事例(デファクトを含めた標準化の交渉事例を紹介する)
・国際標準化活動と交渉(講義)
・国際標準化事例 1(デジュール)外部講師の講演
・国際標準化事例 2(デファクト)外部講師の講演
・国際標準化事例 3(その他)外部講師の講演または担当講師の講演(スイカ標準化)
・グループ討議
第六回 基礎技能とロビー活動
・国際標準化に必要な技能(タイピングと英語)
・プレゼンテーション技能
・ロビー活動とビジネスマナー
・グループ討議
第七回 成功する交渉術
・交渉の知識と、交渉の実際(個人とバイラテラル交渉)
・個人交渉ロールプレーイング一回目
・個人交渉ロールプレーイング二回目
・講師講評
第八回 決定する会議術
・会議の知識と、交渉・会議の実際(会議とマルチラテラル交渉)
・会議の英語
・会議交渉ロールプレーイング一回目
・会議交渉ロールプレーイング二回目
・講師講評
第九回 勝利する闘争術
・組織の知識と、交渉・会議・闘争の実際(組織とチーム闘争)
・組織交渉ロールプレーイング一回目
・組織交渉ロールプレーイング二回目
・講師講評
第十回 座学修了式(人数の関係で、必要に応じて時間延長する)
・個人成果発表(15 分×全員の報告)
・評価(審査員講評)
標準化や知財権に関して発生した国際ビジネスの問題は、目に見える現象として捉えら
れる。消防という言葉があるが、標準化は消防と同じ種類の仕事である。問題が発生した
後に対応する消火が現象(例えば ISO 9001 品質管理システム標準)への対応であり、問
題が発生する前に対応する防火が本質(例えば自社独自の優れた品質管理システム)への
対応である。
愚者は、現象を見て、その現象だけに対応する。だから、愚者には現象への対応が永遠
に求められる。さらなる愚者は、現象を見て本質を知り、その本質だけに対応する。だか
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ら、さらなる愚者は今起きている現象に対応できずに滅びてしまう。賢者は、現象を見て
本質を知り、その現象と本質の両方にバランス良く対応する。さらなる賢者は、先に本質
を知り、必要に応じて自ら現象を起こす。
その原理原則の理解こそが、国際標準化教育の目指すところであり、今日の日本の政産
学官で働く人たちに求められていることである。残念なことに、国内企業経営者にはビジ
ネスの現象だけを追う人が多い。現象は瞬時に捉えられるので誰の目にも見える。しかし、
本質は経時でしか捉えられないので、経験と知識がないとわからない。
現象(見えるもの)と本質(見えないもの)の橋渡しをして、その両方にバランスよく
対応する、それが企業経営者の仕事である。標準化または知財権は、現象(ルール)と本
質(技術)の両方を相手にする仕事なので、その専門家に企業経営者の目線が求められる。
おわりに
ソニーに勤務していた筆者は、自分の意志で 1991 年から本格的に国際標準化に関与す
るようにした。それからの 20 年間を超える仕事において、ARIB、TTC、JEITA、JBMIA、ITSCJ、
JEMA など、多数の団体で標準化関連活動に参加してきた。また、ISO/IEC JTC1/SC29 国内
委員、JTC1/SC17/WG8 委員、情報規格調査会規格理事、IEC/TC91 国際幹事、IEC/SMB 日本
代表委員、ISO/TC281 委員など、内外の標準化関連委員会の委員や役職も経験してきた。
国際標準化の実務では、ソニーが自社のために推進する国際標準化だけでなく、デンソ
ーの QR コード、JR 東日本のスイカ、東京電力の UHV などの標準化にも関与し、国際標準
化審議の場で欧米から蹴り出されてしまった日本規格の国際標準化復活劇を成功させて
きた。国際標準化バトルの極限においてノイローゼ寸前の状態に陥ることもあったが、ほ
とんど不可能だったことを可能にしてきたという、その成功体験の積み重ねが自分の交渉
能力に自信をつけてくれ、今では「失敗しない交渉人」を自負するようになった。
これらの経験から得た国際標準化の教訓とは、特定の企業で作成された規格が、同じ種
類の事業を展開する企業や国家(特に日米欧や日中韓)にとって、確実にビジネスの障害
になるということだ。したがって、海外競合企業の業界標準や国際標準などの策定動向に
は、日常的に注意を払わなければならない。国家(または欧州地域)には他意が無い。し
かし、個々の企業には他意が有る。他意の有無、そのどちらにおいても後手に回る対応が
許されない世界、それが国際ルール制定(国際標準化と知的財産権)である。
二律背反(クローズドとオープン)の経営戦略は、知財と標準の関係に限ったものでは
ない。それは汎用性を持つ経営戦略であり、ビジネスの本質を突く原理原則である。いか
なるビジネスであろうとも、それに人間が関与する限り、本稿で述べたクローズド(頭脳)
とオープン(手足)という二律背反の原理原則が適用できる。ただし、二律背反は二者一
体であり、分離してはいけない。頭脳と手足の二者を分断すると、そのどちらも機能しな
くなる。時々刻々と重点バランスが変化する両者(二律背反)の中間で揺らぐ相手に対し
て、自分の立ち位置も時々刻々と変えて対応する――それが成功する人生およびビジネス
である。
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参考文献
1) 原田節雄『ソニー 破壊者の系譜』2015 年 12 月、さくら舎
2) 日本規格協会『標準化と品質管理』2015 年 3 月、日本規格協会
3) 原田節雄『本質と現象の両輪経営戦略』2014 年 10 月、日本規格協会
4) 原田節雄『標準と知財の両輪経営戦略』2014 年 10 月、日本規格協会
5) 原田節雄『ソニー 失われた 20 年』2012 年 9 月、さくら舎
6) ペン・ハナサーズ『となりのクレーマーって僕のこと?』2012 年 4 月、エール出版社
7) 原田節雄『国際ビジネス勝利の方程式』2010 年 11 月、朝日新聞出版
8) 原田節雄『目からウロコの英語とタイプの常識』2009 年 1 月、パレード
9) 原田節雄『世界市場を制覇する国際標準化戦略』2008 年 10 月、東京電機大学出版局
10) 原田節雄『ユビキタス時代に勝つソニー型ビジネスモデル』2004 年 3 月、
日刊工業新聞社
原田節雄(はらだせつお)
1947 年、山口県生まれ。桜美林大学大学院経営学研究科特任教授。東京工業大学や関西
学院大学の技術経営系大学院の非常勤講師、日本規格協会技術顧問、国際標準化協議会理
事、ファインバブル産業会顧問、NEDO 技術委員などを兼任。
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