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カトリック両王研究の変遷と最近の動向 -イザベル女王死後500周年記念

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カトリック両王研究の変遷と最近の動向 -イザベル女王死後500周年記念
Nara Women's University Digital Information Repository
Title
カトリック両王研究の変遷と最近の動向 -イザベル女王死後500周年
記念からの視点‐
Author(s)
大原, 志麻
Citation
寧楽史苑, 第48号, pp.48-57
Issue Date
2003-02
Description
URL
http://hdl.handle.net/10935/1484
Textversion
publisher
This document is downloaded at: 2017-03-28T10:46:14Z
http://nwudir.lib.nara-w.ac.jp/dspace
研究動向
イ サ ベ ル女 王 死 後 五 〇 〇 周 年 記 念 から の視 点
カ ト リ ック 両 王 研 究 の変 遷 と 最 近 の動 向
i
麻
シ コで催 さ れ た学 会 で の報 告 と と も に 、 こ の国 際 学 会 の成 果 は、 同 タ
原
ス ペ イ ン統 一、 コ ロ ンブ スに よ る新 大 陸 発 見 、 ユダ ヤ人 追 放 令 の発
イ ト ル の論 文 集 と し て 翌年 刊 行 さ れ た。二〇 〇 一年 に は、バ リ ャド リ ッ
大
布 、グ ラ ナダ 攻 略 な ど に彩 ら れ る カ ト リ ック 両 王 の治 世 (一四七 九 ∼
ドお よ び ア ルゼ ンチ ンのブ エ ノ ス ・アイ レ ス で ﹁イ サ ベ ル女 王 時 代 の
ル ナ ンデ ス ・ア ルバ レ スを 筆 頭 に 、地 域 史 、 商 業 史 、 女 性 史 、 ユダ ヤ
一五 〇 六年 ) は 、 ス ペイ ン史 に お い て中 世 、 近世 史 の分水 嶺 に あ り 、
社 会 と 経 済 ﹂ と 題 さ れ た学 会 で 、 ス ペイ ン王 立 歴 史 アカ デ ミ ー の フ ェ
カ トリ ック 両 王期 研究 は 、 今 日 に お い ても き わ め て 活 発 であ る 。
人 問 題 の視 座 か ら 研究 が 発表 さ れ た 。 こ の学 会 の研 究 報 告 も ﹃イ サ ベ
歴 史 研 究 に お いて も 最 も注 目 さ れ た 時 代 であ る 。
一四 九 二 年 の コ ロンブ スに よ る ア メリ カ 大 陸 発 見 五 〇 〇 周年 に続 き 、
ル女 王 時 代 の社 会 と経 済 ﹄ と い う タ イ ト ル で、 最 近 上 梓 さ れ た 。
近 年 では 、 イ サ ベ ル女 王死 後 五 〇 〇 周 年 を 記 念 し て、 二 〇 〇 〇年 か ら
れ 、 人 文 主 義 、 印 刷 技 術 と の関 連 性 、 美 術 や 音 楽 に つい て 、実 に幅 広
二〇 〇 二 年 一〇 月 一四 日 か ら 一六 日 に は 、 バ リ ャドリ ッド大 学 、 チ
そ の な か でも 注 目 す べき 活 動 と し て、 バリ ャ ドリ ッド 大 学 中 世 史学
い分 野 にわ た る発 表 が な さ れ た 。来 年 は、 バリ ャドリ ッドと ニ ュー ヨー
二 〇 〇 四 年 ま で の五年 間 に わ た って、 カ トリ ック 両 王 に 関 す る 研究 の
科 が 、 イ サ ベ ル女 王 死 後 五 百 年 を 記 念 し て、 こ の五 年 間 に毎 年 開 催 す
クを 開 催 地 と し て ﹁イ サ ベ ル女 王 治 世 のヴ ィジ ョン﹂ と 題 し て、 カ ト
