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中性子断層撮影法の基礎 - 日本アイソトープ協会
RADIOISOTOPES ,56,751‐762(2007) 連載講座 中性子イメージング技術の基礎と応用(基礎編第8回) 中性子断層撮影法の基礎† 小林久夫 立教大学名誉教授 2 3 8 ‐ 0 0 2 3 神奈川県横須賀市森崎4 ‐ 9 ‐ 2 7(自宅) Key Words:neutron, neutron imaging, neutron CT, neutron radiography, computed tomography, imaging, pre-processing, imaging method, scattered component, filtered back projection method, convolution method, Fourier transformation, artifact, image evaluation, log-transmittance る(表1)。筆者は1 995年の時点で,「非破壊 1. は じ め に 検査」誌(日本非破壊検査協会)に NCT に関 する一連の解説を行った5)。詳細はそちらの方 一般的に,断層撮影法(tomography あるい を参照していただきたい。 は CT,computed tomography)は被写体の様々 な方向より多数の投影画像を取得することから 本講座では,多数提案されているうち,基本 始まる。これら複数の画像を,幾つかの計算手 となる三種の CT 技術の概要を紹介,その再構 段で再構成処理を行い,その結果を何らかの方 成計算技術の概要を示す。次いで,CT に固有 法で可視化する。その根拠となる画像再構成の の代表的な疑似画像とその原因について述べる。 1) 原理は,1917年 Radon によって数学的に証明 最後に,一般的な CT 画像の評価法を簡単に触 されている。その後,X 線を用いた断層撮影技 れた後,新しい評価法の提案も行う。 術 が1 960年 代 前 半 以 降,Cormack2)に よ っ て 本講座は上記解説をまとめているため,重複 医 療 分 野 に 応 用 さ れ,更 に 同 じ グ ル ー プ の する部分がある。この点はご了承願いたい。た 3) 4) Hounsfield と,Ambrose によって実用化され だし,一部は再検討の上書き直し,更に最近の た。その後,医療用,工業用断層撮影(XCT: 研究成果も付け加えている。本講座が NCT ば X ray computed tomography)分野で急速に発 かりでなく,多くの点で XCT にも共通する点 展した。一方,中性子断層撮影(NCT:neutron があることを付け加えておく。 computed tomography)に関する論文は1 980 2. 投影画像の取得と前処理 年代より報告されはじめている。以降この関連 分野では2006年の時点で国際会議に発表され 2・1 中性子ビーム たものを数えると140編の論文が発表されてい 投影画像の取得にあたって,中性子ビームは 主に広がりを持った熱中性 子(TN:thermal † neutron)ビームを使用する。撮像方式に依存 Fundamentals and Applications of Neutron Imaging(Fundamentals Part 8) . Fundamentals for Neutron Computed Tomography. Hisao KOBAYASHI : Professor Emeritus at Rikkyo University, 4-9-27, Morisaki, Yokosuka-shi, Kanagawa Pref. 238-0023, Japan (Residence) . して,ペンシルビームや線状に近い平らなビー ムを用いる場合もある。しかし,最近は計算機 の処理能力が格段に向上したこともあって,ビ ームを何ら絞ることなく,広いビームを被写体 85 752 RADIOISOTOPES 表1 国際会議における NCT 論文発表数 Vol. 5 6,No. 1 1 れ自身画像に歪みがないこと,等のゆえに C― CCD を用いられることも多い(撮像装置:基 礎編第7回,最新の CT 撮像系:同第9回参照) 。 2・3 取得と前処理 2・3・1 投影画像の走査方式 投影画像の取得方法と操作方法は,単一ビー ム方式,微小角ファンビーム方式,通常角ファ ンビーム方式,など多種類の方式が,XCT の 領域で開発,改良されている6)。NCT において は,通常単一ビームあるいは微小角ファンビー ムを用いる。XCT と異なり通常,線源は固定 せざるを得ないので,検出器の方を固定し,被 写体を並進,及び回転移動する TR(translate rotate)法,又は十分広いビーム中に被写体全 体を入れ,被写体を回転するのみの SR(simple rotation)法が用いられる。現 在 の NCT で は 後者の方式が主流である。 