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ヤニス・クセナキス研究

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ヤニス・クセナキス研究
ヤニス・クセナキス研究
建築と音楽をつなぐパラメータ設定についての考察
加藤 伸昭
1. 序
略歴
1922
1932
1940-47
1948-59
1948
1950
1953
1953-54
1956
1965
1966
1967
1977
1978
1997
2001
ヤニス・クセナキス ( Iannis Xenakis) は、20 世紀を代
表する現代音楽の作曲家として有名である。同時に、
ル・コルビュジェ(Le Corbusier) の事務所に在籍した
ことがあるなど、建築家としての側面も持ち合わせて
いた。クセナキスの創作活動には、建築と音楽が密接
に連関していたものと思われ、このことは、コルビュ
ジェによる「エンジニアと作曲家と建築家とが一人の
人間に統合した」1)という評からも窺われる。しかし
ながら、クセナキス個人に関しては、その分野を横断
ルーマニアで、ギリシャ人の両親から生まれる。
ギリシャに移住
アテネ工科大学で、工学を学ぶ。
ル・コルビュジェ事務所勤務
音楽家オネゲルとミヨーに師事
メシアンに師事
《Couvent de la Tourette》の設計に参加
61 楽器のための《Metastaseis》作曲
《Philips Pavilion》設計
フランスに帰化
パリに CeMaMu(音楽センター)を設立
モントリオール万博の《Polytope》
UPIC の開発を完了
《Diatope》
〈オメガ〉作曲(最後の音楽作品)
死去
しての創作活動に起因するのか、建築分野において、
の間隔が、連続的に変化することで、密度の差を生
まとまった研究はされていない。既往研究としては、
み、全体として、波動を連想させる視覚効果を生む
濱田
らによる、《Philips Pavilion》の三次元形態の
というものである。マリオンの割付けには、マリオ
決定プロセスの分析や、水野 による音楽家の「空間
ン間の間隔と、その密度が関係する。西棟東側の立
性」についての考察などがあるが、クセナキス個人に
面(FLC31583)よりマリオン間の間隔の数値を読取る
関する分析としては、十分とは言えない。そこで、本
と、183,140,113,86,70,53,43…と変化している。(図
研究では、クセナキス作品に通底する、創作手法とし
2)これは、モデュロールの青系列(33, 53, 86, 140)、
て、パラメータ の設定に着目し、それが、建築と音
赤系列(43, 70, 113, 183)の数値を、大きいものから順
楽をつなぐ思考の鍵と、なっていたことを指摘したい。
に、交互に並べたものであり、これを基本の順列とし
以下では、まず、2 章において、建築と音楽それぞ
ていたものと考えられる。また、中庭側小通路の立面
れにおける創作手法が、双方に及ぼした影響を考察す
(FLC2547)のマリオンの間隔の変化に着目すると、あ
る。次に、3 章において、図面 / 記譜表現のレベルに
る長さを一つの単位として、反復、反転されている箇
おける類同性を示す。最後に、4 章において、建築と
所を確認できる。(図 4)以上のことより、波動ガラス
音楽が、同じ次元で統合されていく過程を明らかにす
面の構想過程としては、まず、モデュロールの数値に
るものである。これによって、クセナキス作品を包括
よる基本の順列を当てはめ、それにより、波動の単位
的に理解することが、本研究の目的である。
をつくり、さらに「対称」5) などの、クセナキスの主
2. モデュロールと音列の適用
体的な操作が加えられることで、決定されていたもの
2-1.《Couvent de la Tourette》のガラス面
と考えられる。
2)
3)
4)
1954 年、クセナキスは、
《Couvent de la Tourette》
(ラ・トゥーレット修道院)の設
計監理担当者に指名され
る。 コ ル ビ ュ ジ ェ 作 品 に
図 1.波動ガラス面
おけるモデュロールの使
用は周知のことであるが、その顕著な例として、クセ
ナキスによって波動ガラス面 (pans de verre ondulatoires) と
名付けられた開口部がある。これは、垂直なマリオン
180
図 2.FLC31583 一部
と、ガラスによって構成された開口部で、マリオン間
19-1
140
113
86
70
53 43
それを選択することになる。音列は、さらに4つの異
2-2.《Metastaseis》におけるモデュロール
《 C o u v e n t d e l a
なった形態、すなわち、基礎形態(G)、逆行形(K)、
Tourette》 の 設 計 と 同
反行形(U)、反行の逆行形(KU)を持ちうる。
(図 5)
時 期、 ク セ ナ キ ス は、
十二音技法では、これら音列の組合せにより、一つの
オ ー ケ ス ト ラ の た め の、
楽曲を作曲するのである。これは、波動ガラス面の設
《Metastaseis》( メ タ ス タ シ
計における、モデュロールに基づく順列の設定、さら
ス)という約8分の曲を作
に、その後の「対称」などの操作と、重なるものである。
曲 し て い る。 タ イ ト ル の
《Metastaseis》 は、 ク セ
ナキスの他の楽曲と同様、
(のちの)
造語であり〈Meta〉
8
5
3
図 3.
