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地域政党と移行期の民主主義
地域政党と移行期の民主主義 −福祉改革を中心に− 住 沢 博 紀 Ⅰ 問題の所在―3つの民主主義 1.90年代の二つのプロジェクト 2.山口定教授の提起:市民的公共性 3.90年代政治の到達点=ポピュリズム 4.政権交代モデルと市民政治モデル 5.三つの民主主義 Ⅱ 市民社会のガバナンスのツールとしての自治体議会と地域政党 1.自治体議会と政党政治 2.地域政党の成果と限界 3 結論と次の課題 Ⅰ 問題の所在―3つの民主主義 本論では、地域政党(ローカル・パーティ)とは、政治と市民社会を媒介し、しかも市民社 会そのものに公共空間を構築する、市民的ガバナンスの実践的な運動および制度であるという 前提に立ち、国民国家、地域、自治体それぞれのレベルの民主主義の区別と、その再構成をめ ざす。 1.90年代の二つのプロジェクト 筆者は山口定教授とは、90年代に2回の研究プロジェクトを共に行い、2冊の共著を著した。 第1回目は、旧総評センターが1990年秋に発足させたプロジェクト「労働組合と政治」であり、 この成果は、山口定・宝田善・進藤榮一・住沢博紀編『市民自立の政治戦略』(朝日新聞社 1992年)としてまとめられている。2回目は、社団法人生活経済政策研究所が後援した「市民 の選択と21世紀システム研究会」であり、これは1998年9月から1999年11月まで行われ、山口 定・神野直彦編著『2025年 日本の構想』(岩波書店2000年)として出版されている。現在か ら振り返ってみると、この2つのプロジェクトは、「日本の失われた10年」といわれる、1990 −21− 政策科学 11−3,Mar.2004 年代の最初と最後に位置している。この90年代の研究プロジェクトは、現在、いかなる意味を もつのだろうか。 山口教授は、前者では「新市民宣言」を、後者では「21世紀への戦略設定」という2論文を 執筆している。『市民自立』では、国民概念にも、住民運動にも吸収されない、より普遍的な 「市民」概念を政治の活動主体として設定し、またこうした市民概念がリアリティーをもつ段 階に日本が到達したことを宣言している。『日本の構想』では、グローバル化と21世紀を迎え、 2025年を目標とした「生活空間」と「公共空間」を総合するシステム改革戦略を提起する。 90年代冒頭の『市民自立』では、二つのテーマ、正確にいえば、二つの戦略が未分化のまま 混在していた。西欧の社会民主主義戦略と欧米の市民社会戦略である1)。社会民主主義戦略は、 労働政治的なアプローチであり、ヨーロッパの福祉国家モデルと、日本の労線統一によって成 立した『連合』を中心とした「社会民主主義勢力の総結集論」をつなごうとする試みであった。 市民社会戦略とは、公共政策的なアプローチといえ、しかもその活動主体を市民として、その 政治戦略を国家よりもむしろ市民社会を場として構想するものであった。しかし90年代日本で は社会民主主義戦略はもはや時期を逸しており、市民社会戦略は、なおも長期的な展望のもと でのアジェンダに留まった。 2.山口定教授の提起:市民的公共性 この二つの戦略は本来、対立するものではない。欧米では90年代の後半には、「第3の道」政 治、あるいは「モダン社会民主主義」論として定着していった2)。しかし日本では、社会民主 主義勢力やリベラル勢力が弱く、「第3の道」政治を日本の現状に合わせて発展させていくこと には困難があった。それだけに、理論的にも、運動論的にも市民社会戦略に注目が集まった。 この作業は、山口教授の近著『新しい公共性』3) に収録されている「新しい公共性を求めて −状況・理念・基準」にも見てとることができる。理論的な戦場は、「公共性」をめぐるディ スクールであった。 日本のこれまでの公共概念では、官庁・行政により公が独占されていた4)。その裏返しとし て、「公・私二元制」とでもいうべき、公共性から切り離された領域としての「私」概念があ り、「私化」ともいうべき現象が戦後社会の特色として語られる。これに対して、山口教授の 提起は、間宮陽介の表現を引用しつつ、「公と私を結び付けるものとしての公共性」というこ とになる。「生活空間」と「公共空間」をつなぐ「公共」概念の提起といってもよい。 90年代には、NPO論や地域協同組合論などを論じる場合、行政セクター(公)、市場セクタ ー(私)、協同セクターあるいは市民セクター(協あるいは共)という3つのセクター論が幅 広く流布した 5)。あるいは、地域ガバナンスの活動主体をめぐる議論では、政府(公)、企業 (私)、家族および地域社会の市民組織(アソシエーションとコミュニティ=協と共)という3 者の区別と協働が重要となる 6)。この限りで、山口教授のいう、「公共性の概念を公と共に分 解して点検し、その上で両者を再結合させる」(13頁)という視点は、今や多くの市民活動家 や研究者に共有されているといえる。 −22− 地域政党と移行期の民主主義(住沢) しかし山口教授は議論をさらに進め、公共性の概念を、第1に主体としての公衆=市民、第 2に公共空間という市民がつくる空間論、第3に正当性基準としての公共性(規範的概念)と いう3相において把握する。そして第3の正当性基準に関して、公共政策の正当性を具体的に 根拠付けるものとして、当面、8つの基準が列挙される。(1)社会的有用性、(2)社会的共 同性、(3)公開性、(4)普遍的人権、(5)国際社会で形成されつつある文化横断的諸価値 (6)集合的アイデンティティの特定のレベル、(7)新しい公共争点への開かれたスタンス、 (8)手続きにおける民主性がそれである7)。 3.90年代政治の到達点=ポピュリズム そうした作業は、一方では、代議制民主主義と国民国家のもとでの統治機構を論じる戦後の 自由民主主義体制の枠組みから、市民社会の多様な活動による新しい公共性の構築に向け、政 治概念を大きく転換させる試みを含んでいる。統治機構を論じるガバメント論から、市民社会 のガバナンス論への移行といってもよい8)。他方で、市民、公共空間、市民的公共性などの規 範的なアプローチは、その正当性基準を行使して現実政治を批判的に検証することはできても、 現実政治そのものの組織原理になっているわけではない。現実政治は、なおも政治権力、官僚 制、経済的な利益誘導などがおりなす、複雑なメカニズムとシステムの論理に立脚しているか らである。さらにいえば、資本と情報のグローバル化により、福祉国家や社会的な市民権など の憲法的な要請も、実質的に大きな制限と制約を受けている。 「失われた10年」としての90年代とは、この市民的な新しい政治理解と現実政治の乖離が極 端なまでに進行し、結果として政治不信を生み出した時代であったといってもよい。市民フォ ーラム型運動に端を発した東欧革命と冷戦の終結、環境イッシューやジェンダー問題など新し い社会運動の台頭、「リクルート事件」、無党派層の台頭、情報公開の請求、住民投票、政治改 革の機運など、80年代末から90年代の冒頭には市民の時代の到来を予感させる出来事が、海外 でも国内でも相次いで起きた。そこでは、市民的公共性の基準にしたがって、現実政治を議論 する新しい市民型政治が登場しつつあった。