全体に照射して3次元 CT を取得している。 2・3・2 散乱線成分の推定と補正 線質については,TN ばかりでなく速中性子 CT は,指数関数的減衰量から,その線減衰 (FN:fast neutron)ビ ー ム,熱 外 中 性 子 係数の空間分布を得ようとする方式であるから, (ETN:epithermal neutron) ビーム,冷中性子 投影画像が純粋な指数関数的減衰像でなければ, (CN:cold neutron)ビーム等が使用されてい 得られた CT 像は,物理的には意味の曖昧なも る(本講座基礎編第5回,第6回参照)。 のになってしまう。この観点から,XCT の場 合と同様,NCT の場合も最も影響を与え得る。 2・2 投影画像の撮像方式 散乱線成分の除去は,CT の物理的表現能力に NCT に用いられる撮像系は,研究開発の初 決定的な役割を果たすと同時に,物理的定量性 期においては,フィルム法が多かった。次いで, のある CT 像を得る上で,重要な役割を果たす。 単一ビームを用いた計数管法,及び通常の撮像 この散乱線は,直接入射中性子線の2 0% に及 管や,イメージインテンシファイア(I I:image ぶことは本講座の各所で指摘している。 intensifier) ,更に CT に要求されるダイナミッ 2・3・3 投影画像の前処理 クレンジの広い撮像装置として,冷却型 PCD 取得した投影画像群は,一度大容量の,ハー (cooled plasma coupled diode array) ,改良型 ド・ディスク装置等に記憶し,画像処理が行わ SIT(silicon intensified target tube) ,及び冷 れる。画像処理は,前処理と再構成処理に分け 却型 CCD(cooled charge coupled device)が て実施される。ここでは,前処理について概説 使用されるようになっている。現在,これらに する。 加 え て 中 性 子 有 感 輝 尽 発 光 体 NIP(neutron 前処理は主として, sensitive imaging plate),更に高解像度,広い (a)取得画像の空間歪み補正, ダイナミックレンジの撮像管も加わっているが, (b)出力信号直線性補正, 多くが直接コンピュータ処理ができること,そ (c)検出セルの γ 線又は放射線損傷に起因す 86 Nov. 2 0 0 7 小林:中性子断層撮影法の基礎 753 る輝点(white spot)と暗点(dark spot) ち,単純な数学的逆投影法(BP:back projec- の除去, tion method) ,代数的反復解法(ART:alge- (d)散乱線成分の2次元分布補正, braic reconstruction technique)や,同時逐次 (e)中性子束分布イメージの雑音成分平滑化, 近似法(SIRT:simultaneous iterative recon- (f) 入射中性子線の統計に基づく強度変動と struction シェーディング補正, technique) ,及び,それらを改良し たアルゴリズムが,しばしば用いられた。最大 *1 (g)回転軸位置検出とアフィン変換 , エ ン ト ロ ピ ー 法(ME:maximum *2 (h)サイノグラム(sinogram) の作成, entropy method)も,代数的方法の一つであり,現在 よりなる。以上の前処理は,撮像系によっては, でもよく用いられている。これは,Radon 変 必ずしもすべてが必要な処理ではない。適切に 換の原理に基づいたものではなく,復元画像の 判断し各項目を選択して実行することになるで エントロピーが最大となる画像が一番出現しや あろう。 すい,という原理を用いている。この方法は, たとえば,SIT のような撮像管を用いた場合 Radon 変換法では原理的に不可能な,不完全 には,(a) (b)は良好な NCT 像を得るために な投影画像での再構成も可能であることが特色 必要であろう。逆に,冷却型 CCD を用いる場 である。ただし,最近は計算機の処理能力が格 合には,(a) (b)の処理は不要となるが, (c)は 段に進んだことによって,計算手法の簡略化は 重要となる。また,原理に忠実な NCT を得る 従来のように重要とはならなくなっている。最 ためには,前述したように, (d)の補正は欠か 近 ME の限界と危険性を指摘する論文もあら せ な い。ま た,(e)か ら (h)の 処 理 は CT に 一 われており,後述のフーリエ変換(FT)法7),8) 般的なものであり,通常の断層撮影に関わる画 に お け る 高 速 フ ー リ エ 変 換 法(FFT:fast 像処理技術に属する。 Fourier transform)法の適用時と共に,その利 用にはいくつかの注意が必要である(詳細は文 3. 中性子断層撮影法の概要 献8を参照されたい)。 現在は,フィルタ補正逆投影(FBP)法7),8),10), 3・1 再構成アルゴリズム ) method) 及び重畳積分法7),8(CV:convolution CT の基本原理は,Radon 変換,すなわち「2 が,どちらかといえば後者が,主流となってい 次元あるいは3次元の物体は,その投影データ 1) の無限集合から一意的に再生できる」にある 。 