リ の サ ン テ ィ アゴ ・デ ・チ レ のカ ト リ ック 大 学 にお い て 、 ﹁イ サ ベ ル
る 国際 学 会 を 挙げ る こと が でき る。 初 年 であ る 二〇 〇 〇 年 に は 、 ﹁イ
リ ック両 王 期 か ら 現 在 ま で のカ ト リ ック両 王 像 を 、 き わ め て広 い意 味
活 発 な 刊行 、各 種 学 会 の開 催 、 関 連 史 料 の再 編 纂 事 業 な ど が お こ な わ
サ ベ ル女 王 と そ の政 治 ﹂ と 主 題 を 定 め 、 ネ タ ニヤ フ、 バ ル デ オ ン ・バ
で理解 し て いく こと が 予 定 され て い る。 具 体 的 な 研 究 報 告 はま だ 明 ら
女 王 期 の文 化 と 芸 術 ﹂ と いう テー マのも と 、 第 三回 国 際 学 会 が 開 催 さ
ルー ケ 、 ラデ ロ ・ケ サダ 、 デ ル ・バ ル ・バ ルデ ィビ エ ソ、 ニ エト ・ソ
か に され て いな いが 、 スペ イ ン内 外 の著 名 な カ ト リ ック両 王 期 の研 究
れ つ つあ る。
リ アな ど 代 表 的 な 研 究 者 によ る研 究 報 告 が お こな わ れ 、 平 行 し て メキ
一
一
士
'じ4、
者 の発 表 が 予 定 さ れ て お り 、 そ の開 催 が 待 た れ る 。 最 終 年 で あ る
記 であ り 、 年 代 記 な ど の刊 行 と そ こか ら 得 られ た詳 細 な デ ー タ の記 述
フ ア ン ・デ ・メタ が 挙 げ ら れ る が 、 当 時 最 も 重 要 視 さ れ た史 料 は 年 代
さ 二〇 〇 四年 の学 会 に つい て の詳 細 は 未 定 であ る が 、 最 終 年 を 飾 る べく
が 、 ほと んど そ のま ま 政 治 史 と な って い た。
さ て 、 本 稿 では 、 二 〇 世 紀 初 頭 以 来 のカ トリ ック両 王 研 究 の テ ー マ
サ ベ ル の即 位 の正 当 性 に疑 義 を 唱 え た こ と に始 ま る論 争 は 、 イ サ ベ ル
史 料 刊 行 が 熱 心 に進 め ら れ るな か 、 二〇 世 紀 初 頭 シ ッチ ェスが 、 イ
大 い に期 待 でき る内 容 と な る であ ろ う 。
を 概 観 し 、 研 究 テ ー マ、 研 究 手 法 の変 遷 を 紹 介 す る こと にし た い。 前
研究 史 にお いて注 目 に値 す る。 なぜ な ら ば 、 これ は、 内 戦 に勝 利 し て
述 のよ う に、 カ ト リ ック両 王 の治 世 に つい て の研 究 は膨 大な 数 に及び 、
イ サ ベ ルが 王位 に就 いた カ ト リ ック 両 王 期 の党 派 的 な年 代記 に始 ま り、
ワ
諸 研 究 を全 て網 羅す る こと は事 実 上 不 可能 であ る 。 し か し 、 カ ト リ ッ
一六 世 紀 ス ー リ タ 、 カ ル バ ハ ル に 称 揚 さ れ 、 一九 世 紀 の ク レ メ ン シ ン 、
プ レ ス コ ットな ど の歴 史 家 によ って理 想 化 さ れ てき た イ サ ベ ル像 への
の ク 両 王 の重 要 な 研究 を概 観 す る こと は 、 ス ペイ ン史 研究 に お い て大 い
に意 味 が あ る と 思 わ れ る 。 な ぜ な ら ば 、 カ トリ ック両 王期 は ス ペイ ン
批 判 の端 緒 と な る か ら であ る 。
し か し 、 そ の後 の フ ラ ン コ体 制 の到 来 に よ り 、 ﹁ト ロス ・デ ・ギ サ
史 に お い て最 も 注 目 さ れ てき た 研 究 分 野 であ った と 同時 に、 政治 的 に
そ の イ メージ が 利 用 さ れ た こと か ら も 、 ス ペイ ンが 歩 ん でき た時 代 背
ンド条 約 によ る正 当 即 位 説 ﹂ が 定 説 と し て確 立 さ れ る こと と な る 。 そ