《Metastaseis》317-333 小節
と〈Staseis〉(定常状態) と
い う 二 つ の 単 語 を、 組 み
反復
合わせたものである。この曲は、一般的な五線譜以外
図 4.FLC2547 一部
に、グラフとしても記されている。( 図 3) このグラフ
反転
G
K
U
KU
において、横軸は、時間の進行、縦軸は音の高さの高低、
すなわち音高を表す。グラフ上の斜めの直線は、連続
的な音程の変化であるグリッサンドを示している。グ
リッサンドとは、弦楽器の奏法の一つで、同じ弦の上
図 5.アルノルト・シェーンベルグの十二音技法による楽譜
で、押さえている指をすべらせることにより、音程の
3. 表現の中のパラメータ
上昇や下降を連続的に行い、不連続だった音階をつな
3-1.《Philips Pavilion》の壁面とグリッサンド
ぐ奏法のことである。この楽曲において、クセナキス
1956 年、コルビュジェは Philips 社より、ブリュッ
は、音の継続時間、すなわち音価を、モデュロール的
セル万博の為のパビリオンの設計を依頼され、設計
6)
な発想によって決定している。 《Metastaseis》の楽
担当者として、クセナキスを指名する。この《Philips
譜の 317-333 小節までのグラフを読むと、音価の変
Pavilion》(フィリップス・パビリオン) は、〈電子詩〉(le
化の間隔が、8,5,3 となっていることが確認できる。
poeme electronique)と呼ばれる、約8分間の、映像と音
これは、隣合う 3 項の関係が、モデュロールと同様
楽が複合した作品の、上映施設として計画された。建
の変化を示すフィボナッチ数
7)
築は、複数の双曲放物面が組み合わされた、彫塑的な
と一致する。
2-3. 小結
形態をしている。(図 6)これは、先述の《Metastaseis》
前節で示したように《Metastaseis》の音価の設定
のグリッサンドが集積したグラフとの類似性を見
には、フィボナッチ数が使われていた。モデュロール
て と れ る。 こ れ に つ い て、 ク セ ナ キ ス は、 後 に、
《Metastaseis》が、《Philips Pavilion》の着想源となっ
も、基本的に、このフィボナッチ数の考えに倣って
たことを、語っている。10)
いるため、両者の関係は明白である。このことは、音
楽家としての活動以前の、コルビュジェ事務所での 5
年間の経験が関係していることを、クセナキスと親交
のあった作家のノウリッツァ・マトッシャン(Nouritza
8)
Matossian)
は、指摘している。また、波動ガラス面
の設計については、十二音技法との関係を指摘したい。
十二音技法とは、アルノルト・シェーンベルク(Arnold
図 6.
《Philips Pavilion》外観パース
図 7.
《Metastaseis》グラフ
Schönberg)の「五つのピアノ曲」(1921)を嚆矢とす
3-2. 3次元形態の作図
る、それまでの伝統的な音楽が持っていた調性の排除
《Philips Pavilion》は形態の複雑さのため、「建物本
を試みた技法である。これは、1 オクターブ内にある
体にかかわるスケッチの多くが形態をいかに決定す
という素材を、繰り返し無く用い、音
るかという点に費やされて」いた。11) 通常の平面/
列と呼ばれる一つのまとまりを設定する。その可能性
断面図では、3次元形態の記述として不十分なもので
は、12 != 479001600 通りあり、作曲家は、まず、
あったと思われる。そこで、クセナキスは、3 次元形
12 の半音階
9)
19-2
3-4. 小結
《Philips Pavilion》 に お け る 3 次 元 形 態 の 記 述 と、
UPIC による作曲ついて、同一平面上で、複数のパラ
メータを扱うという点について、類同性が指摘できる。
これは、クセナキスの経歴に起因する、数学・幾何学
に対する理解及び、図形的な表現能力の基礎があった
図 8.五つのパラメータの定義
ことが、推察できる。