る。この三者は,数学的には等価な方法であり, その理論に要求される「無限個のデータ」と, 共に Radon 変換の原理に忠実な方法といえる。 「積分変換」を,各々「離散的な有限個のデー 任意の一点(x,y)における再構成画像 ( f x,y) タ」と,「近似計算」に置き換え,様々な解析 を得るための計算につき,代表的な三者の再構 や改良を経て今日にいたっている。 成演算手順をまとめ,比較したものを図1に, また紙数の関係でFBP法のみに関して点 (x,y) 再構成に関するアルゴリズムは,XCT を中 心に多数の方法が発表されている。NCT にお の再構成値を求めるデータの流れを模式化して いては,1980年代では,代数的再構成法のう 図2に示した(計算手順の詳細は文献5) を参照 されたい)。ここで,用いられるフィルタ(図1 の H( ω )及び図2の右上図)として,FBP 法 *1 affine transformation:直線を直線に移す変換,平 行変換とも言うが,ここでは,固定座標に対して 回転角の座標で投影画像データを取得する変換を 言う。 *2 シノグラムとも言う。1次元投影データを角度順 に平行に並べた2次元データを言う。 に対しては,Ramachandran と Lakshminaray1 1) 1 2) ,及びSheppとLogan (SL) と,その anan (RL) 改良されたものを,また CV 法においては,上 記フィルタ H( ω )をフーリエ変換した h(X )が 87 754 RADIOISOTOPES Vol. 5 6,No. 1 1 図1 (1) FBP, (2) CV,及び(3) FT 法の計算処理の流れ図。F :フーリエ変換,f :フーリエ逆変換処理,*:重 畳積分処理,(F ) :複素関数,(f ) :実関数,(g) :実関数,(x, y) :実関数直交座標,(X ,θ ) :実関数極座 標,( ω ,θ ) :複素関数極座標,( ξ ,η ) :複素関数直交座標,H( ω ) :1次元周波数関数,h(X ) :1次元関 数,q( θ ) :1次元実関数 88 Nov. 2 0 0 7 小林:中性子断層撮影法の基礎 755 図2 FBP 方法の模式図 用いられる。また,他に Hamming や,Brace- ここで,FBP 法と CV 法は,使用する再構成 1 3) well Riddleのフィルタを用いたという報告 もあ フィルタの近似性能が,再構成画像の良否を左 る。現在,FFT 専用演算装置の高速化に伴っ 右する。また,FFT 法では,離散有限データ 1 4) て,FT法は既に当たり前のこととなっている 。 89 の特徴を,十分理解した上で,再構成を実施す 756 RADIOISOTOPES Vol. 5 6,No. 1 1 る必要がある。また,FBP 法,CV 法,FT 法 像の積み重ね(多層法)によっているので,こ に,更に逐次近似法の技術を併用し,再構成画 こでは,次節の(1)を念頭に置いて論じていく。 像の性能向上を図った例も報告されている。 なお,特に高速処理が要求される場合や,他 FBP 法(図1計算手順(1)FBP)において, の制約から,どうしても投影数を増やせない場 任意の一点(x,y)における再構成画像 ( f x,y) 合には,目的によっては, Rhodes17)などの少数 を得るための計算量は,ω に関する1次元フー 撮像の計算処理の例などが多数ある。また,そ リエ変換(複素数演算),及び1次元フーリエ のような場合のアルゴリズムに,田山ら18)の線 逆変換(複素数演算)を,各々投影回数,及び 形計画法に基づく手法の提案もあり,参考にな θ に関する1次元積分(実数演算)が1回である。 るであろう。このあたりの技術も高速度化を考 これに対して,CV 法(図1 (2)CV)に お い える上で考慮する必要があろう。 ては,f(x,y)を得るための計算量は,h( ω )が 予めわかっているものとして,X に関する1次 3・2 付加的な計算処理 元重畳積分(実数演算)を投影回数,及び θ に 再構成において高解像度を期待する場合には, 関する1次元積分(実数演算)が1回である。 中性子ビームが円錐型であることは考慮する必 すなわち,この方法は複素数演算がなく,1次 要がある。しかし,あまり高解像度を要求しな 元演算のみで遂行できるので,演算回数が最も いのであれば,中性子源(コリメータ)と撮像 少ないことが特色となっている。 面間の距離 L の多くが3∼7m であること, FT 法(図1 (3)FT)に お い て は ( f x,y)を 及び撮像系の解像度の現状(≧0. 1mm)を考 得るための計算量は, ω に関する1次元フー えれば,現在の NCT において,これを平行ビ リエ変換(複素数演算)を投影回数,及び2次 ームと見なすことは,妥当である。 元フーリエ逆変換(複素数演算)が1回であり, 三者のうちで最も演算量が多い。 