れ は 、 フラ ン コ政 権 下 、 カ ト リ ック両 王 が ﹁ス ペイ ン統 一﹂ の シ ンボ
景 と も 密 接 な関 わ り が あ り 、 政 治 的 ・思 想 的 状 況 に最 も 翻 弄 さ れ てき
た 研究 領 域 であ る か ら であ る。 し た が って、 各 時 代 の影 響 を 如 実 に反
ルと され 、称 揚 の対 象 と され たと い う事 情 に よ る 。
ク両 王 が利 用 さ れ た た め 、特 に カ ト リ ック 両 王 研 究 には 絶 対 的 な 制 限
フ ラ ン コ政 権 下 に お い て は 、現 体 制 の 正当 化 の材 料 と し て カ ト リ ッ
映 し てお り 、 ス ペイ ン にお け る歴 史 研 究 の全 体 的 傾 向 を 明 確 に把 握 す
る の に適 し た 材 料 と い え よ う。 こ こ で は カ ト リ ック両 王 研 究 史 を 概 観
し た上 で、 今 後 の課 題 を 明 ら か に す る こと を 試 み た い 。
が 加 え ら れ た 。 こ の時 期 の研究 は 、 ﹁あ る べき 歴史 ﹂ の 構 築 で あ った
と いわ ざ る を え な い。 ﹁世 界 一の ス ペイ ン﹂ と い う 国 家 イ デ オ ロギ ー
位 の歴 史 を 扱 う 政 治 史 研 究 が 花 形 と な った 。 そ のイ メー ジ は き わ め て
.伝統 的 歴史 学 か ら フ ラ ン コ体 制 下 の歴 史 叙 述 へ
一九世紀 に確立した歴史学研究 にお いて重要視 された年代記そ の他
根 強 く、 一般 的 な 歴 史 叙 述 にお い て は、 今 日 に お い ても な お 、 そ の イ
の喧 伝 と 共 に、 カ トリ ック 両 王 期 は 理 想 化 さ れ た。 必 然 的 に 、 国 家 単
古 文 書 な ど の史 料 の刊 行 は、 ス ペイ ン でも 活 発 に行 わ れ た。 二〇 世 紀
メー ジ に囚 われ 続 け て い る面 が あ る。
る 前 半 の代 表 的 研 究 者 と し て、 カ ト リ ック両 王 年 代 記 の多 くを 刊 行 し た
一49一
た と え ば 、 一九 四 〇 年 代 に メ ネ ン デ ス ・ピ ダ ル、 ル イ ス 。ス ア レ ス ・
ほ フ ェル ナ ン デ ス と バ ル デ オ ン ・バ ル ー ケ と 中 心 と し て ﹃ス ペ イ ン の 歴
史 ﹄ が 編 まれ 、今 日 ま で多 く 版 を 重 ね 続 け て いる 。 こ の時 期 の研究 は、
か スペ イ ン統 一を 強 調 す る た め に、 統 一の起 源 を 探 る 性 格 が 色濃 い 。 そ
お し て当 然 の こと な が ら 、 女 性 のあ る べき 規 範 像 と し て のイ サ ベ ル、 理
む 想 君 主 と し て の フ ェ ル ナ ン ド 、 ス ペ イ ン 統 一に 繋 が った フ ェ ル ナ ン ド
め と イ サ ベ ルの婚 姻 の理 想 化 な ど も 、 こ の時 期 の主 要 な テー マであ った。
テ ー マの刷 新 と そ の進 展 、 つま り 理 想 化 さ れ た 歴 史 か ら 、現実 の歴史
スト ・フ ラ ン コ期 ・地 域 史 の興 隆 と カ ト リ ック 両 王
への関 心 の増 大 に つな が る 。
二 .ポ
研 究 のあ り か た
そ の現 実 的 な 終 焉 は 歴 史 学 に お け る 視 座 や 方 法 を 大 き く 転 換 さ せ た 。
フ ラ ン コ独 裁 体 制 期 か ら 中 央 に反 発 す る 動 き は既 にあ ったと は いえ 、
ま た 、 ﹁スペ イ ン統 一﹂ に直 接 関 係 す る グ ラナ ダ攻 略 に つい ても 、 ラ
そ の変 化 は す ぐ に研 究 対 象 、 主 題 の変 化 と し て表 れ た。 伝 統 的 な 国 家