しかしこうした要請に対して、政府、既成政党、 行政組織、大企業は十分な対応ができなかった。また日本のマス・メディアや知識人も、「市 民の時代」を喧伝したが、それを発展させ政治文化として根付かせる地道な作業を怠ったし、 実践的なプログラムも持っていなかった。多くは気分的なものに留まり、海外の理論や運動の 紹介で終わった。市民的公共性と現実政治を架橋しようとする努力は、急速にリアリティを喪 失していった。とりわけ政府や官僚組織は、彼らなりに「市民の時代」の政治スタイルを習得 していった。こうして行き着いたところは、「朝まで生テレビ」風の政治闘論の流行であり、 その都度の世論の動向を見て政治を演出する、小泉ポピュリズム政権の誕生であった9)。 4.政権交代モデルと市民政治モデル ここで90年代の日本政治を再度検証すると、次の二つの軸めぐって展開していることがわか る。 −23− 政策科学 11−3,Mar.2004 第一の軸は、「政権交代のある民主主義」である。1993年、38年ぶりに成立した非自民政権 である細川政権は、選挙制度改革を旗印とし、政策対立を軸とする2大政党制をめざした。こ れ以後、連立政権の時代になったが、多数派獲得のために政界再編は進んでも、政策選択を軸 とした政権交代は実現していない。生活者・消費者と供給側、福祉重視と市場重視、社会民主 主義・リベラルな潮流と産業界・保守主義の陣営という基本政策・基本理念の対立軸を想定し た2大政党制の可能性は、メディアや研究者も巻き込んで議論されたが、現実とは遊離してい た。しかし現在行われている2003年11月総選挙でも、メディアや政治学者の一部は、政策マニ フェストを掲げる民主党と、小泉自民・公明連立政権の間での「政策選択・政権選択」が問わ れていることを強調している。 第二の軸は、市民自治、参加型民主主義、分権論、生活者政治など、これまでの政党政治や 政府・政権をめぐる政治とは区別される、新しい政治文化をめぐる問題である1 0 )。国や行政に 独占されてきた公共性を、市民的公共性の視点から正当性基準を再審議しようとする試みであ る。これを市民政治モデルと名付けよう。成熟した自由民主主義体制のもとでは、投票による 代表選出という手続きだけでは民主主義の正当性意識を満足させることが出来ない。しかし他 方で参加型民主主義であればいいというものでもない。このアプローチでは、これまで福祉国 家論で議論された生活をめぐる問題、あるいは環境などの社会的共通資本に関して、生活者政 治、持続可能な政治、ソーシャル・ガバナンス論など、市民社会の資源の再評価と市民社会自 体の改革も重視されている。 この間、伝統的な政治の領域では、各種選挙の投票率の低下、無党派層の増大などが注目さ れ、分析されている。こうした無党派層は一方では上に述べたポピュリズムの予備軍である。 しかし他方では、環境問題や行政サービスに関して、政策形成過程での市民参加や公開のもと での議論、住民請願や住民投票など直接民主主義的な要素の導入、行政に対する市民的コント ロールの要請など、民主主義の正当性要求の水準が高い人々も多い。市民政治モデルは、もは や都市型の少数派の問題ではない。 そもそも日本のような1億2700万人規模の国民国家では、政権交代モデルと市民政治モデル の間には、民主主義の視点からは架橋できない大きな隔たりがある。要するに、政党をもっと 近代化し、党首を中心に政策的な意思決定とリーダーシップを明確化すべしという「政権交代 モデル」の要請と、政党はもっとネットワーク型組織や分権的に組織され、普通の市民も参加 でき、ともに議論し、それを政策に集約できるような「市民政治モデル」、という二つの民主 主義が問題になっているといえる。そしてこれは、国政レベルの政治を担うナショナル政党と、 自治体レベルの政治を担うローカル・パーティ(地域政党)という、二つの異なるレベルの政 党論、二つの異なるレベルの民主主義として議論した方がいい、というのが私のこれまでの見 解であった11)。 しかし、分権化が進み、それぞれの地域が政治主体として登場する時代には、「政権交代モ デル」と「市民政治モデル」に加えて、国家と地域を媒介する第3の領域の民主主義を設定し なければならない。それは、道州制の導入と、地域代表として参議院を編成替えするという制 −24− 地域政党と移行期の民主主義(住沢) 度論だけに限定されない。三つの領域が、移行期の民主主義論として位置付けられなければな らないのである。 5.三つの民主主義 図1では二つの軸を設定している。縦軸はガバナンスのレベルであり、国家レベル、都道府 県レベル、基礎自治体レベルの3層が想定できる。もちろん、欧州連合(EU)のように、国 民国家をこえる地域ガバナンスが、欧州議会の役割、欧州憲法の制定などをめぐり具体的な政 治課題となっているところもある。しかし東アジアでは今は国家レベルまでである。横軸はガ バナンスの形態であり、政府や議会、選挙制度など、狭い意味での制度化された政治と行政シ ステムによる統治から、市民社会の中間団体や福祉団体、地域ユニオンや協同組合、多様な市 民組織やNPOなどによる協治までという幅で考察される。この図1から上で述べた3つの民主 主義が類型化できる。 (1) 政権交代型民主主義 この中には、国政レベルの政党政治と、都道府県や自治体の首長選挙(擬似大統領制)が含 まれる。都道府県の知事選挙は、かつては保守・革新という対立軸に沿って国政レベルの政党 政治と結びついていたが、現在では脱政党色が強くなっている。90年代をとおしてもっとも政 権交代型民主主義が発展したのは、この首長選挙をめぐってである。 国政レベルの政党政治は、図1に示されるように、ますます市民社会から遊離し、統治機構 の一部となっている。しかもそうした政党が、ほんとうの意味での政権交代型として機能する かどうかも疑わしい。55年体制では、保守・革新という政党の対立軸は明確であったが、政権 交代はなかった。自民党は多様な利益を代表する結集政党であり、党内の派閥力学によって擬 似的な政権交代が進行した。現在、自民党と民主党という2大政党制の枠組みができつつある。 国家レベル 政権交代モデル (国政政党) 国家と地域の 対立と調整 (ガバナンスの形態) 市民社会 政府 知事・市長 市民政治モデル 首長選挙 (地域政党) 自治体レベル 図1 三つの民主主義 −25− 政策科学 11−3,Mar.2004 しかし、自民党にせよ民主党にしろ、政権に就いた政党が新しい結集政党になるなら、政権交 代モデルではなく政界再編型政治がこれからも継続される可能性が高い。 (2) 地域と国家を調整する民主主義・・・知事連合あるいは地域代表機構 これまでの集権国家や、国民的な同一性が高いレベルで実現されている時代には(地域への 再分配政策としての公共事業と補助金政策)、この空間は独自の民主主義の圏として考えられ ることはなかった。しかし21世紀に入り、地域と国家を調整する民主主義は、ますます広がり、 重要性を増すことが考えられる。第一に、東京・首都圏への集中が進むにつれ、地域間格差が ますます広がり、社会的公正に関連する課題として政治争点になるだろう。しかも中央・地方 とも莫大な累積赤字を抱えている現在、地域間再分配政策には限度がある。