3次元画像の再構成法には, (1)多数の2次元断層画像の単純な重ね合わせ 結局,計算量,記憶容量は,再構成時にフー による「多層法」と, リエ変換を必要とせず,更に複素数演算を必要 (2)原理に基づいた3次元直接再構成法,つま としない CV 法が少なく,逆に FT 法が最も多 り「3次元 Radon 変換」を行う方法 いことが理解される。もっとも最近,例えば画 がある14),16)。通常の NCT においては,平行ビ 素数1k×1k 等の FFT 処理は瞬時にほとんど ームに近い円錐状のビームを用いて2次元投影 終わってしまうから,計算量はあまり問題とな 画像を得ているので, (1)の多層法で十分であ らなくなっている。とはいえ,NCT において ろう。もちろん, 「3次元円錐ビーム方式」の も高速度化が要求されるようになり,再び計算 アルゴリズムも考案されている19)。なお,再構 量とその速度は新しい問題といえる。より詳細 成画像に対する表示用の諸処理,例えば,CT なアルゴリズムや,その特徴は,XCT と同じ 値の可視化と計測操作,3次元立体表示などは, であるから,個々の参考書7),8)や文献15)を参照 通常の画像処理に属し,市販のソフトウエアも していただきたい。 ある。 3次元断層撮像取得のためのアルゴリズム 4. 固有のいくつかの問題点 は,1970年代前半には,既に多数論じられて いる16)。多くの NCT においては,もともと2 4・1 撮像適用範囲 次元画像を投影画像として取得するので,最初 NR における全巨視的断面積( Σ ,X 線の場 から3次元 CT を目的としたものが多い。しか 合の線吸収係数は µ )において,NCT( Σ は し,この場合も一般的には,単に2次元断層画 ( µ は0. 1∼ 0. 1∼1000cm−1)は,工 業 用 XCT 90 Nov. 2 0 0 7 小林:中性子断層撮影法の基礎 10cm−1)や,医 療 用 XCT の 場 合 ( µ は0. 1∼ 757 て撮像する。NCT では,しばしば平行ビーム −1 1cm )と比較して,広い巨視的断面積(線吸 を仮定した再構成アルゴリズムを使用している 収係数)の測定範囲が要求される。この点,汎 ため,空間位置の決定は,近似的なものとなら 用の NCT に要求される性能は,工業用 XCT よ ざるを得ない。この近似の程度は,回転する被 り更に厳しいものとなっている。試料寸法につ 写体において,任意の注目点とコンバータ間の いては,医療用の場合,数 cm∼数十 cm を考 距離が最大となる値褄,及びコリメータ―コン えればよいが,NCT では XCT と共に1cm 以 バータ間距離 L が知られていれば,容易に推 下の小さいものから,可能ならば数 m 程度の 定できる。すなわち,注目点の撮像面上での寸 ものまで,多種多岐にわたって要求されること 法は,1から最大(1+褄/L)倍まで変化する。 も困難を増大させている。したがって,CT 画 例えば,L=3m のビームで褄=10cm の被写体 像の取得可能な非検体の対象拡大をはかるため の場合0. 3% 画像は増大することになる。 に,また良質の NCT を得るためには,まず統 3次元 NCT を実施する場合,ビームが円錐 計現象(ノイズ)の軽減と共に検出系全体のダ 状であるために,厳密には,試料の回転軸に垂 イナミックレンジの拡大が優先されなければな 直な面のスライス投影像が欠落する部分ができ らない。 る。この場合,何ら補正処理を行わないと,ス 本講座では,NCT を XCT と系統的に 比 較 ライス面の回転軸に対する傾きの度合は,その していないが,現状では XCT のダイナミック まま厚さ方向の不確実性を生ずる。補正を行わ 4 レンジの方が広く,1 0:1(80dB)ともいわ ないのであれば,有効なスライス幅は, 褄/ (L/D) れている。これは,計数管方式を用いる場合, 以上という制限を受ける。ここで,D はコリ 8 計数値10:1以上を,また電離箱(電流)方 メータ開口寸法(円孔の場合は直径値)である。 式を用いる場合1 04:1の SN 比を達成してい 最近の市販のソフトウェアは,上述の投影デー ることになる。残念ながら,NCT おいて,現 タ欠落部分は別として,この問題は既に解決し 4 在10:1の程度のダイナミックレンジを達成 たというものもある。 したという報告はない。 4・2・2 画像の不鮮明度 注目点の投影画像は,最大褄/(L/D )の幾何 4・2 円錐型中性子ビームの問題 学的不鮮明度 Ug を発生させる。例えば,L/D 4・2・1 画像歪み ∼200の場合(例えば L=3mm,D =1. 5cm) , 通常の TV 法,例えば SIT などを用いる場 10cm の被写体は,少なくとも最大0. 5mm の 合,撮像管固有の画像歪みを生ずる。この問題 不鮮明度が発生してしまう。この点,NCT の は,撮像管自身の技術的問題に属するので,詳 高解像度化にとって,コンバータの解像度限界 2 0) しくは,例えば Murata ら に譲り,ここでは (0. 1∼0. 2mm)と共に障害となることが予測 NR 固有の問題に絞る。 される。この問題は5・5で再び取りあげる。 