4. 空間の音楽化
準線 A''
4-1. 音と光のイベント《Polytope》
準線 B'
1967 年、クセナキスは、モントリオール万博のフ
ランス館のための、音と光のイベント、
《Polytope》(ポ
基準線(GL)
リトープ) を手がける。これは、フランス館中央の階
平面(GL 上)
準線 B''
段部分の吹き抜けを用いたもので、《Philips Pavilion》
準線 A'
の壁面を構成していたような、鋼鉄製のケーブルが
張り巡らされた。(図 13)ケーブル上には、1200 個
図 9.双曲放物面の作図
のライトが取り付けられており、電子制御によって、
態を厳密に記述するため、以下の五つのパラメータに
光源が明滅し、同時に、分散的に配置されたスピー
よって規定した。(1)2本の棒 A と B の距離(2)棒
カーによって、約 6 分間の曲が流された。クセナキ
A と B にそれぞれ、等間隔の点を打ったときの間隔 a
スが、
「私の音楽作曲経験すべてをここでは光のため
と b(3) 棒 A と 棒 B の な す 角、 φ と ω。(図 8) 双
につかった。
」13)と語るように、ここでは、空間的な要
曲放物面の壁面は、これら、五つの変数を同時に動か
素である光に焦点があてられていたものと考えられる。
し、曲率が定まり次第、スケッチを描いて幾何学的に
(多数の等)と〈tope〉
(場
《Polytope》という言葉は、
〈poly〉
定着させるこで決定された。図面では、基本となる平
所等)の2つの単語が組み合わされた造語であり、多
面に、双曲放物面を与える準線が引かれていることが
義性を含むものである。《Polytope》は、その後、フ
分かる。(図 9)
ランスのクリュニーにおいて、再演され、1978 年に
3-3.UPIC による作曲
は、《Diatope》と名付けられた、《Polytope》の派生
図 10.UPIC とクセナキス
1977 年 に、 ク セ ナ
形と呼べるイベントが行われている。(図 13)
キスは、UPIC(ユーピッ
4-2.「時間内」と「時間外」の概念
ク) と、呼ばれる電子
《Polytope》の試みに対する理解のためには、クセ
音響作成用のシステム
ナキス独自の概念である「時間内」「時間外」の理解
を 開 発 する。これ は、
が必要不可欠である。これついて、クセナキスは以下
ボードと、それに接続
のように述べている。「時間とは構造であるというこ
されたコンピュータからなるシステムで、ボード上に、
とでした。そして構造である以上、数えることが出来、
線形を描くことで、縦軸を音高、横軸を時間とする、2
実数を使った式にすることが出来、直線上の点で示す
次元平面上で解析し、音響を作り出すというものであっ
ことが出来るはずだということでした。(中略)音楽は
た。音高、音の長さ以外のパラメータ(音色、強さ)
基本的に時間外であって、時間は単に音楽表現を助け
の図示については、クセナキス自身が、以下のように
ているのです。私達が考えていることは明らかに時間
述べている。
「強さを表すためには、同じボード上に強
外のことです。」14)音楽表現のなかで、「時間内」に該
さの包絡線を引かなければなりません。
(中略)次に音
当するものとして、クセナキスは、音高、音の強さな
色はどうするのでしょうか。もちろん、音色も決めなけ
どを挙げているが、これらの要素は、順序構造があり、
ればなりません。
同様にある種の曲線を1 楽節に引けば、
物理的に厳密に計測し得るものである。つまり、クセ
それによって電子の正弦波音が得られます。
」 このよ
ナキスの「時間内」とは、人間の知覚における物理的
うに、クセナキスの UPIC における試みは、音楽上の様々
に計測し得る一種のパラメータを表し、
「時間外」とは、
なパラメータを視覚的に、同一平面上に表現すること
それらによって構築される作品自体を表すものであっ
であった。
たと考えられる。
12)
19-3
図 11.
《Polytope》展示
図 12.
《Polytope》模型
図 13.