そうであれば、地 域間格差を民主主義による手続き的な正当性によって調整し承認する政治過程が必要となる。 それが、道州制の導入や、参議院をドイツの連邦参議院のように地域代表機構となるように 立法機構の抜本的な改革まで行き着くのか、それとも非公式な知事連合が、事実上、政府に対 してさまざまな交渉を行うという形態になるのか、ガバナンスのあり方には大きな幅がある。 55年体制のもとでの保守・革新の補完的な対立スタイル、自民党派閥政治の競争と権力闘争シ ステム、そうした系譜を考慮するなら、この第二の民主主義の領域は、知事連合と結集政党を 与党とする政府首脳の間の対立をはらむコーポラティズムとして形成されるかもしれない。こ れは重要で興味のあるテーマであるが、本稿では課題の示唆にとどめる。 (3)市民政治モデルの民主主義 市民自治や参加型民主主義、あるいは市民社会のガバナンスといってもよい。図1では、こ の領域は「地域政党」として規定されている。ここで政党という言葉が使われているが、それ はこれまでの政党政治の概念とは大きく異なり、もはや議会制度などの政治システムに限定さ れず、むしろ市民社会に属する市民的組織であることが強調される。もちろん現実の自治体議 会では、自民党、公明党、共産党の三政党を中心に政党化が進んでいる。とりわけ後に検討す るように、政令指定都市では顕著である。しかしここでもガバナンスの形態は多様であり、新 しいタイプの政党や非政党的な政党も登場してきている12)。 筆者はこうした新しい市民政治型の地域政党を、政治を市民社会にとりもどす運動として90 年代に分析し、3つの地域政党について事例研究を行った1 3 )。市民派議員連合体としての「虹 と緑の500人リスト運動」、生活クラブ生協を母体として生まれた、新しい社会運動型の「生活 者ネットワーク運動」、旧社会党の自治体レベルでの党改革やネットワーク型政党を唱えて設 立され、1996年民主党設立を支援した「ローカルパーティ東京市民21」の3つである。図1に 示される視点にたち、この3タイプの地域政党の意義を再検討するとともに、その限界と新し い展開について考察する。 −26− 地域政党と移行期の民主主義(住沢) Ⅱ 市民社会のガバナンスのツールとしての自治体議会と地域政党 1.自治体議会と政党政治 議会も政党も、本来は、社会と政府などの統治機構を「つなぐ」ものであった。しかし20世 紀後半には、議会や政党はますます行政機構と融合し、社会から切り離された政治・行政シス テムとして確立されていった。議会や政党は、自由民主主義体制のもとでの政府論や統治論の 一部として議論されたのであり、市民社会のガバナンス論として考えられたのではなかった14)。 自治体議会や自治体議員の場合は少し異なる経過をたどった。もともと国の機関委任事務が 多く条例策定が限定されており、また直接選挙によって市長や知事など首長が選ばれるという 制度のもとでは、議会は立法機関であるという自覚は議員たちも希薄であった。政治は、直接 選挙で選ばれる首長が代表し、行政は公務員が行い、議会と議員の役割は曖昧であった。しか しそれだけ余計に、議員個人や地域の政党組織などの主体的なかかわり方によって、自治体議 会が活性化したり休眠状態に陥ったりしていた。 今、60年代後半から現在までの自治体議会議員の所属政党の変動を見てみよう。 (1)都道府県議会 まず表1に掲げた都道府県議員に関していえば、国政レベルの政党勢力配置を反映しており、 独自性は少ない。自民党が、1969年の1,655人から、2002年の1,335人に減少し、保守系無所属 が増加した。公明党、共産党が70年代から躍進したが、現在は頭打ちになっている。新自由ク ラブ、社民連、日本新党など、その時代ごとに都市型の改革政党が生まれたが、既成政党の枠 組みの壁にぶつかり、持続的な発展ができなかった。諸派の中には、90年代からは東京や神奈 川の生活者ネットワークがあるが、こうした地域政党の役割はまだ限定されている。総じて都 道府県議会は、膠着状態に陥っているといってもよい。政治も議会も一方では国政レベルの政 党システムに組み込まれており、他方では今や全員が無所属である知事の与党か野党か、とい う地域事情に規定されている。政治を変えるのは、知事選挙であり議会選挙ではない。ローカ ル・マニフェストを最初に提唱したのは北川恭彦前三重県知事であり15)、政党ではない。 このように都道府県議会のこれからの役割はまだ見えてこないといってもよい。新しいダイ ナミズムが生まれるとしたら、道州制など抜本的な制度変更が行われるか、改革派知事と市民 派議員や2∼3の非保守系会派による、改革派ブロックが成立するときであろう。そのために は、政党が縦割りではなく、地域政党として自立することが前提となる。創価学会という宗教 団体を母体とする公明党はもともと都議会から生まれた。共産党は地域医療、保育などの地域 政策に成果を挙げてきたが、党としては集権的組織である。民主党は、旧社会党、旧民社党、 自民党県連など、県レベルで新党に移行したところは政党化が進んでいるが、そうでないとこ ろでは分散している。このように、これからの展開に関しては未分化の状態であるといえる。 保守系会派が改革派知事の阻害要因になるのか、それとも議会で改革派のグループに加わるの か、あるいはそもそも議会でこうした改革が可能であるのか、など課題は多い。 −27− 政策科学 11−3,Mar.2004 表1 都道府県議会議員の所属政党別人数(1969・12∼2002・12) 自民 1969 1977 1984 1989 1995 2002 1,655 1,655 1,607 1,440 1,407 1,335 社会・ 新進・ 自由 民主 公明 共産 民社 社民連 日本新 諸派 無所属 社民 自由 クラブ 553 104 54 107 51 106 437 196 112 105 33 70 158 394 216 106 104 23 6 51 364 469 217 141 101 5 45 426 306 188 114 2 141 4 19 92 649 89 193 194 176 17 92 699 資料出所:1995年までは自治省選挙部「選挙時報」、2002年は自治省・総務省ホームページ(それぞれ12月31日現在)、 新進・自由の1995年は新進党、2002年は自由党 (2)全国市議会と政令指定都市市議会 表2と表3において、全国市議会の政党・会派別議員構成を見てみよう。 市議会では、自民党が1969年の3,479人から2002年の1,517人に減少した。多くは保守系無所 属会派になり、「草の根保守」を支えている。逆に市議会の政党化を進めたのは、公明党と共 産党である。しかしこの両党も90年代以降は停滞から減少へと向かっており、政党化へ歯止め がかっている。注目すべきは、政界再編のなかで新進党や民主党に合流した、社会党や民社党 の地方議員の流れである。80年代中期まで、社会党は自民党と並び市議会の最大の政党勢力で あった。しかし党改革の中で、民主党、社民党、無所属へと分化した。おそらく旧社会党、民 社党、日本新党、旧自民党の一部など、民主党に合流したグループの市議会議員のポテンシャ ルは、2,500から3,000人はあったはずである。