中性子導管*3 を用いる場合などを除き,NR は,XCT の場合と同様,円錐型ビームを用い 4・3 疑似画像 NCT においても,XCT とほとんど同じ原因 で,様々な疑似画像(artifact)が発生する。 *3 中性子導管によるビームは,管の側壁に沿っての 反射を利用して導出しているため,ビームの平行 性はそれほど良くない。左右と上下の非平行性が 異なるのが普通である。更に,射出方向によって エネルギー依存があることも考慮しなければなら ない。 以下に,考えられる疑似画像と,その原因及び 対策を検討する。 4・3・1 直線状疑似画像 投影データの内特定の角度 θ ,及び特定の 91 758 RADIOISOTOPES Vol. 5 6,No. 1 1 検出器の画素位置 X で,感度異常が発生し, 感度異常の場合は,シェーディング補正が正し この補正が行われないと,直線状の疑似画像が く行われていれば,この原因はそのときに取り 発生する。 除かれる。 こ の 直 線 状 の 疑 似 画 像 は,例 え ば, 4・3・3 線質変遷効果 Ramachandran のコンボリューション関数(注 NCT においては,熱中性子領域では Li,B, 目点に鋭い正のピークを持ち,その両側に小さ Ti,Au 等多くの物質で吸収断面積の1/v(v: な負のピークを有する関数)を念頭において, 中性子速度)特性ゆえに,低エネルギー領域に 定性的な説明ができる。すなわち,特定の回転 おける XCT と同様にビームハードニング効果 角 θ において,特定の位置 X の画素に異常(欠 (平均エネルギーの増大:透過力の増大)が起 陥)が発生すると,X を通り θ に直交する直 こる。逆に,B,Si,C,Al,Bi,Pb 等は Bragg 線上でその異常が上記ピークにより強調され, カットオフの存在によりビームソフトニングが 更にその直線の両側の平行線上にも,逆符号の 起こる5)。F や CF2 の断面積はエネルギーに依 偏差の異常が,周辺部分から補償しきれずに強 らない。また Fe,Ni,Cu 等は Bragg カットオ 調されて重畳してしまう。その結果,数画素に フのエネルギー依存が小さいため,上のような わたって正負振動した,平行な直線群状の疑似 線質変遷の効果は無視できる。この効果に関す 画像が,上の感度異常を強調した形で発生する。 る補正方法も多数検討されている。 4・3・4 クリッピング効果 このような異常は,近傍の投影画像と比較す ることで検知でき,シェーディングの補正時に, 投影データの取得において,回転角が π よ この疑似画像は,軽減されている。逆に,それ り不足していると,断面積の大きな物質の端部 であるからこそシェーディングの平滑化と,そ を通る,棒状の疑似画像が発生する。しかし, れによる補正は,バックグラウンド像の均一化 最近の試料回転機構は,十分な高精度で製作さ という意味ばかりでなく,上の疑似画像軽減と れているのが普通であるから,現在ではこれが いう意味で重要である。 問題になることはほとんどない。 4・3・5 不透過性物質の端部効果 なお,CCD に特有な一時的な雑音は,ある 角度における一投影画像内の不特定な場所にた 比較的大きな断面積を有する四角形をなす箱 またま発生するので,すべての画像データにつ 物など,物質の長い端部の接線方向には疑似画 いて,これを適当な画像処理で除去しないと, 像が発生する。これは,計測系のダイナミック この種の疑似画像が発生する。 レンジに依存し,この範囲を越えた領域では, 4・3・2 リング状疑似画像 端部効果は必ず発生する。端部効果を軽減する NCT では,SR 法で投影画像を作成すること ためには,ダイナミックレンジの拡大を図る以 が多いので,この種の疑似画像は必ずと言って 外ない。この点は,良質の NCT 画像を得る上 良いほど出現する。検出器の特定の画素位置 x で困難な問題のひとつとなっている。 に,持続的に受光感度異常や,暗電流の不揃い 4・3・6 動体疑似画像 等の異常(欠陥)が存在している場合に発生す 動体の CT 画像を取得する場合,高速度の撮 る。永久的な異常の場合,上記直線状の疑似画 像が要求されるのは当然である。その撮像中に, 像が包絡する円環上に,同心円状の疑似画像が 被写体の一部が動いた場合には,直線が回転し 発生する。短時間の異常の場合,円弧状の疑似 たような疑似画像が発生する。中性子束密度に 画像が発生する。発生理由は,短時間の異常で よって異なるが,NR の撮影には数分から数時 あるか,永久的な欠陥であるかの違いはある。 間を必要としているので,この間,被写体は, 上の直線状の疑似画像と同じであり,永久的な 固定されていなければならない。また,高倍率 92 Nov. 2 0 0 7 小林:中性子断層撮影法の基礎 759 における高精密な NCT を実施する場合には, ているからである。そこで,冷から熱中性子領 全 画 像 取 得 シ ス テ ム に つ い て,振 幅10 µ m 域で,断面積があまり大きく変化しない二つの (1画素)以下の除振等の配慮も必要となる。 