《Diatope》外観
4-3. 小結
メータについての
「時間内」
の概念であった。これにより、
水野は、《Polytope》における空間と、音楽の関係
建築と音楽を同次元において思考することができたと
について、先述の「時間内」
「時間外」の概念を用いて、
考えられる。
次のように説明している。「《ポリトープ》は、音楽構
表 1.クセナキス作品の建築と音楽の関係
造の時間原理に対して、新たに、〈空間〉を加えたと
いうことになる。音楽構造における空間という次元は
関係性の段階
時間外原理であり、それが計測可能な時間次元に移し
替えられる」 これは、
「時間外」の概念である、
「空間」
を、物理的に計測可能な、光の位置や移動など「時間
内」の形で扱うことで、音楽表現のなかに、補完的に
「空間」を導入したものである。《Polytope》における
音楽
波動ガラス面
《Metastaseis》の音価
〈設計 / 作曲〉
モデュロール
十二音技法
表現
3次元形態の作図
創作手法
15)
建築(空間)
UPIC の楽譜
〈図面 / 楽譜〉
《Polytope》
空間的要素の閃光は、発光時間や、強さなど、そのま
作品
ま、音楽表現における、音価や、強さの設定と同様の
扱いが可能なものがあったためと考えられる。また、
《Polytope》は、知覚における視覚と聴覚の体験上の
違いを埋める試みであったと言えるかもしれない。す
なわち、ある一定方向から、時間において不可逆的に
知覚される音楽に対して、様々な視点による、時間的
にも可逆的な知覚要素である、空間を、補完的に導入
したということである。
5. 結
本論における結論を、以下の三点にまとめる。
(1)《Metastaseis》の音価の決定に、モデュロール的
な発想が用いられているが、これは、クセナキスの経
歴における、コルビュジェとの恊働の影響が考えられ
る。また、《Couvent de la Tourette》の波動ガラス面
の設計においては、十二音技法と類似する手法がとら
れている。これらのことより、パラメータ設定におい
て、建築と音楽の間の手法上の交差があった可能性が
指摘できる。
(2)UPIC による作曲と、《Philips Pavilion》の3次元
形態の作図法について、同一平面上で、複数のパラメー
タを扱うという点について、類同性が認められる。
(3)
《Polytope》における試みは、
「空間」を、物理的
に計測可能な、光の位置や移動などの形で扱うことで、
〈空間 / 音楽〉
光の位置・移動
時間内
音高・音価等
【註釈】
(1)参考文献 c)p210 より(2)参考文献 k) より(3)参考文献 l) より
(4)本研究におけるパラメータとは、音楽における、音高(音の高さ)、
音価(音の長さ)、音色、音の強さ等の音を構成する要素の数値、建築
おいては、部材の寸法、角度等の要素を第一義とする。(5)参考文献 g)
p92 より(6)参考文献 e) より(7)フィボナッチ数とは、F(0)=0、F(1)
=1、F(n+2)=F(n+1)+F(n)で定義される数列。最初の 10 項までを示すと、
0,1,1,2,3,5,8,13,21,34,55,89…となる。n= ∞のとき、隣合う項の関係は、
黄金比による等比数列になる。(8)参考文献 d) より(9)半音階とは、隣
あう音程関係が、すべて半音で構成される音階で、オクターブを均等な周
波数比で、12 等分した 12 平均律によってつくられる音階(10)参考文献 b)
より(11)参考文献 j)(12)参考文献 l)(13)参考文献 l)(14)参考文
献 m)より(15)参考文献 l)より
【図版出典】
図 1. 筆者撮影、図 2,4. 参考文献(b)より、図 3,10,13. 参考文献(d)より、
図 5. 参考文献(f)、図 6,8. 参考文献(a)より、図 7. 参考文献(h)より、
図 9. 参考文献図 i) より 11,12. 参考文献(j)より
【参考文献】
a) Iannis Xenakis 著、高橋悠治訳 : 音楽と建築 , 全音楽譜出版社 , 1975
b)H.Allen Brooks: The Le Corbusier Archive, Geland Publishing, Inc. and
Fondation Le Corbusier, 1984
c) 五十嵐太郎、菅野裕子 : 音楽と建築 , NTT 出版社株式会社 , 2008
d) Nouritza Matossian: XENAKIS, TAPLINGER PUBLISHING CO., ING.,
1986
e)Le Corbusier 著、吉阪隆正訳 : モデュロールⅡ , 鹿島出版会 , 1976
f)Walter Gieseler 著、佐野光司 訳 : 20 世紀の作曲 - 現代音楽の理論的展望 -,
音楽之友社 , 1988
g) セルジオ・フェロ、シェリフ・ケバル、フィリップ・ポティエ、シリ
ル・シモネ共著、青山マミ訳 : ル・コルビュジェ ラ・トゥーレット修道院 ,
TOTO 出版 , 1997
h)Marc Treib : space calculated in seconds、Princeton Univ Pr、1996
i)Jean Petit: Le poème électronique Le Corbusier, Les Editions de Minuit,
1958
j) Olivier Revault D'allonnes 著、高橋悠司訳 : クセナキスのポリトープ ,
朝日出版者 , 1978
k) 浜田邦裕、浜田ひとみ : フィリップス・パビリオンの設計プロセス , 日
本建築学会近畿支部研究報告集 , 1997
l) 水野みか子 : クセナキスの音楽と建築 , 建築雑誌 No.1480, 2001
音楽表現のなかに、補完的に「空間」を導入したもの
である。これを可能にしたのが、クセナキス独自のパラ
19-4
m)Iannis Xenakis: 我が道( クセナキス京都賞受賞記念ワークショップ講
演テキスト), 稲盛財団提供 , 1997
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