2002年末には、民主党540人、社民党501人で、 合計しても1,000人少しである。一人一人の議員は、引退したり、落選したり、無所属になっ たりしたのだが、このグループの支持層を基盤にして、新しい世代の無所属議員が登場してい る。しかも民主党は国会議員による議員連合という性格が強く、地方組織の整備は進んでいな い。北海道、愛知、大阪など組織的に民主党に転換した地域を除いて、おそらくかつてのよう な組織政党にはなりえないだろう。東京などでも、民主党系の議員は実質的には党を超える市 民派議員のネットワーク組織になりつつある。政党組織の中では、ここに市民政治の大きな空 間が残されている。 大阪、名古屋、京都など、90年代の政党再編が組織的に進行した都市では政党組織はそのま ま残っている。しかしその場合でも、民主党は連合会派になっている場合が多い。またこの図 表から、無所属といわれる議員の実態がわかる。保守系会派として自民党と連合会派を組むか、 相対的に大きな保守系会派として独自の場所を占めるか、少人数の多様な会派(市民、環境、 フォーラムなど)を組むかである。環境や市民運動出身の議員は一人会派となり、後にのべる 「虹の緑の500人リスト」のように、むしろ地域的、全国的なネットワークを試みる。ここで注 目すべきは、東京、横浜を中心に、地域政党である生活者ネットワークが政令指定都市に根付 きつつあるということである。 −28− 地域政党と移行期の民主主義(住沢) 表2 全国市議会議員の所属政党別人数(1969・12∼2002・12) 1969 1972 1977 1979 1984 1989 1992 1995 1997 1999 2002 社会党 ・社民党 1,859 1,951 2,062 2,036 1,947 1,880 1,821 1,415 34 1,258 497 533 540 501 自民 新進党 民主 共産 公明党 民社党 3,479 3,266 2,332 2,449 2,410 2,260 2,139 1,730 1,683 1,598 1,550 650 1,165 1,387 1,568 1,592 1,711 1,705 1,690 1,764 1,900 1,882 187 207 16 1,202 1,388 1,776 1,758 1,852 1,924 1,865 1,799 1,770 1,879 1,925 473 557 591 666 701 659 578 117 34 自由 社民連 日本新 諸派 クラブ 51 171 35 80 58 23 61 38 19 50 12 46 20 75 4 16 197 41 216 224 231 無所属 10,052 11,509 11,691 11,576 11,279 10,749 11,049 11,865 11,976 11,900 11,693 資料出所:図表2と同じ。1999年2002年は自治省・総務省ホームページ(それぞれ12月31日現在) 。社会党は1996年から 社民党との合計数、公明党は1955年以後は公明との合計数、日本新党・さきがけは合計数、2002年自由党8 表3 特別区および政令指定都市市議会会派議員数(2003年10月現在) 自民党 民主党 公明党 共産党 東京23区 308 86 197 148 横浜市 31 15 16 6 大阪市 市民ク33 ・民友20 19 13 名古屋市 市民ク25 23 14 9 福岡市 22 ・市民5 12 6 京都市 24 ・都みらい12 12 札幌市 神戸市 川崎市 北九州市 自民20、 ・市民の会15 11 第二議員会4 自民16、 16 12 新政会8 社民党 19 ・市民4 無所属1 8 市民ネット3 新政クラブ3、 市政改革ク3 住民投票・ 新社会3、 市民力5 無所属1 10 19 ・市民連合18 14 8 自民7、 市民ク11 北九州 市民ク11 11 10 ネット3 ・市民5 22 8 6 広島市 自民6、 新自民ク5、 市政改革ク5 8 5 5 仙台市 8 フォーラム仙台10 8 6 6 彩政会24 自民4 3 8 11 その他の会派 自由党11、諸派14、 ネット22 無所属128 横浜未来12、 ネット6 無所属5 超党1、1、自由 党無所属ク1+Ⅰ 市民ネット1、 ともにネット1、 LP1 民主党ク1 未来福岡7、無所 ネット2 属2、平成会2 20 千葉市 さいたま市 地域政党 無所属1 緑の会5、 新しい風2 新政五月会11、 市民ネット7 21世紀ク2 新政ク13、フロンテ ィア5、市民・民 主フォーラム4、 その他4 みらい仙台15、仙台 グローバル5、他2 無所属の会7、 自治ネット3 埼玉21・2、無所属1 ネット1 資料出所:各政令指定都市議会事務局ホームページ、東京23区は総務省ホームページおよび足立、葛飾区議会ホームペー ジ、自民党の欄で会派名をかいてあるのは、自民党との連合会派の場合、民主党、社民党の欄でも同じである。 北九州の「市民クラブ」、仙台の「フォーラム仙台」、千葉の「新政五月会」は民主党系会派である。 −29− 政策科学 11−3,Mar.2004 (3)自治体議会と自治体議員に対する挑戦 これまでの都道府県議会、市議会の政党所属別人員数で明らかになったように、現在の自治 体議会はまだ政党システムに属するといってもよい。とりわけ都道府県議会ではそうである。 この限りで、図1で仮説として掲げた、地域政党による市民社会への政治の移行はまだ現実で はない。しかし自治体議会と自治体議員は現在大きな挑戦を受けており、現在のような代議制 民主主義や政党会派がこのままで維持されるとは考えられない16)。 第一に、ローカル・マニュフェストが一般化すれば、首長と市民が直接、自治体政府の4年 間の政治に関して契約を結ぶことになる。分権化と自治体政府の時代には、自治体議会はかっ てのような市の執行部に対するチャック機能では決定的に不十分であり、立法機関として登場 しなければ市民の支持も正当性も獲得できない。しかし市民政治モデルのもとでの立法機関と は、たんに議員立法=条例を作成することではない。後に述べる市民、議員、会派(地域政党) の新しい協働関係が重要となる。 第二に、情報公開制度や行政への市民参加の制度が整備され、議員がこれまで主要な業務 としてきた市民と行政の橋渡しは、だんだんと不要になっていく。有能な市長であれば、直 接に市民との対話の場を数多く設定し、あるいはインターネットなど新しいメディアを駆使 し、情報の相互性を発展させる。またオンブズ・パーソン制度が導入された自治体もある。 第三に、NPOや福祉団体など多くの地域市民団体が、自治体政府と直接の交渉や地域協定な どを締結する機会がますます増えて行く。国民国家と国民経済の時代には、労働組合、経営者 団体、政府によるコーポラティズムが議会制民主主義と並ぶ別の合意形成の場として重要であ った(政=官=産の癒着体制が支配した日本では大きな役割を果たさなかったが)。経済がグ ローバル化し、労働社会から市民社会へと社会像が変化するにしたがい、こうした労働をめぐ るコーポラティズムは後退し、市民・ボランティア団体(第3セクター)と自治体政府の新し いパートナーシップ、イギリスの例でいえばローカル・コンパクト(地域協約)が登場する17)。 