物質として,Al 及び Fe を選び,これを基準と し,十分な表示精度で整数化するために,任意 5. CT 取得画像の評価 物質の全巨視的断面積を10 00倍するこ と で CT 値としている22)。すなわち,未知被写体に, 5・1 CT 画像の評価 Al,及び Fe 材を加えたものの再構成画像強度 CT 画像を評価,あるいは検査する治具や方 7) を,各々 Cobject,CAl 及び CFe,として 法は,XCT の分野で数多く論じられている 。 画像ノイズ測定用ファントム,コントラストス |Cobject−CAl| +[定数2] (1) CT =[定数1] |CFe−CAl| ケール決定用ファントム,MTF 測定用スター ファントム,高コントラスト用及び低コントラ を得る。ここで スト用分解能測定用ファントム,などが各種考 案されている8)。また,医療用 XCT 装置に対 [定数1]=1000×( Σ Fe− Σ Al) する性能評価に関する基準21)などもあり参考に (2) 及び なる。 NCT については,中性子の特徴を考慮した [定数2]=1000× Σ Al 上での画像評価法も必要となる。NCT の分野 (3) である。 では,この部分が全く議論されていない。また 多くのコンセンサスを得るような場もない。そ 熱中性子領域では,この二つの定数を,以下 の多くは,XCT のものを参考にして,各自独 のようにして決めている。断面積のエネルギー 立して自作しているのが現状であり,上述医療 依存が比較的小さい Fe と Al について,立教 用 XCT の場合のような公的に認証されたもの 大学原子炉 RUR/N2*4,日本原子力研究開発機 はない。通常形式の各種ファントムに関しては, 構JRR―3M/TNRF2,及び京都大学原子炉KUR/ XCT のものを,材質・寸法を変えるなどして, E2の三者の TN ビー ム(カドミウム比 RCd: NCT 用に適用することになろうが,その詳細 各々2. 0,130,400)の実測を平均して,各々の に関しては,文献8),21)などを参考にしていただ CT を平均して求めた。その結果,Σ Al=93±17 くことにして,本節では,NCT の立場から, と Σ Fe=1054±12を得た22)。 基本的な CT 画像の特性評価法につき,最近提 5・3 積厚と有効積厚の提案 案された例をとりあげる。 NCT を実施する場合,X 線を含め被測定体 5・2 CT 値に関する提案 の寸法計測限界を決める指標に関連した統一さ NCT では,医療用 XCT に お け る よ う な, れたものは現在存在しない。ここでは,測定系 骨と水の 線 吸 収 係 数 の 差(Hounsfield unit3), のダイナミックレンジに関連して,CT の性能 他の表示方法もある)を用いる必要はない。こ を決定づける指標,歪みの少ない CT 像を得る こでは,最近提案された一つの CT 値表記法に のに適切な試料寸法の評価,及び任意被測定体 ついて述べる。すなわち,工業用 XCT や,NCT の透過寸法の限界値を決める新しい量の提案22) においては,全巨視的断面積(線吸収係数)そ を紹介する。 全巨視的断面積 Σ と,試料厚 t の積の,中 のものを,NR における CT 値と定義する方が より合理的と考えられる。もともと CT 値は全 巨視的断面積と比例関係にあることを前提とし *4 この原子炉は廃止措置中。 93 760 RADIOISOTOPES Vol. 5 6,No. 1 1 性子透過飛跡に沿った線積分値を,ここでは被 ファクトの発生を避けられない。かくして,上 検体の「積厚(log-transmittance) 」と呼びこれ の有効積厚によって,CT を実施するにあたっ を T で表す。T と(1)式の CT との関係から, て,前もって適切な実験計画の指針を得ること ができる。 ( Σ t)dt T =∫ =ln (I0−Is0)/(I −Is) ∫ [CT ]dt:無単位量 ≡10−3・ 5・4 CT の統計 (4) CT の統計量は,CT の画質を決定する重要 で表される。ここで,I0 及び I は,各々試料透 な量であるにかかわらず,これを取り扱ってい 過前及び試料透過後の信号強度,Is0 及び Is は る論文は少ない。 (4)式の第二式において I0,I, 各 々 I0 及 び I に 含 ま れ る バ ッ ク グ ラ ウ ン ド Is0 及び Is に対応する統計量を各々 δ I0,δ I ,δ Is0 (主として散乱線)強度である。一方,「有効積 及び δ Is とすると,T の総合的な統計量の二乗 厚」Teff を, Teff=ln (I0/ ∆ I ):無単位量 δ I02 + δ Is20 δ I2 + δ Is2 δ T2= 2+ 2 ( I0 − Is0 ) ( I − Is ) (5) (7) で定義する。ここで, ∆ I を透過量の最小識別 が得られる。これから相対的な統計量 δ T /T 可能値とする。つまり ∆ I は,散乱線等バック の定性的な性格が理解できる。