お デ ロ ・ケ サダ が グ ラ ナダ 戦 争 に関 す る 研 究 を 進 展 さ せ た 。 宗 教史 の分
単 位 の政 治 史 は 疑 問 視 さ れ 、 修 正 さ れ る こと と な った。 それ は 、地 域
ン自 治 州 の成 立 と い う 政治 的 変 化 の影 響 を 直 接 的 に受 け る こと に よ っ
野 にお い ては 、 ﹁カ ト リ ック に よ る統 一﹂ の ﹁公 式 な 歴 史 ﹂ の た め の
史 に傾 倒 し て いく地 域 中 心 主 義 の急 速 な 進 展 にも つな が った。
り 研 究 が な さ れ た 。 一方 、 カ トリ ック 両 王 期 の称 揚 に役 立 つと考 え ら れ
こ のよ う な フ ラ ン コ体 制 にお け る ﹁ス ペイ ン称 揚 のた め の歴史 学 ﹂
て、 地 域 史 (田 $言 象o窪 8 ぎ 目o)が 隆 盛 と な る と いう 特 徴 が み ら
つま り 、 こ の時 期 の中 世 史 研究 に は 、 フ ラ ン コ体 制 の終 焉 と ス ペイ
と い う大 き な潮 流 に対 し て、 ま った く 反対 の動 き が な か った わ け で は
れ る の であ る 。 カ ト リ ック両 王期 の研 究 にお い ても 、 カ ト リ ック両 王
な な い。 ビ セ ン ス ・ビ ー ベ スが 上 述 の ﹁ト ロス ・デ ・ギ サ ンド条 約 に よ
期 の 名 を 冠 し た 地 域 史 の研 究 が 増 え た 。 こ の 画 期 と な っ た の は 、
た文化史的研究もみられる。
る正 統 即 位 説 ﹂ を 否 定 し 、 ま た亡 命 し た サ ンチ ェス ・ア ルボ ルノ スが
一九 六 九 年 の コ ルタ サ ルの 研究 であ る 。 こ の傾 向 は 、 政 府 の指 導 のも
ゑ 歴 史 家 と し て体 制 を 批 判 し 、 アメ リ コ ・カ スト ロが ﹁カ ト リ ック両 王
と で、 各 自 治体 が地 域 史 研究 に 財 政的 援 助 を し た こと か ら 、 大 いに広
こ の ス ペイ ン の地 域 史 偏重 に つい ては 、 す で に 一九 七 六 年 イ ギ リ ス
れ 期 に三 宗 教 の共 存 が ユダ ヤ人 追 放 ・グ ラナ ダ攻 略 に よ り破 られ た﹂ と
がりをみせた。
さ ら に、 一九 六 〇 ・七 〇 年 代 に左 翼 の学 生 運動 が起 き 、 一九 六 八年
人 の ヒ ルガ ー スな ど外 国人 歴史 家 が こ の傾 向 を 批 判 し て い る が 、 現 在
ゑ し 、 ﹁史 実 の重 要視 ﹂ を 促 し た 。
五 月 の フ ラ ン ス学 生 運 動 の影 響 を 強 く受 け た こ と は 、 フラ ン コ期 の歴
も こ の状 況 に変 化 は な い 。
ふ 史 学 か ら の脱 却 の萌 芽 と な った。 こ の よ う な動 き が 、七 〇 年 代 の研 究
一50一
著 し か った 。 し か し 、 こ の よう な 傾 向 にあ る な か でも 、伝 統 的 な 実 証
カ トリ ック 両 王 研 究 にお い ても 、地 域 史 を 主 題 と し た研 究 の拡 大 が
抗 が 見 ら れ た か ら であ る 。 し た が って、 一九 七 〇 、 八〇 年 代 に 入 って
な 研 究 が 圧 倒 的 に 大 き な 比 重 を 占 め てお り 、 ア ナ ー ル派 の受 容 には 抵
ほ ど でも な いと さ れ て いる 。 な ぜ な ら ば 、 中 世 史 に お い ては 、 実 証 的
む 的 研究 も 根強 く お こな わ れ た。 そ の中 心 と な った の は 、以 前 か ら カ ト
は じ め て、 や っと アナ ー ル学 派社 会史 が取 り 入れ 始め られ た状 況 であ っ
リ ック 両 王 研究 が 活 発 であ った バ リ ャド リ ッド大 学 か ら出 され た諸 研