議会と並ぶ、市民社会のさまざまな組織や団体との協定や合意がだんだんと重要になってくる。 これまでの議会による法制化、立法化という「堅い行政政府」に対して、市民社会内でのさま ざまな自主的な協定、協約という「柔らかいシビル・ガバナンス」の活動空間が拡大してゆ く。 第四に、これまでの議会選挙は、政党間の競争や候補者の間での競争であった。しかし上で 述べたように、市民ガバナンス論が生まれ、多様な市民組織が力を持ってくるしたがい、自治 体議会や議員は、制度間の競争にもさらされる。伝統的な代議制の制度と新しい市民的ガバナ ンスの間の制度間競争である。 このように、議会も政党政治も自治体議員も、これまでのように市民社会と自治体政府を媒 介する役割を独占することはできない。議会や政党そのものが、異なる形態、異なる機能、異 なる組織原理へと移行しなければ、議会は儀式化され、議員は不要な存在として政治不信をま すます増大して行くだろう。地域政党という概念には、そうしたこれまでの政党概念の転換、 自治体議会の役割の変換が含まれているのである。 −30− 地域政党と移行期の民主主義(住沢) (4)地域政党と市民的公共性 この論文の最初に掲げた、山口定教授の提唱する市民的公共性の8つの正当性基準も、それ が行動者である市民によって審議される制度的枠組みが存在しなければ、単なる規範的要請に とどまる。他方で、議会が現在ある代議制のもとでの政治制度のままでとどまるなら、市民的 公共性の要請の多くを満たすことはできない。かといって、近い将来に議会が市民集会にとっ て代わられることも想定できない。そこに、市民社会の公共空間で活動しながら、政治制度の 一部でもある地域政党の役割が生じる。 こうした実践的な要請を満たすために、地域政党は以下のような原則、組織原理、行動基準 を持つことが期待される18)。 第一に、地域政党原則が挙げられる。集権的で政党システムのもとにあるナショナル政党 (国政政党)の下部組織、あるいは地方組織ではなく、その地域の公共空間や生活空間のもと で活動し、自立的に組織し政策を形成する、地域固有の組織でなければならない。 第二に、市民による自治体政府と自立した地域形成をめざす。地域政党自体は、さまざまな 社会階層、協働組合運動、NPO、宗教的団体、経済組織など立脚する、市民社会の多元性を反 映したものである。しかしそれらは、社会的有用性、公開性、人権などの普遍的規範の順守、 異なる者や異なる組織への寛容性と価値多元主義の承認、手続きの民主制などが保証されなけ ればならない。この点で、山口教授のいう市民的公共性の正当性基準と多くの点で重なり合う。 第三に、地域政党はこれまでの政党概念を変える。それは政治組織や職業的な政治家の組織 であるよりは、生活者の協働組合運動であったり、エコロジーやまちづくりの運動から生まれ たものであったり、地域ユニオンの運動であったり、女性のネットワークや高齢者の組織であ ったり、青年たちのNPO組織であったりするかもしれない。あるいは市民の政策立法機構や民 間シンクタンク組織、生涯学習の組織の発展したものかもしれない。ここでは効率性も課題と なる。 第四に、地域政党はコミュニティを重視するが、決して共同体主義ではない。むしろ組織原 則は、外部に向かって開かれた組織であり、この意味では地域にありながら地域を越えるアソ シエーションであり、ネットワーク型組織原理に立つ。 2.地域政党の成果と限界 最後に、こうした市民的公共性に立つ地域政党の現実の展開と問題点を検討してみよう。地 域政党の自己了解のレベルでは(規約、プログラム、宣言など)、上で述べた市民的公共性の 基準は、多かれ少なかれ活動の前提とされている。また、ここでとりあげる3つのグループ、 とりわけ東京と神奈川を中心とする「生活者ネットワーク運動」については、すでに多くの研 究書も存在している19)。 ここでの課題は、地域政党の成果と限界を、市民政治と政治システムの関連で考察すること である。ここで挙げる「地域政党」は、市民的公共性の基準といくつかの点で接点をもち、 日々変化している生きた組織である。下に掲げる「図2 市民社会と政治システムの媒介の3 −31− 政策科学 11−3,Mar.2004 つのモデル」は、「図1 三つの民主主義」で掲げた市民政治モデル(地域政党)の部分を、 いわば拡大したシェーマ図といえる。 (1)生活者・市民ネットワーク運動 2003年統一地方選挙後の議員数は、「東京・生活者ネットワーク」は63名(内都議6)、「神 奈川ネットワーク運動」は42名(県議3)、以下、「市民ネットワーク千葉県」23(県議2)、 「埼玉県市民ネットワーク」6、「市民ネットワーク北海道」6、「福岡ネットワーク」10、「信 州・生活者ネットワーク」(長野)2、「水沢ネットワーク」(岩手)1と、8都道府県で153名 になる 2 0 )。議員は全員女性であるが、女性政党ではなく、「生活者・市民ネットワーク運動」 (以下ネットと略)であることを主張する。このネットの母体となっている生活クラブ生協の 組合員は、2003年現在、東京57,442人、神奈川64,245人、千葉36,791人、埼玉25,025人、北海道 12,649人、長野12,649人、福岡126,774人(グリーンコープ)になっている。これらの地域では 生活クラブ生協を母体に、多くのワーカーズ・コレクティヴがつくられ、地域連合会が組織さ れている。議員数は、1991年の75名から2003年の153名に着実に増加しているが、特定の地域 に限定されている。 ネットは、都市型コミュニティのネットワーク運動である。生活クラブ生協、生活者・市民 ネットワーク、ワーカーズ・コレクティブという三つの柱に支えられた市民による、都市型コ ミュニティをつくる運動である2 1 )。生活者・市民の政治や公・共空間の創出という普遍的な要 求にもかかわらず、議員が選出される地域は、この三つの組織や運動が存在する地域に限られ ている。ここから次の二つのことがいえる。 第一に、ネットは市民社会と政治を結ぶ一つのモデルを作ることに成功した。ここでは議員 は「代理人」であり、政治は生活や地域社会のツールとされる。しかし議員のアマチュア性や、 2期から3期のローテーション制など、かつての代理人運動の大きなテーマは、現在ではむし ろ二次的なものになっている。市民社会のガバナンスが問われる時代には、自治体議会に市民 を送ることも、市民自らが政策提起や参加を通して市民社会において公共性を実践することも、 同じ程度に重要になるからである。ネットの真の「豊かさ」は、こうした広範な市民社会の公 共空間が、会員の関心や行動により、日々新たに多様に作られていることである。ネットの会 員数だけ政策テーマがあるといってもよい。 第二に、こうした市民社会と政治の新しい関係は、普遍性を持っている。しかしネットの例 は、組織や運動の存在がなければその実現は難しいことを示している。現在、そうした活用で きる組織資源を地域で持っている政党組織は、公明党と共産党であろう。公明党は創価学会と いう教団組織や互助組織、共産党は党以外にも、保育、地域医療、地域福祉という社会サービ スの領域を組織している。