まず,T が小の グラウンドの統計値(信号識別限界)と考えら 領域では,減衰が小さい,つまり I が大きく, れるから,Teff は画像取得装置の実効的なダイ 次第に I0 に近づく。このとき,Is→Is0 であるか ナミックレンジの対数値と等しくなる。すなわ ら(4)の第二式により T →0に近づく。(7)は ち,この値は,CT の解析可能の範囲,つまり 有限であるから, δ T /T →1(CT の決定限界) 再構成可能な積分された CT の最大値となる。 に近づくと測定そのものは意味をなさなくなる。 上の議論は,新しい提案であるから,少し具 測定は下限値(T →Tmin)を持つことになる。 体的にその意義を述べる。巨視的断面積 Σ が 逆に,減衰が増大し T が増大していくと,最 ( Σ t)dt により, 既知であれば,式(4)の積分 ∫ 初 δ T /T は減少し,CT の信頼性は増大してい 任意の透過線の積厚 T が推定される。これを く。 δ T /T は最良点(最低値)を通り,次いで, 上の有効積厚と比較する。T <Teff であるなら 増大に転ずる。更に I が減少し Is に近づくと, ば,この被写体は,歪みの少ない CT を与え得 (7)の右辺第2項は大きくなっていく。すなわ ち,この右辺第2項の存在ゆえに T の上限値 ることがあらかじめ推定できる。 ここで,有効積厚の逆の意味を考えると,こ (T →Tmax)が存在することになる。T は結局こ の考え方の実用性がはっきりする。有効積厚 Teff の両者の中間にあるときのみ意味のある測定が が決まり,被写体の全巨視的断面積の平均値 できる22)。積厚の意義はここにも認められる。 Σ ave[=(∫ ( Σ t)dt)/t]が既知であれば,この CT 撮像系で再構成可能の被写体厚の最大値 tmax は, 断層画像切断面内の位置分解能に関しては, (4)から直ちに, tmax=Teff/ Σ ave 5・5 空間解像度 既に本講座でも論じられている。NCT の分解 (6) 能は,被写体と撮像点間距離を褄,ビームの平 と表され,tmax は,予め推定可能となる。有効 行度をあらわす因子を L/D(平行なら無限大) , 積厚 Teff を定義して,決定しておくことの価値 撮像系固有の分解能を Ui とすると,褄<(L/D ) はここにもある。つまり,この測定系では,こ Ui の場合,分解能は Ui で決まってしまう。しか れらの tmax 以上厚い試料の CT 像は,アーティ し,褄>(L/D )Ui の場合には,幾何学的不鮮 94 Nov. 2 0 0 7 小林:中性子断層撮影法の基礎 明度 Ug に支配される。この場合 Ug は, Ug=褄/(L/D ) 761 7. ま と め (8) 本講座では,NCT 像取得から再構成技術, で表される。通常,L/D の変更は難しいので, NCT に付随する諸問題を論じ,CT 画像の新 Ug はビーム方向の被写体最大寸法褄によって しい評価法について解説した。また,NCT の 決まってしまうことが多い。もちろん XCT で 将来像についてどのような点が問題になってい も同様な問題が起こるが,このような場合,被 るかを示した。 写体は0∼褄に展開されているので,不鮮明度 また,NCT を,原理に忠実に実現するとい は場所によって一様ではない。高解像度の CT う観点から議論を展開した。もちろん,内部欠 を期待する場合の大きな問題である。なお, 陥,不純物,腐食などを,効率よく検出,検査 XCT の場合,D が大なら同様な問題が発生す できればよい。検査速度が主要な因子であるな るが,通常十分小さくでき,Ui>Ug であるか ど,必ずしも原理に忠実である必要がなく,そ ら,Ui のみを考慮すればよい。 れで十分という場合もある。このような目的を 達成するためには,それなりの再構成技術も考 6. NCT の将来 えることができる。しかし,このような技術は, 以上,主として静止画像に関する NCT につ むしろ画像処理上の技術に属することとして, いて,従来行われた研究を中心に解説してきた。 ここではとりあげなかった。また,NCT 取得 エレクトロニクス法の最近の進歩に伴って,ダ 後の,様々な画像処理技術によって検査性能を イナミックレンジの拡大,動画像 NCT の取得, 上げることもできる。 画像処理技術などが長足の進歩を遂げてきてい 最近,かなり完成度の高いソフトウェアが市 る。NR の動画像取得の研究は,早くから開始 販されている。しかしその内容はブラックボッ されており23),理論的な解析は未熟であるが クス化されているのが普通であり,原理を学ぶ NR の新しい可能性を引き出している。この点 必要が無いようになっているように見える。し に関する研究は,既に多数なされているが,最 かし,基礎的な側面に立ち返り,最近氾濫して 近国内で開発されつつある NR 画像のリアルタ いるブラックボックスの中身を,果たして自分 イム対数変換の技術は,注目に値する。このシ の目的に合致しているのかどうか,ある程度批 ステムが利用可能となれば,動画像,特に流 判的にとらえ確認した上で使用することも必要 (液・気)体,二層流,粉体流などを平均的な なのではないかと考える。