た と いえ る 。
ぬ 究 であ る。
他 方 では 、外 国人 研究 者 の研 究が 新 し い視 点 を持 ち込 ん だ。カ ト リ ッ
ゆ フ ラ ン コ期 の歴 史 学 を 否 定 す る傾 向 を 受 け 、 ス ア レ ス ・フ ェル ナ ン
ク両 王 期 に ついて いえ ば 、 ヒ ルガ ー ス、 マ ッケ イ の多 角 的 研究 が注 目
あ デ ス は、 一九 八 〇 年 代 末 に実 証 主 義 の視 点 か ら カ ト リ ック両 王 期 の治
でき る 。 カ メ ン の異端 審 問 研究 は 、 九 〇 年 代 への先 鞭 を つけ る こと に
お 世 を 総 括 し 直 し 、 豊 富 な デ ー タを 織 り 込 ん だ 研究 書 全 五巻を 刊 行し た。
な る 。 ミ ロー な ど に よ る 心 性 史 研 究 や 世 論 に着 目 し た研 究 を は じ め 、
ま た 、 そ の弟 子 の 一人 デ ル ・バ ル ・バ ルデ ィビ エ ソは 、伝 統 的 な 手 法
さ ま ざ ま な 面 にお け る 先 駆 的 な 研 究 が な さ れ た 。 ま た 、 テイ ト によ る
が によ り 、 イ サ ベ ル の伝 記 を 叙 述 し つ つ、 カ ト リ ック 両王 期 の全 体 史 を
年 代 記 作 家 に着 目 し た 研 究 は 、 一九 九 〇 年 代 の ス ペイ ン人 によ る 著 述
ま 見 直 し た 。 こ の よう な 研 究 が新 た に 通説 と し て位 置 づ け ら れ る よ う に
家 研 究 への道 を 開 く こと と な る 。 ス ペイ ン史 研 究 に は 、 いわ ば 、 外 国
三 .今 日 にお け る 視 点 の多 様 化
人 研 究 者 によ って新 し い道 が 切 り 開 か れ た と い う側 面 があ る の であ る。
な り 、 バ リ ャド リ ッド大 学 の研究 は 、 き わ め て強 い影 響力 を持 つこ と
にな った。 一方 、 こ の よ う な カ ト リ ック 両 王 研 究 が あ いか わ ら ず事 件
史 を 伝 記 と し て語 る枠 組 み でな さ れ 、 政 治 史 と し て論 じ られ たため に、
看 過 さ れ る問 題 も あ った 。
最後 に 、外 国 に お け る 研 究 と の関 係 にも 少 し 触 れ てお こう 。
一九 九〇年 代 から 、 スペイ ンにお いても アナー ル学 派 の社 A蚕黒 ニ ュ! ・
れ 徐 々 に新 実 証 主 義 (已 ぎ o℃8 三 く♂ヨo)へと 移 行 す る こ と に な った 。
ま ず 、 ス ペイ ン のカ ト リ ック 両 王 期 に つい ても 、 マルク ス主 義 的 歴
れ ヒ スト リ ! の影 響 が か な り み ら れ る よ う にな り 、実 証主 義 的 歴 史 学 も
史 学 の影響 を 受 け た 研 究 が あ る 。 た と え ば 、 コム ニダ ー デ ス の反 乱 、
の 農 村 社 会 、都 市 反 乱 、 階 級 闘 争 が テ ー マと し て取 り 上 げ ら れ た 。
む ね こ こ 一〇 年 間 の歴 史 学 研 究 の特 徴 と し て、 多 角 的 視 点 か ら の考 察 、
次 に フ ラ ン ス の ア ナ ー ル派 の影 響 に つい て。 スペ イ ン歴 史 学 も そ の
お
学 際 的 か つ多 様 な 方 法 論 の提 起 が 顕 著 と な った こと が 挙げ ら れ る。 た
影 響 を受 け た が 、 他 の ヨー ロ ッパ諸 国 よ り随 分 遅 れ た 。 し か も 影 響 を
と えば 、 心 性 史 の視 点 か ら み た 日常 生 活 、 祝 祭 、貧 者 、病 気 、 異 教 徒
受 け た のは 、 近 現 代 史 の分 野 にお い て であ り、 中 世 史 にお い ては そ れ
一51一