こうした政党は日本では多数派ではないが、ヨーロッパでは、キリ スト教民主主義政党や社会主義政党など、政権担当政党でもあった。公明党や共産党が、これ までの政党政治の枠組みや組織原理を変えることは容易ではないが、現在のままでは継続でき ないことも、だんだんと自覚されてきていると思える。市民政治にとって、この両党が自立し た地域政党化を試みるなら、得られるものは大きい。それ以外にも、市民社会と政治の新しい −32− 地域政党と移行期の民主主義(住沢) 市民社会 (生活と市民的公共資源の産出) 政治システム (権力配分をめぐる関与と調整) (1)生活者ネットワーク運動 ネット・生活クラブ会員 代理人としての議員 (2)虹と緑の500人リスト運動 情報公開請求 と議員 政治グループ と議員 500人 リスト運動 助言者 一人の会派 の議員 環境運動 と議員 人権・平和運動 と議員 9ユ )D & ユ/ ウ }%w G ウ (3)自治体議会政策学会 自治体行政 シンクタンク組織 NPO組織 自 治 体 議 会 政 策 学 会 研究者集団・大学 政党系会派 個人 政党系会派 議員団 無所属系会派 個人 市民派議員 個人 図2 市民社会と政治システムの媒介の3つのモデル −33− 政策科学 11−3,Mar.2004 形成は、NPO、まちづくりの団体、地域のイベントから生まれた連合体など、それぞれが独自 の組織原理と運動と構想力を持ち、持続的に活動することから生まれる。そうした市民社会の ネットワークこそ、これまでの政治システムを越えたガバナンスを可能とするのである。 (2)虹と緑の500人リスト運動 市民運動出身の議員たちが、「ローパス」(地域政党研究)という名で自治体議員の政策研究 を進め、全国的な結集を図ってきた。1999年、それは統一地方選挙に向け、「虹と緑の500人リ スト運動」に発展した2 2 )。虹とは多様性を表し、緑はエコロジーを意味する。ローパスの時代 には、地域政党か市民派議員の政策集団か、あるいは、制度圏(議会)と運動圏(市民運動) の媒介をどのようにするか、などが主たるテーマであった。この意味では、当初から、市民的 公共性や公共空間の構築など、「新しい政治」を追究していた。2003年8月の第6回総会では、 「地方から政治を変えよう」、「緑の政治勢力」の形成など、市民政治、エコロジー政治の全国 的な結集軸を求めている。2002年4月現在では、119人の自治体議院の会員がおり、2003年統 一地方選挙では(当選者数、()内は落選者数)、北海道ブロック7人(2)、東北ブロック2、 北信越ブロック6(4)、関東ブロック21(11)、東海ブロック8(2)、関西ブロック19(8)、 中国ブロック7(1)、四国ブロック5、九州ブロック8、(現職11落選、新人15当選)となっ ている23)。 このグループは、市民運動出身の議員が多いとはいえ、ネットに比べると主体は議員であり、 制度圏と運動圏についての議論が示すように、ネットの「代理人」とは異なる組織論に立つ。 若い世代では、自治体議員を専門職として選ぶ傾向も見られる。この運動は、地域のコミュニ ティではなく、市民運動やエコロジー運動を背景にもつ議員達のアソシエーションを求めてい るといえる。まさに多様であることが結集軸となっている。「オープンテキスト」(政策テキス ト)という政策提起も独特である。「マニュフェスト」が、マイクロソフト流の専門集団によ る完成度の高い公約集であるとするなら、「虹と緑の500人リスト運動」の唱える「オープンテ キスト」は、さまざまな人が持ち寄り、書き換え補充するということでリナックス型に近い。 彼らが手本としているドイツ緑の党も、70年代末から80年代前半の「新しい社会運動」の時代 には、まさに虹と緑の連合であった。しかし公益性を付与される「登録法人」制度や、アソシ エーション結成など組織運営に長けたドイツでは、市民活動やエコロジー政党も、こうした市 民的組織原理にしたがい短期間で全国的に組織化されていった。こうした伝統もスキルもない 日本では、アソシエーションとしての全国組織結成は難しい。他方で、ドイツの緑の党は、既 成の政党システムを改革しつつ、自らも政党システムに統合されていった。これに対して、日 本の場合は、アソシエーション原理に立つ全国的な組織化はむつかしいが、その分だけ既成の 政党システムに統合される危険は少ない。 「虹と緑の500人リスト運動」も、自分たちのネットワークだけでは、大きく成長すること は困難だろう。しかしいろいろなタイプの自治体議員や市民政治にむけたネットワーク組織と して、NPOや市民団体を含めて「市民社会のガバナンス」をテーマ化することに寄与するだろ う。 −34− 地域政党と移行期の民主主義(住沢) (3)自治体議会政策学会 この「学会」組織をとりあげる理由は、第一に、市民のシンクタンク組織や公共政策、自治 体行政に関連する学会など、研究者、行政マン、市民活動家、市民事業家、都市プラナー、そ してもちろん自治体議員など、多くの専門家や活動家の集団が市民政治の担い手としてますま す大きな役割を演じているからである。しかし第二に、この学会は、細川政権誕生にいたる地 方分権を推進したグループやそのブレイン、さらに「東京市民21」などの地域政党を担ったグ ループが集まってつくられたものだからである。第三に、この学会は、上に述べた二つの運動 とは異なる形態で、行政・政治領域と市民社会とを媒介しているからである。政党政治との関 連でいえば、共産党を除くさまざまな会派の議員たちが、個人レベルで学会が主宰する自治体 政策講座に参加している。「自治体議会政策学会」は、ここでは、新しいシンクタンク組織型 の一つの事例として存在する。 主要な活動は、自治体議員と研究者との対話と協働による政策形成をめざす、「自治体議会 政策学会ゼミナール」の開催である。1999年度から始まり、2003年まで5期のゼミナールが開 催され、一期に7∼9講座、50名前後の議員が参加している2 4 )。また『地方自治体新条例集』 (イマジン出版)を、1999年度版から出版している。 この間、多くの大学や大学院に、公共政策学部、学科、専攻科が設けられたが、行政マンの 育成が中心になっており、自治体議会や議員との連携は弱い。また分権化や地方自治の発展と ともに、多くの研究者がさまざまな形で自治体行政に参画しているが、ここでも議会や議会会 派との関係は稀である。こうした中で、自治体議会政策学会の果たす役割は大きい。本来は、 分権の時代にふさわしく、日本の各地域でそれぞれの地域に根ざした大学の研究者、市民と議 員との協働作業の場つくることを目標としていた。しかし現実は、東京で開催されるゼミに関 東圏の議員を中心に集まるという構図になりつつある。 もちろん、全国各地でこうした企画や試みは多くあり、大学サイド、行政サイド、学会サイ ド、自治労サイド、市民組織などにより実行されている。ここでも一つの組織がモデルになる のではなく、独自で多様な形で発展している。エコロジー運動で始まったドイツ緑の党は、政 党化と並び、やがて環境に関連する、それぞれが異なる重点テーマに特化した多くのシンクタ ンク組織を設立し、専門家集団になった。そうした市民シンクタンク組織が、地域の環境政策 や立法化を支えている。