その趣旨から,XCT 分布として,定量的に3次元画像解析する場合 も含めて,これから NCT に興味を持ち,研究 に威力を発揮する可能性がある。 に着手される方々に何らかの資料,あるいは指 新しい画像取得装置の可能性も,ハイビジョ 針などとしてお役に立てば幸いである。本講座 ン技術の開発発展に関連して現実の問題となり によって,初歩的な CT の大まかな概要がおわ つつある。信号増幅機能を有している HARP かりいただけたと思う。 2 4) 2 5) 管 や 新 し い I I に 関 し て は,NR 及 び NCT 文 にとって,どのような新しい能力があるか未知 数の所があるが,おそらく高分解能化に威力を 献*5 1)Radon, J., Berichte Schsische Akademie der Wissenschaften(Leipzig) , 69, 262-277(1917) 発揮することになろう。これらの点は次回の講 2)Cormack, A. M., J. Appl. Phys., 34, 2722-2727 座で論じられる。 (1963) 3)Hounsfield, G. N. and Brit, J., Radiology, 46, 1016- 95 762 RADIOISOTOPES Vol. 5 6,No. 1 1 1 6)Cho, Z. H., IEEE Trans. Nucl. Sci., NS-21, 44-71 1022(1973) 4)Ambrose, J. and Brit, J., Radiology, 46, 1023-1047 (1974) 1 7)Rhodes, E. et al., Neutron Radiography (4) , Bar- (1973) ton, J. P., ed., pp.621-625, Gordon & Breach, Penn- 5)小林久夫,非破壊検査Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ,44,(5) 294-302 ; sylvania(1994) (6) 426-433 ;(7) 467-476(1995) 1 8)田山典男, 楊 6)内田勝他,放射線技術者のための画像工学,通 1 9)井宮 商産業研究社,東京(1978) 東学, 非破壊検査, 43, 41-47(1994) 淳,小川英光,電気通信学会論文誌,J68-D (4) , 523-529(1985) 7)岩井喜典,編,CT スキャナー X 線コンピュー 2 0)Murata, Y. et al., Neutron Radiography (3) , Fuji- タ断層撮影法,コロナ社,東京(1979) ne, S. et al., eds., 469-478, Kluwer, Dordrecht 8)今里悠一,CT 技術,岩井喜典,他編,pp.180-192, コロナ社,東京(1983) (1990) 9)土井恒成,パリティ,7(10) , 45-51(1992) 2 1)CT 性能評価委員会,X 線コンピュータ断層撮 1 0)Matsumoto, G. et al., Neutron Radiography, Bar- 影装置の性能評価に関する基準(第二次勧告) , ton, J. P. et al., eds., pp.745-752, Reidel, Dordrecht 日本医師会雑誌,88, 759-771(1982) (1987) 2 2)Kobayashi, H., Nucl. Instrum. Methods, A377, 80-84 1 1)Ramachandran, G. N. and Lakshminarayanan, A. (1996) V., Proc. Nat. Acad. Sci., USA, 68, 2236-2240(1971) 2 3)Bossi, R. H. et al., Nucl. Technol ., 59, 363-374(1982) 1 2)Shepp, L. A. and Logan, B. F., IEEE Trans. Nucl. 2 4)河村達郎,NHK 技研 R&D, No.6, 12(1989) Sci., NS-21, 21-43(1974) 2 5)持木幸一,日塔光一,応用物理,11, 1 3)Schatz, A. et al., Neutron Radiography (3) , Fuji- 1349-1353 (2006) ne, S. et al., eds., pp.805-812, Kluwer Academic, Dordrecht(1990) *5 ここで取り上げた文献は,より多くの資料の中か らピックアップしている。より適切な引用文献が あるかもしれない。基礎技術の文献は,原典にさ かのぼらず6) ―7)等に依った。 1 4)Crowther, R. A. et al., Proc. Roy. Soc. London, A, 314, 143-152(1970) 1 5)Brooks, R. A. and Chiro, G. D., Radiology, 117, 561572(1975) 96