の お お る。 多 角 的 視 点 は 一つの社 会 を 理 解 す る の に不 可 欠 であ ると 見 な さ れ
ね 問 題 、 日常 にお け る暴 力 、女 牲 、 メ デ ィ ア文 化 と い った テー マが取 り
るよ う にな り 、 イ サ ベ ル の伝 記 に も 多 分 に文 化 史 的 要 素 が 盛 り 込 ま れ
た研究が見られ、文学史研究 の成果を取り入れ て年代記作家 に着 目す
ね 上 げ ら れ るよ う にな り 、主 題 や 研 究 目 的 は 様 変 わ り し た 。
か つて典 型 的 マ ルク ス主 義史 学 の テ ー マと さ れ た 領主 制、階 級闘争 、
る研 究 も ま す ま す 盛 ん と な ってき た 。 ま さ し く 、 そ の多 様 化 に は 目 を
そし て、 カ トリ ック両 王 期 研 究 では 、 新 し い要 素 を 取 り 入 れ た カ ト
ヨ 被 支 配 者 層 に つい て の研究 でさ え 、 異 な る 社 会 集 団 内 外 の関 係 の中 で
見 張 るも のが あ る 。
お 当 該 問 題 を ど う捉 え る か と いう よ う に、 新 し い要 素 を取 り入 れられ た。
既 に 研究 対 象 と さ れ た 文 書 に関 し ても 、 視 点 や 手 法 を 変 え て再 検 討 さ
お リ ック両 王 の治 世 の描 出 が 試 み ら れ て い る。 伝 統 的 な 研究 者 も 、 近 年
そ の研 究 の修 正 を お こな い始 め た 。 こ の点 で 、特 筆す べき こと と し て、
れ る こと によ って、 新 た な 指 摘 が な され た。
こ の最 近 の 一〇 年 で は、 も う ひと つの傾 向 と し て、 大 き な 国 際 的 学
政治 プ ロパ ガ ンダ 、 政 治 思 想 の分 野 で、 非 常 に レベ ル の高 いカ トリ ッ
お お 会 が 引 き 続 き 開 催 され て い る こ と が挙 げ られ よ う。 本 稿 の最 初 に述 べ
ク 両 王 研究 が 始 め ら れ る よう にな った こと が あげ ら れ る 。 入 市 式 な ど
ヨ た 国際 学 会 以 前 にも 、重 要 な カ ト リ ック両 王 期 に関 す る 二 つの学 会 が
の儀礼 が持 つ象徴性 に関す る研究 や美術史 として研究され てきた表象
論 を 柔軟 に受 け 入れ て い る コ ンプ ルテ ンセ大 学 の ニ エト ・ソリ アを 中
ホ 催された。
リ ツド 大 学 と ポ ルト ガ ル の アダ オ ・ダ ・フ ォ ン セカ 提 唱 の学 会 に お い
心 に盛 ん に 研究 さ れ て い る イ メ ージ の 歴 史 、 ま た 王 権 、 貴 族 の 持 つ
学 の歴史 学 への適 用も 目 覚 し い。 九 〇 年 代 に 、比 較 的 新 し い歴 史 方 法
ては 、 同時 代 の全 体 史 を 明 ら か に す べく実 に = 二〇本 の研究 報 告 が な
﹁イ ン フ ォー マルな 権 力 ﹂ への関 心 の高 ま りが 注 目 に値 す る 。 バ リ ャ
一九九 四年 七 月七 日 ﹁ト ルデ シー リ ャ ス条 約 ﹂ を 記念 し た バ リ ャド
さ れ 、 カ ト リ ック 両 王期 に つい ても カ ス テ ィー リ ャ ・ポ ルト ガ ル関 係
ドリ ッド 大 学 の伝 統的 カ ト リ ック 両 王 研 究 に関 す る プ レ ステ !ジ はあ
こ のよ う な 多 彩 で学 際 的 な 研 究 は 、 伝 統 的 な 歴 史 研 究 の再 検 討 を 促
ホ 史 が 見 直 さ れ た 。 ま た 、 ﹁コ ロ ンブ ス の 新 大 陸 発 見 ﹂ を 記 念 し た
いか わ ら ず 高 いが 、 も は や ひ と つの大 学 で独 占 的 に そ の威 信 を 誇 る と