これも市民社会のガバナンスの重要な一翼をなす。 3 結論と次の課題 移行期の民主主義において、三つのレベルで、三つの異なる形態の民主主義が問題となって いることを、この論文の最初の部分で述べておいた。第一の政権交代のある民主主義は、国政 レベルの政党政治の枠組みで争われ、伝統的な政治と国民代表概念に立脚している。第二の市 民政治モデルは、自治体議会のレベルを対象としており、市民的公共性という規定と地域政党 の実践例から、成果と限界について論じた。第三の国内のリージョナルとナショナル、都道府 県と国政を調整する民主主義は、まだ制度的枠組みも交渉主体も明らかになっていないので、 −35− 政策科学 11−3,Mar.2004 本論のテーマからは除外しこれからの課題とした。 この三つの民主主義論から、市民政治モデルの特色がさらに明確になる。 自治体選挙では、首長選挙が「政権選択」になるから、議会選挙では政党間の競争よりも議 員個人間の競争という形になる。自民党、民主党、公明党、共産党、社民党、ネットなど、公 認候補を擁する政党・会派間の競争ももちろん一つの要素であり、多元的民主主義を現してい る。だが、多くの保守系会派、無所属議員、市民派など、そもそも候補者からして支持母体も 動機も目的も多様である。町内会、自治会推薦もあれば、市民運動を母体とする候補もいる。 このように自治体議会選挙という政治システムの領域でも、その競争は多元的であるだけでは なく、異なる組織原理、都市型の多様なコミュニティ、市民運動がつくる公共空間など、異質 なものの競争も含んでいる。三つの地域政党の例は、それがどこで交錯しており、どこでして いないか、という概観を得るために役立つと思う。 市民政治モデルでは、とりわけそれが市民社会のガヴァナンスに関連する部分では、こうし た質的な多様性は飛躍的に増加する。かつて松下圭一はシビル・ミニマムについて語った。そ れは、60年代初頭、都市生活の基盤整備の時代から、60年代後半の革新自治体の成立や70年代 の市民自治についての意識変革を経て、80年代の市民的公共性や生活の質を問う時代へと発展 してきた2 5 )。分権の時代には、自治体政府がこうしたシビル・ミニマムをその市民参加による 質的な面も含めて公共政策として保障する。しかし市民社会のガバナンスに向かう市民政治モ デルは、一方では、シビル・マキシマムとでもいうべき、個別的で多様な発展の可能性を、市 民的公共性の原則のもとで議論し始めるだろう。ネットの会員一人ひとりが、自分の住みたい まちを構想して政策的提案を試みるように。他方では、行政との協働、地域協約、効果的な組 織化財政の効率的利用など、市民社会みずからのリニューアルが要請される。社会的資本、市 民的公共性、地域ガバナンスがそのキーワードになってくる。三つの地域政党のモデルにみる 多元性や多様性だけではなく、それぞれが多元主義のもと自らの原理に安住するのではなく、 相互に協働する社会制度が要請される。 三つの例で掲げた地域政党は、知事選挙や国政選挙にも何らかの形で参加している。市民派 知事の候補者擁立、勝手連による選挙運動、候補者との政治契約、マニュフェスト作成への助 言などによって。このレベルでは市民政治はまだ例外的であるが、しかし改革派知事、分権派 知事の勢力はますます強くなり、知事リーグが遅かれ早かれ、日本政治の決定的なファクター として登場するだろう。その段階で初めて、政権交代のある民主主義、市民政治モデル、そし てリージョナル民主主義の相互の役割と位置が争われることになるだろう。 注 1)1990年に出版されたEsping-Andersen, The Three Worlds of Welfare Capitalisms(Prinston University Press)以後、比較制度論としては北欧モデルが社会民主主義とされ、オランダ、ドイツ、オーストリ アのコーポラティズム型は、保守主義と位置付けられることが多い。しかし、社会運動やネオコーポラ −36− 地域政党と移行期の民主主義(住沢) ティズムの視点からは、ヨーロッパ大陸諸国は労働組合と連合する伝統的な社民主義が有力な国になる。 したがって80年代の日本では、北欧モデルよりはむしろドイツ社民党をモデルとする社民勢力の結集論 とコーポラティズム戦略は結びついていた。社会党改革をめぐるコーポラティズムと市民社会という二 つの戦略論については、2003年10月の東京−札幌フォーラムの八木論文に示唆を受けた。しかし私の見 解では、二つとも90年代には、現実政治の選択肢ではありえなかった。Kiichiro Yagi, Social Democracy and Liberalism in the 20 th Century Japan, およびHiroki Sumizawa, The 2005 Regime, Toward Regime Transition in Japan and a new Agenda for Progressive Governance, 参照。2論文とも、「東アジアー欧州― アメリカ進歩的研究者フォーラム、2003年東京・札幌」での報告書であり、2004年に、日本語版がミネ ルヴァ書房から出版予定。ハバーマスの市民社会再評価の問題に関する議論は、今井弘道編 『新市民 社会論』(風行社 2001)の諸論文を参照。 2)ここでも、ブレアのニューレイバーと欧州社民主義では違いと共通性が見出される。高木郁朗・住沢 博紀・T.マイヤー編 『グローバル化と政治のイノベーション』(ミネルヴァ書房 2003)、に収録され た住沢、マイヤー、キュペルス、ギャンブル論文参照。また、住沢博紀 「政治改革のグローバルな潮 流」(進藤榮一編『公共政策への招待』日本経済評論社 2003、21−37)もこの関連を意識して書いて いる。また「第3の道」政治は、脱福祉国家、分権化、市民社会の公共化の時代のソーシャル・ガバナ ンス論として、ブレア・ギデンズの「第三の道」に限定されず、欧米で広く議論され始めている。Paul Hirst and Veit-M Bader(eds.), Associative Democracy: The Real Third Way, Frank Cass. 2001参照 3)山口定・佐藤春吉・中島茂樹・小関素明編 『新しい公共性 そのフロンティア』有斐閣 2003、 1-28頁 4)宮本憲一 『公共政策のすすめ、現代的公共性とは何か』(有斐閣 1998)、八木紀一郎「社会経済体 制の進化と公共性」(佐々木毅・金泰昌編 『21世紀公共哲学の地平』東大出版会2002、195−220頁)、 小松隆二 『市民社会と公益学』(不磨書房 2002)など参照 5)Victor A.Pestoff, Beyond the Market and State: Social enterprises and civil democracy in a welfare society, Ashgate Publishing Ltd. 1998 (ビクターA.ペストフ、『福祉社会と市民民主主義 協同組合と社会的企業 の役割』日本経済評論社 2000)、武藤博巳編 『分権社会と協働、市民・住民と自治体のパートナー シップ第1巻』(ぎょうせい 2001)、森田朗(編)『分権と自治のデザイン―ガバナンスの公共空間』 (有斐閣 2003)など。 6)企業システムはシェアーホルダー的価値観からは私領域であるが、ステークホルダー的価値観からは 協となる。家族に関しても、それが親密圏や私化という意味では私領域であるが、コミュニティとして は共領域となる。家政学、地域福祉論、アンペイドワーク論では、家族・生活領域が中心テーマとなる が、規範論に立つ公共性をめぐる議論ではしばしば欠落する。 7)山口定他(2003)18頁以下。 8)注5)の武藤(2001)、森田(2003)の他に、宮川公男・山本清 編著 『パブリック・ガバナンス』 日本経済評論社 2002、Jon Pierre(ed.) , Debating Governance , Authority, Steering , and Democracy, Oxford University Press 2000, Jon Pierre and B. Guy Peters, Governance, Politics and the State, Macmilian Press LDT, 2000などを参照。 9)視点は異なるが大嶽秀夫 『日本型ポピュリズム 政治への期待と幻滅』(中公新書 2003参照)、先 進国共通の現象として、Susan J. Pharr, Robert D. Putnam, Disaffected Democracies, What's Troubling the Trilateral Countries , Princeton University Press 2000参照 10)これも松下圭一(70年代∼80年代の研究のまとめとして『政策型思考と政治』東大出版会、1991)や 篠原一(編著に『ライブラリー・ポリティクス』総合労働研究所、1985)などの早い時期からの著作が −37− 政策科学 11−3,Mar.2004 あるが、若い世代では畑山敏夫・平井一臣編 『実践の政治学』(法律文化社 2001)、賀来健輔・丸山 仁編著『ニュー・ポリティクスの政治学』(ミネルヴァ書房 2000)が興味深い。 11)住沢「ローカルパーティは政治を社会化する」山口定・神野直彦編『2025年 日本の構想』岩波書店 2000、201ページ以下、山口二郎編著 『日本政治 再生の条件』(岩波新書 2001)も、国政レベルに おける政党政治の退歩と、地方政治における市民政治の発展という構図に立っている。 12)国際比較に関しては、クラーク、テリー・ニコルス、小林良彰、三浦マリ(編集)、『地方自治の国際 比較−台頭する新しい政治文化』慶応義塾大学出版会 2001、また60年代からの市民自治の提唱者であ る松下圭一による論点の整理と制度化に関しては、『日本の自治・分権』(岩波新書 1996)参照。同じ く実践的な提起をしてきた、篠原一『「試み」の政治学−自治体の挑戦―』(かわさき市民アカデミー出 版部 2001)、市町村シンポジウム実行委員会『ガバメントからガバナンスへ』(公人社 2001)なども 参照。ポスト社会主義、ポスト国民国家の時代の社会ガバナンス論として、 Paul Hirst , Associative Democracy, New Forms of Economic and Social Governance, Polity Press 1994、Marilyn Taylor, Public Policy in the Community, palgrave macmillan 2003、日本では、田畑稔・大藪龍介・白川真澄・松田博 『アソシエーション革命 理論・構想・実践』(社会評論社 2000)などがある。行政と市民の新しい関 係については、前述の武藤博巳編(2001)の他に、人見剛・辻山幸宣編 『協働型の制度づくりと政策 形成、市民・住民と自治体のパートナーシップ第2巻』(ぎょうせい 2000)参照。分権時代の自治体 議会の活性化に関しては、野村稔 『地方議会への26の処方箋 分権改革のフロントランナーになるた めに』(ぎょうせい 2000)が、具体的な提起をしている。 13)住沢博紀「民主主義の行方−ローカル・パーティの可能性」、NIRA研究報告書『次の時代を担う日本 の新しい組織とグループ』総合研究開発機構 1998、55−84頁 14)自由民主主義体制については、山口定『政治体制』(東京大学出版会 1989)参照 15)四日市大学地域政策研究所『ローカル・マニュフェスト−政治への信頼回復をめざして−』(イマジ ン出版)(2003)参照 16)この点に関しては、松下圭一『自治体は変わるか』(岩波新書 1999)、大森彌『分権時代の首長と議 会 優勝劣敗の代表機関』(ぎょうせい2000)、住沢博紀『自治体議員の新しいアイデンティティ』(イ マジン出帆2002)参照 17)Janet Newman, Modernizing Governance , New Labour. Policy and Society, SAGE Publications Ltd, London 2001, G.Craig, M.Toylor, M.Wilkinson, K.Bloor(ed.), Contract or trust? The role of compacts in local governance (Polity Pree 2002), Marilyn Taylor, Occupying new spaces? Governance and the UK third sector, Paper presented to the East Asia -Europe - Progressive Scholar's Forum: in Sapporo Oct.2003. 参照。テイラーは、 サッチャー主義がボランティア団体などに福祉を民営化=委託契約(コントラクト)したことと対比し て、ニュー・レイバーによる第3の道政治のもとでのコンタクト(協約・誓約)の概念を使用する。ド イツに関しては、Erika, Mezger, Klaus-W, West, (Hrsg.), Aktivierender Sozialstaat und politisches handeln, Marburg 2000, 参照 18)住沢(1998)58頁以下参照 19)佐藤慶幸・天野晴子・那須壽編著『女性たちの生活者運動』)(マルジュ社 1995)、横田克巳 『愚 かな国のしなやかな市民』(ほんの木 2 0 0 2 年)、住沢(1 9 9 8 )、坪郷實編『新しい公共空間をつくる 市民活動の営みから』(日本評論社 2003) 20)坪郷(2003)、216頁。以下の生活クラブ生協会員数も同じ箇所からの引用。 21)ネット自らの位置付けは、神奈川ネットワーク運動『未来への責任 −神奈川ネットワーク運動』 2002参照 −38− 地域政党と移行期の民主主義(住沢) 22)地方議員政策研究会 『地方から政治を変える』(コモンズ 1998)には、その背景が書かれている。 23)虹と緑500人リスト運動事務局ホームページおよび機関紙『虹と緑』各号から 24)この部分は、第1回から5回までのゼミナールのパンフレットから引用。 25)松下圭一(1996)151頁以下 −39−