カ ト リ ック両 王 研究 も 、 新 し い局 面 に適 応 し た 。 あ いか わ ら ず地 域
す も の であ る 。 伝 統 的 に綿 密 に積 み 上 げ ら れ た 実 証 主 義 的 な 研究 業 績
ハ
ぬ 一九 九 一年 = 月 の 一連 の祭 典 、 活 発 な 出 版 は 記 憶 に新 し いが 、 そ の
は いえ な い。
史 研 究 が主 流 で あ り 、 伝 統 的 伝 記 的 手 法 によ る アプ ローチ も 根強 く存
は、 それ は そ れ と し て意 味 が あ る と 思 わ れ るが 、 次 の ステ ップと し て、
ね 記 念 学 会 に お い て も九 五 本 の報 告 が な さ れ た 。
続 し て い るが 、従 来 に な い角 度 か ら 過 去 の人 々 の活動 に光 が当 てられ、
これ を 柔 軟 な 分 析 によ って深 化 さ せ て いく こと が 今 後 の重 要 な 課 題 で
別 の視 点 か ら カ ト リ ック 両 王 の治 世 が 捉 え ら れ る よ う にな った の であ
一52一
あろう。
ま た 、 いま ひ と つの課 題 と し て残 され て い る のが 、 比 較 史 の視 点 か
註
姻 (一四 六九 年 ) に よ り ス ペイ ンが 統 一さ れ た (一四 七 九 年 )。 ﹁カ ト
(1 ) カ ス テ ィー リ ャ女 王 イ サ ベ ル 一世 と ア ラ ゴ ン王 フ ェ ル ナ ン ド ニ 世 の婚
リ ック 両 王 ﹂ の 称 号 は 、 グ ラナ ダ 攻 略 の功 績 に よ り 、 教 皇 ア レ ク サ ン
ら の研究 であ る 。 同 時 代 の半 島 諸 王 国 と の比 較 は比 較的豊 冨 であ るが 、
同 時 代 、 あ る い は前 後 の時 代 の他 の ヨー ロ ッパ諸 国 と の比 較 は まだ 不
デ ル六 世 に よ り 与 え ら れ た 。
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大 学 の デ ・ラ ・ト ー レ 、 ス ア レ ス ・ フ ェ ル ナ ン デ ス よ っ て 刊 行 さ れ た 。
な お 、 カ ト リ ッ ク 両 王 期 の 諸 文 書 は 、 二 〇 世 紀 中 葉 の バ リ ャ ド リ ッド
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十 分 であ る。 こ の よう な 比 較 史 の立 場 か ら カ ト リ ック両 王期 の具 体 的
性 格 を 明 白 にす る研 究 が 必 要 であ る よ う に 思 わ れ る 。
あ い か わら ず 地 域 史 偏重 の問 題 は 、 解 決 し て いな い こと も指 摘 し て
お か ねば な らな い 。 い ま な お 地 方 の自 治 体 の支 援 によ り 地 域 研 究 が 進
め ら れ て お り 、 研究 対 象 の地 理 的 枠 組 と し ては 、 さ ら に マイ ナー な 地
域 区 分 を模 索 し てい く 傾 向 は ま す ま す 強 く な ってさ え いる。 そ の結 果、
議 論 は 拡 散 し てし ま い、 研 究 の高 度 化 が 困 難 な 側 面 が あ る こと は 否 定
でき な い。 こ の面 では 、 ま だ 外 国 人 研 究 者 の研 究 によ る刺 激 が 必 要 で
ある。
最 初 にも 述 べた よ う な 国 際 学 会 は 、外 国 人 研 究 者 を はじ め 、 さ ま ざ
ま な 研 究 者 と の交 流 を 可 能 にす る。 こ のよ う な さ まざ ま な 交 流 が 、 上
述 のよ う な 課 題 の克 服 に つな が り 、実 りあ る 研究 が 進 展 し て いく こと
を 期 待 し てや ま な い。
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